JP5257943B2 - 絹タンパク質ナノファイバーの製造方法 - Google Patents

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本発明は、絹タンパク質ナノファイバーの製造方法に関し、特にカイコ(家蚕、野蚕)由来の絹タンパク質ドープ又はこのドープにメタノール等の溶媒を添加したものを用いてエレクトロスピニングし、平均繊維径及び繊維径分布の制御された絹タンパク質ナノファイバーを製造する方法に関するものである。
近年、ナノファイバーの製造にエレクトロスピニング技術が応用されつつある。このナノファイバーは、「エレクトロスピニング」装置を用いて製造できるナノオーダーの極細ファイバーである。このエレクトロスピニング技術の原理によれば、所定の濃度のポリマードープを入れた貯蔵タンクに陽極電極を入れ、この陽極電極から一定の距離を隔てて陰極板(コレクター)を設置し、陰極と陽極との間に電圧を印加して両電極間に電気引力を生じさせ、この電気引力がポリマー溶液の表面張力以上になると、静電力により紡糸口のノズルから陰極板に向かって霧状態の微細なポリマージェットが噴射され、その結果、ナノファイバーが陰極板上に積層される。この陰極と陽極との間の距離が紡糸距離に相当する。
このエレクトロスピニングにより得られるナノファイバーは、その太さ(平均繊維径と略記することもある)がナノ〜マイクロメートルのオーダーである。このナノファイバー集合体の表面積は極めて大きいため、再生医療工学、創傷材料等のヘルスケアー分野、バイオテクノロジー分野、エネルギー分野から新素材として関心が寄せられている。
エレクトロスピニング技術が開発された当初は、アクリル樹脂やポリエチレン、ポリプロピレン等のナノファイバーの素材の開発に対して、この技術が応用されていたが、最近は、液晶性高分子、DNA、タンパク質、導電性高分子等の機能性高分子のドープからナノファイバーを製造する技術が開発されている。工業用熱可塑性高分子、生分解性高分子、ポリマーブレンド等のような、エレクトロスピニング技術により紡糸できる広範の高分子からなるナノファイバーに加えて、カイコ由来で、酵素により生分解する絹タンパク質からなる絹タンパク質ナノファイバーは、各種産業分野において、将来的に利用価値の高い素材であるとして関心が寄せられている。
上記したエレクトロスピニングできる素材の内、カイコ由来で、酵素により生分解する絹タンパク質ナノファイバーの原料は、天然高分子の絹糸である。しかるに、絹糸を溶解させて高分子量の絹タンパク質ドープを調製するための溶媒は極めて限られているので、平均繊維径と繊維径分布とを制御して絹タンパク質ナノファイバーを製造する上で克服する課題が極めて多いのが現状である。
絹タンパク質ナノファイバーの製造法として、絹フィブロイン繊維を、臭化リチウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウム等の加熱した中性塩水溶液中で溶解した後、得られた絹フィブロイン水溶液をセルロース製透析膜に入れ、蒸留水で置換し、純度の高い絹フィブロイン水溶液を調製し、得られた絹フィブロイン水溶液を凍結乾燥して絹フィブロインゲルを製造し、次いで時間をかけながらこのゲルを蟻酸に溶解して「シルクの蟻酸ドープ」を調製し、このドープを用いてエレクトロスピニングすることで絹タンパク質ナノファイバーを製造することが知られている。すなわち、絹フィブロイン繊維から絹フィブロイン水溶液を製造し、これから絹フィブロインゲル(絹フィブロインスポンジ)(以下、シルクゲル又はシルクスポンジとも称す)を調製した後、これを蟻酸に溶かして絹タンパク質ドープを調製し、このドープを用いてエレクトロスピニングすることで絹タンパク質ナノファイバーを製造しており、工程が複雑である。そのため、工程が簡単な絹タンパク質ナノファイバーの製造技術の開発が強く望まれてきた。
絹タンパク質ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより絹タンパク質ナノファイバーを製造するには、絹タンパク質ドープとして、沈殿を起こすことなく、ゲル化も一切起こさない均一な水溶液状態のドープ(水溶液)を使用することが必須条件である。こうした条件に合う絹タンパク質ドープを用いることで絹タンパク質ナノファイバーを効率的にしかも経済的に製造することができる。
絹タンパク質ドープである絹フィブロインドープ又は絹セリシンドープは、室温に長く放置したり、低温領域に長時間静置したりすると、試料分子間に水素結合が形成され、それに基づいて架橋され、絹タンパク質がゲル化を起こしてしまう。また、絹フィブロインドープにクエン酸、塩酸等を加えたり、絹フィブロインドープのpHが5以下に低下したりすると、短時間でゲル化が起こるし、絹セリシンドープを絹フィブロインドープに加えるとフィブロインのゲル化する速度が加速することが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
エレクトロスピニングにより絹タンパク質ナノファイバーを製造するには、絹タンパク質ドープを効率的、かつ経済的に、しかも良好な作業環境下、簡単な製造工程で調製できることが重要な要件である。上記したように、従来、カイコの絹フィブロイン繊維を原料にしてエレクトロスピニングにより絹タンパク質ナノファイバーを製造するには、例えば絹フィブロイン繊維を中性塩溶液に溶解して絹フィブロイン水溶液を製造し、この水溶液を透析処理した後、凍結乾燥処理して絹フィブロインゲルを調製し、このフィブロインゲル(フィブロインスポンジ)を蟻酸に溶解して絹フィブロインの蟻酸ドープを得、この蟻酸ドープをエレクトロスピニング用の絹タンパク質ドープとして用いていた。
上記従来のエレクトロスピニングにより極細の絹タンパク質ナノファイバーを製造するには、ドープ濃度、印加電圧、陽極・陰極間距離(紡糸距離)、溶液(ドープ)送り出し速度等の紡糸条件を変えながらナノファイバーの最適製造条件を試行錯誤的に検討する必要があった。このことからも、絹タンパク質ドープから、エレクトロスピニングにより製造できる絹タンパク質ナノファイバーの繊維径を極細にするには、絹タンパク質ドープの濃度を変える手段の他に、様々な製造条件を試行錯誤的に変えながら所望の条件に合う最適条件を探すことが不可欠であった。
上記したように、絹フィブロインドープや絹セリシンドープは、pHや温度の変化、タンパク質の濃度変化等によりゲル化を起こし易いという本質的な問題を抱えている。すなわち、絹タンパク質ドープを室温に長時間放置したり、絹タンパク質ドープ温度が低下したりすると、絹タンパク質ドープがゲル化するため、エレクトロスピニングの際に、紡糸口のノズル付近で絹タンパク質ドープが目詰まりを起こしてしまい、絹タンパク質ナノファイバーを製造することができないという問題がある。
ゲル化を起こしやすいという本質的な特徴を持つ絹タンパク質ドープを用いてエレクトロスピニングすることにより、平均繊維径や繊維径分布の制御された絹タンパク質ナノファイバーを製造するためには克服すべき課題が多い。そこで、これらの問題解決を可能とする経済的で、かつ効率的な絹タンパク質ナノファイバーの製造技術の出現が強く望まれてきた。
上記したエレクトロスピニングにより絹タンパク質ナノファイバーを製造するための原料である絹タンパク質ドープを調製するための溶媒として、従来、(1)絹フィブロイン繊維を溶解するために、ヘキサフルオロアセトン1.5水和物(HFAc、例えば、和光純薬工業(株)製)を用いること(例えば、特許文献1参照)、(2)繭糸を精練してセリシンを除去した絹フィブロイン繊維をヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP、例えば、和光純薬工業(株))を用いること(例えば、特許文献2参照)が知られている。
特許文献2は、絹フィブロイ及び/又は絹様材料をヘキサフルオロアセトン水和物又はそれを主成分とする溶剤に溶解した溶液(絹タンパク質ドープ)を紡糸(エレクトロスピニング)してなる絹又は絹様繊維(繊維、フィルム、不織布)及びその製造技術を開示している。例えば、絹フィブロイン繊維を溶解して製造した絹フィブロイン膜をヘキサフルオロアセトン水和物に溶解し、得られた絹タンパク質ドープを用いて、エレクトロスピニングによりシルク様繊維を製造している。
上記したように、従来、カイコの絹フィブロイン繊維を原料として用い、エレクトロスピニングによりナノファイバーを製造するには、絹フィブロイン繊維をヘキサフルオロアセトン(HFAc)又はヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)等の、購入価格が高価な溶媒に先ず溶解して有機溶媒の絹タンパク質ドープを得るか、絹フィブロイン繊維を中性塩溶液に溶解し、透析処理後、凍結乾燥処理して絹フィブロインゲル(絹フィブロインスポンジともいう)を製造し、それを蟻酸等に溶解してエレクトロスピニング用の絹タンパク質ドープとして用いていたが、絹タンパク質ナノファイバーの平均繊維径や繊維径のバラツキに対応する標準偏差を制御する技術は明らかになっておらず、その点の解明が求められていた。
従来の手法で絹タンパク質ドープを用いてエレクトロスピニングにより製造される絹タンパク質ナノファイバーの平均繊維径は、広い繊維径分布を持つことが一般的であるが、平均繊維径や繊維径の標準偏差を制御する方法については明らかにされていない。
絹タンパク質ナノファイバーにおいては、平均繊維径と繊維径分布を制御することで絹タンパク質ナノファイバーマットの目詰まり状態(密度)が異なり、気体透過性、比表面積効果が大きく異なる。その結果、平均繊維径が小さい絹タンパク質ナノファイバーは、フィルター、衣料材料、医用材料を中心とした各種産業分野で利用され、また、有用細胞を効率的に増殖させるための再生医療材料としての利用価値も高く、様々な生体細胞との親和性が良く、短時間に細胞増殖が可能となるため再生医用材料として広範に利用できる。
こうした多目的利用が可能な絹タンパク質ナノファイバーを製造するため、平均繊維径と繊維径分布(平均繊維径の標準偏差)との制御が可能な製造技術の開発が強く望まれている。
特開2004−68161号公報 特表2006−504450号公報
平林潔: http://www.silk-center.or.jp/msnl/no56.html
本発明の課題は、上記従来技術の問題点を解決し、絹フィブロイン又は絹セリシンを素材にした絹タンパク質ドープ(絹フィブロインドープ、絹セリシンドープ)を用いてエレクトロスピニングすることにより、平均繊維径と繊維径分布との制御が可能となる絹タンパク質ナノナノファイバーを効率的、経済的に製造する方法を提供することにある。
本発明の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法は、家蚕若しくは野蚕幼虫由来の絹タンパク質を水、蟻酸、ヘキサフルオロアセトン水和物、又はヘキサフルオロイソプロパノールに溶解して、絹タンパク質ドープを調製し、次いで得られた絹タンパク質ドープにメタノール、エタノール、ジメチルスルフォキシド、及びジメチルホルムアミドから選ばれた溶媒(絹タンパク質凝固剤)を添加し、該溶媒を添加した絹タンパク質ドープを用いて、この溶媒添加絹タンパク質ドープがゲル化しない温度でエレクトロスピニングすることにより絹タンパク質ナノファイバーを製造することを特徴とする。
