JP2015071844A - 炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】アクリロニトリル系重合体溶液中に含まれるゲル状物を、フィルターにて捕捉、破砕し、濾過後からノズル孔より吐出するまでの重合体溶液の保持温度、保持時間を制御することで、ゲル状物が再発生、凝集することを防止し、糸切れを低減させることが可能な、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】重合体溶液を紡糸ノズルより吐出する炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法であって、下記式(1)及び(2)を満たす炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法
×A/B ≦ 0.500・・・(1)
30 ≦ T ≦ 85・・・(2)
【選択図】なし

Description

本発明は、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法に関する。
炭素繊維は、他の繊維に比べて高い比強度及び比弾性率を有することが知られている。このため、複合材料用補強繊維として、従来からのスポーツ用途及び航空・宇宙用途に加え、自動車や土木、建築、圧力容器、風車ブレード等の一般産業用途にも幅広く展開されつつある。
炭素繊維の中ではアクリロニトリル系炭素繊維が最も広く利用されている。アクリロニトリル系炭素繊維はアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解してアクリロニトリル系重合体溶液とし、これを用いて湿式紡糸または乾湿式紡糸して炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を得た後、それを200〜300℃の酸化性雰囲気中にて加熱処理して耐炎化繊維とし、更に300〜2500℃の不活性雰囲気にて前記耐炎化繊維を加熱処理することにより得ることができる。しかし、このようにして得られた炭素繊維は、物性や品質には優れるものの、製造費用が高額になるため、特に低コスト化が求められる産業用途分野においては、多用化は十分に実現されていない。
炭素繊維の低コスト化を達成する手段として、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造工程を安定化させ、歩留まりを向上させる方法がある。
アクリロニトリル系重合体溶液中に含まれる、アクリロニトリル系重合体溶液自体が劣化することによって発生するゲル状物といった異物は、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造工程において、ノズルより吐出不良を発生させ、吐出直後の糸切れにつながることが知られている。また、このような異物は炭素繊維中の欠陥点となり、炭素繊維の性能を低下させる要因にもなる。したがってアクリロニトリル系重合体溶液をフィルター濾材にて濾過することで、異物を除去することが一般的である。
例えば、特許文献1にはアクリロニトリル系重合体溶液を最終開孔径が5μm以下になるようフィルター濾材で2段以上の多段濾過をおこなうと同時に開孔径の大きいフィルター濾材にて循環濾過をおこなうことでフィルター使用可能期間を長寿命化させつつアクリロニトリル系重合体溶液中の異物を除去する方法が記載されている。この方法により、装置の稼働日数延長化が可能となり、生産性を損なうことなくアクリロニトリル系重合体溶液を濾過することができ、かつこのアクリロニトリル系重合体溶液を用いて高強度の炭素繊維を製造することが可能となる。
また例えば特許文献2にはフィルター濾材の目付け、材質密度、濾過抵抗係数を調整したフィルター濾材を用いることでフィルター濾材使用可能期間を長寿命化させつつアクリロニトリル系重合体溶液中の異物を除去する方法が記載されている。この方法により炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の生産性を損なうことなくアクリロニトリル系重合体溶液から高強度の炭素繊維を製造することが可能となる。
特開2004−27396号公報 特開2009−235662号公報
しかし、特許文献1の方法では開孔径の大きなフィルター濾材で循環濾過をおこなうため、一部のアクリロニトリル系重合体溶液が長期間循環し続け、ゲル状物を発生させてしまう。発生したゲル状物はフィルター濾材を閉塞させて濾過効率の低下を招くだけでなく、濾過圧力も増加させてしまい、生産性や炭素繊維性能の低下を招いてしまう。
また、特許文献2の方法ではアクリロニトリル系重合体溶液中に含まれる異物をフィルターにて濾過した後、ノズル孔より吐出するまでの原液送液中に再発生してしまうゲル状物については、対策が取られていない。
本発明は、前記した問題を解決すること、すなわち、アクリロニトリル系重合体溶液中に含まれるゲル状物を、アクリロニトリル系重合体溶液をフィルターにて濾過することで捕捉、破砕し、濾過後からノズル孔より吐出するまでのアクリロニトリル系重合体溶液の保持温度、保持時間を制御することで、保持中にノズル孔より吐出不良を発生させるサイズまでゲル状物が再発生、凝集することを防止し、結果的にノズル孔より吐出時の糸切れを低減させることが可能な、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法を提供することを目的としている。
