[実施例1]
1.定着装置を備えた画像形成装置の概略説明
図1は本実施例の定着装置を用いた画像形成装置100の概略構成図である。画像形成装置100は、電子写真方式のレーザービームプリンタである。101は像担持体としての感光体ドラムであり、矢示の時計方向に所定のプロセススピード(周速度)にて回転駆動される。感光体ドラム101はその回転過程で帯電ローラ102により所定の極性・電位に一様に帯電処理される。
103は画像露光手段としてのレーザービームスキャナである。スキャナ103は、不図示のコンピュータ等の外部機器から入力され、画像処理手段によって生成されたデジタル画像信号に対応してオン/オフ変調されたレーザー光Lを出力して、感光体ドラム101の帯電処理面を走査露光する。この走査露光により感光体ドラム101表面の露光明部の電荷が除電されて感光体ドラム101表面に画像信号に対応した静電潜像が形成される。
104は現像装置であり、現像ローラ104aから感光体ドラム101表面に現像剤(トナー)が供給されて、感光体ドラム101表面の静電潜像は、可転写像であるトナー像として順次に現像される。
105は給送カセットであり、記録材Pを積載収納させてある。給送スタート信号に基づいて給送ローラ106が駆動されて、給送カセット105内の記録材Pは、一枚ずつ分離給送される。そして、レジストローラ対107を介して、感光体ドラム101と接触して従動回転する転写ローラ108との当接ニップ部である転写部位108Tに、所定のタイミングで導入される。すなわち、感光体ドラム101上のトナー像の先端部と記録材Pの先端部とが、同時に転写部位108Tに到達するように、レジストローラ107で記録材Pの搬送が制御される。
その後、記録材Pは転写部位108Tを挟持搬送され、その間、転写ローラ108には不図示の転写バイアス印加電源から所定に制御された転写電圧(転写バイアス)が印加される。転写ローラ108にはトナーと逆極性の転写バイアスが印加され、転写部位108Tにおいて感光体ドラム101表面側のトナー像が記録材Pの表面に静電的に転写される。転写後の記録材Pは、感光体ドラム101表面から分離されて搬送ガイド109を通り画像加熱装置としての定着装置(定着器)Aに導入される。
記録材Pは定着装置Aにおいてトナー画像の熱定着処理を受ける。一方、記録材Pに対するトナー像転写後の感光体ドラム101表面はクリーニング装置110で転写残トナーや紙粉等の除去を受けて清浄面化され、繰り返して作像に供される。定着装置Aを通った記録材Pは、排出口111から排出トレイ112上に排出される。
2. 定着装置の概略説明
本実施例において、定着装置Aは電磁誘導加熱方式の加熱装置である。図2は本例の定着装置Aの要部の横断側面模型図、図3は要部の正面模型図、図4は要部の斜視図である。
加圧部材(ニップ形成部材)としての加圧ローラ8は、芯金8aと、前記芯金周りに同心一体にローラ状に成形被覆させた耐熱性・弾性材層8bとで構成されており、表層に離型層8cを設けてある。弾性層8bは、シリコーンゴム、フッ素ゴム、フルオロシリコーンゴム等で耐熱性がよい材質が好ましい。芯金8aの両端部は装置の不図示のシャーシ側板金間に導電性軸受けを介して回転自由に保持させて配設してある。
また、図3中加圧用ステイ5の両端部と装置シャーシ側のバネ受け部材18a、18bとの間にそれぞれ加圧バネ17a、17bを縮設することで加圧用ステイ5に押し下げ力を作用させている。なお、本実施例の定着装置Aでは、総圧約100N〜250N(約10kgf〜約25kgf)の押圧力を与えている。
これにより、耐熱性樹脂PPS等で構成されたスリーブガイド部材6の下面と加圧ローラ8の上面とが、導電層を有する筒状の回転体である定着スリーブ1を挟んで圧接して記録材搬送方向において所定幅の定着ニップNが形成される。
加圧ローラ8は不図示の駆動手段により矢示の反時計方向に回転駆動され、定着ニップNにおける定着スリーブ1の外面との摩擦力で定着スリーブ1に回転力が作用する。これにより、定着スリーブ1が、その内面が定着ニップNにおいてスリーブガイド部材6の面に密着して摺動しながら矢示の時計方向に従動回転する。記録材Pは定着ニップNに導入されて挟持搬送される。
フランジ部材12a・12bはスリーブガイド6の左右両端部(一端側と他端側)に外嵌され、左右位置を規制部材13a・13bで固定しつつ回転自在に取り付けられている。そして、定着スリーブ1の回転時に定着スリーブ1の端部を受けて定着スリーブのスリーブガイド部材長手に沿う寄り移動を規制する役目をする。フランジ部材12a・12bの材質としては、LCP(Liquid Crystal Polymer:液晶ポリマー)樹脂等の耐熱性の良い材料が好ましい。
ここで、定着装置Aに関して、正面側とは記録材Pを導入する側である。左右とは定着装置Aを正面側から見て左または右である。
定着スリーブ1は、基層となる導電性部材でできた発熱層(導電層)1aと、その外面に積層した弾性層1bと、その外面に積層した離型層1cの複合構造の筒形回転体である。定着スリーブ1の径は小さいほど定着装置全体を小型化でき、また熱容量も小さくなるため、定着スリーブ1を加熱した際の昇温速度が速くなる。
しかし、定着スリーブ1の径を小さくし過ぎると、定着スリーブ1と定着スリーブ内部に配設される励磁コイル3などの部材が接触して、定着スリーブ1の回転を妨げたり、熱を奪ってしまい、記録材の搬送性や定着性能に影響を及ぼしてしまう。
本実施例では後述の方法により磁性コアを小径化することにより定着スリーブ内径をφ30mmまで小径化したものを採用することができた。発熱層1aは、膜厚10〜50μmの金属フィルムとし、弾性層1bは、硬度が20度(JIS−A、1kg加重)のシリコーンゴムを0.3mm〜0.1mm成形している。そして、弾性層1b上に表層1c(離型層)として50μm〜10μmの厚さのフッ素樹脂チューブを被覆している。
この発熱層1aに対し、交番磁束を作用させ、誘導電流を発生させて発熱する。この熱が弾性層1b、離型層1cに伝達されて、定着スリーブ1全体が加熱され、定着ニップNに導入される記録材Pを加熱してトナー像Tの定着がなされる。
発熱層1aに対し、交番磁束を作用させ、誘導電流を発生させる機構について詳述する。図4は定着装置構成の斜視図である。磁性芯材としての磁性コア2は、不図示の固定手段で定着スリーブ1の中空部を貫通して配置させ、磁極NP,SPを持つ直線状の開磁路を形成している。即ち、定着スリーブ1の中空部には、定着スリーブ1の母線方向に長い磁性コア2が挿通されている。磁性コア2は前記発熱層1aの外側でループを形成せず、磁路の一部が断絶した開磁路を形成している。
磁性コア2の材質は、ヒステリシス損が小さく比透磁率の高い材料、例えば、焼成フェライト、フェライト樹脂、非晶質合金(アモルファス合金)や、パーマロイ等の高透磁率の酸化物や合金材質で構成される強磁性体が好ましい。本実施例においては、磁性コア2として、比透磁率1800の焼成フェライトを用いる。形状は円柱形状をしており、長手長さは240mmである。本実施例では、図4のX方向(定着スリーブ1の回転軸線方向もしくは母線方向)から見たコア2の断面積は、後述する上限磁束の設定により120mm2まで小型化したものを採用することができた。
励磁コイル3は、通常の単一導線を定着スリーブ1の中空部において、磁性コア2に螺旋状に巻き回して形成される。即ち、励磁コイル3は、中空部において磁性コアの外側に前記母線方向に交差する方向に磁性コアに直接もしくはボビンなどの他物を介して巻かれている。そのため、この励磁コイル3に給電接点部3a,3bを介して高周波コンバータ16などで高周波電流(交番電流、交流電流)を流すと、定着スリーブ1の母線方向に平行な方向に磁束を発生させることができる。
3.定着装置の温度制御
定着装置Aの温度制御方法を図4を用いて説明する。40は制御回路部(制御部)である。温度検知素子9、10、11は非接触型サーミスタなどによって構成され、定着スリーブ1の温度を検知する(定着スリーブ1の温度取得部)。温度検知素子9、10、11の信号は定着温度制御部44においてあらかじめ設定された目標温度と比較され、その比較結果から高周波コンバータ16に投入する電力が決定される。電力制御部46は上記設定された電力を高周波コンバータ16に投入する。
なお、電力を投入する際、電力制御部46は、後述する理由により、投入電力量に上限(上限電力)を設けている。以下、本実施例における具体的な電力制御方法を説明する。
従来の電磁誘導方式の定着装置では、交流電流の駆動周波数を変更することによって投入電力量を調整する方法が一般的であった。共振回路を用いて誘導加熱を行う電磁誘導方式においては、図43のグラフのように、駆動周波数により出力電力が変化する。例えば領域Aを選択した場合に出力電力は最大となり、領域B、Cと駆動周波数を高くするにつれ出力電力は低下する。
これは、駆動周波数が回路の共振周波数と一致するときに出力電力は最大となり、駆動周波数が共振周波数から遠ざかると出力電力が低下するという性質を利用したものである。すなわち、出力電力は変化させず、目標温度と温度検知素子9の温度差に応じて、駆動周波数を21kHz〜100kHzまで変化させることにより、出力電力を調整する方法である(参考文献:特開2000−223253公報)。
