JP2008137037A - ソリッドワイヤ - Google Patents

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Abstract

【課題】溶接のコストアップを最小限に抑えつつ、ワイヤの送給安定性、耐溶落ち性、耐アンダカット性、耐割れ性に優れ、スラグおよびスパッタが発生しにくく、且つ、母材と同等以上の溶接金属の硬度を有し、脆弱破壊を起こさないソリッドワイヤを提供する。
【解決手段】Cを0.020〜0.100質量%、Siを0.25〜1.10質量%、Mnを1.20〜1.65質量%、Pを0.008〜0.017質量%、Sを0.045〜0.150質量%、Oを0.0050質量%以下、Nを0.0050質量%以下で含有し、且つ、P×(O+N)×105≦15を満足し、残部がFeおよび不純物からなり、当該不純物が、Tiを0.15質量%以下、Bを0.0050質量%以下、さらに、Cr、Ni、Al、Nb、V、Zr、LaおよびCeの少なくとも一種をそれぞれ0.20質量%以下で含有してなるソリッドワイヤ。
【選択図】図2

Description

本発明は、アーク溶接に用いるソリッドワイヤに係り、より詳細には、薄板のアーク溶接に適用できる炭素鋼のソリッドワイヤに関する。
近年、環境問題の観点から自動車の燃費改善に関する要求が強くなっている。それに対応するため、使用する鋼板を従来の引張強度300MPa以下の軟鋼から引張強度400MPa以上の高強度の鋼板に替えて板厚を低減し、軽量化を図る試みが進められている。
ここで、板厚を低減すると、スポット溶接法では殆ど問題ないものの、アーク溶接法ではアーク熱によって鋼板が溶融して穴が開く、いわゆる溶落ちが発生しやすくなる。
また、鋼板の高強度化は、一般に圧延時の冷却制御と鋼板に添加する元素を増量することによって達成されるが、鋼板に添加する元素の増量は、アーク溶接時の溶融池の粘性を高め、なじみ性が劣化して溶接止端部が厚みを欠損する、いわゆるアンダカットが発生しやすくなる。
さらに、溶接施行の面では、溶接の能率向上のために溶接速度を大きくすると、溶融池に対してアークが先行し、アークが直接溶融面に当たりやすくなることによって溶落ちが発生しやすくなる。また、溶落ちに至らずとも、溶接されている板材の裏側まで溶融した(これを裏波ともいう)場合に、高温割れが極めて発生しやすくなる。
なお、耐溶落ち性の向上に対して、特許文献1には、電気抵抗率を規定した0.9mm以下の細径のワイヤを用いて溶着量あたりの入熱を減少させることによって溶落ちしにくくする(つまり、耐溶落ち性を向上させる)旨が記載されている。
また、特許文献2には、ワイヤのSi+Mn、Si×(Si+Mn)を規定し、さらにArに極少量(3〜7%)のOガスを含有することによって耐溶落ち性を向上させる旨が記載されている。かかる技術は、ワイヤの電気抵抗率を適度に高めることによって溶着量あたりの入熱を減少させる効果と、シールドガスのArの比率を高くすることで溶込み深さを減らす効果との相乗効果によるものである。
また、特許文献3や特許文献4には、先端にセラミックを装着した特殊な溶接給電チップを用いる旨が記載されている。これは、溶接給電チップの先端の通電点とアーク発生点との間に発生する電気抵抗発熱を高めることによって溶着量あたりの入熱を減少させ、これにより耐溶落ち性を向上させるとともに、電流低下によってアーク力が抑えられるためにアンダカットの発生を抑制する(つまり、耐アンダカット性を向上させる)ものである。
さらに、特許文献5には、シールドガスとしてArとCOを用い、これに多量(5.5〜15%)のOを混合させることによって溶融池の対流方向を変え、それにより耐アンダカット性を向上させる旨が記載されている。
なお、従来から経験的に立向下進溶接することによって耐溶落ち性や耐アンダカット性を向上し得ることが知られているが、溶接姿勢が限定される上に、下進角度が過剰であるとビードの垂れ落ちやスパッタの多量発生となるため制御が困難であることが知られていた。
特開2001−96392号公報 特許第2922814号明細書 特開平9−94667号公報 特許第3345883号明細書 特開2005−254284号公報
しかしながら、特許文献1に記載されているような細径のワイヤは、細径であるために座屈しやすく、且つワイヤの送給安定性が悪いために溶接作業性が悪くなるという問題がある。また、かかる細径のワイヤはコストが高くなるので、溶接のコストアップにつながるという問題もある。
また、特許文献2に記載されているワイヤ単体では、耐溶落ち性に劣るという問題を解決することができない。また、このようにシールドガスのArの比率を高くすると、シールドガスのコストが高くなるので、溶接のコストアップにつながるという問題がある。
一方、特許文献3や特許文献4に記載されているようなアーク溶接では、特殊な溶接給電チップを用いるため、チップのコストが高くなるので、溶接のコストアップにつながる。
そして、特許文献5に記載のアーク溶接方法では、特殊なシールドガスを用いるためシールドガスのコストが高くなるので、溶接のコストアップにつながるという問題があり、また、酸素量が多いためにスラグやスパッタが多量に発生する。スラグやスパッタの存在は、溶接部の塗装性が劣化することにつながる。さらに、溶接金属に含まれる酸素量が大幅に増加することにともなって介在物が増加し、高温割れが発生しやすくなる(つまり、耐割れ性に劣る)という問題もある。
そして、前記した問題の他に、汎用性のある一般的な薄板溶接を行うために、母材と同等以上の溶接金属の硬度を有すること、脆弱破壊を起こさないこと、溶接を円滑に行わしめる良好な送給安定性を有することが求められている。
本発明は前記課題に鑑みてなされたものであり、溶接のコストアップを最小限に抑えつつ、ワイヤの送給安定性、耐溶落ち性、耐アンダカット性、耐割れ性に優れ、スラグおよびスパッタが発生しにくく、且つ、母材と同等以上の溶接金属の硬度を有し、脆弱破壊を起こさないソリッドワイヤを提供することを目的とする。
前記課題を解決した本発明に係るソリッドワイヤは、アーク溶接を行うために用いられるソリッドワイヤであって、Cを0.020〜0.100質量%、Siを0.25〜1.10質量%、Mnを1.20〜1.65質量%、Pを0.008〜0.017質量%、Sを0.045〜0.150質量%、Oを0.0050質量%以下、Nを0.0050質量%以下で含有し、且つ、(Pの含有量)×{(Oの含有量)+(Nの含有量)}×105≦15を満足し、残部がFeおよび不純物からなり、当該不純物が、Tiを0.15質量%以下、Bを0.0050質量%以下、さらに、Cr、Ni、Al、Nb、V、Zr、LaおよびCeの少なくとも一種をそれぞれ0.20質量%以下としている。
