JP4798411B2 - 炭素からなる骨格を持つ薄膜状粒子の合成方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、炭素からなる骨格を持つ極めて薄い薄膜状粒子に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、形状の異方性が高い物質の探索とその応用が急速に進行している。このような物質は、多数個で他の物質との複合体にする場合には、低い分率の添加で高強度などの各種性能を発現すると期待される。また、その形状が極めて細い線状(1次元)や極めて薄い平面状(2次元)で、電気的に半導体または良導体であれば、単独または少数個の集合体の場合に、電子物性などに量子的な効果を発現すると期待される。
【0003】
炭素原子を骨格とする異方性形状の物質としては、1次元では黒鉛繊維やそれが特に細くなった炭素ナノチューブが知られており、2次元では黒鉛、フッ化黒鉛、酸化黒鉛などが知られている。これらのうち、黒鉛、フッ化黒鉛、酸化黒鉛はいずれも2次元的な基本層が積み重なった多層構造体であり、一般に層数は非常に多い。黒鉛の基本層は、sp2結合の炭素からなり、炭素原子1個分の厚さの構造を持つ。フッ化黒鉛の基本層は、ダイヤモンド類似のジグザグの炭素の列で数えて炭素原子1個分または2個分の厚さのsp3結合の炭素骨格と、その骨格の両側の面にフッ素が結合した構造を持つ。酸化黒鉛の基本層は、同じくジグザグの炭素の列で数えて炭素原子1個分または2個分の厚さの、少しsp2結合の傾向のあるsp3結合主体の炭素骨格と、その骨格の両側の面に酸性の水酸基などが結合した構造を持つと考えられている(例えば、「黒鉛層間化合物」,第5章,炭素材料学会編,リアライズ社(1990);T.Nakajima et al.,Carbon,26,357(1988);M.Mermoux et al.,Carbon,29,469(1991))。
【0004】
このような炭素骨格を持つ多層構造体が多数の基本層に分離される例としては、黒鉛の層間でイソプレンなどを重合させるもの(H.Shioyama,Carbon,35,1664(1997))、酸化黒鉛の層間にポリエチレンオキシドを侵入させるもの(Y.Matsuo et al.,Carbon,34,672(1996))や層間でアニリンなどを重合させるもの(特開平11−263613)などがある。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
ところが、それらの多層構造の分離例では、基本層またはそれに近い極めて薄い層は、複合体内部に構成成分として存在するのみであり、単独で安定に取り出されていなかった。すなわち、結晶性の高い炭素骨格を持ち、独立した粒子として存在することが可能な、極めて薄い膜状粒子は見出されていなかった。
本発明の目的は、このような薄膜状粒子を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】
発明者らは、上記の目的を達成するために、前述の多層構造体3種のうち、層の分離が比較的生じ易いと考えられる酸化黒鉛を選び、さらに層の分離が促進されるように合成(酸化と精製)を行い、目的の薄膜状粒子を得た。この薄膜状粒子の構造は、これまでに知られている酸化黒鉛の構造にほぼ等しいが、これまでに知られていないような極めて薄い形状、すなわち、その平面方向の広がりに対して厚さが極めて小さいような形状を持つ。粒子内部の層数で表現すると、基本層の20層分未満である。その結果、この薄膜状粒子は、緻密な炭素骨格を持っているにもかかわらず、しなやかに変形することまで可能であった。
【0007】
また、この薄膜状粒子は、液の中に分散させて扱うことが望ましいが、合成直後の分散媒である水だけでなく、他の分散媒への交換についても検討し、この薄膜状粒子と他の物質との複合化などへの応用展開を容易にした。さらに、通常の酸化黒鉛で知られているように、この薄膜状粒子を還元して、極めて薄く、ほぼ黒鉛の構造を持つ薄膜状黒鉛粒子やその集合体とすることが可能であった。
【0008】
【発明の実施の形態】