前記の目的は、以下の発明によって解決される。 すなわち、本発明の炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法は、アクリロニトリル系重合体が溶剤に溶解したアクリロニトリル系重合体溶液をフィルターにて濾過し、前記重合体溶液を紡糸ノズルより吐出する炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法であって、下記式(1)及び(2)を満たす炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法
×A/B ≦ 0.500・・・(1)
30 ≦ T ≦ 85・・・(2)
A(μm):アクリロニトリル系重合体溶液の濾過に用いるフィルターの濾過精度であって、JIS−B8356−8に準じた測定方法により、95%捕捉可能な異物のサイズ
B(μm):炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維製造に使用するノズル孔の孔径
t(分):アクリロニトリル系重合体溶液を、フィルターにて濾過した後から、ノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間
T(℃):アクリロニトリル系重合体溶液を、フィルターにて濾過した後から、ノズル孔より吐出するまでの重合体溶液の保持温度
上述の構成を備えることにより、ノズル孔より吐出時の吐出不良やそれに伴う糸切れの発生率を大きく低減できるため、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造工程が安定化し、結果的に炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の低コスト化が可能となる。
本発明の炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維は、アクリロニトリル系重合体を紡糸して得られる。本発明で用いられるアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを主な単量体とし、これを重合して得られる重合体である。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルのみから得られるホモポリマーだけでなく、主成分であるアクリロニトリルに加えて他の単量体を用いたアクリロニトリル系重合体であってもよい。
アクリロニトリル系重合体中のアクリロニトリルの配合量は、得られる炭素繊維に求める品質等を勘案して決定でき、例えば、90〜99.5質量%であることが好ましく、96〜99.5質量%であることがより好ましい。アクリロニトリルの配合量が90質量%以上であれば、前駆体繊維を炭素繊維に転換するための焼成工程で、繊維同士の融着を招くことがなく、炭素繊維の優れた品質及び性能を維持できる。加えて、アクリロニトリル系重合体の耐熱性が低下せず、前駆体繊維を紡糸する際に乾燥を抑制することができる。さらに、加熱ローラーや加圧水蒸気による延伸等の処理において、単繊維間の接着を回避できる。アクリロニトリルの配合量が99.5質量%以下であれば、溶剤への溶解性が低下せず、アクリロニトリル系重合体の析出・凝固を防止し、紡糸原液の安定性が維持できるため、前駆体繊維を安定して製造できる。
アクリロニトリル系重合体中のアクリロニトリル以外の単量体としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体から適宣選択することができ、アクリロニトリル系重合体の親水性を向上させるビニル系単量体、耐炎化促進効果を有するビニル系単量体が好ましい。
アクリロニトリル系重合体の親水性を向上する単量体としては、例えば、カルボキシル基、スルホ基、アミノ基、アミド基、ヒドロキシル基等の親水性の官能基を有するビニル化合物がある。カルボキシル基を有する単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸、メサコン酸等が挙げられ、中でもアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸が好ましい。スルホ基を有する単量体としては、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、ビニルスルホン酸、スルホプロピルメタクリレート等が挙げられ、中でも、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸が好ましい。アミノ基を有する単量体としては、ジメチルアミノエチルメタクリレート、ジエチルアミノエチルメタクリレート、ジメチルアミノエチルアクリレート、ジエチルアミノエチルアクリレート、ターシャリーブチルアミノエチルメタクリレート、アリルアミン、o−アミノスチレン、p−アミノスチレン等が挙げられ、中でもジメチルアミノエチルメタクリレート、ジエチルアミノエチルメタクリレート、ジメチルアミノエチルアクリレート、ジエチルアミノエチルアクリレートが好ましい。アミド基を有する単量体としては、アクリルアミド、メタクリルアミド、ジメチルアクリルアミド、クロトンアミドが好ましい。ヒドロキシル基を有する単量体としては、ヒドロキシメチルメタクリレート、ヒドロキシメチルアクリレート、2―ヒドロキシエチルメタクリレート、2−ヒドロキシエチルアクリレート、3−ヒドロキシプロピルメタクリレート、3−ヒドロキシプロピルアクリレート、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート、2−ヒドロキシプロピルアクリレートなどが挙げられる。
