JP4665451B2 - L−リジンまたはl−スレオニンの製造法 - Google Patents

L−リジンまたはl−スレオニンの製造法 Download PDF

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Description

本発明は、エシェリヒア属細菌を用いたL−リジンまたはL−スレオニンの製造法に関する。L−スレオニン、L−リジンはともに必須アミノ酸であり、医薬や、動物用飼料添加物のような様々な栄養混合物のコンポーネントとして利用される。
L−スレオニン、L−リジン等のL−アミノ酸は、これらのL−アミノ酸生産能を有するコリネ型細菌またはエシェリヒア属細菌等のアミノ酸生産菌を用いて発酵法により工業生産されている。これらのアミノ酸生産菌としては、生産性を向上させるために、自然界から分離した菌株または該菌株の人工変異株、あるいは遺伝子組換えによりL−アミノ酸生合成酵素活性が増強された組換え体等が用いられている。L−リジンの製造法としては、例えば、特許文献1〜4に記載された方法を挙げることができる。一方、L−スレオニンの製造法としては、例えば、特許文献5〜8に記載された方法を挙げることができる。
L−スレオニン、L−リジン等のアミノ酸生産能を向上させる方法として、固有の生合成経路の酵素の発現量を強化する方法以外に、呼吸鎖経路を改変してエネルギー効率を改善する方法(特許文献13)、ニコチンアミド・ヌクレオチド・トランスヒドロゲナーゼ遺伝子を増幅してニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドリン酸生産能を上昇させる方法(特許文献9)が開発されている。
またアミノ酸生合成系の共通の経路を改変する方法として、ピルビン酸カルボキシラーゼ活性を増加させたコリネ型細菌L−リジン生産菌(特許文献10)、ピルビン酸キナーゼを欠損したエシェリヒア属L−リジン生産菌(特許文献11) 、マレート・キノン・オキシドレダクターゼ(malate quinone oxidoreductase)を欠損したコリネ型細菌L−リジン生産菌(特許文献12)等の補充経路を改変したL−アミノ酸生産菌が知られている。
補充経路の一酵素として、リンゴ酸酵素が存在し、エシェリヒア属細菌では、sfcA及びb2463遺伝子がリンゴ酸酵素をコードしていることが明らかになっているが(非特許文献9)、sfcA及びb2463遺伝子によりコードされるリンゴ酸酵素の活性を低下させることが、L-リジン生産に有効であるかどうかは不明であった。
近年、代謝フラックス解析(metabolic flux analysis)が開発されている。この解析は、フラックスバランス解析(flux balance analysis)とも呼ばれ、細胞内の生化学反応の化学量論モデルを構築し、線形最適化によって細胞内の代謝フラックス分布を推定する技術により、細胞内代謝フラックス分布の予測に用いられている(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3)。Escherichia coliにおいて、化学量論モデルが構築された例が報告されており(非特許文献4、非特許文献5)、アミノ酸生産に用いられているCorynebacterium glutamicumにおいては、リジン生産の代謝工学にこのような化学量論モデルを用いた例が知られている(非特許文献6)。これ以外にも、多数の理論的あるいは実験的な代謝フラックス解析の方法とその応用が報告されている(非特許文献7、非特許文献8、特許文献14、特許文献15、特許文献16)。特許文献14には、化学量論モデルに基づく生育に必要な遺伝子の予測方法が開示されており、特許文献15には、細胞に最適の機能(optimal function)を持たせる為の、細胞を遺伝的及び進化的に変化させる手法が開示されている。さらに、特許文献16には、化学量論モデルに、質的な動力学情報の制限、質的な制御情報の制限、あるいは異なる条件下でのDNAマイクロアレイ実験データによる制限を適用する方法について開示されている。いずれも、より望ましい細胞内の
代謝フラックス分布を推定する方法ではあるが、細胞の物質生産を直接高めるような標的となるフラックスを理論的に予測するような方法は開示されておらず、これらの結果を用いてL−アミノ酸生産菌を開発する方法は開示されていなかった。
特開平10−165180号公報 特開平11−192088号公報 特開2000−253879号公報 特開2001−057896号公報 特開平5−304969号公報 国際公開第98/04715号パンフレット 特開平05−227977号公報 米国特許出願公開第2002/0110876号明細書 特許第2817400号公報 特表2002−508921号公報 国際公開第03/008600号パンフレット 米国特許出願公開第2003/0044943号明細書 特開2002−17363号公報 国際公開第00/46405号パンフレット 国際公開第02/61115号パンフレット 国際公開第02/55995号パンフレット Varma, A. and Palsson, B. O. Appl. Environ. Microbiol. 60:3724-3731, 1994 Schilling, C. H. et al. Biotechnol. Prog. 15:288-295, 1999 Schilling, C. H. et al. Biotechnol. Prog. 15:296-303, 1999 Pramanik, J. and Keasling, J. D. Biotechnol. Bioeng. 56:398-421, 1997 Ibarra, R. U. et al. Nature. 420:186-189, 2002 Vallino, J. J. and Stephanopoulos, G. Biotechnol. Bioeng. 41:633-646, 1993 Wiechert, W. Journal of Biotechnology 94:37-63, 2002 Wiechert, W. Metabolic Engineering 3:195-205, 2001 van der Rest, M.E., Frank, C., Molenaar, D. J. Bacteriol. 182(24):6892-9, 2000
本発明は、L−リジンまたはL−スレオニンの生産能が向上したエシェリヒア属細菌及びそれを用いるL−リジンまたはL−スレオニンの製造法を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、基質から目的生産物質に至る生化学反応式に基づいて生成された化学量論行列の自由度と同数の自由フラックスを選択し、自由フラックスの、統計解析に十分な数のランダムな組み合わせのそれぞれから化学量論行列に基づき代謝フラックス分布を算出し、算出された代謝フラックス分布から、物質生産との相関を示す、最小数の自由フラックスを含む回帰式を統計解析により得ることにより、物質生産に影響する代謝フラックスを決定できることを見出した。
そして、この方法を使用して、L−リジンまたはL−スレオニンの生産菌の代謝フラックスを決定し、リンゴ酸酵素を正常に機能しなくするように改変することが有効であることを見出し、この知見に基づき本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1) L−リジンまたはL−スレオニン生産能を有するエシェリヒア属細菌であって、リンゴ酸酵素が正常に機能しないように改変されたことを特徴とするエシェリヒア属細菌。
(2) 染色体上のリンゴ酸酵素をコードする遺伝子及び/またはその発現制御領域に変異が導入されたことによりリンゴ酸酵素が正常に機能しないように改変されたことを特徴とする(1)に記載のエシェリヒア属細菌。
(3) 染色体上のリンゴ酸酵素をコードする遺伝子が破壊されたことによりリンゴ酸酵素が正常に機能しないように改変されたことを特徴とする(1)または(2)に記載のエシェリヒア属細菌。
(4) 前記リンゴ酸酵素をコードする遺伝子がsfcAである(1)〜(3)のいずれか一項に記載のエシェリヒア属細菌。
(5) 前記リンゴ酸酵素をコードする遺伝子がb2463である(1)〜(3)のいずれか一項に記載のエシェリヒア属細菌。
(6) 前記リンゴ酸酵素が、下記(A)または(B)に記載のタンパク質である(1)〜(3)のいずれか一項に記載のエシェリヒア属細菌。
(A)配列番号6に示すアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列番号6に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつ、リンゴ酸酵素活性を有するタンパク質。
(7) 前記リンゴ酸酵素が、下記(C)または(D)に記載のタンパク質である(1)〜(3)のいずれか一項に記載のエシェリヒア属細菌。
(C)配列番号8に示すアミノ酸配列を有するタンパク質。
(D)配列番号8に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつ、リンゴ酸酵素活性を有するタンパク質。
(8) 前記リンゴ酸酵素をコードする遺伝子が、下記(a)または(b)に記載のDNAである(1)〜(3)のいずれか一項に記載のコリネ型細菌。
(a)配列番号5の塩基配列を含むDNA、または
(b)配列番号5の塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リンゴ酸酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
(9) 前記リンゴ酸酵素をコードする遺伝子が、下記(a)または(b)に記載のDNAである(1)〜(3)のいずれか一項に記載のコリネ型細菌。
(a)配列番号7の塩基配列を含むDNA、または
(b)配列番号7の塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リンゴ酸酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
(10) (1)〜(9)のいずれか一項に記載のエシェリヒア属細菌を培地中で培養し、該培地中にL−リジンまたはL−スレオニンを生成・蓄積せしめ、L−リジンまたはL−スレオニンを培地から採取することを特徴とする、L−リジンまたはL−スレオニンの製造法。
本発明によれば、エシェリヒア属細菌を用いた発酵法によるL−リジン及び/またはL−スレオニンの製造において、L−リジン及び/またはL−スレオニンの発酵収率を向上させることが出来る。また、本発明は、エシェリヒア属のL−リジン及び/またはL−スレオニン生産菌の育種に利用することができる。