前記絹タンパク質が、水、ヘキサフルオロアセトン水和物、又はヘキサフルオロイソプロパノールに溶解して調製した絹タンパク質ドープであり、前記ゲル化しない温度が、20〜55℃、好ましくは35〜55℃、より好ましくは40〜55℃であることを特徴とする。
前記紡糸温度が20℃未満であると紡糸できず、35℃以上、40℃以上になるに従って紡糸状態が良好になり、また、紡糸温度が55℃を超えると、絹タンパク質を溶解する水以外の溶媒の蒸気圧が高まり、そのために発生する蒸気を作業者が吸引することによる健康上の問題が生じるというリスクがあり、製造技術上好ましくない。
前記絹タンパク質が、蟻酸に溶解して調製した絹タンパク質ドープであり、前記ゲル化しない温度が、40〜55℃であることを特徴とする。
前記紡糸温度が40℃未満であると紡糸できず、40℃以上になるに従って紡糸状態が良好になり、また、紡糸温度が55℃を超えると、蟻酸の蒸気圧が高まり、そのために発生する蒸気を作業者が吸引することによる健康上の問題が生じるというリスクがあり、製造技術上好ましくない。
記溶媒が、絹タンパク質ドープ中のタンパク質重量基準で2.6〜21.1wt%添加されることを特徴とする。
前記溶媒の濃度が2.6wt%未満であると、添加する溶媒による絹タンパク質分子への凝集効果が不十分のため、所望の絹タンパク質ナノナノファイバーの繊維径とはならない。また、21.1wt%を超えると、エレクトロスピニングする前の段階で、絹タンパク質ドープ中で絹タンパク質分子に溶媒が作用し、絹タンパク質分子が凝固・沈殿してしまい、エレクトロスピニングできないという問題がある。
前記絹タンパク質が、絹フィブロイン又は絹セリシンであることを特徴とする。
前記絹タンパク質が、絹セリシンであり、この絹セリシンが、絹セリシンパウダー、絹セリシンスポンジ、又は絹セリシン膜であり、また、前記絹タンパク質が、絹フィブロインであり、この絹フィブロインが、絹フィブロイン繊維から得られた絹フィブロインパウダー、絹フィブロインスポンジ又は絹フィブロイン膜であることを特徴とする。
前記絹タンパク質であるセリシンを水又は蟻酸に溶解して調製した絹タンパク質ドープを5℃に1昼夜以上保存し、その後この絹タンパク質ドープを用い、絹タンパク質ドープがゲル化しない温度、好ましくは20〜55℃でエレクトロスピニングすることを特徴とする。
前記紡糸温度が20℃未満であると紡糸できず、35℃以上、40℃以上になるに従って紡糸状態が良好になり、また、紡糸温度が55℃を超えると、絹タンパク質を溶解する蟻酸の蒸気圧が高まり、そのために発生する蒸気を作業者が吸引することによる健康上の問題が生じるというリスクがあり、製造技術上好ましくない。
本発明の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法はまた、家蚕若しくは野蚕幼虫由来の絹タンパク質から得られた絹フィブロインパウダー、絹フィブロインスポンジ、又は絹フィブロイン膜を水、蟻酸、ヘキサフルオロアセトン水和物、又はヘキサフルオロイソプロパノールに溶解して、濃度が3〜15wt%の絹フィブロインドープを調製し、次いで得られた絹タンパク質ドープにメタノール、エタノール、ジメチルスルフォキシド、及びジメチルホルムアミドから選ばれた溶媒(絹タンパク質凝固剤)を添加し、該溶媒を添加した絹タンパク質ドープを用いて、紡糸温度:20℃〜55℃、好ましくは35℃〜55℃、より好ましくは40℃〜55℃でエレクトロスピニングすることを特徴とする。
前記ドープ濃度が、3wt%未満であると、ドープ濃度が低すぎてエレクトロスピニングしてもビーズ形態のナノファイバー出現量が多くなり、良好な微細な繊維状のナノファイバーにならず、また、15wt%を超えると、エレクトロスピニング紡糸状態が良好でなくナノファイバーの繊維径が増大し、かつ不定形なナノファイバーが製造できるという技術上の問題が生ずる。前記紡糸温度が20℃未満であると紡糸できず、35℃以上、40℃以上になるに従って紡糸状態が良好になり、また、紡糸温度が55℃を超えると、絹タンパク質を溶解する水以外の溶媒の蒸気圧が高まり、そのために発生する蒸気を作業者が吸引することによる健康上の問題が生じるというリスクがあり、製造技術上好ましくない。
前記溶媒が、得られたドープ中のタンパク質重量基準で2.6〜21.1wt%添加されることを特徴とする。溶媒濃度が2.6wt%未満であり、また、21.1wt%を超えると、上記したような問題がある。
本発明によれば、原料としてカイコ由来の天然の生体高分子である絹フィブロイン、絹セリシンを用いており、このような素材から製造できる絹タンパク質ナノファイバーは極細であることに加え、生体適合性素材であり、かつ生解性であるため、体内に移植しても体内酵素で分解するという生化学特性を有するという効果を奏する。
実施例6で得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差とを計測した結果をプロットしたグラフ。 実施例10で得られたナノファイバーのFTIRスペクトル及びDSC曲線であり、(a)はFTIRスペクトル、(b)はDSC曲線。 実施例11で得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差とを計測した結果をプロットしたグラフであり、(a)は、セリシンナノファイバーの平均繊維径と印加電圧との関係を示すグラフ、(b)は、平均繊維径の標準偏差と印加電圧との関係を示すグラフ。 実施例12で得られたセリシンナノファイバーのFTIRスペクトル及びDSC曲線であり、(a)はFTIRスペクトル、(b)はDSC曲線。 実施例13で得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径(nm)とその標準偏差とを計測した結果をプロットしたグラフ。 実施例14で得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径(nm)とその標準偏差とを計測した結果をプロットしたグラフ。 実施例15で得られたセリシンナノファイバーのDSC曲線。 実施例23で得られたフィブロインナノファイバーFTIRスペクトル。 実施例23で得られたフィブロインナノファイバーDSC曲線。 実施例23で得られたフィブロインナノファイバーX線回折スペクトル。 実施例24で得られたフィブロインナノファイバーの平均繊維径(nm)と印加電圧(kV)との関係を示すグラフ。 実施例24で得られたフィブロインナノファイバーの平均繊維径(nm)と紡糸距離との関係を示すグラフ。
本発明者らは、例えば80℃に加熱した蟻酸で絹セリシンパウダーを溶解して得られた絹セリシンドープを溶解温度から室温(20℃)まで降温せしめる過程で、40℃を過ぎた辺りから35℃までの間でドープがゲル化し始めること、一方、80℃に加熱した蒸留水でセリシンパウダーを溶解した場合は、加熱下にあるときも溶解温度から室温(20℃)まで降温せしめる過程でもゲル化しないことを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、セリシンパウダーを加熱した蟻酸に溶かしたセリシンの蟻酸ドープは、加熱下にあるときは均一な水溶液状態にあるが、特に蟻酸に溶解した場合は、溶解温度からの降温過程で40℃を過ぎて室温に近づくと水溶液が凝固してしまい、エレクトロスピニングによる紡糸ができない。80℃の加熱状態にある均一な上記ドープの降温過程を観察すると、40℃を過ぎた辺りから35℃までの間でゲル化し始めることが確かめられた。そのため、本発明では、後述するように、絹タンパク質ドープ貯蔵容器に加熱装置を備え、ドープを所定の温度に維持可能なように構成したエレクトロスピニング装置を使用することが必要である。すなわち、絹タンパク質ドープがゲル化しない温度範囲、好ましくは40℃以上に保温できる仕様の装置を用いることが必要である。セリシンパウダーを加熱した水(蒸留水)に溶かしたセリシンドープの場合には、上記のようなゲル化は生じない。
そこで、所定の温度に加熱した蟻酸で溶解して製造されたセリシンの蟻酸ドープが、加熱した温度からの降温過程でゲル化しないように、エレクトロスピニング装置装着の試料貯蔵容器内のドープの温度を加熱装置により加熱しながらエレクトロスピニングすることにより所望の平均繊維径の小さい、しかも繊維径分布が狭い絹タンパク質ナノファイバーを効率的に製造でき、上記の従来技術の問題を解決することに成功し、発明を完成するに至った。
本発明に係る絹タンパク質ナノファイバーの製造方法の実施の形態によれば、家蚕若しくは野蚕幼虫由来の絹タンパク質(例えば、絹フィブロイン又は絹セリシン)を水、蟻酸、ヘキサフルオロアセトン水和物、又はヘキサフルオロイソプロパノールに溶解して、絹タンパク質ドープを調製し、得られた絹タンパク質ドープを用いて、紡糸温度:20℃〜55℃、好ましくは40℃〜55℃でエレクトロスピニングすることにより所望の絹タンパク質ナノファイバーを製造することができ、この場合、絹タンパク質の溶解を、20〜85℃に加熱した水は又は蟻酸中で行うことが好ましい。
本発明に係る絹タンパク質ナノファイバーの製造方法の別の実施の形態によれば、上記のようにして絹タンパク質ドープを調製した後、得られた絹タンパク質ドープに、絹タンパク質分子を凝固する作用のある絹タンパク質凝固剤として、メタノール、エタノール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、及びジメチルホルムアミド(DMF)等から選ばれた溶媒を、例えば、絹タンパク質ドープ中のタンパク質重量基準で2.6〜21.1wt%添加したものを用いてエレクトロスピニングすることにより所望の絹タンパク質ナノファイバーを製造することができる。
本発明によれば、絹タンパク質ドープ(絹フィブロインドープ、絹セリシンドープ)の原料は、昆虫(家蚕又は野蚕)由来の絹タンパク質である。絹タンパク質としては、例えば、農家が飼育する家蚕(Bombyx mori)又は家蚕の近縁種であるクワコの幼虫由来の絹タンパク質を挙げることができ、また、柞蚕(Antheraea pernyi)、天蚕(Antheraea yamamai)、タサール蚕(Antheraea militta)、ムガ蚕(Antheraea assama)、エリ蚕、シンジュ蚕等の野蚕幼虫が吐糸した絹糸由来の絹タンパク質を挙げることができる。その他に、カイコの幼虫が生合成して作った、絹糸腺内に蓄積する絹タンパク質水溶液であっても同様に利用できる。
本発明で、使用できる絹タンパク質の形態としては、例えば、カイコ由来の絹糸、絹糸を溶解して作製した絹フィブロインパウダー、絹フィブロインスポンジ、又は絹フィブロイン膜や、絹セリシンパウダー、絹セリシンスポンジ、又は絹セリシン膜等を挙げることができる。また、カイコ幼虫体内から取り出した絹糸腺内の液状絹フィブロイン又は液状セリシンも挙げることができる。
本発明で利用できる絹タンパク質ドープは、例えば、絹フィブロインパウダー、絹フィブロインスポンジ、又は絹フィブロイン膜や、絹セリシンパウダー、絹セリシンスポンジ、又は絹セリシン膜等を所定の温度(室温も含まれる)の水又は蟻酸に溶解して作製したフィブロインドープ、セリシンドープである。あるいはまた、絹フィブロインパウダー、絹フィブロインスポンジ、又は絹フィブロイン膜や、絹セリシンパウダー、絹セリシンスポンジ、又は絹セリシン膜等をHFAc、HFIPで溶解して得られる絹タンパク質ドープも同様に利用できる。なお、絹膜、繊維状試料であれば、蟻酸の他にHFIP、HPAc等の従来公知の溶媒を使用すれば良い。本発明では、溶媒の価格、経済的効果を中心に考えれば、原料として、セリシンパウダー使用時は加熱した水や蟻酸を、フィブロインスポンジ使用時は蟻酸を主に使用することが好ましい。
