本発明に係るセリシンナノファイバーの実施の形態によれば、セリシンナノファイバーは、裸蛹(遺伝子記号Nd)、セリシン蚕(遺伝子記号Nd−s)もしくはセリシンホープの繭層由来のシルクセリシン、またはこれらカイコの幼虫体内から取り出した絹糸腺内の液状セリシンもしくはこの液状セリシンを凝固させたセリシンからなり、エレクトロスピニングにより得られる。
上記したシルクセリシンは、遺伝的にセリシンからなる繭層を作るセリシンを多量に製造する裸蛹(遺伝子記号Nd)、セリシン蚕(遺伝子記号Nd−s)あるいは新蚕品種・セリシンホープ幼虫に由来するセリシンホープの繭層由来のものである。従来技術には、例えば、セリシンホープ繭層を溶解するための最適な溶媒について、また、セリシンホープ繭層をその溶媒に溶解して得たセリシンホープ繭層溶液を用いてエレクトロスピニングする技術については、全く開示も示唆もされていない。セリシンホープ繭層を効率的に、かつセリシンの分子量を急激に低下させずに溶解できる溶媒で溶解して得たセリシンホープ繭層の溶液を用いてエレクトロスピニングすることで、各種産業資材として利用できるセリシンナノファイバーが製造できれば新たな用途に利用できる素材となり得るであろう。従来はこうした技術の提案がないために素材開発が遅れていた。
本発明によれば、セリシンを溶媒に溶かした溶液を用い、エレクトロスピニングして製造できるセリシンナノファイバーは、水に極めて溶解し易く、用途に限界がある。そのため、新しい応用を拓くには、水溶解性セリシンナノファイバーを水不溶性に変える必要があったが、従来技術には、こうした目的に合致した効率的な水不溶化処理方法は開示も示唆もされていない。セリシンの分子量を低下させることなく効率よく溶解できれば、セリシンにカイコ由来のフィブロインを複合した新素材の製造もできるはずである。
本発明でエレクトロスピニングする原料であるセリシンを得るためには次のような方法がある。絹糸本体の成分であるフィブロインを生合成する組織である後部絹糸腺が遺伝的に退化した突然変異系統である裸蛹(遺伝子記号Nd)、セリシン蚕(遺伝子記号Nd−s)、または先端技術で育成して得られ、最近特許になった第3374177号(発明の名称:セリシンを大量に生産する蚕品種)に記載された「セリシンホープ」のセリシンホープ繭層が好ましく利用できる。あるいはまた、これらカイコの幼虫体内から取り出した絹糸腺内の液状セリシンやこの液状セリシンを凝固させたセリシンも用いることができる。
遺伝子記号NdおよびはNd−s、ならびにセリシンホープ幼虫におけるセリシンの吐糸量、幼虫の大きさ、強健度、営繭性などは全く異なる。
これらの突然変異種の蚕品種について詳細に説明する。こうした突然変異種としては次の2種がある。
(1)フィブロインをほとんど合成せず、セリシンのみ(含量99%以上)を合成する裸蛹系統(「Nd系統」)。
(2)フィブロイン約30%、セリシン約70%の組成から成るタンパク質を生産するセリシン蚕系統「Nd−s系統」(特許文献3:特開2001−245550参照)。
しかし、上記突然変異種であるカイコは、絹タンパク質の生産量が1頭当たり30mg内外と非常に少なく、セリシン1gを生産するには、Nd系統で約55頭、Nd−S系統で釣80頭を飼育する必要があり、両系統ともセリシンの生産量が著しく低い(特開2001−245550参照)。これに対して、本発明で最も効率的に利用できるセリシンホープ繭層は、1頭当たりの吐糸量が約95mg、セリシン量の割合が99%で、交雑種に比べてセリシン生産量が1.2〜1.3倍であるセリシンN(セリシンホープ蚕品種)(注:セリシンの含量、1頭当たりの吐糸量、フィブロイン含量についての記述は、特開2001−245550参照)である。
本発明によれば、セリシンを多量に製造するセリシン繭層を用いることが好ましく、こうしたセリシンを用い、エレクトロスピニングしてなるセリシンナノファイバー、およびその製造方法が提供される。本発明によればまた、エレクトロスピニングにより得られたセリシンナノファイバーを水不溶化処理することにより、金属イオン吸着性セリシンナノファイバー、酸やアルカリに対する耐薬品性が増強したセリシンナノファイバー、および染色性が向上したセリシンナノファイバーを提供できる。
本発明では、上記したように、セリシンを多量に吐糸するセリシンホープのセリシン繭層、Ndカイコのセリシン繭層がセリシンナノファイバーを製造するのに好ましく利用できる。但し、これらカイコの繭層には、上記のとおり重量比で数%のフィブロインが含まれるが、残りのタンパク質はセリシンであるため、これらカイコ繭層は実質的にはセリシンから構成されていると考えてよい。
これらのセリシン繭層は、本発明者らが出願した先願で用いたセリシンパウダーとは異なり溶媒に対する溶解性も大きく相違する。セリシン繭層はカイコが吐糸して製造されたものであり、繊維構造を持つが、セリシンパウダーは家蚕繭糸のセリシンを粉末化したものであるため繊維構造を持たず、熱水には溶解し易い。セリシン繭層の熱水に対する溶解性は低く、本発明で用いるセリシンを多量に吐糸するセリシン繭層は、85℃の加熱温水で処理しても溶解率は低く5%程度を示す程度に過ぎない。本発明に従ってセリシンナノファイバーを製造するために用いる素材は、セリシンホープのセリシン繭層、Ndカイコのセリシン繭層等であり、セリシンパウダーでないため、どんな溶媒で溶解するとよいか、セリシンの最適濃度はどの位か等の情報は全く不明であった。
こうしたセリシンホープのセリシン繭層、セリシンカイコのセリシン繭層、Ndカイコのセリシン繭層を原料として用い、エレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造するに際して、セリシンナノファイバーの平均繊維径や繊維径分布をいかに微少にするかの技術的な開示はこれまで無い。そこで、これらの問題解決を可能とする、経済的でかつ効率的なセリシンナノファイバーの製造技術の出現が強く望まれてきた。
本発明のセリシンホープのセリシン繭層、セリシンカイコのセリシン繭層、Ndカイコのセリシン繭層を溶解する際に、フィブロインを溶解するための従来公知の上記溶媒で溶解するかどうかは一切不明であった。
本発明では、上記セリシン繭層の分子量を低下させずにエレクトロスピニング用の溶液を製造する最善の方法を試行錯誤的に工夫しながら検討し、最適溶媒と最適エレクトロスピニング条件を解明し本発明を完成させた。
エレクトロスピニング法でセリシン溶液を用いてセリシンナノファイバーを製造する際に、セリシン溶液を用い、エレクトロスピニングして平均繊維径と繊維径分布を制御したセリシンナノファイバーを効率的にしかも経済的に製造することが製造上の重要な要件であった。
本発明では、セリシン繭層を溶解する溶媒を試行錯誤的に検索した結果、トリフルオロ酢酸(TFA)が特に優れた溶解性を示し、かつセリシン繭層の分子量を急激に低下することがなく、その結果、セリシン繭層のTFA溶液を用いてエレクトロスピニングすることで、所望のセリシンナノファイバーを効率的に経済的に製造することが可能となった。こうした方法でセリシン繭層の溶液を用いてエレクトロスピニングすると、セリシンからなり、表面積が極めて大きいセリシンナノファイバーが製造でき、その結果、有用細胞を効率的に増殖させるための再生医療材料としての利用価値は高く、様々な生体細胞との親和性が良く、短時間に細胞増殖が可能となるため再生医用材料として広範に利用できる。
セリシンナノファイバーは、例えば染色工程では高温水溶液系に接触するため、素材が水溶解性であると染色することはできない。エレクトロスピニングしてなるセリシンナノファイバーは、水溶解性であり、極めて吸湿性が高いので、染色素材以外に、金属イオン吸着材、耐薬品性素材として使用するには、予め水不溶性にしておくことが必要であり、本発明によれば、より満足すべき特性を有する水不溶化したセリシンナノファイバーの製造が可能となった。
上記したように、本発明における素材は、シルクセリシンを特異的に生合成する蚕(遺伝子記号がNd−s、Ndで表されるセリシン幼虫)由来のセリシン繭層、特に好ましくはセリシンホープ幼虫のセリシン繭層である。
セリシンホープ幼虫を例にとり、以下説明する。セリシンホープ幼虫体内からセリシンを取り出すには次のようにするとよい。成熟したセリシンホープ幼虫体内から絹糸腺を取り出し、水洗いして絹糸腺細胞をピンセットで除去すると、液状のセリシンが得られるので、これを、蒸留水を入れたシャーレに浸漬し、5℃で4時間放置すると、均一なセリシン水溶液が製造できる。このセリシン水溶液をセルロース製透析膜で蒸留水により十分に置換した後、無菌環境下、扇風機で送風乾燥してセリシンの濃度を高めると高分子量の所定濃度のセリシン水溶液が製造できる。本発明によれば、この絹糸腺から取り出して調製したセリシン水溶液を用いてエレクトロスピニングしても良いが、このセリシン水溶液を蒸発・乾燥・固化して粉末状のセリシンを得た後、この粉末状のセリシンを所定の有機溶媒に溶解して所定濃度を有するセリシン溶液を調製し、この溶液を用いてエレクトロスピニングすることにより、所望のセリシンナノファイバーを製造することが好ましい。
セリシンを構成する主要なアミノ酸はセリンである。シルクセリシンには、その他に、側鎖が長くて嵩高いアルギニン、ヒスチジン、リジン等の化学反応性に富むアミノ酸が多く含まれる。繭糸をアルカリ抽出して得られるセリシンは水溶解性であるため、高温の水に長時間晒されるとセリシンは膨潤し、ついには溶解してしまう。そのため、グラフト加工処理や化学加工処理、あるいは染色処理の工程の対象には、水に溶解しない水不溶性のセリシンを用いることが必要である。また、従来の方法でセリシンを染色するには、高温度で長時間、水溶液系の染色浴で処理するため、水不溶化したセリシンを用い、水溶液系によらない染色浴での染色をする必要がある。
本発明において、セリシンまたはセリシン繭層を溶解し、セリシンナノファイバーを製造するために使用できる溶媒としては、例えばトリフルオロ酢酸(TFA)、蟻酸(FA)、ヘキサフルオロアセトン(HFAc)1.5水和物、ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)等を利用できる。しかし、分子量を低下させることなく、溶解性に優れた溶媒としてはTFAまたはFAが好ましく利用でき、TFAが特に好ましく利用できる。
本発明によれば、セリシン溶液を製造するためのセリシン原料は、上記したように、裸蛹(遺伝子記号Nd)の繭層、セリシン蚕(Nd−s)の繭層、または新蚕品種・セリシンホープに由来するセリシンホープの繭層である。これらの試料をTFAまたはFA等の有機酸で溶解したセリシンの溶液を使用してエレクトロスピニングすることが好ましい。
裸蛹、シルクセリシン繭、シルクセリシンホープのカイコ幼虫は成熟すると繊維状のセリシンを吐糸する。この未処理未加工の繊維状セリシンは熱水には一部溶解するが、試料の全量を溶解することは無い。こうしたセリシンをTFA等の有機溶媒に溶解した溶液を用い、エレクトロスピニングして製造できるセリシンナノファイバーは、高い水溶解性を示すため、セリシンナノファイバーを用いて、染色したり、金属吸着実験を行ったり、酸やアルカリ水溶液による溶解性実験を行うには、これらの実験に先立ってセリシンナノファイバーを水に対して不溶化処理し、かつまた染色にあたっては染色効率をよくするため、水溶液系ではなく溶媒系の染色浴で、かつできる限り低温で染色することが可能な染色技術の開発が望まれてきた。