このような単量体を配合することで、アクリロニトリル系重合体は親水性が向上する。親水性が向上すると、得られる前駆体繊維の緻密性が向上し、表層部のミクロボイド発生を抑制することができる。上述の単量体は、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。このようなアクリロニトリル系重合体の親水性を向上させる単量体の配合量は、アクリロニトリル系重合体中0.5〜10.0質量%とすることが好ましく、0.5〜4.0質量%とすることがより好ましい。
耐炎化促進効果を有する単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、エタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、マレイン酸、メサコン酸又はこれらの低級アルキルエステル、アルカリ金属塩、アンモニウム塩もしくはアクリルアミド、メタクリルアミド等が挙げられる。中でも、少量の配合量でより高い耐炎化促進効果を得る観点から、カルボキシル基を有する単量体が好ましく、特にアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等のビニル系単量体がより好ましい。このような単量体を配合することで、後述する耐炎化工程の時間を短縮でき、製造コストを低減できる。上述の単量体は、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。このような耐炎化促進効果を有する単量体の配合量は、アクリロニトリル系重合体中0.5〜10.0質量%であることが好ましく、0.5〜4.0質量%とすることがより好ましい。
紡糸の際には、アクリロニトリル系重合体を、溶剤に溶解しアクリロニトリル系重合体溶液とする。溶剤は、アクリロニトリル系重合体の種類等を勘案して決定でき、例えば、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウム等の無機化合物の水溶液が挙げられる。中でもジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドが緻密な炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維が得られる点で好ましい。
炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を得る方法としては、例えば、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出し、直接凝固浴中に紡出して凝固させる湿式紡糸法、空気中で凝固させる乾式紡糸法、一旦、空気中に紡出した後、凝固浴中で凝固させる乾湿式紡糸法等、公知の紡糸方法が挙げられる。中でも、炭素繊維の強度及び弾性率をより向上させる観点から、湿式紡糸法又は乾湿式紡糸法が好ましい。
湿式紡糸法又は乾湿式紡糸法による紡糸賦形は、アクリロニトリル系重合体溶液を略円形断面のノズル孔を有する紡糸ノズルより凝固浴中に紡出する方法が挙げられる。
本発明では、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出する前に、アクリロニトリル系重合体溶液中に含まれるゲル状物をフィルターにて捕捉、破砕して炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を得る。
炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を得る際、ノズル孔での吐出不良やそれに伴う糸切れは、ノズル孔に対してあるサイズを持ったゲル状物等の異物が原因で発生する。アクリロニトリル系重合体溶液中に含まれるゲル状物をフィルターにて捕捉、破砕することで、ノズル孔に対してあるサイズを持ったゲル状物等の異物を低減させることは可能である。しかし、フィルターからノズル孔までアクリロニトリル系重合体溶液を送液する過程にて、新規にゲル状物が発生または破砕したゲル状物同士が再凝集してしまい、結果的にノズル孔よりの吐出時には、ノズル孔での吐出不良やそれに伴う糸切れを発生させてしまうサイズのゲル状物がアクリロニトリル系重合体溶液中に含まれることとなってしまう。本発明者らは、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を製造する際に、下記の式を満たすことで、上述の問題点を解決し、ノズル孔での吐出不良やそれに伴う糸切れを低減できることを見出した。
×A/B ≦ 0.500・・・(1)
30 ≦ T ≦ 85・・・(2)
