JP5186671B2 - 絹タンパク質ナノファイバー及びその製造方法、並びに絹タンパク質複合体ナノファイバー及びその製造方法 - Google Patents

絹タンパク質ナノファイバー及びその製造方法、並びに絹タンパク質複合体ナノファイバー及びその製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、絹タンパク質ナノファイバー及びその製造方法、並びに絹タンパク質複合体ナノファイバー及びその製造方法に関し、特にカイコ(家蚕、野蚕)由来の純粋な絹タンパク質ドープを用いて、エレクトロスピニングにより得られた絹タンパク質ナノファイバー及びその製造方法、並びに絹タンパク質複合体ナノファイバー及びその製造方法に関するものである。
近年、ナノファイバーの製造にエレクトロスピニング技術が応用されつつある。このナノファイバーは、「エレクトロスピニング」装置を用いて製造できるナノオーダーの極細のファイバーである。このエレクトロスピニング技術によれば、所定の濃度のポリマードープを入れた貯蔵タンクに陽極電極を入れ、一定の距離を隔てて陰極板(コレクター)を設置し、陰極と陽極との間に電圧を印加して両電極間に電気引力を生じさせ、この電気引力がポリマー溶液の表面張力以上となると、静電力により紡糸口から陰極板に向かって霧状態の微細なポリマージェットが噴射され、その結果、ナノファイバーが陰極板上に吹き付けられて積層される。
このエレクトロスピニングにより得られるナノファイバーは、その太さがナノ〜マイクロメートルのオーダーであり、このファイバー集合体の表面積が極めて大きいため、再生医療工学、創傷材料等のヘルスケアー分野、バイオテクノロジー分野、エネルギー分野から新素材として関心が寄せられている。
エレクトロスピニング技術が開発された当初は、アクリル樹脂やポリエチレン、ポリプロピレン等のナノファイバーの素材の開発に対して、この技術が応用されていたが、最近は、液晶性高分子、DNA、タンパク質、導電性高分子等の機能性高分子のドープからナノファイバーを製造する技術が開発されている。
工業用熱可塑性高分子、生分解性高分子、ポリマーブレンド等のような、エレクトロスピニングで紡糸できる広範の高分子に加えて、カイコ由来で、酵素により生分解する絹タンパク質からなる絹タンパク質ナノファイバーは、各種産業分野において、将来的に利用価値の高い素材である。しかし、絹タンパク質ナノファイバーの原料は、天然高分子の絹糸であり、絹糸を溶解させて高分子量の絹フィブロインドープを製造するための溶媒は極めて限られているので、絹タンパク質ナノファイバーを製造するために克服する課題が極めて多いのが現状である。
例えば、絹タンパク質ナノファーバーを製造するための従来技術としては、絹フィブロイン及び/又は絹様材料を溶解する溶媒としてヘキサフルオロアセトン水和物(以下、HFAcとも称す。)を用い、絹フィブロイン繊維から製造した絹フィブロイン及び/又は絹様材料を溶解してシルクドープを製造し、このシルクドープを用いてエレクトロスピニングする手法がある(例えば、特許文献1参照)。
上記特許文献1には、絹フィブロイン及び/又は絹様材料をHFAcに溶解した溶液(絹フィブロインドープ、すなわちシルクドープ)を用いて紡糸してなる繊維、フィルム、不織布及びその製造技術が開示されている。すなわち、絹フィブロイン繊維を溶解して得た絹フィブロイン膜をHFAcに溶解し、得られたシルクドープを用いてエレクトロスピニングによりシルク様繊維を製造している。
この特許文献1には、絹フィブロイン繊維を溶解する溶媒として、従来、HFAcとは別の溶媒であるヘヘキサフルオロイソプロパノール(以下、HFIPとも称す。)が頻繁に用いられていたことが記載されている。
上記特許文献1記載のように、HFAcやHFIP等の溶媒を用い、絹フィブロインの高い分子量を維持しながら絹フィブロインを溶解するには長時間が必要である。また、これらの溶媒は、安全面でも取扱に注意する必要があった。さらに、上記HFAcは、例えば和光純薬工業(株)製のもので5g 4,500円であり、また、上記HFIPは、和光純薬工業(株)製のもので100mL 27,000円であり、価格が高く、かつ入手困難である。このような溶媒を使用して工業的にシルクドープを調製し、絹タンパク質ナノファイバーを製造することは、経済的視点から考えても現実的ではない。そのため、シルクドープを経済的にかつ効率的に製造する技術が強く求められている。
また、絹タンパク質ナノファイバーの製造法として、絹フィブロイン繊維を、臭化リチウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウム等の加熱した中性塩水溶液中で溶解した後、得られた絹フィブロイン水溶液をセルロース製透析膜に入れ、蒸留水で置換し、純度の高い絹フィブロイン水溶液を調製し、得られた絹フィブロイン水溶液を凍結乾燥して絹フィブロインゲルを製造し、時間をかけながらこのゲルを蟻酸に溶解して「シルクの蟻酸ドープ」を調製し、このドープを用いてエレクトロスピニングすることで絹タンパク質ナノファイバーを製造することが知られていた。すなわち、絹フィブロイン繊維から絹フィブロイン水溶液を製造し、絹フィブロインゲル(絹フィブロインスポンジ)(以下、シルクゲル又はシルクスポンジとも称す)を調製した後、これを蟻酸に溶かしてシルクドープを調製し、それをエレクトロスピニングすることで絹タンパク質ナノファイバーを製造していた。そのため、工程が簡単な絹タンパク質ナノファイバーの製造技術の開発が強く望まれてきた。
エレクトロスピニング法で絹タンパク質ナノファイバーを製造するには、シルクドープを効率的に経済的に、しかも良好な作業環境下、簡単な製造工程で製造できることが製造上の重要な要件であった。上記したように、従来、カイコの絹フィブロイン繊維を原料にしてエレクトロスピニングによりナノファイバーを製造するには、絹フィブロイン繊維をHFAc又はHFIP等、購入価格が高価な有機溶媒に先ず溶解してシルクドープを得るか、又は絹フィブロイン繊維を中性塩溶液に溶解して製造できる絹フィブロイン水溶液を透析処理した後凍結乾燥処理して絹フィブロインゲルを調製し、このシルクゲル(シルクスポンジ)を蟻酸に溶解して得られるシルクの蟻酸ドープを得、このシルクの蟻酸ドープをエレクトロスピニング用のシルクドープとして用いていた。
このHFAc、HFIPは購入価格が高価であり、試薬に含有されているフッ素に基づく健康上の有害性が指摘されている。蟻酸は安価であるが刺激臭があり、皮膚に触れると短時間に水泡が生ずるほどの皮膚炎症性を示すかなり強い酸であるため、蟻酸を用いる作業環境は劣悪となり、絹を溶解する適当な溶媒の探索が求められてきた。しかし、従来技術には、その要求を満足するものはなかった。
さらに、シルクドープを用いてエレクトロスピニングする前の工程で、シルクドープにポリエチレンオキサイドのような生体適合性高分子を含ませエレクトロスピニングすることで、シルクをベースにした生体組織に悪影響を及ぼさない新素材及びその製造方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。
さらにまた、非イオン界面活性剤(Triton X−100)をポリビニルピロリドンに加えるとポリビニルピロリドン水溶液の表面張力が低下し、その結果、エレクトロスピニングによる紡糸状態が改善でき、極細のポリビニルピロリドンのナノファイバーが製造できることが知られている(非特許文献1)。しかしながら、例えば、高い水溶性を示し、非解離性の高分子であるポリビニルピロリドンと違って、試料が置かれたpH環境によっては正負の電荷を持ち得る両電解性の絹タンパク質と非イオン界面活性剤とからなるドープから直接極細の絹タンパク質ナノファイバーを製造するための従来技術は知られていない。
上記従来のエレクトロスピニング法により極細の絹タンパク質ナノファイバーを製造するには、ドープ濃度、印加電圧、陽極・陰極間距離、溶液送り出し速度等の紡糸条件を変えながらナノファイバーの最適製造条件を試行錯誤的に検討する必要があった。このことからも、シルクドープ、シルク複合ドープから、エレクトロスピニングで製造できる絹タンパク質ナノファイバーの太さを極細にするには、絹タンパク質ナノファイバーの濃度を変える手段の他に、様々な製造条件を試行錯誤的に変えながら所望の条件に合う最適条件を探すことが不可欠であった。
特開2004−68161号公報(特許請求の範囲) 特開2006−504450号公報(段落:0004) Shu-Qian Wang, Ji-Huan He, and Lan Xu, Non-ionic surfactants for enhancing electrospinability and for the preparation of electrospun nanofibers, Polymer Int 57:1079-1082 (2008)
上記したように、絹タンパク質ナノファイバーを得るための従来のエレクトロスピニング法には、例えば、(1)絹フィブロイン及び/又は絹様材料をHFAc又はHFIP等の特殊な溶媒に溶解し、その溶液をシルクドープとして用いてエレクトロスピニングする方法と、(2)絹フィブロイン繊維を中性塩溶液中で溶解し、透析を行って純粋な絹フィブロイン水溶液(シルクドープ)を製造し、これを凍結乾燥してシルクゲルを製造した後、シルクゲルを蟻酸に溶解して得られたシルクの蟻酸ドープをシルクドープとして用いてエレクトロスピニングする方法等があった。それぞれの詳細を次に説明する。
上記(1)の方法は、加熱した炭酸ナトリウム水溶液で繭糸を処理し、繭糸表面を覆っているセリシンを除去して(これを精練工程と呼ぶ)絹フィブロイン繊維を調製し、次いでHFAc又はHFIPに溶解してシルクドープを製造し、このシルクドープを用いてエレクトロスピニングする方法である。この方法では、絹フィブロイン繊維を溶解するための溶媒の購入価格が高く経済的でないという問題や、試薬に含まれているフッ素により作業環境を悪化させるという問題があった。
上記(2)の方法は、絹フィブロイン繊維を加熱した高濃度の中性塩溶液を用いて溶解し、この溶液を透析して純粋な絹フィブロイン水溶液を調製し、この絹フィブロイン水溶液を凍結乾燥させてシルクゲルを調製した後、このシルクゲルを蟻酸に溶解して得たシルクの蟻酸ドープを用いてエレクトロスピニングする方法である。蟻酸、HFAc、又はHFIPを用いる理由は、蟻酸、HFAc、又はHFIPが、絹膜や絹ゲルを、その分子量を大幅に低下させず、比較的短時間で溶解することができるからである。
エレクトロスピニングでは、陰極板と隔たった位置にあるノズル(紡糸口)に陽極板を入れ、陰極と陽極とに高電圧を印加して両電極間に電気引力を生じさせ、ノズルからシルクドープに基づくシルクジェットを飛ばし、その結果、シルクナノファイバーが陰極板上に積層される。シルクの蟻酸ドープを用いる場合、両極間にシルクジェットが飛ぶ極短時間にシルクドープに含まれる蟻酸の大部分が蒸発する。絹フィブロインゲル(シルクゲル)を製造するために使用した絹フィブロイン水溶液をエレクトロスピニングすると、両極板間にシルクジェットが飛んでも水分の大部分が蒸発する。絹フィブロイン水溶液濃度を高めるためには、無菌雰囲気下、扇風機等で水溶液を蒸発させる方法が採用されるが、希薄溶液から一定濃度の絹フィブロイン水溶液を製造する技術は熟練を要する。シルクゲルを蟻酸で溶解して一定濃度のシルクドープを製造するには、乾燥状態のシルクゲルを秤量し一定量の蟻酸に入れて溶解するだけで所定濃度のシルクドープを調製できる。従来は、こうした理由で乾燥状態のシルクゲルを蟻酸に溶かす方法が好んで用いられている。
また、シルクの蟻酸ドープを用いるエレクトロスピニングで、絹フィブロイン水溶液を凍結乾燥してスポンジ状の絹フィブロインゲルを多量に製造するには、大型の凍結乾燥装置が必要であり、この凍結乾燥装置を駆動するためには多量の電力が必要となり、そして凍結乾燥工程には長時間を要するため、凍結乾燥装置を使用することは経済的でも効率的でもないという問題があった。また、蟻酸は、臭気が強いため作業環境を劣悪にすると共に、操作時、試薬が皮膚に付く危険性を避けなければならないという問題があった。
従って、特殊な溶媒を使用することなく、また、凍結乾燥装置を使用することなく、しかも蟻酸を使用することのない簡便な絹タンパク質ナノファイバーの製造方法の開発が望まれている。
