以下、本発明について詳述する。
本発明の窒化珪素質焼結体は、β−Si3N4を主成分とし、β−RE2Si2O7(REは周期律表第3族元素)を3体積%以上、20体積%以下の範囲で含有してなり、室温における熱膨張係数が1.4×10−6/K以下、室温における熱伝導率が25W/(m・K)以上に特定されるものである。
これにより、熱膨張係数が十分に小さく、熱伝導率が高く、比剛性率が大きな窒化珪素質焼結体を得ることができ、特に、半導体製造工程あるいは液晶パネル製造工程で用いられる基板処理装置用部材、例えば、露光装置用のレチクルステージや試料台、ウェハステージ、位置決め用のミラーなどに好適に使用される。これは、例えば超音波モータを用いてこれらの部材を摩擦駆動により駆動する場合、熱伝導率が高いため摩擦駆動にともなって部材に発生する熱を効率良く放熱でき、熱膨張係数が小さいため部材の熱膨張を小さなものに抑制できるため、これらの部材の位置決め精度を向上させることができるからである。また、これらの部材に大きな加速度を与えて高速で駆動させた場合でも、比剛性率が大きいので部材の変形が抑制され、同様に部材の位置決め精度を向上させることができる。
β−Si3N4が主成分であることは、本発明の窒化珪素質焼結体表面または研磨面を高倍率で観察し、この観察面に占める窒化珪素の結晶の面積割合が50%以上であることによって確認することができる。
上記RE2Si2O7(ダイシリケート)は、α、β、γ、δ、yなどの型がある結晶であり、このうちβ型のRE2Si2O7(β−RE2Si2O7)を窒化珪素質焼結体中に3体積%以上、20体積%以下の範囲で含有させることによって、窒化珪素質焼結体の熱膨張係数を小さくし、熱伝導率を高くできることを見出したものである。
本発明の窒化珪素質焼結体に含有するβ−RE2Si2O7は、主成分であるβ−Si3N4の結晶間の粒界に主に存在する。β−RE2Si2O7はそれ自体の熱膨張係数が小さいため、焼結体に熱が加わった際に主成分であるβ−Si3N4とβ−RE2Si2O7の結晶の熱膨張の総和を小さくすることができる。その結果、窒化珪素質焼結体の熱膨張係数を1.4×10−6/K以下とすることができる。
また、本発明の窒化珪素質焼結体の熱伝導率が高いのは、β−Si3N4およびβ−RE2Si2O7は実質的に結晶質であり、共に熱伝導率が高いからであると考えられる。なお、非晶質物質はフォノンの伝達が悪く、熱伝導率が一般的に低いので、粒界に非晶質物質を多く含む窒化珪素質焼結体の室温における熱伝導率が低くなる傾向がある。
さらに、窒化珪素質焼結体の比剛性率を大きくすることができるのは、主成分であるβ−Si3N4の比剛性率が大きいのみならず、主に粒界に存在するβ−RE2Si2O7の比剛性率が大きいからである。β−RE2Si2O7を3体積%以上、20体積%以下の範囲で含有させることで、比剛性率は80GPa・cm3/g以上とすることができる。
上記β−RE2Si2O7の含有量が3体積%未満の場合には、低い熱膨張係数、高熱伝導率を有するβ−RE2Si2O7の特性が作用しなくなり、熱膨張係数が大きくなり、熱伝導率が低くなりやすい。一方、β−RE2Si2O7の含有量が20体積%を越える場合には、熱膨張係数が1.4×10−6/Kを越え、熱伝導率が低下するだけでなく、比剛性率が小さくなる。また、熱膨張係数を特に小さくするためにはβ−RE2Si2O7の含有量が5体積%以上、10体積%以下の範囲であることが好ましい。
また、窒化珪素質焼結体中のSiO2とRE2O3の比率をモル比でSiO2/RE2O3換算で1.5以上とすることが好ましく、これによりRESiO2N(ボラステナイト相)、RE5(Si4)3N(アパタイト相)、RE2SiO5(モノシリケート相)などの熱膨張係数の大きな結晶が粒界に生成しにくくすることができるため、焼結体の熱膨張係数を小さくすることができる。
なお、本発明の窒化珪素質焼結体は、α、γ、δ、y型のRE2Si2O7、RESiO2N(ボラステナイト相)、RE5(Si4)3N(アパタイト相)、RE2SiO5(モノシリケート相)、その他添加物による反応生成相など別の結晶相、あるいは非晶質相を含有しても、熱膨張係数を小さく、熱伝導率を高くすることができるが、これらの結晶相や非晶質相を実質的に含まないことが、熱膨張係数が小さく、熱伝導率が高い窒化珪素質焼結体を得るために好ましい。
