図1は、本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置(「本装置」という)を備えた車両の全体構成を示す図である。
なお、各種記号等の末尾に付された添字[**]は、各種記号等が4輪のうちの何れかに関するものであるかを示す。「f」は前輪、「r」は後輪、「m」は車両進行方向に対して右側車輪、「h」は左側車輪、「o」は旋回方向に対して外側車輪(外輪)、「i」は内側車輪(内輪)を示す。したがって、「fh」は左前輪、「fm」は右前輪、「rh」は左後輪、「rm」は右後輪を示す。また、「fo」は旋回外側前輪(外前輪)、「fi」は旋回内側前輪(内前輪)、「ro」は旋回外側後輪(外後輪)、「ri」は旋回内側後輪(内後輪)を示す。
また、車両の旋回方向には右方向と左方向の場合がある。それらは一般的には正負の符号が付され、例えば左方向が正符号として表され、右方向が負符号として表される。さらに、車両の加速・減速も、一般的には正負の符号が付され、例えば、加速が正符号として表され、減速が負符号として表される。しかし、値の大小関係、或いは、値の増加・減少を説明する際にその符号を考慮すると非常に煩雑となる。そのため、特に限定がない場合には、絶対値の大小関係、絶対値の増加・減少を表す。また、所定値は正の値とする。
車両には、車輪の回転速度である車輪速度Vwa[**]を検出する車輪速度センサWS[**]と、ステアリングホイールSWの(車両の直進走行に対応する操舵装置の中立位置「0」からの)回転角度θswを検出するステアリングホイール角センサSAと、操向車輪(前輪)の操舵角δfaを検出する前輪舵角センサFSと、運転者がステアリングホイールSWを操作する際のトルクTswを検出する操舵トルクセンサSTと、車両に作用する実際のヨーレイトYraを検出するヨーレイトセンサYRと、車体前後方向における前後加速度Gxaを検出する前後加速度センサGXと、車体横方向における横加速度Gyaを検出する横加速度センサGYと、ホイールシリンダWC[**]の制動液圧Pwa[**]を検出するホイールシリンダ圧力センサPW[**]と、エンジンEGの回転速度Neaを検出するエンジン回転速度センサNEと、エンジンのスロットル弁の開度Tsaを検出するスロットル位置センサTSが備えられる。
そして、運転者の運転操作を検出する手段として、運転者の加速操作部材(例えば、アクセルペダル)APの操作量Asaを検出する加速操作量センサASと、運転者の制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPの操作量Bsaを検出する制動操作量センサBSと、変速操作部材SFのシフト位置Hsaを検出するシフト位置センサHSとが備えられている。
また、車両には、制動液圧を制御するブレーキアクチュエータBRKと、スロットル弁を制御するスロットルアクチュエータTHと、燃料の噴射を制御する燃料噴射アクチュエータFIと、変速を制御する自動変速機ATとが備えられている。
加えて、車両には、上述の各種アクチュエータ(BRK等)、及び上述の各種センサ(WS[**]等)と電気的に接続された電子制御ユニットECUが備えられている。電子制御ユニットECUは、相互に通信バスCBで接続された、複数の独立した電子制御ユニットECU(ECUb,ECUs,ECUe,ECUa)から構成されたマイクロコンピュータである。電子制御ユニットECU内の各系の電子制御ユニット(ECUb等)は、専用の制御プログラムをそれぞれ実行する。各種センサの信号(センサ値)、及び、各電子制御ユニット(ECUb等)内で演算される信号(内部演算値)は、通信バスCBを介して共有される。
