明細書
D L C被覆摺動部材及びその製造方法 技術分野
本発明は、 相手部材との摺動面にダイヤモン ドライクカーボン (D i a m o n d - 1 i k e C a r b o n : 以下、 「D L C」 と略記する) 膜を備えた摺動部材に係わり、 金属基材との密着性に優れ、 特に潤滑下 の摺動部位におけるフリ クショ ンの低減効果を長期に亘つて発揮する D L C被覆摺動部材と、 このよ うな摺動部材の製造方法に関するものであ る。 背景技術
温暖化を始めとする地球規模での環境問題が注目を集めており、 と り わけ地球全体の温暖化に大きな影響があるといわれている c o 2放出量の 削減については、 その規制値の設定方法が各国で重要な関心事となって きている。
C O 2削減については、 例えば、 自動車の燃費削減を図ることも大きな 課題の 1つであり、 摺動材料と潤滑油の性能向上に対する期待が大きレ、。 摺動材料の役割は、 苛酷な摩擦摩耗環境下にある摺動部位に対して、 優れた耐磨耗性と共に、 低い摩擦係数を発現することであり、 最近では、 D L C材料を始めとする種々の硬質薄膜材料の適用が進んできている。
このよ うな硬質薄膜を適用した摺動部材を製造するに際して、 アルミ 二ゥム合金等の軟質基材に硬質の D L Cをコーティ ングする場合、 基材 金属との密着性を向上させるために、 種々の金属や炭化物からなる数ナ ノメータオーダの中間層を基材表面に形成することが知られている。
例えば、 アルミ ニウム基材に関しては、 最大表面粗さ 3 μ πι以下に仕
上げたアルミニゥム合金基材上に、 窒素含有ク ロム皮膜を形成した後、 D L Cなどの硬質皮膜を形成する方法が提案されている (特許文献 1参 )
また、 鉄系基材に関しては、 基材表面から最表層に向けて、 C r及び Z又は A 1 の金属層から成る第 1層、 C r及び 又は A 1 の金属と、 W, T a , M o , N bの 1種以上の金属が混合されて成る第 2層、 W, T a , M o , N bの 1種以上の金属から成る第 3層、 W, T a , M o, N bの 1種以上の金属と炭素を含む非晶質層から成る第 4層を備えた 4層構造 の中間層を介して、 基材上に D L Cを主体とする最表面層を形成させる ことが提案されている (特許文献 2参照) 。
一方、 フリ クショ ン低減を狙った硬質薄膜のコーティング技術と して は、 例えばショ ッ トピーユングと、 微粒子ピーユングとを併用すること によって、 うねり とマイク ロディ ンプル形状を持たせた鋼基材に、 D L Cなどの硬質薄膜を形成させることによ り、 潤滑下でのフ リ ク ショ ン低 減や、 焼付き性、 耐摩耗性の改善を図ることが提案されている (特許文 献 3参照) 。
このよ う に、 優れた摩擦特性を有する D L Cを実部品に適用する上で、 D L Cと基材、 特に硬度の低いアルミニウム合金やマグネシウム合金の よ うな基材との密着性を向上する技術の確立が望まれている。
また、 自動車用エンジンを始めとする各種機械装置におけ δほとんど の摺動部品は、 工業用潤滑剤で潤滑されて用いられていることから、 特 に潤滑剤の存在の下で大幅な摩擦低減を狙える技術が、 地球環境改善に 貢献する技術と して強く求められている。
特開 2 0 0 7— 1 0 0 1 3 3号公報
特開 2 0 0 3— 1 7 1 7 5 8号公報
特開 2 0 0 1 — 2 8 0 4 9 4号公報
しかしながら、 上記特許文献 1及び 2に記載の方法では、 中間層の形 成によって D L C膜の密着強度は改善できるものの、 中間層の厚さが数 μ πιと薄いために、 特にアルミ ニウム合金のよ うな軟質基材を用いた場 合には、 その効果が十分ではない。 すなわち、 面圧の高い摩擦条件下に おいては、 基材の変形に伴って D L C膜の剥離や摩滅が容易に生ずるこ とから、 軟質基材には適用できないという問題があった。
一方、 特許文献 3に記載の方法においては、 ショ ッ トピーニングゃ切 削加ェなどによって、 膜厚を越えるよ うな大きなうねり を生じさせてい るため、 アルミニゥム合金等の軟質基板に D L C コーティングした場合 には、 密着性 · 耐摩耗性の大幅な低下を生ずる。 加えて、 D L C膜の鋭 利な凸部に形成された部分が容易に剥離し、 下地が露出する結果、 潤滑 下においてもフリ クショ ン低減効果がほとんど認められないという問題 があった。 発明の開示
