本発明は、摺動部材及びクラッチに係り、特に、潤滑油を用いて使用される摺動部材及びクラッチに関する。
車両、特に、自動車に用いられる摺動部材を備える摺動部品として、例えば、クラッチがある。このようなクラッチの摺動面には、特許文献1に示すように、セラミック系被覆材をコーティングする表面硬化処理が施されており、摺動面の耐摩耗性、耐焼付き性、耐衝撃性を向上させている。そして、クラッチ、例えば、自動車用自動変速機で用いられるワンウェイクラッチは、一般的に、潤滑油であるオートマチックトランスミッションフルード(ATF)を用いて使用される。
特許文献2には、ローラーロック式の動力伝達機構に関して、アウターレースとインナーレースとの間に配置するローラーが、窒化珪素、窒化アルミニウム、窒化チタン、炭化珪素、炭化チタン、アルミナ、ジルコニアのいずれかからなるセラミックスであることが示されている。
特開2005−172089号公報
特開平5−263843号公報
ここで、上記のようなクラッチを、自動車用エンジンの燃費向上のためにエンジン機構、例えば、エンジン始動機構に用いることが検討されている。このような場合には、クラッチは、潤滑油であるエンジン油を用いて使用される。そして、エンジン油には、低燃費化のために、摩擦調製剤(Friction Modifier)等の添加が行われている。ここで、摩擦調製剤は、境界潤滑領域における摩擦係数を低下させて摩擦を低減するための添加材である。エンジン油に添加される摩擦調製剤には、一般的に、有機モリブデン化合物が含有されている。この有機モリブデン化合物は、クラッチにおける摺動部材の摺動面に、反応被膜であるMoS2等を形成する。そして、このような反応被膜を摺動面に形成することにより、摺動面の摩擦係数を低下させて摩擦を低減し、潤滑性を確保している。
しかし、上述した有機モリブデン化合物を含有するエンジン油を用いてクラッチを使用する場合には、クラッチにおける摺動部材の摺動面に反応被膜であるMoS2等が形成されることから、摺動面における摩擦係数の低下が生じて、早期に摺動面で滑りが発生し、クラッチとしての機能を果たさなくなる場合がある。
そこで、本発明の目的は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される摺動部材及びクラッチにおいて、摺動面の潤滑を抑えた摺動部材及びクラッチを提供することである。
本発明に係る摺動部材は、潤滑油を用いて使用される摺動部材であって、潤滑油は、有機モリブデン化合物を含有し、摺動部材の摺動面は、クロム窒素化合物を含む化合物層からなり、摺動面の潤滑を抑えることを特徴とする。
本発明に係る摺動部材は、クロム窒素化合物が、CrNまたはCr2Nであることが好ましい。
本発明に係る摺動部材は、化合物層の厚さが、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。
本発明に係るクラッチは、潤滑油を用いて使用される摺動部材であって、潤滑油は、有機モリブデン化合物を含有し、摺動部材の摺動面は、クロム窒素化合物を含む化合物層からなり、摺動面の潤滑を抑える摺動部材を備えることを特徴とする。また、本発明に係るクラッチにおいて、クロム窒素化合物が、CrNまたはCr2Nであることが好ましい。さらに、本発明に係るクラッチにおいて、化合物層の厚さが、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。
本発明に係る摺動部材は、潤滑油を用いて使用される摺動部材であって、潤滑油は、有機モリブデン化合物を含有し、摺動部材の摺動面は、クロム窒素化合物を含む化合物層からなり、摺動面の表面粗さは、0.5μmRa以上5μmRa以下であり、摺動面の潤滑を抑えることを特徴とする。また、本発明に係る摺動部材において、クロム窒素化合物が、CrNまたはCr2Nであることが好ましい。さらに、本発明に係る摺動部材において、化合物層の厚さが、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。
本発明に係るクラッチは、潤滑油を用いて使用される摺動部材であって、潤滑油は、有機モリブデン化合物を含有し、摺動部材の摺動面は、クロム窒素化合物を含む化合物層からなり、摺動面の表面粗さは、0.5μmRa以上5μmRa以下であり、摺動面の潤滑を抑える摺動部材を備えることを特徴とする。また、本発明に係るクラッチにおいて、クロム窒素化合物が、CrNまたはCr2Nであることが好ましい。さらに、本発明に係るクラッチにおいて、化合物層の厚さが、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。
上記摺動部材及びクラッチによれば、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される摺動部材及びクラッチにおいて、摺動面の潤滑を抑えることができる。
以下に図面を用いて本発明に係る実施の形態につき、詳細に説明する。図1は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される摺動部材10の断面図である。ここで、有機モリブデン化合物には、例えば、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo−DTC)やジアルキルジチオリン酸モリブデン(Mo−DTP)等が使用される。勿論、他の条件次第では、有機モリブデン化合物は、これらの化合物に限定されることはない。
潤滑油には、潤滑油に含有される有機モリブデン化合物の含有量が、50ppm以上1500ppm以下である潤滑油が使用される。潤滑油に含有される有機モリブデン化合物の含有量が50ppm以上であるのは、有機モリブデン化合物の含有量が50ppmより少ないと、摺動部材の摺動面における摩擦係数の低下が抑制される場合があるからである。また、潤滑油に含有される有機モリブデン化合物の含有量が1500ppm以下であるのは、1500ppmより多く有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いても、摺動部材の摺動面における更なる摩擦係数の低下が生じ難いからである。勿論、他の条件次第では、潤滑油に含有される有機モリブデン化合物の含有量は、上記範囲に限定されることはない。