しかし、本実施例において所望の長手発熱分布にコントロールすることは、駆動周波数を所望の値に調整することであり、言い換えれば、駆動周波数を変更することにより電力調整することは出来ない。
本実施例では、以下のように電力調整を実施する。定着スリーブ1が所望の長手発熱分布となるように、励磁コイル3に流す交番電流の周波数を制御する周波数制御部45(図4)において、駆動周波数を設定する。次にエンジン制御部(電力設定部)43は、温度検知素子9における検知温度、プリンタコントローラから得られる記録材情報、画像情報、及びプリント枚数情報等を基に定着スリーブ1の目標温度を設定する。その後、定着温度制御部44において目標温度と温度検知素子9の検知温度を比較して出力電圧を決定する。
上記決定された電圧値に従い、電圧波形の振幅を電力制御部46で調整し、図44に示す波形として出力する。図44では例として最大電圧振幅(100%)と、50%の場合の電圧波形を示している。出力された電圧は高周波コンバータ16により所定の駆動周波数に変換され、励磁コイル3に印加される。
なお、別の方法として電圧のON・OFF時間の調整で制御しても良い。この場合、エンジン制御部43において出力電圧のON・OFF時間比が決定され、決定されたON・OFF比に応じて電力制御部から出力される。図45に出力100%と50%の波形を示す。ON・OFF比の制御は波数制御による方法でも、位相制御による方法でもどちらでもよい。出力された電圧は高周波コンバータ16により所定の駆動周波数に変換され、励磁コイル3に印加される。
これまで説明したような制御を用いることにより、励磁コイル3に所望の駆動周波数で交流電流を流すことができるため、所望の長手温度分布にコントロールした状態を維持しつつ投入電力量を調整することが出来る。
4.発熱原理
4−1.発熱メカニズム
図6は、励磁コイル3に矢印I1の向きに電流が増加している瞬間の磁界を示す図である。磁性コア2は、励磁コイル3にて生成された磁力線を内部に誘導し、磁路を形成する部材として機能する。そのため磁力線は、磁路に集中して通って、磁性コア2の端部において拡散し、外周の遥か遠くで繋がる形状となる(図の表記上は端部で途切れているものもある)。ここでこの磁路を垂直に囲むように、長手幅の小さい円筒形状の回路61を設置させた。磁性コア内部には交番磁界(時間と共に大きさと方向が変化を繰り返す磁界)が形成される。
この回路61の周回方向には、ファラデーの法則に従って誘導起電力が発生する。ファラデーの法則とは、「回路61に生じる誘導起電力の大きさは、その回路61を垂直に貫く磁界の変化の割合に比例する」というものであり、誘導起電力は、以下の式(1)で表される。
V=−N(ΔΦ/Δt) ・・・(1)
V: 誘導起電力
N: コイル巻き数
ΔΦ/Δt: 微小時間Δtでの回路を垂直に貫く磁束の変化
発熱層1aは、この極短い円筒形の回路61が長手方向に多数つながったものと考えることが出来る。従って図7のようになり、励磁コイル3にI1を流すと、磁性コア2内部には交番磁界が形成され、発熱層1aには長手全体に周回方向の誘導起電力がかかり、長手全域に点線で示す周回電流I2が流れる。発熱層1aは電気抵抗を有するので、この周回電流I2が流れることによりジュール発熱する。磁性コア内部に交番磁界が形成され続ける限り、周回電流I2は向きを変えながら形成され続ける。
これが本発明の構成における、発熱層1aの発熱原理である。なお、I1を50kHzの高周波交流にした場合、周回電流I2も50kHzの高周波交流となる。
図7において説明したように、I1は励磁コイル内を流れる電流の向きを示し、これによって形成された交番磁界を打ち消す方向に、発熱層1aの周方向全域に点線矢印I2方向に誘導電流が流れる。
この電流I2を誘導する物理モデルは、図8に示すように、実線で示す1次コイル81と点線で示す2次コイル82を巻いた形状の同心軸トランスの磁気結合と等価である。2次巻き線82は回路を形成しており、抵抗83を有している。高周波コンバータ16から発生した交番電圧により、1次巻き線81に高周波電流が発生し、その結果2次巻き線82に誘導起電力がかかり、抵抗83によって熱として消費される。ここで2次巻き線82と抵抗83は、発熱層1aにおいて発生するジュール熱をモデル化している。
図8に示すモデル図の等価回路を図9の(a)に示す。L1は図8中1次巻き線81のインダクタンス、L2は図8中2次巻き線82のインダクタンス、Mは1次巻き線81と2次巻き線82の相互インダクタンス、Rは抵抗83である。この回路図(a)は、図9の(b)に等価変換することが出来る。より単純化したモデルを考えるために、相互インダクタンスMが十分大きく、L1≒L2≒Mとであるとする。その場合(L1−M)と(L2−M)は十分小さくなるため、回路は図9の(b)から図9の(c)のように近似することが出来る。
以上、図7に示す本発明の構成に対し、近似した等価回路として図9の(c)と置き換えて考える。またここで、抵抗について説明する。図9の(a)の状態において2次側のインピーダンスは、発熱層1aの周回方向の電気抵抗Rとなる。トランスにおいて、2次側のインピーダンスは、1次側から見るとN2(Nはトランスの巻き数比)倍の等価抵抗R’となる。
ここでトランスの巻き数比Nは、1次側巻き線の巻き数=発熱層1aの中での励磁コイルの巻き数(本実施例では18回)に対し、発熱層1aを巻き数1回とみなし、トランスの巻き数比N=18と考えることが出来る。よってR’=N2R=182Rと考えることが出来、巻き数が多い程図9の(c)に示す等価抵抗Rは大きくなる。
図10の(b)は合成インピーダンスXを定義し、更に単純化したものである。合成インピーダンスXを求めると、以下の式(2)のようになる。
これによれば、合成インピーダンスXは(1/ωM)^2の項に周波数依存性を有する。これは、抵抗R’とともにインダクタンスMも合成インピーダンスに寄与することを意味し、また、インピーダンスの次元は[Ω]であるので、負荷抵抗が周波数依存性を持つことを意味する。この合成インピーダンスXが周波数によって変化する現象を、回路の動作を理解するために定性的に説明する。
周波数が低い場合、回路は直列回路に似た応答をする。つまりインダクタンスは短絡に近くなり、インダクタンス側に電流が流れる。逆に周波数が高い場合、インダクタンスは開放に近くなり、抵抗R側に電流が流れる。その結果、合成インピーダンスXは、周波数が低い時は小さく、周波数が高い時は大きくなるといった振る舞いを見せる。20kHz以上の高周波を用いた場合、合成インピーダンスXの周波数ω依存性が大きい。従って、20kHzを超える高周波の場合、合成インピーダンスにおいてインダクタンスMの項の影響が無視できなくなってくる。この単純化した等価回路は、後の説明で使用する。
4−2.導電層の外側を通る磁束の割合と電力の変換効率との関係
図11を用いて、以下、導電層1aの外側を通る磁束の割合と電力の変換効率との関係について説明する。4−1で説明した通り、ファラデーの法則に従い、導電層1aの周方向に電流が誘導され、ジュール熱で導電層が発熱する。
ところで、図11の(a)の磁性コア2はループを形成しておらず端部を有する形状である。図11の(b)のような磁性コア2が導電層1aの外でループを形成している定着装置における磁力線は、磁性コア2に誘導されて導電層1aの内側から外側に出て内側に戻る。
しかしながら、本実施例のように磁性コア2が端部を有する構成の場合、磁性コア2の端部から出た磁力線を誘導するものはない。そのため、磁性コア2の一端を出た磁力線が磁性コアの他端に戻る経路(NからS)は、導電層1aの外側を通る外側ルートと、導電層1aの内側を通る内側ルートと、のいずれも通る可能性がある。
以後、導電層1aの外側を通って磁性コア2のNからSに向かうルートを外側ルート、導電層1aの内側を通って磁性コア2のNからSに向かうルートを内側ルートと呼ぶ。
この磁性コア2の一端から出た磁力線のうち外側ルートを通る磁力線の割合は、コイル3に投入した電力のうち導電層1aの発熱で消費される電力(電力の変換効率)と相関があり、重要なパラメータである。外側ルートを通る磁力線の割合が増加する程、コイル3に投入した電力のうち導電層1aの発熱で消費される電力の割合(電力の変換効率)は高くなる。
この理由は、トランスにおいて漏れ磁束が十分少なく、トランスの1次巻線と2次巻線の中を通過する磁束の数が等しいと電力の変換効率は高くなることと原理は同じである。つまり、本実施例においては、磁性コア2の内部を通過する磁束と、外側ルートを通過する磁束の数が近い程、電力の変換効率は高くなり、コイル3に流した高周波電流を導電層1aの周回電流として効率よく電磁誘導できることになる。
