JP5893564B2 - 複数の波長帯域の光計測を用いた光分析方法 - Google Patents

複数の波長帯域の光計測を用いた光分析方法 Download PDF

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Description

本発明は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いて、溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はこれらの凝集体(以下、これらを「粒子」と称する。)、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の対象物、或いは、非生物学的な粒子からの光を検出して、それらの状態(相互作用、結合・解離状態など)の分析又は解析に於いて有用な情報を取得することが可能な光分析方法に係り、より詳細には、上記の如き光学系を用いて複数の波長帯域の光計測を行い、その計測結果に於いて、粒子の種類を識別しながら、或いは、観測したい粒子(観測対象粒子)からの信号と、それ以外の信号又はノイズとを区別しながら、種々の光分析を可能にする方法に係る。なお、本明細書に於いて、光を発する粒子(以下、「発光粒子」と称する。)は、それ自身が光を発する粒子、又は、任意の発光標識若しくは発光プローブが付加された粒子のいずれであってもよく、発光粒子から発せられる光は、蛍光、りん光、化学発光、生物発光、散乱光等であってよい。
近年の光計測技術の発展により、共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング(1光子検出)も可能な超高感度の光検出技術とを用いて、一光子又は蛍光一分子レベルの微弱光の検出・測定が可能となっている。そこで、そのような微弱光の計測技術を用いて、生体分子等の特性、分子間相互作用又は結合・解離反応の検出を行う装置又は方法が種々提案されている。例えば、蛍光相関分光分析(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS。例えば、特許文献1、2、非特許文献1−3参照)に於いては、レーザー共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いて、試料溶液中の微小領域(顕微鏡のレーザー光が集光された焦点領域−コンフォーカル・ボリュームと称される。)内に出入りする蛍光分子又は蛍光標識された分子(蛍光分子等)からの蛍光強度の測定が為され、その測定された蛍光強度の自己相関関数の値から決定される微小領域内に於ける蛍光分子等の平均の滞留時間(並進拡散時間)及び滞留する分子の数の平均値に基づいて、蛍光分子等の運動の速さ又は大きさ、濃度といった情報の取得、或いは、分子の構造又は大きさの変化や分子の結合・解離反応又は分散・凝集といった種々の現象の検出が為される。また、蛍光相互相関分光分析(Fluorescence cross-correlation Spectroscopy:FCCS。例えば、非特許文献4、特許文献5)では、二つの発光波長の異なる蛍光分子等を含む試料溶液について、FCSと同様の装置を用いて二つの発光波長の光強度が測定され、その測定された二つの発光波長の光強度の相互相関関数の値に基づいて、二つの発光波長の異なる蛍光を発する粒子の運動に相関があるか否か、即ち、それらの粒子が互いに結合又は相互作用をしているか否か、或いは、相互作用している物質の数又は割合が推定される。更に、蛍光強度分布分析(Fluorescence-Intensity Distribution Analysis:FIDA。例えば、特許文献3)やフォトンカウンティングヒストグラム(Photon Counting Histogram:PCH。例えば、特許文献4)では、FCSと同様に計測されるコンフォーカル・ボリューム内に出入りする蛍光分子等の蛍光強度のヒストグラムが生成され、そのヒストグラムの分布に対して統計的なモデル式をフィッティングすることにより、蛍光分子等の固有の明るさの平均値とコンフォーカル・ボリューム内に滞留する分子の数の平均値が算定され、これらの情報に基づいて、分子の構造又は大きさの変化、結合・解離状態、分散・凝集状態などが推定されることとなる。またその他に、特許文献6、7に於いては、共焦点顕微鏡の光学系を用いて計測される試料溶液の蛍光信号の時間経過に基づいて蛍光性物質を検出する方法が提案されている。特許文献8は、フローサイトメータに於いて流通させられた蛍光微粒子又は基板上に固定された蛍光微粒子からの微弱光をフォトンカウンティング技術を用いて計測してフロー中又は基板上の蛍光微粒子の存在を検出するための信号演算処理技術を提案している。
特に、FCS、FCCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術とを用いた微小領域の蛍光測定技術を用いた方法によれば、測定に必要な試料は、従前に比して極めて低濃度且微量でよく(一回の測定で使用される量は、たかだか数十μL程度)、測定時間も大幅に短縮される(一回の測定で秒オーダーの時間の計測が数回繰り返される。)。従って、これらの技術は、特に、医学・生物学の研究開発の分野でしばしば使用される希少な或いは高価な試料についての分析を行う場合や、病気の臨床診断や生理活性物質のスクリーニングなど、検体数が多い場合に、従前の生化学的方法に比して、低廉に、或いは、迅速に実験又は検査が実行できる強力なツールとなることが期待されている。
特開2005−098876 特開2008−292371 特許第4023523号 国際公開2008−080417 特許第3517241号 特開2007−20565 特開2008−116440 特開平4−337446号公報
金城政孝、蛋白質 核酸 酵素 Vol.44、No.9、1431−1438頁 1999年 エフ・ジェイ・メイヤー・アルムス(F.J.Meyer-Alms)、フルオレセンス・コリレーション・スペクトロスコピー(Fluorescence Correlation Spectroscopy)、アール・リグラー編(R.Rigler)、スプリンガー(Springer)、ベルリン、2000年、204−224頁 加藤則子外4名、遺伝子医学、Vol.6、No.2、271−277頁 バイオフィジカル・ジャーナル(Biophysical Journal) Volume 72(1997)1878-1886
上記のFCS、FCCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いた光分析技術では、計測される光は、蛍光一分子又は数分子から発せられた光であるが、その光の解析に於いて時系列に測定された蛍光強度データの自己相関関数若しくは相互相関関数の演算又はヒストグラムに対するフィッティングといった蛍光強度のゆらぎを演算する統計的処理が実行され、個々の蛍光分子等からの光の信号を個別に参照又は分析するわけではない。即ち、これらの光分析技術に於いては、複数の蛍光分子等からの光の信号が統計的に処理され、蛍光分子等について統計平均的な特性が検出されることとなる。従って、これらの光分析技術に於いて統計的に有意な結果を得るためには、試料溶液中の観測対象となる蛍光分子等の濃度又は数密度は、平衡状態に於いて、一回の秒オーダーの長さの計測時間のうちに統計的処理が可能な数の蛍光分子等が微小領域内を入出するように、好適には、微小領域内に常に一個程度の蛍光分子等が存在しているレベルである必要がある。実際、コンフォーカル・ボリュームの体積は、1fL程度となるので、上記の光分析技術に於いて使用される試料溶液中の蛍光分子等の濃度は、典型的には、1nM程度若しくはそれ以上であり、1nMを大幅に下回るときには、蛍光分子等がコンフォーカル・ボリューム内に存在しない時間が生じて統計的に有意な分析結果が得られないこととなる。一方、特許文献6〜8に記載の蛍光分子等の検出方法では、蛍光強度の統計的演算処理が含まれておらず、試料溶液中の蛍光分子等が1nM未満であっても蛍光分子等の検出が可能であるが、溶液中でランダムに運動している蛍光分子等の濃度又は数密度を定量的に算出するといったことは達成されていない。
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、観測対象となる発光粒子の濃度又は数密度が、FCS、FCCS、FIDAなどの統計的処理を含む光分析技術で取り扱われるレベルよりも低い試料溶液中の発光粒子の状態又は特性を定量的に観測することを可能にする新規な原理に基づく光分析技術を提案した。かかる新規な光分析技術に於いては、端的に述べれば、FCS、FCCS、FIDA等と同様に共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いるところ、試料溶液内に於いて光の検出領域である微小領域の位置を移動させながら、即ち、微小領域により試料溶液内を走査しながら、試料溶液中に分散してランダムに運動する発光粒子が微小領域内を横切るときに、その発光粒子から発せられる光を検出し、これにより、試料溶液中の発光粒子の一つ一つを個別に検出して、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度に関する情報の取得を可能にする。この新規な光分析技術(以下、「走査分子計数法」と称する。)によれば、測定に必要な試料がFCS、FCCS、FIDA等の光分析技術と同様に微量(例えば、数十μL程度)であってもよく、また、測定時間が短く、しかも、FCS、FCCS、FIDA等の光分析技術の場合に比して、より低い濃度又は数密度の発光粒子の存在を検出し、その濃度又は数密度等の特性を定量的に検出することが可能となる。
ところで、上記の走査分子計数法に於いては、一つの発光粒子が光の検出領域へ進入した際にその発光粒子の発した光が時系列の光強度データ上に於いて山型又は概ね釣鐘状のプロファイルの強度変化、即ち、パルス状の信号として現れ、そのパルス状の信号の各々が発光粒子の一つ一つに対応するとの仮定の下、パルス状信号が時系列の光強度データ上に於いて一つずつ検出され、検出されたパルス状信号の数が光検出領域を通過した発光粒子の数として計数される。しかしながら、その場合、共通の発光波長を有するが互いに異なる種類の発光粒子は互いに区別することはできず、或いは、試料溶液中に観測対象となる発光粒子以外の発光粒子であって、しかも観測対象粒子と共通の発光波長を有しているものが存在すると、観測対象粒子以外の発光粒子からの光による光強度変化(パルス状信号)を誤って観測対象粒子として検出してしまい、測定結果の精度の悪化にも通ずる。また、FCS、FCCS、FIDAなどの光計測技術に於いても同様に、観測対象粒子以外の発光粒子であって、観測対象粒子と共通の発光波長を有しているものがあると、計測された時系列の光強度データに於いて観測対象粒子以外の成分の寄与が重畳されることとなり、測定結果の精度が悪化することとなる。
上記の如き測定精度の悪化を防ぐためには、測定された光強度データ上に於いて、或る種類の発光粒子からの光の信号とそれと共通の発光波長を有する別の種類の発光粒子からの光の信号とが識別可能であること、或いは、観測対象粒子からの光の信号と観測対象粒子以外の発光粒子からの光の信号とが識別可能であり、観測対象粒子以外の発光粒子からの光の信号を選択的に除去可能となっていることが好ましい。この点に関し、上記の走査分子計数法に関連した説明から理解される如く、現在の共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系と超高感度の光検出技術とを組み合わせた光計測技術に於いては、経時的に測定された時系列光強度データ上に於いて現れる各々の発光粒子に対応する光の強度変化又はパルス状信号を個別に検出することが可能となっている。従って、時系列光強度データ上の或る種類の発光粒子からの光の信号とそれとは別の種類の発光粒子からの光の信号との識別、観測対象粒子からの光の信号と観測対象粒子以外の発光粒子からの光の信号との識別、或いは、観測対象粒子以外の発光粒子からの光の信号の選択的除去に於いて、各々の発光粒子の信号を個別に検出する手法が利用できそうである。
かくして、本発明の一つの課題は、上記の如き共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系と超高感度の光検出技術とを組み合わせて光を計測する方法に於いて、共通の発光波長を有する複数の種類の発光粒子が存在する試料溶液中の或る種類の発光粒子からの光に対応する光の強度変化又は信号を個別に検出し識別できるようにする新規な方法を提案することである。
また、上記の如き光を計測する方法に於いて、光強度データ上で或る種類の発光粒子からの光に対応する信号を選択的に識別するだけでなく、時系列の光強度データ上に於いて現れる信号がいずれの種類の発光粒子に対応するのか、例えば、観測対象粒子に対応するのか、或いは、観測対象粒子以外の発光粒子に対応するのかを個別に判定できるようになっている方が更に好ましい。従って、本発明のもう一つの課題は、上記の如き共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系と超高感度の光検出技術とを組み合わせて光を計測する手法に於いて計測される光強度データ上に現れた信号が、複数の種類の発光粒子のうちのいずれの信号であるかを判定可能にする新規な手法を提案することである。
