JP4909138B2 - ソリッドワイヤ - Google Patents
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Description
また、本発明に係るソリッドワイヤは、耐割れ性も良好であり、スラグの発生量およびスパッタの発生量が増加することもなく、耐アンダカット性も良好である。さらに、本発明に係るソリッドワイヤは、Moを特定の範囲で含有させているので、溶接金属の強度を向上させることができる。
本発明に係るソリッドワイヤは、Alを特定の範囲で含有させることによって、いわゆるキルド処理を行うことで耐割れ性を向上させることができる。
本発明に係るソリッドワイヤは、その表面にこのような群から選択される少なくとも1種の元素を塗布や付着等させることにより、前記した特定の範囲で有することによって電子放出が容易となるので、Arと酸化性ガス(O2やCO2など)を用いた溶接において当該元素がアーク安定剤として働く。そのため、アーク長の変化を抑制することができ、より耐溶落ち性を向上させることができる。
本発明に係るソリッドワイヤは、その表面にMoS2を塗布や付着等させて前記した特定の範囲で有することによって、通電点での瞬間融着が減少し、抵抗が減少するため、ソリッドワイヤの送給安定性を向上させることができる。
本発明に係るソリッドワイヤを銅めっきで被覆することによって、耐錆性の向上や、通電チップの耐磨耗性の向上、ワイヤ生産時に伸線性の向上効果による生産性の向上とそれにともなう低コスト化などを図ることができる。
本発明者らは、前記した立向下進溶接時の溶融池および溶接金属の挙動に着目し、水平溶接、下向溶接、横向溶接、上向溶接、立向上進溶接など姿勢によらないで、溶融池および溶接金属が前述と同様の挙動を得ることができれば、より好適にアーク溶接を行い得ると考え、鋭意研究を行った。
また、チップ2/ソリッドワイヤ3通電点(主にチップ2の先端)からアーク5の発生点までの、いわゆる突出し部分Aおよび先端に形成される溶滴4自体の抵抗発熱が低くなる。
これは、立向下進化すると、アーク5直下から溶接後方に形成される溶融池6がアーク5直下方向に落ちる力が強まるためにアーク5直下での溶融池6の深さL1が大きくなり、アーク力の作用を防御させることで、溶込み深さL2を低減させることによるものである。
なお、研究の段階で、従来知られているガス成分の高酸素化や、ソリッドワイヤの成分として含有されるSiやMnなどの強脱酸成分の低減といった手段によって高酸素化して溶融池の粘性と表面張力を低下させると、スラグの多量発生、ブローホールの発生、ビード形状の劣化、スパッタの増加といった問題が多発することがわかった。
本発明者らは、研究を行った結果、図3に示すように、CとPのそれぞれに上限を設け、CとPをJIS Z3312で規定する従来の範囲(Cの上限値:0.15質量%、Pの上限値:0.030質量%)よりも厳しく抑制し、且つ(Cの含有量)+{(Pの含有量)×5}を算出した値が0.135質量%以下という条件を同時に満足することで、Sを高い含有量で含有させても凝固割れが生じないことを見出した。
本発明者らは、かかる知見の下、アーク溶接を行うのに好適な本発明に係るソリッドワイヤを完成させるに至った。
(C:0.005〜0.080質量%)
Cは、脱酸作用を有し、溶接金属の強度を高める効果がある。薄板溶接では多層溶接することはないため、再熱による強度低下を考慮する必要はなく、低い添加量でも一般的に使われる300MPa以下の軟鋼から590MPa級のハイテン鋼板(高張力鋼板)に至るまで母材と同等以上の強度を得ることができる。
しかし、Cの含有量を0.005質量%未満にまで低下させると軟鋼にしか適用できない強度になって汎用性がなくなる。したがって、Cは、0.005質量%以上含有する必要がある。
一方、Cの含有量が高くなると、前記したように、耐割れ性が著しく劣化する。また、アーク近傍でCOが爆発することによってスパッタの発生が多くなるばかりでなく、ヒュームの発生も多くなる。さらに、脱酸が過剰となるので溶融池の酸素が減少し、溶融池の粘性や表面張力が高くなる。そのため、アーク力を緩和する障壁作用が低減し、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。したがって、耐割れ性を確保することを加味して、Cは、0.080質量%以下で含有する必要があり、0.050質量%以下で含有するのが望ましい。