本発明は、 D L C膜を備えた従来の摺動部材における上記課題に鑑み てなされたものであって、 その目的とするところは、 基材と D L C膜の 密着性に優れると共に、 潤滑剤の存在下で大幅な摩擦低減効果を発揮す る D L C被覆摺動'部材と、 このよ うな摺動部材の製造方法を提供するこ とにある。
本発明者らは、 上記課題の解決に向けて、 基材の表面処理や表面改質、 中間層の種類や材質、 D L C膜の表面形状などについて鋭意検討を繰り 返した結果、 基材表面に重金属粒子が分散して成る硬化層を形成し、 こ の上に D L Cを適度な表面粗さとなるよ う に成膜することによって、 上 . 記課題が解決できるこ とを見出し、 本発明を完成するに到った。
本発明は上記知見に基づく ものであって、 本発明の D L C被覆摺動部
材は、 'ピッカース硬度で H V 3 0 0以下の金属基材表面に、 重金属粒子 が基材金属中に分散して成る第 1 の硬化層とその下側に位置する第 2の 硬化層から成る硬化層を介して D L C被膜が形成されており、 この D L C被膜表面における最大高さ粗さ R zが 1〜 1 0 // mであることを特徴 と している。
また、 本発明の D L C被覆摺動部材の製造方法は、 ビッカース硬度 H Vが 3 0 0以下の金属基材表面に重金属粒子を投射することによって、 当該粒子を基材金属表面下に分散させたのち、 この表面を研磨して重金 属粒子の衝突によって形成された凹凸をなだらかにした状態で D L C被 膜を成膜することを特徴とする。 図面の簡単な説明
図 1 は、 実施例において作製した D L Cコーティ ング試験片における 基材板厚方向の硬度分布測定結果の一例を示すダラフである。
図 2は、 ( a ) 実施例において限界荷重の評価に用いたボールオンデ イ スク式摩擦摩耗試験の要領を説明する概略図である。
( b ) 実施例において潤滑下における摩擦特性評価に用いたボールオン ディスク式摩擦摩耗試験の要領を説明する概略図である。
図 3は、 比較例 1 によ り得られた D L C コーティ ング試験片に対する ボールオンディスク摩擦摩耗試験による限界荷重の測定結果を示すダラ フである。
図 4は、 比較例 3によ り得られた D L Cコーティ ング試験片に対する ボールオンディスク摩擦摩耗試験による限界荷重の測定結果を示すダラ フである。
図 5は、 実施例 1 によ り得られた D L Cコーティ ング試験片に対する ボールオンディスク摩擦摩耗試験による限界荷重の測定結果を示すダラ
フである。
図 6は、 実施例 7及び比較例 6によ り得られた D L C コ ーティ ング試 験片の限界荷重試験後の摩耗部表面の状態を示す電子顕微鏡写真である。
図 7は、 実施例 7及び比較例 6によ り られた D L C コ ーティ ング試 験片の限界荷重試験後の摩耗部断面の状態を示す電子顕微鏡写真である。
図 8は、 実施例 7によ り得られた D L Cコーティ ング試験片の限界荷 重試験後の摩耗部における粗さ断面曲線の測定結果を示すグラフである。
図 9は、 比較例 6によ り得られた D L C コ ーティ ング試験片の限界荷 重試験後の摩耗部における粗さ断面曲線の測定結果を示すグラフである。
図 1 0は、 実施例 7によ り得られた D L Cコーティ ング試験片におけ る硬化層近傍部の E P M A分析結果を示す画像である。
図 1 1 は、 実施例 7によ り得られた D L Cコーティ ング試験片におけ る硬化層近傍部の E P M A分析結果を示す画像である。
発明を実施するための最良の形態
以下、 本発明の D L C被覆摺動部材について、 その製造方法などと共 に、 さらに詳細に説明する。
本発明の D L C被覆摺動部材は、 上記したよ うに、 ビッカース硬度 H Vが 3 0 0以下の金属基材の表面に、 重金属粒子が基材金属中に分散し た構造をなす第 1 の硬化層を表面側に備え、 その下側に上記重金属成分 を含まない第 2の硬化層を備えた 2層構造の硬化層を介して D L C被膜 が形成されており、 この D L C被膜の最大高さ粗さ R z で表される表面 粗さを 1 〜 1 0 μ πιと したものである。
すなわち、 基材と D L C被膜の間に、 重金属粒子の分散構造を備えた 第 1 の硬化層と、 その下側の第 2の硬化層から成る硬化層が介在してい ることによって、 D L C被膜の密着性、 耐摩耗性が向上すると共に、 D L C被膜の表面の適度な凹凸によ り潤滑剤が保持されることから、 潤滑
剤下の摩擦低減が可能になる。