A(μm):アクリロニトリル系重合体溶液の濾過に用いるフィルターの濾過精度であって、JIS−B8356−8に準じた測定方法により、95%捕捉可能な異物のサイズ
B(μm):炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維製造に使用するノズル孔の孔径
t(分):アクリロニトリル系重合体溶液を、フィルターにて濾過した後から、ノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間
T(℃):アクリロニトリル系重合体溶液を、フィルターにて濾過した後から、ノズル孔より吐出するまでの重合体溶液の保持温度
×A/B を0.500以下とすることで、ゲル状物をフィルターにて捕捉、破砕した後のアクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔まで送液する間に、ノズル孔での吐出不良やそれに伴う糸切れを発生させてしまうサイズのゲル状物の増加を抑制でき、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造工程を安定化することが可能となる。アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出する際に、ノズル孔での吐出不良やそれに伴う糸切れを低減するという観点から、t×A/Bを0.300以下とすることがより好ましく、0.200以下とすることが更に好ましい。
Tを30℃以上とすることで、アクリロニトリル系重合体溶液の流動性を容易に保つことができ、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を製造する際に、安定してノズル孔よりアクリロニトリル系重合体溶液を吐出することが可能となる。また、Tを85℃以下とすることでアクリロニトリル系重合体溶液中のゲル状物増加を抑制することができ、ノズル孔での吐出不良やそれに伴う糸切れを低減につながるだけでなく、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔まで送液する過程での配管閉塞などのトラブルを防止することが可能となる。吐出安定性とアクリロニトリル系重合体溶液中のゲル状物増加抑制の観点から、Tを50℃以上80℃以下とすることが好ましく、60℃以上80℃以下とすることが更に好ましい。
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液精製用のフィルター材は、SUS製繊維を焼結して得られたフィルターであることが好ましい。フィルター材は紡糸原液に対して化学的に安定であり、ある程度の耐熱性及び耐圧性が必要である。フィルター材としてはガラス繊維の不織布やポリプロピレン、フッ素系樹脂からなる膜やポリエチレン不織布を焼結して繊維同士を固定したもの、金属繊維を織って作製した金網、金属繊維不織布を焼結して繊維同士を固定したものがあるが、上述した化学的安定性や耐熱性、耐圧性の観点から金属繊維不織布を焼結して強度を上げたものが好ましい。具体的な金属としては、ステンレス鋼(SUS304、304L、316、316Lなど)のほか、銅、チタン及びそれらの合金などがあるが、その中でもステンレス鋼(SUS304、304L、316、316Lなど)を用いるのが加工性の点から好ましい。また、SUS製繊維を焼結したフィルターを用いることで、アクリロニトリル系重合体溶液を濾過した際、アクリロニトリル系重合体用液中のゲル状物を効率よく捕捉、破砕できる。
本発明では、t×A/B≦0.500を満たすフィルターが、アクリロニトリル系重合体溶液を送液する工程中に設置されていれば問題なく、そのフィルター前後で粗いフィルターを設置し、異物の除去及びゲル状物の破砕を実施してもかまわない。また、そのフィルター前後でより濾過精度の高いフィルターを設置し、異物の除去及びゲル状物の破砕を実施してもかまわない。
凝固浴としては、アクリロニトリル系重合体溶液に用いられる溶剤を含む水溶液を用いることが好ましい。このような凝固浴が、溶剤回収の容易性の観点から好ましい。
凝固浴として溶剤を含む水溶液を用いる場合、該水溶液中の溶剤濃度は、30〜90質量%であることが好ましく、40〜85質量%であることがより好ましい。この範囲内であれば、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維をボイドの発生がない緻密な構造とすることができ、高強度、高弾性率の炭素繊維が得られる。加えて、延伸性が確保でき生産性にも優れる。
凝固浴の温度は、特に限定されないが、0〜60℃が好ましい。この範囲内であれば、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維をボイドの発生がない緻密な構造とでき、高強度、高弾性率の炭素繊維が得られる。加えて、延伸性も確保でき生産性に優れたものとなる。
紡糸工程では、凝固糸を凝固浴中又は延伸浴中で延伸することができる。或いは、凝固糸を空中で延伸した後、再度、浴中で延伸することができる。更にまた、延伸の前後又は延伸中に水洗し、凝固糸を水膨潤状態とすることができる。延伸浴は、例えば、水、又はアクリロニトリル系重合体溶液に用いられる溶剤を含む水溶液等が挙げられる。
