一方、自動車の省燃費化をはじめとして、機械の省エネルギー化が求められている。これに伴い、自動車などの機械に用いられる転がり軸受には、低トルク化が要求されている。機械において転がり軸受によるエネルギー損失を低減するためには、円錐ころ軸受などのころ軸受が採用されている箇所に深溝玉軸受を採用し、低トルク化を図る対策が有効である。
しかし、玉軸受は、ころ軸受に比べて耐圧痕性(転動体が軌道部材に押し付けられた場合の圧痕の形成されにくさ)が低いという問題がある。そのため、ころ軸受に代えて玉軸受を採用する場合、玉軸受の耐圧痕性の向上が必要となる。また、自動車用のデファレンシャルやトランスミッションなどにおいて動力伝達軸を支持するために使用される軸受をはじめとして、多くの機械で使用される軸受に対しては、当該機械のコンパクト化に伴い、小型化が求められるため、上記耐圧痕性の向上は重要である。
さらに、円錐ころ軸受はラジアル荷重だけでなくスラスト荷重にも対応可能であるところ、円錐ころ軸受に代えて深溝玉軸受を採用した場合、過大なスラスト荷重が負荷されると、軌道溝の肩にボールが乗り上げて損傷が発生する懸念がある。そして、上記特許文献1〜3を含めて従来の熱処理による転動疲労寿命の長寿命化が図られた場合でも、上述のような耐圧痕性やスラスト荷重への対応については不十分になるという問題があった。
本発明は上述のような問題を解決するためになされたものであり、その目的は、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立し、かつスラスト荷重への対応を可能とするデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受を提供することである。
本発明に従ったデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受は、外周側に内輪軌道溝が形成された内輪と、内輪を取り囲むように配置され、内周側に外輪軌道溝が形成された外輪と、内輪軌道溝および外輪軌道溝にボール転走面において接触して配置される複数のボールと、複数のボールを円環状の軌道上に所定のピッチで保持する保持器とを備えている。内輪および外輪の少なくともいずれかは、0.90質量%以上1.05質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.01質量%以上0.50質量%以下のマンガンと、1.30質量%以上1.65質量%以下のクロムとを含有し、残部鉄および不純物からなる焼入硬化された鋼からなり、他の部品と接触する面である転走面における窒素濃度が0.25質量%以上であり、転走面における残留オーステナイト量が6体積%以上12体積%以下である高強度軸受部品である。転走面は、直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を最大接触面圧を4.4GPaとする荷重3.18kNで押し付け10秒間保持することにより形成される圧痕深さが0.4μm未満となる面である。そして、外輪軌道溝および内輪軌道溝のそれぞれの両側に位置する合計4つの肩のうち、外輪軌道溝の一方側の肩および内輪軌道溝の他方側の肩の高さは、それぞれ外輪軌道溝の他方側の肩および内輪軌道溝の一方側の肩の高さより高くなっている。
本発明者は、世界各国で入手容易なJIS規格SUJ2相当材料(JIS規格SUJ2、ASTM規格52100、DIN規格100Cr6、GB規格GCr5もしくはGCr15、およびΓOCT規格ЩX15)を材料として採用することを前提に、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立するための方策について検討を行なった。その結果、上記成分組成を採用しつつ、軸受部品(外輪、内輪、ボール)の接触面における窒素濃度を十分に確保するとともに残留オーステナイト量を適切な量にコントロールすることにより、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立可能であることを見出した。
具体的には、上記成分組成を採用することにより、世界各国で入手容易な上記各国規格鋼を材料として使用することができる。そして、当該成分組成の鋼の使用を前提として、接触面における窒素濃度が0.25質量%以上にまで高められ、かつ焼入硬化されることにより、転動疲労寿命を長寿命化することができる。ここで、残留オーステナイト量について特に調整を行なわない場合、接触面における残留オーステナイト量は窒素量との関係から20〜40体積%程度となる。しかし、このように残留オーステナイト量が多い状態では、耐圧痕性が低下するという問題が生じる。これに対し、残留オーステナイト量を12体積%以下にまで低減することにより、耐圧痕性を向上させることができる。一方、残留オーステナイト量が6体積%未満にまで低下すると、転動疲労寿命、特に軸受内に硬質の異物が侵入する環境(異物混入環境)での転動疲労寿命が低下する。そのため、接触面における残留オーステナイト量は6体積%以上とすることが好ましい。
本発明のデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受では、軸受部品(外輪、内輪および複数のボールの少なくともいずれか1つ)において、世界各国で入手容易なJIS規格SUJ2相当材料を材料として採用しつつ、接触面における窒素濃度が0.25質量%以上、残留オーステナイト量が6体積%以上12体積%以下とされている。その結果、本発明のデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受を構成する軸受部品は、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立することが可能な高強度軸受部品となっている。なお、耐圧痕性を一層向上させる観点から、接触面における残留オーステナイト量を10%以下としてもよい。また、接触面における窒素濃度が0.5質量%を超えると、鋼中に窒素を侵入させるためのコストが高くなるとともに、残留オーステナイト量を所望の範囲に調整することが難しくなる。そのため、接触面における窒素濃度は0.5質量%以下とすることが好ましく、0.4質量%以下としてもよい。