本発明に係るソリッドワイヤは、C、Si、Mn、P、Sの含有量を特定の範囲に限定することによって、溶融池の粘性と表面張力を大幅に低下させることが可能となり、アーク溶接時に溶融池を深く形成させることができる。これにより、アーク力を緩和する障壁作用を得ることができ、溶込み深さを低減させることが可能となるので、耐溶落ち性を向上させることができる。
また、本発明に係るソリッドワイヤは、溶融池の粘性と表面張力を大幅に低下させているのでアンダカットが発生した場合であっても、溶融池で溶融している溶接金属が重力によって当該アンダカットした部分に流れ込むため、溶接箇所が凝固するまでにアンダカットをなくすことができる(つまり、耐アンダカット性を向上させることができる。)。
そして、本発明に係るソリッドワイヤは、C、Mn、S、Oの含有量を適切化することによってスラグやスパッタを発生しにくくし、Nの含有量を適切化することによって介在物が多く発生するのを防止し、PとOとNの関係を規定することによって、割れの防止や耐アンダカット性の向上を図っている。
さらに、本発明に係るソリッドワイヤは、特定の種類の不純物を、特定の範囲で含有することによって溶融池の粘性と表面張力が高くなるのをより防止することができるので、アーク溶接時に溶融池が浅くなるのをより防止することが可能となる。したがって、アーク力を緩和する障壁作用をより確実に得ることができ、溶込み深さを低減させることが可能となるので、耐溶落ち性や耐アンダカット性を向上させ、スパッタおよびスラグをより発生しにくくすることができる。特に、Bを特定の含有量以下に規制することによって耐割れ性をより向上させることができる。
本発明に係るソリッドワイヤは、Moを0.30質量%以下で含有するのが好ましい。
本発明に係るソリッドワイヤは、Moを特定の含有量以下に規制することによって、溶融池の粘性と表面張力が高くなるのを防止することができるので、アーク溶接時に溶融池が浅くなるのを防止することができる。これにより、アーク力を緩和する障壁作用を確実に得ることができ、溶込み深さを低減させることが可能となるので、耐溶落ち性や耐アンダカット性を向上させ、スパッタを発生しにくくすることができる。
本発明に係るソリッドワイヤは、前記ソリッドワイヤの表面に、K、Li、NaおよびCaから選択される少なくとも1種以上の元素を合計で0.005〜0.300g/10kg有するのが好ましい。
本発明に係るソリッドワイヤは、その表面にこのような群から選択される少なくとも1種の元素を塗布や付着等させることにより、前記した特定の範囲で有することによって電子放出が容易となるので、Arと酸化性ガス(OやCOなど)を用いた溶接において当該元素がアーク安定剤として働く。そのため、アーク長の変化を抑制することができ、より耐溶落ち性を向上させることができる。
本発明に係るソリッドワイヤは、前記ソリッドワイヤの表面に、MoS2を0.01〜1.00g/10kg有するのが好ましい。
本発明に係るソリッドワイヤは、その表面にMoSを塗布や付着等させることにより、前記した特定の範囲で有することによって、通電点での瞬間融着が減少し、抵抗が減少するため、ソリッドワイヤの送給安定性を向上させることができる。
本発明に係るソリッドワイヤは、表面を銅めっきで被覆してもよい。
本発明に係るソリッドワイヤを銅めっきで被覆することによって、耐錆性の向上や、通電チップの耐磨耗性の向上、ワイヤ生産時に伸線性の向上効果による生産性の向上とそれにともなう低コスト化などを図ることができる。
本発明に係るソリッドワイヤによれば、溶接のコストアップを最小限に抑えつつ、ワイヤの送給安定性、耐溶落ち性、耐アンダカット性、耐割れ性に優れ、スラグおよびスパッタが発生しにくく、且つ、母材と同等以上の溶接金属の硬度を有し、脆弱破壊を起こしにくくすることができる。
次に、本発明に係るソリッドワイヤを実施するための最良の形態について詳細に説明する。
本発明者らは、前記した立向下進溶接時の溶融池および溶接金属の挙動に着目し、水平溶接、下向溶接、横向溶接、上向溶接、立向上進溶接など姿勢によらないで、溶融池および溶接金属が前述と同様の挙動を得ることができれば、より好適にアーク溶接を行い得ると考え、鋭意研究を行った。
まず、図1を参照して本発明者らが完成するに至った本発明に係るソリッドワイヤの原理について説明する。なお、図1は、アーク溶接の様子を模式的に示す図であって、(a)は、従来のソリッドワイヤを用いてアーク溶接を行う様子を模式的に示す図であり、(b)は、本発明に係るソリッドワイヤを用いてアーク溶接を行う様子を模式的に示す図である。
図1(a)に示すように、従来のソリッドワイヤ31を用いたアーク溶接では、溶融池6の粘性、表面張力が大きい。そのため、アーク力と表面張力による溶融池6の押し上げPが重力Pに対して大きくなるので、溶融池6自体の重力P2による降下が小さくなる。すなわち、アーク直下での溶融池6の深さLが小さく、溶込み深さLが大きくなる。
また、チップ2/ソリッドワイヤ31通電点(主にチップ2の先端)からアーク5の発生点までの、いわゆる突出し部分Aおよび先端に形成される溶滴4自体の抵抗発熱が低くなる。
そこで、本発明者らは、図1(b)に示すように、立向下進溶接時には、重力によって溶融池がアーク後方からアーク直下に向けて移動すること、すなわち、アーク直下には常に深い溶融池が形成され、アーク力を緩和する障壁作用が働いていることにより、溶落ちしにくくなる(耐溶落ち性の向上)ことがわかった。また、瞬間的にアンダカットが生じても重力による溶融池の降下作用が大きく働き、溶融池の溶接金属が当該アンダカットした箇所に流れ込むため、凝固時にはアンダカットが消失すること(耐アンダカット性の向上)することがわかった。
これは、アーク5直下から溶接後方に形成される溶融池6の粘性、表面張力を低下させ、Pが小さくなることでPが勝り、溶融池6をアーク5直下に落とし込ませる。これにより、アーク5直下での溶融池6の深さLを大きくし、アーク力の作用を防御させることで、溶込み深さLを低減させることによるものである。
本発明者らは、鋭意研究した結果、ソリッドワイヤ自身の電気抵抗を高めることにより、突出し部分および溶滴自体の抵抗発熱を高めて温度を上昇させて、アーク熱による溶融を低減させることにより溶接入熱を減らし、且つ、ソリッドワイヤの成分組成を適切化することによって溶融池の粘性と表面張力を大幅に低下させ、溶融池に働く重力作用を十分に引き出すことで、立向下進溶接以外の姿勢でも前記したメカニズムを実現できることを見出した。
