JP2007515553A - マルテンサイトのクロム−窒素鋼およびその使用 - Google Patents

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Abstract

重量%で以下を含む合金からなる、腐蝕に対して良好な耐性を有する鋼材料:
C : max 0.12
N : 0.5〜1.5
Cr : 12〜18
Mn : max 0.5
Ni : max 0.5
(Mo+W/2) : 1〜5
(V+Nb/2+Ti) : max 1.5
Si : 0.1〜0.5
Co : トレース量〜max 2.0
S : トレース量〜max 0.1
バランス : 鉄および本質的に通常量の不純物のみ。

Description

本発明は、良好な耐蝕とともに高い硬度を必要とするナイフや工具類に使用することを目的とした鋼材料に関する。本発明はまた特に焼き入れおよび焼き戻した状態で良好な耐摩耗性を有する鋼材料に関する。本発明はさらに、本鋼材をナイフや工具類、特に屠殺動物や冷凍魚を切断および切り刻む(切り分ける)ためのチョッピングナイフ(chopping knives)などの食品産業内での機械ナイフおよび手動ナイフ、挽肉および皮むき用の道具、切断機用のバイブレーターや円形ナイフ用に使用することにも関する。他の使用分野は薬剤産業内での機械ナイフおよびソフトな濡れたクレープ紙を切るためのナイフである。さらに他の考えられる使用はプラスチック用のプラスチック成型工具および射出スクリュー、食品および飲料用の紙ベースの積層包装物を切る工具である。別の考えられる使用分野はボールベアリング用の材料としてである。
食品産業内では使用する道具に対して耐蝕性と硬度に高い要求が置かれる。台所道具は塩化物含有水と接触するのでしばしばピット腐蝕に曝される。そのような道具に対しては耐摩耗性にも高い要求が置かれる。これらの性質を有する既知物質のなかでは窒化マルテンサイト鋼のグループを掲げることができ、その組成と性質はドイツ特許DE3901470C1に開示されている。本特許出願においては、これらの鋼をひとまとめにしてAと表示する。
もう1つの開連する商業上の鋼はWerkstoffe No.1.41の組成に相当し、Bと表示する。
欧州特許EP0810294から、良好な耐蝕性、高強度および良好な延性を有する多数の合金組成物がさらに知られている。これらの鋼をまとめてCと表示する。
良好な耐蝕性を有するさらに他の材料がEP1236809に開示されており、Dと表示する。
上述の材料の組成を次の表1に示す。
Figure 2007515553
上の4つの鋼が、良好な耐蝕性を有するが上述の少くともある使用分野内で十分な硬度と耐摩耗性に欠けるのが共通している。鋼No.1とNo.2は57〜59HRC範囲内の硬度に達する。
本発明の目的は、上述の使用分野のための最適な性質面を有する鋼材料(鋼材)を提供することである。したがって、この鋼材は第1に以下の基準の幾つかまたは全部を満たすべきである:
・材料がナイフ(刃物)や工具、特に食品工業内での機械ナイフや手で扱うナイフ(手動ナイフ)に使用されるとともに、プラスチック用のプラスチック成型工具および射出スクリュー、ならびに食品および飲料用の紙ベース包装積層物を切削する工具に使用されるので、すぐれた耐蝕性、特にピット(pit)腐蝕に対する良好な耐性。他の考えられる使用分野はボールベアリング用である。
・高い機械的応力で変形しないため焼き入れした状態での高い硬度。焼き入れおよび焼き戻した状態で58〜65HRC、好ましくは60〜64HRC、最も好ましくは約62〜63HRCの硬度。
・柔軟性や刃先の鋭利性に高い要求が置かれるナイフや他の使用用の鋼として適するための高い靭性(強度)。
・前記使用分野のための十分な耐摩耗性、たとえば AISI 440C、AISI 618、19C27、13C26、12C27、W1.4034タイプまたは類似物の鋼の1つと比較できる耐摩耗性。
・ソフト焼きなまし状態で230〜240 HBの硬度。
他の望ましいパラメータ:
・良好な加工性
・良好な寸法安定性
・高い耐疲労性
・良好な延性/靭性
・良好な圧縮強度
・鋼を各種さまざまな使用分野に役立たせる汎用性。
