JP3861979B2 - 炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
この発明は、ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤに係り、とくにワイヤを正極(マイナス側)とし、シールドガスをCO2 とする正極性炭酸ガスシールドアーク溶接に好適な溶接用鋼ワイヤに関する。
【0002】
【従来の技術】
シールドガスとして、炭酸ガスや、アルゴンと炭酸ガス、酸素との混合ガスなどの酸化性(活性)ガスを用いるMAG溶接法は、もっとも普及した溶接法である。なかでも、炭酸ガスのみを用いる炭酸ガスシールドアーク溶接法は、安価なガスを用いることから鉄鋼材料の溶接に広く利用されている。とくに、自動溶接の急速な普及により、造船、建築、橋梁、自動車、建設機械等の各分野で広く使用されるようになっている。造船、建築、橋梁を中心とする分野では厚板の高電流多層溶接に、一方、自動車、建設機械を中心とする分野では薄板の隅肉溶接に、適用されることが多い。
【0003】
自動車、建設機械を中心とする分野では、軽量化を目的として、高強度薄鋼板の使用が増加している。被溶接材である鋼板の薄肉化は、被溶接材の厚みに対するギャップ率の増加を意味し、そのため、溶落ちによる欠陥率の増加を招くという問題がある。このようなことから、被溶接材への熱影響が小さく、耐ギャップ溶接性に優れた新しい薄鋼板の溶接方法が要望されている。
【0004】
従来から、炭酸ガスシールドアーク溶接法を含むMAG溶接法では、消耗電極であるワイヤをプラス側(逆極)とする逆極性の直流溶接法が、低電流域から高電流域までアークが安定しており、広く実用化されている。逆極性の溶接法では、マイナス側である鋼板側への熱影響が大きく、鋼板の溶け込みが深いという特徴があり、厚板の多層溶接に好適である。しかし、薄板の隅肉溶接に逆極性の溶接法を適用すると、鋼板の溶け込みが深く熱影響が大きく、溶落ちによる溶接欠陥が発生しやすいという問題がある。薄板の隅肉溶接では、溶落ちによる溶接欠陥の防止、効率化(溶接速度の向上)がとくに重要視されており、逆極性溶接法の薄板隅肉溶接への適用は問題が残されていた。
【0005】
一方、逆極性とは反対に、ワイヤをマイナス側とする正極性の直流溶接法では、被溶接材(鋼板側)の熱影響が少なく溶込みが浅くなり、ワイヤの溶融速度が速く溶着量が多いという特徴があり、薄板の溶接、とくに、ギャップを生じた場合の溶接に好適であると考えられる。しかし、正極性の溶接法では、ワイヤ先端に懸垂する溶滴が粗大で、アークが不安定となりやすいという問題がある。さらに、高速溶接においては、溶接ビードがハンピングしやすい、ビード形状が不揃い等の問題もあり、正極性の直流溶接法は実際に利用されることはなかった。
【0006】
正極性の溶接法を利用した溶接法は、限られた分野で幾つか提案されている。例えば、特開昭58−84682 号公報には、正極性溶接法を利用した固定管の高速円周溶接法が提案されている。この溶接法は、固定管をAr-CO2混合ガスシールド下で円周溶接する際に、初層から、希土類元素を添加した活性化ワイヤを正極性に使って下進振分け溶接し、仕上げ層を逆極性で上進振分け溶接する、溶接方法である。この溶接方法では、希土類元素を添加した活性化ワイヤを用いることによって、溶滴が微細化しアークが安定するが、しかし、ワイヤの溶融速度が小さく、また溶込みも深いといった問題があった。
【0007】
また、特開昭58−167078号公報、特開平5−138355号公報には、正極性溶接と逆極性溶接では、溶込み深さと溶融速度が大きく異なることから、正極性溶接と逆極性溶接の時間割合を制御して溶接する、消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法が提案されている。しかしながら、これらの溶接方法では、アークの安定性がまだ不十分であり、またワイヤ組成の検討がなされていない。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
上述したように、正極性溶接法は、溶込みが浅く、溶着量が多く、薄鋼板溶接、とくにギャップの大きい継手の溶接に適していると考えられているが、従来の溶接用鋼ワイヤでは、ワイヤ先端に粗大な溶滴が不安定に懸垂するため、アークが不安定となり、スパッタの発生量が多いという問題があった。
【0009】