Siは、強度を確保するために必要な一方、ソリッドワイヤの電気抵抗を高める作用がある。0.30質量%未満では強度が下がり、軟鋼以外には適用できない強度となってしまう。また、ソリッドワイヤの電気抵抗が小さくなり過ぎるため、送給量あたりの電流値が上昇する。その結果、入熱が高くなるので、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。したがって、Siは、0.30質量%以上含有する必要がある。
一方、Siの含有量が1.20質量%を超えると脱酸が過剰となり、溶融池の酸素が減少して溶融池の粘性、表面張力が高くなる。そのため、アーク力を緩和する障壁作用が低減し、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。また、Siが過剰であると溶接金属が脆化し、溶接部の硬度などについて健全性が失われるおそれがある。したがって、Siは、1.20質量%以下とする必要があり、0.75質量%以下で含有するのが好ましい。
Mnも強度確保に必要な一方で、ソリッドワイヤの電気抵抗を高める作用がある。Mnの含有量が1.15質量%未満であると強度が下がり、軟鋼以外には適用できない強度となってしまう。また、ソリッドワイヤの電気抵抗が小さくなり過ぎるため、送給量あたりの電流値が上昇する。その結果、入熱が高くなるので、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。また、Mnが少なすぎると溶接金属が脆化し、溶接部の健全性が失われるおそれがある。したがって、Mnは、1.15質量%以上含有する必要がある。
一方、Mnの含有量が1.65質量%を超えると脱酸が過剰となり、溶融池の酸素が減少して溶融池の粘性や表面張力が高くなる。そのため、溶融池の溶接金属がアーク直下へ落ち込みにくくなるので、アーク力を緩和するための障壁作用が低減し、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。また、スラグも多く発生するので塗装性が劣化する。したがって、Mnは、1.65質量%以下で含有する必要がある。
Sは、本発明において最も重要な元素であり、溶融池の粘性や表面張力の低下を図る作用がある。Sを適切な含有量で含有することによって、溶融池に対してアークが先行した場合であっても、粘性や表面張力の低い溶融池によってアーク力を緩和する障壁作用を得やすくなるので、耐溶落ち性や耐アンダカット性を向上させることができる。このような効果を得るためには、Sを0.050質量%以上含有することが必要であり、0.080質量%以上とするのが好ましい。
一方、Sの含有量が0.200質量%を超えると、溶融池だけでなくソリッドワイヤの先端に形成される溶滴の表面張力も大きく低下し、溶滴が球形を保てなくなる。また、過剰な厚さに形成される溶融池とも相まってアーク長さを長く設けても短絡状態となってしまうため、スパッタが非常に多くなる。また、他の元素の調整によっても、耐割れ性の向上を図ることができなくなってしまい、鋼板の裏側まで溶融した場合に高温割れが顕著に発生しやすくなる。さらに、溶融池の粘性が過剰に低下し、重力の作用でビードが垂れやすくなり、重ねすみ肉溶接の上板側にビードが形成され難くなって耐アンダカット性が劣りやすくなる。またさらに、溶接金属が脆化し、溶接部の健全性が失われるおそれもある。したがって、Sは0.200質量%以下で含有する必要がある。
PはCと同様に、顕著に耐割れ性を劣化させるため、極力低減するのが好ましい。JIS Z3312では、0.030質量%まで許容されているが、本発明ではSの含有量を高くしていることから、相対的にPの含有量を低くして耐割れ性を改善する。Pの含有量が0.017質量%を超えると、鋼板の裏側まで溶融したときに凝固割れが発生しやすいため、その含有量を0.017質量%以下とする必要がある。ただし、後述するとおり、Cの含有量によってはさらに上限を下げる必要がある。なお、Pの含有量が多くなると溶接金属の脆化、スパッタの発生量の増加といった現象も合わせて生じる。