以下、本発明を詳細に説明する。
<1>本発明のエシェリヒア属細菌
本発明のエシェリヒア属細菌は、L−リジンまたはL−スレオニン生産能を有するエシェリヒア属細菌であって、リンゴ酸酵素が正常に機能しないように改変されたことを特徴とする、エシェリヒア属細菌である。本発明のエシェリヒア属細菌は、L−リジンまたはL−スレオニン生産能いずれかを有すればよいが、L−リジン及びL−スレオニン生産能を両方有するものであってもよい。
本発明のエシェリヒア属細菌を得るために用いる、エシェリヒア属細菌の親株としては、特に限定されないが、具体的にはナイトハルトらの著書(Neidhardt, F.C. et al., Escherichia coli and Salmonella Typhimurium, American Society for Microbiology, Washington D.C., 1029 table 1) に挙げられるものが利用できる。その中では、例えばエシェリヒア・コリが挙げられる。エシェリヒア・コリとしては具体的には、プロトタイプの野生株K12株由来のエシェリヒア・コリ W3110 (ATCC 27325)、エシェリヒア・コリ MG1655 (ATCC 47076)等が挙げられる。
これらを入手するには、例えばアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(住所12301 Parklawn Drive, Rockville, Maryland 20852, United States of America)より分譲を受けることが出来る。すなわち各菌株に対応する登録番号が付与されており、この
登録番号を利用して分譲を受けることが出来る。各菌株に対応する登録番号は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。
<1>−1.L−リジンまたはL−スレオニン生産能の付与
以下、エシェリヒア属細菌にL−リジンまたはL−スレオニン生産能を付与する方法について述べる。なお、本発明において、「L−リジン生産能」とは、培地中で培養したときに、培地中にすなわち細胞外に遊離のL−リジンを生成し、蓄積する能力をいい、特に野生株(親株)より多くのL−リジンを蓄積できる能力をいう。また、本発明において、「L−スレオニン生産能」とは、培地中で培養したときに、培地中にすなわち細胞外に遊離のL−スレオニンを生成し、蓄積する能力をいい、特に野生株(親株)より多くのL−スレオニンを蓄積できる能力をいう。
L−リジンまたはL−スレオニン生産能を付与するには、L−リジンまたはL−スレオニン生産能を有する栄養要求性変異株、アナログ耐性株、または代謝制御変異株の取得、L-リジン生合成系酵素あるいはL-スレオニン生合成系酵素の活性が増強された組換え株の創製等、従来、エシェリヒア属細菌や、コリネ型細菌の育種に採用されてきた方法を適用することが出来る。これらの方法によるL−リジンまたはL−スレオニン生産菌の育種において、付与する栄養要求性、アナログ耐性、代謝制御変異等の性質は単独でもよく、2種または3種以上であってもよい。
また、L-リジンまたはL-スレオニン生合成系酵素活性を増強する場合、増強されるL−リジン、L−スレオニン生合成酵素は単独であっても2種または3種以上であってもよい。さらに、栄養要求性、アナログ耐性、代謝制御変異等の性質の付与と、L−リジン及び/またはL−スレオニンの生合成系酵素活性の増強を組み合わせてもよい。
以下に、L−リジンまたはL−スレオニンの生合成系酵素活性の増強によって、エシェリヒア属細菌にこれらのL−リジンまたはL−スレオニンの生産能を付与または増強する方法を例示する。酵素活性の増強は、例えば、細胞内の該酵素活性が上昇するように同酵素をコードする遺伝子に変異を導入するか、又はその遺伝子を増幅することによって行うことが出来る。これらは同遺伝子を用いた遺伝子組換え技術を利用することによって行うことが出来る。
L−スレオニン生合成系酵素をコードする遺伝子としては、アスパルトキナーゼIII遺伝子(lysC)、アスパラギン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子(asd)、thrオペロンにコードされるアスパルトキナーゼI遺伝子(thrA)、ホモセリンキナーゼ遺伝子(thrB)、スレオニンシンターゼ遺伝子(thrC)が挙げられる。カッコ内は、その遺伝子の略記号である。これらの遺伝子は2種類以上導入してもよい。L−スレオニン生合成系遺伝子は、スレオニン分解が抑制されたエシェリヒア属細菌に導入してもよい。スレオニン分解が抑制されたエシェリヒア属細菌としては、例えば、スレオニンデヒドロゲナーゼ活性が欠損したTDH6株(特開2001-346578号)等が挙げられる。
また、L−リジン生合成系酵素をコードする遺伝子としては、ジヒドロジピコリン酸合成酵素遺伝子(dapA)、アスパルトキナーゼ遺伝子(lysC)、ジヒドロジピコリン酸レダクターゼ遺伝子(dapB)、ジアミノピメリン酸脱炭酸酵素遺伝子(lysA)、ジアミノピメリン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(ddh)(以上、国際公開第96/40934号パンフレット)、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子(ppc) (特開昭60-87788号公報)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子(aspC)(特公平6-102028号公報)、ジアミノピメリン酸エピメラーゼ遺伝子(dapF)(特開2003-135066号公報)、アスパラギン酸セミアルデヒド脱水素酵素遺伝子(asd)(国際公開第00/61723号パンフレット)等のジアミノピメリン酸経路の酵素の遺伝子、あるいはホモアコニット酸ヒドラターゼ遺伝子(特開2000-157
276号公報)等のアミノアジピン酸経路の酵素等の遺伝子が挙げられる。
さらに、本発明の細菌は、L−リジンの生合成経路から分岐してL−リジン以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素の活性が低下または欠損していてもよい。このような酵素としては、ホモセリンデヒドロゲナーゼ、リジンデカルボキシラーゼがあり、該酵素の活性が低下または欠損した株は国際公開第WO 95/23864号、第WO96/17930号パンフレットなどに記載されている。
前記遺伝子によってコードされる酵素の活性を上昇させることは、例えば、エシェリヒア属細菌内で増幅可能な自律プラスミドで、L−リジン、L−スレオニン生合成系遺伝子を増幅することによって達成できる。また、生合成系遺伝子を染色体上に組み込んでもよい。さらに、前記遺伝子によってコードされる酵素の細胞内の活性が上昇するような変異を含む遺伝子を導入することによっても達成することができる。このような変異としては、例えば、同遺伝子の転写量が増大するようなプロモーター配列の変異及び前記酵素タンパク質の比活性が高くなるような前記遺伝子のコード領域内の変異が挙げられる。
遺伝子の発現の増強は、上記の遺伝子増幅による以外に、染色体DNA上またはプラスミド上の該遺伝子のプロモーター等の発現調節配列を強力なものに置換することによっても達成される(国際公開第00/18935号パンフレット)。このようなプロモーターとしては、例えば、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーターやラムダファージ由来のPrプロモーターが強力なプロモーターとして知られている。また、プロモーターを、染色体またはプラスミド上の固有のプロモーターと置換または改変することによっても遺伝子の発現が強化される。これらプロモーターの改変は、遺伝子のコピー数を高めることと組み合わせてもよい。
以下に、本発明で使用することのできるL−リジンまたはL−スレオニン生産能が付与されたエシェリヒア属細菌を例示する。ただし、L−リジンまたはL−スレオニン生産能を有する限り、これらに制限されない。
L−リジン生産能を有するL−リジンアナログ耐性株または代謝制御変異株として具体的には、エシェリヒア・コリAJ11442株(FERM BP-1543、NRRL B-12185;特開昭56-18596号公報及び米国特許第4346170号参照)、エシェリヒア・コリ VL611株(特開2000−189180号公報)等が挙げられる。また、エシェリヒア・コリのL−リジン生産菌として、WC196株(国際公開第96/17930号パンフレット参照)を用いることも出来る。WC196株は、エシェリヒア・コリK-12由来のW3110株にAEC(S−(2−アミノエチル)−システイン)耐性を付与することによって育種されたものである。同株は、エシェリヒア・コリAJ13069株と命名され、平成6年12月6日付で工業技術院生命工学工業技術研究所(現 独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、〒305-8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に受託番号FERM P-14690として寄託され、平成7年9月29日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-5252が付与されている。
L−スレオニン生産能が付与されたエシェリヒア属細菌としては、L−スレオニン生産能を有する6−ジメチルアミノプリン耐性の変異株(特開平5−304969号公報)があり、組換え体エシェリヒア属細菌としては、L−スレオニン生合成系酵素を過剰に生成する変異が導入されたスレオニン生合成遺伝子をプラスミド上で増幅した菌株(特公平1−29559号公報、特開平5−227977号公報)や、スレオニンオペロンをプラスミドで増幅した菌株(特開平2−109985号公報)、ピルビン酸カルボキシラーゼをコードする遺伝子及びニコチンアミド・ヌクレオチド・トランスヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を増幅した菌株(特開2002−51787号公報)等が挙げられる。