なお、研究の段階で、従来知られているガス成分の高酸素化や、ソリッドワイヤの成分として含有されるSiやMnなどの強脱酸成分の低減といった手段によって高酸素化して溶融池の粘性と表面張力を低下させると、スラグの多量発生、ブローホールの発生、ビード形状の劣化、スパッタの増加といった問題が多発することがわかった。
本発明者らはまた、この問題を改善する手段としてPとSを適切な量で添加することによる相乗効果でスラグやスパッタを発生しにくくし、ビード形状を良好に保ったまま、溶融池の粘性と表面張力を大幅に低下させ得ることをも見出した。
なお、図2は、本発明のソリッドワイヤを完成するために行ったPとSの適正な含有量の範囲を説明するための図であり、図3は、本発明のソリッドワイヤを完成するために行ったOとNの適正な含有量の範囲を説明するための図であり、図4は、本発明のソリッドワイヤを完成するために行ったOおよびNとPの適正な含有量の範囲を説明するための図である。
ここで、通常、PとSは高い濃度で含有すると高温割れが発生しやすくなることが知られており、高温割れを生じさせないために、例えば、JIS Z3312では、PとSの上限を各々0.030質量%と規定している。
本発明者らは、研究を行った結果、図2に示すように、Sよりも遥かに耐割れ性を劣化させやすいPを0.017質量%以下に規制すること、また、図3に示すように、OとNを各々0.0050質量%以下に厳しく抑制すること、および、図4に示すように、PとOとNの関係として、(Pの含有量)×{(Oの含有量)+(Nの含有量)}×105≦15に制限することにより、PとSを高い濃度で含有する場合であっても1パスの溶接では高温割れが生じないこと(耐割れ性の向上)を見出した。
本発明者らは、かかる知見の下、アーク溶接を行うのに好適な本発明に係るソリッドワイヤを完成させるに至った。
本発明者らが完成するに至った、本発明に係るソリッドワイヤは、Cを0.020〜0.100質量%、Siを0.25〜1.10質量%、Mnを1.20〜1.65質量%、Pを0.008〜0.017質量%、Sを0.045〜0.150質量%、Oを0.0050質量%以下、Nを0.0050質量%以下で含有し、且つ、(Pの含有量)×{(Oの含有量)+(Nの含有量)}×105≦15を満足し、残部がFeおよび不純物からなる。
以下、本発明のソリッドワイヤにおいて数値限定した理由について説明する。
(C:0.020〜0.100質量%)
Cは、脱酸作用を有し、溶接金属の強度を高める効果がある。薄板溶接では多層溶接することはないため、再熱による強度低下を考慮する必要はなく、低い添加量でも一般的に使われる300MPa以下の軟鋼から590MPa級のハイテン鋼板(高張力鋼板)に至るまで母材と同等以上の強度を得ることができる。
しかし、Cの含有量を0.020質量%未満にまで低下させると軟鋼にしか適用できない強度になって汎用性がなくなる。したがって、Cは、0.020質量%以上含有する必要がある。
一方、Cの含有量が高くなると、前記したように、耐割れ性が著しく劣化する。また、アーク近傍でCOが爆発することによってスパッタの発生が多くなるばかりでなく、ヒュームの発生も多くなる。さらに、脱酸が過剰となるので溶融池の酸素が減少し、溶融池の粘性や表面張力が高くなる。そのため、アーク力を緩和する障壁作用が低減し、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。したがって、耐割れ性を確保することを加味して、Cは、0.100質量%以下で含有する必要があり、0.070質量%以下で含有するのが望ましい。
(Si:0.25〜1.10質量%)
Siは、強度を確保するために必要な一方、ソリッドワイヤの電気抵抗を高める作用がある。0.25質量%未満では強度が下がり、軟鋼以外には適用できない強度となってしまう。また、ソリッドワイヤの電気抵抗が小さくなり過ぎるため、送給量あたりの電流値が上昇する。その結果、入熱が高くなるので、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。したがって、Siは、0.25質量%以上含有する必要がある。
一方、Siの含有量が1.10質量%を超えると脱酸が過剰となり、溶融池の酸素が減少して溶融池の粘性、表面張力が高くなる。そのため、アーク力を緩和する障壁作用が低減し、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。また、Siが過剰であると溶接金属が脆化し、溶接部の硬度などについて健全性が失われるおそれがある。したがって、Siは、1.10質量%以下とする必要があり、0.75質量%以下で含有するのが好ましい。
(Mn:1.20〜1.65質量%)
Mnも強度確保に必要な一方で、ソリッドワイヤの電気抵抗を高める作用がある。Mnの含有量が1.20質量%未満であると強度が下がり、軟鋼以外には適用できない強度となってしまう。また、ソリッドワイヤの電気抵抗が小さくなり過ぎるため、送給量あたりの電流値が上昇する。その結果、入熱が高くなるので、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。また、Mnが少なすぎると溶接金属が脆化し、溶接部の健全性が失われるおそれがある。したがって、Mnは、1.20質量%以上含有する必要がある。
一方、Mnの含有量が1.65質量%を超えると脱酸が過剰となり、溶融池の酸素が減少して溶融池の粘性や表面張力が高くなる。そのため、溶融池の溶接金属がアーク直下へ落ち込みにくくなるので、アーク力を緩和するための障壁作用が低減し、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。また、スラグも多く発生するので塗装性が劣化する。したがって、Mnは、1.65質量%以下で含有する必要があり、1.55質量%以下で含有するのが好ましい。
(P:0.008〜0.017質量%)
PはSと共に本発明において最も重要な元素であり、溶融池の粘性や表面張力の低下を図る作用がある。Pを適切な含有量で含有することによって、溶融池に対してアークが先行した場合であっても、粘性や表面張力の低い溶融池によってアーク力を緩和する障壁作用を得やすくなるので、耐溶落ち性、耐アンダカット性を得ることができる。このような効果を得るためには、Pを0.008質量%以上含有することが必要である。
一方、Pの含有量が0.017質量%を超えると、他の元素の含有量を調整しても耐高温割れ性の維持限界を超えてしまい、鋼板の裏側まで溶融したときに高温割れが発生しやすくなる。さらに、溶融池の粘性が過剰に低下し、重力の作用でビードが垂れやすくなり、重ねすみ肉溶接の上板側にビードが形成され難くなってアンダカットが発生しやすくなる(つまり、耐アンダカット性が劣りやすくなる)。したがって、Pは、0.017質量%以下で含有する必要がある。