本発明は上記望ましい特性を達成するため、添付の特許請求の範囲に挙げられている事項を特徴とする。
個々の合金物質を考慮して次のことを適用する。
炭素は、粒界内で炭化クロムの沈澱(晶出)を避けるため比較的少量で鋼中に存在してもよい。粒界カーバイド(炭化物)はいわゆる粒間腐蝕と呼ばれる結晶粒界腐蝕のリスクを増加させることが知られている。したがってこの面から炭素含量をできるだけ少く保つことが望ましい。この面から、炭素は原則として鋼中に全く望ましくないが、約0.12%までの炭素含量は粒間腐蝕に耐える材料の性能を大して劣化させることなく許容することができる。
しかしながら、炭素は材料の硬度に実際的に貢献しており、このことは鋼が好適には少量の炭素を含むことが許容されることを示す。最も好ましい範囲の炭素含量は鋼の特定の用途、第1にナイフや工具、特に食品産業内での機械ナイフおよび手動ナイフによって異なり、そして上記特定の使用は、本発明の1つにしたがって、今度は最も適する窒素含量の選択に大きな意義を受けもつべきである。それ故、最も好ましい範囲の炭素含量を考慮に入れて、鋼の窒素含量に関連する次の検討が参照される。
数ある中から特に良好な耐蝕性を得るため、比較的大量の窒素が鋼に加えられている。窒素はオーステナイト中でクロムの均一分布に寄与し、また非常に小さい、均一に分布したM2N窒化物の2次粒子の析出のため、粒界析出を効果的に防止することによって良好な耐蝕性に寄与する。上記式中Mは主としてクロムを表わすが、モリブデンも表わす。
窒素はまた、炭素含量が少いにも拘らず材料の十分な硬度達成に寄与する。窒素の硬度−増加効果は恐らく上述のM2Nカーバイドの析出に依存するものと思われる。クロムおよびモリブデンに加えて鉄、ニオブおよびバナジウムなどの金属が小さな窒化物粒子を形成する。さらに、窒素、炭素、クロム、およびモリブデンなどの元素が溶液焼き入れによってマルテンサイトの硬度に寄与する。したがってかつ好ましくは、鋼は0.80〜0.95%の窒素を含む。公称窒素含量は約0.9%である。
本発明に関する限り好適な炭素と窒素との関係は実験室テストで窒素/炭素比が約9:1と示されている。鋼中の炭素の合計量、すなわち鋼のマトリックス中に溶解している炭素プラスカーバイド中に結合している炭素、は0.12%を超えてはならず、好ましくは最大で0.11%、好適には0.02〜0.10%の範囲にある。鋼の平均組成が約0.08%の炭素を含むのが好適である。したがって好適な窒素含量は約0.9%であるが、開発目的のために製造した実験室装入物中では炭素と窒素の含量の両方とも変化させた。そして下記のテストから窒素含量が0.5〜1.5の範囲、好適には0.7〜1.2、好ましくは0.8〜1.0%の範囲で所望の性質を達成できることが明らかである。このことから鋼中の窒素と炭素との関係は4:1〜75:1、好適には6:1〜50:1、好ましくは約9:1の範囲にあってよいことが導かれる。
シリコンは鋼の製造からの残留物として含まれ、少くとも0.1%の量で存在する。シリコンは鋼中で炭素の活性を増加させ、したがって脆性の問題を起すことなく鋼の十分な硬度に寄与することができる。しかしながら、シリコンは強力なフェライト形成材であり、焼き入れ温度の範囲を低下させるので、0.5%超の含量で存在してはならない。公称シリコン含量は約0.2%である。
マンガンも鋼の製造からの残留物として存在し、鋼中に少量で存在できる硫黄の量を硫化マンガンを生成することによって固定する。マンガンはまた焼き入れ性を助長する。これは有利なことである。しかしながら、マンガンはオーステナイト形成材として本発明の鋼には望ましくない。このことはマンガン含量が最も望ましくは0.5%未満、好ましくは0.4%未満、好適には0.3%未満でなければならないことを意味する。公称マンガン含量は約0.3%である。
