a.第1実施形態
以下、本発明の実施形態に係る車両の操舵装置について、図面を用いて詳細に説明する。図1は、本発明の第1実施形態に係るステアリングバイワイヤ方式の車両の操舵装置を概略的に示している。
この操舵装置は、転舵輪としての左右前輪FW1,FW2を転舵するために、運転者によって回動操作される操舵ハンドル11を備えている。操舵ハンドル11は、操舵入力軸12の上端に固定されており、操舵入力軸12の下端は電動モータおよび減速機構からなる反力アクチュエータ13に接続されている。反力アクチュエータ13は、運転者による操舵ハンドル11の回動操作に対して反力を付与する。
また、この操舵装置は、電動モータおよび減速機構からなる転舵アクチュエータ21を備えている。この転舵アクチュエータ21による転舵力は、転舵出力軸22、ピニオンギア23およびラックバー24を介して左右前輪FW1,FW2に伝達される。この構成により、転舵アクチュエータ21からの回転力は転舵出力軸22を介してピニオンギア23に伝達され、ピニオンギア23の回転によりラックバー24が軸線方向に変位して、このラックバー24の軸線方向の変位により、左右前輪FW1,FW2は左右に転舵される。
次に、これらの反力アクチュエータ13および転舵アクチュエータ21の作動を制御する電気制御装置について説明する。電気制御装置は、操舵角センサ31、操舵トルクセンサ32、転舵角センサ33および車速センサ34を備えている。
操舵角センサ31は、操舵入力軸12に組み付けられて、操舵入力軸12すなわち操舵ハンドル11の中立位置からの回転角を検出して操舵角θとして出力する。操舵トルクセンサ32も、操舵入力軸12に組み付けられて、操舵ハンドル11に付与されたトルクを検出して操舵トルクTとして出力する。転舵角センサ33は、転舵出力軸22に組み付けられて、転舵出力軸22の中立位置からの回転角を検出して実転舵角δ(左右前輪FW1,FW2の転舵角に対応)として出力する。なお、上記した中立位置とは、車両を直進状態に維持するための操舵ハンドル11、操舵入力軸12、転舵出力軸22および左右前輪FW1,FW2の位置をいう。そして、操舵角θおよび実転舵角δは、中立位置を「0」とし、左方向の回転角を正の値で表すとともに右方向の回転角を負の値で表す。また、操舵トルクTは、左方向に付与されるトルクを正の値で表すとともに右方向に付与されるトルクを負の値で表す。車速センサ34は、車速Vを検出して出力する。
これらのセンサ31〜34は、電子制御ユニット35に接続されている。電子制御ユニット35は、CPU、ROM、RAMなどからなるマイクロコンピュータを主要構成部品とするもので、後述する各プログラムを含む各種プログラムの実行により反力アクチュエータ13および転舵アクチュエータ21の作動をそれぞれ制御する。このため、電子制御ユニット35の出力側には、反力アクチュエータ13および転舵アクチュエータ21を駆動制御するための駆動回路36,37がそれぞれ接続されている。駆動回路36,37内には、反力アクチュエータ13および転舵アクチュエータ21内の電動モータに流れる駆動電流を検出するための電流検出器36a,37aが設けられている。そして、電流検出器36a,37aによって検出された駆動電流は、両電動モータの駆動を制御するために、電子制御ユニット35にフィードバックされている。
次に、上記のように構成した第1実施形態の動作について詳細に説明する。運転者によって図示しないイグニッションスイッチがオン状態とされると、電子制御ユニット35(より詳しくは、CPU)は、図2に示す基本制御プログラムを所定の短時間ごとに繰り返し実行する。この基本プログラムは、運転者による操舵ハンドル11の回動操作に応じて転舵アクチュエータ21を作動制御し、左右前輪FW1,FW2を転舵するものである。
ここで、ステアリングバイワイヤ方式の操舵装置においては、操舵ハンドル11と左右前輪FW1,FW2との機械的な連結が解除されているため、操舵角θに対する転舵角δの比、すなわち、操舵ゲインGを自由に設定することができる。これにより、例えば、操舵ゲインGを大きく設定すれば、運転者が操舵ハンドル11を持ち替えることなく車両を旋回させることができ、操舵ハンドル11の回動操作量を低減することができる。
ところが、操舵ゲインGを大きく設定した場合には、運転者による操舵ハンドル11の回動操作量、言い換えれば、運転者が入力した操舵角θに対して左右前輪FW1,FW2が急峻に転舵するようになるため、運転が難しくなる場合がある。このため、電子制御ユニット35は、基本制御プログラムを実行して、容易に運転できるように転舵アクチュエータ21の作動を制御する。
具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、基本制御プログラムの実行をステップS10にて開始し、ステップS11にて、操舵角センサ31から現在の操舵ハンドル11の操舵角θを入力する。そして、電子制御ユニット35は、操舵角θを入力すると、ステップS12に進む。
ここで、電子制御ユニット35は、操舵角センサ31から操舵角θを入力すると、この操舵角θに応じた反力トルクを操舵ハンドル11に入力する。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、検出操舵角θと予め定めた所定の関係(例えば、比例関係など)にある反力トルクを発生させるべく駆動回路36を制御する。
すなわち、電子制御ユニット35は、駆動回路36の電流検出器36aから反力アクチュエータ13内の電動モータに流れる駆動電流を入力する。そして、電子制御ユニット35は、操舵ハンドル11(より詳しくは、操舵入力軸12)に付与する反力トルクに対応した駆動電流が適切に流れるように駆動回路36をフィードバック制御する。これにより、操舵ハンドル11に対して反力トルクが付与されて、運転者は、適切な反力を知覚しながら操舵ハンドル11を回動操作する。
ステップS12においては、電子制御ユニット35は、前記ステップS11にて入力した検出操舵角θに基づいて、運転者による操舵ハンドル11の回動操作が、検出操舵角θの絶対値が大きくなる回動操作(以下、この回動操作を切込み操作という)であるか、検出操舵角θの絶対値が小さくなる回動操作(以下、この回動操作を切戻し操作という)であるかを判定する。以下、この判定について説明する。
今、操舵ハンドル11が右方向に回動されている場合を考えると、操舵角センサ31から出力された検出操舵角θは負の値となっている。この状態において、操舵ハンドル11が回動操作されたときに、電子制御ユニット35は、検出操舵角θの時間微分値dθ/dt(以下、この微分値を操舵角速度dθ/dtという)が負の値であれば、操舵角θの絶対値が増加するため、運転者によって切込み操作されていると判定する。また、電子制御ユニット35は、操舵角速度dθ/dtが正の値であれば、操舵角θの絶対値が減少するため、運転者によって切込み操作されていると判定する。