このよ うな D L C被覆摺動部材は、 各種機械装置の摺動部分、 例えば ,自動車用内燃機関について言えば、 ピス トン、 シリ ンダライナー、 軸受 けメ タル、 スプロケッ ト、 チェーンガイ ドなどの摺動部位などに適用す ることができる。
本発明の D L C被覆摺動部材において中間層と して機能する硬化層は、 上記したよ うに基材金属中に重金属の粒子が分散して成る第 1の硬化層 と、 この下側に位置し、 上記重金属を含まない第 2の硬化層との 2層構 造を有する。
一般に 「重金属」 とは、 比重が 4あるいは 5以上のものを意味すると されているが、 本発明においては、 モリ ブデン (M o ) のよ うに、 比重 が 1 0以上の金属から成る粒子を用いることが望ましく 、 中でもタンダ ステン (W) やタンタル (T a ) から成る金属粒子を好適に用いること ができる。
一方、 D L Cについては、 炭素元素を主と して構成される非晶質組織 を有し、 炭素同士の結合形態がダイヤモン ド構造 ( S P 3結合) とグラフ アイ ト結合 ( S P 2結合) の両方から成る。
具体的には、 炭素元素だけから成る a — C (アモルファスカーボン) 、 水素を含有する a — C : H (水素アモルファスカーボン) と共に、 チタ ン (T i ) やモ リ ブデン (M o ) 等の金属元素を一部に含む M e Cが挙 げられるが、 本発明に用いる D L C と しては、 特に限定されない。
本発明の D L C被覆摺動部材における D L C被膜の表面粗さについて は、 最大高さ粗さ R z で 1〜 1 Ο μ πιであることをとすること要する。 すなわち、 最大高さ粗さ R zが Ι Ο μ πιを超えると摩擦係数が増加する 一方、 1 mに満たないと潤滑剤の保持能力が失われ、 潤滑下における 摩擦係数を十分に低くするこ とができなく なる。
また、 上記 D L C被膜の凸部断面形状と しては、 その先端の曲率半径 が 5 0〜 5 0 0 / mの範囲であることが望ま しい。 すなわち、 凸部先端 の曲率半径が 5 0 μ mに満たない場合は、 局部的な面圧が高く なり容易 に D L Cの局部的な剥離を生じて摩擦係数が大きく なり、 5 0 0 μ mを 超えると、 微細かつ均一に分布した凹部が形成され難く なるため潤滑剤 の保持能力が低下する傾向があることによる。 なお、 このよ うな凸部先 端の曲率半径については、 例えば走查型電子顕微鏡で撮影した 4 0 0倍 もしく は 5 0 0倍程度の断面写真から求めることができる。
そして、 上記のよ うな走査型電子顕微鏡によれば、 D L C被膜表面に おける凹部についても観察することができ、 同様に潤滑剤の保持能力を 確保する観点から、 D L C被膜表面における凹部の面積率が 2 5〜 7 0 %、 さ らには 5 1 〜 6 0 %であることが望ま しい。 ここで凹部は、 表面 粗さ形状曲線の最大高さ R z において、 R zの 2 Z 3以下を凹部と便宜 的に定義した。
さ らに、 本発明の D L C被覆摺動部材における D L C被膜の硬さにつ いては、 市販のナノインデンター装置 (超微小硬度計) を用いたナノィ ンデンテーシヨ ン測定法によって測定することができ、 この値が 1 0 G P a以上であることが望ま しい。 ナノインデンテーショ ン硬さがこの値 に満たない場合には、 膜と しての強度が不足して十分な耐摩耗性が得ら れないことがある。
なお、 このナノインデンテーショ ン硬さについては、 2 0 G P a以上 であるこ とがよ り好ましい。
本発明の D L C被覆摺動部材において、 上記硬化層の厚さと しては、 1〜 1 0 Ο μ πι、 さ らには 5〜 5 O z mであることが望ましく 、 硬化層 の厚さが 1 / mに満たない場合は、 低い面圧で基材の変形が生ずること によ り D L C被膜が容易に剥離、 摩滅し易く なり、 1 0 0 ;z mを超える
厚さの硬化層を得よ う とすると、 金属投射条件を強く (大きい粒子を用 いて高速条件で長時間投射) する必要があり生産性が著しく低下する問 題がある。
こ こで、 硬化層とは、 上記したよ うに重金属成分を含む第 1 の硬化層 と、 第 2の硬化層の 2層から成っており、 その厚さと しては、 後述する 図 1 に例示するよ う に、 断面硬さ分布において母材の硬さに対して 1 0 %以上高い硬さが得られる領域の厚さを意味する。