本装置の演算処理は、電子制御ユニットECU内に備えられる。例えば、本装置の演算処理は、ブレーキアクチュエータBRKを制御するブレーキ系電子制御ユニットECUb内にプログラムされている。ブレーキ系電子制御ユニットECUbでは、車輪速度センサWS[**]、ヨーレイトセンサYR、横加速度センサGY等からの信号に基づいて、アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)等が実行される。また、車輪速度センサWS[**]によって検出された各車輪の車輪速度Vwa[**]に基づいて、周知の方法によって、車両の走行速度(車速)Vxaが演算される。
操舵系電子制御ユニットECUsでは、操舵トルクセンサST等からの信号に基づいて、電動パワーステアリング制御(EPS制御)が実行される。エンジン系電子制御ユニットECUeでは、加速操作量センサAS等からの信号Asaに基づいて、スロットルアクチュエータTH、燃料噴射アクチュエータFIの制御が実行される。トランスミッション系電子制御ユニットECUaでは、自動変速機ATの変速比の制御が実行される。
ブレーキアクチュエータBRK(制動手段MBRの一部に相当)は、複数の電磁弁(液圧調整弁)、液圧ポンプ、電気モータ等を備えた周知の構成を有している。ブレーキ制御の非実行時では、ブレーキアクチュエータBRKは、運転者による制動操作部材BPの操作に応じた制動液圧を各車輪のホイールシリンダWC[**]にそれぞれ供給し、各車輪に対して制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作に応じた制動トルクを与える。アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)、或いは、車両のアンダステア、オーバステアを抑制する車両安定性制御(ESC制御)等のブレーキ制御の実行時には、ブレーキアクチュエータBRKは、ブレーキペダルBPの操作とは独立してホイールシリンダWC[**]毎の制動液圧を制御し、制動トルクを車輪毎に調整できる。
各車輪には、制動手段MBRとして、周知のホイールシリンダWC[**]、ブレーキキャリパBC[**]、ブレーキパッドPD[**]、及び、ブレーキロータRT[**]が備えられる。ブレーキキャリパBC[**]に設けられたホイールシリンダWC[**]に制動液圧が与えられることにより、ブレーキパッドPD[**]がブレーキロータRT[**]に押付けられ、その摩擦力によって、各車輪に制動トルクが与えられる。なお、制動トルクの制御は、制動液圧によるものに限らず、電気ブレーキ装置を利用して行うことも可能である。
車両には、前方監視装置ZPが備えられている。前方監視装置ZPは、前方監視用のレーダセンサRS、カメラ(前方監視カメラ)CM、及び、電子制御ユニットECUzで構成されている。
前方監視装置ZP(電子制御ユニットECUz)は、電子制御ユニットECUと、電気的に接続される。電子制御ユニットECUzは、レーダセンサRS、及び、カメラ(前方監視カメラ)CMと電気的に接続されている。レーダセンサRSは、車両前方の障害物(例えば、先行車両)に向けて、車幅方向の所定角度範囲に、レーザ光(或いは、ミリ波等の電波)をスキャン照射し、その反射を受光する。前方監視用電子制御ユニットECUzは、その反射に基づいて、障害物の有無、障害物が存在する角度、及び障害物までの距離を検出する。カメラCMは、車両前方の映像を取得する。前方監視用電子制御ユニットECUzは、カメラCMからの映像に基づいて、車両前方の障害物(例えば、先行車両)の有無、障害物までの距離を演算する。
図2は、ブレーキアクチュエータBRKの全体構成を示す図である。運転者が制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPを踏み込むと、倍力装置VBにて踏力が倍力され、マスタシリンダMCに設けられたマスタピストンが押される。これにより、マスタピストンによって区画される第1室と第2室とに同じ圧力のマスタシリンダ圧Pmcが発生する。マスタシリンダ圧Pmcは、ブレーキアクチュエータBRKを通じて各車輪WH[**]のホイールシリンダWC[**]に与えられる。