一方、操舵ハンドル11が左方向に回動されている場合を考えると、操舵角センサ31から出力された検出操舵角θは正の値となっている。この状態において、操舵ハンドル11が回動されたときに、電子制御ユニット35は、操舵角速度dθ/dtが正の値であれば、操舵角θの絶対値が増加するため、運転者によって切込み操作されていると判定する。また、電子制御ユニット35は、操舵角速度dθ/dtが負の値であれば、操舵角θの絶対値が減少するため、運転者によって切戻し操作されていると判定する。
そして、ステップS12の判定処理において、現在、操舵ハンドル11が運転者によって切込み操作されていれば、電子制御ユニット35は「Yes」と判定してステップS13に進む。ステップS13においては、電子制御ユニット35は、操舵ハンドル11の操舵角θ、より詳しくは、操舵角速度dθ/dtに対応して作動する転舵アクチュエータ21の作動速度を制限するための操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを決定する。以下、この操舵角速度制限値(dθ/dt)_limの決定について詳細に説明する。
一般的に、ステアリングバイワイヤ方式の操舵装置における左右前輪FW1,FW2の転舵角δsは、適宜設定された操舵ゲインGと操舵角センサ31によって検出された操舵角θとを用いて下記式1に従って計算することができる。
δs=G・θ …式1
そして、前記式1が成立する状況においては、転舵アクチュエータ21が左右前輪FW1,FW2を転舵角δsまで転舵する作動速度dδs/dt(以下、転舵角速度dδs/dtという)は、操舵角速度dθ/dtに比例する。このため、例えば、運転者が操舵ハンドル11を速い操舵角速度dθ/dtで回動操作した場合には、転舵角速度dδs/dtも速くなり、左右前輪FW1,FW2は転舵アクチュエータ21によって急峻に転舵される。
このため、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limは、運転者によって操舵ハンドル11が速い操舵角速度dθ/dtで回動操作された場合であっても、車両を安定して旋回させる転舵アクチュエータ21の作動速度dδ/dt(以下、転舵角速度dδ/dtという)で転舵アクチュエータ21が作動するように決定される。具体的には、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limは、例えば、下記式2に従って決定することができる。
(dθ/dt)_lim=a・(dθ/dt) …式2
ただし、前記式2中のaは所定の係数である。
ここで、係数aは、例えば、図3に示すように、車速センサ34によって検出された車速Vに応じて変化するとよい。この場合には、検出車速Vが大きくなるに伴って係数aが小さい値に変化するため、同一の操舵角速度dθ/dtに対して、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limは小さい値として決定される。また、検出車速Vが小さくなるに伴って係数aが大きな値に変化するため、同一の操舵角速度dθ/dtに対して、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limは大きな値として決定される。これにより、高速域では、転舵アクチュエータ21によって左右前輪FW1,FW2がゆっくり転舵されるため、運転者はゆったりと車両を旋回させることができる。また、低速域では、転舵アクチュエータ21によって左右前輪FW1,FW2が比較的速く転舵されるため、運転者はきびきびと車両を旋回させることができる。したがって、運転者は、車速域に応じて、適切な操舵フィーリングを得ることができる。
また、係数aは、例えば、図4に示すように、操舵角センサ31によって検出された操舵ハンドル11の操舵角θに応じて変化してもよい。この場合には、検出操舵角θが大きくなるに伴って係数aが大きな値に変化するため、同一の操舵角速度dθ/dtに対して、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limは大きな値として決定される。また、検出操舵角θが小さくなるに伴って係数aが小さな値に変化するため、同一の操舵角速度dθ/dtに対して、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limは小さな値として決定される。これにより、大きな操舵角θとなるように操舵ハンドル11が回動操作されたときには、転舵アクチュエータ21によって左右前輪FW1,FW2が比較的速く転舵されるため、運転者はきびきびと車両を旋回させることができる。また、小さな操舵角θ(例えば、操舵ハンドル11の中立位置近傍)で操舵ハンドル11が回動操作されたときには、転舵アクチュエータ21によって左右前輪FW1,FW2がゆっくり転舵される。このため、例えば、運転者が操舵ハンドル11の中立位置近傍で無意識に行っている微小操舵入力を低減することができ、車両の直進安定性を向上させることができる。
なお、前記式2における係数aの決定に関しては、上述した車速Vに対する変化と、操舵角θに対する変化とを組み合わせて決定するようにしてもよい。また、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limの決定に関しては、前記式2に従って決定することに代えて、例えば、操舵角速度dθ/dtを時間的に遅れさせる周知の一次遅れフィルタを用いて決定することも可能である。このように、一次遅れフィルタを用いて操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを決定した場合であっても、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtを適切に制限することができる。