そこで、本発明の課題は、上記従来技術の問題点を解決することにあり、特殊な溶媒や、凍結乾燥装置や、蟻酸を使用することなく、また、カイコ(家蚕、野蚕)由来の絹タンパク質の水溶液からシルクゲルを製造することなく、カイコ由来の絹タンパク質の水溶液から純粋な絹タンパク質ドープ(シルクドープ又は絹セリシンドープ)を調製し、この絹タンパク質ドープを使用して、又はこの絹タンパク質ドープに非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子水溶液から選ばれた少なくとも1種を添加して得られた絹タンパク質複合ドープを使用して、直接エレクトロスピニングすることにより、絹タンパク質ナノファイバー又は絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造する技術を提供することにある。
上記したように、高い水溶性を示し、非解離性の高分子であるポリビニルピロリドンに非イオン界面活性剤を加えると、ポリビニルピロリドン水溶液の表面張力(あるいは表面自由エネルギーともいう)を低下させることは知られている(上記非特許文献1)が、本発明者らは、試料が置かれたpH環境によって正負の電荷に帯電し得る絹タンパク質のドープに、非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を加えることで、所望とする更に極細の絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造することができることに気が付いた。
そこで、本発明者らは、絹フィブロイン繊維を溶解、透析処理してなる、高分子量のシルクドープ又はシルク複合ドープを用いて絹タンパク質ナノファイバー又は絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造するためには、シルクドープ自体又はシルクドープに非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を水溶液状態で混合したシルク複合ドープを用いて、従来既知のエレクトロスピニング装置で紡糸することにより、所望の太さの絹タンパク質ナノファイバー又は絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。その際、本発明者らは、絹タンパク質ドープや、絹タンパク質ドープに非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子水溶液を加えて得られた絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより、所望の太さの絹タンパク質ナノファイバーや絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造する最適な条件、すなわち、絹タンパク質の溶媒、絹タンパク質ドープ濃度、エレクトロスピニングの印加電圧、両極間の距離の最適条件を鋭意検討した。
本発明の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法は、家蚕又は野蚕由来の絹タンパク質水溶液を透析して純粋な絹タンパク質水溶液である絹タンパク質ドープを調製した後、この絹タンパク質ドープを用いてエレクトロスピニングにより絹タンパク質ナノファイバーを製造することからなり、前記絹タンパク質ドープが、野蚕から得られた生糸を精練してセリシンを除去し、得られた絹フィブロイン繊維を加熱中性塩溶液で溶解し、透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ、家蚕若しくは野蚕から得られた生糸を精練する際に熱水抽出してなる絹セリシン溶液、家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹フィブロインから得られた絹フィブロインドープ、又は家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹セリシンから得られた絹セリシンドープであることを特徴とする。
本発明では、絹糸を溶解するためのヘキサフルオロアセトン水和物(HFAc)又はヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)等の特殊な溶媒を使用することなく、しかも、絹タンパク質の水溶液を凍結乾燥してシルクゲルを調製することなく、また、このシルクゲルを蟻酸に溶解することなく、家蚕又は野蚕由来の絹タンパク質ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより所望の太さの絹タンパク質ナノファイバーを製造することが可能となった。
本発明の絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造方法は、家蚕又は野蚕由来の絹タンパク質水溶液を透析して純粋な絹タンパク質水溶液である絹タンパク質ドープを調製し、この絹タンパク質ドープに非イオン界面活性剤から選ばれた少なくとも1種及び水溶性高分子から選ばれた少なくとも1種を添加して絹タンパク質複合ドープを調製した後、この絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングにより絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造することからなり、前記絹タンパク質ドープが、野蚕から得られた生糸を精練してセリシンを除去し、得られた絹フィブロイン繊維を加熱中性塩溶液で溶解し、透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ、家蚕若しくは野蚕から得られた生糸を精練する際に熱水抽出してなる絹セリシン溶液、家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹フィブロインから得られた絹フィブロインドープ、又は家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹セリシンから得られた絹セリシンドープであることを特徴とする。
本発明では、絹糸を溶解するためのHFAc又はHFIP等の特殊な溶媒を使用することなく、絹タンパク質ドープに非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を同時に加えることで絹タンパク質ドープの表面自由エネルギーを低下できることから、この絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造することが可能となった。
前記非イオン界面活性剤が、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート(例えば、Tween 20)、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル(例えば、Triton X−100)、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタンモノイソステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、及びポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする。
前記水溶性高分子が、ポリビニルアルコール(PVA)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ポリエチレングリコール(PEG)、及びポリエチレンオキサイド(PEO)から選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする。
前記非イオン界面活性剤及び水溶性高分子が、その合計で絹タンパク質重量に対して5〜45wt%添加されることを特徴とする。
この場合、非イオン界面活性剤単独の添加量、水溶性高分子単独の添加量、及び非イオン界面活性剤と水溶性高分子との合計添加量が、5wt%未満であると、絹タンパク質の表面自由エネルギー(表面張力)を十分低下させる効果が少ない。また、非イオン界面活性剤単独の添加量又は水溶性高分子単独の添加量が、45wt%を超えると、そして非イオン界面活性剤と水溶性高分子との合計添加量が、45wt%を超えると、エレクトロスピニングして得られた絹タンパク質複合体ナノファイバーの組成に占める絹タンパク質の含量が低下し、エレクトロスピニングで得られる絹タンパク質複合体ナノファイバーがシルクの特性に基づく生体適合性又は生分解性を十分に発揮できないという問題が生じる。
本発明の絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造方法はまた、上記製造方法により非イオン界面活性剤の少なくとも1種及び水溶性高分子少なくとも1種を含む絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造した後、該絹タンパク質複合体ナノファイバーに水不溶化処理を施して絹タンパク質を不溶化せしめ、次いで水不溶化処理を施した絹タンパク質複合体ナノファイバーを水で処理して、水不溶性の絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造することを特徴とする。
前記水不溶化処理が、メタノール、エタノール、及びプロパノールから選ばれた低級アルコール、又はメチルエーテル、エチルエーテル、及びプロピルエーテルから選ばれた低級エーテルを用いて行われることを特徴とする。
前記水不溶化処理が、アルコール濃度が30〜90%の水−アルコール水溶液を用いて行われることを特徴とする。
本発明の絹タンパク質複合体ナノファイバーは、家蚕又は野蚕由来の絹タンパク質の水溶液を透析して得られた純粋な絹タンパク質ドープからエレクトロスピニングにより得られた絹タンパク質と、非イオン界面活性剤の少なくとも1種及び水溶性高分子少なくとも1種とからなることを特徴とする。
前記絹タンパク質複合体ナノファイバーにおいて、絹タンパク質が、絹フィブロイン又は絹セリシンであることを特徴とする。
前記絹タンパク質複合体ナノファイバーにおいて、非イオン界面活性剤が、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタンモノイソステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、及びポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする。
前記絹タンパク質複合体ナノファイバーにおいて、水溶性高分子が、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリエチレングリコール、及びポリエチレンオキサイドから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする。
前記絹タンパク質複合体ナノファイバーにおいて、前記非イオン界面活性剤及び水溶性高分子が、その合計で絹タンパク質重量に対して5〜45wt%含まれていることを特徴とする。
前記絹タンパク質複合体ナノファイバーにおいて、非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子の含有量が上記範囲外であると、上記のような問題が生じる。
前記絹タンパク質複合体ナノファイバーにおいて、絹タンパク質ドープが、家蚕若しくは野蚕から得られた生糸を精練してセリシンを除去し、得られた絹フィブロイン繊維を加熱中性塩溶液で溶解し、透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ、該生糸を精練する際に熱水抽出してなる絹セリシン溶液、家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹フィブロインから得られた絹フィブロインドープ、又は家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹セリシンから得られた絹セリシンドープであることを特徴とする。
本発明の絹タンパク質複合体ナノファイバーはまた、前記絹タンパク質複合体ナノファイバーにおいて、絹タンパク質が、水不溶化処理により水不溶化された絹タンパク質であることを特徴とする。