本発明によれば、上記の課題は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いてランダムに運動する複数の種類の発光粒子を含む試料溶液中からの光を検出し分析する方法であって、試料溶液内の前記光学系の光検出領域からの複数の波長帯域の光の強度を波長帯域毎に且つ同時に測定し時系列の光強度データを前記波長帯域の各々について別々に生成する過程と、発光粒子からの光を表す信号にして前記時系列光強度データのうちの少なくとも二つの波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号を検出する過程とを含み、前記検出された同時に発生した信号を前記複数の種類の発光粒子のうちの少なくとも一つの特定の種類の発光粒子の信号として識別することを特徴とする方法により達成される。かかる構成に於いて、「ランダムに運動する発光粒子」とは、試料溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はそれらの凝集体などの、光を発する粒子であって、基板などに固定されず、溶液中を自由にブラウン運動している粒子であれば任意の粒子であってよい。かかる発光粒子は、典型的には、蛍光性粒子であるが、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する粒子であってもよい。共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、それらの顕微鏡に於いて光が検出される微小領域であり、対物レンズから照明光が与えられる場合には、その照明光が集光された領域に相当する(共焦点顕微鏡に於いては、特に対物レンズとピンホールとの位置関係により確定される。発光粒子が照明光なしで発光する場合、例えば、化学発光又は生物発光により発光する粒子の場合には、顕微鏡に於いて照明光は要しない。)。また、「同時に発生した信号」に対応づけられる「少なくとも一つの特定の種類の発光粒子」には、一種類の発光粒子だけではなく、試料溶液中に含まれている種類のうちのいつくかの種類の発光粒子が含まれていてもよいことは理解されるべきである。(なお、以下、本明細書に於いて、「信号」という場合には、特に断らない限り、発光粒子からの光を表す信号を指すものとする。)
端的に述べれば、上記の本発明の方法では、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて、複数種類の発光粒子を含む試料溶液について光計測・分析を行う場合に於いて、まず、複数の波長帯域の光強度が波長帯域毎に且つ同時に測定され、かかる測定により生成された複数の波長帯域の時系列の光強度データのうちの少なくとも二つの波長帯域のデータに於いて同時に発生した信号の各々を個別に検出することにより、時系列の光強度データ上に於いて、同時に発生した信号が存在している期間と同時に発生した信号が存在していない期間とが区別されることとなる。同時に発生した信号が存在している期間に於いては、前記の少なくとも二つの波長帯域の全てに発光波長帯域を有する発光粒子が光検出領域に進入したと考えられるので、その期間に於いて、複数の種類の発光粒子のうちの少なくとも一つの特定の種類の発光粒子が光検出領域に包含されたと判断でき、従って、その同時に発生した信号が複数の種類の発光粒子のうちの少なくとも一つの特定の種類の発光粒子の信号であると識別できることとなる。そして、観測対象となる粒子がいずれの波長帯域に於いて光を発するかを予め把握しておけば、前記の同時に発生した信号が、観測対象粒子の信号であるのか、観測対象粒子以外の発光粒子の信号であるのかが識別可能となる。即ち、観測対象粒子の光が一つの波長帯域のみにて検出されるものであれば、少なくとも二つの波長帯域の時系列データに於いて同時に発生した信号の発生期間のデータは、その観測対象粒子の信号ではないと判別することができ、また、逆に、観測対象粒子の光が少なくとも二つの波長帯域にて検出されるものであれば、同時に発生した信号の発生期間のデータがその観測対象粒子の信号であると判別することが可能となる。
上記の本発明の構成に於いて、少なくとも二つの波長帯域の時系列データ上で同時に発生した信号の検出は、例えば、複数の波長帯域のうちの第一の波長帯域の時系列光強度データに於ける発光粒子の光を表す信号の発生期間が前記複数の波長帯域のうちの第一の波長帯域以外の少なくとも一つの波長帯域の時系列光強度データに於ける発光粒子の光を表す信号の発生期間と重なるとき、前記第一の波長帯域の時系列光強度データに於ける前記信号と前記第一の波長帯域以外の少なくとも一つの波長帯域の時系列光強度データに於ける前記信号とが同時に発生した信号として検出される態様にて実行されてよい。例えば、光の測定に於いて、測定される帯域数が二つである場合には、一方の波長帯域の時系列光強度データに於ける信号の発生期間が他方の波長帯域の時系列光強度データに於ける信号の発生期間と重なった時、それらの信号は、同時に発生した信号として判定されてよい。また、測定される帯域数が三つ以上である場合には、そのうちの一つの波長帯域の時系列光強度データに於ける信号の発生期間が、残りの二つ以上の波長帯域のうちの一つの波長帯域の時系列光強度データに於ける信号の発生期間と重なった時に、それらの信号が同時に発生した信号と判定されてもよく、残りの二つ以上の波長帯域のうちの二つ以上の波長帯域の時系列光強度データに於ける信号の発生期間の全てと重なった時に、それらの信号が同時に発生した信号と判定されてもよく、或いは、全ての波長帯域の時系列光強度データに於ける信号の発生期間が互いに重なった時に、それらの信号が同時に発生した信号と判定されてもよい。即ち、同時に発生した信号であると判定する際に参照する波長帯域の組合せは、任意に選択されてよいことは理解されるべきである。そして、参照する波長帯域の組合せの数によって、識別可能な発光粒子の種類の数が決定され、参照する波長帯域の組合せの数が多いほど、識別可能な発光粒子の種類の数が多くなることも理解されるべきである。
上記の本発明の構成は、一つの態様として、時系列光強度データ上の発光粒子からの光を表す信号を個別に検出する光分析方法に於いて適用されてよい。その場合、上記の本発明の構成に於いて、複数の波長帯域の時系列光強度データの各々に於いて発光粒子からの光を表す信号を個別に検出する過程が実行されてよい。そして、検出された信号の各々が表す光を発した発光粒子の種類を、各信号が複数の波長帯域のうちの少なくとも二つの選択された波長帯域に於いて同時に発生したか否かに基づいて、識別するようになっていてよい。即ち、かかる構成によれば、時系列光強度データに於いて現れた信号を発光粒子の種類に応じて分類することが可能となる。
上記の如く、時系列光強度データに於いて現れた信号を発光粒子の種類に応じて分類することが可能になると、時系列光強度データに於いて現れた信号の各々を、各信号が観測対象粒子の信号であるか、それ以外の粒子の信号であるかにより識別し分類することが可能となる。即ち、一つの態様として、少なくとも二つの選択された波長帯域に於いて同時に発生した信号を複数の種類の発光粒子のうちの観測対象粒子の信号として識別し、同時に発生した信号以外の発光粒子からの光を表す信号を前記観測対象粒子以外の発光粒子の信号として識別するようになっていてもよく、逆に、少なくとも二つの選択された波長帯域に於いて同時に発生した信号を複数の種類の発光粒子のうちの観測対象粒子以外の発光粒子の信号として識別し、同時に発生した信号以外の発光粒子からの光を表す信号を観測対象粒子の信号として識別するようになっていてもよい。特に、測定される波長帯域が二つの波長帯域である場合には、二つの波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号を観測対象粒子の信号として識別し、二つの波長帯域の時系列光強度データの一方のみに於いて発生した発光粒子からの光を表す信号を観測対象粒子以外の発光粒子の信号として識別するようになっていてもよく、二つの波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号を観測対象粒子以外の発光粒子の信号として識別し、二つの波長帯域の時系列光強度データの一方のみに於いて発生した発光粒子からの光を表す信号を観測対象粒子の信号として識別するようになっていてもよい。
また、上記の本発明の構成は、上記に述べた如き走査分子計数法に適用されてもよい。即ち、本発明の方法の一つの態様に於いて、光検出領域からの複数の波長帯域の光の強度の測定が共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら実行され、かくして得られた時系列光強度データの各々に於いて単一の発光粒子からの光を表す信号の各々が個別に検出される過程が実行され、その場合に、上記の如く、検出された信号の各々について、各信号が複数の波長帯域のうちの少なくとも二つの選択された波長帯域に於いて同時に発生したか否かに基づいて、各信号の表す光を発した発光粒子の種類を識別するようになっていてよい。
上記の本発明が適用される走査分子計数法の基本的な構成に於いては、まず、発光粒子を含む試料溶液を任意の手法にて調製した後、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動しながら、即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、逐次的に、光強度の測定が行われる。そうすると、移動する光検出領域が、ランダムに運動している発光粒子を包含したときに、発光粒子からの光が測定され、これにより、一つの発光粒子の存在が検出されることとなる。そして、逐次的に検出された光の強度を表す時系列光強度データに於いて発光粒子からの光を表す信号を個別に検出して、これにより、発光粒子の存在を一つずつ個別に検出し、粒子の溶液内での状態に関する種々の情報が取得されることとなる。なお、単一の発光粒子からの光を表す信号を個別に検出する際、時系列光強度データ上に於ける1つの発光粒子に対応する信号の検出は、時系列に検出される信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態に於いて、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有するパルス状の信号が検出されたときに、その信号が1つの発光粒子に対応する信号であり、その信号の発生期間に於いて1つの発光粒子が光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。また、本発明の場合には、各信号が複数の波長帯域のうちの少なくとも二つの選択された波長帯域に於いて同時に発生したか否かに基づいて、各信号に対応する発光粒子の種類を識別し、或いは、発光粒子に対応する各信号を発光波長帯域に基づいて分類することが可能となっているので、或る選択された発光波長帯域の発光粒子の信号のみを抽出したり、或いは、発光波長帯域に基づいて分類された信号の群毎に信号を抽出するといったことが可能となる。
更に、既に述べた如く、少なくとも二つの選択された波長帯域に於いて同時に発生した信号を複数の種類の発光粒子のうちの観測対象粒子の信号(或いは観測対象粒子以外の発光粒子の信号)として識別し、同時に発生した信号以外の信号を観測対象粒子以外の発光粒子の信号として(或いは観測対象粒子の信号として)識別することも可能となるので、走査分子計数法に於いて、観測対象粒子の信号と観測対象粒子以外の発光粒子の信号とを区別して検出することが可能となり、従って、観測対象粒子以外の発光粒子の信号が排除可能となるので、測定精度の悪化を回避できることとなる。この場合も、測定される波長帯域が二つの波長帯域である場合には、二つの波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号を観測対象粒子の信号として識別し、二つの波長帯域の時系列光強度データの一方のみに於いて発生した信号を観測対象粒子以外の発光粒子の信号として識別するようになっていてもよく、二つの波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号を観測対象粒子以外の発光粒子の信号として識別し、二つの波長帯域の時系列光強度データの一方のみに於いて発生した信号を観測対象粒子の信号として識別するようになっていてもよい。なお、二つの波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号、二つの波長帯域の一方の時系列光強度データに於いてのみ発生した信号及び二つの波長帯域の他方の時系列光強度データに於いてのみ発生した信号をそれぞれ別々の観測対象粒子として識別するようになっていてもよい(即ち、3種類の発光粒子を識別するようになっていてよい。)。
上記の本発明に於ける走査分子計数法の実行に際しては、個別に検出された単一の発光粒子からの光を表す信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数するようになっていてよい(粒子のカウンティング)。その場合、発光粒子の数と光検出領域の位置の移動量と組み合わせることにより、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度に関する情報が得られることとなる。特に、任意の手法により、例えば、所定の速度にて光検出領域の位置を移動するなどして、光検出領域の位置の移動軌跡の全体積を特定すれば、発光粒子の数密度又は濃度が具体的に算定できることとなる。勿論、絶対的な数密度値又は濃度値を直接的に決定するのではなく、複数の試料溶液又は濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比を算出するようになっていてもよい。また、上記の本発明に於いては、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動するよう構成されていることにより、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液に於いて機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しないので、試料溶液中の発光粒子が力学的な作用の影響を受けることなく(アーティファクトの無い状態で)安定した状態にて、光の計測が可能である(例えば、試料に流れを発生させる場合には常に一様な流速を与えることは困難であると共に、装置構成が複雑となり、また、必要な試料量が大幅に増大すると共に、流れによる流体力学的作用によって溶液中の発光粒子又はその他の物質が変質又は変性してしまう可能性がある。)。そして、試料溶液を流通させるといった構成が必要ではないので、FCS、FIDA等の場合と同様に微量(1〜数十μL程度)の試料溶液にて計測及び分析が可能である。
