JP3734504B2 - 新規なケラタン硫酸分解酵素 - Google Patents

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Description

技術分野
本発明は、新規なケラタン硫酸分解酵素及びその製造方法、並びにこの酵素を生産する新規な微生物に関する。
背景技術
従来、ケラタン硫酸を分解する微生物由来の酵素(以下、単に「ケラタン硫酸分解酵素」という)としては、ケラタン硫酸糖鎖骨格中のガラクトシド結合を加水分解するエンド−β−ガラクトシダーゼ型酵素、及びN−アセチルグルコサミニド結合を加水分解するエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型酵素が知られている。
エンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型酵素生産菌としては、既に本発明者等が土壌より単離したバチルス(Bacillus)属細菌Ks36株のみが知られ、その菌学的特徴や酵素化学的性状についても明かにされている(特開平2−57182号公報参照)。
ケラタン硫酸には、動物の角膜中に存在するケラタン硫酸Iと、軟骨などの組織に含まれるケラタン硫酸II及びケラタンポリ硫酸とがあり、いずれもガラクトース及びN−アセチルグルコサミンの2糖を構成単位とするコポリマ−であるが、前者がN−アセチルグルコサミンの6位の炭素の水酸基が多いのに対し、後者はN−アセチルグルコサミンの6位及びガラクトースの6位の両方の水酸基が硫酸化されたジ硫酸2糖の成分の占める割合が高い。
エンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型のケラタン硫酸分解酵素は、これらケラタン硫酸に対して作用し、分解物として主に硫酸化ケラタン硫酸2糖及び硫酸化ケラタン硫酸4糖を生成し、前者の2糖は還元末端糖がN−アセチルグルコサミンであるモノ硫酸化ケラタン硫酸2糖及びジ硫酸化ケラタン硫酸2糖である。
このように、エンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型のケラタン硫酸分解酵素による主なケラタン硫酸分解物は、N−アセチルラクトサミン骨格を有する硫酸化ケラタン硫酸2糖及び硫酸化ケラタン硫酸4糖である。
N−アセチルラクトサミンは、人乳のオリゴ糖やリポ多糖、各種の糖蛋白質及び糖脂質の糖鎖中に存在し、母乳栄養児の腸内細菌の一つビフィズス菌の発育因子(ビフィズス因子)としても知られ、育児用調製粉乳のような高度栄養食品への利用も重要視されている。また近年、N−アセチルラクトサミンのN−アセチルグルコサミン残基にα−1,3結合によりフコースが結合し、また同時にガラクトース残基にα−2,3結合によりシアル酸が結合した、いわゆるシリアルLeX糖鎖に代表されるオリゴ糖が、細胞接着阻害活性を有し、抗炎症剤の素材としての可能性が期待されていることから、シリアルLeX糖鎖合成の出発材料としてもN−アセチルラクトサミンは重要視されている。
N−アセチルラクトサミンの製造方法としては、酵素合成法や、ケラタン硫酸分解酵素による分解物である硫酸化ケラタン硫酸2糖を脱硫酸する方法などが知られている。また、上述の様にケラタン硫酸をケラタン硫酸分解酵素により分解して硫酸化N−アセチルラクトサミン4糖を製造する方法が知られている。しかし、これらの方法において用いられるエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型のケラタン硫酸分解酵素としては、前述したように、Ks36株に由来するケラタン硫酸分解酵素(ケラタン硫酸分解酵素II)のみが知られており、この酵素の熱安定性はほぼ30℃迄と充分ではなく、硫酸化ケラタン硫酸2糖又は4糖を工業的規模で大量製造するには適当な酵素とは言えない。特に、バッチ分解法又は固定化酵素分解法で硫酸化ケラタン硫酸2糖又は4糖を製造する場合には、熱安定性の高いケラタン硫酸分解酵素が望ましく、耐熱性の高いエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型のケラタン硫酸分解酵素の開発が望まれていた。
発明の開示
本発明は、上記観点からなされたものであり、耐熱性の高いエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型の新規なケラタン硫酸分解酵素、この酵素を生産する新規な微生物、並びに前記酵素の製造方法を提供することを課題とする。
