本発明は、マイクロ波帯、およびミリ波帯などのアナログ高周波信号、もしくはデジタル信号を伝送する伝送線路に関する。具体的には、第1の伝送線路と、当該第1の伝送線路と結合可能に配置された第2の伝送線路とを備える伝送線路対、及びこのような伝送線路対を含む高周波回路に関する。
このような従来の高周波回路において、伝送線路として用いられているマイクロストリップ線路の模式的な断面構成を図17Aに示す。図17Aに示すように、誘電体または半導体からなる基板101の表面に信号導体103が形成されており、基板101の裏面には接地導体層105が形成されている。このマイクロストリップ線路に高周波電力が入力されると、信号導体103から接地導体層105の方向へ電界が生じ、電気力線に垂直に信号導体103を囲む方向に磁界が生じ、その結果、この電磁界が信号導体103の幅方向と直交する長さ方向へ高周波電力を伝播させる。なお、マイクロストリップ線路において、信号導体103や接地導体層105は必ずしも基板101の表面や裏面に形成される必要はなく、基板101を多層回路基板として実現すれば、信号導体や接地導体層105を回路基板の内層導体面内に形成することも可能である。
以上説明したのは、シングルエンドの信号を伝送する場合の伝送線路についてであるが、図17Bの断面図に示すように、マイクロストリップ線路構造を2本平行に配置し、それぞれに逆位相の信号を伝送させることにより、差動信号伝送線路として用いることも出来る。この場合、対の信号導体103a、103bには互いに逆位相の信号が流れることから、接地導体層105を省略することも可能である。
また、図18Aにその断面構造を示し、図18Bにその上面図を示すように、従来のアナログ回路や高速デジタル回路では、2本以上の伝送線路102a、102bが隣接して平行にその隣接間隔が高密度に配置されることが多く、隣接伝送線路間にはクロストーク現象が生じ、アイソレーション劣化の問題が起こる場合が多い。非特許文献1において示されているように、クロストーク現象の起源は、相互インダクタンスと相互キャパシタンスの両者に求めることができる。
ここで、誘電体基板101を回路基板として、2本並列に近接して配置された伝送線路対の斜視図19(図18A及び図18Bの構成に相当する斜視図)を用いて、クロストーク信号発生の原理を説明する。2本の伝送線路102a、102bは誘電体基板101の裏面に形成された接地導体105をその接地導体部分として、また、誘電体基板101の表面281において互いに近接かつ平行に配置された2本の信号導体をその信号導体部分として構成されている。これらの伝送線路102a、102bの両端がそれぞれ図示されていない抵抗により終端されるとすると、2本の伝送線路102a、102bを、電流が流れる閉じた電流ループ293aと293bとにそれぞれ置換して考えることによって、2本の伝送線路102a、102bの持つ高周波回路特性を理解することが可能となる。
また、図19に示すように、電流ループ293a、293bは、誘電体基板101の表面281において電流を流す信号導体と、戻り電流が流れる裏面の接地導体105と、誘電体基板101に垂直な方向に両導体を接続する抵抗素子(図示しない)により構成される。ここでこのような回路内(すなわち電流ループ内)に導入した抵抗素子とは物理的な素子ではなく、信号導体に沿って抵抗成分が分布する仮想的なものでよく、伝送線路が持つ特性インピーダンスと同じ値をもっているものと考えればよい。
次に、図19を用いて、それぞれの電流ループ293aにおいて高周波信号が流れた場合に生じるクロストーク現象について具体的に説明する。まず、高周波信号の伝送にともなって、電流ループ293aにおいて図中の矢印の方向に高周波電流853が流れると、電流ループ293aを鎖交して高周波磁場855が発生する。2本の伝送線路102aと102bは互いに近接して配置されているので、高周波磁場855は伝送線路102bの電流ループ293bをも鎖交してしまい、電流ループ293bには誘導電流857が流れる。これが、相互インダクタンスに起因したクロストーク信号発現の原理である。
上記原理に基づき、電流ループ293bにおいて発生する誘導電流857の向きは、電流ループ293aにおける高周波電流853とは逆向きの方向に、近端側の端子(すなわち、図示手前側の端部の端子)に向かって流れる。高周波磁場855の強度は電流ループ293aのループ面積に依存し、誘導電流857の強度は電流ループ293bを鎖交する高周波磁場855の強度に依存することから、2本の伝送線路102a及び102bにより構成される伝送線路対の結合線路長Lcpが長くなるほどクロストーク信号強度が増大する。
さらに、2本の信号導体間に生じている相互キャパシタンスに起因することによっても、伝送線路102bには別のクロストーク信号が誘発される。相互キャパシタンスにより生じるクロストーク信号は方向性を持たず、遠端側にも近端側にも同強度ずつ発生する。遠端側に発生するクロストーク現象は以上の2つの現象の足し合わせと理解できる。ここで、高速信号伝送時に、クロストーク現象に付随して伝送線路対に生じる電流要素を図20の模式説明図に示す。図20に示すように、伝送線路102aの図示左側の端子106aに電圧Vinを印加すると、パルス立ち上がり部に含まれる高周波成分に伴って伝送線路102aへ高周波電流要素Ioが流れる。この高周波電流要素Ioによる相互キャパシタンスに起因して生じる電流Icと相互インダクタンスに起因して生じる電流Iiとの差がクロストーク電流として、隣接配置された伝送線路102bの遠端側のクロストーク端子106dに流れ込む。一方、近端側のクロストーク端子106cには、電流IcとIiの和に相当するクロストーク電流が流れ込む。このような伝送線路対が高密度に近接して配置される条件においては、一般的に電流Iiの強度が電流Icの強度よりも強くなるため、端子106aに印加された電圧Vinの符号と逆符号になる負の符号のクロストーク電圧Vfが遠端側クロストーク端子106dで観測される。なお、伝送線路102aの端子106bでは、電圧Voutが観測される。
ここで、従来の伝送線路における典型的なクロストーク特性例を説明する。例えば、図18A及び図18Bに示すように、誘電率3.8、厚さH=250μmでその裏面の全面を接地導体層105とした樹脂材料の誘電体基板101の表面に、配線幅W=100μmの2本の信号導体、すなわち伝送線路102a、102bを配線間距離G=650μmの設定で平行に配置した構造の高周波回路を作製し、結合線路長Lcpが50mmのものを従来例1、500mmのものを従来例2(なお、この従来例2については、後述において言及するものとする)とする。2本の伝送線路102a、102bの配置間隔である配線間隔Dは、G+(W/2)×2=750μmである。なお、それぞれの信号導体は共に、導電率3×108S/m、厚さ20μmの銅配線とした。
このような従来例1の高周波回路に対して、4端子測定での順方向の通過特性(端子106aから端子106b)とともに、遠端方向のアイソレーション特性(端子106aから端子106d)について、図21に示す従来例1の高周波回路についてのアイソレーション特性の周波数依存性を示すグラフ形式の図を用いて、以下に説明する。なお、図21のグラフにおいては、横軸に周波数(GHz)、縦軸に通過強度特性S21(dB)とアイソレーション特性S41(dB)を示している。
図21のアイソレーション特性S41に示すように、クロストーク強度は周波数が上がるにつれて単調に増加する。具体的には、5GHz以上の周波数帯域では11dB、10GHz以上の周波数帯域では7dB、20GHz以上の周波数帯域ではわずか3dBのアイソレーションさえ確保できないことが判る。更には、結合線路長Lcpが長くなるほど、また、配置間隔Dを減じた場合においても、クロストーク強度は単調増加する。
また、図21の通過強度特性S21(図中細線にて示す)に示すように、クロストーク信号強度の増加に伴い、通過信号強度は極端に低下してしまう。具体的には25GHzでは9.5dBもの信号強度の低下が起きてしまう。従来例1の高周波回路においては、50mmの線路長を通過すれば1.8GHz程度の周波数の信号の通過位相は180度に相当する。この周波数でのクロストーク強度はマイナス21.4dBである。配置間隔Dにも依存するものの、クロストーク現象が問題となるのは、結合線路長Lcpが実効的に波長オーダー、すなわち半波長以上の実効線路長に相当する周波数帯域となる。例えば、配置間隔Dを200μmへと減じるとクロストーク強度はマイナス15.8dBとなり、配置間隔Dを1000μmまで延長すると、クロストーク強度はマイナス26.7dBとなる。また、配置間隔Dが200μmの場合、結合線路長Lcpが実効波長の2.5倍程度に相当する周波数11.6GHzにてマイナス10dBさえも維持できなくなってしまう。また、配置間隔Dが750μmの場合においても、結合線路長Lcpが実効波長の7倍程度に相当する周波数25.7GHzにおいてマイナス10dBを記録してしまう。このように、線路間の結合度にもよるものの、結合線路長Lcpが実効波長の2倍以上に相当する条件では、クロストーク現象の影響は非常に大きくなる。
このようなクロストーク現象の抑制を目的とする従来の技術として、例えば特許文献1に示す伝送線路構造がある。特許文献1において示される伝送線路構造は、信号伝送時の高周波の電磁界分布を最適化し、単位線路長辺りのクロストークを低減するために有効な構造である。すなわち、クロストークの要因となるのは上述した平行線路間の結合なので、平行線路間の結合度を低減するべき設計された伝送線路断面構造を提供することで、クロストーク現象の抑制を図る手法である。具体的には、図22の伝送線路対の断面構造に示すように、伝送線路対の2本の信号導体142と143の間の基板の一部の箇所に、基板を構成する第1の誘電体144よりも低い誘電率を有する第2の誘電体145を分布させる構造をとる。伝送線路を進行する信号の高周波電界強度が低誘電率の第2の誘電体145の分布箇所において低下するので、両伝送線路間の結合度を低下せしめることができ、クロストーク現象の抑制を図ることができる。
特開2002−299917号公報
特開2003−258394号公報
シグナル・インテグリティ入門(CQ出版社2002年)pp.79
しかしながら、このような従来のマイクロストリップ線路で構成される伝送線路対においては、以下に示す原理的な課題がある。
従来の伝送線路対において発生する順方向のクロストーク現象は、以下の2つ観点から回路の誤動作の要因となりうる。まず、第一に伝送信号が入力された端子が接続される出力端子においては信号強度の予期せぬ低下が生じるため、回路誤動作が発生する。第二に、伝送信号に含まれるうる広帯域な周波数成分の中でも、特に高周波成分ほど漏洩強度が高くなることから、クロストーク信号は時間軸上で非常にシャープなピークを持つことになり、隣接する伝送線路の遠端側端子に接続された回路において誤動作が発生する。これらの現象は、伝送される信号に含まれる高周波成分の電磁波の実効波長λgの0.5倍以上に渡って結合線路長Lcpが設定される場合に顕著となる。
図23の模式説明図を用いて、高周波信号伝送により隣接伝送線路に生じる遠端クロストークの原理と特性を説明する。図23において、入力端子106aへの正電圧のパルスVinの印加により、第1の伝送線路102aには図中左から右へと伝送する高周波信号が発生する。ここで、第1の伝送線路102aはその長さ方向にわたって連続して第2の伝送線路102bと結合している。また、それぞれの伝送線路102a、102bにおいて、結合が開始される図示左端の部位を位置座標L=0と定義し、結合が終了する図示右端の部位を位置座標L=Lcpと定義する。なお、Lcpは結合線路長である。また、図23の模式説明図においては、高周波信号の伝送によって、このような結合が行われる2本の線路による構造部分である結合線路領域における伝送線路対の異なる2地点(部位A及び部位B)において生じるクロストーク信号間の関係を示している。また、当該関係についての説明の簡略化のため、図中においては遠端側へと進行する電圧成分のみを示している。
図23に示すように、第1の伝送線路102aにおける入力端子106aを出発して時間T=Toにおいて第2の伝送線路102aの部位Aを進行する高周波信号301aからは、遠端側クロストーク端子106dへ向かうクロストーク電圧301bが生じる。その後、時間ToからΔTだけ時間が経過した時間T1(=To+ΔT)では、第1の伝送線路102aにおいて、高周波信号301aは入力端子106aから遠ざかる方向へ線路長ΔL1だけ進行して部位Bに到達し、高周波信号302aとなる。ここで線路長ΔL1は、数1のように表すことができる。なお、数1において、vは伝送線路中の高周波信号の伝搬速度、cは真空中の電磁波の速度、εは伝送線路の実効誘電率である。
また、図23に示すように、部位Bにおいても、第1の伝送線路102aにおける高周波信号302aから第2の伝送線路102bへのクロストーク電圧302bが生じる。一方、時間Toに部位Aにおいて発生したクロストーク信号301bは、第2の伝送線路102b上を進行し、時間ΔTが経過した時間T1には、部位Aから数2にて表される線路長ΔL2だけ離れた位置まで到達することになる。
従来の伝送線路対ではΔL1=ΔL2なので、部位Aで生じて第2の伝送線路102bを進行したクロストーク信号301aと、部位Bで生じたクロストーク信号302bは第2の伝送線路102b上において全く同じタイミングで加算されることになる。この関係は、伝送線路対が結合する結合線路領域の結合線路長に渡って常に成立し続けるので、遠端クロストーク端子106dにおいて観測されるクロストーク波形の強度は、全ての部位において生じた微小なクロストーク信号の強度が加算され続けたものとなってしまう。
上述において説明した従来例1の高周波回路において、立ち上がり時間、立ち下がり時間50ピコ秒、パルス電圧1Vのパルスを端子106aへ入力した場合、遠端側の端子106dで図24に示すようなクロストーク波形が観測された。また、観測されたクロストーク電圧Vfの絶対値は175mVにも達した。なお、正符号のパルス電圧の立ち上がりに対応したクロストーク信号の符号が逆符号となったのは、上述の説明より、相互インダクタンスにより誘導されたクロストーク電流Iiが、相互キャパシタンスの効果により生じたクロストーク電流Icよりも強度が強かったことに起因している。
しかし、一方では、市場からの厳しい回路小型化要求に応えるため、微細な回路形成技術を用いて、隣接回路間の距離、すなわち伝送線路間の距離を可能な限り短縮した密な配置で高周波回路が実現される必要がある。また、扱うアプリケーションの多様化に伴って、半導体チップやボードのサイズは益々大型化しているので、回路間で配線が隣接して引き回される距離が延び、平行結合線路の結合線路長が増加の一途をたどっている。さらに、伝送信号の高速化に伴い、従来の高周波回路で許容されてきた平行結合線路でも、実効的に線路長が増大することになり、クロストーク現象が顕著となりつつある。すなわち、従来の伝送線路の技術では、高周波帯域で高いアイソレーションを維持した高周波回路を省面積で形成することが求められながら、その要求を満たすことが困難であるという問題がある。
従来技術において紹介した特許文献1の技術は、単位長さ辺りの遠端クロストーク信号強度を低減することは可能である。しかし、遠端クロストーク信号強度が伝送周波数向上につれて増大する点、すなわち遠端クロストーク信号が高域通過特性を有する点は全く解決されていない。その結果として、例えば、結合線路長Lcpが電磁波の実効波長の2倍以上に相当する条件で、遠端クロストーク強度が極端に増加し、電力漏洩により通過信号強度が極端に低下するという現象が、原理的には解決されないという問題がある。また、遠端クロストーク信号波形が非常にシャープなピーク形状(すなわち、局所的に鋭利に突出した形状)となり、「スパイクノイズ」として回路誤動作を生じさせるという従来の課題を全面的には解決できないという問題がある。すなわち、特許文献1の技術では、例えば図24にも示した従来例1の高周波回路で生じていた遠端クロストーク信号強度を175mV(0.175V)よりも低くすることは可能であるが、パルス波形の形状を変えることができず、スパイクノイズの発生により回路誤動作を生じさせるという問題がある。
特許文献1の他、本発明に関連する文献として特許文献2が挙げられる。特許文献2については、前述の特許文献1とは異なり、平行結合線路の断面構造の最適化をせず、単位長さ辺りで生じるクロストーク要素の強度低減を図っていない。単位長さ辺りで生じるクロストーク要素を加算するタイミングをずらし続けることによって、遠端端子で生じるシャープなスパイクノイズを平坦化することを目的としているが、その効果は十分でないという問題がある。
従って、本発明の目的は、上記問題を解決することにあって、伝送線路対において、良好なアイソレーション特性を維持し、特にシャープなピークをもつスパイクノイズを遠端クロストーク端子に生じさせず、通過信号強度の極端な劣化を回避することができる伝送線路対を提供することにある。
上記目的を達成するために、本発明は以下のように構成する。
本発明の第1態様によれば、第1の伝送線路と、
伝送される信号の周波数において上記第1の伝送線路での実効波長の0.5倍以上の結合線路長を有する結合線路領域が形成されるように、上記第1の伝送線路に隣接して配置された第2の伝送線路とを備え、
上記結合線路領域において、
上記第1の伝送線路は、誘電体又は半導体により形成された基板における表面又は当該表面に平行な内層面のいずれかの面に配置され、その伝送方向に対して直線形状を有する第1の信号導体を備え、
上記第2の伝送線路は、当該基板のいずれかの面に配置され、当該配置された面内にてその伝送方向に対して90度を超える角度を有する方向に信号を伝送する伝送方向反転領域を部分的に含み、上記第1の信号導体とは異なる線路長さを有する第2の信号導体を備える伝送線路対を提供する。
伝送線路対の遠端クロストーク端子にて最終的に生じるクロストーク信号は、単位長さ辺り生じる微小なクロストーク信号の足し合わせであるが、従来の伝送線路対においては、結合線路領域内の異なる箇所において発生したクロストーク信号同士は、隣接伝送線路において時間軸上で同じタイミングで加算され、結果的にクロストーク信号強度の増加を招いているという問題がある。上記第1態様の伝送線路対においては、上記課題を解決するために、第1と第2の伝送線路間で実効線路長差を設けて、両伝送線路間での実効誘電率差を設定することにより、結合線路領域内の異なる箇所において発生したクロストーク信号は第2の伝送線路において常に時間的にタイミングがずれ続けながら加算されることになる。結果として、伝送線路対の結合線路長Lcpが実効波長の半分、もしくはそれ以上の長さに相当する場合においても、最終的に遠端クロストーク端子に生じるクロストーク信号の強度は効果的に抑圧され、波形も「スパイクノイズ」とはならず、むしろ「ホワイトノイズ的」にすることができる。また、クロストーク信号の強度増大が抑制できるために、上記第1態様の伝送線路対では通過信号強度についても良好な特性を維持できる。さらに、第2の伝送線路が、伝送方向反転領域を含む第2の信号導体を備えるようにすることで、上記伝送方向反転領域において第1の伝送線路を進行する信号から生じた遠端クロストーク信号を、通常の遠端クロストーク信号の向きとは逆向きに進行させることができ、第2の伝送線路全体において、クロストーク信号を相殺させて、クロストーク抑制効果をさらに増大させることができる。
さらに好ましい条件としては、第1の伝送線路と第2の伝送線路の実効的な実効線路長差ΔLeffが伝送信号周波数において半波長以上に、更に好ましくは一波長以上に設定されることが好ましい。すなわち、数3又は数4に示すように実効線路長差ΔLeffが設定されることが好ましい。ここで、伝送信号周波数での電磁波波長をλとしている。
ここで、結合線路長をLcp、第1の伝送線路、第2の伝送線路の実効誘電率をそれぞれε1、ε2とすると、ΔLeffは数5に示すように定義される。