ここで、本発明の窒化珪素質焼結体の各特性の測定方法について説明する。
本発明の窒化珪素に含まれるβ−Si3N4、β−RE2Si2O7の存在は、焼結体を粉砕して得られる粉末を用いてX線回折法により測定する。例えば、焼結体を#200メッシュ以下の粒径に粉砕し、Cu−Kα線(λ=1.54056Å)にてX線回折を行う。β−Si3N4はJCPDS−ICDD(Joint Committee for Powder Diffraction Studies- International Centre for Diffraction Data)のNo.33−1160、β−RE2Si2O7はJCPDS−ICDD No.38−0440のデータを用いて同定することができる。なお焼結体がα−RE2Si2O7やγ−RE2Si2O7を含有する場合には、α−RE2Si2O7はJCPDS−ICDD No.38−0223、γ−RE2Si2O7はJCPDS−ICDD No.48−1623のデータを用いて同定することができる。なお、これらのα、β、γ−RE2Si2O7のJCPDS−ICDDはREがYのものであるが、REがEr、Yb、Luの場合にも代用できる。REがY、Er、Yb、Lu以外のJCPDS−ICDDについては、公知のX線回折パターンを参照することができる。
次に、β−RE2Si2O7の含有量は、REがErの場合、例えば次のように測定することができる。まず、検量線を用いてX線回折法により測定する方法について説明する。SiO2粉末、Er2O3粉末、Si3N4粉末をそれぞれ64モル%,32モル%,4モル%となるように混合後加圧して圧粉体を作製し、得られた圧粉体をBN(窒化硼素)製のルツボ内に入れて900kPaの窒素雰囲気中1800℃で1時間保持し、さらに800℃まで2時間以内で冷却後、室温まで冷却すると、Er−Si−O−N系の非晶質物質が得られる。この非晶質物質を1300℃で5時間、110kPaの窒素中で熱処理すると、JCPDS−ICDD No.38−0440にて同定されるβ−Er2Si2O7の結晶のピークがほぼ100%である化合物が得られる。この化合物を粉砕し、この化合物の粉末とβ−Si3N4粉末を、化合物(β−Er2Si2O7)の含有量を0〜100体積%の間で種々変更して、粉末X線回折を行い、得られたX線回折のピーク強度とβ−Er2Si2O7の含有量との関係を示す検量線を作成する。ここで、検量線に使用するピーク強度は、β−Er2Si2O7の(021)面帰属回折ピーク強度I(E2S)と、β−Si3N4(200)面の回折ピーク強度I(SN)である。このようにして得られる検量線の結果の一例を図1に示す。
図1のように、焼結体中のβ−Er2Si2O7の含有量は、焼結体の粉末をX線回折し、β−Si3N4の(200)面帰属X線回折ピーク強度とβ−RE2Si2O7の(021)面帰属X線回折ピーク強度の比I(E2S)/I(SN)を求め、図1からβ−Er2Si2O7の含有量を測定することができる。REがEr以外の元素の場合も同様の方法によりβ−RE2Si2O7の含有量を測定することができる。
また、β−RE2Si2O7の含有量は、上述した検量線による方法の他に透過型電子顕微鏡を用いて焼結体を観察し、観察される個々の結晶の結晶構造を同定し、観察面の面積に占めるβ−RE2Si2O7の面積割合(%)を便宜的に体積%と見なすこともできる。
室温における熱膨張率は、具体的には例えば次のように測定する。熱膨張係数測定用の試料は、本発明の窒化珪素質焼結体またはこれを加工して長さ15〜16mmとし、長さ方向の両端をR状に面取り加工したものとする。次いで、真空理工株式会社製のレーザー熱膨張計を用い、この試料をHeガス中で0〜50℃の範囲で昇温速度1℃/分程度で連続的に昇温しながら、レーザーを用いて試料の長さを計測し、ASTM(The American Society of Testing and Materials) E 289(Standard Test Method for Linear Thermal Expansion of Rigid Solids with Interferometry)に準拠した測定に従って23℃における熱膨張係数を測定する。