クロムは重要な窒化物形成材であり、窒素と一緒になって窒化クロム(Cr2N)を形成する。これらのものは鋼に耐蝕性の向上と、そのステンレス性質を考えると異常に高い硬度を有するマルテンサイトを与える。窒化クロムはまた材料の望ましい耐摩耗性にも寄与する。クロムはまた、溶液焼き入れによって、マルテンサイトの硬度の増加および腐蝕速度の減少に寄与することもできる。それ故、クロムは鋼に所望の耐蝕性を与えるため、少くとも12%、好ましくは少くとも12.5%、好適には少くとも13%の含量で存在させなければならない。しかしながら、クロムは強力なフェライト形成材であり、1050〜1150℃から焼き入れ後にフェライトを避けるため、クロム含量は18%以下でなければならず、好ましくは17%以下、好適には16%以下でなければならない。公称クロム含量は約14.5%である。
ニッケルはオーステナイト安定化化合物であるので、本発明鋼には望まれない。しかしながら、ニッケルは不可避汚染物として許容することができ、そのため約0.5%程度とすることができる。好ましくは、ニッケル含量は0.4%未満である。公称ニッケル含量は約0.3%である。
コバルトはオプション化合物であり、そのため残留オーステナイトのマルテンサイトへの転化を促進することによって硬度をさらに高めるためと、溶液焼き入れによってある程度貢献するため、最大2%の含量で随意に含むことができる。しかしながら、通常、鋼の所望の性質に達するためにコバルトを追加することは必要でない。それ故、コバルトは鋼の製造に含まれる原材料から出る0.5%含量までの汚染物として鋼中に存在することは許容できる。
モリブデンは鋼に所望の耐蝕性、特にピット腐蝕に対する良好な耐蝕性および良好な焼き入れ性を与えるため、鋼中に存在させる必要がある。モリブデンはまた大切な窒化物形成材である。窒化物形成材であると云う性質中で、モリブデンはしかし原則的には2倍量のタングステンによって置換することができる。したがって、鋼中の(Mo+W/2)合計量は1%以上、好ましくは2%以上、好適には2.5%以上でなければならない。しかしながら、モリブデンとタングステンは強力なフェライト形成材であり、これは鋼が最大で(Mo+W/2)の5%超、好ましくは最大で4%、好適には最大で3.5%超含んではならないことを意味する。(Mo+W/2)の公称含量は3.0%である。
しかしながら、タングステンはモリブデンと同じ耐蝕性および焼き入れ性の改良を与えない。さらに、原子量の関係のためモリブデンを代替するには2倍量のタングステンが必要である。タングステンの別の不利な点は、スクラップの処理、すなわち、鋼の製造の際に生ずる残留生成物(スクラップ)の利用と最終製品への加工がより困難となることである。それ故、本発明の望ましい実施態様では、鋼は意図的に加えたタングステンを含んではならないが、鋼の製造中に含まれる原材料からの残留元素の形の不可避的な汚染物としては許容できる。
バナジウムは窒素ならびにすべての存在する炭素と一緒になって焼き入れおよび焼き戻した状態の鋼のマルテンサイトマトリックス中にM(N,C)−ニトリド、−カーバイドおよび/または−カルボニトリド(carbonitrides)を生成させるため鋼中に含まれるべきである。ニオビウムはM(N,C)−ニトリド、−カーバイドおよび/または−カルボニトリドを生成する傾向が強い元素であり、1次析出粒子およびより小さな2次析出粒子として存在する。ニオブを含む一次析出M(N,C)−ニトリド、−カーバイドおよび/または−カルボニトリドは、ニオブを含まない約1μmのサイズを有するM(N,C)−ニトリド、−カーバイドおよび/または−カルボニトリドより相当に小さいサイズ、<0.5μmのものである。ニオブ化合物は材料の粒子サイズが大きくならぬよう抑えるのに寄与することができ、概して等しい靭性でより良好な硬度の材料を提供する。ニオブはバナジウムと一緒に耐摩耗性の向上に寄与する。その理由は鋼が好ましくはこれら2種類の合金材料の両者を含む必要がある。チタンもM(N,C)−ニトリド、−カーバイドおよび/または−カルボニトリドを形成することができ、1次および2次粒子の析出によって材料の硬度に寄与する。望ましい実施態様において、鋼はしかしながら何ら意図的に加えた量のチタンを含まない。鋼中の(V+Nb/2+Ti)合計量は最大で1.5%、好ましくは0.35〜1.0%、好適には約0.6%の含量でなければならず、そのうちNbは最大で1.0%、好ましくは0.3〜0.7%、好適には約0.5%であり、Vは最大で0.5%、好ましくは0.05〜0.3%、好適には約0.1%である。(V+Nb/2)の公称含量は約0.6%である。