ブレーキアクチュエータBRKは、マスタシリンダMCの第1室に接続される第1配管系統HP1と、マスタシリンダMCの第2室に接続される第2配管系統HP2とを有している。第1配管系統HP1は、左前輪WH[fh]と右後輪WH[rm]に加えられる制動液圧を制御する。第2配管系統HP2は、右前輪WH[fm]と左後輪WH[rh]に加えられる制動液圧を制御する。第1配管系統HP1と第2配管系統HP2とは、同様の構成であるため、以下では第1配管系統HP1についてのみ説明し、第2配管系統HP2についての説明は省略される。図2に示す構成は、ダイアゴナル配管の構成であるが、ブレーキの配管構成は、前後配管でもよい。
第1配管系統HP1は、制動液圧(ホイールシリンダ内の液圧)Pw[fh],Pw[rm]を発生させる管路LAを備える。この管路LAには、連通状態と差圧状態に制御できる第1差圧制御弁SS1が備えられる。そして、マスタシリンダ圧Pmcが、左前輪WH[fh]に備えられたホイールシリンダWC[fh]、及び、右後輪WH[rm]に備えられたホイールシリンダWC[rm]に伝達される。運転者がブレーキペダルBPの操作を行う通常ブレーキ時(ブレーキ制御が実行されていないとき)には、この第1差圧制御弁SS1は連通状態となるように弁位置が開状態に調整される。第1差圧制御弁SS1に通電されると、弁位置が閉状態に調整され、第1差圧制御弁SS1が差圧状態とされる。
管路LAは、第1差圧制御弁SS1よりもホイールシリンダWC[fh],WC[rm]の側において、2つの管路LA[fh],LA[rm]に分岐する。管路LA[fh]にはホイールシリンダWC[fh]への制動液圧の増圧を制御する第1増圧制御弁SZ[fh]が備えられる。管路LA[rm]にはホイールシリンダWC[rm]への制動液圧の増圧を制御する第2増圧制御弁SZ[rm]が備えられる。第1、及び、第2増圧制御弁SZ[fh],SZ[rm]は、連通・遮断状態を制御できる2位置の電磁弁により構成される。第1、及び、第2増圧制御弁SZ[fh],SZ[rm]は、供給される電流が「0」のとき(非通電時)には連通状態(開状態)となり、電流が流されるとき(通電時)に遮断状態(閉状態)に制御される。第1、及び、第2増圧制御弁SZ[fh],SZ[rm]は、所謂ノーマルオープン型である。
管路LBは、第1、及び、第2増圧制御弁SZ[fh],SZ[rm]、及び、ホイールシリンダWC[fh],WC[rm]の間と調圧リザーバR1とを結ぶ減圧用の管路である。管路LBには、連通・遮断状態を制御できる2位置の電磁弁により構成される第1減圧制御弁SG[fh]と第2減圧制御弁SG[rm]とが設けられる。第1、及び、第2減圧制御弁SG[fh],SG[rm]は、非通電時には閉状態となり、通電時には開状態となる。これらは、所謂ノーマルクローズ型である。
調圧リザーバR1と管路LAとの間には、管路LCが配設される。管路LCには、液圧ポンプOP1が設けられる。液圧ポンプOP1によって、ブレーキ液が調圧リザーバR1からを吸入され、マスタシリンダMC、或いは、ホイールシリンダWC[fh],WC[rm]に向けて吐出される。液圧ポンプOP1は、電気モータMTによって駆動される。調圧リザーバR1とマスタシリンダMCの間には管路LDが設けられている。車両安定性制御やトラクション制御等の自動加圧が行われるとき、液圧ポンプOP1によってブレーキ液が管路LDを通してマスタシリンダMCから吸入され、管路LA[fh],LA[rm]に吐出される。これにより、ブレーキ液がホイールシリンダWC[fh],WC[rm]に供給され、対象となる車輪のホイールシリンダWC[**]の制動液圧が増大され、制動トルクが与えられる。
図3を参照して、運転者が操舵操作部材(例えば、ステアリングホイール)SWを操作して、車両前方の障害物等を回避する緊急回避挙動について説明する。