前記絹タンパク質複合体ナノファイバーにおける水不溶化処理が、メタノール、エタノール、及びプロパノールから選ばれた低級アルコール、又はメチルエーテル、エチルエーテル、及びプロピルエーテルから選ばれた低級エーテルを用いて行われたことを特徴とする。
前記絹タンパク質複合体ナノファイバーの水不溶化処理において、アルコール濃度が30〜90%の水−アルコール水溶液を用いて行われたことを特徴とする。
本発明の絹タンパク質ナノファイバーは、野蚕由来の絹フィブロイン又は家蚕若しくは野蚕由来の絹セリシンからなる絹タンパク質の水溶液を透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ又は絹セリシンドープからなる絹タンパク質ドープからエレクトロスピニングにより得られた絹タンパク質からなることを特徴とする。
本発明によれば、エレクトロスピニング用素材の絹タンパク質ドープを製造するのに特殊で高価な有害溶媒を使用することはないため、本発明の製造方法は経済的であると共に、絹タンパク質ドープを製造する際や、エレクトロスピニングを行う際の作業環境は安全である。また、絹タンパク質ドープには非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を含ませることができるので、所望とする太さの絹タンパク質ナノファイバー又は絹タンパク質複合体ナノファイバーを経済的・効率的に製造でき、提供できるという効果を奏する。
また、本発明によれば、カイコ(家蚕又は野蚕)由来の天然の絹フィブロイン、絹セリシンを用いており、こうした素材から製造できる絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーは極細であることに加え、生体適合性素材であり、かつ生解性であるため、体内に移植しても体内酵素で分解するという生化学特性を有するという効果を奏する。
さらに、本発明によれば、エレクトロスピニングして得られる絹タンパク質複合体ナノファイバーは、水に溶解する水溶性であるため、用途に応じて、このナノファイバーに不溶化処理を施すことにより、絹フィブロインの結晶化度を増加させて絹タンパク質だけを不溶化させることが可能である。すなわち、エレクトロスピニングで製造されたナノファイバーを水と接触させ、非イオン界面活性剤成分等の水溶性成分だけを選択的に除去して、水不溶性の絹タンパク質複合体ナノファイバーを得ることができるという効果を奏する。
本発明の絹タンパク質ナノファイバー及びその製造方法に係る実施の形態によれば、(1)家蚕若しくは野蚕から得られた生糸を精練してセリシンを除去し、得られた絹フィブロイン繊維を濃厚な加熱中性塩溶液で溶解し、透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ、(2)該生糸を精練する際に熱水抽出してなる絹セリシン溶液、(3)家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹フィブロインから得られた絹フィブロインドープ、又は(4)家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹セリシンから得られた絹セリシンドープを製造した後、これらのシルクドープ、絹セリシン溶液、絹フィブロインドープ又は絹セリシンドープからなる絹タンパク質ドープを用いてエレクトロスピニングにより極細の絹タンパク質ナノファイバーを製造し、提供することができる。
また、本発明の絹タンパク質複合体ナノファイバー及びその製造方法に係る実施の形態によれば、(1)家蚕若しくは野蚕から得られた生糸を精練してセリシンを除去し、得られた絹フィブロイン繊維を濃厚な加熱中性塩溶液で溶解し、透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ、(2)該生糸を精練する際に熱水抽出してなる絹セリシン溶液、(3)家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹フィブロインから得られた絹フィブロインドープ、又は(4)家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹セリシンから得られた絹セリシンドープを製造した後、これらのシルクドープ、絹セリシン溶液、絹フィブロインドープ又は絹セリシンドープからなる絹タンパク質ドープに、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタンモノイソステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、及びポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルから選ばれた少なくとも1種の非イオン界面活性剤と、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリエチレングリコール、及びポリエチレンオキサイドから選ばれた少なくとも1種の水溶性高分子とから選ばれた非イオン界面活性剤及び水溶性高分子の少なくとも1種を添加して絹タンパク質複合ドープを製造し、次いでこの絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングにより極細の絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造し、提供することができる。この場合、非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子は、絹タンパク質重量に対して上記した量で添加すればよい。
本発明では、非イオン界面活性剤として、上記した非イオン界面活性剤以外のものも使用できる。本発明では、非イオン界面活性剤として、炭素数の長さが異なる各種の試薬を使用できる。
また、本発明によれば、上記製造方法により、非イオン界面活性剤及び水溶性高分子から選ばれた少なくとも1種を含む絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造した後、絹タンパク質複合体ナノファイバーに対して水不溶化処理を施して絹フィブロイン分子を水不溶化せしめ、製造されたナノファイバーを水と接触させて非イオン界面活性剤成分等の低分子量水溶性成分だけを選択的に除去して、水不溶性の絹タンパク質複合体ナノファイバーを提供することができる。
本発明におけるシルクドープ及び絹セリシンドープ等の絹タンパク質ドープの原料は家蚕又は野蚕の幼虫に由来する生糸を用いることができる。家蚕由来の絹タンパク質としては、例えば、農家が飼育する家蚕(Bombyx mori)幼虫又は家蚕の近縁種であるクワコの幼虫に由来する絹タンパク質であってもよいし、野蚕由来の絹タンパク質としては、例えば、柞蚕(Antheraea pernyi)、天蚕(Antheraea yamamai)、タサール蚕(Antheraea militta)、ムガ蚕(Antheraea assama)、エリ蚕、シンジュ蚕等の幼虫に由来する絹タンパク質であってもよい。
本発明では、上記家蚕、野蚕の幼虫が吐糸した生糸を出発物質として利用してもよいし、カイコの幼虫が生合成して作った、絹糸腺内に蓄積する絹タンパク質水溶液であっても同様に利用できる。
エレクトロスピニングに使用できるシルクドープを得る方法には、例えば、(1)家蚕又は野蚕の幼虫が吐糸した生糸を中性塩で溶解し、この中性塩溶液を透析処理し、不純物を遠心分離処理して除去し、シルクドープを得る場合や、又は(2)家蚕又は野蚕の幼虫が生合成して絹糸腺内に貯蔵した液状の絹タンパク質水溶液をシルクドープ若しくは絹セリシンドープとする場合がある。後者の場合、絹糸腺内の液状絹タンパク質を分散させる時間差を工夫することで未変性の絹セリシン、又は絹フィブロインを水溶液状態で取り出すことができる。
上記シルクドープを得る(1)の方法の場合、生糸表面の絹セリシンを精練処理で除去した絹フィブロイン繊維を、例えば、55℃の8.5M臭化リチウム水溶液20mL中で完全に溶解させた後、この水溶液をセルロース製透析膜に入れて、5℃、5日間、蒸留水で置換して不純物を除去し、純粋な絹フィブロイン水溶液を調製し、かくして調製された絹フィブロイン水溶液に蒸留水を加えて、あるいは必要に応じて滅菌条件下で扇風機で送風乾燥させて、エレクトロスピニングに最適のドープ濃度に調整した絹フィブロイン水溶液の原液(絹フィブロインドープ)を調製することができる。なお、かくして調製した絹フィブロイン水溶液を用いてエレクトロスピニングすることで絹フィブロインナノファイバーを効率的に製造できる。
上記シルクドープを得る(2)の方法の場合、家蚕又は野蚕の幼虫体内から絹糸腺を取り出すことで、絹タンパク質ナノファーバーの原料を入手することができる。すなわち、複数の家蚕の熟蚕体内から絹糸腺を取り出し、水洗いして絹糸腺細胞をピンセットで除去する。次いで、複数のカイコから取り出した絹糸腺細胞をピンセットで除去した中部絹糸腺部位の液状絹30gを200mLの蒸留水を入れたシャーレに浸漬し、5℃で4時間放置すると、液状絹の外側を覆っている絹セリシンが蒸留水中に分散してくる。分散時間を1時間以内に設定して得られるフラクションには絹セリシンが多く含まれるので、絹セリシン水溶液(絹セリシンドープ)として使用し、分散時間を2時間以上に設定して得られるフラクションには絹フィブロインが多く含まれるので、絹フィブロイン水溶液(絹フィブロインドープ又はシルクドープ)として使用する。
上記シルクドープを得る(1)及び(2)の方法において、絹フィブロイン水溶液を送風乾燥し、又は必要に応じて蒸留水で希釈することにより任意濃度のシルクドープを製造することができる。絹セリシン水溶液の場合も同様である。
上記絹セリシン水溶液について、その製造方法を更に詳しく述べる。繭糸を熱水抽出して絹セリシン水溶液を得る他に、次のような入手の方法がある。家蚕幼虫の熟蚕体内から絹糸腺を取り出し、水洗いして絹糸腺細胞をピンセットで除去する。例えば、20匹の家蚕幼虫から取り出した中部絹糸腺内の液状絹フィブロイン30gを200mLの蒸留水を入れたシャーレに浸漬し、5℃で4時間放置すると、液状絹の外側を覆っている絹セリシンが蒸留水中に分散してくるので、浸漬後40分で分散した絹セリシン水溶液をセルロース製の透析膜を用いて蒸留水で十分に置換した後、無菌環境下、扇風機で送風乾燥して絹セリシン水溶液の濃度を高めた(例えば、12%)ものを絹セリシンドープとして用い、エレクトロスピニングできる。高分子量の絹セリシンを使用するには、熱水抽出によらないで、液状絹フィブロインから溶出する絹セリシン水溶液を用いる方法が優れている。
以下、家蚕由来の生糸を例にとり、本発明の実施の形態を説明する。絹タンパク質ナノファイバーの素材は、家蚕由来の生糸を構成する絹フィブロイン又は絹セリシンである。例えば、絹フィブロインの場合、カイコが吐糸して作る繭糸の外側を膠着する物質であるセリシンを除去して得られる絹フィブロイン繊維を濃厚(例えば、8M〜12M)な加熱(例えば、40〜90℃)中性塩水溶液中で溶解し、セルロース製透析膜を用いて透析し、得られた絹フィブロイン水溶液(シルクドープ)を用いてエレクトロスピニングすればよい。
絹フィブロイン繊維を溶解するには、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、臭化リチウム、チオシアン酸リチウム、硝酸アンモニウム等の従来既知の中性塩を用い、既知の方法で実施すればよい。絹フィブロイン繊維を効率よく溶解するには、絹フィブロイン繊維の溶解性が高い臭化リチウム、チオシアン酸リチウムが好ましい。高温に加熱した高濃度(7M〜12M)の中性塩水溶液による処理で絹フィブロインの分子量が著しく低下する場合があるので、分子量の低下が起こりにくい中性塩を用い、溶解条件を厳密に設定することが必要である。絹フィブロインの分子量が大幅に低下して高分子性が失われると、絹タンパク質ナノファイバーや絹タンパク質複合体ナノファイバーが製造でき難くなる。
そのため、絹フィブロイン繊維を臭化リチウム水溶液で溶解する際は、臭化リチウム水溶液の温度は、一般的には、50℃〜70℃が望ましく、溶解時間は10〜40分程度に設定するとよい。加熱温度が50℃未満であると絹フィブロイン繊維が溶解し難く、70℃を超えると絹フィブロイン繊維は溶解し易くなるが、試料の分子量が低下し易い。臭化リチウムの濃度としては、8M以上、好ましくは8.5〜11Mであり、溶解条件としては、55℃以上で15分程度であることがより好ましい。このように、中性塩水溶液で絹タンパク質繊維を溶解する際、中性塩水溶液の濃度、溶解温度、及び/又は溶解時間を適宜最適化するように設定することにより、絹タンパク質の分子量低下を抑えるよう配慮する必要がある。
