従来より、この種の制御を行う装置として種々のものが知られている(例えば、特許文献1を参照)。この文献に記載の装置では、車両の運転者によるステアリングホイールの操作速度が所定値以上となった場合、緊急回避ステアリング操作が検出される。緊急回避ステアリング操作が検出されると、車輪ブレーキの制御(緊急回避制御)により左右輪の制動力(制動トルク)差(従って、左右輪の前後力差)が付与され、係る前後力差に起因するステアリング操作方向(旋回方向)のヨーモーメントが車両に発生する。
特開平9−142272号公報
このヨーモーメントの発生により上記緊急回避ステアリング操作がアシストされ、車両の進行方向がステアリング操作方向に急激に変化し得る。この結果、車両は障害物等を回避し易くなる。
ところで、上記文献に記載の装置では、上記緊急回避制御の開始時点から、車両のヨーレイトが積算(時間積分)されていく。この積分値から得られる車両の進行方向変化量が所定値に達した時点で上記緊急回避制御が終了する。即ち、上記緊急回避制御の終了判定が積分誤差の影響を受け得る。従って、上記緊急回避制御の終了時期が適切な時期より遅れることで、左右輪の前後力差(従って、上記ヨーモーメント)が付与されている状態が不必要に継続し得る。この結果、車両の安定性を却って損なう可能性があるという問題があった。
本発明は、かかる問題に対処するためになされたものであり、その目的は、障害物等を緊急回避するために車輪の制動力及び/又は駆動力を制御する車両の前後力制御装置において、制御が不必要に継続して車両の安定性を損なうことがないものを提供することにある。
本発明に係る車両の運動制御装置は、前後力調整機構と、判定手段と、第1制御決定手段と、制御実行手段とを備えている。以下、以下、これらの手段について順に説明する。
前後力調整機構は、車両の複数の車輪の制動力及び/又は駆動力を個別に調整する。前後力調整機構は、車輪の制動力(制動トルク)のみを個別に調整するものであっても、車輪の駆動力(駆動トルク)のみを個別に調整するものであってもよい。
判定手段は、前記車両の運転状態に基づいて、前記車両の進行方向を左右の何れか一方側に急激に変更する緊急回避が必要か否かを判定する。この判定は、例えば、前記車両の運転者が操作する操舵操作部材の操作(操作量、操作速度、操作力、操作トルク)に基づいて行われる。この場合、例えば、操舵操作部材の操作速度、操作力(操作トルク)等が所定値以上になったとき、緊急回避が必要であると判定され得る。また、この判定は、例えば、GPS(グローバル・ポジショニング・システム)を利用したナビゲーションシステム、レーダー、超音波センサ、画像センサ等を利用して車両前方にある障害物等を認識することで、操舵操作部材の操作を利用することなくなされ得る。この場合、操舵操作部材の操作がなされない場合であっても緊急回避が必要であると判定され得る。
第1制御決定手段は、前記緊急回避が必要であると判定された場合、前記一方側の全車輪の制動方向の力の和が前記一方側と反対側の全車輪の制動方向の力の和よりも大きくなるように少なくとも1つの車輪の制動力及び/又は駆動力をパルス的に増加又は減少させる第1制御についての制御対象となる車輪、前記パルスの幅に対応する第1制御時間、及び前記パルスの深さに対応する前記制動力及び/又は駆動力の調整量を含むパルス調整パターンを前記第1制御の開始前に決定する。ここで、車輪の「制動方向の力(トルク)」としては、正の値として車輪の(車輪に作用する)制動力(制動トルク)が想定され、負の値として車輪の(車輪に作用する)駆動力(駆動トルク)が想定されている。また、前記第1制御時間、及び前記調整量は、固定値(一定値)であってもよい。
そして、制御実行手段は、前記決定されたパルス調整パターンに基づいて前記前後力調整機構を制御して前記第1制御を実行する。前記第1制御は、例えば、前記緊急回避が必要であると判定された後、直ちに開始される。
上記構成によれば、前記緊急回避が必要であると判定された場合、第1制御が開始・実行される。この第1制御では、上記パルス調整パターンに従って、第1制御時間に亘って、前記一方側(旋回内側)の全車輪の制動方向の力の和が前記一方側と反対側(旋回外側)の全車輪の制動方向の力の和よりも大きくなるように少なくとも1つの車輪の制動力(駆動力)が(第1制御が実行されない場合の値に対して)パルス的に前記調整量だけ増加又は減少させられる。
具体的には、例えば、前記一方側(旋回内側)の少なくとも1つの車輪の制動力が、第1制御時間に亘ってパルス的に増加させられ得る。また、車輪に制動力が作用している状態においては、例えば、前記一方側と反対側(旋回外側)の少なくとも1つの車輪の制動力が、第1制御時間に亘ってパルス的に減少させられ得る。
これにより、左右輪の制動力差(従って、左右輪の駆動力差)に起因する前記一方側(操舵操作部材の操作方向(旋回方向))のヨーモーメントが車両に発生する。このヨーモーメントの発生により、車体スリップ角(従って、タイヤスリップ角)が増大し易くなり、コーナリングフォース(以下、「横力」と称呼することもある。)が増大し易くなる。この結果、前記一方側への車両の横移動量が増大し易くなって車両が障害物等を回避し易くなる。
加えて、上記のように制動力がパルス的に減少させられる場合においては、この制動力の減少に起因してタイヤ限界状態(車輪の前後力と横力との組み合わせがタイヤの摩擦円上にある状態)でのコーナリングフォースが増加する。このことによっても、車両の横移動量が増大し易くなって車両が障害物等を回避し易くなる。
ここで、上記構成によれば、前記パルス調整パターン、即ち、第1制御の対象となる車輪、第1制御時間(パルスの幅に対応)、並びに、調整量(パルスの深さに対応)が、第1制御の実行により車両の安定性を損なうことがないように、第1制御の開始前に予め適切に決定され得る。従って、(第1制御時間の間に亘って実行される)第1制御が不必要に継続して車両の安定性を損なうという事態が発生し得ない。
加えて、第1制御の開始前において第1制御の終期も既に決定されている。従って、上記文献に記載の装置のように、第1制御中において第1制御の終了判定を行う必要がない。この点において、装置(CPU)の演算負荷を少なくすることができる。
上記本発明に係る前後力制御装置において、前記前後力調整機構が、前記複数の車輪の制動力を個別に調整するように構成され、前記判定手段が、前記車両の運転者が操作する操舵操作部材の操作に基づいて前記緊急回避が必要か否かを判定するように構成される場合、前記第1制御決定手段が、前記パルス調整パターンとして前記制御対象となる車輪の制動力がパルス的に増大するパターンを採用し、前記第1制御時間を、前記緊急回避が必要であると判定された後において前記車両の挙動を表す挙動指標値が前記操舵操作部材の操作量に対応する定常値に達する前に前記第1制御が終了するように短い時間に決定し、制動力の増大方向の前記調整量を、前記制御対象となる車輪の制動状態が限界制動状態になるように大きい量に決定するよう構成されることが好適である。
ここにおいて、前記挙動指標値とは、例えば、車両のヨーレイト、車両の横加速度、車両のロール角等である。また、前記限界制動状態とは、上述のタイヤ限界状態に対応し、車輪の前後力が飽和している状態を意味する。
これによれば、第1制御中において付与される左右輪の前後力差を極力大きくすることができ、且つ、第1制御の実行期間を極力短くすることができる。これにより、車両の安定性を損なうことなくコーナリングフォースを速やかに増大させるための適切なきっかけを作り出すことができる。加えて、挙動指標値が操舵操作部材の操作量に対応する定常値に達する程度まで比較的長い間に亘って第1制御を継続することで車両の安定性が却って損なわれるという事態の発生を確実に防止することができる。
また、前記制御実行手段が、前記前後力調整機構を制御することで前記車輪のスリップが過度に増大しないように前記車輪の制動力を減少させるアンチスキッド制御をも実行するように構成されている場合、前記第1制御決定手段は、前記アンチスキッド制御実行中において前記一方側に対応する方向への前記操舵操作部材の操作により前記一方側への前記緊急回避が必要であると判定された場合、前記パルス調整パターンとして、前記一方側と反対側に対応する旋回外側の少なくとも1つの車輪の制動力がパルス的に減少するパターンを採用するように構成され得る。この構成では、特に、第1制御の対象となる車輪についてアンチスキッド制御が実行されている場合が想定されている。
アンチスキッド制御が実行されている車輪の制動状態は、限界制動状態(或いは、その近傍)にある。従って、車輪の制動力(制動トルク)を増大しても車輪の前後力は殆ど増大し得ない。従って、旋回内側の車輪の制動力をパルス的に増大しても左右輪の前後力差を効果的に発生させることができない。
これに対し、上記のように、旋回外側の車輪の制動力をパルス的に減少すれば、左右輪の前後力差を効果的に発生させることができ、車両の横移動量を効果的に増大することができる。加えて、上述したように、係る制動力の減少に起因してタイヤ限界状態でのコーナリングフォースが増加する。このことによっても、車両の横移動量が増大し易くなる。