延伸は、凝固浴又は延伸浴に凝固糸を入れ、凝固糸に張力を掛けることで行われる。延伸は、例えば、1回で所望の倍率としてもよいし、2回以上に分けて多段に延伸することで所望の倍率としてもよい。例えば、空中での延伸と延伸浴中での延伸を組み合わせ、合計で5〜15倍に延伸することとよい。このように延伸することで、炭素繊維の高強度化、高弾性率が図れる。
油剤組成物の炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維への付与は、前述の浴中延伸後の延伸糸に油剤組成物の分散液を付与することにより行うことができる。浴中延伸の後に洗浄を行う場合は、浴中延伸及び洗浄を行った後に得られる延伸糸に油剤分散液を付与することもできる。
油剤組成物は、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維に求める機能等を勘案して決定でき、例えば、シリコーン系油剤組成物が好ましく、必要に応じて、さらに酸化防止剤、帯電防止剤、消泡剤、防腐剤、抗菌剤、浸透剤等の添加物を配合することができる。油剤組成物を延伸糸に含浸する方法としては、ローラー法、ガイド法、スプレー法、ディップ法等、公知の方法を用いることができる。油剤組成物が付着した延伸糸は、続いて乾燥緻密化される。
乾燥工程は、従来公知の方法で延伸糸を乾燥でき、例えば、加熱ローラーによる乾燥が好ましい乾燥方法として挙げられる。なお、加熱ローラーの数量は1個であっても2個以上であってもよい。
乾燥工程における乾燥温度は、延伸糸のガラス転移温度を超えた温度とすることが好ましい。このような乾燥温度で処理することで、延伸糸の乾燥と緻密化が達成できる。乾燥温度は前駆体繊維の含水量の変動により異なるが、例えば、100〜200℃の範囲で決定することが好ましい。
延伸糸は乾燥後、加熱延伸を行うことが、得られる炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の緻密性や配向度をさらに高めることができることから好ましい。加熱延伸の方法には、加熱ローラーで搬送させながら延伸する方法や加圧水蒸気圧雰囲気下で延伸する方法がある。
加熱延伸後、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維は、室温のロール等を通すことにより、常温の状態まで冷却する。冷却した炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維は、ワインダーでボビンに巻き取られ、或いはケンスに振込まれて収納され、炭素繊維の製造に供される。
上述した方法により、ノズル孔からの吐出時の吐出不良やそれに伴う糸切れの発生率を大きく低減できるため、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造工程が安定化し、結果的に炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の低コスト化が可能となる。
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
[吐出不良孔発生頻度]
アクリロニトリル系重合体溶液原液を、乾湿式紡糸法にて、長期間紡糸ノズルから紡浴に吐出させ、得られた凝固糸を引き取る際に、吐出不良により、ノズル孔出側でアクリロニトリル系重合体溶液の溜まりが発生する回数(回/月)を測定した。
[紡浴屑糸発生量]
アクリロニトリル系重合体溶液原液を、湿式紡糸法にて、長期間紡糸ノズルから紡浴に吐出させ、得られた凝固糸を引き取る際に発生する紡浴中の屑糸の量(g/日)を測定した。
実施例1
[アクリロニトリル系重合体の製造]
アクリロニトリル系重合体は、オーバーフロー式の重合容器に、以下のように各原料を供給すると共に重合容器内の温度を50℃に維持しながら攪拌し、オーバーフローした重合体スラリーを洗浄、乾燥して製造した。重合容器内には、脱イオン水82.75質量%と、モノマー17質量%(組成比・・・アクリロニトリル(AN)単量体単位:メタクリル酸(MAA)単量体単位(質量比)=98:2)と、過硫酸アンモニウム0.1質量%と、亜硫酸水素アンモニウム0.15質量%と、硫酸第一鉄7水和物2質量ppmとを、それぞれ連続して供給すると共に、pH3.0となるように硫酸を適量添加した。得られたアクリロニトリル系重合体の組成は、AN単量体単位:MAA単量体単位(質量比)=98:2であった。
[炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造]
