JP3686912B2 - 植物組織への酵素急速導入法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は,植物食品素材の内部に酵素を急速に導入し,植物食品素材の形状,食味を改善するための植物組織への酵素急速導入法に係り,より詳しくは,植物食品素材を−5℃以下で凍結後解凍し,吸引圧力10mmHg〜60mmHgで減圧を負荷することにより,拡散や吸着などの作用に加え,内部空隙に存在する気体と酵素を急速に置換可能な植物組織への酵素急速導入法に関する。ここで,解凍後,酵素が導入される時間は5分間〜60分間と短い。
【0002】
【従来の技術】
植物食品素材には,ニンジン,タマネギなどの野菜類,サツマイモ,ジャガイモなどのイモ類,米,小麦などの穀類,大豆,小豆などの豆類,カンキツ,リンゴなどの果実類が用いられる。これらの植物素材に酵素を内部に導入するには,導入しようとする物質を含んだ溶液に浸漬しなければならなかった。その場合,物質の拡散を促進するため植物素材を切断し,表面積を増大させるか酵素濃度を高めて浸透圧を増大させる必要があった。これらの方法では,いずれも長時間の操作を行う必要がある。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
従来の植物食品素材に酵素を内部に導入する方法には拡散や吸着といった作用を利用している。これらの作用は緩慢で,加熱などのゆるやかな条件で内部に浸透させるには長時間を要する。また,酵素は熱によって不活性化するため加熱できない。
【0004】
本発明は,凍結作用で植物食品素材内部に氷結晶を生成させ,組織を軟化させ,内部空隙に存在する気体と外部溶液中の酵素とを置換させやすくする。その後,減圧下に放置することによって,5分間〜60分間以内に急速に内部気体と酵素とを置換させる。この場合,植物食品素材を切断する必要はかならずしもない。また,解凍に必要な加温だけで,加熱する必要はなく,ゆるやかな条件で酵素を導入できる。また,導入する酵素は低濃度から高濃度の範囲まで利用範囲は広い。
【0005】
【課題を解決するための手段】
上記の課題を解決するために本発明は,生あるいは加熱した植物食品素材を凍結した後,解凍し,酵素液に浸漬して減圧下に放置することを特徴とするものであり,次の点を実験的事実により明らかにした。
【0006】
植物食品素材の凍結,解凍方法および植物組織内部の気体と導入する酵素との置換を促進するための吸引圧力,吸引時間,回数,酵素濃度,凍結温度を実験で明らかにした。
【0007】
その結果,凍結温度は,植物食品素材内部に氷結晶が生成する凍結温度で,−5℃以下であれば,急速,緩慢凍結を問わない。ただし,凍結時間を考慮すれば実用的な面から−15℃が適当であった。
【0008】
解凍法は,効率的な面から酵素を懸濁または溶解させた溶液中で室温〜50℃に加温しながら20分間程度解凍させる。
【0009】
吸引圧力は,50mmHg以下で十分なことを明らかにした。
【0010】
対象植物は,穀類,イモ類,まめ類,果菜類など食品製造に用いられるすべての食品製造素材に適用可能であった。
【0011】
また,濃度は高い方が導入率は高いことを実験結果から明らかにした。
【0012】
このように,酵素を中心部まで急速に導入できる事実から凍結減圧導入法を獲得するに至った。
【0013】
【発明の実施の形態】
以下,本発明の実施の形態を実験的事実に基づき添付図面を参照して以下説明する。
【0014】
後述のとおり,生あるいはブランチング処理したニンジン,ジャガイモ,紅サツマイモを用いて,凍結減圧導入する実験をおこなったものである。
【0015】
実験装置の説明
図1に実験装置1の模式図を示す。実験装置1は外径が200mmのドーム状の密封容器2を備えている。この密封容器2内には容量200mmの容器3があり,容器3に酵素や糖類などを溶解または懸濁させた水溶液が満たされてある。容器3は,予め40℃加温して解凍させた植物食品素材が入れてある。密封容器2には,減圧ポンプ4が接続されており,圧力計で吸引圧力を監視できる。また,圧力計と密封容器2の間には真空コック5があり,所定の吸引圧力に達したら直ちに閉じることができるようになっている。
【0016】
以下の実施例1〜5は,それぞれ前示の実験装置1を使用して行ったものであり,その実験操作とともに説明する。なお,本発明の保護範囲はこれらの実施例のみによって限定されるものではない。