Oは、Sを添加することによる耐割れ性の低下を抑制するために少なく制限する必要がある。Oの含有量が0.0070質量%を超えると溶融池が高酸素化して介在物が多発することによって割れを生じ、また、スラグが多量に発生する。特に、Sを積極的に添加した場合、耐割れ性の確保を重視する必要があり、そのためにもOを厳しく制限する必要がある。なお、Oの含有量が0.0070質量%を超えると耐溶落ち性については問題無い一方で、過剰に溶融池の粘性が低下し、重力の作用でビードが垂れやすくなり、重ねすみ肉溶接の上板側にビードが形成され難くなって耐アンダカット性が劣りやすくなる。したがって、Oは0.0070質量%以下とする。
Nは、Sを添加することによる耐割れ性の低下を抑制するために必要である。Nの含有量が0.0050質量%を超えると結晶粒界の結合力を弱め、かつ介在物が多発することによって割れを生じる。特に、Sを積極的に添加した場合、耐割れ性の確保を重視する必要があり、そのためにもNを厳しく制限する必要がある。また、Nの含有量が0.0050質量%を超えると溶接金属が脆化し、溶接部の健全性が失われる。さらに、Nの含有量が0.0050質量%を超えると、溶融池の粘性が過剰に低下し、重力の作用でビードが垂れやすくなり、重ねすみ肉溶接の上板側にビードが形成され難くなって耐アンダカット性が劣りやすくなる。したがって、Nは0.0050質量%以下とする必要がある。
Sを高い含有量で含有することによる耐割れ性の劣化を防ぐためには、特にCとPに留意しなければならない。前述した通り、CとPをそれぞれ単独に上限値を規定しているが、両元素が高い場合は割れを発生しやすくなることから、両方共に高い含有量となることは避けなければならない。(Cの含有量)+{(Pの含有量)×5}から算出される値が0.135以下であれば耐割れ性が劣化することはないことから、これを上限値とした。
そして、本発明のソリッドワイヤの残部は、Feと不純物とからなる。本発明においては、Ti、B、Cr、Ni、Nb、V、Zr、LaおよびCeを不純物としてその含有許容量を規定する。不純物としてのTiを0.15質量%以下、Zrを0.10質量%以下、Bを0.0050質量%以下、Cr、Ni、Nb、V、LaおよびCeをそれぞれ0.20質量%以下に規制する。
つまり、これらの元素は、本願においては有害な不純物であり、積極添加したとしても本発明の目的に対する利点はないので、前記した元素は極力少ないことが望ましい。本発明においては、Tiの含有量を0.15質量%以下、Zrを0.10質量%以下、Bの含有量を0.0050質量%以下、Cr、Ni、Nb、V、La、Ceの含有量をそれぞれ0.20質量%以下に規制する。より好ましくは、Ti、CrおよびNiは0.05質量%以下、Nb、V、Zr、La、およびCeは0.01質量%以下、Bは0.0030質量%以下に規制する。なお、これらの元素は、通常の地金においては不可避的に含有されるものであるが、前記した範囲内であれば、本発明のソリッドワイヤに含有することは許容される。
ソリッドワイヤの表面には、滑り性を向上し、送給性を向上させるなどの目的で、一般的に油を塗布(付着)させている。しかし、図2を参照して既に説明したように、油は溶接時に熱分解され、その際にアークから熱を奪い、アーク温度を下げる。アークは、熱を奪われるとアークを緊縮させて(アーク柱の密度を上げて)アーク温度を安定化させようとする性質がある。かかる状態になると、アークの形状(円錐形状)は細くなり、アーク範囲が狭まる。その結果、母材への熱集中が強まり、かつ溶融した金属の広がりが悪くなって耐溶落ち性や耐アンダカット性を劣化させたり、溶込み深さが増して凝固割れを発生しやすくさせたりする。
したがって、耐溶落ち性や耐アンダカット性を重視する本発明のソリッドワイヤでは、付着させる油の量(油付着量)は極力少ない方が好ましい。油付着量を少なくすることでアーク温度を下げることがなくなり、広いアークを確保することができて、Sの含有量を高くすることによる溶融池の拡大や、アーク力が分散することによる溶込み深さの低減を効果的に発揮させることができる。
したがって、本発明においては、ソリッドワイヤの表面の油付着量を、このソリッドワイヤ10kgに対して1.2g以下に規制する必要がある。
なお、例えば、湾曲した送給部を有する溶接装置におけるソリッドワイヤの送給性の確保は、MoS2を塗布したり、表面を銅めっきしないソリッドワイヤとしたりすることで確保することが可能である。なお、塗布する油の種類は植物油、動物油、鉱物油のいずれも使用することができる。
Moは、溶接金属の強度を上げることができる。かかる効果が有効となる下限は特にないものの、0.05質量%以上含有することで前記した効果を顕著に得ることができる。
