JP5885169B2 - Ti−Mo合金とその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、Ti−Mo合金とその製造方法に関するものである。更に詳しくは、全体のMo含有量が10〜20mass%であるTi−Mo合金であって、走査型電子顕微鏡による反射電子(BEI)像、ないし、エネルギー分散型X線分析(EDS)像の観察平面で、Mo量が全体のMo含有量よりも多く、幅10〜20μmのうねった帯状もしくは渦状の偏析部が存在するTi−Mo合金に関する。
また、該Ti−Mo合金に、加工後の材料がベータ相単相となる温度域での溶体化処理、及び、オメガ相が析出する温度領域での時効処理を施すことで、該偏析部に沿って時効オメガ相が析出しているTi−Mo合金とその製造方法を提供するものである。
体心立方晶のベータ相を主相とするTi−Mo合金は、耐蝕性に優れている、形状記憶特性を示す、ヤング率が低いなどの特徴を有しており、Ti−15mass%Mo合金を中心組成として使用されてきた。例えば特許文献1に示すような形状記憶特性を持つ医療用ワイヤーとしての用途や、特許文献2に示すような医療用インプラント材料としての用途があげられる。
このTi−Mo合金は、ベータ相単相状態となる高温で保持した後、第2相(アルファ相)の析出しない速い速度で冷却し、室温までベータ相単相状態を維持すると、この状態で特に高い耐蝕性を示す。
しかしながら、このTi−Mo合金は、ベータ単相状態では室温での降伏応力は高い値を示さず、例えばTi−15mass%Mo合金において400MPa程度である。
このTi−Mo合金に熱処理を施し稠密六方晶のアルファ相を析出させると非特許文献1に示すように降伏応力は700MPa程度まで大きく向上するが、耐蝕性は低下し、耐すき間腐食性に問題が生じる。
このTi−Mo合金において、高い耐蝕性を維持したまま室温での降伏応力を高める手法として、ベータ相単相状態のTi−Mo合金材料を三方相のオメガ相が析出する温度で保持してオメガ相(時効オメガ相)を析出させる手法が知られている。
この手法によって析出するオメガ相(時効オメガ相)は非常に硬質で、Ti−Mo合金の室温での降伏応力を大きく向上させる。しかしながら時効オメガ相は非常に脆い相であるため、時効オメガ相の析出によって室温延性が大きく低下する問題がある。
これまでのところ、オメガ相を析出させながら室温での降伏応力と延性を同時に高める手法は存在しない。このため、Ti−Mo合金のこれまでの製造プロセスにおいては、特許文献1及び2に示されているように、時効オメガ相が析出しない様に処理温度条件や組成が工夫されてきた。
一方、非特許文献2や3には、或る種のチタン基合金、即ち、金属間化合物チタン基合金において、渦状の組織を生じさせることにより、室温での延性を向上させた例が報告されている。
例えば、非特許文献2には、Ti−Al−Nb−Zr―Mo系金属間化合物基合金において、熱間押し出しを行うことで材料中に渦状の偏析が生じ、こうした偏析に起因した合金元素配列の規則度の違いによって材料中に硬い部分と軟らかい部分が生じ、室温延性が向上したと報告されている。
ただし、非特許文献2に記載されている室温延性の改良手法は、元素配列の規則度の違いを利用するものであるから、合金元素の配列に規則性のある、金属間化合物を基質とする合金には適用可能であるものの、Ti−Mo合金のように元来の合金元素の配列が不規則な合金には、およそ適用できるものではない。
また、非特許文献3には、Ti−Al−Nb−Zr―Mo系金属間化合物基合金において、2相温度域で熱間溝ロール圧延及び熱処理を行うことで、材料中にNb及びMoの渦状の元素偏析が生じ、さらにNb及びMoの希薄な箇所に第2相粒子が析出した渦状の特異な金属組織が得られること、及び、第2相粒子の存在によって、破壊に至る過程でのき裂進展抵抗が増大するため室温破断伸びが向上することが報告されている。
しかしながら、非特許文献3の室温破断伸びの向上策は第2相粒子の析出により耐蝕性が大きく低下すること等の問題があるため、Ti−Mo合金には適用することができない。
特開昭59−56554号公報 特表2008−531843号公報