図1に示すように、摺動部材10の摺動面11は、チタン窒素化合物またはクロム窒素化合物を含む化合物層12から構成される。まず、摺動部材10の基材14には、硬度が、ビッカース硬さでHV500以上であるFe系材料が用いられることが好ましい。そして、このようなFe系材料として、例えば、JIS G4805における軸受鋼SUJ2を使用することができる。軸受鋼SUJ2は、0.95%以上1.10%以下のCと、0.15%以上0.35%以下のSiと、0.50%以下のMnと、1.30%以上1.60%以下のCrとを含む高炭素クロム鋼である。勿論、他の条件次第では、摺動部材10の基材14は、上記材料に限定されることはない。
そして、摺動部材10の基材14に、チタン窒素化合物またはクロム窒素化合物を含む化合物層12が設けられる。チタン窒素化合物には、TiNを用いることが好ましい。勿論、チタン窒素化合物は、TiとNとの組成比がこれに限定されるわけでなく、他の化合物を用いることができる。また、クロム窒素化合物には、CrNまたはCr2Nを用いることが好ましい。勿論、クロム窒素化合物は、CrとNとの組成比がこれらに限定されることなく、他の化合物を用いることができる。また、他の条件次第では、上記の他にも、ZrN、TiCN、TiAlN等を用いてもよい。そして、更に、TiN/TiCN、TiN/TiAlN、TiN/TiCN/TiN等のようにこれらの化合物を組み合わせて使用することもできる。
チタン窒素化合物またはクロム窒素化合物を含む化合物層12の厚みは、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。化合物層12の厚みが、0.1μmより薄い場合には、摺動部材10としての耐久性が十分得られないからである。また、化合物層12の厚みが、10μmより厚い場合には、摺動部材10の基材14と化合物層12との密着性が低下するからである。また、化合物層12の厚みを厚くするために化合物層12の形成時間が長くなる等により、製造コストが増加するからである。勿論、他の条件次第では、化合物層12の厚みは、上記範囲の厚みに限定されることはない。
チタン窒素化合物またはクロム窒素化合物を含む化合物層12の形成方法は、摺動部材10の基材14に、スパッタリング法、イオンプレーティング法等による物理蒸着法(PVD法)や化学蒸着法(CVD法)等を用いて、これらの化合物を被覆することにより行うことができる。勿論、他の条件次第では、これらの方法に限定されることはなく、プラズマ溶射法等を用いて化合物層12を、摺動部材10の基材14に形成させてもよい。
摺動部材10における摺動面11の表面粗さは、0.5μmRa以上5μmRa以下であることが好ましい。摺動部材10における摺動面11の表面粗さが0.5μmRa以上であるのは、摺動部材10における摺動面11の表面粗さが0.5μmRaより小さいと、摺動部材10における摺動面11の摩擦係数が小さくなり、摺動部材10と相手材との潤滑を十分に抑えることができないからである。これにより、摺動部材10と相手材との間ですべりが生じ易いからである。また、摺動部材10における摺動面11の表面粗さが5μmRa以下であるのは、摺動部材10における摺動面11の表面粗さが5μmRaより大きいと、摺動部材10における摺動面11の摩擦係数は大きくなるが、摺動部材10における摺動面11の表面粗さが大きくなったことにより相手材の摩耗が大きくなり、耐久性が低下するからである。
摺動部材10の基材14は、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層12が形成される前に、ショットブラストまたはショットピーニング等されて摺動部材10における摺動面11の表面粗さが調整される。ここで、摺動部材10の基材14に対するショットブラストまたはショットピーニング等には、金属材料の表面加工で一般的に用いられているアルミナ粒子等を用いたショットブラスト装置またはショットピーニング装置を使用することができる。勿論、他の条件次第では、摺動部材10における摺動面11の表面粗さ調整方法は、上記のショットブラストまたはショットピーニング等による方法に限定されることはない。
摺動部材10の基材14は、ショットブラストまたはショットピーニング等して基材表面を荒らした後、基材表面に形成された凹凸における凸部の先端を平滑化することが好ましい。基材表面に形成された凹凸における凸部の先端を平滑化することにより、摺動部材10における摺動面11の摩擦係数を高く維持した状態で、相手材の摩耗を少なくすることができるからである。基材表面に形成された凹凸における凸部の先端を平滑化するためには、ショットブラストまたはショットピーニング等された摺動部材10の基材14を、例えば、ペーパーラップ等することにより行うことができる。勿論、他の条件次第では、基材表面に形成された凹凸における凸部先端の平滑化は、上記ペーパーラップ等による方法に限定されることはない。
ここで、摺動部材10の摺動面11に占める平滑部の割合である平滑部面積率について説明する。摺動部材10の基材14には、上述したように、ショットブラストまたはショットピーニング等により、基材表面に凹凸が形成され、ペーパーラップ等により凸部の先端が平滑化されて、平滑部である平滑面が形成される。平滑部面積率は、摺動部材10における摺動面11の面積と、平滑部である平滑面を合計した面積との割合を表している。したがって、例えば、平滑部面積率20%とは、凸部先端の平滑部である平滑面を合計した面積は、摺動部材10における摺動面11の面積に対して20%であることを表している。
摺動部材10の基材14は、基材表面に形成された凹凸における凸部の先端を、平滑部面積率20%以上70%以下で平滑化されることが好ましい。平滑部面積率が20%以上であるのは、平滑部面積率が20%より小さいと、相手材の摩耗量が多くなり、相手材攻撃性が大きくなるからである。また、平滑部面積率が70%以下であるのは、平滑部面積率が70%よりも大きいと、摺動部材10における摺動面11の平滑部が多くなることにより、摺動部材10における摺動面11の摩擦係数が小さくなり、摺動部材10と相手材との間ですべりが生じ易くなるからである。
つぎに、本発明における他の実施形態について説明する。図2は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用されるクラッチであるワンウェイクラッチ20の構成を示す図である。図2に示すように、ワンウェイクラッチ20は、スプラグ22と、スプラグ22を保持する内側保持器24及び外側保持器26と、リボンスプリング28とを含んで構成され、内輪30と外輪32との間に装着される。そして、スプラグ22と、内輪30と、外輪32とは、Fe系材料である、例えば、上述した軸受鋼SUJ2を含んで構成される。