これは、図11の(a)におけるコア2の内部をSからNに向かう磁力線と、内側ルートを通る磁力線は向きが反対であるから、磁性コア2を含めた導電層1aの内側全体で見ると、これらの磁力線は打ち消しあうことになる。その結果、導電層1aの内側全体をSからNに向かって通過する磁力線の数(磁束)が減り単位時間当たりの磁束の変化量が小さくなる。単位時間当たりの磁束の変化量が減少すると、導電層1aに生じる誘導起電力が小さくなり、導電層1aの発熱量が小さくなる。
以上述べたことから、本実施例の定着装置は必要な電力の変換効率を得るために外側ルートを通る磁力線の割合を管理することが重要になる。
4−3.導電層の外側を通る磁束の割合を示す指標
そこで、定着装置における外側ルートを通る磁力線の割合を磁力線の通り易さをパーミアンスという指標を用いて表す。まず、一般的な磁気回路の考え方について説明する。磁力線が通る磁路の回路を電気回路に対して磁気回路という。磁気回路において磁束を計算する際、電気回路の電流の計算に準じて行うことができる。磁気回路は、電気回路に関するオームの法則が適用可能である。電気回路の電流に対応する磁束をΦと、起電力に対応する起磁力をVと、電気抵抗に対応する磁気抵抗をRと、すると、次の式(3)を満たす。
Φ=V/R・・・(3)
しかし、ここでは原理をより理解しやすく説明するために磁気抵抗Rの逆数であるパーミアンスPを用いて説明する。パーミアンスPを用いると、上式(3)は次の式(4)ように表せる。
Φ=V×P・・・(4)
更に、このパーミアンスPは、磁路の長さをBと、磁路の断面積をSと、磁路の透磁率をμと、すると下記の式(5)のように表せる。
P=μ×S/B・・・(5)
で表される。パーミアンスPは、断面積S及び透磁率μに比例し、磁路の長さBに反比例する。
図12の(a)は、導電層1aの内側に、半径a1[m]、長さB[m]、比透磁率μ1の磁性コア2に、コイル3を螺旋軸が導電層1aの母線方向と略平行になるようにN[回]巻いたものを表した図である。ここで、導電層1aは、長さB[m]、内径a2[m]、外径a3[m]、比透磁率μ2の導体である。導電層の内側及び外側の真空の透磁率をμ0[H/m]とする。コイル3に電流I[A]を流したときに、磁性コア2の単位長さ当たりに発生する磁束8をφc(x)とする。
図12の(b)は、磁性コア2の長手方向に垂直な断面図である。図中の矢印は、コイル3に電流Iを流したときに、磁性コア2の内部、導電層1aの内側、導電層1aの外側を通る磁性コア2の長手方向に平行な磁束を表している。磁性コア2の内部を通る磁束をφc(=φc(x))、導電層1aの内側(導電層1aと磁性コア2の間の領域)を通る磁束をφa_in、導電層そのものを通る磁束をφs、導電層の外側を通る磁束をφa_outとする。
図13の(a)に、図11の(a)に示した単位長さ当たりのコア2、コイル3、導電層1aを含む空間の磁気等価回路を示す。磁性コア2を通る磁束φcにより生じる起磁力をVm、磁性コア2のパーミアンスをPc、導電層1aの内側のパーミアンスをPa_in、フィルムの導電層1aそのものの内部のパーミアンスをPs、導電層の外側のパーミアンスをPa_outとする。
ここで、PcがPa_in及びPsに比べて十分に大きい時、磁性コア2の内部を通過して磁性コア2の一端から出た磁束は、φa_in、φs、φa_outの何れかを通過して磁性コア2の他端に戻ると考えられる。よって、以下の関係式(6)が成り立つ。
φc=φa_in+φs+φa_out ・・・(6)
また、φc、φa_in、φs、φa_outはそれぞれ以下の式(7)〜(10)で表される。
φc=Pc×Vm ・・・(7)
φs=Ps×Vm ・・・(8)
φa_in=Pa_in×Vm ・・・(9)
φa_out=Pa_out・Vm ・・・(10)
よって、式(6)に(7)〜(10)を代入すると、Pa_outは次の式(11)示すように表される。
Pc×Vm=Pa_in×Vm+Ps×Vm+Pa_out×Vm
=(Pa_in+Ps+Pa_out)×Vm
∴Pa_out=Pc−Pa_in−Ps ・・・(11)
図12の(b)より、磁性コア2の断面積をSc、導電層1aの内側の断面積をSa_in、導電層1a自身の断面積をSs、とすると、は以下のように、「透磁率×断面積」で表すことができ、単位は[H・m]である。
Pc=μ1・Sc=μ1・π(a1)2 ・・・(12)
Pa_in=μ0・Sa_in=μ0・π・((a2)2−(a1)2)
・・・(13)
Ps=μ2・Ss=μ2・π・((a3)2−(a2)2) ・・・(14)
これらの(12)〜(14)を式(11)に代入すると、Pa_outは式(15)で表せる。
Pa_out=Pc−Pa_in−Ps
=μ1・Sc−μ0・Sa_in−μ2・Ss
=π・μ1・(a1)2
−π・μ0・((a2)2−(a1)2)
−π・μ2・((a3)2−(a2)2) ・・・(15)
上記の式(15)を使用することによって導電層1aの外側を通る磁力線の割合であるPa_out/Pcを計算することができる。
尚、パーミアンスPの代わりに磁気抵抗Rを用いても良い。磁気抵抗Rを用いて議論する場合、磁気抵抗Rは単純にパーミアンスPの逆数であるので、単位長さ当たりの磁気抵抗Rは「1/(透磁率×断面積)」で表すことができて、単位は「1/(H・m)」である。
以下、実施例の装置のパラメータを使用して具体的な計算した結果を表1に示す。
磁性コア2は、フェライト(比透磁率1800)で形成され、直径14[mm]であって、断面積は1.5×10-4[m2]である。スリーブガイド6は、PPS(ポリフェニレンサルファイド)(比透磁率1.0)で形成され、断面積は1.0×10-4[m2]である。導電層1aは、アルミニウム(比透磁率1.0)で形成され、直径24[mm]、厚み20[μm]で断面積1.5×10-6[m2]である。
尚、導電層1aと磁性コア2の間の領域の断面積は、直径24[mm]の導電層の内側の中空部の断面積から磁性コア2の断面積とスリーブガイド6の断面積を差し引いて計算している。弾性層1b及び表層1cは、導電層1aより外側に設けられており、発熱に寄与しない。従って、パーミアンスを計算する磁気回路モデルにおいては導電層1aの外側の空気層であるとみなすことができるので計算に入れる必要はない。表1からPc、Pa_in、Psは、次のような値になる。
Pc=3.5×10-7[H・m]
Pa_in=1.3×10-10+2.5×10-10[H・m]
Ps=1.9×10-12[H・m]
これらの値を用いて、次の式(16)からPa_out/Pc計算することができる。
Pa_out/Pc=(Pc−Pa_in−Ps)/Pc=0.999(99.9%)
・・・(16)
尚、磁性コア2を長手方向で複数に分割し、分割した各磁性コア同士の間に空隙(ギャップ)を設ける場合もある。この場合、この空隙が空気又は比透磁率が1.0とみなせるものや磁性コア2の比透磁率よりもずっと小さいもので満たされている場合、磁性コア2全体の磁気抵抗Rは大きくなり磁力線を誘導する機能が劣化することになる。
このような分割された磁性コア2のパーミアンスの計算方法は複雑になる。以下に、磁性コアを複数分割し、空隙またはシート状非磁性体を挟んで等間隔に並べた場合の磁性コア全体のパーミアンスの計算方法について説明する。この場合長手全体の磁気抵抗を導出し、それを全体長さで割って単位長さ当たりの磁気抵抗を求め、その逆数を取って単位長さ当たりのパーミアンスを求める必要がある。
まず、磁性コアの長手方向の構成図を図14に示す。磁性コアc1〜c10は、断面積Sc、透磁率μc、分割された磁性コア1個当たりの幅Lcとし、ギャップg1〜g9は、断面積Sg、透磁率μg、1ギャップ当たりの幅Lgとする。この磁性コアの長手方向における全体の磁気抵抗Rm_allは、以下の式(17)で与えられる。
Rm_all=(Rm_c1+Rm_c2+・・・・・+Rm_c10)+
(Rm_g1+Rm_g2+・・・・・+Rm_g9) ・・・(17)
本構成の場合は、磁性コアの形状と材質、ギャップ幅は一様であるので、Rm_cの足し合わせた合計をΣRm_c、Rm_gの足し合わせた合計をΣRm_gとすると、次の式(18)〜(20)のように表せる。
Rm_all=(ΣRm_c)+(ΣRm_g) ・・・(18)
Rm_c=Lc/(μc・Sc) ・・・(19)
Rm_g=Lg/(μg・Sg) ・・・(20)
式(18)に式(19)及び式(20)を代入して、長手全体の磁気抵抗Rm_allは次の式(21)のように表せる。
Rm_all=(ΣRm_c)+(ΣRm_g)
=(Lc/(μc・Sc))×10+(Lg/(μg・Sg))×9
・・・(21)
ここで、単位長さ当たりの磁気抵抗Rmは、Lcの足し合わせた合計をΣLc、Lgの足し合わせた合計をΣLgとすると次の式(22)となる。
Rm=Rm_all/(ΣLc+ΣLg)
=Rm_all/(L×10+Lg×9) ・・・(22)
以上から、単位長さあたりのパーミアンスPmは、以下の式(23)ように求められる。
Pm=1/Rm=(ΣLc+ΣLg)/Rm_all
=(ΣLc+ΣLg)/[{ΣLc/(μc+Sc)}+{ΣLg/(μg+Sg)}]
・・・(23)
