JP4738824B2 - 多電極ガスシールドアーク溶接方法 - Google Patents

多電極ガスシールドアーク溶接方法 Download PDF

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Description

本発明は、1パスで2個以上の電極を用いるガスシールドアーク溶接方法(以下、多電極ガスシールドアーク溶接方法という)に関し、アークの安定性に優れた多電極ガスシールドアーク溶接方法に関する。
ガスシールドアーク溶接は能率の良い溶接法であるので、鉄鋼材料の溶接に広く利用されている。近年、自動溶接の急速な普及によって、造船,建築,橋梁,自動車,建設機械等の種々の分野で使用されている。造船,建築,橋梁の分野では、厚鋼板の多層溶接や隅肉溶接に使用され、自動車,建築機械の分野では薄鋼板の隅肉溶接に使用されることが多い。
シールドガスは、種々のガス(たとえばAr−CO2 混合ガス,He−CO2 混合ガス,Ar−O2 混合ガス,He−O2 混合ガス,Ar−H2 −O2 混合ガス,He−H2 −O2 混合ガス,CO2 ガス)が使用されており、溶接する母材(すなわち鋼板)やその用途に応じて適宜選択して使用される。特にCO2 ガスは安価であるので、溶接施工のコスト削減の観点から、シールドガス中のCO2 の混合比率は増加する傾向にある。
ガスシールドアーク溶接で使用される消耗電極(すなわち溶接ワイヤ)は、ソリッドワイヤとフラックスコアードワイヤに大別される。ソリッドワイヤは、溶接金属の強度と靭性に優れており、主に多層溶接に使用される。一方、フラックスコアードワイヤ(以下、FCワイヤという)は、鋼製の外殻の内側に溶接用フラックスを充填したワイヤであり、ビード形状に優れており、主に隅肉溶接に使用される。
FCワイヤがビード形状に優れる理由は、ワイヤ先端から鋼板の溶融メタルに移行する溶滴が細かいので、溶融メタルの表面揺動が小さく抑えられ、かつフラックスに多量に含まれるスラグ形成剤によって生成するスラグが、ビードを覆うからである。
ソリッドワイヤでは、ワイヤ先端から鋼板の溶融メタルに移行する溶滴が粗くかつ移行が不規則であるから、溶融メタルの表面揺動が大きく、鋼素線に含有される脱酸元素(すなわちSi,Mn,Ti,Zr,Al)の酸化によってスラグが形成される。その結果、スラグが不均一に分布し、ビードを完全に覆うには至らない。また、ソリッドワイヤを使用したガスシールドアーク溶接では、スラグがビードの端部に集積する。したがって、ソリッドワイヤをガスシールドアーク溶接で使用すると、ビード形状は不揃いになる。
ソリッドワイヤはFCワイヤに比べて安価であるから、ソリッドワイヤを使用してガスシールドアーク溶接を行なうにあたって、溶接金属の強度と靭性が優れているという本来の特性に加えて、FCワイヤと同等の優れたビード形状が得られるなら、ソリッドワイヤを使用することによって溶接施工コストの削減が可能となる。
通常、ガスシールドアーク溶接は、電極(すなわち溶接ワイヤ)を1本使用して溶接を行なう。これに対して、1パスで2個以上の電極(すなわち2本以上の溶接ワイヤ)を使用すれば、溶接施工の能率を高めることが可能である。つまり、電極の進行方向に対して垂直に2個以上の電極を配設すれば、1パスで形成されるビードの幅を拡大でき、その結果、パス回数を削減できる。あるいは、電極の進行方向に平行に2個以上の電極を配設すれば、電極の進行速度(すなわち溶接速度)を増加できる。
しかしながら、1パスで2個以上の電極を使用する多電極ガスシールドアーク溶接は、下記のような理由でアークが不安定になる。
(1) 各電極から発生するアークが互いに干渉する。
(2) 溶融プールが大きくなり、表面の揺動が増幅される。
その結果、スパッタが多量に発生するばかりでなく、ビードの形状が不揃いになる。そこで、多電極ガスシールドアーク溶接では、通常、電極(すなわち溶接ワイヤ)として高価なFCワイヤが使用される(たとえば特許文献1参照)。あるいは、シールドガスとしてCO2 を含まないAr,He等の不活性ガスが使用される(たとえば特許文献2参照)。