上記のようにして、加熱した濃厚な中性塩溶液中に溶解して得た絹フィブロイン水溶液をセルロース製透析膜に入れ、両端を木綿の縫糸でくくり、室温の水道水又は純水中に4〜5日間入れて透析氏、金属イオン(臭化リチウムの場合は、LiイオンやBrイオン)を完全に除くことにより、純粋な絹フィブロイン水溶液を得ることができる。本発明では、このようにして調製した純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープを使用することが好ましい。
本発明で用いるシルクドープには、上記したように中性塩由来の金属イオンは極力含まれない(50ppm以下)ようにする必要があり、金属イオンが所定値以上含まれていると、エレクトロスピニングをしても絹タンパク質ナノファイバーを良好に製造でき難いので、透析処理は十分にすることが必要である。この点については、シルク複合ドープの場合も同様である。
従来のエレクトロスピニングにより極細の高分子のナノファイバーを製造するには、陽極・陰極間距離、印加電圧等のエレクトロスピニングの紡糸条件が一定であれば、ドープ濃度が希薄なほど極細のナノファイバーを製造できる場合が多い。しかし、本発明におけるエレクトロスピニングに使用できる絹フィブロイン水溶液濃度は、4%〜20%程度が好ましく、5%〜20%程度がより好ましく、8%〜15%程度のものがさらにより好ましい。絹フィブロイン水溶液濃度が4%未満であると、紡糸口からシルクドープが噴射されても、陰極板上に積層されるナノファイバーの形態に混じって、極微細形態の粒子(ビーズ)が混在してしまい均一なナノファイバーになり難いという問題があるが、4%、5%、8%と高くなるにつれて均一なナノファイバーが得られ易く、シルクドープの濃度が20%を超えると、電圧を印加しても、シルクドープが、紡糸口で詰まったり、良好な霧状態のポリマージェットにならず、絹タンパク質ナノファイバーが製造できないという問題がある。また、陽極・陰極間距離は、ドープが良好に噴射される範囲であれば適宜選択すれば良く、通常、10〜20cmである。
本発明において利用できるエレクトロスピニング装置は、特別の仕様の装置である必要はなく既知の装置でよい。極細の絹タンパク質ナノファイバーを製造するには、上記絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ(絹フィブロインドープ)をポリマー貯蔵タンクに入れ、既知の操作でエレクトロスピニングすればよい。極細の絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造するには、シルクドープに非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を水溶液状態で機械的に混ぜ合わせてシルク複合ドープを製造し、このドープを用いてエレクトロスピニンすればよい。
本発明で用いることができるエレクトロスピニング装置は、例えば、高圧電源、ポリマー貯蔵タンク、陽極に接する紡糸口、及びアースされたコレクターから構成されているものであればよい。シルクドープをポリマー貯蔵タンクに充填し、紡糸口に8〜30kV、好ましくは10〜30kVの電圧を印加することで生じる静電力がシルクドープの表面張力を越える時、ポリマードープがジェットとなり、超微細なナノファイバーとなってコレクターに向かって噴射されるため、金属製の陰極板上に絹タンパク質ナノファイバーが積層する。
従来技術でナノファイバーを効率よく製造するためには、シルクドープを製造するための絹フィブロイン繊維をどのような溶媒で溶解するか、シルクドープの最適濃度は何%であるか、印加電圧をどのように設定するかが重要な紡糸条件である。
従来、天然高分子である絹フィブロイン繊維を溶解するための溶媒は、厳選する必要があった。例えば、熱可塑性ポリマーの溶解に従来利用しているジメチルホルムアミド(DMF)、蟻酸、アセトン、及びクロロホルム、並びに生分解性ポリマーの溶解に使用している、DMF、クロロホルム、及びジクロロメタンを用いて絹フィブロイン繊維を溶解しようとしても溶解し難く、エレクトロスピニングするために最適なシルクドープにならないという問題があった。
そのため、従来、絹フィブロイン繊維を溶解するための溶媒としては、HFAc、HFIPが使用されており、また、シルクゲル(シルクスポンジ)を溶解するには蟻酸が用いられていた。後者の場合、絹糸を加熱した中性塩で溶解し、透析による脱塩処理をした後の絹フィブロイン水溶液を凍結乾燥してシルクスポンジを製造し、これを蟻酸に溶解させて得られる蟻酸を溶媒としたシルクドープを用いていた。また、従来法では、絹フィブロイン及び/又は絹様材料をHFAc又はHFIP等の特殊な溶媒に溶解して所定濃度のシルクドープを得ていたが、上記したように、こうした溶媒は購入価格が高く経済的ではないし、また、蟻酸でシルクゲルを溶解してシルクドープを調製する際は、蒸気圧が高い蟻酸の強い臭気のため作業環境が劣悪となるという問題がある。また、蟻酸を使用する従来法の製造工程では、絹フィブロイン繊維を溶解・透析処理後、凍結乾燥してシルクゲルを得、それを蟻酸に溶解してシルクドープを製造するという複雑な工程を経るため、シルクドープを経済的に効率的に製造することができなかった。
しかるに、絹タンパク質ドープに非イオン界面活性剤及び/又は非解離性の水溶性高分子を加えることで、絹タンパク質ドープの表面自由エネルギー(表面張力)を低くすることができ、その結果、極細の絹タンパク質ナノファイバーを製造することが可能となった。本発明で利用できる好ましい非イオン界面活性剤としては、一般名Tween 20(和光純薬工業株式会社製、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウラート(分子量:522.67g/mol、組成式:C265010))、又は一般名Triton X−100(和光純薬工業株式会社製、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(分子量:646.86g/mol、組成式:C346211))を例示できる。その他には、例えば、下記の非イオン界面活性剤を挙げることができる。
以下の試薬はすべて和光純薬工業株式会社製であり、例えば(325-33635)のような数字記号は商品カタログ(第35集)に記載されている試薬番号を、また、括弧内の数字は下記試薬の炭素数を意味する。
・Polyoxyethylene (50) Oleyl Ether:ポリオキシエチレン(50)オレイルエーテル(325-33635)
・Polyoxyethylene(20) Sorbitan Monoisostearate:ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノイソステアレート(323-33472)
・Polyoxyethylene (20) Sorbitan Monolaurate (Tween 20):ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(163-11512)
・Polyoxyethylene (20) Sorbitan Monooleate (Tween 80):ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエート(164-15741)
・Polyoxyethylene (7.5) Nonylphenyl Ether:ポリオキシエチレン(7.5)ノニルフェニルエーテル(323-33712)
・Polyoxyethylene (10) Nonylphenyl Ether:ポリオキシエチレン(120)ノニルフェニルエーテル(320-33722)
・Polyoxyethylene (15) Nonylphenyl Ether:ポリオキシエチレン(15)ノニルフェニルエーテル(327-33732)
・Polyoxyethylene (18) Nonylphenyl Ether:ポリオキシエチレン(18)ノニルフェニルエーテル(324-33742)
・Polyoxyethylene (20) Nonylphenyl Ether:ポリオキシエチレン(20)ノニルフェニルエーテル(321-33752)
・Polyoxyethylene (8) Octylphenyl Ether:ポリオキシエチレン(8)オクチルフェニルエーテル(164-19881)
・Polyoxyethylene (10) Octylphenyl Ether (Triton X-100):ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(168-11805)
非イオン界面活性剤を絹タンパク質ドープに加えることで極細の絹タンパク質複合体ナノファイバーが製造できるのは、次のような理由によるものである。非イオン界面活性剤は、その表面自由エネルギーが通常30〜45mN/m程度あり、また、水に比べて沸点が低く、蒸発エンタルピーが低く、溶媒分子は分子間相互作用力が弱い。そのため、非イオン界面活性剤を添加することで、絹タンパク質ドープの表面自由エネルギーを低下させることができるので、エレクトロスピニングにより極細の絹タンパク質複合体ナノファイバーが製造できるものと考えられる。
なお、非イオンタイプでないイオン性界面活性剤を加えても、本発明では効果が得られない。イオン性界面活性剤は、シルクドープ表面の静電容量を増加させる作用を持ち、スピニングジェットが発生するシルク表面過剰電荷の閾値を上昇させる作用を持つため、印加電圧を上げてもジェットが発生し難いからである。また、アニオン界面活性剤の中で、水溶性界面活性剤であるSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)は、界面活性剤としてではなく、電解質として働くため、絹タンパク質ドープに加えるとナノファイバーの形成を抑制してしまう。
本発明によれば、非イオン界面活性剤の添加により絹タンパク質ドープの表面自由エネルギー(表面張力)が低下することに加えて、絹タンパク質ドープに同時に加える水溶性高分子が非イオン界面活性剤の表面自由エネルギー低下の作用を増強する。勿論、この水溶性高分子自体にも、タンパク質ドープの表面自由エネルギーを低下する機能はある。所望の極細の絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造するには、絹タンパク質ドープの表面自由エネルギーを低下させることが何よりも重要であり、そのため、非イオン界面活性剤や水溶性高分子を加えている。
例えば、界面活性能の高い非解離性水溶性高分子であるPVA(例えば、5〜10%水溶液)は水の表面自由エネルギー(72.3mN/m)を大幅に下げることができるので、本発明では好ましく利用できる。絹タンパク質ドープ(例えば、シルクドープ)にPVAを加えることで得られる絹タンパク質複合ドープが粘性溶液となり、容易にエレクトロスピニングできるものと考えられる。
非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を加えた絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより製造できる絹タンパク質複合体ナノファイバーは、水溶性であるため、用途によってはこれを水不溶化することが必要である。そのためには、後述するように、絹タンパク質複合体ナノファイバーを、例えばメタノール等の不溶化薬剤の蒸気に短時間接触させて絹フィブロイン分子だけを凝集せしめて水不溶化した後、非イオン界面活性剤や水溶性高分子を水処理により除去すればよい。
本発明では、水溶性高分子の例として、ポリビニルアルコール(PVA)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ポリエチレングリコール(PEG)、又はポリエチレンオキサイド(PEO)等を使用し、これらの水溶性高分子を絹タンパク質ドープに添加して絹タンパク質複合ドープを得ている。その理由は次の通りである。これらの水溶性高分子を絹タンパク質ドープに添加することにより、絹フィブロイン水溶液や絹セリシン水溶液の表面自由エネルギーが下がり、絹タンパク質ドープの粘度が下がるので、絹タンパク質と相互作用し易くなると共に、紡糸前には絹タンパク質分子の凝集が抑制されて、その結果、絹タンパク質複合体ナノファイバーを効率良く製造することが可能となる。