ギャップLgを大きくすることは、磁性コア2の磁気抵抗の増加(パーミアンスの低下)につながる。本実施例の定着装置を構成する上で、発熱原理上、磁性コア2の磁気抵抗が小さく(パーミアンスが大きく)なるように設計することが望ましいため、ギャップを設けることはあまり望ましくない。しかし、磁性コア2の破損防止のために磁性コア2を複数に分割してギャップを設ける場合がある。
以上述べたことから、外側ルートを通る磁力線の割合をパーミアンスもしくは磁気抵抗を使って表すことができることを示した。
4−4.定着装置に必要な電力の変換効率
次に、本実施例の定着装置で必要な電力の変換効率について述べる。例えば、電力の変換効率が80%である場合、残り20%の電力は導電層以外のコイルやコア等で熱エネルギーに変換されて消費される。電力の変換効率が低い場合は、磁性コアやコイル等の発熱すべきでないものが発熱し、それらを冷却するための対策を講じる必要性がある場合がある。
ところで、本実施例において、導電層を発熱させる時は、励磁コイルに高周波の交流電流を流し、交番磁界を形成する。その交番磁界は導電層に電流を誘導する。物理モデルとしては、トランスの磁気結合と良く似ている。そのため、電力の変換効率を考える際には、トランスの磁気結合の等価回路を用いることができる。その交番磁界によって励磁コイルと導電層が磁気結合して、励磁コイルに投入した電力が導電に伝達される。
ここで述べる「電力の変換効率」は、磁界発生手段である励磁コイルに投入する電力と、導電層により消費される電力の比率である。本実施例の場合、図11に示す励磁コイル3に対して高周波コンバータ5に投入した電力と、導電層1aで消費される電力の比率である。この電力の変換効率は以下の式(24)で表すことができる。
電力の変換効率=導電層で消費される電力/励磁コイルに供給した電力
・・・(24)
励磁コイルに供給して導電層以外で消費される電力は、前励磁コイルの抵抗による損失、磁性コア材料の磁気特性による損失などがある。
図15に回路の効率に関する説明図を示す。図15の(a)において、1aは導電層、2は磁性コア、3は励磁コイルである。図15(b)は等価回路を示す。R1は励磁コイルおよび磁性コアの損失分、L1は磁性コアに周回した励磁コイルのインダクタンス、Mは巻き線と導電層との相互インダクタンス、L2は導電層のインダクタンス、R2は導電層の抵抗である。
導電層を装着していない時の等価回路を図16の(a)に示す。インピーダンスアナライザやLCRメータといった装置により、励磁コイルの両端からの直列等価抵抗はR1、等価インダクタンスL1を測定すると、励磁コイル両端から見たインピーダンスZAは式(25)のように表せる。
ZA=R1+jωL1 ・・・(25)
この回路に流れる電流は、R1により損失する。即ちR1はコイル及び磁性コアによる損失を表している。
導電層を装着した時の等価回路を図16の(b)に示す。この導電層の装着時の直列等価抵抗Rx及びLxを測定しておけば、図16の(c)のように等価変換することで、関係式(26)、(27)、(28)、を得ることが出来る。
Mは励磁コイルと導電層の相互インダクタンスを表す。図16の(c)に示すように、R1に流れる電流をI1、R2に流れる電流をI2とおくと式(29)が成り立つ。式(29)から式(30)を導出できる。効率(電力の変換効率)は、抵抗R2の消費電力/(抵抗R1の消費電力+抵抗R2の消費電力)で表されるから式(31)のように表せる。
導電層の装着前の直列等価抵抗R1と、装着後の直列等価抵抗Rxを測定すると、励磁コイルに供給した電力のうち、どれだけの電力が導電層で消費されるかを示す電力の変換効率を求めることが出来る。尚、本実施例においては、電力の変換効率の測定には、AgilentTechnologies社製のインピーダンスアナライザ4294Aを用いた。
まず、定着スリーブ1の無い状態において巻線両端からの直列等価抵抗R1を測定し、次に定着スリーブ1に磁性コアを挿入した状態において巻線両端からの直列等価抵抗Rxを測定した。R1=103mΩ、Rx=2.2Ωとなり、この時電力の変換効率は式(31)により、95.3%と求めることが出来る。以後この電力の変換効率を用いて、定着装置の性能を評価する。
ここで、装置で必要な電力の変換効率を求める。導電層1aの外側ルートを通る磁束の割合を振って電力の変換効率を評価する。図17は、電力の変換効率の測定実験に用いる実験装置を表した図である。金属シート1Sは、幅230mm、長さ600mm、厚み20μmのアルミニウム製のシートである。この金属シート1Sを磁性コア2とコイル3とを囲むように円筒状に丸めて、太線1ST部分において導通することによって導電層とする。
磁性コア2は、比透磁率が1800、飽和磁束密度が500mTのフェライトであり、断面積26mm2、長さ230mmの円柱形状をしている。磁性コア2を不図示の固定手段でアルミニウムシート1Sの円筒のほぼ中央に配置する。磁性コア2にはコイル3が巻数25回で螺旋状に巻かれている。金属シート1Sの端部を矢印1SZ方向に引くと、導電層の直径1SDを18〜191mmの範囲で調整することができる。
図18は、導電層の外側ルートを通過する磁束の比率[%]を横軸にとり、21kHzの周波数における電力の変換効率を縦軸にとったグラフである。図18のグラフ中のプロットP1以降に電力の変換効率が急上昇して70%を超えており、矢印で示すレンジR1では電力の変換効率が70%以上を維持している。P3付近において電力の変換効率は再度急上昇し、レンジR2において80%以上となっている。P4以降のレンジR3においては電力の変換効率が94%以上と高い値で安定している。この、電力の変換効率が急上昇し始めたことは導電層に効率的に周回電流が流れ始めたためである。
下記の表2は、図18のP1〜P4に該当する構成を、実際に定着装置として設計し、評価した結果である。
(定着装置P1)
本構成は、磁性コアの断面積が26.5mm2(5.75mm×4.5mm)で、導電層の直径が143.2mmであり、外側ルートを通る磁束の割合は64%である。この装置のインピーダンスアナライザによって求めた電力の変換効率は54.4%であった。電力の変換効率は定着装置に投入した電力のうち、導電層の発熱に寄与した分を示すパラメータである。従って、最大1000W出力可能な定着装置として設計しても約450Wが損失となり、その損失はコイル及び磁性コアの発熱となる。
本構成の場合、立ち上げ時、数秒間1000Wを投入しただけでもコイル温度は200℃を超える場合がある。コイルの絶縁体の耐熱温度が200℃後半であること、フェライトの磁性コアのキュリー点は通常200℃〜250℃程度であることを考えると、損失45%では励磁コイル等の部材を耐熱温度以下に保つことは難しくなる。また、磁性コアの温度がキュリー点を超えるとコイルのインダクタンスが急激に低下し、負荷変動となる。
定着装置に供給した電力の約45%が導電層の発熱に使用されないので、導電層に900W(1000Wの90%を想定)の電力を供給するためには約1636Wの電力供給する必要がある。これは100V入力時、16.36Aを消費する電源という事になる。商用交流のアタッチメントプラグから投入できる許容電流をオーバーする可能性がある。よって、電力の変換効率54.4%の定着装置P1は、定着装置に供給する電力が不足する可能性がある。
(定着装置P2)
本構成は、磁性コアの断面積はP1と同じで、導電層の直径が127.3mmであり、外側ルートを通る磁束の割合は71.2%である。この装置のインピーダンスアナライザによって求めた電力の変換効率は70.8%である。定着装置のスペックによっては、コイル及びコアの昇温が課題になる場合がある。本構成の定着装置を60枚/分の印字動作ができる高スペックな装置にすると、導電層の回転速度は330mm/secとなり、導電層の温度を180℃に維持する必要がある。導電層の温度を180℃に維持しようとすると、磁性コアの温度は20秒間で240℃を超える場合がある。
磁性コアとして用いるフェライトのキュリー温度は通常200℃〜250℃程度であるから、フェライトがキュリー温度を超えて磁性コアの透磁率は急激に減少し、磁性コアで磁力線を適切に誘導することができなくなる場合がある。その結果、周回電流を誘導して導電層を発熱させることが難しくなる場合がある。
従って、外側ルートを通過する磁束の割合がレンジR1の定着装置を、前述した高スペックの装置にすると、フェライトコアの温度を下げるために冷却手段を設けることが望ましい。冷却手段としては、空冷ファン、水冷、放熱板、放熱フィン、ヒートパイプ、または、ベルチェ素子などを用いることができる。もちろん、本構成においてそこまでの高スペックを要求しない場合は、冷却手段は不要である。
(定着装置P3)
本構成は、磁性コアの断面積はP1と同じであり、導電層の直径が63.7mmの場合である。この装置のインピーダンスアナライザによって求められる電力の変換効率は83.9%である。磁性コア及びコイル等に定常的に熱量が発生するものの、冷却手段が必要なレベルではない。