【0017】
(実施例1)
第1の実験では,ペクチン分解酵素導入に及ぼす凍結および減圧処理の効果について検討するため,ブランチング処理したニンジンを用いて,−15℃で凍結した試料と未凍結の試料について減圧処理の有無による,硬さ,凝集性の違いを調べた。
【0018】
操作は,ニンジンを−15℃で凍結後,40℃に加温した酵素液(ペクチンリアーゼ1%)に30分間浸漬し,解凍した後,真空ポンプ4で5分間減圧(40mmHg)して行った。得られた試料は,テンシプレッサー(タケトモ製)で硬さと凝集性を測定した。
【0019】
未凍結で30分間酵素浸漬した試料の硬さは,7.3Nと高く,60分放置後でも3.6Nを示した。また,凍結した試料では,硬さは,酵素浸漬直後で1.6N,60分放置後で0.6Nを示し,凍結処理がニンジンの軟化に大きく影響していることがわかった。凍結後,酵素浸漬した場合,ペクチンリアーゼの作用により組織の軟化が急速に進行したが,試料の中心部では組織は維持されており,完全な組織崩壊までには至らなかった。
【0020】
凍結と減圧処理を併用した場合,硬さはニンジン1.1Nを示し,放置中も組織崩壊がさらに進行し,60分間の放置後には,硬さは 0.13Nまで軟化し,組織は完全に崩壊した。これらの結果から,植物体組織へ酵素を急速に導入するには,凍結処理と減圧処理の併用が極めて有効であることがわかった。
【0021】
それは,酵素浸漬した試料と凍結減圧導入した試料の凝集性が大きく異なることから,証明される。前者は凝集性が0.54と高かったのに対し,後者は0.17と低く,後者は完全に組織が崩壊していることが証明される。
【0022】
さらに,組織崩壊に及ぼす減圧導入回数の影響をみると(図3),減圧導入回数による硬さの違いはそれほど大きくなく,組織を崩壊させるには1回の減圧処理で十分と思われる。
【0023】
(実施例2)
第2の実験では,植物組織の硬さに及ぼすペクチナーゼ濃度の影響について調べ,図4に示した。ブランチング後,−15℃に凍結したジャガイモを用い,ペクチンリアーゼ0.05%,0.1%,1%に調製した緩衝液中で減圧酵素導入した。それらの結果を図4に示した。減圧処理導入直後の硬さは,酵素濃度0.05%,0.1%の場合,それぞれ 0.9N, 0.85Nで大きな差はなかったが,酵素濃度1%では0.32Nと低い値を示した。60分放置後もほぼ同様の傾向を示した。これらの結果は,酵素濃度が高いほど,組織崩壊を速く行えることを示している。組織の中心部に近いほど酵素濃度が低くなるため,反応に十分な酵素量を中心部まで導入するには高濃度の酵素が必要であることがわかる。
【0024】
(実施例3)
第3の実験では,凍結減圧導入法と攪拌法でペクチナーゼを作用させ得られた単細胞の色素の残存率を比較した。疎水性成分としてニンジンのβ−カロチン,水溶性成分として紅サツマイモのアントシアンをそれぞれ対象成分とした。得られた結果を図5に示した。図から明らかなように,凍結減圧酵素導入法と攪拌法の両者で色素残存率に差が認められた。特に,水溶性のアントシアンで著しい差がみられた。攪拌法における疎水性のβ−カロチンの残存率が90%と高かったのに対し,水溶性のアントシアンの残存率はわずか 0.1%であった。一方,凍結減圧酵素導入法におけるβ−カロチンとアントシアンの残存率は,それぞれ99.9%,97.4%と高い値を示した。
【0025】
疎水性のβ−カロチンは,細胞中で局在しており,細胞が破壊された場合に溶出するので,β−カロチンの溶出率は細胞の破壊率と高い相関があると推定される。したがって,攪拌法では酵素反応中に10%程度の細胞が壊れるものと推察されるが,凍結減圧酵素導入法では細胞破壊が起こりにくいことがわかる。破壊の原因は,細胞内部と外部との浸透圧差に攪拌作用が加わったためと考えられ,0.6M 程度のソルビットを酵素液に添加すれば,細胞破壊はある程度防止できる。
【0026】
一方,水溶性のアントシアンの場合,攪拌法ではその大部分が溶出していることから,他の水溶性成分も同様に細胞外に溶出していると推察される。これらの結果は,攪拌法の場合,細胞壁は破壊されていなくても,水溶性成分の溶出が起こることを示唆している。図には示していないが,攪拌法で単細胞化した場合,浸透圧を制御しても水溶性成分の溶出を防ぐことはできなかった。
【0027】
(実施例4)