(S:0.045〜0.150質量%)
SはPと共に本発明において最も重要な元素であり、溶融池の粘性や表面張力の低下を図る作用がある。Sを適切な含有量で含有することによって、溶融池に対してアークが先行した場合であっても、粘性や表面張力の低い溶融池によってアーク力を緩和する障壁作用を得やすくなるので、耐溶落ち性や耐アンダカット性を向上させることができる。このような効果を得るためには、Sを0.045質量%以上含有することが必要である。
一方、Sの含有量が0.150質量%を超えると、溶融池だけでなくソリッドワイヤの先端に形成される溶滴の表面張力も大きく低下し、溶滴が球形を保てなくなる。また、過剰な厚さに形成される溶融池とも相まってアーク長さを長く設けても短絡状態となってしまうため、スパッタが非常に多くなる。また、他の元素の調整によっても、耐割れ性の向上を図ることができなくなってしまい、鋼板の裏側まで溶融した場合に高温割れが顕著に発生しやすくなる。さらに、溶融池の粘性が過剰に低下し、重力の作用でビードが垂れやすくなり、重ねすみ肉溶接の上板側にビードが形成され難くなって耐アンダカット性が劣りやすくなる。またさらに、溶接金属が脆化し、溶接部の健全性が失われるおそれもある。したがって、Sは0.150質量%以下で含有する必要がある。
(O:0.0050質量%以下)
Oは、PとSを添加することによる耐割れ性の低下を抑制するために必要である。Oの含有量が0.0050質量%を超えると溶融池が高酸素化して介在物が多発することによって割れを生じ、また、スラグが多量に発生する。特に、PとSを積極的に添加した場合、耐割れ性の確保を重視する必要があり、そのためにもOを厳しく制限する必要がある。
なお、Oの含有量が0.0050質量%を超えると耐溶落ち性については問題無い一方で、過剰に溶融池の粘性が低下し、重力の作用でビードが垂れやすくなり、重ねすみ肉溶接の上板側にビードが形成され難くなって耐アンダカット性が劣りやすくなる。また、Oの含有量が0.0050質量%を超えると、溶滴の表面張力が過小となって溶滴と溶融池が短絡しやすくなるため、短絡とアーク再点弧に伴うスパッタが多く発生する。さらに、溶融池に介在物が多くなることで溶接金属が脆化する。したがって、Oは0.0050質量%以下で含有する必要がある。
(N:0.0050質量%以下)
Nは、PとSを添加することによる耐割れ性の低下を抑制するために必要である。Nの含有量が0.0050質量%を超えると結晶粒界の結合力を弱め、かつ介在物が多発することによって割れを生じる。特に、PとSを積極的に添加した場合、耐割れ性の確保を重視する必要があり、そのためにもNを厳しく制限する必要がある。また、Nの含有量が0.0050質量%を超えると溶接金属が脆化し、溶接部の健全性が失われる。さらに、Nの含有量が0.0050質量%を超えると、溶融池の粘性が過剰に低下し、重力の作用でビードが垂れやすくなり、重ねすみ肉溶接の上板側にビードが形成され難くなって耐アンダカット性が劣りやすくなる。したがって、Nは0.0050質量%以下で含有する必要がある。
((Pの含有量)×{(Oの含有量)+(Nの含有量)}×105≦15)
PとOとNについては、前記したように個々に含有量の規制をするだけでなく、これらの含有量によっては他の元素の含有量を所定の関係式にしたがって、さらに制限する必要があることがわかった。本発明における当該所定の関係式は、(Pの含有量)×{(Oの含有量)+(Nの含有量)}×105として整理することができ、これから算出される値が15以下の範囲に収まれば問題ないことが分かった。かかる関係式から算出される値が15を超えた場合は、P、O、Nの含有量が単独で本発明の要件を満足していたとしても、割れの発生、上板側アンダカットの発生が生じる。したがって、PとOとNは、単独で制御するだけでなく、(Pの含有量)×{(Oの含有量)+(Nの含有量)}×105から算出される値を15以下にする必要がある。
(残部がFeおよび不純物)
そして、本発明のソリッドワイヤの残部は、前記した各元素のほか、Feと不純物とを含んでなる。
不純物は、Tiを0.15質量%以下、Bを0.0050質量%以下、さらに、Cr、Ni、Al、Nb、V、Zr、LaおよびCeの少なくとも一種をそれぞれ0.20質量%以下であるのがよい。
Cr、Ni、Al、Ti、Nb、V、Zr、La、Ceを含有することによって溶融池の粘性と表面張力が高くなる。その結果、溶融池で溶融している金属がアーク直下へ落ち込みにくくなるので、アーク力を緩和する障壁作用が低減し、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなるだけでなく、スパッタも多く発生する。また、Ni以外の元素は、酸化するためスラグも多く発生し、塗装性を劣化させる。
Bが0.0050質量%を超えて含有されると耐割れ性が著しく劣化しやすくなる。
したがって、前記した不純物は極力少ないことが望ましいが、前記した範囲内であれば、本発明のソリッドワイヤに含有することは許容される。なお、より好ましくは、Ti、CrおよびNiは0.05質量%以下、Al、Nb、V、Zr、La、およびCeは0.01質量%以下、Bは0.0030質量%以下である。仮に、これらの範囲で不純物を積極添加したとしても本発明の目的に対する利点はなく、本発明の範疇といえる。
そして、本発明に係るソリッドワイヤは、Moを0.30質量%以下で含有するのがより望ましい。
(Mo:0.30質量%以下)
Moは、溶接金属の強度を上げることができる。かかる効果が有効となる下限は特にないものの、0.05質量%以上含有することで前記した効果を顕著に得ることができる。
一方、Moの含有量が0.30質量%を超えると、溶融池の粘性と表面張力が高くなる。その結果、溶融池の溶接金属がアーク直下へ落ち込みにくくなるので、アーク力を緩和する障壁作用が低減し、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。また、スパッタも多く発生する。したがって、Moは0.30質量%以下で含有するのが望ましい。
また、本発明のソリッドワイヤは、当該ソリッドワイヤの表面に、K、Li、Na、Caから選択される少なくとも1種以上の元素を合計で0.5〜30ppm含有するのが望ましい。また、本発明のソリッドワイヤは、当該ソリッドワイヤの表面に、MoSを0.01〜1.00g/10kg含有するのがより望ましい。
(当該ソリッドワイヤの表面に、K、Li、Na、Caから選択される少なくとも1種以上の元素を合計で0.005〜0.300g/10kg)