また、上記のように、前記制御実行手段がアンチスキッド制御をも実行するように構成されている場合において、前記第1制御決定手段は、前記車輪に制動力が作用している状態であって且つ前記アンチスキッド制御非実行中において前記一方側に対応する方向への前記操舵操作部材の操作により前記一方側への前記緊急回避が必要であると判定された場合、前記パルス調整パターンとして、前記一方側と反対側に対応する旋回外側の少なくとも1つの車輪の制動力がパルス的に減少するとともに前記一方側に対応する旋回内側の少なくとも1つの車輪の制動力がパルス的に増大するパターンを採用するように構成され得る。
ここにおいて、前記「車輪に制動力が作用している状態」とは、運転者による制動操作がなされている場合のみならず、制動操作がなされていなくても後述する車両安定化制御等の実行により車輪に制動力が作用している場合をも含む。
アンチスキッド制御が実行されていない車輪については、車輪の制動力(制動トルク)を増大することで車輪の前後力が増大し得る余地がある。従って、この場合、上記のように、旋回外側の車輪の制動力をパルス的に減少することに加えて旋回内側の車輪の制動力をパルス的に増大することで、左右輪の前後力差をより一層効果的に発生させることができ、車両の横移動量をより一層効果的に増大することができる。
また、上記本発明に係る前後力制御装置において、前記判定手段が、前記車両の運転者が操作する操舵操作部材の操作に基づいて前記緊急回避が必要か否かを判定するように構成されている場合、前記第1制御決定手段は、前記調整量(パルスの深さに相当)を、前記第1制御の開始前における前記運転者による前記操舵操作部材の操作及び前記車両の挙動を表す挙動指標値に基づいて決定するように構成されることが好適である。同様に、前記第1制御決定手段は、前記第1制御時間(パルスの幅に相当)を、前記第1制御の開始前における前記運転者による前記操舵操作部材の操作及び前記車両の挙動を表す挙動指標値に基づいて決定するように構成されることが好適である。
これによれば、第1制御開始前における運転者の意思及び車両挙動に応じて適切に前記調整量及び前記第1制御時間を設定することができる。この結果、コーナリングフォースを速やかに増大させるためのきっかけを第1制御開始前における運転者の意思及び車両挙動に応じて適切に作り出すことができる。
また、上記本発明に係る前後力制御装置において、前記判定手段が、前記車両の運転者が操作する操舵操作部材の操作に基づいて前記緊急回避が必要か否かを判定するように構成されている場合、前記前後力制御装置は、前記緊急回避が必要であるとの判定が行われた後、前記操舵操作部材の操作方向の反転が所定の時間間隔に亘ってなされない状態が得られるまでの間、前記判定後における前記操舵操作部材の操作方向の反転を伴う前記操舵操作部材の操作に基づいて前記緊急回避が必要であるとの判定がなされるべき条件が成立しても前記第1制御を実行しないように構成されることが好適である。
これによれば、例えば、所謂レーンチェンジを行うための操舵操作部材の操作が実行される場合(後述する図17を参照)、1回目の操舵操作については第1制御が実行され得、車両の横移動量が効果的に増大され得る。一方、2回目(或いは、3回目以降)の操舵反転操作については第1制御が実行されないから、第1制御の実行により車両の安定性が却って損なわれる事態の発生が防止される。即ち、上記構成によれば、レーンチェンジを行う際、1回目の操舵操作による車両の横移動量を増大させるとともに、その後の車両安定性を確保することができる。
また、上記本発明に係る前後力制御装置において、前記制御実行手段が、前記前後力調整機構を制御することでアンダーステア及びオーバーステアを抑制するために少なくとも1つの車輪の制動力を増加又は減少させる車両安定化制御をも実行するように構成されている場合、前記制御実行手段は、前記第1制御実行中においては前記車両安定化制御を実行しないように構成されることが好適である。
これによれば、第1制御と車両安定化制御とが重なる場合において、第1制御が優先される。この結果、第1制御により発生する左右輪の前後力差が車両安定化制御の実行に起因して小さくされて車両の横移動量が小さくなる事態の発生が抑制され得る。
また、上記のように、前記制御実行手段が車両安定化制御をも実行するように構成されている場合、前記制御実行手段は、前記第1制御、及び前記車両安定化制御におけるアンダーステアを抑制する制御が重なる場合、前記第1制御における制動力の前記調整量と前記アンダーステア抑制制御における制動力の調整量とのうちで大きい方に基づいて前記前後調整機構を制御して制動力を調整するように構成されてもよい。
第1制御、及び車両安定化制御におけるアンダーステアを抑制する制御は、左右輪の駆動力差を発生させることで操舵操作部材の操作方向(旋回方向)のヨーモーメントを発生させる点において共通する。従って、上記構成によれば、上記構成を採用しない場合に比して、車両の横移動量をより一層増大させることができる。
また、上記本発明に係る前後力制御装置においては、前記制御実行手段は、前記第1制御実行中において、前記車両の挙動を表す挙動指標値の増加速度が第1増加速度以上となった後前記第1増加速度よりも小さい第2増加速度以下となった場合、前記第1制御時間が経過していなくても前記第1制御を終了するように構成されることが好適である。この構成では、特に、路面摩擦係数が小さい路面(低μ路面)を車両が走行している場合が想定されている。
低μ路面上において第1制御が実行される場合、第1制御実行中(途中)において車両挙動指標値(ヨーレイト等)の増加速度が減少していく現象が発生し得る。この現象の発生は、第1制御をこれ以上継続しても、車両の横移動量を効果的に増大させることができないこと、並びに、車両の安定性を却って損なわせる可能性があることを意味する。従って、このような場合、第1制御時間が経過していなくても第1制御を直ちに終了することが好ましいと考えられる。上記構成は、係る知見に基づく。
また、上記本発明に係る前後力制御装置において、前記判定手段が、前記車両の運転者が操作する操舵操作部材の操作に基づいて前記緊急回避が必要か否かを判定するように構成されている場合、前記制御実行手段は、前記第1制御実行中において、前記車両の挙動を表す挙動指標値が前記操舵操作部材の操作量に対応して設定される所定値以上となった場合、前記第1制御時間が経過していなくても前記第1制御を終了するように構成されることが好適である。ここにおいて、前記所定値は、例えば、操舵操作部材の操作量及び車体速度から決定される挙動指標値の定常値等である。この構成では、特に、路面摩擦係数が大きい路面(高μ路面)を車両が走行している場合が想定されている。
高μ路面上において第1制御が実行される場合、第1制御実行中(途中)の段階にて車両挙動指標値(ヨーレイト等)が既に過大となる現象が発生し得る。この現象の発生は、第1制御をこれ以上継続すると車両の安定性を却って損なわせる可能性があることを意味する。従って、このような場合、第1制御時間が経過していなくても第1制御を直ちに終了することが好ましいと考えられる。上記構成は、係る知見に基づく。
また、上記本発明に係る前後力制御装置においては、前記緊急回避が必要であると判定された場合、前記車両の全車輪の制動方向の力の総和が前記パルス調整パターンに基づく前記第1制御実行中における前記車両の全車輪の制動方向の力の総和よりも小さくなるように少なくとも1つの車輪の制動力及び/又は駆動力を(前記第1、第2制御が実行されない場合の値に対して)増加又は減少させる第2制御についての前記制動力及び/又は駆動力の調整パターンである第2調整パターンを前記第1制御の開始前に決定する第2制御決定手段を備え、前記制御実行手段が、前記第1制御終了後に続けて前記決定された第2調整パターンに基づいて前記前後力調整機構を制御して前記第2制御を実行するように構成されることが好適である。
これによれば、第1制御の実行により車体スリップ角(従って、タイヤスリップ角)が確保された状態で第2制御が続けて実行される。第2制御では、第1制御に比して車両の全車輪の制動方向の力の総和が小さくされる。このことは、上記タイヤ限界状態でのコーナリングフォースが増加することを意味する。従って、車体スリップ角(従って、タイヤスリップ角)が確保された状態でコーナリングフォースが増加するから、車両の横移動量が更に増大し易くなって車両が障害物等を更に回避し易くなる。
更には、上記のように第1制御に続けて第2制御が実行される場合においては、前記緊急回避が必要であると判定された場合、前記一方側の全車輪の制動方向の力の和が前記一方側と反対側の全車輪の制動方向の力の和よりも小さくなるように少なくとも1つの車輪の制動力及び/又は駆動力を(前記第1〜第3制御が実行されない場合の値に対して)増加又は減少させる第3制御についての前記制動力及び/又は駆動力の調整パターンである第3調整パターンを前記第1制御の開始前に決定する第3制御決定手段を備え、前記制御実行手段が、前記第2制御終了後に続けて前記決定された第3調整パターンに基づいて前記前後力調整機構を制御して前記第3制御を実行するように構成されることが好適である。
これによれば、第2制御の実行によりコーナリングフォースが増大された後、第3制御が続けて実行される。第3制御では、第1制御とは逆に、左右輪の駆動力差に起因する前記一方側と反対側(操舵操作部材の操作方向(旋回方向)と反対方向)のヨーモーメントが車両に発生する。従って、車体スリップ角(従って、タイヤスリップ角)が過度に大きくなってコーナリングフォースが却って減少する事態の発生を抑制することができる。
以下、本発明による車両の前後力制御装置(緊急回避制御装置)の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