一方、Moの含有量が0.30質量%を超えると、溶融池の粘性と表面張力が高くなる。その結果、溶融池の溶接金属がアーク直下へ落ち込みにくくなるので、アーク力を緩和する障壁作用が低減し、耐溶落ち性や耐アンダカット性が劣りやすくなる。また、スパッタも多く発生する。したがって、Moは0.30質量%以下で含有するのが望ましい。
Alは、強力な脱酸元素であるため、多量に添加すると溶融池の粘性と表面張力が高くなる。したがって、耐溶落ち性と耐アンダカット性を向上させることについては逆効果である。しかし、ソリッドワイヤに含まれるOの含有量をできる限り低くして耐割れ性を向上させるためには、Alを微量添加して、いわゆるキルド処理を行い、酸化物粒子や窒化物粒子を分散させることによって結晶粒を微細化させることで達成することができる。Alは、微量添加であれば酸化してもスラグになり難いのも利点である。
この効果は、Alを0.006質量%以上含有させることで得ることができる。一方、Alを0.040質量%を超えて含有させると溶融池の粘性と表面張力を無視できないほど高くしてしまい、耐溶落ち性と耐アンダカット性を劣化させる。また、スパッタが増加し、スラグも急激に多く発生する。したがって、Alは0.006〜0.040質量%で含有するのが好ましい。
K、Li、Na、Caは含有しなくても問題ないが、Arと酸化性ガス(O2、CO2)を用いた溶接において、これらの元素はアーク安定剤として働く作用がある。これらの元素が溶滴の表面付近にあると電子放出が容易となり、アークの安定化に有効である。アークが不安定になるとアーク長さが変化し、アーク力も変動する。これによって耐溶落ち性が劣りやすくなるので、アークはできるだけ安定であることが望ましい。アークの安定化は、アーク安定剤として作用する前記した元素のうち少なくとも1種以上を塗布あるいは含有させることによって得ることができ、その含有量は、いずれかの元素をワイヤ10kgあたり0.005g(重量換算で0.5ppm)以上含有することによって顕著に得ることができる。
なお、これらの元素は、一定重量(10kg)のソリッドワイヤをサンプリングし、全分析から測定されるK、Li、Na、Ca量と表面を酸などで溶解して残った非表面をバルクとして測定したこれらの値の差から表面存在物質量として定義することで求めることができる。
ソリッドワイヤの表面にMoS2が存在すると、通電点での瞬間融着が減少し、抵抗が減少するためソリッドワイヤの送給安定性が向上する。ソリッドワイヤの送給安定性が不安定であるとアーク長さも不安定になり、アーク力も変動する。これによって耐溶落ち性が劣りやすくなるので、ソリッドワイヤの送給安定性はできるだけ安定であることが望ましい。MoS2を塗布すると耐溶落ち性を向上させることができ、その効果は、ワイヤ表面に、MoS2をワイヤ10kgあたり0.01g(重量換算で1ppm)以上塗布等することで有効となる。
一方、ワイヤ表面に、MoS2をワイヤ10kgあたり1.00g(重量換算で100ppm)を超えて塗布等しても、送給ライナーや通電チップ内にMoS2が堆積して詰まりやすくなり、却って潤滑性が損なわれることとなるために送給安定性が低下することがある。したがって、ソリッドワイヤの表面に塗布(含有)するMoS2の含有量は、ワイヤ10kgあたり1.00g以下とするのが望ましい。
なお、MoS2のソリッドワイヤへの塗布方法としては、伸線工程での引抜潤滑剤にこれを混ぜ、最終径まで残存させる、あるいは、仕上径において塗布する油に混ぜるといった方法などがある。
(銅めっき)
一般的なソリッドワイヤは、素線の表面を銅めっきで被覆することにより、耐錆性の向上、通電チップの耐摩耗性の維持、ソリッドワイヤ生産時の伸線性を向上させる効果とそれによる生産性の向上、および低コスト化などを図ることができる。
なお、素線の表面を銅めっきで被覆しない場合は、通電部での電気抵抗が上昇する。このときの発熱効果によってソリッドワイヤがアーク発生箇所に到達する際の温度が高くなり、ソリッドワイヤが溶けやすい状態となる。溶接電源は送給されるソリッドワイヤを溶かすに足るだけの電流を与えるので、溶けやすい状態のソリッドワイヤでは低電流化し、溶融量が一定であれば入熱を下げることができる。このため、さらに溶込み深さを低減することができ、アーク力も弱くすることができる。これにより、耐アンダカット性を向上させることができる。