上記原料としての絹フィブロインスポンジは、絹フィブロイン繊維から、次のようにして製造できる。絹フィブロイン繊維を臭化リチウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウム等の加熱した中性塩水溶液で溶解する。次いで、この絹フィブロイン水溶液に対してセルロース製透析膜で水と置換する透析法を適用し、純度の高いフィブロイン水溶液を得る。得られた絹フィブロイン水溶液に対して、又はこの絹フィブロイン水溶液にアルコール等を添加した水溶液に対して、凍結乾燥を実施することでフィブロインスポンジ(シルクスポンジとも呼ぶ)を製造できる。このフィブロインスポンジを室温の蟻酸に数時間かけて溶解して絹フィブロインの蟻酸ドープを調製しても良いし、溶解効率を上げるためには所定の温度に加熱した蟻酸を用いれば良い。このドープを用いてエレクトロスピニングすることで絹タンパク質ナノファイバーを製造できる。
エレクトロスピニングに使用できる絹タンパク質ドープとしては、上記以外にも、例えば、(1)カイコ幼虫が吐糸した絹糸を中性塩水溶液で溶解し、得られた絹フィブロイン水溶液を透析処理し、不純物を遠心分離処理して除去した絹フィブロイン水溶液でも良いし、また、(2)カイコ幼虫が生合成し絹糸腺内に貯蔵した液状状態の絹フィブロイン水溶液を用いても良く、絹糸腺内の液状絹タンパク質を分散させる時間差を工夫することで未変性の絹セリシン、又はフィブロインを水溶液状態で取り出すこともできる。例えば、成熟したカイコ幼虫の体内から、絹タンパク質を生合成してそれを貯蔵する器官である絹糸腺のうち中部絹糸腺だけを取り出す。先端の鋭いピンセットで絹糸腺細胞だけを除去すると液状絹タンパク質が得られる。液状タンパク質の中央コアー部は液状フィブロインが、表皮部(アウター部)は液状フィブロインを取り囲むように液状セリシンが、液状フィブロインと混じり合うことなく存在する。液状絹タンパク質を蒸留水に浸漬すると、浸漬時間が20分以内ではセリシンのみが水中に分散し、溶出時間30〜45分ではフィブロインのみが溶出する。このように浸漬時間を調整することで水溶液状態のセリシン、あるいはフィブロインを取り出すことができる。
上記(1)及び(2)について詳細に説明する。
(1)生糸表面の絹セリシンを精練処理で除去した絹フィブロイン繊維を55℃の8.5M臭化リチウム水溶液20mL中で完全に溶解させた後、この水溶液をセルロース製透析膜に入れて、5℃で5日間蒸留水で置換して不純物を除去し、純粋な絹フィブロイン水溶液を調製する。かくして調製された絹フィブロイン水溶液に蒸留水を加え、絶乾濃度が4%となるように調整し、絹フィブロイン水溶液の原液を調製することができる。
(2)セリシンを繭糸の熱水抽出により得る他に次のような入手の方法がある。家蚕幼虫の熟蚕体内から絹糸腺を取り出し、水洗いして絹糸腺細胞をピンセットで除去する。例えば、10匹の家蚕幼虫から取り出した中部絹糸腺内の液状絹フィブロイン30gを200mLの蒸留水を入れたシャーレに浸漬し、5℃で4時間放置すると、液状絹の外側を覆っている絹セリシンが蒸留水中に分散してくるので、浸漬後40分を経た時点で、セリシン分散液をセルロース製の透析膜に入れ、蒸留水を用い十分に置換した後、無菌環境下、扇風機で送風乾燥してセリシンの濃度を高め、12%にしたものを絹セリシンドープとする。このセリシンドープを用いてエレクトロスピニングできる。高分子量の絹セリシンを使用するには、熱水抽出によらないで、液状絹フィブロインから溶出するセリシンを用いる方法が優れている。
本発明によれば、絹セリシンドープを調製するためのセリシン原料として、繭糸の表面に付着するセリシンを熱水、アルカリ水溶液で溶解して得られるセリシン水溶液を使用することも可能であり、また、簡便には、市販の絹セリシンパウダー(例えば、セーレン社製)を使用することも可能である。本発明では、このセリシンパウダーを熱水に溶解して得られる絹セリシンドープを使用することも、また、固形のセリシンを蟻酸等の有機酸で溶解した絹セリシンの蟻酸ドープを使用することも可能である。
また、本発明によれば、絹フィブロインドープは、繭糸を加熱したアルカリ水溶液で精練してセリシンを除去し、得られる絹フィブロイン繊維を蟻酸等の有機酸で溶解することにより製造できる。又は、絹フィブロイン繊維を臭化リチウム水溶液で溶解し、セルロース製チューブに入れて純水と置換することで絹フィブロイン以外の夾雑物を取り除いた後、アルコールを加えて凝固させたものを凍結乾燥してフィブロインスポンジを調製し、このフィブロインスポンジを蟻酸等の各種溶媒で溶解し、フィブロインドープを製造することもできる。あるいはまた、絹フィブロイン繊維を中性塩で溶解してセルロース製チューブに入れて純水と置換して絹フィブロイン水溶液を得、この水溶液をポリエチレン膜上に広げて送風乾燥させて得られた絹フィブロイン膜を上記フィブロインスポンジの代わりに使用してもよい。
家蚕絹糸又は野蚕絹糸を精練して得られる絹フィブロイン繊維を溶解するためには、例えば、臭化リチウム、チオシアン酸リチウム、塩化カルシウム、硝酸カリウム、硝酸カルシウム、硝酸アンモニウム等の中性塩を使用できる。これらの中性塩のうち、絹糸を溶解するには優れた溶解性を発揮する臭化リチウム及びチオシアン酸リチウムが好ましい。これらの中性塩水溶液で絹フィブロイン繊維を溶解した後、セルロース製透析膜を用いて純水と置換することでフィブロイン水溶液を製造できる。これを凍結乾燥してフィブロインスポンジを製造した後、蟻酸等の溶媒に溶解して絹フィブロインドープを製造することができる。
また、絹タンパク質ドープの素材として、カイコ由来の絹フィブロイン繊維を用いた場合、この絹フィブロイン繊維を従来既知のHFIP、HFAc等の特殊な溶媒で溶解してドープを製造しても良い。絹フィブロインパウダー、絹フィブロインスポンジ、絹フィブロイン膜、絹セリシンパウダー、絹セリシンスポンジ、絹セリシン膜であれば、蟻酸で溶解させ、絹タンパク質ドープを製造することができる。
従来のエレクトロスピニング装置を使用する場合、セリシンパウダーを熱水に溶解した直後のセリシンドープをエレクトロスピニングしても良好なセリシンナノファイバーは製造できないが、その熱水に溶解したセリシンドープを5℃の冷蔵庫で1昼夜保存することにより、セリシン分子同士の分子凝集性が向上して良好なセリシンナノファイバーが製造できることを新たに明らかにした。セリシンパウダーの他、繭糸を熱抽出したセリシン水溶液であっても5℃で1昼夜冷蔵庫保存することで、良好なセリシンナノファイバーが製造できる。すなわち、セリシンドープをゲル化する前に5℃の冷蔵庫で1昼夜保存することにより、後述するドープの「熟成」が起こり、エレクトロスピニング用に相応しいドープとなる。セリシンパウダーを加熱した蟻酸に溶解せしめた場合も上記と同様に、溶解温度から室温(20℃)まで降温する過程で、セリシン分子間の凝集力が次第に高まり、降温速度によっても異なるが、ゲル化が進行する傾向がある。しかし、5℃の冷蔵庫に1昼夜保存することによりセリシン同士の分子凝集性が向上して、紡糸温度20℃でも良好なセリシンナノファイバーが製造できる。
本発明によれば、絹タンパク質ドープに、絹タンパク質分子を凝集させる働きのある絹タンパク質凝固剤であるアルコール(メタノール、エタノール等)や有機溶媒(DMSO、DMF等)を所定量添加した後に加熱せずに室温(20℃)でエレクトロスピニングすることにより、又は絹タンパク質ドープに絹タンパク質凝固剤を所定量添加した後、試料貯蔵容器の加温装置を用いて絹タンパク質ドープを所定の温度に加熱してエレクトロスピニングすることにより、平均繊維径と繊維径の標準偏差を制御して、所望の絹タンパク質ナノファイバーを製造できる。
本発明で原料を溶解する溶媒としては、従来法で使用できる蟻酸、ヘキサフルオロアセトン(HFAc)1.5水和物、ヘキサフルオロイソプロパノール(1,1,1,3,3,3-Hexafluoro- 2-propanol(HFIP))を用いることができる。これらの溶媒に関し、絹フィブロインスポンジ、絹フィブロイン膜、絹フィブロイン繊維の場合は蟻酸が好ましく利用できる。絹フィブロイン膜はHFAcでも溶解できるし、絹フィブロイン繊維は、HFIPを用いて溶解してもよい。
本発明者らは、絹セリシンの蟻酸ドープを製造する際の溶解温度から室温(20℃)まで降温する過程で、シルク分子が凝集してゲル化を起こすことに気が付き、ゲル化を起こさない条件を鋭意検討した結果、ゲル化を起こさない所定の温度でエレクトロスピニングするか、又は例えば、溶解する際の溶解温度からの降温過程で、ゲル化しない温度状態の絹タンパク質ドープにメタノール、エタノール等の絹タンパク質凝固剤を添加することにより分子間の凝集状態をかえた状態にし、この状態のドープを用いてエレクトロスピニングすることにより、絹タンパク質ナノファイバーの製造状態を改善できることを見出したのである。
本発明では、上記したように、ドープを溶解する際の溶解温度から室温までの降温過程で、ゲル化しない温度状態のドープに絹タンパク質凝固剤を添加している。熱水を用いている場合、セリシンドープは溶解温度から室温までの降温過程ではゲル化することはないが、蟻酸を用いている場合、セリシンドープは溶解温度から室温までの降温過程では40℃を過ぎた辺りから35℃までの間でゲル化を起こすので、その温度になる前に絹タンパク質凝固剤を添加する。或いは、絹タンパク質を溶解してなるドープに絹タンパク質凝固剤を加え、ゲル化しない温度状態のドープをエレクトロスピニングしてもよい。
絹フィブロインスポンジを室温又は所定の温度に加熱した蟻酸に溶解して製造できる絹フィブロインの蟻酸ドープは、室温でも、加熱下にあっても、降温過程にあっても、また、5℃の冷蔵庫での保存でもゲル化することは無いので、加熱装置をエレクトロスピニング装置に装着する必要は少ない。絹フィブロインの蟻酸ドープは、通常、室温の蟻酸溶液にフィブロインスポンジにスタラーチップを入れてスタラーで攪拌することで作製できる。この際、加熱蟻酸を使用してもよい。加熱下で得られたドープは、溶解温度から室温までの降温過程においてゲル化することは無いため、エレクトロスピニングではドープ温度を加熱することは必ずしも必要ではない。ただし、エレクトロスピニングの際、ドープ温度を加熱することはナノファイバーの繊維径や標準偏差を制御するうえで有効である。
絹セリシンドープ、絹フィブロインドープに添加できる絹タンパク質凝固剤としては、上記したように、メタノール、エタノール、DMSO、DMFを例示できる。絹タンパク質ドープが凝固しない程度の量を添加すればよい。例えば、メタノールであれば、セリシンドープ(濃度:.50wt%の場合)3mLに0.05mL〜0.4mL程度の微量でも凝固剤の添加効果は現れる。従って、メタノール等の絹タンパク質凝固剤の使用量は、絹タンパク質ドープ(フィブロインドープ、セリシンドープ)中の絹タンパク質(フィブロイン、セリシン)重量の2.6〜21.1wt%が好ましい(ドープの比重を1として計算)。
本発明によれば、絹タンパク質ドープの濃度は、フィブロインスポンジを蟻酸に溶解する場合は、5〜30wt%、好ましくは8〜25wt%であり、セリシンパウダーを蟻酸に溶解する場合は、20〜70wt%、好ましくは40〜60wt%であり、セリシンパウダーを水に溶解する場合は、30〜70wt%、好ましくは40〜60wt%であれば良い。それぞれの絹タンパク質ドープの濃度が上記よりも低いと、エレクトロスピニングの結果、陰極板に累積する絹タンパク質ナノファイバーは繊維状のものが少なくなり、スポット的な累積物となるため、良好な絹タンパク質ナノファイバーが得られ難い。それぞれの絹タンパク質ドープの濃度が上記より高いと、紡糸口部位でドープが目詰まりしてしまい、良好なシルクジェットが安定して連続的に噴出しないという問題がある。