このように、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを決定すると、電子制御ユニット35は、ステップS14にて、左右前輪FW1,FW2の目標転舵角δfを決定するために、前記式1中の操舵角θに対応する転舵角指令値Whを設定する。すなわち、電子制御ユニット35は、前記ステップS13にて決定した操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを用いて操舵角速度dθ/dtを制限、言い換えれば、転舵角速度dδ/dtを制限する。そして、この操舵角速度制限値(dθ/dt)_limのある時間tにおける操舵角θtを転舵角指令値Whとして決定する。ここで、転舵角指令値Whは、時間tの経過に伴って、検出操舵角θまで変化するようになっている。このように、転舵角指令値Whを、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを用いて設定すると、電子制御ユニット35はステップS16に進む。
一方、前記ステップS12にて、運転者によって切込み操作されていない、すなわち、切戻し操作されていれば、電子制御ユニット35は「No」と判定して、ステップS15に進む。ステップS15においては、電子制御ユニット35は、検出操舵角θを転舵角指令値Whに設定する。このように、切戻し操作において、検出操舵角θを転舵角指令値Whに設定することによって、言い換えれば、操舵角速度dθ/dtを操舵角速度制限値(dθ/dt)_limで制限しないことによって、運転者の知覚特性に合わせて転舵アクチュエータ21を作動制御することができる。
すなわち、切戻し操作を行う場合には、例えば、設定操舵ゲインGが大きいことによって大きく切込みすぎた左右前輪FW1,FW2の転舵角を適正な転舵角δsに修正する場合などのように、速やかに左右前輪FW1,FW2が切戻し方向に転舵される必要がある。このとき、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limによって制限された転舵角指令値Whを採用すると、転舵アクチュエータ21による左右前輪FW1,FW2の転舵角速度dδ/dtが小さくなるため、運転者は、操舵特性に対して違和感を覚える。このため、運転者によって切戻し操作された場合には、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limによって制限された転舵角指令値Whは採用しない。そして、電子制御ユニット35は、転舵角指令値Whを決定すると、ステップS16に進む。
なお、第1実施形態においては、切戻し操作時に操舵角速度制限値(dθ/dt)_limによって制限しない転舵角指令値Whを採用して、転舵アクチュエータ21の作動を制御するように実施する。しかしながら、例えば、転舵アクチュエータ21が応答不能な操舵角速度dθ/dtで操舵ハンドル11が切戻し操作された場合には、車両の挙動が悪化する可能性がある。このため、転舵アクチュエータ21が応答可能で、かつ、車両の挙動を悪化させない程度に、切戻し操作時の転舵角指令値Whを制限して実施することも可能である。
ステップS16においては、電子制御ユニット35は、前記式1の操舵角θに代えて、転舵角指令値Whを用いた下記式3に従って目標転舵角δfを演算する。
δf=G・Wh …式3
ただし、前記式3中のGは、前記式1の操舵ゲインGと同様に適宜設定された値である。
前記ステップS16の計算処理後、電子制御ユニット35は、ステップS17およびステップS18を繰り返し実行して、左右前輪FW1,FW2が目標転舵角δfとなるまで、オーバーシュートさせることなく転舵アクチュエータ21内の電動モータを駆動制御する。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、ステップS17にて、駆動回路37の電流検出器37aから電動モータに流れる駆動電流を入力し、駆動電流が適切に電動モータに流れるようにフィードバック制御する。
これにより、転舵アクチュエータ21は、転舵出力軸22を回転させて、左右前輪FW1,FW2を転舵させる。そして、電子制御ユニット35は、ステップS18にて、転舵角センサ33から入力した転舵出力軸22(左右前輪FW1,FW2)の転舵角δが目標転舵角δfと一致するまで「No」と判定し続け、転舵角δが目標転舵角δfと一致すると、「Yes」と判定してステップS19に進む。そして、電子制御ユニット35は、ステップS19にて、基本制御プログラムの実行を一旦終了する。そして、所定の短時間が経過すると、ふたたび、基本制御プログラムの実行を開始する。
このように、基本制御プログラムの実行により、転舵アクチュエータ21の作動が制御されている状況においては、運転者による操舵ハンドル11の切込み操作または切戻し操作に応じて転舵角指令値Whが決定されることにより、転舵アクチュエータ21による左右前輪FW1,FW2の転舵作動、より詳しくは、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtが適宜制御される。このことを、図5を用いて詳細に説明する。
図5は、運転者が操舵ハンドル11に対して切込み操作と切戻し操作を繰り返し操作したときの時間tに対する操舵角θと転舵角指令値Whとの変化を概略的に示している。ここで、図5中における保舵とは、運転者が操舵ハンドル11の回動操作を止めて操舵角θの絶対値が一定となる状態、言い換えれば、操舵角速度dθ/dtが「0」となる状態をいう。今、運転者が、例えば、左方向に操舵ハンドル11を切込み操作した後に一定時間保舵し、その後中立位置まで操舵ハンドル11を切戻し操作するとともに、引き続き、右方向に操舵ハンドル11を切込み操作した後に一定時間保舵し、その後中立位置まで操舵ハンドル11を切戻し操作した状態を考える。このとき、運転者による操舵ハンドル11の回動操作に伴う時間あたりの操舵角θの変化量すなわち操舵角速度dθ/dtは、図5にて実線で示すように変化する。
このように変化する操舵角速度dθ/dtに対して、上述した基本制御プログラムを実行することにより、切込み操作時には、図5にて一点鎖線で示すように、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limによって制限された転舵角指令値Whが決定される。このため、転舵角指令値Whは、同一時間において、操舵角θよりも小さな値を有するようになる。言い換えれば、切込み操作時の検出操舵角θ(より詳しくは、操舵角速度dθ/dt)を用いて前記式1により転舵角δsを計算し、この転舵角δsに左右前輪FW1,FW2を転舵した場合には、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδs/dtが大きくなって、左右前輪FW1,FW2が急峻に転舵する。これに対して、転舵角指令値Whを用いて前記式3により目標転舵角δfを計算し、この目標転舵角δfに左右前輪FW1,FW2を転舵した場合には、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtが小さく制限されて、左右前輪FW1,FW2が緩やかに転舵する。