(構成)
図1は、本発明の実施形態に係る前後力制御装置(以下、「本装置」と称呼する。)を搭載した車両の概略構成を示している。本装置は、車両の動力源であるエンジンEGと、自動変速機TMと、ブレーキアクチュエータBRKと、電子制御ユニットECUとを備えている。
エンジンEGは、例えば、内燃機関である。即ち、運転者によるアクセルペダル(加速操作部材)APの操作に応じてスロットルアクチュエータTHによりスロットル弁TVの開度が調整される。スロットル弁TVの開度に応じて調整される吸入空気量に比例した量の燃料が燃料噴射アクチュエータFIにより噴射される。これにより、運転者によるアクセルペダルAPの操作に応じた出力トルクが得られるようになっている。
自動変速機TMは、複数の変速段を有する多段自動変速機、或いは、変速段を有さない無段自動変速機である。自動変速機TMは、エンジンEGの運転状態、及びシフトレバー(変速操作部材)SFの位置に応じて、減速比(EG出力軸(=TM入力軸)の回転速度/TM出力軸の回転速度)を自動的に(運転者によるシフトレバーSFの操作によることなく)変更可能となっている。
エンジンEGの出力トルクは、自動変速機TMを介して、駆動力(駆動トルク)として駆動輪に伝達されるようになっている。駆動輪は、前2輪WHfr,WHflであっても、後2輪WHrr,WHrlであっても、4輪WHfr,WHfl,WHrr,WHrlであってもよい。
ブレーキアクチュエータBRKは、複数の電磁弁、液圧ポンプ、モータ等を備えた周知の構成を有している。ブレーキアクチュエータBRKは、非制御時では、運転者によるブレーキペダル(制動操作部材)BPの操作に応じた制動圧力(ブレーキ液圧)を車輪WH**のホイールシリンダWC**にそれぞれ供給し、後述する種々の制御時では、ブレーキペダルBPの操作(制動操作)(及びアクセルペダルAPの操作(加速操作))とは独立してホイールシリンダWC**内の制動圧力を車輪毎に調整できるようになっている。車輪WH**の制動圧力は、車輪ブレーキを介して、制動力(制動トルク)として車輪WH**に伝達されるようになっている。
なお、各種記号等の末尾に付された「**」は、各種記号等が何れの車輪に関するものであるかを示す「fl」,「fr」等の包括表記であり、「fl」は左前輪、「fr」は右前輪、「rl」は左後輪、「rr」は右後輪を示している。例えば、ホイールシリンダWC**は、左前輪ホイールシリンダWCfl, 右前輪ホイールシリンダWCfr, 左後輪ホイールシリンダWCrl, 右後輪ホイールシリンダWCrrを包括的に示している。
本装置は、車輪WH**の車輪速度を検出する車輪速センサWS**と、ホイールシリンダWC**内の制動圧力を検出する制動圧力センサPW**と、ステアリングホイールSWの(中立位置からの)回転角度(操舵角)を検出する操舵角センサSAと、車体のヨーレイトを検出するヨーレイトセンサYRと、車体前後方向の加速度(減速度)を検出する前後加速度センサGXと、車体横方向の加速度を検出する横加速度センサGYと、エンジンEGの出力軸の回転速度を検出するエンジン回転速度センサNEと、アクセルペダルAPの操作量を検出する加速操作量センサASと、ブレーキペダルBPの操作量を検出する制動操作量センサBSと、シフトレバーSFの位置を検出するシフト位置センサHSと、スロットル弁TVの開度を検出するスロットル弁開度センサTSと、ブレーキアクチュエータBRK内のマスタシリンダ(図示せず)内の圧力を検出するMC圧センサPMと、を備えている。
電子制御ユニットECUは、パワートレイン系及びシャシー系を電子制御するマイクロコンピュータである。電子制御ユニットECUは、上述の各種アクチュエータ、上述の各種センサ、及び自動変速機TMと、電気的に接続され、又はネットワークで通信可能となっている。電子制御ユニットECUは、互いに通信バスCBで接続された複数の制御ユニット(ECU1〜ECU3)から構成される。
電子制御ユニットECU内のECU1は、車輪ブレーキ制御ユニットであり、車輪速度センサWS**、前後加速度センサGX、横加速度センサGY、ヨーレイトセンサYR、MC圧センサPM等からの信号に基づいてブレーキアクチュエータBRKを制御することで、アンダーステア及びオーバーステアを抑制する車両安定化制御(ESC制御)、アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)等の周知の制動圧力制御(車輪ブレーキ制御)を実行するようになっている。以下、ESC制御において、アンダーステア(オーバーステア)を抑制する制御を、「US抑制制御(OS抑制制御)」とも呼ぶ。
電子制御ユニットECU内のECU2は、エンジン制御ユニットであり、加速操作量センサAS等からの信号に基づいてスロットルアクチュエータTH及び燃料噴射アクチュエータFIを制御することでエンジンEGの出力トルク制御(エンジン制御)を実行するようになっている。
電子制御ユニットECU内のECU3は、自動変速機制御ユニットであり、シフト位置センサHS等からの信号に基づいて自動変速機TMを制御することで減速比制御(変速機制御)を実行するようになっている。
(障害物回避補助制御)
以下、機能ブロック図である図2を参照しながら、上記のように構成された本装置により実行される障害物回避補助制御の概略について説明する。この障害物回避補助制御には、第1制御、第2制御、第3制御が含まれているが、先ず、第1制御について説明する。
障害物回避補助制御の第1制御(以下、単に「第1制御」ともいう)とは、車両の運転者による緊急回避ステアリング操作をアシストして障害物等を回避し易くするために、運転者の加減速操作(AP,BPの操作)にかかわらず、ブレーキアクチュエータBRKの制御により左右輪の制動力(制動トルク)差(従って、左右輪の前後力差)を付与してステアリング操作方向(旋回方向、回避方向)のヨーモーメントを車両に発生させる制御である。
緊急回避判定手段B1では、運転者が障害物等を回避しようとしているか否かが判定される。具体的には、図3に示すように、例えば、操舵角センサSAから得られる操舵角が所定値以上であり且つ操舵角速度演算部SARから得られる操舵角速度が所定値以上であるとき、「運転者が障害物等を回避しようとしている」との判定(回避判定)がなされる(緊急回避ステアリング操作が検出される)。なお、図3において、車両挙動とは、例えば、ヨーレイト、横加速度等である。
また、回避判定は、操舵角速度が所定値以上であることのみをもって行われてもよいし、操舵角速度が所定値以上となる状態が所定時間に亘って継続したことをもって行われてもよい。更には、回避判定は、操舵角と操舵角速度の方向が一致している場合にのみ行われてもよい。
図2に示した例では、回避判定は、操舵角センサSAの出力に基づいているが、タイヤ角センサの出力、外部の制御装置から出力される操舵要求等の運転者の操舵意思を表す他の公知の手段に基づいて行われてもよい。また、この例では、操舵角速度が操舵角センサSAの出力に基づいて演算されているが、操舵角速度を直接観測するセンサの出力に基づいて操舵角速度が検出されてもよい。また、操舵角速度に代えて、操舵トルクの変化速度等の、車両を急激に横移動させようという運転者の意思を表す他の指標に基づいて回避判定がなされてもよい。
更には、この回避判定は、衝突防止制御、車両運動性向上制御等の車両の横移動量の増大を目的とする他の公知の制御の開始判定と置き換えてもよく、外部の制御装置による「障害物がある」との判定などと置き換えてもよい。また、レーダー、超音波センサ、画像センサ等の手段を用いて「障害物がある」との判定がなされた場合、回避判定に使用される、操舵角、操舵角速度等の「車両を急激に横移動させようという運転者の意思を表す指標」の閾値を小さくして、回避判定がなされ易くしてもよい。
また、回避判定がなされる時点までの車速、ヨーレイト等の車両挙動に基づいて、回避判定を行うか否かを決定してもよい。例えば、所定車速以下では回避判定を行わないようにしてもよいし、所定車速以上では、高速での安定性を重視するために回避判定を行わないようにしてもよい。以上、この緊急回避判定手段B1は、「車両の運転状態に基づいて車両の進行方向を左右の何れか一方側に急激に変更する緊急回避が必要か否かを判定する判定手段」に対応する。
回避補助制動力調整パターン決定手段B2では、上記回避判定がなされた場合、第1制御に必要なパルス調整パターン(図3を参照)が決定される。回避補助制動力調整パターン決定手段B2は、制御対象輪決定部B21と、第1制御時間決定部B22と、制動力調整量決定部B23とを備える。
制御対象輪決定部B21では、操舵角センサの出力を用いて旋回外輪と旋回内輪とが特定されるとともに、第1制御に基づく制動力調整要求(制動力増加要求又は制動力減少要求)がなされる車輪が決定される(詳細は後述)。以下、制動力調整要求がなされる車輪を「制動力調整対象輪」と呼び、特に、制動力増加(減少)要求がなされる車輪を、「制動力増加(減少)対象輪」と呼ぶ。旋回外輪と旋回内輪の特定は、操舵角センサSAの出力に代えて、横加速度センサGX、ヨーレイトセンサYR、車輪横力センサ(図示せず)等の出力を用いてなされてもよく、また、外部の制御装置からの出力を用いてなされてもよい。
第1制御時間決定部B22では、第1制御の実行時間(継続時間)である第1制御時間ts1(図3を参照)が決定される(詳細は後述)。第1制御時間ts1としては、0.5秒程度の極短時間が想定されていて、予め決定されている固定値が採用されてもよい。