ワンウェイクラッチ20における摺動部材であるスプラグ22は、少なくとも内輪30と外輪32との摺動面がチタン窒素化合物またはクロム窒素化合物を含む化合物層からなるように、スプラグ22の基材である軸受鋼SUJ2に化合物層が設けられる。ここで、チタン窒素化合物は、TiNであり、クロム窒素化合物は、CrNまたはCr2Nであることが好ましい。そして、更に、化合物層の厚さが、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。
そして、上記のようにスプラグ22に化合物層を設けた場合において、内輪30と外輪32とには、スプラグ22との摺動面にチタン窒素化合物またはクロム窒素化合物を含む化合物層を設けることが好ましい。勿論、他の条件次第では、内輪30と外輪32とには、スプラグ22との摺動面に化合物層を設けないようにすることもできる。また、スプラグ22に化合物層を設けない場合には、内輪30と外輪32とには、スプラグ22との摺動面に、上述したチタン窒素化合物であるTiNまたはクロム窒素化合物であるCrN、Cr2Nを含む化合物層が設けられる。
スプラグ22の摺動面、内輪30の摺動面または外輪32の摺動面の表面粗さは、0.5μmRa以上5μmRa以下であることが好ましい。そのため、スプラグ22と内輪30と外輪32とは、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層が形成される前に、ショットブラストまたはショットピーニング等されて表面粗さが調整される。
スプラグ22、内輪30または外輪32は、ショットブラストまたはショットピーニング等してスプラグ22、内輪30または外輪32の基材表面を荒らした後、各々の基材表面に形成された凹凸における凸部の先端を平滑化することが好ましい。スプラグ22、内輪30または外輪32の基材表面に形成された凹凸における凸部の先端を平滑化するためには、ショットブラストまたはショットピーニング等された後に、例えば、ペーパーラップ等することにより行うことができる。スプラグ22、内輪30または外輪32の基材は、上述したように、各々の基材表面に形成された凹凸における凸部の先端を、平滑部面積率20%以上70%以下で平滑化されることが好ましい。
上記構成によれば、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される摺動部材及びクラッチにおいて、摺動面の潤滑を抑えることができる。また、チタン窒素化合物であるTiN等やクロム窒素化合物であるCrN、Cr2N等は、硬質材料であるため、摺動部材及びクラッチにおける摺動面の耐摩耗性をより向上させることができる。
また、上記構成によれば、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用されるワンウェイクラッチの摺動部材であるスプラグの少なくても摺動面または内輪、外輪の摺動面が、チタン窒素化合物であるTiN等、またはクロム窒素化合物CrN、Cr2N等を含む化合物層からなることにより、スプラグと内輪、スプラグと外輪との摺動部において、摩擦係数の低下を抑え、ワンウェイクラッチにおけるすべりを抑制することができる。
上記構成によれば、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される摺動部材、クラッチ及びワンウェイクラッチにおいて、摺動面の表面粗さを0.5μmRa以上5μmRa以下とすることにより、摺動面の潤滑を更に抑えることによりすべりを抑制することができる。また、上記摺動部材、クラッチ及びワンウェイクラッチにおいて、摺動面の表面粗さを0.5μmRa以上5μmRa以下とすることにより、相手材の摩耗を抑制することができる。
つぎに、本発明における別の実施形態について説明する。まず、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用されるクラッチであるワンウェイクラッチの構成を説明する。ワンウェイクラッチは、上述した図2に示すように、スプラグと、スプラグを保持する内側保持器及び外側保持器と、リボンスプリングとを含んで構成され、内輪と外輪との間に装着される。そして、スプラグは、内輪と外輪との間に、円周状に複数個配置される。また、内輪と外輪には、Fe系材料である、例えば、上述した軸受鋼SUJ2が用いられる。
ワンウェイクラッチに用いられる複数個のスプラグのうち、10%以上のスプラグには、少なくとも内輪と外輪との摺動面が、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるように、スプラグの基材である、例えば、軸受鋼SUJ2に上記化合物層が設けられる。ワンウェイクラッチに用いられる複数個のスプラグのうち、10%以上のスプラグの摺動面が、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるようにするのは、摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるスプラグの数が10%より少ないと、スプラグと内輪との間またはスプラグと外輪との間ですべりが生じやすいからである。
ワンウェイクラッチに用いられる複数個のスプラグの数が、例えば、40個である場合には、40個のうちの10%である4個のスプラグの摺動面が、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなる。そして、残りの36個のスプラグには、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層が摺動面に形成されていないスプラグである、例えば、軸受鋼SUJ2が使用される。
また、摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなる4個のスプラグは、内輪と外輪との間に、均等な間隔で円周状に配置されることが好ましい。摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなる4個のスプラグは、例えば、円周状に、0度、90度、180度、270度の位置に配置される。勿論、他の条件次第では、摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなる4個のスプラグは、上記配置に限定されることはない。