これにより、操舵ゲインGが大きく設定されていても、操舵ハンドル11の切込み操作に対して、転舵アクチュエータ21は緩やかに左右前輪FW1,FW2を転舵することができる。その結果、運転者は、知覚特性に合わせて車両を極めて容易に運転することができる。一方、切戻し操作時には、検出操舵角θが転舵角指令値Whとして決定される。これにより、転舵アクチュエータ21は、運転者による操舵ハンドル11の切戻し操作に対して応答性よく左右前輪FW1,FW2を中立位置方向に転舵することができる。したがって、運転者は、知覚特性に合った操舵特性を得ることができるとともに、例えば、左右前輪FW1,FW2の転舵角δを修正するための修正操舵を容易に行うことができる。
ところで、基本制御プログラムの実行により転舵アクチュエータ21の作動を制御している状況においては、以下に挙げる状況が発生する場合があり、運転者が違和感を覚える可能性がある。すなわち、基本制御プログラムを実行して、切込み操作時に転舵角指令値Whに基づいて転舵アクチュエータ21の作動を制御した場合には、運転者の切込み操作における操舵角速度dθ/dtよりも小さな転舵角速度dδ/dtで左右前輪FW1,FW2が転舵される。このため、運転者による操舵ハンドル11の切込み操作に対する時間的な遅れを有して、言い換えれば、運転者の切込み操作に追従するように左右前輪FW1,FW2が転舵される。
このため、図6に示すように、運転者による切込み操作が終了して操舵ハンドル11を保舵操作しているにもかかわらず、転舵アクチュエータ21が転舵角指令値Whと操舵角θとが一致するまで左右前輪FW1,FW2を転舵する状況が発生する。ここで、以下の説明においては、運転者による操舵ハンドル11の切込み操作が終了後に、転舵角指令値Whと操舵角θとが一致するまで転舵アクチュエータ21が転舵を継続することを遅れ追従という。このように、遅れ追従が発生する状況(以下、この状況をモード1という)では、運転者は違和感を覚える。
また、転舵アクチュエータ21が遅れ追従している状況において、運転者が操舵ハンドル11を切戻し操作した場合には、上述した基本制御プログラムの実行により転舵角指令値Whは操舵角θと一致するするように決定される。特に、修正操舵するために、操舵ハンドル11に対して切込み操作と切戻し操作を繰り返した場合には、転舵角指令値Whの値がその都度切り替わる。このため、転舵角指令値Whは、図7に示すように、切込み操作時に操舵角速度制限値(dθ/dt)_limに基づいて決定された値から切戻し操作中に検出された操舵角θに変化する。このように、転舵角指令値Whが変化する状況(以下、この状況をモード2という)では、車両の応答性が変化することになり、運転者は違和感を覚える。
さらに、転舵アクチュエータ21が遅れ追従している状況において、運転者が操舵ハンドル11を一旦保舵した後、さらに切込み操作をした場合には、検出操舵角θと転舵角指令値Whとの差がより大きくなり、運転者による操舵ハンドル11の切込み操作に対する時間的な遅れがより大きくなる。このように、時間的な遅れが大きくなる状況(以下、この状況をモード3という)でも、運転者は違和感を覚える。
したがって、電子制御ユニット35は、上述したモード1,2およびモード3の発生の有無を判別し、これら発生したモードに対応して転舵アクチュエータ21の作動を制御する。以下、この転舵アクチュエータ21の作動制御について詳細に説明する。
電子制御ユニット35は、上述したモード1,2およびモード3の発生に対応して、運転者が覚える違和感を解消すべく、図8に示すモード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムを所定の短時間ごとに繰り返し実行する。
すなわち、電子制御ユニット35は、モード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムの実行をステップS50にて開始し、ステップS51にて、操舵角センサ31および操舵トルクセンサ32から現在の操舵ハンドル11の操舵角θおよび操舵ハンドル11を介して操舵入力軸12に入力されている操舵トルクTを入力する。そして、電子制御ユニット35は、操舵角θおよび操舵トルクTを入力すると、ステップS52に進む。
ステップS52は、電子制御ユニット35は、モード1,2またはモード3の何れのモードが発生しているかを判定する。以下、このモード判定について詳細に説明する。電子制御ユニット35は、モードを判定するにあたり、上述したように、検出操舵角θと操舵角速度dθ/dtとに基づいて切込み操作と切戻し操作を判定するとともに、操舵角速度dθ/dtが「0」に基づいて保舵操作を判定する。そして、電子制御ユニット35は、切込み操作、切戻し操作または保舵操作を判定することに加えて、検出操舵角θの絶対値と基本制御プログラムで決定した転舵角指令値Whの絶対値との差分値(以下、この差分値を判定差分値という)に基づいて、モード判定する。
すなわち、切込み操作されている状況において、判定差分値が負であれば、転舵角指令値Whの絶対値が検出操舵角θの絶対値よりも大きいため、電子制御ユニット35はモード2が発生していると判定する。また、判別差分値が正であれば、検出操舵角θの絶対値が転舵角指令値Whの絶対値よりも大きいため、電子制御ユニット35は、モード3が発生していると判定する。
また、切戻し操作されている状況において、判定差分値が負であれば、転舵角指令値Whの絶対値が検出操舵角θの絶対値よりも大きいため、電子制御ユニット35はモード3が発生していると判定する。また、判定差分値が正であれば、検出操舵角θの絶対値が転舵角指令値Whの絶対値よりも大きいため、電子制御ユニット35は、モード2が発生していると判定する。
また、保舵操作されている状況において、判定差分値が正または負であれば、検出操舵角θの絶対値と転舵角指令値Whの絶対値とが一致していないため、電子制御ユニット35はモード1が発生していると判定する。なお、切込み操作、切戻し操作および保舵操作において判定差分値が「0」であれば、検出操舵角θの絶対値と転舵角指令値Whの絶対値とが一致している。このため、電子制御ユニット35は、基本制御プログラムの実行により、運転者が違和感を覚えることなく転舵アクチュエータ21が制御されていると判定し、モード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムの実行を一旦終了する。