さらに、本発明のデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受を構成する外輪および内輪においては、外輪および内輪の軌道溝のそれぞれの両側に位置する合計4つの肩のうち、外輪軌道溝の一方側の肩および内輪軌道溝の他方側の肩の高さが、それぞれ外輪軌道溝の他方側の肩および内輪軌道溝の一方側の肩の高さより高くなっている。これにより、スラスト荷重を受ける負荷側の肩が高くなるように軸受を配置して使用することで、上記ボールの乗り上げの発生を抑制することができる。
以上のように、本発明のデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受によれば、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立し、かつスラスト荷重への対応を可能とするデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受を提供することができる。
上記深溝玉軸受においては、保持器は、合成樹脂からなる円筒形の第1分割保持器と、第1分割保持器の内側に嵌合された合成樹脂製の円筒形の第2分割保持器とを含み、第1分割保持器および第2分割保持器のそれぞれが、環状体を有し、環状体の軸方向一方側面には互いに対向する一対のポケット爪が複数組並ぶように等間隔に形成され、一対のポケット爪間に環状体を刳り抜く2分の1円を超える大きさのボール保持用のポケットが設けられた冠形とされてもよい。そして、第1分割保持器は外輪の肩高さの低い肩側から軸受内に挿入され、第2分割保持器は内輪の肩高さの低い側から軸受内に挿入されて、ポケットの開口端が互いに反対方向に向く組み合わせとされ、第1分割保持器と第2分割保持器との相互間に、その両保持器の嵌合により係合して両保持器を軸方向に非分離とする連結部が設けられてもよい。
このようにすることにより、軸受の組み立てを容易にしつつ、大きなモーメント荷重が負荷された場合でも、ボールの遅れ進みによる保持器の脱落を抑制するとともに、保持器が軌道溝の肩に干渉することを回避することができる。
上記深溝玉軸受においては、第1分割保持器の隣接するポケットのポケット爪間には内向きの係合爪が設けられ、第2分割保持器の隣接するポケットのポケット爪間には外向きの係合爪が設けられ、第1分割保持器の係合爪が第2分割保持器の外径面に形成された係合凹部に係合し、第2分割保持器の係合爪が第1分割保持器の内径面に形成された係合凹部に係合していてもよい。これにより、第1分割保持器と第2分割保持器とを、容易に連結することができる。
このとき、係合爪と係合凹部との係合部の数を3つ以上としてもよい。これにより、第1分割保持器と第2分割保持器とをより確実に結合することができる。
上記深溝玉軸受においては、係合爪と係合凹部との間に形成される周方向すきまをボールとポケットとの間に形成される周方向のポケットすきまより大きく設定してもよい。
これにより、大きなモーメント荷重が負荷されてボールに遅れ進みが生じ、第1分割保持器と第2分割保持器とが相対的に回転しても、係合爪が係合凹部の周方向で対向する側面に当接することはなく、係合爪の損傷防止に効果を挙げることができる。
上記深溝玉軸受においては、係合爪と係合凹部との間に形成される軸方向すきまをボールとポケットとの間に形成される軸方向のポケットすきまより大きく設定してもよい。
これにより、第1分割保持器と第2分割保持器とを引き離す方向の軸方向力が作用した場合でも、互いに対向する一対のポケット爪の内面がボールの外周面に当接して、係合爪が係合凹部の軸方向端面に当接することが回避され、係合爪の損傷防止に効果を挙げることができる。
上記深溝玉軸受においては、第1分割保持器と第2分割保持器とは、異なる色相を有していてもよい。このようにすることにより、分割保持器の色相に基づいて作業者が適切な分割保持器の配置となるように第1分割保持器と第2分割保持器とを識別することが可能となり、軸受の組み立てや組み付けが容易となる。
上記深溝玉軸受においては、ポケットの内周面には、ボールに対して非接触である盗み部が形成されていてもよい。
上述のように、保持器を第1分割保持器と第2分割保持器とを組み合わせたものとする場合、これを備えた軸受が異物混入潤滑条件で使用されると、第1分割保持器と第2分割保持器との間に異物が溜まりやすく、軸受の短寿命化の要因となるおそれがある。これに対し、上述のように盗み部を設けることによりポケット面における潤滑油の通油性を向上させ、上述のように異物が溜まることを抑制することができる。
上記深溝玉軸受においては、上記盗み部は、ポケット底中央から等距離となる領域を含むように、各ポケットについて一対設置されてもよい。また、分割保持器の厚み方向に垂直な面における上記盗み部の形状は曲面状(たとえば球面状あるいはU字形状)であってもよい。また、分割保持器の厚み方向に垂直な面において、一対の盗み部の底部とポケット底中央とは同一直線上にあってもよい。このようにすることにより、潤滑油の通油性をより確実に向上させることができる。
上記深溝玉軸受は、潤滑油により潤滑されてもよい。この場合、第1分割保持器および第2分割保持器は耐油性に優れた合成樹脂で成形するのが好ましい。そのような樹脂として、ポリアミド46(PA46)、ポリアミド66(PA66)、ポリフェニレンスルファイド(PPS)を挙げることができる。それらの樹脂のうち、ポリフェニレンスルファイド(PPS)は、他の樹脂に比較して耐油性が優れているため、耐油性を考慮するならば、ポリフェニレンスルファイド(PPS)を用いるのが最も好ましい。
また、樹脂材料の価格を考慮するならば、ポリアミド66(PA66)を用いるのが好ましく、保持器を構成する材料は、潤滑油の種類に応じて適宜に決定すればよい。
上記深溝玉軸受において、高さの高い肩の高さが必要以上に大きくなると、ボールの組込みができなくなり、また、低すぎると、ボールの乗り上げが生じる。このため、高さの高い肩の肩高さをH1、ボールの球径をdとしたとき、ボールの球径dに対する肩高さH1の比率H1/dを0.25〜0.50の範囲としておくのがよい。
上記深溝玉軸受においては、上記外輪および内輪が上記高強度軸受部品であってもよい。耐圧痕性の向上が特に求められる外輪および内輪が上記高強度軸受部品であることにより、ころ軸受が適用されていた箇所に深溝玉軸受を適用することが一層容易となる。
上記深溝玉軸受においては、上記接触面の硬度は60.0HRC以上であってもよい。これにより、転動疲労寿命および耐圧痕性を一層向上させることができる。
上記深溝玉軸受においては、上記接触面の硬度は64.0HRC以下であってもよい。窒素濃度が0.25質量%以上にまで高められた接触面の硬度を、64.0HRCを超える状態に維持した場合、残留オーステナイトを12体積%以下に調整することが困難となる。接触面の硬度を64.0HRC以下とすることにより、12体積%以下の範囲に残留オーステナイト量を調整することが容易となる。