また、室温における比剛性率は、20〜25℃でJIS R 1602−1995に準拠する超音波パルス法にて測定したヤング率を、アルキメデス法により20〜25℃の環境下で測定した密度で割ることにより求めることができる。
さらに、室温における熱伝導率は、JIS R1611−1997に準拠するレーザーフラッシュ法により23℃の環境下で測定する。
窒化珪素質焼結体中のSiO2とRE2Si2O7の比率(モル比)は、次のようにして求める。ICP発光分光分析により焼結体中のRE、AlなどのSi以外の金属成分含有量(質量%)を測定し、この含有量をRE2O3、Al2O3などの酸化物としての含有量(質量%)に換算する。次に、LECO社製酸素分析装置で窒化珪素質焼結体中の全酸素含有量(質量%)を測定し、上記RE2O3、Al2O3等の酸素成分量(質量%)を差し引き、残りの酸素量(質量%)をSiO2量(質量%)に換算する。RE2O3とSiO2はそれぞれの分子量(RE2O3がEr2O3の場合は382.5g/mol)よりSiO2/RE2O3のモル比に換算する。
また、本発明の窒化珪素質焼結体は、六方晶の結晶構造を有するβ−Si3N4のa軸の格子定数aが7.604Å以上、7.615Å以下の範囲であればよいが、特に7.604Å以上、7.610Å以下の範囲であることが好ましい。これにより熱伝導率をさらに高いものとすることができる。これは、β−Si3N4結晶内へはAl、O成分が固溶することが知られているが、この固溶によりβ−Si3N4結晶の対称性が低下し、フォノンの伝搬が悪くなるため、β−Si3N4結晶の熱伝導率が低下するからである。β−Si3N4結晶の理論格子定数aを7.604Åとしたときに、a=7.604Å以上、7.610Å以下の範囲内であれば結晶の対称性が大きく低下せず、室温における熱伝導率を25W/(m・K)以上とすることができる。
なお、β−Si3N4の格子定数aの算出は例えば次のように行うことができる。焼結体を#200メッシュ以下に粉砕し、角度補正用サンプルとして高純度α−窒化珪素粉末(宇部興産製E−10グレード、Al含有量20ppm以下)を約60質量%添加して乳鉢にて均一混合し、Cu−Kα線(λ=1.54056Å)を用いた粉末X線回折法により回折角2θ=33〜37°、走査ステップ幅0.002°にて回折強度を測定する。回折角度の補正は、角度補正用サンプル(高純度α−窒化珪素粉末)の回折X線より得られるトップピーク強度を示す2θを用いて補正する。具体的には、α−窒化珪素の(102)面、(210)面の帰属X線回折ピークをそれぞれ、α(102)、α(210)、β−Si3N4の(210)面の帰属X線回折ピークをβ(210)、とするとき、補正角度Δ2θ、格子定数aは次のように求める。Δ2θ1=34.565°−(α(102)の走査ステップ幅毎に得られるピーク強度の上位10点のピーク位置の平均値2θα102)と、Δ2θ2=35.333°−(α(210)の走査ステップ幅毎に得られるピーク強度の上位10点のピーク位置の平均値2θα210)を求め、これらの平均(Δ2θ1+Δ2θ2)/2を補正角度Δ2θとする。
次に、β(210)の走査ステップ幅毎に得られるピーク強度の上位10点のピーク位置の平均値2θβ210を補正角度Δ2θによって補正した角度を本焼結体のβ(210)のピーク位置(2θβ)とする。このピーク位置(2θβ)を以下の算出式に代入し格子定数a(Å)を求める。
sin2θβ=λ2(h2+hk+k2)/3/a2+λ2l2/4/c2
上式にh=2、k=1、l=0を代入、変形することで格子定数a(Å)を算出する。
さらに、上記β−RE2Si2O7におけるREは周期律表第3族元素であればよいが、その中でもEr、Yb、Luのうち少なくとも一種であることが好ましい。これにより、室温における熱膨張係数を1.35×10−6/K以下とさらに小さくでき、熱伝導率を30W/(m・K)以上とさらに高くすることができる。これは、Er、Yb、Luは、周期律表第3族元素の中でイオン半径の小さな元素であるために、他の構成原子(Si、O、N)との結合が強く、熱エネルギーによる格子振動が小さく、熱変化による体積膨張が小さいので、熱膨張係数をさらに小さくすることができるためである。また、他の構成原子との結合が強いためにフォノンの伝達もよく、熱伝導率を高くすることができる。