ワンウェイクラッチに用いられる複数個のスプラグのうち、10%以上70%以下のスプラグは、少なくとも内輪と外輪との摺動面が、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるようにすることが好ましい。ワンウェイクラッチに用いられる複数個のスプラグのうち、70%以下のスプラグの摺動面が、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるようにするのは、70%より多いと相手材である内輪及び外輪の摩耗が増加することによりスプラグにおける摺動面の摩擦係数が低下して、スプラグと内輪との間またはスプラグと外輪との間ですべりが生じやすいからである。
ワンウェイクラッチに用いられる複数個のスプラグのうち、10%以上50%以下のスプラグには、少なくとも内輪と外輪との摺動面が、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるようにすることが、より好ましい。ワンウェイクラッチに用いられる複数個のスプラグのうち、10%以上50%以下のスプラグの摺動面が、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるようにするのは、上記の範囲でスプラグと内輪との間及びスプラグと外輪との間で摩擦が増加し、スプラグと内輪との間及びスプラグと外輪との間ですべりが生じるまでの噛み合い回数を、より大きくすることができるからである。
摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるスプラグは、スプラグの基材にショットブラストまたはショットピーニング等して、摺動面を表面粗さ0.5μmRa以上5μmRa以下とした後、摺動面にTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層を被覆することにより製造される。
また、摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるスプラグは、上記ショットブラストまたはショットピーニング等した後に、基材表面に形成された凹凸における凸部の先端を平滑化して、平滑部面積率を20%以上70%以下とした後、TiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層を被覆して製造されてもよい。
摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるスプラグに換えて、硬質皮膜であるダイヤモンドライクカーボン(Diamond−Like Carbon:DLC)皮膜が被覆されたスプラグを使用することができる。DLC皮膜は、例えば、メタン、エチレン、アセチレン等の炭化水素ガスを使用してイオンプレーティング法等によりスプラグの基材である、例えば、軸受鋼SUJ2に被覆することができる。勿論、他の条件次第では、スプラグに被覆される硬質皮膜は、上記硬質皮膜に限定されることはない。
摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるスプラグに換えて、セラミックス等の非金属材料からなるスプラグを使用することができる。スプラグに使用されるセラミックスには、窒化珪素(Si3N4)、炭化珪素(SiC)、酸化ジルコニウム(ZrO2)等を使用することが好ましい。勿論、他の条件次第では、スプラグに使用されるセラミックスは、上記材料に限定されることはない。
セラミックス製スプラグは、原料となる所定の粒径を有するセラミックス粉末を圧縮成形して圧粉成形体を成形した後、非酸化性雰囲気で所定の温度にて焼結することにより製造することができる。そして、セラミックス製スプラグは、スプラグの表面が所定の表面粗さを有するように研磨仕上げされる。
摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるスプラグに換えて、他のスプラグよりも表面粗さを大きくしたスプラグを使用することができる。スプラグの摺動面における表面粗さは、上述したように、ショットブラストまたはショットピーニング等により0.5μmRa以上5μmRa以下とすることが好ましい。勿論、他の条件次第では、スプラグの摺動面における表面粗さは、上記範囲に限定されることはない。
また、スプラグ22は、ショットブラストまたはショットピーニング等した後、スプラグの表面に形成された凹凸における凸部の先端を平滑化して製造されてもよい。ここで、スプラグの表面における平滑部面積率は、上述したように、20%以上70%以下とすることが好ましい。勿論、他の条件次第では、スプラグの表面における平滑部面積率は、上記範囲に限定されることはない。
上記構成によれば、ワンウェイクラッチに用いられる複数個のスプラグの全てを、摺動面がTiN等のチタン窒素化合物またはCrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層からなるスプラグ等とすることなく、摺動面の潤滑を抑えてすべりを生じ難くすることができるので、ワンウェイクラッチの製造コストをより抑えることができる。また、ワンウェイクラッチの高容量化や小型化に対応した耐久性を得ることができる。
有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて、摺動部材について摩擦摩耗試験を行ない摩擦摩耗特性を評価した。まず、実施例Aにおける摺動部材の作製方法について説明する。摺動部材の基材には、軸受鋼SUJ2を16mm×6mm×10mmの直方体に加工したものを用いた。この基材の硬さは、ビッカース硬さでHV700であり、基材の表面粗さは、0.1μmRaである。そして、この基材における16mm×6mmの寸法の面に、スパッタリング法等のPVD法により化合物層としてTiNを成膜した。TiNの成膜では、処理温度500℃で行い、膜厚2μmを成膜した。成膜したTiNの硬さは、ビッカース硬さでHV2900であり、表面粗さは、0.5μmRaである。
つぎに、実施例Bにおける摺動部材の作製方法について説明する。摺動部材10の基材には、実施例Aと同様の軸受鋼SUJ2を用い、実施例Aと同様の寸法、表面粗さに加工した。そして、この基材における16mm×6mmの寸法の面に、スパッタリング法等のPVD法により化合物層としてCrNを成膜した。CrNの成膜では、処理温度500℃で行ない、膜厚3μmを成膜した。成膜したCrNの硬さは、ビッカース硬さでHV1600であり、表面粗さは、0.5μmRaである。また、比較例Aとして、軸受鋼SUJ2を実施例A等と軸受鋼SUJ2を同様の形状に加工した、化合物層を設けない摺動部材を用いた。