上記深溝玉軸受においては、最大接触面圧が4.4GPaとなるようにボールを外輪および内輪に対して押し付けた場合、内輪および外輪に形成される圧痕の深さは0.5μm以下となることが好ましい。これにより、十分なレベルの耐圧痕性を確保することができる。
上記深溝玉軸受においては、内輪のボールに対する溝曲率は1.02以上1.06以下であってもよい。また、上記深溝玉軸受においては、外輪のボールに対する溝曲率は1.02以上1.08以下であってもよい。
ころ軸受は、比較的大きな荷重が負荷される箇所に採用される。したがって、ころ軸受が適用されていた箇所に玉軸受である本発明のデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受を適用する場合、本発明のデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受には比較的大きな荷重が負荷される。そうすると、軌道部材とボールとの間の接触楕円が大きくなって軌道部材とボールとの間のすべり成分(差動すべりおよびスピンすべり)が大きくなるため、深溝玉軸受の回転トルクが大きくなる。これに対し、内輪および外輪の少なくともいずれか一方のボールに対する溝曲率を1.02以上にまで大きくすることにより、すべり成分を低減し、より確実に低トルク化を図ることができる。また、軌道輪の溝曲率を大きくすることにより、ボールの肩への乗り上げを抑制することができる。
一方、内輪および外輪の溝曲率を大きくすると、内輪および外輪とボールとの接触面圧が大きくなり、軸受の寿命が短くなるおそれがあるため、内輪および外輪の溝曲率は所定値以下とすることが好ましい。具体的には、内輪のボールに対する溝曲率は1.06以下、外輪のボールに対する溝曲率は1.08以下とすることが好ましい。ここで、外輪の溝曲率の上限が内輪に比べて大きいのは、通常の設計の下では、外輪とボールとの接触面圧が内輪とボールとの接触面圧に比べて小さく、外輪は内輪に比べて溝曲率を大きする余地が大きいためである。なお、本願において「溝曲率」とは、軌道輪の周方向に垂直な断面における軌道溝表面の曲率半径の、ボールの半径に対する比を意味する。
上記深溝玉軸受は、自動車の動力伝達軸を支持するために用いられてもよい。また、上記自動車は、二輪車であってもよい。長寿命化、低トルク化およびコンパクト化が重要な上記用途に、本発明のデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受は好適である。
以上の説明から明らかなように、本発明のデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受によれば、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立し、かつスラスト荷重への対応を可能とするデファレンシャル用またはトランスミッション用深溝玉軸受を提供することができる。
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰り返さない。
(実施の形態1)
まず、本発明の一実施の形態である実施の形態1について説明する。図1を参照して、本実施の形態における深溝玉軸受1は、軸受部品である第1軌道部材としての外輪11と、軸受部品である第2軌道部材としての内輪12と、軸受部品である複数の転動体としてのボール14と、保持器40とを備えている。
外輪軌道溝11Aの両側に形成された一対の肩13a、13bのうち、外輪軌道溝11Aの一方側に位置する肩13aの高さは他方側に位置する肩13bの高さよりも高くなっている。一方、内輪軌道溝12Aの両側に形成された一対の肩23a、23bのうち、内輪軌道溝12Aの他方側に位置する肩23bの高さは一方側に位置する肩23aの高さより高くなっている。
ここで、本実施の形態では、高さの低い肩13bおよび23aの肩の高さは、標準型深溝玉軸受の肩と同じ高さとしているが、標準型深溝玉軸受の肩の高さより低くしてもよい。
なお、説明の都合上、高さの高い肩13a、23bをスラスト負荷側の肩13a、23bといい、高さの低い肩13b、23aをスラスト非負荷側の肩13b、23aという。
スラスト負荷側の肩13a、23bの肩高さをH1とし、ボール14の球径をdとすると、ボールの球径に対する肩高さH1の比率H1/dは、H1/d=0.25〜0.50の範囲とされている。これにより、スラスト荷重が負荷された場合におけるボール14の乗り上げが効果的に抑制される。
一例として、内輪の外径寸法がφ53.1mm、外輪の内径寸法がφ68.1mmの標準の深溝玉軸受6208Cを比較品とし、その標準の深溝玉軸受を基にして、内輪のスラスト負荷側の肩の外径寸法をφ53.1mmからφ56.6mmに変更し、かつ、外輪のスラスト負荷側の肩の内径寸法をφ68.1mmからφ65.5mmに変更した深溝玉軸受について、許容できるスラスト荷重を測定した。その結果、この深溝玉軸受は、比較品の深溝玉軸受に比較して、スラスト荷重の許容値は305%高い数値を示した。また、スラスト荷重(アキシャル荷重)が負荷されない側の内輪の肩の外径寸法を標準のφ53.1mmからφ51.9mmに変更し、アキシャル荷重が負荷されない側の外輪の肩の内径寸法を標準のφ68.1mmからφ70.4mmに変更した場合でも、基本静定挌荷重C0を軸受に負荷した場合でも、肩乗り上げの発生はなかった。
ここで、深溝玉軸受1の組込み方向に誤りがあると、スラスト荷重を受けることができずに高さの低い肩13b、23aにボール14が乗り上がるおそれが生じる。そこで、図1を参照して、外輪11や内輪12、第1分割保持器41、第2分割保持器42の少なくとも一つの幅面側にスラスト荷重の受け側を示す識別表示部55を設けると、誤った組込みを防止することができるとともに、組立性の向上を図ることができる。識別表示部は色表示でもよく、あるいは、刻印によるものであってもよい。
保持器40は、第1分割保持器41と、その第1分割保持器41の内側に嵌合された第2分割保持器42とからなる。
図1〜図4に示すように、第1分割保持器41の環状体43の軸方向一方側面に、互いに対向する一対のポケット爪44が、複数組周方向に並ぶように等間隔に形成されている。対向する一対のポケット爪44間のそれぞれには、環状体43を刳り抜く2分の1円を超える大きさのポケット45が設けられている。第1分割保持器41は、合成樹脂の成形品からなっている。環状体43の内径は、ボール14のピッチ円径(PCD)に略等しく、外径は外輪11の高さが高い肩13aの内径と高さの低い肩13bの内径の範囲内とされている。その結果、第1分割保持器41は、外輪11の高さの低い肩13b側から軸受内に挿入可能となっている。
