JP3969323B2 - 炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤおよびそれを用いた溶接方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、 490N/mm2 , 520N/mm2 , 540N/mm2 級高張力鋼の溶接を行なう際に使用する炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ(以下、溶接用鋼ワイヤという)とそれを用いた溶接方法に関し、高入熱高パス間温度で溶接を行なってもアークの安定性に優れ、かつ溶接金属の強度と靭性を向上できる安価な溶接用鋼ワイヤとそれを用いた溶接方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
シールドガスとして安価な炭酸ガスを用いるMAG溶接法は、もっとも普及した溶接法であり、高能率な溶接法であることから、鉄鋼材料の溶接に広く利用されている。特に溶接ロボットの急速な普及によって、造船,建築,橋梁,自動車,建設機械等の分野で使用されている。
【0003】
近年、高能率,高パス間温度の溶接に対してJIS規格Z3312YGW-18 が制定された。この規定を満足するために、特許第3199656 号公報や特開2002-103082 号公報には、溶接金属の脱酸促進と強度確保を目的としてSi,Mn,Tiを多量に添加した溶接用鋼ワイヤが開示されている。
しかしながら、Si,Mn,Tiを添加するためには高価な原料を使用せざるを得ないので、溶接用鋼ワイヤの製造コストが上昇する。しかも、これらの元素を多量に添加すると鋼素線の硬度が高くなり、溶接用鋼ワイヤの製造工程において伸線加工等の加工性が著しく低下する。そのため鋼素線に焼鈍を施して、硬度を低下させなければならない。
【0004】
鋼素線の加工性を回復するために焼鈍を施す際には、焼鈍温度の上昇,焼鈍時間の延長,焼鈍回数の増加が必要であり、溶接用鋼ワイヤの製造コストの上昇は避けられない。
【0005】
【特許文献1】
特許第3199656 号公報
【特許文献2】
特開2002-103082 号公報
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
上記した通り、高入熱,高パス間温度炭酸ガスシールドアーク溶接に使用する高強度の溶接用鋼ワイヤは、製造コストが高いという問題があった。
この発明は、このような現状に鑑み開発されたもので、炭酸ガス(すなわちCO2 ガス)を主成分とするシールドガスを用いる炭酸ガスシールドアーク溶接において、脱酸元素のスラグロスを低減し、アークの安定性向上と溶接金属の強度向上,靭性向上とを低コストで両立させる溶接用鋼ワイヤと、それを用いた溶接方法を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、溶接用鋼ワイヤの組成について、その脱酸元素のスラグロス,アーク安定性,溶接金属の機械的性質について鋭意検討した。その結果、
(a) 溶接用鋼ワイヤの素材である鋼素線に希土類元素を添加することによって、溶滴を微細化し、低電圧でのアーク安定性の確保が可能である、
(b) 適正アーク電圧を低電圧化することによって、脱酸元素であるSi,Mn,Ti,Al,Zr等のスラグロスの低減が可能である、
(c) 正極性(すなわち溶接用鋼ワイヤをマイナス極)として溶接を行なうことによって、アークの安定化と適正アーク電圧の低電圧化を達成することが可能である
という知見を得た。
【0008】