図3(a)は、緊急回避挙動を説明するための模式図である。車速Vxoにて走行中に、車両前方に幅Hbの障害物OBがあり、この障害物OBを回避するために、力Fv(車体に作用する車輪全体の力であって、制動力Fxと横力Fyとの合力)が、車両に作用する場合を考える。ここで、車両が障害物OBに衝突することなく回避し得る距離をKdとする。発生可能な最大力Fvは、車両の重量と路面摩擦係数で決まる車輪の摩擦円FC上に存在する。力Fvの作用する方向を、車両の減速方向(緊急回避前の車両の進行方向である前後方向に対して逆向き方向)を「0度」として、角度Ka(力の方向)で表す。即ち、車輪の摩擦円FCによって上限値が制限される制動力Fxと横力Fyとのトレードオフ関係が、合力Fvの方向Kaによって表現される。合力方向Kaが0度である場合には、車両には制動力のみが作用し(Fv=Fx,Fy=0)、合力方向Kaが90度である場合には、車両には横力のみが作用する(Fv=Fy,Fx=0)。
図3(b)は、同一の車速Vxoにおいて角度Kaを0度から90度まで変化させた場合の回避距離Kdと回避速度Kvとの関係を示す。ここで、回避距離Kdは障害物OBを回避するために必要な最短距離であり、回避速度Kvは車両が障害物OBに最も近接した際の車両速度である。合力方向Kaが「0度」から所定値ka1までの範囲においては、回避距離Kdは車両が障害物OBの手前で停止できる距離kd1である。合力方向Kaが所定値ka1を超える場合は、車両が障害物OBの側方を通過する。そして、合力方向Kaの増加に従い回避距離Kdは減少していく。合力方向Kaが所定値ka2以上の範囲では、回避距離Kdは概ね飽和し、所定距離kd2となる。
車両の回避性能が時間に対する横移動量の大小で評価されるならば、制動力が発生されず、横力のみで緊急回避が行われることが最適条件となる。しかしながら、車両の緊急回避挙動では、「最短距離にて障害物を避ける」ことが必要であり、車両の進行距離(前後方向に進む移動量で、以下では前後移動量という)に対する横方向の移動量(以下では横移動量という)の大小にて回避性能が評価されることが必要である。このように考えると、上述の合力方向Kaが所定値ka2から「90度」までが適正な範囲となる。さらに、回避距離の条件に車両速度の条件(車両が最も減速される条件)が付加されると、合力方向Kaが所定値ka2であることが、緊急回避挙動における最適条件となる。具体的には、所定値ka2は45度から60度の範囲にある。
図4は、本実施形態における車両の運動制御装置の演算処理例を示す機能ブロック図である。なお、各種記号等の末尾に付された添字[**]は、各種記号等が4輪のうちの何れかに関するものであるかを示す。「f」は前輪、「r」は後輪、「m」は車両進行方向に対して右側車輪、「h」は左側車輪、「o」は旋回方向に対して外側車輪(外輪)、「i」は内側車輪(内輪)を示す。したがって、「fh」は左前輪、「fm」は右前輪、「rh」は左後輪、「rm」は右後輪を示す。また、「fo」は旋回外側前輪(外前輪)、「fi」は旋回内側前輪(内前輪)、「ro」は旋回外側後輪(外後輪)、「ri」は旋回内側後輪(内後輪)を示す。また、車両の旋回方向には右方向と左方向の場合がある。それらは一般的には正負の符号が付され、例えば左方向が正符号として表され、右方向が負符号として表される。さらに、車両の加速・減速も、一般的には正負の符号が付され、例えば、加速が正符号として表され、減速が負符号として表される。しかし、値の大小関係、或いは、値の増加・減少を説明する際にその符号を考慮すると非常に煩雑となる。そのため、特に限定がない場合には、絶対値の大小関係、絶対値の増加・減少を表し、所定値は正の値とする。
緊急操舵取得演算ブロック(緊急操舵取得手段に相当)MKQにて、車両の操舵状態が緊急回避にあるか否かを表す緊急操舵状態Kqsが取得される。緊急操舵状態Kqsは、通信バスCBを介して得られるセンサ値、及び/又は、他のシステムにおける内部演算値に基づいて演算される。例えば、緊急操舵状態Kqsは制御フラグ(演算処理の判定結果を表す信号)として演算される。Kqs=0は判定結果が「緊急操舵(緊急回避操舵)ではない」ことを表し、Kqs=1は判定結果が「緊急操舵(緊急回避操舵)である」ことを表す。具体的には、緊急操舵取得演算ブロックMKQは、操舵量取得演算ブロックSAA、操舵速度取得演算ブロックDSA、旋回量取得演算ブロックTCA、相対距離取得演算ブロックDOB、及び、車両速度取得演算ブロックVXAによって構成される。これらにて演算される操舵量Saa、操舵速度dSa、旋回量Tca、相対距離Dob、及び、車両速度Vxaは、通信バスCBを介して得られるセンサ値、及び/又は、他のシステムにおける内部演算値に基づいて演算される。