本発明の D L C被覆摺動部材に用いる金属基材と しては、 特に限定さ れないが、 比較的軟質であると共に、 D L Cの直接的な成膜が困難なァ ルミニゥム合金材ゃマグネシウム合金材が基材である場合に、 よ り効果 的に機能し、 部材の軽量化が達成され、 自動車部品の場合には、 燃費向 上に寄与する。 また、 硬化層の形成によって耐荷重性が向上し、 変形に よる膜剥離が防止でき、 部品の小型、 軽量化にも繋がる。
なお、 金属基材と してアルミニウム合金材を用いる場合、 材料品質の 観点から、 ケィ素の含有量が 1質量%未満のものを用いることが望ま し レ、。 このとき、 ケィ素含有量が 1質量%以上になると、 微粒子を投射し たときにケィ素系硬質析出相に割れが発生してしま う傾向がある。
このよ うな D L C被覆摺動部材の製造に際して、 上記硬化層は、 ビッ カース硬度 H Vが 3 0 0以下の金属基材の表面に、 重金属粒子、 望ま し く は上記したよ うなタングステンゃタンタルから成る金属粒子を投射し て衝突させることによって形成することができる。 すなわち、 重金属粒 子の投射によって、 当該金属粒子が基材金属中に分散した第 1の硬化層 が基材表面に形成されると共に、 その下側には、 金属粒子の衝突によつ て基材金属が機械的に硬化 (加工硬化) した第 2の硬化層が形成される ことになる。
なお、 重金属粒子と しては、 単独の金属から成る粒子であっても、 異
種金属の混合粒子であっても、 合金粒子であっても特に差し支えはなレ、。 上記金属粒子を基材表面に投射するには、 例えば空気噴射式、 インべ ラ式などの噴射装置を用いることができる。 この時の重金属粒子の投射 速度と しては、 基材金属や粒子金属の種類に応じて調整されるが、 例え ばアルミ二ゥム合金材ゃマグネシゥム合金材から成る基材の場合には、 概ね 5 0 m / s程度以上とすることが望ましい。 投射速度の下限値であ る 5 O m Z s の条件ではおよそ 5 0 m / / s〜 3 0 O m Z s の投射速度範 囲となる。
なお、 金属基材のビッカース硬度を 3 0 0以下に限定したのは、 この 値を超えると、 重金属粒子の基材表面下への微細な分散状態が得られな く なり、 基材表面における硬化層の形成や明確な硬度増加が得られなく なることによる。
また、 この時に用いる重金属粒子と しては、 比重が 1 0以上の金属、 と りわけタングステンゃタンタル粒子が好適に用いられることは、 上記 したとおりであるが、 その粒径が大きいと、 基材への微細かつ均一な分 散や合金層の形成が得られないという不都合が生じることがあるので、 5 3 /z mメ ッシュの篩を通過する粒子形状のものを用いることが望ま し レヽ
重金属粒子を基材表面に投射することによって、 基材表面には、 基材 金属中に重金属の粒子が分散した第 1 の硬化層が形成されるが、 同時に 金属粒子の衝突による凹凸が形成されることから、 この上に成膜される D L Cの表面粗さを整えるべく 、 成膜に先立ってその表面の鋭利な凸部 を研磨する必要となる。
成膜後の D L C被膜の表面粗さは、 基材の表面粗さに依存することか ら、 当該被膜の表面粗さを最大高さ粗さ R zで 1〜 1 0 // mとするだめ には、 重金属粒子の投射によって荒れた基材表面 (硬化層表面) を研磨
して凹凸をなだらかにし、 同程度の表面粗さ とすることが求められる。 なお、 このための研磨方法と しては、 例えば研磨テープを用いたラッピ ングゃ研磨粒子を保持した軟質メディァを投射する等の方法を採用する ことができる。
このよ うな研磨によって、 基材の硬化層表面を所望の表面粗さと した のち、 当該表面に D L C被膜が成膜される。 このとき、 D L C被膜の厚 さと しては、 0 . 5〜 2 . 0 m程度とすることが望ましい。
このとき、 D L C被膜の成膜方法と しては、 特に限定されず、 例えば、 イオン化蒸着法、 スパッタ法、 イオンプレーティ ング法、 プラズマ C V D法、 プラズマイオン注入成膜法、 ホロ一力ソー ドアーク蒸着法、 真空 アーク蒸着法などを適用することができる。
本発明においては、 金属基材の表面に、 例えば重金属粒子を投射して、 衝突させることによって、 当該重金属粒子が基材金属中に分散した組織 構造を備えた硬化層を形成し、 このよ うな硬化層を介して D L C被膜が 形成されているので、 被膜の密着性 · 耐摩耗性が大幅に改善される。 今 のと ころ、 この詳細なメカニズムについては、 必ずしも明らかではない 、 上記硬化層の第 1 の硬化層中には、 微視的な合金化が生じ'ていると 共に、 その下側の第 2の硬化層には、 重金属粒子投射時の運動エネルギ 一によつて基材金属組織のナノ結晶化が生じていると思われる。 重金属 粒子、 例えばタングステン粒子の周辺には基材金属中に Wが固溶した領 域が形成されており、 これが密着性改善の要因のひとつと考えられる (後述する図 1 0 , 1 1参照) 。