この発明は、上記した従来技術の問題を解決し、正極性溶接に好適で、薄板溶接における溶落ち欠陥を防止でき、さらにギャップの大きい継手においても健全な溶接が可能な耐ギャップ溶接性に優れ、さらに、アークの安定性に優れ、スパッタの発生が少ない炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤを提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、正極性溶接におけるアークの安定性、耐ギャップ溶接性およびビード形状に対するワイヤ組成の影響について鋭意検討した。
その結果、
▲1▼Si、Mn含有量、とくにSi含有量を増加することにより、正極性溶接において安定した短絡移行が可能となり、ワイヤの溶融量が増加し耐ギャップ溶接性が向上すること、
▲2▼正極性溶接においてはCaを0.0020mass%以下と低減することがアークの安定性のうえで重要となること、
▲3▼正極性溶接においてはP、S、Kがアークの安定性向上に大きく寄与することを知見した。
【0011】
この発明は、これらの知見に基づいて構成されたものである。
すなわち、この発明は、正極性炭酸ガスシールドアーク溶接で用いられる溶接用鋼ワイヤであって、mass%で、C:0.20%以下、Si:0.8 〜2.5 %好ましくは1.1 〜2.5 %、Mn:0.45〜3.5 %を含み、かつCa:0.0020%以下に制限し、残部 Fe および不可避的不純物である組成を有する正極性炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤである。また、この発明では、前記組成に加えてさらに、mass%で、P:0.025 〜0.050 %、S:0.015 〜0.050 %のうちから選ばれた1種または2種を含有することが好ましい。また、この発明では、前記各組成に加えてさらに、mass%で、Ti:0.30%以下、好ましくは0.080 %以下、を含有することが好ましく、また、この発明では、前記各組成に加えてさらに、mass%で、Cr:3.0 %以下、Ni:3.0 %以下、Mo:1.5 %以下、Cu:3.0 %以下、B:0.005 %以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有してもよい。また、この発明では、前記各組成に加えてさらに、mass%で、Al:0.50%以下、および/または、Zr、Nb、Vのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.55%以下含有してもよい。
【0012】
また、この発明では、前記溶接用鋼ワイヤが、表層に、平均厚さ:0.5 μm 以上のCuめっきを有することが好ましい。
また、この正極性炭酸ガスアーク溶接用鋼ワイヤは、mass%で、C:0.20%以下、Si:0.8 〜2.5 %好ましくは1.1 〜2.5 %、Mn:0.45〜3.5 %を含み、かつCaを0.0020%以下に制限し、好ましくは残部が実質的にFeである組成を有する鋼素材を熱間加工、あるいはさらに冷間加工(伸線)により所定の線径の鋼素線としたのち、焼鈍、酸洗を施し、必要に応じてCuめっきをした後、冷間で伸線加工して所定の寸法の鋼ワイヤとする製造方法で製造されるのが好ましい。また、この発明の溶接用鋼ワイヤの製造方法では、前記Cuめっきを0.5 μm 以上の厚さとするのが好ましい。また、この発明の溶接用鋼ワイヤの製造方法では、前記組成に加えてさらに、mass%で、P:0.025 〜0.050 %、S:0.015 〜0.050 %のうちから選ばれた1種または2種を含有することが好ましく、また、この発明の溶接用鋼ワイヤの製造方法では、前記各組成に加えてさらに、mass%で、Ti:0.30%以下、好ましくはTi:0.080 %以下を含有することが好ましく、また、この発明の溶接用鋼ワイヤの製造方法では、前記各組成に加えてさらに、mass%で、Cr:3.0 %以下、Ni:3.0 %以下、Mo:1.5 %以下、Cu:3.0 %以下、B:0.005 %以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することが好ましい。また、この発明の溶接用鋼ワイヤの製造方法では、前記各組成に加えてさらに、mass%で、Al:0.50%以下、および/または、Zr、Nb、Vのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.55%以下含有することが好ましい。
【0013】
【発明の実施の形態】
まず、この発明において、溶接用鋼ワイヤ組成の限定理由について説明する。なお、以下、mass%は単に%として記すものとする。
C:0.20%以下