一方、第2分割保持器42の環状体48の軸方向他方側面に、互いに対向する一対のポケット爪49が周方向に複数組並ぶように等間隔に形成されている。対向する一対のポケット爪49間のそれぞれには、上記環状体48を刳り抜く2分の1円を超える大きさのポケット50が設けられている。第2分割保持器42は、合成樹脂の成形品からなっている。上記環状体48の外径は、ボール14のピッチ円径(PCD)に略等しく、内径は内輪12の高さの高い肩23bの外径と高さの低い肩23aの外径の範囲内とされている。その結果、第2分割保持器42は、高さの低い肩23a側から軸受内に挿入可能となっており、かつ、第1分割保持器41の内側に嵌合可能となっている。
第1分割保持器41と第2分割保持器42の相互間には、内外に嵌り合う嵌合状態において第1分割保持器41と第2分割保持器42を軸方向に非分離とする連結部Xが設けられている。連結部Xは、第1分割保持器41の隣接するポケット45のポケット爪44間に内向きに設けられたの係合爪46と、環状体43の内径面に上記係合爪46と同一軸線上に形成された溝状の係合凹部47と、第2分割保持器42の隣接するポケット50のポケット爪49間に外向きに設けられた係合爪51と、環状体48の外径面に上記係合爪51と同一軸線上に形成された係合凹部52とを含んでいる。そして、第1分割保持器41と第2分割保持器42とは、第1分割保持器41の係合爪46と第2分割保持器42の係合凹部52の係合、および第2分割保持器42の係合爪51と第1分割保持器41の係合凹部47の係合によって、軸方向に非分離とされている。
ここで、第1分割保持器41および第2分割保持器42は、深溝玉軸受を潤滑する潤滑油に曝されるため、耐油性に優れた合成樹脂を用いるようにする。そのような合成樹脂として、ポリアミド46(PA46)、ポリアミド66(PA66)、ポリフェニレンスルファイド(PPS)を挙げることができる。これらの樹脂は、潤滑油の種類に応じて適切なものを選択して使用すればよい。
本実施の形態における深溝玉軸受1は上記の構造を有している。そして、深溝玉軸受1の組立てに際しては、外輪11の内側に内輪12を挿入し、内輪軌道溝12Aと外輪軌道溝11A間に所要数のボール14を組込む。
このとき、内輪12を外輪11に対して径方向にオフセットして、内輪12の外径面の一部を外輪11の内径面の一部に当接して、その当接部位から周方向に180度ずれた位置に三日月形の空間を形成し、その空間の一方側から内部にボール14を組込むようにする。
ボール14の組込みに際して、外輪11のスラスト負荷側の肩13aや内輪12のスラスト負荷側の肩23bの肩高さH1が必要以上に高い場合には、ボール14の組込みを阻害することになる。本実施の形態では、ボール14の球径dに対する肩高さH1の比率H1/dが、0.50を超えることのない高さとされている。そのため、外輪11と内輪12との間にボール14を容易に組込むことができる。
ボール14の組込み後、内輪12の中心を外輪11の中心に一致させてボール14を周方向に等間隔に配置し、外輪11のスラスト非負荷側の肩13bの一方側から外輪11と内輪12との間に第1分割保持器41を、その第1分割保持器41に形成されたポケット45内にボール14が嵌り込むように挿入する。
また、内輪12のスラスト非負荷側の肩23aの一方側から外輪11と内輪12との間に第2分割保持器42を、その第2分割保持器42に形成されたポケット50内にボール14が嵌り込むように挿入し、第1分割保持器41の内側に第2分割保持器42を嵌合する。
上記のように、第1分割保持器41の内側に第2分割保持器42を嵌合させることにより、図1および図7に示すように、各分割保持器41、42に形成された係合爪46、51が相手方の分割保持器に設けられた係合凹部47、52に係合することになり、深溝玉軸受1の組立てが完了する。
このように、外輪軌道溝11Aと内輪軌道溝12Aとの間にボール14を組込んだ後、外輪11と内輪12との間の両側から内部に第1分割保持器41と第2分割保持器42とを挿入して、第1分割保持器41内に第2分割保持器42を嵌合する簡単な作業によって深溝玉軸受1を組立てることができる。
なお、図1では、高さの低いスラスト非負荷側の肩13bおよび23aの高さを標準型深溝玉軸受の肩と同じ高さとしたが、標準型深溝玉軸受の肩の高さより低くしてもよい。
スラスト非負荷側の肩13bおよび23aの高さを標準型深溝玉軸受の肩の高さより低くすると、低くした分、第1分割保持器41および第2分割保持器42の径方向の厚みを厚くすることができるため、保持器40の強度を高めることができる。
ここで、スラスト非負荷側の肩13bおよび23aの高さが必要以上に低くなると、ボール14の乗り上げが発生するおそれがあるため、外輪11の肩13bの肩高さH2については、ボール14の球径dに対する肩高さH2の比率H2/dを0.09〜0.50の範囲とし、一方、内輪12の肩23aの肩高さH3については、ボール14の球径に対する肩高さH3の比率H3/dを0.18〜0.50の範囲とするのが好ましい。
また、図8および図9に示すように、第1分割保持器41のポケット45の内周面には、ボールに対して非接触である盗み部45Aが形成されていてもよい。これにより、ポケット45内における潤滑油の通油性が向上し、第1分割保持器41と第2分割保持器42との結合部に異物が溜まることを抑制することができる。また、盗み部45Aは、図9に示すように、ポケット45の底の中央から等距離となる領域を含むように、各ポケット45について一対設置されてもよい。また、分割保持器の厚み方向に垂直な面(図9に示す断面)における上記盗み部45Aの形状は曲面状(たとえば球面状あるいはU字形状)であってもよい。図9では、上記盗み部45Aの形状は球面状となっている。また、分割保持器の厚み方向に垂直な面において、一対の盗み部50Aの底部とポケット底中央とは同一直線γ上にあってもよい。これにより、潤滑油の通油性をより確実に向上させることができる。なお、第2分割保持器42のポケット50についても、同様に盗み部が形成されていてもよい。