本発明においては、上記水溶性高分子を絹タンパク質ドープに添加して得られた絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより、極細の絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造しているが、これらの水溶性高分子のみに限らず、解離基(硫酸基、カルボキシル基、アミノ基等)を持たない水溶性高分子であれば、HPCと同様に利用できる。
本発明では、水溶性高分子として、上記PVA、HPC、PEG、及びPEO以外に、例えば、以下の化合物を使用できる。
・タンパク質:ゼラチン、カゼイン、コンドロイチン硫酸ナトリウム
・セルロース系化合物:ヒドロキシプロピルセルロース等
・ビニル系化合物:ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール
・その他:ポリエチレングリコール
絹タンパク質ドープに非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を加えるには、絹タンパク質ドープに非イオン界面活性剤水溶液及び/又は高分子水溶液を添加し、機械的に均一に混合し、所定濃度に調整すればよく、かくして所望の絹タンパク質複合ドープが得られる。混合する際に、絹タンパク質複合ドープの系が分離しないように、また、白濁しないように注意深く観察し、分離や沈殿等の問題が生じたら、絹タンパク質ドープ、非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子水溶液の混合量やpHを適宜設定すればよい。絹フィブロインの等電点はpH=3.8〜4.0であるため、非イオン界面活性剤や高分子水溶液を加えた場合、得られる絹タンパク質複合ドープのpHがこの等電点以下にならないようにすればよい。このようにして調製された絹タンパク質複合ドープを既知のエレクトロスピニング装置のポリマー貯蔵タンクに入れ、既知の方法でエレクトロスピニングすることにより、所望の絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造することができる。
本発明において、絹タンパク質ドープから製造した絹タンパク質ナノファイバーは水に溶解し易く、また、絹タンパク質ドープに非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を添加してなる絹タンパク質複合ドープから製造した絹タンパク質複合体ナノファイバーも水に溶解し易い。
所望により、ナノファイバーの用途によっては、水不溶性にすることが必要である。例えば、エレクトロスピニングで製造した絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合ナノファイバーを、メタノール、エタノール、プロパノール等の低級アルコール類や、メチルエーテル、エチルエーテル、プロピルエーテル等の低級エーテル等の有機溶媒からなる不溶化薬剤の蒸気に短時間接触させることにより、絹タンパク質分子の凝集性を向上せしめて、絹タンパク質ナノファイバー、絹タンパク質複合体ナノファイバーを水に不溶とすることができる。
上記絹タンパク質複合ドープから製造した絹タンパク質複合体ナノファイバーに含まれる非イオン界面活性剤や水溶性高分子は、絹タンパク質複合体ナノファイバーを不溶化試薬と作用させて絹タンパク質分子を水に溶けない形にした後、その絹タンパク質複合体ナノファイバーを水に浸漬せしめ又は水に接触させて水処理を施すことにより除去することができる。
絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーを水不溶化処理するための試薬としては、上記したように従来既知の水不溶化薬剤、例えば、水とメタノール等のアルコール類等の有機溶媒の蒸気に短時間接触させ、絹タンパク質の結晶化を増加させ、さらにエポキシ化合物及び/又はアルデヒドを添加・混合して得た不溶化薬剤水溶液を用いても良い。
エポキシ化合物、アルデヒド、その他の試薬は、使用用途に応じてその混合比を自由に変えることができる。エポキシ化合物を用いる場合には、水とメタノールとの混合液中の水の含量が多いと、エポキシ化合物のエポキシ基が水と反応し開環してしまうので、エポキシ化合物を添加する場合には水は極力除去するとよい。
エポキシ化合物としては、例えば、一官能性のエピクロロヒドリン、又は二官能性のエチレングリコール、グリコールグリシジルエーテル等のエポキシ化合物を利用できる。その他の一官能性、二官能性又は多官能性のエポキシ化合物であっても、いずれも利用できる。
アルデヒドとしては、グルタルアルデヒド、ホルムアルデヒド等の少なくとも1つを用いることができる。
絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーの水に対する不溶化程度は、不溶化薬剤水溶液の化学組成を適宜変えることにより達成できる。
絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーの絹タンパク質分子(例えば、絹フィブロイン分子)を水に不溶化するための最も簡易な方法は、アルコールを用いる手法である。これらのナノファイバーを水/アルコール混合溶液に浸漬すればよい。その結果、水がナノファイバーの絹タンパク質分子内に浸透し、絹タンパク質の微細構造を弱め、アルコールは弱まった微細構造の中に入り込み、脱水効果をもたらし、絹タンパク質分子が結晶化する。
上記ナノファイバーの絹タンパク質分子を結晶化させるためのアルコール濃度は、30〜90%であることが好ましい。30%未満ではアルコールによる脱水作用が少なくなり結晶化効果が薄れるし、90%を超えると水による拡散が不十分となり、結晶化度を向上させることは困難である。40〜80%のアルコール濃度が、ナノファイバーの絹タンパク質分子を結晶化させるのにより好ましい。アルコールが40%未満であると結晶化速度がやや遅くなり十分に結晶化しない場合があり、80%を超えると、ナノファイバーの絹タンパク質分子中に水が拡散し難くなり、絹タンパク質分子の結晶化が進み難くなる場合がある。
エレクトロスピニング装置の紡糸に関する固有な特性値、すなわち印加電圧及び陰極−陽極間距離を一定値にして絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造する場合において、良好なナノファイバーを製造するための重要な主な因子は、シルクドープ、シルク複合ドープ、絹セリシンドープ及び絹セリシン複合ドープ等の絹タンパク質ドープ及び絹タンパク質複合ドープの濃度、粘度、表面張力である。極細のナノファイバーを製造するには、これらのドープの粘度、濃度、表面張力を下げることが望ましく、非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を水溶液状態で絹タンパク質ドープに添加することで、所望の極細の絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造が可能となる。
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
以下の実施例では、絹タンパク質ナノファイバー又は絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造するための絹タンパク質ドープ(例えば、シルクドープ)と水溶性高分子水溶液との混合状態、絹タンパク質ドープと非イオン界面活性剤水溶液との混合状態、絹タンパク質ドープと水溶液高分子水溶液と非イオン界面活性剤水溶液との混合状態、エレクトロスピニング紡糸状態、及びナノファイバーの太さ等についての評価を行った。
絹タンパク質ドープと水溶性高分子水溶液及び/又は非イオン界面活性剤水溶液との混合状態の評価は、絹タンパク質ドープと水溶性高分子水溶液及び/又は非イオン界面活性剤水溶液とを機械的に混合した時、沈殿が起こらず均一な水溶液となるか、沈殿が起こり不均一であるかを目視で観察することにより行った。
エレクトロスピニングによる絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーの紡糸状態に対する評価は、以下のようにして行った。
各実施例におけるエレクトロスピニングは、高電圧発生装置である松定プレシジョン株式会社製の装置(型式:HAR−50P2)を用い、次の条件で行った。この装置は、シルクドープ又はシルク複合ドープを充填するポリマー貯蔵タンクを有し、この貯蔵タンクには陽極電極が取り付けられ、貯蔵タンクに接続する紡糸口から一定距離を隔てた場所に陰極板が設けられており、陽極・陰極間の距離は15cmに設定されている。このポリマー貯蔵タンク内に一定濃度のシルクドープ又はシルク複合ドープを充填する。陽極・陰極板間に15kVの印加電圧を加えると、静電力により紡糸口から陰極板に向かって霧状態のシルクポリマージェットが噴射され、その結果、ナノファイバーが陰極板上に吹き付けられ積層する。シルクポリマージェットの飛び方とナノファイバーの製造状態とが安定かどうかを目視で観察してナノファイバーの紡糸状態を観察し、評価した。
また、エレクトロスピニングによる絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーの太さに対する評価は、以下のようにして行った。
ナノファイバーの太さに関しては、陰極板上に積層するナノファイバーに金のコーティングを施して走査型電子顕微鏡で観察し、ナノファイバーの太さを評価した。各ナノファイバーの太さは、SEM画像を基にして20ヶ所の太さの平均値で表示した。
本実施例では、シルクドープ及び絹タンパク質ナノファイバーの製造を行った。
エレクトロスピニング紡糸により良好な絹タンパク質ナノファイバーを調製するためには、均一な紡糸用シルクドープを製造することが必要不可欠な条件である。そこで、次のようにしてシルクドープを注意深く調製した。
25gの家蚕の生糸を精練してセリシンを除去し、絹フィブロイン繊維を製造した。これを55℃の10M臭化リチウム水溶液100mL中に、30分間浸漬して溶解せしめた。こうして製造した絹フィブロイン水溶液をセルロース製透析膜に入れて、5℃で5日間、蒸留水で置換して不純物を除去し、純粋な絹フィブロイン水溶液(シルクドープ)を調製し、無菌状態下、扇風機で送風乾燥し、エレクトロスピニング紡糸用の濃度10%のシルクドープ(絹フィブロインドープともいう)を製造した。この10%のシルクドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニング紡糸したところ、絹タンパク質ナノファイバー(絹フィブロインナノファイバーともいう)が得られた。得られた絹タンパク質ナノファイバーはややリボン状を呈し、絹タンパク質ナノファイバーの太さは1500〜1800nmであった(このナノファイバーを試料1とする)。
本実施例では、絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造するための予備実験として、シルクドープに水溶性高分子の水溶液を加えてシルク複合ドープを調製し、その混合状態を観察した。
実施例1と同様の方法で製造した5%のシルクドープ30mLに次の3種類の水溶性高分子の水溶液を加えた。すなわち、水溶性高分子の水溶液として、(1)2%ポリビニルアルコール(PVA)の水溶液、(2)2%ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)の水溶液、(3)1%キトサン−1000(0.15M酢酸溶液)の水溶液の3種類を用いた。各30mLの高分子水溶液を30mLのシルクドープに加えてシルク複合ドープの最終量を60mLとした。PVA及びHPCは絹タンパク質重量に対して、40wt%、キトサン−1000は絹タンパク質重量に対して20wt%加えた。なお、キトサン−1000は、和光純薬工業(株)製の商品であり、粘度平均分子量が180万、粘度は1000〜1500cpであった。シルクドープと高分子水溶液とを混合した際の混合状態を目視で観察した。評価結果を表1に示す。
この場合の混合状態は、次の2段階で評価した。