また、エシェリヒア・コリVKPM B-3996株(米国特許第5,175,107号明細書参照)を例示することも出来る。このVKPM B-3996株は、1987年11月19日にロシアン・ナショナル・コレクション・オブ・インダストリアル・マイクロオーガニズム(Russian National Collection of Industrial Microorganisms (VKPM), GNII Genetika )に登録番号VKPM B-3996 のもとに寄託されている。また、このVKPM B-3996株は、ストレプトマイシン耐性マーカーを有する広域ベクタープラスミドpAYC32(Chistorerdov, A.Y., Tsygankov, Y.D.Plasmid, 1986, 16, 161-167を参照のこと)にスレオニン生合成系遺伝子(スレオニンオペロン:thrABC)を挿入して得られたプラスミドpVIC40(国際公開第90/04636号パンフレット)を保持している。このpVIC40においては、スレオニンオペロン中のthrAがコードするアスパルトキナーゼI−ホモセリンデヒドロゲナーゼIの、L−スレオニンによるフィードバック阻害が解除されている。
また、エシェリヒア・コリB-5318株(欧州特許第0593792号明細書参照)も例示することができる。B-5318株は、1987年11月19日にロシアン・ナショナル・コレクション・オブ・インダストリアル・マイクロオーガニズム(Russian National Collection of Industrial Microorganisms (VKPM), GNII Genetika )に登録番号VKPM B-5318のもとに寄託されている。またこのVKPM B-5318株は、イソロイシン非要求性菌株であり、ラムダファージの温度感受性C1リプレッサー、PRプロモーターおよびCroタンパク質のN末端部分の下流に、本来持つ転写調節領域であるアテニュエーター領域を欠失したスレオニンオペロンすなわちスレオニン生合成関与遺伝子が位置し、スレオニン生合成関与遺伝子の発現がラムダファージのリプレッサーおよびプロモーターにより支配されるように構築された組換えプラスミドDNAを保持している。
<2>本発明のエシェリヒア属細菌の構築
本発明のエシェリヒア属細菌は、L−リジン生産能またはL−スレオニン生産能を有するエシェリヒア属細菌であって、かつリンゴ酸酵素が正常に機能しないように改変されたことを特徴とするエシェリヒア属細菌である。
本発明のエシェリヒア属細菌の育種において、L−リジンまたはL−アミノ酸の生産能の付与とリンゴ酸酵素(EC 1.1.1.38、EC 1.1.1.40)が正常に機能しなくなるような改変は、どちらを先に行ってもよい。また、L−リジン生産能またはL−スレオニン生産能を有するエシェリヒア属細菌を、リンゴ酸酵素活性が正常に機能しなくなるように改変してもよいし、リンゴ酸酵素活性が低下したエシェリヒア属細菌に、L−リジンまたはL−アミノ酸の生産能を付与してもよい。
「リンゴ酸酵素活性」は、リンゴ酸からピルビン酸と二酸化炭素を生成する反応(可逆的)を触媒する活性をいい、リンゴ酸酵素としては、NADを補酵素とするもの(EC1.1.1.38)と、NADPを補酵素とするもの(EC:1.1.1.40)が知られている。(EC 1.1.1.38 (S)-リンゴ酸 + NAD+ = ピルビン酸 + CO2 + NADH + H+)(EC:1.1.1.40(S)-リンゴ酸 + NADP+ =
ピルビン酸 + CO2 + NADPH + H+)。また、リンゴ酸酵素は、マレート・デヒドロゲナーゼ(malate dehydrogenase)、マレートオキシドレダクターゼ(malate oxidoreductase)とも呼ばれる。
「リンゴ酸酵素が正常に機能しなくなるように改変された」とは、リンゴ酸酵素の機能が全く消失するか、あるいは、エシェリヒア属細菌の非改変株、例えば野生株に比べて活性が低下するように改変されたことを意味する。リンゴ酸酵素タンパク質が正常に機能しない状態としては、例えば、リンゴ酸酵素をコードする遺伝子の転写又は翻訳が妨げられ、同遺伝子産物であるリンゴ酸酵素が産生されないか、あるいは産生が低下した状態であってもよいし、染色体上のリンゴ酸酵素をコードする遺伝子及び/またはその発現制御領
域に変異が起こり、リンゴ酸酵素の活性が低下又は消失した状態であってもよい。リンゴ酸酵素が正常に機能しないエシェリヒア属細菌として、典型的には、染色体上のリンゴ酸酵素をコードする遺伝子が遺伝子組換え技術により破壊された遺伝子破壊株、及び、染色体上のリンゴ酸酵素をコードする遺伝子の発現調節配列又はコード領域に変異が生じたことにより、機能を有するリンゴ酸酵素が産生されないようになった変異株が挙げられる。
ここでリンゴ酸酵素活性が低下したとは、非改変株、例えば野生株のエシェリヒア属細菌における活性よりも低くなったことをいう。リンゴ酸酵素活性は非改変株と比較して、菌体当たり50%以下、好ましくは30%以下、さらに好ましくは10%以下に低下されていることが好ましい。
ここで、対照となるエシェリヒア属細菌としては、例えば、野生株として、プロトタイプの野生株K12株由来のエシェリヒア・コリ W3110 (ATCC 27325)、エシェリヒア・コリ MG1655 (ATCC 47076)等が挙げられる。リンゴ酸酵素活性は、NADを補酵素とするものの酵素活性は、Korkes,S.らの方法(Korkes,S et al., (1950) J.Biol.Chem. 187,891-905)、NADHを補酵素とするものの酵素活性は、Ochoa,Sらの方法(Ochoa,S et al (1947)
J.Biol.Chem. 167,871-872)を参考にして測定することが出来る。
尚、「低下」には活性が完全に消失した場合も含まれ、NADを補酵素とするリンゴ酸酵素の活性、NADPを補酵素とするリンゴ酸酵素の活性が単独で低下したもの、両方低下したもののいずれでもよい。本発明のエシェリヒア属細菌は、野生株または非改変株より正常に機能していないものであればよいが、さらにこれらの株に比べてL−リジンまたはL−スレオニンの蓄積能が向上していること、または生育がよくなることによりL−リジンまたはL−スレオニン生産性が向上していること、すなわち除菌体収率が向上していることがより望ましい。
リンゴ酸酵素としては、例えば、配列番号6または配列番号8に示すアミノ酸配列を有するタンパク質を挙げることができる。また、リンゴ酸酵素活性を有する限りにおいて、配列番号6または8に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有するものであってもよい。ここで、数個とは、例えば、2〜20個、好ましくは2〜10個、より好ましくは2〜5個を意味する。
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加は、リンゴ酸酵素の活性が維持されるような保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換であり、保存的置換とみなされる置換としては、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからAsn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。
「リンゴ酸酵素正常に機能しないように改変された」とは、例えば、細胞あたりのリンゴ酸酵素の分子数が低下した場合や、分子あたりのリンゴ酸酵素活性が低下した場合等が該当する。具体的には、染色体上のリンゴ酸酵素をコードする遺伝子を欠損させたり、プロモーターやシャインダルガルノ(SD)配列等の発現調節配列を改変したりすることなどによって達成される。また、染色体上のリンゴ酸酵素をコードする領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、また終始コドンを導入すること(ナンセンス変異)、
一〜二塩基付加・欠失するフレームシフト変異を導入すること、遺伝子の一部分を欠失させることによっても達成出来る。(Journal of biological Chemistry 272:8611-8617(1997))例えば、染色体上のリンゴ酸酵素遺伝子(mez遺伝子)としては、NADを補酵素とする酵素の遺伝子として、sfcA遺伝子例えば配列番号5の塩基配列を含むDNAを挙げることができる。また、NADPを補酵素とする酵素の遺伝子として、b2463遺伝子例えば配列番号7の塩基配列を含むDNAを挙げることができる。
また、mez遺伝子は、リンゴ酸酵素活性を有するタンパク質をコードする限り、配列番号5または配列番号7からなる塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであってもよい。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、60℃、1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度で、1回より好ましくは2〜3回洗浄する条件が挙げられる。プローブの長さは、ハイブリダイゼーションの条件により適宜選択されるが、通常には、100bp〜1Kbpである。
リンゴ酸酵素をコードする遺伝子(sfcA, b2463)は、GenBankに登録の以下のエシェリヒア・コリの配列に基づき、合成オリゴヌクレオチドを合成し、エシェリヒア・コリの染色体を鋳型としてPCR反応を行うことによって取得できる。
sfcA: AAC74552. NAD-linked malate...[gi:1787754] AE000245.1:1208..2932の相補鎖
b2463: AAC75516. putative multimod...[gi:1788806] AE000333.1:141..2420の相補鎖
染色体DNAは、DNA供与体である細菌から、例えば、斎藤、三浦の方法(H. Saito
and K.Miura, Biochem.B iophys. Acta, 72, 619 (1963)、生物工学実験書、日本生物工学会編、97〜98頁、培風館、1992年参照)等により調製することができる
上記のようにして調製したsfcAあるいはb2463遺伝子またはその一部を遺伝子破壊に使用することができる。ただし、遺伝子破壊に用いる遺伝子は破壊対象のエシェリヒア属細菌の染色体DNA上のsfcAあるいはb2463遺伝子と相同組換えを起こす程度の相同性を有していればよいため、このような相同遺伝子も使用することができる。ここで、相同組換えを起こす程度の相同性とは、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上である。また、上記遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得るDNA同士であれば、相同組換えは起こり得る。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、60℃、1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度で、1回、より好ましくは2〜3回洗浄する条件が挙げられる。