本発明の薄膜状粒子の原料には、層構造が発達した結晶性の高い黒鉛が望ましい。このような黒鉛は、各基本層が大きく、また隣接している2つの基本層の間を繋ぐシグマ結合の存在頻度が極めて低いために、酸化反応の後で薄膜状粒子に分離し易い。逆に、層構造が未発達で結晶性の低い黒鉛では、酸化は生じるが、層の分離が極めて悪い。より具体的には、粒子内部の最も広い基本層の直径が粒子の直径にほぼ等しく、粒子全体で単一の多層構造を持つ黒鉛が望ましい。このような黒鉛として、天然黒鉛(特に良質なもの)、キッシュ黒鉛(特に高温で作られたもの)、高配向性熱分解黒鉛が知られている。天然黒鉛とキッシュ黒鉛の各基本層はほぼ単一の方位を持つ単独の結晶であり、高配向性熱分解黒鉛の各基本層は異なる方位を持つ多数の小さな結晶の集合体である。本発明ではこれらの黒鉛や、これらの黒鉛の層間を予め広げた膨張黒鉛を原料に用いる。
【0009】
黒鉛の基本層や基本層の内部の微小部分の大きさは、X線回折におけるピーク形状、走査型電子顕微鏡による電子チャネリングコントラスト像の観察、偏光顕微鏡観察などで推定することができる。また、他の指標として、例えば電気抵抗が約10−6Ωm以下となることも目安になる。しかし、それらの指標は層の分離の可能性を示すのみであるため、実際には対象となる黒鉛原料を用いて酸化と精製を行い、多層構造の分離を確認することが望ましい。
【0010】
黒鉛中の金属元素などの不純物は、予め約0.5%以下に除去されていることが望ましい。不純物が多いと、多層構造の分離が阻害される可能性がある。
【0011】
黒鉛の粒子径は、生成する薄膜状粒子の平面方向の大きさに反映されるため、合成したい薄膜状粒子の大きさで選択すればよく、数mmまたはそれ以上の広がりを持つ薄膜状粒子も本質的に合成可能である。ただし、粒子径が大きくなるにつれて、酸化に要する時間が長くなる。また、生成する薄膜状粒子の平面方向の形状を例えば正方形のように規定したい場合には、黒鉛原料の段階で予め正方形に切断しておいてもよい。ただし、切断の際には、結晶の方位を認識しておく必要がある。
【0012】
本発明における黒鉛の酸化には、公知のBrodie法(硝酸、塩素酸カリウムを使用)、Staudenmaier法(硝酸、硫酸、塩素酸カリウムを使用)、Hummers−Offeman法(硫酸、硝酸ナトリウム、過マンガン酸カリウムを使用)などが利用できる。これらのうち、特に酸化が進行するのはHummers−Offeman法(W.S.Hummers et al.,J.Am.Chem.Soc.,80,1339(1958);米国特許No.2798878(1957))であり、本発明でもこの酸化方法が特に推奨される。
【0013】
これらの黒鉛の酸化方法では、まず、酸化剤のイオンが黒鉛の層間に侵入し、層間化合物を生成する。その後、水を加えることで、層間化合物が加水分解されて、酸化黒鉛となる。これらの反応のうち、層間化合物の生成は、特に時間を要し、黒鉛の粒径に依存する。そのため、黒鉛の粒径により酸化剤と共存させる時間を変化させ、黒鉛粒子の内部にできるだけ酸化剤のイオンを侵入させておくことが望ましい。本発明者らが調べたところ、Hummers−Offeman法の場合には、20℃付近において、1時間当たり約10μm以上のイオンの侵入が認められたことから、黒鉛の粒径10μm当たりで少なくとも30分以上、できれば3時間以上の酸化時間で、黒鉛を酸化することが望ましい。
【0014】
以上の黒鉛の酸化方法では、反応液中に残存する酸化剤または酸化剤が分解されて生じるイオンやイオン由来の成分を除去して精製する必要がある。公知の酸化方法では、この精製を水やアルコールなどによる洗浄で行っている。本発明では、この精製段階において、反応液中または層間に残って層の分離を妨害する可能性のある成分をより積極的に除き、薄膜状粒子への分離を促進する。すなわち、液中に共存する分散媒以外の低分子や小さなイオンを可能な限り除くことで、酸化黒鉛の各層に存在する酸性の水酸基のイオン解離度を高め、イオン性の大型粒子と見なせる各層の間の静電的反発を強めることで、多層構造の分離を促進する。
【0015】
本発明者らが調べたところ、例えば酸化黒鉛の濃度約1wt%以下において、硫酸の濃度が約0.05wt%以下になると、多層構造の分離が急速に進行していた。硫酸のイオン解離を1段までとして計算すると、反応液中の酸化黒鉛由来(酸化黒鉛のイオン解離で生じる水素イオンを含む)以外の小さなイオンの濃度は約10mol/m3以下となる。そこで、この濃度以下となるように生成物を精製することが望ましく、一般にこの精製を進めるほど層の分離が進行する。具体的には、水を加えてから、小さなイオンと共に水を除く。用いる水は高純度のものが望ましい。
【0016】