上記で得たアクリロニトリル系重合体23質量%と−10℃のジメチルホルムアミド77質量%を混合し、加熱溶解し、アクリロニトリル系重合体溶液を得た。得られたアクリロニトリル系重合体溶液はフィルターにて濾過するまで65℃で保持しつつ、濾過精度Aが40μmである、金属繊維を焼結させて作成したフィルターにて濾過を行った。濾過後、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔から吐出するまでの平均滞在時間tが0.75分、保持温度Tが65℃となるよう調整し、孔径Bが150μmであり、孔数が2000であるノズルより一旦空気中に吐出して約4mmの空間を通過させた後、濃度80質量%、温度10℃のジメチルホルムアミド水溶液からなる凝固浴中に浸ける乾湿式紡糸法により、凝固糸を得た。このときのt×A/Bは表1に示したとおりである。得られた凝固糸を空気中で1.1倍に延伸し、続いて濃度50質量%、温度60℃のジメチルホルムアミド水溶液中で3.0倍に延伸し、熱水中で1.1倍に延伸しながら洗浄、脱溶剤を行った。脱溶剤した凝固糸をアミノ変性シリコーン系油剤分散液中に浸漬し、140℃の加熱ローラーで緻密乾燥化した。このとき使用したアミノ変性シリコーン系油剤分散液は、アミノ変性シリコーン(信越化学工業株式会社製、商品名:KF−8002)90質量部に対し、乳化剤(花王株式会社製、商品名:エマルゲン108)を10質量部混合したものをゴーリンミキサー(エスエムテー株式会社製、商品名:圧力式ホモジナイザーゴーリンタイプ)で乳化した後、水を加えて製造したもので、得られた油剤分散液の組成は、水:アミノ変性シリコーン:乳化剤(質量比)=98.65:1.2:0.15であった。次いで、表面温度190℃の熱ロールにて3.0倍に延伸し、単繊維繊度0.7dtexの炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を製造した。
このときの吐出不良発生頻度は表2に示したとおりであった。
実施例2
アクリロニトリル系重合体溶液を濾過するフィルターの濾過精度Aを20μmとした以外は実施例1と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、吐出不良発生頻度は表2に示したとおりであった。
実施例3
アクリロニトリル系重合体溶液をノズルより吐出するまでの平均滞在時間tを1.1分とした以外は実施例1と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、吐出不良発生頻度は表2に示したとおりであった。
実施例4
アクリロニトリル系重合体溶液を濾過するフィルターの濾過精度Aを20μmとし、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを1.1分とした以外は実施例1と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、吐出不良発生頻度は表2に示したとおりであった。
実施例5
アクリロニトリル系重合体溶液を濾過するフィルターの濾過精度Aを1μmとし、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを8分とした以外は実施例1と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、吐出不良発生頻度は表2に示したとおりであった。
比較例1
アクリロニトリル系重合体溶液を濾過するフィルターの濾過精度Aを5μmとし、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを12分とした以外は実施例1と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、吐出不良発生頻度は表2に示したとおりであり、t×A/Bが実施例1と比較して大きくなり、吐出不良発生頻度は実施例1と比較して増加した。
比較例2
アクリロニトリル系重合体溶液を濾過するフィルターの濾過精度Aを5μmとし、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを22分とした以外は実施例1と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、吐出不良発生頻度は表2に示したとおりであり、t×A/Bが実施例1と比較して大きくなり、吐出不良発生頻度が実施例1と比較して大きく増加した。
比較例3
アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを1.1分、保持温度Tを100℃とした以外は実施例1と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、吐出不良発生頻度は表2に示したとおりであり、t×A/Bが実施例1と比較して大きくなり、吐出不良発生頻度が実施例1と比較して大きく増加した。
実施例6
[アクリロニトリル系重合体の製造]
アクリロニトリル系重合体は、オーバーフロー式の重合容器に、以下のように各原料を供給すると共に重合容器内の温度を50℃に維持しながら攪拌し、オーバーフローした重合体スラリーを洗浄、乾燥して製造した。重合容器内には、常に脱イオン水74.75質量%と、モノマー25質量%(組成比・・・アクリロニトリル(AN):アクリルアミド(AAm):メタクリル酸(MAA)(質量比)=96:3:1)と、過硫酸アンモニウム0.1質量%、亜硫酸水素アンモニウム0.15質量%、硫酸第一鉄7水和物2質量ppmとを、各原料をそれぞれ連続して供給すると共に、pH3.0となるように硫酸を適量添加した。得られたアクリロニトリル系重合体の組成は、AN単量体単位:AAm単量体単位:MAA単量体単位(質量比)=96:3:1であった。
[アクリロニトリル系重合体溶液(紡糸原液)の製造]