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。すなわち本発明は、直流の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接に使用する溶接用鋼ワイヤであって、C: 0.005〜0.15質量%,Si:0.15〜0.65質量%,Mn:0.80〜1.80質量%,希土類元素: 0.015〜0.100 質量%,Ca:0.0008質量%以下を含有するとともに、B:0.0010〜0.0200質量%、Mo:0.10〜1.50質量%、K:0.0001〜0.0150質量%、Cr: 3.0質量%以下、Ni: 3.0質量%以下、Cu: 3.0質量%以下、Nb:0.05質量%以下、V:0.05質量%以下、P: 0.050質量%以下およびS:0.05質量%以下の中から選ばれる1種または2種以上を含有し、Ti、ZrおよびAlのうちの1種を0.05〜0.20質量%あるいは2種以上を合計0.05〜0.20質量%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である鋼素線からなる炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤである。
【0009】
また本発明は、炭酸ガスシールドアーク溶接方法において、前記した炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤを用いて正極性で溶接を行なう炭酸ガスシールドアーク溶接方法である。
【0010】
【発明の実施の形態】
まず本発明の炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ(すなわち溶接用鋼ワイヤ)の素材となる鋼素線の成分の限定理由について説明する。
C: 0.005〜0.20質量%
Cは、溶接金属の強度を確保するのに必要な元素である。C含有量が 0.005質量%未満では、溶接金属の強度が不足し、酸化反応による溶接金属の酸素固溶量の低減が十分ではない。一方、 0.20質量%を超えると、溶滴および溶融メタルの挙動が不安定となり、しかも溶接金属の靭性が低下する。したがって、Cは 0.005〜0.20質量%の範囲内を満足する必要がある。なお、好ましくは 0.030〜0.10質量%である。
【0011】
Si:0.05〜0.65質量%
Siは、脱酸作用を有し、溶融メタルの脱酸のためには不可欠な元素である。Si含有量が0.05質量%未満では、溶融メタルの脱酸が不足し、溶接金属にブロー欠陥が発生する。一方、0.65質量%を超えると、酸化によるスラグ生成量は多くなるが、溶接金属中へのSi移行率が小さく(すなわち歩留りが悪く)なる。結果として鋼素線の硬度が高くなり、加工性が低下する。しかもSiの過剰な添加は、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Siは0.05〜0.65質量%の範囲内を満足する必要がある。
【0012】
Mn:0.80〜1.80質量%
Mnは、Siと同様に脱酸作用を有し、溶融メタルの脱酸のためには不可欠な元素であるとともに、溶接金属の強度および靱性を向上させるために必須な元素である。Mn含有量が0.80質量%未満では、溶接金属粒界へのS濃化に起因する靱性低下を生じ、構造物の溶接継手として十分な靭性が得られない。一方、1.80質量%を超えると、酸化によるスラグ生成量が増大し、スラグの剥離性が低下するとともに、鋼素線の硬度が高くなり、加工性が低下する。したがって、Mnは0.80〜1.80質量%の範囲内を満足する必要がある。
【0013】
希土類元素: 0.015〜0.100 質量%
希土類元素(以下、REM という)は、製鋼および鋳造時の介在物を微細化し、かつ溶接金属中のSを固定して靱性を改善するために有用な元素である。ただし、通常の逆極性(すなわち溶接用鋼ワイヤをプラス極)の炭酸ガスシールドアーク溶接においては、鋼素線にREM を添加するとアークの集中が生じて、スパッタの発生量が増大するので、積極的には添加されない。しかしながら正極性の炭酸ガスシールドアーク溶接においては、溶滴の微細移行を実現する上で不可欠な元素である。REM 含有量が 0.015質量%未満では、この効果が得られない。一方、 0.100質量%を超えると、溶接用鋼ワイヤの製造工程で割れが生じたり、溶接金属の靭性の低下を招く。したがって、REM は 0.015〜0.100 質量%の範囲内を満足する必要がある。なお、好ましくは 0.025〜0.100 質量%である。
【0014】