また、これらの摺動部材と摺動させる相手方の摺動部材として、軸受鋼SUJ2に焼入れ処理したものを用い、外径35mm、内径30mm、幅10mmの円筒状に加工して円筒型摺動部材を作製した。この円筒型摺動部材は、ビッカース硬さでHV700であり、表面粗さは、0.2μmRaである。
つぎに、実施例A、Bと比較例Aの各々の摺動部材について、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて、摩擦摩耗試験を行った。摩擦摩耗試験は、実施例Aと実施例Bとの摺動部材における各々の化合物層を被覆した摺動面と、円筒型摺動部材の外周面とを接触させて、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を供給し、荷重300Nを負荷してから、室温にて円筒型摺動部材を回転数160rpmで120分間回転させて行った。有機モリブデン化合物を含有する潤滑油には、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo−DTC)を700ppm含有するSAE5W−30を使用した。そして、摩擦摩耗試験の評価は、実施例A、Bと比較例Aとにおける各々の摺動部材と円筒型摺動部材との間の摺動面における摩擦係数及び実施例A、Bと比較例Aとにおける各々の摺動部材の摩耗量を測定することにより行った。
図3は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩擦特性の結果を示す図である。図3は、縦軸に摩擦係数μと、横軸に試験時間とを取り、実施例A、Bと比較例Aにおける各々の摺動部材と円筒型摺動部材との間の摺動面における摩擦係数の変化を示している。比較例Aは、試験開始から摩擦係数が試験時間が経過するに従って低下し、試験開始後略30分間で、摩擦係数が略0.06以下となった。また、実施例Bでは、試験開始後略60分間までは、ほとんど摩擦係数の低下は見られず、その後、緩やかに摩擦係数は低下し、試験開始後略90分間で、摩擦係数が略0.06以下となった。このように、実施例Bの場合には、比較例Aと比較して、摩擦係数が略0.06以下となる試験時間が略3倍となった。そして、実施例Aでは、試験開始後略80分間までは、ほとんど摩擦係数の低下は見られず、その後、緩やかに摩擦係数は低下し、試験開始後120分間で、摩擦係数が略0.09となった。この結果から、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される場合において、実施例Aと実施例Bとは、比較例Aよりも、摩擦係数が低下するまでの時間が長いため、摩擦特性が優れていることがわかった。
図4は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩耗特性の結果を示す図である。図4の縦軸は、実施例A、Bと比較例Aとにおける各々の摺動部材の試験時間120分間後の摩耗深さを示している。図4に示すように、比較例Aの摩耗深さは、略0.52μmであるのに対して、実施例Aの摩耗深さは、略0.05μmであり、実施例Bの摩耗深さは、略0.32μmであった。この結果から、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される場合において、実施例Aと実施例Bとは、比較例Aよりも摩耗深さが少なく、耐摩耗特性が優れていることがわかった。そして、更に、実施例Aは、実施例Bよりも摩耗深さが少なく、耐摩耗特性が優れていることがわかった。
また、摩擦摩耗試験後の実施例A、Bと比較例Aとにおける各々の摺動部材の摺動面についてEPMA(Electron Probe Micro−Analysis)により分析を行った。その結果、実施例AにおけるTiN化合物層の摺動面や、実施例BにおけるCrN化合物層の摺動面には、比較例Aの摺動面よりも反応被膜であるMoS2等の生成が少ないことがわかった。これは、TiNやCrNは、FeよりもMoS2等との反応が生じにくいことや、TiNやCrNの化合物層は、硬質層であるために相手材である円筒型摺動部材の摺動面に形成されたMoS2等をアブレジブ作用で削り取る等によるためである。
比較例1
つぎに、比較例Bと比較例Cの各々の摺動部材について、有機モリブデン化合物を含有しない潤滑油を用いて摩擦摩耗試験を行った結果について説明する。比較例Bには、上述した比較例Aと同様の化合物層を設けない軸受鋼SUJ2を使用した。比較例Cには、上述した実施例Aと同様のTiNの化合物層を設けた軸受鋼SUJ2を使用した。これらの摺動部材と摺動させる相手方の摺動部材として、実施例1と同様の円筒型摺動部材を使用した。摩擦摩耗試験の試験方法は、試験に使用される潤滑油として、有機モリブデン化合物を含有しない潤滑油である自動変速機用オイルのオートマチックトランスミッションフルード(ATF)を用いたこと以外については、上述した実施例1の摩擦摩耗試験法と同様である。
図5は、有機モリブデン化合物を含有しない潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩擦特性の結果を示す図である。図5は、縦軸に摩擦係数μと、横軸に試験時間とを取り、比較例Bと比較例Cとにおける各々の摺動部材と円筒型摺動部材との間の摺動面における摩擦係数の変化を示している。比較例Bは、試験開始初期に若干の摩擦係数の低下が認められたが、その後、摩擦係数は略一定であり、試験時間120分間後の摩擦係数は、0.087であった。また、比較例Cについても、試験開始初期に若干の摩擦係数の低下が認められたが、その後、摩擦係数は略一定であり、試験時間120分間後の摩擦係数は、0.098であった。このように、有機モリブデン化合物を含有しない潤滑油を用いた摩擦摩耗試験においては、TiNの化合物層を設けた摺動部材と、化合物層を設けない摺動部材とでは、摩擦特性に関してほとんど差が見られなかった。
図6は、有機モリブデン化合物を含有しない潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩耗特性の結果を示す図である。図6の縦軸は、比較例Bと比較例Cとにおける各々の摺動部材の試験時間120分間後の摩耗深さを示している。図6に示すように、比較例Bの摩耗深さは、略0.85μmであり、比較例Cの摩耗深さは、略0.12μmであった。この結果から、有機モリブデン化合物を含有しない潤滑油を用いて使用される場合において、TiNの化合物層を設けた摺動部材は、化合物層を設けない摺動部材よりも摩耗深さが少なく、耐摩耗特性が優れていることがわかった。