本発明者らは、耐熱性の高いエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型のケラタン硫酸分解酵素生産菌を得るため、広く土壌菌を検索した結果、埼玉県下の土壌より所期の目的に合った酵素を生産するバチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)を単離することに成功した。この菌株が生産するケラタン硫酸分解酵素の作用は、従来のケラタン硫酸分解酵素IIと同等であるが、熱安定性(45℃迄安定)など他の酵素化学的性状も異なることから、極めて特徴的な酵素であることが確認され、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明のケラタン硫酸分解酵素(以下、「本酵素」あるいは「本発明酵素」ともいう)は、下記の理化学的性質を有する新規酵素である。
▲1▼作用:
ケラタン硫酸に作用し、そのN−アセチルグルコサミニド結合を加水分解する。
▲2▼基質特異性:
ケラタン硫酸I、ケラタン硫酸II及びケラタンポリ硫酸に作用し、主な分解物として硫酸化ケラタン硫酸2糖及び硫酸化ケラタン硫酸4糖を生じる。
▲3▼至適反応pH:
4.5〜6(0.1M 酢酸緩衝液及び10mM トリス−酢酸緩衝液中、37℃)
▲4▼pH安定性:
6〜7(0.1M 酢酸緩衝液及び10mM トリス−酢酸緩衝液中、37℃、1時間放置)
▲5▼至適反応温度:
50〜60℃(0.1M 酢酸緩衝液、pH6.0、10分反応)
▲6▼熱安定性:
少なくとも45℃以下で安定(0.1M 酢酸緩衝液、pH6.0、1時間放置)
上記性質を有するケラタン硫酸分解酵素は、バチルス・サーキュランスによって産生され得る。
また、本発明のケラタン硫酸分解酵素の製造方法は、バチルス属に属し、本発明のケラタン硫酸分解酵素の生産能を有する細菌を培地で培養し、この培地又は/及び細菌菌体からケラタン硫酸分解酵素を採取することを特徴とするものである。
この方法で用いるバチルス属細菌は、バチルス・サーキュランスであることが好ましい。また、細菌菌体からのケラタン硫酸分解酵素の採取は、細菌菌体を溶解または破砕して得られる菌体抽出液をデオキシリボヌクレアーゼ処理し、その後の菌体抽出液から行うことが好ましい。
本発明のバチルス・サーキュランスは、バチルス属に属し、前記性質を有するケラタン硫酸分解酵素生産能を有するものである。この様なバチルス・サーキュランスとして具体的には、バチルス・サーキュランスKsT202株が挙げられる。
以下、本発明について詳細に説明する。
<1>本発明のケラタン硫酸分解酵素を産生する新規菌株
本発明酵素は、バチルス属に属する細菌によって生産され得る。本発明に用いるバチルス属細菌は、本発明酵素の生産能を有するバチルス属細菌であれば特に制限されないが、バチルス・サーキュランス、特にバチルス・サーキュランスKsT202株が好ましい。この菌株は、後記実施例に示すように、本発明者らが埼玉県下の土壌から分離した新規菌株であり、その菌学的性質からバチルス・サーキュランスと同定された。また、本菌株はケラタン硫酸を資化するが、公知のバチルス・サーキュランスがケラタン硫酸を資化するという報告は今までにはなく、この点で公知の菌株と区別される新菌株であり、KsT202株と命名された。この様に本発明のケラタン硫酸分解酵素を産生するバチルス・サーキュランス自体新規であり、本菌株に限らず上記性質を有する本発明のケラタン硫酸分解酵素を産生するバチルス・サーキュランスは、本発明に含まれる。
ケラタン硫酸分解酵素を産生する微生物は、次のようにして取得することができる。窒素源、無機塩類及びケラタン硫酸を含む液体培地に土壌等の分離源を少量添加し、数日間培養する。培養後、培養上清を濾紙にスポットし、同様に培地(対照)も濾紙にスポットする。風乾後、トルイジンブルー液に濾紙を浸し、薄い酢酸液で充分濾紙を洗浄した後、スポットした部位の色調を培養上清と対照とについて比較する。トルイジンブルーは、ケラタン硫酸と結合して青色を示すので、対照に比べて色調が薄くなった試料にはケラタン硫酸資化性菌の存在が確認される。ケラタン硫酸資化性菌を含む培養液から、平板培地(例えば、ハートインフュージョン寒天培地:Heart infusion Agar)を用いて、常法により純粋分離する。純粋分離した種々の菌について、液体培地を用いて上記と同様にしてケラタン硫酸の資化能を調べることにより、目的とするケラタン硫酸資化性菌を得ることができる。