ここで REMとは、周期表の原子番号57〜71の元素を指し、特にCe,La等の比較的安価で入手しやすい元素を用いるのが好ましい。
Ti,ZrおよびAlのうちの1種を0.05〜0.20質量%あるいは2種以上を合計0.05〜0.20質量%
Ti,Zr,Alは、強脱酸剤として作用するとともに、溶接金属の強度を増加する元素であり、溶融メタルの脱酸によって粘性を低下して良好なビード形状を維持(溶接線方向の凹凸を抑制)する効果がある。このような効果は、Ti,Zr,Alを1種添加する場合は各々0.05質量%以上で顕著に発揮され、Ti,Zr,Alを2種以上添加する場合も合計0.05質量%以上で顕著に発揮される。一方、 Ti,Zr,Alを1種添加する場合は各々0.20質量%を超えると溶接金属の靭性が低下し、Ti,Zr,Alを2種以上添加する場合も合計0.20質量%を超えると溶接金属の靭性が低下する。したがって、Ti,Zr,Alを1種添加する場合は各々0.05〜0.20質量%の範囲内を満足し、Ti,Zr,Alを2種以上添加する場合も合計0.05〜0.20質量%の範囲内を満足することが好ましい。
【0015】
上記した成分に加えて、本発明では下記の元素を含有することができる。
Mo:0.05〜1.50質量%およびB:0.0010〜0.0200質量%のうちの1種または2種
Mo,Bは、いずれも溶接金属の強度を増加する元素であり、必要に応じて添加する。しかし過剰に添加すると、溶接金属の靭性の低下を招く。したがって、Mo,Bを含有する場合は、Mo:0.05〜1.50質量%,B:0.0010〜0.0200質量%の範囲内を満足するのが好ましい。
Ca : 0.0008 質量%以下
Ca は、製鋼および鋳造時の不純物として、あるいは伸線加工時の不純物として鋼素線に混入する元素であるが、正極性の炭酸ガスシールドアーク溶接においてアークを安定化する作用を有する元素である。しかし Ca 含有量が 0.0008 質量%を超えると、アークの安定化を阻害する。したがって、 Ca は 0.0008 質量%以下とする。
【0016】
さらに下記の元素を鋼素線に添加することができる。
K:0.0001〜0.0150質量%
Kは、正極性炭酸ガスシールドアーク溶接においてアークを広げ、スプレー移行の低電流化を促進し、溶滴を微細化する効果を有する。この効果は、K含有量が0.0001質量%以上で発揮される。一方、 0.0150質量%を超えると、アーク長が長くなり、溶接用鋼ワイヤ先端に懸垂した溶滴が不安定となり、スパッタの発生量が増加する。したがって、Kは0.0001〜0.0150質量%の範囲内を満足するのが好ましい。なお、好ましくは0.0003〜0.0030質量%である。
【0017】
またKは、沸点が約 760℃と低いので、溶接用鋼ワイヤの素材となる溶鋼の溶製段階での歩留りが著しく低い。そのためKは、溶接用鋼ワイヤの製造段階で、鋼素線の表面にカリウム塩溶液を塗布して焼鈍を行なうことによって、溶接用鋼ワイヤ内部にKを安定して含有させるのが好ましい。
Cr: 3.0質量%以下,Ni: 3.0質量%以下,Cu: 3.0質量%以下
Cr,Ni,Cuは、いずれも溶接金属の強度を増加し、耐候性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。しかし過剰に添加すると、溶接金属の靭性の低下を招く。したがって、Cr,Ni,Cuを含有する場合は、Cr: 3.0質量%以下,Ni: 3.0質量%以下,Cu: 3.0質量%以下とするのが好ましい。
【0018】
Nb:0.05質量%以下,V:0.05質量%以下
Nb,Vは、いずれも溶接金属の強度,靭性を向上し、アークの安定性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。しかし過剰に添加すると、溶接金属の靭性の低下を招く。したがって、Nb,Vを含有する場合はNb:0.05質量%以下,V:0.05質量%以下とするのが好ましい。
【0019】
P: 0.050質量%以下