制動力調整量決定部B23では、第1制御に基づく制動力調整量ΔF(図3を参照)が「制動力調整対象輪」について決定される(詳細は後述)。制動力調整量ΔFは、制動力増加対象輪については制動力増加量(正の値)であり、制動力減少対象輪については制動力減少量(負の値)である。制動力調整量ΔFとしては、例えば、アスファルト路面でのタイヤ限界状態に対応する制動力の半分程度の値が想定されていて、予め決定されている固定値が採用されてもよい。
このように、回避補助制動力調整パターン決定手段B2では、上記回避判定がなされた場合、パルス調整パターンが第1制御の開始前に決定され、制動力調整対象輪についての「幅をts1、深さをΔFとするパルス的な制動力調整要求」が出力される。以上、この回避補助制動力調整パターン決定手段B2は、前記第1制御決定手段に対応する。
目標制動力演算手段B3では、各輪の目標制動力(基本目標制動力)が演算される。具体的には、非制御時では、MC圧センサPMの出力を用いたブレーキペダル踏力に応じた目標制動力が演算される。ESC制御時では、ESC制御部B31にて、ESC制御に基づく目標制動力が演算される。ABS制御時では、ABS制御部B32にて、ABS制御に基づく目標制動力が演算される。また、障害物回避補助制御、ESC制御、ABS制御以外の周知の制御(例えば、制動力配分制御等)に基づく目標制動力が演算されてもよい。ESC制御等の制御時では、例えば、操舵角センサSA、ヨーレイトセンサYR、車輪速センサWS**等の出力を用いて目標制動力が演算される。
目標制動力調整手段B4では、目標制動力演算手段B3により演算された各輪の目標制動力(基本目標制動力)が、回避補助制動力調整パターン決定手段B2から出力される制動力調整要求を用いてそれぞれ調整されて、最終的な各輪の目標制動力が決定される。具体的には、制動力調整要求がない車輪については、最終的な目標制動力が、目標制動力演算手段B3から得られた目標制動力と等しい値に決定される。
一方、制動力調整要求がある車輪(=「制動力調整対象輪」)については、最終的な目標制動力が、目標制動力演算手段B3から得られた目標制動力に制動力調整量ΔFが加算された値に原則的に決定される(例外については後述)。これにより、制動力増加(減少)対象輪については、最終的な目標制動力が、目標制動力演算手段B3から得られた目標制動力に対してΔFの大きさ分だけ大きい(小さい)値に原則的に決定される(例外については後述)。
制動力発生手段B5では、各輪に作用する制動力が、目標制動力調整手段B4により決定された対応する最終的な目標制動力に一致するように、車輪ブレーキを用いて制御される。具体的には、車輪ブレーキが図1に示すように液圧ブレーキの場合には、図3に示すように、最終的な目標制動力に対応する目標圧力が演算されて、ホイールシリンダ内の制動圧力が目標圧力に一致するようにブレーキアクチュエータBRKが制御される。なお、車輪ブレーキとして、周知の電動ブレーキ、電気ブレーキ等が採用されてもよい。以上、目標制動力演算手段B3、目標制動力調整手段B4、及び制動力発生手段B5は、前記制御実行手段に対応する。
以上が、障害物回避補助制御の第1制御の概略である。以下、第1制御に基づくパルス調整パターン(制動力調整対象輪、第1制御時間ts1、制動力調整量ΔF)についての種々の実施例について説明する。
(第1実施例)
先ず、図4〜図7を参照しながら第1実施例について説明する。図4、及び図5に示すように、第1実施例では、1つ又は複数の制動力調整対象輪が全て制動力増加対象輪(図4の「H」を参照)となっている。この第1実施例では、非制動時(制動操作無+非制御時)も制動時(制動操作有、又は、制御時)も想定され得る。
図4(a)〜(d)に示すように、この場合、制動力増加対象輪として少なくとも1つの旋回内輪が含まれている。最も典型的な例としては、図4(b)に示すように、旋回内輪後輪のみの制動力が増加させられる場合が挙げられる。図4(a)〜(d)に示すように1つ又は複数の制動力増加対象輪の制動力が図5に示すようにパルス的に増加することで、旋回内輪の制動力の和が旋回外輪の制動力の和よりも大きくなる。
これにより、左右輪の前後力差に起因する旋回方向(旋回内輪方向)のヨーモーメントが車両に発生し、旋回方向への車体スリップ角(従って、タイヤスリップ角)が増大し易くなってコーナリングフォースが増大し易くなる。換言すれば、運転者のステアリング操作がアシストされる。この結果、旋回方向への車両の横移動量が増大し易くなって車両が障害物等を回避し易くなる。
図6は、非制動時(制動操作無+非制御時)において、操舵開始後、例えば、操舵角速度が所定値に達した時点(破線を参照)から、第1実施例に対応する第1制御が実行された場合における旋回内輪(=制動力増加対象輪)、及び旋回外輪(=非制御対象輪)の目標制動力の変化の一例を示す。また、図7は、制動時(制動操作有、又は、制御時)における図6に対応する図である。
図7に示すように、制動時において第1制御が実行される場合を考える。この場合において、制動力増加対象輪の制動力の増加によりその車輪についてABS制御条件が成立する場合、その車輪についてABS制御、若しくはABS制御と等価な制御が行われることが好適である。
このように、制動力増加対象輪の制動力の増加によりその車輪についてABS制御が開始される場合、その車輪の制動力の実際の増加量は、制動力増加量ΔFの一部となる。この場合、上記制動力増加対象輪以外の車輪を制動力減少対象輪に設定して、この制動力減少対象輪について制動力増加量ΔFのうちで制動力が増加しなかった分と等しい大きさの制動力減少量だけ制動力を減少させてもよい。その際、制動力減少対象輪を予め設定しておいてもよく、また、制動力増加対象輪以外の全ての車輪を制動力減少対象輪に設定してもよい。また、複数の車輪が制動力減少対象輪に設定される場合、各制動力減少対象輪に対して制動力減少量が、均等に配分されてもよいし、所定の比率をもって配分されてもよい。
第1実施例において、ABS制御、若しくはABS制御と等価な制御が正常に動作することを前提として、制動力増加量ΔFは、車輪の制動状態が限界制動状態(=タイヤ限界状態)となる程度に大きい値に設定されてもよい。また、全輪についてABS制御実行中である場合、第1実施例のように制動力増加対象輪のみが設定された第1制御が行われないようにするとよい。
また、操舵角が所定舵角以下の場合、回避判定が行われない(従って、第1制御が開始されない)ようにしてもよく、更には、第1制御中において操舵角が所定舵角以下となった場合、第1制御時間ts1が経過していなくても第1制御を終了するようにしてもよい。
また、第1制御終了時では、制動力の急変により車両が不安定となることを抑制するため、目標制動力の変化速度を所定速度以下に制限するなどの制動力急変抑制手段が採用されてもよい。また、図4に示したような制動力増加対象輪の選択は、第1制御の開始前における運転者によるステアリング操作、又は他の制御からの要求を考慮してなされてもよい。
(第2実施例)
次に、図8〜図11を参照しながら第2実施例について説明する。図8、及び図9に示すように、第2実施例では、1つ又は複数の制動力調整対象輪が全て制動力減少対象輪(図8の「L」を参照)となっている。この第2実施例では、ABS制御非実行中における制動時(制動操作有、又は、制御時)が想定され得、非制動時(制動操作無+非制御時)は想定されない。
図8(a)〜(g)に示すように、この場合、制動力減少対象輪として少なくとも1つの旋回外輪が含まれている。最も典型的な例としては、図8(b)に示すように、旋回外輪前輪のみの制動力が減少させられる場合が挙げられる。図8(a)〜(g)に示すように1つ又は複数の制動力減少対象輪の制動力が図9に示すようにパルス的に減少することで、旋回内輪の制動力の和が旋回外輪の制動力の和よりも大きくなる。
これにより、左右輪の前後力差に起因する旋回方向(旋回内輪方向)のヨーモーメントが車両に発生し、上記第1実施例と同様の作用・効果が発揮される。加えて、制動力減少対象輪の制動力の減少によりその車輪の前後力が減少することに起因して、その車輪がタイヤ限界状態にある場合におけるコーナリングフォースが増加する。このことによっても、車両の横移動量が増大し易くなって車両が障害物等を回避し易くなる。
図10は、ABS制御非実行中における制動時(制動操作有、又は制御時)において、操舵開始後、例えば、操舵角速度が所定値に達した時点(破線を参照)から、第2実施例に対応する第1制御が実行された場合における旋回内輪(=非制御対象輪)、及び旋回外輪(=制動力減少対象輪)の目標制動力の変化の一例を示す。図10では、制動力減少量ΔFの大きさが第1制御開始直前での目標制動力と等しい(或いは、後述のように目標制動力よりも大きい)ことで、第1制御中(第1制御時間ts1内)において旋回外輪の目標制動力が「0」になる場合が示されている。これに対し、図11は、制動力減少量ΔFの大きさが第1制御開始直前での目標制動力よりも小さいことで、第1制御中(第1制御時間ts1内)において旋回外輪の目標制動力が「0」よりも大きい値に維持される場合が示されている。
第2実施例において、制動力減少対象輪の第1制御中での目標制動力が負の値となる場合を考える。この場合、第1制御中での目標制動力を「0」(非制動状態に対応)に設定してもよい。或いは、車輪毎に独立して駆動力が調整され得る場合においては、前記負の値の大きさと等しい大きさの駆動力をその制動力減少対象輪に作用させてもよい。