従って、本発明の第2態様によれば、上記結合線路長と上記第1の伝送線路の実効誘電率の平方根の積と、上記結合線路長と上記第2の伝送線路の実効誘電率の平方根の積との差の絶対値が、上記第1の伝送線路又は上記第2の伝送線路にて伝送される信号の周波数における波長の0.5倍以上である第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
また、本発明の第3態様によれば、上記結合線路長と上記第1の伝送線路の実効誘電率の平方根の積と、上記結合線路長と上記第2の伝送線路の実効誘電率の平方根の積との差の絶対値が、上記第1の伝送線路又は上記第2の伝送線路にて伝送される信号の周波数における波長の1倍以上である第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第4態様によれば、上記結合線路領域において、上記第2の導体線路は、複数の上記伝送方向反転領域を備える第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第5態様によれば、上記伝送方向反転領域は、上記伝送方向に対して180度反転された方向に上記信号を伝送する領域を含む第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第6態様によれば、上記結合線路領域において、上記第1の伝送線路よりも上記第2の伝送線路に近接して配置された近接誘電体を備える第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第7態様によれば、上記第2の信号導体の表面の少なくとも一部が上記近接誘電体により被覆される第6態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第8態様によれば、上記第2の伝送線路は、上記第1の伝送線路の上記実効誘電率よりも高い実効誘電率を有し、
上記第1の伝送線路において伝送される信号が、上記第2の伝送線路において伝送される信号よりもその信号の伝送速度が大きい第2態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第9態様によれば、上記結合線路領域において、上記第1の伝送線路は、互いに対を成す2本の伝送線路を含む差動伝送線路を構成する第8態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第10態様によれば、上記第2の伝送線路が能動素子へ電力を供給するバイアス線路である第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第11態様によれば、上記結合線路領域において、上記第2の伝送線路は、上記第1の伝送線路の実効誘電率と異なる実効誘電率を有する第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第12態様によれば、上記結合線路領域の全体に渡って、上記第1の伝送線路と上記第2の伝送線路の上記実効誘電率の差が設定された実効誘電率差設定領域が配置される第11態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第13態様によれば、上記結合線路領域において、
上記第1の伝送線路と上記第2の伝送線路の上記実効誘電率の差が設定された実効誘電率差設定領域と、
当該実効誘電率の差が設定されていない実効誘電率差非設定領域とを有し、
上記実効誘電率差非設定領域の線路長が、上記第1の伝送線路での上記実効波長の0.5倍より小さい第11態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第14態様によれば、上記結合線路領域において、連続して配置された一の上記実効誘電率差非設定領域の線路長が、上記結合線路長の0.5倍より小さい第13態様に記載の伝送線路対を提供する。
また、本明細書において、「結合線路領域」とは、互いに隣接して配置される第1の伝送線路と第2の伝送線路とにより構成される伝送線路対において、当該2本の伝送線路の一部又は全部が互いに結合される関係にある区間における線路構造部分あるいは線路構造領域のことである。具体的には、上記2本の伝送線路において、各々の伝送線路全体としての信号の伝送方向が互いに平行関係にあるような区間における線路構造部分であるともいうことができる。なお、「結合」とは、一の伝送線路から他の伝送線路への電気的なエネルギ(例えば、電力や電圧等)の移動のことである。
本発明の伝送線路対によれば、従来の伝送線路対においてクロストーク現象により遠端端子において生じていたシャープな「スパイクノイズ」を時間軸上で平坦化するだけでなく、単位長さあたりで生じていたクロストーク要素強度の抑圧効果により、平坦化されたクロストーク波形のピーク強度を低減でき、第2の伝送線路が接続される回路での誤動作を回避することができる。また、クロストーク現象の抑制により通過信号強度の劣化が回避できるため、回路の省電力動作が実現できる。また、信号に含まれる高周波成分をデカップル処理する必要がなくなるので、バイパスコンデンサなどのチップ部品や、接地ビアや接地導体パターンが占有していた回路占有面積が削減できる。
本発明のこれらと他の目的と特徴は、添付された図面についての好ましい実施形態に関連した次の記述から明らかになる。この図面においては、図1は、本発明にかかる伝送線路対における高周波信号伝送時の電流要素と遠端クロストークの原理を説明する模式説明図であり、 図2は、本発明の伝送線路対における遠端クロストーク強度と実効線路長差の周波数依存性の例を、従来の伝送線路を比較対象として示すグラフ形式の図であり、 図3は、本発明の伝送線路対における通過強度特性と実効線路長差の周波数依存性の例を、従来の伝送線路を比較対象として示すグラフ形式の図であり、 図4Aは、本発明の一の実施形態にかかる伝送線路対の構成を示す模式斜視図であり、 図4Bは、図4Aの伝送線路対の部分拡大模式平面図であり、 図5は、上記実施形態の変形例にかかる伝送線路対における第2の伝送線路を示す模式平面図(螺旋回転数0.75回転)であり、 図6は、上記実施形態の変形例にかかる伝送線路対の模式斜視図であり、 図7は、上記実施形態の変形例にかかる伝送線路対の構造を示す模式斜視図であって、第1の伝送線路が差動線路である場合の図であり、 図8は、本発明の好ましい一の実施形態にかかる伝送線路対を示す模式説明図であって、誘電率差設定領域の間に誘電率差非設定領域が配置された状態を示す図であり、 図9Aは、本発明の好ましくない一の形態の伝送線路対を示す模式説明図であって、結合線路長の50%以上に渡って、誘電率差非設定領域が配置された状態を示す図であり、 図9Bは、本発明の好ましくない一の形態の伝送線路対を示す模式説明図であって、結合線路長の50%以上に渡って、誘電率差非設定領域が配置された状態を示す図であり、 図10は、本発明の好ましい一の実施形態にかかる伝送線路対を示す模式説明図であって、一の誘電率差非設定領域の領域長が結合線路長の50%未満である状態を示す図であり、 図11Aは、本発明に類似していると誤認される恐れがある伝送線路対の構造を示す模式説明図であって、結合線路領域の局所的な区間に信号遅延構造が配置された状態を示す図であり、 図11Bは、本発明に類似していると誤認される恐れがある伝送線路対の構造を示す模式説明図であって、結合が解かれた区間に信号遅延構造が配置された状態を示す図であり、 図12は、上記実施形態について実施例1にかかる伝送線路対と、従来例1の伝送線路対とのクロストーク強度の周波数依存性を比較して示すグラフ形式の図であり、 図13は、上記実施例1の伝送線路対と、従来例1の伝送線路対との通過強度特性の周波数依存性を比較して示すグラフ形式の図であり、 図14は、上記実施例1の伝送線路対と従来例1の伝送線路対とにパルス印加した際に、遠端クロストーク端子において観測されたクロストーク電圧波形を比較して示すグラフ形式の図であり、 図15は、上記実施形態についての実施例2にかかる伝送線路対の構成を示す模式斜視図であり、 図16は、上記実施例2の伝送線路対と従来例1の伝送線路対とにパルス印加した際に、遠端クロストーク端子において観測されたクロストーク電圧波形を比較して示すグラフ形式の図であり、 図17Aは、従来のシングルエンド伝送の場合の伝送線路の構造を示す模式断面図であり、 図17Bは、従来の差動信号伝送の場合の伝送線路の構造を示す模式断面図であり、 図18Aは、従来の伝送線路対の構成を示す模式断面図であり、 図18Bは、図18Aの従来の伝送線路対の模式平面図であり、 図19は、従来の伝送線路対において、相互インダクタンスに起因するクロストーク信号発生の原理を説明するための模式説明図であり、 図20は、従来の伝送線路対でのクロストーク現象に関係する電流要素の関係を示す模式説明図であり、 図21は、従来例1の伝送線路対におけるアイソレーション特性と通過強度特性の周波数依存性を示すグラフ形式の図であり、 図22は、特許文献1に開示された従来の伝送線路対の断面構造を示す模式断面図であり、 図23は、従来の伝送線路対において、信号伝送時に生じる電流要素と遠端クロストークの原理を説明する模式説明図であり、 図24は、従来例1の伝送線路対にパルス印加した際に、遠端クロストーク端子において観測されたクロストーク電圧波形を示すグラフ形式の図であり、 図25は、本発明の上記実施形態の伝送線路における伝送方向及び伝送方向反転部位を説明するための模式平面図であり、 図26は、上記実施形態の伝送線路において、回路基板の表面に別の誘電体層が配置された構成を示す模式断面図であり、 図27は、上記実施形態の伝送線路において、回路基板が積層体である構成を示す模式断面図であり、 図28は、上記実施形態の伝送線路において、図26の伝送線路と図27の伝送線路の構成を組み合わせた構成を示す模式断面図である。
本発明の記述を続ける前に、添付図面において同じ部品については同じ参照符号を付している。
以下に、本発明にかかる実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
以下本発明の実施の形態を説明するに先立って、まず、伝送線路対で発生するクロストークを抑制し、シャープなスパイクノイズの発生を回避する本発明の原理について、図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の原理を説明する模式説明図であり、従来の伝送線路対におけるクロストーク発生の原理を模式的に説明した図23と対応する図であり、以降の説明の理解を容易とするために、共通する設定については、その説明を省略している。
図1に示すように、少なくとも2本の伝送線路として第1の伝送線路2aと第2の伝送線路2bが互いに対となって隣接し並列に配置され、結合線路長Lcpに渡って互いに結合された伝送線路対10が構成されている。第1の伝送線路2aの実効誘電率ε1と、第2の伝送線路2bの実効誘電率ε2は、互いに異なる値に設定され、例えばε1<ε2に設定されている。本発明は、クロストーク強度が深刻となる結合線路長の伝送線路対に関するものなので、結合線路長Lcpは少なくとも伝送周波数の電磁波(信号)に対して、第1の伝送線路2aにおいて実効的に半波長以上に相当する長さを有している(数6参照)。
なお、図1には示さないが、本発明の伝送線路対10(すなわち、第1の伝送線路2a及び第2の伝送線路2b)の周辺に、さらに多くの伝送線路が平行に配置されていても構わない。以下に示す本発明の伝送線路対が満たすべき条件が、このような伝送線路群内において、少なくとも一対の伝送線路対にて満たされていれば、当該伝送線路群においても本発明の効果を得ることが可能である。
まず、図1に示すように、伝送線路対10において、入力端子6a(位置座標L=0)への正電圧のパルスVinの印加により、第1の伝送線路2aには図示左端側から右端側へと伝送する高周波信号が発生する。第1の伝送線路2aにおいて、入力端子6aを出発した高周波信号11aは時間T=Toには部位Aに達しており、隣接しかつ結合された第2の伝送線路2bにおいて遠端側クロストーク端子6dへ向かうクロストーク電圧11bを発生させる。
また、時間ToからΔTだけ時間が経過した時間T1(=To+ΔT)において、第1の伝送線路2a上の高周波信号11aが入力端子6aから遠ざかる方向(すなわち、図示右向き)へ線路長ΔL1aだけ進行して、部位Bに到達して高周波信号12aとなる。ここで第1の伝送線路2aの伝搬速度をv1、真空中の電磁波の速度をc、第1の伝送線路2aの実効誘電率をε1とすると、第1の伝送線路2aにおける線路長ΔL1aは数7のように表すことができる。
また、この部位Bにおいても、第2の伝送線路2bにおいて、第1の伝送線路2aの高周波信号12aに起因するクロストーク信号12bが発生される。一方、第2の伝送線路2bにおいて、時間Toに部位Aにおいて発生したクロストーク信号11bも、第2の伝送線路2b上を遠端側へ向けて進行し、時間ΔTが経過した時間T1には、部位Aから線路長ΔL1bだけ離れた位置まで到達する。ここで、第2の伝送線路2bの伝搬速度をv2とすると、第2の伝送線路2bにおける線路長ΔL1bは数8のように表すことができる。
ここで、伝送線路対10においては実効誘電率差を設定しており、例えばε1<ε2と設定しているため、ΔL1a>ΔL1bとなる。従って、第2の伝送線路2bにおいて、時間Toに発生したクロストーク信号11bは、時間T1において、まだ部位Bに達していないことになる。すなわち、部位Aで生じて第2の伝送線路2bを進行したクロストーク信号11bと、部位Bで生じたクロストーク信号12bは、第2の伝送線路2b上で同じタイミングで加算されないこととなる。
さらに、部位Bより線路長ΔLだけ離れた部位C(図示せず)においても同様の現象が起こり、部位Aにおいて生じたクロストーク信号11bと部位Bにおいて生じたクロストーク信号12bと、部位Cにおいて生じたクロストーク信号12c(図示せず)は、第2の伝送線路2b上で、少しずつずれたタイミングで加算されることになる。この関係は、それぞれの伝送線路2a、2bが隣接して結合する結合線路領域(例えば、結合された領域)に渡って常に成立し続けるため、遠端クロストーク端子6dに到達するクロストーク信号波形は、シャープなピーク波形を有する「スパイクノイズ」にはなり得ず、「ホワイトノイズ」のような平坦な波形とすることができる。なお、図1に示す伝送線路対10において、第1の伝送線路2aの端子6aから端子6b間と、第2の伝送線路2bの端子6cから端子6d間とが互いに結合される構成を有しているため、伝送線路対10の全体が上記結合線路領域となっており、伝送線路対10の全体線路長が結合線路長Lcpとなっている。
ここで、上記原理を基に、本発明の効果を有効に得るために、2つの伝送線路2a、2bの実効誘電率ε1、ε2が満たす関係として特に好ましい条件が決定される。
第一に好ましい条件は、2本の伝送線路2a、2bの実効的な線路長差ΔLeffが、第1の伝送線路2a若しくは第2の伝送線路2bのいずれかを進行する伝送周波数の真空中での波長λの0.5倍以上(数3参照)、さらに第2の好ましい条件は1倍以上(数4参照)に相当する、という条件である。また、実効線路長差ΔLeffは、結合線路長Lcp、第1の伝送線路2aの実効誘電率ε1、及び第2の伝送線路2bの実効誘電率ε2をそれぞれ用いて、数5に示すように定義することができる。なお、伝送線路の実効誘電率は、解析的に導出することも可能であるし、伝送線路対を構成する2本の伝送線路のそれぞれの通過位相から実験的に導出することももちろん可能である。
また、特定の線路長を有する伝送線路対10における遠端クロストーク強度の周波数依存性を図2に太線で示す。なお、図2においては、横軸に周波数(図示右側が周波数高)を示し、上記遠端クロストーク強度の周波数依存性S41(dB表示であり、図示上方側ほど、遠端クロストーク強度が大きい)を左縦軸に示すとともに、伝送線路対10の実効線路長差ΔLeffを右縦軸に同時に示している。なお、右縦軸の実効線路長差ΔLeffの値は、波長λで規格化した値を示している。
また、図2において、比較例として図示細線で示したのは、従来の伝送線路の特性例であり、比較が可能なように、本発明の伝送線路対10において第2の伝送線路2bにあたる伝送線路を、第1の伝送線路2aに置換して伝送線路対とし、2つの伝送線路の配置間隔Dは同じ値に統一している。
図2に示すように、従来の伝送線路対における遠端クロストーク強度は周波数の増加に伴い単調に増加するが、本発明の伝送線路対10における遠端クロストーク強度は周波数が増加しても単調に増加しない。より詳しく説明すると、実効線路長差ΔLeffが0.5×λと一致する周波数をf1とすると、周波数f<f1の周波数領域では、遠端クロストーク強度は周波数増加に伴い増加はするものの、周波数fがf1に達する前に増加の度合いは鈍り、f=f1付近で値が最大値となり、f>f1では一転して減少に転じる。よって、f=f1では従来の伝送線路対より確実にクロストーク強度が抑制されており、f>f1ではその抑制度は周波数増加に伴い増強されていくことが判る。また、周波数f1の2倍の値である周波数f2においては、実効線路長差ΔLeffは波長λと等しくなっており、本発明の伝送線路対10での遠端クロストーク強度は強制的に最小値をとる。また、f>f2となる周波数領域では、実効線路長差ΔLeffが0.5×λの奇数倍となる周波数において周期的に遠端クロストーク強度は最大値をとるものの、その最大値は、周波数f=f1での値と等しく、従来の伝送線路対が同じ周波数条件で示すクロストーク強度よりも必ず低い強度となる。
上述した遠端クロストーク強度の抑制に伴い、通過強度特性についても、図3に太線で示すような特性改善が得られる。なお、図3においては、左縦軸に通過強度特性S21(dB表示であり、図示下方側ほど、通過強度特性が低下)を示し、右縦軸に規格化された実効線路長差ΔLeff/λを示し、横軸に周波数(図示右側が周波数高)を示している。図3に示すように、周波数f1より高い周波数において、さらには周波数f2より高い周波数においては特に、細線で示した従来の特性と比べて、本発明の構成による特性の方が、より明確な特性改善が得られることが判る。
従って、数3に示すように、
ΔLeff≧0.5×λ
さらに好ましくは、数4に示すように、
ΔLeff≧λ
を、本発明の伝送線路対10が満たせば、確実にクロストーク抑圧効果が得られることになる。
このような本発明の伝送線路対における原理及び効果は、以下に示す具体的な方法により、伝送線路対において実効誘電率差を人工的に生じさせることにより、具体的に実現させることができる。このような実効誘電率差を人工的に生じさせる手法として、本発明の一の実施形態にかかる伝送線路対を用いて以下に具体的に説明する。
(実施形態)
本実施形態の伝送線路対20の構造を示す模式斜視図を図4Aに示し、図4Aの伝送線路対20の構造を部分的に拡大する部分拡大上面図を図4Bに示す。
図4A及び図4Bに示すように、伝送線路対20において、第1の伝送線路22aは回路基板21の表面上に形成された第1の信号導体23aと、回路基板21の裏面に形成された接地導体5を含んで構成され、第2の伝送線路22bは回路基板21の表面上に形成された第2の信号導体23bと、回路基板21の裏面に形成された接地導体5の組み合わせを含んで構成されている。なお、本実施形態の伝送線路対20はこのような構成にのみ限定されるものではなく、このような場合に代えて、例えば、第1の伝送線路22aが差動伝送線路対であり、第1の伝送線路22aが接地導体5を含まない構成であっても、本発明の効果を得ることは可能である。以下の説明においては、第1の伝送線路22aと第2の伝送線路22bは、信号導体23a、23bと接地導体5の組み合わせを最低限含むシングルエンドの構成であるものとして説明を簡略化する。