本構成の定着装置を60枚/分の印字動作ができる高スペックな装置にすると導電層の回転速度は330mm/secとなり導電層の表面温度を180℃に維持する場合があるものの、磁性コア(フェライト)の温度は220℃以上に上昇することはない。従って、本構成において、定着装置を前述した高スペックする場合は、キュリー温度が220℃以上のフェライトを用いることが望ましい。
以上述べたことから、外側ルートを通る磁束の割合がレンジR2の構成の定着装置は、高スペックで使用する場合は、フェライト等の耐熱設計を最適化することが望ましい。一方、定着装置として高スペックを要求しない場合は、このような耐熱設計は不要である。
(定着装置P4)
本構成は、磁性コアの断面積がP1と同じであり、円筒体の直径が47.7mmの場合である。この装置でインピーダンスアナライザによって求められる電力の変換効率は94.7%である。本構成の定着装置を60枚/分の印字動作ができる高スペックな装置(導電層の回転速度は330mm/sec)で導電層の表面温度を180℃に維持する場合であっても、励磁コイルやコイル等は、180℃以上に達することはない。従って、磁性コアやコイル等を冷却する冷却手段及び特別な耐熱設計は不要である。
以上述べたことから、外側ルートを通過する磁束の割合が94.7%以上であるレンジR3は、電力の変換効率が94.7%以上となり電力の変換効率が十分高い。よって、更なる高スペックの定着装置として用いても、冷却手段は不要である。
また、電力の変換効率が高い値で安定しているレンジR3においては、導電層と磁性コアの位置関係の変動によって導電層の内側を通過する単位時間当たりの磁束の量が若干変動しても、電力の変換効率が変動量は小さく導電層の発熱量が安定する。可撓性を有するフィルムのように、導電層と磁性コアとの距離が変動しやすい定着装置において、この電力の変換効率が高い値で安定している領域R3を用いることは、大きなメリットがある。
以上述べたことから、本実施例の定着装置は少なくとも必要な電力の変換効率を満たすために外側ルートを通過する磁束の割合が72%以上である必要があることがわかる。表2の数値は71.2%以上であるが測定誤差等を考慮して72%とする。
4−5.装置が満たすべきパーミアンス又は磁気抵抗の関係式
導電層の外側ルートを通過する磁束の割合が72%以上であることは、導電層のパーミアンスと導電層の内側(導電層と磁性コアの間の領域)のパーミアンスとの和が磁性コアのパーミアンスの28%以下であることと等価である。従って、本実施例の特徴的な構成の一つは、磁性コアのパーミアンスをPc、導電層の内側のパーミアンスをPa、導電層のパーミアンスPsとした時に、次の式(32)を満足することである。
0.28×Pc≧Ps+Pa ・・・(32)
また、パーミアンスの関係式を磁気抵抗に置き換えて表現すると下記の式(33)になる。ただし、RsとRaの合成磁気抵抗Rsaは以下の式(34)ように計算する。
Rc:磁性コアの磁気抵抗
Rs:導電層の磁気抵抗
Ra:導電層と磁性コアとの間の領域の磁気抵抗
Rsa:RsとRaの合成磁気抵抗
上記のパーミアンスもしくは磁気抵抗の関係式を、定着装置の記録材の最大搬送領域全域で、円筒形回転体の母線方向に直交する方向の断面において満足することが望ましい。
同様に、本実施例のレンジR2の定着装置は導電層の外側ルートを通過する磁束の割合が92%以上である。表2の数値は91.7%以上であるが測定誤差等を考慮して92%とする。導電層の外側ルートを通過する磁束の割合が92%以上であることは、導電層のパーミアンスと導電層の内側(導電層と磁性コアの間の領域)のパーミアンスとの和が磁性コアのパーミアンスの8%以下であることと等価である。パーミアンスの関係式は以下の式(35)になる。
0.08×Pc≧Ps+Pa ・・・(35)
上記のパーミアンスの関係式を磁気抵抗の関係式に変換すると以下の式(36)ようになる。
更に、本実施例のレンジR3の定着装置は導電層の外側ルートを通過する磁束の割合が95%以上である。表2から正確には94.7%以上であるが測定誤差等を考慮して95%とする。パーミアンスの関係式は以下の(37)ようになる。導電層の外側ルートを通過する磁束の割合が95%以上であることは、導電層のパーミアンスと導電層の内側(導電層と磁性コアの間の領域)のパーミアンスとの和が磁性コアのパーミアンスの5%以下であることと等価である。パーミアンスの関係式は以下の式(37)になる。
0.05×Pc≧Ps+Pa ・・・(37)
上記のパーミアンスの関係式(37)を磁気抵抗の関係式に変換すると以下の
式(38)になる。
ところで、定着装置の最大の画像領域内の部材等が長手方向で均一な断面構成を有している定着装置についてパーミアンス及び磁気抵抗の関係式を示した。ここでは、長手方向で定着装置を構成する部材が不均一な断面構成を有する定着装置について説明する。図19は、導電層の内側(磁性コアと導電層の間の領域)に温度検知部材240を有している。その他の構成としては、定着装置は導電層を有するフィルム1と、磁性コア2と、ニップ部形成部材(フィルムガイド)9と、を備える。
磁性コア2の長手方向をX軸方向とすると、最大画像形成領域はX軸上の0〜Lpの範囲である。例えば、記録材の最大搬送領域をLTRサイズ215.9mmとする画像形成装置の場合、Lp=215.9mmとすれば良い。温度検知部材240は、比透磁率1の非磁性体によって構成されており、X軸に垂直方向の断面積は5mm×5mmであり、X軸に平行方向の長さは10mmである。X軸上のL1(102.95mm)からL2(112.95mm)の位置にて配置されている。
ここで、X座標上0〜L1を領域1、温度検知部材240が存在するL1〜L2を領域2、L2〜LPを領域3と、呼ぶ。領域1における断面構造を図20のA)に、領域2における断面構造を図20のB)に示す。図20のB)に示すように、温度検知部材240はフィルム1に内包されているため、磁気抵抗計算の対象となる。
厳密に磁気抵抗計算を行うためには、領域1と、領域2と、領域3と、に対し、別々に「単位長さ当たりの磁気抵抗」を求め、各領域の長さに応じて積分計算を行い、それらを足し合わせて合成磁気抵抗を求める。まず、領域1または3における各部品の単位長さ当たりの磁気抵抗を、下記の表3に示す。
領域1における磁性コアの単位長さ当たりの磁気抵抗rc1は下記のようになる。
rc1=2.9×106[1/(H・m)]
ここで、導電層と磁性コアとの間の領域の単位長さ当たりの磁気抵抗raは、フィルムガイドrfの単位長さ当たりの磁気抵抗と導電層の内側の磁気抵抗rairの単位長さ当たりの磁気抵抗との合成磁気抵抗である。従って、下記の式(39)を用いて計算できる。
計算の結果、領域1における磁気抵抗ra1、及び、領域1における磁気抵抗rs1は下記のようになる。
ra1=2.7×109[1/(H・m)]
rs1=5.3×1011[1/(H・m)]
また、領域3は領域1と同じであるから下記のようになる。
rc3=2.9×106[1/(H・m)]
ra3=2.7×109[1/(H・m)]
rs3=5.3×1011[1/(H・m)]
次に、領域2における各部品の単位長さ当たりの磁気抵抗を下記の表4に示す。
領域2の磁性コアの単位長さ当たりの磁気抵抗rc2は下記のようになる。
rc2=2.9×106[1/(H・m)]
導電層と磁性コアの間の領域の単位長さ当たりの磁気抵抗raは、フィルムガイドrfの単位長さ当たりの磁気抵抗と、サーミスタrtの単位長さ当たりの磁気抵抗と、導電層の内側の空気rairの単位長さ当たりの磁気抵抗と、の合成磁気抵抗である。従って下記の式(40)で計算できる。
計算の結果、領域2のおける単位長さ当たりの磁気抵抗ra2及び単位長さ当たりの磁気抵抗rc2は下記のようになる。
ra2=2.7×109[1/(H・m)]
rs2=5.3×1011[1/(H・m)]
領域3の計算方法は領域1と同じであるので省略する。
尚、導電層と磁性コアの間の領域の単位長さ当たりの磁気抵抗raにおいて、ra1=ra2=ra3となっている理由について説明する。領域2における磁気抵抗計算は、サーミスタ240の断面積が増加し、導電層の内側の空気の断面積が減少している。しかし両方とも比透磁率は1であるため、結局サーミスタ240の有無によらず磁気抵抗は同一となる。
すなわち、導電層と磁性コアの間の領域に非磁性体のみが配置されている場合には、磁気抵抗の計算は空気と同じ扱いをしても、計算上の精度としては十分である。なぜなら、非磁性体の場合、比透磁率は殆ど1に近い値になるからである。これとは逆に、磁性体(ニッケル、鉄、珪素鋼等)の場合は、磁性体ある領域をその他の領域と分けて計算した方が良い。
導電層の母線方向の合成磁気抵抗としての磁気抵抗R[A/Wb(1/H)]の積分は、各領域の磁気抵抗r1,r2,r3[1/(H・m)]に対して下記の式(41)ように計算できる。
従って、記録材の最大搬送領域の一端から他端までの区間におけるコアの磁気抵抗Rc[H]は下記の式(42)ように計算できる。
また、記録材の最大搬送領域の一端から他端までの区間における導電層と磁性コアとの間の領域の合成磁気抵抗Ra[H]は、下記の式(43)ように計算できる。
記録材の最大搬送領域の一端から他端までの区間における導電層の合成磁気抵抗Rs[H]は次の式(44)のようになる。