Pは、鋼の融点を低下させるとともに、電気抵抗率を向上させ、正極性の炭酸ガスシールドアーク溶接においてアークを安定化する作用を有する元素である。しかしP含有量が 0.050質量%を超えると、正極性の炭酸ガスシールドアーク溶接において溶融メタルの粘性を低下させ、アークが不安定となり、小粒のスパッタが増加する。また、溶接金属の高温割れを生じる危険性が増大する。したがって、Pは 0.050質量%以下とするのが好ましい。
【0020】
S:0.05質量%以下
Sは、溶融メタルの粘性を低下させ、溶接用鋼ワイヤの先端に懸垂した溶滴の離脱を促進し、正極性の炭酸ガスシールドアーク溶接においてアークを安定化する。またSは、溶融メタルの粘性を低下させることによってビードを平滑にし、溶落ちを抑制する効果も有する。しかしS含有量が0.05質量%を超えると、小粒のスパッタが増加するとともに、溶接金属の靭性が低下する。したがって、Sは0.05質量%以下とした。なお、好ましくは 0.015〜0.03質量%である。
【0022】
上記した鋼素線の成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。たとえばOあるいはNが代表的な不可避的不純物であり、鋼材を溶製する段階や鋼素線を製造する段階で不可避的に混入する。Oは 0.030質量%以下,Nは 0.020質量%以下が許容できる。特にOは、溶接に際して溶滴径を微細化する効果を有するので、0.0010〜0.020 質量%とするのが好ましく、さらに0.0010〜0.0080質量%とするのが一層好ましい。
【0023】
次に、本発明の溶接用鋼ワイヤの製造方法について説明する。
転炉または電気炉等を用いて、上記した組成を有する溶鋼を溶製する。この溶鋼の溶製方法は、特定の技術に限定せず、従来から知られている技術を使用する。次いで、得られた溶鋼を、連続鋳造法や造塊法等によって鋼材(たとえばビレット等)を製造する。この鋼材を加熱した後、熱間圧延を施し、さらに乾式の冷間圧延(すなわち伸線)を施して鋼素線を製造する。熱間圧延や冷間圧延の操業条件は、特定の条件に限定せず、所望の寸法形状の鋼素線を製造する条件であれば良い。
【0024】
さらに鋼素線は、焼鈍−酸洗−銅めっき−伸線加工−潤滑剤塗布の工程を順次施して、所定の製品すなわち溶接用鋼ワイヤとなる。
正極性炭酸ガスシールドアーク溶接においては、逆極性の溶接に比べて、給電不良によってアークが不安定になりやすい。しかし、鋼素線の表面に厚さ 0.5μm以上の銅めっきを施すことによって、溶接用鋼ワイヤの給電不良に起因するアークの不安定化を防止できる。なお、銅めっきの厚さを 0.8μm以上とするのが一層好ましい。一方、銅めっきを施さない溶接用鋼ワイヤは、高溶着化を達成できる。
【0025】
このようにして製造した溶接用鋼ワイヤを用いて炭酸ガスシールドアーク溶接を行なう際に、給電の安定性を高めて、溶滴のスプレー移行を安定して維持するために、溶接用鋼ワイヤの平坦度(すなわち実表面積/理論表面積)を1.01未満とすることが好ましい。溶接用鋼ワイヤの平坦度は、伸線加工におけるダイス管理を厳格に行なうことによって1.01未満の範囲に維持することが可能である。
【0026】
また給電の安定性を高めるために、溶接用鋼ワイヤの表面に付着した不純物(固形)を溶接用鋼ワイヤ10kgあたり0.01g以下とするのが好ましい。
溶接用鋼ワイヤの送給性を向上するために、溶接用鋼ワイヤの表面に潤滑油を塗布しても良い。潤滑油の塗布量は、溶接用鋼ワイヤ10kgあたり0.35〜1.7 gの範囲内が好ましい。
【0027】
本発明の溶接用鋼ワイヤを用いる際には、直流の正極性(いわゆるEN)炭酸ガスシールドアーク溶接を行なう。
通常の炭酸ガスシールドアーク溶接は、直流の逆極性(いわゆるEP)で行なう。その理由は、直流の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接に比べて、直流の逆極性炭酸ガスシールドアーク溶接の方が、アークの安定性が高く、溶滴の微細化が可能であり、かつ深い溶け込みが得られる点にある。
【0028】
しかし本発明の溶接用鋼ワイヤは、直流の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接で使用することで、逆極性に比べて安定性の高いアークが得られ、溶滴の微細化,安定したスプレー移行が達成できる。