つぎに、ワンウェイクラッチについて、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用したときにおけるすべりが発生するまでの噛み合い回数を求めて、その特性を評価した。まず、実施例Cとして、ワンウェイクラッチの摺動部材であるスプラグには、化合物層であるTiNを被覆した軸受鋼SUJ2を用い、内輪と外輪とには、化合物層を設けていない軸受鋼SUJ2を用いた。次に、実施例Dとして、スプラグには、化合物層であるCrNを被覆した軸受鋼SUJ2を用い、内輪と外輪とには、化合物層を設けていない軸受鋼SUJ2を用いた。そして、実施例Eとして、スプラグには、化合物層であるTiNを被覆した軸受鋼SUJ2を用い、内輪と外輪とにも、化合物層であるTiNを被覆した軸受鋼SUJ2を用いた。また、比較例Dとして、スプラグには、化合物層を設けていない軸受鋼SUJ2を用いて、内輪と外輪とにも、化合物層を設けていない軸受鋼SUJ2を用いた。ここで、実施例C、D、Eと比較例Dとに用いられる軸受鋼SUJ2のビッカース硬さや表面粗さ等の仕様、実施例Cと実施例Eとに用いられるTiNの成膜条件、膜厚、ビッカース硬さや表面粗さ等の仕様、実施例Dに用いられるCrNの成膜条件、膜厚、ビッカース硬さや表面粗さ等の仕様については、上述した実施例1の仕様と同様である。
そして、実施例C、D、Eと比較例Dとの供試体ついて、ワンウェイクラッチ単体試験機に取り付けて、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて、すべりが発生するまでの噛み合い回数を求めた。試験は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油には、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo−DTC)を700ppm含有するSAE5W−30を使用し、油温100℃、負荷トルク300N・mで、すべりが発生(摩擦係数0.06)するまでの噛み合い回数を求めた。その結果、実施例Cは25×106回、実施例Dは12×106回、実施例Eは29×106回、比較例Dは1×106回の噛み合い回数が得られた。実施例C、D、Eで用いられたワンウェイクラッチは、比較例Dよりも10倍以上の寿命が得られることがわかった。
有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて、3種類の摺動部材について摩擦摩耗試験を行ない摩擦摩耗特性を評価した。まず、実施例Fにおける摺動部材の作製方法について説明する。摺動部材の基材には、軸受鋼SUJ2を16mm×6mm×10mmの直方体に加工したものを用いた。この基材の硬さは、ビッカース硬さでHV700であり、基材の表面粗さは、0.1μmRaである。そして、基材をショットブラストして、基材の表面粗さを4μmRaとした。ショットブラストした後、基材表面に形成された凹凸における凸部の先端をペーパーラップして平滑化し、基材表面の平滑部面積率を30%とした。
図7は、凸部の先端が平滑化されたスプラグの基材33における断面を示す模式図である。基材33における表面の平滑部面積率は30%であるので、図7に示すように、凸部の先端における平滑部34の面積の合計が、基材表面である摺動面における面積の30%を占めている。そして、基材表面をペーパーラップした後、スパッタリング法等のPVD法により化合物層としてCrNをスプラグの基材に成膜した。CrNの成膜は、処理温度500℃で行なった。成膜したCrNの膜厚は、3μmである。また、成膜したCrNの硬さは、ビッカース硬さでHV1600である。
つぎに、実施例Gにおける摺動部材の作製方法について説明する。摺動部材の基材には、実施例Fと同様の軸受鋼SUJ2を用い、実施例Fと同様の寸法に加工した。この基材の硬さは、ビッカース硬さでHV700であり、基材の表面粗さは、0.1μmRaである。そして、この基材における16mm×6mmの寸法の面に、スパッタリング法等のPVD法により化合物層としてCrNを成膜した。CrNの成膜は、処理温度500℃で行なった。成膜したCrNの膜厚は、3μmである。また、成膜したCrNの硬さは、ビッカース硬さでHV1600であり、表面粗さは、0.5μmRaである。
比較例Eとして、軸受鋼SUJ2を実施例F、G等と同様の形状である16mm×6mm×10mmの直方体に加工した。比較例Eには、CrN、Cr2N等のクロム窒素化合物を含む化合物層を設けない摺動部材を用いた。
上記の摺動部材と摺動させる相手方の摺動部材として、軸受鋼SUJ2に焼入れ処理したものを用い、外径35mm、内径30mm、幅10mmの円筒状に加工して円筒型摺動部材を作製した。この円筒型摺動部材は、ビッカース硬さでHV700であり、表面粗さは、0.2μmRaである。
つぎに、実施例F、Gと比較例Eの各々の摺動部材について、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて、摩擦摩耗試験を行った。摩擦摩耗試験は、実施例Fと実施例Gとの摺動部材における各々の化合物層を被覆した摺動面と、円筒型摺動部材の外周面とを接触させて、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を供給し、荷重300Nを負荷してから、室温にて円筒型摺動部材を回転数160rpmで120分間回転させて行った。有機モリブデン化合物を含有する潤滑油には、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo−DTC)を700ppm含有するSAE5W−30を使用した。そして、摩擦摩耗試験の評価は、実施例F、Gと比較例Eとにおける各々の摺動部材と円筒型摺動部材との間の摺動面における摩擦係数及び実施例F、Gと比較例Eとにおける各々の摺動部材の摩耗量を測定することにより行った。
図8は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩擦特性の結果を示す図である。図8は、縦軸に摩擦係数μと、横軸に試験時間とを取り、実施例F、Gと比較例Eにおける各々の摺動部材と円筒型摺動部材との間の摺動面における摩擦係数の変化を示している。
比較例Eは、試験開始から摩擦係数が試験時間が経過するに従って低下し、試験開始後略30分間で、摩擦係数が略0.06以下となった。また、実施例Gでは、試験開始後略60分間までは、ほとんど摩擦係数の低下は見られず、その後、緩やかに摩擦係数は低下し、試験開始後略90分間で、摩擦係数が略0.06以下となった。このように、実施例Gの場合には、比較例Eと比較して、摩擦係数が略0.06以下となる試験時間が略3倍となった。そして、実施例Fでは、試験開始後略90分間までは、ほとんど摩擦係数の低下は見られず、その後、緩やかに摩擦係数は低下し、試験開始後120分間で、摩擦係数が略0.108となった。