本実施の形態における深溝玉軸受1では、第1分割保持器41のポケット45および第2分割保持器42のポケット50の開口端にボール14を抱き込む互いに対向する一対のポケット爪44、49を設け、上記第1分割保持器41に形成された互いに対向する一対のポケット爪44と第2分割保持器42に設けられた、互いに対向する一対のポケット爪49を相反する方向に向く組み合わせとし、その組み合わせ状態において、係合爪46、51を係合凹部47、52に係合して、第1分割保持器41と第2分割保持器42とを軸方向に非分離しているため、大きなモーメント荷重が負荷されてボール14に遅れや進みが生じても、保持器40の脱落が抑制される。
ここで、図4および図5に示すように、係合爪46、51と係合凹部47、52と間に形成される周方向すきま60のすきま量δ1をボール14とポケット45、50間に形成される周方向のポケットすきま61のすきま量δ2より大きくしておくことにより、大きなモーメント荷重が負荷されてボール14に遅れ進みが生じ、第1分割保持器41と第2分割保持器42とが相対的に回転しても、係合爪46、51が係合凹部47、52の周方向で対向する側面に当接することはなく、係合爪46、51の損傷防止に効果を挙げることができる。
また、図6および図7に示すように、係合爪46、51と係合凹部47、52との間に形成される軸方向すきま62のすきま量δ3をボール14とポケット45、50との間に形成される軸方向のポケットすきま63のすきま量δ4より大きくしておくことにより、第1分割保持器41と第2分割保持器42とを引き離す方向の軸方向力が作用した際に、互いに対向する一対のポケット爪44、49の内面がボール14の外周面に当接して、係合爪46、51が係合凹部47、52の軸方向端面に当接することが回避され、係合爪46、51の損傷防止に効果を挙げることができる。
また、軸受部品である外輪11、内輪12およびボール14は、0.90質量%以上1.05質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.01質量%以上0.50質量%以下のマンガンと、1.30質量%以上1.65質量%以下のクロムとを含有し、残部鉄および不純物からなる焼入硬化された鋼からなっている。そして、接触面としての外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aを含む領域には、内部11C,12C,13Cに比べて窒素濃度が高い窒素富化層11B,12B,13Bが、それぞれ形成されている。窒素富化層11B,12B,13Bの表面である接触面としての外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aにおける窒素濃度は0.25質量%以上となっている。さらに、外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aにおける残留オーステナイト量は、6体積%以上12体積%以下となっている。
本実施の形態における軸受部品である外輪11、内輪12およびボール14は、上記JIS規格SUJ2相当鋼の成分組成を有する鋼からなることにより、その素材が世界各国にて入手容易となっている。そして、当該成分組成の鋼の使用を前提として、外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aにおける窒素濃度が0.25質量%以上にまで高められ、かつ焼入硬化されていることにより、転動疲労寿命が長寿命化されている。そして、残留オーステナイト量が12体積%以下にまで低減されることにより、耐圧痕性が向上するとともに、残留オーステナイト量が6体積%以上とされることにより、転動疲労寿命、特に異物混入環境での転動疲労寿命が適切なレベルに維持されている。その結果、外輪11、内輪12およびボール14は、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立することが可能な軸受部品となっている。
以上のように、本実施の形態における深溝玉軸受1は、上記外輪11、内輪12、ボール14および保持器40を備えることにより、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立し、かつスラスト荷重に対応することができる。
上記外輪11、内輪12およびボール14においては、接触面である外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aの硬度は60.0HRC以上であることが好ましい。これにより、転動疲労寿命および耐圧痕性を一層向上させることができる。
また、上記外輪11、内輪12およびボール14においては、外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aの硬度は64.0HRC以下であることが好ましい。これにより、外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aにおける残留オーステナイト量を12体積%以下の範囲に調整することが容易となる。
また、内輪12のボール14に対する溝曲率は1.02以上1.06以下であってもよい。また、外輪11のボール14に対する溝曲率は1.02以上1.08以下であってもよい。このようにすることにより、軌道部材とボールとの間のすべり成分を抑制しつつ、ボール14の肩への乗り上げを抑制することができる。
次に、本実施の形態における軸受部品(高強度軸受部品;軌道部材およびボール)、および深溝玉軸受の製造方法について説明する。図10を参照して、まず、工程(S10)として鋼材準備工程が実施される。この工程(S10)では、JIS規格SUJ2、ASTM規格52100、DIN規格100Cr6、GB規格GCr5もしくはGCr15、およびΓOCT規格ЩX15などのJIS規格SUJ2相当鋼からなる鋼材が準備される。具体的には、たとえば上記成分組成を有する棒鋼や鋼線などが準備される。
次に、工程(S20)として成形工程が実施される。この工程(S20)では、たとえば工程(S10)において準備された棒鋼や鋼線などに対して鍛造、旋削などの加工が実施されることにより、図1に示される外輪11、内輪12、ボール14などの形状に成形された成形部材が作製される。