セリシン、フィブロインの昆虫由来の絹タンパク質を加熱した水や蟻酸等の溶媒に溶解する際、得られる絹タンパク質ドープは、加熱状態では均一な水溶液状態となるが、ドープ温度が溶解温度から室温まで降温する過程で、絹タンパク質ドープ(特に、蟻酸に溶解して得られたドープ)がゲル化してしまうためエレクトロスピニング用のドープとしては利用できない。ゲル状態になり易いこうしたタンパク質素材をエレクトロスピニングしてナノファイバーを製造するには、エレクトロスピニングに用いる絹タンパク質ドープを加熱することが必要となり、そのためには、エレクトロスピニング装置の試料貯蔵容器を加熱するための装置を着装し、シルクドープを加熱しながらエレクトロスピニングする必要がある。
絹タンパク質ドープを加熱するには、絹フィブロインドープや絹セリシンドープがゲル化しない範囲の温度で加熱可能な加熱装置を使用すればよい。この加熱温度については、例えば、一般的には20℃〜80℃、好ましくは20〜60℃、より好ましくは40〜55℃である。加熱温度が20℃未満であると、絹セリシンドープはドープ貯蔵容器中でゲル化してしまい、紡糸口を目詰まりさせてしまう場合がある。加熱温度が80℃を超えると、絹セリシンを溶解する溶媒が水であれば水の蒸気圧が上がり、また、蟻酸、HFIP、HFAcであればこれらの溶媒の蒸気圧が上がる。その結果、ドープ貯蔵容器内の圧力が上がることにより、設定以上の噴射量となってしまうという問題が生ずる。特に後者の場合は、作業員の健康の面からも問題がある。
なお、上記ドープ加熱温度に関し、絹タンパク質を溶解する溶媒の種類により、その最適温度は決まる。通常、ドープの貯蔵容器は、閉鎖系であるため、常温でも蒸気圧の高いHFIP、HFAcを溶媒として使用する場合には、加熱温度を限りなく室温(20℃)付近で行うことが好ましく、加熱は最小限にするのがよい。
絹セリシンパウダーを蟻酸に溶解するには、所定の温度に加熱した蟻酸を使用することが好ましく、エレクトロスピニングに利用できるセリシンの蟻酸ドープの濃度は、上記したように40〜60wt%が好ましい。また、加熱した水でセリシンパウダーを溶解するには、70℃以上に加熱した熱水を用いることが好ましく、セリシンドープの濃度は、上記したように40〜60wt%が好ましく、50〜55wt%がより好ましい。
フィブロインスポンジを溶解するための溶媒はHFIP、HFAcあるいは蟻酸が好ましく利用できるが、ナノファイバー製造の効率的、経済的な視点からすると蟻酸が好ましい。フィブロインの蟻酸ドープの濃度は、8〜20wt%が好ましく、10〜15wt%がより好ましく利用できる。
絹セリシンドープの濃度が40wt%未満であり、絹フィブロインの蟻酸ドープの濃度が8wt%未満であると、エレクトロスピニングで得られる絹タンパク質ナノファイバーが繊維状態のものが少なく、スポット的な微細粒状物質が製造できるだけである。
エレクトロスピニングにより製造される絹タンパク質ナノファイバーは、その吸湿性が極めて高いため、陰極板上に積層されるナノファイバーは相互に絡まってしまい、絡まっていない独立した良好なナノファイバーは得られ難い。セリシンドープの濃度が70wt%、好ましくは60wt%を超え、フィブロインの蟻酸ドープの濃度が30wt%、好ましくは15wt%を超えると、エレクトロスピニングで得られる絹タンパク質ナノファイバーの平均繊維径は太めとなり、繊維径分布が大きくなる。従って、ナノファイバーの平均繊維径を太くさせ、繊維径の分布が大きいものを製造したい場合には、絹タンパク質ドープの濃度を、上記した極細のナノファイバーを製造する場合に適正な濃度よりも高めに設定して、エレクトロスピニングすれば良い。
以下、カイコの絹糸を例にとり、本発明の実施の形態を説明する。絹タンパク質ナノファイバーの原料は、カイコの絹糸を構成する絹フィブロイン又は絹セリシンである。カイコが吐糸して作る繭繊維の外側を膠着する物質であるセリシンを除去し、得られる絹フィブロイン繊維を加熱して中性塩水溶液で溶解した後、セルロース製透析膜に入れて透析することで絹フィブロイン水溶液を調製する。この絹フィブロイン水溶液にアルコール等の絹タンパク質凝固剤を添加してフィブロインを凝固させた後、凍結乾燥することで絹フィブロインスポンジを製造する。
上記絹フィブロイン繊維を溶解するには、上記した塩化カルシウム、硝酸カルシウム、臭化リチウム、チオシアン酸リチウム等既知の中性塩を用いることができる。絹フィブロイン繊維を効率よく溶解するには、絹フィブロイン繊維の溶解性が高い臭化リチウム、チオシアン酸リチウムが好ましい。高濃度で高温の中性塩水溶液による処理で絹フィブロインの分子量が著しく低下する場合があるので注意が必要であり、分子量の低下が起こり難く、溶解性の高い中性塩を使用し、溶解時は必要以上に中性塩水溶液の温度を上げず、溶解時間を短時間に設置するとよい。絹フィブロインの分子量が大幅に低下してしまうと絹タンパク質ナノファイバーを製造でき難くなる。
そのため、絹フィブロイン繊維を臭化リチウム水溶液で溶解する際は、臭化リチウム水溶液の温度は、一般に、50℃以上70℃以下が望ましい。加熱温度が70℃を超えると絹フィブロイン繊維の分子量が低下し易く、また、50℃未満であると絹フィブロイン繊維の溶解量が少なく効率的でなく、繊維の全量を溶解するための溶解時間が長くなり効率的で無い。溶解時間は10〜40分程度に設定するとよい。臭化リチウムを使用する場合、8M以上、好ましくは8.5M以上11M以下であれば良く、55℃以上で15分程度の溶解条件が好ましい。このように、中性塩水溶液で絹フィブロイン繊維を溶解する際、中性塩水溶液の濃度、溶解温度、及び溶解時間を最適化することにより絹タンパク質の分子量低下を抑えるように配慮する必要がある。
また、絹フィブロイン繊維を加熱した濃厚な中性塩水溶液に溶解して製造した絹フィブロイン水溶液をセルロース製透析膜に入れて、両端を縫糸でくくり、室温の水道水又は純水中に4〜5日間入れて置換し、リチウムイオンを完全に除くことで純粋な絹フィブロイン水溶液を得ることができる。
本発明で用いる絹タンパク質ドープには、中性塩由来の金属イオンを極力除去する必要があり、金属イオンが微量に含まれていると、エレクトロスピニングしても絹タンパク質ナノファイバーを良好に製造し難いために、透析処理は十分にすることが必要である。
上記したように、絹タンパク質ナノファイバーをエレクトロスピニングにより製造する際には、紡糸口から陰極板までの紡糸距離、印加電圧、シルクドープの濃度が重要な要因であり、これらのエレクトロスピニングの紡糸条件が一定であれば、ドープ濃度が希薄なほどナノファイバーの平均繊維径は細くなる。本発明で使用できる絹フィブロインドープの濃度は、3wt%以上20wt%以下のものが使用でき、5〜15wt%の絹フィブロインドープがより好ましい。絹フィブロインドープの濃度が3wt%未満であると、紡糸口からドープが微細に放出しても陰極板上ではナノファイバーの形態とならず、極微細な粒子(ビーズ)状となってしまうし、また、ドープの濃度が20wt%を超えると電圧を印加してもドープがジェットにならないという問題が生ずる。
本発明の製造方法を実施するためのエレクトロスピニング装置としては、絹タンパク質ドープを所定の温度に保温できるものであれば特に制限はなく、従来公知の装置を使用できる。例えば、金属製のブロックに加熱用のヒーターと温度検出用のサーミスターを装備する装置が好ましい。温度表示用の機能を持ち、かつ温度制御用の加熱制御装置を備えたエレクトロスピニング装置であれば良く、この加熱制御装置をエレクトロスピニング部位と隔てた位置に設置することで、絹タンパク質ドープを加熱・温度保持することによりpH、温度変化により生ずる絹タンパク質ドープのゲル化を防止し、所望のエレクトロスピニングを実施することができる。絹タンパク質ドープの紡糸温度は、セリシンパウダーを溶解して得られた蟻酸ドープの場合、40〜55℃である。設定温度が低すぎると、ドープがゲル化してしまうし、温度が高すぎるとドープ貯蔵容器内の蒸気圧が上がりドープの押し出し量が設定量を維持できなくなるという問題がある。
セリシンパウダーを加熱した蟻酸に溶解して得られたセリシンドープがゲル化しないように、ドープ貯蔵容器内のセリシンドープを所定の温度に加熱・保持できる加熱装置を取り付けたエレクトロスピニング装置を用いれば、絹フィブロインドープや絹セリシンドープがゲル化してしまう温度以上にこのドープを加熱・保持することができるので、また、絹タンパク質ドープに上記したアルコール等の絹タンパク質凝固剤を加えた後に加熱・保持することができるので、これらのドープを用いてエレクトロスピニングすることにより所望の絹タンパク質ナノファイバーを製造できる。
本発明によれば、エレクトロスピニング中に、加熱装置の作用により、絹フィブロインドープや絹セリシンドープはゲル化することがなく、効率的にしかも経済的に絹タンパク質ナノファイバーを製造できる。また、ドープ中の絹タンパク質分子を凝集させる働きのあるアルコール等の絹タンパク質凝固剤を所定量添加し、かつ貯蔵容器を加熱する加温装置を備えたエレクトロスピニング装置を用いることにより、絹タンパク質ナノファイバーの平均繊維径及びその繊維径分布を制御することが可能となる。
本発明の絹タンパク質ナノファイバーを製造するために使用するエレクトロスピニング装置は、高圧電源、ポリマー溶液の貯蔵タンク、陽極に接続する紡糸口、及びアースされ陰極に接続する陰極板(コレクター)から構成される。各種ドープを試料貯蔵容器(タンク)に入れ、紡糸口と陰極板間に10〜30kVの電圧を印加すると、ドープ表面の過剰電荷が表面張力を越える時、ドープの表面積が最大となるようなドープのジェットが噴射され、超微細なジェットとなって陰極板(コレクター)に向かい、金属製の陰極板上に絹タンパク質ナノファイバーが積層する。
絹タンパク質ナノファイバーを効率よく製造するためには、ドープを製造するために絹フィブロイン繊維をどのような溶媒で溶解するか、ドープの最適濃度は何wt%にするのか、印加電圧をどのように設定するかが重要な要因である。
絹タンパク質ドープを用い、エレクトロスピニングにより絹タンパク質ナノファイバーを製造する際の評価は、ドープのジェットが連続的に安定して噴射されるか、ナノファイバーが安定して陰極板上に集積するか、ナノファイバーの平均繊維径がどれほどか、そのバラツキの指標である平均繊維径の標準偏差はどれほどか、又は陰極板上に集積するナノファーバーに粒状の「スポット」の付着が見られるか等を観測することにより行われる。これらの絹タンパク質ナノファイバーの紡糸状態に及ぼす紡糸条件で特に重要なものは、絹タンパク質ドープの濃度、紡糸の際の印加電圧、紡糸口から一定の距離を隔てた陰極金属板までの紡糸距離である。
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
実施例及び比較例で使用する試料の調製方法は次の通りである。
(1)セリシンパウダー:
以下の実施例及び比較例で使用するセリシンパウダーは、セーレン株式会社鯖江工場で製造している市販品(品名 セリシンパウダーCP2, Lot No. 0704206)である。同社の検査成績表には、セリシンパウダーの試験項目として、分析値は、窒素:14.7%、乾燥減量:4.9wt%、強熱残量:9.0wt%、1%水溶液:pH7.4、重金属:20ppm以下、ヒ素:2ppm以下と記載されている。このセリシンパウダーは、家蚕(Bombyx mori)由来である。この市販品以外に上記した方法で調製したセリシンパウダーを用いても良い。なお、以下の実施例では、セーレン株式会社製のセリシンパウダーを用いて行い、その結果に基づいてセリシンドープ濃度を決定したが、この市販品以外に上記した方法で調製したセリシンパウダーを用いても良いし、また、野蚕由来のセリシンパウダーでも良い。家蚕由来のセリシンパウダーでも、野蚕由来のセリシンパウダーでも、アミノ酸組成、化学構造には差異はないからである。
(2)シルクスポンジ(フィブロインスポンジともいう):
家蚕(Bombyx mori)から得られた生糸を濃度0.07%炭酸ナトリウム溶液を用いて1時間煮沸して絹セリシンを除去し、得られた精練絹(絹フィブロイン繊維)6.5gを75℃、9.5モルの臭化リチウム水溶液に溶解し、5℃の蒸留水で4日間透析してLiイオンとBrイオンを除去し、濃度1.8wt%の絹フィブロイン水溶液を得た。この濃度1.8wt%の絹フィブロイン水溶液300mLに99%メタノール20mLを加え室温で静置すると、フィブロイン水溶液がゲル化して沈殿を生ずる。これを凍結乾燥装置に入れて減圧下で乾燥することによりフィブロインスポンジを製造した。
(3)柞蚕絹フィブロイン膜及び柞蚕絹フィブロインパウダー:
柞蚕繭糸をその重量に対して50倍量の0.1%過酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、98℃で1時間処理して柞蚕繭糸の周囲を覆う絹セリシン及びタンニンを除去し、柞蚕絹フィブロイン繊維を調製した。セリシンやタンニンを予め除去した柞蚕絹フィブロイン繊維を9M チオシアン酸リチウム水溶液に完全に溶解して柞蚕絹フィブロイン水溶液を製造し、この水溶液をセルロース製の透析膜に入れて両端を縫糸で括って室温の水道水に4日間入れて置換し、リチウムイオンを完全に除き、純粋な柞蚕絹フィブロイン水溶液を調製した。かくして調製された柞蚕絹フィブロイン水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、送風乾燥させて柞蚕絹フィブロイン膜を製造し、また、この柞蚕絹フィブロイン水溶液を凍結乾燥させて、柞蚕絹フィブロインパウダーを製造した。
(4)家蚕絹フィブロイン膜:
家蚕繭糸をその重量に対して50倍量の0.11%炭酸ナトリウム水溶液に浸漬し、98℃で1時間処理して繭糸の周囲を覆う絹セリシンを除去し、家蚕絹フィブロイン繊維を調製した。この家蚕絹フィブロイン繊維をチオシアン酸リチウム水溶液に溶解し、この水溶液をセルロース製透析膜に入れ、両端を縫糸でくくって室温の水道水に2日間入れ、リチウムイオンを完全に除き、純粋な家蚕絹フィブロイン水溶液を調製した。かくして調製された家蚕絹フィブロイン水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、送風乾燥させて家蚕絹フィブロイン膜を調製した。なお、家蚕絹フィブロインパウダーを使用する場合には、上記野蚕絹フィブロインパウダーと同様にして製造できる。
(5)エレクトロスピニングによる絹タンパク質ナノファイバーの製造方法:
絹タンパク質ドープを用い、カトーテック株式会社製のエレクトロスピニング装置により絹タンパク質ナノファイバーを製造した。所定濃度の絹タンパク質ドープをポリマー溶液貯蔵タンクに充填する。ポリマー溶液貯蔵タンクに陽極電極を付けた紡糸口から陰極板間に印加電圧を加える。陽極・陰極間の距離は自由に変化させることが可能である。
紡糸口に取り付けたノズルは、テルモ株式会社製のテルモノンベベル針(22G X 1 1/2”(0.70×38mm))である。ポリマー貯蔵タンクとしては、株式会社トップ製のロックタイプ・螺旋式の5mLトッププラスチックシリンジを使用した。
印加電圧を加えると、静電力により紡糸口から陰極板に向かって絹タンパク質ドープが噴射され、陰極板上に絹タンパク質ナノファイバーが積層する。陰極板に付着した絹タンパク質ナノファイバーの表面を、公知のイオンスパッタリング装置を用いて公知の条件(スパッタリング時間5分)下で、200Åの膜厚の金薄膜で被覆した後、走査型電子顕微鏡(SEM)で絹タンパク質ナノファイバーの太さ(サイズ)を評価した。
以下の実施例や比較例では、エレクトロスピニングの条件を詳細に記述するようにしたが、紡糸条件の記載が無い場合は、印加電圧20kV、紡糸距離15cmであることを意味する。
(6)絹タンパク質ナノファイバーの紡糸状態:
目視で観察し、評価した。この場合の評価基準は、以下の通りである。
+:紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットが連続的に安定して放出されて、ナノファイバーが陰極板上に集積する状態が良好である。
−:紡糸口から陰極板に向かって超微細で霧状態のポリマージェットが連続的に安定して放出されることはなく、ナノファイバーが陰極板上に集積する状態が良好ではない。
(7)ナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差:
エレクトロスピニングにより製造した絹タンパク質ナノファイバーにイオンコーター装置を用いて金のイオンをスパッタリングして、厚さ300Åの金のコーティングを施す。走査型電子顕微鏡により倍率5万倍で異なる10種類の視野のナノファイバー画像を撮影し、画像をプリンターで印刷する。画像に記載されたスケールを基に各視野につき10ヶ所の繊維径を計測する。このようにして合計100個所の繊維径から、平均繊維径とその標準偏差(SD)を求めた。
(比較例1)
セリシンパウダーを80℃の蟻酸で溶解して、セリシンの蟻酸ドープを調製した。加熱状態にある蟻酸ドープは均一な透明な水溶液であるが、80℃から室温(20℃)まで降温する過程で、40℃を過ぎた辺りから35℃までの間でゲル化してしまったため、エレクトロスピニング用のセリシンの蟻酸ドープとして利用することができなかった。一方、セリシンを熱水で溶解したセリシンドープは、80℃から室温(20℃)まで降温する過程においてもゲル化が起こらないのでエレクトロスピニングができた。
セリシンパウダーを80℃に加熱した蒸留水に溶解し、撹拌装置で30分間セリシン水溶液を撹拌し、均一な濃度50wt%のセリシンドープを製造した。このドープを5℃の冷蔵庫に入れて1昼夜保存した。その後、このセリシンドープを加熱することなく、室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。紡糸距離を13cm、印加電圧を8、9、10kVに設定して行った。印加電圧を変動させてエレクトロスピニングしても紡糸口からのセリシンジェットの噴射状態は良好であった。陰極板上の集積物をSEM測定で調べた(表1)。
エレクトロスピニングにより製造できる絹タンパク質ナノファイバーは、平均繊維径がナノオーダーの繊維状物であるが、エレクトロスピニングの紡糸条件が適当でないと繊維状物とはならず、陰極板上にスポット的にシルクが付着してビーズ状(表1ではビーズ形態と記載)になってしまう。陰極板上の集積物が良好な繊維状態となるには印加電圧は10kV以上が望ましく、10kV未満であると集積物はビーズ状となってしまう。
実施例1記載の50wt%セリシンドープを用いてエレクトロスピニングする際に、セリシンドープを加熱することなく室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。印加電圧を20kVに設定して行った。エレクトロスピニングの紡糸状態と、製造したセリシンナノファイバーの平均繊維径、繊維径の標準偏差を以下に集約した(表2)。
紡糸距離が増大すると、セリシンナノファイバーの平均繊維径は次第に減少し、バラツキも小さくなることが分かる。紡糸距離は最低13cm以上が望ましい。
実施例1記載の50wt%のセリシンドープを用い、加熱することなく室温(20℃)でエレクトロスピニングを行い、セリシンナノファイバーを製造した。紡糸距離を13cm、印加電圧を11、12、13、14、15、16、20、25kVに設定してエレクトロスピニングを行った。得られたセリシンナノファイバーの形態をSEM観察し、セリシンナノファイバーの繊維径(平均繊維径)、その標準偏差、及び変動係数を表3に集約する。なお、変動係数は平均繊維径の値に対する相対誤差を示す物理量である。
セリシンナノファイバーの平均繊維径と標準偏差は、印加電圧11kVでは、他の条件時よりも若干高い値を示すが、印加電圧が14kV以上となると、セリシンナノファイバーの平均繊維径と標準偏差とは減少しながらほぼ一定値となる。セリシンナノファイバー平均繊維径の標準偏差は印加電圧が13、14kV付近でやや高くなり、14kV以上ではほぼ低い一定値となった。
実施例1記載の方法と同様にして40wt%及び50wt%セリシンドープを製造した。このセリシンドープを加熱することなく室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。紡糸距離を13cm、印加電圧を8、9、10kVに設定して行った。セリシンドープ濃度と印加電圧の組み合わせと得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径とを調べ、表4に集約する。
セリシンパウダーを80℃に加熱した蒸留水、蟻酸で溶解して得たセリシンドープ、また、このセリシンドープ3mLに0.1mLのメタノールを添加したメタノール−セリシンドープを用い、室温(RT:20℃)で又は45℃に加熱して、エレクトロスピニングを行ってセリシンナノファイバーを製造した。紡糸距離を15cm、印加電圧を20kVに設定して行った。いずれの印加電圧であっても紡糸口からのセリシンジェットの噴射状態は良好であった。得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差とを集約した(表5)。
80℃に加熱した蒸留水、蟻酸にセリシンパウダーを溶解して得られたセリシンドープ、又はこのセリシンドープ3mLにメタノール0.1mLを添加して得られたメタノール−セリシンドープを用い、ドープ温度を室温(20℃)で又は45℃に加熱してエレクトロスピニングすることによりセリシンナノフイバーを製造した。セリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差とを計測し、その結果を図1に示す。紡糸距離を15cm、印加電圧を20kVに設定して行った。いずれの場合もセリシンナノファイバーの製造状態は良好であった。
図1は、異なる原料ドープにより得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差との関係を示すものであり、縦軸を平均繊維径、横軸を標準偏差としてプロットした。図1中、A区(×印)は、50wt%のセリシン蟻酸ドープを用いて45℃で紡糸した結果、B区(△印)は、50wt%セリシン水溶液3mLにメタノール0.1mLを添加したメタノール−セリシンドープを用いて45℃で紡糸した結果、C区(☆印)は、50wt%セリシン水溶液3mLにメタノール0.1mLを添加したメタノール−セリシンドープを用いて室温(20℃)で紡糸した結果、D区(○印)は50wt%セリシンドープ(セリシンを加熱した蒸留水に溶解したもの)を用いて室温(20℃)で紡糸した結果を示す。図中には、A区〜D区のそれぞれの閉じた領域内に複数の印があるが、本実施例では、同一条件で製造したセリシンナノファイバー100本を1グループとして1つの印に対応させ、計測した平均繊維径とその標準偏差を表示してある。