+:高分子水溶液を加えた際、シルクドープと高分子水溶液とが沈殿を起こすことなく均一のシルクドープとなる。高分子水溶液とシルクドープとは均一に混合した。
−:高分子水溶液を加えた際、水溶性高分子とシルクドープとは均一に混合せず、白濁して沈殿した。
Figure 0005186671
表1において、SF/PVAは、シルクドープ(SF)にPVAを混合したシルク複合ドープを意味し、SF/HPCは、シルクドープにHPCを混合したシルク複合ドープを意味し、SF/キトサン−1000は、シルクドープにキトサン−1000を混合したシルク複合ドープを意味する。
表1から明らかなように、シルクドープにPVA、HPCを添加してなるシルク複合ドープの場合、その混合状態は均一であり、透明で、かつ沈殿や凝固は起こらなかったが、キトサン−1000を添加したシルク複合ドープの場合、その混合状態は不均一であり、白濁しており、絹フィブロインが凝固・沈殿を生しており、SF/キトサン−1000のシルク複合ドープはエレクトロスピニングには不向きであった。
本実施例では、非イオン界面活性剤、水溶性高分子を添加した場合として、5%のシルクドープ30mLに非イオン界面活性剤(Tween 20(和光純薬工業株式会社製)、Triton X−100(和光純薬工業株式会社製))、非解離性の水溶性低分子のSDS、並びに水溶性高分子のHPC及びPVAを加えて得られたシルク複合ドープの均一性、透明性、凝固の有無を目視で観察した。これらの結果を表2に集約した。表2では、シルクドープに加えたTween 20、Triton X−100、SDS、HPC、PVAを第2物質として記載してある。
表2における評価基準は以下の通りである。
混合状態:
+:沈殿を生ぜずに、少し混ざる。
++:良く混ざる
+++:かなりよく混ざる。
−:混合時に沈殿が生じ、混ざり方が良好ではない。
紡糸状態の評価基準は、以下の通りである。
++:紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットが連続的に安定して噴射されて、ナノファイバーが陰極板上に積層する状態が極めて良好である。
+:紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットが連続的に安定して噴射されて、ナノファイバーが陰極板上に積層する状態が良好である。
−:紡糸口から陰極板に向かう超微細で霧状態のポリマージェットの噴射が不安定であり、連続的に噴射されることなく、ポリマージェットのナノファイバーが陰極板上に積層する状態が良好ではない。
Figure 0005186671
表2において、SF/Tween 20、SF/Triton X−100、SF/SDS、SF/HPC、SF/PVAは、それぞれ、シルクドープ(SF)にTween 20、Triton X−100、SDS、HPC、PVAを混合したシルク複合ドープを意味する。
また、表2において、SF(%)及び第2物質(%)の%は、試料水溶液を105℃、90分で完全に乾燥処理した前後の重量変化から求めた値である。
表2から明らかなように、シルクドープにPVA又はHPCを混合した場合、シルクドープが白濁することも、絹フィブロインが沈殿することもなく、均一なドープとなり、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、良好な絹複合ナノファイバーが製造できた。また、シルクドープにTween 20又はTriton X−100を混合した場合、シルクドープが白濁することも、絹フィブロインが沈殿することもなく、均一なドープとなり、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、良好な絹タンパク質複合ナノファイバーが製造できた。しかし、シルクドープにSDSを混合したところ、SDSとシルクドープとは均一に混合せず、白濁して沈殿し、紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットの噴射状態が不安定となり、連続的に噴射されることなく、ポリマージェットのナノファイバーが陰極板上に積層する状態は劣悪であった。
なお、シルクドープに上記非イオン界面活性剤又は水溶性高分子を添加する場合、絹タンパク質重量に対して10wt%又は30wt%を別々に添加しても上記表2の結果と大差がなく、エレクトロスピニングできることが確認できた。
実施例2及び3で用いた水溶性高分子(PVA、HPC)の水溶液の代わりに、2%ポリエチレングリコール(PEG)の水溶液、及び2%ポリエチレンオキサイド(PEO)の水溶液を用い、各高分子水溶液30mLをシルクドープ30mLに加え、絹タンパク質複合ドープの最終量を60mLとした。PEGは絹タンパク質重量に対して、40wt%、PEOは絹タンパク質重量に対して、40wt%加えた。
シルクドープと水溶性高分子(PEG、PEO)の水溶液とを混合した際の混合状態を目視で観察したところ、実施例2記載のPVA及びとHPCの場合と同様であり、高分子(PEG、PEO)水溶液を加えた際、高分子水溶液とシルクドープとは均一に混合した。また、シルクドープにPEG、PEOを加えたシルク複合ドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、エレクトロスピニング紡糸状態は良好であり、得られる絹タンパク質複合体ナノファイバーの太さはそれぞれ、PVA及びHPCの場合と同程度であり、PEG、PEOをシルクドープに加えることで絹タンパク質複合体ナノファイバーの太さは極細となった。
本実施例では、水溶性高分子を含むシルク複合ドープを使用してエレクトロスピニングを行った。
実施例2の結果を踏まえて絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造を行った。実施例2におけるシルク複合ドープの混合状態が良好なSF/PVAとSF/HPCとを用いて絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造した。シルクドープ濃度は7%、PVA濃度は1%、HPC濃度は2%であった。シルクドープの使用量は20mLとし、14mLのPVA水溶液を使用して、SF/PVA複合ドープの全量を34mLとし、また、20mLのHPC水溶液を使用して、SF/HPC複合ドープの全量を40mLとした。PVAは絹タンパク質重量に対して、10.0wt%%、HPCは絹タンパク質重量に対して、28.6wt%加えた。
シルクドープと高分子水溶液とからなるシルク複合ドープの混合状態を目視で観察した。その評価結果を表3に示す。表3において、シルクドープとPVAとからなるシルク複合ドープ、シルクドープとHPCとからなるシルク複合ドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングして製造した絹タンパク質複合体ナノファイバーを、それぞれ、試料2と試料3と呼ぶことにする。試料2及び試料3のエレクトロスピニング紡糸状態と絹タンパク質複合体ナノファイバーの太さをSEM観察で調べた(表3)。
表3における混合状態及び紡糸状態は、以下のように評価した。
混合状態:
+:よく混ざり、均一な溶液となった。
−:混合時に沈殿が生じ、混ざり方が良好ではない。
紡糸状態:
+:紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットが連続的に安定して噴射されて、ナノファイバーが陰極板上に積層する状態が良好である。
−:紡糸口から陰極板に向かう超微細で霧状態のポリマージェットの噴射が不安定であり、連続的に噴射されることなく、ポリマージェットのナノファイバーが陰極板上に積層する状態が良好ではない。
Figure 0005186671
表3から明らかなように、シルクドープ(SF)にPVA又はHPCを混合した場合、シルクドープが白濁することも、絹フィブロインが沈殿することもなく、均一なドープとなり、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、350nm、380nmという極細の良好な絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造できた。
実施例4記載のSF/PEG、SF/PEOのシルク複合ドープを実施例4と同様の方法でエレクトロスピニングしたところ、表3の結果と同様に、エレクトロスピニング紡糸過程では、霧状態のポリマージェットが連続的に安定して噴射されて、ナノファイバーが陰極板上に積層する状態が良好であり、シルク複合ナノファイバーの太さも大差なかった。
本実施例では、絹タンパク質に対する非イオン界面活性剤又は水溶性高分子の添加量を変動させて得られたシルク複合ドープ、すなわちSF/PVA、SF/HPC、SF/Tween 20、SF/Triton X−100、又はSF/Tween 20及びTriton X−100を用いて、実施例5に準じて、エレクトロスピニングで絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造を行った。
7%濃度のシルクドープ、1%濃度のPVA水溶液、2%濃度のHPC水溶液、10%濃度のTween 20、又は10%濃度のTotiton X−100を使用し、PVA、HPC、ween 20、Triton X−100、又はTween 20及びTriton X−100が、絹タンパク質重量に対して5、25及び45wt%となるように、20mLのシルクドープに対し、PVA水溶液、HPC水溶液、Tween 20水溶液、Triton X−100水溶液、又は/Tween 20及びTriton X−100水溶液を添加して各複合ドープを調製した。
シルクドープと上記高分子水溶液及び/又は非イオン界面活性剤とからなるシルク複合ドープの混合状態を目視で観察したところ、いずれの場合も、シルクドープが白濁することも、絹フィブロインが沈殿することもなく、均一なドープとなり、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、表3に示した程度の太さの極細の良好な絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造できた。
また、PVA、HPC、ween 20、Triton X−100、又はTween 20及びTriton X−100が、絹タンパク質重量に対して4又は50wt%となるように、20mLのシルクドープに対し、PVA水溶液、HPC水溶液、Tween
20水溶液、Triton X−100水溶液、又はSF/Tween 20及びTriton X−100水溶液を添加して各複合ドープを調製した。
シルクドープと高分子水溶液及び/又は非イオン界面活性剤とからなるシルク複合ドープの混合状態を目視で観察したところ、いずれの場合も、シルクドープが白濁することも、絹フィブロインが沈殿することもなく、均一なドープが調製された。
かくして調製された各ドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングした。PVA、HPC、ween 20、Triton X−100、又はTween 20及びTriton X−100が、絹タンパク質重量に対して4wt%となるように添加した場合、絹タンパク質水溶液の表面張力を十分に低下させることができず、紡糸口から陰極板に向かう超微細で霧状態のポリマージェットの噴射が不安定であり、恒常的に噴射が見られず、ポリマージェットのナノファイバーが陰極板上に積層する状態が良好ではなかった。また、PVA、HPC、ween 20、Triton X−100、又はTween 20及びTriton X−100が、絹タンパク質重量に対して50wt%となるように添加した場合、ナノファイバーが陰極板上に積層する状態は普通であるが、得られたナノファイバーは、その組成にしめる絹タンパク質の含量が低く、シルク特性に基づく生体適合性や生分解性を十分に発揮できない。
水溶性高分子として、PVA、HPCに代えてPEG、PEOを用い、上記と同様にしてSF/PEG、SF/PEOのシルク複合ドープ用いエレクトロスピニングしたところ、上記と同様の結果が得られた。
本実施例では、界面活性剤使用によるシルク複合ドープを用いたエレクトロスピニングについて検討した。