なお、 本発明は、 すべり軸受、 エアコンプレッサ、 エンジン用ピス ト ン、 エンジン用コンロ ッ ド、 エンジン用シリ ンダブロ ックを始めとする 種々の部品の摺動部分に適用することができる。
実施例
以下、 本発明を実施例に基づいて、 よ り具体的に説明する。 なお、 本 発明は、 これらの実施例に限定されないことは言うまでもない。
( 1 ) D L Cコーティ ング試験片の作製
金属基材と して、 J I S H 4 0 0 0に規定されるアルミニウム合 金 A 2 0 1 7 (A l — C u — M g系) 、 A 4 0 3 2 (A l — S i 系) 、 A 5 0 5 2 (A l _M g系) と、 A S TM (米国材料試験協会) B 9 0 Mに規定されるマグネシウム合金 A Z 3 1 (M g — A l _ Z n系) を選 び、 厚さ 3 mm、 径 3 3 mmの円板形状のディスク試験片を作製した。
このよ うなディスク試験片の表面を研磨した後、 ィンペラ式の噴射装 置を用いて、 5 0 μ πιメ ッシュアンダー及び Ι Ο μ πιメ ッシュアンダー の純タングステン粉末又はタンタル粉末を 5 0 m/ s以上の投射速度で 研磨表面に衝突させる処理をそれぞれ施した。
この後、 投射面を鏡面ラップによって研磨し、 金属粒子の衝突によ り 形成された鋭利な凸部を滑らかなものと したのち、 プラズマ C V D法に よって、 2 0 0 °C以下の温度管理下において、 その表面に D L C被膜を 1 μ mの厚さに成膜することによ り、 D L Cコ ーティ ング試験片を得た。 なお、 上記以外に、 重金属粒子の投射処理を行わないもの (比較例 1 , 5 , 6 ) 、 スパッタ リ ングによるタングステン膜を中間層と したもの (比較例 2 ) 、 投射処理後の研磨を省略したもの (比較例 3 ) 、 さらに は重金属粒子に替えてアルミナ粒子を投射したもの (比較例 4 ) をそれ ぞれ作製し、 上記各実施例との比較対象と した。
以上によって作製ざれた D L C コ ーティ ング試験片について、 それぞ れの特性値や性能を以下の要領によつてそれぞれ調査した。 その結果を 表 1 にまとめて示す。
( 2 ) D L C被膜の表面粗さ
各試験片の表面に形成された D L C被膜の表面粗さについて、 J I S
B 0 6 0 1 に基づき、 触針式表面粗さ計を用いて測定した。
( 3 ) D L C被膜の凸部先端の曲率半径
走査型電子顕微鏡によ り撮影した D L C被膜のコ一ティング表面附近 の 4 0 0倍も しく は 5 0 0倍の断面写真を画像処理することによって、 表面凸部の先端部の曲率半径を測定した。
( 4 ) D L C被膜コーティ ング表面の凹部面積率
同じく走査型電子顕微鏡によ り撮影した D L C被膜の 4 0 0倍の表面 写真を画像処理することによって、 各 D L C被膜表面の凹部 (表面粗さ 形状曲線の最大高さ R zの 2 3以下の凹部) の面積率を算出した。
( 5 ) D L C被膜のナノイ ンデンテーショ ン硬さ
市販のナノインデンター装置 (超微小硬度計) を用いて、 各試験片に おける D L C被膜のナノィンデンテーショ ン硬さをそれぞれ測定した。
( 6 ) 硬化層の厚さ
マイ ク ロビッカース硬度計を用い、 2 5 g f 荷重で 1 0秒間保持する ことによって、 D L Cコーティ ング試験片における基材の板厚方向の硬 度分布を測定し、 母材 (基材原質部) 部分の硬さに対して 1 0 %以上硬 化している領域の厚さを求め、 硬化層の厚さ と した。 硬度分布の測定結 果の一例 (実施例 2, 7、 比較例 1, 3 ) を図 1 に示す。
( 7 ) 限界荷重
それぞれの D L Cコーティ ング試験片について、 図 2 ( a ) に示すよ うな要領によるボールオンディスク摩擦摩耗試験を実施し、 ボールにか かる荷重を徐々に増加して行く とき、 摩擦係数が急激に上昇する荷重を もって各試験片の限界荷重と した。
すなわち、 上記によ り作製したディスク状の D L Cコーティ ング試験 片 P dを矢印方向に回転させ、 これにアルミナ材料から成り、 表面を中 心線平均粗さ R aで 0. 0 2 πιに研磨した直径 4 mmのボール B a を