X.H. Min et al. Materials Science and Engineering A 527 (2009) 1480-1488 S. Naka et al. Materials Science and Engineering A 192/193 (1995) 69-76 S. Emura et al. Materials Science and Engineering A 528 (2010) 355-362 R. Davis et al. Journal of Materials Science 14 (1979) 712-722 大谷ら 日本金属学会誌 35(1971)92-97 B. S. Hickman, Trans AIME, 245(1969), 1329-1336 E. W. Collings Materials Properties Handbook: Titanium Alloys, ASM,(1994),p.10. 松本ら 日本金属学会誌 67(2003)635-642
本発明はTi−Mo合金において室温での降伏応力を高め、同時に大きな室温延性を保持することを可能とした材料とその製造方法を提供することを課題としている。
上記の課題を解決するため、この出願の発明は、以下のことを特徴としている。
(1)全体のMo含有量が10〜20mass%であるTi−Mo合金であって、走査型電子顕微鏡による反射電子(BEI)像、ないし、エネルギー分散型X線分析(EDS)像の観察平面で、Mo量が全体のMo含有量よりも多く、幅10〜20μmのうねった帯状もしくは渦状の偏析部が析出しており、前記の析出した偏析部に沿って、時効オメガ相が析出していることを特徴とするTi−Mo合金を提供する。
(2)上記したTi−Mo合金であって、全体のMo含有量が10〜20mass%であり、残部が不可避的不純物及びTiであるTi−Mo合金を提供する。
(3)上記したTi−Mo合金であって、系全体でMoを10mass%以上含有し、更にTa、Nb、W、V、Cr、Ni、Mn、Co、Feのうち1種類以上の元素を下記式で示すMo当量が20以下となるように含有し、残部が不可避的不純物及びTiであるTi−Mo合金を提供する。
Mo当量=Mo含有量(mass%、以下同じ)+Ta含有量/5
+Nb含有量/3.5+W含有量/2.5+V含有量/1.5
+Cr含有量×1.25+Ni含有量×1.25+Mn含有量×1.7
+Co含有量×1.7+Fe含有量×2.5
(4)上記Ti−Mo合金の製造方法として、通常のチタン合金の溶製プロセスによって溶製された、全体のMo含有量が10〜20mass%であるインゴットに、周囲を拘束された状態で機械的な加工を加えて、加工後の材料の断面積を初期のインゴットの断面積の10%以下とする製造方法を提供する。
(5)上記Ti−Mo合金の製造方法として、600℃から1100℃までの温度範囲で周囲を拘束された状態での機械的な加工を加える製造方法を提供する。
(6)上記Ti−Mo合金の製造方法として、周囲を拘束された状態での機械的な加工後に、ベータ変態温度から1100℃までの温度範囲で溶体化熱処理を加え、ベータ相単相とする製造方法を提供する。
(7)上記Ti−Mo合金の製造方法として、溶体化熱処理後の材料をアルファ相が析出しないよう20℃/min以上の速度で冷却を行うTi−Mo合金の製造方法を提供する。
(8)上記Ti−Mo合金の製造方法として、溶体化熱処理及び冷却後の材料に、150〜500℃の温度範囲で、1分以上で100時間以下温度保持する時効処理を施し、オメガ相を析出させる製造方法を提供する。
(9)上記Ti−Mo合金の製造方法として、溶体化熱処理及び冷却後の材料に、200〜250℃の温度範囲で、1〜10時間の範囲で、時効処理を施してうねった帯状もしくは渦状のMo偏析組織に沿ってオメガ相を析出させ、優れた室温破断伸度と、高い室温引張り強度を兼ね備えたものとするTi−Mo合金の製造方法を提供する。
本発明の前記(1)に係るTi−Mo合金は、高い耐蝕性と優れた成形加工性を有しており、更に、所望の形状に成型加工してから、次いで、時効処理すれば、成形された形状の中で、高強度ながら脆い時効オメガ相が発現して、成形形状が固まると同時に、室温で高強度かつ充分な延性を備えた高強度高延性Ti−Mo合金になる。
また、本発明の時効オメガ相を析出させた前記(2)に係るTi−Mo合金は、従来手法で時効オメガ相を均一に析出させてTi−Mo合金の室温での降伏強さを高めた場合に生じる室温延性の劣化の問題に対して、特殊な機械的加工および熱処理によってMoの偏析に沿って時効オメガ相を析出させて、オメガ相を高密度に含み降伏強度は高いものの延性に劣る領域と、オメガ相量が少なく強度は低いものの延性の高い領域とを、相互に渦状に絡み合う様に組み合わせて解決を図る。室温において高強度かつ十分な延性を有するTi−Mo合金を提供することができる。