操舵量取得演算ブロックSAAにて、操舵量(例えば、操舵角)Saaが取得される。具体的には、操舵量Saaは、ステアリングホイール角度センサSAによって検出される信号(ステアリングホイールSWの回転角度であるステアリングホイール角度θsw)に基づいて演算される。また、前輪舵角センサFSによって検出される前輪舵角δfaに基づいて演算され得る。即ち、操舵量(操舵角)Saaは、ステアリングホイール角度θsw、及び、前輪舵角δfaのうちの少なくとも一方に基づいて演算され得る。操舵速度取得演算ブロック(操舵速度取得手段に相当)DSAにて、操舵操作部材SWの操作速度である操舵速度(例えば、操舵角速度)dSaが取得される。操舵速度dSaは、操舵量Saaを時間微分して演算され得る。
旋回量取得演算ブロック(旋回量取得手段に相当)TCAにて、車両の旋回状態の程度(大きさ)を表す状態量である旋回量Tcaが取得される。具体的には、横加速度センサGYによって検出される横加速度Gyaに基づいて演算される。また、ヨーレイトセンサYRによって検出されるヨーレイトYraに基づいて演算され得る。
相対距離取得演算ブロック(相対距離取得手段に相当)DOBにて、車両と障害物までの距離である相対距離Dobが取得される。具体的には、前方監視装置ZPのレーダセンサRS、及び、前方監視カメラCMのうちの少なくとも1つによって取得される相対距離(車両から障害物までの距離)に基づいて演算される。
車両速度取得演算ブロック(車速取得手段に相当)VXAにて、車両の走行速度である車速Vxaが取得される。車両速度Vxaは、後述する車輪速度取得演算ブロックVWAの検出結果Vwa[**]に基づいて演算され得る。緊急操舵取得演算ブロックMKQでは、相対距離Dob及び車両速度Vxaに基づいて、車両と障害物OBとの相対的な速度(車両が障害物OBに近づいていく速度であり、相対速度という)Vobが演算される。さらに、相対速度Vob、及び、相対距離Dobに基づいて、現在の相対速度Vobが維持された場合に車両と障害物とが衝突するまでに要する時間(衝突時間という)Ttcが演算される。
緊急操舵取得演算ブロックMKQにて、操舵速度dSaが所定速度(所定値)dsa1以上の場合において、緊急操舵であること(Kqs=1)が演算される。さらに、操舵速度の条件に加えて、旋回量Tcaが所定旋回量(所定値)tca1以上の場合において、緊急操舵であること(Kqs=1)が演算され得る。また、操舵速度の条件、或いは、旋回量の条件に加えて、相対速度Vob、及び、相対距離Dobに基づいて演算された衝突時間Ttcが所定時間(所定値)ttc1以下の場合において、緊急操舵であること(Kqs=1)が演算されてもよい。複数の条件に基づいて緊急操舵が判定されるため、確実な判定が行われ得る。緊急操舵取得演算ブロックMKQにおける緊急操舵状態Kqsの詳細については後述する。
緊急操舵状態Kqsは、緊急操舵であるか否かを表す制御フラグとして演算されるが、制御フラグに代えて、緊急操舵状態の程度(大きさ)を表す状態量として演算され得る。操舵速度dSaが所定速度dsa1未満の場合には、Kqs=0(緊急操舵ではない状態)が演算され、操舵速度dSaが所定速度dsa1以上では操舵速度dSaの増加にしたがって緊急操舵状態Kqsが増加するように演算され得る。また、衝突時間Ttcが所定時間ttc1以上の場合には、Kqs=0(緊急操舵ではない状態)が演算され、衝突時間Ttcが所定時間ttc1未満では衝突時間Ttcの減少にしたがって緊急操舵状態Kqsが増加するように演算され得る。