図1から明らかなように、セリシンドープにメタノールを添加し、このメタノール−セリシンドープを加熱しないでエレクトロスピニングして得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差とが格段に増加し、このメタノール−セリシンドープを45℃に加熱しながらエレクトロスピニングして得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径とその標準偏差とは、加熱しない場合と比べて六分の一程度まで減少していることが分かる。
また、上記B区及びC区の条件において、メタノール添加量を、50wt%セリシンドープ3mL当たり、0.03、0.05、0.1、0.2、0.3、0.4、及び0.5mLのメタノールを添加してなるセリシンドープをエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。その結果、0.03mL及び0.5mLを添加した場合は、セリシンナノファイバーの平均繊維径及びその標準偏差に対する効果は見られなかったが、0.05mL〜0.4mL添加した場合は、セリシンナノファイバーの平均繊維径及びその標準偏差が格段に増加したことが確認できた。
以下の異なるセリシンドープ試料1〜3をエレクトロスピニングして、3種類のセリシンナノファイバーを製造した。
試料1:セリシンパウダーを80℃に加熱した蒸留水に溶解して製造した濃度50wt%のセリシンドープを用い、エレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。このエレクトロスピニングは、紡糸距離を15cmに設定し、セリシンドープを加熱せずに室温(20℃)で、印加電圧を20kVに設定して行った。
試料2:セリシンパウダーを80℃に加熱した蟻酸に溶解して製造した濃度40wt%のセリシンドープを用い、エレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。このエレクトロスピニングは、紡糸距離を15cmに設定し、セリシンドープを加熱せずに室温(20℃)で、印加電圧を20kVに設定して行った。
試料3:セリシンパウダーを80℃に加熱した蒸留水に溶解して製造した濃度50wt%のセリシンドープ3mLにメタノール0.1mLを加え、このメタノール−セリシンドープを用い、エレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。このエレクトロスピニングは、紡糸距離を15cmに設定し、メタノール−セリシンドープを加熱せずに室温(20℃)で、印加電圧を20kVに設定して行った。
上記のようにして得られたセリシンナノファバーの分子形態を調べるためFTIR測定を行った。セリシンドープ及びメタノール−セリシンドープを用いてエレクトロスピニングにより製造したセリシンナノファイバーのFTIR測定結果において、吸収の現れる波数(cm−1)との関係を表6に示す。
メタノールを添加していないセリシンナノファイバー(試料1)のFTIRスペクトルには、アミドIの1651cm−1に吸収が現れており、これはランダム分子形態に特有の吸収である。メタノール−セリシンナノファイバー(試料3)のFTIRスペクトルのアミドIには1645cm−1に吸収が現れており、試料1の場合のアミドIの1651cm−1よりも吸収ピークが低波数側に移行している。これは、セリシンドープにメタノールを添加してエレクトロスピニングする場合には、セリシンナノファイバーの分子形態にはβ分子形態のものが多く含まれることを意味する。
セリシンナノファイバー(試料2)のFTIRスペクトルには、他の試料にはない1714cm−1に吸収が現れており、これが蟻酸のカルボニル基に基づく吸収であることから、セリシンナノファイバー(試料2)には蟻酸が極微量含まれることが明らかであった。
80℃の蒸留水に溶解して製造した50wt%のセリシン水溶液はドープ温度を80℃から室温まで降温する過程でゲル化は起こらなかった。一方、80℃に加熱した蟻酸でセリシンパウダーを溶解し、濃度35wt%、濃度40wt%のセリシンドープを製造した。この蟻酸ドープは、80℃から室温(20℃)までの降温過程で40℃未満から35℃までの間でゲル化が起こった。エレクトロスピニングに適するセリシンパウダーの蟻酸溶液濃度は、セリシンドープを加熱しない場合は35wt%〜60wt%である。
上記したように一旦セリシンドープがゲル化してしまうと、加熱してもゲル化状態を改善して均一な溶液状態にはなり難い。そのため、加熱蟻酸でセリシンパウダーを溶解した場合には80℃から室温までの降温過程で、少なくともセリシンドープがゲル化しない範囲の温度で、セリシンドープを加熱することによりゲル化を防止しながらエレクトロスピニングすることができる。
セリシンパウダーを80℃の蒸留水に溶解して40wt%、50wt%のセリシンドープを製造した。調製後のセリシンドープを80℃から室温まで放置冷却した直後のドープを用いてエレクトロスピニングしても、セリシンナノファイバーは紡糸できなかった。しかし、セリシンドープを80℃から室温まで冷却し、次いで5℃の冷蔵庫に1日保存した後に、室温(20℃)でエレクトロスピニングすると、セリシンナノファイバーが良好に製造できた。
(比較例2)
セリシンパウダーを80℃の蟻酸に溶解し、濃度が35wt%、40wt%、又は50wt%のセリシンの蟻酸ドープを製造した。得られたセリシンドープは、80℃から室温までの降温過程の室温(20℃)付近でゲル化が起こったが、ゲル化が起こらない温度まで冷却した後に5℃の冷蔵庫に1日保存して冷却した場合には、いずれのセリシンの蟻酸ドープもゲ化が起こらず、エレクトロスピニング可能であった。
(比較例3)
セリシンパウダーを70℃の蒸留水に溶解して製造した40wt%、50wt%のセリシンドープは、70℃の加熱状態でもゲル化が起こることもなく、また、70℃から室温(20℃)までの降温過程では水溶液状態であり、ゲル化が起こることもなく、エレクトロスピニングが可能であった。
セリシンパウダーを70℃に加熱した蟻酸に溶解して製造した40wt%のセリシンの蟻酸ドープは70℃の加熱状態では水溶液状態であり、ゲル化は起こらないが、70℃から室温までの降温過程において、40℃未満から35℃までの間でゲル化が起こり、エレクトロスピニングできなかった。
(比較例4)
セリシンパウダーを70℃に加熱した蟻酸に溶解させ40wt%のセリシンの蟻酸ドープを製造した。この蟻酸ドープを70℃から室温(20℃)まで降温する過程において、40℃未満から35℃の間でセリシンドープはゲル化してしまい、エレクトロスピニングできなかった。そのため、セリシンの蟻酸ドープが降温過程でゲル化し始める傾向が観察された過程で、ゲル化しないうちに加熱装置を使用して40℃以上に加熱、保温すると、ドープはゲル化することがなく、このドープを用いてエレクトロスピニングできた。
セリシンパウダーを70℃の蒸留水に溶解して製造した濃度50wt%のセリシンドープ及びこのセリシンドープ3mLにメタノールを0.1mL加えたメタノール−セリシンドープを用い、室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。得られたナノファイバーの分子形態を調べるためにFTIRスペクトル測定を行い(図2(a))、また、熱的特性を調べるためにDSC測定を行った(図2(b))。紡糸距離(L)を15cm、印加電圧を20kVに設定して行った。
図2(a)から明らかなように、メタノールを添加していないセリシンドープを用いてエレクトロスピニングして製造したセリシンナノファイバーでは、上記したように、アミドI領域の1651cm−1及びアミドII領域の1537cm−1にピークが現れたのに対して、セリシンパウダー水溶液にメタノールを添加したメタノール−セリシンドープを用いてエレクトロスピニングして製造したセリシンナノファイバーでは、アミドI領域の1645cm−1及びアミドII領域の1515cm−1にピークが現れている。アミドI及びアミドII領域に現れる吸収スペクトルの特徴から、セリシンドープにメタノールを添加することでセリシンドープ中のセリシン分子が凝集し、βシート構造になったことがわかる。
セリシンナノファイバーのDSC曲線を示す図2(b)から明らかなように、セリシンドープを用いた場合には、セリシンナノファイバーは217℃に現れる吸熱ピークの他に294℃にも吸熱ピークが現れているのに対し、メタノール−セリシンドープを用いた場合には、セリシンナノファイバーは225℃に現れる吸熱ピークの他に294℃にも吸熱ピークが現れていることが分かる。220℃付近のピーク温度の違いからメタノールによる繊維凝集効果によってランダムコイルからβシートが形成され、熱的特性が向上したものと考えられる。
セリシンパウダーを70℃の蒸留水に溶解して製造した濃度50wt%のセリシンドープを用い、室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。このセリシンナノファイバーの表面を、公知のイオンスパッタリング装置を用いて公知の条件(スパッタリング時間5分)下で、200Åの膜厚の金薄膜で被覆した後、走査型電子顕微鏡でセリシンナノファイバーの平均繊維径とその繊維径の標準偏差とを求め、その結果を図3にプロットした。エレクトロスピニングは、紡糸距離を10、13、15cmに設定し、印加電圧を13.00〜25.00kVの間で変動させて行った。
図3(a)は、セリシンナノファイバーの平均繊維径と印加電圧との関係をプロットしたものであり、図3(b)は、繊維径の標準偏差と印加電圧との関係をプロットしたものである。図3(a)から明らかなように、紡糸距離が変わっても印加電圧が高くなるにつれてナノファイバーの平均繊維径が減少する傾向が確認でき、また、図3(b)から明らかなように、印加電圧が増加すると平均繊維径のばらつきが減少することが確認できる。これは、印加電圧が増加するとエレクトロスピニング状態が安定し、極めて微細なスプレー状態を呈し、その結果、ナノファイバーの平均繊維径が極細となることを示唆している。
セリシンパウダーを70℃の蟻酸に溶解して製造した濃度40wt%のセリシンの蟻酸ドープを用い、室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。また、比較のために、セリシンパウダーを70℃の蒸留水に溶解して製造した濃度40wt%のセリシンドープを用いて、室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。
上記エレクトロスピニングは、紡糸距離を15cm、印加電圧を20kVに設定して行った。かくして得られたセリシンナノファイバーのFTIRスペクトル及びDSC曲線を測定し、それぞれ、図4(a)及び図4(b)に示す。
図4(a)から明らかなように、セリシンを加熱した蒸留水に溶解して調製したセリシンドープ及びセリシンを熱蟻酸に溶解して製造したセリシンドープをエレクトロスピニングしてなるセリシンナノファイバー(以降、それぞれを、セリシンナノファイバーWとセリシンナノファイバーFと略記する)の分子形態には差異は見られないが、後者にはエレクトロスピニングの結果、極微量に含まれる蟻酸による特徴的な吸収が1714cm−1に現れている。また、図4(b)から明らかなように、セリシンナノファイバーWの場合、217℃とセリシン熱分解による294℃とに吸熱ピークが現れ、一方、セリシンナノファイバーFの場合、微量に含まれる蟻酸によると考えられる183℃の吸熱ピークが現れる他、セリシンナノファイバーFに見られる217℃の吸熱ピークが微弱な吸熱ピークとなり高温側の244℃に現れ、かつ292℃に吸熱ピークが見られる。