K、Li、Na、Caは含有しなくても問題ないが、Arと酸化性ガス(O、CO)を用いた溶接において、これらの元素はアーク安定剤として働く作用がある。これらの元素が溶滴の表面付近にあると電子放出が容易となり、アークの安定化に有効である。アークが不安定になるとアーク長さが変化し、アーク力も変動する。これによって耐溶落ち性が劣りやすくなるので、アークはできるだけ安定であることが望ましい。アークの安定化は、アーク安定剤として作用する前記した元素のうち少なくとも1種以上を塗布あるいは含有させることによって得ることができ、その含有量は、いずれかの元素を0.005/10kg(重量換算で0.5ppm)以上含有することによって顕著に得ることができる。
しかし、前記した元素を、0.300g/10kg(重量換算で30ppm)を超えて含有すると、アークを安定化する効果が飽和するだけでなく、却ってソリッドワイヤの表面の潤滑性が損なわれて送給安定性が低下する可能性があるので、これを実用的な観点から上限値とする。
なお、これらの元素は、一定重量(10kg)のソリッドワイヤをサンプリングし、全分析から測定されるK、Li、Na、Ca量と表面を酸などで溶解して残った非表面=バルクとして測定したこれらの値の差から表面存在物質量として定義することで求めることができる。
これらの元素は溶製で添加が困難である。ソリッドワイヤ表面に前記した元素を塗布する手段としては、(a)例えば、伸線工程中に炭酸カリウム、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウムなどのK、Li、Na、Ca入り伸線潤滑剤を使い、ソリッドワイヤの表面に残留させる、(b)例えば、K、Li、Na、Caを含む溶液に浸漬させた後に焼鈍し、ソリッドワイヤ表面の粒界あるいは粒内に拡散させる、(c)また、例えば、青酸カリ、青酸ナトリウム溶液を用いて銅めっきを施す、(d)さらに、例えば、K、Li、Na、Caイオンを含む油を送給潤滑油として塗布することによって表面近傍に塗布等させることができる。
(当該ソリッドワイヤの表面に、MoSを0.01〜1.00g/10kg)
ソリッドワイヤの表面にMoSが存在すると、通電点での瞬間融着が減少し、抵抗が減少するためソリッドワイヤの送給安定性が向上する。ソリッドワイヤの送給安定性が不安定であるとアーク長さも不安定になり、アーク力も変動する。これによって耐溶落ち性が劣りやすくなるので、ソリッドワイヤの送給安定性はできるだけ安定であることが望ましい。MoSを塗布すると耐溶落ち性を向上させることができ、その効果は、ソリッドワイヤ10kgあたりMoSを0.01g(0.01g/10kg(重量換算で1ppm))以上表面に塗布等することで有効となる。
一方、MoSを1.00g/10kg(重量換算で100ppm)を超えて表面に塗布等しても、送給ライナーや通電チップ内にMoSが堆積して詰まりやすくなり、却って潤滑性が損なわれることとなるために送給安定性が低下することがある。したがって、ソリッドワイヤの表面に塗布(含有)するMoSの含有量は、1.00g/10kg以下とするのが望ましい。
なお、MoSのソリッドワイヤへの塗布方法としては、伸線工程での引抜潤滑剤にこれを混ぜ、最終径まで残存させる、あるいは、仕上径において塗布する潤滑油に混ぜるといった方法などがある。
また、本発明に係るソリッドワイヤは、銅めっきで被覆してもよい。
(銅めっき)
一般的なソリッドワイヤは、素線の表面を銅めっきで被覆することにより、耐錆性の向上、通電チップの耐摩耗性の維持、ソリッドワイヤ生産時の伸線性を向上させる効果とそれによる生産性の向上、および低コスト化などを図ることができる。
なお、素線の表面を銅めっきで被覆しない場合は、通電部での電気抵抗が上昇する。このときの発熱効果によってソリッドワイヤがアーク発生箇所に到達する際の温度が高くなり、ソリッドワイヤが溶けやすい状態となる。溶接電源は送給されるソリッドワイヤを溶かすに足るだけの電流を与えるので、溶けやすい状態のソリッドワイヤでは低電流化し、溶融量が一定であれば入熱を下げることができる。このため、さらに溶込み深さを低減することができ、アーク力も弱くすることができる。これにより、耐アンダカット性を向上させることができる。
本発明に係るソリッドワイヤは、常法により製造することができる。例えば、転炉あるいは電気炉などを用いて、前記した成分組成を有する溶鋼を溶製し、得られた溶鋼を連続鋳造法や造塊法などによって鋼材(ビレットなど)を製造し、製造した鋼材を加熱した後、熱間圧延(押出圧延)を施し、さらに、乾式の冷間圧延(冷間伸線)を施して、例えば、φ5.5mmの溶接用原線(鋼素線ともいう)を製造し、次いで、この溶接用原線を必要に応じて焼鈍や酸洗を実施して伸線加工を行い、最終ワイヤ径(例えば、φ1.2mm)を有するソリッドワイヤとして製造することができる。
なお、伸線加工を行うにあたり、必要に応じて、(1)湿式で銅めっき処理を施してもよく、(2)その銅めっき処理時の銅めっき浴にK、Li、Na、Caを添加し、銅めっき層としてこれらの元素を添加させてもよく、(3)K、Li、Na、Ca、MoSを含む伸線潤滑材を用い、適当量を残留させてもよく、(4)K、Li、Na、Caを含む溶液に線材を浸漬した後、焼鈍を行い、表面近傍の粒界や粒内に拡散させてもよく、(5)送給潤滑および錆防止を目的として油脂を塗布してもよく、(6)この油脂にK、Li、Na、Ca、MoSを溶解若しくは分散させて当該ソリッドワイヤの表面に残留させる、などの種々の手法によって表面処理を行うことができる。なお、本発明のソリッドワイヤに施すことのできる表面処理は、前記した手法に限られず他の手法によって行ってもよく、また、どのような手法によって施された表面処理であっても、結果的に得られるソリッドワイヤが本発明の範囲内であれば溶接時および溶接後に奏する効果は同じである。
次に、本発明のソリッドワイヤについて、本発明の要件を満たす実施例と本発明の要件を満たさない比較例を対比して詳細に説明する。
電気炉にて、表1〜3に示す成分組成を有する溶鋼を造塊し、押出圧延、冷間伸線し、φ5.5mmの溶接用原線を製造後、この溶接用原線を伸線してφ2.4mmとし、中間焼鈍、および、必要に応じて銅めっき処理して中間伸線とし、さらに仕上伸線し、スキンパスおよび潤滑油を塗布して、最終ワイヤ径φ1.2mmのソリッドワイヤとして製造した。なお、K、Li、Na、Caは、冷間伸線の固形潤滑材として用いて必要に応じて残留させ、MoSは、必要に応じて潤滑油に分散させて残留させた。また、Oは、焼鈍時の温度と時間、雰囲気ガスを調整して制御した。
このようにして製造したNo.1〜100の各ソリッドワイヤについて、(1)耐溶落ち性、(2)耐アンダカット性、(3)溶接金属の硬度、(4)耐割れ性、(5)スパッタの発生量、(6)送給安定性、(7)スラグの被包率、(8)シャルピー吸収エネルギー、の各評価項目についての評価を行った。なお、(1)〜(8)の評価項目の評価方法は下記のとおりである。