また、このように制動力減少対象輪の第1制御中での目標制動力が負の値となる場合、目標制動力の値を維持したとしてもその車輪の実際の制動力は「0」となる。即ち、その車輪の制動力の実際の減少量は、制動力減少量ΔFの大きさの一部となる。この場合、上記制動力減少対象輪以外の車輪(=非制御対象輪)を制動力増加対象輪に設定して、この制動力増加対象輪について制動力減少量ΔFの大きさのうちで制動力が減少しなかった分と等しい大きさの制動力増加量だけ制動力を増加させてもよい。その際、制動力増加対象輪を予め設定しておいてもよく、また、制動力減少対象輪以外の全ての車輪を制動力増加対象輪に設定してもよい。また、複数の車輪が制動力増加対象輪に設定される場合、各制動力増加対象輪に対して制動力増加量が、均等に配分されてもよいし、所定の比率をもって配分されてもよい。
第2実施例において、制動力減少量ΔFは、制動力減少対象輪の制動力が「0」になるように(非制動状態に対応)設定されてもよい。
(第3実施例)
次に、図12及び図13を参照しながら第3実施例について説明する。この図12及び図13はそれぞれ、上述の図10及び図11に対応する。即ち、図12では、制動力減少量ΔFの大きさが第1制御開始直前でのABS制御中での目標制動力と等しい(或いは、後述のように目標制動力よりも大きい)ことで、第1制御中(第1制御時間ts1内)において旋回外輪の目標制動力が「0」になる場合が示されている。これに対し、図13は、制動力減少量ΔFの大きさが第1制御開始直前でのABS制御中での目標制動力よりも小さいことで、第1制御中(第1制御時間ts1内)において旋回外輪の目標制動力が「0」よりも大きい値に維持される場合が示されている。
この図12及び図13と、上述の図10及び図11との比較から理解できるように、第3実施例は、ABS制御実行中において第1制御が開始される点を除いて上記第2実施例と同じである。即ち、図8及び図9に示す内容はこの第3実施例にも適用される。上記第2実施例と同様、第3実施例でも、左右輪の前後力差に起因する旋回方向(旋回内輪方向)のヨーモーメントの作用、並びに、制動力減少対象輪の制動力の減少によるコーナリングフォースの増加に起因して、車両の横移動量が増大し易くなり、車両が障害物等を回避し易くなる。
上記第2実施例と同様、第3実施例でも、制動力減少対象輪の第1制御中での目標制動力が負の値となる場合、第1制御中での目標制動力を「0」(非制動状態に対応)に設定してもよい。或いは、車輪毎に独立して駆動力が調整され得る場合においては、前記負の値の大きさと等しい大きさの駆動力をその制動力減少対象輪に作用させてもよい。
また、第3実施例において、制動力減少量ΔFは、制動力減少対象輪の制動力が「0」になるように(非制動状態に対応)設定されてもよい。
(第4実施例)
次に、図14及び図15を参照しながら第4実施例について説明する。図14に示すように、第4実施例では、制動力調整対象輪として、1つ又は複数の制動力増加対象輪(図14の「H」を参照)と、1つ又は複数の制動力減少対象輪(図14の「L」を参照)とが混在している。この第4実施例では、上記第2実施例と同様、ABS制御非実行中における制動時(制動操作有、又は、制御時)が想定され得、非制動時(制動操作無+非制御時)は想定されない。
図14(a)〜(h)に示すように、この場合、制動力増加対象輪として少なくとも1つの旋回内輪が含まれ、制動力減少対象輪として少なくとも1つの旋回外輪が含まれている。最も典型的な例としては、図14(g)に示すように、旋回内輪後輪のみの制動力が増加させられ且つ旋回外輪前輪のみの制動力が減少させられる場合が挙げられる。図14(a)〜(h)に示すように、1つ又は複数の制動力増加対象輪の制動力がパルス的に増加し且つ1つ又は複数の制動力減少対象輪の制動力がパルス的に減少することで、旋回内輪の制動力の和が旋回外輪の制動力の和よりも大きくなる。
これにより、第4実施例では、上記第1、第2実施例の作用・効果が共に発揮され得、左右輪の前後力差に起因する旋回方向(旋回内輪方向)のヨーモーメントの作用、並びに、制動力減少対象輪の制動力の減少によるコーナリングフォースの増加に起因して、車両の横移動量が増大し易くなり、車両が障害物等を回避し易くなる。
図15は、ABS制御非実行中における制動時(制動操作有、又は制御時)において、操舵開始後、例えば、操舵角速度が所定値に達した時点(破線を参照)から、第4実施例に対応する第1制御が実行された場合における旋回内輪(=制動力増加対象輪)、及び旋回外輪(=制動力減少対象輪)の目標制動力の変化の一例を示す。図15では、制動力増加量及び制動力減少量の大きさが等しい場合が示されているが、制動力増加量及び制動力減少量の大きさが所定の比率をもって設定されてもよい。
第4実施例でも、上記第2実施例と同様、制動力減少対象輪の第1制御中での目標制動力が負の値となる場合、第1制御中での目標制動力を「0」(非制動状態に対応)に設定してもよい。或いは、車輪毎に独立して駆動力が調整され得る場合においては、前記負の値の大きさと等しい大きさの駆動力をその制動力減少対象輪に作用させてもよい。
また、このように制動力減少対象輪の目標制動力が負の値となる場合においてその車輪の実際の制動力が「0」となる場合、上記制動力減少対象輪以外の非制御対象輪を新たに制動力増加対象輪に設定して、この新たな制動力増加対象輪について制動力減少量ΔFの大きさのうちで制動力が減少しなかった分と等しい大きさの制動力増加量だけ制動力を増加させてもよい。或いは、既に制動力増加対象輪となっている車輪について制動力増加量ΔFを、上記「制動力が減少しなかった分」と等しい大きさだけ大きくしてもよい。その際、このように制動力を増加させる車輪を予め設定しておいてもよい。
第4実施例においても、第1実施例と同様、制動力増加対象輪の制動力の増加によりその車輪についてABS制御条件が成立する場合、その車輪についてABS制御、若しくはABS制御と等価な制御が行われることが好適である。
このように、制動力増加対象輪の制動力の増加によりその車輪についてABS制御が開始される場合、その車輪の制動力の実際の増加量は、制動力増加量ΔFの一部となる。この場合、上記制動力増加対象輪以外の非制御対象輪を新たに制動力減少対象輪に設定して、この新たな制動力減少対象輪について制動力増加量ΔFのうちで制動力が増加しなかった分と等しい大きさの制動力減少量だけ制動力を減少させてもよい。或いは、既に制動力減少対象輪となっている車輪について制動力減少量ΔFの大きさを、上記「制動力が増加しなかった分」と等しい大きさだけ大きくしてもよい。その際、このように制動力を減少させる車輪を予め設定しておいてもよい。
第4実施例においても、第1実施例と同様、ABS制御、若しくはABS制御と等価な制御が正常に動作することを前提として、制動力増加対象輪の制動力増加量ΔFは、車輪の制動状態が限界制動状態(=タイヤ限界状態)となる程度に大きい値に設定されてもよい。また、第4実施例において、第2実施例と同様、制動力減少対象輪の制動力減少量ΔFは、制動力減少対象輪の制動力が「0」になるように(非制動状態に対応)設定されてもよい。或いは、これらの両方が採用されてもよい。
(第5実施例)
次に、図16を参照しながら第5実施例について説明する。第5実施例は、第1制御の終了時期に関するものである。図16では、運転者による緊急回避ステアリング操作(操舵開始からの極短期間だけ操舵角が増加しその後操舵角が一定となる操舵操作)により第1制御が開始・実行される場合において、実際の車両挙動(図16において太い実線を参照)が、操舵角及び車速等から得られる車両挙動(舵角による目標車両挙動、図16において細い実線を参照)の定常値に達する時期(点Aを参照)よりも前に第1制御が終了するように、第1制御時間ts1が設定されている例が示されている。換言すれば、実際の車両挙動が「舵角による目標車両挙動」に達する時期とは無関係に、第1制御の終了時期が(第1制御の開始前に)決定される。
このように、第1制御時間ts1(従って、第1制御の実行時間)を極力短くすることで、車両の安定性を損なうことなくコーナリングフォースを速やかに増大させるための適切なきっかけを作り出すことができる。加えて、実際の車両挙動が「舵角による目標車両挙動」の定常値に達する時期(点Aに対応)まで比較的長い間に亘って第1制御を継続することで車両の安定性が却って損なわれるという事態の発生を確実に防止することができる。
なお、運転者による緊急回避ステアリング操作、及び車両の運転状態等によっては、実際の車両挙動が「舵角による目標車両挙動」の定常値に達する時期(点Aに対応)以降まで第1制御が継続される場合が発生し得ることはいうまでもない。
(第6実施例)
次に、図17を参照しながら第6実施例について説明する。図17に示すように、第6実施例では、レーンチェンジ等の場合のように、先ず左右の一方向へ第1操舵が行われたことで回避判定がなされて第1制御が実行され、第1操舵から所定の短い時間間隔が経過しない間に左右の他方向へ第2操舵(反転操舵)が行われる場合が想定されている。この場合、第6実施例では、第2操舵に起因して回避判定が再びなされるべき条件が成立しても第2操舵については第1制御が実行されない。