セリシンパウダーを70℃の蟻酸に溶解して製造した濃度40wt%のセリシンの蟻酸ドープを用い、室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。このセリシンナノファイバーの表面を、公知のイオンスパッタリング装置を用いて公知の条件(スパッタリング時間5分)下で、200Åの膜厚の金薄膜で被覆した後、走査型電子顕微鏡でセリシンナノファイバーの平均繊維径(nm)とその標準偏差とを求め、その結果を図5にプロットした。エレクトロスピニングは、紡糸距離を15cmに設定し、印加電圧を13〜25kVの間で変動させて行った。なお、図5において、横軸は印加電圧(kV)であり、縦軸は平均繊維径(nm)である。
図5から明らかなように、印加電圧が高くなるにつれ平均繊維径及びその標準偏差ともに減少する傾向が観察される。また、今回の条件以上の電圧をかけることで、さらに平均繊維径が減少する可能性があると思われる。
セリシンパウダーを70℃の蒸留水に溶解して濃度50wt%のセリシンドープを製造した。このセリシンドープ3mLにメタノールを0.1mL添加したメタノール−セリシンドープを用い、20℃でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造した。エレクトロスピニングは、紡糸距離を15cmに設定し、印加電圧を13〜25kVの間で変動させて行った。得られたセリシンナノファイバーの表面を、公知のイオンスパッタリング装置を用いて公知の条件(スパッタリング時間5分)下で、200Åの膜厚の金薄膜で被覆した後、走査型電子顕微鏡でセリシンナノファイバーの平均繊維径(nm)とその標準偏差とを求め、その結果を図6にプロットした。なお、図6において、横軸は印加電圧(kV)であり、縦軸は平均繊維径(nm)である。
図6から明らかなように、印加電圧が上がるにつれて平均繊維径が減少する傾向が現れているのがわかる。また、印加電圧20kVと25kVとの平均繊維径の差は微少であることがわかる。このことから、セリシンドープに添加するメタノールの量を変えたり、紡糸時に溶液の温度をコントロールしたりすることで、従来のエレクトロスピニング条件下では、製造できるナノファイバーの繊維径が増大し、マイクロンオーダーになってしまう不都合さを改善できることを示唆するものである。
セリシンパウダーを70℃の熱水に溶解して濃度50wt%のセリシンドープを製造した。このセリシンドープ3mLにメタノールを0.1mL添加して得られたメタノール−セリシンドープを用い、室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造し、そのDSC測定を行った(図7)。エレクトロスピニングは、紡糸距離を15cm、印加電圧を20kVに設定して行った。また、比較のために、セリシンパウダーを70℃の熱水に溶解して製造した濃度50wt%のセリシンドープを用いて、室温(20℃)でエレクトロスピニングしてセリシンナノファイバーを製造し、DSC測定を行い、図7に示す。
図7に示す熱的特性を測定したDSCの結果から明らかなように、メタノールを添加したセリシンドープから得られたセリシンナノファイバーの場合、メタノールを添加しないセリシンドープから得られたセリシンナノファイバーよりも熱的特性が向上していることが分かる。すなわち、200℃過ぎに現れるピークはセリシンの熱分解によるものであるが、メタノールを添加しないセリシンドープを使用したものは217℃にピークが現れるのに対し、メタノールを添加したセリシンドープを使用したものは225℃にピークが現れている。上記したFTIRに対する考察でも述べたが、メタノールによるセリシン分子の凝集が高まったことにより熱的な安定性が向上したものと考えられる。
セリシンパウダーを約80℃に加熱した蟻酸に溶解させて35wt%のセリシンドープを製造した。このセリシンドープを45℃に加熱しながらエレクトロスピニングすると良好なセリシンナノファイバーが製造できたが、加熱しないと室温(20℃)でセリシンの蟻酸ドープがゲル化してしまいエレクトロスピニングはできなかった。
また、セリシンパウダーを約80℃に加熱した蟻酸に溶解させて40wt%のセリシンドープを製造した。この蟻酸ドープを80℃から室温(20℃)までの降温過程でゲル化してしまい、エレクトロスピニングはできなかった。しかし、製造した蟻酸ドープを80℃からの降温過程で、これを45℃に加熱しながらエレクトロスピニングするとセリシンナノファイバーを製造できた。
セリシンパウダーを85℃の熱水に溶解して製造した50wt%セリシンドープを5℃の冷蔵庫に1昼夜保存した。その後、冷蔵庫から取り出したセリシンドープ3mLにメタノールを0.1mL添加したメタノール−セリシンドープを用い、室温(20℃)でエレクトロスピニングするとエレクトロスピニングが可能であった。冷蔵庫から取り出したメタノールを添加しないままのドープを用いた場合も、同様に室温(20℃)でエレクトロスピニングが可能であった。
5℃の冷蔵庫に1昼夜保存することにより、熟成され、分子凝集状態が安定化するのではないかと考えられる。この点については、セリシンパウダーを熱蟻酸に溶解して調製されたドープの場合も同様であった。
セリシンパウダーを80℃に加熱した水、蟻酸で溶解して得たセリシンドープに、メタノールの代わりにエタノール、ジメチルホルムアミド(DMF)、及びN, N’−ジメチルスルホキシド(DMSO)から選ばれた溶媒を添加した溶媒−セリシンドープを用い、実施例6記載の方法を繰り返して、セリシンナノファイバーを製造した。いずれの場合も紡糸口からのセリシンジェットの噴射状態は良好であり、得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径及びその標準偏差は、実施例6の場合と同程度であった。すなわち、セリシンドープにエタノール、DMF、DMSOを添加し、この溶媒−セリシンドープを加熱しない室温でエレクトロスピニングして得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径と標準偏差とが格段に増加し、この溶媒−セリシンドープを45℃に加熱しながらエレクトロスピニングして得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径と標準偏差とは、加熱しない場合と比べて減少していることが分かった。この傾向は、メタノールに比べて、エタノール、DMSO、DMFの順に低下していた。これらの溶媒は、絹セリシン、絹フィブロインのシルク分子を凝固させる機能を有するものであるが、その凝固効果はエタノール、DMSO、DMFの順に低下することから妥当な結果であると考えられる。
セリシンパウダーを80℃に加熱した蒸留水、蟻酸で溶解して得たセリシンドープに、エタノール、DMF、及びDMSOから選ばれた溶媒を、ドープ中に含まれているタンパク質の重量基準で、2〜25wt%添加した溶媒−セリシンドープを用い、実施例6記載の方法を繰り返して、セリシンナノファイバーを製造した。
その結果、2wt%添加した場合は、セリシンドープの濃度が希薄すぎてセリシンジェットは噴出するものの、製造できるセリシンナノファイバーはビーズ状形態となり良好なナノファイバーとならず、25wt%添加した場合は、ドープ濃度が濃厚すぎてセリシンジェットの噴出状態は一定状態で噴射することがなく、かつ、製造できるセリシンナノファイバーの繊維径が増大し、サブミクロンのオーダーとなるという問題が生ずるが、メタノールの場合と同様に、2.6〜21.1wt%添加した場合は、いずれの場合も紡糸口からのセリシンジェットの噴射状態は良好であり、得られたセリシンナノファイバーの平均繊維径及びその標準偏差は、実施例6の場合と同程度であった。
80℃に加熱した蒸留水、蟻酸にセリシンパウダーを溶解して得られたセリシンドープ(50wt%)、又はこのセリシンドープ3mLにメタノール0.1mLを添加して得られたメタノール−セリシンドープを用い、実施例6記載のエレクトロスピニングを繰り返した。但し、ドープ温度を15、30、40、50、55、及び58℃に加熱してエレクトロスピニングすることによりセリシンナノフイバーを製造した。セリシンナノファイバーの平均繊維径を計測したところ、30、40、50及び55℃の場合には、セリシンナノファイバーの製造状態は良好であり、実施例6の場合と同様な結果が得られたが、15℃ではドープがゲル化してしまい、紡糸できなかった。また、55℃を超えた辺りから蟻酸の場合に蟻酸蒸気の発生が観測され、58℃ではその発生が甚だしくなって、作業者の健康上のリスクが生じたので、55℃を超えた温度でのエレクトロスピニングは好ましくないと考えられる。
(比較例5)
実施例6の記載に従って、80℃に加熱した蟻酸にセリシンパウダーを溶解して調製した濃度60wt%、65wt%、70wt%及び75wt%のセリシンドープを用い、ドープを45℃に加熱、保持してエレクトロスピニングした。濃度が高くなるに従って、分子間相互作用が強まり、ゲル化し易くなる傾向が見られ、ドープ粘度が必要以上に高くなって、エレクトロスピニング装置の細い口径の紡糸口が目詰まりする傾向が見られ、高い電圧を印加しても、セリシンスプレー(ジェット)が起こり難くなった。その結果、70wt%以下の濃度、好ましくは60wt%以下の濃度のドープではナノファイバーを製造できたが、75wt%濃度のドープではナノファイバーを製造できなかった。
一方、上記セリシンドープの場合に、その濃度が20wt%より低いと、エレクトロスピニングの際に、セリシンスプレーが生じても、得られるものは、ナノファイバーではなく、ビーズ状態を呈したものが得られ、所望のナノファイバーは製造できなかった。
なお、セリシンパウダーをHFIP、HFAcに溶解して得られたセリシンドープについても、40℃でエレクトロスピニングしたところ、35℃を超えた辺りから蟻酸の場合と同様に蒸気の発生が観測され、58℃ではその発生が甚だしくなって、作業者の健康上のリスクが生じたので、好ましくないと考えられる。
シルクスポンジ(以下、「フィブロインスポンジ」ともいう)を室温(20℃)の蟻酸に溶解して所定濃度(8、10、15wt%)のフィブロインの蟻酸ドープを製造し、この蟻酸ドープを用い、室温(RT:20℃)、45℃でエレクトロスピニングしてフィブロインナノファイバーを製造した。フィブロインナノファイバーの製造条件、並びに得られたナノファイバーの平均繊維径及びその標準偏差を表7、8及び9に示す。エレクトロスピニングは、紡糸距離を17cm、印加電圧を15、20、25、30kVに設定して行った。
表8及び9から明らかなように、印加電圧が13kV以下では紡糸状態が不安定になり、好ましくなく、また、セリシンジェットの噴出状態が良好でなくなり、セリシンナノファイバーはビーズ状形態となる傾向がある。
フィブロインスポンジを室温(20℃)の蟻酸に溶解して10wt%のフィブロインの蟻酸ドープを製造し、この蟻酸ドープを用い、エレクトロスピニングしてフィブロインナノファイバーを製造した。エレクトロスピニングは、紡糸距離を15cm、印加電圧を15、20、25、30kVに設定して行った。得られたナノファイバーの平均繊維径を表10に示す。また、上記10wt%のセリシンドープ3mLにメタノール0.1mLを添加して得られたメタノール−フィブロインの蟻酸ドープを用い、室温(20℃)でエレクトロスピニングしてフィブロインナノファイバーを製造し、その平均繊維径も表10に示す。