また本発明の溶接用鋼ワイヤを用いる際には、シールドガスは炭酸ガスを50体積%以上含有するガスを使用する。
【0029】
一般のガスシールドアーク溶接法は、シールドガスとして酸化性ガスを含まない不活性ガス(たとえばArガス)を用いるMIG溶接,不活性なArガスと活性な炭酸ガス(5〜40体積%)を混合して用いる混合ガスシールドアーク溶接,炭酸ガスを用いる炭酸ガスシールドアーク溶接に大別される。シールドガスとしてArガスを用いた溶接法では溶滴のスプレー移行は可能であるが、炭酸ガスシールドアーク溶接では、溶滴が大きい球となって移行するグロビュール移行が生じることが知られている。
【0030】
しかし本発明の溶接用鋼ワイヤを用いることによって、正極性の炭酸ガスシールドアーク溶接では不可能と考えられていた溶滴のスプレー移行を達成できる。ただし、シールドガス中の炭酸ガス濃度が40体積%未満では、従来の溶接用鋼ワイヤでも溶滴のスプレー移行を容易に達成できる。ところが本発明の溶接用鋼ワイヤでは、炭酸ガス濃度が50体積%以上のシールドガスを用いても、溶滴のスプレー移行を容易に達成できる。したがって本発明の溶接用鋼ワイヤを用いて炭酸ガスシールドアーク溶接を行なう際には、炭酸ガス濃度が50体積%以上のシールドガスを用いるのが好ましい。
【0031】
図1は、アーク電圧と脱酸元素の歩留りとの関係を示すグラフである。溶接条件は、 100体積%の炭酸ガスをシールドガスとして使用し、溶接電流 300A,溶接速度40cm/min として、JIS規格SMA490鋼板への正極性4層16パス溶接を行なった。溶接用鋼ワイヤは、表1に示すワイヤ番号1のものを使用し、突き出し長さを20mmとした。溶接が終了した後、 溶接金属の成分を分析し、各元素の歩留りを算出した。
【0032】
図1から明らかなように、脱酸元素の歩留りはアーク電圧に応じて変動し、アーク電圧が高くなると、歩留りが低下する。このことは、アーク電圧が高くなると、脱酸元素の酸化ロスが大きくなることを示している。
図2は、溶接電流と適正アーク電圧との関係を示すグラフである。溶接条件は、 100体積%の炭酸ガスをシールドガスとして使用し、溶接速度40cm/min として、JIS規格SMA490鋼板へのビードオン溶接を行なった。溶接用鋼ワイヤは、表1に示すワイヤ番号1のものを使用し、突き出し長さを20mmとした。極性は、逆極性(すなわちEP)および正極性(すなわちEN)とした。
【0033】
図2から明らかなように、正極性の溶接では、逆極性に比べて適正アーク電圧が3〜6V低下した。この適正アーク電圧の低下によって、図1に示すように脱酸歩留りが上昇し、同一成分のの溶接金属を得るための溶接用鋼ワイヤの鋼素線に含有される脱酸元素の含有量を低減できる。
また逆極性(すなわちEP)の溶接に対して、正極性(すなわちEN)の溶接では、溶接電流に対する適正アーク電圧の変化が小さく、低電流から高電流域まで溶接金属中の脱酸元素の変動が少なく、安定した溶接金属の強度と靭性を得ることが可能である。
【0034】
さらに適正アーク電圧の低電圧化は、 溶接電力の節約に寄与するほか、鋼板側の熱影響を低減し、鋼板側の設計余裕度を増す効果もある。
【0035】
【実施例】
連続鋳造によって製造されたビレットを熱間圧延して、直径5.5mm の線材とした。次いで冷間圧延(すなわち伸線)によって直径2.8mm の鋼素線とし、さらに2〜30質量%のクエン酸3カリウム水溶液を鋼素線1kgあたり30〜50g塗布した。
【0036】
得られた鋼素線の成分を表1,2に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
その後、この鋼素線を、露点−2〜−10℃,酸素濃度 200体積ppm 以下,二酸化炭素濃度 0.1体積%以下の窒素雰囲気中で焼鈍( 800℃,10分)した。このとき、クエン酸3カリウム水溶液の濃度,焼鈍時間,焼鈍温度を調整して、鋼素線の内部酸化によるO含有量とK含有量を所定の範囲に調整した。