さらに、本発明は、降伏強さを高めるのに、耐蝕性劣化原因となるアルファ相を利用しないため、高い耐蝕性を有する合金を提供することができる。
【0025】
【図1】実施例1の溶製されたTi−12mass%Mo合金インゴット中のMoの濃
度分布を示す反射電子(BEI)像(a)、及び、エネルギー分散型X線分析(EDS)(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)像(b)である。
BEI像において、上半分の黒い領域と下半分のグレーの領域は異なる結晶粒で、境目が結晶粒界となっている。黒とグレーの違いは結晶粒の向きの違いによる。
【図2】実施例および比較例において、周囲を拘束された状態で機械的な加工を加える
手法として用いた溝ロール圧延の模式図である。
【図3】実施例1のTi−12mass%Mo合金インゴットを熱間鍛造、熱間溝ロー
ル圧延、溶体化処理した後の材料の圧延方向と垂直な面のMoの濃度分布を示す反射電子(BEI)像(a)、及び、エネルギー分散型X線分析(EDS)像(b)である。
BEI像において、黒、グレー、あるいは白の領域はそれぞれ異なる結晶粒である。圧延・熱処理により、インゴットと比較して、結晶粒のサイズが小さくなっている様子も観察される。
【図4】実施例1のTi−12mass%Mo合金インゴットを熱間鍛造、熱間溝ロー
ル圧延、溶体化処理した後の材料の圧延方向と平行な面のMoの濃度分布を示す反射電子(BEI)像(a)、及び、エネルギー分散型X線分析(EDS)像(b)である。
【図5】実施例1及び比較例1のTi−12mass%Mo合金の製造プロセスを示す
フローチャートである。
【図6】比較例1の幅10〜20μmのうねった帯状もしくは渦状の偏析部を有さない
、Ti−12mass%Mo合金の溶体化処理後の材料の圧延方向と垂直な面でのMoの濃度分布を示す反射電子(BEI)像(a)、及び、エネルギー分散型X線分析(EDS)像(b)である。
EDS像を形成するマッピングでは、Mo(や他の元素)の存在をある程度の大きさの点として表し、Moの多い領域ほど点の数が多くなり、結果としてMo元素の分布が点の色の濃淡として表されるため、全くMoの分布が均一であってもEDSマッピングでは細かな濃淡の点として表示されてしまう傾向がある。(b)図では局所的な色の濃淡がないことから偏析が殆ど無いことが把握される。
【図7】実施例1および比較例1の溶体化処理後に、250℃、350℃、450℃で
1時間、時効処理した材料の圧延方向と垂直な面でのマクロのビッカース硬さをプロットしたグラフである。
溶体化処理後水冷した材料である「溶体化まま材(ST材)」には、焼き入れオメガ相が析出しているが、この焼き入れオメガ相は、数nmという細かなサイズで析出しているので、材料のマクロ硬さにほとんど影響を及ぼさず、マクロのビッカース硬さが低くなっている。一方、時効処理された材料のビッカース硬さが高いのは、硬い時効オメガ相が析出していることによる。
【図8】実施例1(a)および比較例1(b)の250℃、1時間時効処理した材料の
圧延方向と垂直な面でのマイクロビッカース硬さの分布状態を示す図である。
図中の実線は、等硬さ線を表している。実施例1(a)では、マイクロビッカース硬さの値として360程度の領域から400程度の領域まで幅広い値が存在している。比較例1(b)では、硬さの値として370程度から390程度の領域までしか存在しておらず、硬さの分布が実施例1に比べて狭いことが把握される。
【図9】実施例1の250℃、1時間時効処理した材料の圧延方向と垂直な面でのマイ
クロ硬さ分布を示す図である。
Mo濃度は、BEI像における背景の帯状の濃淡のコントラストで示されている。BEI像の濃淡のコントラストはEDS像におけるMoの濃淡と一致しており、白に近い明るいコントラストの部分のMo量が多く、黒に近い暗いコントラストの部分のMo量が少なく表示される。(結晶粒の向きの違い等、他のコントラスト要素もあるが、ここでは主にMo量の多寡によるコントラストに注目する。)
白に近い明るいコントラストの部分のビッカース硬さの値が小さくなっている。例えば上から3行目の各点は白いコントラストの上にのっており、ビッカース硬さは359〜371と小さくなっている。
一方、黒に近い暗いコントラストの部分のビッカース硬さの値は大きくなっている。例えば、上から1行目の各点は黒いコントラストの上にのっており、ビッカース硬さは393〜403と大きくなっている。