上述の合金材料のほかに、鋼はさらなる合金元素を意味ある量で含む必要なく、また含んではならない。材料のあるものは鋼の性質に望ましくない影響を与えるのではっきりと望ましくない。これは例えば、鋼の靭性に負の影響を与えないよう、好ましくは最大で0.05%、最も好ましくは最大で0.03%の可能な限り低含量に保つ必要のあるに当てはまる。硫黄もとりわけ耐蝕性を弱める望ましくない元素である。主として靭性に対するその負の影響は、本質的に無害な硫化マンガンを形成するマンガンの助けによってかなり中和(無効に)することができる。しかしながら、好ましくは鋼は通常最大で0.1%以下のSを含む。
本発明鋼の望ましい公称組成は下の表2に示されている。この鋼は上述にしたがって主としてナイフおよび工具類、特に食品産業内での機械ナイフおよび手動ナイフに使用することを目的としている。他の考えられる用途はプラスチック成型工具およびプラスチック用射出スクリュー、食品ならびに飲料用紙ベースの積層包装物切断用工具である。その他の考えられる使用分野はボールベアリング用材料としてである。
Figure 2007515553
鋼材料の製造は、好ましくは、Electro Slag Heating(電気スラグ加熱)を表わし、そしてスラグ包含の非常に少ない極めて均質な鋼の粉末を与えるESH精錬を含む、公知のASP法(the ASEA−STORA process)にしたがって窒素でのガス噴霧による鋼粉末の粉末冶金による製造を含む。本発明はしかしながら、スプレー形成などの他の密接に関連した製造法による本発明鋼の製造も含む。
粉末冶金法で製造した鋼粉末は最大500μmの粒子サイズに篩分され、これのある一定量は、550〜600℃の温度でアンモニアガスと窒素ガスの混合物からなる雰囲気で1−5%などの十分な窒素含量にまで窒化される。この高窒素含量を有する鋼粉末は次いで特別で正確な方法によって、窒素含量が少ない残りの窒化されなかった鋼粉末と混合され、それから空気を除いたカプセル中に充填される。このカプセルに不活性窒素ガスを充填し、気密熔接によってシールする。その後、カプセルを熱間均衡圧縮(hot isostatic pressing:HIP)によって固めた後、均質な鋼インゴットを形成させる。別の方法では篩分した鋼粉末の全量が十分な窒素含量まで窒化される。この場合混合処理が省略できる。その後、この材料をバーまたはストリップに熱間加工し、次いで本発明の鋼が220〜250HB(ブリネル硬度数)、好ましくは230〜240HBの硬度になるようにソフト焼きなましされる。
本鋼は熱間および冷間加工した鋼ストリップとして出荷される。所望の形、特に食品産業や薬剤産業内で使用するための機械ナイフや手動ナイフの形、またはプラスチック用のプラスチック成型工具やプラスチック用射出スクリュー、食品や飲料用の紙ベース積層物を切るための工具、およびボールベアリング用の形に機械加工後、この作製物は1000〜1200℃、好ましくは1050〜1150℃の温度、最も好ましくは1100〜1150℃の温度でオーステナイト化することによって熱処理される。オーステナイト化温度での好適な保持時間は10〜30分である。残留オーステナイトを除くため、鋼は上述のオーステナイト化温度から深冷によって−80℃〜−200℃に冷却される。所望の2次焼き入れ(硬化)を達成するため、この作製物は400〜600℃、好ましくは460〜520℃の温度で2回以上焼き戻しされる。そのようなそれぞれの焼き戻し処理後、製品は好適には約室温まで冷却される。焼き戻し温度での保持時間は1〜10時間、好適には約1時間とすることができる。
本発明の他の特徴は添付の特許請求の範囲および以下の実施テストの説明から明らかである。実施したテストの説明では添付の図面を参照する。
実験室分量で多数の鋼合金を製造し、続いてこれらから熱間均衡圧縮した(HIP:ed)鋼カプセル(φ30×100mm)を上述の製造方法にしたがって製造した。それぞれのカプセルを小部分に分割して含有元素について分析した。表3にこれらの実験室装入物の組成を示す。可能な最良の組成を見出すため、硬度、耐蝕性および高温延性について各種材料をさらに試験した。