荷重 Wで鉛直方向に押し付け、 0. 0 5 mZ s のすベり速度で摺接させ た。 そして、 室温の大気中において、 荷重 Wを毎分 1 0 Nの割合で、 最 大 1 0 0 Nまで増加させながら、 最大 1 0分間の摩擦試験を実施した。 この時、 摩擦係数の測定と同時に、 A E (A c o u s t i c E m i s s i o n ) の測定を行った。
図 3〜 5は、 アルミ二ゥム合金 A 2 0 1 7を基材と して用いた場合の 実測例を示すものであって、 これら図において、 左側の軸は摩擦係数を 示し、 右側の軸は A E発生量に対応する。
図 3は、 A 2 0 1 7基材に硬化層を形成するこ となく直接 D L Cコ ー ティ ングした比較例 1 による結果を示すものであって、 約 5. 5 k g
( 5 5 N) の荷重で、 摩擦係数の急増と、 破壊時に発生する弾性波であ る A Eの急増が同時に生じていることが分かる。 この時に D L C被膜が 剥離、 摩滅しアルミニウム基材との接触が生じたものと判断される。 一方、 タングステン粒子の投射によ り硬化層を形成したものの、 研磨 を施すことなく D L Cコーティ ングを行った比較例 3では、 図 4に示す よ うに、 試験開始当初から 0. 3を越える高い摩擦係数を示すと共に、 A E発生も初期から増加し続けており 2. 1 k g ( 2 I N) を越えた附近 で D L C被膜が剥離、 摩滅しアルミニウム基材との接触が生じたものと 判断される。
これらに対して、 タ ングステン粒子投射による硬化層の形成ののち、 研磨を施した実施例 3においては、 図 5に示すよ うに、 限界荷重は 8 k g ( 8 0 N) 程度まで大幅に向上できることが分かる。
表 1
重金属粒子の投射処理 D L C被膜の形状 · 持性 硬化層 摩擦摩耗試験 金属 研
区分 粒子の 粒子径 微雄 表面粗さ 凸部曲率 凹部繊率 ナ ヨン 厚 さ 限麟重 潤滑下 基材 磨
種 類 ンュ) (m/s) R z (/m) 半径 (μηύ (%) 硬さ (Gpa) (Ν) 摩擦纖
1 A2017 純タンク'ステン 50 m以下 50iiLh あり 7. 9 65 57 18 80 81 0. 16
2 A2017 純タンゲス于ン 10j[/m以下 501U± あり 8. 9 50 32 17 30 75 0. 1 1
3 A2017 純タンク'ス亍ン 50 ηι以下 50以上 あり 7. 2 70 58 18 70 80 0. 15 実
4 A4032 純タンク'ステン 50j m以下 50以上 あり 8. 1 60 60 18 60 82 0. 16
5 A4032 純タンタル 50 /m以下 50以上 あり 6. 5 90 48 17 40 72 0. 12
6 A5052 純タンゲステン 50 以下 50レ h あり 8. 7 55 55 18 70 85 0. 15 施 7 A5052 純タンク'ステン 50 以下 50JiLh あり 8. 1 60 57 18 50 81 0. 15
8 A5052 純タンゲステン 50 以下 50以上 あり 8. 7 55 56 18 60 82 0. 16
9 A5052 繊ンタル 50jum以下 501¾± あり 6. 3 95 45 18 40 74 0. 12
10 AZ31 純タンゲステン 50jum以下 50JiU: あり 5. 4 120 52 18 90 88 0. 17 例
11 AZ31 純タンク♦ス ϊン 10 以下 50以上 あり 5. 1 105 28 18 50 79 0. 09
12 AZ31 純タンタル 50jum以下 50以上 あり 4. 6 125 45 18 70 80 0. 12
13 AZ31 純タンタル lOj m以下 50以上 あり 4. 4 135 25 17 40 75 0. 09
1 A2017 処理なし ― ― なし 0. 15 15 ― 55 0. 31 比 2 A2017 中間 w ― ― なし 0. 14 15 ― 58 0. 22
3 A2017 純タンク 'ステン 50jum以下 50以上 なし 18. 1 5 75 17 40 21 0. 37 較
4 A5052 アルミナ 50iin以下 50liLh あり 3. 5 135 45 15 20 57 0. 25
5 AZ31 15
例 処理なし ― ― なし 0. 13 ― 48 0. 32
6 A5052 処理なし ― ― なし 0. 15 15 ― 45 0. 31
表 1 の結果から判るよ う に、 A 2 0 1 7 アルミ二ゥム合金基材の研磨 面に、 重金属粒子の投射処理による硬化層を形成することなく直接、 D L C被膜をコーティ ングした比較例 1 においては、 非常に低い荷重で摩 擦係数の上昇が起こ り、 D L C被膜の著しい剥離を生ずる結果となった。