本発明の窒化珪素値焼結体は、Si2N2O(酸窒化珪素)を5体積%未満(0を除く)含有することが好ましい。これにより、上述したような変形、例えば窒化珪素質焼結体が、基板形状の場合には、基板の主面側が凹面状または凸面状に変形すること、円柱形状や円筒形状の場合には、その長手方向に垂直な方向の断面の輪郭が楕円形状に変形したり蛇行したりすることを抑制することができる。この理由は次のように推測される。
本発明の窒化珪素質焼結体は、詳細を後述するように製造過程において窒化珪素粉末の一部を酸化した粉末からなる成形体を用いて焼成して製造することが好ましいが、出発原料として最初から窒化珪素粉末の一部が酸化された粉末(SiO2成分を多く含んだ粉末)を使用し、酸化処理を行わないまま成形体を作製してもよい。これらの成形体は焼成後に酸窒化珪素を5体積%未満含有するように調整されており、このような成形体を焼成すると、RE、SiおよびO(酸素)、N(窒素)により主に構成される液相が焼成中に生成して、β−Si3N4の結晶、酸窒化珪素の結晶が液相焼結する。液相の粘度が低いと液相が容易に流動化し、焼成中にかかる重力や、焼成収縮の局部的な相違により生じる応力によって、焼結体全体が変形するため、変形を抑制するには液相の粘度を高くする必要がある。本発明においては、窒化珪素粉末の一部が酸化した粉末からなる成形体等を用いることによって、粘度の高い液相を焼成中に生成させることができ、変形を抑制することができる。
本発明者らが実験したところによれば、Si2N2Oを焼結体中に含有することにより、この液相の流動化を抑制できることを実験的に確認した。しかしながら、Si2N2Oはβ−Si3N4に比べて比弾性率が小さいため、5体積%以上含有すると焼結体の比弾性率が低下するおそれがある。また、変形を特に小さくするためには、Si2N2Oの含有量の下限値を0.7体積%とすることが好ましい。
なお、Si2N2Oは、JCPDS−ICDD No.47−1627に記載の結晶であり、前述したように粉末X線回折法等で検出することができる。Si2N2Oの含有量は、例えば次にようにして測定することができる。焼結体を研磨して得られる鏡面を、走査型電子顕微鏡(SEM)およびX線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro-Analysis)を用いて倍率1000〜10000倍程度、好ましくは5000倍程度で観察すると、Si2N2Oの結晶は、β−Si3N4の結晶よりもO(酸素)を多く含むため、EPMAで観察するとSi2N2Oの結晶を特定することができる。ここで、鏡面を、SEMおよびEPMAで50μm×50μm以上の視野で観察し、SEM写真およびEPMA写真を撮ると、観察した面積中に占めるSi2N2Oの結晶の面積の割合(%)を求めることができる。このようにして求めたSi2N2Oの面積の割合(%)を便宜上Si2N2Oの含有量(体積%)とする。
さらに、本発明の窒化珪素質焼結体は、Alの含有量が3質量%以下、Feの含有量が1質量%以下であることが好ましい。これにより、室温における熱膨張係数を1.30×10−6/K以下、室温における熱伝導率を35W/(m・K)以上とすることにより熱的特性の優れた焼結体を得ることができる。
これは、Al成分、Fe成分は一次原料(出発原料)中に不純物として混入している場合や、意図的に製造工程中で添加する場合があるが、いずれの場合も窒化珪素質焼結体の焼結助剤として作用する。Al成分はβ−Si3N4結晶内へ固溶することが知られているが、Al含有量が3質量%を越えるとβ−Si3N4結晶内へ固溶するだけでなく、β−RE2Si2O7結晶とβ−Si3N4粒子間に非晶質相として存在する量が増え、その結果、室温における熱膨張係数を著しく小さくできないため望ましくない。Fe成分が本発明の窒化珪素焼結体に含まれる場合には、Fe成分はFeSi2などのFe珪化物として焼結体中に粒子状に存在する。このFe珪化物は室温における熱膨張係数が大きいために、Fe珪化物を1質量%よりも多く含有存在すると、焼結体の熱膨張係数を著しく小さくすることができない。さらに望ましくは、Alの含有量を1.5質量%以下、Feの含有量が0.3質量%以下とすることにより、室温における熱膨張係数を1.25×10−6/K以下、室温における熱伝導率を45W/(m・K)以上とすることができる。