上記のようにして分離されたバチルス・サーキュランスKsT202株は、平成6年9月5日に通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(郵便番号305 日本国茨城県つくば市東一丁目1番3号)に微生物受託番号第FERM P−14516として寄託され、平成7年11月6日にブタペスト条約に基づく国際寄託に移管され、FERM BP−5285の受託番号で寄託されている。
<2>本発明のケラタン硫酸分解酵素
本発明のケラタン硫酸分解酵素は、ケラタン硫酸分解酵素産生能を有するバチルス属細菌、例えばバチルス・サーキュランスKsT202株を、通常、微生物の培養に用いられる栄養培地、好ましくは酵素生産能を高めるためにケラタン硫酸或はこれらを含む物質を添加した培地で培養することにより、培地中或は菌体中に生産蓄積されるので、公知の方法で採取することができる。
更に本酵素の製造方法を、バチルス・サーキュランスKsT202株を例として具体的に説明すると、まずバチルス・サーキュランスKsT202株を適当な栄養培地、例えば適当な炭素源、窒素源、無機塩類、ケラタン硫酸或はこれらを含む物質などを含む培地で培養して本酵素を培地中か菌体中に生産蓄積させる。炭素源としては、資化できるものはいずれの物質も利用でき、例えば、D−グルコース、L−アラビノース、D−キシロース、D−マンノース、デンプン、各種ペプトン類などが挙げられる。窒素源としては、酵母エキス、麦芽エキス、各種ペプトン類、各種肉エキス類、コーンステープリカー、アミノ酸溶液、アンモニウム塩など有機、無機の窒素化合物又はこれらを含有した物質が利用できる。無機塩としては、各種リン酸塩、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、カルシウムなどの塩類が使用される。また必要に応じて菌の生育或は酵素生産に必要な各種の無機物や有機物、例えばシリコーン油、ゴマ油、各種界面活性剤などの消泡剤やビタミン類を培地に添加することができる。
本発明においては、本酵素の誘導物質としてケラタン硫酸又はそれらを含有する物質を添加すれば、大量に本酵素を生産させることができる。これら誘導物質の添加は培養当初からでも培養途中に行ってもよい。添加量は、ケラタン硫酸としての添加量で、通常0.2〜2%の範囲であれば、良い結果が得られる。
培養の形態は、液体培養でも固体培養でもよいが、通常は液体培養が好適であり、工業的には深部通気撹拌培養を行うのが有利である。本発明における培養條件は、本酵素の生産に最も有利な条件を適当に選択、調節して行う。培養温度は30〜45℃の範囲内で適宜変更することができるが、好ましくは35〜45℃である。培養時間は培養条件によって異なるが、通常8〜24時間程度であって、本酵素が最高蓄積量になる時期に培養を終了すればよい。培地のpHは培地調製時に中性付近にあればよく、通常の場合は特に調節の必要はない。
こうして得られた培養液の上清及び菌体の双方から本発明酵素を得ることができる。菌体中にある酵素は、超音波破砕法、浸透圧ショック、ポリオキシエチレン(23)ラウリルアルコールエーテル(Brij-35)等の非イオン系界面活性剤を用いた溶菌法、凍結菌体融解法、あるいはリゾチーム等の溶菌酵素を用いた溶菌法、または、これらの方法の組み合わせ等により、菌体を破砕あるいは溶解することによって、菌体抽出液として得られる。さらに、菌体抽出液をデオキシリボヌクレアーゼ類で処理すると、菌体抽出液の回収量が上がり、酵素抽出量も向上する。この効果は、特に溶菌酵素を用いて溶菌させた場合に著しい。また、界面活性剤を用いると抽出効率はよくなるが、その後の硫安塩析が困難になることがある。
培養上清中あるいは菌体抽出液中のケラタン硫酸分解酵素は、これらに硫酸アンモニウムを加え、0.7飽和として析出した沈澱物を透析した後、イオン交換体、ゲル濾過担体、ハイドロフォービック(疎水性)担体などを用いたクロマトグラフィーにより精製することができる。
本発明酵素の活性は、例えば、ケラタン硫酸分解によって生じる還元末端の増加をパーク−ジョンソン法〔J.Biol.Chem.,181,149,(1949)〕により測定することができる。即ち、サメ軟骨由来のケラタンポリ硫酸(10mg/ml)10μlに対し、酵素液10μl、0.1M酢酸緩衝液(pH6.0)180μlを加え、37℃で10分間反応させる。反応停止は、パーク−ジョンソン法の炭酸−シアン化物溶液を200μl加えることによって行い、次にフェリシアニド溶液を200μl加えて沸騰浴中で15分間加熱する。反応液を水中で冷却した後、第二鉄溶液1mlを加えて混合し、15分後に690nmの吸収を測定する。この時の吸光度をAとし、同反応液のゼロ時間における吸光度をAo、更に標準試薬として反応液の代わりに10μg/mlのガラクトース溶液を200μl用いて同様に処理した場合の吸光度をAstとする。