上記のような遺伝子から、例えば、sfcAあるいはb2463遺伝子の部分配列を欠失し、正常に機能するリンゴ酸酵素を産生しないように改変した欠失型sfcAあるいはb2463遺伝子を作製し、該遺伝子を含むDNAでエシェリヒア属細菌を形質転換し、欠失型遺伝子と染色体上の遺伝子で組換えを起こさせることにより、染色体上のsfcAあるいはb2463遺伝子を破壊することが出来る。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、DatsenkoとWannerによって開発された「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2000, vol. 97, No. 12, p6640-6645)の直鎖状DNAを用いる方法や温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法などがある(米国特許第6303383号明細書、または特開平05-007491号公報)。また、上述のような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は、宿主で複製能力を持たないプラスミドを用いても行うことが出来る。
また、染色体上の遺伝子を破壊する方法として、上記Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(J. Bacteriol. 2002 Sep; 184(18): 5200-3. Interactions between integrase and excisionase in the phage lambda excisive nucleoprotein complex. Cho EH, Gumport RI, Gardner JF.)と組合わせた方法を使用することが出来る。
Redドリブンインテグレーション法によれば、目的とする遺伝子の一部を合成オリゴヌクレオチドの5’側に、抗生物質耐性遺伝子の一部を3’側に含むようにデザインした合成オリゴヌクレオチドをプライマーとして用いて得られたPCR産物を用いて、一段階で遺伝子破壊株を構築することが出来る。さらに上記PCR産物にλファージのアタッチメントサイト(attachment site)であるattL及びattRを導入し、λファージ由来の切り出しシステムを組合わせることにより、組み込んだ抗生物質耐性遺伝子を除去することが出来る。
具体的には以下のような方法により目的遺伝子破壊及び抗生物質耐性遺伝子除去株が取得出来る。
先ず、抗生物質耐性遺伝子、λファージのアタッチメントサイト、及び、目的遺伝子を含む直鎖状DNAカセットを作成する。これは、通常には、適切に作成した鋳型を用いてPCR法により作成する。
直鎖状DNAカセットの鋳型として、抗生物質遺伝子の両端にλファージのアタッチメントサイトであるattL及びattR(配列番号9(GenBank Accession No.M12458)、配列番号10(GenBank Accession No. M12459)を導入した鋳型を使用する。この鋳型はプラスミドでも、染色体に挿入された遺伝子でも、あるいは、合成したオリゴヌクレオチドでもよい。抗生物質耐性遺伝子はクロラムフェニコール耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子等が適しているが、エシェリヒア属細菌内で抗生物質耐性遺伝子として機能するもので、以下に説明する2種のヘルパープラスミドのマーカー遺伝子と異なれば任意のものでもよい。抗生物質耐性を取得したことの確認を容易にするために、使用する抗生物質耐性遺伝子は、プロモーター配列等を置換した発現量を向上させたもの、構造遺伝子の配列に酵素活性を上昇させるような変異を導入したものとしてもよい。直鎖状DNAカセットは、5’側から、目的遺伝子5’配列―attL―抗生物質耐性遺伝子―attR―目的遺伝子3’配列になるように作成する。
次にこの直鎖状DNAカセットを染色体内に導入する。直鎖状DNAカセットを染色体内に導入する為のヘルパープラスミドとして、pKD46が用いられる(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2000, vol. 97, No. 12, p6640-6645)。pKD46は、温度感受性の複製能とアンピシリン耐性能を有し、アラビノース誘導性ParaBプロモーターに制御されるλRed相同組換えシステムのRed レコンビナーゼをコードする遺伝子(γ、β、exo遺伝子)を含むλファージの合計2154塩基のDNAフラグメント(GenBank/EMBL アクセッション番号 J02459, 第31088番目〜33241番目)を含む。
宿主にpKD46をエレクトロポレーション法によって導入し、pKD46増幅株をアラビノース添加下で培養し、対数増殖期に直鎖状DNAカセットを導入し、高温で培養することによって、直鎖状DNAカセット内の抗生物質耐性遺伝子に対応する抗生物質に耐性な遺伝子破壊株を取得する。遺伝子破壊の確認は、PCRや、株の産生するL-リジンまたはL-スレオニンの濃度を測定することにより確認出来る。
次に、抗生物質耐性遺伝子を切り出す為のヘルパープラスミドを導入する。ヘルパープラスミドは、λファージのインテグラーゼ(integrase(Int))をコードする遺伝子(配列番号13 GenBank J02459. B [gi:215104])、切出し酵素(excisionase(Xis))をコードする
遺伝子(配列番号15 GenBank J02459 [gi:215104])を搭載し、温度感受性の複製能を有するプラスミドである。このヘルパープラスミドの導入により、染色体上のattL(配列番号11)あるいはattR(配列番号12)を認識して組換えを起こし、attLとattRの間の抗生物質遺伝子を切り出すことにより、染色体上にはattLあるいはattR配列のみ残る。高温で培養することによって、ヘルパープラスミドが脱落し、抗生物質耐性遺伝子を除去した遺伝子破壊株を取得することが出来る。
リンゴ酸酵素を正常に機能しないように改変する方法しては、上述の遺伝子操作法以外に、例えば、エシェリヒア属細菌を紫外線照射または、N−メチル−N’ −ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)または亜硝酸等の通常変異処理に用いられている変異剤によって処理し、リンゴ酸酵素が正常に機能しない菌株を選択する方法が挙げられる。
本発明は、下記の、細胞を用いた物質生産に影響する代謝フラックスを決定する方法で計算された代謝フラックス情報に基づき完成されたものであるが、本発明は、その情報を得た方法、すなわちこの解析方法により限定されるものではない。
細胞を用いた物質生産に影響する代謝フラックスを決定する方法であって、
1)基質から目的生産物質に至る生化学反応式に基づいて化学量論行列を生成する工程、2)前記化学量論行列の自由度と同数の独立な代謝フラックスを自由フラックスとして選択する工程、
3)自由フラックスの、統計解析に十分な数のランダムな組み合わせを生成し、生成した組み合わせのそれぞれから、前記化学量論行列に基づいて代謝フラックス分布を算出する工程、
4)算出された代謝フラックス分布から、物質生産との相関を示す、最小数の自由フラックスを含む回帰式を多変量統計解析により得る工程、及び、
5)得られた回帰式における係数に基づいて物質生産に影響する代謝フラックスを決定する工程
を含むことを特徴とする前記方法。
この代謝フラックス決定方法における代謝フラックスは、細胞内の生化学反応の化学量論モデルと代謝物間の質量作用則から導かれる代謝反応速度(flux)により表され、一方、代謝フラックス分布とは、個々の生化学反応に相当するそれぞれの代謝フラックス全てからなる。
この決定方法における第1の工程では、基質から目的生産物質に至る生化学反応式に基づいて化学量論行列を生成する。
生化学反応は、細胞内の代謝物が酵素反応によって細胞内で変換される過程を指し、多くの生物に関して、データベース化されている。例えば、Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes(KEGG)(http://www.genome.ad.jp/kegg/)を参照することが出来る。
基質とは、通常には、細胞が炭素源として使用する物質であり、その例としては、グルコース、シュークロース、フルクトース等が挙げられる。
目的生産物質には、単一の代謝物だけでなく、菌体のような代謝物の集合体も含まれる。物質生産は、通常には、物質の生産速度として評価され、物質が菌体の場合には、特に菌体(biomass)収率として評価され得る。菌体収率とは、グルコースなどの基質からタンパク質、炭水化物、核酸、脂質等の細胞構成成分に変換する効率を示す。
化学量論行列とは、代謝フラックス解析に通常に用いられる行列であり、代謝フラック
ス解析における通常の方法により、基質から生成物質に至る生化学反応式を列挙して、化学量論マトリックスを生成することができる。これには細胞内代謝中間体の擬定常状態を仮定して行う方法が一般的に知られている(Savinell, J. M. and Palsson, B. O. J. Theor. Biol. 154:421-454, 1992; Vallino, J. J. and Stephanopoulos, G. Biotechnol. Bioeng. 41:633-646, 1993)。反応式を列挙する際には、分岐のない一連の反応を一つの反応として扱う、代謝速度の速い反応により変換される反応前後の代謝物を一つの代謝物として扱うなど、反応経路の簡略化を行ってもよい。目的生産物質が菌体の場合には、細胞構成成分に至る生化学反応を列挙することによって化学量論行列を記述することができる。
この決定方法の第2の工程では、前記化学量論行列の自由度と同数の独立な代謝フラックスを自由フラックスとして選択する。
独立なフラックスとは、化学量論式で定義される代謝ネットーク系内のフラックスを一義的に定義するために特定されるべきフラックスのセットである。
自由フラックスを設定する方法としては、対象としている系の自由度の数だけ独立な代謝フラックスを選べればどのような方法でも構わない。任意に選んだフラックスの独立性を確認していく方法もあるが、RederによるSIMS行列(steady-state internal metabolic