そして、電子制御ユニット35は、ステップS52におけるモード判定により、モード1の発生を判定すると、ステップS53に進み、図9に示す保舵制御ルーチンを実行する。この保舵制御ルーチンは、運転者による操舵ハンドル11の回動操作状態、すなわち、保舵操作に応じて、転舵アクチュエータ21の作動を一旦停止して維持する制御ルーチンである。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、ステップS100にて、保舵制御ルーチンの実行を開始し、ステップS101にて、転舵アクチュエータ21が継続して保舵制御されているか否かを判定する。すなわち、保舵制御ルーチンの実行開始時点で保舵制御がなされていない、言い換えれば、初めて保舵制御を実行するときには、電子制御ユニット35は「No」と判定してステップS102に進む。
ステップS102においては、電子制御ユニット35は、図10に示すように、運転者によって操舵ハンドル11が保舵操作に移行された時点における転舵角指令値Wh0を転舵角指令値Whに設定する。そして、電子制御ユニット35は、ステップS103に進む。
一方、前記ステップS101にて、保舵制御が継続中であれば、言い換えれば、現在の保舵操作において保舵制御ルーチンの実行が2回目以降であれば、電子制御ユニット35は「Yes」と判定してステップS103に進む。なお、この場合には、1回目の保舵制御ルーチンを実行したときに、転舵角指令値Whが転舵角指令値Wh0に設定されている。
ステップS103においては、電子制御ユニット35は、前記ステップS51にて操舵トルクセンサ32から入力した操舵トルクTの絶対値が予め設定されたトルクTsよりも大きいか否かを判定する。このように、運転者が入力した操舵トルクTを判定することによって、運転者の意図を転舵アクチュエータ21の作動に反映することができる。このことを具体的に説明する。
運転者によって操舵ハンドル11が保舵操作されている場合には、回動操作可能範囲内で操舵角速度dθ/dtが「0」に保たれる状態と、回動操作可能範囲のエンド位置で機械的に操舵角速度dθ/dtが「0」に保たれる状態とが含まれる。この場合、前者の保舵操作における運転者の意図としては、左右前輪FW1,FW2の転舵を止めることである。一方、後者の保舵操作における運転者の意図としては、左右前輪FW1,FW2の転舵を止めること、または、左右前輪FW1,FW2を転舵させ続けることが含まれる。
すなわち、例えば、駐車時のように、車両を低速で移動させているときにおいては、素早く操舵ハンドル11がエンド位置まで切込み操作される場合がある。この場合、運転者は、操舵ハンドル11の切込み操作が機械的に制限されるエンド位置であるにもかかわらず、左右前輪FW1,FW2がより転舵されるように、より大きな操舵トルクTを付与する。言い換えれば、エンド位置で大きな操舵トルクTが付与される状態では、運転者は、操舵ハンドル11の保舵、より詳しくは、左右前輪FW1,FW2の保舵を意図していない。このため、電子制御ユニット35は、運転者の意図を判別できるように予め設定されたトルクTsと、操舵ハンドル11を介して入力された操舵トルクTとを比較することにより、転舵アクチュエータ21の作動に対して運転者の意図を反映させる。
したがって、電子制御ユニット35は、操舵トルクTがトルクTsよりも大きければ、「Yes」と判定してステップS104に進む。ステップS104においては、電子制御ユニット35は、回動操作のエンド位置にて大きな操舵トルクTが付与されているため、転舵アクチュエータ21を継続的に作動させて左右前輪FW1,FW2を転舵させる。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、転舵アクチュエータ21の切込み作動を継続させるために、転舵角指令値Whを、基本制御プログラムの実行により決定した操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを用いて設定する。そして、電子制御ユニット35は、転舵角指令値Whを設定すると、ステップS105に進む。
一方、電子制御ユニット35は、操舵トルクTがトルクTs以下であれば、「No」と判定してステップS105に進む。なお、この場合には、転舵角指令値Whは、保舵操作開始時点の転舵角指令値Wh0に設定されている。そして、電子制御ユニット35は、ステップS105にて、保舵制御ルーチンの実行を一旦終了する。
ふたたび、図8に戻り、電子制御ユニット35は、ステップS57にて、改めて目標転舵角δfを計算する。このとき、電子制御ユニット35は、上述した保舵制御ルーチンの実行により設定した転舵角指令値Whを用い、前記式3に従って目標転舵角δfを計算する。すなわち、運転者によって操舵ハンドル11がエンド位置以前で保舵されている場合には、目標転舵角δfは一定値として計算される。一方、運転者によってエンド位置にて操舵ハンドル11にトルクTsよりも大きな操舵トルクTが付与されている場合には、目標転舵角δfは、上述した基本制御プログラムと同様に、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limによって制限された転舵角指令値Whを用いて計算される。
そして、前記ステップS57の計算処理後、電子制御ユニット35は、ステップS58,59にて、上述した基本制御プログラムにおけるステップS17,18の処理と同様にして、左右前輪FW1,FW2が目標転舵角δfとなるように、転舵アクチュエータ21内の電動モータを駆動制御する。そして、電子制御ユニット35は、ステップS60にて、モード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムの実行を一旦終了し、所定の短時間経過後、ふたたび、同プログラムの実行を開始する。
また、電子制御ユニット35は、モード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムにおける前記ステップS52にて、モード2の発生を判定すると、ステップS54に進み、図11に示す切戻し制御ルーチンを実行する。この切戻し制御ルーチンは、運転者による操舵ハンドル11の回動操作状態、すなわち、切戻し操作に応じて、転舵アクチュエータ21の作動を制御する制御ルーチンである。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、ステップS150にて、切戻し制御ルーチンの実行を開始し、ステップS151にて、転舵アクチュエータ21が継続して切戻し制御されているか否かを判定する。すなわち、切戻し制御ルーチンの実行開始時点で切戻し制御がなされていない、言い換えれば、初めて切戻し制御を実行するときには、電子制御ユニット35は「No」と判定してステップS152に進む。