図4A及び図4Bに示す本実施形態の伝送線路対20においては、第2の伝送線路22bの第2の信号導体23bを部分的に湾曲させ、具体的には信号の伝送方向とは異なる方向へ局所的に信号を蛇行させることによって、第2の伝送線路22bの実効誘電率ε2を増大させている。このような第2の伝送線路22bにおける上記蛇行の形状として、螺旋形状の信号導体が交互に逆回転された回転方向反転構造29が周期的に直列に接続される構造が採用されている。
具体的には、図4Bに示す第2の伝送線路22bにおいて図示右向きをその伝送線路全体の信号の伝送方向96とする場合、本実施形態の第2の伝送線路22bの第2の信号導体23bは、少なくとも一部の領域において、回路基板21の表面内における第1の回転方向(図示時計方向)R1に高周波電流を1回転だけ螺旋形状に回転させる(すなわち360度回転させる)ように当該回転方向に湾曲された湾曲信号導体27と、第1の回転方向R1とは逆方向の第2の回転方向(図示反時計方向)R2に高周波電流を1回転だけ螺旋形状に回転させる(すなわち反転させる)ように当該回転方向に湾曲された湾曲信号導体28とが、互いに電気的に接続された構造を有している。本実施形態においては、このような構造が回転方向反転構造29となっている。なお、図4Bに示す第2の信号導体22bにおいて、第1の回転方向R1に湾曲された湾曲信号導体27と、第2の回転方向R2に湾曲された湾曲信号導体28との範囲を明確に示すために、それぞれの信号導体27及び28には、互いに異なるハッチング模様を付している。
さらに具体的には、図4Bに示すように、第1の回転方向に湾曲された湾曲信号導体27は、例えば、異なる曲率を有する部分(半)円弧構造、すなわち、第1の曲率を有する第1部分弧構造27aと、この第1の曲率よりも小さな曲率である第2の曲率を有する第2部分円弧構造27bとが組み合わされて構成されている。第2の回転方向に湾曲された湾曲信号導体28も同様な構成を有しており、第1の曲率を有する第1部分円弧構造28aと、この第1の曲率よりも小さな曲率である第2の曲率を有する第2部分円弧構造28bとが組み合わされて構成されている。また、第2の信号導体23bの中心軸上における1点を基点として、この基点回りに点対称となるように当該基点おいて2つの第1部分円弧構造27a、28aの互いの一端が連結されて形成されたS字形状の構造のそれぞれの端部に、当該端部における湾曲方向と同じ方向となるように第2部分円弧構造27b、28bの端部をそれぞれ連結することで、上記基点回りに点対称に形成された回転方向反転構造29が形成されている。
このような回転方向反転構造29においては、例えば、図4Bにおける図示右向きを大略信号の伝送方向と考えた場合に、一の回転方向反転構造29の図示左端において、上記伝送方向96に対して左向き90度の方向(すなわち図示上向きの方向)に伝送される信号が、湾曲信号導体27における第2部分円弧構造27b及び第1部分円弧構造27aを経由しながらその伝送方向が上記基点に対して時計方向に360度回転され、上記基点より湾曲信号導体28における第1部分円弧構造28a及び第2部分円弧構造28bを経由しながら、その伝送方向が上記基点に対して反時計方向に360度回転されるように、当該信号の伝送経路が形成されている。すなわち、回転方向反転構造29は、伝送される信号の伝送方向を、上記基点に対して時計方向にかつ螺旋状に収束する方向に1回転させ、その後、反時計方向かつ螺旋状に開放する方向に1回転させるように形成されている。
また、図4Aに示すように、第2の伝送線路22bにおいては、端子6cと端子6dとの間における線路の全体に渡って、複数の回転方向反転構造29が周期的にかつ直列に接続された構造を有している。また、第2の伝送線路22bは、このような回転方向反転構造29を有しているものの、その伝送線路全体としての信号の伝送方向96は、第1の伝送線路22aにおける信号の伝送方向95と平行関係を有している。従って、第1の伝送線路22aにおける端子6aと端子6bとの間と、第2の伝送線路22bにおける端子6cと端子6dとの間において、2本の伝送線路は結合関係を有しており、伝送線路対20の全体が結合線路領域91となっている。
このように伝送線路対20において、第2の伝送線路22bが周期的に直列に接続された複数の回転方向反転構造29を有していることにより、結合線路領域91における第1の伝送線路22aの線路長に対して、第2の伝送線路22bの線路長を大きくすることができ、その結果、第1の伝送線路22aに対して、第2の伝送線路22bを平均的にその実効誘電率が増大した均一な伝送線路として機能させることができる。このように第2の伝送線路22bにおける実効誘電率ε2を、第1の伝送線路22aの実効誘電率ε1に対して大きく設定することができることにもつながり、クロストーク波形からシャープなスパイクノイズを消失させて、緩やかなホワイトノイズ形状の波形とさせることができ、上述の本発明の効果を有効に得ることが可能となる。
また、図4Bに示すように、第2の伝送線路22bの回転方向反転構造29においては、信号の伝送方向96(あるいは伝送方向95)に対して90度を超えて異なる方向に局所的に信号を伝送する伝送方向反転部位(伝送方向反転領域あるいは伝送方向反転部)97が当該構造内に含まれていることが、特に好ましい。すなわち、回転方向反転構造29の中心付近に配置されるそれぞれの第1部分円弧構造27a及び28aにおける信号の伝送方向は、伝送方向96に対して90度を超えて異なる方向であって、さらに180度反転された方向をも含んでいる。そのため、回転方向反転構造29において、それぞれの第1部分円弧構造27a及び28aにより形成される構造部分が伝送方向反転部位97となっている。
このように第2の伝送線路22bにおいて、伝送方向反転部位97が含まれる構造が採用されることにより、当該伝送方向反転部位97において、第1の伝送線路22aを進行する信号から生じた遠端クロストーク信号は、通常の遠端クロストーク信号の向き(すなわち伝送方向95)とは逆向きの方向に進行する。すなわち、伝送方向反転部位97の設定は、通常のクロストーク信号を相殺する機能を有する。よって、伝送方向反転部位97が回転方向反転構造29中に含まれることにより、クロストーク抑圧効果をさらに増大させることができる。
ここで、伝送線路における信号の伝送方向について、図25に示す伝送線路502の模式平面図を用いて以下に説明する。本明細書において、信号導体の形状が湾曲された形状を有している場合には、伝送方向とはその接線方向であり、信号導体の形状が直線形状を有しているような場合には、伝送方向とはその長手方向となる。具体的には、図25に示すように、直線形状を有する信号導体部分と、円弧形状を有する信号導体部分とを有する信号導体503により構成された伝送線路502を例とすると、直線形状の信号導体部分における局所的な位置P1及びP2においては、その伝送方向Tは、信号導体の長手方向である図示右向き方向となる。一方、円弧形状を有する信号導体部分における局所的な位置P2〜P5においては、当該局所的な位置P2〜P5における接線方向がそれぞれの伝送方向Tとなる。
また、図25の伝送線路502において、その伝送線路502全体における信号の伝送方向96を図示右向きとし、この方向をX軸方向、このX軸方向に同一平面において直交する方向をY軸方向とすると、位置P1〜P6におけるそれぞれの伝送方向Tは、X軸方向の成分であるTxと、Y軸方向の成分であるTyとに分解することができる。位置P1、P2、P5、及びP6においては、Txが+(プラス)X方向の成分となる一方、位置P3及びP4においては、Txが−(マイナス)X方向の成分となる。本明細書においては、このようにその伝送方向が−X方向の成分を含む構造部分が、「伝送方向反転構造(部位)」となっている。具体的には、位置P3及びP4は、伝送方向反転構造部508内における位置であり、図25の信号導体において、ハッチングを付した部分が伝送方向反転構造508となっている。なお、本明細書において、「伝送方向を反転させる」あるいは「伝送線路全体の伝送方向96に対して90度を超えて異なる方向に信号を伝送する」とは、図4B又は図25において、伝送方向95、96をX軸方向、このX軸方向に直交する方向をY軸方向とした場合に、伝送線路における局所的な信号の伝送方向のベクトルに−x成分が生じるようにすることである。
また、図4A及び図4Bに示す伝送線路対20の第2の伝送線路22bでは、回転方向反転構造29の単位構造内の螺旋の回転数は、時計方向及び反時計方向にそれぞれ1回転に設定されているが本実施形態の伝送線路対20の構造はこのような場合についてのみ限られるものではない。このように螺旋回転数が1回転に設定されている場合に代えて、例えば、図5の模式図に示すように、螺旋回転数が0.75回転に設定された回転方向反転構造39が用いられて第2の伝送線路32bが形成されるような場合であってもよい。このような螺旋回転数が設定されるような場合であっても、第1の伝送線路の線路長に対して、第2の伝送線路32bの線路長を大きく設定することができ、その結果、第2の伝送線路32bの実効誘電率ε2を、第1の伝送線路の実効誘電率ε1よりも大きくすることができるからである。
なお、このような伝送線路において、回転方向反転構造における螺旋回転数の設定は、回路占有面積の制限の中で、所望の特性を得るべき最適値を選択することができる。例えば、螺旋回転数を0.5回転よりも大きく1.5回転以下程度の範囲内において設定すれば、回路占有面積を効率的に設定しながら、上述した本発明の効果を得ることができ、好適である。また、第2の伝送線路22b、32bにこのような回転方向反転構造29、39を採用するような方法においては、第2の伝送線路22b、32bにおいて伝送される信号の伝送方向を、第1の伝送線路22aにおける信号の伝送方向と異なる方向へ局所的に導くことができる。これにより、伝送線路に伴う電流ループの連続性を局所的に切断することができるので、隣接配置される伝送線路との相互インダクタンスに伴う結合量を低減することができる。すなわち、実効誘電率差が生じることによってクロストーク信号のホワイトノイズ化の効果が得られるだけでなく、単位長さ辺りの結合線路構造によって生じるクロストーク信号強度を抑制することもできる。従って、クロストーク波形よりシャープなスパイクノイズを消失させて、ホワイトノイズ化させるだけでなく、クロストーク信号における強度も効果的に抑制できるという新たな効果が生まれる。
図4Bに示すように、第2の伝送線路22bの回転方向反転構造29においては、信号の伝送方向95に対して90度を超えて異なる方向に局所的に信号を伝送する伝送方向反転部位(伝送方向反転領域あるいは伝送方向反転構造部)97が当該構造内に含まれている。すなわち、回転方向反転構造29の中心に配置されるそれぞれの第1半円弧構造27における信号の伝送方向は、伝送方向95に対して90度を超えて異なる方向であって、180度反転された方向をも含んでいる。そのため、回転方向反転構造29において、それぞれの第1半円弧構造27により形成される構造部分が伝送方向反転部位97となっている。
このように第2の伝送線路22bにおいて、伝送方向反転部位97が含まれる構造が採用されることにより、当該伝送方向反転部位97において、第1の伝送線路22aを進行する信号から生じた遠端クロストーク信号は、通常の遠端クロストーク信号の向き(すなわち伝送方向95)とは逆向きの方向に進行する。すなわち、伝送方向反転部位97の設定は、通常のクロストーク信号を相殺する機能を有する。よって、伝送方向反転部位97が回転方向反転構造29中に含まれることにより、クロストーク抑圧効果をさらに増大させることができる。なお、本明細書において、「伝送方向を反転させる」とは、図4Bにおいて、伝送方向95、96をX軸方向、このX軸方向に直交する方向をY軸方向とした場合に、伝送線路における局所的な信号の伝送方向のベクトルに負のx方向成分が生じるようにすることである。
また、図5に示す第2の伝送線路32bの回転方向反転構造39においても、伝送される信号の伝送方向が、第1の伝送線路22aにおける伝送方向95に対して90度を超えて反転され、最大180度まで反転される部分を含んでいるため、上記伝送方向反転部位が含まれているということができる。具体的には、図5の回転方向反転構造39は、上記第1の回転方向に湾曲された湾曲信号導体37と、その逆方向である上記第2の回転方向に湾曲された湾曲信号導体38とが電気的に接続されて構成されており、その接続部分近傍における信号導体により、図示点線にて囲って示す伝送方向反転部位97が構成され、当該部位において信号の伝送方向が反転されるようになっている。なお、図示しないが、湾曲信号導体37及び38のそれぞれは、その湾曲の曲率が異なる2種類の部分円弧構造が組み合わされることにより構成されている。
また、図6に斜視模式図を示す伝送線路対50においては、伝送方向反転部位57(その一部について図示点線で囲って示す)が構造中にふんだんに含まれているため、伝送方向反転部位57が含まれていることによる効果をより効果的に得ることができる。なお、第2の伝送線路の信号導体の局所的な信号の伝送方向は、信号伝送方向95と厳密に逆方向である場合(すなわち、180度反転された方向である場合)が一番クロストーク強度抑制効果は大きく、より好適であるものの、信号伝送方向95に対して90度を超える角度を持つ箇所が含まれていれば、クロストーク強度抑制効果を一部得ることができる。
ただし、図6の第2の伝送線路52bの信号導体の配置は、高速信号に対しては不要な反射を生む恐れがある。すなわも、図4Aと図6においてそれぞれの伝送線路対20、50での線路幅設定が等しいものとして構造の大きさを比較すると、それぞれの回転方向反転構造29、59の実効線路長は、図4Aの構造よりも図6の構造の方が長い。このように回転方向反転構造59の実効線路長が長くなるに従って、当該構造における共振周波数が低くなり、共振周波数付近の周波数帯域では反射や放射などの好ましくない現象が増加する傾向にある。このような好ましくない現象の発生を低減させるため、第2の伝送線路の信号導体において設定される回転方向反転構造の実効線路長を、伝送周波数の実効波長の半分未満となるように設定することが好ましい。
なお、図6の第2の伝送線路52bの信号導体における回転方向反転構造59においては、上記第1の回転方向に湾曲された湾曲信号導体及び上記第2の回転方向に湾曲された湾曲信号導体は、図4Bや図5の伝送線路における湾曲信号導体27、28、37、及び38のように、湾曲の曲率が異なる2種類の部分円弧構造が組み合わされて構成されるのではなく、その湾曲の曲率が一定に設定されて構成されている。さらに互いに回転方向が異なる湾曲信号導体は、直線状の信号導体を介して互いに電気的に接続されている。すなわち、回転方向反転構造59において、伝送方向反転部位57は、それぞれの湾曲信号導体の一部と上記直線状の信号導体とにより構成されており、このような構成においても、上述のように伝送方向反転部位が設定されることによる効果を得ることができる。
また、第2の伝送線路の湾曲の形状は、その線路中心軸に対して、対称の方向に蛇行されるような形状、例えばS字形状を有するような場合のみに限られるものではなく、上記対称の方向における一方の方向のみに湾曲されるような形状、例えばC字形状を有するような場合であっても良い。
また、本実施形態の伝送線路22a及び22bは、信号導体23a及び23bが回路基板(誘電体基板)21の最表面に形成されている場合にのみ限られるものではなく、内層導体面(例えば、多層構造基板における内層表面)に形成されているような場合であっても良い。同様に、接地導体層5も回路基板21の最裏面に形成されている場合にのみ限られるものではなく、内層導体面に形成されているような場合であっても良い。すなわち、本明細書において、基板の一方の面(あるいは表面)とは、単層構造の基板あるいは積層構造の基板における最表面若しくは最裏面、又は内層表面のことである。
具体的には、図26の伝送線路22Aの模式断面図(すなわち、伝送線路対を構成する2本の伝送線路のうちの1本の伝送線路のみを示す模式断面図(以下、図27及び図28においても同様))に示すように、回路基板21の一方の面(図示上面)Sに信号導体23が配置され、他方の面(図示下面)に接地導体層5が配置された構造において、回路基板21の一方の面Sに別の誘電体層(別の回路基板)L1が配置され、接地導体層5の下面にさらに別の誘電体層(さらに別の回路基板)L2が配置されるような場合であってもよい。さらに、図27の模式断面図に示す伝送線路22Bのように、回路基板21自体が複数の誘電体層21a、21b、21c、及び21dからなる積層体L3として構成され、この積層体L3の一方の面(図示上面)Sに信号導体23が配置され、他方の面(図示下面)に接地導体層5が配置されるような場合であってもよい。また、図26に示す構成と図27に示す構成とが組み合わされた構成を有する図28に示す伝送線路22Cのように、積層体L3の一方の面Sに別の誘電体層L1が配置され、接地導体層5の下面にさらに別の誘電体層L2が配置されるような場合であってもよい。図26から図28のいずれの構成の伝送線路22A、22B、及び22Cにおいても、符号Sにて示す表面が「基板の表面(一方の面)」となる。
また、上記実施形態の伝送線路対においては、第1の伝送線路の実効誘電率ε1と、伝送方向反転部位を有する第2の伝送線路の実効誘電率ε2との間に、ε1<ε2となる実効誘電率差をさらに効果的に設定するために、一部の領域において、第2の伝送線路における第2の信号導体の表面に誘電材料により形成された近接誘電体の一例である追加誘電体を配置し、当該配置により第2の伝送線路の実効誘電率ε2をε1に比してさらに向上させるようにしてもよい。このようにすることで、クロストーク強度抑制効果をさらに効果的に得ることができる。なお、このような追加誘電体の配置は、このように第2の信号導体の表面を覆うように配置される場合のみに限られず、第2の信号導体の表面の一部を覆うように配置される場合、あるいは第2の信号導体の表面は覆わないものの、第1の信号導体よりも第2の信号導体に近接して配置される場合であっても、実効誘電率ε2をε1に比してさらに向上させるという効果を得ることができる。
上述において説明した実施形態にかかる伝送線路対においては、第1の伝送線路にその伝送速度が大きな信号を、第2の伝送線路にその伝送速度が小さな信号を、それぞれ伝送することが好ましい。第1の伝送線路は、実効誘電率が従来の伝送線路と同様に低く設定されており、このように設定されることで信号の遅延が抑制されているにも拘わらず、従来の伝送線路においては得られなかった耐クロストーク特性を得ることができるため、高速伝送に適しているということができる。
また、上記実施形態の伝送線路対においては、図7の斜視模式図にその一例を示す伝送線路対270のように、第1の伝送線路272aが、2本の信号導体273a、273cを含む差動伝送線路として構成され、第2の伝送線路272bの第2の信号導体273bと伝送線路対270として構成されるような場合であっても構わない。第1の伝送線路272aが差動伝送を行うような場合に、第2の伝送線路272bより耐クロストーク特性に優れ、高速伝送にも適した伝送線路対が提供できる。
また、上記実施形態にかかる伝送線路対において、第2の伝送線路が、伝送速度が小さな信号伝送用に用いられるような場合に代えて、回路内の能動素子に直流電圧を供給するバイアス線路として用いられるような場合であっても構わない。一般にこのようなバイアス線路は、インダクティブに、つまり細い信号導体幅で形成されることが多いため、信号導体の蛇行を行っても回路占有面積がさほど増大しないという利点がある。また、信号遅延特性を問題とせずに、周辺伝送線路との結合がしばしば問題となるという特徴を有するバイアス線路に対して、本発明の原理を適用することは、高周波回路においてより有効に本発明の効果を得ることができる。
また、本発明の伝送線路対に対する望ましい条件としては、第1の伝送線路と当該第1の伝送線路に隣接して結合可能に配置されている第2の伝送線路とにおける結合された部分である結合線路領域の全域に渡って、ε1<ε2の誘電率差設定領域が形成されることが最も好ましい。また、このように結合線路領域の全域に渡って上記誘電率差設定領域が形成されていないような場合であっても、少なくとも結合線路領域における結合線路長Lcpの50%以上の領域が、誘電率差設定領域として設定されることが好ましい。