この結果から、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される場合において、実施例Fと実施例Gとは、比較例Eよりも、摩擦係数が低下するまでの時間が長いため、摩擦特性が優れていることがわかった。そして、更に、実施例Fは、実施例Gよりも摩擦係数が低下するまでの時間が長いため、摩擦特性が優れていることがわかった。
図9は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩耗特性の結果を示す図である。図9の縦軸は、実施例F、Gと比較例Eとにおける各々の摺動部材の試験時間120分間後の摩耗深さを示している。図9に示すように、比較例Eの摩耗深さは、0.52μmであるのに対して、実施例Fの摩耗深さは、0.33μmであり、実施例Gの摩耗深さは、0.32μmであった。この結果から、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される場合において、実施例Fと実施例Gとは、比較例Eよりも摩耗深さが少なく、耐摩耗特性が優れていることがわかった。
つぎに、ワンウェイクラッチについて、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用したときにおけるすべりが発生するまでの噛み合い回数を求めて、その特性を評価した。ワンウェイクラッチには、40個のスプラグを有する4種類のワンウェイクラッチを使用した。また、4種類のワンウェイクラッチにおける内輪と外輪とには、軸受鋼SUJ2を使用した。内輪の表面における表面粗さと、外輪の表面における表面粗さは、研磨仕上げにより0.1μmRaとした。
実施例Jにおけるワンウェイクラッチの製造方法について説明する。40個のスプラグには、いずれも軸受鋼SUJ2を使用した。このうち、32個のスプラグについては、研磨等により表面粗さを0.1μmRaに仕上げた。そして、残りの8個のスプラグ(スプラグ全体の20%)については、ショットブラスト等により表面粗さを4.0μmRaに加工した。8個のスプラグは、ショットブラストした後に、ペーパーラップにより表面に形成された凹凸における凸部の先端を平滑化し、平滑部面積率を30%とした。そして、上記32個のスプラグと上記8個のスプラグを内輪と外輪との間の所定の位置に配置して、実施例Jにおけるワンウェイクラッチを製造した。
実施例Kにおけるワンウェイクラッチの製造方法について説明する。40個のスプラグには、いずれも軸受鋼SUJ2を使用した。このうち、32個のスプラグについては、研磨等により表面粗さを0.1μmRaに仕上げた。そして、残りの8個のスプラグ(スプラグ全体の20%)については、内輪及び外輪と接触する部分に、アセチレン等の炭化水素ガスを原料としてイオンプレーティング法等により、硬質皮膜であるダイヤモンドライクカーボン(Diamond−Like Carbon:DLC)皮膜を形成した。形成したDLC皮膜の硬さは、ビッカース硬さでHV2000であり、DLC皮膜の膜厚は、3μmである。また、DLC皮膜が被覆されたスプラグの表面粗さは、0.15μmRaである。そして、上記32個のスプラグと上記8個のDLC皮膜が被覆されたスプラグを内輪と外輪との間の所定の位置に配置して実施例Kにおけるワンウェイクラッチを製造した。
実施例Lにおけるワンウェイクラッチの製造方法について説明する。40個のスプラグのうち、32個のスプラグについては軸受鋼SUJ2を使用し、研磨等により表面粗さを0.1μmRaに仕上げた。そして、残りの8個のスプラグ(スプラグ全体の20%)については、セラミックスである非金属材料を使用した。セラミックス製スプラグは、98質量%の平均粒子径0.5μmであるSi3N4粉末と、1質量%のY2O3粉末と、1質量%のMgAl2粉末とを混合した混合粉末を圧縮成形して圧粉成形体を成形した後、非酸化性雰囲気で1750℃にて焼結することにより製造された。セラミックス製スプラグの気孔率は、1.0%である。そして、セラミックス製スプラグは、表面粗さが0.2μmRaとなるように研磨仕上げされた。そして、上記32個のスプラグと上記8個のセラミックス製スプラグを内輪と外輪との間の所定の位置に配置して、実施例Lにおけるワンウェイクラッチを製造した。
比較例Fにおけるワンウェイクラッチの製造方法について説明する。40個のスプラグについて、いずれも軸受鋼SUJ2を使用し、研磨等により表面粗さを0.1μmRaに仕上げた。そして、上記40個のスプラグを内輪と外輪との間の所定の位置に配置して、比較例Fにおけるワンウェイクラッチを製造した。
実施例J、K、Lと比較例Fとにおけるワンウェイクラッチついて、各々のワンウェイクラッチをワンウェイクラッチ単体試験機に取り付けて、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて、すべりが発生するまでの噛み合い回数を求めた。試験は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油には、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo−DTC)を700ppm含有するSAE5W−30を使用し、油温100℃、負荷トルク300N・mで、すべりが発生(摩擦係数0.06)するまでの噛み合い回数を求めた。
図10は、実施例J、K、Lと比較例Fにおけるワンウェイクラッチのすべりが発生するまでの噛み合い回数を示す図である。図10に示すように、実施例Jは17×106回、実施例Kは19×106回、実施例Lは19×106回、比較例Fは1×106回の噛み合い回数が得られた。実施例J、K、Lにおけるワンウェイクラッチは、比較例Dにおけるワンウェイクラッチよりも10倍以上の寿命が得られた。
この結果から、他のスプラグより表面粗さの大きいスプラグ、DLC皮膜である硬質皮膜を被覆したスプラグ、またはセラミックス製スプラグを、部分的に配置することにより、有機モリブデン含有潤滑油の摩擦において、摺動面の摩擦係数の低下を抑制することができることがわかった。摺動面の摩擦係数の低下を抑制することができるのは、表面粗さの大きいスプラグ、DLC皮膜である硬質皮膜を被覆したスプラグ及びセラミックス製スプラグの表面には、MoS2等における反応皮膜の形成が抑えられることによるからである。