上記の計算を、それぞれの領域において行ったものを以下表5に示す。
上記表5から、Rc、Ra,Rsは下記のようになる。
Rc=6.2×108[1/H]
Ra=5.8×1011[1/H]
Rs=1.1×1014[1/H]
RsとRaの合成磁気抵抗Rsaは以下の式(45)で計算できる。
以上の計算から、Rsa=5.8×1011[1/H]となるので、下記の式(46)を満たしている。
このように、導電層の母線方向で不均一な横断面形状を有している定着装置の場合は、導電層の母線方向で複数の領域に分けて、その領域毎に磁気抵抗を計算し、最後にそれらを合成したパーミアンス又は磁気抵抗を計算すればよい。ただし、対象となる部材が非磁性体である場合は、透磁率がほぼ空気の透磁率と等しいため、空気とみなして計算して良い。
次に、上記計算に計上すべき部品について説明する。導電層と磁性コアとの間の領域にあり、少なくとも一部が記録材の最大搬送領域(0〜Lp)のに入っている部品に関しては、パーミアンス又は磁気抵抗を計算することが望ましい。
逆に、導電層の外側に配置された部材は、パーミアンス又は磁気抵抗を計算する必要はない。なぜなら、前述したようにファラデーの法則において誘導起電力は回路を垂直に貫く磁束の時間変化に比例するものであり、導電層の外側の磁束とは無関係だからである。また、導電層の母線方向における記録材の最大搬送領域外に配置した部材は、導電層の発熱には影響しないため、計算する必要はない。
5.駆動周波数と発熱分布
続いて、「高周波電流の駆動周波数を変えることにより、発熱層1aの長手方向の発熱分布をコントロールする」事に関して説明する。図21は、駆動周波数を変えた時の発熱層1aの長手発熱分布変化の説明図である。励磁コイルに供給する電力の駆動周波数を50kHz、44kHz,36kHz、21kHzと低くするに従って、長手方向端部の発熱量を低下させることが出来る。
本発明の骨子は、この現象を利用し、非通紙領域での無駄な発熱を抑えて非通紙部昇温を抑制する事である。本現象は、下記3点が大きく関与している。
a)高周波(20kHz以上)でかつ駆動周波数を変更できる事
b)開磁路を用いている事
c)コイル巻き数を磁性コア端部で密、磁性コア中央で疎にしている事
そのメカニズムについて詳述する。まず、「a)高周波(20kHz以上)で駆動周波数を変更できる事」によって、「合成インピーダンスの周波数特性」を得ることが出来る。4−1項で説明した通り、図10の(b)における合成インピーダンスは式(2)であらわされ、周波数依存性を有する。また、20kHz以上の高周波を使用した場合、周波数依存性が大きくなることも説明した。以上のことにより、「a)高周波(20kHz以上)で駆動周波数を変更できる事」によって、「合成インピーダンスの周波数特性」を得ることが出来る。
次に、「b)開磁路を用いている事」によって「磁性コア端部において見かけの透磁率μが小さくなる」という効果が得られることについて説明する。図22のグラフは、磁性コア2の両端部において、「見かけの透磁率μ」が中央部よりも低くなってしまう現象のイメージ図である。この現象が発生する理由を下記に詳述する。一様な磁界H中において、物体の磁化が外部磁場にほぼ比例するような磁場領域においては、空間の磁束密度Bは、以下の式(47)に従う。
B=μH ・・・(47)
即ち、磁界H中に透磁率μの高い物質を置くと、理想的には透磁率の高さに比例した高さの磁束密度Bを作ることが出来る。本発明ではこの磁束密度の高い空間を、「磁路」として活用する。特に、磁路を作る際磁路そのものをループで繋げて作る閉磁路と、開放端にするなどして磁路を断絶させる開磁路があるが、本発明では開磁路を用いることに特徴がある。
図23は、一様な磁界H中に、フェライト201、空気202を配置した場合の磁束の形状を表している。フェライトは、空気に対し、磁力線と垂直な境界面NP⊥、SP⊥を有する開磁路を有している。磁界Hを磁性コアの長手方向に平行に発生させた場合、磁力線は図23に示すように、空気中では密度が薄く、磁性コアの中央部201Cでは密度が高くなる。更に、磁性コアの中央部201Cに比べ、磁束密度が端部201Eにおいては低くなっている。
このように端部で小さくなる理由は、空気とフェライトの境界条件にある。磁力線と垂直な境界面NP⊥、SP⊥において磁束密度は連続となるため境界面付近においてはフェライトと接している空気部分は磁束密度が高くなり、空気と接しているフェライト端部201Eは、磁束密度が低くなる。これによって、フェライト端部201Eでの磁束密度が小さくなる。本現象は、磁束密度が小さくなることによって、あたかも端部の透磁率が低くなっているかのように見えるため、本特許においては「磁性コア端部において見かけの透磁率が小さくなる」と表現する。
この現象は、インピーダンスアナライザを用いて間接的に検証する事が出来る。図24において、磁性コア2に対し、直径30mmのコイル141(コイルはN=5回巻)を通し、矢印方向にスキャンする。この時、コイルの両端をインピーダンスアナライザに接続し、コイル両端からの等価インダクタンスL(周波数は50kHz)を測定すると、グラフに示す山形の分布形状となる。等価インダクタンスLは端部においては、中央の半分以下に減衰している。Lは以下の式(48)に従う。
ここで、μは磁性コアの透磁率、Nはコイルの巻き数、lはコイルの長さ、Sはコイルの断面積である。コイル141の形状は変化していないので、本実験においてはS,N,lは変化していない。従って、等価インダクタンスLが山形の分布となる原因は、「磁性コア端部において見かけの透磁率が小さくなっている」ことが原因である。以上纏めると、磁性コアを「開磁路に形成する事」によって、「磁性コア端部において見かけの透磁率が小さくなる」という効果が得られる。
なお、閉磁路であった場合や、磁性コアが複数分断している場合には、本現象「磁性コア端部において見かけの透磁率が小さくなる」は起こらない。例えば、図25に示すような閉磁路の場合について説明する。励磁コイル151及び発熱層152より外側において、磁性コア153はループを形成しており、閉磁路となる。この場合、先の開磁路の事例とは異なり、磁力線は閉磁路の中だけを通るため「磁力線と垂直な境界面(図23に示す磁力線と垂直な境界面NP⊥、SP⊥)」を一切有さない。従って磁性コア153の内部全体(磁路の全周)において一様の磁束密度を形成する事が出来る。
また、図26に示すように、磁性コアが長手方向複数に分割され、隙間を有する場合について説明する。この場合磁路が分断され、「磁界Hと垂直な境界面(図23に示す磁力線と垂直な境界面NP⊥、SP⊥)」を多数有する。この場合は閉磁路のケースと逆で、磁性コア全域において境界条件の影響を受けて磁束密度が低くなってしまう。このため、磁性コアが長手方向複数に分割された構成においては、磁性コア中央部において磁束密度大、磁性コア端部において磁束密度小、となる現象は発生しえない。
筆者らの実験によると、分割された磁性コアの部品同士の間隔が、100μm以下である時は、図24に示すインダクタンスの分布を得ることが出来る。100μm以上である時は境界条件の影響が強くなり過ぎて「磁性コア端部において見かけの透磁率が小さくなる」状態を作り出すことが出来なかった。
最後に、「c)コイル巻き数を磁性コア端部で密、中央で疎にしている事」によって「端部と中央部において、インダクタンスと抵抗のバランスを変える」という効果が得られることについて説明する。
本構成は、見かけの透磁率と巻き数において、長手方向に分布を有している。これらを簡単なモデルで説明するため、図27の(a)の構成を用いて説明する。図27の(a)は、本発明実施例の構成を長手方向に略3分割したものである。長手寸法は等しく3分割してあり、両端部の形状、物性は同じである。励磁コアは端部171e(透磁率μe)、中央部171c(透磁率μc)に分かれており、長手の寸法はそれぞれ80mmである。各コアの透磁率は端部μe<中央部μcの関係となっており、簡単のため、171e、171cの内部における個々の見かけの透磁率の変化は考えないものとする。
巻線は、励磁コア171eには励磁コイル172eがNe=7回巻いてあり、励磁コア171cにはコイル172cがNc=4回巻いてある。それぞれの励磁コイル172e、172cには、現象を単純化するために別々の高周波コンバータから給電し、供給する電圧は同じとする。発熱層は、図27の(b)に示すように、同一形状、同一物性の173e、173cがそれぞれ配置されており、周回抵抗はRe=Rc(=R)である。
この時の等価回路を図28に示す。励磁コアの透磁率はμe<μcの関係になっているので、相互インダクタンスの関係もMe<Mcとなっている。更に簡略化した等価回路を図29に示す。各回路の1次側から見た等価抵抗を見ると、端部では72R、中央部では42Rとなる。よって、合成インピーダンスXeとXcを求めると、それぞれ下記式(49)(50)となっている。