電気炉にて、溶鋼を造塊し、押出圧延、冷間伸線し、φ5.5mmの溶接用原線を製造後、この溶接用原線を伸線してφ2.4mmとし、中間焼鈍、および、必要に応じて銅めっき処理して中間伸線とし、さらに仕上伸線し、スキンパスおよび潤滑油を塗布して、最終ワイヤ径φ1.2mmの表1〜3に示す成分組成を有するソリッドワイヤとして製造した。なお、K、Li、Na、Caは、冷間伸線の固形潤滑材として用いて必要に応じて残留させ、MoS2は、必要に応じて潤滑油に分散させて残留させた。また、Oは、焼鈍時の温度と時間、雰囲気ガスを調整して制御した。ワイヤの化学成分の残部はFeと表1〜3に記載以外の不可避的不純物である。
このようにして製造したNo.1〜101の各ソリッドワイヤについて、(1)耐溶落ち性、(2)耐アンダカット性、(3)溶接金属の硬度、(4)耐割れ性、(5)スパッタの発生量、(6)送給安定性、(7)スラグの被包率、(8)シャルピー吸収エネルギー、の各評価項目についての評価を行った。なお、(1)〜(8)の評価項目の評価方法は下記のとおりである。
図4は、重ねすみ肉溶接試験の説明およびアンダカットの深さの定義を説明するための図である。
図4に示すように、板厚2.0mm、引張強度520MPaの炭素鋼板をルートギャップ0.5mm、ラップ代4mmで重ね継手とし、水平姿勢、溶接速度80cm/minで重ね溶接を行った。その際のシールドガスの組成はAr80%+CO220%とし、極性は母材マイナスとし、ソリッドワイヤの突出し長さを15mmとした。電流を5A刻みで変化させ、溶落ちが生じない最大の電流値におけるソリッドワイヤの送給速度を限界送給速度(m/min)として、耐溶落ち性の評価に用いた。ここで、耐溶落ち性を電流値で評価しなかったのは、ソリッドワイヤの成分組成によって電流値と送給速度の関係が変化するためである。なお、電圧値は、変化させた電流値を変化させるごとに調整して、アークが最も安定であると判断された値(最適判断値)をとるようにした。このようにすれば、溶着量を一定とした場合、限界送給速度が大きいほど溶込みが浅くなるので、耐溶落ち性が優れることになる。
耐溶落ち性の評価は、限界送給速度が5.60m/min以上6.50m/min未満のものを良好(○)と評価し、さらに6.50m/min以上のものを優良(◎)と評価した。これに対し、限界送給速度が5.60m/min未満のものを良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)および優良(◎)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(1)の試験の結果を受けて、電流値を(限界送給速度の電流値−30A)に設定し、電圧を(最適判断値+2V)に設定して溶接したときのビードの断面マクロ写真(倍率10倍)を撮影し、かかる断面マクロ写真から溶接止端部のアンダカットの深さを測定した(なお、表4〜6には、「アンダカットの深さ(mm)」として示している。)。図4に示すように、上板側と下板側の両方を計測し、最大値を評価値とした。
耐アンダカット性の評価は、前記した最大値が0.30mmを超え0.50mm以下のものを良好(○)と評価し、さらに0.30mm以下のものを優良(◎)と評価した。これに対し、前記した最大値が0.50mmを超えたものを良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)および優良(◎)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(1)の試験の結果を受けて、電流値を(限界送給速度の電流値−10A)に設定して溶接した重ね継手の溶接金属の断面中央部のビッカース硬度(荷重1kgf(1N))を3点測定し、その平均値を溶接金属の強度(HV)とした。
溶接金属の硬度の評価は、母材と同等以上との一般的見解からビッカース硬度160HV以上のものを良好(○)と評価し、ビッカース硬度160HV未満のものを良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(1)の試験の結果を受けて、限界送給速度の電流値および限界送給速度にて溶接長100mmを10回溶接し、全てX線透過試験を行った。なお、表4〜6には、「割れ」として示している。