7%のシルクドープ30mLに各種界面活性剤を加え、エレクトロスピニングを行って、界面活性剤を含む絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造した。但し、界面活性剤として用いたTween 20、Triton X−100、SDSの濃度はいずれも10%とし、Tween 20、Triton X−100、SDSの使用量はいずれも7.5mLとした。絹タンパク質重量に対するこれらの非イオン界面活性剤の濃度は、35.7wt%であった。シルクドープと界面活性剤との混合状態を目視で観察した。
また、SF/Tween 20、SF/Triton X−100、及びSF/SDSに加えて、実施例2に準じて調製したSF、SF/PVA、SF/HPC、PVA、SF/PVA/Tween 20の各ドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングして、各ナノファイバーを製造した。得られた各ドープの混合状態、エレクトロスピニングの紡糸状態、ナノファイバーの太さに関する評価結果を表4に示す。その評価の基準は以下の通りである。
混合状態:
+:少し混ざる。
++:良く混ざる
+++:かなりよく混ざる。
−:界面活性剤を加えた際、白濁沈殿が生じ、界面活性剤とシルクドープとは均一に混合しなかった。
紡糸状態:
+++:紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットが連続的に安定して噴射されて、ナノファイバーが陰極板上に積層する状態が極めて良好である。
++:紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットが連続的に安定して噴射されて、ナノファイバーが陰極板上に積層する状態が良好である。
+:紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットが連続的に安定して噴射されて、ナノファイバーが陰極板上に積層する状態が普通である。
−:紡糸口から陰極板に向かう超微細で霧状態のポリマージェットの噴射が不安定であり、連続的に噴射されることなく、ポリマージェットのナノファイバーが陰極板上に積層する状態が良好ではない。
Figure 0005186671
得られた絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーの形態は、SEM観察によると試料No.1ではややリボン状で扁平であったが、試料No.2〜No.7は円形断面であった。
表4から次のことが分かる。
(1)再生絹フィブロイン水溶液(試料1)を、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングすると、絹タンパク質ナノファイバーが製造でき、その平均太さは1500〜1800nmであった。
(2)シルクドープに水溶性高分子(PVA、HPC)を加えたシルク複合ドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングすると、ドープの混合状態、エレクトロスピニング紡糸状態は良好であり、PVA及びHPCをそれぞれ加えた系から得られる絹タンパク質複合体ナノファイバーの平均太さはそれぞれ、350nm及び380nmであり、水溶性高分子をシルクドープに加えることで絹タンパク質複合体ナノファイバーの太さは極細となった。
(3)シルクドープにTween 20及びTriton X−100の非イオン界面活性剤をそれぞれ加えたシルク複合ドープのそれぞれを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングすると、シルク複合ドープの混合状態、エレクトロスピニング紡糸状態は良好であった。シルクドープにTween 20及びTritonX−100をそれぞれ加えた系から得られる絹タンパク質複合体ナノファイバーの平均太さは、それぞれ、390nm及び600mであり、界面活性剤としてTween 20を加えることで得られる絹タンパク質複合体ナノファイバーの平均太さは390nmと極細となった。
(4)比較例として10%のPVA水溶液をエレクトロスピニングして得られるPVAナノファイバー(試料6)の平均太さは250nmであり、また、シルクドープに、PVAとTween 20とを加えた系(絹タンパク質重量に対して、PVA及びTween 20をそれぞれ25wt%を用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、製造できた絹タンパク質複合体ナノファイバー(試料7)の太さは280nmと極細であった。
以上の結果から、極細絹タンパク質複合体ナノファイバーを得るには、シルクドープに非イオン界面活性剤のTriton X−100、Tween 20、又は水溶性高分子のHPC、PVAを加えることが効果的であり、この順に極細の絹タンパク質複合体ナノファイバーが得られることが分かる。更に、シルクドープに水溶性高分子のPVAと界面活性剤のTween 20との両者を加えることで最も極細の絹複合ナノファイバーを製造できることが分かる。
実施例8で使用した非イオン界面活性剤のTween 20、Triton X−100の代わりに、ポリオキシエチレン(50)オレイルエーテル、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレン(10)ノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン(20)ノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン(8)オクチルフェニルエーテルを用い、実施例7と全く同じ条件でシルクドープと混合し、得られたシルク複合ドープを用いてエレクトロスピニングを行ったところ、紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットが連続的に安定して噴射されて、ナノファイバーが陰極板上に積層する状態は、上記表4と同様に良好であった。
本実施例では、家蚕体内の絹糸腺内の液状絹フィブロインを用いてエレクトロスピニングを行った。
家蚕幼虫の熟蚕体内から絹糸腺を取り出し、水洗いして絹糸腺細胞をピンセットで除去した。20匹の家蚕幼虫から取り出した中部絹糸腺内の液状絹フィブロイン30gを200mLの蒸留水を入れたシャーレに浸漬し、5℃で4時間放置すると、液状絹の外側を覆っている絹セリシンが蒸留水中に分散してきた。この絹セリシンの分画をデカンテーションにより取り除いた。さらに、200mLの蒸留水を加えて、5℃で12時間放置することでシルクドープを調製した。これをセルロース製の透析膜に入れ、無菌状態下、扇風機で送風乾燥して5%のシルクドープを製造した。均一なシルクドープとなった。このシルクドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、平均太さが600nmの良好な絹タンパク質ナノファイバーを製造できた。
本実施例では、家蚕由来の絹セリシンドープを用いてエレクトロスピニングを行った。
家蚕から取り出した中部絹糸腺内の液状絹フィブロインを、ガラス製シャーレに入れた蒸留水に入れて放置すると、浸漬20分間以内で絹セリシンが蒸留水中に分散してきた。こうして得られた絹セリシン水溶液をセルロース製の透析膜を用いて蒸留水で十分に置換した後、無菌環境下、扇風機で送風乾燥してセリシンの濃度を高め、濃度12%の絹セリシンドープを調製した。この絹セリシンドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、平均太さが400nmの絹セリシンナノファイバーを製造できた。
本実施例では、野蚕由来の絹フィブロインドープを用いてエレクトロスピニングを行った。
野蚕である柞蚕の熟蚕幼虫体内から取り出した後部絹糸腺内の液状絹フィブロインを蒸留水に分散させ、無菌環境下、扇風機を用いて送風乾燥することにより、濃度11%の柞蚕絹フィブロインドープであるシルクドープを調製した。この柞蚕由来のシルクドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、平均太さが530nmの柞蚕由来の絹タンパク質ナノファイバーを製造できた。
本実施例では、絹タンパク質ナノファイバーの不溶化の実証試験を行った。
実施例1で製造した絹タンパク質ナノファイバーの分子形態を調べるためFTIR分析したところ、アミドIにランダムコイル形態に特有の1650cm−1の吸収が現れた。絹タンパク質ナノファイバーをポリスチレン製の蓋付きプラスチック容器に入れて50% w/vのメタノール水溶液の蒸気に3分間晒した後、絹タンパク質ナノファイバーを取り出し、室温で乾燥させた。乾燥後、再度50% w/vのメタノール水溶液に10分間浸漬処理し、標準状態で乾燥した試料のFTIR測定を行ったところ、アミドIの主要な吸収ピークは1630cm−1に現れた。不溶化処理した試料では、アミドIにβ型分子形態に特有な吸収が1630cm−1に現れた。このことから、不溶化処理により、絹フィブロイン分子が結晶化し、分子間凝集状態が密になり、確かに水不溶となっていることが確認できた。この結晶化された試料は、水により膨潤するが、溶解することは無かった。この絹タンパク質ナノファイバーが結晶化する挙動は、試料のX線回折測定によっても確かめられた。
本実施例では、臭化リチウムを含む絹フィブロイン水溶液(シルクドープ)を用いてエレクトロスピニングを行った。
60℃に加熱した9M臭化リチウム水溶液で家蚕由来の絹フィブロイン繊維を溶解して得られた絹フィブロイン水溶液をセルロース製の透析膜に入れ、両端を縫い糸で括って蒸留水に入れ、透析時間を1日に設定し、完全にリチウムイオン及びブロマイドイオンが除去されていないシルクドープを用いて、上記したエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングしたところ、エレクトロスピニングによる紡糸ができず、絹タンパク質ナノファイバーを製造できなかった。このことから、絹タンパク質ナノファイバーを製造するには、Liイオン、Brイオン等を含まない、純度の高いシルクドープを用いることが重要であることが分かる。
実施例5で作製した絹タンパク質複合体ナノファーバー、すなわち、シルクドープとPVAとからなるシルク複合ドープ、シルクドープとHPCとからなるシルク複合ドープを用いてエレクトロスピニング条件でエレクトロスピニングして製造した絹タンパク質複合体ナノファイバー(試料2および試料3)のFTIR分析したところ、実施例12に記載した場合と同様に、絹フィブロインのランダム分子形態に基づくアミドIにランダムコイル形態に特有の1650cm−1の吸収が現れた。
絹タンパク質複合体ナノファイバーをポリスチレン製の蓋付きプラスチック容器に入れた後、50% w/vのメタノール水溶液の蒸気に3分間晒し、絹タンパク質複合体ナノファイバーを取り出し、室温で乾燥させた。乾燥後、再度、50% w/vのメタノール水溶液に10分間浸漬処理し、標準状態で乾燥した試料のFTIR測定を行ったところ、アミドIの主要な吸収ピークは1630cm−1に現れ、実施例12記載の通り、絹フィブロイン分子が結晶化し、分子間凝集状態が密になり、水不溶となっていることが確認できた。試料2及び試料3を流水中で1日洗浄し、試料2及び試料3にそれぞれ含まれる水溶性高分子のPVA及びHPCだけを除去することができた。このことは水洗処理で絹タンパク質複合体ドープを製造する際に使用した水溶性高分子重量の減少量と符合することから確かめられた。
実施例5で作製した絹タンパク質複合体ナノファーバー(FTIR分析の結果、絹フィブロインのランダム分子形態に基づくアミドIにランダムコイル形態に特有の1650cm−1の吸収が現れていた)を、実施例14記載の方法で水不溶化処理を行った。ただし、50 w/vのメタノールの代わりに、30、70、90 w/v%のメタノール、また、同じ濃度のエタノールを用い、室温で3秒間浸漬処理を行い、水不溶化処理を行った。水不溶化処理後の試料のFTIR測定を行ったところ、アミドIの主要な吸収ピークは1630cm−1に現れ、実施例12記載の通り、絹フィブロイン分子が結晶化し、分子間凝集状態が密になり、水不溶となっていることが確認できた。これらの試料を流水中で1日洗浄し、各試料に含まれる水溶性高分子のPVA及びHPCだけを除去することができた。このことは水洗処理で絹タンパク質複合体ドープを製造する際に使用した仕込み量としての水溶性高分子重量の減少量と符合することから確かめられた。