次に、工程(S30)として浸炭窒化工程が実施される。この工程(S30)では、工程(S20)において作製された成形部材が浸炭窒化処理される。この浸炭窒化処理は、たとえば以下のように実施することができる。まず、上記成形部材が780℃以上820℃以下程度の温度域で、30分間以上90分間以下の時間予熱される。次に、予熱された成形部材が、エンリッチガスとしてのプロパンガスやブタンガスが添加されることによりカーボンポテンシャルが調整されたRXガスなどの吸熱型ガスに、さらにアンモニアガスが導入された雰囲気中において加熱されて浸炭窒化処理される。浸炭窒化処理の温度は、たとえば820℃以上880℃以下とすることができる。また、浸炭窒化処理の時間は、成形部材に形成すべき窒素富化層の窒素濃度に合わせて設定することができ、たとえば3時間以上9時間以下とすることができる。これにより、成形部材の脱炭を抑制しつつ窒素富化層を形成することができる。
次に、工程(S40)として焼入工程が実施される。この工程(S40)では、工程(S30)において浸炭窒化処理されることにより窒素富化層が形成された成形部材が、所定の焼入温度から急冷されることにより焼入処理される。この焼入温度は、860℃以下とされることにより、後続の焼戻工程における炭素の固溶量と析出量とのバランス、および残留オーステナイト量の調整が容易となる。また、焼入温度が820℃以上とされることにより、後続の焼戻工程における炭素の固溶量と析出量とのバランス、および残留オーステナイト量の調整が容易となる。焼入処理は、たとえば所定の温度に保持された冷却剤としての焼入油中に成形部材を浸漬することにより実施することができる。
次に、工程(S50)として焼戻工程が実施される。この工程(S50)では、工程(S40)において焼入処理された成形部材が焼戻処理される。具体的には、たとえば210℃以上300℃以下の温度域に加熱された雰囲気中において成形部材が0.5時間以上3時間以下の時間保持されることにより、焼戻処理が実施される。
次に、工程(S60)として仕上げ加工工程が実施される。この工程(S60)では、工程(S50)において焼戻処理された成形部材を加工することにより他の部品と接触する面である接触面が、すなわち深溝玉軸受1の外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aが形成される。仕上げ加工としては、たとえば研削加工を実施することができる。以上の工程により、本実施の形態における軸受部品である外輪11、内輪12、ボール14などが完成する。
さらに、工程(S70)として組立工程が実施される。この工程(S70)では、工程(S10)〜(S60)において作製された外輪11、内輪12、ボール14と、別途準備された保持器40などとが組合わされて、上記実施の形態1における深溝玉軸受1が組立てられる。保持器40については、たとえば上記構造を有する第1分割保持器41、第2分割保持器42を、射出成型により作製することができる。
ここで、上記工程(S30)では、後続の工程(S60)における仕上げ加工によって接触面である深溝玉軸受1の外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aの窒素濃度が0.25質量%以上となるように成形部材が浸炭窒化処理される。つまり、工程(S60)での取り代などを考慮して、接触面完成後における表面の窒素濃度を0.25質量%以上とすることが可能なように窒素量を調整した窒素富化層11B,12B,13Bが形成される。
さらに、上記工程(S50)では、後続の工程(S60)における仕上げ加工によって接触面である深溝玉軸受1の外輪軌道溝11Aの表面、内輪軌道溝12Aの表面およびボール転動面14Aの残留オーステナイト量が6体積%以上12体積%以下となるように成形部材が焼戻処理される。つまり、工程(S60)での取り代などを考慮して、接触面完成後における表面の残留オーステナイト量を6体積%以上12体積%以下とすることが可能なように、焼戻処理によって残留オーステナイト量が調整される。これにより、上記実施の形態における高強度軸受部品を製造することができる。
また、工程(S50)では、成形部材が240℃以上300℃以下の温度域にて焼戻処理されることが好ましい。これにより、焼入処理によって素地に固溶した炭素が適切な割合で炭化物として析出する。その結果、固溶強化と析出強化との適切なバランスが達成され、軸受部品である外輪11、内輪12、ボール14の耐圧痕性が向上する。
(実施の形態2)
次に、上記実施の形態1における深溝玉軸受1の用途の一例について説明する。図11を参照して、マニュアルトランスミッション100は、常時噛合い式のマニュアルトランスミッションであって、入力シャフト111と、出力シャフト112と、カウンターシャフト113と、ギア(歯車)114a〜114kと、ハウジング115とを備えている。
入力シャフト111は、深溝玉軸受1によりハウジング115に対して回転可能に支持されている。この入力シャフト111の外周にはギア114aが形成され、内周にはギア114bが形成されている。
一方、出力シャフト112は、一方側(図中右側)において深溝玉軸受1によりハウジング115に回転可能に支持されているとともに、他方側(図中左側)において転がり軸受120Aにより入力シャフト111に回転可能に支持されている。この出力シャフト112には、ギア114c〜114gが取り付けられている。
ギア114cおよびギア114dはそれぞれ同一部材の外周と内周に形成されている。ギア114cおよびギア114dが形成される部材は、転がり軸受120Bにより出力シャフト112に対して回転可能に支持されている。ギア114eは、出力シャフト112と一体に回転するように、かつ出力シャフト112の軸方向にスライド可能なように、出力シャフト112に取り付けられている。
また、ギア114fおよびギア114gの各々は同一部材の外周に形成されている。ギア114fおよびギア114gが形成されている部材は、出力シャフト112と一体に回転するように、かつ出力シャフト112の軸方向にスライド可能なように、出力シャフト112に取り付けられている。ギア114fおよびギア114gが形成されている部材が図中左側にスライドした場合には、ギア114fはギア114bと噛合い可能であり、図中右側にスライドした場合にはギア114gとギア114dとが噛合い可能である。
カウンターシャフト113には、ギア114h〜114kが形成されている。カウンターシャフト113とハウジング115との間には、2つのスラストニードルころ軸受2が配置され、これによってカウンターシャフト113の軸方向の荷重(スラスト荷重)が支持されている。ギア114hは、ギア114aと常時噛合っており、かつギア114iはギア114cと常時噛合っている。また、ギア114jは、ギア114eが図中左側にスライドした場合に、ギア114eと噛合い可能である。さらに、ギア114kは、ギア114eが図中右側にスライドした場合に、ギア114eと噛合い可能である。