他方、イオン性の大型粒子である各層の分離を進めるためには、精製時の液中の酸化黒鉛粒子の濃度を低くして、各層のイオン解離度を高めることも重要である。そこで、水を加えて粒子を均一に分散させた段階の酸化黒鉛の濃度を約5wt%以下、より望ましくは1wt%以下とする。
【0017】
Hummers−Offeman法では、通常、加水分解後に過酸化水素を加えて過マンガン酸イオンをマンガン(IV)イオンに分解してから水で洗浄して、他の硫酸イオンやカリウムイオンなどと共に除去する(W.S.Hummers et al.,J.Am.Chem.Soc.,80,1339(1958))。しかし、中性になるとマンガンイオンの溶解性が低下し、マンガンの水酸化物などとなって層間に残存する可能性がある。そこで、水による洗浄の前に、硫酸水溶液または硫酸と過酸化水素の混合水溶液で十分に洗浄することが望ましい。
【0018】
具体的な洗浄による精製操作には、デカンテーション、濾過、遠心分離、透析、イオン交換などの公知の手段を用いればよい。ここで、原料黒鉛の粒子径が小さいほど、また、層の分離が進んで薄膜状粒子が増えるほど、さらには、小さなイオンなどの除去が進むにつれて、薄膜状粒子の単位体積当たりの電荷が増す。その結果、粒子間の反発が強くなり、また、分散媒を保持(水であれば水和)する程度も高くなるため、いずれの精製操作も困難になっていく。この場合、精製効率の比較的高い操作は遠心分離、透析、イオン交換であり、特に比較的短時間で精製可能な操作は遠心分離である。他方、デカンテーションや濾過は、沈降が遅いことや薄膜状粒子による閉塞により、薄膜状粒子の直径が小さくなるほど困難となる。なお、粒子間の反発を一時的に低下させるために、誘電率の低い他の溶媒の使用や塩析などを適宜組み合わせてもよい。
【0019】
精製時において、多層構造の分離は自発的に生じる。これに加えて、小さなイオンと共に水を除いた後で、再度水を加えて均一の分散液とする際に、振とうなどの撹拌操作が加わるため、分離がさらに促進される。また、超音波照射も利用可能であるが、層の分離と共に各層の基本構造が破壊されて小さくなる傾向があるため、特に小さな径の薄膜状粒子を生成したい場合に用いることが望ましい。
【0020】
以上のように精製することで、多くの粒子内部で層の分離が進むが、多層構造の分離が不十分な、薄膜状でない粒子もわずかに残存する。これは、原料中の不純物(分離困難な黒鉛や他の無機物)や、酸化時と精製時に混入した異物などである。これらは一般に沈降し易いため、精製時にデカンテーションや極めて緩やかな遠心分離で除くことが可能である。
【0021】
以上の操作で、多くの粒子内部で層の分離が進む。他方、分離していない層同士の部分でも分離の可能性が高まるが、大きな粒子であるために粒子内部の層間に水素結合などが数多く存在し、実質的には短時間での分離が困難になっている可能性がある。そこで、さらに層の分離を促進する方法としては、精製の終了した分散液を希釈してから、さらに分散媒の分子運動や薄膜状粒子の運動を強めることが考えられる。具体的には、分散液への超音波照射や加熱などがある。ただし、超音波照射では、前記のように層の分離と共に各層の基本構造が破壊されて小さくなる傾向がある。また、加熱では、イオン解離度が高まることも期待できるが、特に高温の場合に粒子が部分的に還元される可能性があるので、あまり高温にしないことが望ましい。具体的には50〜150℃となる。
【0022】
さらに層の分離が進んだ粒子を選択的に得るには、分散性の違いにより分別すればよい。例えば、デカンテーションや比較的緩やかな遠心分離を行い、非沈降部分を用いればよい。
【0023】
以上の各操作により、ナノフィルムと呼べるような、極めて薄い薄膜状粒子が水に分散した分散液が完成する。
【0024】
この薄膜状粒子の分散液は、一般的な酸化黒鉛と同様、高濃度のままで乾燥させると、多数の粒子が凝集し、再度の分散が困難となる(逆に、これまでの酸化黒鉛の構造についての多くの研究は、この凝集状態の固体に対するものであり、本発明のような薄膜状粒子は知られていなかった)。そこで、この薄膜状粒子を具体的な目的に用いる場合には、その保存を含めてできるだけ分散液のままで扱うこと、極めて低濃度の分散液からの乾燥、噴霧乾燥、凍結乾燥などで凝集の少ない薄膜状粒子を得ること、分散液のままで用いて他の物質と混合すること、などが望ましい。
【0025】