ナイフ用を目的としたストリップ材を製造後、この鋼の耐摩耗性がナイフテストとして試験される。このストリップ材は、実験室装入物からの鋼とは対照的に、スラグ含量が無視できる量の材料を生じさせる、フルスケール装入物からの鋼で好適に製造される。低スラグ含量によって、鋼の強度のナイフテストと機械テストの両方からまさしく得られる、可能な最良の状態が提供される。鋼の化学組成に関する実験室装入物のテストを起程点として、化学相の鋼組成、なかんずく硬い窒化物相、M(N,C)およびCr2Nの熱力学的計算;窒化物相の硬い粗粒子部分の顕微鏡試験、すなわちサイズと数;および鋼の高い硬度などによって、本材料が耐摩耗性に対する要求を最大に果すであろうことが断言できる。
Figure 2007515553
製造した実験室装入物では、炭素含量はいつも約0.08重量%レベルに保たれ、2つのケースでは0.11重量%に保たれた。窒素含量は0.4〜0.94重量%の間に変えられている。これらの装入物では合金材料のモリブデン、バナジウム、ニオビウムおよびシリコンの量が変えられている。1つのケースではコバルトが加えられた。組成中のこれらの比較的小さな変化からの最も重要な結果は鋼の機械的性質、特に硬度に関する変化に限定されていることである。
微細構造
焼き入れおよび焼き戻しした鋼は窒素マルテンサイトのマトリックス中で本質的に2種の異なる硬い相からなる微細構造を有する。図2を参照して、表3の鋼番号10−1に相当する公称組成を有する、本発明鋼の微細構造を説明する。本発明による鋼は、1100℃でオーステナイト化、−196℃で深冷、および460℃で3×1時間焼き戻しを含む熱処理にかけられている。微細構造は非常に細かく、2相を対比してその相違が小さい。このことは明確に描写することが通常のASP鋼よりも困難であることを意味する。
マトリックス相
焼き入れ温度にもよるが、鋼の94〜97%はいわゆる窒素マルテンサイトであり、このものは炭素が大部分窒素によって置換されているマルテンサイトである。化学的な中味は、鉄以外は、本質的にクロム、モリブデンおよび窒素であり、含量の少ない窒素、ニオブ、およびバナジウムは例外として合金の平均組成に似ている。すべてのこれら材料は多かれ少なかれマトリックス相の硬度に影響を与える。
この窒素マルテンサイトはステンレスの性質を持つには異常に硬い。ビッカース(Vickers)硬度はHV600〜700と測定されており、これは非常に小さな2次粒子の析出−/2次焼き入れによって達せられる。多分、これらの小さい粒子は高速度鋼と同様なサイズを有し、したがってそのサイズは5〜20nmである。さらに、材料窒素、炭素、クロムおよびモリブデンの溶液焼入れが窒素マルテンサイトの硬度に寄与することができる。
窒素マルテンサイトは3〜6重量%の1次析出した硬い相の粒子も含む。これらの硬い相の1次粒子は2次粒子より非常に大きく、100〜500nmである。
窒素マルテンサイトはまた5〜20%の残留オーステナイトを含む。この残留オーステナイトはソフトであるため、この相の部分は少なくなければならない。繰返し焼き戻しおよび/またはたとえば液体窒素中の低温での深冷によって残留オーステナイトの部分を減らすべく試みられている。しかしながら、本発明鋼にとって2回の焼き戻し処理後で十分な硬度、>62HRC、を達成できること、および追加の焼き戻し処理は極く僅かしか硬度に影響を及ぼさないことがテストによりわかった。
硬い相
図2に測定したビッカース硬度がHV2000〜3000を有する最も硬い相である、M(N,C)の非常に小さくて明るい粒子が現われている。この粒子は通常0.5μm未満のサイズを有する。この硬い相は本質的にクロム、ニオブ、若干のバナジウムとモリブデン、およびさらに多量の窒素を含む。炭素含量は殆ど無視できる。この硬い相中の合金物質の割合は次のように記載できる:
(Cr 0.66, Nb 0.27, V 0.07, Mo〜0)(N 0.98 C 0.02)
ニオビウムはバナジウム同様大きな1次粒子および小さな2次粒子としてM(N,C)粒子中に含まれる(析出硬化中)。焼き入れ温度でより溶解し難く、バナジウムに相当する化合物であるニオブ化合物は、オーステナイト相中で粒子の成長を防止する利点も有する。