【図10】実施例1及び比較例1の250℃、1時間時効処理した材料の室温での引張
試験結果を示すグラフである。
実施例1、比較例1とも、それぞれ2片の引張試験片を用意し、2回ずつ室温引張試験を行っているため、引張曲線は2本ずつ表示されている。比較例1では、各試験片で、破断までの変形量に差がなかったため、引張曲線はほぼ重なっている。
【図11】実施例2のTi−18mass%Mo合金の熱間鍛造、熱間溝ロール圧延、
溶体化熱処理後の材料の圧延方向と垂直な面でのMoの濃度分布を示す反射電子(BEI)像(a)、及び、エネルギー分散型X線分析(EDS)像(b)である。
【図12】実施例2の450℃、1時間時効処理した材料の圧延方向と垂直な面でのマ
イクロビッカース硬さの分布状態を示す図である。
【図13】比較例2のTi−9mass%Mo合金の熱間鍛造、熱間溝ロール圧延、溶
体化熱処理後の材料の圧延方向と垂直な面でのMoの濃度分布を示す反射電子(BEI)像(a)、及び、エネルギー分散型X線分析(EDS)像(b)である。
【発明を実施するための形態】
本発明は、上記の通りの特徴を持つものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
<Ti―Mo合金の合金組成>
時効オメガ相がうねった帯状もしくは渦状に析出したTi―Mo合金の全体の平均のMo含有量は10〜20mass%が好ましく、更に好ましくは12〜18mass%の範囲である。
Ti―Mo合金の全体の平均のMo含有量が10mass%に満たない場合には、Ti―Mo合金の全体の平均のMo含有量が9mass%である比較例2(Ti−9mass%Mo合金のインゴットを1000℃で熱間鍛造、650℃で熱間溝ロール圧延、800℃・1時間の溶体化熱処理をした材料)の圧延方向と垂直な平面のMo濃度分布をみるBEI像やEDS像(図13参照)に示されるように、熱間溝ロール圧延後にMo量の多い偏析部がうねること無くまっすぐな帯状で長さ200μm以上の大きさで存在する。
Ti―Mo合金の全体の平均のMo含有量が10mass%に満たない場合には、本願発明の幅10〜20μmのうねった帯状もしくは渦状のMo偏析部が存在する組織とはならない。観察平面全体を概括しても、うねった帯状もしくは渦状の偏析組織は観察できない。
Ti―Mo合金の全体の平均のMo含有量が10mass%に満たない場合、溶体化熱処理後の冷却によってマルテンサイト相を生じるため本願発明の様な組織とはならないと考えられる(非特許文献4を参照)。
更に、時効オメガ相が複数の幅10〜20μmのうねった帯状もしくは渦状の偏析部に沿ってより効果的に具現するには、Ti―Mo合金の全体の平均のMo含有量が12mass%以上であることが好ましい。
一方、非特許文献5によればTi−Mo合金中のMoの含有量が20mass%を超えるとTi−Mo合金の加工性は劣化する。また非特許文献5にはTi−20mass%Mo合金においては時効オメガ相の析出量が12mass%もしくは15mass%のMoを含む合金と比較して非常に少なくなることが熱膨張測定及び硬さ測定の結果によって示されている。さらに非特許文献6ではTi−14at%Mo(およそTi−24mass%Mo)合金では時効処理を行ってもオメガ相の析出が見られないことが記されている。そして、Ti−Mo合金の全体の平均のMo含有量が20mass%を超える合金においては、時効オメガ相の析出量が極めて僅かになり、時効オメガ相を析出させることで局所的に硬い部位を発現させて、材料の機械的特性を変化させることが困難になる。したがって、Mo量は20mass%以下であることが必要であり、更に、強化相である時効オメガ相を十分に析出させるためにはMo含有量が18mass%以下であることが好ましい。
ところで、Ti−Mo合金は、10mass%以上のMoのほかに、Ta、Nb、W、V、Cr、Ni、Mn、Co、Feといったベータ相を安定化させる元素を含むことができる。この場合、Ti基合金のベータ相を安定化させる配合元素の総量を、Mo元素を基準とする「Mo当量」としてまとめて算出し、ベータ相安定化の目安として表記することが行われており、その算出方法は下記式で表される(非特許文献7:E. W. Collings : Materials Properties Handbook Titanium Alloys, ASM(1994),p.10.参照)。