本発明の窒化珪素質焼結体にAl、Feが含まれる場合には、Al、Feの含有量をICP発光分光分析法により測定することができる。
ここで、本発明の窒化珪素質焼結体の製造方法について説明する。
先ず、Si3N4粉末とRE2O3粉末とを含有する成形体を、SiOガスを含有する窒素雰囲気中1700〜2000℃で相対密度96%以上に緻密化した後、8時間以内で800℃以下まで冷却し、800〜1000℃の窒素ガス中に0.1〜5時間保持し、さらに1200〜1500℃で1時間以上保持するものである。この製造方法により、室温における熱膨張係数が小さく、室温における熱伝導率が大きな窒化珪素質焼結体を製造することができる。
本発明の窒化珪素質焼結体の製造方法は具体的には次の通りである。
(a)出発原料粉末として、窒化珪素粉末、Er2O3,Yb2O3,Lu2O3などの周期律表第3族元素の酸化物からなるRE2O3粉末を準備する。好ましくは、さらにAl2O3粉末、WO3粉末、SiO2粉末を準備する。ここで準備する窒化珪素粉末は、α化率が高い窒化珪素原料の方が焼結性に優れるため好ましいものの、α化率がゼロの窒化珪素粉末であっても良い。また、窒化珪素粉末中には、Siの酸化物が不純物として含有されていても良い。RE2O3粉末は純度が99%以上であることが好ましい。各1次原料粉末の粒径は、平均粒径(粉末の粒径分布における累計体積が50%に相当する粒径)が0.5〜30μmであることが好ましい。
(b)上記(a)で準備した粉末を窒化珪素粉末60〜99モル%、RE2O3粉末1〜40モル%となるようにして、公知の方法、例えば回転ミル、振動ミル、ビーズミルなどのミルに投入し湿式混合、粉砕し、スラリーを作製する。好ましくは、窒化珪素粉末95〜80モル%、RE2O3粉末1〜5モル%、SiO2粉末4〜15モル%、さらに窒化珪素粉末、およびRE2O3粉末の合計を100質量部とするときAl2O3粉末1.5質量部以下、WO3粉末0.3〜5質量部、となるようにして混合、粉砕する。粉砕メディアは、窒化珪素質、ジルコニア質、アルミナ質のものが使用可能であるが、不純物として混入の影響の少ない材質である窒化珪素質のメディアが良い。また、粉砕後の粒度平均粒径を1μm以下となるように微粉砕することが焼結性を向上させるために好ましい。また、1次原料粉末を予め微粉砕させた後、ミルで湿式混合、粉砕しても良い。また、得られるスラリー粘度を下げる目的で粉砕前に分散剤を添加することが好ましい。
(c)得られた湿式スラリーを乾燥させて乾燥粉体を作製する。この乾燥の前にスラリーを#200より細かいメッシュを通し、さらに磁力を用いて脱鉄するなどの方法で極力異物を除去することが好ましい。また、スラリーにパラフィンワックスやPVA(ポリビニルアルコール)、PEG(ポリエチレングリコール)、PEO(ポリエチレンオキサイド)などの有機バインダーを粉体重量に対して1〜10質量%添加、混合することが後述する成形の際に、成形体のクラックや割れ等の発生を抑制できるので好ましい。スラリーの乾燥方法としては、スラリーを容器に入れて加熱、乾燥させても良いし、スプレードライヤーで乾燥させても良く、または他の方法で乾燥させても何ら問題ない。
(d)乾燥粉体を公知の成形方法、例えば金型を用いた粉末加圧成形法、静水圧を利用した等方加圧成形法を用いて、相対密度45〜60%の所望の形状とする。
(e)成形体が有機バインダーを含む場合には、有機バインダーを窒素ガス中で脱脂する。焼結性を向上させて緻密な窒化珪素質焼結体を作製するためには、脱脂後の脱脂体中の炭素量を0.01重量%以下とすることが好ましく、脱脂温度は500〜900℃が好ましい。
(f)好ましくは、脱脂体を空気中500℃以上600℃未満で1〜5時間加熱して酸化処理する。これによって、窒化珪素粉末の一部が酸化した粉末からなる酸化成形体が得られる。
(g)成形体または酸化成形体(以下、成形体とあるのはこれらを総称したものである。)を次のように焼成炉を用いて焼成する。