ステップS152においては、電子制御ユニット35は、図12に示すように、運転者によって操舵ハンドル11が切戻し操作に移行された時点における検出操舵角θを操舵角θ0に設定する。そして、電子制御ユニット35は、続くステップS153にて、運転者によって操舵ハンドル11が切戻し操作に移行された時点における転舵角指令値Whを転舵角指令値Wh0に設定する。なお、図12においては、転舵角指令値Wh0が保舵操作から切戻し操作に移行する時点の転舵角指令値Wh、すなわち、一定値の転舵角指令値Whに設定される。そして、電子制御ユニット35は、転舵角指令値Wh0を設定すると、ステップS154に進む。
一方、前記ステップS151にて、切戻し制御が継続中であれば、言い換えれば、現在の切戻し操作において切戻し制御ルーチンの実行が2回目以降であれば、電子制御ユニット35は「Yes」と判定してステップS154に進む。なお、この場合には、1回目の切戻し制御ルーチンを実行したときに、操舵角θ0と転舵角指令値Wh0とが設定されている。
ステップS154においては、電子制御ユニット35は、前記ステップS152にて設定した操舵角θ0と、操舵角センサ31によって検出された現在の操舵角θとの差分値を計算して同差分値を一旦転舵角指令値Wh1'に設定する。そして、電子制御ユニット35は、続くステップS155にて、前記設定した転舵角指令値Wh1'に所定のゲインGaを乗算して、転舵角指令値Wh1を計算する。このステップS154,155の計算処理について、具体的に説明する。
上述したように、基本制御プログラムの実行においては、切戻し操作時は、転舵角指令値Whを検出操舵角θに設定し、この転舵角指令値Whを用いて目標転舵角δfを計算する。したがって、前記ステップS154にて操舵角θ0と検出操舵角θとの差分値として計算される転舵角指令値Wh1'は、この基本制御プログラムに基づくものである。ところが、この転舵角指令値Wh1'を用いて切戻し操作時の目標転舵角δfを計算すると、上述したように、車両の応答性が変化する。
このため、電子制御ユニット35は、ステップS155にて、基本制御プログラムに基づく転舵角指令値Wh1'に対して、所定のゲインGaを乗算して、左右前輪FW1,FW2が緩やかに切戻し制御されるように、転舵角指令値Wh1を計算する。したがって、所定のゲインGaは、「1」未満の正の値として設定されるとよい。これにより、転舵角指令値Wh1は、転舵角指令値Wh1'の時間に対する変化(すなわち、傾き)よりも小さくなり、車両の応答性を緩やかに変化させることができる。そして、電子制御ユニット35は、前記ステップS155の計算処理後、ステップS156に進み、切戻し制御ルーチンの実行を一旦終了する。
ふたたび、図8に戻り、電子制御ユニット35は、ステップS56にて、切戻し操作時の目標転舵角δfを計算するための転舵角指令値Whを計算する。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、前記切戻し制御ルーチンにおけるステップS153にて設定した転舵角指令値Wh0とステップS155にて計算した転舵角指令値Wh1との和を計算することにより、転舵角指令値Whを計算する。このとき、転舵角指令値Wh1は、負の値として計算されるため、転舵角指令値Whは、転舵角指令値Wh0から緩やかに減少するように計算される。
そして、電子制御ユニット35は、前記ステップS56にて転舵角指令値Whを計算すると、上述したように、ステップS57〜ステップS59の各処理を実行することによって転舵アクチュエータ21の作動を制御し、左右前輪FW1,FW2を目標転舵角δfに転舵する。そして、電子制御ユニット35は、ステップS60にて、モード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムの実行を一旦終了し、所定の短時間経過後、ふたたび、同プログラムの実行を開始する。
さらに、電子制御ユニット35は、モード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムにおける前記ステップS52にて、モード3の発生を判定すると、ステップS55に進み、図13に示す切込み制御ルーチンを実行する。この切込み制御ルーチンは、運転者による操舵ハンドル11の回動操作状態、すなわち、保舵操作から切込み操作への移行に応じて、転舵アクチュエータ21の作動を制御する制御ルーチンである。
具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、ステップS200にて、切込み制御ルーチンの実行を開始し、ステップS201にて、転舵アクチュエータ21が継続して切込み制御されているか否かを判定する。すなわち、切込み制御ルーチンの実行開始時点で切込み制御がなされていない、言い換えれば、初めて切込み制御を実行するときには、電子制御ユニット35は「No」と判定してステップS202に進む。
ステップS202においては、電子制御ユニット35は、図10に示すように、運転者によって操舵ハンドル11が保舵操作から切込み操作に移行された時点における操舵角速度制限値(dθ/dt)_lim0を決定する。すなわち、電子制御ユニット35は、前記式2に従って、保舵操作から切込み操作に移行した時点における操舵角速度dθ/dtを用いて操舵角速度制限値(dθ/dt)_lim0を決定する。そして、操舵角速度制限値(dθ/dt)_lim0を決定すると、電子制御ユニット35は、続くステップS203にて、運転者によって操舵ハンドル11が切込み操作に移行された時点における転舵角指令値Whを転舵角指令値Wh0に設定する。このように、転舵角指令値Wh0を設定すると、電子制御ユニット35は、ステップS204に進む。
一方、前記ステップS201にて、切込み制御が継続中であれば、言い換えれば、現在の切込み操作において切込み制御ルーチンの実行が2回目以降であれば、電子制御ユニット35は「Yes」と判定してステップS204に進む。なお、この場合には、1回目の切込み制御ルーチンを実行したときに、操舵角速度制限値(dθ/dt)_lim0と転舵角指令値Wh0とが設定されている。
ステップS204においては、電子制御ユニット35は、前記ステップS202にて設定した操舵角速度制限値(dθ/dt)_lim0と、保舵操作前に基本制御プログラムの実行によって決定された操舵角速度制限値(dθ/dt)_limとの差分値を計算し、同差分値を転舵角指令値Wh1として設定する。この転舵角指令値Wh1の設定について、具体的に説明する。