下式で計算されるMo当量の値は、20以下、更に好ましくは12〜18である。
Mo当量=Mo含有量(mass%、以下同じ)+Ta含有量/5
+Nb含有量/3.5+W含有量/2.5+V含有量/1.5
+Cr含有量×1.25+Ni含有量×1.25+Mn含有量×1.7
+Co含有量×1.7+Fe含有量×2.5
Mo当量は、チタン合金において添加元素がベータ相を安定化させる能力を示す指標であり、Ti−Mo合金に上記の各種ベータ相安定化元素を添加した場合、合金のベータ相の安定度は、上記の式で計算される「Mo当量」の値のTi基合金と、同じ「Mo当量」のMo単体だけを含有するTi−Mo二元合金とほぼ等しくなる。
Moのほかにベータ相を安定化させる元素を含有する場合にも、本願発明のMoが10〜20μm以下の幅で時効オメガ相が渦状に偏析した状態にするためには、Ti―Mo系合金の全体の平均のMo含有量は、10mass%以上であることが必要である。更に時効オメガ相が渦状に偏析した状態をより効果的に具現するには、Mo当量が12以上であることが好ましい。
Mo当量が20を超える場合、Ti−Mo合金におけるベータ相の安定度はTi−Mo二元合金においてMo含有量が20mass%を超える場合と同様となり、時効オメガ相の析出量が少なくなり、時効オメガ相を析出させることで局所的に硬さを変化させることが困難になる。したがって、Mo当量は20以下であることが必要であり、更に強化相である時効オメガ相を十分に析出させるためにはMo当量が18以下であることが好ましい。
<チタン合金の溶製プロセス>
上記組成のTi−Mo合金の溶製は通常のチタン合金の溶製プロセスによって行われる。実施例1及び実施例2においては超清浄浮揚溶解装置を用いて合金材料の溶製を行っているが、通常のチタン合金の溶製に用いられる他の溶製方法(消耗電極式真空アーク溶解、電子ビーム溶解、プラズマアーク溶解)を用いることもできる。
<周囲を拘束された状態での機械的な加工>
上記のプロセスによって溶製されたインゴットは、鍛造・圧延加工等のプロセスを経て棒材もしくは線材に加工される。実施例及び比較例においては溶製材を熱間鍛造及び熱間溝ロール圧延によって棒材に加工したが、熱間鍛造は溶製材を熱間溝ロール圧延機にて圧延加工が可能な大きさまで加工するために施したもので、熱間鍛造を省略することも可能である。
一方、Moの偏析状態を、うねった帯状もしくは渦状の組織に制御するためには、溝ロール圧延加工、押し出し加工、線引き加工等の被加工材の周囲を拘束された状態での加工が必ず必要である。周囲を拘束された状態での機械的加工の例として、実施例および比較例において用いた溝ロール圧延の模式図を図2に示す。
周囲を拘束された状態での加工において、加工後の棒材もしくは線材の断面積は初期のインゴットの断面積の10%以下、更に好ましくは5%以下まで加工される必要がある。
実施例1では、超清浄浮揚溶解装置でのインゴットの溶製においてTi−12mass%Mo合金インゴット中に、幅が30〜50μm程度の偏析が生じている。(図1を参照。)
他の溶製方法で溶製した場合、超清浄浮揚溶解装置でのインゴットの溶製と比較してインゴットの冷却速度が遅くなるため、インゴット中のMoの偏析幅が30〜50μmより大きくなることが予測される。したがって加工後のMoの偏析の幅を10〜20μm以下とするためには加工後の断面積が加工前の5%以下となることが好ましい。
上記の周囲を拘束された状態で機械的加工を実施する温度は、室温から1100℃までの温度範囲が好ましく、更に好ましくは、600℃からベータ変態温度+200℃までの温度範囲である。
加工温度が1100℃より高くなると熱間加工中にMoの拡散が活発になり、Mo量の多い領域と少ない領域が、10〜20μm以下の幅の渦状組織よりも大きなパターンが発現する傾向にあり、加工性や強度が共に優れた合金が得られなくなる。したがって、機械的加工は室温〜1100℃の温度範囲で行われる必要がある。
一方、Ti−Mo合金においては、800℃前後の温度を境界とし、それより低い温度ではアルファ相とベータ相の2相が共存し、それより高い温度ではベータ相単相となる。ただし、厳密にはMo含有量にも依存する。この温度をベータ変態温度といい、ベータ変態温度より著しく高い温度で加工や熱処理を行うとベータ相が著しく粗大化し、材料の機械的性質、特に室温での降伏強さや延性に悪影響を与える。ベータ相の著しい粗大化を防ぐためにはそれらの加工をベータ変態温度を200℃よりも大きく上回らない温度域で行うことが好ましい。