特開平7-256455号公報 特公昭58-13269号公報
本発明は上記のような問題を解消し、安価なソリッドワイヤを使用し、かつCO2 を主成分とするシールドガスを使用することによって溶接施工コストを削減するとともに、アークの安定性に優れた多電極ガスシールドアーク溶接方法を提供することを目的とする。なお本発明では、1パスで2個以上の電極を用いてガスシールドアーク溶接を行なうことによって、電極1個で行なうガスシールドアーク溶接に比べて、溶接施工の能率を高めることができる。
本発明者らは、溶接用フラックスを内装していないソリッドワイヤと呼ばれるガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ(以下、溶接用鋼ワイヤという)を用いてガスシールドアーク溶接を行ない、そのアークの安定性とビード形状の均一性を得る技術について鋭意検討した。その結果、以下に述べる知見を得た。
(a) 溶接用鋼ワイヤをマイナス極とする正極性の溶接を行なうことによって、溶滴の微細移行が可能となり、アークの安定とスパッタの低減を達成できる。
(b) 正極性のガスシールドアーク溶接で使用する溶接用鋼ワイヤの鋼素線に希土類元素(以下、REM という)を添加することによって、高電流域におけるアークを安定させるとともにアークを集中させて、溶滴の微細移行が可能となる。また、アークを集中させることによって、各電極から発生するアークの干渉を抑制できる。
(c) 溶接用鋼ワイヤの鋼素線に REMを添加し、さらにAl,O,Caの含有量を規定し、Ti,Znを添加することによって、アークの発生点を安定化し、溶滴の微細移行を一層安定させることができる。
(d) シールドガスとしてCO2 を60体積%含有するガスを使用することによって、正極性のガスシールドアーク溶接を安定して行なうことができる。
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
すなわち本発明は、2個以上の電極を用いてガスシールドアーク溶接を行なう多電極ガスシールドアーク溶接方法において、2個以上の極を正極性とし、かつ正極性の電極にC:0.20質量%以下,Si:0.05〜2.5質量%,S:0.002〜0.02質量%,Mn:0.25〜3.5質量%,REM: 0.015〜0.100 質量%,Ti:0.02〜0.50質量%、O:0.0010〜0.0080質量%,Ca:0.0008質量%以下,Al:0.005〜3.00質量%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、表面に厚さ0.6μm以上の銅めっきを有する鋼素線からなる溶接用ソリッドワイヤを使用し、かつCO2 を60体積%以上含有するシールドガスを用いて、溶接電流250〜450Aでガスシールドアーク溶接を行なう多電極ガスシールドアーク溶接方法である。
本発明の多電極ガスシールドアーク溶接方法においては、鋼素線が、前記した組成に加えて、Ca:0.0008質量%以下、Al: 0.005〜3.00質量%を含有する。
また、シールドガスは、 100体積%CO2 であっても良いし、あるいはCO2 を60体積%以上含有しかつAr,He,H2 およびO2 のうちの1種以上を合計40体積%以下含有する混合ガスであっても良い。
またガスシールドアーク溶接に使用する鋼板は、その表面に厚さ8μmのスケールを有することが好ましい。このスケールは、大部分が Fe34 (マグネタイト)からなり、その最下層にFeO(ウスタイト)を、最表面に微量の Fe23 (ヘマタイト)を含んでいる。