第4の実験では,従来法である切断した試料にペクチナーゼを作用させる攪拌法と凍結減圧導入法によるペクチナーゼ導入により得られた単細胞素材の香り成分を比較し,表1に示した。生ニンジンをそれぞれの方法で単細胞化し,100℃で10分間加熱後,ヘッドスペースの揮発性成分を分析した。主要な揮発性成分は,β-Caryophyllene,Bisabolene,Limonene,Terpinolene,p-Cymene などのテルペン系炭化水素類,リノール酸など不飽和脂肪酸の酸化分解生成物であるHexanal,Decanal,Octanal,(E,Z)-2,4-Decadienalなどのカルボニル化合物,そしてカロチンの分解生成物であるα- およびβ-Ionone であった。処理前のニンジンの揮発性成分は,β-Caryophyllene,Bisaboleneなどのテルペン系炭化水素類が大部分を占めており,これらの成分がニンジンフレーバーを形成しているものと考えられる。
【0028】
【表1】
Figure 0003686912
【0029】
攪拌法と凍結減圧酵素導入法で得られた単細胞を比較すると,凍結減圧酵素導入法で得られた単細胞において,β-Caryophyllene,Bisaboleneなどのテルペン系炭化水素類の顕著な増加が,また,攪拌法において,α- およびβ-Ionone とカルボニル化合物の増加が認められた。これらの結果は,攪拌法では,脂肪酸の自動酸化とカロチンの酸化分解が生じているが,凍結減圧酵素導入法では,これらの劣化反応は起こりにくいことを示している。
【0030】
(実施例5)
第5の実験では,凍結減圧導入法で,ジャガイモにα−アミラーゼ,グルコアミラーゼを導入し,中心部と外部のグルコース濃度の変化を表2に示した。凍結減圧導入1時間後,3時間後のグルコース濃度は中心部で6.2%,10.6%であった。ジャガイモにα−アミラーゼ,グルコアミラーゼを凍結減圧導入すことにより,中心部のグルコース濃度を高めることができた。
【0031】
【表2】
Figure 0003686912
【0032】
【発明の効果】
ここで示したように,本発明によれば,次の効果が発揮される。
【0033】
植物素材を−5℃以下の温度帯で凍結し,解凍後,吸引圧力10mmHg〜60mmHgで減圧することによって植物食品素材内部に5分間から60分間と短時間で酵素を導入できる。
【0034】
しかも,本発明では,植物組織を切断することなくそのままの状態で,導入しようとする物質を加熱することなく植物組織の内部に急速に導入することができる。例えば,ペクチナーゼのような植物崩壊酵素を導入すれば短時間で簡単に軟化可能で,また単細胞も得られる。
【0035】
さらに,従来の攪拌法に比べ,内容成分の溶出も少なく,得られた素材については香り成分の安定性など優位性がある。また,α−アミラーゼ,グルコアミラーゼを導入すれば,元の形状を維持したまま食品素材の改変が可能となる。
【0036】
本発明において適用できる素材は,実施例1から6に示したニンジン,ジャガイモ,サツマイモにかかわらず植物食品素材であればあらゆるものに適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】実験装置(凍結減圧導入装置)の模式図である。
【図2】実施例1における硬さに及ぼす凍結および減圧処理の効果に関する実験結果を示すグラフである。
【図3】実施例1における酵素浸漬および減圧酵素導入後の硬さの変化に関する実験結果を示すグラフである。
【図4】実施例2における硬さに及ぼす酵素濃度の影響に関する実験結果を示すグラフである。
【図5】実施例3における凍結減圧導入法と撹拌法で得られた食品素材中の色素残存率に関する実験結果を示すグラフである。

Claims (2)

  1. 生あるいは加熱した植物食品素材を凍結,解凍後,減圧下で導入したい成分を含む液体に浸漬する植物食品素材の含浸処理方法において,
    植物組織内で植物崩壊酵素による酵素反応を作用させ,元の形状を維持したまま硬さを変化させるための植物組織への酵素急速導入法であって,
    前記植物食品素材を凍結した後,解凍し,少なくともペクチナーゼの活性を有する酵素液に浸漬して減圧下に5〜60分間保持することにより,硬さの変化を制御するようにしたこと特徴とする植物組織への酵素急速導入法。
  2. 凍結温度が−5℃以下であり,減圧負荷が吸引圧力10mmHg〜60mmHgである請求項1記載の植物組織への酵素急速導入法。
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