ところで、従来法で極細のセリシンナノファイバーを製造するには、ドープ濃度、印加電圧、陽極・陰極間距離(紡糸距離ともいう)、溶液送り出し速度等の紡糸条件を変えながらナノファイバーの最適製造条件を試行錯誤的に検討する必要があった。本発明でも、セリシン溶液を使用し、エレクトロスピニングして製造されるセリシンナノファイバーの平均繊維径(サイズ)を極細にするには、セリシンを溶解する溶媒の種類、セリシン溶液の濃度、エレクトロスピニングの紡糸条件(印加電圧、紡糸距離、紡糸速度)を試行錯誤的に変えながら所望する条件に合う最適条件を探すことで、所望するセリシンナノファイバーを製造する必要がある。本発明では、以下の実施例に記載するように、エレクトロスピニング条件、セリシン溶液の濃度、紡糸距離、印加電圧を変える実験を主に行った。
本発明におけるシルクセリシンはまた、蚕が作った繭糸から取り出すことも可能であるし、蚕の絹糸腺内のセリシンを利用することも可能である。
セリシンホープ繭層をTFAに溶解して得られるセリシンTFA溶液の濃度は、1wt%〜15wt%が好ましく、2wt%〜15wt%が特に好ましい。セリシン溶液の濃度が1wt%未満と低すぎると、エレクトロスピニング効率が良くなく、セリシン溶液の濃度が15wt%を超えると、エレクトロスピニングの際、紡糸口でセリシンが凝固したり、安定した紡糸ができなかったり、紡糸口から良好なセリシンジェットが噴出しないので、表面が平滑な極細のセリシンナノファイバーが製造できないという問題がある。
セリシン溶液を用い、エレクトロスピニングして製造されるセリシンナノファイバーの形態上の評価は次のようにして行う。すなわち、セリシンナノファイバーの平均繊維径がどれほどか、そのバラツキの指標である平均繊維径の標準偏差はどれほどか、あるいは陰極板上に集積するナノファーバーに粒状の「ビーズ」の付着が見られるかを観察することにより行われる。
これらのセリシンナノファイバーの紡糸状態に及ぼすエレクトロスピニング紡糸条件で特に重要なものは、セリシン溶液濃度、印加電圧、紡糸口から陰極金属板までの紡糸距離である。
従って、セリシンナノファイバーをエレクトロスピニングにより製造する決め手としては、セリシン溶液濃度、印加電圧、紡糸距離が重要な要因となる。エレクトロスピニングの紡糸条件が一定であれば、セリシン溶液濃度が希薄なほどナノファイバーの平均繊維径は細くなる傾向にある。セリシン溶液濃度が1wt%未満だと、紡糸口からシルクドープを微細に放出しても、陰極板上ではナノファイバーの形態とならず、極微細な粒子(ビーズ)状となってしまうし、セリシン溶液濃度が15wt%を超えると、電圧を印加してもセリシンジェットが紡糸口から噴出しないという問題が生ずる。
本発明で用いることができるエレクトロスピニング装置は、特別の仕様の装置でなくてもよく、従来の既知の装置で良い。
本発明で用いるエレクトロスピニング装置は、高圧電源、ポリマー溶液の貯蔵タンク、陽極に接続する紡糸口、およびアースされ陰極に接続する陰極板(コレクター)から構成される。
セリシン溶液を試料貯蔵容器(タンク)に入れ、既知の操作に従ってエレクトロスピニングすれば良く、例えば、紡糸口と陰極板間に10〜30kVの電圧を印加すると、セリシン溶液表面の過剰電荷が表面張力を越える時、セリシン溶液の表面積が最大となるようにセリシン溶液のジェットが噴射し、超微細なセリシンナノファイバーとなって陰極板(コレクター)に向かって噴射し、金属製の陰極板上にセリシンナノファイバーが積層する。
上記したように、セリシンナノファイバーを効率よく製造するためには、セリシン溶液を製造するためにセリシンをどのような溶媒で溶解するか、セリシン溶液の最適濃度は何wt%とするか、印加電圧をどのように設定するかが重要な要因である。
また、セリシンホープ繭層を溶解するための従来の溶媒はHFIP、HFAcであるが、分子量を低下することなく効率的に溶解するにはTFAやFAが好ましく用いられ、特にTFAが好ましく用いられる。
本発明者らは、上記したように、セリシンをTFA等の有機溶媒に溶解し、この溶液を用いてエレクトロスピニングし、セリシンナノファイバーを製造しているが、製造されたセリシンナノファイバーは高い水溶解性を示すため、セリシンナノファイバーを用いて、染色したり、金属吸着実験を行ったり、酸やアルカリ水溶液による溶解性実験を行うには、これらの実験に先立ってセリシンナノファイバーを水に対する不溶化処理をさせることで素材が広範に利用できることを見出し、本発明を完成するに至ったが、以下、水不溶化したセリシンナノファイバーの製造方法、本発明の優れた金属イオン吸着性、染色性、耐薬品性を有するセリシンナノファイバーおよびその製造方法、および染色方法等についてその好ましい実施の形態を詳細に説明する。
セリシンとしては、上記したように、セリシン蚕由来の液状セリシンあるいはセリシン蚕幼虫が吐き出すセリシン繭であっても同様に利用できる。セリシン蚕であれば、遺伝子記号がNd、Nd−sで表されるカイコ由来のシルクセリシンが利用できる。
以下、金属イオン吸着性、耐薬品性および染色性に関して説明する。
金属イオン吸着性:
セリシン溶液を用い、エレクトロスピニングして製造できるセリシンナノファイバーは水に溶解してしまうが、水不溶化処理した後に二塩基酸無水物等で化学加工処理してカルボキシル基を導入した水不溶化セリシンナノファイバーは金属イオンを吸着するための基材やその他の基材として利用できる。これは、セリシンを構成するグルタミン酸、アスパラギン酸等のアミノ酸側鎖が金属イオンを配位する拠点となるためである。
耐薬品性:
セリシンナノファイバーの耐薬品性を向上させるためには、まずセリシンナノファイバーを水不溶化処理した後、エポキシ化合物で化学加工処理するとよい。エポキシ化合物でセリシンナノファイバーを化学加工処理する方法は次の通りである。
例えば、グリセロールポリグリシジルエーテル(ナガセ化成工業株式会社製、商品名:デナコールEX−313およびEX−314)等のように3官能性エポキシ化合物や、エチレングリコールジグリシジルエーテル(ナガセ化成工業株式会社製、商品名:デナコールEX−810)等のような2官能性エポキシ化合物を用いて化学加工処理すれば良い。
セリシンナノファイバーの化学加工処理において、エポキシ化合物を溶解するための有機溶媒としては、従来公知の有機溶媒を利用できる。このようなものとしては、例えば、N,N−ジメチルホルムアミド(DMFと略記することもある)、ジメチルスルホキシド(DMSOと略記することもある)、ジメチルアセトアミド(DMAと略記することもある)、テトラヒドロフラン、ピリジン等が挙げられる。本発明においては、例えば、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等の使用が特に好ましい。
上記した化学加工処理は、例えば、エポキシ化合物を、試料重量に対して20倍(浴比1:20と略記することもある)のジメチルホルムアミド(DMF)に溶解し、この溶液を逆流冷却器を付けた100mLのナス型フラスコに入れ、試料がDMF中に完全に浸漬するように留意しながら、ウォーターバス中で、75〜80℃の間で時間を変えて反応させることにより実施できる。なお、エポキシ化合物は、例えば、100mLのDMFに20g含まれるようにする。反応終了後、試料を取り出し、DMFで洗浄し、続いて55℃のアセトンで洗浄することで未反応試薬を除去する。最終的に水で洗浄し、乾燥後重量を測定し、公知の方法で化学加工の有無を確認する。
セリシンナノファイバーへのエポキシ化合物による化学加工処理は、化学反応時の反応温度60〜90℃で実施される。反応温度が60℃より低すぎると反応効率が良くなく、反応温度が90℃を超えると反応が短時間に進んでしまい、反応量を制御でき難くなる等の問題がある。有機溶媒中におけるエポキシ化合物の濃度は、5〜30wt%であればよい。濃度が5wt%未満となると反応効率が低下するという問題があり、また、30wt%を超えると、有機溶媒に無駄に溶解する酸無水物量が増えるため、経済的ではないし、かつ反応温度を上げると短時間に反応効率が上がりすぎてしまい、加工効率を制御することが困難となるという問題がある。
なお、開放容器中で、75℃以上の温度で化学加工処理すると、反応時間が長時間に及ぶので溶媒が蒸発し、これに伴い加工試薬濃度が変化し、セリシンナノファイバーの化学加工処理の程度を制御することが困難となる。そのため、化学加工処理は逆流冷却器を付けたナス型フラスコ、三角フラスコ等内で行うことが望ましい。
染色性:
セリシンナノファイバーの染色性を増強するための化学加工処理は次のようにする。まず、セリシンナノファイバーを、アルコールで水不溶化処理した後またはアルデヒド化合物で水不溶化処理した後、この水不溶化した試料にエポキシ化合物もしくは二塩基酸無水物で化学加工処理することで染料が吸着する拠点となるカルボキシル基やエポキシ基を予め導入しておく。この場合、水不溶化した試料に対して、エポキシ化合物で処理した後にさらに二塩基酸無水物で化学加工処理しても、染色性増強効果は得られる。
上記二塩基酸無水物としては、無水コハク酸(SA)、無水グルタル酸(GA)、無水イタコン酸(IA)、無水フタル酸(PA)または無水o−スルホベンゾイル無水物(OSBA)が例示できる。こうした二塩基酸無水物を有機溶媒に溶解し、その中にセリシンナノファイバー等の試料を入れ、予め一定時間加熱加工しておくことで、染料を吸着するカルボキシル基が確実に導入でき、その結果、塩基性染料で良く染まるようになる。
二塩基酸無水物で予め化学加工処理したセリシンナノファイバーを染色するには、エタノール溶媒染色するとよく、染料を含む所定のエタノール濃度の水溶液中での溶媒染色が最適である。塩基性染料を溶解したエタノール水溶液による溶媒染色で処理したセリシンナノファイバーは、未加工未処理に較べて多くの染料を吸着することができる。染色には加熱した染色浴を使用することはなく、室温付近の染色加工でよく、時間は30分以上、好ましくは1時間程度がよい。
アルデヒド化合物としては、例えばパラホルムアルデヒドのようなホルムアルデヒドおよびグルタルアルデヒド等を挙げることができ、エポキシ化合物は上記した通りである。
例えば、二塩基酸無水物濃度は100mLのDMFに5〜20g含まれるようにし、試料に対して20倍(浴比1:20と略記することもある)のジメチルホルムアミド(DMF)に溶解し、この溶液を、逆流冷却器を付けた10mLのナス型フラスコに入れ、試料がDMF中に完全に浸漬するように留意しながら、75〜80℃のウォーターバス中で、随時、時間を変えて反応させることにより実施できる。
反応終了後、試料を取り出し、DMFで洗浄し、続いて55℃のアセトンで洗浄することで未反応試薬を除去する。最終的に水で洗浄し、化学加工処理前後の試料量の変化から加工率を求める。
染料は水に良く溶けた状態で水不溶性のセリシンナノファイバー内に入り込み、吸着する。試料への染料の吸着度合いは、染料を含むエタノール水溶液濃度に依存し、染色浴のエタノール濃度は低くもなく、高くもない値、例えば40〜70v/v%の濃度範囲が好ましい。染色浴中のエタノール濃度が70v/v%を超えると、染料はセリシンナノファイバー内に入り難くなり、染着状態が悪化する。また、エタノール濃度が40v/v%未満であると、染着量は減少するが、セリシンナノファイバーが膨潤し溶解する恐れがある。
セリシンナノファイバーを溶媒染色で染める詳細な染色方法は次の通りである。