Figure 2008137037
Figure 2008137037
Figure 2008137037
(1)耐溶落ち性
図5は、重ねすみ肉溶接試験の説明およびアンダカットの深さの定義を説明するための図である。
図5に示すように、板厚2.0mm、引張強度520MPaの炭素鋼板をルートギャップ0.5mm、ラップ代4mmで重ね継手とし、水平姿勢、溶接速度80cm/minで重ね溶接を行った。その際のシールドガスの組成はAr80%+CO20%とし、極性は母材マイナスとし、ソリッドワイヤの突出し長さを15mmとした。電流を5A刻みで変化させ、溶落ちが生じない最大の電流値におけるソリッドワイヤの送給速度を限界送給速度(m/min)として、耐溶落ち性の評価に用いた。ここで、耐溶落ち性を電流値で評価しなかったのは、ソリッドワイヤの成分組成によって電流値と送給速度の関係が変化するためである。なお、電圧値は、変化させた電流値を変化させるごとに調整して、アークが最も安定であると判断された値(最適判断値)をとるようにした。このようにすれば、溶着量を一定とした場合、限界送給速度が大きいほど溶込みが浅くなるので、耐溶落ち性が優れることになる。
耐溶落ち性の評価は、限界送給速度が5.60m/min以上6.50m/min未満のものを良好(○)と評価し、さらに6.50m/min以上のものを優良(◎)と評価した。これに対し、限界送給速度が5.60m/min未満のものを良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)および優良(◎)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(2)耐アンダカット性
(1)の試験の結果を受けて、電流値を(限界送給速度の電流値−30A)に設定し、電圧を(最適判断値+2V)に設定して溶接したときのビードの断面マクロ写真(倍率10倍)を撮影し、かかる断面マクロ写真から溶接止端部のアンダカットの深さを測定した(なお、表4〜6には、「アンダカットの深さ(mm)」として示している。)。図5に示すように、上板側と下板側の両方を計測し、最大値を評価値とした。
耐アンダカット性の評価は、前記した最大値が0.30mmを超え0.50mm以下のものを良好(○)と評価し、さらに0.30mm以下のものを優良(◎)と評価した。これに対し、前記した最大値が0.50mmを超えたものを良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)および優良(◎)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(3)溶接金属の硬度
(1)の試験の結果を受けて、電流値を(限界送給速度の電流値−10A)に設定して溶接した重ね継手の溶接金属の断面中央部のビッカース硬度(荷重1kgf(1N))を3点測定し、その平均値を溶接金属の強度(HV)とした。
溶接金属の硬度の評価は、母材と同等以上との一般的見解からビッカース硬度160HV以上のものを良好(○)と評価し、ビッカース硬度160HV未満のものを良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(4)耐割れ性
(1)の試験の結果を受けて、限界送給速度の電流値および限界送給速度にて溶接長100mmを10回溶接し、全てX線透過試験を行った。なお、表4〜6には、「割れ」として示している。
耐割れ性の評価は、X線透過試験の結果、割れが生じず全て健全だったものを「無」(良好(○))と評価し、割れの生じたものを「有」(良好でない(×))と評価した。なお、良好(○)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
なお、割れの生じたものを全て調査した結果、割れの発生形態は図6に示すように、ビード幅のほぼ中央部の縦割れであった。また、その破面を観察した結果、高温割れは凝固割れであることがわかった。なお、図6は、耐割れ性の評価における評価対象となる割れを説明するための図である。
(5)スパッタの発生量
ビードオンプレート溶接にて電流200A、アーク近傍の拡大投影にてアーク長さ2mmとなるように設定した電圧で溶接し、発生したスパッタを捕集箱で捕集してその重量を測定した。
スパッタの発生量の評価は、スパッタの発生量が1.30g/minを超え1.50g/min以下のものを良好(○)と評価し、1.30g/min以下のものを優良(◎)と評価した。これに対し、スパッタの発生量が1.50g/minを超えたものを良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)および優良(◎)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(6)送給安定性
ビードオンプレート溶接にてソリッドワイヤの送給速度6.00m/min、アーク長さ2mmとなる電圧で1時間溶接を行い、安定性を官能評価した。
送給安定性の評価は、送給速度に全く変動が生じなかったものを優良(◎)と評価し、若干、送給速度に変動が認められるものの、実用上問題ないものを良好(○)と評価した。これに対し、送給速度の変動が多く、アークが不安定となり、使用に耐えないと判断されるものを良好でない(×)と評価した。なお、優良(◎)および良好(○)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(7)スラグの被包率
溶接後に実施される電着塗装において、スラグが剥離することによって塗装が剥離してしまう危険性を評価するために、ビード上に生じたスラグの面積率を測定した。
スラグの被包率の評価は、ビードの表面積に対するスラグの合計面積の割合が4.0%以下である場合を優良(◎)と評価し、4.0%を超え5.0%以下である場合を良好(○)と評価した。これに対し、かかる割合が5.0%を超える場合を良好でない(×)と評価した。なお、優良(◎)および良好(○)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(8)シャルピー吸収エネルギー
溶接部の衝撃性能、つまり、溶接部の溶接金属が脆化しているか否かを便宜的に評価するために、JIS Z3312「軟鋼及び高張力鋼用マグ溶接ソリッドワイヤ」に準拠してシャルピー吸収エネルギーを測定した。試験温度は0℃とし、3本試験してその平均値を評価に供した。