次に、マニュアルトランスミッション100の変速動作について説明する。マニュアルトランスミッション100においては、入力シャフト111に形成されたギア114aと、カウンターシャフト113に形成されたギア114hとの噛み合わせによって、入力シャフト111の回転がカウンターシャフト113へ伝達される。そして、カウンターシャフト113に形成されたギア114i〜114kと出力シャフト112に取り付けられたギア114c、114eとの噛み合わせ等によって、カウンターシャフト113の回転が出力シャフト112へ伝達される。これにより、入力シャフト111の回転が出力シャフト112へ伝達される。
入力シャフト111の回転が出力シャフト112へ伝達される際には、入力シャフト111およびカウンターシャフト113の間で噛合うギアと、カウンターシャフト113および出力シャフト112の間で噛合うギアとを変えることによって、入力シャフト111の回転速度に対して出力シャフト112の回転速度を段階的に変化させることができる。また、カウンターシャフト113を介さずに入力シャフト111のギア114bと出力シャフト112のギア114fとを直接噛合わせることによって、入力シャフト111の回転を出力シャフト112へ直接伝達することもできる。
以下に、マニュアルトランスミッション100の変速動作をより具体的に説明する。ギア114fがギア114bと噛合わず、ギア114gがギア114dと噛合わず、かつギア114eがギア114jと噛合う場合には、入力シャフト111の駆動力は、ギア114a、ギア114h、ギア114jおよびギア114eを介して出力シャフト112に伝達される。これが、たとえば第1速とされる。
ギア114gがギア114dと噛合い、ギア114eがギア114jと噛合わない場合には、入力シャフト111の駆動力は、ギア114a、ギア114h、ギア114i、ギア114c、ギア114dおよびギア114gを介して出力シャフト112に伝達される。これが、たとえば第2速とされる。
ギア114fがギア114bと噛合い、ギア114eがギア114jと噛合わない場合には、入力シャフト111はギア114bおよびギア114fとの噛合いにより出力シャフト112に直結され、入力シャフト111の駆動力は直接出力シャフト112に伝達される。これが、たとえば第3速とされる。
上述のように、マニュアルトランスミッション100は、回転部材(二輪車を含む自動車の動力伝達軸)としての入力シャフト111および出力シャフト112をこれに隣接して配置されるハウジング115に対して回転可能に支持するために、深溝玉軸受1を備えている。このように、上記実施の形態1における深溝玉軸受1は、マニュアルトランスミッション100内において使用することができる。そして、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立する深溝玉軸受1は、転動体と軌道部材との間に高い面圧が付与されるマニュアルトランスミッション100内での使用に好適である。またこのとき、深溝玉軸受1のスラスト荷重の受け側の肩が適切に位置するように深溝玉軸受1がマニュアルトランスミッション100内に組み込まれることにより、ボール14の乗り上げによる損傷の発生を抑制することができる。
(実施の形態3)
次に、上記実施の形態1における深溝玉軸受の用途の他の一例について説明する。図12および図13を参照して、デファレンシャル200は、デフケース201と、ピニオンギア202aおよび202bと、サンギア203と、ピニオンキャリア204と、アーマチュア205と、パイロットクラッチ206と、電磁石207と、ロータークラッチ(デフケース)208と、カム209を備えている。
デフケース201の内周に設けられた内歯201aと4つのピニオンギア202aの各々とが互いに噛みあっており、4つのピニオンギア202aの各々と4つのピニオンギア202bの各々とが互いに噛み合っており、4つのピニオンギア202bの各々とサンギア203とが互いに噛み合っている。サンギア203は第1の駆動軸としての左駆動軸220の端部に接続されており、これによりサンギア203と左駆動軸220とは一体となって自転することができる。また、ピニオンギア202aの回転軸202cの各々と、ピニオンギア202bの回転軸202dとの各々が、ともにピニオンキャリア204によって自転可能に保持されている。ピニオンキャリア204は第2の駆動軸としての右駆動軸221の端部に接続されており、これによりピニオンキャリア204と右駆動軸221とは一体となって自転することができる。
また、電磁石207、パイロットクラッチ206、ロータークラッチ(デフケース)208、アーマチュア205、およびカム209によって電磁クラッチが構成されている。
デフケース201の外歯201bは図示しないリングギアの歯車と噛み合っており、デフケース201はリングギアからの動力を受けて自転する。左駆動軸220および右駆動軸221の間に差動がない場合には、ピニオンギア202aおよび202bは自転せず、デフケース201、ピニオンキャリア204、およびサンギア203の3つの部材が一体となって回転する。つまり、リングギアから左駆動軸220へは、矢印Bで示されるように動力が伝達され、リングギアから右駆動軸221へは、矢印Aで示されるように動力が伝達される。
一方、左駆動軸220および右駆動軸221のうちいずれか一方、たとえば左駆動軸220に抵抗が加わる場合には、左駆動軸220と接続したサンギア203に抵抗が加わり、ピニオンギア202aおよび202bの各々が自転する。そして、ピニオンギア202aおよび202bの回転によってピニオンキャリア204の自転が速められ、左駆動軸220と右駆動軸221との間に差動が発生する。
また、電磁クラッチは、左駆動軸220と右駆動軸221との間に一定以上の差動が生じると通電し、電磁石207によって磁界が発生される。パイロットクラッチ206およびアーマチュア205は、磁気誘導作用により電磁石207に引き付けられて摩擦トルクを発生する。摩擦トルクはカム209によりスラスト方向に変換される。そして、スラスト方向に変換された摩擦トルクにより、ピニオンキャリア204を介してメーンクラッチがデフケース208に押し付けられ、これにより差動制限トルクが発生する。スラストニードルころ軸受2はカム209で生じたスラスト方向の反力を受け、この反力をデフケース208に伝達する。その結果、摩擦トルクに比例したカム209による倍のスラスト力が発生される。このように、電磁石207は、パイロットクラッチ206のみを制御し、そのトルクを倍力機構により増幅することができ、また任意に摩擦トルクをコントロールすることができる。