エタノールで水不溶化したセリシンナノファイバーはエタノール溶媒染色法で染色できる。染色浴はエタノールと水との混合で組成比はエタノール濃度40〜70%であればよい。浴比が1:200となるようにして、エタノール染色浴にサンプルを入れ、室温で1時間静置すると染色が可能となる。染料濃度は0.1〜0.5%でよい。未加工セリシンにはOrange 2などの酸性染色で染めるとよいし、グルタル酸無水物(GA)で予め試料にカルボキシル基を導入したセリシンナノファイバーは塩基性染料で染色するとよい。
次に、水不溶化処理について、纏めて記載する。水溶解性のセリシンナノファイバーを水不溶性にするには次のようにするとよい。
例えば、70v/v%のメタノール水溶液または70v/v%のエタノール水溶液をポリスチレン容器の底部分に入れ、これらの水溶液が直接セリシンナノファイバーに触れないように上げ底付きの台にセリシンナノファイバーを置く。ポリスチレン容器に蓋をして室温で2日間静置すると、ポリスチレン容器内部はアルコールにより蒸気圧が高まり、アルコールはセリシンナノファイバーに吸着される。ポリスチレン容器から試料を取りだし、室温で乾燥すると水不溶性のセリシンナノファイバーが製造できる。これが第1工程である。この場合、温度を高くすれば、吸着時間は短くなる。
溶解性のセリシンナノファイバーを完全に水不溶化するには、上記したようにアルコールで水不溶化する第1工程か、または以下の(a)のパラホルムアルデヒドで水不溶化する第1工程を経れば良く、次いで染色性の向上などのために、水不溶性セリシンナノファイバーに対して、以下の化学加工処理(b)の第2工程を行う。
(a)和光純薬工業(株)製の商品:4%パラホルムアルデヒド試薬0.1mol/L リン酸緩衝液pH7.4にセリシンナノファイバーを室温で2時間浸漬処理した後、試料を取り出し十分に水洗いを行い標準状態で乾燥させる。こうして製造したセリシンナノファイバーは、水不溶性である。
(b)3官能性エポキシ化合物であるグリセロールポリグリシジルエーテル(ナガセ化成工業(株)製、商品名:デナコールEX−313およびEX−314)または2官能性エポキシ化合物であるエチレングリコールジグリシジルエーテル(ナガセ化成工業(株)製、商品名:デナコールEX−810)をジメチルホルムアミド(DMF)に溶解し、この溶液を逆流冷却器を付けた100mLのナス型フラスコに入れ、セリシンナノファイバーがDMF中に完全に浸漬するように留意しながら、ウォーターバス中で、75〜80℃で2時間化学反応を行った。反応終了後、試料を取り出し、DMFで洗浄し、続いて55℃のアセトンで洗浄することで未反応試薬を除去する。最終的に水で洗浄して室温で乾燥させる。このように第2工程の化学加工処理を行うことにより染色性などの向上した水不溶化ナノファイバーが得られる。
上記第1工程のアルコール処理を 更に詳細に説明する。エレクトロスピニングで製造したセリシンナノファイバーに水・アルコールの混合溶液を作用させる際、ポリスチレン容器の底部分に水・アルコールを入れ、セリシンナノファイバーが水・アルコールに触れないようにして水・アルコール蒸気に一定時間晒すことが効率的である。しかるのち、プラスチック容器からセリシンナノファイバーを取り出した後、室温の標準状態で軽く乾燥させるとよい。不溶化には公知のアルコールを用いることができ、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどが例示できる。水・アルコール混合溶液において、まず水がセリシンに浸透し、構造を弱め、しかるのち、アルコールが弱まった構造部分に入り込み、脱水効果を与えセリシンが結晶化するのであろう。そのため、アルコール溶液に水を所望により適当量入ることが必要であり、セリシン繭層を結晶化させるためのアルコール濃度は、通常、30〜90v/v%、好ましくは40〜80v/v%である。30v/v%未満ではアルコールによる脱水作用が少なくなり結晶化効果が薄れる傾向があり、90v/v%を超えると水による拡散が不十分となり、結晶化度を向上させることは困難となる傾向がある。
メタノール、エタノールを用いるときは所望により水を加えアルコール濃度60〜80v/v%のアルコール水溶液を用い、セリシン繭層を室温で5分以上浸漬した後に取り出し、室温で乾燥するとよい。浸漬用アルコールが60v/v%未満であると結晶化速度が遅くなり、十分に結晶化しない傾向があり、また80v/v%を超えるとサンプル中に水が拡散しなくなり、逆に結晶化が進まなくなる傾向がある。
上記第2工程としての(b)の化学加工処理を更に詳細に説明する。
セリシンナノファイバーの染色性を向上させるためには、水不溶性のセリシンナノファイバーをエポキシ化合物で化学加工処理するとよい。例えば、グリセロールポリグリシジルエーテル(ナガセ化成工業(株)製、商品名:デナコールEX−313およびEX−314)のように3官能性エポキシ化合物や、エチレングリコールジグリシジルエーテル(ナガセ化成工業(株)製、商品名:デナコールEX−810)のような2官能性エポキシ化合物を用いて化学加工処理することができる。
シルクセリシンへの化学加工処理において、エポキシ化合物、二塩基酸無水物に対する有機溶媒としては、従来公知の有機溶媒を利用できる。このようなものとしては、例えば、N,N−ジメチルホルムアミド(DMFと略記することもある)、ジメチルスルホキシド(DMSOと略記することもある)、ジメチルアセトアミド(DMAと略記することもある)、テトラヒドロフラン、ピリジン等が挙げられる。本発明においては、例えば、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等の使用が特に好ましい。
本発明によれば、上記したセリシン溶液を用いてエレクトロスピニングするに際して、
セリシンナノファイバーに第二物質としてカイコ由来の絹フィブロイン(単に、フィブロインということもある)を複合してセリシン・フィブロイン複合ナノファイバーを提供することができる。この絹フィブロインの原料としては、絹糸を溶解して製造できるフィブロインスポンジを原料として用いることができる。このフィブロインスポンジは、次のようにして製造できる。
例えば、絹フィブロイン繊維を臭化リチウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、硝酸アンモニウム等の加熱した中性塩水溶液(例えば、60℃の7Mの臭化リチウム水溶液)で溶解し、セルロース製透析膜で水と置換する透析法を採用する。その結果得られる、絹フィブロイン以外の夾雑物が除去された絹フィブロイン水溶液にメタノールやエタノール等のアルコールを添加して凝固させた後、凍結乾燥することでフィブロインスポンジ(シルクスポンジともいう)が製造できる。このシルクスポンジを、時間をかけながらTFA、HFAc、HFIP、FA等(TFA、FAが好ましく、ナノファイバー製造の効率的、経済的な視点からすると、TFAが特に好ましい)に溶解してシルクのフィブロイン溶液(フィブロインドープ)を調製することができる。このフィブロイン溶液を用いてエレクトロスピニングする。
例えば、セリシンホープ繭層をTFAに溶解してなるセリシンTFA溶液に、シルクスポンジをFAまたはTFAに溶解したフィブロイン溶液を複合して製造できるセリシン・フィブロイン複合溶液を用いてエレクトロスピニングすることで、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーを製造できる。
このセリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合、セリシンナノファイバーについて上記したセリシン溶液、エレクトロスピニング技術、アルコールやパラホルムアルデヒドによる水不溶化処理、化学加工処理、ならびに金属イオン吸着性、耐薬品性および染色性に関する記載は、全て適用され得るので、その詳細については説明しない。
以下、本発明を実施例および比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
実施例で使用する試料特性の測定方法は次の通りである。本発明で調製したセリシンナノファイバーやセリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの理化学的特性を明らかにするため次の項目の試験を行った。
(1)酸溶解度(Acid)およびアルカリ溶解度(Alkali):
65℃の4M塩酸水溶液および0.1M水酸化ナトリウム水溶液のそれぞれにサンプルを1時間浸漬処理し、処理前後の重量変化から酸溶解度とアルカリ溶解度とを評価した。
酸溶解度またはアルカリ溶解度={(Mb−Ma)/Mb}×100
上式において、Mbは、薬品処理前のサンプル重量(105℃で1時間30分乾燥)であり、Maは、薬品処理後のサンプル重量(105℃で1時間30分乾燥)である。
(2)金属吸着量の定量:
アルコール処理により水不溶化したセリシンナノファイバーを、更にEDTA二塩基酸無水物を含み加熱した有機溶媒で処理することで金属イオンの配位基となるEDTAをセリシンナノファイバーに導入して金属イオン吸着用の試料を製造した。これを0.5mMの硝酸銀水溶液あるいは0.5mMの硝酸銅水溶液に浸漬することで、銀イオンあるいは銅イオンを吸着させた。セリシンに吸着した金属イオン量はパーキンエルマー社製のプラズマ原子吸光スペクトロメーター(Inductive Coupled Plasma−Atomic Emission Spectrometer(ICP−AES))を用いて定量した。5〜10mgの試料を、ミクロウェーブ加水分解炉(MDS−81DCCEM)を用いて2mLの65%硝酸で完全に加水分解し、実験時にさらに10mLの水を加え、ICP−AES分析を行った。金属イオンの吸着量は、試料重量(g)あたりの金属イオン量をmmolで表示した。
(3)抗菌性評価:
加熱溶解後55℃に保持した半合成脇本培地またはキングB培地25mLと、トマトかいよう病細菌(濃度109/mL)2mLとを混合し、この混合物をシャーレに流し込んで平板状に固めた。この菌液混合平板培地上に約1cm四方の試料膜(水不溶化セリシンナノファイバー)を置き、試料全体を培地に密着させた。これを20〜25℃に保ち、所定の経過時間毎に検定試料付近の培地での菌増殖阻害程度を、試料の周囲に現れる阻止円の大きさをmm単位で実測し、阻止円のサイズ変化から抗菌活性の有無、優劣を評価した。
(4)染色方法:
水不溶化セリシンナノファイバーの染色には、エタノール・水の混合水溶液系を染色浴にした「溶媒染色法」によることが最適である。溶媒染色法によると、未加工・未処理のセリシンナノファイバーは、酸性染料で効率的に染まるが、化学加工処理によりカルボキシル基等を導入した水不溶化セリシンナノファイバーは、塩基性染料で特異的に染色できるようになる。
エタノールと水との混合溶液からなる染色浴を用い、0.2%の塩基性染料Methylene Blue(日本化薬株式会社製)を含む有機溶媒系で染色するとよい。浴比を1:100に設定し、染色は、室温で1時間処理することが好都合である。
溶媒染色法では次の染料を用いることができる。
Ethyl Violet(東京化成工業株式会社製、MW=560、C.I.N.:C.I.Basic Violet 4 C.I.= 42600)。
Methylene Blue(純正化学株式会社製、MW=320、C.I.N.:C.I.Basic Blue 9 C.I.= 52015)。
Acid Red 18(日本化薬株製、商品名:Acid Scarlet 3B)
但し、MWは分子量、 C.I.はColor Index組成番号、 C.I.N.は Color Index Generic名を意味する。
(5)染着率:
染着率(%)は、水不溶化セリシンナノファイバーの染着前および染着後における染色浴中の染料濃度変化から求めた。染着前、染着後における染色浴に対して、最大吸収波長662nmあるいは染料に特有な296nmにおける吸光度を島津自記分光光度計(MPC−3100/UV−3100S)を用いて求め、予め作成した既知濃度−吸光度関係の検量線にあてはめて染色浴濃度を求めた。染着率は下記の式から計算した。
染着率(%)=[(染着前の染色浴濃度−染着後の染色浴濃度)/(染色前の染色浴濃度)]×100
実施例および比較例で使用する試料は下記の通りである。
(1)セリシンパウダー(粉末状態を呈するもの):
本発明で比較のために使用するセリシンパウダーは、和光純薬工業株製の商品名:セリシンパウダー(167−22681、Lot CDR4258、1g)である。本発明では、セリシンパウダーとはこの商品を意味するが、明細書の一部の個所では、セリシンパウダー以外の粉末状セリシンをいう場合もある。
(2)セリシンホープのセリシン繭層(セリシンホープ繭層ともいう):
セリシン繭層は、高原社市販の商品であり、商品名はセリシンホープ・コクーン、企画番号は、SHC−1−150であり、250g単位で購入できる。この試料には無機物、脂質(0.16%)、尿酸(0.006%)が含まれる(高原社HP:http://www.kougensha.com/hanbai/sericin.html参照)
セリシンホープ・コクーンを本発明の実験で使用するには、試料に含まれる脂質を除去することが必要である。そのため、予めアルコール(例えば、メタノール、エタノールなど)水溶液に浸漬し脂質を除いた後、アルコールから取り出し室温で軽く乾燥させるとよい。
(3)シルクスポンジ(フィブロインスポンジともいう):
家蚕から得られた生糸を、濃度0.07%炭酸ナトリウム溶液を用いて1時間煮沸してシルクセリシンを除去した後の精練絹(絹フィブロイン繊維)6.5gを温度75℃、9.5モルの臭化リチウム水溶液に溶解し、5℃の蒸留水で4日間透析し、LiイオンとBrイオンを除去して、濃度1.8%の絹フィブロイン水溶液を得た。この濃度1.8%の絹フィブロイン水溶液300mLに99%メタノール20mLを加え、室温で静置するとフィブロイン水溶液がゲル化して沈殿を生じた。これを凍結乾燥装置に入れて減圧下で乾燥することによりシルクスポンジを製造した。
(4)エレクトロスピニングによるナノファイバー製造方法:
セリシン溶液を用い、カトーテック株式会社(カトーテツク)製のエレクトロスピニング装置によりセリシンナノファイバー(またはセリシンとフィブロインとからなるセリシン・フィブロイン複合ナノファイバー)を製造した。所定濃度のセリシン溶液(またはセリシン溶液とフィブロイン溶液との複合溶液)をポリマー溶液貯蔵タンクに充填した。ポリマー溶液貯蔵タンクに陽極電極を付けた紡糸口から陰極板間に印加電圧を加えた。陽極・陰極間の距離は自由に変化させることが可能である。
この場合、テルモ株式会社製、テルモノンベベル針(22G X 11/2”(0.70×38mm)を紡糸口のノズルとして用いた。株式会社トップ製・ロックタイプ・螺旋式の5mLトッププラスチックシリンジをポリマー貯蔵タンクとして使用した。
両極に印加電圧を加えると、陽極に接続する紡糸口から静電力により陰極板に向かって極めて微細なセリシン溶液が噴射され、陰極板上にセリシンナノファイバー(またはセリシン・フィブロイン複合ナノファイバー)が積層した。陰極板に付着したセリシンナノファイバー(またはセリシン・フィブロイン複合ナノファイバー)に金イオンのコーティングを施し、走査型電子顕微鏡でナノファイバーの形態を観察し、ナノファイバーの太さ(サイズ)を評価した。
以下の実施例では、エレクトロスピニングの条件を詳細に記述するようにしたが、紡糸条件の記載の無い場合は、印加電圧20kV、紡糸距離15cmであることを意味する。
なお、本発明では、セリシン溶液(またはセリシン・フィブロイン複合溶液)の濃度はすべてwt%で表示した。
(5)ナノファイバーの平均繊度径と標準偏差:
エレクトロスピニングで製造したセリシンナノファイバー(またはセリシン・フィブロイン複合ナノファイバー)にイオンコーターで厚さ300Åの金のコーティングを施した。走査型電子顕微鏡(SEM)により異なる視野10箇所のナノファイバー画像を撮影し、画像をプリンターで印刷した。画像に記載されたスケールを基に各視野につき10ヶ所の繊維径を計測した。このようにして合計100個所の繊維径から、平均繊維径と標準偏差(SD)を計測した。
(6)耐薬品安定セリシン:
酸性水溶液またはアルカリ性水溶液の作用を受けるとエレクトロスピニングにより製造されたセリシンナノファイバーは溶解する。このセリシンナノファイバーの耐薬品性を向上させるには、エポキシ化合物で予めセリシンを化学修飾するとよい。エポキシ化合物の中で化学反応性が高く、安定して化学加工処理ができるのはエチレングリコールジグリシジルエーテル(EGDGE)であり、エポキシ化合物の中で最も使いやすい。EGDGEは2官能性エポキシ化合物であるため、セリシン分子間を架橋結合し、セリシンの塩基性アミノ酸であるTyr、Serなどのフェニル基のOHと化学結合し、その結果、アルカリや酸の水溶液に対する耐薬品性が向上する。セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も同様である。
アルコール等で水不溶化したセリシンナノファイバーに対してグラフト加工処理も化学加工処理をもすることもできるし、グルタル酸無水物で化学修飾してカルボキシル基を導入した水不溶化セリシンナノファイバーは塩基性染料でよく染まるようになる。また、エポキシ化合物で化学加工処理した水不溶化セリシンナノファイバーは酸やアルカリなどの薬品に溶解し難くなる。さらに、無水フタル酸を含むDMSOでセリシンナノファイバーを化学修飾すると、強くて堅いゴム状セリシンナノファイバーとなる。セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も同様である。
(7)金属イオンの吸着および定量方法:
被測定試料を、硝酸カリウムを含む0.5mMの硝酸銀水溶液および硝酸銅水溶液(アンモニア水を加えてpHを11.4に調整)のそれぞれに室温で30時間浸漬することで金属イオンを吸着させた。
被測定試料に吸着した金属イオンを、パーキンエルマー社製のプラズマ原子吸光スペクトルメーター(ICP−AES)を用いて分析した。5〜10mgの試料を、ミクロウェーブ加水分解炉(MDS−81DCCEM)を用いて2mLの65%硝酸で完全に加水分解し、実験時さらに10mLの水を加え、ICP−AES分析を行った。金属イオンの吸着量は、試料重量あたりの金属イオン量をmmolで表した。
エレクトロスピニングにより製造した状態の従来のセリシンナノファイバーは本来水に溶解し易いが、本発明で使用する裸蛹(遺伝子記号Nd)、セリシン蚕(遺伝子記号Nd−s)または新蚕品種・セリシンホープに由来する蚕品種のセリシン繭層は、水中にいれても全量が溶解することは無い。エレクトロスピニングを行うための溶媒としては、(1)ヘキサフルオロアセトン(HFAc)1.5水和物(和光純薬工業(株)製))(特開2004−68161)、(2)ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)(和光純薬工業(株)製))(特表2006−504450)、または(3)ヘキサフルオロ酢酸(TFA)を利用できる。しかし、セリシンホープ繭層の分子量を低下させることなく、エレクトロスピニングのために好ましく利用できる溶媒はTFAである。セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も同様である。
セリシンホープ繭層をTFAで溶解してなる溶液を従来既知のエレクトロスピニング装置で紡糸して製造できるセリシンナノファイバーは水溶解性であるため、エレクトロスピニング紡糸直後のセリシンナノファイバーは応用範囲が限られる。産業資材として利用する場合には、水不溶化処理や化学加工処理を施すことが必要不可欠である。セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も同様である。
本実施例では、セリシンホープ繭層溶解のための溶媒探索を行った。
0.04gのセリシンホープ繭層を25℃および50℃に調整した1.160gの溶媒(TFA、HFIP、FA、DMF、DMSO)に2時間浸漬し、セリシンホープ繭層の溶解状態を調べた。得られた結果を表1および2に示す。TFAはトリフルオロ酢酸、HFIPはヘキサフルオロイソプロパノール、FAは蟻酸、DMSOはジメチルスルホキシド、DMFはN,N−ジメチルホルムアミドである。
上記表1および2において、溶解状態は、次のカテゴリーで判定した。
◎:完全に溶解した。
△:試料の一部が溶解しゲル状態になったが、膜としては使用可能である。
×:試料は全く溶解しなかった。
上記表から次のことが分かる。セリシンホープ繭層を効率的に溶解する溶媒は、TFAである。セリシンホープ繭層を上記温度のTFAに溶解し、この溶液をポリスチレン膜からなる基材の表面に塗布し、溶媒を蒸発させて乾燥固化して得られたセリシン膜は、透明で、かつしなやかな膜であった。このことから、セリシンホープ繭層をTFAで溶解すればセリシンホープ繭層の分子量は大幅に低下しないことが分かる。分子量の低下が顕著であると、得られるセリシン膜は脆弱となり、ボロボロの粉末状態になるからである。また、上記5種類の溶媒中、TFA以外にFAも使用は可能であると考えられる。
本実施例では、セリシンホープ繭層のTFA溶液から製造したセリシン膜の形状を観測し、所見を述べる。
セリシンホープ繭層(SC)およびセリシンパウダー(SP)のそれぞれを25℃のTFAに24時間かけて完全に溶解させて、一定濃度(3wt%、6wt%)のセリシン溶液をポリスチレン(St)基材表面に拡げて室温のドラフト中で送風乾燥させてTFAを蒸発させ、乾燥固化させてセリシン膜を調製した。得られたセリシン膜の形状と機械的特性を調べた。得られた観察結果を表3に示す。
表3中で、3%SCとは、セリシンホープ繭層を25℃のTFAに溶解して調製した濃度3wt%セリシンのTFA溶液、3%SPとは、セリシンパウダーをTFAに溶解して調製した濃度3wt%のセリシン溶液を意味する。
表3において、形状および所見は次のカテゴリーで判定した。
形状:
◎:良好な透明膜状態。
○:透明膜状態。
所見:
△:送風乾燥後のセリシン膜はポリスチレン基材から容易に剥離できる。
▲:送風乾燥後のセリシン膜はポリスチレン基材に強固に付着し、剥離は容易ではない。
上記表3から次のことが分かる。セリシンホープ繭層をTFAに溶解してなる3wt%のセリシンホープTFA溶液をポリスチレン基材表面に塗布し、蒸発乾燥固化して得られたセリシン膜は透明でしなやかであった。
一方、セリシンパウダーをTFAに溶解してなる溶液をポリスチレン基材表面に塗布し、乾燥固化して得られたセリシン膜は、ポリスチレン基材表面でネバネバした状態であり、ポリスチレン基材表面を強固に被覆してしまい剥離できなかった。
以上のことは、セリシンホープ繭層をTFAに溶解しても分子量は大幅に低下していないが、セリシンパウダーをTFAに溶解すると分子量低下が起こる可能性があることを示唆する。本発明の目的を達成するためには、セリシンパウダーよりもセリシン繭層が好ましい。
本実施例では、各種濃度のセリシンTFA溶液を用いて得られたセリシン膜の形状を観測し、所見を述べる。