焼成炉として黒鉛性の抵抗発熱体により加熱する焼成炉等を用い、この焼成炉中に成形体を載置する。好ましくは、成形体全体を囲うことのできる焼成用容器中に載置する。ここで成形体を焼成炉中に載置する場合、成形体を載置するための焼成用板や、成形体を載置しかつ成形体の周囲を囲うための焼成用容器(以下、これらを焼成用治具と記す。)を用いる。
焼成中に成形体に含まれるSi成分等の蒸発を抑制し、焼成炉内の雰囲気中等から成形体に付着する可能性のある異物(例えば黒鉛製発熱体や炭素製断熱材から飛散する炭素片や、焼成炉中に組み込まれている他の無機材質製の断熱材の小片等)の付着を防止するためには、焼成用治具の材質を窒化珪素質や炭化珪素質またはこれらの複合物などの材質とすることが好ましく、さらには成形体全体を焼成用治具で囲うことが好ましい。
成形全体を焼成用治具で囲って焼成する場合には、成形体中からSi成分の蒸発を抑制するためにSiおよび/またはその酸化物を含む粉末や、この粉末の成形体を焼成用治具中に載置することが好ましい。後述する致密化の過程で、このようなSiの酸化物は例えばSi−Oガスとなって焼成用治具中に蒸発し、成形体からSi成分が蒸発することを抑制するので、得られる焼結体の組成の変動が抑制され、さらに、後述する(k)の再加熱処理の工程でβ−Er2Si2O7を焼結体中に特に安定して生成させることができる。
(h)焼成用治具に載置した成形体を焼成炉内に配置し、1700〜2000℃で焼成して相対密度96%以上まで緻密化させる。ここで、相対密度とはアルキメデス法により得られた密度を粉体理論密度で割った値を言う。相対密度を96%以上にすることにより、比剛性率が大きく、熱伝導率が高い窒化珪素質焼結体を製造することができる。
相対密度96%以上まで緻密化させるには、より具体的には次のような方法により焼成する。
窒素ガス中で昇温し、最高温度1700〜2000℃で保持する。好ましくは、最高温度に達する前に、液相が生成する温度、例えば1500℃以上1700℃未満の温度で保持することが好ましい。最高温度が1800℃未満の場合、窒素分圧は大気圧程度で良いが、最高温度が1800℃以上の場合は窒素分圧を1MPa程度まで高めてSi3N4の分解反応を抑制することが好ましい。また、致密化をより促進するために、開気孔率が5%以下となった段階で、さらに高圧のガスで加圧することが好ましい。この加圧方法としては、高圧GPS(Gas Pressure Sintering)法や熱間等方加圧(HIP:hot isostatic press)法により、ガス圧1〜200MPaで加圧する方法を用いることが好ましく、これによって相対密度を特に99%以上に高めることができる。さらには、開気孔率が3%以下になるまで十分緻密化した後でガス加圧すると、一旦生成した酸窒化珪素がなくなるおそれをなくすことができる。開気孔率が3%に達しない前にガス加圧すると、焼結体内の酸窒化珪素が窒化珪素に変化して酸窒化珪素がなくなるおそれがあるためである。
(i)800℃以下まで8時間以内で冷却する。これによって、粒界を十分非晶質化することができる。800℃以下まで8時間以内で冷却する理由は次の通りである。
RE2Si2O7の結晶核は800〜1000℃で生成し、この結晶核は1000〜1650℃にさらに温度を上げることにより成長させることができる。800℃以下の温度まで8時間以内で冷却するのは、8時間を超えると、冷却中にRE2Si2O7以外、例えばRE5(Si4)3N(アパタイト相)が結晶化する非平衡状態となりやすく、RE2Si2O7の結晶核を後述する(i)の工程で十分に生成させることができないため、β−RE2Si2O7の含有量を3体積%以上、20体積%以下の範囲にすることができなくなるからである。好ましくは、冷却時間を4時間以内とする。
(j)窒素ガス中で800〜1000℃で0.1〜5時間保持する。この保持によって、β−Si3N4の結晶の粒界にRE2Si2O7の結晶核を十分に生成させることができる。800℃未満や1000℃を越える場合や、保持時間が、0.1時間未満の場合には、RE2Si2O7の結晶核が十分に生成しないので、後述する(k)の工程でβ−RE2Si2O7の含有量が3体積%以上、20体積%以下の範囲で含有する窒化珪素質焼結体を製造することができない。特に保持時間が0.1時間未満の場合は、RE2Si2O7の以外の結晶核(例:RE5(Si4)3N(アパタイト相))が多く生成し、熱膨張係数が大きくなるという問題も生じるおそれがある。また、保持時間が5時間を越える場合には、β−Si3N4の結晶の粒界に存在する非晶質粒界相が軟化し、焼結体が大きく変形するので、寸法精度の非常に悪い窒化珪素質焼結体となり、工業的に使用可能な窒化珪素質焼結体を製造することが困難となる。