なお、ここで鋼素線からなる炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤとは、溶接用フラックスを内装せず、素材となる鋼素線を主体とするワイヤ(いわゆるソリッドワイヤ)を指す。また本発明は、鋼素線の表面にめっきを施したり、あるいは潤滑剤を塗布した炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤにも支障なく適用できる。
本発明によれば、ソリッドワイヤを使用し、かつCO2 を主成分とするシールドガスを使用した多電極ガスシールドアーク溶接におけるアークの安定化を達成できる。その結果、低コストで高能率の多電極ガスシールドアーク溶接が可能となる。
本発明の溶接用鋼ワイヤは、ソリッドワイヤとFCワイヤに大別される溶接ワイヤのうち、ソリッドワイヤを対象とする。
まず、本発明で使用するガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ(すなわち溶接用鋼ワイヤ)の鋼素線の成分を限定した理由について説明する。
REM : 0.015〜0.100 質量%
REM は、製鋼および鋳造時の介在物の微細化,溶接金属の靱性改善のために有効な元素である。ただし、通常の逆極性(すなわち溶接用鋼ワイヤをプラス極)のガスシールドアーク溶接においては、鋼素線中にREM を添加するとアークの集中が生じて、スパッタを低減する効果が得られない。しかし正極性(すなわち溶接用鋼ワイヤをマイナス極)のガスシールドアーク溶接においては、アークを安定しかつ集中して発生させ、溶滴の微細化と移行の安定化を図るために不可欠な元素である。多電極ガスシールドアーク溶接では、各電極で発生するアークの干渉が溶滴の微細移行を損なう要因となるが、REM 添加によるアークの集中は、アークの干渉を抑制する効果がある。REM 含有量が 0.015質量%未満では、このアークの安定集中の効果が得られない。一方、 0.100質量%を超えると、溶接用鋼ワイヤの製造工程で割れが生じたり、溶接金属の靭性の低下を招く。したがって、REM は 0.015〜0.100 質量%の範囲内を満足する必要がある。なお、好ましくは 0.025〜0.050 質量%である。
ここで REMとは、周期表の3族に属する元素の総称である。本発明では、原子番号57〜71の元素を使用するのが好ましく、特にCe,Laが好適である。Ce,Laを鋼素線に添加する場合は、CeまたはLaを単独で添加しても良いし、CeおよびLaを併用しても良い。なお、CeおよびLaをともに添加する場合は、あらかじめCe:40〜90質量%,La:10〜60質量%の範囲内で混合して得られた混合物を使用するのが好ましい。
なお本発明では、必須成分としてC,Si,Mn,Sを下記の通り含有する鋼素線からなる溶接用鋼ワイヤを使用する。さらにPを含有する鋼素線からなる溶接用鋼ワイヤを使用するのが好ましい。
C:0.20質量%以下
Cは、溶接金属の強度を確保するのに必要な元素であり、溶融メタルの粘性を低下させて流動性を向上させる効果がある。しかしC含有量が0.20質量%を超えると、正極性の溶接において溶滴および溶融メタルの挙動が不安定となるのみならず、溶接金属の靭性の低下を招く。したがって、Cは0.20質量%以下とした。一方、C含有量を過剰に減少させると溶接金属の強度を確保できない。そのため、 0.003〜0.20質量%とするのが好ましい。なお、0.01〜0.10質量%が一層好ましい。
Si:0.05〜2.5 質量%
Siは、脱酸作用を有し、溶融メタルの脱酸のためには不可欠な元素である。ガスシールドアーク溶接では、Si含有量が0.05質量%未満では、溶融メタルの脱酸が不足し、溶接金属にブローホールが発生する。一方、 2.5質量%を超えると、溶接金属の靭性が著しく低下する。したがって、Siは0.05〜2.5 質量%の範囲内を満足する必要がある。ただしSi含有量が0.65質量%を超えると、小粒のスパッタが増加する傾向が現われるので、0.05〜0.65質量%の範囲内が好ましい。
Mn:0.25〜3.5 質量%