Cは、溶接金属の強度を確保するために重要な元素であるが、溶鋼の粘性を低下させ流動性を向上させる作用を有し、多量に含有すると溶滴および溶融プールの挙動が不安定となり、スパッタを多発する。このため、Cは0.20%以下に限定した。なお、好ましくは0.01〜0.10%である。
【0014】
Si:0.80〜2.5 %
Siは、脱酸作用を有し、溶接金属の脱酸のためには不可欠な元素である。さらに、正極性溶接時にはアークの広がりを抑え、短絡移行回数を増大させる作用を有する。また、薄鋼板溶接でギャップの大きい継手溶接においては、アーク熱による溶落ちを抑制する働きもあり、耐ギャップ溶接性を向上させる。このような効果は、0.80%以上の含有で認められる。より一層の耐ギャップ溶接性の改善のためには、1.10%以上含有するのが好ましい。一方、2.5 %を超えて含有すると、溶接金属の靱性が低下する。このため、Siは0.80〜2.5 %、好ましくは1.1 〜2.5 %に限定した。
【0015】
Mn:0.45〜3.5 %
Mnは、Siと同様に、脱酸作用を有し、溶接金属の脱酸のためには不可欠な元素である。0.45%未満では溶融金属の脱酸が不足し、溶接金属にブロー欠陥が発生する。一方、3.5 %を超えて含有すると、溶接金属の靱性が低下する。このため、Mnは0.45〜3.5 %に限定した。なお、好ましくは1.0 〜2.5 %である。
【0016】
Ca:0.0020%以下
Caは、製鋼および鋳造時の不純物として、あるいは、伸線加工時の不純物としてワイヤに混入されるが、正極性溶接においては、アーク不安定を招きスパッタを増大させるため、できるだけ低減するのが好ましい。0.0020%を超えて含有すると溶滴へのアーク集中によりアーク不安定を招きスパッタを増大させる。よって、Caは0.0020%以下に制限した。
【0017】
P:0.025 〜0.050 %、S:0.015 〜0.050 %のうちから選ばれた1種または2種
P、Sはいずれも、正極性炭酸ガスアーク溶接でアークを安定化する作用を有し、必要に応じ選択して含有できる。
Pは、鋼の融点を低下させるとともに電気抵抗率を向上させ、溶融効率を向上させ、正極性炭酸ガスアーク溶接においてアークを安定化する作用を有する元素である。このような効果は0.025 %以上の含有で認められる。一方、0.050 %を超えて添加すると、正極性の溶接においては、溶融金属の粘性を低下させ、アークが不安定となり、小粒のスパッタが増加する。このため、Pは0.025 〜0.050 mass%の範囲とするのが好ましい。なお、より好ましくは、0.025 〜0.035 %である。
【0018】
Sは、溶融金属の粘性を低下させ、ワイヤ先端に懸垂した溶滴の離脱を助け、正極性炭酸ガスアーク溶接においてアークを安定化する。また、Sは、溶融金属の粘性を低下させて、ビードを平滑にし、上板の溶落ちを抑制する働きも有する。このような効果は、0.015 %以上で認められるが、一方、0.050 %を超えて含有すると、小粒のスパッタが増すとともに、溶接金属の靭性が低下する。このため、Sは0.015 〜0.050 %とするのが好ましい。なお、より好ましくは0.020 〜0.030 %である。
【0019】
ここで、Kの含有効果について参考までに言及すれば、Kは、アークを広げ(アークをソフト化し)、正極性炭酸ガスアーク溶接におい溶滴の移行をスムーズにし、溶滴そのものを微細化する効果を有している。この効果は0.0001%以上の含有で認められる。一方、0.0150%以上の含有は、アーク長が長くなり、ワイヤ先端に懸垂した溶滴が不安定となり、スパッタの発生を増す。このため、Kは0.0001〜0.0150%とするのが好ましい。なお、より好ましくは0.0003〜0.0030%である。
【0020】
また、Kは沸点が約 760℃と低く溶製段階での歩留りが著しく低いため、Kは溶製段階で添加するよりワイヤ製造中に、ワイヤ表面にカリウム塩溶液を塗布して焼鈍を行うことにより、ワイヤ内部にKを安定して含有させるのが好ましい。
Ti:0.30%以下
Tiは、脱酸剤として作用し、さらに溶接金属を強度増加する元素であり、本発明では必要に応じ含有できる。このような効果は0.030 %以上の含有で顕著となるが、0.30%を超えて含有すると、溶滴が粗大となり大粒のスパッタを発生させる。このため、Tiは0.30%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.080 %以下、さらに好ましくは0.050 %以下である。
【0021】