仮に、結合線路領域において、ε1=ε2の領域である誘電率差非設定領域が複数存在し、その総領域長(あるいは線路長)が結合線路長Lcpの50%以上の長さを占めるような場合であっても、誘電率差設定領域が各誘電率差非設定領域を区分する位置に配置され、それぞれの誘電率差非設定領域の中でも最も長きに渡って連続して形成される誘電率差非設定領域の領域長であるLcp1が、少なくとも結合線路長Lcpの50%未満に設定されることが好ましい。
また、誘電率差非設定領域の上記領域長Lcp1は、第1の伝送線路における伝送周波数の実効波長λg1の半分未満の長さであることが好ましい。誘電率差非設定領域の領域長Lcp1の領域において生じるクロストーク信号は、その前後の領域において如何に高い実効誘電率差を設定しようにも、従来の伝送線路対と同様のクロストーク特性を生じることになる。従って、誘電率差非設定領域の領域長Lcp1の領域において生じるクロストークは高域通過特性を有することとなり、その波形はシャープなピークを伴うスパイクノイズとなる。よって、誘電率差非設定領域の領域長Lcp1は可能な限り短く設定することが好ましいのはこのためである。なお、回路配置や占有面積の制限により、誘電率差非設定領域の総領域長が長く設定せざるを得ない場合においても、誘電率差非設定領域の間に誘電率差設定領域を挿入し、連続した誘電率差非設定領域の領域長Lcp1を短く設定することが好ましい。また、線路を曲げて配置するために、2本の伝送線路間の間隔が変化している箇所は、本発明の説明の中では結合線路長Lcpの一部には含まれず、結合線路領域とはならない。また、ε1>ε2となる実効誘電率差逆転領域が一部に形成されると、ε1<ε2とされた本来の領域において得られた効果が相殺されてしまうため好ましくない。
また、上記実施形態の伝送線路対において、第2の伝送線路に対する回転方向反転構造のような信号を局所的に遠回りさせる遅延構造や、追加誘電体の伝送線路構造内への導入による意図的な遅延構造が含まれるような場合であってもよい。これらの遅延構造は、最も高い実効誘電率差を実現することができるような回転方向反転構造が周期的に直列に接続されたり、同じ断面構造の誘電体構成の構造が連続して設定されたりすることが好ましい。しかし、回転回数や線路幅などの構造パラメータが異なる条件に設定されるような場合、あるいは、異なる断面構造の設定により異なる実効誘電率差を与える遅延構造が互いに接続されるような場合であっても、本発明の効果は消失せず得ることができる。しかし、実効誘電率差が最も低く設定された領域での誘電率差設定に特性が大きく依存してしまうため、実効誘電率差を低く設定した箇所が連続する長さである上記領域長Lcp1は、結合線路長Lcpの半分未満の長さに設定されることが好ましい。
また、2つの遅延構造間は通常の直線の伝送線路で接続されても構わない。ただし、同様に、誘電率差非設定領域の連続する領域長Lcp1は結合線路長Lcpの半分未満の長さに設定されることが好ましい。本発明の構造において最も高い効果が得られる条件は、第2の伝送線路の実効的な誘電率ε2が、結合線路領域の全体に渡って連続して均一な値を実現している構造であり、できる限り誘電率差非設定領域の連続する箇所の長さLcp1を短く制限する必要がある。
しかし、現実的には伝送線路を曲げたりする箇所においては、本発明の構造を連続して実現することが困難である場合もある。この場合、一部の区間において第1の伝送線路の実効誘電率ε1に対する第2の伝送線路の実効誘電率ε2の値の増加比率が消失する誘電率差非設定領域93が発生するが、誘電率差非設定領域93の領域長Lcp1は、伝送信号周波数において、非共振の状態に設定されることが好ましい。すなわち、図8の模式説明図に示すように、結合線路領域91において、誘電率差設定領域92と誘電率差非設定領域93とが存在するような場合には、誘電率差非設定領域93の領域長Lcp1を数9に示すような条件に設定することが好ましい。なお、数9において、λgは第1の伝送線路における伝送信号周波数の実効的な波長である。
また、誘電率差非設定領域の領域長Lcp1を実効波長λgの半分未満に設定することは、クロストーク抑制効果が消失する誘電率差非設定領域93におけるクロストーク強度の増加、及びシャープなスパイクノイズの形成を回避するためにも効果的な条件である。
また、図9A及び図9Bに好ましくない形態の模式説明図を示す。図9A及び図9Bに示すように、結合線路領域91の全線路長、すなわち全結合線路長Lcpに対して、連続して50%以上の区間が誘電率差非設定領域93に設定されることは好ましくない。このような場合にあっては、例えばクロストーク波形からシャープなピークを取り除くことが困難になるからである。
ただし、図10に示すように、結合線路長Lcpの半分以上が誘電率差非設定領域93によって占有されるような場合であっても、各々の誘電率差非設定領域93において、一の誘電率差非設定領域93が連続する領域長Lcp1が結合線路長Lcpの半分以上でなければ、本発明の効果を得ることは十分に可能である。これは、仮に2つの誘電率差非設定領域93においてシャープなピークのクロストーク信号がそれぞれ生じようとも、二つの信号が重ね合わせられるタイミングを時間的にずらすことができれば、生成するクロストーク信号の強度を低下させることができるという原理に基づいた条件である。この場合、2つの誘電率差非設定領域93の間に挟まれて配置される誘電率差設定領域92において、その領域長Lcp2は伝送周波数における実効波長λgの半分以上であり、且つ、一の誘電率差設定領域92の内においても、実効的な線路長差ΔLeff2に対して数10に示すような条件が成立していることが好ましい。
なお、本発明に伝送線路対に対して、一見して類似していると誤認されるような回路構造として、一方の伝送線路に遅延構造が一部に採用された従来の伝送線路対がある。しかしながら、このような従来の伝送線路対において、上記一方の伝送線路に遅延構造が導入される目的は、一対の伝送線路を伝送させる信号のタイミングの調整であり、本発明の伝送線路対とはその目的及び原理が全く異なるものである。そのため、上記従来の伝送線路対においては、上記実施形態において説明したような本発明の原理を考慮した最適な構造は、全く採られていない。
例えば、図11Aの模式説明図に示すような伝送線路対においては、結合線路領域91のほとんどの箇所において、2つの伝送線路102a、102bはとも直線形状を有しており、どちらか一方の伝送線路のみがある部位で集中して遅延量を稼ぐために、信号導体の蛇行構造を導入しているような場合も考えられる。しかしながら、このような伝送線路対においては、遅延構造をその構造内に含むものの本発明の伝送線路対とは目的も構造も異なり、本発明の効果を有効に得ることはできない構造である。また、誘電率差設定領域92における実効誘電率差が数値的に大きく設定される場合でも、図9Aの好ましくない構造の模式説明図に示す構成と本質的な差異はなく、本発明の効果を有効に得ることはできない。これに対して、本発明の伝送線路対では、第2の伝送線路の信号導体に導入される蛇行構造を、結合線路領域において、分布的に配置することによって有利な効果を得る。
また、伝送線路の蛇行構造により実効誘電率が増加している箇所が長距離に渡っている伝送線路対においても、図11Bの模式説明図に示す伝送線路対のように、2つの伝送線路102a、102bが結合している区間である結合線路領域91だけでなく、結合が解かれた領域90においても、伝送線路の蛇行が持続している回路、特に、結合領域91において実効誘電率差を設定している領域長Lcp4よりも、結合領域91以外の領域90において実効誘電率差を設定している領域長Lcp5が長いような場合、伝送線路を蛇行させている目的はあくまで信号の遅延によるタイミング調整であって、本発明の効果が目的ではなく、本発明の伝送線路対とは全く異なる構成であるということができる。
次に、上述のような実施形態にかかる伝送線路対に関し、いくつかの実施例として以下に具体的にその構成及び得られる効果について説明する。
まず、実施例1として、誘電率3.8、総厚さ250μmの誘電体基板の表面上に銅配線により厚さ20μm、配線幅Wを100μmとした信号導体を形成し、誘電体基板の裏面全面にも同じく銅配線により厚さ20μmの接地導体層を形成し、結合線路長Lcpを50mmとする平行結合マイクロストリップ線路構造を構成した。なお、これらの値は従来例1の高周波回路と同じ値である。入力端子は同軸コネクタに接続し、出力側の端子は特性インピーダンスとほぼ同じ抵抗値である100Ωの抵抗で接地終端し、端子での信号反射による悪影響を測定結果から減じた。第2の伝送線路においては、図5に上面図を示すように、交互に逆方向に信号を蛇行させるようにそれぞれ0.75回転の螺旋形状に信号導体を配置した。第2の伝送線路の第2の信号導体の総配線幅W2は500μmとした。第1の伝送線路の第1の信号導体は直線とした。それぞれの信号導体の配線領域間距離Gを従来例1の650μmから450μmへと減じることにより、従来例1の伝送線路対での配線間隔Dと同じ750μmの配線間隔を実施例1においても実現した。
ここで、図12に実施例1の伝送線路対におけるクロストーク特性と、従来例1の伝送線路対におけるクロストーク特性を比較可能に示す。なお、図12においては、縦軸にクロストーク特性を示し、横軸に周波数を示している。図12に示した実施例1と従来例1のクロストーク特性の比較より明らかなように、実施例1では測定した全周波数帯域にわたって、従来例1よりも良好な分離特性が得られ、本発明の有利な効果を証明することができた。
また、通過位相特性より導出した各伝送線路の実効誘電率は第1の伝送線路が2.41であり、第2の伝送線路が6.77であった。特に、2.3GHz以上の周波数帯域では、従来例1より明らかな改善が得られた。具体的には、従来例1では周波数の増加に伴いクロストーク強度が単調増加したのに比べ、実施例1では2.3GHz以上の周波数帯域ではクロストーク強度は減少へと転じた。実効線路長差ΔLeffが波長λの0.5倍に相当する周波数2.3GHzにおいて、従来例1ではクロストーク強度はマイナス20dBであったが、実施例1ではマイナス26dBであった。また、実効線路長差ΔLeffが波長λに一致した周波数4.6GHzにおいて、従来例1ではクロストーク強度はマイナス13dBであったが、実施例1ではマイナス48dBまでクロストーク強度が抑制できた。なお、4.3GHz以上の周波数帯域においても、実効線路長差ΔLeffが波長λの0.5倍に一致した周波数2.3GHzのほぼ奇数倍である周波数6.9GHz、10.8GHzにおいては、クロストーク強度は最大値を記録したものの、従来例1と比較すると、それぞれ15dB、と19dBものクロストーク抑制効果が得られた。また、実効線路長差ΔLeffが波長λに一致した周波数4.6GHzのほぼ整数倍である周波数8.9GHz、13.3GHzにおいては、周期的にクロストーク強度が最小値を記録し、それぞれ従来例1と比較して41dBと44dBもの飛躍的なクロストーク抑圧効果が得られた。
また、図13に従来例1と実施例1の第1の伝送線路の通過強度の比較を示す。従来例1の通過強度が2.3GHzにおいてマイナス0.313dBであったのに比べ、実施例1の第1の伝送線路はマイナス0.106adBであり改善が見られ、以後周波数が増加するにつれ改善度は単調に増加し、例えば周波数25GHzにおいて従来例1がマイナス9.5dBの通過強度であったのに比べ、実施例1の第一の伝送線路はマイナス1.5dBの通過強度を維持した。
また図示はしないものの、実効誘電率を増大させ通過強度特性が劣化してもおかしくない実施例1の第2の伝送線路においても、8GHz以上の周波数帯域においてはクロストーク抑制による通過特性維持の効果が上回り、従来例1の通過強度特性を上回った。具体的には例えば周波数10GHzにおいては従来例1の通過強度はマイナス1.74dBであるのに比べ、実施例1の伝送線路の通過強度はマイナス1.55dBであり、周波数25GHzにおいては従来例1の通過強度がマイナス9.5dBであるのに比べ、実施例1の第2の伝送線路はマイナス2.8dBの通過強度を維持できた。
また、実施例1に、従来例1と同様に、電圧1V、立ち上がり、および立下り時間が50ピコ秒のパルスを印加して、遠端クロストーク端子でのクロストーク波形を測定した。実施例1と従来例1のクロストーク波形比較を図14に示す。なお、図14においては、縦軸に電圧を示し、横軸に時間を示している。図14において細線で示すように従来例1では175mVの強度のクロストーク電圧が発生していたが、実施例1ではクロストーク強度を30mVにまで抑圧することができた。また、図より明らかなように、実施例1でのクロストーク波形は時間軸上でシャープなピークを伴わず、緩やかなホワイトノイズ的な波形となった。
次に実施例2にかかる伝送線路対80の構成を示す模式斜視図を図15に示す。図15に示すように、実施例2の伝送線路対80として、上記実施例1の伝送線路対の第2の伝送線路において、その螺旋回転数を1回転とした信号導体の表面を、厚さ100μm、誘電率3.6のエポキシ樹脂によって被覆した伝送線路対を作製した。すなわち、本実施例2の伝送線路対80は、図15に示すように、第1の伝送線路82aの第1の信号導体83aを略直線状に形成し、第2の伝送線路82bの第2の信号導体83bを、その螺旋回転数が1回転に設定された複数の回転方向反転構造29が直列に周期的に配列されるように形成し、さらに、第2の信号導体83bを覆うように追加誘電体291を配置させて形成した。つまり、本実施例2の伝送線路対80は、伝送方向反転部位を備えさせた伝送線路対の構成において、追加誘電体を配置させた構成を有している。
具体的には、伝送線路対80における結合線路長Lcpは従来例1、実施例1の伝送線路対と同様に50mmとした。実施例2にも従来例1と同様に、電圧1V、立ち上がり、および立下り時間が50ピコ秒のパルスを印加して、遠端クロストーク端子でのクロストーク波形を測定した。図16には、実施例2と従来例1のクロストーク波形比較を、縦軸に電圧、横軸に時間を表すグラフを用いて示す。図16に示すように、従来例1において175mV、実施例1において30mVであったクロストーク電圧は、実施例2においては22mVまで低減することができた。
なお、上記様々な実施形態のうちの任意の実施形態を適宜組み合わせることにより、それぞれの有する効果を奏するようにすることができる。
本発明は、添付図面を参照しながら好ましい実施形態に関連して充分に記載されているが、この技術の熟練した人々にとっては種々の変形や修正は明白である。そのような変形や修正は、添付した請求の範囲による本発明の範囲から外れない限りにおいて、その中に含まれると理解されるべきである。
2005年3月30日に出願された日本国特許出願No.2005−97160号の明細書、図面、及び特許請求の範囲の開示内容は、全体として参照されて本明細書の中に取り入れられるものである。
本発明にかかる伝送線路対は、線路間のクロストーク強度を低減し、信号を低損失で伝送させることが可能であり、また、クロストーク信号波形が回路誤動作を生じ易いスパイクノイズではなく、上記回路誤動作を生じ難いホワイトノイズ的なものとすることができるので、結果的に、密配線による回路面積縮小、回路の高速動作(従来では信号漏洩が原因で困難であった)、並びに、回路の省電力動作を実現することができる。また、データ伝送だけでなく、フィルタ、アンテナ、移相器、スイッチ、発振器等の通信分野の用途にも広く応用でき、電力伝送やIDタグなどの無線技術を使用する各分野においても使用され得る。
また、遠端クロストーク信号に高域通過特性があるため、クロストークによる課題はデータの伝送速度が高速化するにつれて、又は使用周波数帯域が高周波化するにつれて飛躍的に増大する。現状の低速なデータ伝送速度での例では、遠端クロストークが深刻な問題となるのは、データ波形を形成する広帯域な信号成分の中でも高調波に限定されることが多いが、将来データ伝送速度が向上した場合、伝送データの基本周波数成分が遠端クロストークの影響を深刻に受けることになる。本発明にかかる伝送線路対によって提供される信号伝送特性改善効果は、今後データ伝送速度が向上の一途を辿った場合、プロセスや配線ルール等の条件に変更を加えることなく、安定してクロストーク抑制効果を得ることができること、さらに、データ信号の高調波成分での特性改善だけでなく、基本周波数成分でのクロストーク特性改善、低損失伝送が可能となることより、今後の高速データ伝送の分野において非常に有効である。
本発明は、マイクロ波帯、およびミリ波帯などのアナログ高周波信号、もしくはデジタル信号を伝送する伝送線路に関する。具体的には、第1の伝送線路と、当該第1の伝送線路と結合可能に配置された第2の伝送線路とを備える伝送線路対、及びこのような伝送線路対を含む高周波回路に関する。
このような従来の高周波回路において、伝送線路として用いられているマイクロストリップ線路の模式的な断面構成を図17Aに示す。図17Aに示すように、誘電体または半導体からなる基板101の表面に信号導体103が形成されており、基板101の裏面には接地導体層105が形成されている。このマイクロストリップ線路に高周波電力が入力されると、信号導体103から接地導体層105の方向へ電界が生じ、電気力線に垂直に信号導体103を囲む方向に磁界が生じ、その結果、この電磁界が信号導体103の幅方向と直交する長さ方向へ高周波電力を伝播させる。なお、マイクロストリップ線路において、信号導体103や接地導体層105は必ずしも基板101の表面や裏面に形成される必要はなく、基板101を多層回路基板として実現すれば、信号導体や接地導体層105を回路基板の内層導体面内に形成することも可能である。
以上説明したのは、シングルエンドの信号を伝送する場合の伝送線路についてであるが、図17Bの断面図に示すように、マイクロストリップ線路構造を2本平行に配置し、それぞれに逆位相の信号を伝送させることにより、差動信号伝送線路として用いることも出来る。この場合、対の信号導体103a、103bには互いに逆位相の信号が流れることから、接地導体層105を省略することも可能である。
また、図18Aにその断面構造を示し、図18Bにその上面図を示すように、従来のアナログ回路や高速デジタル回路では、2本以上の伝送線路102a、102bが隣接して平行にその隣接間隔が高密度に配置されることが多く、隣接伝送線路間にはクロストーク現象が生じ、アイソレーション劣化の問題が起こる場合が多い。非特許文献1において示されているように、クロストーク現象の起源は、相互インダクタンスと相互キャパシタンスの両者に求めることができる。
ここで、誘電体基板101を回路基板として、2本並列に近接して配置された伝送線路対の斜視図19(図18A及び図18Bの構成に相当する斜視図)を用いて、クロストーク信号発生の原理を説明する。2本の伝送線路102a、102bは誘電体基板101の裏面に形成された接地導体105をその接地導体部分として、また、誘電体基板101の表面281において互いに近接かつ平行に配置された2本の信号導体をその信号導体部分として構成されている。これらの伝送線路102a、102bの両端がそれぞれ図示されていない抵抗により終端されるとすると、2本の伝送線路102a、102bを、電流が流れる閉じた電流ループ293aと293bとにそれぞれ置換して考えることによって、2本の伝送線路102a、102bの持つ高周波回路特性を理解することが可能となる。
また、図19に示すように、電流ループ293a、293bは、誘電体基板101の表面281において電流を流す信号導体と、戻り電流が流れる裏面の接地導体105と、誘電体基板101に垂直な方向に両導体を接続する抵抗素子(図示しない)により構成される。ここでこのような回路内(すなわち電流ループ内)に導入した抵抗素子とは物理的な素子ではなく、信号導体に沿って抵抗成分が分布する仮想的なものでよく、伝送線路が持つ特性インピーダンスと同じ値をもっているものと考えればよい。