また、上記の光検出領域の位置を移動する際、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更されてよい。当業者に於いて理解される如く、発光粒子から検出される光の態様は、その特性又は試料溶液中の数密度又は濃度によって変化し得る。特に、光検出領域の移動速度が速くなると、1つの発光粒子から得られる光量は低減することとなるので、1つの発光粒子(特に、観測対象粒子)からの光が精度よく又は感度よく計測できるように、光検出領域の移動速度は、適宜変更されることが好ましい。
更に、上記の光検出領域の位置を移動する過程に於いて、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、発光粒子の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。上記に説明されている如く、本発明の方法では、光検出領域が1つの発光粒子から発せられる光を検出して、発光粒子を個別に検出する。しかしながら、発光粒子が溶液中でブラウン運動することによりランダムに移動して、複数回、光検出領域を出入りする場合には、1つの発光粒子から複数回、(その存在を表す)信号が検出されてしまい、検出された信号と1つの発光粒子の存在とを対応させることが困難となる。そこで、上記の如く、光検出領域の移動速度を発光粒子の拡散移動速度よりも高く設定し、これにより、1つの発光粒子を、1つの(粒子の存在を表す)信号に対応させることが可能となる。なお、拡散移動速度は、発光粒子によって変わるので、上記の如く、発光粒子の特性(特に、拡散定数)に応じて、光検出領域の移動速度は適宜変更されることが好ましい。
光検出領域の位置の移動のための光学系の光路の変更は、任意の方式で為されてよい。例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いて光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよく、例えば、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。
なお、本発明によれば、複数の波長帯域の時系列光強度データ上で検出された発光粒子からの光を表す信号に於いて同時に発生した信号を検出し、同時に発生した信号とそれ以外の信号との区別が為されるので、粒子のカウンティング及び濃度又は数密度の決定は、同時に発生した信号に対応する発光粒子とそれ以外の発光粒子とで別々に実行可能であり、これにより、不要なデータの影響を低減し、或いは、それらを無視又は削除することが可能となり、従って、試料溶液中の特定の種類の発光粒子についての観測・分析や、試料溶液中の発光粒子の相互作用の観測・分析を行う場合に有利である。
ところで、上記の本発明の方法は、走査分子計数法以外の任意の光分析方法に利用されてよい。特に、複数の種類の発光粒子のうちの観測対象粒子の信号を個別に特定する必要がない場合には、複数の波長帯域のうちの少なくとも二つの選択された波長帯域に於いて同時に発生した信号が前記複数の種類の発光粒子のうちの観測対象粒子以外の発光粒子の信号として識別され、これにより、種々の解析に於いて、観測対象粒子以外の発光粒子の信号のみを抽出して無視又は除外することが可能となる。また、実行される光分析方法の態様によって、時系列光強度データに於いて、同時に発生した信号の発生期間のデータ、即ち、観測対象粒子以外の発光粒子からの光が測定されている期間のデータを削除又は除去可能である場合には、時系列光強度データに於いて観測対象粒子以外の発光粒子の信号として識別された信号の発生期間のデータが除去されるようになっていてよい。そのような光分析方法としては、例えば、観測対象粒子からの光強度を表す時系列光強度データを用いた蛍光相関分光法(FCS)、蛍光強度分布解析法(FIDA)又は蛍光相互相関分光法(FCCS)による光分析であってよい。かかる構成によれば、観測対象粒子以外の発光粒子が光検出領域に進入した期間のデータを選択的に排除して分析・解析を実行することが可能となり、結果の精度の悪化の防止が図られる。
本発明の方法は、典型的には、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の生物学的な対象物の溶液中の状態の分析又は解析の用途に用いられるが、非生物学的な粒子(例えば、原子、分子、ミセル、金属コロイドなど)の溶液中の状態の分析又は解析に用いられてもよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
上記の如く、本発明の方法に於いては、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて複数の波長帯域に於ける光測定により得られた時系列の光強度データに於いて少なくとも二つの選択された波長帯域にて同時に発生した信号を個別に検出することによって、選択された波長帯域の光を発する発光粒子が共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の光検出領域に進入した期間を時系列光強度データ上で個別に特定することが可能となり、互いに異なる発光粒子ではあるが一部に共通の発光波長帯域を有しその波長帯域のみの光の計測では見分けのつかなかった発光粒子からの光が時系列光強度データ上で何時検出されているかが把握できることとなる。そして、かかる構成によれば、或る特定の種類の発光粒子(選択された波長帯域の光を発する発光粒子)の信号及びその発生期間を抽出することができるので、時系列光強度データ上での各データの個別の取捨選択或いはデータの分類ができることとなる。従って、例えば、同時に発生した信号を、測定に於ける有意な信号として識別する場合、或いは、逆に同時に発生した信号を測定に於けるノイズ等として識別する場合には、高い精度にてシグナル・ノイズ分離が達成され得る。特に、同時に発生した信号を測定に於けるノイズ等として識別する場合には、時系列光強度データ上からのノイズ等のみの除去が可能となるので、FCS、FIDA、PCH、FCCSなどの解析に於けるノイズ除去のための一つの手段として有利に利用可能である。
また、本発明の方法を走査分子計数法に適用する場合には、より精密な発光粒子の検出及び粒子のカウンティングが達成可能となる。走査分子計数法は、その光検出機構自体については、FCS、FCCS、FIDAなどの光分析技術の場合と同様に、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光検出領域からの光を検出するよう構成されているので、試料溶液の量は、同様に微量であってよく、しかも、蛍光強度のゆらぎを算出するといった統計的処理が実行されないので、粒子の数密度又は濃度がFCS、FCCS、FIDA等の光分析技術に必要であったレベルよりも大幅に低い試料溶液に適用可能である。そのような走査分子計数法に更に本発明の方法による構成を組み込んで、少なくとも二つの選択された波長帯域にて同時に発生した信号と、それ以外の信号とを区別できるようにしたときには、試料溶液中の発光粒子の濃度がFCS、FCCS、FIDA等の光分析技術に必要であったレベルよりも大幅に低い場合であって、或る特定の発光粒子と、その発光粒子と共通の発光波長帯域を有しその波長帯域のみの光の計測では見分けのつかなかった異なる発光粒子とが試料溶液中に存在している場合、或いは、観測対象となる発光粒子の数又は濃度が他の発光粒子又は夾雑物の数又は濃度に比して相対的に低く、通常の光強度を連続的に計測する光計測技術に於ける光強度データに於いては観測対象粒子の光が埋もれてしまう場合であっても、或る特定の発光粒子又は観測対象となる粒子を検出でき、また、そのカウンティングの精度も向上することが期待される。例えば、ノイズの原因となる微粒子が多数存在する試料溶液(血漿サンプルなど)中に於いて低濃度の発光粒子を観測する場合に本発明が適用されてよい。
更に、走査分子計数法に更に本発明の方法を組み込んだ構成は、互いに異なる発光波長帯域を有する複数の種類の発光粒子を含む試料溶液に於いて、それらの発光粒子の相互作用の有無を高精度に検出することが可能となる。本発明によれば、複数の波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生する信号を個別に検出するようになっているので、試料溶液中の複数の種類の発光粒子の相互作用が弱く、それらの発光粒子の結合体が微量しか形成されない場合(例えば、FCCSでは検出困難なレベル)でも、結合体の存在の検出、カウンティング等が達成可能である。
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
図1(A)は、本発明の方法を実行する光分析装置の内部構造の模式図である。図1(B)は、コンフォーカル・ボリューム(共焦点顕微鏡の光検出領域)の模式図である。図1(C)は、ミラー7の向きを変更して試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動する機構の模式図である。 図2(A)、(B)は、それぞれ、本発明の方法が適用される走査分子計数法に於ける光検出の原理を説明する模式図及び計測される光強度の時間変化の模式図である。 図3(A)、(C)、(D)及び(E)は、複数の波長帯域にて測定された光強度データに於いて同時に発生する信号を検出することにより識別される発光粒子の組合せの例を模式的に示した図である。図3(B)は、(A)、(C)及び(D)の場合に計測される光強度の時間変化(時系列光強度データ)の模式図であり、図3(F)は、(E)の場合に計測される光強度の時間変化(時系列光強度データ)の模式図である。 図4は、本発明の方法に従って複数の波長帯域の光の計測及び複数の波長帯域にて同時に発生する信号の検出・計数を実行する走査分子計数法の処理手順をフローチャートの形式で表した図である。 図5(A)、(B)は、それぞれ、観測対象粒子がブラウン運動をしながら光検出領域を横切る場合及び試料溶液内の光検出領域の位置を観測対象粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動することにより観測対象粒子が光検出領域を横切る場合の粒子の運動の態様を表すモデル図である。図5(C)は、走査分子計数法に従って、計測された時系列光強度データ(フォトンカウントの時間変化)から発光粒子の存在を検出するための処理手順に於ける検出信号の信号処理過程の例を説明する図である。 図6(A)は、計測されたフォトンカウントデータの実測例(棒グラフ)と、データをスムージングして得られる曲線(点線)と、パルス存在領域にてフィッティングされたガウス関数(実線)を示している。図中、「ノイズ」と付された信号は、ノイズ又は異物による信号であるとして無視される。図6(B)は、異なる波長帯域の時系列光強度データに於いて発生した信号が同時に発生したか否かを判定する処理を説明する図である。 図7(A)は、本発明の方法に従って、複数の波長帯域の光の計測、複数の波長帯域にて同時に発生する信号の検出及び時系列光強度データ上に於けるノイズ等の発生期間の除去を実行して、FCS等の解析を行う場合の処理手順をフローチャートの形式で表した図である。図7(B)は、測定された複数の波長帯域にて同時に発生する信号を検出し、ノイズ等の発生期間を特定する処理を説明する図である。 図8は、本発明の方法に従って実行された走査分子計数法(実施例1)に於いて得られた二つの波長帯域に於ける光強度データ(フォトンカウントデータ)(上二段)と、光強度データのスムージング後のデータ(中段)と、釣鐘型関数のフィッティングにより特定されたパルス(パルス状信号)(下段)の例を示している。 図9は、(A)本発明の方法に従って実行された実施例1に於いて得られた二色の蛍光色素にて標識されたオリゴヌクレオチドの検出実験の結果と、(B)FCCSにより得られた二色の蛍光色素にて標識されたオリゴヌクレオチドの検出実験の結果を、それぞれ示している。各プロットに於けるエラーバーは、それぞれ、3回の測定のSD値の3倍の幅を示している。 図10は、本発明の方法に従って実行された走査分子計数法(実施例2)に於いて得られた、複数の種類の発光粒子を含む試料溶液中の一つの発光粒子(蛍光色素分子TAMRA)のカウンティングの結果を示している。 図11(A)は、本発明の方法を適用して実行されたFCS(実施例3)に於いて、主測定波長帯域の時系列光強度データから、副測定波長帯域の時系列光強度データでノイズ期間と判定された期間に対応する期間のデータを削除した後、時間的に連続したデータを再構成する過程を模式的に示したものである。図11(B)、(C)は、本発明の方法を適用して実行されたFCS(実施例3)に於いて得られた発光粒子(蛍光色素分子ATTO)の粒子数と並進拡散時間の結果を示している。図中エラーバーは、SD値の3倍を示している。 図12は、従来の蛍光強度のゆらぎを算出する光分析技術に於いて得られるフォトンカウント(光強度)の時間変化の例であり、(A)は、試料内の粒子の濃度が、十分な計測精度が与えられる程度である場合であり、(B)は、(A)の場合よりも大幅に試料内の粒子の濃度が低い場合である。
1…光分析装置(共焦点顕微鏡)
2…光源
3…シングルモードオプティカルファイバー
4…コリメータレンズ
5、14a…ダイクロイックミラー
6、7、11…反射ミラー
8…対物レンズ
9…マイクロプレート
10…ウェル(試料溶液容器)
12…コンデンサーレンズ
13…ピンホール
14…バリアフィルター
15…マルチモードオプティカルファイバー
16…光検出器
17…ミラー偏向器
17a…ステージ位置変更装置
18…コンピュータ
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
光分析装置の構成
本発明による方法は、走査分子計数法、或いは、FCS、FCCS、FIDA等の光分析方法に組み込まれて実行されてよい。この点に関し、本発明の方法に於いては、特に、複数の互いに異なる波長帯域の光の測定及び解析が実行されるので、本発明の方法は、走査分子計数法、或いは、FCS、FCCS、FIDA等の光分析方法が実現可能であり、且つ、複数の互いに異なる波長帯域の光の測定が可能な図1(A)に模式的に例示されている如き共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせてなる光分析装置1により実現可能である。