分散液のままで用いる場合、用途によっては水以外の分散媒が望ましいことがある。その場合には、前記の精製の途中で他の分散媒を用いるか、精製後に分散液を遠心分離などで濃縮して水を減らしてから、他の溶媒を加えて混合後に遠心分離などで濃縮することを繰り返して、分散媒を交換すればよい。ここで、薄膜状粒子は極性が高いため、誘電率の高い極性の分散媒との親和性が高く、そのような分散媒を用いれば薄膜状粒子の凝集が少ない。具体的には、比誘電率で約15以上の分散媒が望ましい。また、分散媒の交換の際に、2種の分散媒同士の相溶性がよくない場合には、それら2種の分散媒の両方に相溶性のよい第3の分散媒を経由して交換してもよい。
【0026】
本発明で得られる薄膜状粒子は、水酸基などの官能基を持っているため、例えば、ホルムアルデヒド、カルボン酸類、イソシアン酸エステル類、エポキシ化合物などとの反応が期待できる。その場合、薄膜状粒子と反応させる他の分子が複数の官能基または複数の結合を生じる官能基を持っていると、複数の薄膜状粒子の間を架橋することになる。
【0027】
本発明で得られる薄膜状粒子を他の有機または無機の重合性物質と混合し、その重合性物質を重合させると、薄膜状粒子を含む複合体とすることができる。この場合、薄膜状粒子の分散液を他の重合性物質に混合し、分散媒を除いてから重合すると、複合体の中での薄膜状粒子の凝集を最小限にすることができる。
【0028】
本発明で得られる薄膜状粒子に電子物性を期待する場合には、この薄膜状粒子を還元し、黒鉛類似のsp2結合主体の電子状態にして、電気伝導性を高めることが望ましい。還元には還元剤を用いる各種の公知の還元反応や電極反応(電解還元)が利用可能であるが、特に還元剤を用いる場合には、基本層まで分解できていないと、多層粒子の内部までの完全な還元は困難であると考えられる。他方、酸化黒鉛の一般的挙動として、加熱により多層内部まで黒鉛類似の構造にすることが可能であり、複数の粒子が凝集した状態で加熱すれば、多層粒子内部の層間や複数の粒子間にパイ結合が生じて、通常の黒鉛フィルムなどの巨視的な形状の付与も可能であることが知られている(J.Maire et al.,Carbon,6,555(1968))。本発明の薄膜状粒子は、特に薄い形状を持つために、同様の加熱により黒鉛類似の構造にすることで、カーボンナノフィルムまたは黒鉛ナノフィルムと呼べるような単独の薄膜状黒鉛粒子となる。このような単独の薄膜状黒鉛粒子、またはそれが複数個で平面状に凝集したより大きな膜状構造体は、電子物性などに2次元の量子効果を発現すると期待される。具体的な利用に際しては、例えば薄膜状粒子を高耐熱性の適当な基板に乗せて、加熱により還元し、得られた薄膜状黒鉛粒子を各種のエッチング方法などにより所定の形状に加工すればよい。
【0029】
また、この薄膜状黒鉛粒子と他の重合性物質を混合し、重合性物質を重合させて、薄膜状黒鉛粒子を含む複合体とすることも可能であり、例えば複合体に電気伝導性を与えることが可能となる。
【0030】
さらに、この薄膜状黒鉛粒子は、薄膜状ダイヤモンド、薄膜状大型炭化水素などの新規な炭素構造体の前駆物質となる可能性がある。
【0031】
本発明で得られる薄膜状粒子は、緻密な炭素骨格を持つ薄い構造体であるため、その還元型を含めて、粒子単独の場合や、複数の粒子が平面状に凝集してより大きな膜状構造体となった場合に、ミューオンや陽子などの素粒子、小さなイオン、低分子などの選択透過性または遮蔽性の膜材料となる可能性がある。
【0032】
【実施例】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【0033】
実施例1
天然黒鉛((株)エスイーシー製、SNO−25、純度99.97wt%以上、2900℃の加熱で不純物などを除いた精製品、平均粒径24μm、粒径4.6μm以下と61μm以上が各5wt%)10g、硝酸ナトリウム(純度99%)7.5gを三角フラスコに入れ、硫酸(純度96%)345cm3を加えて撹拌子を入れて、氷水を入れた水浴で冷却しながら撹拌し、この中に過マンガン酸カリウム(純度99%)45gを約1時間で徐々に加えた。2時間で冷却を終了し、さらに緩やかに撹拌しながら、約20℃で5日間放置した。得られた高粘度の液を、5wt%硫酸水溶液(希釈用の水には伝導度0.1μS/cm未満のものを用いた(以下同じ))1000cm3に約1時間で撹拌しながら加えて、さらに2時間撹拌した。得られた液に過酸化水素(30wt%水溶液)30gを加えて、2時間撹拌した。