上述したように、モード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムにおいて保舵制御ルーチンが実行されると、転舵角指令値Whは、運転者によって操舵ハンドル11が保舵操作された時点の値、すなわち、転舵角指令値Wh0に設定される。この状態では、図10に示すように、運転者が操舵ハンドル11を保舵している操舵角θと転舵角指令値Wh0とに差が発生する。このとき、図10に示すように、操舵ハンドル11が保舵操作されているため、転舵角指令値Wh1を、以前の基本制御プログラムの実行時に決定した操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを用いて決定できない。また、例えば、この操舵角速度制限値(dθ/dt)_lim0を用いて転舵角指令値Wh1を決定した場合には、以前の基本制御プログラムの実行時に決定した操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを用いて決定した転舵角指令値Whと大きく異なる可能性がある。このため、車両の応答性が変化して、運転者が違和感を覚える場合がある。
このため、電子制御ユニット35は、運転者が違和感を覚えることなく、現在の操舵角θと転舵角指令値Whとの差を小さくするために、操舵角速度制限値(dθ/dt)_lim0と操舵角速度制限値(dθ/dt)_limとの差分値を転舵角指令値Wh1に設定する。そして、電子制御ユニット35は、前記ステップS204の計算処理後、ステップS205に進み、切込み制御ルーチンの実行を一旦終了する。
ふたたび、図8に戻り、電子制御ユニット35は、ステップS56にて、保舵操作から切込み操作へ移行したときの目標転舵角δfを計算するための転舵角指令値Whを計算する。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、前記切込み制御ルーチンにおけるステップS203にて設定した転舵角指令値Wh0とステップS204にて計算した転舵角指令値Wh1との和を計算することにより、転舵角指令値Whを計算する。このとき、転舵角指令値Wh1は、正の値として計算されるため、転舵角指令値Whは、転舵角指令値Wh0から緩やかに増加するように計算される。
そして、電子制御ユニット35は、前記ステップS56にて転舵角指令値Whを計算すると、上述したように、ステップS57〜ステップS59の各処理を実行することによって転舵アクチュエータ21を制御し、左右前輪FW1,FW2を目標転舵角δfに転舵する。そして、電子制御ユニット35は、ステップS60にて、モード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムの実行を一旦終了し、所定の短時間経過後、ふたたび、同プログラムの実行を開始する。
以上の説明からも理解できるように、この第1実施形態によれば、電子制御ユニット35は、基本制御プログラムの実行により、ステップS12にて操舵ハンドル11が切込み操作されていると判定すると、ステップS13にて転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδs/dtが小さくなるように操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを決定することができる。そして、電子制御ユニット35は、ステップS14にて、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limに基づいて転舵角指令値Whを設定することができる。これにより、切込み操作時においては、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtが小さく制限され、例えば、大きな操舵ゲインGが設定された場合であっても、左右前輪FW1,FW2を人間の感覚に合わせてゆっくりと転舵することができる。したがって、運転者が過剰に操舵ハンドル11を操作することを防止することができるとともに、良好な操舵フィーリングを得ることができて、運転が簡単になる。
また、電子制御ユニット35は、モード別転舵アクチュエータ作動制御プログラムを実行し、上述したモード1が発生する状況においては、保舵制御ルーチンを実行する。そして、ステップS102にて一定値の転舵角指令値Wh0を設定して、転舵アクチュエータ21の作動を一旦停止させる。これにより、運転者が覚える違和感を抑制することができる。この場合、電子制御ユニット35は、ステップS103にて、操舵トルクセンサ32によって検出された操舵トルクTが所定のトルクTsよりも大きければ、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limに基づいて転舵角指令値Whを設定し、転舵アクチュエータ21の作動を継続させる。これにより、運転者の意図(感覚)に合わせることができ、この結果、運転を簡単にすることができる。
また、電子制御ユニット35は、上述したモード2が発生する状況においては、切戻し制御ルーチンを実行する。そして、ステップS154およびステップS155にて、現在の検出操舵角θと切戻し操作時点の操舵角θ0との差分値を用いて、転舵角指令値Wh1を設定する。これにより、人間の感覚に合わせて、転舵アクチュエータ21を作動させて転舵輪を切戻し方向に転舵させることができる。したがって、運転を簡単にすることができる。
さらに、電子制御ユニット35は、上述したモード3が発生する状況においては、切込み制御ルーチンを実行する。そして、ステップS204にて、保舵操作前の基本制御プログラムの実行により決定した操舵角速度制限値(dθ/dt)_limとステップS201にて保舵操作後の切込み操作に応じて決定した操舵角速度制限値(dθ/dt)_lim0との差分値を計算する。そして、この差分値を転舵角指令値Wh1に設定する。これにより、保舵操作から切込み操作への移行に伴う操舵フィーリングの急激な変化を抑制することができ、運転者が覚える違和感を抑制することができる。
ところで、上記第1実施形態においては、基本制御プログラムを実行することにより、切込み操作時における転舵角速度dδ/dtは、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limによって制限されて小さくなり、切戻し操作時における転舵角速度dδ/dtは、操舵角速度dθ/dtに基づくため大きくなる。すなわち、上記第1実施形態においては、転舵角速度dδ/dtを切込み操作時と切戻し操作時とで変化させることにより、車両を容易に旋回させることができる。