Mnは、Siと同様に脱酸作用を有し、溶融メタルの脱酸のためには不可欠な元素である。Mn含有量が0.25質量%未満では、溶融メタルの脱酸が不足し、溶接金属にブローホールが発生する。一方、3.5 質量%を超えると、溶接金属の靭性が低下する。したがって、Mnは0.25〜3.5 質量%の範囲内を満足する必要がある。なお、溶融メタルの脱酸を促進し、ブローホールを防止するためには、0.45質量%以上が望ましい。そのため、0.45〜3.5 質量%とするのが好ましい。
P:0.05質量%以下
Pは、鋼の融点を低下させるとともに、電気抵抗率を向上させ、溶融効率を向上させる元素である。さらに正極性のガスシールドアーク溶接において、溶滴を微細化し、アークを安定化する作用も有する。しかしP含有量が0.05質量%を超えると、正極性のガスシールドアーク溶接において溶融メタルの粘性が著しく低下し、アークが不安定となり、小粒のスパッタが増加する。また、溶接金属の高温割れを生じる危険性が増大する。したがって、Pは0.05質量%以下とした。なお、好ましくは0.03質量%以下である。一方、 鋼素線の鋼材を溶製する製鋼段階でPを低減するためには長時間を要するので、生産性向上の観点から 0.002質量%以上が望ましい。そのため、 0.002〜0.03質量%とするのが好ましい。
S:0.002〜0.02質量%
Sは、溶融メタルの粘性を低下させ、溶接用鋼ワイヤの先端に懸垂した溶滴の離脱を促進し、正極性のガスシールドアーク溶接においてアークを安定化する。またSは、正極性のガスシールドアーク溶接においてアークを広げ、溶融メタルの粘性を低下させてビードを平滑にする効果も有する。しかしS含有量が0.02質量%を超えると、小粒のスパッタが増加するとともに、溶接金属の靭性が低下する。したがって、Sは0.02質量%以下とした。一方、 鋼素線の鋼材を溶製する製鋼段階でSを低減するためには長時間を要するので、生産性向上の観点から 0.002質量%以上とする。そのため、 0.002〜0.02質量%とする。
さらに本発明では、鋼素線が、上記した組成に加えて、Ti,O,Ca,Alを含有する。
Ti:0.02〜0.50質量
Ti強脱酸剤として作用するとともに、溶接金属の強度を増加する元素である。さらに溶融メタルの脱酸によって粘性を低下してビード形状を安定化(すなわちハンピングビードを抑制)する効果がある。このような効果を有する故に 350A以上の高電流溶接において有効な元素であり、必要に応じて添加する。Tiが0.02質量%未満では、この効果は得られない。一方、 Tiが0.50質量%を超える場合は、溶滴が粗大化して大粒のスパッタが多量に発生する。したがって、Tiは、Ti:0.02〜0.50質量%の範囲内とする
O:0.0010〜0.0080質量
Oは、正極性のガスシールドアーク溶接において溶接用鋼ワイヤの先端に懸垂した溶滴を微細化する作用がある。しかし、O含有量が 0.0080質量%を超えると、正極性の高電流溶接におけるアークの安定化というREM 添加の効果が損なわれ、溶滴の揺動が増大してスパッタが多量に発生する。またOは、鋼素線の鋼材を溶製する製鋼段階で REMと激しく反応してスラグを形成する作用を有しており、O含有量が0.0080質量%を超えると、REM の歩留りが著しく低下する。したがって、Oは0.0080質量%以下とした。ただし、O含有量が0.0010質量%未満では、O添加の効果は充分に得られない。したがって、 0.0010〜0.0080質量%とする。さらに0.0010〜0.0050質量%が好ましい。
Ca:0.0008質量%以下
Caは、製鋼および鋳造時に不純物として溶鋼に混入したり、あるいは伸線加工時に不純物として鋼素線に混入する。正極性のガスシールドアーク溶接では、Ca含有量が0.0008質量%を超えると、高電流溶接におけるアークの安定化というREM 添加の効果が損なわれる。したがって、Caは0.0008質量%以下とするのが好ましい。
Al: 0.005〜3.00質量%