XeとXcの式が異なる周波数特性を持っている。XeとXcの周波数特性をグラフにプロットすると、図30のようになる。Xcの挙動は周波数フィルタのように変化し、カットオフ周波数f1より低い時は単調増加し、高い場合は変化しなくなる。この現象を定性的に説明する。周波数が低い場合、回路は直列回路に似た応答をする。つまりインダクタは短絡に近くなり、インダクタ側に電流が流れ、その結果合成インピーダンスは低くなる。逆に周波数が高い場合、インダクタは開放に近くなり、抵抗R側に電流が流れ、その結果合成インピーダンスは高くなり、それ以上変化しなくなる。
各回路に高周波コンバータから一定の電圧をかけた場合、発熱量の大小関係は合成インピーダンスによって決まってくる。Xeの挙動もXcと同じようにカットオフ周波数f3を境に変化する。しかし、XeとXcは等価抵抗が異なる事、相互インダクタンスMe,Mcが異なる事により、カットオフ周波数も異なる値となる。
図31は、中央、端部に同じ高周波電圧を供給した時の発熱量を示す。Qcは中央の発熱量、Qeは端部の発熱量であり、合成インピーダンスの変化と同じ挙動を示す。この現象を利用した発熱分布のコントロールについて説明する。周波数f2を選んだ場合、図31から中央の発熱量Qcと端部の発熱量Qeの大きさは同じになる。
その結果、図32の実線h2に示すように、長手方向で中央と端部の発熱量が等しく、フラットな分布形状をつくることが出来る。周波数f1を選んだ場合、図31から端部の発熱量QeはQcに比べて小さくなる。その結果、図33の点線h1に示すように、長手方向で端部の発熱量が小さく、山形な分布形状となる。
以上説明したメカニズムによって、発熱分布を変化させることが出来る。定着装置の発熱分布コントロールとして用いる際は、駆動周波数の可変域を例えばf1〜f2の領域とすると良い。そうすればフラットな分布形状から山形の分布形状までを使い分けることが出来る。なお、f2より大きな周波数帯を使うと、発熱分布は端部でより高い形状とすることが出来る。これらは用途に応じて使い分けることが出来る。
本発明の実施例では、図22に示すように見かけの透磁率がなだらかに変化しているため、図33のような階段状ではなく、なだらかな山形に発熱分布が変化する。そして中央の発熱量と端部の発熱量の大きさが同じになる周波数f2は50kHzに設定し、周波数f1は、電磁誘導加熱装置で使用可能な下限の21kHzに設定した。以上の構成し、周波数を21kHz、36kHz、44kHz、50kHzと振ると、それぞれ発熱分布を変化させることが出来る。
以上説明したように、「c)コイル巻き数を磁性コア端部で密、磁性コア中央で疎にしている事」によって、「端部と中央部において、インダクタンスと抵抗のバランスを変える」という効果が得られる。a),b),c)を全て組み合わせる事によって、「電圧の駆動周波数を変更することにより、発熱分布をコントロールする事」が可能となる。
6.非通紙部昇温抑制の制御
5項で説明した、発熱分布のコントロールを利用した、非通紙部昇温を抑制する制御について説明する。そのため、まず、非通紙部昇温の発生メカニズムについて、以下説明する。
定着装置の発熱領域の両端部では、外部への放熱により、発熱領域の中央付近と比較して温度が低くなっている。このため、発熱領域の幅を記録材よりも広くし、記録材の両端部での定着強度(以下、端部定着性、と記述する)を確保するように設定することが一般的である。図34に定着スリーブ表面の長手方向の温度分布を示す。発熱体の両端部では中央部と比較して温度が下がっているため、記録材の全域にあたる部分を所定の温度にするためには、発熱領域の幅を記録材幅より長くしなくてはならない。
非通紙部昇温は、上記発熱領域のうち、非通紙領域において発生する(図34中、波線で示される領域)。この領域では発生した熱が記録材によって持ち去られないために、定着スリーブや加圧ローラなどの定着装置を構成する部材に蓄積されていく。
このことにより、プリントが進むに従って上記部材が昇温し、過剰な温度まで加熱されてしまうケースが出てくる。図35にプリントスタート前のコールド状態の温度分布を破線で、プリントが進んで定着装置全体がホット状態の温度分布を実線で示す。非通紙部に蓄熱された結果、定着スリーブの温度が上昇してしまう。
次に、非通紙部昇温を抑制するための制御について説明する。プリントが進むに従い、非通紙領域において熱が蓄積されていく現象であるため、たとえば通紙枚数に応じて周波数を変更し、発熱領域を小さくしていく制御が効果的である。すなわち、記録材の通紙枚数が多くなるに従って駆動周波数が低くなるように制御し、非通紙部昇温を抑える。
表6に本実施例における駆動周波数と通紙枚数の関係を示す。なお、本実施例では記録材のサイズはA4を例にとって説明する。
表6において1〜25枚の間の駆動周波数50kHzは、定着スリーブ1の長手中央部の温度に対し定着スリーブ1のA4サイズの記録材幅全域を均一な温度に加熱しうる周波数である。26枚目以降を44kHzで、76枚目以降を36kHzで、実さらに151枚目以降を25kHzに変更する制御とした。
以上の制御を用い、A4サイズの記録材として坪量64g/m2の普通紙を用い、温調温度は200℃という条件下で連続250枚のプリントを行った。画像としてモノクロの文字画像を記録材左右端部から3mm、先端および後端から5mmを余白として残し、それ以外の全面にプリントした。定着スリーブ1は230℃に達すると弾性層1bが熱劣化するため、その表層1Cは230℃以下に保つことが望ましい。
このため、定着スリーブ1の非通紙部の温度を放射温度計(堀場製作所(株)製、IT−550)にてモニタした。また、トナーの定着強度に問題がないか確認するために、上記文字画像の欠損がないかどうかを確認した。
図36は上記の結果をグラフ化した図である。表6で示された周波数制御を行うことによって、周波数を切り替える度にスリーブの昇温速度が遅くなり、250枚プリントが終了しても230℃に達することはなかった。また、文字画像の欠損は見られず、良好な定着強度を有する結果となった。また、消費電力が図中、破線で示されるような推移をした。
以上の結果は図37の(A)および(B)によって説明される。図37の(A)には周波数50kHzで駆動した時のスリーブ表面の長手温度分布が示されている。図中破線で示されるのがたとえばプリント前などのコールド状態の温度分布で、図中実線で示されるのがたとえばプリントが進み、定着装置が温まったホット状態での温度分布である。記録材の幅よりも外側で発生している熱がプリント中に蓄積されていくことによって非通紙部の温度が上昇する。
一方、図37の(B)に示されるのが周波数25kHzで駆動した時の温度分布である。コールド状態では、駆動周波数25kHzでは発熱領域の両端部の温度が低いため、記録材(A4)幅全域を200℃に保つことができず、記録材の両端部では温度が低くなっている。一方、ホット状態では非通紙部の温度も駆動周波数50kHzの場合と比較して低くなっており、230℃に達することはない。
本実施例では駆動周波数50kHzから段階的に駆動周波数が下げられた。すなわち、プリントは図37の(A)の破線で示される温度分布でスタートし、温度分布が図37の(A)中実線で示される状態になる前に、駆動周波数が段階的に下げられ、最終的に25kHzで駆動された。最終的な温度分布は図37の(B)中に実線で示される温度分布になる。
本来、25kHzは発熱分布としては図37の(B)中に破線で示されるような、記録材の両端部に温度低下がみられる駆動周波数帯であるものの、最終的に25kHzで駆動されるまでのプリント動作によって定着スリーブには熱が蓄積されている。そのため、その結果として非通紙部の温度が高いまま維持する。このため、周波数をプリント中に低いものに切り替えても、スリーブ上の、記録材の両端部位置の温度が低下せず、定着強度も損なわれないのである。
以上、通紙枚数に応じて周波数を下げることにより、非通紙部昇温を抑制する制御について説明した。
7.効果確認
表7に本実施例における駆動周波数と各駆動周波数使用時における上限電圧の組み合わせを示す。
立ち上げ時から連続25枚プリントまでは周波数50kHzでコイルを駆動し、その時の電力の上限を1500Wとした。連続26枚から75枚まで周波数44kHzでコイルを駆動し、その時の電力の上限1000Wとした。
連続76枚から150枚までは周波数36kHzでコイルを駆動し、その時の電力の上限を800Wとした。151枚以降は周波数25kHzでコイルを駆動し、その時の電力の上限を600Wとした。
なお、磁性コアの断面積は113mm2とし、定着スリーブ内径はφ30mmのものを用いた。
本実施例の効果を確認するために、周波数によらず、上限電力が一定である従来の形態として比較例1と比較例2も併記した。
比較例1は、立ち上げ時から連続151枚以降まで、すべて電力の上限を600Wとした場合である。
比較例2は、次の構成である。立ち上げ時から連続151枚以降まですべて1500Wとする。駆動周波数が25kHzの場合に1500Wの電力を投入しても磁束飽和を起こさないように磁性コアの断面積を201mm2とし、それに伴い、定着スリーブ内径をφ40mmと大きくした構成である。