また、摺動面の摩擦係数の低下を抑制することができるのは、他のスプラグより表面粗さの大きいスプラグ、DLC皮膜である硬質膜を被覆したスプラグ及びセラミックス製スプラグが、相手材である内輪または外輪の表面に形成されたMoS2等の反応皮膜を、アブレシブ作用で削り取ることによるからである。
つぎに、スプラグ全体に対して硬質皮膜を被覆したスプラグの割合を変えた8種類のワンウェイクラッチについて、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用したときにおけるすべりが発生するまでの噛み合い回数を求めて、その特性を評価した。硬質皮膜を被覆したスプラグには、内輪及び外輪と接触する部分に、実施例Kにおけるワンウェイクラッチのスプラグと同様に、硬質皮膜としてDLC皮膜を形成した。形成したDLC皮膜の硬さは、ビッカース硬さでHV2000であり、DLC皮膜の膜厚は、3μmである。そして、DLC皮膜が形成されたスプラグの表面粗さは、0.15μmRaである。また、上記8種類のワンウェイクラッチにおける内輪と外輪とには、軸受鋼SUJ2を使用した。内輪の摺動面における表面粗さと、外輪の摺動面における表面粗さは、0.1μmRaである。
実施例Mは、スプラグ全体の8%について、DLC皮膜を被覆したスプラグを配置したワンウェイクラッチである。実施例Nは、スプラグ全体の10%について、DLC皮膜を被覆したスプラグを配置したワンウェイクラッチである。実施例Pは、スプラグ全体の20%について、DLC皮膜を被覆したスプラグを配置したワンウェイクラッチである。実施例Qは、スプラグ全体の30%について、DLC皮膜を被覆したスプラグを配置したワンウェイクラッチである。実施例Rは、スプラグ全体の50%について、DLC皮膜を被覆したスプラグを配置したワンウェイクラッチである。実施例Sは、スプラグ全体の70%について、DLC皮膜を被覆したスプラグを配置したワンウェイクラッチである。実施例Tは、スプラグ全体である100%について、DLC皮膜を被覆したスプラグを配置したワンウェイクラッチである。
また、実施例Mから実施例Sにおけるワンウェイクラッチにおいて、DLC皮膜を被覆したスプラグ以外のスプラグについては、軸受鋼SUJ2を使用し、研磨等により表面粗さを0.1μmRaに仕上げた。また、比較例Gとして、軸受鋼SUJ2を使用し、DLC皮膜を被覆しないで、研磨等により表面粗さを0.1μmRaに仕上げたスプラグを全て配置したワンウェイクラッチを使用した。
そして、実施例Mから実施例Tと、比較例Gとにおけるワンウェイクラッチついて、ワンウェイクラッチ単体試験機に取り付けて、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて、すべりが発生するまでの噛み合い回数を求めた。試験は、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油には、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo−DTC)を700ppm含有するSAE5W−30を使用し、油温100℃、負荷トルク300N・mで、すべりが発生(摩擦係数0.06)するまでの噛み合い回数を求めた。表1は、実施例Mから実施例Tと、比較例Gとにおけるワンウェイクラッチについて、すべりが発生するまでの噛み合い回数を示す表である。
表1に示すように、実施例Mは3×106回、実施例Nは10×106回、実施例Pは19×106回、実施例Qは19×106回、実施例Rは19×106回、実施例Sは8×106回、実施例Tは7×106回、比較例Gは1×106回のすべりが発生するまでの噛み合い回数が得られた。実施例Mから実施例Tにおけるワンウェイクラッチのすべりが発生するまでの噛み合い回数は、比較例Gにおけるワンウェイクラッチのすべりが発生するまでの噛み合い回数よりも多い噛み合い回数が得られた。
ここで、表1から、実施例N、実施例P、実施例Q及び実施例Rにおけるワンウェイクラッチにおいて、すべりが発生するまでの噛み合い回数が他のワンウェイクラッチよりも多いことがわかった。これは、DLC皮膜を被覆したスプラグの割合が、実施例Sや実施例Tにおけるワンウェイクラッチのように70%以上であると、硬質皮膜であるDLC皮膜により相手材である内輪と外輪との摩耗が増加して、摺動面における摩擦係数が低下することによるからである。このことから、DLC皮膜を被覆したスプラグの割合は、スプラグ全体に対して、10%以上50%以下が好ましく、更に好ましくは、20%以上50%以下であることがわかった。
本発明の実施形態である有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用される摺動部材の断面図である。
本発明の他の実施形態である有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いて使用されるクラッチであるワンウェイクラッチの構成を示す図である。
本発明の実施形態である有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩擦特性の結果を示す図である。
本発明の実施形態である有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩耗特性の結果を示す図である。
有機モリブデン化合物を含有しない潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩擦特性の結果を示す図である。
有機モリブデン化合物を含有しない潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩耗特性の結果を示す図である。
本発明の実施形態において、凸部の先端が平滑化されたスプラグの基材における断面を示す模式図である。
本発明の実施形態において、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩擦特性の結果を示す図である。
本発明の実施形態において、有機モリブデン化合物を含有する潤滑油を用いた摩擦摩耗試験における摩耗特性の結果を示す図である。
本発明の実施形態において、実施例J、K、Lと比較例Fにおけるワンウェイクラッチのすべりが発生するまでの噛み合い回数を示す図である。
符号の説明
10 摺動部材、11 摺動面、12 化合物層、14 基材、20 ワンウェイクラッチ、22 スプラグ、24 内側保持器、26 外側保持器、28 リボンスプリング、30 内輪、32 外輪、34 平滑部。