車輪速度取得演算ブロック(車輪速度取得手段に相当)VWAにて、各車輪の回転速度(車輪速度)Vwa[**]が取得される。制動操作量取得演算ブロック(制動操作量取得手段に相当)BSAにて、運転者によって操作される車両の制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPの操作量Bsaが取得される。車輪速度Vwa[**]、及び、制動操作量Bsaは、通信バスCBを介して得られるセンサ値、及び/又は、他システムにおける内部演算値に基づいて演算される。
目標制動トルク演算ブロック(制御手段に相当)CTLにて、緊急操舵状態Kqsに基づいて各車輪の目標制動トルクPwu[**]が演算される。目標制動トルク演算ブロックCTLは、規範量演算ブロックPWO、前後配分演算ブロックFRH、及び、加算ブロックSUMによって構成される。規範量演算ブロックPWOでは、目標制動トルクの規範量Pwo[**]が演算される。前後配分演算ブロックFRHでは、制動トルク規範量Pwo[**]に基づいて、制動トルクの前後配分が考慮されて、目標制動トルクPwt[**]が演算される。そして、加算ブロックSUMにて、運転者の制動操作によって発生する制動トルクPwd[**]に対して目標制動トルクPwt[**]が加えられて、最終的な目標制動トルクPwu[**]が演算される。なお、制動トルクPwd[**]は、制動操作量Bsaに基づいて演算され得る。例えば、マスタシリンダMC内の圧力Pmcが検出され、マスタシリンダ圧Pmcに基づいて、制動トルクPwd[**]が演算され得る。
規範量演算ブロックPWOでは、Kqs=0(非緊急操舵)の場合には、Pwo[**]=0とされて、制動トルクの増加は行われない。このとき、車両は運転者の減速操作によってのみ減速される。Kqs=1(緊急操舵が識別されたとき)の場合には、制動トルク規範量Pwo[**]は予め設定された所定値pwo1に決定される。
緊急操舵状態Kqsが、制御フラグに代えて、緊急操舵の程度を表す状態量(緊急操舵状態量)として演算される場合には、Kqs=0の場合には、同様にPwo[**]=0と演算される。そして、緊急操舵状態Kqsの増加にしたがって制動トルク規範量Pwo[**]が増加するように、予め設定された演算マップ(図示せず)に基づいて演算され得る。
規範量演算ブロックPWOにて、制動操作量Bsaが所定操作量(所定値)bsa1以下の場合において、制動トルク規範量Pwo[**]が増加されるが、制動操作量Bsaが所定操作量bsa1よりも大きい場合において、制動トルク規範量Pwo[**]が「0」とされ得る。したがって、制動操作量Bsaが所定操作量bsa1よりも大きい場合には、緊急操舵による制動トルク増加が行われない。ここで、所定操作量bsa1は、制動操作部材BPが操作されていない状態に相当する値(bsa1=0)に設定され得る。
前後配分演算ブロックFRHにて、規範量演算ブロックPWOにて演算される制動トルク規範量Pwo[**]に基づいて、前輪の目標制動トルクPwt[f*]、及び、後輪の目標制動トルクPwt[r*]が演算される。緊急操舵状態での運転者の制動操作とは独立した制動トルク増加において、前輪制動トルクに対する後輪制動トルクの比率Hzs(前後比率という)が、運転者が制動操作を行う通常制動の場合の前後比率Ko(「1」より小さい一定値)に比較して、小さくなるように調整される。例えば、前輪においてはPwt[f*]=Pwo[f*]と演算され、後輪においてはPwt[r*]=Kp・Pwo[r*]によって演算される。ここで、Kpは係数であり、値Koより小さい(Kp<Ko)。後述するように、制動トルクは、通常制動時(制御による制動トルク増加が行われず、運転者の操作のみによって制動トルク増加が行われる場合)には特性Cnoに沿って増加し、緊急操舵時(緊急操舵が判定されて自動的に制動トルク増加が行われる場合)には特性Cnoよりも小さい前後比率Kp(0≦Kp<Ko)を有する特性Ckq(Ckq1,Ckq2,Ckq3,Ckq4)に従って増加する。また、前輪制動トルクは増加されるが、後輪制動トルクは緊急操舵が判定される前の値を保持するように演算され得る(Pwt=Pwo[f*]、Pwt[r*]=0)。なお、左右車輪(即ち、緊急操舵状態において内輪と外輪)には同量の制動トルクが増加される。