実験では、A4サイズの記録材として坪量64g/m2の普通紙を用い、温調温度は200℃という条件下で連続250枚のプリントを行った。画像としてモノクロの文字画像を記録材左右端部から3mm、先端および後端から5mmを余白として残し、それ以外の全面にプリントした。
本実施例、比較例1、2の立ち上げ時において、定着スリーブが定着可能温度に到達するのに要した時間を確認した。また、トナーの定着強度に問題がないか確認するために、上記文字画像の欠損がないかどうかを確認した。表8に結果を示す。本実施例では到達時間目標を7.5秒以内と設定した。
本実施例においては立ち上げ時に大きな電力を投入することで目標時間を下回る7.0秒で定着温度まで到達した。通紙の初期においてはまだ定着装置全体が温まっていないため、通紙中の消費電力が大きい状態である。通紙が進むに従い、定着装置全体が温まっていくため、通紙中の消費電力は減少していく。
本実施例では通紙初期に1500Wの上限値であり、通紙とともに上限値を下げていき、151枚以降では600Wまで下げる。しかし、上述の通り、通紙中に必要とされる電力は下がっていくため、通紙中の文字画像の欠損などは発生しないのである。図46は図36の電力の推移に電力上限値を併記したものである。電力は上限値以下で推移していることがわかる。
比較例1ではもっとも小さい周波数である25kHz時の上限である600Wを立ち上げ時から通紙中を通じて、電力の上限値とした。立ち上げ時にも電力が600Wに制限されてしまい、定着温度への到達時間が大幅に遅れ、15.2秒という結果であった。また、通紙中にも600Wに制限されてしまったことから、定着装置を定着温度に維持する電力が足りず、文字画像の欠損も発生した。
比較例2では最も小さい周波数である25kHzにおいて1500Wの電力を投じても、コアに発生した磁束が飽和磁束を超えないように、コアの断面積を大きくし、通紙を通じて電力の上限値を1500Wに設定した。その結果、通紙中においては定着装置を定着温度に保ち、文字画像の欠損は発生しなかったが、コアの断面積が大きくなったことにより定着装置の熱容量が増大し、定着装置が定着温度に到達するための時間が長くなってしまった。定着温度に到達するのに必要な時間が8.2秒となり、目標の7.5秒には到達しなかった。
なお、上限電力の設定は本実施例のように周波数に対して段階的に設定する方法に限られるものではなく、例えば周波数に対して連続的に上限電力を設定する方法等も適用できる。
また、本実施例では、連続的なプリント(定着処理)が進むに従って周波数を小さくする制御を行ったものの、これに限定されない。使用する記録材のサイズ(幅)に応じて駆動周波数を制御しても良い。つまり、図48に示すように、使用する記録材の幅が小さい程、駆動周波数を小さくする制御を行う。導電層1aの長手方向の発熱分布を記録材の幅に応じて変更し、非通紙部昇温を抑制する。
上述した実施例1の定着装置Aの構成をまとめると次のとおりである。
1)導電層1aを有する筒状の回転体(定着スリーブ)1を有する。回転体1の中空部に挿通され回転体1の母線方向に長い磁性コア2を有する。中空部において磁性コア2の外側に母線方向に交差する方向に磁性コア2に直接もしくは他物を介して巻かれた励磁コイル3を有する。励磁コイル3に交番電流を流すことで導電層1aが電磁誘導により発熱し画像Tを記録材Pに定着する定着装置である。
そして、励磁コイル3に流す交番電流の周波数を制御する周波数制御部45を有する。制御された周波数に応じて、励磁コイル3に供給可能な上限電力を設定する電力設定部43を有する。磁性コアは導電層1aの外側でループを形成していない。
2)周波数制御部45は、連続的に定着処理する場合に定着処理する枚数に応じて周波数を制御する。
3)周波数は、使用する記録材のサイズに応じて制御する。
4)電力設定部43は、上限電力の設定値を励磁コイル3に流す交番電流の周波数が小さいほど小さくする。
以上説明したように、駆動周波数に応じて電力の上限値を変える。これにより、立ち上げ時や通紙初期などのように、大きな電力が必要な時に大きな電力を投入しながら、通紙後半などのように、大きな電力が必要とされない時に電力の上限値を小さくすることができる。従って、電源の故障を防止しながら、短いFPOTを達成し、画像欠損の発生の無い定着装置を構成することができる。
[実施例2]
以下に実施例2について説明する。磁性コアの飽和磁束は磁性コアの温度にも依存することが知られている。図38に磁性コアの温度と飽和磁束の関係を示す。磁性コアの温度が高くなるほど飽和磁束が小さくなる傾向がある。磁性コアの温度の上昇は、磁性コア自身の鉄損や、磁性コアにまかれたコイルの銅損によって発生する熱が原因であり、プリント枚数の多い連続通紙などの場合に磁性コアに熱が蓄積され、コア温度が上昇する(図42)。
実施例2として、コアの温度上昇も考慮した定着装置の構成について説明を行う。具体的にはコアの温度をモニタし、その結果によって上限電圧の設定を補正する機能を付加した構成である。
図39に実施例2における定着装置の断面図を示す。磁性コア2には磁性コア温度を検知するための温度検知素子14(磁性コアの温度を取得する温度取得部)が当接されており、温度検知結果に応じて磁性コア2に発生させる磁束の上限値を設定する。温度検知素子14以外の構成は実施例1と同様であるため、説明を省く。
次に、上限磁束の設定方法について説明する。以下の記述は周波数が50kHzの場合を例にとる。上限磁束の設定は、図40のように磁束を電力に換算し、上限電力を設定することにより行う。図38と図40から、磁性コア温度と磁束飽和しないための電力の関係式を図41に示す。図41の実線が磁束飽和しないための電力であるが、本実施例では磁性コア温度に応じて図41の点線で示すように上限電力を設定した。実施例2における上限電力の設定値を表9に示す。
以上の構成において、A4用紙を毎分45枚の速度で連続プリントする実験を行った。周波数制御は実施例1で説明した表7に基づき、制御を行った。図47にその時の磁性コアの温度推移、定着装置の消費電力の推移および、上限電圧の設定値を示す。
図47の(1)で示されるのが、上限電力が1500Wから1300Wに切り替わるタイミングである。これは周波数制御により50kHzから44kHzに切り替わるタイミングであるが、磁性コアの温度が70℃以下であるため、表9に従い、1500Wから1300Wに切り替わった。
図47の(2)で示されるのが上限電力が1300Wから900Wに切り替わるタイミングである。磁性コアの温度が71℃を超えたため、周波数は44kHzから変わらないものの、表9に従い、1300Wから900Wに切り替わった。
図47の(3)で示されるのが上限電力が900Wから800Wに切り替わるタイミングである。これは周波数制御により44kHzから36kHzに切り替わるタイミングであるが、磁性コアの温度が120℃以下であるため、表9に従い、900Wから800Wに切り替わった。
図47の(4)で示されるのが上限電力が800Wから700Wに切り替わるタイミングである。これは周波数制御により36kHzから25kHzに切り替わるタイミングであるが、磁性コアの温度が120℃以下であるため、表9に従い、800Wから700Wに切り替わった。
図47の(5)で示されるのが上限電力が700Wから600Wに切り替わるタイミングである。磁性コアの温度が121℃を超えたため、周波数は25kHzから変わらないものの、表9に従い、700Wから600Wに切り替わった。
定着装置の消費電力は上記の上限電力の推移に対し、上限電力以下の値を示した。通紙中に電力が不足することが無く、印字品質の低下も見られなかった。
また、図では示されていないが、磁性コア温度が171℃を超えた時点では定着装置の消費電力が500Wよりも低い値で推移しており、表9に基づく制御によって上限電量が500Wになっても、印字品質の低下は発生しなかった。
上述した実施例2の定着装置Aの構成をまとめると次のとおりである。磁性コア2の温度を取得する温度取得部14を有し、電力設定部43は温度取得部14で取得される温度に応じて前記上限磁束を補正する。上限電力の補正値は磁性コア2の温度が高いほど小さく設定される。
以上説明したように、磁性コアの温度をモニタし、その結果に基づいて上限電力を設定することにより、長期にわたる連続プリントにおいても、電源の故障のない、安定したプリント動作を実現することができる。
また、実施例1で説明した、非通紙部昇温抑制のための周波数制御と組み合わせることにより、プリント初期から連続プリント後半に至るまで、印字品質を低下させることなく、プリントを行うことが可能である。
ここで、定着装置には、未定着トナー画像を固着像として定着する以外にも、記録材に仮定着されたトナー画像あるいは一度加熱定着されたトナー像を再度加熱加圧して光沢度を向上させる装置(この場合も定着装置と呼ぶ)も包含される。
導電層1aを有する筒状の回転体1は、複数の張架部材間に懸回張設されて回転駆動される可撓性を有するエンドレスベルト形態のものにすることもできる。また、導電層1aを有する筒状の回転体1は、硬質の中空ローラあるいはパイプの形態のものにすることもできる。