次に、図19を用いて、それぞれの電流ループ293aにおいて高周波信号が流れた場合に生じるクロストーク現象について具体的に説明する。まず、高周波信号の伝送にともなって、電流ループ293aにおいて図中の矢印の方向に高周波電流853が流れると、電流ループ293aを鎖交して高周波磁場855が発生する。2本の伝送線路102aと102bは互いに近接して配置されているので、高周波磁場855は伝送線路102bの電流ループ293bをも鎖交してしまい、電流ループ293bには誘導電流857が流れる。これが、相互インダクタンスに起因したクロストーク信号発現の原理である。
上記原理に基づき、電流ループ293bにおいて発生する誘導電流857の向きは、電流ループ293aにおける高周波電流853とは逆向きの方向に、近端側の端子(すなわち、図示手前側の端部の端子)に向かって流れる。高周波磁場855の強度は電流ループ293aのループ面積に依存し、誘導電流857の強度は電流ループ293bを鎖交する高周波磁場855の強度に依存することから、2本の伝送線路102a及び102bにより構成される伝送線路対の結合線路長Lcpが長くなるほどクロストーク信号強度が増大する。
さらに、2本の信号導体間に生じている相互キャパシタンスに起因することによっても、伝送線路102bには別のクロストーク信号が誘発される。相互キャパシタンスにより生じるクロストーク信号は方向性を持たず、遠端側にも近端側にも同強度ずつ発生する。遠端側に発生するクロストーク現象は以上の2つの現象の足し合わせと理解できる。ここで、高速信号伝送時に、クロストーク現象に付随して伝送線路対に生じる電流要素を図20の模式説明図に示す。図20に示すように、伝送線路102aの図示左側の端子106aに電圧Vinを印加すると、パルス立ち上がり部に含まれる高周波成分に伴って伝送線路102aへ高周波電流要素Ioが流れる。この高周波電流要素Ioによる相互キャパシタンスに起因して生じる電流Icと相互インダクタンスに起因して生じる電流Iiとの差がクロストーク電流として、隣接配置された伝送線路102bの遠端側のクロストーク端子106dに流れ込む。一方、近端側のクロストーク端子106cには、電流IcとIiの和に相当するクロストーク電流が流れ込む。このような伝送線路対が高密度に近接して配置される条件においては、一般的に電流Iiの強度が電流Icの強度よりも強くなるため、端子106aに印加された電圧Vinの符号と逆符号になる負の符号のクロストーク電圧Vfが遠端側クロストーク端子106dで観測される。なお、伝送線路102aの端子106bでは、電圧Voutが観測される。
ここで、従来の伝送線路における典型的なクロストーク特性例を説明する。例えば、図18A及び図18Bに示すように、誘電率3.8、厚さH=250μmでその裏面の全面を接地導体層105とした樹脂材料の誘電体基板101の表面に、配線幅W=100μmの2本の信号導体、すなわち伝送線路102a、102bを配線間距離G=650μmの設定で平行に配置した構造の高周波回路を作製し、結合線路長Lcpが50mmのものを従来例1、500mmのものを従来例2(なお、この従来例2については、後述において言及するものとする)とする。2本の伝送線路102a、102bの配置間隔である配線間隔Dは、G+(W/2)×2=750μmである。なお、それぞれの信号導体は共に、導電率3×108S/m、厚さ20μmの銅配線とした。
このような従来例1の高周波回路に対して、4端子測定での順方向の通過特性(端子106aから端子106b)とともに、遠端方向のアイソレーション特性(端子106aから端子106d)について、図21に示す従来例1の高周波回路についてのアイソレーション特性の周波数依存性を示すグラフ形式の図を用いて、以下に説明する。なお、図21のグラフにおいては、横軸に周波数(GHz)、縦軸に通過強度特性S21(dB)とアイソレーション特性S41(dB)を示している。
図21のアイソレーション特性S41に示すように、クロストーク強度は周波数が上がるにつれて単調に増加する。具体的には、5GHz以上の周波数帯域では11dB、10GHz以上の周波数帯域では7dB、20GHz以上の周波数帯域ではわずか3dBのアイソレーションさえ確保できないことが判る。更には、結合線路長Lcpが長くなるほど、また、配置間隔Dを減じた場合においても、クロストーク強度は単調増加する。
また、図21の通過強度特性S21(図中細線にて示す)に示すように、クロストーク信号強度の増加に伴い、通過信号強度は極端に低下してしまう。具体的には25GHzでは9.5dBもの信号強度の低下が起きてしまう。従来例1の高周波回路においては、50mmの線路長を通過すれば1.8GHz程度の周波数の信号の通過位相は180度に相当する。この周波数でのクロストーク強度はマイナス21.4dBである。配置間隔Dにも依存するものの、クロストーク現象が問題となるのは、結合線路長Lcpが実効的に波長オーダー、すなわち半波長以上の実効線路長に相当する周波数帯域となる。例えば、配置間隔Dを200μmへと減じるとクロストーク強度はマイナス15.8dBとなり、配置間隔Dを1000μmまで延長すると、クロストーク強度はマイナス26.7dBとなる。また、配置間隔Dが200μmの場合、結合線路長Lcpが実効波長の2.5倍程度に相当する周波数11.6GHzにてマイナス10dBさえも維持できなくなってしまう。また、配置間隔Dが750μmの場合においても、結合線路長Lcpが実効波長の7倍程度に相当する周波数25.7GHzにおいてマイナス10dBを記録してしまう。このように、線路間の結合度にもよるものの、結合線路長Lcpが実効波長の2倍以上に相当する条件では、クロストーク現象の影響は非常に大きくなる。
このようなクロストーク現象の抑制を目的とする従来の技術として、例えば特許文献1に示す伝送線路構造がある。特許文献1において示される伝送線路構造は、信号伝送時の高周波の電磁界分布を最適化し、単位線路長辺りのクロストークを低減するために有効な構造である。すなわち、クロストークの要因となるのは上述した平行線路間の結合なので、平行線路間の結合度を低減するべき設計された伝送線路断面構造を提供することで、クロストーク現象の抑制を図る手法である。具体的には、図22の伝送線路対の断面構造に示すように、伝送線路対の2本の信号導体142と143の間の基板の一部の箇所に、基板を構成する第1の誘電体144よりも低い誘電率を有する第2の誘電体145を分布させる構造をとる。伝送線路を進行する信号の高周波電界強度が低誘電率の第2の誘電体145の分布箇所において低下するので、両伝送線路間の結合度を低下せしめることができ、クロストーク現象の抑制を図ることができる。
特開2002−299917号公報
特開2003−258394号公報
シグナル・インテグリティ入門(CQ出版社2002年)pp.79
しかしながら、このような従来のマイクロストリップ線路で構成される伝送線路対においては、以下に示す原理的な課題がある。
従来の伝送線路対において発生する順方向のクロストーク現象は、以下の2つ観点から回路の誤動作の要因となりうる。まず、第一に伝送信号が入力された端子が接続される出力端子においては信号強度の予期せぬ低下が生じるため、回路誤動作が発生する。第二に、伝送信号に含まれるうる広帯域な周波数成分の中でも、特に高周波成分ほど漏洩強度が高くなることから、クロストーク信号は時間軸上で非常にシャープなピークを持つことになり、隣接する伝送線路の遠端側端子に接続された回路において誤動作が発生する。これらの現象は、伝送される信号に含まれる高周波成分の電磁波の実効波長λgの0.5倍以上に渡って結合線路長Lcpが設定される場合に顕著となる。
図23の模式説明図を用いて、高周波信号伝送により隣接伝送線路に生じる遠端クロストークの原理と特性を説明する。図23において、入力端子106aへの正電圧のパルスVinの印加により、第1の伝送線路102aには図中左から右へと伝送する高周波信号が発生する。ここで、第1の伝送線路102aはその長さ方向にわたって連続して第2の伝送線路102bと結合している。また、それぞれの伝送線路102a、102bにおいて、結合が開始される図示左端の部位を位置座標L=0と定義し、結合が終了する図示右端の部位を位置座標L=Lcpと定義する。なお、Lcpは結合線路長である。また、図23の模式説明図においては、高周波信号の伝送によって、このような結合が行われる2本の線路による構造部分である結合線路領域における伝送線路対の異なる2地点(部位A及び部位B)において生じるクロストーク信号間の関係を示している。また、当該関係についての説明の簡略化のため、図中においては遠端側へと進行する電圧成分のみを示している。
図23に示すように、第1の伝送線路102aにおける入力端子106aを出発して時間T=Toにおいて第2の伝送線路102aの部位Aを進行する高周波信号301aからは、遠端側クロストーク端子106dへ向かうクロストーク電圧301bが生じる。その後、時間ToからΔTだけ時間が経過した時間T1(=To+ΔT)では、第1の伝送線路102aにおいて、高周波信号301aは入力端子106aから遠ざかる方向へ線路長ΔL1だけ進行して部位Bに到達し、高周波信号302aとなる。ここで線路長ΔL1は、数1のように表すことができる。なお、数1において、vは伝送線路中の高周波信号の伝搬速度、cは真空中の電磁波の速度、εは伝送線路の実効誘電率である。
ΔL1=ΔT×v=ΔT×c/√(ε) ・・・ (数1)
また、図23に示すように、部位Bにおいても、第1の伝送線路102aにおける高周波信号302aから第2の伝送線路102bへのクロストーク電圧302bが生じる。一方、時間Toに部位Aにおいて発生したクロストーク信号301bは、第2の伝送線路102b上を進行し、時間ΔTが経過した時間T1には、部位Aから数2にて表される線路長ΔL2だけ離れた位置まで到達することになる。
ΔL2=ΔT×c/√(ε) ・・・ (数2)
従来の伝送線路対ではΔL1=ΔL2なので、部位Aで生じて第2の伝送線路102bを進行したクロストーク信号301aと、部位Bで生じたクロストーク信号302bは第2の伝送線路102b上において全く同じタイミングで加算されることになる。この関係は、伝送線路対が結合する結合線路領域の結合線路長に渡って常に成立し続けるので、遠端クロストーク端子106dにおいて観測されるクロストーク波形の強度は、全ての部位において生じた微小なクロストーク信号の強度が加算され続けたものとなってしまう。
上述において説明した従来例1の高周波回路において、立ち上がり時間、立ち下がり時間50ピコ秒、パルス電圧1Vのパルスを端子106aへ入力した場合、遠端側の端子106dで図24に示すようなクロストーク波形が観測された。また、観測されたクロストーク電圧Vfの絶対値は175mVにも達した。なお、正符号のパルス電圧の立ち上がりに対応したクロストーク信号の符号が逆符号となったのは、上述の説明より、相互インダクタンスにより誘導されたクロストーク電流Iiが、相互キャパシタンスの効果により生じたクロストーク電流Icよりも強度が強かったことに起因している。
しかし、一方では、市場からの厳しい回路小型化要求に応えるため、微細な回路形成技術を用いて、隣接回路間の距離、すなわち伝送線路間の距離を可能な限り短縮した密な配置で高周波回路が実現される必要がある。また、扱うアプリケーションの多様化に伴って、半導体チップやボードのサイズは益々大型化しているので、回路間で配線が隣接して引き回される距離が延び、平行結合線路の結合線路長が増加の一途をたどっている。さらに、伝送信号の高速化に伴い、従来の高周波回路で許容されてきた平行結合線路でも、実効的に線路長が増大することになり、クロストーク現象が顕著となりつつある。すなわち、従来の伝送線路の技術では、高周波帯域で高いアイソレーションを維持した高周波回路を省面積で形成することが求められながら、その要求を満たすことが困難であるという問題がある。
従来技術において紹介した特許文献1の技術は、単位長さ辺りの遠端クロストーク信号強度を低減することは可能である。しかし、遠端クロストーク信号強度が伝送周波数向上につれて増大する点、すなわち遠端クロストーク信号が高域通過特性を有する点は全く解決されていない。その結果として、例えば、結合線路長Lcpが電磁波の実効波長の2倍以上に相当する条件で、遠端クロストーク強度が極端に増加し、電力漏洩により通過信号強度が極端に低下するという現象が、原理的には解決されないという問題がある。また、遠端クロストーク信号波形が非常にシャープなピーク形状(すなわち、局所的に鋭利に突出した形状)となり、「スパイクノイズ」として回路誤動作を生じさせるという従来の課題を全面的には解決できないという問題がある。すなわち、特許文献1の技術では、例えば図24にも示した従来例1の高周波回路で生じていた遠端クロストーク信号強度を175mV(0.175V)よりも低くすることは可能であるが、パルス波形の形状を変えることができず、スパイクノイズの発生により回路誤動作を生じさせるという問題がある。
特許文献1の他、本発明に関連する文献として特許文献2が挙げられる。特許文献2については、前述の特許文献1とは異なり、平行結合線路の断面構造の最適化をせず、単位長さ辺りで生じるクロストーク要素の強度低減を図っていない。単位長さ辺りで生じるクロストーク要素を加算するタイミングをずらし続けることによって、遠端端子で生じるシャープなスパイクノイズを平坦化することを目的としているが、その効果は十分でないという問題がある。
従って、本発明の目的は、上記問題を解決することにあって、伝送線路対において、良好なアイソレーション特性を維持し、特にシャープなピークをもつスパイクノイズを遠端クロストーク端子に生じさせず、通過信号強度の極端な劣化を回避することができる伝送線路対を提供することにある。
上記目的を達成するために、本発明は以下のように構成する。
本発明の第1態様によれば、第1の伝送線路と、
伝送される信号の周波数において上記第1の伝送線路での実効波長の0.5倍以上の結合線路長を有する結合線路領域が形成されるように、上記第1の伝送線路に隣接して配置された第2の伝送線路とを備え、
上記結合線路領域において、
上記第1の伝送線路は、誘電体又は半導体により形成された基板における表面又は当該表面に平行な内層面のいずれかの面に配置され、その伝送方向に対して直線形状を有する第1の信号導体を備え、
上記第2の伝送線路は、当該基板のいずれかの面に配置され、当該配置された面内にてその伝送方向に対して90度を超える角度を有する方向に信号を伝送する伝送方向反転領域を部分的に含み、上記第1の信号導体とは異なる線路長さを有する第2の信号導体を備える伝送線路対を提供する。
伝送線路対の遠端クロストーク端子にて最終的に生じるクロストーク信号は、単位長さ辺り生じる微小なクロストーク信号の足し合わせであるが、従来の伝送線路対においては、結合線路領域内の異なる箇所において発生したクロストーク信号同士は、隣接伝送線路において時間軸上で同じタイミングで加算され、結果的にクロストーク信号強度の増加を招いているという問題がある。上記第1態様の伝送線路対においては、上記課題を解決するために、第1と第2の伝送線路間で実効線路長差を設けて、両伝送線路間での実効誘電率差を設定することにより、結合線路領域内の異なる箇所において発生したクロストーク信号は第2の伝送線路において常に時間的にタイミングがずれ続けながら加算されることになる。結果として、伝送線路対の結合線路長Lcpが実効波長の半分、もしくはそれ以上の長さに相当する場合においても、最終的に遠端クロストーク端子に生じるクロストーク信号の強度は効果的に抑圧され、波形も「スパイクノイズ」とはならず、むしろ「ホワイトノイズ的」にすることができる。また、クロストーク信号の強度増大が抑制できるために、上記第1態様の伝送線路対では通過信号強度についても良好な特性を維持できる。さらに、第2の伝送線路が、伝送方向反転領域を含む第2の信号導体を備えるようにすることで、上記伝送方向反転領域において第1の伝送線路を進行する信号から生じた遠端クロストーク信号を、通常の遠端クロストーク信号の向きとは逆向きに進行させることができ、第2の伝送線路全体において、クロストーク信号を相殺させて、クロストーク抑制効果をさらに増大させることができる。
さらに好ましい条件としては、第1の伝送線路と第2の伝送線路の実効的な実効線路長差ΔLeffが伝送信号周波数において半波長以上に、更に好ましくは一波長以上に設定されることが好ましい。すなわち、数3又は数4に示すように実効線路長差ΔLeffが設定されることが好ましい。ここで、伝送信号周波数での電磁波波長をλとしている。
ΔLeff≧0.5×λ ・・・ (数3)
ΔLeff≧λ ・・・ (数4)
ここで、結合線路長をLcp、第1の伝送線路、第2の伝送線路の実効誘電率をそれぞれε1、ε2とすると、ΔLeffは数5に示すように定義される。
ΔLeff=Lcp×{√(ε2)−√(ε1)} ・・・ (数5)
従って、本発明の第2態様によれば、上記結合線路長と上記第1の伝送線路の実効誘電率の平方根の積と、上記結合線路長と上記第2の伝送線路の実効誘電率の平方根の積との差の絶対値が、上記第1の伝送線路又は上記第2の伝送線路にて伝送される信号の周波数における波長の0.5倍以上である第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
また、本発明の第3態様によれば、上記結合線路長と上記第1の伝送線路の実効誘電率の平方根の積と、上記結合線路長と上記第2の伝送線路の実効誘電率の平方根の積との差の絶対値が、上記第1の伝送線路又は上記第2の伝送線路にて伝送される信号の周波数における波長の1倍以上である第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第4態様によれば、上記結合線路領域において、上記第2の導体線路は、複数の上記伝送方向反転領域を備える第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第5態様によれば、上記伝送方向反転領域は、上記伝送方向に対して180度反転された方向に上記信号を伝送する領域を含む第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第6態様によれば、上記結合線路領域において、上記第1の伝送線路よりも上記第2の伝送線路に近接して配置された近接誘電体を備える第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第7態様によれば、上記第2の信号導体の表面の少なくとも一部が上記近接誘電体により被覆される第6態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第8態様によれば、上記第2の伝送線路は、上記第1の伝送線路の上記実効誘電率よりも高い実効誘電率を有し、
上記第1の伝送線路において伝送される信号が、上記第2の伝送線路において伝送される信号よりもその信号の伝送速度が大きい第2態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第9態様によれば、上記結合線路領域において、上記第1の伝送線路は、互いに対を成す2本の伝送線路を含む差動伝送線路を構成する第8態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第10態様によれば、上記第2の伝送線路が能動素子へ電力を供給するバイアス線路である第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第11態様によれば、上記結合線路領域において、上記第2の伝送線路は、上記第1の伝送線路の実効誘電率と異なる実効誘電率を有する第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第12態様によれば、上記結合線路領域の全体に渡って、上記第1の伝送線路と上記第2の伝送線路の上記実効誘電率の差が設定された実効誘電率差設定領域が配置される第11態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第13態様によれば、上記結合線路領域において、