一般に金属材料を室温やそれに近い低温で機械的な加工を行うと、加工中に材料が硬化する加工硬化現象が生じ、それ以降に十分な加工が難しくなることがある。また150℃〜600℃の温度範囲では加工中に硬い時効オメガ相が析出し、それによって後続の加工が難しくなることがある。したがって一連の加工は600℃以上の温度で行うことが好ましい。
<溶体化熱処理>
機械的加工後の溶体化熱処理の温度域は、ベータ変態温度から1100℃までの温度範囲が好ましく、更に好ましくはベータ変態温度からベータ変態温度+200℃の温度範囲である。
溶体化熱処理は、その後の時効処理において十分な量の時効オメガ相をベータ相基質中に析出させるために行うものであり、そのためには時効処理前の材料がベータ相単相でなければならない。したがって、溶体化熱処理はベータ変態温度以上で行う必要がある。また溶体化熱処理温度が1100℃を超えるとMoの活発な拡散が生じ、10〜20μmの幅のMoの渦状偏析組織が得られなくなる。したがって、溶体化熱処理は1100℃以下の温度で行う必要がある。
またベータ変態温度より著しく高い温度で溶体化熱処理を行うとベータ相の著しい粗大化が生じ、室温での降伏強さや延性等の機械的性質に悪影響を与える。したがって、溶体化熱処理はベータ変態温度からベータ変態温度+200℃の温度範囲で行うことが好ましい。
<溶体化熱処理後の冷却>
溶体化熱処理後の冷却工程では、アルファ相が析出しないよう20℃/min以上の冷却速度を用いる必要がある。通常この冷却は水冷によって行われるが、20℃/min以上の速度であれば冷却ガスや焼き入れ油等の冷却液を用いた冷却や大気放冷でもかまわない。
なお、本発明のTi−Mo合金を、多量の冷水により速い速度で溶体化熱処理温度から冷却すると、時効オメガ相とは異なるオメガ相(焼き入れオメガ相)が生じてしまう。この焼き入れオメガ相は、非特許文献8に示されているように、サイズが数nmと時効オメガ相と比較して非常に小さく、硬さや降伏応力といった機械的性質にはほとんど影響を及ぼさない。このことは図7に示した溶体化熱処理後水冷した材料のビッカース硬さが時効オメガ相を析出させた材料と比較して小さいことからも明らかである。
したがって溶体化熱処理後の冷却速度の選定において焼き入れオメガ相の析出を考慮する必要はない。
<時効オメガ相を析出のための時効処理>
時効オメガ相を析出させるための時効処理温度は150から500℃までの温度範囲が好ましく、更に好ましくは250〜450℃の温度範囲である。
150℃に満たない温度で時効処理を行った場合、実用上許容される時間保持しても時効オメガ相が析出しない。一方、500℃を超える温度で時効処理を行った場合、時効オメガ相の析出量が減少するとともにアルファ相が析出する。アルファ相中のMoの含有量は合金の平均Mo含有量より小さいため、アルファ相の析出によってベータ相基質中のMo含有量が増加する。Mo含有量が増加することでベータ相は安定化し、時効オメガ相の析出がさらに抑制される。したがって、時効処理は150〜500℃の温度範囲で行う必要がある。
さらに、十分な量の時効オメガ相をベータ相基質中に析出させるためには時効オメガ相の析出が活発に生じる250〜450℃の温度範囲で時効処理を行うことが好ましい。
時効オメガ相を析出させるための時効処理時間は1分以上100時間以下が好ましく、更に好ましくは10分以上10時間以下である。
1分未満の時効処理ではオメガ相が十分析出しないため、時効処理時間は1分以上である必要がある。更に、時効処理時間によるオメガ相の析出量のばらつきを防ぐためには時効処理時間を10分以上とすることが好ましい。
一方、実際のTi−Mo合金の効率的な製造工程を思慮すると、時効処理時間は100時間以下が好ましく、更には10時間以下であることが好ましい。
なお、それら析出相が他ならぬオメガ相であり、アルファ相やベータ相でないことは、X線回折法によって、非破壊的に確認した。
<実施例1>
超清浄浮揚溶解装置(CCLM)を用いて、Ti−12mass%Moインゴット(直径69mm、重量1.2kg)を溶製した。溶製後のインゴット内部のMoの濃度分布を走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子(BEI)像及びエネルギー分散型X線分析(EDS)像によって調べた結果、図1に示すようにMo濃度の高い領域が幅30〜50μmのデンドライド状に存在する偏析組織が得られた。