上記条件下で1分間に1μモルのガラクトースに相当する還元末端を生成する酵素量1単位(以下、「Units」または「U」と略記することもある)は、下記式から算出される。
Figure 0003734504
次に本発明の新規ケラタン硫酸分解酵素の理化学的性質を示す。
▲1▼作用:
ケラタン硫酸に作用し、そのN−アセチルグルコサミニド結合を加水分解する。
▲2▼基質特異性:
ケラタン硫酸I、ケラタン硫酸II及びケラタンポリ硫酸に作用し、主な分解物として硫酸化ケラタン硫酸2糖及び硫酸化ケラタン硫酸4糖を生じる(図1参照)。
また、分解物として硫酸化ケラタン硫酸5糖を生じることも確認されている。
脱硫酸化したケラタンには作用せず、作用部位の糖鎖には硫酸基を必要とする。ケラタン硫酸以外のグリコサミノグリカンには作用しない。
高濃度のケラタンポリ硫酸溶液(10%)中でも作用する(図2参照)。
▲3▼至適反応pH:
0.1M酢酸緩衝液及び10mMトリス−酢酸緩衝液中、37℃で測定した結果、pH4.5〜6である(図3参照)。
▲4▼pH安定性:
0.1M酢酸緩衝液及び10mMトリス−酢酸緩衝液中で37℃、1時間放置した場合、pH6〜7付近で安定である(図4参照)。
▲5▼至適反応温度:
0.1M酢酸緩衝液pH6.0で37〜65℃の温度範囲で10分反応した場合、至適温度は50〜60℃であった(図5参照)。
▲6▼熱安定性:
0.1M酢酸緩衝液pH6.0で30〜55℃の温度範囲で1時間加温し、残存する活性を測定した結果、45℃では失活は見られず、50℃でも65%の活性が残存していた(図6参照)。
▲7▼分子量:
SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(ゲル濃度7%)で、本酵素を還元及び非還元下で泳動した場合、いずれも同じ移動度の単一バンドを示し、標準タンパク質による検量曲線から分子量は約200,000ダルトンと算出された(図7参照)。
▲8▼阻害:
次の各種薬剤存在下(最終濃度1mM)で本酵素の活性を測定した結果、阻害は見られなかった。
Na+、K+、Mn2+、Mg2+、Co2+、Ba2+、Ca2+、Zn2+、SO4 2-、PO4 3-、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、PCMB(p−クロロメルクリ安息香酸)
以上の結果を、公知のエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型のケラタン硫酸分解酵素であるケラタン硫酸分解酵素II(特開平2−57182)と比較検討すると、本発明の酵素は、高濃度のケラタンポリ硫酸に対する反応性、至適pH、pH安定性、至適温度、温度安定性、及び薬剤による阻害の影響等が異なることから、公知酵素とは異なる性質を有する新規酵素と確認された。
【図面の簡単な説明】
図1は、本発明酵素の基質特異性を示す図である。
図2は、本発明酵素及びケラタナーゼIIのケラタンポリ硫酸(10%)に対する基質特異性(反応性)を示す図である。
図3は、本発明酵素の至適反応pHを示す図である。
図4は、本発明酵素のpH安定性を示す図である。
図5は、本発明の酵素の至適反応温度を示す図である。
図6は、本発明酵素の熱安定性を示す図である。
図7は、本発明酵素の分子量を示す図である。
発明を実施するための最良の形態
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。なお、酵素活性は全てパーク−ジョンソン法により測定した。
実施例1 バチルス・サーキュランスKsT202株の分離
窒素源、無機塩類及びケラタン硫酸を含む液体培地5mlに土壌を少量添加し、45℃で3日間、振盪培養した。培養後、培養上清10μlを濾紙にスポットした。同様に培地(対照)も10μl濾紙にスポットした。風乾後、トルイジンブルー液に濾紙を浸した。薄い酢酸液で充分濾紙を洗浄した後、スポットした部位の色調を培養上清と対照とについて比較した。トルイジンブルーは、ケラタン硫酸と結合して青色を示すので、対照に比べて色調が薄くなった試料にはケラタン硫酸資化性菌の存在が確認され、培養液から菌を平板培地(例えば、ハートインフュージョン寒天培地:Heart infusion Agar)を用いて、常法により純粋分離した。