上記第1の伝送線路と上記第2の伝送線路の上記実効誘電率の差が設定された実効誘電率差設定領域と、
当該実効誘電率の差が設定されていない実効誘電率差非設定領域とを有し、
上記実効誘電率差非設定領域の線路長が、上記第1の伝送線路での上記実効波長の0.5倍より小さい第11態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第14態様によれば、上記結合線路領域において、連続して配置された一の上記実効誘電率差非設定領域の線路長が、上記結合線路長の0.5倍より小さい第13態様に記載の伝送線路対を提供する。
また、本明細書において、「結合線路領域」とは、互いに隣接して配置される第1の伝送線路と第2の伝送線路とにより構成される伝送線路対において、当該2本の伝送線路の一部又は全部が互いに結合される関係にある区間における線路構造部分あるいは線路構造領域のことである。具体的には、上記2本の伝送線路において、各々の伝送線路全体としての信号の伝送方向が互いに平行関係にあるような区間における線路構造部分であるともいうことができる。なお、「結合」とは、一の伝送線路から他の伝送線路への電気的なエネルギ(例えば、電力や電圧等)の移動のことである。
本発明の伝送線路対によれば、従来の伝送線路対においてクロストーク現象により遠端端子において生じていたシャープな「スパイクノイズ」を時間軸上で平坦化するだけでなく、単位長さあたりで生じていたクロストーク要素強度の抑圧効果により、平坦化されたクロストーク波形のピーク強度を低減でき、第2の伝送線路が接続される回路での誤動作を回避することができる。また、クロストーク現象の抑制により通過信号強度の劣化が回避できるため、回路の省電力動作が実現できる。また、信号に含まれる高周波成分をデカップル処理する必要がなくなるので、バイパスコンデンサなどのチップ部品や、接地ビアや接地導体パターンが占有していた回路占有面積が削減できる。
本発明の記述を続ける前に、添付図面において同じ部品については同じ参照符号を付している。
以下に、本発明にかかる実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
以下本発明の実施の形態を説明するに先立って、まず、伝送線路対で発生するクロストークを抑制し、シャープなスパイクノイズの発生を回避する本発明の原理について、図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の原理を説明する模式説明図であり、従来の伝送線路対におけるクロストーク発生の原理を模式的に説明した図23と対応する図であり、以降の説明の理解を容易とするために、共通する設定については、その説明を省略している。
図1に示すように、少なくとも2本の伝送線路として第1の伝送線路2aと第2の伝送線路2bが互いに対となって隣接し並列に配置され、結合線路長Lcpに渡って互いに結合された伝送線路対10が構成されている。第1の伝送線路2aの実効誘電率ε1と、第2の伝送線路2bの実効誘電率ε2は、互いに異なる値に設定され、例えばε1<ε2に設定されている。本発明は、クロストーク強度が深刻となる結合線路長の伝送線路対に関するものなので、結合線路長Lcpは少なくとも伝送周波数の電磁波(信号)に対して、第1の伝送線路2aにおいて実効的に半波長以上に相当する長さを有している(数6参照)。
Lcp≧0.5×λ/√(ε1) ・・・ (数6)
なお、図1には示さないが、本発明の伝送線路対10(すなわち、第1の伝送線路2a及び第2の伝送線路2b)の周辺に、さらに多くの伝送線路が平行に配置されていても構わない。以下に示す本発明の伝送線路対が満たすべき条件が、このような伝送線路群内において、少なくとも一対の伝送線路対にて満たされていれば、当該伝送線路群においても本発明の効果を得ることが可能である。
まず、図1に示すように、伝送線路対10において、入力端子6a(位置座標L=0)への正電圧のパルスVinの印加により、第1の伝送線路2aには図示左端側から右端側へと伝送する高周波信号が発生する。第1の伝送線路2aにおいて、入力端子6aを出発した高周波信号11aは時間T=Toには部位Aに達しており、隣接しかつ結合された第2の伝送線路2bにおいて遠端側クロストーク端子6dへ向かうクロストーク電圧11bを発生させる。
また、時間ToからΔTだけ時間が経過した時間T1(=To+ΔT)において、第1の伝送線路2a上の高周波信号11aが入力端子6aから遠ざかる方向(すなわち、図示右向き)へ線路長ΔL1aだけ進行して、部位Bに到達して高周波信号12aとなる。ここで第1の伝送線路2aの伝搬速度をv1、真空中の電磁波の速度をc、第1の伝送線路2aの実効誘電率をε1とすると、第1の伝送線路2aにおける線路長ΔL1aは数7のように表すことができる。
ΔL1a=ΔT×v1=ΔT×c/√(ε1) ・・・ (数7)
また、この部位Bにおいても、第2の伝送線路2bにおいて、第1の伝送線路2aの高周波信号12aに起因するクロストーク信号12bが発生される。一方、第2の伝送線路2bにおいて、時間Toに部位Aにおいて発生したクロストーク信号11bも、第2の伝送線路2b上を遠端側へ向けて進行し、時間ΔTが経過した時間T1には、部位Aから線路長ΔL1bだけ離れた位置まで到達する。ここで、第2の伝送線路2bの伝搬速度をv2とすると、第2の伝送線路2bにおける線路長ΔL1bは数8のように表すことができる。
ΔL1b=ΔT×v2=ΔT×c/√(ε2) ・・・ (数8)
ここで、伝送線路対10においては実効誘電率差を設定しており、例えばε1<ε2と設定しているため、ΔL1a>ΔL1bとなる。従って、第2の伝送線路2bにおいて、時間Toに発生したクロストーク信号11bは、時間T1において、まだ部位Bに達していないことになる。すなわち、部位Aで生じて第2の伝送線路2bを進行したクロストーク信号11bと、部位Bで生じたクロストーク信号12bは、第2の伝送線路2b上で同じタイミングで加算されないこととなる。
さらに、部位Bより線路長ΔLだけ離れた部位C(図示せず)においても同様の現象が起こり、部位Aにおいて生じたクロストーク信号11bと部位Bにおいて生じたクロストーク信号12bと、部位Cにおいて生じたクロストーク信号12c(図示せず)は、第2の伝送線路2b上で、少しずつずれたタイミングで加算されることになる。この関係は、それぞれの伝送線路2a、2bが隣接して結合する結合線路領域(例えば、結合された領域)に渡って常に成立し続けるため、遠端クロストーク端子6dに到達するクロストーク信号波形は、シャープなピーク波形を有する「スパイクノイズ」にはなり得ず、「ホワイトノイズ」のような平坦な波形とすることができる。なお、図1に示す伝送線路対10において、第1の伝送線路2aの端子6aから端子6b間と、第2の伝送線路2bの端子6cから端子6d間とが互いに結合される構成を有しているため、伝送線路対10の全体が上記結合線路領域となっており、伝送線路対10の全体線路長が結合線路長Lcpとなっている。
ここで、上記原理を基に、本発明の効果を有効に得るために、2つの伝送線路2a、2bの実効誘電率ε1、ε2が満たす関係として特に好ましい条件が決定される。
第一に好ましい条件は、2本の伝送線路2a、2bの実効的な線路長差ΔLeffが、第1の伝送線路2a若しくは第2の伝送線路2bのいずれかを進行する伝送周波数の真空中での波長λの0.5倍以上(数3参照)、さらに第2の好ましい条件は1倍以上(数4参照)に相当する、という条件である。また、実効線路長差ΔLeffは、結合線路長Lcp、第1の伝送線路2aの実効誘電率ε1、及び第2の伝送線路2bの実効誘電率ε2をそれぞれ用いて、数5に示すように定義することができる。なお、伝送線路の実効誘電率は、解析的に導出することも可能であるし、伝送線路対を構成する2本の伝送線路のそれぞれの通過位相から実験的に導出することももちろん可能である。
また、特定の線路長を有する伝送線路対10における遠端クロストーク強度の周波数依存性を図2に太線で示す。なお、図2においては、横軸に周波数(図示右側が周波数高)を示し、上記遠端クロストーク強度の周波数依存性S41(dB表示であり、図示上方側ほど、遠端クロストーク強度が大きい)を左縦軸に示すとともに、伝送線路対10の実効線路長差ΔLeffを右縦軸に同時に示している。なお、右縦軸の実効線路長差ΔLeffの値は、波長λで規格化した値を示している。
また、図2において、比較例として図示細線で示したのは、従来の伝送線路の特性例であり、比較が可能なように、本発明の伝送線路対10において第2の伝送線路2bにあたる伝送線路を、第1の伝送線路2aに置換して伝送線路対とし、2つの伝送線路の配置間隔Dは同じ値に統一している。
図2に示すように、従来の伝送線路対における遠端クロストーク強度は周波数の増加に伴い単調に増加するが、本発明の伝送線路対10における遠端クロストーク強度は周波数が増加しても単調に増加しない。より詳しく説明すると、実効線路長差ΔLeffが0.5×λと一致する周波数をf1とすると、周波数f<f1の周波数領域では、遠端クロストーク強度は周波数増加に伴い増加はするものの、周波数fがf1に達する前に増加の度合いは鈍り、f=f1付近で値が最大値となり、f>f1では一転して減少に転じる。よって、f=f1では従来の伝送線路対より確実にクロストーク強度が抑制されており、f>f1ではその抑制度は周波数増加に伴い増強されていくことが判る。また、周波数f1の2倍の値である周波数f2においては、実効線路長差ΔLeffは波長λと等しくなっており、本発明の伝送線路対10での遠端クロストーク強度は強制的に最小値をとる。また、f>f2となる周波数領域では、実効線路長差ΔLeffが0.5×λの奇数倍となる周波数において周期的に遠端クロストーク強度は最大値をとるものの、その最大値は、周波数f=f1での値と等しく、従来の伝送線路対が同じ周波数条件で示すクロストーク強度よりも必ず低い強度となる。
上述した遠端クロストーク強度の抑制に伴い、通過強度特性についても、図3に太線で示すような特性改善が得られる。なお、図3においては、左縦軸に通過強度特性S21(dB表示であり、図示下方側ほど、通過強度特性が低下)を示し、右縦軸に規格化された実効線路長差ΔLeff/λを示し、横軸に周波数(図示右側が周波数高)を示している。図3に示すように、周波数f1より高い周波数において、さらには周波数f2より高い周波数においては特に、細線で示した従来の特性と比べて、本発明の構成による特性の方が、より明確な特性改善が得られることが判る。
従って、数3に示すように、
ΔLeff≧0.5×λ
さらに好ましくは、数4に示すように、
ΔLeff≧λ
を、本発明の伝送線路対10が満たせば、確実にクロストーク抑圧効果が得られることになる。
このような本発明の伝送線路対における原理及び効果は、以下に示す具体的な方法により、伝送線路対において実効誘電率差を人工的に生じさせることにより、具体的に実現させることができる。このような実効誘電率差を人工的に生じさせる手法として、本発明の一の実施形態にかかる伝送線路対を用いて以下に具体的に説明する。
(実施形態)
本実施形態の伝送線路対20の構造を示す模式斜視図を図4Aに示し、図4Aの伝送線路対20の構造を部分的に拡大する部分拡大上面図を図4Bに示す。
図4A及び図4Bに示すように、伝送線路対20において、第1の伝送線路22aは回路基板21の表面上に形成された第1の信号導体23aと、回路基板21の裏面に形成された接地導体5を含んで構成され、第2の伝送線路22bは回路基板21の表面上に形成された第2の信号導体23bと、回路基板21の裏面に形成された接地導体5の組み合わせを含んで構成されている。なお、本実施形態の伝送線路対20はこのような構成にのみ限定されるものではなく、このような場合に代えて、例えば、第1の伝送線路22aが差動伝送線路対であり、第1の伝送線路22aが接地導体5を含まない構成であっても、本発明の効果を得ることは可能である。以下の説明においては、第1の伝送線路22aと第2の伝送線路22bは、信号導体23a、23bと接地導体5の組み合わせを最低限含むシングルエンドの構成であるものとして説明を簡略化する。
図4A及び図4Bに示す本実施形態の伝送線路対20においては、第2の伝送線路22bの第2の信号導体23bを部分的に湾曲させ、具体的には信号の伝送方向とは異なる方向へ局所的に信号を蛇行させることによって、第2の伝送線路22bの実効誘電率ε2を増大させている。このような第2の伝送線路22bにおける上記蛇行の形状として、螺旋形状の信号導体が交互に逆回転された回転方向反転構造29が周期的に直列に接続される構造が採用されている。
具体的には、図4Bに示す第2の伝送線路22bにおいて図示右向きをその伝送線路全体の信号の伝送方向96とする場合、本実施形態の第2の伝送線路22bの第2の信号導体23bは、少なくとも一部の領域において、回路基板21の表面内における第1の回転方向(図示時計方向)R1に高周波電流を1回転だけ螺旋形状に回転させる(すなわち360度回転させる)ように当該回転方向に湾曲された湾曲信号導体27と、第1の回転方向R1とは逆方向の第2の回転方向(図示反時計方向)R2に高周波電流を1回転だけ螺旋形状に回転させる(すなわち反転させる)ように当該回転方向に湾曲された湾曲信号導体28とが、互いに電気的に接続された構造を有している。本実施形態においては、このような構造が回転方向反転構造29となっている。なお、図4Bに示す第2の信号導体22bにおいて、第1の回転方向R1に湾曲された湾曲信号導体27と、第2の回転方向R2に湾曲された湾曲信号導体28との範囲を明確に示すために、それぞれの信号導体27及び28には、互いに異なるハッチング模様を付している。
さらに具体的には、図4Bに示すように、第1の回転方向に湾曲された湾曲信号導体27は、例えば、異なる曲率を有する部分(半)円弧構造、すなわち、第1の曲率を有する第1部分弧構造27aと、この第1の曲率よりも小さな曲率である第2の曲率を有する第2部分円弧構造27bとが組み合わされて構成されている。第2の回転方向に湾曲された湾曲信号導体28も同様な構成を有しており、第1の曲率を有する第1部分円弧構造28aと、この第1の曲率よりも小さな曲率である第2の曲率を有する第2部分円弧構造28bとが組み合わされて構成されている。また、第2の信号導体23bの中心軸上における1点を基点として、この基点回りに点対称となるように当該基点おいて2つの第1部分円弧構造27a、28aの互いの一端が連結されて形成されたS字形状の構造のそれぞれの端部に、当該端部における湾曲方向と同じ方向となるように第2部分円弧構造27b、28bの端部をそれぞれ連結することで、上記基点回りに点対称に形成された回転方向反転構造29が形成されている。
このような回転方向反転構造29においては、例えば、図4Bにおける図示右向きを大略信号の伝送方向と考えた場合に、一の回転方向反転構造29の図示左端において、上記伝送方向96に対して左向き90度の方向(すなわち図示上向きの方向)に伝送される信号が、湾曲信号導体27における第2部分円弧構造27b及び第1部分円弧構造27aを経由しながらその伝送方向が上記基点に対して時計方向に360度回転され、上記基点より湾曲信号導体28における第1部分円弧構造28a及び第2部分円弧構造28bを経由しながら、その伝送方向が上記基点に対して反時計方向に360度回転されるように、当該信号の伝送経路が形成されている。すなわち、回転方向反転構造29は、伝送される信号の伝送方向を、上記基点に対して時計方向にかつ螺旋状に収束する方向に1回転させ、その後、反時計方向かつ螺旋状に開放する方向に1回転させるように形成されている。
また、図4Aに示すように、第2の伝送線路22bにおいては、端子6cと端子6dとの間における線路の全体に渡って、複数の回転方向反転構造29が周期的にかつ直列に接続された構造を有している。また、第2の伝送線路22bは、このような回転方向反転構造29を有しているものの、その伝送線路全体としての信号の伝送方向96は、第1の伝送線路22aにおける信号の伝送方向95と平行関係を有している。従って、第1の伝送線路22aにおける端子6aと端子6bとの間と、第2の伝送線路22bにおける端子6cと端子6dとの間において、2本の伝送線路は結合関係を有しており、伝送線路対20の全体が結合線路領域91となっている。
このように伝送線路対20において、第2の伝送線路22bが周期的に直列に接続された複数の回転方向反転構造29を有していることにより、結合線路領域91における第1の伝送線路22aの線路長に対して、第2の伝送線路22bの線路長を大きくすることができ、その結果、第1の伝送線路22aに対して、第2の伝送線路22bを平均的にその実効誘電率が増大した均一な伝送線路として機能させることができる。このように第2の伝送線路22bにおける実効誘電率ε2を、第1の伝送線路22aの実効誘電率ε1に対して大きく設定することができることにもつながり、クロストーク波形からシャープなスパイクノイズを消失させて、緩やかなホワイトノイズ形状の波形とさせることができ、上述の本発明の効果を有効に得ることが可能となる。
また、図4Bに示すように、第2の伝送線路22bの回転方向反転構造29においては、信号の伝送方向96(あるいは伝送方向95)に対して90度を超えて異なる方向に局所的に信号を伝送する伝送方向反転部位(伝送方向反転領域あるいは伝送方向反転部)97が当該構造内に含まれていることが、特に好ましい。すなわち、回転方向反転構造29の中心付近に配置されるそれぞれの第1部分円弧構造27a及び28aにおける信号の伝送方向は、伝送方向96に対して90度を超えて異なる方向であって、さらに180度反転された方向をも含んでいる。そのため、回転方向反転構造29において、それぞれの第1部分円弧構造27a及び28aにより形成される構造部分が伝送方向反転部位97となっている。
このように第2の伝送線路22bにおいて、伝送方向反転部位97が含まれる構造が採用されることにより、当該伝送方向反転部位97において、第1の伝送線路22aを進行する信号から生じた遠端クロストーク信号は、通常の遠端クロストーク信号の向き(すなわち伝送方向95)とは逆向きの方向に進行する。すなわち、伝送方向反転部位97の設定は、通常のクロストーク信号を相殺する機能を有する。よって、伝送方向反転部位97が回転方向反転構造29中に含まれることにより、クロストーク抑圧効果をさらに増大させることができる。
ここで、伝送線路における信号の伝送方向について、図25に示す伝送線路502の模式平面図を用いて以下に説明する。本明細書において、信号導体の形状が湾曲された形状を有している場合には、伝送方向とはその接線方向であり、信号導体の形状が直線形状を有しているような場合には、伝送方向とはその長手方向となる。具体的には、図25に示すように、直線形状を有する信号導体部分と、円弧形状を有する信号導体部分とを有する信号導体503により構成された伝送線路502を例とすると、直線形状の信号導体部分における局所的な位置P1及びP2においては、その伝送方向Tは、信号導体の長手方向である図示右向き方向となる。一方、円弧形状を有する信号導体部分における局所的な位置P2〜P5においては、当該局所的な位置P2〜P5における接線方向がそれぞれの伝送方向Tとなる。
また、図25の伝送線路502において、その伝送線路502全体における信号の伝送方向96を図示右向きとし、この方向をX軸方向、このX軸方向に同一平面において直交する方向をY軸方向とすると、位置P1〜P6におけるそれぞれの伝送方向Tは、X軸方向の成分であるTxと、Y軸方向の成分であるTyとに分解することができる。位置P1、P2、P5、及びP6においては、Txが+(プラス)X方向の成分となる一方、位置P3及びP4においては、Txが−(マイナス)X方向の成分となる。本明細書においては、このようにその伝送方向が−X方向の成分を含む構造部分が、「伝送方向反転構造(部位)」となっている。具体的には、位置P3及びP4は、伝送方向反転構造部508内における位置であり、図25の信号導体において、ハッチングを付した部分が伝送方向反転構造508となっている。なお、本明細書において、「伝送方向を反転させる」あるいは「伝送線路全体の伝送方向96に対して90度を超えて異なる方向に信号を伝送する」とは、図4B又は図25において、伝送方向95、96をX軸方向、このX軸方向に直交する方向をY軸方向とした場合に、伝送線路における局所的な信号の伝送方向のベクトルに−x成分が生じるようにすることである。