Alは、強脱酸剤として作用するとともに、溶接金属の強度を増加する元素である。さらに溶融メタルの脱酸によって粘性を低下してビード形状を安定化(すなわちハンピングビードを抑制)する効果がある。逆極性のガスシールドアーク溶接では、明確な溶滴移行の安定化効果は認められないが、正極性のガスシールドアーク溶接では、 350A以上の高電流溶接において溶滴移行の安定化効果が顕著に発揮される。一方、低電流溶接においては、短絡移行回数を増加させて溶滴移行の均一化とビード形状の改善を達成できる。また、Oとの親和力によって、溶接用鋼ワイヤの製造段階における REMの酸化ロスを低減する効果も有する。Alが 0.005質量%未満では、このような効果は得られない。一方、 Alが3.00質量%を超える場合は、溶接金属の結晶粒が粗大化し、靭性が著しく低下する。したがって、Alは 0.005〜3.00質量%の範囲内とする
さらに必要に応じて下記の元素を添加しても、本発明の効果を減じるものではない。
Cr:0.02〜3.0 質量%,Ni:0.05〜3.0 質量%,Mo:0.05〜1.5 質量%,Cu:0.05〜3.0 質量%,B:0.0005〜0.015 質量%,Mg: 0.001〜0.20質量%
Cr,Ni,Mo,Cu,B,Mgは、いずれも溶接金属の強度を増加し、耐候性を向上させる元素である。これらの元素の含有量が微少である場合は、このような効果は得られない。一方、過剰に添加すると、溶接金属の靭性の低下を招く。したがって、Cr,Ni,Mo,Cu,B,Mgを含有する場合は、Cr:0.02〜3.0 質量%,Ni:0.05〜3.0 質量%,Mo:0.05〜1.5 質量%,Cu:0.05〜3.0 質量%,B:0.0005〜0.015 質量%,Mg: 0.001〜0.20質量%の範囲内を満足するのが好ましい。
Nb: 0.005〜0.5 質量%,V: 0.005〜0.5 質量%
Nb,Vは、いずれも溶接金属の強度,靭性を向上し、アークの安定性を向上させる元素である。これらの元素の含有量が微少である場合は、このような効果は得られない。一方、過剰に添加すると、溶接金属の靭性の低下を招く。したがって、Nb,Vを含有する場合は、Nb: 0.005〜0.5 質量%,V: 0.005〜0.5 質量%の範囲内を満足するのが好ましい。
上記した鋼素線の成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。たとえば、鋼材を溶製する段階や鋼素線を製造する段階で不可避的に混入する代表的な不可避的不純物であるNは、0.020質量%以下に低減するのが好ましい。
次に、本発明の溶接用鋼ワイヤの製造方法について説明する。
転炉または電気炉等を用いて、上記した組成を有する溶鋼を溶製する。この溶鋼の溶製方法は、特定の技術に限定せず、従来から知られている技術を使用する。次いで、得られた溶鋼を、連続鋳造法や造塊法等によって鋼材(たとえばビレット等)を製造する。この鋼材を加熱した後、熱間圧延を施し、さらに乾式の冷間圧延(すなわち伸線)を施して鋼素線を製造する。熱間圧延や冷間圧延の操業条件は、特定の条件に限定せず、所望の寸法形状の鋼素線を製造する条件であれば良い。
さらに鋼素線は、焼鈍−酸洗−銅めっき−伸線加工−潤滑剤塗布の工程を必要に応じて順次施して、所定の製品すなわち溶接用鋼ワイヤとなる。
正極性のガスシールドアーク溶接においては、逆極性の溶接に比べて、給電不良に起因してアークが不安定になりやすい。しかし、鋼素線の表面に厚さ 0.6μm以上の銅めっきを施すことによって、溶接用鋼ワイヤの給電不良に起因するアークの不安定化を防止できる。なお、銅めっきの厚さを 0.8μm以上とすると、給電不良防止の効果が顕著に発揮されるので一層好ましい。このようにして銅めっきを厚目付とすることによって、給電チップの損耗も低減できるという効果も得られる。
溶接用鋼ワイヤの送給性を向上するために、溶接用鋼ワイヤの表面(すなわち鋼素線の表面あるいは銅めっきの表面)に潤滑油を塗布しても良い。潤滑油の塗布量は、溶接用鋼ワイヤ10kgあたり0.35〜1.70gの範囲内が好ましい。