耐割れ性の評価は、X線透過試験の結果、割れが生じず全て健全だったものを「無」(良好(○))と評価し、割れの生じたものを「有」(良好でない(×))と評価した。なお、良好(○)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
なお、割れの生じたものを全て調査した結果、割れの発生形態は図5に示すように、ビード幅のほぼ中央部の縦割れであった。また、その破面を観察した結果、高温割れは凝固割れであることがわかった。なお、図5は、耐割れ性の評価における評価対象となる割れを説明するための図である。
ビードオンプレート溶接にて電流200A、アーク近傍の拡大投影にてアーク長さ2mmとなるように設定した電圧で溶接し、発生したスパッタを捕集箱で捕集してその重量を測定した。
スパッタの発生量の評価は、スパッタの発生量が1.30g/minを超え1.50g/min以下のものを良好(○)と評価し、1.30g/min以下のものを優良(◎)と評価した。これに対し、スパッタの発生量が1.50g/minを超えたものを良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)および優良(◎)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
ビードオンプレート溶接にてソリッドワイヤの送給速度6.00m/min、アーク長さ2mmとなる電圧で1時間溶接を行い、安定性を官能評価した。
送給安定性の評価は、送給速度に全く変動が生じなかったものを優良(◎)と評価し、若干、送給速度に変動が認められるものの、実用上問題ないものを良好(○)と評価した。これに対し、送給速度の変動が多く、アークが不安定となり、使用に耐えないと判断されるものを良好でない(×)と評価した。なお、優良(◎)および良好(○)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
溶接後に実施される電着塗装において、スラグが剥離することによって塗装が剥離してしまう危険性を評価するために、ビード上に生じたスラグの面積率を測定した。
スラグの被包率の評価は、ビードの表面積に対するスラグの合計面積の割合が4.0%以下である場合を優良(◎)と評価し、4.0%を超え5.0%以下である場合を良好(○)と評価した。これに対し、かかる割合が5.0%を超える場合を良好でない(×)と評価した。なお、優良(◎)および良好(○)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
溶接部の衝撃性能、つまり、溶接部の溶接金属が脆化しているか否かを便宜的に評価するために、JIS Z3312「軟鋼及び高張力鋼用マグ溶接ソリッドワイヤ」に準拠してシャルピー吸収エネルギーを測定した。試験温度は0℃とし、3本試験してその平均値を評価に供した。
シャルピー吸収エネルギーの評価は、70J以上を優良(◎)と評価し、27J以上70J未満を良好(○)と評価した。これに対し、シャルピー吸収エネルギーが27J未満のものは、脆化した金属と判断し、良好でない(×)と評価した。なお、良好(○)および優良(◎)であるものを合格とし、良好でない(×)ものを不合格とした。
(1)〜(8)の評価項目の評価結果を表4〜6に示す。
No.66は、Cの含有量が過剰であるため、脱酸過剰となって耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなく、スパッタ量も多かった。また、凝固割れも発生した。
No.68は、Siの含有量が過剰であるため、脱酸過剰となって耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなく、溶接金属の脆化が認められた。
No.71は、Mnの含有量が過剰であるため、脱酸過剰となって耐溶落ち性、耐アンダカット性が良好でなかった。また、スラグも多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。
No.74は、Pの含有量が過剰であり、(Cの含有量)+{(Pの含有量)×5}を算出した値(表1〜3において、「C+(P×5)から算出される値」と表示する。以下同じ。)が高いため、凝固割れが生じた。また、溶接金属の脆化が認められ、スパッタも多く発生した。