Cr 2 もマトリックス相よりも硬いが(HV 1200〜1600)、M(N,C)程硬くはない。図2において、Cr2Nは通常0.2〜1.0μmのサイズを有する暗灰色の粒子として見える。Cr2Nは本質的にクロムを含み、次の割合にしたがって低下する量の鉄とバナジウムを含む:
(Cr 0.79, Mo 0.07, Fe 0.09, V 0.05)2(N 0.98 C 0.02)
炭素含量が概して無視できると仮定すると、この相は簡単にCr2Nと表わされる。
図2において、M(N,C)−粒子は明るい灰色であり、これらは材料中に1.5〜2.0%の量で存在する。Cr2N−粒子は暗灰色であり、これらは1100〜1150℃範囲内のオーステナイト化温度に応じて4〜1.5%の量で存在する。したがって、図においてCr2Nの含量(4%)はオーステナイト化温度が低いためM(N,C)の含量よりも多い。
上述にしたがって、オーステナイト化温度によって影響を受けるのは特にCr2Nの量である。焼き戻しはマトリックス相の硬度のみならず耐蝕性にも影響を与え、その結果焼き戻し温度が高いと高い硬度が得られるが耐蝕性が損われる。実施したテストの結果に基いて、所望の性質を得るため焼き戻し温度は450〜500℃に限定されている。本発明の鋼は、1100℃でのオーステナイト化、−196℃での深冷、および460℃で3×1時間の焼き戻しを含む熱処理にかけられる。
硬度
焼き入れおよび焼き戻した状態で、本発明にしたがう鋼の硬度は58〜65HRC、好ましくは60〜64HRCでなければならず、最も好ましくは硬度は62〜63HRCの範囲にあるべきである。達成される硬度は、材料が深冷にかけられるかどうかにかかわらず焼き入れ温度の選択、さらには焼き戻し温度の選択に依る。深冷は残留オーステナイトの存在を本質的に排除して所望の硬度を与える。深冷が除外される場合は、深冷を適用した場合よりも硬度は1〜1.5HRC−単位低くなるであろう。
さらに、材料の硬度は、上に述べたように、含まれる合金物質の含量に左右される。第1に窒素は、窒素マルテンサイトおよび硬い相の粒子の形成によって、材料の硬度に大きな影響を有することがわかっている。表3にしたがう組成を有する多数の製造した実験室装入物をロックウェル硬度(HRC)に関してテストし、その結果を図1のグラフに示す。窒素含量が高ければ高い程、材料の高い硬度に貢献することが明らかである。
耐蝕性
耐蝕性は鋼のマトリックス中に溶解する合金物質の窒素、クロム、およびモリブデンの量に左右されるが、炭素の含量の増加によって反対方向に影響される。耐蝕性、特に最も過酷なタイプの腐蝕であるピット(pit)腐蝕に対して防護する程度を表わす1つの方法は、いわゆるPRENナンバーによるものであり、次の計算によって得られる: Cr+3.3Mo+16N(重量%)。表4は若干の商業用鋼(A,B,E)と本発明鋼との比較を示し、表中に材料の硬度とPRENナンバーが示されている。
Figure 2007515553
多数の製造した実験室装入物を、それらの腐蝕性を測定するため異なる2つの方法にしたがって試験した。テスト方法の1つは材料のピット腐蝕に対する耐性を決定することが目的であり、規準 EN ISO 8442.2 に定義されている。これらのテストはスウェーデン腐蝕協会(Swedish Corrosion Institute)で実施されている。第2のテスト方法は粒間腐蝕(intercrystallineまたはintergranular corrosionとも呼ばれる)に対する材料の耐性を決定することを目的としており、EPR(Electrochemical Potentiokinetic Reactivation)で表わされる。これらテストはAubert & Duvalで実施されている。これに関連して1つの重要な点は、発明鋼を400〜560℃の間の温度で焼き戻しすることが意図されていることである。これは、焼き戻し温度までの広い温度範囲内で鋼の機械的性質、すなわち高い硬度と寸法安定性に大きな有利点を与える。同時に、高温焼き戻しは鋼の耐蝕性により大きな影響を及ぼす。それ故、大抵の競争力ある材料は腐蝕テストに耐えるために低温焼き戻しされる。
EN ISO 8442.2