シャルピー吸収エネルギーの評価は、70J以上を優良(◎)と評価し、27J以上70J未満を良好(○)と評価した。これに対し、シャルピー吸収エネルギーが27J未満のものは、脆化した金属と判断し、良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)および優良(◎)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(1)〜(8)の評価項目の評価結果を表4〜6に示す。
Figure 2008137037
Figure 2008137037
Figure 2008137037
No.1〜64は、ソリッドワイヤの成分組成が本発明の要件を満たしていることから、限界送給速度(耐溶落ち性)、耐アンダカット性、耐割れ性、溶接金属の硬度、スパッタの発生量、ソリッドワイヤの送給安定性、スラグの被包率、シャルピー吸収エネルギー(衝撃性能)の全て評価項目において良好な評価結果を得ることができた(実施例;表4、5、6の備考欄参照)。
一方、No.65〜100は、ソリッドワイヤの成分組成が本発明の要件を満たしていないことから、前記した各評価項目のいずれかにおいて良好でない評価結果を得ることとなった(比較例;表5、6備考欄参照)。具体的には、以下の通りである。
No.65は、Cの含有量が過少であるため、硬度が不足していた。つまり、溶接部の強度が不足しており汎用的に使用することができない。
No.66は、Cの含有量が過剰であるため、脱酸過剰となって耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなく、スパッタ量も多かった。また、凝固割れも発生した。
No.67は、Si、Mnの含有量が過少であるため、硬度が不足していた。つまり、溶接部の強度が不足しており汎用的に使用することができない。また、ソリッドワイヤの電気抵抗が低いため、送給量あたりの電流値が高くなり、入熱やアーク力が大きく、耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなかった。
No.68は、Siの含有量が過剰であるため、脱酸過剰となって耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなく、溶接金属の脆化が認められた。
No.69,70は、Mnの含有量が過少であるため、硬度が不足していた。つまり、溶接部の強度が不足しており汎用的に使用することができない。ソリッドワイヤの電気抵抗が低いため、送給量あたりの電流値が高くなり、入熱やアーク力が大きく、耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなかった。また、溶接金属の脆化が認められた。
No.71は、Mnの含有量が過剰であるため、脱酸過剰となって耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなかった。また、スラグが多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。
No.72は、Mn、Nの含有量が過剰であるため、脱酸過剰となって耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなかった。また、スラグが多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。さらに、溶接金属の脆化が認められ、かつ介在物の影響で割れも発生した。
No.73は、Pの含有量が過剰であるため、凝固割れが生じた。また、溶融池の粘性と表面張力が過小となり、重力の作用でビードが垂れやすくなって、上板側のアンダカットが発生しやすかった。つまり、耐アンダカット性が良好でなかった。
No.74は、Pの含有量が過剰であり、P、O、Nの所定の関係式((Pの含有量)×{(Oの含有量)+(Nの含有量)}×105をいう。以下同じ。)から算出される値が高いため、凝固割れが生じ、溶接金属の脆化も認められた。また、溶融池の粘性と表面張力が過小となったため、重力の作用でビードが垂れやすくなり、上板側のアンダカットが発生しやすかった(耐アンダカット性が良好でなかった)。さらに、溶滴の粘性と表面張力が過小となったため、溶滴と溶融池が短絡しやすくなり、スパッタが非常に多く発生した。
No.75は、Sの含有量が過少であるため、溶融池の粘性と表面張力が適正範囲まで下がらず、溶融池によるアーク力の障壁作用を得られなかった。そのため、耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなかった。
No.76は、Sの含有量が過剰であるため、凝固割れが生じた。さらに、溶滴の粘性と表面張力が過小となって溶滴と溶融池が短絡しやすくなったため、スパッタが非常に多く発生した。また、溶接金属の脆化も認められた。耐溶落ち性は良好であるものの、溶融池の粘性と表面張力が過小であるため、重力の作用でビードが垂れやすくなり、上板側のアンダカットが発生しやすかった(耐アンダカット性が良好でなかった)。
No.77は、C、Si、Sの含有量が全て過剰である。そのため、凝固割れが発生し、耐溶落ち性と耐アンダカット性も劣り、スパッタ発生量も多かった。溶接金属の脆化が認められた。
No.78、79、80は、P、O、Nについて、個々の含有量は本発明の要件を満足たすものの、P、O、Nの所定の関係式から算出される値が高いことから凝固割れを生じた。また、溶融池の粘性と表面張力が過小となり、重力の作用でビードが垂れやすくなり、上板側のアンダカットが発生しやすかった(耐アンダカット性が良好でなかった)。
No.81は、Crの含有量が過剰であるため、溶融池の粘性と表面張力が過剰となって耐溶落ち性と耐アンダカット性が良好でなかった。また、スラグが多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。さらに、スパッタも多く発生した。
No.82は、Niの含有量が過剰であるため、溶融池の粘性と表面張力が過剰となって耐溶落ち性と耐アンダカット性が良好でなかった。また、スパッタも多く発生した。
No.83,84,85,86,87,88,89は、それぞれAl,Ti,Nb,V,Zr,La,Ceの含有量が過剰であるため、溶融池の粘性と表面張力が過剰となって耐溶落ち性と耐アンダカット性が良好でなかった。また、スラグが多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。さらに、スパッタも多く発生した。
No.90は、Bの含有量が過剰であるため、凝固割れが発生した。