また、図4A及び図4Bに示す伝送線路対20の第2の伝送線路22bでは、回転方向反転構造29の単位構造内の螺旋の回転数は、時計方向及び反時計方向にそれぞれ1回転に設定されているが本実施形態の伝送線路対20の構造はこのような場合についてのみ限られるものではない。このように螺旋回転数が1回転に設定されている場合に代えて、例えば、図5の模式図に示すように、螺旋回転数が0.75回転に設定された回転方向反転構造39が用いられて第2の伝送線路32bが形成されるような場合であってもよい。このような螺旋回転数が設定されるような場合であっても、第1の伝送線路の線路長に対して、第2の伝送線路32bの線路長を大きく設定することができ、その結果、第2の伝送線路32bの実効誘電率ε2を、第1の伝送線路の実効誘電率ε1よりも大きくすることができるからである。
なお、このような伝送線路において、回転方向反転構造における螺旋回転数の設定は、回路占有面積の制限の中で、所望の特性を得るべき最適値を選択することができる。例えば、螺旋回転数を0.5回転よりも大きく1.5回転以下程度の範囲内において設定すれば、回路占有面積を効率的に設定しながら、上述した本発明の効果を得ることができ、好適である。また、第2の伝送線路22b、32bにこのような回転方向反転構造29、39を採用するような方法においては、第2の伝送線路22b、32bにおいて伝送される信号の伝送方向を、第1の伝送線路22aにおける信号の伝送方向と異なる方向へ局所的に導くことができる。これにより、伝送線路に伴う電流ループの連続性を局所的に切断することができるので、隣接配置される伝送線路との相互インダクタンスに伴う結合量を低減することができる。すなわち、実効誘電率差が生じることによってクロストーク信号のホワイトノイズ化の効果が得られるだけでなく、単位長さ辺りの結合線路構造によって生じるクロストーク信号強度を抑制することもできる。従って、クロストーク波形よりシャープなスパイクノイズを消失させて、ホワイトノイズ化させるだけでなく、クロストーク信号における強度も効果的に抑制できるという新たな効果が生まれる。
図4Bに示すように、第2の伝送線路22bの回転方向反転構造29においては、信号の伝送方向95に対して90度を超えて異なる方向に局所的に信号を伝送する伝送方向反転部位(伝送方向反転領域あるいは伝送方向反転構造部)97が当該構造内に含まれている。すなわち、回転方向反転構造29の中心に配置されるそれぞれの第1半円弧構造27における信号の伝送方向は、伝送方向95に対して90度を超えて異なる方向であって、180度反転された方向をも含んでいる。そのため、回転方向反転構造29において、それぞれの第1半円弧構造27により形成される構造部分が伝送方向反転部位97となっている。
このように第2の伝送線路22bにおいて、伝送方向反転部位97が含まれる構造が採用されることにより、当該伝送方向反転部位97において、第1の伝送線路22aを進行する信号から生じた遠端クロストーク信号は、通常の遠端クロストーク信号の向き(すなわち伝送方向95)とは逆向きの方向に進行する。すなわち、伝送方向反転部位97の設定は、通常のクロストーク信号を相殺する機能を有する。よって、伝送方向反転部位97が回転方向反転構造29中に含まれることにより、クロストーク抑圧効果をさらに増大させることができる。なお、本明細書において、「伝送方向を反転させる」とは、図4Bにおいて、伝送方向95、96をX軸方向、このX軸方向に直交する方向をY軸方向とした場合に、伝送線路における局所的な信号の伝送方向のベクトルに負のx方向成分が生じるようにすることである。
また、図5に示す第2の伝送線路32bの回転方向反転構造39においても、伝送される信号の伝送方向が、第1の伝送線路22aにおける伝送方向95に対して90度を超えて反転され、最大180度まで反転される部分を含んでいるため、上記伝送方向反転部位が含まれているということができる。具体的には、図5の回転方向反転構造39は、上記第1の回転方向に湾曲された湾曲信号導体37と、その逆方向である上記第2の回転方向に湾曲された湾曲信号導体38とが電気的に接続されて構成されており、その接続部分近傍における信号導体により、図示点線にて囲って示す伝送方向反転部位97が構成され、当該部位において信号の伝送方向が反転されるようになっている。なお、図示しないが、湾曲信号導体37及び38のそれぞれは、その湾曲の曲率が異なる2種類の部分円弧構造が組み合わされることにより構成されている。
また、図6に斜視模式図を示す伝送線路対50においては、伝送方向反転部位57(その一部について図示点線で囲って示す)が構造中にふんだんに含まれているため、伝送方向反転部位57が含まれていることによる効果をより効果的に得ることができる。なお、第2の伝送線路の信号導体の局所的な信号の伝送方向は、信号伝送方向95と厳密に逆方向である場合(すなわち、180度反転された方向である場合)が一番クロストーク強度抑制効果は大きく、より好適であるものの、信号伝送方向95に対して90度を超える角度を持つ箇所が含まれていれば、クロストーク強度抑制効果を一部得ることができる。
ただし、図6の第2の伝送線路52bの信号導体の配置は、高速信号に対しては不要な反射を生む恐れがある。すなわち、図4Aと図6においてそれぞれの伝送線路対20、50での線路幅設定が等しいものとして構造の大きさを比較すると、それぞれの回転方向反転構造29、59の実効線路長は、図4Aの構造よりも図6の構造の方が長い。このように回転方向反転構造59の実効線路長が長くなるに従って、当該構造における共振周波数が低くなり、共振周波数付近の周波数帯域では反射や放射などの好ましくない現象が増加する傾向にある。このような好ましくない現象の発生を低減させるため、第2の伝送線路の信号導体において設定される回転方向反転構造の実効線路長を、伝送周波数の実効波長の半分未満となるように設定することが好ましい。
なお、図6の第2の伝送線路52bの信号導体における回転方向反転構造59においては、上記第1の回転方向に湾曲された湾曲信号導体及び上記第2の回転方向に湾曲された湾曲信号導体は、図4Bや図5の伝送線路における湾曲信号導体27、28、37、及び38のように、湾曲の曲率が異なる2種類の部分円弧構造が組み合わされて構成されるのではなく、その湾曲の曲率が一定に設定されて構成されている。さらに互いに回転方向が異なる湾曲信号導体は、直線状の信号導体を介して互いに電気的に接続されている。すなわち、回転方向反転構造59において、伝送方向反転部位57は、それぞれの湾曲信号導体の一部と上記直線状の信号導体とにより構成されており、このような構成においても、上述のように伝送方向反転部位が設定されることによる効果を得ることができる。
また、第2の伝送線路の湾曲の形状は、その線路中心軸に対して、対称の方向に蛇行されるような形状、例えばS字形状を有するような場合のみに限られるものではなく、上記対称の方向における一方の方向のみに湾曲されるような形状、例えばC字形状を有するような場合であっても良い。
また、本実施形態の伝送線路22a及び22bは、信号導体23a及び23bが回路基板(誘電体基板)21の最表面に形成されている場合にのみ限られるものではなく、内層導体面(例えば、多層構造基板における内層表面)に形成されているような場合であっても良い。同様に、接地導体層5も回路基板21の最裏面に形成されている場合にのみ限られるものではなく、内層導体面に形成されているような場合であっても良い。すなわち、本明細書において、基板の一方の面(あるいは表面)とは、単層構造の基板あるいは積層構造の基板における最表面若しくは最裏面、又は内層表面のことである。
具体的には、図26の伝送線路22Aの模式断面図(すなわち、伝送線路対を構成する2本の伝送線路のうちの1本の伝送線路のみを示す模式断面図(以下、図27及び図28においても同様))に示すように、回路基板21の一方の面(図示上面)Sに信号導体23が配置され、他方の面(図示下面)に接地導体層5が配置された構造において、回路基板21の一方の面Sに別の誘電体層(別の回路基板)L1が配置され、接地導体層5の下面にさらに別の誘電体層(さらに別の回路基板)L2が配置されるような場合であってもよい。さらに、図27の模式断面図に示す伝送線路22Bのように、回路基板21自体が複数の誘電体層21a、21b、21c、及び21dからなる積層体L3として構成され、この積層体L3の一方の面(図示上面)Sに信号導体23が配置され、他方の面(図示下面)に接地導体層5が配置されるような場合であってもよい。また、図26に示す構成と図27に示す構成とが組み合わされた構成を有する図28に示す伝送線路22Cのように、積層体L3の一方の面Sに別の誘電体層L1が配置され、接地導体層5の下面にさらに別の誘電体層L2が配置されるような場合であってもよい。図26から図28のいずれの構成の伝送線路22A、22B、及び22Cにおいても、符号Sにて示す表面が「基板の表面(一方の面)」となる。
また、上記実施形態の伝送線路対においては、第1の伝送線路の実効誘電率ε1と、伝送方向反転部位を有する第2の伝送線路の実効誘電率ε2との間に、ε1<ε2となる実効誘電率差をさらに効果的に設定するために、一部の領域において、第2の伝送線路における第2の信号導体の表面に誘電材料により形成された近接誘電体の一例である追加誘電体を配置し、当該配置により第2の伝送線路の実効誘電率ε2をε1に比してさらに向上させるようにしてもよい。このようにすることで、クロストーク強度抑制効果をさらに効果的に得ることができる。なお、このような追加誘電体の配置は、このように第2の信号導体の表面を覆うように配置される場合のみに限られず、第2の信号導体の表面の一部を覆うように配置される場合、あるいは第2の信号導体の表面は覆わないものの、第1の信号導体よりも第2の信号導体に近接して配置される場合であっても、実効誘電率ε2をε1に比してさらに向上させるという効果を得ることができる。
上述において説明した実施形態にかかる伝送線路対においては、第1の伝送線路にその伝送速度が大きな信号を、第2の伝送線路にその伝送速度が小さな信号を、それぞれ伝送することが好ましい。第1の伝送線路は、実効誘電率が従来の伝送線路と同様に低く設定されており、このように設定されることで信号の遅延が抑制されているにも拘わらず、従来の伝送線路においては得られなかった耐クロストーク特性を得ることができるため、高速伝送に適しているということができる。
また、上記実施形態の伝送線路対においては、図7の斜視模式図にその一例を示す伝送線路対270のように、第1の伝送線路272aが、2本の信号導体273a、273cを含む差動伝送線路として構成され、第2の伝送線路272bの第2の信号導体273bと伝送線路対270として構成されるような場合であっても構わない。第1の伝送線路272aが差動伝送を行うような場合に、第2の伝送線路272bより耐クロストーク特性に優れ、高速伝送にも適した伝送線路対が提供できる。
また、上記実施形態にかかる伝送線路対において、第2の伝送線路が、伝送速度が小さな信号伝送用に用いられるような場合に代えて、回路内の能動素子に直流電圧を供給するバイアス線路として用いられるような場合であっても構わない。一般にこのようなバイアス線路は、インダクティブに、つまり細い信号導体幅で形成されることが多いため、信号導体の蛇行を行っても回路占有面積がさほど増大しないという利点がある。また、信号遅延特性を問題とせずに、周辺伝送線路との結合がしばしば問題となるという特徴を有するバイアス線路に対して、本発明の原理を適用することは、高周波回路においてより有効に本発明の効果を得ることができる。
また、本発明の伝送線路対に対する望ましい条件としては、第1の伝送線路と当該第1の伝送線路に隣接して結合可能に配置されている第2の伝送線路とにおける結合された部分である結合線路領域の全域に渡って、ε1<ε2の誘電率差設定領域が形成されることが最も好ましい。また、このように結合線路領域の全域に渡って上記誘電率差設定領域が形成されていないような場合であっても、少なくとも結合線路領域における結合線路長Lcpの50%以上の領域が、誘電率差設定領域として設定されることが好ましい。
仮に、結合線路領域において、ε1=ε2の領域である誘電率差非設定領域が複数存在し、その総領域長(あるいは線路長)が結合線路長Lcpの50%以上の長さを占めるような場合であっても、誘電率差設定領域が各誘電率差非設定領域を区分する位置に配置され、それぞれの誘電率差非設定領域の中でも最も長きに渡って連続して形成される誘電率差非設定領域の領域長であるLcp1が、少なくとも結合線路長Lcpの50%未満に設定されることが好ましい。
また、誘電率差非設定領域の上記領域長Lcp1は、第1の伝送線路における伝送周波数の実効波長λg1の半分未満の長さであることが好ましい。誘電率差非設定領域の領域長Lcp1の領域において生じるクロストーク信号は、その前後の領域において如何に高い実効誘電率差を設定しようにも、従来の伝送線路対と同様のクロストーク特性を生じることになる。従って、誘電率差非設定領域の領域長Lcp1の領域において生じるクロストークは高域通過特性を有することとなり、その波形はシャープなピークを伴うスパイクノイズとなる。よって、誘電率差非設定領域の領域長Lcp1は可能な限り短く設定することが好ましいのはこのためである。なお、回路配置や占有面積の制限により、誘電率差非設定領域の総領域長が長く設定せざるを得ない場合においても、誘電率差非設定領域の間に誘電率差設定領域を挿入し、連続した誘電率差非設定領域の領域長Lcp1を短く設定することが好ましい。また、線路を曲げて配置するために、2本の伝送線路間の間隔が変化している箇所は、本発明の説明の中では結合線路長Lcpの一部には含まれず、結合線路領域とはならない。また、ε1>ε2となる実効誘電率差逆転領域が一部に形成されると、ε1<ε2とされた本来の領域において得られた効果が相殺されてしまうため好ましくない。
また、上記実施形態の伝送線路対において、第2の伝送線路に対する回転方向反転構造のような信号を局所的に遠回りさせる遅延構造や、追加誘電体の伝送線路構造内への導入による意図的な遅延構造が含まれるような場合であってもよい。これらの遅延構造は、最も高い実効誘電率差を実現することができるような回転方向反転構造が周期的に直列に接続されたり、同じ断面構造の誘電体構成の構造が連続して設定されたりすることが好ましい。しかし、回転回数や線路幅などの構造パラメータが異なる条件に設定されるような場合、あるいは、異なる断面構造の設定により異なる実効誘電率差を与える遅延構造が互いに接続されるような場合であっても、本発明の効果は消失せず得ることができる。しかし、実効誘電率差が最も低く設定された領域での誘電率差設定に特性が大きく依存してしまうため、実効誘電率差を低く設定した箇所が連続する長さである上記領域長Lcp1は、結合線路長Lcpの半分未満の長さに設定されることが好ましい。
また、2つの遅延構造間は通常の直線の伝送線路で接続されても構わない。ただし、同様に、誘電率差非設定領域の連続する領域長Lcp1は結合線路長Lcpの半分未満の長さに設定されることが好ましい。本発明の構造において最も高い効果が得られる条件は、第2の伝送線路の実効的な誘電率ε2が、結合線路領域の全体に渡って連続して均一な値を実現している構造であり、できる限り誘電率差非設定領域の連続する箇所の長さLcp1を短く制限する必要がある。
しかし、現実的には伝送線路を曲げたりする箇所においては、本発明の構造を連続して実現することが困難である場合もある。この場合、一部の区間において第1の伝送線路の実効誘電率ε1に対する第2の伝送線路の実効誘電率ε2の値の増加比率が消失する誘電率差非設定領域93が発生するが、誘電率差非設定領域93の領域長Lcp1は、伝送信号周波数において、非共振の状態に設定されることが好ましい。すなわち、図8の模式説明図に示すように、結合線路領域91において、誘電率差設定領域92と誘電率差非設定領域93とが存在するような場合には、誘電率差非設定領域93の領域長Lcp1を数9に示すような条件に設定することが好ましい。なお、数9において、λgは第1の伝送線路における伝送信号周波数の実効的な波長である。
Lcp1<0.5×λg (=λ/√(ε1)) ・・・(数9)
また、誘電率差非設定領域の領域長Lcp1を実効波長λgの半分未満に設定することは、クロストーク抑制効果が消失する誘電率差非設定領域93におけるクロストーク強度の増加、及びシャープなスパイクノイズの形成を回避するためにも効果的な条件である。
また、図9A及び図9Bに好ましくない形態の模式説明図を示す。図9A及び図9Bに示すように、結合線路領域91の全線路長、すなわち全結合線路長Lcpに対して、連続して50%以上の区間が誘電率差非設定領域93に設定されることは好ましくない。このような場合にあっては、例えばクロストーク波形からシャープなピークを取り除くことが困難になるからである。
ただし、図10に示すように、結合線路長Lcpの半分以上が誘電率差非設定領域93によって占有されるような場合であっても、各々の誘電率差非設定領域93において、一の誘電率差非設定領域93が連続する領域長Lcp1が結合線路長Lcpの半分以上でなければ、本発明の効果を得ることは十分に可能である。これは、仮に2つの誘電率差非設定領域93においてシャープなピークのクロストーク信号がそれぞれ生じようとも、二つの信号が重ね合わせられるタイミングを時間的にずらすことができれば、生成するクロストーク信号の強度を低下させることができるという原理に基づいた条件である。この場合、2つの誘電率差非設定領域93の間に挟まれて配置される誘電率差設定領域92において、その領域長Lcp2は伝送周波数における実効波長λgの半分以上であり、且つ、一の誘電率差設定領域92の内においても、実効的な線路長差ΔLeff2に対して数10に示すような条件が成立していることが好ましい。
ΔLeff2=Lcp2×{√(ε2)−√(ε1)} ・・・(数10)
なお、本発明に伝送線路対に対して、一見して類似していると誤認されるような回路構造として、一方の伝送線路に遅延構造が一部に採用された従来の伝送線路対がある。しかしながら、このような従来の伝送線路対において、上記一方の伝送線路に遅延構造が導入される目的は、一対の伝送線路を伝送させる信号のタイミングの調整であり、本発明の伝送線路対とはその目的及び原理が全く異なるものである。そのため、上記従来の伝送線路対においては、上記実施形態において説明したような本発明の原理を考慮した最適な構造は、全く採られていない。
例えば、図11Aの模式説明図に示すような伝送線路対においては、結合線路領域91のほとんどの箇所において、2つの伝送線路102a、102bはとも直線形状を有しており、どちらか一方の伝送線路のみがある部位で集中して遅延量を稼ぐために、信号導体の蛇行構造を導入しているような場合も考えられる。しかしながら、このような伝送線路対においては、遅延構造をその構造内に含むものの本発明の伝送線路対とは目的も構造も異なり、本発明の効果を有効に得ることはできない構造である。また、誘電率差設定領域92における実効誘電率差が数値的に大きく設定される場合でも、図9Aの好ましくない構造の模式説明図に示す構成と本質的な差異はなく、本発明の効果を有効に得ることはできない。これに対して、本発明の伝送線路対では、第2の伝送線路の信号導体に導入される蛇行構造を、結合線路領域において、分布的に配置することによって有利な効果を得る。