本発明の一態様にしたがい、材料がテスト方法 EN ISO 8442−2 の必要事項を満たす耐蝕性を有することが要望される。このテスト方法は、食品と接触する材料、特に塩化物含有水と接触してピット腐蝕を受ける危険にさらされる切削工具や台所用道具類をテストすることを目的としている。製造した実験室装入物の7個が、窒素含量を変えた2〜4個の異なる変体に作製された。テストは、テストの前に次の熱処理を受けさせた:1100℃でのオーステナイト化、液体窒素中−196℃での深冷、460℃での3×1時間の焼き戻し。この腐蝕テストでは、10−1、10−2および10−3で表示される一連の合金は他の材料よりは高温(500℃)で3×1時間焼き戻しされた。
承認されるためには、材料の斑点(spot)が直径0.4〜0.75mmの斑点3個以下、および直径0.75mmより大きな斑点が1個/20cm2以下であることが必要とされる。全部の材料がダブルサンプルの形でテストに合格したが、窒素含量が低い若干のサンプルは、大量のスラグを含む領域で腐蝕のため僅かな変色をみせた。市販のマルテンサイトステンレス鋼(ここではFと表示する)について比較テストを行った。材料の組成を表5に示す。この材料の2つのサンプルをテストした。両サンプルを1050℃でオーステナイト化したが、そのうちの1つは高温で焼き戻し(FHT)、もう1つの方は低温で焼き戻した(FLT)。どのサンプルもテストに合格しなかった。下記の表6にテストした材料の選択に対する結果を示す。
Figure 2007515553
Figure 2007515553
電気化学的試験(Electrochemical Potentiokinetic Reactivation)(EPR)
粒間腐蝕に対する実験室装入物の耐性をEPRと呼ばれる電気化学的テスト方法によって試験した。EPR法の助けによってマトリックスおよび粒界中の材料の耐蝕性が決定できる。粒間腐蝕は材料の硬度にとって非常にきびしく、焼き入れした材料の焼き戻し中に粒界で炭化クロムの析出のため発生する。これが粒界周辺隣接部の材料中クロムの減少を招き、それによって材料が腐蝕の攻撃に敏感になる。
この試験の結果が図3aおよび3bに示されており、別の高温焼き戻し材料(HT)および低温(LT)参考材料と比較して、とりわけ次のことを示している:
・開始された粒間腐蝕メカニズムがないこと。
・空気酸素の存在で1%硫酸中へのマトリックスの溶解が非常に少ないこと。
図において、試験中の測定電流密度が材料の硬度に関連し示されている。低電流密度は耐蝕性の高いことに相当し、本発明の材料がテストした材料のうちで最良の結果であった。
さらに、この試験は最も驚いたことに不動態化が繰返し電位サイクルで強化されることを示した。これは図において最初の電流ピークよりも低い値の2度目の電流ピークとして見られる。図3a(陽極分極化)において、同様な結果がAと表示される参考材料に対して達成されるが、図3b(陰極分極化)においてこの材料も2度目の電流ピークで減少した耐蝕性を示す。これは参考材料が0.4重量%の窒素を有し、それにより本発明にしたがう材料2−1および10−1と同じ方法で反応すると期待できそうなので特に興味が深い。さらに、材料Aは本発明の2つの材料よりも一層悪い硬度を有する。
したがって、この試験は、本発明のステンレスナイフ鋼が他の試験した高温および低温焼き戻し参考鋼と比較して硬度と耐蝕性の最良組合わせであることを示している。
Figure 2007515553
不動態化が強化されたのか減少したのかを検討するため、2つのサイクルに対して分極化を測定した。2度目の値が最も低い場合は、不動態化が強化されたことになる。
高温延性
900〜1210℃の温度範囲内の材料10−1の高温延性を図4に示す。テスト寸法φ15×85mm、伸び速度6.6/秒、T1120°への増加温度およびT1120℃への減少温度。
6個のサンプル合金について、材料中の窒素含量の硬度に対する影響に関するグラフである。 拡大率2000倍での本発明鋼の微細構造を示す図である。 陽極分極化によるEPRテストでの結果に関するグラフである。 陰極分極化によるEPRテストでの結果に関するグラフである。 本発明材料の高温延性に関するグラフである。

Claims (21)