具体的には、図1(A)を参照して、光分析装置1は、光学系2〜17と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ18とから構成される。光分析装置1の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様であってよく、そこに於いて、光源2から放射されシングルモードファイバー3内を伝播したレーザー光(Ex)が、ファイバーの出射端に於いて固有のNAにて決まった角度にて発散する光となって放射され、コリメーター4によって平行光となり、ダイクロイックミラー5、反射ミラー6、7にて反射され、対物レンズ8へ入射される。なお、発光粒子を励起する光の波長によって適宜、励起光の波長が選択できるように、図示の如く、光源2に於いて複数の発光源(レーザー)が設けられていてよい。同時に観測しようとする発光粒子のための励起光の波長が異なる場合には、同時に複数の発光源から光が出射され、対物レンズ8へ導入される。
対物レンズ8の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル10が配列されたマイクロプレート9が配置されており、対物レンズ8から出射したレーザー光は、試料容器又はウェル10内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。試料溶液中には、観測対象物である発光粒子、典型的には、蛍光色素等の発光標識が付加された分子が分散又は溶解されており、発光粒子が励起領域に進入すると、その間、発光粒子が励起され光が放出される。放出された光(Em)は、対物レンズ8、ダイクロイックミラー5を通過し、ミラー11にて反射してコンデンサーレンズ12にて集光され、ピンホール13を通過する。なお、当業者に於いて知られている如く、ピンホール13は、対物レンズ8の焦点位置と共役の位置に配置されており、これにより、図1(B)に模式的に示されている如きレーザー光の焦点領域、即ち、励起領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、焦点面以外からの光は遮断される。図1(B)に例示されたレーザー光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置に於ける光検出領域であり、コンフォーカル・ボリュームと称される。コンフォーカル・ボリュームに於いては、典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス型分布又はローレンツ型分布となり、実効体積は、光強度が1/eとなる面を境界とする略楕円球体の体積である。
かくして、ピンホール13を通過した光は、ダイクロイックミラー14aに於いて、一部の波長帯域の光が反射し、残りの波長帯域の光が透過する態様にて波長帯域により分割され、分割された光の各成分は、それぞれ、対応するバリアフィルター14を透過して(ここで、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。)、マルチモードファイバー15に導入されて、対応する光検出器16に到達し、時系列の電気信号に変換された後、コンピュータ18へ入力され、後に説明される態様にて光分析のための処理が為される。光検出器16としては、好適には、フォトンカウンティングに使用可能な超高感度の光検出器が用いられ、これにより、1つの発光粒子からの光、例えば、一個又は数個の蛍光色素分子からの微弱光が検出可能となる。
上記の構成に於いて、特に、走査分子計数法を実行する場合には、上記の光分析装置の光学系に於いて、更に、光学系の光路を変更して試料溶液内を光検出領域により走査する、即ち、試料溶液内に於いて焦点領域(即ち、光検出領域)の位置を移動するための機構が設けられる。かかる光検出領域の位置を移動するための機構としては、例えば、図1(C)に模式的に例示されている如く、反射ミラー7の向きを変更するミラー偏向器17が採用されてよい。かかるミラー偏向器17は、通常のレーザー走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様であってよい。また、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するべく、ミラー偏向器17は、コンピュータ18の制御の下、光検出器16による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい(コンピュータ18に於けるプログラムに於いて、種々の移動パターンが選択できるようになっていてよい。)。なお、図示していないが、対物レンズ8を上下に移動することにより、光検出領域の位置が上下方向に移動されるようになっていてもよい。上記の如く、試料溶液を移動するのではなく、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動する構成によれば、試料溶液内に機械的な振動や流体力学的な作用が実質的に発生することがなくなり、観測対象物に対する力学的な作用の影響を排除することが可能となり、安定的な計測が達成される。なお、FCS、FCCS、FIDA等の光分析方法のみを実行する場合には、反射ミラー7の向きを変更する機構は設けられなくてよい。
なお、追加的な構成として、顕微鏡のステージ(図示せず)には、観察するウェル10を変更するべく、マイクロプレート9の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置17aが設けられていてよい。ステージ位置変更装置17aの作動は、コンピュータ18により制御されてよい。
発光粒子が多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光の放出があるので、ピンホール13は、除去されてよい。また、発光粒子が化学発光や生物発光現象により励起光によらず発光する場合には、励起光を生成するための光学系2〜5が省略されてよい。発光粒子がりん光又は散乱により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。
A.走査分子計数法に於ける本発明の実施形態
「発明の概要」の欄に記載されている如く、一つの態様として、本発明の方法は、走査分子計数法と組み合わせて有利に実現される。換言すれば、本発明の一つの実施形態は、走査分子計数法を改良するものであるということができる。以下、走査分子計数法に於ける本発明の実施形態について説明する。
1.走査分子計数法の原理
FCS、FCCS、FIDA等の分光分析技術は、従前の生化学的な分析技術に比して、必要な試料量が極めて少なく、且つ、迅速に検査が実行できる点で優れている。しかしながら、FCS、FCCS、FIDA等の分光分析技術では、原理的に、観測対象粒子の濃度や特性は、蛍光強度のゆらぎに基づいて算定されるので、精度のよい測定結果を得るためには、試料溶液中の観測対象粒子の濃度又は数密度が、図12(A)に模式的に描かれているように、蛍光強度の計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域CV内に存在するレベルであり、同図の右側に示されている如く、計測時間中に常に有意な光強度(フォトンカウント)が検出されることが要求される。もし観測対象粒子の濃度又は数密度がそれよりも低い場合、例えば、図12(B)に描かれているように、観測対象粒子がたまにしか光検出領域CV内へ進入しないレベルである場合には、同図の右側に例示されている如く、有意な光強度の信号(フォトンカウント)が、計測時間の一部にしか現れないこととなり、精度のよい光強度のゆらぎの算定が困難となる。また、観測対象粒子の濃度が計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域内に存在するレベルよりも大幅に低い場合には、光強度のゆらぎの演算に於いて、バックグラウンドの影響を受けやすく、演算に十分な量の有意な光強度データを得るために計測時間が長くなる。
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、観測対象粒子の濃度が、上記の如きFCS、FIDA等の分光分析技術にて要求されるレベルよりも低い場合でも、観測対象粒子の数密度又は濃度等の特性の検出を可能にする新規な原理に基づく「走査分子計数法」を提案した。
走査分子計数法に於いて実行される処理としては、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構(ミラー偏向器17)を駆動して光路を変更し、図2にて模式的に描かれているように、試料溶液内に於いて光検出領域CVの位置を移動しながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。そうすると、例えば、図2(A)の如く、光検出領域CVが移動する間(図中、時間to〜t2)に於いて1つの発光粒子の存在する領域を通過する際(t1)には、発光粒子から光が放出され、図2(B)に描かれている如く有意な光強度(Em)のパルス状の信号が出現することとなる。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する図2(B)に例示されている如きパルス状の信号(有意な光強度)を一つずつ検出することによって、発光粒子が個別に検出され、その数をカウントすることにより、計測された領域内に存在する発光粒子の数、或いは、濃度若しくは数密度に関する情報が取得できることとなる。かかる本発明の光分析技術の原理に於いては、蛍光強度のゆらぎの算出の如き統計的な演算処理は行われず、発光粒子が一つずつ検出されるので、FCS、FCCS、FIDA等では十分な精度にて分析ができないほど、観測されるべき粒子の濃度が低い試料溶液でも、粒子の濃度若しくは数密度に関する情報が取得可能である。
2.本発明による複数種類の発光粒子の識別の態様
本発明の方法を組み込んで走査分子計数法を実行する場合には、まず、上記の原理に従って、複数の種類の発光粒子を含む試料溶液について複数の波長帯域にて別々に且つ同時に光強度の測定(フォトンカウンティング)が経時的に実行され、測定された各波長帯域についての時系列光強度データ(フォトンカウンティングデータ)の各々に於いて発光粒子に対応するパルス状の信号が一つずつ検出され、しかる後、検出されたパルス状信号に於いて、選択された少なくとも二つの波長帯域の時系列光強度データ上で同時に発生したパルス状信号が検出される。かかる同時に発生したパルス状信号は、選択された波長帯域の全てに於いて発光波長を有する一つの発光粒子に対応すると考えられるので(選択された波長帯域の各々に於いて発光波長を有する別々の発光粒子が同時にコンフォーカル・ボリューム(CV)に飛びこむことは、極めて稀である。)、同時に発生したパルス状信号は、試料溶液に含まれている発光粒子のうちの一つの種類の発光粒子の信号として識別することができ、同時に発生したパルス状信号以外のパルス状信号は、別の種類の発光粒子の信号として識別することができることとなる。
上記の本発明による選択された波長帯域にて同時に発生したパルス状信号を検出して発光粒子を識別する手法は、一つの態様としては、複数種類の粒子のそれぞれの存在及び数密度又は濃度等の情報を取得する際に有利に用いられる。具体的には、例えば、図3(A)に例示されている如く、試料溶液中に波長Iの光を発する粒子a、波長IIの光を発する粒子b及び波長Iと波長IIの光を発する粒子cとが含有されている場合、図3(B)に示される如く、粒子aがCVを通過したとき(t1)には波長Iの時系列光強度データ上のみに、粒子bがCVを通過したとき(t2)には波長IIの時系列光強度データ上のみに、粒子cがCVを通過したとき(t3)には波長I及び波長IIの両方の時系列光強度データ上に、それぞれ、パルス状信号が出現する。従って、波長I及び波長IIの両方の時系列光強度データ上に同時に発生したパルス状信号を検出することにより、波長Iの時系列光強度データ上では、粒子a〜cの識別が可能となる。そして、粒子a〜cのパルス状信号の数を別々に計数することにより、それぞれの数密度又は濃度及びその他の情報を得ることが可能となる。
上記の時系列光強度データ上に於ける信号の識別の手法は、分子の結合反応又は解離反応の検出に有利に用いることが可能である。例えば、或る粒子aと別の粒子bとの結合反応の有無・程度を検査する場合、粒子aを波長Iの光を発する発光物質(典型的には蛍光色素。以下同様)にて標識し、粒子bを波長IIの光を発する発光物質にて標識する。その場合、図3(C)に例示されている如く、粒子a又は粒子bの単体がCVを通過したとき(t1又はt2)には、それぞれ、波長I又は波長IIに於いてのみ信号が出現するが、粒子aと粒子bとが結合体(a+b)を形成し、その結合体がCVを通過したとき(t3)には、波長I及び波長IIの両方に於いて信号が同時に発生するので、その同時に発生した信号を検出又は計数することにより、粒子aと粒子bとの結合反応の確認又はその強さの程度の見積もりが可能となる。このような態様にて検査可能な結合反応の例としては、例えば、二つのタンパク質の相互作用、標的核酸のハイブリダイゼーションなどが挙げられる。
また、或る粒子の分解反応の有無・程度を検査する場合には、分解前の粒子cに、波長Iの光を発する標識と波長IIの光を発する標識の両方が付加されたものが準備され、しかる後、検査されるべき分解反応が実行される。ここで、粒子cが分解反応によって分解され、波長Iの光を発する標識が付加された粒子aと波長IIの光を発する標識が付加された粒子bとが生成されるとすると、図3(D)に例示されている如く、粒子a又はbがCVを通過したとき(t1又はt2)には、波長I又は波長IIに於いてのみ信号が出現する一方、分解されていない粒子cがCVを通過したとき(t3)には、波長I及び波長IIの両方に於いて信号が同時に発生することとなる。かくして、同時に発生する信号の頻度と、波長I、IIのうちの一方にのみ発生する信号の頻度とを比較することによって、粒子cの分解反応の確認又はその強さの程度の見積もりが可能となる。この態様にて検査可能な分解反応の例としては、核酸を特異的に分解する制限酵素又はポリメラーゼによる分解反応やプロテアーゼによる分解反応が挙げられる。