【0034】
この液を遠心瓶(内容量は約400cm3)3本に移して遠心分離(最大回転半径17cm(以下同じ)、1000rpm、10分)し、上澄み(沈殿も少し混入する、以下同じ)を廃棄して沈殿のみとした。さらに、沈殿を遠心瓶に入れたまま、3wt%硫酸/0.5wt%過酸化水素の混合水溶液(沈殿に対して約6倍〜約4倍、操作が進むにつれて倍率は減少)を加えてから、蓋をして、瓶を振って沈殿を再分散させ、遠心分離(3000rpm、20分)して、上澄みを廃棄する操作を15回行った。混合水溶液として合計約13kgを用いた。
【0035】
加える液を水に替えて、同様に再分散と遠心分離(7000rpm、30分)と上澄みの廃棄を2回繰り返した。さらに水を加えて再分散させ、1日間放置して沈殿しやすい少量の粒子(厚い粒子など)のみを沈殿させた。この沈殿を除き、沈殿しなかった液を遠心分離(7000rpm、30分)して、上澄みを廃棄した。上澄み以外は、下部の流動しにくい沈殿と上部の少し粘度の高い液であり、合計約650cm3となった。
【0036】
この流動しにくい沈殿と少し粘度の高い液とを撹拌し、均質の液にしてから、その約1/2(残りは実施例2で使用)を遠心瓶6本に分割し、同様に水(約5倍〜0.4倍、操作が進むにつれて倍率は減少)を加えて再分散と遠心分離(7000rpm、60分)と上澄みの廃棄を合計20回繰り返した。その後、少量の水を加えて撹拌し、高度に精製した薄膜状粒子の水分散液、1350cm3を得た。液の一部を乾燥して乾燥前後の重量変化から、液中の薄膜状粒子の濃度は0.45wt%となった。
【0037】
得られた水分散液をガラス板に乗せて、温度約20℃、相対湿度約40%で約10日間かけて乾燥させ、X線回折測定を行った。0.83nmに対応するピークが得られた。これは一般的に知られている酸化黒鉛(層間に水を保持した場合)の層間距離に対応する。
【0038】
得られた水分散液を少量ガラス板に乗せ、乾燥後に光学顕微鏡(OM)で観察したところ、輪郭が明らかで平面方向の広がりが最大で数十μmの大きな薄膜状粒子と、ガラス板の全面を覆う膜状のもの(後記の電子顕微鏡観察との対比より、特に薄い粒子の集合体である可能性が高い)が存在していた。また、粒子は光をよく透過し、反射光での観察が適していた。
【0039】
同じ水分散液を水で100倍に希釈してからガラス板に乗せて乾燥させて、薄膜状粒子の厚さの平均値を出すことを試みた。液中から乾燥して付着した粒子集合体の平均の厚さが約12nmと計算(粒子の密度を2.1g/cm3とした)される場合に、液が拡がった全面にほぼ粒子3枚程度以上が重なっていることがOM観察で確認された(粒子は極めて薄いが、ガラスよりも反射率が高いため、識別できた)。これより、個々の薄膜状粒子の厚さは平均4nm未満となる。
【0040】
同じ水分散液をメタノール(純度99.8%)で約200倍に希釈し、参照物質として微粉砕した天然黒鉛を少量加えてから、電子顕微鏡観察用のカーボンマイクログリッド貼付の銅メッシュに乗せて乾燥させた。これを予めOM観察し、マイクログリッド上に乗った薄膜状粒子の重なりの多い領域(反射光の多い領域)と重なりの少ない領域(反射光の少ない領域)とを確認してから、透過型電子顕微鏡(TEM)で像観察と電子線回折(ED)測定を行った。
【0041】
低倍率のTEM像では、いずれの領域においても、広い範囲でほとんど特別な模様は見られなかったが、一部に多数の線状の模様が観察された。また、EDでは、重なりの多い領域は、互いに回転関係にある複数組の6回対称のED像(黒鉛類似)が重なり合った、複雑なED像を与えた。これより、複数個の薄膜状粒子(各粒子の内部は結晶性が高い)が重なり合っていることが裏付けられた。他方、重なりの少ない領域は、同じ6回対称のED像を1組のみ与えた。これより、単独の薄膜状粒子(粒子の内部は結晶性が高い)であることが分かった。それらのED像より求められる格子面間隔(各層の内部にある炭素の作る格子面の間隔であり、層間の間隔ではない)は、天然黒鉛のED像を参照として、約0.215nmと計算された。この値は薄膜状粒子が緻密な結晶性の炭素骨格を持っていることを示す。また、薄膜状粒子ごとメッシュを傾斜させた場合のED像の消失角度から、ED像を与える基本層の厚さは約0.4nmとなった。
【0042】