No.76は、Sの含有量が過剰であるため、凝固割れが生じた。また、溶滴の粘性と表面張力が過小となり、溶滴と溶融池が短絡しやすくなったため、スパッタが非常に多く発生した。さらに、溶接金属の脆化が認められた。また、耐溶落ち性は良好であるものの、溶融池の粘性と表面張力が過小であるため、重力の作用でビードが垂れやすくなり、上板側のアンダカットが発生しやすかった(耐アンダカット性が良好でなかった)。
No.78、79は、塗布した油の量(油付着量)が過剰である。そのため、アークが緊縮し、集中性が高まったことにより、耐溶落ち性と耐アンダカット性が劣化した。また、熱分解したCによって溶融池のCの濃度が上昇し、割れも発生した。
No.81は、Crの含有量が過剰であるため、溶融池の粘性と表面張力が過剰となって耐溶落ち性と耐アンダカット性が良好でなかった。また、スパッタが多く発生しただけでなく、スラグも多く発生し、スラグの被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。
No.83は、Alの含有量が過剰であるため、溶融池の粘性と表面張力が過剰となって耐溶落ち性と耐アンダカット性が良好でなかった。
No.90は、Bの含有量が過剰であるため、凝固割れが発生した。
No.92、93は、Oの含有量が過剰であるため、介在物が多くなり、割れが生じた。また、溶融池の粘性と表面張力が過小であったため、溶滴と溶融池が短絡しやすくなり、スパッタが非常に多く発生した。さらに、溶接金属の脆化が認められた。耐溶落ち性は良好であるものの、溶融池が重力によってビードが垂れやすくなり、上板側のアンダカットが発生しやすかった(耐アンダカット性が良好でなかった)。スラグが多く発生し、スラグ被包率が高くなった。つまり、塗装性に劣ることが示唆された。
No.94は、Moの含有量が過剰であるため、溶融池の粘性と表面張力が過剰となって耐溶落ち性と耐アンダカット性が良好でなかった。また、スパッタも多く発生した。
No.99は、油付着量が過剰であるために、アークが緊縮し、集中性が高まったことにより、耐溶落ち性と耐アンダカット性が良好でなかった。また、熱分解して生じたCによって溶融池のCの濃度が増加したため、割れも発生した。
No.101は、CやPのそれぞれの含有量は本発明の要件を満足したものの、(Cの含有量)+{(Pの含有量)×5}を算出した値が本発明の要件を超えたため、凝固割れが発生した。
2 チップ
3 ソリッドワイヤ
4 溶滴
5 アーク
6 溶融池
Claims (6)
- アーク溶接を行うために用いられるソリッドワイヤであって、
Cを0.005〜0.080質量%、
Siを0.30〜1.20質量%、
Mnを1.15〜1.65質量%、
Sを0.050〜0.200質量%、
Moを0.30質量%以下含有し、
Pを0.017質量%以下、
Oを0.0070質量%以下、
Nを0.0050質量%以下にそれぞれ抑制し、且つ、
(Cの含有量)+{(Pの含有量)×5}≦0.135質量%を満足し、
残部がFeおよび不純物からなり、
不純物としてのTiを0.15質量%以下、Zrを0.10質量%以下、Bを0.0050質量%以下、Cr、Ni、Nb、V、LaおよびCeをそれぞれ0.20質量%以下に規制するとともに、
当該ソリッドワイヤ表面の油付着量をワイヤ10kgあたり1.2g以下に規制したことを特徴とするソリッドワイヤ。 - Alを0.006〜0.040質量%含有することを特徴とする請求項1に記載のソリッドワイヤ。
- ワイヤ表面に、K、Li、NaおよびCaから選択される少なくとも1種以上を合計でワイヤ10kgあたり0.005〜0.300g付着させたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のソリッドワイヤ。
- ワイヤ表面に、MoS2をワイヤ10kgあたり0.01〜1.00g付着させたことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のソリッドワイヤ。
- ワイヤ表面に銅めっきが施されていることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のソリッドワイヤ。
- ワイヤ表面に銅めっきが施されていない銅めっき無しワイヤであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のソリッドワイヤ。
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