また、 同じく A 2 0 1 7合金基材の研磨面に重金属粒子を投射するこ となく、 D L Cコーティ ングに先立って、 アルゴンスパッタ リ ングによ つてアルミ二ゥム合金基板上にタングステンから成る厚さ 0 . 0 0 5 μ mの中間層を形成させた比較例 2においては、 中間層のない上記比較例 1 に比べれば、 かなり高い荷重まで剥離寿命が延びてはいるものの、 2 0 Nを超える附近から D L C被膜の下地が変形するに伴って、 D L C被 膜に多く のクラ ックが発生した後、 すぐに摩擦係数の急上昇が生じた。 重金属粒子と してタングステン粒子を用いた投射処理を行い、 アルミ ニゥム合金基板表面に硬化層を形成させたままで、 研磨を施すことなく D L C コ ーティ ングを行った比較例 3では、 投射によ り基材に形成され た凹凸形状の上に厚さ 1 μ m程度の D L C被膜が形成されたため、 被膜 表面には鋭利な凸部が多く存在していた。 その結果、 低荷重の負荷にお いても、 D L C被膜が凸部において容易に剥離することから、 摩擦係数 が非常に低い荷重で急上昇する現象が認められた。
さ らに、 セラ ミ ックス材料であるアルミナを投射粒子と して用いた比 較例 4においては、 アルミニウム基材にある程度の厚さを持った硬化層 が形成されるために、 D L C被膜の剥離荷重は多少向上するものの、 D L C被膜の密着性については大幅な改善には到っていない。
この要因と しては、 アルミナ粒子が基材表面に部分的に埋め込まれる ものの、 合金化しないために基地との整合性に劣ること、 アルミナ材料 の絶縁性が高いために、 D L Cコーティ ング時の導通が十分に得られず、 プラズマが不安定となる結果と して界面の密着性が低く なることが考え
られる。
そして、 A Z 3 1 マグネシゥム合金基材の表面に硬化層を形成するこ となく 、 直接 D L C被膜をコーティ ングした比較例 5においても、 アル ミ二ゥム合金基材を用いた比較例 1 と同様に、 低い荷重で摩擦係数の上 昇が起こ り、 D L C被膜の剥離を生じることが判明した。
これらに対して、 アルミ.ニゥム合金又はマグネシウム合金基材の研磨 表面に、 タングステン又はタンタルから成る金属粒子を投射して硬化層 を形成したのち、 投射面の研磨を行い、 所定の表面粗さを備えた D L C 被膜をコーティ ングした実施例 1 〜 1 3においては、 いずれも D L C被 膜の密着性に優れ、 高い耐久性を示すことが確認された。
( 8 ) 潤滑下すベり摩擦試験
次に、 潤滑油と してポリ アルファオレフイ ン ( P A O ) を用いた潤滑 下におけるすべり摩擦試験を実施した。 この結果を表 1 中に併せて示す。 すなわち、 図 2 ( b ) に示すよ うに、 上記実施例及び比較例による D L Cコーティング試験片 P dの摺動面に、 上記 P AOを 0. l m L予め 滴下した状態で、 鋼製ボール B b を鉛直方向に押し付け、 室温の大気中 において、 接触面圧 : 6 0 0 MP a 、 すべり速度 : 0. 0 5 mZ s の摩 擦条件のもとで、 1 5分間の摩擦試験を実施した。 なお、 上記ボール B bは、 軸受鋼 S U J 2から成り、 表面硬さ HR C 6 2、 直径 9. 6 mm のものであって、 中心線平均粗さ R a で 0. 0 2 μ mの表面粗さに研磨 されている。
その結果、 合金基材の表面に硬化層を形成することなく 、 直接 D L C 被膜を形成した比較例 1 、 5及び 6においては、 この条件下でも D L C 被膜が試験初期に剥離し、 摩擦係数が急増した。 また、 タングステン中 間層を介して D L C被膜を施した比較例 2及び投射粒子にアルミナを用 いた比較例 4では、 試験初期においては低い摩擦係数が得られるものの、
潤滑油が摺動面から排除されるにつれて、 D L C膜の部分的な剥離を生 じて摩擦係数が徐々に上昇し、 試験終了時には摩擦係数が 0 . 2を超え る結果となった。
また、 タングステン粒子を投射した後、 研磨することなくそのまま D L C被膜をコーティ ングした比較例 3 の試験片においては、 試験初期か ら凸部の D L C被膜が剥離し始め、 0 . 2を超える摩擦係数を示し、 試 験の途中で、 下地金属の露出度合いが著しく なると同時に摩擦係数が急 増する現象を生じた。