Cr:3.0 %以下、Ni:3.0 %以下、Mo:1.5 %以下、Cu:3.0 %以下、B:0.005 %以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Cr、Ni、Mo、Cu、Bは、いずれも溶接金属の強度を増加させ、また耐候性を向上させる元素であり、必要に応じ選択して含有できる。しかし、過剰な含有は靭性の低下を招く。このため、含有する場合は、Crは3.0 %以下、Niは3.0 %以下、Moは1.50%以下、Cuは3.0 %以下、Bは0.005 %以下とすることが好ましい。なお、好ましくは、Cr:0.15〜0.70%、Ni:0.40〜0.80%、Mo:0.20〜0.50%、Cu:0.15〜0.30%、B:0.001 〜0.003 %である。
【0022】
Zr、Nb、Vのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.55%以下
Zr、Nb、Vは、いずれも溶接金属の強度、靱性、およびアークの安定性を向上させる元素であり、必要に応じ選択して1種または2種以上を含有できる。しかし、これら元素が合計で0.55%を超えると、靭性の低下を招く。このため、Zr、Nb、Vのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.55%以下とするのが好ましい。
【0023】
Al:0.50%以下
Alは、脱酸作用により溶接金属の酸素量を低下させると共に横向き溶接においてアークの安定性を向上させる元素であり、必要に応じて含有することができる。しかし、合計で0.50%を超えると、靭性の低下を招く。このため、Alは0.50%以下とするのが好ましい。なお、より好ましくは0.01〜0.30%である。
【0024】
なお、上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物としては、O:0.020 %以下、N:0.010 %以下が許容できる。なお、Oは、溶製中、あるいはワイヤ製造中に不可避的に含有される元素であるが、溶滴の移行形態を微細化するのに効果があり、0.0020%以上、0.0080%以下、より好ましくは0.0080%未満に調整するのが好ましい。
【0025】
つぎに、この発明の溶接用鋼ワイヤの製造方法について説明する。
上記の組成の溶鋼を、転炉、電気炉等の通常公知の溶製方法により溶製し、好ましくは連続鋳造法により、ビレット等の鋼素材(ビレット)とする。
これら鋼素材を、加熱し、ついで熱間圧延あるいはさらに乾式による冷間圧延(伸線)を施し鋼素線とする。熱間圧延は、所望の寸法形状の鋼素線となる条件であればよく、とくに限定されない。
【0026】
ついで、これら鋼素線は、さらに必要に応じて焼鈍−酸洗−銅めっきされた後、冷間で伸線加工を施されて所定の線径の製品(溶接用鋼ワイヤ)とされる。
この発明の実施例における参考例(K: 0.0001 〜 0.0150 %のワイヤ)に言及すると、参考例のワイヤでは、焼鈍前のワイヤ表面にカリウム塩溶液を塗布したのち、焼鈍を行うのが好ましい。カリウム塩溶液としては、クエン酸3カリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等が挙げられる。塗布溶液のカリウム塩濃度は、K換算で、0.5 〜10.0%(mass%)とするのが好ましい。より好ましくは0.5 〜3.0 %である。
【0027】
カリウム塩溶液を表面に塗布されたワイヤを焼鈍することにより、焼鈍中に生成される内部酸化層中にKが安定に保持させる。表面塗布、Cuめっき中に保持させる等の方法では、めっきの変色等による問題が発生しやすく、また、熱的に不安定であることから、Kによる低スパッタ化の効果が小さくなる。
焼鈍は、ワイヤの軟化とワイヤにKを付与するために行う工程であるが、温度:650 〜950 ℃の範囲内で、水蒸気を含む窒素ガス雰囲気中で行うのが好ましい。焼鈍温度が650 ℃未満では、内部酸化反応の進行が遅く、また950 ℃を超えると、酸化反応の進行が速すぎて、内部酸化量の調整が困難となる。なお、より好ましくは650 〜850 ℃である。
【0028】
焼鈍雰囲気は露点0℃以下、酸素濃度200ppm以下とするのが内部酸化層形成の観点から望ましい。このような雰囲気中で、表面にカリウム塩含有溶液を塗布された鋼素線を焼鈍することにより、鋼表面から酸化が進行し、図1に示すように表層部が内部酸化される。この内部酸化部にカリウムが、確実に保持される。
焼鈍温度、時間の焼鈍条件は、鋼ワイヤ中のK含有量が好ましくは、0.0003〜0.0030mass%、O含有量が0.0020〜0.0080mass%となるように、線径、およびカリウム塩濃度、カリウム塩含有溶液の塗布量等の塗布条件と関連して決定されるのが望ましい。