更に、上記の本発明による選択された波長帯域にて同時に発生したパルス状信号を検出して発光粒子を識別する手法は、別の態様として、試料溶液中に観測対象となる発光粒子の他に、その観測対象粒子と共通の発光波長を有する夾雑物が含まれているとき、観測対象粒子からの信号のみを選択する場合又は観測対象粒子以外の粒子からの信号を排除する場合に有利に用いられる。例えば、図3(E)に模式的に描かれている如く、試料溶液中に於いて、波長Iの光を発する粒子aの信号を検出しようとする際に、即ち、粒子aが観測対象粒子であるときに、同様に波長Iの光を発する夾雑物xが存在している場合であって、夾雑物xが波長IIの光も発する場合(夾雑物xも一つの発光粒子である。)には、図3(F)に例示されている如く、粒子aがCVを通過とき(t1)には、波長Iのみに信号が出現し、夾雑物xがCVを通過したとき(t2)には、波長I及びIIの双方に信号が出現することとなる。従って、かかる試料溶液についての光測定によって得られた波長I及びIIの時系列光強度データに於いて同時に発生した信号については、夾雑物xであると識別し、波長Iの時系列光強度データに於いてのみ発生した信号を参照することにより、粒子aの存在の確認及び数密度又は濃度についての情報を得ることが可能となる。この態様は、例えば、種々の夾雑物を含む生体試料、例えば、血液サンプルに於いて、低濃度の観測対象となる粒子を検出する場合などに有利に用いられる。また、図示していないが、上記の態様とは逆に、観測対象粒子が波長I及びIIの光を発する発光粒子であり、夾雑物が波長I及びIIのうちのいずれか一方の光しか放出しないときには、波長I及びIIの時系列光強度データに於いて同時に発生した信号のみを参照することによって、観測対象粒子の存在の確認及び数密度又は濃度についての情報を得ることが可能となる。
なお、図3の例では、二つの波長帯域に於いて光の測定を行う場合が示されているが、三つ以上の波長帯域にて光の測定の測定を行い、そこで、得られた各波長帯域の時系列光強度データに於いて、選択された波長帯域にて同時に発生した信号を検出して、発光粒子の種類を識別するようになっていてもよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
3.走査分子計数法の処理操作過程
図1(A)に例示の光分析装置1を用いた本発明の方法の構成を組み込んだ走査分子計数法の実施形態に於いては、具体的には、(1)発光粒子を含む試料溶液の調製過程、(2)試料溶液の光強度の測定処理過程、及び(3)測定された光強度の分析処理過程とが実行される。図4は、フローチャートの形式にて表した本実施形態に於ける処理過程を示している。
(1)試料溶液の調製
本発明の方法に於いて観測対象となる粒子は、溶解された分子等の、試料溶液中にて分散しランダムに運動する粒子であれば、任意のものであってよく、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞、或いは、金属コロイド、その他の非生物学的分子などであってよい(試料溶液は、典型的には水溶液であるが、これに限定されず、有機溶媒その他の任意の液体であってよい。)。また、観測対象粒子は、それ自体が発光する粒子であってもよく、或いは、発光標識(蛍光分子、りん光分子、化学・生物発光分子)が任意の態様にて付加された粒子であってよい。例えば、二つの粒子の結合反応について検査する場合には、既に述べた如く、一方の粒子に或る波長帯域の光を放出する発光標識を付加し、他方の粒子に別の波長帯域の光を放出する別の発光標識を付加した後、両方の粒子を適宜混合して、結合反応を惹起する条件に曝されたものが、試料溶液とされてよい。また、一つの粒子の分解反応について検査する場合には、その粒子に互いに異なる波長帯域の光を放出する別々の発光標識を付加した後、分解反応を惹起する条件に曝したものが、試料溶液とされてよい。また、夾雑物を含有する溶液中に於ける或る特定の粒子を検出する場合には、その特定の粒子に一つの発光標識が付加されるか、二つの互いに発光波長の異なる発光標識が付加されることとなる。そして、検出する波長帯域は、試料中の発光粒子の発光波長帯域に基づいて適宜選択されてよい。試料溶液中にて、観測対象となる粒子を如何に選択するか、或いは、観測対象となる粒子に如何に発光標識を付加するか、検出波長帯域を如何に選択するかは、実験の実施者により適宜選択されてよく、当業者に於いて、本発明の方法を実現する種々の観測対象粒子又は発光標識の組合せ及び検出波長帯域を選択でき、本発明の教示に従って、発光粒子の識別が行われる限り、如何なる場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
(2)試料溶液の光強度の測定
本実施形態の走査分子計数法による光分析に於ける光強度の測定は、測定中にミラー偏向器17を駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)を行う他は、複数の波長帯域の光強度の測定を行うFCCSに於ける光強度の測定過程と同様の態様にて実行されてよい(図4−ステップ100)。操作処理に於いて、典型的には、マイクロプレート9のウェル10に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置した後、使用者がコンピュータ18に対して、測定の開始の指示を入力すると、コンピュータ18は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラム(試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動するべく光路を変更する手順と、光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出する手順)に従って、試料溶液内の光検出領域に於ける励起光の照射及び光強度の計測を開始する。計測が開始されると、まず、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下、光源2から、試料溶液中の発光粒子の励起波長の光が出射される。特に、本実施形態に於いては、複数の波長帯域の光を検出するので、検出されるべき複数の波長帯域の光が発光粒子から放出されるよう光源2から出射される励起光の波長の選択が為される。従って、特に発光粒子が一つの波長帯域の励起光に対して一つの波長帯域のみの蛍光を放出する場合には、複数の波長帯域のレーザー光が同時に出射されることとなる。一方、ミラー偏向器17は、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下、ミラー7(ガルバノミラー)を駆動して、ウェル10内に於いて光検出領域の位置の移動を実行し、これと同時に光検出器16は、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ18へ送信し、コンピュータ18では、任意の態様にて、送信された信号から時系列の光強度データを生成して保存する。なお、本実施形態に於いては、複数の光検出器16の各々が、互いに異なる波長帯域の光を検出し、検出された互いに異なる波長帯域毎に時系列光強度データが生成される。また、典型的には、光検出器16は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器であるので、光の検出は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BIN TIME)に、例えば、10μ秒毎に光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行されるフォトンカウンティングであり、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータであってよい。
光強度の計測中の光検出領域の位置の移動速度は、任意に、例えば、実験的に又は分析の目的に適合するよう設定された所定の速度であってよい。検出された発光粒子(又はそれらのうちの観測対象粒子−以下同様)の数に基づいて、その数密度又は濃度に関する情報を取得する場合には、光検出領域の通過した領域の大きさ又は体積が必要となるので、移動距離が把握される態様にて光検出領域の位置の移動が実行されることが好ましい。なお、計測中の経過時間と光検出領域の位置の移動距離とが比例関係にある方が測定結果の解釈が容易となるので、移動速度は、基本的に、一定速度であることが好ましいが、これに限定されない。
ところで、光検出領域の位置の移動速度に関して、計測された時系列の光強度データからの発光粒子の個別の検出、或いは、発光粒子の数のカウンティングを、定量的に精度よく実行するためには、かかる移動速度は、発光粒子のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定されることが好ましい。本実施形態に於いて観測対象となる発光粒子は、溶液中に分散又は溶解されて自由にランダムに運動する粒子であるので、ブラウン運動によって位置が時間と伴に移動する。従って、光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、図5(A)に模式的に描かれている如く、粒子が領域内をランダムに移動し、これにより、光強度がランダムに変化し(光検出領域の励起光強度は、領域の中心を頂点として外方に向かって低減する。)、個々の発光粒子に対応する有意な光強度の変化(発光粒子からの光を表す信号)を特定することが困難となる。そこで、好適には、図5(B)に描かれている如く、粒子が光検出領域を略直線に横切り、これにより、時系列の光強度データに於いて、図5(C)の上段に例示の如く、個々の粒子に対応する光強度の変化のプロファイルが略同様となり(粒子が略直線的に光検出領域を通過する場合には、光強度の変化のプロファイルは、励起光強度分布と略同様となる。)、個々の発光粒子と光強度との対応が容易に特定できるように、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。
具体的には、拡散係数Dを有する発光粒子がブラウン運動によって半径Woの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δtは、平均二乗変位の関係式
(2Wo)=6D・Δt …(1)
から、
Δt=(2Wo)/6D …(2)
となるので、発光粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2Wo/Δt=3D/Wo …(3)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、かかるVdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されてよい。例えば、発光粒子の拡散係数が、D=2.0×10−10/s程度であると予想される場合には、Woが、0.62μm程度だとすると、Vdifは、1.0×10−3m/sとなるので、光検出領域の位置の移動速度は、その10倍以上の15mm/sと設定されてよい。なお、発光粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々設定して光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
(3)光強度の分析
上記の処理により試料溶液の時系列の光強度データが得られると、コンピュータ18に於いて、記憶装置に記憶されたプログラムに従った処理により、下記の如き光強度の分析が実行されてよい。
(i)一つの観測対象粒子の検出
時系列の光強度データに於いて、一つの観測対象粒子の光検出領域を通過する際の軌跡が、図5(B)に示されている如く略直線状である場合、その粒子に対応する信号に於ける光強度の変化は、(光学系により決定される)光検出領域の光強度分布を反映した略釣鐘状のプロファイルを有する。従って、適宜設定される閾値Ioを超える光強度が継続する時間幅Δτが所定の範囲にあるとき、その光強度のプロファイルを有する信号が一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されるようになっていてよい。また、光検出領域の光強度分布が、ガウス分布:
I=A・exp(−2t/a) …(4)
であると仮定できるときには、有意な光強度のプロファイル(バックグラウンドでないと明らかに判断できるプロファイル)に対して式(4)をフィッティングして算出された強度A及び幅aが所定の範囲内にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されてよい。(強度A及び幅aが所定の範囲外にあるときには、ノイズ又は異物として分析に於いて無視されてよい。)
(ii)発光粒子のカウンティング
一つの処理方法の例として、時系列光強度データからの発光粒子の一括的な検出及びカウンティングを行う際には、まず、時系列光強度データ(図5(C)、最上段「検出結果(未処理)」)に対して、スムージング(平滑化)処理が為される(図4−ステップ110、図5(C)中上段「スムージング」)。発光粒子の発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間に於いてデータ値の欠落が生じ得るため、かかるスムージング処理によって、前記の如きデータ値の欠落を無視できることとなる。スムージング処理は、例えば、移動平均法(例えば、隣接平均法、サビンスキー-ゴレイ(Savinsky-golay)法のアルゴリズム)、パーセンタイルフィルタ法、FFTフィルタ法により為されてよい。なお、スムージング処理を実行する際のパラメータ、例えば、移動平均法に於いて一度に平均するデータ点数や移動平均の回数など、は、光強度データ取得時の光検出領域の位置の移動速度(走査速度)、BIN TIMEに応じて適宜設定されてよい。
次いで、スムージング処理後の時系列光強度データに於いて、有意なパルス状の信号(以下、「パルス信号」と称する。)が存在する時間領域(パルス存在領域)を検出するために、スムージング処理後の時系列光強度データの時間についての一次微分値が演算される(ステップ120)。時系列光強度データの時間微分値は、図5(C)中下段「時間微分」に例示されている如く、信号値の変化時点に於ける値の変化が大きくなるので、かかる時間微分値を参照することによって、有意な信号の始点と終点を有利に決定することができる。