純粋分離した種々の菌について、液体培地を用いて上記と同様にしてケラタン硫酸の資化能を調べることにより、目的とするケラタン硫酸資化性菌を得た。この株の形態学的性質、生育特性、生理学的性質等を調べた結果を次に示す。
菌学的性質:
Figure 0003734504
Figure 0003734504
Figure 0003734504
上記の菌学的性質を有するKsT202株の分類学上の位置を、バージェイズ・マニュアル・オブ・システマチック・バクテリオロジー、第1版、第2巻(1986年)を参照して検討すると、本菌は運動性を有する好気性グラム陰性桿菌で芽胞を形成し、主なイソプレノイドキノンがメナキノン−7であり、細胞壁のペプチドグリカンにmeso−ジアミノピメリン酸を含むことから、バチルス属に属する菌株と判定された。更にその他の諸性質を検討した結果、本菌株はバチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)と同定された。公知のバチルス・サーキュランスがケラタン硫酸を資化するという報告は今までにはなく、この点で公知の菌株と区別される新菌株である。
バチルス・サーキュランスKsT202株は、工業技術院生命工学工業技術研究所に微生物受託番号FERM BP−5285として国際寄託されている。
実施例2 バチルス・サーキュランスKsT202株菌体からのケラタン硫酸分解酵素の抽出
<1>菌体の破砕又は溶解
凍結菌体各1gをリン酸緩衝生理食塩水(PBS:100mM KH2PO4,0.155M NaCl,pH7.2)3mlに懸濁させた菌体懸濁液を用いて、以下に示す各種菌体破砕法または菌体溶解法によりバチルス・サーキュランスKsT202株の菌体抽出液を調製し、本発明酵素の抽出効率を調べた。
(抽出条件)
▲1▼超音波破砕法:超音波発生装置(Insonator 201M:久保田社製)を用いて、周波数20KHz,出力40Wで30秒の処理を、1分間隔で6回、氷浴中で行った。
▲2▼凍結菌体融解法:凍結菌体を、37℃で30分保温して融解させた。
▲3▼界面活性剤溶菌法:Brij-35(ナカライテスク(株)製)を終濃度5%となるように菌体懸濁液に添加し、37℃で30分保温した。
▲4▼酵素溶菌法:リゾチーム(生化学工業(株)製)を終濃度100μg/mlとなるように菌体懸濁液に添加し、37℃で30分保温した。
上記のようにして得られた菌体破砕液及び菌体溶解液中のタンパク量及びケラタン硫酸分解酵素活性を測定した。全活性、単位タンパク当たりの活性、及び酵素の回収率を、表1に示す。尚、タンパク量は、血清アルブミンを標準としたときのローリー法による定量値である。また、回収率は、超音波破砕法により得られた菌体破砕液中の全活性を100としたときの相対値で示した。いずれの方法によっても本酵素は菌体から効率よく抽出された。
Figure 0003734504
<2>ケラタン硫酸分解酵素の酵素溶菌液からの抽出に対するデオキシリボヌクレアーゼの効果
リゾチームを用いた酵素溶菌法により菌体抽出液を調製する際に、デオキシリボヌクレアーゼ I(DNase I,フナコシ製)を添加し、本酵素の抽出効率を調べた。凍結菌体をリン酸緩衝生理食塩水(PBS:100mM KH2PO4,0.155M NaCl,pH7.2)に懸濁させた菌体懸濁液(0.2g/ml-PBS)に、リゾチームを50μg/mlとなるように加えて、37℃で30分保温した。この溶菌液にDNase Iを0.2〜26μg/ml濃度になるように添加し、37℃で30分間反応させた。反応終了後、各反応液を遠心分離して菌体残渣を除去し、上清液量と酵素活性を測定した。結果を表2に示す。尚、抽出効率は、DNase Iを加えないときの全活性を100としたときの相対値である。この結果から明らかなように、溶菌液にDnase Iを加えることにより、抽出効率が向上することがわかった。
Figure 0003734504
<3>菌体残渣からのケラタン硫酸分解酵素の再抽出
抽出効率を検討するために、菌体残渣からの本酵素の再抽出を行った。8gの凍結菌体を32mlのPBSに懸濁し、凍結菌体融解法(実施例<1>参照)と酵素溶菌法(DNase I併用、<2>参照)により菌体抽出液を調製した。菌体抽出液を遠心分離(10,000rpm,40分)により菌体残査と上清とに分離した。
凍結菌体融解法の菌体残査を、−20℃で16時間保存(再凍結)後、前記と同一条件で融解し、再抽出を行なった。酵素溶菌法による菌体残査は、これに前記と同量のPBSを加えて懸濁し、再抽出を行なった。いずれも再抽出は3回繰り返し、各抽出液(初回抽出及び再抽出3回)について上清中のケラタン硫酸分解酵素活性を調べた。結果を表3に示す。