鋼素線の表面に潤滑剤を安定して付着させ、給電の安定性を向上するために、鋼素線の平坦度(=実表面積/理論表面積)を1.0005以上,1.0100未満とするのが好ましい。鋼素線の平坦度は、伸線加工で使用するダイスの管理を厳格に行なうことによって、1.0005以上,1.0100未満の範囲に維持することは可能である。
なお、溶接用鋼ワイヤを製造する工程で、溶接用鋼ワイヤの表面に種々の不純物が付着する。特に固体の不純物の付着量を、溶接用鋼ワイヤ10kgあたり0.01g以下に抑制すると、給電の安定性が一層向上する。
このようして製造した溶接用鋼ワイヤを使用して多電極ガスシールドアーク溶接を行なう際の、好適な溶接条件について、以下に説明する。
1パスで2個以上の電極(すなわち溶接用鋼ワイヤ)を用いてガスシールドアーク溶接を行なうにあたって、その電極の配列は、電極の進行方向に垂直に配置しても良いし、あるいは電極の進行方向に平行に配置しても良い。
これらの2個以上の電極のうち、1個または2個以上を正極性で使用する。その他の電極は、逆極性で使用する。なお、電極を全て正極性で使用しても、何ら支障なく多電極ガスシールドアーク溶接を行なうことができる。
ただし、正極性で使用する電極(すなわち溶接用鋼ワイヤ)のシールドガスは、C 2 スを単独(すなわちCO2 の混合比率: 100体積%)で使用しても、支障なく多電極ガスシールドアーク溶接を行なうことができる。
一方、逆極性で使用する電極のシールドガスは、特定の種類に限定せず、従来から知られているガスが使用できる。ただし、多電極ガスシールドアーク溶接において、正極性で使用する電極のシールドガスと逆極性で使用する電極のシールドガスが異なる場合は、溶接施工中にシールドガスが混合されてガス成分が変化し、ビードの形状や溶接金属の特性に悪影響を及ぼす恐れがある。したがって逆極性で使用する電極のシールドガスは、正極性で使用する電極と同じシールドガスを使用するのが好ましい。
溶接電流は 250〜450 A,溶接電圧は27〜38V(電流とともに上昇),溶接速度は20〜250 cm/分,突き出し長さは15〜30mm,ワイヤ径は 0.8〜1.6mm ,1電極当たりの溶接入熱は5〜40kJ/cmの範囲内が好ましい。溶接する母材(すなわち鋼板)の鋼種は特に限定されないが、JIS規格G3106 に規定されるSi−Mn系の溶接構造用圧延鋼材(SM材)や、JIS規格G3136 に規定される建築構造用鋼材(SN材)に適用するのが好ましい。
このようなガスシールドアーク溶接において、最終溶接ビード止端部のビード形状は、疲労強度確保の観点から重要である。特に正極性の溶接においては、アーク点の集中によりビード形状が凸形状となり、止端部にオーバーラップが生じやすい。本発明者らの検討によれば、止端部にオーバーラップが生じるのを防止するためには、溶接に使用する鋼板の表面のスケール厚さを8μm以下に抑えるのが好ましいことが判明した。その理由は、スケール厚さを8μm以下に抑えることによって、鋼板と溶接金属との濡れが確保できるからである。
製鋼段階で成分を調整し、連続鋳造によって製造されたビレットを熱間圧延して、直径 5.5〜7.0mm の線材とした。次いで冷間圧延(すなわち伸線)によって直径 2.0〜2.8mm とし、必要に応じて窒素雰囲気中で焼鈍して酸洗を施し、さらにめっき処理を施した。次いで冷間で固形潤滑剤を用いて乾式伸線を行ない、冷間で伸線加工(すなわち湿式伸線)を施して、直径1.4mm の鋼素線を製造した。得られた鋼素線の成分は、表1に示す通りである。なお、REM は、質量比Ce:La:Y=6:3:1のミッシュメタルである。
これらの溶接用鋼ワイヤを使用して、多電極ガスシールドアーク溶接を行なった。電極数は合計2〜3個とし、電極の進行方向に平行に配置した。それらの正極性の電極に、表1の溶接用鋼ワイヤを使用した。その他の電極は逆極性とし、溶接用鋼ワイヤは表1中の比較例(すなわち番号11)の鋼素線からなる溶接用鋼ワイヤを使用した。シールドガスは、全ての電極で 100体積%CO2 ガスを使用した。その他の溶接条件は表2に示す通りである。