これらの比較例に対して、 実施例 1〜 1 3 の試験片では、 D L C被膜 の密着性 · 摩耗性に優れ、 高い荷重まで低い摩擦係数を維持できると共 に、 潤滑下のすべり摩擦試験において大幅なフリ クショ ン低減効果を有 することが分かった。
そして、 上記限界荷重試験を行った後、 上記実施例の代表例と して、 実施例 7 と比較例 6 の試験片におけるアルミナボールが摺動した摩耗部 の表面及び断面を観察すると共に、 摩耗量 (摩耗深さ) と して、 粗さ断 面曲線を測定した。
図 6は、 上記摩耗部の表面の電子顕微鏡写真であって、 これから、 比 較例 6のディスク摺動部にはアルミナボールによ り摩耗したディスク材 A 5 0 5 2の摩耗粉が释着した箇所が認められ、 すべり方向に深い傷が 形成されていることが分かる。
一方、 実施例 7 の摺動痕においては、 ディ スク材 A 5 0 5 2 の摩耗粉 の凝着は全く認められない上に、 摺動表面は滑らかで深い傷も認められ なかった。
図 7は、 上記摺動部位の直角断面をアルゴンィオンエッチングによ り 作製し、 電子顕微鏡で観察し、 それぞれの反射電子組成像を示すもので ある。 反射電子組成像では、 質量が大きい部分が白く 、 質量が小さい部
分が黒く なることから、 実施例 7の試験片においては、 アルミナボール によ り 8 1 Nとレヽぅ高い荷重で D L Cコーティ ング層を剥離させたにも かかわらず、 摺動表面付近にタングステンの表面改質層が残存している 様子を観察するこ とができる。
非常に興味深い点は、 実施例 7の高倍率の写真から、 負荷に伴う塑性 変形によるタングステン分散粒子 (写真中央塊状白色部) が摺動表面か ら深さ方向に座屈し、 その表面に D L C層が追従して付着している様子 と、 この座屈表面に基材アルミニゥム合金と微細に分断された D L C粒 子が混在した層が積層し、 凹みが修復されている様子が分かることであ る。— .
その一方、 表面改質を施していない比較例 6では、 実施例よ り もはる かに低い 4 5 Nの荷重で D L C膜が剥離したにもかかわらず、 摩耗に伴 う明確な凹みが見受けられる。
図 8及び 9は、 これらの摺動表面部の粗さ断面曲線を測定した結果を に示すものであって、 実施例 7では、 初期の表面粗さ と摩耗による凹み の差異が明確ではなく 、 摩耗による凹みだと しても、 約 5 /1 mの摩耗傷 の形成にと どまつていることが分かる。
これに対し、 比較例 6においては、 約 3 0 μ mもの明確な溝状の摩耗 痕が認められる。
すなわち、 本発明の実施例においては、 摺動するアルミナボールに荷 重を増加させて行きながら、 基材が塑性変形するほどの高い面圧をかけ て無理やり D L C膜を剥離させたにもかかわらず、 大きな凹みや基材ァ ルミニゥム合金の摩耗粉の凝着が認められないことが確認された。 これ らの結果は、 アルミニウム合金への D L C膜の密着性ゃフリ クショ ン低 減のみならず、 自動車エンジン用のアルミニウム合金軸受、 ピス トン、 ブロ ック、 エアコンプレッサー等の摺動部位への適用に非常に有効であ
るこ とを証明している。 当然のことながら、 本発明の適用は、 これらに 限るものではない。
さ らに、 アルミニウム合金以外の軟質金属基材においても、 耐摩耗性 向上に必須であった硬い析出物を分散させる必要がなく なるために、 本 発明を適用することによって、 加工性が良好な軟質金属の摺動部材への 適用ができるよ うになる。 したがって、 本発明の工業的な応用範囲は非 常に大きい。
図 1 0及び 1 1 は、 実施例 7によ り得られた D L C コ ーティ ング試験 片における硬化層近傍部の E P M A分析画像情報を示すものであって、 図 1 0におけるタングステン (W ) 元素の分布状態を示す黄色〜緑色の 部分から分かるよ うに、 白色部と して認識される塊状のタングステン粒 子の周辺には、 基材金属中に Wが固溶した領域が形成されており、 これ が密着性改善の要因のひとつと考えられる。 また、 図 1 1 における炭素 ( C ) の分布状態から、 基材の表面に 1 μ m弱の D L Cコーティ ング層 が均一に形成されている (赤色帯状の部分) ことが分かる。
産業上の利用可能性
本発明によれば、 ビッカース硬度 H Vが 3 0 0以下の金属基材の表面 に、 当該基材金属中に重金属粒子が分散して成る第 1 の硬化層を備えた 硬化層を介して、 D L C被膜を形成し、 その表面の最大高さ粗さ R z を 1 〜 1 0 μ mと したため、 基材金属に対する D L C膜の密着性が向上す ると共に、 潤滑剤の存在下での摩擦を低減することができる。