上記で得たアクリロニトリル系重合体21質量%と−4℃のジメチルアセトアミド79質量%を混合し、加熱溶解し、アクリロニトリル系重合体溶液を得た。得られたアクリロニトリル系重合体溶液はフィルターにて濾過するまで75℃で保持しつつ、濾過精度Aが40μmである、金属繊維を焼結させて作成したフィルターにて濾過を行った。濾過後、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tが0.1分、保持温度Tが75℃となるよう調整し、孔径Bが75μmであり、孔数24000であるノズルより吐出して、濃度67質量%、温度35℃のジメチルアセトアミド水溶液からなる凝固浴中に浸ける湿式紡糸法により、凝固糸を得た。このときのt×A/Bは表1に示したとおりである。得られた凝固糸を空気中で1.1倍に延伸し、続いて熱水中で5.0倍に延伸しながら洗浄、脱溶剤した。脱溶剤した凝固糸をアミノ変性シリコーン系油剤分散液中に浸漬し、140℃の加熱ローラーで緻密乾燥化した。このとき使用したアミノ変性シリコーン系油剤分散液は、アミノ変性シリコーン(信越化学工業株式会社製、商品名:KF−8002)90質量部に対し、乳化剤(花王株式会社製、商品名:エマルゲン108)を10質量部混合したものをゴーリンミキサー(エスエムテー株式会社製、商品名:圧力式ホモジナイザーゴーリンタイプ)で乳化した後、水を加えて製造したもので、得られた油剤分散液の組成は、水:アミノ変性シリコーン:乳化剤(質量比)=98.65:1.2:0.15であった。次いで、表面温度190℃の熱ロールにて1.5倍に延伸し、単繊維繊度1.2dtexの炭素繊維前駆体繊維を製造した。
このときの紡浴屑糸発生量は表2に示したとおりであった。
実施例7
アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを0.05分、ノズル孔の孔径Bを45μmとした以外は実施例1と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、紡浴屑糸発生量は表2に示したとおりであった。
実施例8
アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを0.05分、ノズル孔の孔径Bを50μmとした以外は実施例1と同様に実施した。
このときのt× A/B及び保持温度Tは表1に、紡浴屑糸発生量は表2に示したとおりであった。
実施例9
アクリロニトリル系重合体溶液を濾過するフィルターの濾過精度Aを5μmとし、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを2分、ノズル孔の孔径Bを50μmとした実施例1と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、紡浴屑糸発生量は表2に示したとおりであった。
比較例4
アクリロニトリル系重合体溶液を濾過するフィルターの濾過精度Aを20μmとし、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを2分、ノズル孔の孔径Bを45μmとした実施例6と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に、吐出不良発生頻度は表2に示したとおりであり、t×A/Bが実施例6と比較して大きくなり、紡浴屑糸発生量が実施例6と比較して増加した。
比較例5
アクリロニトリル系重合体溶液を濾過するフィルターの濾過精度Aを5μmとし、アクリロニトリル系重合体溶液をノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間tを2分、保持温度Tを5℃、ノズル孔の孔径Bを50μmとした実施例6と同様に実施した。
このときのt×A/B及び保持温度Tは表1に示したとおりである。保持温度Tが実施例6と比較して非常に小さいため、アクリロニトリル系重合体溶液の流動性が低く、吐出が困難となり、凝固糸を長期間安定に引き取ることが出来なかった。

Claims (1)

  1. アクリロニトリル系重合体が溶剤に溶解したアクリロニトリル系重合体溶液をフィルターにて濾過し、前記重合体溶液を紡糸ノズルのノズル孔より吐出する炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法であって、下記式(1)及び(2)を満たす炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法

    ×A/B ≦ 0.500・・・(1)
    30 ≦ T ≦ 85・・・(2)

    A(μm):アクリロニトリル系重合体溶液の濾過に用いるフィルターの濾過精度であって、JIS−B8356−8に準じた測定方法により、95%捕捉可能な異物のサイズ
    B(μm):炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維製造に使用するノズル孔の孔径
    t(分):アクリロニトリル系重合体溶液を、フィルターにて濾過した後から、ノズル孔より吐出するまでの平均滞在時間
    T(℃):アクリロニトリル系重合体溶液を、フィルターにて濾過した後から、ノズル孔より吐出するまでの重合体溶液の保持温度
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