スパッタの発生量を調査した結果を表3に示す。スパッタの発生量は、多電極ガスシールドアーク溶接によって鋼板に付着したスパッタを全量回収し、その質量が0.60g以下を良(○),0.60g超え〜1.00g以下を可(△),1.00g超えを不可(×)として評価した。
表3中の試験番号2〜9は、正極性の電極として鋼素線番号1〜10の溶接用鋼ワイヤを使用し、逆極性の電極として鋼素線番号11の溶接用鋼ワイヤを使用した例である。試験番号1と10は、正極性の電極および逆極性の電極すべて鋼素線番号11の溶接用鋼ワイヤを使用した例である。
表3から明らかなように、発明例(すなわち試験番号3,7,9)は、安定した溶接施工とスパッタ発生量の低減を達成できた。一方、比較例(試験番号1,10)は、鋼素線のREM含有量が本発明の範囲を外れる溶接用鋼ワイヤを正極性の電極で使用したので、スパッタが多量に発生した。REM含有量は本発明の範囲を満足するものの、Ti含有量が本願発明の範囲を外れる鋼素線(すなわち鋼素線番号1,2)を使用する参考例(すなわち試験番号4)は、スパッタの発生量が発明例に比べて多かった。
一方、溶接に使用する鋼板は、表面状態が溶接性に及ぼす影響を調査するために、その製造工程で圧延仕上げ温度,冷却停止温度,表面処理を変更することによって、得られる鋼板の表面状態を変化させた。その結果、得られた鋼板の表面状態は表4に示す通りである。
これらの溶接用鋼ワイヤと鋼板とを使用して、正極性の多電極ガスシールドアーク溶接で隅肉溶接を行ない、溶接ビード止端部のビード形状を評価した。すなわち、下板(いわゆるウエブ)の表面に対する溶接金属の接触角45°以下を良(○),45°超え〜60°以下を可(△),60°超えを不可(×)とした。その結果を表5に示す。
表5から明らかなように、参考例(試験番号11〜16)は、いずれもビード止端部の接触角が60°以下であったのに対して、鋼素線11を使用した比較例(試験番号17)は、ビード止端部の接触角が85°であった。参考例の中でも、鋼板表面のスケール厚さを8μm以下とした例(試験番号11〜15)は、ビード止端部の接触角が45°以下であり、極めて良好なビード形状が得られた。

Claims (4)

  1. 2個以上の電極を用いてガスシールドアーク溶接を行なう多電極ガスシールドアーク溶接方法において、前記2個以上の極を正極性とし、かつ前記正極性の電極にC:0.20質量%以下、Si:0.05〜2.5質量%、S:0.002〜0.02質量%、Mn:0.25〜3.5質量%、希土類元素: 0.015〜0.100 質量%、Ti:0.02〜0.50質量%、O:0.0010〜0.0080質量%、Ca:0.0008質量%以下、Al:0.005〜3.00質量%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、表面に厚さ0.6μm以上の銅めっきを有する鋼素線からなる溶接用ソリッドワイヤを使用し、かつCO2 を60体積%以上含有するシールドガスを用いて、溶接電流250〜450Aで前記ガスシールドアーク溶接を行なうことを特徴とする多電極ガスシールドアーク溶接方法。
  2. 前記シールドガスが、 100体積%CO2 であることを特徴とする請求項1に記載の多電極ガスシールドアーク溶接方法。
  3. 前記シールドガスが、CO2 を60体積%以上含有し、かつAr、He、H2 およびO2 のうちの1種以上を合計40体積%以下含有する混合ガスであることを特徴とする請求項1またはに記載の多電極ガスシールドアーク溶接方法。
  4. 前記ガスシールドアーク溶接にて、表面に厚さ8μm以下のスケールを有する鋼板を溶接することを特徴とする請求項1、2またはに記載の多電極ガスシールドアーク溶接方法。
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