さらに、TEM像で、その単独の薄膜状粒子に含まれる線状の模様を拡大して観察したところ、線状の模様の内部に結晶格子に対応する縞模様が見えた。これは、メッシュの面に垂直(電子ビームの進行方向に平行)な部分が存在することを示す。すなわち、この部分は、分散液中では平坦であった粒子の一部が、例えば乾燥しつつマイクログリッド上に粒子が捕捉される段階で、皺(平面方向に対して垂直に立ち上がり、また戻る構造)になったものと考えられた。そして、その格子縞の間隔は約0.3〜0.6nmであった。この値の上限は、酸化黒鉛(炭素骨格の厚さが炭素原子1個分で、その両側の面に水酸基などがあり、層間の水が極めて少ない場合)の基本層の間隔0.61nm(M.Mermoux et al.,Carbon,29,469(1991))に近く、下限は黒鉛の基本層の間隔0.34nmに近い。そのため、例えば、酸化黒鉛の基本層、または酸化黒鉛の基本層が電子線で加熱され、還元されて黒鉛となった構造、さらにそれらの中間的な構造に対応している可能性が高い。また、皺の幅の半分が薄膜状粒子の厚さに対応すると仮定して、複数個の薄膜状粒子について多数の皺を観察し、薄膜状粒子の厚さは薄いもので約2nm、厚いもので約7nmと実測された。
【0043】
以上のように、得られた薄膜状粒子は極めて薄いこと、薄いために緻密な炭素骨格でありながら変形可能であること、が分かった。
【0044】
実施例2
実施例1で均質にした残り約1/2の液を再生セルロース製のチューブ(断面積5cm2、厚さ30μm、分画分子量は12000〜14000であり、密度1g/cm3の球状タンパク質を仮定して計算すると直径約3.5nm以下の粒子を透過する)に入れて密封し、約20倍の水を外液として透析した。外液を約2日ごとに合計10回交換してから、内部の液を取り出して、高度に精製した薄膜状粒子の水分散液、450cm3を得た。濃度は1.5wt%であった。
【0045】
OM観察とTEM観察により、実施例1と同様の極めて薄い粒子が確認された。
【0046】
実施例3
実施例1で得た薄膜状粒子の水分散液の一部を遠心分離(7000rpm、30分)し、上澄みを捨て、残りのうち上部の少し粘度の高い液の部分を少量取り出してガラス瓶に入れ、水で約100倍に希釈した。この液を入れたガラス瓶を150℃のホットプレート上に置き、液を約20分間加熱(煮沸)した。
【0047】
得られた液をメタノールで約10倍に希釈し、カーボンマイクログリッド貼付の銅メッシュに乗せて乾燥させた。これを予めOMで観察し、マイクログリッド上に乗った薄膜状粒子の重なりの多い領域と重なりの少ない領域とを確認してから、TEMで観察した。
【0048】
いずれの領域でも実施例1と同様な皺が観察されたが、皺は実施例1の場合ほど鮮明ではなかった。重なりの少ない領域に存在する皺を高倍率で観察しようとしたところ、強い電子ビームの熱的な影響により皺が解消してしまうためか、観察できなかった。他方、重なりの多い領域の皺は、皺のある粒子が他の皺のない粒子によって補強されるためか、不鮮明ながらも観察可能であり、特に幅の狭い皺の特に狭い部分から、薄膜状粒子の厚さは約1nm未満となった。これは実施例1の場合よりも小さい。基本層の表面に存在する水酸基などの官能基の大きさまで考慮すると、基本層の厚さは約0.61nm(M.Mermoux et al.,Carbon,29,469(1991))であるから、得られた厚さは基本層の厚さに近く、元の多層構造がほぼ完全に分離したと考えられた。
【0049】
実施例4
大きな粒径の天然黒鉛((株)エスイーシー製、純度99.76wt%以上、2900℃の加熱で金属元素などを除いた精製品、直径約1.4〜2.0mm、厚さ0.1mm以下の鱗片状)1gを用い、極めて緩やかに撹拌しながら10日間の放置時間で酸化した以外は実施例1と同様にして、薄膜状粒子の水分散液を得た。
【0050】
OM観察したところ、得られた粒子は平面方向の大きさが平均約0.1mmになっていたが、約0.3mm以上の粒子もわずかに含まれていた。
【0051】
実施例5
実施例1で得た薄膜状粒子の水分散液を遠心瓶に入れ、アセトン(25℃における比誘電率20.7、純度99.5%、水分散液の約2倍〜4倍、操作が進むにつれて倍率は増大)を加えて再分散と遠心分離(7000rpm、30分)と上澄みの廃棄を合計3回繰り返した。得られた沈殿は濃度が約1.7wt%で、流動性のない固まりであった。
【0052】