Figure 0003734504
凍結菌体融解法では3回、酵素溶菌法では2回の抽出により、97%以上の回収率が得られた。また、酵素溶菌法で得られた酵素量は、凍結菌体溶解法で得られた酵素量より27%多かった。
実施例3
ペプトン(極東製薬工業(株)製)1.0%、ビール酵母エキス(日本製薬(株)製)0.75%、魚肉エキス(極東製薬工業(株)製)0.25%、サメ軟骨より調製したケラタンポリ硫酸(生化学工業(株)製)0.5%、K2HSO4 0.5%、MgSO4・7H2O 0.02%、NaCl 0.1%(pH7.5)の組成からなる培地50mlを0.5L容量の肩付フラスコに仕込み、121℃で20分間蒸気滅菌後、バチルス・サーキュランスKsT202株を1白金耳無菌的に植菌し、37℃で16時間振盪培養(120回往復/分、振幅7cm)した。
培養後、菌体を遠心分離機で集め、超音波破砕機で菌体を破砕し、破砕液中のケラタン硫酸分解酵素の力価を前記の方法によって測定したところ、培養液1mL当たりに換算して45ミリ単位であった。
実施例4
ペプトン(極東製薬工業(株)製)1.0%、ビール酵母エキス(日本製薬(株)製)0.75%、魚肉エキス(極東製薬工業(株)製)0.25%、サメ軟骨より調製したケラタンポリ硫酸(生化学工業(株)製) 0.5%、K2HPO4 0.5%、MgSO4・7H2O 0.02%、NaCl 0.1%、消泡剤アデカノールLG109(旭電化(株)製)0.0015%(pH7.5)の組成からなる培地20Lを30L容量のジャ−ファ−メンタ−に仕込み、121℃で20分間蒸気滅菌後、予め実施例3に記載の培地で37℃で16時間振盪培養しておいたKsT202株の培養液0.6L(3%)を無菌的に植菌し、37℃で8時間通気(1vvm)攪拌(300rpm)培養した。培養液20Lを連続遠心分離機で処理して菌体を集め、湿重量で170gの菌体を得た。
菌体の一部を使用して、超音波破砕法により菌体中に含まれるケラタン硫酸分解酵素の力価を測定したところ、湿重量1g当たり5.1単位であった。残りの菌体は凍結保存した。
実施例5
ペプトン(極東製薬工業(株)製)1.5%、ビール酵母エキス(日本製薬(株)製)0.75%、サメ軟骨より調製したケラタンポリ硫酸(生化学工業(株)製)0.75%、K2HPO4 0.5%、MgSO4・7H2O 0.02%、NaCl 0.5%、消泡剤アデカノールLG109(旭電化(株)製)0.0015%(pH8.0)の組成からなる培地20Lを30L容量のジャ−ファ−メンタ−に仕込み、121℃で20分間蒸気滅菌後、予め同じ培地で37℃で16時間振盪培養しておいたKsT202株の培養液1L(5%)を無菌的に植菌し、45℃で24時間通気(1vvm)攪拌(300rpm)培養した。培養液20Lを連続遠心分離機で処理して菌体を除き、約20Lの菌体外液を得た。この菌体外液中に含まれるケラタン硫酸分解酵素の力価は1ml当たり11.6ミリ単位であった。
実施例6
凍結保存した実施例4で得られた菌体5gに10mMリン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)を25ml加えて菌懸濁液とし、37℃で60分間ゆっくりと攪拌しながら酵素を抽出した。この抽出液を遠心分離した後、上清に硫酸アンモニウムを0.3飽和になるように添加し、生じた沈澱を遠心分離により除いた。更に硫酸アンモニウムを0.6飽和になるように添加し、生じた沈澱を遠心分離により回収した。
この沈澱を10mMトリス塩酸緩衝液(pH7.2)約20mlに溶解後、同緩衝液5L中で、4℃で1晩透析を行った。液の電導度が1mS/cm以下になっていることを確認後、この液を予め10mMトリス塩酸緩衝液(pH7.2)で平衡化したDEAE−セルロース・DE52(ワットマン社製)カラム(2.4×14cm)に通して酵素を吸着させた。同緩衝液100mlでカラムを洗浄後、同緩衝液中、食塩濃度を直線的に0から1Mに上昇させ、酵素を溶出させた。
溶出した活性画分に食塩を4Mになるように添加した後、4M食塩を含むトリス塩酸緩衝液(pH7.2)で平衡化したフェニルセファロ−ス(ファルマシア社製)カラム(1.5×14cm)に通して酵素を吸着させた後、同緩衝液中の食塩を直線的に4Mから0に減少させて酵素を溶出させ、精製酵素74mlを得た。得られた酵素は14単位、比活性は1.22単位/mg(ウシ血清アルブミン重量換算)であり、菌体抽出液からの酵素の回収率は55%、比活性は約60倍上昇した。また、精製酵素中にグリコシダーゼ類の夾雑酵素は含まれていなかった。