しかる後、時系列光強度データ上に於いて、逐次的に、有意なパルス信号を検出し、検出された信号が発光粒子に対応する信号であるか否かが判定される。具体的には、まず、時系列光強度データの時系列の時間微分値データ上にて、逐次的に時間微分値を参照して、一つのパルス信号の始点と終点とが探索され決定され、パルス存在領域が特定される(ステップ130)。一つのパルス存在領域が特定されると、そのパルス存在領域に於けるスムージングされた時系列光強度データに対して、釣鐘型関数のフィッティングが行われ(図5(C)下段「釣鐘型関数フィッティング」)、釣鐘型関数のパルスのピーク(最大値)強度Imax、パルス幅(半値全幅)w、フィッティングに於ける(最小二乗法の)相関係数等のパラメータが算出される(ステップ140)。なお、フィッティングされる釣鐘型関数は、典型的には、ガウス型関数であるが、ローレンツ型関数であってもよい。そして、算出された釣鐘型関数のパラメータが、一つの発光粒子が光検出領域を通過したときに検出されるパルス信号が描く釣鐘型のプロファイルのパラメータについて想定される範囲内にあるか否か、即ち、パルスのピーク強度、パルス幅、相関係数が、それぞれ、所定範囲内にあるか否か等が判定される(ステップ150)。かくして、図6(A)左に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの発光粒子に対応する信号に於いて想定される範囲内にあると判定された信号は、一つの発光粒子に対応する信号であると判定され、これにより、一つの発光粒子が検出されたこととなり、一つの粒子としてカウントされる(粒子数がカウントアップされる。ステップ160)。一方、図6(A)右に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが想定される範囲内になかったパルス信号は、ノイズとして無視される。
上記のステップ130〜160の処理に於けるパルス信号の探索及び判定は、時系列光強度データの全域に渡って繰り返し実行され、一つの発光粒子が検出される毎に、粒子としてカウントされる。そして、時系列光強度データの全域のパルス信号の探索が完了すると(ステップ170)、それまで得られた粒子のカウント値が時系列光強度データに於いて検出された発光粒子の数とされる。特に、本実施形態に於いては、互いに異なる波長帯域の時系列光強度データの各々について、上記のステップ110〜170が実行され、それぞれの波長帯域についての発光粒子に対応するパルス信号の数が計数されてよい。なお、時系列光強度データから発光粒子の信号を個別に検出してカウンティングする処理は、上記の手順に限らず、任意の手法により実行されてよい。
(iii)同時に発生した信号の検出及びカウント
上記の如く複数の波長帯域の時系列光強度データに於ける発光粒子に対応する信号(パルス信号)の検出が完了すると、検出された信号のうちで、選択された波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号が検出される。或る時系列光強度データに於ける信号と他の時系列光強度データに於ける信号とが同時に出現したか否かは、各々の信号の発生期間が互いに重複しているか否かによって判定されてよい。かかる判定は、具体的には、例えば、図6(B)に例示されている如く、或る波長帯域(第一の波長帯域:波長I)の時系列光強度データに於ける発光粒子に対応するパルス信号の始点txsと終点txeの間に別の波長帯域(波長II)の時系列光強度データのパルス信号の始点tys又は終点tyeのうちの少なくとも一方が存在するとき、即ち、
txs<tys<txe …(5a)
txs<tye<txe …(5b)
のうちの少なくとも一方が成立したとき、波長Iと波長IIに於いて同時に発生したパルス信号が発生したと判定する態様にて為されてよい。そして、かかる判定を時系列光強度データ上で順に繰り返すことにより、選択された波長帯域の時系列光強度データに於ける同時に発生したパルス信号の全てが検出され、その数が計数されるようになっていてよい。なお、選択された波長帯域が3つ以上であるときには、選択された波長帯域の全てに於いて発生期間が重複するパルス信号が存在していたとき、そのパルス信号が同時に発生した信号として判定される。また、別の態様として、第一の波長帯域に於けるパルス信号のピークの時間と別の波長帯域に於けるパルス信号のピークの時間との差が所定時間内だったとき、それらのパルス信号は同時に発生したパルス信号であると判定されてよい。
(iv)分析並びに発光粒子の数密度又は濃度の決定
上記の如く検出された同時に発生した信号とそのカウント値は、実験の態様に応じて、種々の分析に利用される。例えば、図3(C)に例示されている如き二つの粒子の結合反応を確認する実験に於いては、同時に発生した信号は、二つの粒子の結合体からの信号であり、従って、同時に発生した信号が検出されたときには、そのことが二つの粒子の結合反応が生じたことの証拠となる。そして、同時に発生した信号以外の信号は、結合反応を起こしていない粒子に対応する信号であると考えられるので、同時に発生した信号のカウント値とそれ以外の信号のカウント値とを比較することにより、二つの粒子の結合反応の強さの程度を評価することが可能となる。例えば、種々の環境条件にて、上記の光の測定と信号の検出を行った場合に、或る条件に於ける同時に発生した信号のカウント値の相対的な増大(低減)は、結合反応の強さ又は進行の程度の増大(低減)を意味することとなる。また、図3(D)に例示されている如き一つの粒子の分解反応を確認する実験に於いては、一つの粒子が分解して、一つの発光標識のみを有する粒子が生成されると、同時に発生した信号以外の信号が生ずると考えられるので、同時に発生した信号以外の信号が検出されたときには、かかる分解反応の発生の証拠となり得る(下記の注参照)。そして、同時に発生した信号のカウント値とそれ以外の信号のカウント値とを比較することにより、分解反応の強さの程度、進行の程度等を評価することが可能となる。例えば、種々の環境条件にて、上記の光の測定と信号の検出を行った場合に、或る条件に於ける同時に発生した信号のカウント値の相対的な低減は、分解反応の強さ又は進行の程度の増大を意味することとなる。
[(注)ただし、後に説明される実施例に於いて示されるように、実際の実験に於いては、互いに波長の異なる励起光のCVを空間的に完全に一致させることは困難であるため、光検出領域に於いて、一つの波長の励起光のみが照射される領域が生じる場合がある。その場合、互いに波長の異なる励起光の照射領域が一致していれば、同時に発生した信号となるべき信号が、同時に発生した信号以外の信号に含まれていることとなる。即ち、同時に発生した信号以外の信号には、図3(C)の結合反応の検査に於いては、二つの粒子の結合体の信号が含まれ、図3(D)の分解反応の検査に於いては、分解前の粒子の信号が含まれている可能性がある。従って、図3(C)の結合反応の検査に於いては、同時に発生した信号以外の信号の数がそのまま結合体の絶対的な数であると判断することはできず、また、図3(D)の分解反応の検査に於いては、同時に発生した信号以外の信号の存在からだけでは、分解反応の有無を判断することはできないこととなる。しかしながら、同時に発生した信号のカウント値とそれ以外の信号のカウント値との比較により結合反応又は分解反応の強さの程度、進行の程度の相対的な変化を評価することは可能である。]
更に、複数の種類の発光粒子を含む試料溶液に於いて、同時に発生した信号に対応する発光粒子を観測対象粒子とする場合には、同時に発生した信号が検出されたことによって、観測対象粒子の存在が確認されることとなり、かかる同時に発生した信号のカウント値は、観測対象粒子の数密度又は濃度に比例すると考えられるので、そのカウント値に着目することにより、観測対象粒子の数密度又は濃度に関する情報を取得することが可能となる。また、逆に、同時に発生した信号を観測対象粒子以外の粒子又は夾雑物の信号とする場合には、同時に発生した信号以外の存在により、観測対象粒子の存在が確認され、観測対象粒子の発光波長の時系列光強度データ上の信号のカウント値から同時に発生した信号のカウント値を除外することにより、より精度よく観測対象粒子の数密度又は濃度に関する情報を取得することが可能となる。[前記の如く、実際の実験に於いては、互いに波長の異なる励起光のCVを空間的に完全に一致させることは困難であり、光検出領域に於いて、一つの波長の励起光のみが照射される領域が生じるため、同時に発生した信号以外の信号の存在のみから観測対象粒子の存在は証明されない。しかしながら、同時に発生した信号以外の信号の増減は、観測対象粒子の増減に対応するので、同時に発生した信号以外の信号のカウント値の変化から試料溶液中の観測対象粒子の増減が検出できることとなる。]
時系列光強度データに於ける発光粒子の数密度又は濃度は、各発光粒子のカウント値と、時系列光強度データの取得の間に光検出領域の通過した領域の総体積を用いて決定可能である。しかしながら、光検出領域の実効体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に依存して変動するため、設計値から算定することは、一般に困難であり、従って、光検出領域の通過した領域の総体積を算定することも簡単ではない。そこで、典型的には、発光粒子の濃度が既知の溶液(参照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、粒子の検出及びカウンティングを行い、検出された発光粒子の数と参照溶液の発光粒子の濃度とから、光検出領域の通過した領域の総体積、即ち、発光粒子の検出数と濃度との関係が決定されるようになっていてよい。参照溶液の発光粒子としては、好ましくは、各発光粒子と同様の波長特性を有する発光標識(蛍光色素等)であってよい。具体的には、例えば、発光粒子の濃度(数密度)Cの参照溶液について、その発光粒子の検出数がNであったとすると、光検出領域の通過した領域の総体積Vtは、
Vt=N/C …(6)
により与えられる。また、参照溶液として、複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtとして採用されるようになっていてよい。そして、Vtが与えられると、粒子のカウンティング結果がnの試料溶液の発光粒子の濃度(数密度)cは、
c=n/Vt …(7)
により与えられる。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて、例えば、FCS、FIDAを利用するなどして与えられるようになっていてよい。また、本実施形態の光分析装置に於いては、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な粒子についての濃度Cと粒子の数Nとの関係(式(6))の情報をコンピュータ18の記憶装置に予め記憶しておき、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるようになっていてよい。
特に、同時に発生した信号に対応する発光粒子の数密度又は濃度を算出する際には、参照溶液として、選択された波長帯域の全てに発光波長を有する発光粒子の濃度が既知の溶液が準備され、その溶液についての光強度の測定により得られた時系列光強度データに於いて同時に発生した信号の検出及びカウンティングが実行され、そのカウント値と濃度とから光検出領域の通過した領域の総体積Vtが決定されてよい。複数種類の発光粒子を含む試料溶液中の各発光粒子の濃度の算出の際には、同時に発生した信号に対応する発光粒子については、同時に発生した信号のカウント値が用いられ、同時に発生した信号以外の信号に対応する発光粒子については、その発光粒子の発光波長の波長帯域の時系列光強度データ上の全ての信号のカウント値から同時に発生した信号のカウント値を差し引いた値が用いられてよい。
かくして、上記の本発明の方法を走査分子計数法に組み込んだ光分析方法によれば、一波長帯域の光測定による走査分子計数法よりも多様な情報を取得することができ、また、複数の種類の発光粒子を含む試料溶液について走査分子計数法により光分析を行う場合に、不要なデータの影響を低減又は排除して、精度の良い結果を得ることが可能となる。なお、上記の本発明の方法による走査分子計数法によれば、FCS、FCCS、FIDA等と同様に微量の試料溶液を用いて、FCS、FCCS、FIDA等の解析過程に於いて統計的処理を含む光分析技術で良好な計測可能なレベル(典型的には1nM程度)よりも低い濃度(数pM程度)の発光粒子についての種々の情報が得られることは理解されるべきことである。
B.FCS等に於ける本発明の実施形態
別の態様として、本発明の方法は、FCS、FCCS、FIDA等の共焦点顕微鏡を用いた光分析技術に於いて、測定された時系列光強度データから観測対象粒子以外の粒子からの光の信号を除去するために有利に用いられる。具体的には、FCS、FCCS、FIDA等による計測に於いて、或る特定の種類の発光粒子を観測対象粒子として、その発光波長を含む波長帯域(「主測定波長帯域」とする。)の光を計測して時系列光強度データを生成する際に、試料溶液中に「主測定波長帯域」に発光波長を有する別の発光粒子又はその他の夾雑物(「夾雑物等」とする。)が存在する場合には、「夾雑物等」の「主測定波長帯域」以外の発光波長を含む波長帯域(「副測定波長帯域」とする。)にて光の計測及び時系列光強度データの生成が為される(副測定波長帯域は、観測対象粒子の発光波長を含まないよう選択される。)。かかる構成によれば、「副測定波長帯域」にて有意な信号が発生したとき、即ち、主測定波長帯域と副測定波長帯域とに同時に有意な信号が発生したときには、その信号の発生期間に於いて光検出領域に「夾雑物等」が進入していると想定される。そこで、FCS、FCCS、FIDA等により解析される主測定波長帯域の時系列光強度データから主測定波長帯域と副測定波長帯域とに同時に発生した信号の発生期間のデータを除去又は削除し、これにより、夾雑物等の影響が低減又は除去された時系列光強度データに基づいて、FCS、FCCS、FIDA等による、より精度の良い又は改善された演算結果が得られることとなる。