stoichiometry matrix)を用いることも出来る(Reder, C. J. Theor. Biol. 135:175-201, 1988)。この方法では、前記生化学反応式から決定される独立な代謝フラックス群から、前記化学量論行列の自由度と同数の代謝フラックス群を選択し、選択された代謝フラックス群のそれぞれから代謝フラックスを自由フラックスとして選択する。フラックス群の特異的グループを決定することにより、あるグループのどのフラックスを変化させても、他のグループのフラックスに影響を与えない事が保証される。従って、それぞれのグループから、1つのフラックスを独立な自由フラックスとして選ぶことが可能になる。フラックス群から自由フラックスを選択する際には、分岐点に近いフラックスを選択することが好ましい。
この決定方法の第3の工程では、自由フラックスの、統計解析に十分な数のランダムな組み合わせを生成し、生成した組み合わせのそれぞれから、前記化学量論行列に基づいて代謝フラックス分布を算出する。
自由フラックスのランダムの組み合わせの生成は、先の工程で選択された自由フラックスに対して、ランダムな値を与えることにより、異なるフラックス分布の組み合わせをデータセットとして生成することにより行うことができる。自由フラックスに対して、ランダムな値を与える方法は、特異的な境界内の自由フラックスの組み合わせを発生させるような方法であれば、どのようなものでも構わない。特異的な境界は後の計算において生物化学的に意味のある値を与えるように設定される。化学量論行列の自由度と同数の自由フラックスが特定されれば、ユニークな代謝フラックス分布を解くことが出来る。この解法には逆行列を用いた行列演算が一般的であり、全てのフラックスを例えば、一定の基質量に規格化することが望ましい。基質がグルコースであれば、例えば、全てのフラックスを10 mmolのグルコース取込当りの値で表現すればよい。こうしてランダムな自由フラックスの値から得られた代謝フラックス分布の解は、生物学的に意味のあるものでなくてはならない。すなわち、非可逆反応のフラックスが全て0以上であること、菌体形成フラックスが0以上であることである。より望ましい自由フラックスの組み合わせを得る為に、さらに、細胞を用いた物質生産における理論的及び/または経験的な知識に基づく条件を付加することも出来る。生成する組み合わせの数、すなわち算出する生物学的に意味のあるフラックス分布の数としては統計解析に十分な数があればよい。1つの自由フラックスに対して3つ〜5つの値を用いるので、n個の自由フラックスの場合には、その組み合わせと
して1つの自由フラックスに対する値の数のn乗個程度である。例えば、1つの自由フラックスに対して3つの値を用いる場合には、その組み合わせとして3のn乗(3n)個程度である。すなわち、7つの自由フラックス(n=7)に対しては約2,200を用いればよい。あるいは、生物学的に意味のあるフラックス分布のデータセットにおける各々の自由フラックスに対する値の数は、選択された自由フラックスや付加条件に依存して変化し得るので、n個の自由フラックスがあるとき、総数で3のn乗(3n)個から5のn乗(5n)個程度としてもよい。これだけの生物学的に意味のあるフラックス分布の解を求める為には、1つの自由フラックスに対して6つから10つの値を用いてランダムな自由フラックスの値の組み合わせ、すなわち6のn乗(6n)個から10のn乗(10n)個の自由フラックスの組み合わせから始めるのが一般的である。
この決定方法の第4の工程では、算出された代謝フラックス分布(代謝フラックス分布のデータセット)から多変量統計解析により、物質生産との相関を示す、最小数の自由フラックスを含む回帰式を得る。
先の工程で得られた自由フラックスのランダムな組み合わせから算出されたフラックス分布のデータセットに対して、多変量統計解析(Multivariate Statistical Analysis)を行う事で、物質生産との相関を示す、最小数の自由フラックスを含む回帰式を得ることができる。多変量統計解析(多変量非線形回帰分析及び多変量線形回帰分析を含む)は、自由フラックスの組み合わせに対して、物質生産との相関を調べる事ができる手法であれば、どのような手法も用いる事ができるが、多変量線形回帰分析が有用である。この方法については、例えば、Kachigan, S. K. Chapter 4, Regression Analysis in Multivariate
Statistical Analysis 2ndEd. Radius Press, New York, pp. 160-193.に記載されている。
物質生産との相関を示すとは、決定係数が有意に大きいことを意味し、有意に大きいとは、通常には、決定係数R2が0.8以上、好ましくは0.9以上であることである。
物質生産との相関を示す、最小数の自由フラックス(項)を含む回帰式を得るにあたっては、項の数を順次変えて、その数の項を含む最も高い決定係数を示す回帰式を求め、有意に大きい決定係数が示す最小数の項を含む回帰式を選択してもよいし、あるいは、全ての項から一つ項を除いて回帰式を求め、その項を除いたことによる決定係数の低下の度合いを調べ、決定係数の低下の度合いの少ない項を除いた残りの項を全ての項として同様の手順を繰り返し、物質生産との相関を示す回帰式が得られなくなったときのその直前の回帰式を選択してもよい。
これらの数学的処理は、個々にプログラムすることも可能であるが、MatLab(商品名、MathWorks)、Mathematica(商品名、Wolfram Research)等の市販の数学計算プログラムを使用することで容易に実施可能である。
この決定方法の第5の工程では、得られた回帰式における係数に基づいて物質生産に影響する代謝フラックスを決定する。
先の工程で得られた回帰式を利用して、微生物等の細胞を用いた物質生産、特に、物質生産において重要な菌体収率または生成物質収率に対する自由フラックスの寄与度を決定することができる。すなわち、回帰式に現れる自由フラックスは物質生産に影響するものと決定できる。また、回帰式における係数は寄与度の大きさを示しているので、係数が実質的に大きい(フラックスが規格化されている場合には相対的な係数の絶対値が大きい)自由フラックスを物質生産に大きく影響する代謝フラックスと決定できる。
この決定方法により、目的物質生成のために、影響度の大きい自由フラックスがどれであるか、正あるいは負の効果をもっているかという、菌株改良にとって重要な情報を提供する事ができる。どのフラックスを変化させる事で目的生成物の収率や生産性に良い効果をもたらす事ができるかを予測できる。
例えば、後述の実施例に示すように、Escherichia coliを用いたリジン生産の場合には、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼの活性を高めることでリジン生産能の高まった菌株を作成できると予測できるが、国際公開第01/53459号パンフレットには、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を高めることでリジン生産を向上させた例が開示されている。従って、この決定方法に基づき物質生産能を保持する菌株が作成できることは、実証されている。
<3>L−リジンまたはL−スレオニンの製造法
本発明の製造法は、本発明の微生物を培地で培養して、L−リジンまたはL−スレオニンを該培地中または菌体内に生成蓄積させ、該培地または菌体より−リジンまたはL−スレオニン酸を回収することを特徴とする製造法である。
使用する培地は、微生物を用いた−リジンまたはL−スレオニンの発酵生産において従来より用いられてきた培地を用いることができる。すなわち、炭素源、窒素源、無機イオン及び必要に応じその他の有機成分を含有する通常の培地を用いることができる。ここで、炭素源としては、グルコース、シュクロース、ラクトース、ガラクトース、フラクトースやでんぷんの加水分解物などの糖類、グリセロールやソルビトールなどのアルコール類、フマール酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸類を用いることができる。窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水等を用いることができる。有機微量栄養源としては、ビタミンB、L−ホモセリンなどの要求物質または酵母エキス等を適量含有させることが望ましい。これらの他に、必要に応じて、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、鉄イオン、マンガンイオン等が少量添加される。なお、本発明で用いる培地は、炭素源、窒素源、無機イオン及び必要に応じてその他の有機微量成分を含む培地であれば、天然培地、合成培地のいずれでもよい。
培養は好気的条件下で1〜7日間実施するのがよく、培養温度は24℃〜37℃、培養中のpHは5〜9がよい。尚、pH調整には無機あるいは有機の酸性あるいはアルカリ性物質、更にアンモニアガス等を使用することができる。発酵液からのL−リジンまたはL−スレオニンの回収は通常イオン交換樹脂法、沈殿法その他の公知の方法を組み合わせることにより実施できる。なお、菌体内にL−リジンまたはスレオニンが蓄積する場合には、例えば菌体を超音波などにより破砕し、遠心分離によって菌体を除去して得られる上清からイオン交換樹脂法などによって、L−リジンまたはスレオニンを回収することができる。
以下、本発明を実施例を参照してさらに説明する。
L−リジンにおける代謝フラックスの決定
(1)化学量論マトリックスの生成
細胞内代謝中間体の擬定常状態を仮定して、代謝フラックスを計算する化学量論式を構築した(Savinell, J. M. and Palsson, B. O. J. Theor. Biol. 154:421-454, 1992; Vallino, J. J. and Stephanopoulos, G. Biotechnol. Bioeng. 41:633-646, 1993)。このモデルに含まれる反応式は、第2表に示した通りであり、各略号の説明については第1表に記載する。分岐のないいくつかの反応は、式を単純化するため一つにまとめた。ペントー
スリン酸経路は複雑なため、2つの式にまとめて表記した。菌体(biomass)の構成比率については報告されているデータを使用し(Neidhardt、F. C. et al., Physiology of the Bacterial Cell. Sinauer Associates, Massachusetts. 1990)、[68]の反応式を用いて表した。このモデルの化学量論行列は自由度が7であった。
Figure 0004665451
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(2)自由フラックスの選択及びそれらのランダムな組み合わせの生成
Rederの方法に基づきフラックス群の特異的グループを決定した(Reder, C. J. Theor.