表10から明らかなように、フィブロインの蟻酸ドープをエレクトロスピニングする際、ドープにアルコールを添加すると、エレクトロスピニングしてなるフィブロインナノファイバーの繊維径はドープにアルコールを添加しない場合より10%以上増大することが分かる。
フィブロインスポンジを室温(20℃)の蟻酸に溶解して濃度8wt%のフィブロインの蟻酸ドープを製造し、この蟻酸ドープを用い、紡糸距離:17cm、及び印加電圧:30kVでエレクトロスピニングしてフィブロインナノファイバーを製造した。得られたナノファイバーのFTIR、DSC、及びX線回折測定を行った。それぞれの結果を図8、図9、及び図10に示す。なお、図8、図9には、フィブロインの蟻酸ドープから製造したナノファイバーの対象試料として、フィブロインスポンジの極薄切片を用いたFTIR及びDSC測定結果も併せて載せた。
図8から明らかなように、フィブロイン蟻酸ドープから製造したナノファイバーの分子形態は極薄切片のフィブロインの分子形態と差異は見られないが、1714cm−1には極微量に含まれる蟻酸による吸収が微弱に現れている。
図9から明らかなように、フィブロイン蟻酸ドープから製造したナノファイバーには試料に含まれる水分の蒸発に伴う大きな吸熱ピークが90℃に、微量に含まれる蟻酸によると考えられる2つの吸熱ピークが180〜230℃にかけて現れ、さらにフィブロインの熱分解による吸熱ピークが270℃付近に見られる。
図10から明らかなように、フィブロインの蟻酸ドープから製造したナノファイバーの結晶構造は、フィブロインスポンジの極薄切片の結晶構造と差異が無く、全体としては非結晶構造を取ることが分かる。
フィブロインスポンジを室温(20℃)の蟻酸に溶解して濃度8、10、15wt%のフィブロインの蟻酸ドープを製造し、この蟻酸ドープを用い、紡糸距離:17〜23cm、及び印加電圧:15〜30kVでエレクトロスピニングしてフィブロインナノファイバーを製造し、このナノファイバーの平均繊維径(nm)と印加電圧(kV)との関係(紡糸距離:17cm)、ナノファイバーの平均繊維径(nm)と紡糸距離(17〜23cm)との関係(印加電圧:30kV)を検討し、その結果をそれぞれ図11及び図12に示す。
フィブロインスポンジを、室温(20℃)で、蟻酸、HFIP、HFAcの溶媒に溶解して8wt%のフィブロインのドープを製造した。このフィブロインドープ及びこのフィブロインドープ3mLにメタノール0.1mLを添加して得たメタノール−フィブロインドープを用い、室温(20℃)、45℃で、エレクトロスピニングしてフィブロインナノファイバーを製造した。加熱した場合も加熱しない場合も、いずれも紡糸状態は良好であり、良好なフィブロインナノファイバーが得られた。フィブロインドープを加熱することで、太さや斑の少ない、しかも極細のシルクナノファイバーが得られた。溶媒の種類、メタノール添加の有無、加熱の有無(室温、45℃)によるフィブロインドープの紡糸状態を表11に示す。
上記表において、HFIP及びHFAcは、それぞれ、ヘキサフルオロイソプロパノール、ヘキサフルオロアセトン1.5水和物である。メタノール有りとは、フィブロインドープにフィブロイン重量に対して7wt%のメタノールを添加することを、またメタノール無しとは、フィブロインドープにメタノールを添加しないことを意味する。加熱有りとは、エレクトロスピニングに際して、フィブロインドープの温度を加熱装置で45℃に加熱してエレクトロスピニングしたことを、加熱無しとはフィブロインドープ温度を加熱することなく室温(20℃)でエレクトロスピニングしたことを意味する。
実施例20記載の方法に従って、フィブロインスポンジを蟻酸に溶解して、濃度5、20及び30wt%の絹タンパク質ドープを調製し、フィブロインナノファイバーを作製した。実施例20と同様な結果が得られた。
柞蚕絹フィブロイン繊維を9M LiSCN水溶液で完全に溶解して柞蚕フィブロイン水溶液を製造し、それをセルロース製の透析膜に入れて両端を縫い糸で括り、5℃の蒸留水で4日間置換して純粋な柞蚕絹フィブロインの水溶液を作製した。これをポリエチレン膜の上に広げて送風乾燥させることで絹タンパク質である柞蚕絹フィブロイン膜を、また、上記の柞蚕絹フィブロイン水溶液を凍結乾燥させて、絹タンパク質である柞蚕絹フィブロインパウダーを製造した。この柞蚕絹フィブロイン膜及び柞蚕絹フィブロインパウダーを、それぞれ、室温(20℃)で蟻酸に溶解して濃度3wt%の柞蚕絹フィブロインドープを製造した。
上記2種の柞蚕絹フィブロインドープを用い、それぞれ、エレクトロスピニングして柞蚕絹フィブロインのナノファイバーを製造した。エレクトロスピニングは、紡糸距離を15cm、印加電圧を15kV、20kV、25kVに設定して行った。
その結果、印加電圧15kVでは、ナノファイバーの紡糸は可能であったが、ノズル(紡糸口)からのフィブロインジェットの噴射状態は不連続的であった。印加電圧20kVでは、良好なフィブロインジェットが連続的に噴射し、紡糸状態は良好であった。さらに、印加電圧25kVでは、紡糸状態、得られる柞蚕絹フィブロインのナノファイバーの製造は最も良好であった。
なお、野蚕絹フィブロインドープの場合、ドープ濃度は3〜15wt%程度で十分にエレクトロスピニングでき、また、その紡糸温度、メタノール等の溶媒の添加量は前記セリシンドープについての実施例で用いた絹タンパク質ドープの場合と同程度で十分効果があった。
実施例27の柞蚕絹フィブロイン膜の代わりに家蚕絹フィブロイン膜を用いて、同様にして濃度3wt%の家蚕絹フィブロインドープを製造し、この家蚕絹フィブロインドープを用い、実施例27と同様の条件下、エレクトロスピニングして家蚕絹フィブロインのナノファイバーを製造した。その結果、実施例27の場合と同様に、紡糸状態は良好であった。
なお、家蚕絹フィブロインドープの場合も、その紡糸温度、メタノール等の溶媒の添加量は、前記セリシンドープについての実施例で用いた絹タンパク質ドープの場合と同程度で十分効果があった。また、水及び蟻酸を用いて溶解して調製された家蚕絹フィブロインドープを用いて行うエレクトロスピニングの際の紡糸温度についても前記セリシンドープについて実施例で用いた絹タンパク質ドープの場合と同様であった。
本発明によれば、カイコ由来の絹タンパク質である、フィブロイン及びセリシンを素材にした絹タンパク質ナノファイバーであって、太さムラが無い均一サイズのナノファイバーを製造することができる。従って、得られたナノファイバーは、絹タンパク質の持つ生体適合性に加えて、保水性、保湿性、生分解性に優れ、紫外線のエネルギーを吸収する性質を持ち、かつ有効表面積が広いという諸特性を有することから、フィルター、衣料材料、医用材料を中心とした各種産業分野で利用可能である。また、この絹タンパク質ナノファイバーは、有用細胞を効率的に増殖させるための再生医療材料としての技術分野で利用できる。さらに、この絹タンパク質ナノファイバーは、様々な生体細胞(骨細胞、肝細胞、平滑筋細胞、神経細胞、繊維芽細胞等)との親和性が良いため、短時間に細胞増殖が可能となり、再生医療材料としての技術分野で広範に利用できる。

Claims (11)

  1. 家蚕若しくは野蚕幼虫由来の絹タンパク質を水、蟻酸、ヘキサフルオロアセトン水和物、又はヘキサフルオロイソプロパノールに溶解して、絹タンパク質ドープを調製し、次いで得られた絹タンパク質ドープにメタノール、エタノール、ジメチルスルフォキシド、及びジメチルホルムアミドから選ばれた溶媒を添加し、該溶媒を添加した絹タンパク質ドープを用いて、この溶媒添加絹タンパク質ドープがゲル化しない温度でエレクトロスピニングすることにより絹タンパク質ナノファイバーを製造することを特徴とする絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  2. 前記絹タンパク質が、水、ヘキサフルオロアセトン水和物、又はヘキサフルオロイソプロパノールに溶解して調製した絹タンパク質ドープであり、前記ゲル化しない温度が、20〜55℃であることを特徴とする請求項1記載の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  3. 前記絹タンパク質が、蟻酸に溶解して調製した絹タンパク質ドープであり、前記ゲル化しない温度が、40〜55℃であることを特徴とする請求項1記載の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  4. 前記溶媒が、絹タンパク質ドープ中のタンパク質重量基準で2.6〜21.1wt%添加されることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  5. 前記絹タンパク質が、絹フィブロイン又は絹セリシンであることを特徴とする請求項1〜のいずれか1項に記載の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  6. 前記絹タンパク質が、絹セリシンであり、この絹セリシンが、絹セリシンパウダー、絹セリシンスポンジ又は絹セリシン膜であることを特徴とする請求項1〜のいずれか1項に記載の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  7. 前記絹タンパク質が、絹フィブロインであり、この絹フィブロインが、絹フィブロイン繊維から得られた絹フィブロインパウダー、絹フィブロインスポンジ又は絹フィブロイン膜であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  8. 家蚕若しくは野蚕幼虫由来の絹タンパク質である絹セリシンを水又は蟻酸に溶解して調製した絹タンパク質ドープを5℃に1昼夜以上保存し、その後この絹タンパク質ドープを用い、該絹タンパク質ドープがゲル化しない温度でエレクトロスピニングすることにより絹タンパク質ナノファイバーを製造することを特徴とする絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  9. 前記絹タンパク質ドープがゲル化しない温度が、20〜55℃であることを特徴とする請求項記載の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  10. 家蚕若しくは野蚕幼虫由来の絹タンパク質から得られた絹フィブロインパウダー、絹フィブロインスポンジ、又は絹フィブロイン膜を水、蟻酸、ヘキサフルオロアセトン水和物、又はヘキサフルオロイソプロパノールに溶解して、濃度が3〜15wt%の絹フィブロインドープを調製し、次いで得られた絹タンパク質ドープにメタノール、エタノール、ジメチルスルフォキシド、及びジメチルホルムアミドから選ばれた溶媒を添加し、該溶媒を添加した絹タンパク質ドープを用いて、紡糸温度:20℃〜55℃でエレクトロスピニングすることを特徴とする絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
  11. 前記溶媒が、得られたドープ中のタンパク質重量基準で2.6〜21.1wt%添加されることを特徴とする請求項10記載の絹タンパク質ナノファイバーの製造方法。
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