また、伝送線路の蛇行構造により実効誘電率が増加している箇所が長距離に渡っている伝送線路対においても、図11Bの模式説明図に示す伝送線路対のように、2つの伝送線路102a、102bが結合している区間である結合線路領域91だけでなく、結合が解かれた領域90においても、伝送線路の蛇行が持続している回路、特に、結合領域91において実効誘電率差を設定している領域長Lcp4よりも、結合領域91以外の領域90において実効誘電率差を設定している領域長Lcp5が長いような場合、伝送線路を蛇行させている目的はあくまで信号の遅延によるタイミング調整であって、本発明の効果が目的ではなく、本発明の伝送線路対とは全く異なる構成であるということができる。
次に、上述のような実施形態にかかる伝送線路対に関し、いくつかの実施例として以下に具体的にその構成及び得られる効果について説明する。
(実施例1)
まず、実施例1として、誘電率3.8、総厚さ250μmの誘電体基板の表面上に銅配線により厚さ20μm、配線幅Wを100μmとした信号導体を形成し、誘電体基板の裏面全面にも同じく銅配線により厚さ20μmの接地導体層を形成し、結合線路長Lcpを50mmとする平行結合マイクロストリップ線路構造を構成した。なお、これらの値は従来例1の高周波回路と同じ値である。入力端子は同軸コネクタに接続し、出力側の端子は特性インピーダンスとほぼ同じ抵抗値である100Ωの抵抗で接地終端し、端子での信号反射による悪影響を測定結果から減じた。第2の伝送線路においては、図5に上面図を示すように、交互に逆方向に信号を蛇行させるようにそれぞれ0.75回転の螺旋形状に信号導体を配置した。第2の伝送線路の第2の信号導体の総配線幅W2は500μmとした。第1の伝送線路の第1の信号導体は直線とした。それぞれの信号導体の配線領域間距離Gを従来例1の650μmから450μmへと減じることにより、従来例1の伝送線路対での配線間隔Dと同じ750μmの配線間隔を実施例1においても実現した。
ここで、図12に実施例1の伝送線路対におけるクロストーク特性と、従来例1の伝送線路対におけるクロストーク特性を比較可能に示す。なお、図12においては、縦軸にクロストーク特性を示し、横軸に周波数を示している。図12に示した実施例1と従来例1のクロストーク特性の比較より明らかなように、実施例1では測定した全周波数帯域にわたって、従来例1よりも良好な分離特性が得られ、本発明の有利な効果を証明することができた。
また、通過位相特性より導出した各伝送線路の実効誘電率は第1の伝送線路が2.41であり、第2の伝送線路が6.77であった。特に、2.3GHz以上の周波数帯域では、従来例1より明らかな改善が得られた。具体的には、従来例1では周波数の増加に伴いクロストーク強度が単調増加したのに比べ、実施例1では2.3GHz以上の周波数帯域ではクロストーク強度は減少へと転じた。実効線路長差ΔLeffが波長λの0.5倍に相当する周波数2.3GHzにおいて、従来例1ではクロストーク強度はマイナス20dBであったが、実施例1ではマイナス26dBであった。また、実効線路長差ΔLeffが波長λに一致した周波数4.6GHzにおいて、従来例1ではクロストーク強度はマイナス13dBであったが、実施例1ではマイナス48dBまでクロストーク強度が抑制できた。なお、4.3GHz以上の周波数帯域においても、実効線路長差ΔLeffが波長λの0.5倍に一致した周波数2.3GHzのほぼ奇数倍である周波数6.9GHz、10.8GHzにおいては、クロストーク強度は最大値を記録したものの、従来例1と比較すると、それぞれ15dB、と19dBものクロストーク抑制効果が得られた。また、実効線路長差ΔLeffが波長λに一致した周波数4.6GHzのほぼ整数倍である周波数8.9GHz、13.3GHzにおいては、周期的にクロストーク強度が最小値を記録し、それぞれ従来例1と比較して41dBと44dBもの飛躍的なクロストーク抑圧効果が得られた。
また、図13に従来例1と実施例1の第1の伝送線路の通過強度の比較を示す。従来例1の通過強度が2.3GHzにおいてマイナス0.313dBであったのに比べ、実施例1の第1の伝送線路はマイナス0.106adBであり改善が見られ、以後周波数が増加するにつれ改善度は単調に増加し、例えば周波数25GHzにおいて従来例1がマイナス9.5dBの通過強度であったのに比べ、実施例1の第一の伝送線路はマイナス1.5dBの通過強度を維持した。
また図示はしないものの、実効誘電率を増大させ通過強度特性が劣化してもおかしくない実施例1の第2の伝送線路においても、8GHz以上の周波数帯域においてはクロストーク抑制による通過特性維持の効果が上回り、従来例1の通過強度特性を上回った。具体的には例えば周波数10GHzにおいては従来例1の通過強度はマイナス1.74dBであるのに比べ、実施例1の伝送線路の通過強度はマイナス1.55dBであり、周波数25GHzにおいては従来例1の通過強度がマイナス9.5dBであるのに比べ、実施例1の第2の伝送線路はマイナス2.8dBの通過強度を維持できた。
また、実施例1に、従来例1と同様に、電圧1V、立ち上がり、および立下り時間が50ピコ秒のパルスを印加して、遠端クロストーク端子でのクロストーク波形を測定した。実施例1と従来例1のクロストーク波形比較を図14に示す。なお、図14においては、縦軸に電圧を示し、横軸に時間を示している。図14において細線で示すように従来例1では175mVの強度のクロストーク電圧が発生していたが、実施例1ではクロストーク強度を30mVにまで抑圧することができた。また、図より明らかなように、実施例1でのクロストーク波形は時間軸上でシャープなピークを伴わず、緩やかなホワイトノイズ的な波形となった。
(実施例2)
次に実施例2にかかる伝送線路対80の構成を示す模式斜視図を図15に示す。図15に示すように、実施例2の伝送線路対80として、上記実施例1の伝送線路対の第2の伝送線路において、その螺旋回転数を1回転とした信号導体の表面を、厚さ100μm、誘電率3.6のエポキシ樹脂によって被覆した伝送線路対を作製した。すなわち、本実施例2の伝送線路対80は、図15に示すように、第1の伝送線路82aの第1の信号導体83aを略直線状に形成し、第2の伝送線路82bの第2の信号導体83bを、その螺旋回転数が1回転に設定された複数の回転方向反転構造29が直列に周期的に配列されるように形成し、さらに、第2の信号導体83bを覆うように追加誘電体291を配置させて形成した。つまり、本実施例2の伝送線路対80は、伝送方向反転部位を備えさせた伝送線路対の構成において、追加誘電体を配置させた構成を有している。
具体的には、伝送線路対80における結合線路長Lcpは従来例1、実施例1の伝送線路対と同様に50mmとした。実施例2にも従来例1と同様に、電圧1V、立ち上がり、および立下り時間が50ピコ秒のパルスを印加して、遠端クロストーク端子でのクロストーク波形を測定した。図16には、実施例2と従来例1のクロストーク波形比較を、縦軸に電圧、横軸に時間を表すグラフを用いて示す。図16に示すように、従来例1において175mV、実施例1において30mVであったクロストーク電圧は、実施例2においては22mVまで低減することができた。
なお、上記様々な実施形態のうちの任意の実施形態を適宜組み合わせることにより、それぞれの有する効果を奏するようにすることができる。
本発明は、添付図面を参照しながら好ましい実施形態に関連して充分に記載されているが、この技術の熟練した人々にとっては種々の変形や修正は明白である。そのような変形や修正は、添付した請求の範囲による本発明の範囲から外れない限りにおいて、その中に含まれると理解されるべきである。
2005年3月30日に出願された日本国特許出願No.2005−97160号の明細書、図面、及び特許請求の範囲の開示内容は、全体として参照されて本明細書の中に取り入れられるものである。
本発明にかかる伝送線路対は、線路間のクロストーク強度を低減し、信号を低損失で伝送させることが可能であり、また、クロストーク信号波形が回路誤動作を生じ易いスパイクノイズではなく、上記回路誤動作を生じ難いホワイトノイズ的なものとすることができるので、結果的に、密配線による回路面積縮小、回路の高速動作(従来では信号漏洩が原因で困難であった)、並びに、回路の省電力動作を実現することができる。また、データ伝送だけでなく、フィルタ、アンテナ、移相器、スイッチ、発振器等の通信分野の用途にも広く応用でき、電力伝送やIDタグなどの無線技術を使用する各分野においても使用され得る。
また、遠端クロストーク信号に高域通過特性があるため、クロストークによる課題はデータの伝送速度が高速化するにつれて、又は使用周波数帯域が高周波化するにつれて飛躍的に増大する。現状の低速なデータ伝送速度での例では、遠端クロストークが深刻な問題となるのは、データ波形を形成する広帯域な信号成分の中でも高調波に限定されることが多いが、将来データ伝送速度が向上した場合、伝送データの基本周波数成分が遠端クロストークの影響を深刻に受けることになる。本発明にかかる伝送線路対によって提供される信号伝送特性改善効果は、今後データ伝送速度が向上の一途を辿った場合、プロセスや配線ルール等の条件に変更を加えることなく、安定してクロストーク抑制効果を得ることができること、さらに、データ信号の高調波成分での特性改善だけでなく、基本周波数成分でのクロストーク特性改善、低損失伝送が可能となることより、今後の高速データ伝送の分野において非常に有効である。
本発明のこれらと他の目的と特徴は、添付された図面についての好ましい実施形態に関連した次の記述から明らかになる。
図1は、本発明にかかる伝送線路対における高周波信号伝送時の電流要素と遠端クロストークの原理を説明する模式説明図である。
図2は、本発明の伝送線路対における遠端クロストーク強度と実効線路長差の周波数依存性の例を、従来の伝送線路を比較対象として示すグラフ形式の図である。
図3は、本発明の伝送線路対における通過強度特性と実効線路長差の周波数依存性の例を、従来の伝送線路を比較対象として示すグラフ形式の図である。
図4Aは、本発明の一の実施形態にかかる伝送線路対の構成を示す模式斜視図である。
図4Bは、図4Aの伝送線路対の部分拡大模式平面図である。
図5は、上記実施形態の変形例にかかる伝送線路対における第2の伝送線路を示す模式平面図(螺旋回転数0.75回転)である。
図6は、上記実施形態の変形例にかかる伝送線路対の模式斜視図である。
図7は、上記実施形態の変形例にかかる伝送線路対の構造を示す模式斜視図であって、第1の伝送線路が差動線路である場合の図である。
図8は、本発明の好ましい一の実施形態にかかる伝送線路対を示す模式説明図であって、誘電率差設定領域の間に誘電率差非設定領域が配置された状態を示す図である。
図9Aは、本発明の好ましくない一の形態の伝送線路対を示す模式説明図であって、結合線路長の50%以上に渡って、誘電率差非設定領域が配置された状態を示す図である。
図9Bは、本発明の好ましくない一の形態の伝送線路対を示す模式説明図であって、結合線路長の50%以上に渡って、誘電率差非設定領域が配置された状態を示す図である。
図10は、本発明の好ましい一の実施形態にかかる伝送線路対を示す模式説明図であって、一の誘電率差非設定領域の領域長が結合線路長の50%未満である状態を示す図である。
図11Aは、本発明に類似していると誤認される恐れがある伝送線路対の構造を示す模式説明図であって、結合線路領域の局所的な区間に信号遅延構造が配置された状態を示す図である。
図11Bは、本発明に類似していると誤認される恐れがある伝送線路対の構造を示す模式説明図であって、結合が解かれた区間に信号遅延構造が配置された状態を示す図である。
図12は、上記実施形態について実施例1にかかる伝送線路対と、従来例1の伝送線路対とのクロストーク強度の周波数依存性を比較して示すグラフ形式の図である。
図13は、上記実施例1の伝送線路対と、従来例1の伝送線路対との通過強度特性の周波数依存性を比較して示すグラフ形式の図である。
図14は、上記実施例1の伝送線路対と従来例1の伝送線路対とにパルス印加した際に、遠端クロストーク端子において観測されたクロストーク電圧波形を比較して示すグラフ形式の図である。
図15は、上記実施形態についての実施例2にかかる伝送線路対の構成を示す模式斜視図である。
図16は、上記実施例2の伝送線路対と従来例1の伝送線路対とにパルス印加した際に、遠端クロストーク端子において観測されたクロストーク電圧波形を比較して示すグラフ形式の図である。
図17Aは、従来のシングルエンド伝送の場合の伝送線路の構造を示す模式断面図である。
図17Bは、従来の差動信号伝送の場合の伝送線路の構造を示す模式断面図である。
図18Aは、従来の伝送線路対の構成を示す模式断面図である。
図18Bは、図18Aの従来の伝送線路対の模式平面図である。
図19は、従来の伝送線路対において、相互インダクタンスに起因するクロストーク信号発生の原理を説明するための模式説明図である。
図20は、従来の伝送線路対でのクロストーク現象に関係する電流要素の関係を示す模式説明図である。
図21は、従来例1の伝送線路対におけるアイソレーション特性と通過強度特性の周波数依存性を示すグラフ形式の図である。
図22は、特許文献1に開示された従来の伝送線路対の断面構造を示す模式断面図である。
図23は、従来の伝送線路対において、信号伝送時に生じる電流要素と遠端クロストークの原理を説明する模式説明図である。
図24は、従来例1の伝送線路対にパルス印加した際に、遠端クロストーク端子において観測されたクロストーク電圧波形を示すグラフ形式の図である。
図25は、本発明の上記実施形態の伝送線路における伝送方向及び伝送方向反転部位を説明するための模式平面図である。
図26は、上記実施形態の伝送線路において、回路基板の表面に別の誘電体層が配置された構成を示す模式断面図である。
図27は、上記実施形態の伝送線路において、回路基板が積層体である構成を示す模式断面図である。
図28は、上記実施形態の伝送線路において、図26の伝送線路と図27の伝送線路の構成を組み合わせた構成を示す模式断面図である。
図23に示すように、第1の伝送線路102aにおける入力端子106aを出発して時間T=Toにおいて第2の伝送線路102bの部位Aを進行する高周波信号301aからは、遠端側クロストーク端子106dへ向かうクロストーク電圧301bが生じる。その後、時間ToからΔTだけ時間が経過した時間T1(=To+ΔT)では、第1の伝送線路102aにおいて、高周波信号301aは入力端子106aから遠ざかる方向へ線路長ΔL1だけ進行して部位Bに到達し、高周波信号302aとなる。ここで線路長ΔL1は、数1のように表すことができる。なお、数1において、vは伝送線路中の高周波信号の伝搬速度、cは真空中の電磁波の速度、εは伝送線路の実効誘電率である。
ΔL1=ΔT×v=ΔT×c/√(ε) ・・・ (数1)
本発明の第4態様によれば、上記結合線路領域において、上記第2の伝送線路は、複数の上記伝送方向反転領域を備える第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第8態様によれば、上記第2の伝送線路は、上記第1の伝送線路の実効誘電率よりも高い実効誘電率を有し、
上記第1の伝送線路において伝送される信号が、上記第2の伝送線路において伝送される信号よりもその信号の伝送速度が大きい第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
図4Bに示すように、第2の伝送線路22bの回転方向反転構造29においては、信号の伝送方向95に対して90度を超えて異なる方向に局所的に信号を伝送する伝送方向反転部位(伝送方向反転領域あるいは伝送方向反転構造部)97が当該構造内に含まれている。すなわち、回転方向反転構造29の中心に配置されるそれぞれの第1半円弧構造27a、28aにおける信号の伝送方向は、伝送方向95に対して90度を超えて異なる方向であって、180度反転された方向をも含んでいる。そのため、回転方向反転構造29において、それぞれの第1半円弧構造27a、28aにより形成される構造部分が伝送方向反転部位97となっている。
また、図13に従来例1と実施例1の第1の伝送線路の通過強度の比較を示す。従来例1の通過強度が2.3GHzにおいてマイナス0.313dBであったのに比べ、実施例1の第1の伝送線路はマイナス0.106dBであり改善が見られ、以後周波数が増加するにつれ改善度は単調に増加し、例えば周波数25GHzにおいて従来例1がマイナス9.5dBの通過強度であったのに比べ、実施例1の第一の伝送線路はマイナス1.5dBの通過強度を維持した。
本発明の第1態様によれば、第1の伝送線路と、
伝送される信号の周波数において上記第1の伝送線路での実効波長の0.5倍以上の結合線路長を有する結合線路領域が形成されるように、上記第1の伝送線路に隣接して配置された第2の伝送線路とを備え、
上記結合線路領域において、
上記第1の伝送線路は、誘電体又は半導体により形成された基板における表面又は当該表面に平行な内層面のいずれかの面に配置され、その伝送方向に対して直線形状を有する第1の信号導体を備え、
上記第2の伝送線路は、当該基板のいずれかの面に配置され、当該配置された面内にてその伝送方向に対して90度を超える角度を有する方向に信号を伝送する複数の伝送方向反転領域を含み、上記第1の信号導体とは異なる線路長さを有する第2の信号導体を備える伝送線路対を提供する。
本発明の第4態様によれば、上記伝送方向反転領域は、上記伝送方向に対して180度反転された方向に上記信号を伝送する領域を含む第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第5態様によれば、上記結合線路領域において、上記第1の伝送線路よりも上記第2の伝送線路に近接して配置された近接誘電体を備える第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第6態様によれば、上記第2の信号導体の表面の少なくとも一部が上記近接誘電体により被覆される第5態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第7態様によれば、上記第2の伝送線路は、上記第1の伝送線路の実効誘電率よりも高い実効誘電率を有し、
上記第1の伝送線路において伝送される信号が、上記第2の伝送線路において伝送される信号よりもその信号の伝送速度が大きい第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第8態様によれば、上記結合線路領域において、上記第1の伝送線路は、互いに対を成す2本の伝送線路を含む差動伝送線路を構成する第7態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第9態様によれば、上記第2の伝送線路が能動素子へ電力を供給するバイアス線路である第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第10態様によれば、上記結合線路領域において、上記第2の伝送線路は、上記第1の伝送線路の実効誘電率と異なる実効誘電率を有する第1態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第11態様によれば、上記結合線路領域の全体に渡って、上記第1の伝送線路と上記第2の伝送線路の上記実効誘電率の差が設定された実効誘電率差設定領域が配置される第10態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第12態様によれば、上記結合線路領域において、
上記第1の伝送線路と上記第2の伝送線路の上記実効誘電率の差が設定された実効誘電率差設定領域と、
当該実効誘電率の差が設定されていない実効誘電率差非設定領域とを有し、
上記実効誘電率差非設定領域の線路長が、上記第1の伝送線路での上記実効波長の0.5倍より小さい第10態様に記載の伝送線路対を提供する。
本発明の第13態様によれば、上記結合線路領域において、連続して配置された一の上記実効誘電率差非設定領域の線路長が、上記結合線路長の0.5倍より小さい第12態様に記載の伝送線路対を提供する。