図7(A)は、上記の如くFCS等に於いて本発明の方法を適用する実施形態に於ける処理過程をフローチャートの形式にて表したものである。同図を参照して、まず、FCS等における通常の態様にて光の測定及び時系列光強度データの生成が実行される(ステップ200)。ただし、この場合、主測定波長帯域だけでなく、副測定波長帯域についても同時に光の測定及び時系列光強度データの生成が為される(なお、FCCSに於いては、通常、観測対象粒子として二つの種類の粒子が選択され、それぞれの粒子の発光波長にて光測定が実行されるところ、本発明の方法が適用される場合には、観測対象粒子の二つの発光波長とは、別の波長帯域が副測定波長帯域として任意に選択される。)。図7(B)は、かくして得られた主測定波長帯域の時系列光強度データ(上段)と、副測定波長帯域の時系列光強度データ(下段)の実際の例を示したものである。この例では、主測定波長帯域を650nm〜690nmに設定し、副測定波長帯域を565nm〜595nmに設定した際に、観測対象粒子は励起光633nmにて励起されて主測定波長帯域にて検出され、夾雑物等は励起光543nmにて励起されて主測定波長帯域および副測定波長帯域にて検出されることが分かっている。そうすると、夾雑物等が光検出領域に進入したときには、副測定波長帯域において図示の如く有意な信号が出現するので(これに対応して、主測定波長帯域に於いても光強度(フォトンカウント)の増大が観察される。)、そのパルス状の信号の発生期間に於いて主測定波長帯域と副測定波長帯域にて同時に発生した信号が出現していると判定することができる。かくして、副測定波長帯域の時系列光強度データに於いて有意なパルス状の信号の発生を順次検出することによって、同時に発生した信号の検出が為され(ステップ210)、それらの同時に発生した信号の発生期間(同時発生期間)は、夾雑物等の光検出領域に進入した期間であると想定されるので、後で実行される分析処理に於いては無視されるべき「ノイズ期間」として特定される。一方、かかるノイズ期間以外の期間は、観測対象粒子の光検出領域に進入した期間、即ち、「シグナル期間」として特定される(ステップ220)。そして、後の分析処理に於いて可能であれば、分析処理に利用される時系列光強度データから「ノイズ期間」が削除され(ステップ230)、かかるノイズ期間を削除した時系列光強度データを用いて、通常の態様にてFCS、FCCS、FIDA等による分析演算処理(自己相関関数若しくは相互相関関数の演算又はヒストグラムの生成及びフィッティング)が実行される(ステップ240)。
上記の構成によれば、主測定波長帯域と副測定波長帯域にて同時に発生した信号の発生期間、即ち、試料溶液中の夾雑物等が光検出領域に進入した期間のデータを排除して、FCS、FCCS、FIDA等の分析演算処理が実行可能となるので、分析演算処理によって得られた結果の精度の向上が期待される。
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
二色の蛍光色素にて標識されたオリゴヌクレオチドの検出実験
本発明の方法を組み込んだ走査分子計数法に従って、種々の割合にて二色の蛍光色素にて標識されたオリゴヌクレオチド(二重標識オリゴヌクレオチド)と一色の蛍光色素にて標識されたオリゴヌクレオチド(一重標識オリゴヌクレオチド)とを含む試料溶液について二つの波長帯域にて光測定を行い、得られた時系列光強度データにて同時に発生した信号(同時発生パルス)の検出及びカウンティングを行い、本発明による方法による二重標識オリゴヌクレオチド(同時発生パルスに対応する発光粒子)の濃度測定可能範囲を検証した。対照実験としてFCCSによる二重標識オリゴヌクレオチドの濃度測定可能範囲も検証した。
試料としては、下記の二重標識オリゴヌクレオチド及び一重標識オリゴヌクレオチドを準備した。
(二重標識オリゴヌクレオチド)
・488pA647:Alexa488-aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa-Alexa647
[5’末端に蛍光色素Alexa488を、3’末端に蛍光色素Alexa647を修飾したオリゴヌクレオチド]
(一重標識オリゴヌクレオチド)
・488pA:Alexa488-aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
[5’末端にAlexa488修飾したオリゴヌクレオチド]
・pA647:aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa- Alexa647
[3’末端にAlexa647修飾したオリゴヌクレオチド]
試料溶液は、次のように調製した。:上記のオリゴヌクレオチドをそれぞれ10mM Tris-HCl(pH8.0)に100μMとなるように溶解させた。次いで、各溶液を0.05%(w/w)Tween 20を含むリン酸緩衝溶液を用いて希釈し、488pAとpA647とを各々10pMにて含む溶液αと、488pA647を10pMにて含む溶液βとを調製した。そして、溶液βと溶液αとを、体積比で100:0、50:50、10:90、5:95、0:100となるように混合し、各蛍光色素について、一重標識オリゴヌクレオチド(488pA、pA647)に対する二重標識オリゴヌクレオチド488pA647の割合が100%、50%、10%、5%、0%となる溶液を調製した。なお、Alexa488は、488nmの励起光で励起すると510〜560nmの波長帯域で蛍光が検出される。一方、Alexa647は633nmの励起光で励起すると、650〜690nmの波長帯域で蛍光が検出される。
光の測定及び分析に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF−20(オリンパス株式会社)を用い、上記の「A.(2)試料溶液の光強度の測定」にて説明した態様に従って、上記の各試料溶液について、時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を取得した。その際、励起光は、488nmのレーザー光(200μW)と633nmのレーザー光(1000μW)とを用い、バンドパスフィルターを用いて、励起光488nm及び633nmに対して、510−560nmと650−690nmの二つの波長帯域の光をそれぞれ別々に同時に測定し、励起光488nm及び励起光633nmのそれぞれに対する時系列光強度データを生成した。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の移動速度は、15mm/秒とし、BIN TIMEを10μ秒とし、各試料溶液について2秒間の測定を3回ずつ行った。光強度の測定後、上記の「A.(3)(ii)発光粒子のカウンティング」に記載された処理手順に従って、各試料溶液について取得された各波長帯域の時系列光強度データにスムージング処理を施し、スムージングされたデータに於いて、パルス信号の始点及び終点を決定した後、各パルス信号にガウス関数を最小二乗法によりフィッティングして、(ガウス関数に於ける)ピーク強度、パルス幅(半値全幅)、相関係数を決定した。そして、下記の条件:
20μ秒<パルス幅<400μ秒
ピーク強度>1(フォトン/10μ秒) …(A)
相関係数>0.95
を満たすパルス信号のみを発光粒子(二重標識オリゴヌクレオチド及び一重標識オリゴヌクレオチド)に対応する信号であると判定する一方、上記の条件を満たさないパルス信号はノイズとして無視し、発光粒子に対応する信号であると判定された信号の数を「パルス数」として計数した。
次いで、励起光488nmのデータと励起光633nmのデータ上の発光粒子として判定されたパルス信号を比較して、パルス信号のピーク(最大値)の時刻の差が30μ秒以内となるパルス信号を同時に発生したパルス信号(同時発生パルス信号)として判定し、その数を計数した。そして、同時発生パルス数Nab、励起光488nmのデータ上のパルス数Na及び励起光633nmのデータ上のパルス数Nbを用いて、下記の式により、同時発生パルス信号の割合を算出した。
(同時発生パルス信号の割合)=Nab/(Na+Nb−Nab) …(8)
対照実験としてのFCCSに於いては、上記と同じ試料溶液を用い、上記と同じ励起波長及び検出波長条件の下、通常のFCCSの態様にて、励起光488nmに対する蛍光、励起光633nmに対する蛍光をそれぞれ測定してそれぞれ時系列光強度データを生成し、励起光488nmに対する蛍光の自己相関関数、励起光633nmに対する蛍光の自己相関関数、及び、励起光488nmに対する蛍光と励起光633nmに対する蛍光との相互相関関数を算出し、フィッティングにより平均粒子数を決定した。測定は、各試料溶液について一回20秒間の測定を3回ずつ行った。また、上記の同時発生パルス信号の割合と比較する目的で、DCC(Degree of Cross Correlation)を下記の式にて算出した。
DCC=nab/(na+nb−nab) …(9)
ここに於いて、nabは、相互相関関数から算出される平均粒子数であり、naは、励起光488nmに対する蛍光の自己相関関数から算出される平均粒子数であり、nbは、励起光633nmに対する蛍光の自己相関関数から算出される平均粒子数である。
図8は、本発明の方法による走査分子計数法を実行して得られた励起光488nmに対するフォトンカウントデータ(a)、励起光633nmに対するフォトンカウントデータ(b)、これらのデータにスムージング処理を施した後のデータ(c)及びフィッティングにより発光粒子の信号として判定されたパルス信号(d)の一部を示している。特に図8(d)を参照して理解される如く、励起光488nmに対するデータ上のパルス信号(一点鎖線)と励起光633nmに対するデータ上のパルス信号(実線)とに於いて、同時に発生したパルス信号(図中、同時発生信号と付された信号)が観察された。かかる同時発生パルス信号は、二重標識オリゴヌクレオチドから発せられた光の信号であると考えられ、かくして、本発明の方法によって、二色の蛍光色素にて標識された粒子を他と区別して検出することが可能であることが示された。
図9は、本発明の方法による走査分子計数法の手順によって算出された種々の割合にて混合された二重標識オリゴヌクレオチドを含む試料溶液についての同時発生パルス信号の割合(A)と、FCCSによって算出された種々の割合にて混合された二重標識オリゴヌクレオチドを含む試料溶液についてのDCC(B)をそれぞれ試料溶液中の二重標識オリゴヌクレオチドの割合(ダブルラベルオリゴ混合率)に対してプロットした図である。これらの図を参照して、本発明の方法の走査分子計数法により得られた結果(A)に於いては、検査した領域全域に亘ってダブルラベルオリゴ混合率に対して同時発生パルス信号の割合は、比例し、3回の測定のばらつきも非常に小さかった。ダブルラベルオリゴ混合率=100%のとき、二重標識オリゴヌクレオチドの濃度は、10pMであり、ダブルラベルオリゴ混合率=5%のときには、二重標識オリゴヌクレオチドの濃度は、0.5pMとなるので、図9(A)の結果は、本発明によれば、0.5pM程度の二重標識された発光粒子を検出し、また、その濃度を決定できることを示唆している(下記の(注)参照)。一方、FCCSによる結果(図9(B))に於いては、ダブルラベルオリゴ混合率が50%未満では、ダブルラベルオリゴ混合率とDCCとの比例関係が失われ、ばらつきも大きかった。
かくして、本発明によれば、二重標識された発光粒子の検出及びその濃度の決定が、FCCSで可能な範囲よりも大幅に低い濃度範囲で達成可能であることが示された。(即ち、同時発生パルス信号を観測対象粒子として識別し、それ以外の信号を観測対象粒子以外の粒子として識別した場合に、従前よりも低い濃度域にて観測対象粒子を検出し又はその濃度を特定できることを示している。)また、上記の結果により、本発明によれば、複数の種類の発光粒子の相互作用(結合反応又は分解反応)の検査に於いて、試料溶液中の発光粒子の濃度がFCCSで可能な範囲よりも大幅に低い場合、或いは、相互作用が弱く、結合体又は分解物が相対的に僅かしか生成されないためにFCCSでは検出が困難である場合でも、発光粒子の相互作用の有無の検出及び/又はその強さの程度の評価が可能であることが示された。
[(注)実際の実験に於いては、共焦点顕微鏡の光学系に於ける色収差に起因して、複数の波長の励起光の照射領域(CV)を完全に一致させることは通常困難である。そのため、光検出領域に於いて、複数の波長のうちのいずれか一方の波長の光のみが照射される領域が生成され、かかる領域に二重標識された発光粒子が進入した場合には、複数の波長帯域の時系列光強度データ上に信号が同時に発生しないこととなる。従って、図9(A)に見られるように、同時発生パルス信号の割合は、試料溶液中の二重標識された発光粒子の割合から理論的に期待される値よりも小さく成り得る。しかしながら、同図から理解される如く、二重標識された発光粒子の量と同時発生パルス信号の量との関係は、比例するか若しくは一対一の関係になるので、同時発生パルス信号の量に基づいて試料溶液中の二重標識された発光粒子の増減又は濃度を推定することが可能となる。]
夾雑物を含む試料溶液中に於ける観測対象粒子の濃度検出
観測対象粒子と共通の発光波長を有する夾雑物が含まれている試料溶液に於いて走査分子計数法により観測対象粒子の濃度を検出する場合に、本発明の方法により精度が向上することを検証した。
試料は、蛍光色素TAMRAを観測対象粒子として、蛍光色素ATTO590を夾雑物のモデルとして用いた。TAMRAは、543nmの励起光で励起すると565〜595nmの波長帯域で蛍光が検出される。また、ATTO590は543nmの励起光で励起すると、565〜595nmの波長帯域および650〜690nmの波長帯域で蛍光が検出される。試料溶液としては、0.05%Tween20を含むリン酸緩衝液中に、ATTO590を100pMにて含み、TAMRAを0pM、1pM及び10pMにて含む溶液を調製した。また、対照溶液として、ATTO590を含有せず、TAMRAを0pM、1pM及び10pMにて含む溶液を調製した。
光の測定及び分析は、上記の試料溶液をそれぞれ用いて、励起光を543nmのレーザー光(500μW)とし、検出波長帯域を565〜595nm及び650〜690nmとして、実施例1と同様に実行し、それぞれの検出波長帯域の時系列光強度データ上の発光粒子に対応するパルス信号数と、同時発生パルス信号数とを得た。なお、同時発生パルス信号の検出の際には、パルス信号のピークの時刻が100μ秒以内のパルス信号の組を同時発生パルス信号として判定した。