(k)1200〜1500℃で1時間以上保持する。これにより、上記工程(j)で生成したRE2Si2O7の結晶核がβ−RE2Si2O7に転移、成長し、β−RE2Si2O7の含有量が3体積%以上、20体積%以下の範囲で含有する窒化珪素質焼結体を得ることができる。保持温度が1200℃未満ではβ−RE2Si2O7の含有量が3体積%未満となる。保持温度が1500℃よりも高いとγ−RE2Si2O7となり、β−RE2Si2O7の含有量が3体積%未満となる。保持時間が1時間未満では、β−RE2Si2O7の含有量が3体積%未満となる。β−RE2Si2O7の含有量を5体積%以上、10体積%以下とすることによって、熱膨張係数がさらに小さく、熱伝導率がさらに大きな窒化珪素質焼結体を製造するには、保持時間を2〜24時間とすることが好ましい。
なお、上記工程(j)、(k)は、上記工程(i)と連続的に行ってもよく、断続的に行ってもよいが、作業者のハンドリングによる欠けの発生や製造コスト低減のためには連続して行うことが好ましい。また、上記(j)、(k)で言う保持とは、所定の温度範囲内に滞在した時間の合計を意味し、例えば一定温度で保持する時間や、昇温時間、降温時間が保持時間に含まれる。
また、出発原料の窒化珪素粉末の一部をシリコン粉末に置き換えることにより、工程(h)において相対密度を向上させることが容易となり、また、成形体の焼成収縮率を小さくすることができるため、得られる窒化珪素質焼結体の寸法精度を向上させることができる。出発原料の窒化珪素粉末の一部をシリコン粉末に置き換えた場合には、上記(h)の工程で最高温度に達する前に、窒素分圧が50kPa〜1.1MPaの雰囲気中で1000〜1400℃で5時間以上保持することが好ましい。
上述のように、本発明の窒化珪素質焼結体は、熱膨張係数が小さく、熱伝導率が高く、比剛性率が高いため、周囲温度が変化しても熱膨張しにくく、放熱性が良好で、加速度が加わった際にも変形しにくい。
そのため、半導体の微細配線プロセスに用いられる半導体ウェハ保持部材として本発明の窒化珪素質焼結体を用いると、周囲温度が変化しても熱膨張しにくいため、高精度な微細配線が可能となり、超音波モータ等を用いてこの部材をウェハと共に移動させた際に変形しにくく、超音波モータ等との摩擦によって発生する熱を短時間で放熱できる。また、液晶パネルを製造する工程で用いられる大型のステージ部材として本発明の窒化珪素質焼結体を用いると、超音波モータ等により高速でこの部材を移動させた際に発生する多量の熱をも十分に放熱できるとともに、比剛性率が高いので変形しにくく、その結果高寸法精度に液晶パネルを製造することが可能となる。また、半導体製造工程あるいは液晶パネル製造工程で特に高い寸法精度が要求される部材、例えば位置決め用のミラーとしても好適に使用することができる。これら寸法精度を要求される部材は、焼成後に研削や研磨の加工を施すが、特に焼結体中にSi2N2Oを5体積%未満の範囲で含有する焼結体を用いることで、焼成後の変形が小さいために、加工量および加工時間を短縮することができ、製造コストを低減することができる。
窒化珪素粉末(平均粒径10μm、β化率100%、酸素量0.9質量%、Fe不純物量0.3質量%、Al不純物量0.2質量%)、各種3族元素酸化物RE2O3粉末(平均粒径5〜10μm)、SiO2粉末(平均粒径約2μm)を表1に示す組成になるように秤量した。
SiO2粉末の添加量は、最終焼結体中のSiO2換算での含有量が、表1に示した量となるよう次のようにして調製した。
窒化珪素粉末に含まれる酸素はSiO2として含有しているものとみなし、酸素量0.9質量%をSiO2に換算することで、窒化珪素粉末中に酸素はSiO2換算で1.7質量%含まれると仮定した。表1に示したSiO2(モル%)は、窒化珪素粉末中に含まれると仮定したSiO2量(1.7質量%)と、秤量したSiO2粉末の合計量である。また、各試料について、Al2O3粉末をAl換算で2.5質量%、Fe2O3粉末をFe換算で0.5質量%となるように、またWO3粉末を0.5質量%秤量した。