セリシンホープ繭層を40℃のTFAに3日間浸漬して完全に溶解させてなる各種濃度のセリシンTFA溶液をポリスチレン基材表面に拡げ、室温、ドラフト中で送風乾燥し、TFAを蒸発させ、乾燥固化させてセリシン膜を調製した。得られたセリシン膜の形状と所見の観察結果を表4に示す。
表4において、2%SCとは、セリシンホープ繭層を40℃のTFAに溶解して調製したセリシンホープ繭層の濃度2wt%TFA溶液を意味する。4%SC、6%SC、8%SC、10%SC、および12%SCもこれに準ずる。
表4において、形状および所見は次のカテゴリーで判定した。
形状:
◎:良好な透明膜状態。
×:暗茶褐色。
所見:
△:送風乾燥後のセリシン膜はポリスチレン基材から容易に剥離できる。
表4から明らかなように、セリシンホープ繭層を40℃のTFAで溶解して得られた2wt%〜8wt%のセリシン溶液を原料にして、ポリスチレン基材表面に塗布し、乾燥固化させると透明で強靱なセリシン膜が製造できる。
本実施例では、各種濃度のセリシンホープ繭層のTFA溶液を用いてエレクトロスピニングし、セリシンナノファイバーを製造した。
セリシンホープ繭層を25℃のTFAに浸漬し、浸漬時間(溶解時間)を変えて溶解させ、濃度2wt%〜12wt%のセリシンTFA溶液を作製した。得られた濃度2wt%〜12wt%のセリシンTFA溶液を用い、室温でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニングの条件:紡糸距離は15cm、印加電圧は25kV、紡糸速度は0.06cm/minとした。
得られたセリシンナノファイバーの形態をSEM観察し、セリシンナノファイバーの平均繊維径、標準偏差、ナノファイバー繊維径の最大値と最小値、およびナノファイバーの形状を表5に集約する。
表5において、2%−0.5dとは、25℃のTFAに0.5日(12時間)かけてセリシン繭層を完全に溶解し、セリシン繭層のTFA濃度が2wt%である試料溶液を意味する。4%−2.5d、6%−4d、8%−4d、10%−7d、12%−4dもこれに準じる。繊維径とは、製造したセリシンのナノファイバーの平均繊維径(nm)であり、最大径および最小径とは、製造したセリシンのナノファイバーをSEM観察した際、観察できるセリシンナノファイバーの最大の繊維径(nm)と最小の繊維径(nm)である。
セリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
◎:超微細なナノファイバー
○:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が極わずか存在する。
表5におけるセリシンTFA溶液のうち、その代表例として、6wt%−4dセリシンTFA溶液を用いてエレクトロスピニングして製造したセリシンナノファイバーの形態を走査型電子顕微鏡で観察し、このSEM画像を図1に示す。図1から明らかなように、ビーズ形状の存在は全く認められず表面が平滑なセリシンナノファイバーであった。ビーズ形状の存在が少ないため優れたセリシンナノファイバーである。
表5から明らかように、2wt%〜12wt%濃度で、25℃の浸漬温度(溶解温度)、0.5日〜7日の浸漬時間(溶解時間)で得られたセリシンホープ繭層のTFA溶液を用いてエレクトロスピニングしたところ、種々の平均繊維径を有するセリシンナノファイバーを製造できた。従って、用途に目的に合わせて各種繊維径のセリシンナノファイバーを提供できることが分かる。セリシンTFA溶液の濃度が2wt%〜8wt%、好ましくは2wt%〜6wt%である場合に、平均繊維径が極細となり、繊維径分布が狭く、利用価値の高いセリシンナノファイバーを提供できる。なお、ビーズ形状の存在が少なければ、ビーズ形状が混じったセリシンナノファイバーでも、それに合った用途で利用可能である。このエレクトロスピニングの結果と実施例3における成膜の結果とは若干異なり、必ずしも直接的な関係はないことが分かった。
セリシンホープ幼虫のセリシンホープ繭層の代わりに、突然変異系統である裸蛹(遺伝子記号Nd)あるいはセリシン蚕(Nd−s)幼虫のセリシン繭層を用い、実施例4と同様の方法で試料をTFAに浸漬し、25℃で4日溶解して6wt%のセリシン溶液をエレクトロスピニングしても図1と同様に良好なセリシンナノファイバーが製造できた。また、2wt%〜12wt%濃度で、25℃の浸漬温度(溶解温度)、0.5日〜7日の浸漬時間(溶解時間)で得られた上記セリシン繭層のTFA溶液を用いてエレクトロスピニングしたところ、実施例4の場合とほぼ類似した傾向が確認された。
セリシンホープ幼虫のセリシンホープ繭層の代わりに、突然変異系統である裸蛹(遺伝子記号Nd)、セリシン蚕(遺伝子記号Pnd、Nd-23、Nd強、Nd−sおよびNdH)の幼虫の各種セリシン繭層を用い、実施例4と同様の方法で試料をFA(蟻酸)、TFA(トリフルオロ酢酸)、HFIP(1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ2プロパノール)に浸漬し、25℃または40℃で溶解時間を変えて各種セリシン繭層の溶解状態を評価した。溶解条件は次の通りである。0.005gセリシン繭層を0.002gの有機溶媒に溶解した。得られた結果のうち、Nd、Nd−s、セリシンホープ、NdHについての結果を表6および7に示す。
表6中の溶解条件の略符合は次のことを意味する。
FA15、FA39、FA65:セリシン繭層をFA中、室温で、それぞれ、15、39、65時間浸漬した。
FA20D:セリシン繭層をFA中、室温で20日間浸漬した。
TFAおよびHFIPの場合は、FAに準ずる。
表6中の溶解状態は次の3種類で評価した。
−:溶解しない。
±:試料は部分的に溶解する。
+:溶解する。
表6から次のことがわかる。各種セリシン繭層を室温のFA、TFA、HFIPの溶媒で溶解しようとすると、使用できる溶媒はTFAであり、溶解時間は20日であった。ただし、溶解時間が長いと試料の分子量が低下してしまい良好なエレクトロスピニングができ難いという問題がある。
表7中の溶解条件の略符合は、表6の場合と同様である。
表7から次のことがわかる。各種セリシン繭層を40℃のFA、TFA、HFIPの溶媒で溶解しようとすると、使用できる溶媒はTFAであり、溶解時間は39時間もくしは50時間であった。
各種セリシン繭層を各種温度の溶媒に溶かし、あるいは各種の溶解時間をかけることで、溶媒中に溶解したセリシン分子量の低下が起こる可能性がある。エレクトロスピニングで製造できるセリシンナノファイバーの利用用途を考えると、セリシン分子量が高いことが望まれる。そのため、試料調製条件として穏やかな条件下でのセリシン溶液を製造することが望ましい。セリシン溶解条件が極端に厳しいと、例えば溶媒温度が高く、溶解時間が長いと、セリシン分子量が著しく低下し、その結果、エレクトロスピニングできない場合がある。セリシン分子量が一定以上あることが、エレクトロスピニング状態を良くし、その結果、製造できるセリシンナノファイバーの用途を広範なものにするための条件である。
本実施例では、セリシンホープ繭層を40℃のTFAに浸漬し、溶解時間を変えて溶解させ、濃度2wt%〜12wt%のセリシンTFA溶液を用い、室温でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニング紡糸条件:紡糸距離は15cm、印加電圧は25kV、紡糸速度は0.06cm/minとした。
セリシンナノファイバーの繊維径(これは平均繊維径であり、以下、単に繊維径ということもある)、その標準偏差、ナノファイバー繊維径の最大値と最小値およびナノファイバーの形状を表8に集約する。
表8において、2%−0.5dとは、40℃のTFAに0.5日(12時間)かけてセリシン繭層を完全に溶解し、セリシン繭層のTFA濃度が2wt%である試料溶液を意味する。4%−0.5d、6%−1d、8%−1d、10%−1d、および12%−1dもこれに準じる。
また、セリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
◎:超微細なナノファイバー
○:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が極わずか存在する。
表8から明らかように、2wt%〜12wt%濃度で、40℃の浸漬温度(溶解温度)、0.5日〜1日の浸漬時間(溶解時間)で得られたセリシンホープ繭層のTFA溶液を用いてエレクトロスピニングしたところ、種々の平均繊維径を有するセリシンナノファイバーを製造できた。従って、用途に目的に合わせて各種繊維径のセリシンナノファイバーを提供できることが分かる。セリシンTFA溶液の濃度が2wt%〜6wt%である場合に、平均繊維径が極細となり、繊維径分布が狭く、利用価値の高いセリシンナノファイバーを提供できる。なお、ビーズ形状の存在が少なければ、ビーズ形状が混じったセリシンナノファイバーでも、それに合った用途で利用可能である。
表8からはまた、セリシンホープ繭層をTFAに溶解してなる溶液濃度が6wt%以下であり、溶解時間が1日程度と短い程、エレクトロスピニングしてなるセリシンナノファイバーの平均繊度径は減少し、繊維径のバラツキは小さくなるが、ビーズ形状が若干存在することが分かる。
本実施例では、セリシン濃度とセリシン溶解時間との関係を検討した。
セリシンホープ繭層を25℃のTFAに溶解時間を変えて溶解させ、濃度10%のセリシンTFA溶液を作製した。これとは別に、セリシンホープ繭層を40℃のTFAに溶解時間を変えて溶解させ、濃度6wt%のセリシンTFA溶液を作製した。これらのセリシンTFA溶液を用い、室温でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニング紡糸条件:紡糸距離は15cm、印加電圧は25kV、紡糸速度は0.06cm/minとした。
得られたセリシンナノファイバーの形態をSEM観察し、セリシンナノファイバーの繊維径(平均繊維径)、その標準偏差、セリシンナノファイバー繊維径の最大値と最小値、およびセリシンナノファイバーの形状を表9に集約する。
表9において、25−10%−4dとは、25℃のTFAに4日かけてセリシン繭層を完全に溶解し、セリシン繭層のTFA濃度が10wt%である試料溶液を意味する。25−10%−7d、25−10%−11d、40−6%−0.5d、40−6%−1d、および40−6%−4dもこれに準じる。
セリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
◎:超微細なナノファイバー
○:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が極わずか存在する。
●:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が少し多めに存在する。
表9から明らかなように、セリシンホープ繭層をTFAに溶解してなるセリシンTFA溶液の濃度が同じであれば、溶解温度が25℃でも40℃でも、セリシンホープ繭層を溶解する時間が長くなるとセリシンナノファイバーの平均繊度径は減少して極細になり、繊維径のバラツキは小さくなることが分かる。恐らく、セリシン分子量の低下の幅が一定値以内の許容範囲であるので、セリシンTFA溶液の表面張力が低下し、セリシンTFA溶液を用いてエレクトロスピニングする際の溶液ジェットが良好となるからであると思われる。しかし、溶解時間が長くなる程、セリシン分子量が低下する可能性があるためか、ビーズ状の形態が多くなる。
本実施例では、セリシン濃度を一定とし、セリシン溶解時間とセリシン濃度との関係を検討した。