第2操舵が行われた後においても、新たな反転操舵が前記所定の時間間隔に亘ってなされない状態(或いは、所定の時間間隔に亘って直進状態が継続する状態)が得られるまでの間、新たな反転操舵(第3操舵以降の反転操舵)に起因して回避判定が再びなされるべき条件が成立しても、第1制御が実行されない。
これによれば、例えば、図17に示すようにレーンチェンジを行うためのステアリング操作がなされる場合、第1操舵については第1制御が実行されて、車両の横移動量が効果的に増大され得る。一方、第2操舵以降(第2操舵を含む)の反転操舵については第1制御が実行されないから、第1制御の実行により車両の安定性が却って損なわれる事態の発生が防止される。換言すれば、レーンチェンジ等が行われる際、第1操舵による車両の横移動量を増大させるとともに、その後の車両安定性を確保することができる。
ここで、第1操舵か、第2操舵以降の反転操舵かの識別は、緊急回避判定手段B1(図2を参照)で行われてもよいし、図2に示したその他の手段(例えば、回避補助制動力調整パターン決定手段B2、目標制動力調整手段B4等)で行われてもよい。また、この識別は、外部の制御装置により実行される判定結果を利用して行われてもよい。また、この識別は、ヨーレイト、横加速度等の反転に基づいて行われてもよいし、GPSからの車両位置情報から取得され得る車両軌跡に基づいて行われてもよい。
「第2操舵以降(第2操舵を含む)の反転操舵については第1制御が実行されない」構成は、緊急回避判定手段B1において「回避判定」を行わないことで達成してもよいし、緊急回避判定手段B1による回避判定が行われていても回避補助制動力調整パターン決定手段B2において制動力調整要求を出力しないことで達成してもよい。更には、回避補助制動力調整パターン決定手段B2による制動力調整要求が出力されていても目標制動力調整手段B4においてこの制動力調整要求を受け入れないことで達成してもよい。
第2操舵以降の反転操舵については、第1制御を実行しないことに加え、ESC制御を実行するようにしてもよい。また、第1操舵に起因して車体スリップ角(従って、タイヤスリップ角)、車輪の横力等が所定値以上となって、車両が限界旋回状態(上述のタイヤ限界に対応し、車輪の横力が飽和している状態)に近い状態にある場合、或いは車両が不安定になる可能性がある場合、第1操舵についても第1制御を実行しないようにしてもよい。
また、第1操舵について実行された第1制御に起因する車両挙動(ヨーレイト等)が予め設定された規定値に達しない場合、第2操舵以降(第2操舵を含む)の反転操舵について第1制御を実行しても車両の安定性が損なわれる可能性が低いと考えられる。この場合、第2操舵以降(第2操舵を含む)の反転操舵について回避判定がなされるべき条件が成立した場合、この回避判定がなされるべき条件が成立したことの原因となった反転操舵を第1操舵と再認識して、その後において上述の第6実施例と同じ処理を行ってもよい。
(第7実施例)
次に、図18を参照しながら第7実施例について説明する。図18に示すように、第7実施例では、第1制御とESC制御とが重なる場合が想定されている。なお、以下、ESC制御により要求される制動力調整量(ESC要求値)と、上述した第1制御により要求される制動力調整量ΔFとを総称して「制御要求値」とも呼ぶ。また、制御要求値が「0」であることは制動力調整要求がないことを表し、制御要求値が「0」以外であることは制動力調整要求があることを表す。
第7実施例では、図18に示すように、第1制御についての制動力調整対象輪(図18では、制動力増加対象輪)に対して制動力調整要求がなされている間(即ち、ΔF≠0となる第1制御時間ts1の間)、ESC制御についての制動力調整要求がなされるべき条件が成立しても(ESC要求値が「0」以外となるべき場合であっても)、ESC制御が実行されない。第1制御終了後もESC制御についての制動力調整要求がなされるべき条件が成立している場合には、第1制御終了直後から直ちにESC制御が開始・実行される。
換言すれば、第1制御とESC制御とが重なる場合において、第1制御が優先される。この結果、第1制御により発生する左右輪の前後力差がESC制御の実行に起因して小さくされて車両の横移動量が小さくなる事態の発生が抑制され得る。
「ESC制御についての制動力調整要求がなされるべき条件が成立してもESC制御が実行されない」構成は、第1制御実行中(即ち、第1制御時間ts1の間)では目標制動力演算手段B3(図2を参照)においてESC制御についての制動力調整要求を行わないことで達成してもよいし、目標制動力演算手段B3においてESC制御についての制動力調整要求が行われていても目標制動力調整手段B4においてESC要求値分を除いて最終的な目標制動力を決定することで達成してもよい。
また、第1制御時間ts1を前半部と後半部とに分けて扱い、前半部ではESC制御におけるOS抑制制御及びUS抑制制御が共に実行されないようにして車両の横移動量を確実に確保し、後半部ではOS抑制制御のみが実行されない(即ち、US抑制制御は許可される)ようにして車体スリップ角をより確実に増加し易くしてもよい。また、図19に示すように、第1制御時間ts1の間に亘って、ESC制御におけるOS抑制制御のみが実行されない(即ち、US抑制制御は許可される)ようにしてもよい。
また、図18、図19に示すように、第1制御終了直後からESC制御等の他の制御に移行する際、制動力要求値の変化速度(変化勾配)に制限を設けて制動力が急変しないようにしてもよい。
(第8実施例)
次に、図20を参照しながら第8実施例について説明する。図20に示すように、第8実施例では、第1制御とESC制御におけるUS抑制制御とが重なる場合が想定されている。第8実施例では、図20に示すように、第1制御についての制動力調整対象輪(図18では、制動力増加対象輪)に対して制動力調整要求がなされている間(即ち、ΔF≠0となる第1制御時間ts1の間)において、US抑制制御についての制動力調整要求がなされるべき条件が成立している場合(US抑制制御要求値が「0」以外となるべき場合)、第1制御による制動力調整量ΔFとUS抑制制御によるUS抑制制御要求値とのうちで大きい方の制御要求値が選択され、この大きい方の制御要求値に基づいて制動力が調整される。
この第8実施例は、第1制御、及びUS抑制制御が、左右輪の駆動力差を発生させてステアリング操作方向(旋回方向)のヨーモーメントを発生させる点において共通することに基づく。この第8実施形態によれば、上記第7実施例(第1制御とUS抑制制御とが重なる場合においてUS抑制制御が実行されない(第1制御が優先される))に比して、車両の横移動量をより一層増大させることができる。
この第8実施例は、車輪毎に、第1制御による制動力調整量ΔFとUS抑制制御によるUS抑制制御要求値とのうちで大きい方の制御要求値に基づいて制動力を調整することで実行されてもよいし、第1制御とUS抑制制御のうちで各輪の制御要求値から換算される左右輪の前後力差(又はヨーモーメント)が大きい方の制御に基づいて制動力を調整することで実行されてもよい。
また、第1制御とUS抑制制御のうちでUS抑制制御の方が各輪の制御要求値から換算される左右輪の前後力差(又はヨーモーメント)が大きい場合、第1制御実行中(第1制御時間ts1の途中)であっても第1制御を直ちに終了してUS抑制制御のみを実行するようにしてもよい。また、全ての車輪についてUS抑制制御によるUS抑制制御要求値が第1制御による制動力調整量ΔFよりも大きい場合も、第1制御実行中(第1制御時間ts1の途中)であっても第1制御を直ちに終了してUS抑制制御のみを実行するようにしてもよい。
(第9実施例)
次に、図21を参照しながら第9実施例について説明する。図21に示すように、第9実施例では、第1制御実行中(第1制御時間ts1の途中)において車両挙動指標値(ヨーレイト等)の増加速度が減少していく現象が発生する場合が想定されている。この現象は、特に、路面摩擦係数が小さい路面(低μ路面)等を車両が走行している場合に発生し易い。なお、通常のアスファルト路面上等では、第1制御が実行される極短期間(第1制御時間ts1の間)に亘って車両挙動指標値の増加速度が終始増加していくのが通常であり、第1制御時間ts1の途中において車両挙動指標値の増加速度が増加から減少に転じる現象は発生し難い。
第9実施例では、第1制御中において、車両挙動指標値(ヨーレイト等)の増加速度が第1増加速度以上となった後第2増加速度(<第1増加速度)以下となった場合、第1制御時間ts1が経過していなくても第1制御が終了する。
低μ路面上において第1制御が実行される場合等、第1制御実行中(途中)において車両挙動指標値(ヨーレイト等)の増加速度が減少していくことは、第1制御をこれ以上継続しても、車両の横移動量を効果的に増大させることができないこと、並びに、車両の安定性を却って損なわせる可能性があることを意味する。従って、このような場合、第1制御時間ts1が経過していなくても第1制御を直ちに終了することが好ましいと考えられる。第9実施例は、係る知見に基づく。
「第1制御中において、車両挙動指標値の増加速度が第1増加速度以上となった後第2増加速度以下となったこと」の検出は、緊急回避判定手段B1(図2を参照)で行われてもよいし、図2に示したその他の手段(例えば、回避補助制動力調整パターン決定手段B2、目標制動力調整手段B4等)で行われてもよい。また、この検出は、外部の制御装置により実行される判定結果を利用して行われてもよい。