秤量した各粉末に純水を加え、平均粒径が0.9μmになるように窒化珪素製メディアを用いたボールミルにて混合、粉砕し、得られたスラリーを脱鉄後、PVA(ポリビニルアルコール),PEG(ポリエチレングリコール)を秤量した粉末100質量部対して、各2質量部添加混合し、スプレードライヤーにて乾燥造粒した。
得られた造粒粉を静水圧加圧法により80MPaの圧力で等方加圧して、外形60mm、厚み30mmに成形して成形体を作製し、成形体を窒素気流中600℃でPVA,PEGを成形体から脱脂して脱脂体を得た。脱脂体全体を窒化珪素製の容器に載置して囲った。この際、この容器中にSiO2粉末を含有した圧粉体を容器内の体積1cm3当たり0.1gになるように容器内に配置した。
脱脂体、圧粉体を窒化珪素製の容器に入れたまま、焼成炉にセットし、110kPaの窒素分圧中にて1650℃で10Hr、1750℃で10Hr保持後、900kPaの窒素分圧中にて1850℃で10Hr焼成し、最高温度から800℃まで表1に示した時間で冷却し、さらに室温まで冷却して焼結体を得た。得られた焼結体の密度をアルキメデス法により測定した。その結果、全ての試料の相対密度が96%以上であることがわかった。
次に、得られた焼結体を窒化珪素製の容器に配置し、110kPaの窒素分圧中、800℃まで5℃/分で昇温後、800℃から1000℃までを表1に示す時間で昇温し、さらに1000℃から1200℃まで10℃/分で昇温し、1200℃から1500℃まで表1に示す時間で連続的に昇温後、室温まで冷却し、本発明の試料を得た。
得られた試料からサンプルを切り出して、上述した方法を用い、室温における熱膨張係数、室温における熱伝導率、室温における比剛性率、X線回折法により結晶相を測定した。
結果を表1に示す。本発明の範囲内の試料No.3〜8、11〜17はβ−RE2Si2O7の含有量が3体積%以上、20体積%以下となり、室温における熱膨張係数が1.4×10−6/K以下と小さく、室温における熱伝導率が25W/(m・K)以上と大きかった。
また、β−RE2Si2O7の含有量が同じ場合には、含有するβ−RE2Si2O7のうち、REがEr、Yb、Luのいずれかからなる試料(No.4,5,7,11,12,16,17)は、REがYからなる試料(No.13〜15)と比べて、熱膨張係数が小さく、熱伝導率が高く特に優れていることがわかった。例えば、β−RE2Si2O7の析出量が8体積%である試料No.5,12,14,16,17はいずれも室温における熱膨張係数が小さく、熱伝導率が高かったが、REがEr,Yb,Luのうちいずれかである試料No.5,12,16,17は室温における熱膨張係数が1.21×10−6/K以下と特に小さかった。
なお、表1でSiO含有雰囲気がありとは、焼成の際に前記圧粉体を容器内に配置して作製したものであり、SiO含有雰囲気がなしとは、前記圧粉体を容器内に配置しなかったことを示す。
次に、焼結後の熱処理条件(800℃までの冷却時間、800〜1000℃の時間、1200〜1500℃の時間)を変更した以外は実施例と同様にして、表1に示した、本発明の範囲外の試料を作製した。
表1から明らかなように、800℃以上の再加熱処理を行わなかった試料No.1は粒界に結晶相が存在せず非晶質であり、室温における熱膨張係数が非常に大きかった。また、800〜1000℃、および1200〜1500℃における再加熱処理時間が非常に短かった試料No.2はβ−Er2Si2O7の含有量が3体積%未満であり、室温における熱膨張係数が大きかった。また、800〜1000℃における再加熱処理時間が5時間より長い試料No.9は粒界のβ−Er2Si2O7の含有量が20体積%を越えており、室温における熱膨張係数が小さくなった。また、焼成温度から800℃までの冷却時間が8時間より長い試料No.10は再加熱処理を施してもアパタイト相が粒界に析出しており、室温における熱膨張係数が大きかった。また、SiO含有雰囲気なしで焼成した試料No.18はボラストナイトが生成しており、β−RE2Si2O7の含有量がゼロであったため、熱膨張係数が大きく、熱伝導率が低くなった。