セリシンホープ繭層を、25℃あるいは40℃の溶解温度で、溶解時間を変えてTFAに溶解させ、濃度2wt%のセリシンTFA溶液を作製した。これらのセリシンTFA溶液を用い、室温でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニング紡糸条件:紡糸距離は15cm、印加電圧は25kV、紡糸速度は0.06cm/minとした。
得られたセリシンナノファイバーの形態をSEM観察し、セリシンナノファイバーの繊維径(平均繊維径)、その標準偏差、セリシンナノファイバー繊維径の最大値と最小値、およびセリシンナノファイバーの形状を表10に集約する。
セリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
◎:超微細なナノファイバー
○:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が極わずか存在する。
●:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が少し多めに存在する。
上記条件下で、セリシンホープ繭層のTFA溶液を用い、エレクトロスピニングして得た結果を示す表10から次のことが分かる。
セリシンTFA溶液の濃度が同一であれば、セリシン繭層をTFAに溶解する温度が高温となると、エレクトロスピニングで得られるセリシンナノファイバーの平均繊維径と標準偏差は減少する傾向が見られる。また、溶解する温度が25℃であれば、溶解時間が長いとセリシンナノファイバーの平均繊維径と標準偏差は減少する傾向が見られる。これは、セリシン分子量の低下割合が顕著ではないためであると推測される。しかし、溶解温度が25℃で溶解時間が4日で調製したセリシンTFA溶液では、超微細セリシンナノファイバーを製造することができず、不定形のビーズの出現率が顕著となる。溶解温度が25℃から40℃になり、溶解時間が1日もしくはそれ以上となると不定形のビーズの出現率が増加する。これは、セリシン分子量の低下割合が顕著となるためであると推測される。
広い用途に利用できるセリシンナノファイバーは、ビーズ形態の出現率が少なく、繊維径が細くて平滑であり、かつ繊維径分布が狭い、すなわち標準偏差が小さいセリシンナノファイバーである。こうした特性を持つセリシンナノファイバーを製造するには、25℃でセリシンホープ繭層をTFAに溶解する際、溶解時間が1日以下に、また40℃でセリシンホープ繭層をTFAに溶解するには、溶解時間が半日以下にすることが必要である。
本実施例では、セリシンナノファイバーの平均繊維径に及ぼす紡糸距離の影響について検討した。
セリシンホープ繭層を40℃のTFAに15時間かけて溶解し、濃度4%のセリシンTFA溶液を作製した。このセリシンTFA溶液を用い、室温でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニング紡糸条件:印加電圧は25kV、紡糸速度は0.06cm/min、紡糸距離は6、9、12、15cmに設定してセリシンナノファイバーを製造した。
得られたセリシンナノファイバーの形態をSEM観察し、セリシンナノファイバーの繊維径(平均繊維径)、その標準偏差、ナノファイバー繊維径の最大値と最小値、およびナノファイバーの形状を表11に集約する。
セリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
◎:超微細なナノファイバー
表11から明らかなように、採用したエレクトロスピニング条件下、セリシンTFA溶液の濃度が同一であれば、エレクトロスピニング紡糸で得られるセリシンナノファイバーの平均繊維径は、紡糸距離(6、9、12、15cm)が増加すると、紡糸距離15cmの場合を除いて、次第に増加する傾向があるが、標準偏差には大きな違いは見られない。上記紡糸距離の範囲内であれば、良好なセリシンナノファイバーを製造できる。なお、紡糸距離は、セリシン溶液が紡糸口のノズルから噴射され、溶媒が十分に蒸発した状態でセリシンナノファイバーが陰極板上に堆積するように、エレクトロスピニング条件に応じて選択すればよい。それにより、所望の平均繊維径、繊維径分布のセリシンナノファイバーを製造できる。
本実施例では、セリシンナノファイバーの繊維径に及ぼす印加電圧の影響について検討した。
セリシンホープ繭層を40℃のTFAに15時間かけて溶解させ、4wt%のセリシンTFA溶液を作製し、この溶液を用い、室温でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニング紡糸条件:紡糸距離は15cm、紡糸速度は0.06cm/minとした。
印加電圧を7、11、18、25、32、および36kVに設定してセリシンナノファイバーを製造した。得られたセリシンナノファイバーの形態をSEM観察し、セリシンナノファイバーの繊維径(平均繊維径)、その標準偏差、ナノファイバー繊維径の最大値と最小値、およびナノファイバーの形状を表12に集約する。
セリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
◎:超微細なナノファイバー
表12から明らかなように、採用したエレクトロスピニング条件下、印加電圧(7、11、18、25、32、および36kV)を増加させてエレクトロスピニングを行っても、得られるセリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差、最大径、最小径には大きな違いは見られず、また、得られるセリシンナノファイバーは全て超極細である。
本実施例では、セリシンナノファイバーの繊維径に及ぼす紡糸速度の影響について検討した。
セリシンホープ繭層を40℃のTFAに15時間かけて溶解し、濃度4wt%のセリシンTFA溶液を作製した。このセリシンTFA溶液を用い、室温でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニング紡糸条件:紡糸距離は15cm、印加電圧は25kVとし、紡糸速度を0.020、0.060、0.080、0.150、および0.250cm/minに設定して、セリシンナノファイバーを製造した。得られたセリシンナノファイバーの形態をSEM観察し、セリシンナノファイバーの繊維径(平均繊維径)、その標準偏差、ナノファイバー繊維径の最大値と最小値、およびナノファイバーの形状を表13に集約する。
セリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
◎:超微細なナノファイバー
表13から明らかなように、採用したエレクトロスピニング条件下、セリシンTFA溶液の濃度が同一であれば、紡糸速度(0.020、0.060、0.080、0.150、および0.250cm/min)が増加すると、エレクトロスピニングで得られるセリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差は、次第に増加する。従って、遅い紡糸速度でエレクトロスピニングすることで、所望する小さい繊維径で、繊維径のバラツキがない極細のセリシンナノファイバーが製造できる。
(比較例1)
本比較例では、セリシンパウダーを用い、セリシンTFA溶液濃度を変えて、セリシンナノファイバーを製造した。
市販品のセリシンパウダーを25℃のTFAに入れ、浸透機を用いて攪拌しながら10時間かけて完全に溶解し、濃度1.3、2.6、3.8、6.2、8.5、9.6、11.7、14.2、16.5、20.9および22.9wt%のセリシンTFA溶液を作製した。このセリシンTFA溶液を用い、室温でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニング紡糸条件:紡糸距離は15cm、印加電圧は25kV、紡糸
速度は0.060cm/minとして、セリシンナノファイバーを製造した。得られたセリシン集積物とセリシンナノファイバーの形態をSEM観察し、セリシンナノファイバーの繊維径(平均繊維径)、その標準偏差、セリシンナノファイバー繊維径の最大値と最小値、およびセリシンナノファイバーの形状を表14に集約する。
セリシン集積物あるいはセリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
△:超微細なナノファイバー
▲:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が極わずか存在する。
▽:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が少し多めに存在する。
▼:集積物の殆どがビーズ状の形態である。
表14中の6.2wt%セリシンTFA溶液用い、エレクトロスピニングして製造した(水溶解性の)セリシンナノファイバーの形態を走査型電子顕微鏡で観察した。得られたSEM画像を図2に示す。図2から明らかなように、セリシンナノファイバーの他に、ビーズ形態の存在量が多く、エレクトロスピニングで得られる集積物の殆どがビーズ状の形態であった。その他の濃度の場合も、同様な結果が得られた。
本比較例において製造したセリシンパウダーを使用してなるセリシンナノファイバーには、実施例4の6wt%−4dセリシンホープ繭層のTFA溶液をエレクトロスピニングして製造した(水溶解性の)セリシンナノファイバー(図1)に比べて、多くのビーズの存在が確認された。セリシン繭層を使用することで、ビーズ形状の存在は全く認められず、表面が平滑なセリシンナノファイバーであって、平均繊維径が小さく、繊維径のバラツキが小さい極細のセリシンナノファイバーが製造できることが分かった。
(比較例2)
本比較例では、セリシンパウダーを用い、セリシンTFA溶液の濃度を変えて、セリシンナノファイバーを製造した。
市販品のセリシンパウダーを25℃のTFAに入れ、浸透機を用いて攪拌しながら4日間かけて完全に溶解し、濃度1.3、2.6、3.8、6.2、8.5、9.6、11.7、14.2、16.5、20.9および22.9wt%のセリシンTFA溶液を作製した。このセリシンTFA溶解を用い、室温でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニング紡糸条件:紡糸距離は15cm、印加電圧は25kV、紡糸速度0.060cm/minとして、セリシンナノファイバーを製造した。得られたセリシンナノファイバーの形態をSEM観察し、セリシンナノファイバーの繊維径(平均繊維径)、その標準偏差、セリシンナノファイバー繊維径の最大値と最小値、およびセリシンナノファイバーの形状を表15に集約する。
セリシン集積物あるいはセリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
△:超微細なナノファイバー
▽:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が少し多めに存在する。
表15に示したエレクトロスピニングして製造した全ての(水溶解性の)セリシンナノファイバーの形態を走査型電子顕微鏡で観察したところ、図2の場合と同様に、セリシンナノファイバーの他に、ビーズ形態の存在量が多く、エレクトロスピニングで得られる集積物の殆どがビーズ状の形態であった。
本実施例では、セリシンホープ繭層とフィブロイン(シルク)スポンジとからなるセリシン・フィブロイン複合溶液を用いてセリシン・フィブロイン複合ナノファイバーを製造し、このナノファイバーの平均繊維径、その標準偏差、その形状を検討した。