  1. 重量%で以下を含む合金からなることを特徴とする、腐蝕に対して良好な耐性を有する鋼材料。
    C : 最大0.12%
    N : 0.5〜1.5%
    Cr : 12〜18%
    Mn : 最大0.5%
    Ni : 最大0.5%
    (Mo+W/2) : 1〜5%
    (V+Nb/2+Ti) : 最大1.5%
    Si : 0.1〜0.5%
    Co : トレース量〜最大2.0%
    S : トレース量〜最大0.1%
    バランス : 鉄および本質的に通常量の不純物のみ
  2. 焼き入れおよび焼き戻し後、58〜65HRCの硬度および焼き戻した窒素マルテンサイトで本質的に構成されるマトリックス中に容積%で3〜6%の2つの硬い相M(N,C)とCr2Nを含む微細構造を有し、その窒素マルテンサイトが5〜20%残留オーステナイトを含むことを特徴とする、請求項1記載の鋼材料。
  3. Cを最大0.11%、好ましくは0.02〜0.10%含む、請求項1または2記載の鋼材料。
  4. Nを0.7〜1.2%、好ましくは0.8〜1.0%含む、請求項1ないし3のいずれか1項記載の鋼材料。
  5. Crを12.5〜17%、好ましくは13〜16%含む、請求項1ないし4のいずれか1項記載の鋼材料。
  6. Mnを最大0.4%、好ましくは最大0.3%含む、請求項1ないし5のいずれか1項記載の鋼材料。
  7. Niを最大0.4%、好ましくは最大0.3%含む、請求項1ないし6のいずれか1項記載の鋼材料。
  8. (Mo+W/2)を2〜4%、好ましくは2.5〜3.5%含む、請求項1ないし7のいずれか1項記載の鋼材料。
  9. Vを0.05〜0.3%、好ましくは0.1%含む、請求項1ないし8のいずれか1項記載の鋼材料。
  10. Nbを0.3〜0.7%、好ましくは0.5%含む、請求項1ないし9のいずれか1項記載の鋼材料。
  11. 1000〜1200℃、好ましくは1050〜1150℃、最も好ましくは1100〜1150℃でオーステナイト化することによって焼き入れされ、−80〜−200℃で深冷され、その後400〜560℃、好ましくは430〜500℃、最も好ましくは460〜500℃で焼き戻されている、請求項2ないし10のいずれか1項記載の鋼材料。
  12. 60〜64HRC、最も好ましくは約62〜63HRCの硬度を有する、請求項11記載の鋼材料。
  13. 硬い相M(N,C)中のMが次の組成: Cr:0.66,Nb:0.27,0.07V+Mo(但しVの含量が支配的)にしたがって本質的にクロム、ニオブ、バナジウムおよびモリブデンを含み、かつ、(N,C)が本質的に窒素を含むが次組成: N:0.98,C:0.02にしたがって一定量の炭素も含む、請求項1ないし12のいずれか1項記載の鋼材料。
  14. 硬い相Cr2N中のCrが次の組成: Cr:0.79,Mo:0.07,Fe:0.09およびV:0.05にしたがって本質的にクロム、モリブデン、鉄およびバナジウムを含み、かつ、(N,C)が次の組成: N:0.98,C:0.02にしたがって一定量の炭素も含む、請求項1ないし13のいずれか1項記載の鋼材料。
  15. 鋼材料がソフト焼きなましされること、およびソフト焼きなましされた状態で220〜250HB(ブリネル硬度)、好ましくは230〜240HBの硬度を有する、請求項1または請求項3ないし10のいずれか1項記載の鋼材料。
  16. 鋼材が粉末冶金法で製造された材料である、請求項1ないし15のいずれか1項記載の鋼材料。
  17. 請求項15記載の鋼材料をナイフおよび工具の製造に使用すること。
  18. 請求項15記載の鋼材料を食品工業用の機械ナイフおよび手動ナイフの製造に使用すること。
  19. 請求項15記載の鋼材料をプラスチック成型工具およびプラスチック用射出スクリューの製造に使用すること。
  20. 請求項15記載の鋼材料を食品および飲料用の紙ベース積層物を切断する工具の製造に使用すること。
  21. 請求項15記載の鋼材料をボールベアリングの製造用に使用すること。
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