Biol. 135:175-201, 1988)。それぞれのグループから、分岐点に近いフラックスを選び、得られた7つの自由フラックスを第3表に示した。これら7つのフラックスを特定することで、フラックスバランスに対して、ユニークな解を与えることができる。
Figure 0004665451
ランダムな7つの自由フラックスの値の組み合わせ約300,000から、いずれの逆反応性の制約を侵すもの、リジンと菌体の両方の値がそれぞれの最大値の20%に設定した閾値レベルを超えないものは除外して、生物学的に意味のある特異領域に存在する5,000の代謝フラックス分布のデータセットを生成した。結果を10 mmolのグルコース取込を基にした値で表現し、ランダムなフラックス分布に相当する5,000行、それぞれが反応フラックスに相当する68列の行列とした。
(3)多変量解析による相関解析及び物質生産に影響する代謝フラックスの決定
7つの自由フラックスに対応する列のみのZ-scoreを含む縮約行列の多変量線形回帰を実施した。多変量線形回帰には、MatLab statistical toolboxのstepwise regression functionを用いた。この手法によって、菌体あるいはリジン生成を7つの自由フラックスの線形関数で導く事が出来る。これら7つのフラックスを特定することは、系の状態を一義的に定義する事になる。従って、7つの項全てをパラメーターとして用いれば、相関係数は1となり、フィッティングが完全である事を示している。しかしながら、通常、式中のより少ない項のみで、比較的よいフィッティングを得ることが可能である。項の種々の組み合わせを試すために、MatLabプログラムのstepwise関数を用いて、保持される項の数それぞれ対して、もっともよいフィッティングを示す式を選んだ。菌体収率は、イソクエン酸リアーゼ(ICL)、リンゴ酸酵素(MEZ)、PEPカルボキシラーゼ(PEPC)、及びATPaseの四つの項のみで、R2=0.980というフィッティングを得る事が出来た。これよりも項の数を減らした場合、R2値は著しく低下し、妥当なフィッティングを示さなかった。入力を10 mmolグルコース当たりに規格化した反応フラックスをすると正確な式は次のようであった。
式1) 菌体収率 = 1.552 - 0.194 (ICL) + 0.184 (MEZ) - 0.194 (PEPC) - 0.011 (ATPase)
リジン収率は同じ4パラメーターを含むモデルでフィッティングすることができ、R2=0.997という結果を得た。しかし、ATPaseの項を除いてもR2は0.856までにしか落ちず、なお良いフィッティングであった。従って、リジンのモデルには以下の3パラメーターを用いた。
式2)リジン収率 = -1.694 + 1.176 (ICL) - 1.095 (MEZ) + 1.162 (PEPC)
最終的に次の式によって、菌体とリジンに向かう炭素原子の総数で定義される全炭素収率(C atoms)をATPaseの項のみを用いて、R2=0.956でフィッティングすることができた。
式3) C atoms = 34.3 - 0.314 (ATPase)
これらの結果から、菌体収率はリンゴ酸酵素に正に相関し、リジン生成はPEPカルボキシラーゼとイソクエン酸リアーゼ(グリオキシル酸回路)のフラックスに正に相関しているが示された。この回帰解析の有用性を図1と図2に示すことが出来る。イソクエン酸リアーゼあるいはリンゴ酸酵素のフラックスを別々に考えた場合、図1a及びbにそれぞれ示すように、リジン生成との間には相関は認められない。しかし、それらのフラックスを回帰式2)の一部として考えた場合には、図2に示すような相関を認めることができ、効果は明らかになる。こうして、本手法により、代謝フラックス間の隠れた関係を見出すことができる。正の相関を示すフラックスを担う活性を高め、負の相関を示すフラックスを担う活性を低めることで、目的生産物の収率を高めることが可能である。すなわち、本結果から、リジン生成には、PEPカルボキシラーゼあるいはイソクエン酸リアーゼ活性を高める、あるいは負の相関を示すリンゴ酸酵素の活性を減少させることが有効であるという、菌株改良の指針を提供することが出来た。実際に、Escherichia coliを用いたリジン生産において、PEPカルボキシラーゼの活性を高めることでリジン生産能の高まった菌株を作成した例が国際公開第01/53459号パンフレットに開示されており、本発明の有用性が裏付けられている。
L−スレオニンにおける代謝フラックスの決定
実施例1と同じ方法を用いて、スレオニンに対するもっともよいフィッティングを示す式を選んだ。菌体収率は、イソクエン酸リアーゼ(ICL)、リンゴ酸酵素(MEZ)、PEPカルボキシラーゼ(PEPC)、及びATPaseの四つの項のみで、R2=0.986というフィッティングを得る事が出来た。
式4) 菌体収率 = 1.260 - 0.101 (ICL) + 0.093 (MEZ) - 0.101 (PEPC) - 0.009 (ATPase)
スレオニン収率は同じ3パラメーターを用いたモデルでフィッティングすることができ、R2=0.937という結果を得た。
式5)スレオニン収率 = -1.432 + 1.090 (ICL) - 1.018 (MEZ) + 1.087 (PEPC)
これらの結果から、菌体収率はリンゴ酸酵素に正に相関し、スレオニン生成に対してはPEPカルボキシラーゼとイソクエン酸リアーゼ(グリオキシル酸回路)のフラックスに正に相関しているが示された。従って、スレオニン生産に対しても、PEPカルボキシラーゼあるいはイソクエン酸リアーゼ活性を高める、あるいは負の相関を示すリンゴ酸酵素の活性を減少させることが有効であるという、菌株改良の指針を提供することが出来た。
リンゴ酸酵素欠損L−リジン生産菌の構築
エシェリヒア・コリのL−リジン生産株として、AEC(S−(2−アミノエチル)−システイン)耐性株であるWC196株(国際公開第WO96/17930号国際公開パンフレット参照)を用いた。
リンゴ酸酵素は、エシェリヒア・コリでは、NADを補酵素とするもの(EC 1.1.1.38)と
、NADPを補酵素とするもの(EC 1.1.1.40)(それぞれsfcA及びb2463遺伝子によりコードされる)がある。
sfcA、b2463遺伝子の欠失は、DatsenkoとWannerによって最初に開発された「Red-driven integration」と呼ばれる方法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2000, vol. 97, No. 12, p6640-6645)とλファージ由来の切り出しシステム(J. Bacteriol. 2002 Sep; 184(18): 5200-3. Interactions between integrase and excisionase in the phage lambda excisive nucleoprotein complex. Cho EH, Gumport RI, Gardner JF.)によって行った。「Red-driven integration」方法によれば、目的とする遺伝子の一部を合成オリゴヌクレオチドの5’側に、抗生物質耐性遺伝子の一部を3’側にデザインした合成オリゴヌクレオチドをプライマーとして用いて得られたPCR産物を用いて、一段階で遺伝子破壊株を構築することができる。さらにλファージ由来の切り出しシステムを組合わせることにより、遺伝子破壊株に組み込んだ抗生物質耐性遺伝子を除去することが出来る。
(1)sfcA遺伝子の破壊
PCRの鋳型として、プラスミドpMW118-attL-Cm-attRを使用した。pMW118-attL-Cm-attRは、pMW118(宝バイオ社製)にλファージのアタッチメントサイトであるattL及びattR遺伝子と抗生物質耐性遺伝子であるcat遺伝子を挿入したプラスミドであり、attL-cat-attRの順で挿入されている。attL配列を配列番号11に、attR配列を配列番号12に示す。
このattLとattRの両端に対応する配列をプライマーの3’末端に、目的遺伝子であるsfcA遺伝子の一部に対応するプライマーの5’末端に有する配列番号1及び2に示す合成オリゴヌクレオチドをプライマーに用いてPCRを行った。
増幅したPCR産物をアガロースゲルで精製し、温度感受性の複製能を有するプラスミドpKD46を含むエシェリヒア・コリWC196株にエレクトロポレーションにより導入した。プラスミドpKD46(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2000, vol. 97, No. 12, p6640-6645)は、アラビノース誘導性ParaBプロモーターに制御されるλRed相同組換えシステムのRed レコンビナーゼをコードする遺伝子(γ、β、exo遺伝子)を含むλファージの合計2154塩基のDNAフラグメント(GenBank/EMBL アクセッション番号 J02459, 第31088番目〜33241番目)を含む。プラスミドpKD46はPCR産物をWC196株の染色体に組み込むために必要である。
エレクトロポレーション用のコンピテントセルは次のようにして調製した。すなわち、100mg/Lのアンピシリンを含んだLB培地中で30℃、一晩培養したエシェリヒア・コリWC196株を、アンピシリン(20mg/L)とL-アラビノース(1mM)を含んだ5mLのSOB培地(モレキュラークローニング:実験室マニュアル第2版、Sambrook, J.ら、Cold Spring Harbor
Laboratory Press(1989年))で100倍希釈した。得られた希釈物を30℃で通気しながらOD600が約0.6になるまで生育させた後、100倍に濃縮し、10%グリセロールで3回洗浄することによってエレクトロポレーションに使用できるようにした。エレクトロポレーションは70μLのコンピテントセルと約100ngのPCR産物を用いて行った。エレクトロポレーション後のセルは1mLのSOC培地(モレキュラークローニング:実験室マニュアル第2版、Sambrook, J.ら、Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989年))を加えて37℃で2.5時間培養した後、37℃でCm(クロラムフェニコール)(25mg/L)を含むL−寒天培地上で平板培養し、Cm耐性組換え体を選択した。次に、pKD46プラスミドを除去するために、Cmを含むL-寒天培地上、42℃で2回継代し、得られたコロニーのアンピシリン耐性を試験し、pKD46が脱落しているアンピシリン感受性株を取得した。
クロラムフェニコール耐性遺伝子によって識別できた変異体のsfcA遺伝子の欠失を、PC
Rによって確認した。得られたsfcA欠損株をWC196ΔsfcA::att-cat株と名づけた。
次に、sfcA遺伝子内に導入されたatt-cat遺伝子を除去するために、ヘルパープラスミドpMW-intxis-tsを使用した。pMW-intxis-tsは、λファージのインテグラーゼ(Int)をコードする遺伝子(配列番号13)、エクシジョナーゼ(Xis)をコードする遺伝子(配列番号15)を搭載し、温度感受性の複製能を有するプラスミドである。pMW-intxis-ts導入により、染色体上のattL(配列番号11)あるいはattR(配列番号12)を認識して組換えを起こしattLとattRの間の遺伝子を切り出し、染色体上にはattLあるいはattR配列のみ残る構造になる。