【0029】
焼鈍、酸洗された鋼素線は、必要に応じ、鋼ワイヤ表面にCuめっきが施される。鋼ワイヤ表面のCuめっき厚は0.5 μm 以上の厚さとするのが好ましい。
正極性溶接においては、逆極性の溶接に比べて、給電不良、給電時の焼付きが発生し易い。しかし、Cuめっき厚を0.5 μm 以上とすることにより、給電不良、給電時の焼付きを防止でき、給電チップの損耗を低減できるという効果もある。なお、Cuめっき厚は、より好ましくは0.80μm 以上である。しかし、鋼ワイヤ中のCu量を含めて、Cu量が3.0 %を超えると、溶接金属の靭性低下が著しくなる。このため、Cuめっき厚は、0.80μm 以上、好ましくはワイヤ中のCu量を含み全体で3.0 %以下となるように、Cuめっき厚を調整するのが好ましい。
【0030】
また、本発明では、鋼ワイヤ表面に付着した不純物を、給電安定化のため、0.01g/ワイヤ10kg以下に管理するのが好ましい。
また、ワイヤの送給性を確保するため表面に塗布される潤滑油は、0.35〜1.7g/ ワイヤ10kgとするのが好ましい。より好ましくは0.35〜1.4g/ ワイヤ10kgである。ワイヤの送給性は、ロボット溶接用として重要である。
【0031】
【実施例】
(実施例1)
連続鋳造製鋼素材(ビレット)を、熱間圧延し、5.5 〜7.0mm φの線材とし、ついで冷間加工(伸線)により、2.0 〜2.8mm φの鋼素線とした。これら鋼素線に、2〜30質量%のクエン酸3カリウム水溶液を塗布した。塗布量は30〜50g/素線kgとした。ついで、これら鋼素線を露点−2℃以下、酸素200ppm以下、2酸化炭素0.1 %以下のN2 雰囲気中で焼鈍した。焼鈍温度は750 〜950 ℃の範囲とした。この際、線径、カリウム塩濃度、加熱温度と保持時間の調整により、ワイヤの内部酸化によるO量とK量を調整した。焼鈍後、鋼素線に酸洗を施し、ついで、鋼素線表面にCuめっきを施すか、あるいは施さないで、これら鋼素線に、冷間で伸線加工を施し、1.2mm φの鋼ワイヤとした。なお、鋼ワイヤ表面に、ワイヤ10kg当たり0.4 〜1.7gの潤滑油を塗布した。
【0032】
得られた鋼ワイヤの組成およびCuめっき厚を表1に示す。
【0033】
【表1】
【0034】
【表2】
【0035】
【表3】
【0036】
【表4】
【0037】
ついで、これら鋼ワイヤを用いて、溶接試験を行い、スパッタ発生量、ビード形状、給電チップの損耗度を評価した。
(1)スパッタ発生量
板厚1.6mm の薄鋼板上にビードオン溶接を行い、Cu製捕集治具を用いて、スパッタを捕集し、スパッタ発生量を測定した。溶接時間は1min とした。なお、スパッタ発生量の目標値は2.0g/min以下とし、スパッタ発生量が1.0g/min以下を優(◎)、1.0g/min超え1.5g/min以下を良(○)、1.5g/min超え2.0g/min以下を可(△)、2.0g/min超えを不可(×)として、評価した。
(2)ビード形状
板厚1.6mm の薄鋼板を用い、図2に示す要領でギャップ0.8mm のギャップ重ね隅肉溶接を行い、溶接後、溶接ビードを目視で観察し、溶け落ち、アンダーカットおよびハンピングビードが生じた場合を不可(×)、それ以外を○としてビード形状を評価した。
(3)給電チップの損耗度
直径800mm φの鋼管(肉厚:25mm)を自転させながら、鋼管外周に連続溶接(30min 間)した。この連続溶接後に、チップ先端内径を測定し、最大値、最小値を求めチップ内径の楕円化率を算出し、給電チップの損耗度を評価した。
【0038】
チップ内径の楕円化率は下記式で算出した。
楕円化率=(チップ先端内径の最大値)/(チップ先端内径最小値)−1
なお、楕円化率の目標値を5%以下とし、楕円化率が2%以下を良(○)、2%超え5%以下を可(△)、5%超えを不可(×)として、給電チップの損耗度を評価した。
【0039】
これら溶接試験で用いた溶接条件は下記のとおりとした。
▲1▼シールドガス:CO2 100 %、流量:20l/min
▲2▼溶接電源 :インバータ電源
▲3▼極性 :正極性
▲4▼溶接電流 :250 A
▲5▼溶接電圧 :27V
▲6▼溶接速度 :100cm/min
これらの試験結果を表2に示す。
【0040】
【表5】
【0041】
【表6】
【0042】
【表7】
【0043】
【表8】
【0044】