ここで、デフケース208とデフケース208の外周側に配置される部材との間には、実施の形態1における深溝玉軸受1が配置されている。このように、上記実施の形態1における深溝玉軸受1は、デファレンシャル200内において使用することができる。そして、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立する深溝玉軸受1は、転動体と軌道部材との間に高い面圧が付与されるデファレンシャル200内での使用に好適である。またこのとき、深溝玉軸受1のスラスト荷重の受け側の肩が適切に位置するように深溝玉軸受1がデファレンシャル200内に組み込まれることにより、ボール14の乗り上げによる損傷の発生を抑制することができる。
軸受部品の特性に及ぼす熱処理条件等の影響を調査する実験を行なった。まず、JIS規格SUJ2からなる平板を準備し、800℃で1時間予熱した後、RXガスにアンモニアガスを添加した雰囲気中において850℃に加熱し、4時間保持することにより浸炭窒化処理した。その後、浸炭窒化処理における加熱温度である850℃から、そのまま上記平板を焼入油中に浸漬することにより焼入硬化させた。さらに、当該平板に対して種々の温度で焼戻処理を施した。得られた平板に対して直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重3.18kN(最大接触面圧4.4GPa)で押し付け、10秒間保持した後、除荷した。そして、この鋼球の押し付けによって平板に形成された圧痕の深さを測定することにより、耐圧痕性を調査した。また、同じ試験片について、ロックウェル硬度計にて表面硬度を測定した。耐圧痕性の調査結果を図14に、硬度の測定結果を図15に示す。
図14および図15を参照して、焼戻温度が高くなるにつれて表面硬度が低下する一方で、圧痕深さは極小値を有している。具体的には、焼戻温度を240℃以上300℃以下とすることにより、圧痕深さが0.2μm以下となっている。このことから、耐圧痕性を向上させる観点からは、焼戻温度は240℃以上300℃以下とすることが好ましいといえる。
ここで、上記焼戻温度の最適値は、以下のようにして決定されているものと考えられる。焼入処理を行なうと、鋼の素地には炭素が固溶した状態となる。一方、焼戻処理を行なうと、素地中に固溶した炭素の一部が炭化物(たとえばFe3C)として析出する。このとき、焼戻処理の温度が高くなるほど鋼の降伏強度に対する固溶強化の寄与が低下するとともに、析出強化の寄与が大きくなる。そして、240℃以上300℃以下の温度域で焼戻処理を実施することにより、これらの強化機構のバランスが最適となり、降伏強度が極大値をとるため、耐圧痕性が特に高くなる。
また、上記圧痕深さの測定の場合と同様に圧痕を押し付けることによる鋼の変形に基づいて測定される表面硬度が単調減少するにもかかわらず、耐圧痕性が極大値をとる理由は以下の通りであると考えられる。
図16は、上記平板に対する熱処理において浸炭窒化処理のみを省略した処理を施した引張試験片(JIS Z2201 4号試験片)の各焼戻温度における真応力と真ひずみとの関係を示す図である。図16は、n乗硬化弾塑性体でモデル化した真応力−真ひずみ線図である。σY降伏応力を境目に次式の通り特性が異なる。
ここで、σは真応力、Eはヤング率、εは真ひずみ、Kは塑性係数、nは加工硬化指数、σYは降伏応力である。ただし、ヤング率Eは共振法で実測し、加工効果指数nおよび組成係数Kは、引張試験により実測した。そして、これらを上記2式に代入し、交点をσYとした。
ここで、圧痕深さの測定における真ひずみの水準は、図16における領域αに相当するのに対し、硬度測定における真ひずみの水準は、図16における領域β以上に相当する。そして、図17を参照して、圧痕深さの測定領域に対応する領域αにおける降伏点を確認すると、焼戻温度が240℃〜300℃の範囲において降伏点が高くなっており、これよりも低温の場合、降伏点が低下している。一方、図16を参照して、表面硬度の測定領域に対応する領域βでは、同じひずみ量を与えようとすると、焼戻温度が低くなるにつれて、より大きな応力が必要となることが分かる。このような現象に起因して、焼戻温度が180℃〜220℃の場合に比べて硬度が低下するにもかかわらず、焼戻温度を240℃〜300℃とすることにより、耐圧痕性が向上するものと考えられる。
また、焼戻温度のほか、表面窒素濃度および焼入温度を変化させた条件で熱処理した試験片について、表面の残留オーステナイト量、圧痕深さ、寿命、リング圧砕強度、経年変化率を調査した。
ここで、圧痕深さは、上記の場合と同様に測定した。圧痕深さが0.2μm未満の場合をB、0.2〜0.4μmの場合をC、0.4μm以上の場合をDと評価した。寿命は、圧痕深さの測定の場合と同様の条件にて軌道面に圧痕を形成した後、清浄油潤滑のもとで油膜パラメータが0.5となる条件で、軸受がトランスミッションに使用される場合の荷重条件を模擬して実施した。そして、焼入温度850℃、焼戻温度240℃、表面窒素量0.4質量%の試験片の寿命を基準(B)として、基準寿命よりも長い場合をA、短い場合をC、著しく短い場合をDと評価した。リング圧砕強度は、外径60mm、内径54mm、幅15のリングを作製し、これを径方向に平板にて圧縮し亀裂が発生した荷重を調査することにより評価した。亀裂発生時の荷重が5000kgf以上の場合をA、3500〜5000kgfの場合をB、3500kgf未満の場合をDと評価した。また、経年変化率は、試験片を230℃で2時間保持し、当該熱処理前からの外径寸法変化量を測定することにより評価した。変化量が10.0×105以下の場合をA、10.0×105〜30.0×105の場合をB、30.0×105〜90.0×105の場合をC、90.0×105以上の場合をDと評価した。試験結果を表1に示す。
表1を参照して、表面窒素濃度が0.25〜0.5質量%、焼入温度が820〜860℃、焼戻温度が240〜300℃の条件をすべて満たす試験片において、上記全ての項目において優れた評価が得られている。
なお、本発明の深溝玉軸受の用途として、トランスミッションおよびデファレンシャルを例示したが、本発明の深溝玉軸受の用途はこれに限られず、種々の機械に適用可能であり、高い荷重が負荷されることにより耐圧痕性が求められる用途に特に好適である。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。