加算ブロックSUMにて、運転者の制動操作によって発生する制動トルクPwd[**]に対して目標制動トルクPwt[**]が加えられて、目標制動トルクPwu[**]が演算される。運転者が制動操作を行っていない場合は、Pwd[**]=0であるため、目標制動トルク演算ブロックCTLからは目標制動トルクPwu[**]として目標制動トルクPwt[**]が出力される。運転者による制動トルクPwd[**]に対して、緊急操舵による制動トルクPwu[**]が加えられる。
制動手段MBRにて、調整後の目標制動トルクPwu[**]に基づいて、ブレーキアクチュエータBRKの駆動手段(例えば、液圧ポンプ駆動用の電気モータ、ソレノイドバルブの駆動手段)が制御され、車輪の制動トルクが増加される。運転者が制動操作部材BPを操作している場合には、その操作量に応じた制動トルクに対して、緊急操舵による制動トルクが増加される。運転者が制動操作を行っていない場合には、緊急操舵によって、制動トルクは「0」から増加される。
制動手段MBRでは、前後配分演算ブロックFRHにて制動トルクの前後配分が調整されるため、通常制動時には特性Cno(前後比率Ko)に従って制動トルクが増加される。一方、緊急操舵時においては、特性Cnoよりも小さい特性である特性Ckq(前後比率Kpであって、後述する特性Ckq1,Ckq2,Ckq3,Ckq4)に従って制動トルクが増加される。
制動トルクの実際値Pwa[**]を検出するセンサ(例えば、圧力センサPW[**])を車輪に備え得る。目標値Pwu[**]と実際値Pwa[**]とに基づいて、実際値Pwa[**]が目標値Pwu[**]に一致するように、駆動手段が制御され得る。
図5は、緊急操舵取得手段(緊急操舵取得演算ブロック)MKQでの緊急操舵状態の判定演算について説明するためのフロー図である。ここで、緊急操舵状態Kqsは、「0」が非緊急操舵を表し、「1」が緊急操舵を表す制御フラグとして演算される。
先ず、ステップS110にて、初期化が行われる。ここで、緊急操舵状態Kqsは初期値である「0」が代入される。S120にて、センサ値、及び/又は、他システムの内部演算値が読み込まれる。S130にて、上述の各状態量(dSa等)が演算される。
次に、判定ステップS140,S150,S160,S170にて、操舵状態が緊急操舵であるか否かの判定が行われる。S140にて、操舵速度(例えば、操舵角速度)dSaが所定速度dsa1以上であるかが判定される。ステップS140にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS150に進む。S150にて、操舵量(例えば、操舵角)Saaが所定量saa1以上であるかが判定される。ステップS150にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS160に進む。S160にて、旋回量(例えば、横加速度)Tcaが所定旋回量tca1未満であるかが判定される。ステップS160にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS170に進む。S170にて、衝突時間Ttcが所定時間ttc1未満であるかが判定される。ステップS170にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS180に進む。そして、S180にて操舵状態が緊急操舵であることが判定され、緊急操舵状態(例えば、制御フラグ)Kqsが「0(非緊急操舵)」から「1(緊急操舵)」に切り替えられる。