セリシンホープ繭層とフィブロインスポンジとからなるセリシン・フィブロイン複合溶液は、次のようにして作製した。
まず、フィブロインスポンジ(SFP)を次のようにして製造した。絹フィブロイン繊維を60℃、9Mの臭化リチウム水溶液に溶解し完全に溶解し、この溶液をセルロース製透析膜に入れ、5日間水と置換して2.3%の絹フィブロイン水溶液を調製した。1L絹フィブロイン水溶液に7mLのメチルアルコールを添加し、2時間静置した後、凍結乾燥することでフィブロインスポンジを製造した。セリシンホープ繭層(SC)とフィブロインスポンジ(SFT)との重量組成比が100/0、75/25、50/50、25/75、0/100となるように秤量してガラス瓶に入れた。7.2wt%濃度となるように、各試料に所定量のTFAを加えて40℃で24時間加熱して試料を完全に溶解した。かくして得られたセリシンホープ繭層溶液、セリシン・フィブロイン複合溶液およびフィブロイン溶液のそれぞれの溶液を用い、室温でエレクトロスピニングした。得られたセリシンナノファイバー、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーおよびフィブロインナノファイバーをSEM測定して、それぞれの平均繊維径とその標準偏差を求めると共に、その形状を観測した。得られた結果を表16に集約する。
エレクトロスピニング紡糸条件:紡糸距離は15cm、印加電圧は25kV、紡糸速度は0.060cm/minとした。
表16中、100/0、75/25、50/50、25/75、および0/100は、それぞれ、セリシンホープ繭層とフィブロインスポンジとの重量比が100/0、75/25、50/50、25/75、および0/100であることを意味する。
セリシンナノファイバーの形状は、次のカテゴリーで表示した。
△:超微細なナノファイバー。
▲:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が極わずか存在する。
▽:超微細なナノファイバーにビーズ状の形態が少し多めに存在する。
上記表16から明らかなように、セリシン繭層TFAにフィブロインスポンジTFAを混ぜた溶液を用いてエレクトロスピニングすると、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーが製造できる。
フィブロイン含量が増すとセリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの平均繊維径は減少する傾向にあり、ビーズ形状物は次第に減少する。
本実施例では、セリシンホープ繭層TFA溶液から得られたセリシン膜に対する水不溶化処理について検討した。
セリシンホープ繭層を25℃のTFAに4日間浸漬し、完全に溶解させて製造した8wt%セリシンホープ繭層TFA溶液をポリスチレン膜上に広げ、1時間送風乾燥させることで透明なセリシン膜を製造した。100mgのセリシン膜を15mLの25℃の蒸留水に浸漬したところ3時間でセリシン膜は完全に溶解し、水溶解性セリシン膜であることが分かった。
次に、水溶解性セリシン膜に対して下記のような2工程の処理で水不溶化処理を行った。
第1工程:70v/v%のメタノールあるいは70v/v%のエタノール水溶液に水溶解性セリシン膜を室温で10分間浸漬処理した後、このアルコール溶液から試料を引き上げ、室温で乾燥させて第1工程の水不溶化処理を行った。
第2工程:上記アルコール処理による第1工程または下記の(a)工程により完全に水不溶化した試料をさらに化学加工処理する(下記(b))ことで、化学加工された水不溶化膜を製造できた。
(a)上記アルコール処理による第1工程の代わりに、水溶解性セリシン膜を、和光純薬工業株式会社の商品:4%パラホルムアルデヒド試薬0.1mol/L、リン酸緩衝液(pH7.4)に、室温で2時間浸漬処理した後、試料膜を取り出し十分に水洗いを行い、標準状態で乾燥させた。かくして製造したセリシン膜は水に浸漬しても溶解しなかった。
(b)3官能性エポキシ化合物であるグリセロールポリグリシジルエーテル(ナガセ化成工業株式会社製、商品名:デナコールEX−313およびEX−314)あるいは2官能性エポキシ化合物であるエチレングリコールジグリシジルエーテル(ナガセ化成工業株式会社製、商品名:デナコールEX−810)をジメチルホルムアミド(DMF)に溶解し、この溶液を逆流冷却器を付けた100mLのナス型フラスコに入れ、試料がDMF中に完全に浸漬するように留意しながら、ウォーターバス中で、75〜80℃で2時間化学反応を行った。反応終了後、試料を取り出し、DMFで洗浄し、続いて55℃のアセトンで洗浄することで未反応試薬を除去した。最終的に水で洗浄した。乾燥後、重量測定によると、エポキシ化合物で処理したセリシン膜の加工率は8.7%であった。これを水に浸漬しても試料膜は溶解しなかった。
上記では、セリシン膜について述べたが、セリシンナノファイバーの場合も、以下の(c)のようにパラホルムアルデヒド処理により水不溶化し、または上記したアルコール処理により水不溶化し、次いで化学加工処理(b)することにより、化学加工された水不溶化ナノファイバーを製造できる。
(c)和光純薬工業株式会社の商品・4%パラホルムアルデヒド試薬0.1 mol/Lおよびリン酸緩衝液(pH7.4)を用い、水溶解性セリシンナノファイバーを4%パラホルムアルデヒド固定液で浸漬し、概ね2時間〜10時間静置することで水不溶化したセリシンナノファイバーが製造できた。
上記工程でセリシンナノファイバーを水不溶化できたので、用途に応じて水溶性および水不溶性のセリシンナノファイバーを適宜選択して利用できるというメリットがある。
本実施例では、セリシンホープ繭層TFA溶液を用い、エレクトロスピニングして得られたセリシンナノファイバーに対する水不溶化処理について検討した。
実施例4における6wt%−4dセリシンTFA溶液用い、実施例4記載の方法でエレクトロスピニングして製造した水溶解性のセリシンナノファイバーを上記実施例14と同様に、アルコール処理または上記パラホルムアルデヒド処理(c)により完全に水不溶性にし、その後で、(b)の化学加工処理工程で処理することで染色性などの向上した水不溶性のセリシンナノファイバーを製造した。
ただし、水溶解性のセリシンナノファイバーは、実施例14における水溶解性セリシン膜とは異なり、アルコール処理による前処理では、実施例14とは少し異なる工夫を要する。水溶解性のセリシンナノファイバーは実施例14のセリシン膜とは異なり、アルコール水溶液に直接浸漬することはできないので、蓋付きのポリスチレン容器を用い、容器の底部分に70v/v%のエタノール水溶液を入れ、アルコール水溶液がセリシンナノファイバーに触れないように配置した試料台上に試料を置いた。ポリスチレン容器に蓋をして室温で2日間静置すると、ポリスチレン容器内部はアルコールの蒸気圧が高まりセリシンナノファイバーに吸着された。ポリスチレン容器から試料を取りだし、室温で乾燥することで水不溶性のセリシンナノファイバーを製造できた。続いて、実施例14記載の第2工程(b)処理により染色性が向上した水不溶性のセリシンナノファイバーを製造することができた。
第1工程(c)の後に第2工程(b)処理を行うことにより染色性が向上した不溶性のセリシンナノファイバーを製造することができた。
本実施例では、セリシンホープ繭層とフィブロインスポンジとからなるセリシン・フィブロイン複合溶液を用いてセリシン・フィブロイン複合ナノファイバーを製造し、このナノファイバーの平均繊維径、その標準偏差、その最大径と最小径を検討した。
セリシンホープ繭層(SC)とフィブロインスポンジ(SFP)とからなるセリシン・フィブロイン複合溶液を、実施例13記載の方法に準じて次のようにして製造した。
セリシンホープ繭層とフィブロインスポンジとの重量組成比が100/0、75/25、50/50、25/75、および0/100となるように、セリシンホープ繭層の重量とフィブロインスポンジの重量とを秤量してガラス瓶に入れた。すなわち、セリシンホープ繭層のTFA溶液、フィブロインスポンジのTFA溶液およびセリシン・フィブロイン複合物のTFA溶液の濃度がすべて7.2wt%となるようにセリシンホープ繭層とフィブロインスポンジとにTFAを所定量加え、40℃で24時間加熱して試料を完全に溶解した。かくして得られた試料TFA溶液を用いて室温でエレクトロスピニングした。得られた試料ナノファイバーをSEM測定して、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの繊維径(平均繊維径)、標準偏差、複合ナノファイバーの繊維径の最大値(最大径)と最小値(最小径)とを求めた。得られた結果を表17に集約する。
エレクトロスピニング紡糸条件:紡糸距離は15cm、印加電圧は25kV、紡糸速度は0.060cm/minとした。
表17において、7.2−SCとは、セリシンホープ繭層を40℃で24時間加熱して試料を完全にTFAに溶解した7.2wt%のセリシンTFA溶液、25−SC−75−SEPとは、セリシンホープ繭層を40℃で24時間加熱して試料を完全にTFAに溶解した7.2wt%のセリシンTFA溶液とフィブロインスポンジを40℃で24時間加熱してなる7.2wt%のフィブロインTFA溶液との25:75混合溶液、50−SC−50−SEPとは、セリシンホープ繭層を40℃で24時間加熱して試料を完全にTFAに溶解した7.2wt%のセリシンTFA溶液とフィブロインスポンジを40℃で24時間加熱してなる7.2wt%のフィブロインTFA溶液との50:50混合溶液、75−SC−25−SFPとは、セリシンホープ繭層を40℃で24時間加熱して試料を完全にTFAに溶解した7.2wt%のセリシンTFA溶液とフィブロインスポンジを40℃で24時間加熱してなる7.2wt%のフィブロインTFA溶液との75:25混合溶液、7.2−SFPとは、フィブロインスポンジを40℃で24時間加熱してなる7.2wt%のフィブロインTFA溶液を意味する。
表17から明らかなように、セリシンホープ繭層のTFA溶液を用い、室温でエレクトロスピニングして製造できるセリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差は最も大きかったが、セリシン溶液にフィブロイン溶液を加えることで、平均繊維径とその標準偏差は低下した。
本実施例では、実施例16記載の方法に従って得られたセリシン・フィブロイン複合ナノファイバー(25−SC−75−SFP、50−SC−50−SFPおよび75−SC−25−SFP)に対して、実施例15記載の方法に従って水不溶化処理を行った。
すなわち、この複合ナノファイバーに対して、第1工程としてアルコール(メタノール)処理または上記(a)のアルデヒド処理をして完全に水不溶化し、次いで第2工程として上記(b)の化学加工処理を行った。その結果、化学加工された完全に水不溶性のセリシン・フィブロイン複合ナノファイバーを製造することができた。
本実施例では、化学加工処理して得られた水不溶化セリシンナノファイバーへの金属イオン吸着について検討した。
実施例15の方法で第1工程のアルコール処理を実施して水不溶化処理した後、第2工程(b)の処理に準じてEDTA二塩基酸無水物による化学加工処理を行った。すなわち、EDTA二塩基酸無水物10wt%を含むDMSO中にアルコールにより水不溶化処理したセリシンナノファイバーを浸漬し、75℃で2時間処理し、加工率5.2%の水不溶性のセリシンナノファイバーを製造した。未加工の家蚕絹糸および上記方法で化学加工処理して製造した水不溶性のセリシンナノファイバーを、抗菌性の金属である銀および銅イオンを含む水溶液に浸漬して金属イオンを吸着させた。また、銀イオンを吸着させたセリシンナノファイバーに対するトマトかいよう病細菌の増殖抑止効果に関する抗菌活性の評価も行った。なお、ほぼ同一の上記加工率を持つ家蚕絹糸への金属イオンの吸着、銀イオンの抗菌活性も行った。かくして得られた銀イオンおよび銅イオンの吸着量(mmol/g)と、抗菌活性の評価結果を表18に示す。