上記検出に伴って「第1制御時間ts1が経過していなくても第1制御を直ちに終了する」構成は、回避補助制動力調整パターン決定手段B2において上記検出がなされた後において制動力調整要求を出力しないことで達成してもよい。更には、上記検出がなされた後において、回避補助制動力調整パターン決定手段B2による制動力調整要求が出力されていても目標制動力調整手段B4においてこの制動力調整要求を受け入れないことで達成してもよい。
(第10実施例)
次に、図22を参照しながら第10実施例について説明する。図22に示すように、第10実施例では、第1制御実行中(第1制御時間ts1の途中)において車両挙動指標値(ヨーレイト等)が操舵角及び車速等から得られる車両挙動(舵角による目標車両挙動、図22において細い実線を参照、図16に示すものと同じ)以上となる場合(点Aを参照)が想定されている。この現象は、特に、路面摩擦係数が大きい路面(高μ路面)等を車両が走行している場合に発生し易い。なお、通常のアスファルト路面上等では、第1制御が実行される極短期間(第1制御時間ts1)の経過後に車両挙動指標値が舵角による目標車両挙動に達するのが通常であり、第1制御時間ts1の途中において車両挙動指標値が舵角による目標車両挙動に達する現象は発生し難い。
第10実施例では、第1制御中において、車両挙動指標値(ヨーレイト等)が舵角による目標車両挙動以上となった場合、第1制御時間ts1が経過していなくても第1制御が終了する。
高μ路面上において第1制御が実行される場合等、第1制御実行中(途中)の段階にて車両挙動指標値(ヨーレイト等)が既に過大となる現象が発生することは、第1制御をこれ以上継続すると車両の安定性を却って損なわせる可能性があることを意味する。従って、このような場合、第1制御時間ts1が経過していなくても第1制御を直ちに終了することが好ましいと考えられる。第10実施例は、係る知見に基づく。
「第1制御中において、車両挙動指標値が舵角による目標車両挙動以上となったこと」の検出は、緊急回避判定手段B1(図2を参照)で行われてもよいし、図2に示したその他の手段(例えば、回避補助制動力調整パターン決定手段B2、目標制動力調整手段B4等)で行われてもよい。また、この検出は、外部の制御装置により実行される判定結果を利用して行われてもよい。
上記検出に伴って「第1制御時間ts1が経過していなくても第1制御を直ちに終了する」構成は、回避補助制動力調整パターン決定手段B2において上記検出がなされた後において制動力調整要求を出力しないことで達成してもよい。更には、上記検出がなされた後において、回避補助制動力調整パターン決定手段B2による制動力調整要求が出力されていても目標制動力調整手段B4においてこの制動力調整要求を受け入れないことで達成してもよい。
また、第10実施例では、「第1制御中において、車両挙動指標値が舵角による目標車両挙動以上となったこと」により「車両の安定性を却って損なわせる可能性があること」を検出しているが、例えば、「車両挙動指標値の増加速度、車両挙動指標値の増加方向の加速度が所定値以上となったこと」により「車両の安定性を却って損なわせる可能性があること」を検出してもよい。
(第11実施例)
次に、図23を参照しながら第11実施例について説明する。図23に示すように、第11実施例は、制動力調整量決定部B23での第1制御の制動力調整量ΔFの具体的な決定方法に関するものである。図23に示すように、第11実施例では、制動力調整量ΔFが、第1制御の開始前の時点、具体的には、例えば、操舵開始時点、回避判定がなされた時点等における、運転者によるステアリング操作に係わる値、及び車両挙動指標値に基づいて決定される。
第11実施例では、先ず、操舵角速度に基づいて制動力調整量の基準値ΔFbaseが決定され、この基準値ΔFbaseが、操舵角、ヨーレイト等に基づいて決定される種々の補正値(補正係数)に基づいて(乗算)補正されることで制動力調整量ΔFが決定される。
より具体的には、基準値ΔFbaseの大きさは、操舵角速度が大きいほどより大きい値に決定される。これは、操舵角速度が大きいほど運転者の障害物回避についての意思が強いと思われるため車両の横移動量をより大きくする必要があることに基づく。
操舵角が大きいほど補正値G1がより大きい値に決定されることで制動力調整量ΔFの大きさがより大きい値に決定される。これは、操舵角が大きいほど運転者の障害物回避についての意思が強いと思われるため車両の横移動量をより大きくする必要があることに基づく。
ヨーレイト、横加速度が大きいほど補正値G2,G4がより小さい値に決定されることで制動力調整量ΔFの大きさがより小さい値に決定される。これは、以下の理由に基づく。即ち、第1制御開始前においてヨーレイト、横加速度が大きいことは、第1制御開始前において既に車両が旋回していることを意味する。ここで、旋回中におけるヨーレイト、横加速度が大きいことは、第1制御により更にヨーモーメントを増加させる余裕が少ないことを意味する。従って、車両の安定性を確保するため、ヨーレイト、横加速度が大きいほど制動力調整量ΔFの大きさがより小さい値に決定される。
車速が大きいほど補正値G3がより小さい値に決定されることで制動力調整量ΔFの大きさがより小さい値に決定される。これは、車速が大きいほどヨーモーメントの付与により車両が不安定になり易いことに基づく。
車両の減速度が大きいほど補正値G5がより小さい値に決定されることで制動力調整量ΔFの大きさがより小さい値に決定される。補正値G5は、制動力減少量ΔFについてのみ適用される(制動力増加量ΔFについては適用されない)。これは、以下の理由に基づく。即ち、第1制御開始前における車両の減速度が大きいほど、車速の低下度合いが大きいことから障害物の回避が達成し易くなる。従って、減速度が大きい場合、制動力減少要求により減速度を敢えて小さくしてヨーモーメント付与により車両の横移動量を大きくする必要性が低い。これに代えて、大きい減速度を維持することで障害物を回避し易い状態を継続することが好ましいとも考えられる。以上より、車両の減速度を確保するため、車両の減速度が大きいほど制動力調整量ΔFの大きさがより小さい値に決定される。
第11実施例によれば、第1制御開始前における運転者の意思及び車両挙動に応じて適切に制動力調整量ΔFが設定され得る。この結果、コーナリングフォースを速やかに増大させるためのきっかけを第1制御開始前における運転者の意思及び車両挙動に応じて適切に作り出すことができる。
制動力調整量ΔFの決定の際し、図23に示した基準値ΔFbase、並びに補正値G1〜G5を決定するための種々のテーブルのうち一部のみが使用されてもよい。基準値ΔFbaseを決定するためのテーブルが使用されない場合、基準値ΔFbaseを、操舵角速度が予め決められた所定値である場合に対応する固定値(一定値)としてもよい。
制動力調整量ΔFの決定に使用される操舵角速度、操舵角、ヨーレイト等の各種物理量は、対応するセンサの出力から取得・演算してもよいし、外部の制御装置から取得してもよい。また、操舵角速度及び操舵角として、外部の制御装置にて要求される(制御目標とされる)要求操舵角速度及び要求操舵角が使用されてもよいし、外部の制御装置にて要求される(制御目標とされる)ヨーレイト等から逆算して得られる操舵角速度及び操舵角が使用されてもよい。
また、図23に示す各種物理量は、物理的に等価な(同等の)物理量に置き換えてもよい。例えば、横加速度はタイヤの横力に置き換えられ得、減速度はタイヤ前後力と置き換えられ得る。また、基準値ΔFbaseが、操舵角、ヨーレイト等に基づいて決定される種々の補正値に基づいて加算補正されることで制動力調整量ΔFが決定されてもよい。
(第12実施例)
次に、図24を参照しながら第12実施例について説明する。図24に示すように、第12実施例は、第1制御時間決定部B22での第1制御の第1制御時間ts1の具体的な決定方法に関するものである。図24は図23に対応していて、図24に示すように、第12実施例では、第1制御時間ts1が、第1制御の開始前の時点、具体的には、例えば、操舵開始時点、回避判定がなされた時点等における、運転者によるステアリング操作に係わる値、及び車両挙動指標値に基づいて決定される。
第11実施例と同様、第12実施例でも、先ず、操舵角速度に基づいて第1制御時間の基準値tsbaseが決定され、この基準値tsbaseが、操舵角、ヨーレイト等に基づいて決定される種々の補正値(補正係数)に基づいて(乗算)補正されることで第1制御時間ts1が決定される。
図24に示した基準値tsbaseの決定、並びに補正値G1〜G5の決定については、図23に示した基準値ΔFbaseの決定、並びに補正値G1〜G5の決定と同様であるから、それらの詳細な説明を省略する。制動力調整量ΔFと同様、第1制御時間ts1は、操舵角速度が大きいほど、操舵角が大きいほど、ヨーレイト、横加速度が小さいほど、車速が小さいほど、並びに、車両の減速度が小さいほど、より大きい値に決定される。また、基準値tsbaseが、操舵角、ヨーレイト等に基づいて決定される種々の補正値に基づいて加算補正されることで第1制御時間ts1が決定されてもよい。
(第13実施例)
次に、図25、図26を参照しながら、第13実施例において、上述した障害物回避補助制御の「第1制御」の終了後に続けて実行される、障害物回避補助制御の「第2制御」(以下、単に「第2制御」ともいう)について説明する。