本発明例はいずれも、スパッタ発生量が2.0g/min 以下と少なく、スパッタ低減効果が顕著となっている。とくに、P含有量を0.025 %以上0.050 %以下、S含有量を0.015 %以上0.050 %以下のうち1つ以上を満足することによって更なる低スパッタ化が達成されている。また、Si含有量を1.1 %以上、また、Ti含有量を0.080 %以下とすることによっても更なる低スパッタ化が達成されている。
【0045】
一方、Cuめっき厚を0.5 μm 以上とすることにより、給電チップの損耗が低減されている。更に、Cuめっき厚を0.8 μm 以上とすることで給電チップの損耗がさらに低減されている。
(実施例2)
表1に示す組成の鋼ワイヤを用いて、更にギャップを広げた溶接試験を行った。
【0046】
板厚1.6mm の薄鋼板を用い、図2に示す要領でギャップ1.6mm のギャップ重ね隅肉溶接を行い、溶接後、溶接ビードを目視で観察し、ビード形状を評価した。溶落ち、アンダーカットおよびハンピングビードが生じた場合をビード形状不可(×)、それ以外を○とした。
なお、この溶接試験で用いた溶接条件は下記の通りとした。
【0047】
・シールドガス:CO2 100 %、流量:20l/min
・溶接電源 :インバータ電源
・極性 :正極性
・溶接電流 :220 A
・溶接電圧 :22V
・溶接速度 :60cm/min
これらの試験結果を表5に示す。
【0048】
【表9】
【0049】
【表10】
【0050】
【表11】
【0051】
【表12】
【0052】
Si含有量を1.1 %以上とすることにより、ギャップ1.6mm においても欠陥の無い良好な、ビード形状を得ることができることがわかる。
【0053】
【発明の効果】
本発明によれば、CO2 ガスをシールドガスとする正極性炭酸ガスシールドアーク溶接においてアークの安定性に優れ、高溶着量と浅溶込みが達成でき、溶落ち欠陥を防止でき、高ギャップの薄鋼板継手溶接が安定して可能となる。また、スパッタ量も低減でき、さらに給電の安定性に優れ、給電チップの損耗も低減できるなど、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の溶接用鋼ワイヤの断面組織の一例を示す模式図である。
【図2】ギャップ重ね隅肉溶接の要領を模式的に示す説明図である。
【符号の説明】
1 薄鋼板
2 押さえ銅
3 ギャップ調整用銅
4 基板銅
5 溶接トーチ
6 鋼ワイヤ
Claims (7)
- 正極性炭酸ガスシールドアーク溶接で用いられる溶接用鋼ワイヤであって、mass%で、
C:0.20%以下、 Si:0.8 〜2.5 %、
Mn:0.45〜3.5 %を含み、
かつCaを0.0020%以下に制限し、残部Feおよび不可避的不純物である組成を有することを特徴とする正極性炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ。 - 前記組成のうち、mass%で、Si含有量が1.1 〜2.5 %であることを特徴とする請求項1に記載の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ。
- 前記組成に加えてさらに、mass%で、P:0.025 〜0.050 %、S:0.015 〜0.050 %のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ。
- 前記組成に加えてさらに、mass%で、Tiを0.30%以下含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ。
- 前記組成に加えてさらに、mass%で、Cr:3.0 %以下、Ni:3.0 %以下、Mo:1.5 %以下、Cu:3.0 %以下、B :0.005 %以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ。
- 前記組成に加えてさらに、mass%で、Al:0.5 %以下、および/または、Zr、Nb、Vのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.55%以下含有することを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ。
- 前記溶接用鋼ワイヤが、表層に、平均厚さ:0.5 μm 以上のCuめっきを有することを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の正極性炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤ。
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