表18から明らかなように、家蚕絹糸を金属イオン水溶液に浸漬した場合、極微量の銀イオン、銅イオンは吸着するが、予めEDTA二塩基酸無水物により化学加工処理した水不溶性のセリシンナノファイバーには多量の金属イオン量が吸着し、これに伴い抗菌活性も向上する。化学加工処理したセリシンナノファイバーへの金属イオン吸着量は、家蚕絹糸への金属イオン吸着量の2〜3倍であった。また、化学加工処理したセリシンナノファイバーの抗菌活性は、家蚕絹糸の抗菌活性の1.5倍以上の高い値を示した。なお、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も上記と同様であった。
しかし、未加工のセリシンナノファイバーの場合、水溶性であるため、測定できなかった。
本実施例では、化学加工処理して製造した水不溶化セリシンナノファイバーへの耐薬品抵抗性について検討した。
実施例15記載の方法に従って第1工程のアルコール処理を行った後、第2工程の(b)処理を行った。すなわち、化学加工処理して得られた水不溶化セリシンナノファイバーの酸およびアルカリによる耐薬品抵抗性を調べた。
上記(b)処理の詳細は次の通りであった。エチレングリコールジグリシジルエーテル(EGDGE)5%を含むトリクロロエチレン中に第1工程で処理した水不溶性のセリシンナノファイバーを浸漬し、70℃で2時間化学加工処理を行い、加工率が5.2%のエポキシ加工した水不溶性のセリシンナノファイバーを調製した。かくして得られた水不溶性のセリシンナノファイバーを65℃の4M塩酸水溶液および0.1M水酸化ナトリウム水溶液中で1時間加水分解処理を行い、試料の重量変化から酸およびアルカリに対する溶解度を評価した。得られた結果を表19に集約する。
表19において未処理試料とは、実施例4に記載したように、6wt%のセリシンTFA溶液(6wt%−4d)を用い、エレクトロスピニングして製造した水溶解性のセリシンナノファイバーを意味する。表19において、酸溶解度、アルカリ溶解度の値が大きいほど、試料が酸あるいはアルカリ溶液で溶解してしまい易いことを意味し、数値が小さいほど酸あるいはアルカリ溶液に晒しても溶解しないこと、すなわち耐薬品性が高いことを意味する。
表19から明らかなように、未加工試料は酸あるいはアルカリ水溶液による浸漬処理で試料は完全に溶解してしまうが、エポキシ加工された水不溶化セリシンナノファイバーは溶解し難くなり耐薬品性が向上したことが分かる。なお、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も上記と同様であった。
(参考例1)
本参考例では、セリシンホープ繭層(以下の表20では「セリシン繭層」と略記する。)を用いて、染色性について検討した。
セリシンホープ繭層を次の方法で染色した。塩基性染料であるEthyl Violetを濃度の異なるエタノール水溶液に溶解した系でセリシンホープ繭層を染色することによりセリシンホープ繭層の染色挙動を調べた。すなわち、 塩基性染料のEthyl Violet(C.I.Basic Violet 4)(C.I.Constitution No.42600,C.I.: Colour Index)あるいは酸性染料Azophloxine(C.I.Acid Red 1)を、その濃度が0.2g/Lとなるように0〜100%エタノールに完全に溶解したものを染色浴とした。0.5gのセリシンホープ繭層を染料濃度が0.2g/Lの0〜100%エタノール水溶液20mLに浸漬し、室温で1時間静置することで染色を行った。得られた結果を表20に示す。
表20における染色程度の評価基準は以下の通りである。
+:シルクセリシンが濃い紫色に染まり、染まり方が良好である。
−:シルクセリシンは淡い紫色しか染まらず、染色状態は良くない。
±:染色状態は、良いとも悪いとも言えない。
溶媒法においてセリシンを染色するには、溶媒染色浴に水が所定量含まれ、20〜80%エタノール濃度となると良い。
本実施例では、化学加工処理した水不溶化セリシンナノファイバーへの染色について検討した。
実施例4に記載した6wt%のセリシンTFA溶液(6wt%−4d)を用い、エレクトロスピニングして製造した水溶解性のセリシンナノファイバーを実施例14の方法で第1工程のメタノールで前処理を実施し、または上記したパラホルムアルデヒド試薬で前処理(c)を実施して水不溶性のセリシンナノファイバーを作製し、次いで以下のような化学加工処理をして得られたセリシンナノファイバーへの染色を行った。
まず、水不溶性のセリシンナノファイバーを5%のグルタル酸無水物(GA)を含むDMF中に浸漬し、75℃で1時間および6時間処理することにより、それぞれ、GAによる加工率20%、15%のセリシンナノファイバーを製造した。このGA加工したセリシンナノファイバーを、水とエタノールとが等量ずつ混合された混合溶媒にメチレンブルーを溶解させて調製した塩基性染料であるメチレンブルー(Methylene Blue)により溶媒染色法で染色した。具体的な染色方法は次の通りである。
水とエタノールからなる混合溶媒に、0.2%となるようにメチレンブルーを溶解し、25℃で1時間静置して得た塩基性染料を用いてセリシンナノファイバーを染色した。染色後、遠心分離で染色浴に分散したセリシン粉末を沈殿分離して除去した。染色残液の吸光度測定を行い、セリシンナノファイバーへの染料の吸着率を評価した。
染色後の残液自体の濃度は濃いため、染色残液5mLを25mLの蒸留水で薄め、Methylene Blueの吸収が最大となる662nmもしくは296nmにおける吸光度(Absorbance)値を、島津製作所製自記分光光度計(UV−3100S)で求めた。染色残液の吸光度からセリシンナノファイバーの染色挙動を調べた。得られた値を表21に示す。
表21から明らかなように、グルタル酸無水物で化学加工処理したセリシンナノファイバーにはカルボキシル基が導入されるので、溶媒染色法で用いた塩基性染料によく染まるようになる。加工率20%のセリシンナノファイバーは未加工セリシンナノファイバーのほぼ2.2倍の値となった。なお、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も上記と同様であった。
上記では、水とエタノールとが等量ずつ混合された混合溶媒にメチレンブルーを溶解させて調製した塩基性染料を使用したが、15%エタノールおよび75%エタノールを用いた場合も同様な染着率が得られた。従って、溶媒染色法でセリシン繭層を染色するには15〜75%のエタノール水溶液を用いることで高い先着率が得られる。
無水グルタル酸の代わりに、無水コハク酸、無水フタル酸あるいは無水o−スルホ安息香酸(OSBA)で化学加工処理しても上記実施例と同様に、良好な染色ができた。なお、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も上記と同様であった。
本実施例では、不溶化セリシンナノファイバーへの染色について検討した。
実施例4に記載したように、6wt%のセリシンTFA溶液(6wt%−4d)を用い、エレクトロスピニングして製造した水溶解性のセリシンナノファイバーを実施例14の方法で第1工程のメタノールで前処理を実施し、または上記したパラホルムアルデヒド試薬で前処理(c)を実施して水不溶性のセリシンナノファイバーを作製し、得られたセリシンナノファイバーへの染色を行った。
塩基性染料のEthyl Violet(C.I. Basic Violet 4) (C.I.Constitution No.42600、C.I:Colour Index)または酸性染料のAzophloxine(C.I. Acid Red 1)を用い、濃度が0.2g/Lとなるように100%エタノールに完全に溶解したものを染色浴とした。0.5gの不溶化セリシンナノファイバーをこの染色浴20mLに浸漬し、室温で1時間静置することで染色を行った。
不溶化セリシンナノファイバーへの染色前後の染色浴の吸光度変化から染着量を求めた。塩基性染料または酸性染料を溶解した100%エタノールの染色浴で室温1時間染色したときの染着率を表22に示す。また、エタノール0%すなわち蒸留水中に酸性染料(Acid Red 18(Scarlet 3R))を溶解した染色浴を用い室温で染色したときの染着率を求め、表22に合わせて示す。
表22から明らかなように、100%エタノールに塩基性染料や酸性染料を溶解した染色浴でセリシンホープ繭層から得られた不溶化セリシンナノファイバーを染色しても良好には染まらない(染着率は低い)。セリシンナノファイバーの染色を効率よく進める上では、染色浴に水を所定量(例えば、アルコール濃度が15〜75%となるように)加えることが必要である。これは、染色浴中の水がセリシンナノファイバーを膨潤させるので、染料が拡散し易くなるためである。なお、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も上記と同様であった。
本実施例では、実施例20のように化学加工処理をしていないが、染色は可能であった。しかし、実施例20の場合の方が染色性は増加した。
本実施例では、セリシンナノファイバーへの染色性増強処理について検討した。
実施例4に記載したように、6wt%のセリシンTFA溶液(6wt%−4d)を用い、エレクトロスピニングして製造した水溶解性のセリシンナノファイバーを実施例14記載の方法に従ってメタノールで前処理し、続いて二塩基酸無水物である無水グルタル酸(GA)あるいは無水フタル酸(PA)で化学加工処理し、加工率が異なるセリシンナノファイバーを製造し、以下記載するように、エタノール溶媒染色法で染色した。
なお、エタノール濃度を50%とし、染料としてC.I.Basic Orange 14を用い、染料濃度を0.2%とし、染色温度と時間とを、それぞれ、25℃、1時間とした。染着程度は目視により次の3段階で評価した。また、C.I.Basic Orange 14の代わりにMethylene Blueを用いた場合についても染色実験を行った。
C.I.Basic Orange 14およびMethylene blueを用いた染色実験で染着度合いを次の評価基準で求めたものを、それぞれ、O染着程度、M染着程度と略記する。得られた結果を表23に示す。
表23中、Contは、メタノールで水不溶化したセリシンナノファイバーであり、GAおよびPAは、それぞれ、無水グルタル酸および無水フタル酸で化学加工処理した水不溶性のセリシンナノファイバーを意味する。
表23中、染着程度の評価基準は次の通りである。
+:染料による染着程度がやや薄い。
++:染料による染着程度が普通。
+++:染料による染着が著しく濃い。
表23の結果から、化学加工処理で不溶化セリシンナノファイバーにカルボキシル基を導入することにより、また、用いた化学修飾試薬が疎水性の高いものであると、塩基性染料による染着率が著しく向上することが確かめられた。
なお、セリシン・フィブロイン複合ナノファイバーの場合も上記と同様であった。また、二塩基酸無水物である無水コハク酸(SA)および無水o−スルホ安息香酸(OSBA)で化学加工処理した場合も、上記と同様な結果が得られた。