上記で得られたWC196ΔsfcA::att-cat株のコンピテントセルを常法に従って作製し、ヘルパープラスミドpMW-intxis-tsにて形質転換し、30℃で50 mg/Lのアンピシリンを含むL−寒天培地上にて平板培養し、アンピシリン耐性株を選択した。
次に、pMW-intxis-tsプラスミドを除去するために、L-寒天培地上、42℃で2回継代し、得られたコロニーのアンピシリン耐性、及びクロラムフェニコール耐性を試験し、att-cat、及びpMW-intxis-tsが脱落しているクロラムフェニコール、アンピシリン感受性株を取得した。この株をWC196ΔsfcAと名づけた。
(2)b2463遺伝子の破壊
WC196株、WC196ΔsfcA 株におけるb2463遺伝子の欠失は、上記(1)の手法に則って、b2463破壊用プライマーとして、配列番号3、4のプライマーを使用して行った。これによって、WC196Δb2463株、WC196ΔsfcAΔb2463を得た。構築した菌株WC196ΔsfcAΔb2463をWC196Δmezと名づけた。
(3)PCR鋳型及びヘルパープラスミドの調製
PCRの鋳型pMW118-attL-Cm-attR及びヘルパープラスミドpMW-intxis-tsは以下のように調製した。
(3−1) pMW118-attL-Cm-attR
pMW118-attL-Cm-attRの構築は、pMW118-attL-Tc-attRを基にした。下記の四つのDNA断片を連結した。
1)オリゴヌクレオチドP1及びP2(配列番号17及び18)をプライマーとして用いて(これらのプライマーはBglII及びEcoRIエンドヌクレアーゼの認識部位を付加的に含む)、E. coli W3350株(λプロファージを含む)の染色体の相当する配列をPCR増幅することにより得たattLを含むBglII-EcoRI DNA断片(120 bp)(配列番号11)。
2)オリゴヌクレオチドP3及びP4(配列番号19及び20)をプライマーとして用いて(これらのプライマーはPstI及びHindIIIエンドヌクレアーゼの認識部位を付加的に含む)、E. coli W3350株(λプロファージを含む)の染色体の相当する配列をPCR増幅することにより得たattRを含むPstI-HindIII DNAフラグメント(182 bp)(配列番号12)。
3)pMW118-ter_rrnBのラージBglII-HindIII断片(3916 bp)。pMW118-ter_rrnBは下記の三つの断片を連結することにより得られたものである。
pMW118をEcoRI制限エンドヌクレアーゼで切断し、DNAポリメラーゼIのクレノウ断片で処理し、次いでAatII制限エンドヌクレアーゼで切断することで得たpMW118のAatII-EcoRIpol断片を含むラージ断片(2359 bp)。
オリゴヌクレオチドP5及びP6(配列番号21及び22)をプライマーとして用いて(こ
れらのプライマーはAatII及びBglIIエンドヌクレアーゼの認識部位を付加的に含む)、pUC19プラスミドの相当する配列をPCR増幅することにより得た、アンピシリン耐性(ApR)のbla遺伝子を含む、pUC19のAatII-BglIIスモール断片(1194bp)。
オリゴヌクレオチドP7及びP8(配列番号23及び24)をプライマーとして用いて(これらのプライマーはBglII及びPstIエンドヌクレアーゼの認識部位を付加的に含む)、E. coli MG1655株の染色体の相当する領域をPCR増幅することにより得た転写ターミネーターter_rrnBのBglII-PstIpolスモール断片(363 bp)。
4)テトラサイクリン耐性遺伝子及び転写ターミネーターter_thrLを含むpML-Tc-ter_thrLのスモールEcoRI-PstI断片(1388 bp)(配列番号29)。pML-Tc-ter_thrLは下記のように得られたものである。
pML-MSC(2001 #5)をXbaI及びBamHI制限エンドヌクレアーゼで切断し、そのラージ断片(3342 bp)を、ターミネーターter_thrLを含むXbaI-BamHI断片(68 bp)と連結した。XbaI-BamHI断片は、オリゴヌクレオチドP9及びP10(配列番号25及び26)をプライマーとして用いて(これらのプライマーはXbaI及びBamHIエンドヌクレアーゼの認識部位を付加的に含む)、E. coli MG1655株の染色体の相当する領域をPCR増幅することにより得た。この連結反応の産物をプラスミドpML-ter_thrLとした。
pML-ter_thrLをKpnI及びXbaI制限エンドヌクレアーゼで切断し、DNAポリメラーゼIのクレノウ断片で処理し、次いで、テトラサイクリン耐性遺伝子を含むpBR322のスモールEcoRI-Van91I断片(1317 bp)(EcoRI及びVan91I制限エンドヌクレアーゼでpBR322を、DNAポリメラーゼIのクレノウ断片で処理した。)と連結した。この連結反応の産物をプラスミドpML-Tc-ter_thrLとした。
以上のようにしてpMW118-attL-Tc-attRを得た。
pMW118-attL-Cm-attRは、pMW118-attL-Tc-attRのラージBamHI-XbaI断片(4413 bp)と、プロモーターPA2(T7ファージの初期プロモーター)、クロラムフェニコール耐性(CmR)のcat遺伝子、転写ターミネーターter_thrL及びattRを含むBglII-XbaI人工DNA断片(1162bp)とを連結して構築した。人工DNA断片(配列番号30)は、下記のようにして得た。
1.pML-MSC (2001 #5)をKpnI及びXbaI制限エンドヌクレアーゼで切断し、次いで、プロモーターPA2(T7ファージの初期プロモーター)を含むスモールKpnI-XbaI断片(120 bp)と連結した。KpnI-XbaI断片は、オリゴヌクレオチドP11及びP12(配列番号27及び28)をプライマーとして用いて(これらのプライマーはKpnI及びXbaIエンドヌクレアーゼの認識部位を付加的に含む)、T7ファージDNAの相当する領域をPCR増幅することにより得た。この連結反応の産物をプラスミドpML-PA2-MCSとした。
2.pML-PA2-MCSから、XbaI部位を除去した。得られた産物をプラスミドpML-PA2-MCS(XbaI-)とした。
3.プロモーターPA2(T7ファージの初期プロモーター)及びクロラムフェニコール耐性(CmR)のcat遺伝子を含む、pML-PA2-MCS(XbaI-)のスモールBglII-HindIII断片(928 bp)を、転写ターミネーターter_thrLおよびattRを含む、pMW118-attL-Tc-attRのスモールHindIII-HindIII断片(234 bp)と連結した。
4.オリゴヌクレオチドP9及びP4(配列番号25及び20)をプライマーとして用いて(これらのプライマーはHindIII及びXbaIエンドヌクレアーゼの認識部位を付加的に含む)、連結反応混合物をPCR増幅することにより目的の人工DNA断片(1156 bp)を得た。
(3−2) pMW-intxis-ts
最初に、λファージDNA(Fermentas)を鋳型として二つのDNA断片を増幅した。第一の断片は、nt 37168〜38046(配列番号39)の領域からなり、cIレプレッサー、プロモーターPrm及びPr並びにcro遺伝子のリーダー配列を含むものであった。この断片は、オリゴヌクレオチドP1'及びP2'(配列番号31及び32)をプライマーとして用いた増幅により得た。第二の断片は、λファージのxis-int遺伝子を含む、nt 27801〜29100(配列番号40)の領域からなるものであった。この断片は、オリゴヌクレオチドP3'及びP4'(配列番号33及び34)をプライマーとして用いた増幅により得た。全てのプライマーは、適切なエンドヌクレアーゼ認識部位を有していた。
cIレプレッサーを含む、得られたPCR増幅断片を、ClaI制限エンドヌクレアーゼで切断し、DNAポリメラーゼIのクレノウ断片で処理し、次いで、EcoRI制限エンドヌクレアーゼで切断した。第二のPCR増幅断片をEcoRI及びPstI制限エンドヌクレアーゼで切断した。一方、プラスミドpMWPlaclacI-tsを、BglIIエンドヌクレアーゼで切断し、DNAポリメラーゼIのクレノウ断片で処理し、次いでPstI制限エンドヌクレアーゼで切断した。pMWPlaclacI-tsのベクター断片をアガロースゲルから溶出し、切断したPCR増幅断片と連結した。
プラスミドpMWPlaclacI-tsは、下記の部分からなるpMWPlaclacIの誘導体である。1) PlacUV5プロモーター及びバクテリオファージT7遺伝子10のRBSの制御下のlacI遺伝子を含むBglII-HindIII人工DNA断片、2) オリゴヌクレオチドP5'及びP6'(配列番号35及び36)をプライマーとして用いて(これらのプライマーはAatII及びBglIIエンドヌクレアーゼの認識部位を付加的に含む)、pUC19プラスミドの相当する領域をPCR増幅することにより得た、アンピシリン耐性(ApR)遺伝子を含むAatII-BglII断片、3) 組換えプラスミドpMW118-ter_rrnBのAatII-PvuI断片を含むAatII-HindIII断片。プラスミドpMW118-ter_rrnBは、以下のようにして構築した。適切なエンドヌクレアーゼ認識部位を含むオリゴヌクレオチドP7'及びP8'(配列番号37及び38)をプライマーとして用いて、E. coli MG1655株の染色体の相当する領域をPCR増幅することにより、ターミネーターter_rrnBを含むPstI-HindIII断片を得た。連結の前に、pMW118及びter_rrnB断片(相補鎖、配列番号41)を、PvuIまたはPstIでそれぞれ制限し、DNAポリメラーゼIのクレノウ断片で処理してブラント端にし、次いで、AatIIまたはHindIIIエンドヌクレアーゼで切断した。pMWPlaclacI-ts変異体の構築には、プラスミドpMWPlaclacIのAatII-EcoRV断片を、pSC101レプリコンのpar、ori及びrepAts遺伝子を含むプラスミドpMAN997のAatII-EcoRV断片で置換した。
リンゴ酸酵素欠損L−スレオニン生産菌の構築
sfcA及びb2463の欠損株をVKPM B-5318株から取得した。VKPM B-5318株は、1987年11月19日ににロシアン・ナショナル・コレクション・オブ・インダストリアル・マイクロオーガニズム(Russian National Collection of Industrial Microorganisms (VKPM), GNII Genetika )に登録番号VKPM B-5318のもとに寄託されている。