また、25 w/v%のアルコール(メタノール又はエタノール)を用いて上記と同様にして水不溶化処理を行ったところ、絹タンパク質複合体ナノファイバーは水不溶化処理で溶解してしまい、溶媒による脱水作用が見られず、試料ナノファイバーが結晶化する効果が薄れ、また、95 w/v%のアルコール(メタノール又はエタノール)を用いて水不溶化処理を行ったところ、水による拡散が不十分となり、結晶化度を向上させることは困難であり、目的とする水不溶性を達成できなかった。
以上について簡単に纏めると以下のようになる。
本発明においてエレクトロスピニングするための素材は、カイコ(家蚕、野蚕)に由来する生体高分子の絹タンパク質(絹フィブロイン、絹セリシン)である。本発明では、その素材として、例えば、絹糸を溶解して得られる絹タンパク質の水溶液を用いるため、従来法とは異なり、シルクドープを製造するのに特殊で高価な有害溶媒を使用することはなく、シルクドープを製造する際及びエレクトロスピニングをする際の作業環境は安全である。シルクドープに非イオン界面活性剤及び/又は水溶性高分子を含ませることができる。従って、所望とする極細の絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーを経済的・効率的に製造できる。
本発明ではカイコ由来の天然の絹フィブロイン、絹セリシンを用いている。このような素材から製造できる絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーは、極細であることに加え、生体適合性素材であり、かつ生解性であるため、体内に移植すると、体内酵素で分解するという生化学特性を有する。
本発明によりエレクトロスピニングして得られる絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーは水に溶解する水溶性であるため、エレクトロスピニングで得られた絹タンパク質ナノファイバーに対して水不溶化処理を行い、絹タンパク質の結晶化度を増加させて絹タンパク質だけを水不溶化させれば、生体内酵素が作用しても生分解する程度を軽減することができる。水不溶化させた後、水洗処理を十分にすることで絹タンパク質ナノファーバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーに含まれる低分子の非イオン界面活性剤や水溶性高分子を選択的に除去できる。
天然高分子からなる絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーは、有用な細胞を培養・増殖させるための再生医療材料として利用でき、また、様々な生体細胞との親和性の良さから効率 的に細胞増殖が可能なため医用材料として利用できる。
本発明によれば、特殊で高価な有害溶媒を使用することがないため、絹タンパク質ドープを製造する際やエレクトロスピニング工程の際の作業環境は安全であり、所望とする極細の絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーを経済的・効率的に製造できる。原材料としてカイコ(家蚕、野蚕)由来の天然の生体高分子(絹フィブロイン、絹セリシン)を用いて製造される絹タンパク質ナノファイバー及び絹タンパク質複合体ナノファイバーは、極細であることに加え、生体適合性素材であり、かつ生解性であるため、体内に移植しても体内酵素で分解するという生化学特性を有する。従って、有用な細胞を培養・増殖させるための再生医療材料の技術分野に加えて、様々な生体細胞との親和性の良さから、効率的に細胞増殖が可能なため医用材料の技術分野で有効に利用できる。

Claims (18)

  1. 家蚕又は野蚕由来の絹タンパク質水溶液を透析して純粋な絹タンパク質水溶液である絹タンパク質ドープを調製した後、この絹タンパク質ドープを用いてエレクトロスピニングにより絹タンパク質ナノファイバーを製造することからなり、前記絹タンパク質ドープが、野蚕から得られた生糸を精練してセリシンを除去し、得られた絹フィブロイン繊維を加熱中性塩溶液で溶解し、透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ、家蚕若しくは野蚕から得られた生糸を精練する際に熱水抽出してなる絹セリシン溶液、家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹フィブロインから得られた絹フィブロインドープ、又は家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹セリシンから得られた絹セリシンドープであることを特徴とする絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  2. 家蚕又は野蚕由来の絹タンパク質水溶液を透析して純粋な絹タンパク質水溶液である絹タンパク質ドープを調製し、この絹タンパク質ドープに非イオン界面活性剤から選ばれた少なくとも1種及び水溶性高分子から選ばれた少なくとも1種を添加して絹タンパク質複合ドープを調製した後、この絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングにより絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造することからなり、前記絹タンパク質ドープが、野蚕から得られた生糸を精練してセリシンを除去し、得られた絹フィブロイン繊維を加熱中性塩溶液で溶解し、透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ、家蚕若しくは野蚕から得られた生糸を精練する際に熱水抽出してなる絹セリシン溶液、家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹フィブロインから得られた絹フィブロインドープ、又は家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹セリシンから得られた絹セリシンドープであることを特徴とする絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造方法。
  3. 前記非イオン界面活性剤が、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタンモノイソステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、及びポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項記載の絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造方法。
  4. 前記水溶性高分子が、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリエチレングリコール、及びポリエチレンオキサイドから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項2又は3記載の絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造方法。
  5. 前記非イオン界面活性剤及び水溶性高分子が、その合計で絹タンパク質重量に対して5〜45wt%添加されることを特徴とする請求項2〜4のいずれか1項に記載の絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造方法。
  6. 請求項2〜5のいずれか1項に記載の方法により、非イオン界面活性剤の少なくとも1種及び水溶性高分子の少なくとも1種を含む絹タンパク質複合ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造した後、該絹タンパク質複合体ナノファイバーに水不溶化処理を施して絹タンパク質を不溶化せしめ、次いで水不溶化処理を施した絹タンパク質複合体ナノファイバーを水で処理して、水不溶性の絹タンパク質複合体ナノファイバーを製造することを特徴とする絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造方法。
  7. 前記水不溶化処理が、メタノール、エタノール、及びプロパノールから選ばれた低級アルコール、又はメチルエーテル、エチルエーテル、及びプロピルエーテルから選ばれた低級エーテルを用いて行われることを特徴とする請求項6記載の絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造方法。
  8. 前記水不溶化処理が、アルコール濃度が30〜90%の水−アルコール水溶液を用いて行われることを特徴とする請求項6記載の絹タンパク質複合体ナノファイバーの製造方法。
  9. 家蚕又は野蚕由来の絹タンパク質の水溶液を透析して得られた純粋な絹タンパク質ドープからエレクトロスピニングにより得られた絹タンパク質と、非イオン界面活性剤の少なくとも1種及び水溶性高分子の少なくとも1種とからなることを特徴とする絹タンパク質複合体ナノファイバー
  10. 前記絹タンパク質が、絹フィブロイン又は絹セリシンであることを特徴とする請求項9記載の絹タンパク質複合体ナノファイバー
  11. 前記非イオン界面活性剤が、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタンモノイソステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、及びポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項9又は10記載の絹タンパク質複合体ナノファイバー
  12. 前記水溶性高分子が、ポリビニルアルコール及びヒドロキシプロピルセルロースポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリエチレングリコール、及びポリエチレンオキサイドから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項9〜11のいずれか1項に記載の絹タンパク質複合体ナノファイバー
  13. 前記非イオン界面活性剤及び水溶性高分子が、その合計で絹タンパク質重量に対して5〜45wt%含まれていることを特徴とする請求項9〜12のいずれか1項に記載の絹タンパク質複合体ナノファイバー。
  14. 前記絹タンパク質ドープが、家蚕若しくは野蚕から得られた生糸を精練してセリシンを除去し、得られた絹フィブロイン繊維を加熱中性塩溶液で溶解し、透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ、該生糸を精練する際に熱水抽出してなる絹セリシン溶液、家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹フィブロインから得られた絹フィブロインドープ、又は家蚕若しくは野蚕体内から取り出した絹糸腺由来の絹セリシンから得られた絹セリシンドープであることを特徴とする請求項9〜13のいずれか1項に記載の絹タンパク質複合体ナノファイバー。
  15. 請求項9〜14のいずれか1項に記載の絹タンパク質複合体ナノファイバーにおいて、絹タンパク質が、水不溶化処理により水不溶化された絹タンパク質であることを特徴とする絹タンパク質複合体ナノファイバー。
  16. 前記水不溶化処理が、メタノール、エタノール、及びプロパノールから選ばれた低級アルコール、又はメチルエーテル、エチルエーテル、及びプロピルエーテルから選ばれた低級エーテルを用いて行われたことを特徴とする請求項15記載の絹タンパク質複合体ナノファイバー。
  17. 前記水不溶化処理が、アルコール濃度が30〜90%の水−アルコール水溶液を用いて行われたことを特徴とする請求項15記載の絹タンパク質複合体ナノファイバー。
  18. 野蚕由来の絹フィブロイン又は家蚕若しくは野蚕由来の絹セリシンからなる絹タンパク質の水溶液を透析して得られた純粋な絹フィブロイン水溶液であるシルクドープ又は絹セリシンドープからなる絹タンパク質ドープからエレクトロスピニングにより得られた絹タンパク質からなることを特徴とする絹タンパク質ナノファイバー。
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