このインゴットに1000℃での熱間鍛造及び650℃での熱間溝ロール圧延を施し11.8 mm角の棒材に加工した後、800℃、1時間の溶体化熱処理を加えた後水冷によって冷却した。溶体化処理後の材料中のMoの濃度分布をBEI及びEDSによって調べた結果、図3に示すように圧延方向と垂直な面において幅10〜20μmの渦状にMoが偏析した組織が生じていた。また圧延方向と平行な面において同様のBEI像、EDS像を観察した場合は図4に示すようにMoの偏析は圧延方向に連続的に帯状に長く伸びた組織となっていた。
図3中の任意の4点(Moの多い領域から2点、少ない領域から2点)についてEDSによる定量分析を行った結果、Mo量は一番少ない点で10.5mass%、一番多い点で12.9mass%で、Mo量の多寡で2.4mass%の違いがあった。
<比較例1>
比較例1として、実施例1と同じ溶製条件で溶製したTi−12Moインゴットに以下のプロセスで加工、熱処理を加え、実施例1のようなMoの偏析組織を有しない材料を製造した。すなわち、インゴットを1200℃での熱間鍛造及び熱間溝ロール圧延によって17.5mm角の棒材に加工した後、1200℃で3時間保持した後、材料表面の酸化層を研磨除去し、室温で11.8mm角まで溝ロール圧延を施した後、800℃、1時間の溶体化熱処理を加え水冷した。本プロセスは1200℃での加工と温度保持によってMoのTi中での拡散を促し、その後の室温での加工及び800℃での溶体化熱処理により、実施例1と同等の結晶粒径を保持するよう意図したものである。図5に実施例1と比較例1のそれぞれの製造プロセスを示す。
圧延方向と垂直な面におけるEDSによるMoの濃度分布の測定結果は図6に示すとおりである。偏析の程度は図3の実施例1の材料と比べて極めて小さく目立たないものであった。任意の2点(Moの多い領域1点、少ない領域1点)の定量分析結果も10.9mass%及び11.6mass%で2点のMo濃度差は0.7mass%と小さかった。
実施例1及び比較例1の溶体化熱処理後水冷した材料、並びに、250℃、350℃、及び450℃で1時間の時効処理を施した材料について、圧延方向と垂直な面でマクロのビッカース硬さ測定(荷重5kg)を行った結果を図7に示す。時効処理によって材料のビッカース硬さ(マクロ硬さ)は増加し、増加量は時効処理温度が高いほど大きくなる。硬さの増加は硬い第2相である時効オメガ相の析出、増加によるものである。また、実施例1、比較例1ともに、ほぼ同じマクロのビッカース硬さの値を示しMo偏析の影響は見られない。
一方、マイクロビッカース硬さ試験機を用い、圧延方向と平行な面において荷重100gとし75μm間隔で48点(6点×8点)のマイクロ硬さ測定を行った結果、250℃、1時間時効後の材料において、図8に示すようにMoの渦状偏析組織を有する実施例1の材料でマイクロ硬さの差が局所的に大きくなった。
また、図9に示すように、マイクロ硬さの小さい箇所とMo量の多い箇所が一致していた。Mo量が多い領域では母相のベータ相が安定なため硬い時効オメガ相の析出が少なく、マイクロ硬さが小さいものと考えられる。
250℃、1時間時効後の実施例1と比較例1の材料について、室温で引張試験を行った結果、図10に示すように降伏応力は1100MPa程度と同等であったが、Moの渦状偏析を有する実施例1の材料がより大きな破断伸びを示した。
<実施例2>
実施例2としてTi−18mass%Mo合金での結果を示す。実施例2においても、実施例1と同様の加工、熱処理(1000℃での熱間鍛造、 650℃での熱間溝ロール圧延、900℃、1時間の溶体化熱処理後水冷)を施すことで図11に示すように圧延方向と垂直な面においてMoの渦状偏析組織(Mo量の違い:3.5mass%)が得られ、図12に示すように450℃、1時間の時効処理を施すことでミクロ硬さが局所的に変化した組織を得ることができる。
<比較例2>
比較例2としてTi−9mass%Mo合金での結果を示す。比較例2では、実施例と同様の加工熱処理(1000℃での熱間鍛造、650℃での熱間溝ロール圧延、800℃、1時間の溶体化熱処理後水冷)を施した場合、図13に示すように、幅200μm以上の大きさのデンドライト状Mo偏析部が存在する領域と、こうしたデンドライトが存在しない領域が分布するなど、実施例とは異なった組織を示す。またMo量の場所による違いも1.2mass%と小さい。
<実施例3>