判定ステップS140,S150,S160,S170の何れかにて、否定判定(No)がなされると、演算処理はステップS190に進み、緊急操舵ではない状態(Kqs=0)が維持される。ここで、判定ステップS150,S160,S170のうちの少なくとも1つは省略され得る。
なお、緊急操舵状態Kqsが制御フラグとして演算されることに代えて、緊急操舵状態Kqsが緊急操舵の程度(大きさ)を表す状態量として演算され得る。この場合、操舵速度dSaの増加にしたがって緊急操舵状態Kqsが増加するように演算され、衝突時間Ttcの減少にしたがって緊急操舵状態Kqsが増加するように演算され得る。
図6は、前後配分演算ブロックFRHに関する実施形態について作用・効果を説明するための制動トルクの前後配分線図である。
運転者の制動操作によって制動トルクが増加される通常制動の場合(緊急操舵による制動トルク増加は行われない場合)には、前輪制動トルクに対する後輪制動トルクの比率(前後比率という)において所定の比率Ko(一定値)をもって前後輪の制動トルクが増加される。即ち、前後輪制動トルクが特性Cnoに沿って増加される。例えば、運転者の制動操作によって、前後輪の制動トルクが点Xの状態にあるときに緊急操舵が判定されると、通常制動時の前後比率Koに比べて小さい前後比率Kpをもつ特性Ckq1に沿って制動トルクが増加される。また、特性Ckq2にて示すように、緊急操舵によって前輪の制動トルクが増加され、後輪の制動トルクが(緊急操舵判定前の状態に)保持され得る。この場合、緊急操舵による制動トルク増加は前輪においてのみ行われる。
同様に、運転者が制動操作を行っていない場合においても、通常制動時の前後比率特性Cno(前後比率Ko)よりも相対的に前後比率が小さい特性(前後比率Kp)Ckq3に沿って制動トルクの増加が行われる。後輪制動トルクが保持される場合(即ち、後輪制動トルクの増加が行われず、「0」に維持される場合)には、特性Ckq4に沿って制動トルクが増加される。
急操舵と制動が同時に行われる場合、車両挙動の変化(例えば、車両のふらつき)が発生する場合がある。運転者自身の操作によって車両挙動変化が引き起こされる場合には、運転者はその変化に対して然程違和を感じ難い。しかし、運転者の制動操作とは独立して制動トルクが増加される場合(即ち、自動で制動トルクが増加される場合)には挙動変化に対して違和を感じ易い。そのため、制御によって自動的に制動トルクが増加されるときには、前後比率(前輪制動トルクの増加量に対する後輪制動トルクの増加量)が通常制動時に比較して小さい値に調整されて、車両の安定性が向上される。
図7は、前後配分演算ブロックFRHに関する他の実施形態について作用・効果を説明するための時系列線図である。上述では、運転者への違和感を抑制するため、前輪制動トルクの増加量に対する後輪制動トルクの増加量である前後比率が、緊急操舵判別時に通常制動時よりも相対的に小さくされることを説明したが、ここでは、特に、動的な前後比率の補償について説明する。
運転者が制動操作部材BPを操作して制動トルクpv0が付与されている状態において、時間u0にて緊急操舵が判別されて制動トルク増加が開始される。緊急操舵による自動的な制動トルク増加において、前輪の制動トルクの時間変化量Kfよりも後輪の制動トルクの時間変化量Krが小さくされる。後輪の制動トルク時間変化量Krは、「0」とされ得る。即ち、緊急操舵によって前輪制動トルクが増加され、後輪制動トルクがpv0に保持される(緊急操舵によって後輪制動トルクが増加されない)。なお、運転者が制動操作部材BPを操作していない場合には、制動トルクは「0」から増加される。
上述と同様に、自動制動が行われている場合の挙動変化は運転者への違和感となる。後輪制動トルクの時間変化量(単位時間当りの増加量)が、前輪制動トルクの時間変化量よりも小さくされることによって、動的にも後輪横力が確保されて、車両ふらつきが抑制され得る。また、制動トルクの増加が前輪のみにて行われるように構成されると、後輪の横力が十分に確保されて、進路変更時の車両ふらつきが抑制され得る。