リンゴ酸酵素(mez)遺伝子(sfcA、b2463)の各遺伝子単独欠失株は、実施例3と同様にRedドリブンインテグレーション法によって取得した。すなわち、WC196株の代わりにB-5318株を用いる他は、実施例3のRedドリブンインテグレーション法と同様に行い、クロラムフェニコール耐性遺伝子によって識別できた変異体をsfcA、b2463破壊株とした。B-5318のsfcA破壊株をB-5318ΔsfcA、B-5318のb2463破壊株をB-5318Δb2463と名づけた。また、B5318のsfcA及びb2463の破壊株は実施例3のRedドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステムを使用した方法を用いて取得した。B-5318のsfcA及びb2463の破壊株すなわち菌株B-5318ΔsfcAΔb2463をB-5318Δmezと名づけた。
リンゴ酸酵素欠損株の培養評価
<5−1>b2463欠損株であるL-スレオニン生産菌の評価
B-5318Δb2463及びB-5318株を、ストレプトマイシン硫酸塩20mg/L、硫酸カナマイシン25mg/Lを含有するLB寒天培地(トリプトン10g/L、酵母エキス5g/L、NaCl 5g/L、寒天15g/L)にて37℃で24時間培養した菌体を1/5枚のプレートから掻き取り、ストレプトマイシン硫酸塩20mg/L、硫酸カナマイシン25mg/Lを含有するLB液体培地(トリプトン10g/L、酵母エキス5g/L、NaCl 5g/L)50mLに植菌し、培養温度40℃、培養時間3.5時間、144rpmにて前培養を行った。
前培養終了後、本培養培地300mLを注入した1L容ジャーファーメンターに、本培養培地体積の10%に当たる前培養溶液を植菌し、40℃、pH7.0にて本培養を行った。本培養培地組成は以下に示す。
Figure 0004665451
培養中のpHは、pHが7.0になるようにアンモニアガスを添加することにより調整を行った。
添加した糖を消費した後、液体クロマトグラフィーにより、L-スレオニン量の測定を行った。結果を表5に示す。
b2463欠損株であるB-5318Δb2463を用いた場合、コントロールであるB-5318株に対し、スレオニン収率は向上した。
Figure 0004665451
<5−2> sfcA欠損株であるL-スレオニン生産菌の評価
B-5318ΔsfcA株及びB-5318株を、<5−1>と同様にして培養した。
添加した糖を消費した後、液体クロマトグラフィーにより、L-スレオニン量の測定を行った。結果を表6に示す。
sfcA欠損株であるB-5318ΔsfcA株を用いた場合、コントロールであるB-5318株に対し、スレオニン収率は向上した。
Figure 0004665451
<5−3> sfcA,b2463 欠損株であるL-リジン生産菌の評価
WC196株、WC196ΔsfcA株及びWC196Δb2463株を、dapA、dapB及びLysC遺伝子を搭載したLys生産用プラスミドpCABD2(国際公開第WO01/53459号パンフレット)を用いて常法に従い形質転換し、WC196/pCABD2、WC196ΔsfcA/pCABD2株及びWC196Δb2463/pCABD2株を得た。
WC196/pCABD2、WC196ΔsfcA/pCABD2株及びWC196Δb2463/pCABD2株を20 mg/Lのストレプトマイシンを含むL培地(下記に示す)にて、同培地でのOD600約0.6となるまで37℃にて培養した後、培養液と等量の40%グリセロール溶液を加えて攪拌した後、適当量ずつ分注し、-80℃に保存した。これをグリセロールストックと呼ぶ。
これらの株のグリセロールストックを融解し、各100μLを、20 mg/Lのストレプトマイシンを含むLプレートに均一に塗布し、37℃にて24時間培養した。得られたプレートのおよそ1/8量の菌体を、500mL坂口フラスコの、20 mg/Lのストレプトマイシンを含む発酵培地(下記に示す)の20 mLに接種し、往復振とう培養装置で37℃において約16時間培養した。培養後、培地中に蓄積したリジンの量、及び残存しているグルコースをバイオテックアナライザーAS210(サクラ精機)を用いて測定した。
L−リジン蓄積と除菌体収率を表7に示す。ここで言う除菌体収率とは、菌体生成に使用された糖量を除いて計算した収率であり、消費糖の50%が菌体形成に使用されると仮定して計算される。この結果より、対照株WC196/pCABD2に比較して、単欠損株WC196ΔsfcA/pCABD2株、WC196Δb2463/pCABD2株は除菌体収率が向上することがわかった。
Figure 0004665451
sfcAまたはb2463欠損L-リジン生産菌評価に使用した培地を説明する。試薬は、特記しない限り和光純薬、又はナカライテスク社製のものを用いた。用いる培地の組成は以下に示すとおりである。いずれの培地もpHはNaOHまたはHClで調整した。
Figure 0004665451
リンゴ酸酵素欠損株(Δmez)の培養評価
<6−1> リンゴ酸酵素欠損L-スレオニン生産株の評価
B-5318Dmez株及びB-5318株を、ストレプトマイシン硫酸塩20mg/L、硫酸カナマイシン25mg/Lを含有するLB寒天培地(トリプトン10g/L、酵母エキス5g/L、NaCl 5g/L、寒天15g/L)にて37℃で24時間培養した菌体を1枚のプレートから掻き取り、LB液体培地(トリプトン10g/L、酵母エキス5g/L、NaCl 5g/L)5mLに懸濁し、0.5mLをストレプトマイシン硫酸塩20mg/L、硫酸カナマイシン25mg/Lを含有するLB液体培地50mLに植菌し、培養温度39℃、培養時間4時間、144rpmにて前培養を行った。
前培養終了後、本培養培地300mLを注入した1L容ジャーファーメンターに、本培養培地体積の10%に当たる前培養溶液を植菌し、39℃、pH7.0にて本培養を行った。本培養培地組成は以下に示す。
Figure 0004665451
培養中のpHは、pHが7.0になるようにアンモニアガスを添加することにより調整を行った。培地中の糖が消費され枯渇した後は、600g/Lのグルコース水溶液を添加した。
本培養を24時間培養後、液体クロマトグラフィーにより、L-スレオニン量の測定を行った。結果を表10に示す。
マリックエンザイム欠損株であるB-5318Δmez株を用いた場合、コントロールであるB-5318株に対し、スレオニン収率は向上した。
Figure 0004665451
<6−2> リンゴ酸酵素欠損L-リジン生産株の評価
WC196株、WC196Δmez株をLys生産用プラスミドpCABD2(WO01/53459)で常法に従い形質転換し、WC196/pCABD2及びWC196Δmez/pCABD2株を得た。
WC196/pCABD2、WC196Δmez/pCABD2株を20 mg/Lのストレプトマイシンを含むL培地(実施例5<5−3>で用いたものと同じ)にて、OD600が約0.6となるまで37℃にて培養した後、培養液と等量の40%グリセロール溶液を加えて攪拌した後、適当量ずつ分注し、-80℃に保存した。これをグリセロールストックと呼ぶ。
これらの株のグリセロールストックを融解し、各100μLを、20 mg/Lのストレプトマイシンを含むLプレートに均一に塗布し、37℃にて24時間培養した。得られたプレートのおよそ1/8量の菌体を、500mL坂口フラスコの、20 mg/Lのストレプトマイシンを含む発酵培地(実施例5<5−3>で用いたものと同じ)の20 mLに接種し、往復振とう培養装置で37℃において48時間培養した。培養後、培地中に蓄積したリジンの量、及び残存しているグルコースをバイオテックアナライザーAS210(サクラ精機)を用いて測定した。
L−リジン蓄積と除菌体収率を表11に示す。ここで言う除菌体収率とは、消費糖の50%が菌体形成に使用されると仮定して計算される。この結果より、対照株WC196/pCABD2に比較して、WC196Δmez/pCABD2は除菌体収率が向上することがわかった。
Figure 0004665451
5,000のランダムなフラックス分布のデータセットを用いて自由フラックスの異なる値の関数として、リジン生成の収率を示したプロット。(a)イソクエン酸リアーゼフラックス、(b) リンゴ酸酵素フラックス、(c) PEPカルボキシラーゼフラックスに対するリジン収率。 ランダムな5,000フラックス分布のデータセットに対する、式2の値の関数としてのリジン生成のプロット。入力値は10 mmol/hrのグルコースフラックスに対するmmol/hrで与えられるフラックス。 pMW118-attL-Tc-attR及びpMW118-attL-Cm-attRの構造を示す。 pMW-intxis-tsの構造を示す。

Claims (5)

  1. L−リジンまたはL−スレオニン生産能を有するエシェリヒア属細菌であって、染色体上のsfcA遺伝子及び/もしくはb2463遺伝子のコード領域及び/もしくはそれらの発現制御領域に変異が導入されたこと、または該遺伝子が破壊されたことにより、リンゴ酸酵素の機能が消失するか、あるいは、エシェリヒア属細菌の非改変株に比べて活性が10%以下に低下するように改変されたことを特徴とするエシェリヒア属細菌を培地中で培養し、該培地中にL−リジンまたはL−スレオニンを生成・蓄積せしめ、L−リジンまたはL−スレオニンを培地から採取することを特徴とする、L−リジンまたはL−スレオニンの製造法。
  2. 前記sfcA遺伝子が、下記(A)または(B)に記載のタンパク質をコードする遺伝子である請求項1に記載のL−リジンまたはL−スレオニンの製造法。
    (A)配列番号6に示すアミノ酸配列を有するタンパク質。
    (B)配列番号6に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつ、リンゴ酸酵素活性を有するタンパク質。
  3. 前記b2463遺伝子が、下記(C)または(D)に記載のタンパク質をコードする遺伝子である請求項1に記載のL−リジンまたはL−スレオニンの製造法。
    (C)配列番号8に示すアミノ酸配列を有するタンパク質。
    (D)配列番号8に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつ、リンゴ酸酵素活性を有するタンパク質。
  4. 前記sfcA遺伝子が、下記(a)または(b)に記載のDNAである請求項1に記載のL−リジンまたはL−スレオニンの製造法。
    (a)配列番号5の塩基配列を含むDNA、または
    (b)配列番号5の塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リンゴ酸酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
  5. 前記b2463遺伝子が、下記()または()に記載のDNAである請求項1に記載のL−リジンまたはL−スレオニンの製造法。
    )配列番号7の塩基配列を含むDNA、または
    )配列番号7の塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リンゴ酸酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
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