第2制御とは、第1制御の実行により車体スリップ角(従って、タイヤスリップ角)が確保された状態において、タイヤ限界状態でのコーナリングフォースを増加させる制御である。具体的には、第2制御では、車両の全車輪の制動力(従って、前後力)の総和が第1制御実行中における全車輪の制動力(従って、前後力)の総和よりも小さくなるように各車輪の制動力がパルス的に調整される。タイヤ限界状態では、車輪の前後力が小さいほど車輪の横力が大きくなる。従って、第2制御中では、第1制御中に比して、上記タイヤ限界状態での車両全体としてのコーナリングフォースが増加する。この結果、車両の横移動量が更に増大し易くなって車両が障害物等を更に回避し易くなる。
図25では、制動時(制動操作有、又は、制御時)において、第1制御として、少なくとも1つの旋回外輪の制動力のみが減少させられ、第2制御として、第1制御に加えて更に旋回内輪の制動力(及び旋回外輪の制動力)が減少させられる場合が示されている。これにより、第2制御中において、車両の全車輪の制動力(従って、前後力)の総和が第1制御実行中に比して小さくなる。
図26は、ABS制御非実行中における制動時(制動操作有、又は制御時)において、操舵開始後、例えば、操舵角速度が所定値に達した時点(破線を参照)から、図25に示したパターンの何れかをもって、上述の第1制御時間ts1だけ第1制御が実行され、第1制御の終了後に続けて第2制御時間ts2だけ第2制御が実行された場合における、旋回内輪、及び旋回外輪の目標制動力の変化の一例を示す。このように、第1制御に続けて第2制御が実行される場合、第1、第2制御時間ts1,ts2は、例えば、レーンチェンジ等において車両の横移動量が4.5m程度であることを想定して、共に0.5秒程度に設定され得る。
図25、図26では、上述の第2、第3実施例のように第1制御において制動力を減少させる場合についてのみ示されているが、上述の第1実施例のように第1制御において制動力を増加させる場合、上述の第4実施例のように第1制御において制動力を増減させる場合についても、第2制御において少なくとも1つの車輪の制動力を第1制御時に比して相対的に減少させることで第2制御を達成することができる。
また、図25では、第1、第2制御において制動力の調整量(具体的には、制動力の減少量)が同じ場合が示されているが、第1、第2制御において、同じ車輪について、制動力の調整量(制動力の増減量)が異なっていてもよい。同様に、第1、第2制御の各々において、異なる車輪について制動力調整量が異なっていてもよい。
(第14実施例)
次に、図27を参照しながら、第14実施例において、上述した障害物回避補助制御の「第1制御」の終了後に続けて実行される「第2制御」の終了後に続けて更に実行される、障害物回避補助制御の「第3制御」(以下、単に「第3制御」ともいう)について説明する。
第3制御とは、第1、第2制御の実行により車体スリップ角(従って、タイヤスリップ角)が過度に大きくなってコーナリングフォースが却って減少する事態の発生を抑制する制御である。具体的には、第3制御では、第1制御とは逆に、旋回内輪の制動力の和が旋回外輪の制動力の和よりも小さくなるように各車輪の制動力がパルス的に調整される。これにより、左右輪の駆動力差に起因する旋回方向と反対方向のヨーモーメントが車両に発生する。従って、第1、第2制御の実行により車体スリップ角(従って、タイヤスリップ角)が過度に大きくなってコーナリングフォースが却って減少する事態の発生を抑制することができる。
図27では、制動時(制動操作有、又は、制御時)において、図25に示したように、第1制御として、少なくとも1つの旋回外輪の制動力のみが減少させられ、第2制御として、第1制御に加えて更に旋回内輪の制動力(及び旋回外輪の制動力)が減少させられる場合において、第3制御として、少なくとも1つの旋回内輪の制動力のみ(及び旋回外輪の制動力)が減少させられる場合が示されている。これにより、第3制御中において、旋回内輪の制動力の和が旋回外輪の制動力の和よりも小さくなる。
第1制御に続けて第2制御(及び第3制御)が実行される場合、第1制御についての制動力調整パターンとして、図25、図27に示したもののみならず、上述の図4、図8、図14に示したその他のものが使用されてもよい。また、第3制御の制動力調整パターン(即ち、旋回方向と反対方向のヨーモーメントを発生させるパターン)として、第1制御の制動力調整パターン(即ち、旋回方向のヨーモーメントを発生させるパターン)において旋回内輪と旋回外輪とを入れ替えて得られるパターンが使用され得る。
また、第1、第2、第3制御時間ts1,ts2,ts3は、個別に決定されてもよい。或いは、先ず、ts1,ts2,ts3のトータル時間が決定され、そのトータル時間を均等に配分、或いは所定の比率をもって配分することでts1,ts2,ts3が決定されてもよい。また、ts1,ts2,ts3のトータル時間が決定され、図24に示した種々のテーブル、及び図24に示した種々のテーブルに相当する種々のテーブルを用いてts1,ts3がそれぞれ決定され、ts2がトータル時間からts1,ts3を除いた時間に決定されてもよい。更には、ts1,ts2,ts3として、予め決定されている固定値が採用されてもよい。
また、第1〜第3制御に続けて、上記タイヤ限界状態での車両全体としてのコーナリングフォースを第3制御中に比して増加させる上記第2制御に相当する第4制御が更に実行されてもよい。この場合、第4制御では、車両の全車輪の制動力(従って、前後力)の総和が第3制御実行中における全車輪の制動力(従って、前後力)の総和よりも小さくなるように各車輪の制動力がパルス的に調整される。
以下、上記第13、第14実施例のように、第1制御の後に続けて第2制御が実行される場合について付言する。この場合、上記第8実施例について、第1制御については第8実施例を適用し、第2制御については第8実施例を適用しない(即ち、ESC制御を実行しない)ことが好ましい。これにより、図20に示すように、第1制御による制動力調整量ΔFに比してUS抑制制御によるUS抑制制御要求値が大きい場合、第1制御時間ts1の終了時点にて制動力をステップ的に減少させてタイヤの横力を増加させることができる。換言すれば、第1制御の終了後に続けて第2制御を実行することができる。
また、上記第9実施例について、第9実施例の適用により第1制御時間ts1が経過していなくても第1制御が終了する場合、第1制御終了後直ちに第2制御を開始することが好ましい。
また、上記第10実施例について、第10実施例の適用により第1制御時間ts1が経過していなくても第1制御が終了する場合、第1制御終了後直ちに第2制御を開始することが好ましい。加えて、第2制御実行中において車両挙動指標値が或る上限値を超えた場合には第2制御を直ちに終了するようにしてもよい。
以上、説明した本発明に係る前後力制御装置の上記各実施例において、第1制御の開始前にESC制御が既に実行されている場合、車両の安定性を確保するため、第1制御を開始しないように構成され得る。
また、上記各実施例において、制動力調整量の決定に際し、先ず、制御開始前後における制動力の割合、左右輪の制動力差、左右輪の制動力差に起因するヨーモーメント等が決定され、この決定内容に基づいて各輪の制動力調整量が決定されてもよい。
また、第1制御の開始前における車輪の制動状態に基づいて、第1制御における制動力調整パターンを決定してもよい。例えば、非制動時(制動操作無+非制御時)の場合、第1実施例のように制動力の増加のみを行うパターンが採用され得、所定の閾値以上の制動力で制動中(制動操作有、又は、制御時)である場合、第2実施例のように制動力の減少のみを行うパターンが採用され得、前記所定の閾値未満の制動力で制動中(制動操作有、又は、制御時)である場合、第4実施例のように制動力の増加・減少を行うパターンが採用され得、ABS制御実行中である場合、第3実施例のように制動力の減少のみを行うパターンが採用され得る。
また、第1制御の開始前における車速が大きい場合、制動力を増加すると車両が不安定となり易い。このことに鑑み、第1制御の開始前における車速が大きいほど、前記所定の閾値(即ち、制動力の減少のみを行うパターンと制動力の増加・減少を行うパターンとの切替に使用される閾値)を小さくしてもよい。同様に、第1制御開始前におけるヨーレイト等の車両挙動が大きい場合、制動力を増加すると車両が不安定となり易い。このことに鑑み、第1制御の開始前におけるヨーレイト等の車両挙動が大きいほど、前記所定の閾値を小さくしてもよい。
また、本発明に係る前後力制御装置は、1つの制御ユニットである必要はなく、互いの出力を利用し合う複数の制御ユニットで構成されていてもよい。また、緊急回避後の安全性を向上させるため、第1制御(或いは、第1、第2制御、或いは、第1、第2、第3制御)の後に、制動力を増加させて減速を行う制御を実行してもよい。また、本発明に係る前後力制御装置は、4輪車両のみに適用されるものではない。
加えて、上記各実施例においては、各輪の制動力がパルス的に調整されることで第1制御(或いは、第2、第3制御)が実行されるようになっているが、各輪の駆動力が個別に調整可能な車両においては、各輪の制動力に代えて、或いは、各輪の制動力に加えて、各輪の駆動力がパルス的に調整されることで第1制御(或いは、第2、第3制御)が実行されるように構成されてもよい。
BP…ブレーキペダル、WS**…車輪速度センサ、PW**…制動圧力センサ、SA…ステアリングホイール角度センサ、YR…ヨーレイトセンサ、GY…横加速度センサ、BRK…ブレーキアクチュエータ、ECU…電子制御ユニット