No.91は、Nの含有量が過剰であるため、ブローホールは生じなかったものの、溶接金属が脆化した。介在物の影響で割れも発生した。溶融池の粘性と表面張力が過小となり、重力の作用でビードが垂れやすくなったため、上板側のアンダカットが発生しやすかった(耐アンダカット性が良好でなかった)。
No.92、93は、Oの含有量が過剰であるため、介在物が多くなり、凝固割れが生じた。溶滴の表面張力が過小となって溶滴と溶融池が短絡しやすくなったため、スパッタが非常に多かった。溶接金属の脆化が認められた。耐溶落ち性は良好であるものの、溶融池が重力によって垂れやすくなり、上板側のアンダカットが発生しやすかった(耐アンダカット性が良好でなかった)。また、スラグが多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。
No.94は、Moの含有量が過剰であるため、溶融池の粘性と表面張力が過剰となって耐溶落ち性と耐アンダカット性が良好でなかった。また、スパッタも多く発生した。
No.95は、Si、Sの含有量が過少であり、Pの含有量が過剰であり、P、O、Nの所定の関係式から算出される値が高い。したがって、Siの含有量が過少であるために硬度が不足していた。つまり、溶接部の強度が不足しており汎用的に使用することができない。また、ソリッドワイヤの電気抵抗が低いため、送給量あたりの電流値が高くなり、入熱やアーク力が大きく、さらにSの含有量が過少であるために溶融池の粘性と表面張力が適正範囲まで下がらず、溶融池によるアーク力の障壁作用を得られないことと相まって、溶落ちやアンダカットが発生しやすかった(耐溶落ち性および耐アンダカット性が良好でなかった)。そして、Pの含有量が過剰であるために凝固割れが発生し、さらに耐アンダカット性が良好でなかった。また、P、O、Nの所定の関係式から算出される値が高いため、スパッタが多く発生し、溶接金属の脆化も認められた。
No.96は、C、Mn、B、Moの含有量が過剰であり、Sの含有量が過少である。したがって、C、Bの含有量が過剰であるために裏波溶接となり、割れが発生した。C、Mn、Moの含有量が過剰であり、Sの含有量が過少であるために、溶融池の粘性や表面張力が著しく高くなり、耐溶落ち性と耐アンダカット性が良好でなかった。また、Moの含有量が過剰であるためにスパッタも多く発生した。さらに、Mnの含有量が過剰であるため、スラグが多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。
No.97は、OとNの含有量がそれぞれ過剰である。そのため、溶融池の粘性が過小となり、重力によってビードが垂れやすくなったため、上板側のアンダカットが発生しやすかった(耐アンダカット性が良好でなかった)。また、介在物も多くなり、溶接金属の脆化が認められただけでなく、凝固割れも生じた。さらに、酸化物のスラグが多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。
No.98は、Pの含有量が過少であり、Oの含有量が過剰である。したがって、Pの含有量が過少であるため、溶融池の粘性と表面張力が適正範囲まで下がらず、溶融池によるアーク力の障壁作用が得られなかった。そのため、溶落ちやアンダカットが発生しやすかった(耐溶落ち性や耐アンダカット性が良好でなかった)。また、Oの含有量が過剰であるため、介在物が増加し、凝固割れが発生しただけでなく、耐アンダカット性が良好でなかった。また、酸化物のスラグが多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。多く発生し、塗装性も悪かった。
No.99は、Pの含有量が過少であるため、溶融池の粘性と表面張力が適正範囲まで下がらず、溶融池によるアーク力の障壁作用が得られなかった。そのため、溶落ちやアンダカットが発生しやすかった(耐溶落ち性や耐アンダカット性が良好でなかった)。
No.100は、PとSの含有量が共に過少である。したがって、溶融池の粘性と表面張力が適正範囲まで下がらず、溶融池によるアーク力の障壁作用が得られなかった。そのため、溶落ちやアンダカットが発生しやすかった(耐溶落ち性や耐アンダカット性が良好でなかった)。
アーク溶接の様子を模式的に示す図であって、(a)は、従来のソリッドワイヤを用いてアーク溶接を行う様子を模式的に示す図であり、(b)は、本発明に係るソリッドワイヤを用いてアーク溶接を行う様子を模式的に示す図である。 本発明のソリッドワイヤを完成するために行ったPとSの適正な含有量の範囲を説明するための図である。 本発明のソリッドワイヤを完成するために行ったOとNの適正な含有量の範囲を説明するための図である。 本発明のソリッドワイヤを完成するために行ったOおよびNとPの適正な含有量の範囲を説明するための図である。 重ねすみ肉溶接試験の説明およびアンダカットの深さの定義を説明するための図である。 耐割れ性の評価における評価対象となる割れを説明するための図である。

Claims (5)

  1. アーク溶接を行うために用いられるソリッドワイヤであって、
    Cを0.020〜0.100質量%、
    Siを0.25〜1.10質量%、
    Mnを1.20〜1.65質量%、
    Pを0.008〜0.017質量%、
    Sを0.045〜0.150質量%、
    Oを0.0050質量%以下、
    Nを0.0050質量%以下で含有し、且つ、
    (Pの含有量)×{(Oの含有量)+(Nの含有量)}×105≦15を満足し、
    残部がFeおよび不純物からなり、
    当該不純物が、
    Tiを0.15質量%以下、
    Bを0.0050質量%以下、さらに、
    Cr、Ni、Al、Nb、V、Zr、LaおよびCeの少なくとも一種をそれぞれ0.20質量%以下
    としたことを特徴とするソリッドワイヤ。
  2. Moを0.30質量%以下で含有したことを特徴とする請求項1に記載のソリッドワイヤ。
  3. 前記ソリッドワイヤの表面に、K、Li、NaおよびCaから選択される少なくとも1種以上の元素を合計で0.005〜0.300g/10kg有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のソリッドワイヤ。
  4. 前記ソリッドワイヤの表面に、MoS2を0.01〜1.00g/10kg有したことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のソリッドワイヤ。
  5. 表面が銅めっきで被覆されたことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のソリッドワイヤ。
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