さらにこの固まりを遠心瓶に入れたまま、2−ブタノン(20℃における比誘電率18.5、純度99%、アセトン分散液の約4倍)を加えて再分散と遠心分離(7000rpm、30分)と上澄みの廃棄を合計3回繰り返した。得られた沈殿は濃度が約2.0wt%で、流動性のない固まりであった。
【0053】
以上のように、薄膜状粒子は水以外の液体でも分散系を作ることができた。ただし、誘電率の低下に伴い、粒子間の反発が小さくなるために、より高濃度の沈殿を生成しやすくなった。また、その形状の異方性が高いために、数%の低濃度でも周囲の分散媒を保持して、分散液の流動性が著しく低下した。
【0054】
さらに、2−ブタノンを含む薄膜状粒子の沈殿に2−ブタノンを加え、撹拌して再分散させ、薄膜状粒子を約0.5%含む2−ブタノン分散液とした。この液と、エポキシ樹脂(クレゾールノボラックエポキシ型、硬化剤にイミダゾール類、60wt%の2−ブタノン溶液)を混合し、60℃に加熱しながら減圧して2−ブタノンを除いてから、160℃、2時間で硬化させることで、約1.5wt%の薄膜状粒子が均一に分散した複合体を得た。
【0055】
実施例6
実施例1で得た薄膜状粒子の水分散液をガラス板の上に乗せ、また、同じ水分散液をメタノールで200倍に希釈した液をカーボンマイクログリッド貼付の銅メッシュの上に乗せて、いずれも約20℃で乾燥後に200℃で加熱して、薄膜状粒子を還元した。
【0056】
ガラス板の上の還元物(厚さ約30μm、拡がりは2cm×2cm程度)について通常の電気用テスターを用いて電極間隔1mmで電気抵抗を測定したところ、約800Ωであった(同じ測定方法で厚さ0.5mmの低配向の黒鉛シートは1.5Ωであった)。また、この還元物をガラス板から剥離し、1000℃で加熱した場合には、同約5Ωとなった。
【0057】
銅メッシュに乗せた粒子の形状をOMで観察したところ、200℃の加熱の前後で形状はほとんど変化していなかった。また、加熱で粒子が少し着色し、反射率が高まったが、メッシュ上に乗っている厚さが少ないために半透明であった。
【0058】
実施例7
実施例4で得た薄膜状粒子を含む水分散液を水で希釈してガラス板の上に乗せ、約20℃で乾燥後に200℃で加熱して、薄膜状粒子を還元した。OM観察したところ、ガラス板上の還元前の粒子は、その一部が弱い明暗の差で識別できるだけであったのに対して、還元後には、すでに識別できていた粒子は極めて識別し易くなり、さらにガラスの全面に弱い明暗の差で識別できる粒子が見えた。還元により粒子が少し着色し、反射率が高くなることで、より薄い粒子まで識別できるようになったと考えられる。また、これらの粒子は還元後も半透明であった。
【0059】
実施例8
実施例1で得た薄膜状粒子を含む水分散液を水で約50倍に希釈し、アルミニウム粉末(純度99.9%、平均粒径3μm)と塩酸(35wt%水溶液)を加え、超音波を照射して、薄膜状粒子の水素化を試みた。薄膜状粒子は、少なくともその表面が還元され、疎水性で巨視的に黒色の粒子となって、大部分が液面に浮かんだ。生じた粒子を濾過により水洗し、少量の水と共に乾燥させずに回収して容器に入れた。
【0060】
粒子を乾燥させて各種測定を行った。OM観察したところ、得られた粒子は半透明であった。TEM観察したところ、紙をつぶしたように乱雑に折れ曲がって変形した、薄膜状粒子の単独または複数での凝集物が確認された。さらにX線回折測定したところ、元の薄膜状粒子で認められた0.83nmに対応するピークは完全に消失しており、変形と凝集により配向性が極めて低くなったことが分かった。
【0061】
本発明による薄膜状粒子は、極めて薄いために、緻密な炭素骨格を持ちながら粒子内部での変形が可能であり、分散媒との親和性が低下すると、線形屈曲性高分子のように自己凝集を生じる場合があることが分かった。
実施例9
【0062】
実施例1で得た薄膜状粒子を含む水分散液に2枚の白金電極(液に接触している面積は各約6cm2、間隔1cm)を入れ、直流(19Vで約0.02A)を印加した。正極(電源基準)では薄膜状粒子と同様の色の高粘度の付着物が生成し、負極では水素の発生と共に黒色の付着物が生成した。
【0063】
各電極を別の容器の水に入れ、各付着物を電極から離した。正極の付着物は再度水に分散し、OMで元の薄膜状粒子と同様の粒子が観察された。これは、水酸基がわずかに減少して一時的に凝集した薄膜状粒子であると考えられた。また、負極の生成物は、水に分散せずに沈殿し、OMで実施例8と同様の凝集物が観察された。これは、生成した水素の一部が水素分子になる前に薄膜状粒子を還元することで生成した凝集物であると考えられた。