実施例1の溶体化熱処理後水冷した材料で、時効処理の温度を200℃として、10時間の時効処理を施した材料の測定試料片2個(A片、B片)については、どちらも、明確に渦状の偏析組織が観察された。両試料片について、室温における破断までの変形量(破断伸度)を測定すると23%(A片)、25%(B片)であり、室温における引張り強度を測定すると、1010σ/MPa(A片)、1020σ/MPa(B片)であった。
<実施例4>
実施例1の溶体化熱処理後水冷した材料で、時効処理の温度を250℃として、1時間の時効処理を施した材料の測定試料片2個(C片、D片)については、どちらも、明確に渦状の偏析組織が観察された。両試料片について、室温における破断までの変形量(破断伸度)を測定すると19%(C片)、21%(D片)であり、室温における引張り強度を測定すると、1012σ/MPa(C片)、1015σ/MPa(D片)であった。
時効処理の温度を200〜250℃とし、1〜10時間程度の時効処理を施したTi−Mo合金材料では、析出する渦状のMo偏析組織によって、優れた室温破断伸度と、高い室温引張り強度をバランス良く兼ね備えたものが得られることが期待できる。
もちろん、この発明は以上の例に限定されるものではなく、細部に付いては様々な態様が可能であることは言うまでもない。
本発明は、時効オメガ相の析出により高い降伏応力を実現しながら、同時に大きな破断伸びが得られる点から、従来技術に比べて優位性がある。具体的な応用先としては、耐蝕性と強度、信頼性が必要とされる構造部材、例えば、航空機・旅客機のランディングギアや海洋構造物、化学プラントなどである。
また、耐蝕性と室温での機械的性質を要求される部材の応用として、医療用ワイヤー、インプラントなどへの適用も考えられる。

Claims (9)

  1. 全体のMo含有量が10〜20mass%であるTi−Mo合金であって、走査型電子顕微鏡による反射電子(BEI)像、ないし、エネルギー分散型X線分析(EDS)像の観察平面で、Mo量が全体のMo含有量よりも多く、幅10〜20μmのうねった帯状もしくは渦状の偏析部が析出しており、前記の析出した偏析部に沿って、時効オメガ相が析出していることを特徴とするTi−Mo合金。
  2. 全体のMo含有量が10〜20mass%であり、残部が不可避的不純物及びTiであることを特徴とする請求項1に記載のTi−Mo合金。
  3. Moを10mass%以上含有し、更にTa、Nb、W、V、Cr、Ni、Mn、Co、Feのうち1種類以上の元素を下記式で示すMo当量が20以下となるように含有し、残部が不可避的不純物及びTiであることを特徴とする請求項1に記載のTi−Mo合金。
    Mo当量=Mo含有量(mass%、以下同じ)+Ta含有量/5
    +Nb含有量/3.5+W含有量/2.5+V含有量/1.5
    +Cr含有量×1.25+Ni含有量×1.25+Mn含有量×
    1.7+Co含有量×1.7+Fe含有量×2.5
  4. 通常のチタン合金の溶製プロセスによって溶製された、全体のMo含有量が10〜20mass%であるインゴットに、周囲を拘束された状態で機械的な加工を加えて、加工後の棒材もしくは線材の断面積を初期のインゴットの断面積の10%以下とすることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のTi−Mo合金の製造方法
  5. 周囲を拘束された状態での機械的な加工を600〜1100℃の温度範囲で行うことを特徴とする請求項4に記載のTi−Mo合金の製造方法。
  6. 周囲を拘束された状態での機械的な加工後に、ベータ変態温度から1100℃までの温度範囲で溶体化熱処理を加え、ベータ相単相とすることを特徴とする請求項4又は5に記載のTi−Mo合金の製造方法。
  7. 溶体化熱処理後の材料をアルファ相が析出しないよう20℃/min以上の速度で冷却を行うことを特徴とする請求項6に記載のTi−Mo合金の製造方法。
  8. 溶体化熱処理及び冷却後の材料に、150〜500℃の温度範囲で、1分以上で100時間以下温度保持する時効処理を施し、オメガ相を析出させることを特徴とする請求項7に記載のTi−Mo合金の製造方法。
  9. 溶体化熱処理及び冷却後の材料に、200〜250℃の温度範囲で、1〜10時間の範囲で、時効処理を施してうねった帯状もしくは渦状のMo偏析組織に沿ってオメガ相を析出させ、優れた室温破断伸度と、高い室温引張り強度を兼ね備えたものとすることを特徴とする請求項8に記載のTi−Mo合金の製造方法。
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