このようにして焼鈍した後、 鋼素線の表面に必要に応じて銅めっきを施し、次いで冷間で伸線加工(乾式伸線)を施して、直径1.4mm の溶接用鋼ワイヤを製造した。さらに、溶接用鋼ワイヤの表面に潤滑油を溶接用鋼ワイヤ10kgあたり 0.4〜0.8 g塗布した。
【0040】
これらの溶接用鋼ワイヤを用いて、正極性炭酸ガスシールドアーク溶接試験を行ない、適正アーク電圧,溶接金属の強度と靭性,下記の (1)式で算出されるD値を評価した。溶接試験では表3に示す成分の鋼板を使用し、溶接条件は表4に示す通りである。
【0041】
【表3】
【0042】
【表4】
【0043】
適正アーク電圧,溶接金属の強度と靭性,D値は下記の方法で評価した。その評価の結果は表5に示す通りである。
(A) 適正アーク電圧
適正アーク電圧が35V以下を良(○),35V超えを不可(×)として評価した。
(B) 溶接金属の強度と靭性
溶接金属から試験片を採取し、室温で引張試験を行ない引張強さTSを測定し、0℃でシャルピー衝撃試験を行ない吸収エネルギー vE0 を測定した。 vE0 が 100J以上を良(○), 100J未満を不可(×)として評価した。
(C) D値
溶接用鋼ワイヤの加工性は、その素材となる鋼素線の硬度で評価できる。鋼素線の硬度が上昇するにつれて、伸線加工の際にダイスにかかる負荷が増大し、ダイスの寿命を短縮する。特に硬度がHv400を超えると、ダイスの損耗が著しく増大する。したがって鋼素線に焼鈍を適宜施して、軟化させる必要がある。そこで下記の (1)式でD値を算出し、 1.1以上を良(○), 1.1未満を不可(×)として評価した。
【0044】
D= 1.5[Hv ]/[TS] ・・・ (1)
[Hv ]:鋼素線のビッカース硬さ
[TS]:溶接金属の引張強さ(MPa )
【0045】
【表5】
【0046】
表5から明らかなように、発明例では適正アーク電圧の低電流化と溶接金属の靭性,強度の向上とを両立させることが可能である。
一方、本発明の範囲を外れる比較例では、適正アーク電圧の低電流化と溶接金属の靭性,強度の向上との両立はできなかった。
【0047】
【発明の効果】
本発明によれば、正極性炭酸ガスシールドアーク溶接において、適正アーク電圧の低電流化と溶接金属の靭性,強度の向上とを達成できる溶接用鋼ワイヤを安価に製造でき、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】アーク電圧と脱酸元素の歩留りとの関係を示すグラフである。
【図2】溶接電圧と適正アーク電圧との関係を示すグラフである。
Claims (2)
- 直流の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接に使用する溶接用鋼ワイヤであって、C: 0.005〜0.20質量%、Si:0.05〜0.65質量%、Mn:0.80〜1.80質量%、希土類元素: 0.015〜0.100 質量%、Ca:0.0008質量%以下を含有するとともに、B:0.0010〜0.0200質量%、Mo:0.10〜1.50質量%、K:0.0001〜0.0150質量%、Cr: 3.0質量%以下、Ni: 3.0質量%以下、Cu: 3.0質量%以下、Nb:0.05質量%以下、V:0.05質量%以下、P: 0.050質量%以下およびS:0.05質量%以下の中から選ばれる1種または2種以上を含有し、Ti、ZrおよびAlのうちの1種を0.05〜0.20質量%あるいは2種以上を合計0.05〜0.20質量%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である鋼素線からなることを特徴とする炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ。
- 炭酸ガスシールドアーク溶接方法において、請求項1に記載の炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤを用いて正極性で溶接を行なうことを特徴とする炭酸ガスシールドアーク溶接方法。
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