【0064】
比較例1
天然黒鉛の代わりに合成黒鉛(TIMCAL AMERICA INC.製、TIMREX KS75、純度99.9%以上、平均粒径は約15μm)を用いて、実施例1と同様に酸化と精製を行った。原料の合成黒鉛とは明らかに異なる、水との親和性の高い粒子の分散液になったが、実施例1における分散液よりも粘度が低く、遠心分離でもより高濃度の沈殿を生じた。
【0065】
OMで観察したところ、非平面状の粒子が大部分で、平面状の粒子はわずかであった。これらは、いずれも透明であったが、大部分が透過光で容易に識別できる程度に厚かった。
【0066】
比較例2
酸化時間を2時間とし、沈殿し易い粒子の除去を行わない以外は実施例1と同様にして、黒鉛の酸化と精製を行った。
【0067】
OMで観察したところ、直径で約40μm以下の粒子はほとんどが透明で薄い平面状になっていた。他方、より大きな粒子は、非平面状のものと平面状のものからなり、いずれも透過光で容易に識別できる程度に厚く、粒子の周辺部分は透明であるが中央部分は黒色で不透明であった。中央部分は酸化されていないと考えられた。
【0068】
比較例3
実施例1と同様に、黒鉛を酸化し、3wt%硫酸/0.5wt%過酸化水素の混合水溶液で洗浄した後の段階の分散液をOMで観察した。大部分が平面状粒子であったが、その大部分は透過光で容易に識別できる程度に厚かった。実施例1との比較から、小さなイオンを除去する段階で層の分離が進行することが分かった。
【0069】
比較例4
実施例1で得た薄膜状粒子の水分散液を、ホットプレートに乗せたガラス板の上で約50℃に加熱して水を除き、厚さ約0.1mmの固まりの乾燥物とした。
【0070】
得られた乾燥物を水に入れ、6時間撹拌した。肉眼で識別できるような凝集物があり、完全な再分散は困難であった。
【0071】
【発明の効果】
本発明の薄膜状粒子は、従来知られていた酸化黒鉛よりも極めて薄く、異方性の高い形状を持つ。そのため、粒子の内部に緻密な炭素骨格を持つにも関わらずしなやかに変形することが可能であり、また、他の物質と複合化する場合には低い分率の添加で高強度などの各種性能を発現することが期待される。さらに、この薄膜状粒子を還元して黒鉛類似の電子状態にすると、電気伝導性を示し、その形状が極めて薄いために2次元の量子効果を発現することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【図1】薄膜状粒子の光学顕微鏡写真(ガラス板上)
【図2】薄膜状粒子の透過型電子顕微鏡写真(多数の皺を含む平面で、皺以外の平面部分は認識できない、黒くて太い部分はカーボンマイクログリッド)
【図3】薄膜状粒子の透過型電子顕微鏡写真(1本の皺の拡大)
【図4】アルミニウムと塩酸で還元された薄膜状粒子の凝集物の透過型電子顕微鏡写真
Claims (7)
- 黒鉛を酸化して得られ、厚さが0.4〜10nm、平面方向の大きさが20nm以上であり、比誘電率が15以上の液体に分散可能であることを特徴とする炭素からなる骨格を持つ薄膜状粒子の合成方法であって、
黒鉛を酸化して酸化黒鉛を生成する酸化工程、および該酸化工程の後に反応液中の酸化黒鉛由来以外の小さなイオンを除去する精製工程を含み、
該精製工程は、反応液中の酸化黒鉛由来以外の小さなイオンの濃度を10mol/m3以下とすることを特徴とする、薄膜状粒子の合成方法。 - 原料の黒鉛として、天然黒鉛を用いることを特徴とする請求項1に記載の薄膜状粒子の合成方法。
- 原料の黒鉛として、不純物が0.5%以下に除去された黒鉛を用いることを特徴とする請求項1に記載の薄膜状粒子の合成方法。
- 該酸化工程において、黒鉛の粒径10μm当たり30分以上の酸化時間で黒鉛を酸化することを特徴とする請求項1に記載の薄膜状粒子の合成方法。
- 該精製工程において、酸化黒鉛の濃度を5wt%以下として反応液中の酸化黒鉛由来以外の小さなイオンを除去することを特徴とする請求項1に記載の薄膜状粒子の合成方法。
- 請求項1〜5のいずれかに記載の合成方法で得られた薄膜状粒子を還元剤により還元することを特徴とする薄膜状黒鉛粒子の合成方法。
- 請求項1〜5のいずれかに記載の合成方法で得られた薄膜状粒子を還元剤により還元することを特徴とする薄膜状黒鉛粒子の集合体の合成方法。
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