実施例7
実施例5で得られた菌体外液に硫酸アンモニウムを0.7飽和になるように加え、生じた沈澱を遠心分離で集め、2.5Lの10mMトリス酢酸緩衝液(pH7.5)に溶解した。この溶液に硫酸アンモニウムを0.35飽和になるように添加し、生じた沈澱を遠心分離で除き、更に硫酸アンモニウムを0.55飽和になるように添加後、生じた沈澱を遠心分離で回収した。
沈澱を2.5Lの10mMトリス酢酸緩衝液(pH7.5)に溶解し、予め同緩衝液で平衡化したDEAE−セルロ−ス・DE52(ワットマン社製)カラム(5.2×24cm)に通して酵素を吸着させた。同緩衝液1.5Lでカラムを洗浄後、同緩衝液中、食塩濃度を直線的に0から0.3Mに上昇させ、酵素を溶出させた。
活性画分を集めて硫酸アンモニウムを0.55飽和になるように添加し、沈澱を遠心分離で集め、少量の10mMトリス酢酸緩衝液(pH7.5)に溶解した。その後、セファクリルS−300(ファルマシア社製)カラム(3.4×110cm)に負荷し、0.5Mの食塩を含む50mMトリス酢酸緩衝液(pH7.5)でゲル濾過を行った。
活性画分をUK−10膜(アドバンテック東洋(株)製)を用いた限外濾過で濃縮し、約100倍量の10mMトリス酢酸緩衝液(pH7.5)で透析した。内液を、予め同緩衝液で平衡化したDEAE−トヨパール(東ソー(株)製)カラム(2.2×15cm)に通して酵素を吸着させ、0.1Mの食塩を含む同緩衝液150mlでカラムを洗浄後、同緩衝液中、食塩濃度を直線的に0.1から0.2Mに上昇させ、酵素を溶出させた。
活性画分を限外濾過で濃縮し、セファクリルS−300カラム(2.2×101cm)に負荷し、ゲル濾過を行った。
活性画分に食塩を4Mになるように添加した後、4M食塩を含む10mMトリス酢酸緩衝液(pH7.5)で平衡化したフェニルセファロース(ファルマシア社製)カラム(1.6×15cm)に通して酵素を吸着させ、同緩衝液中、食塩濃度を直線的に4Mから0に減少させ酵素を溶出させた。
得られた酵素は29単位、比活性は2.09単位/mg(ウシ血清アルブミン重量換算)であり、菌体外液からの酵素の回収率は12.5%、比活性は約180倍上昇した。また、精製酵素中にグリコシダーゼ類の夾雑酵素は含まれていなかった。
実施例8
上記実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素を用いて、本発明のケラタン硫酸分解酵素の基質特異性、至適反応pH、pH安定性、至適反応温度、熱安定性、分子量を以下の方法により評価した。
(1)基質特異性
上記実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素を、ケラタン硫酸I、ケラタン硫酸II及びケラタンポリ硫酸にそれぞれ作用させる実験を行った。これにより得られた分解物についてのゲル濾過クロマトグラムを図1に示す。この結果から、ケラタン硫酸I、ケラタン硫酸II及びケラタンポリ硫酸に、本発明のケラタン硫酸分解酵素を作用させて得られる分解物の主成分として、硫酸化ケラタン硫酸2糖及び硫酸化ケラタン硫酸4糖が挙げられることがわかる。
また、同様にして実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素を、脱硫酸化したケラタン硫酸に作用させる実験を行ったところ、実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素は、ケラタン硫酸の脱硫酸化物には作用せず、本発明のケラタン硫酸分解酵素においては、作用部位の糖鎖に硫酸基が必要であることが確認された。さらに、ケラタン硫酸以外のグリコサミノグリカンについても同様の試験を行ったが、これらグリコサミノグリカンに対して本発明のケラタン硫酸分解酵素は作用しなかった。
また、上記実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素、及び従来より知られているケラタン硫酸分解酵素IIを、それぞれ図2に示す各種添加量で、高濃度(10%)のケラタンポリ硫酸溶液に37℃、24時間の条件で作用させる実験を行った。これにより得られた分解物についてのゲル濾過クロマトグラムを図2に示す。この結果から、本発明のケラタン硫酸分解酵素は、きわめて低い添加量でも高濃度(10%)のケラタンポリ硫酸溶液中でよく作用することが明らかである。
(2)至適反応pH