図10は、上記の手順により得られた各試料溶液について得られたパルス数を試料溶液中のTAMRAの濃度に対してプロットしたものである。同図を参照して、ATTO590を含まない試料溶液のパルス数(△)は、観測した全濃度域に於いて、濃度に対して概ね比例し、最小自乗法による近似曲線の直線性は高かった(y切片=0.27、平均自乗誤差R=0.9998)。これに対し、ATTO590を含む試料溶液のパルス数(○)は、低濃度域で、濃度に対する比例関係が観測されず、最小自乗法による近似曲線の直線性は低かった(y切片=30.92、平均自乗誤差R=0.9898)。しかしながら、ATTO590を含む試料溶液のパルス数から同時検出パルス信号数を差し引いた値(□)は、観測した全濃度域に於いて、濃度に対して概ね比例し、最小自乗法による近似曲線の直線性は、ATTO590を含む試料溶液の場合よりも改善された(y切片=10.80、平均自乗誤差R=0.9997)。ここに於いて、同時発生パルス信号は、夾雑物のモデルであるATTO590からの光であると想定される。従って、上記の結果は、ATTO590を含む試料溶液のパルス信号からATTO590に対応する同時発生パルス信号を排除することにより、観測対象粒子であるTAMRAの濃度とパルス信号との比例関係を改善できることを示している。即ち、上記の結果は、走査分子計数法により夾雑物を含む試料溶液中の観測対象粒子の検出及び濃度の測定を行う場合に、本発明の方法に従って、同時発生パルス信号を観測対象以外の粒子の信号として識別し、それらの同時発生パルス信号をデータから排除することにより、観測対象粒子の検出及び濃度の測定に於ける精度を改善できることを示唆している。
夾雑物を含む試料溶液中に於ける観測対象粒子のFCSによる計測
観測対象粒子と共通の発光波長を有する夾雑物が含まれている試料溶液に於いて観測対象粒子についてFCSによる光分析を実行する場合に、本発明の方法により分析結果の精度が向上することを検証した。
試料は、蛍光色素ATTO633を観測対象粒子として、DNA(プラスミドpbr322、タカラバイオ株式会社、Cat.No.3035)を蛍光色素SYTOX Orange(インビトロジェン社、Cat.No.S-11368)にて蛍光標識したもの(蛍光標識DNA)を夾雑物のモデルとして用いた。ATTO633は、633nmの励起光で励起すると650〜690nmの波長帯域で蛍光が検出される。また、DNAに結合したSYTOX Orangeは543nmの励起光で励起すると、565〜595nmの波長帯域および650〜690nmの波長帯域で蛍光が検出される。試料溶液としては、10mMTris−HCl(pH8.0)を含む水溶液中に100pM ATTO633、1pM DNA、9nM SYTOX Orangeを含む溶液を調製した(同溶液の調製に於いて、SYTOX OrangeとDNAを混合したときに30分間室温にてインキュベーションして、SYTOX OrangeをDNAに十分に結合させた。)。また、対照溶液として、100pM ATTO633を含み、蛍光標識DNAを含まない溶液を調製した。
光の測定及び分析には、光分析装置として、1分子蛍光測定装置MF−20(オリンパス株式会社)を用いた。光測定の際、励起光は、543nmのレーザー光(300μW)と633nmのレーザー光(100μW)とを用い、バンドパスフィルターを用いて、励起光543nm及び633nmに対して、565−595nmと650−690nmの二つの波長帯域の光強度をそれぞれ別々に同時に測定し、励起光543nm及び励起光633nmのそれぞれに対する時系列光強度データを生成した。測定は、各試料溶液について20秒間の測定を2回ずつ行った。ここで、観測対象粒子であるATTO633は650〜690nmの波長帯域で蛍光が検出されるので、検出波長650〜690nmが主測定波長帯域であり、検出波長565〜595nmが副測定波長帯域である。時系列光強度データの分析に於いては、通常のFCSの態様にて、主測定波長帯域(検出波長650−690nm)の時系列光強度データの自己相関関数を演算し、その自己相関関数に下記の式:
Figure 0005893564
(ここに於いて、τは、相関時間、Nは、CV内の平均粒子数、ARは、ストラクチャパラメータ(CVの長軸wzと横方向半径woとの比(AR=wz/wo))、τDは、並進拡散時間である。)
をフィッティングし、平均粒子数Nと並進拡散時間τDとを決定した。なお、「B.FCS等に於ける本発明の実施形態」に於いて記載されている如く、夾雑物等(蛍光標識DNA)に対応する主測定波長帯域と副測定波長帯域との双方に同時に発生した信号を除去する場合には、上記の自己相関関数の演算及びフィッティングに先だって、副測定波長帯域に於いて、フォトンカウント値が2フォトンを超えている時間を検出し、その時間の前後50μ秒の期間を「ノイズ期間」として特定した。そして、図11(A)に描かれている如く、主測定波長帯域に於いて「ノイズ期間」に対応する期間のデータを削除し、削除された期間の前後の「シグナル期間」のデータを連結して、時間的に連続なデータに再構成し、自己相関関数の演算及びフィッティングを行った。
図11(B)、(C)は、上記の試料溶液(ATTO633及び蛍光標識DNAを含む溶液)についての時系列光強度データに於いて上記の「ノイズ期間」の削除を実行せずに自己相関関数の演算及びフィッティングを行った場合の平均粒子数と並進拡散時間(DNAあり)、上記の試料溶液についての時系列光強度データに於いて上記の「ノイズ期間」の削除を実行してから自己相関関数の演算及びフィッティングを行った場合の平均粒子数と並進拡散時間(同時発生信号削除)、及び、対照溶液(DNAを含まないATTO633の溶液)についての平均粒子数と並進拡散時間(DNAなし)を、それぞれ示している。同図から理解される如く、「ノイズ期間」の削除を実行せずに算出された試料溶液についての平均粒子数と並進拡散時間は、それぞれ対照溶液についての平均粒子数と並進拡散時間よりも大きくなったが、「ノイズ期間」の削除を実行して試料溶液についての平均粒子数と並進拡散時間を算出すると、それらの値は、それぞれ対照溶液についての値に近づいた。これらの結果は、上記の本発明の方法に従って、同時発生信号を「ノイズ期間」として識別して、FCS等の解析演算に於いて除外することによって、観測対象粒子以外の発光粒子からの光の寄与が排除又は低減され、解析演算の結果の精度が改善されることを示している。
かくして、上記の実施例の結果から理解される如く、上記の本発明の方法に従って、複数の波長帯域の光を測定し、測定された複数の波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号の各々を個別に検出することにより、試料溶液中に含まれている特定の種類の発光粒子の検出及びその濃度の決定が可能となる。また、本発明によれば、時系列光強度データに於いて発生したパルス状信号が複数の波長帯域で同時に発生したものか否かによって信号を分類し、これにより、試料溶液中の発光粒子の種類を特定できることとなる。更に、複数の波長帯域で同時に発生した信号に観測対象粒子かそれ以外の発光粒子を対応させ、同時に発生した信号のみを選択又は除外することによって、観測対象粒子の検出、濃度の検出及びその他の任意の分析に於いて、観測対象粒子以外の発光粒子からの光の影響が低減され、測定結果又は分析結果の精度の改善が期待される。この点に関し、特に理解されるべきことは、本発明の方法では、複数の波長帯域で同時に発生した信号を個別に検出するので、複数の波長帯域で同時に発生した信号に対応する発光粒子の試料溶液中に於ける数密度又は濃度が低くても、時系列光強度データから複数の波長帯域で同時に発生したパルス信号を精度よく「拾い出す」ことが可能であるので、FCS、FCCS等の統計的処理を利用する光分析技術では観測不能な程度の低濃度の発光粒子についての光分析が可能となる。通常、FCS、FCCS等の光分析技術では、観測対象となる粒子の濃度は、概ね1nM程度必要であったが、上記の実施例の如く、本発明によれば、数pMの発光粒子を観測対象粒子とすることができ、また、任意の光測定・分析実験に於いて、数pMの観測対象粒子以外の発光粒子からの光の影響を測定・分析結果から排除又は低減することも可能である。
なお、本発明の方法に従って、三つ以上の波長帯域にて光測定を行い、その波長帯域のうちの少なくとも二つの波長帯域にて同時に発生した信号を検出し、検出された同時に発生した信号及びそれ以外の信号のそれぞれについて上記と同様の分析(粒子カウンティング、濃度又は数密度の決定等)が行われてもよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。

Claims (9)

  1. 共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いてランダムに運動する複数の種類の発光粒子を含む試料溶液中からの光を検出し分析する方法であって、
    前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を移動する過程と、
    前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら前記光検出領域からの複数の波長帯域の光の強度を波長帯域毎に且つ同時に測定し時系列の光強度データを前記波長帯域の各々について別々に生成する過程と、
    前記波長帯域の各々の前記時系列の光強度データに於いて、前記光検出領域内を相対的に移動する一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルを有する光強度の時間変化を一つの発光粒子の信号として個別に検出することにより、前記発光粒子の各々からの信号を個別に検出する過程と、
    前記時系列光強度データのうちの少なくとも二つの選択された波長帯域の時系列光強度データに於いて検出された前記発光粒子の信号に於いて同時に発生した信号を検出する過程と
    を含み、
    前記複数の種類の発光粒子のうちの観測対象粒子が前記複数の波長帯域のうちの少なくとも二つの選択された波長帯域の全てに発光波長帯域を有する発光粒子であるとき、前記複数の波長帯域のうちの少なくとも二つの選択された波長帯域に於いて同時に発生した信号を前記観測対象粒子の信号として識別することを特徴とする方法。
  2. 請求項1の方法であって、前記複数の波長帯域が二つの波長帯域であり、前記二つの波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号を前記観測対象粒子の信号として識別することを特徴とする方法。
  3. 共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いてランダムに運動する複数の種類の発光粒子を含む試料溶液中からの光を検出し分析する方法であって、
    前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を移動する過程と、
    前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら前記光検出領域からの複数の波長帯域の光の強度を波長帯域毎に且つ同時に測定し時系列の光強度データを前記波長帯域の各々について別々に生成する過程と、
    前記波長帯域の各々の前記時系列の光強度データに於いて、前記光検出領域内を相対的に移動する一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルを有する光強度の時間変化を一つの発光粒子の信号として個別に検出することにより、前記発光粒子の各々からの信号を個別に検出する過程と、
    前記時系列光強度データのうちの少なくとも二つの選択された波長帯域の時系列光強度データに於いて検出された前記発光粒子の信号に於いて同時に発生した信号を検出する過程と
    を含み、
    前記複数の種類の発光粒子のうちの観測対象粒子が前記複数の波長帯域のうちの少なくとも二つの選択された波長帯域の全てに発光波長帯域を有していない発光粒子であるとき、前記複数の波長帯域のうちの少なくとも二つの選択された波長帯域に於いて前記同時に発生した信号以外の前記発光粒子からの光を表す信号を前記観測対象粒子の信号として識別することを特徴とする方法。
  4. 請求項3の方法であって、前記複数の波長帯域が二つの波長帯域であり、前記二つの波長帯域の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号を前記観測対象粒子以外の発光粒子の信号として識別することを特徴とする方法。
  5. 請求項1乃至4のいずれかの方法であって、前記複数の波長帯域のうちの第一の波長帯域の時系列光強度データに於ける発光粒子の光を表す信号の発生期間が前記複数の波長帯域のうちの第一の波長帯域以外の少なくとも一つの波長帯域の時系列光強度データに於ける発光粒子の光を表す信号の発生期間と重なるとき、前記第一の波長帯域の時系列光強度データに於ける前記信号と前記第一の波長帯域以外の少なくとも一つの波長帯域の時系列光強度データに於ける前記信号とが同時に発生した信号として検出されることを特徴とする方法。
  6. 請求項1乃至5のいずれかの方法であって、更に、前記個別に検出された単一の発光粒子からの光を表す信号の数を計数する過程を含むことを特徴とする方法。
  7. 請求項1乃至6のいずれかの方法であって、前記光検出領域の位置が所定の速度にて移動されることを特徴とする方法。
  8. 請求項1乃至7のいずれかの方法であって、前記光検出領域の位置が前記試料溶液中の発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されることを特徴とする方法。
  9. 請求項8の方法であって、更に、前記試料溶液中の発光粒子からの光を表す信号の数に基づいて、該発光粒子の数密度又は濃度を決定する過程を含むことを特徴とする方法。
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