上記実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素の活性を、0.1M酢酸緩衝液及び10mMトリス−酢酸緩衝液中でpHを変えて37℃で測定した。結果を図3に示す。この結果より本発明のケラタン硫酸分解酵素の至適pHは、4.5〜6であることがわかる。
(3)pH安定性
上記実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素について、0.1M酢酸緩衝液及び10mMトリス−酢酸緩衝液中、種々のpH条件で、37℃1時間放置した後の残存活性を測定した。結果を図4に示す。この結果より本発明のケラタン硫酸分解酵素は、pH6〜7付近で安定であることがわかる。
(4)至適反応温度
上記実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素について、0.1M酢酸緩衝液pH6.0で37〜65℃の各温度条件で10分間反応させた場合の活性を測定した。結果を図5に示す。この結果より本発明のケラタン硫酸分解酵素の至適温度は50〜60℃であることがわかる。
(5)熱安定性
上記実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素について、0.1M酢酸緩衝液pH6.0で30〜55℃の各温度条件で1時間放置した後、残存する活性を測定した。結果を図6に示す。この結果より本発明のケラタン硫酸分解酵素は、45℃での失活は見られず、50℃でも65%の活性が残存していることがわかる。
(6)分子量
SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(ゲル濃度7%)で、上記実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素を還元及び非還元下で泳動した結果、いずれも同じ移動度の単一バンドを示した。得られた移動度を、標準タンパク質による検量曲線と共に図7に示す。図7において実施例7で得られたケラタン硫酸分解酵素の測定結果を示すプロットは、○で示されるものである。この結果から、本発明のケラタン硫酸分解酵素の分子量は約200,000ダルトンと算出された。
産業上の利用性
本発明により、耐熱性の高いエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ型の新規なケラタン硫酸分解酵素、この酵素を生産するバチルス・サーキュランスの新規菌株が得られた。

Claims (7)

  1. 下記の理化学的性質を有するケラタン硫酸分解酵素。
    ▲1▼作用:
    ケラタン硫酸に作用し、そのN−アセチルグルコサミニド結合を加水分解する。
    ▲2▼基質特異性:
    ケラタン硫酸I、ケラタン硫酸II及びケラタンポリ硫酸に作用し、主な分解物として硫酸化ケラタン硫酸2糖及び硫酸化ケラタン硫酸4糖を生じる。
    ▲3▼至適反応pH:
    4.5〜6(0.1M 酢酸緩衝液及び10mM トリス−酢酸緩衝液中、37℃)
    ▲4▼pH安定性:
    6〜7(0.1M 酢酸緩衝液及び10mM トリス−酢酸緩衝液中、37℃、1時間放置)
    ▲5▼至適反応温度:
    50〜60℃(0.1M 酢酸緩衝液、pH6.0、10分反応)
    ▲6▼熱安定性:
    少なくとも45℃以下で安定(0.1M 酢酸緩衝液、pH6.0、1時間放置)
  2. バチルス・サーキュランスによって産生されることを特徴とする請求項1記載のケラタン硫酸分解酵素。
  3. バチルス属に属し、請求項1記載のケラタン硫酸分解酵素の生産能を有する細菌を培地で培養し、この培地又は/及び細菌菌体からケラタン硫酸分解酵素を採取することを特徴とするケラタン硫酸分解酵素の製造方法。
  4. 前記バチルス属に属する細菌が、バチルス・サーキュランスである請求項3記載のケラタン硫酸分解酵素の製造方法。
  5. 細菌菌体を溶解または破砕して得られる菌体抽出液をデオキシリボヌクレアーゼ処理し、その後に菌体抽出液からケラタン硫酸分解酵素を採取することを特徴とする請求項3または4記載のケラタン硫酸分解酵素の製造方法。
  6. バチルス属に属し、請求項1記載のケラタン硫酸分解酵素の生産能を有するバチルス・サーキュランス。
  7. バチルス・サーキュランスKsT202株(微生物受託番号:FERM BP−5285)である請求項6記載のバチルス・サーキュランス。
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