このように、転舵角速度dδ/dtを変化させることは、言い換えれば、切込み操作時と切戻し操作時とで操舵ゲインGを変更させることに相当するため、左右前輪FW1,FW2の中立位置がズレる可能性がある。すなわち、今、運転者が操舵ハンドル11の中立位置から左方向に操舵角θ2まで切込み操作した後、右方向に切戻し操作し、操舵ハンドル11を中立位置に保持した状態を考えると、図14にて概略的に実線で示すように操舵角θは時間に対して変化する。これに対し、転舵角指令値Whは、運転者による切込み操作に伴って転舵角指令値Wh2まで変化した後、切戻し操作に伴って減少する。しかしながら、運転者によって操舵ハンドル11が中立位置に保持されているにもかかわらず、転舵角指令値Whは、さらに減少し続け、操舵角θとの間でズレが生じる。
このため、特に、運転者によって操舵ハンドル11が切戻し操作されている場合には、上述した中立位置における操舵角θと転舵角指令値Whとのズレを補正する必要がある。以下、この中立位置を補正する第1変形例について説明するが、上記第1実施形態と同一部分に同一の符号を付し、その詳細な説明を省略する。
この第1変形例における基本制御プログラムは、図15に示すように、上述した第1実施形態に係る基本制御プログラムのステップS15が省略されるとともに、ステップS20〜ステップS23が追加されて変形されている。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、前記ステップS12の「No」判定、言い換えれば、切戻し操作の判定に基づき、ステップS20にて、切戻し操作が継続中であるか否かを判定する。すなわち、電子制御ユニット35は、運転者によって切戻し操作が開始された直後であれば、「No」と判定してステップS21に進む。
ステップS21においては、電子制御ユニット35は、切戻し操作が開始された時点における検出操舵角θを操舵角θ2に設定するとともに、同時点における転舵角指令値Whを転舵角指令値Wh2に設定する。そして、電子制御ユニット35は、設定した操舵角θ2と転舵角指令値Wh2とを用いて、転舵角指令値Whを運転者の切戻し操作に応じて適切に中立位置に向けて変化させるためのゲインG2を計算する。すなわち、ゲインG2は、下記式4に従って計算される。
G2=Wh2/θ2 …式4
ここで、切戻し操作開始時点における操舵角θ2および転舵角指令値Wh2を用いてゲインG2を計算した場合には、ゲインG2はリニアに変化する特性となる。この場合、例えば、操舵ゲインGが可変とされている場合には、所定の短い周期で操舵角θ2と転舵角指令値Wh2を更新してゲインG2を計算することにより、ゲインG2は非線形に変化する特性を有することができる。そして、電子制御ユニット35は、ゲインG2を計算すると、ステップS22に進む。
一方、前記ステップS20にて、切戻し操作が継続中であれば、電子制御ユニット35は「Yes」と判定して、ステップS22に進む。ステップS22においては、電子制御ユニット35は、現在の検出操舵角θに対してゲインG2を乗算して操舵角θ1を計算する。そして、電子制御ユニット35は、続くステップS23にて、転舵角指令値Whを計算した操舵角θ1に設定する。このように、転舵角指令値Whを操舵角θ1に設定することによって、上述した第1実施形態と同様に、運転者の知覚特性に合わせて転舵アクチュエータ21を作動制御することができる。
すなわち、転舵角指令値Whを操舵角θ1に設定することによって、ゲインG2を乗算した分だけ上記第1実施形態における転舵角速度dδ/dtよりも小さくなるものの、速やかに左右前輪FW1,FW2を切戻し方向に転舵することができる。これにより、切戻し操作時における良好な操舵特性を損なうことなく、運転者の知覚特性に併せることができる。
また、転舵角指令値Whを操舵角θ1に設定することにより、図16に示すように、切戻し操作開始後、転舵角指令値Whは、中立位置すなわち「0」に向けて変化する。これにより、切戻し操作時における中立位置のズレを良好に補正することができる。
そして、電子制御ユニット35は、転舵角指令値Whを設定すると、上記第1実施形態と同様に、ステップS16以降の各処理を実行して転舵アクチュエータ21の作動を制御し、左右前輪FW1,FW2を目標転舵角δfまで転舵する。したがって、この第1変形例においても、上記第1実施形態と同様の効果が期待できるとともに、切戻し操作時における中立位置のズレを補正することができる。
また、上記第1実施形態においては、基本制御プログラムを実行することにより、運転者によって操舵ハンドル11が切込み操作されると、この切込み操作が開始された時点における操舵角速度dθ/dtに基づいて操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを決定するように実施した。しかし、このように操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを決定すると、運転者による操舵ハンドル11の回動操作状態、より詳しくは、操舵角速度dθ/dtを反映した操舵角速度制限値(dθ/dt)_limが決定できない場合がある。
すなわち、例えば、図17に示すように、運転者が切込み操作開始時に早い操舵角速度dθ/dtで操舵ハンドル11を回動操作し、その後、遅い操舵角速度dθ/dtで操舵ハンドル11を回動操作しても、転舵角指令値Whは、一様に、より具体的には、速い操舵角速度dθ/dtに基づいて決定された操舵角速度制限値(dθ/dt)_limによって転舵角指令値Whが決定される。この場合、運転者は、明確に操舵角速度dθ/dtを小さくして慎重に運転しようと意図しているにもかかわらず、車両の応答性は変化しない状態が生じる。
そこで、運転者による操舵ハンドル11の操舵角速度dθ/dtを反映して、転舵角指令値Whを決定する第2変形例について説明する。なお、この第2変形例の説明においても、上記第1実施形態と同一部分に同一の符号を付し、その詳細な説明を省略する。
この第2変形例における基本制御プログラムは、図18に示すように、上述した第1実施形態に係る基本制御プログラムに対して、ステップS30〜ステップS35が追加されて変形されている。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、前記ステップS13における操舵角速度制限値(dθ/dt)_limの決定処理後、ステップS30にて、決定した操舵角速度制限値(dθ/dt)_limが現在の操舵角速度dθ/dtよりも大きいか否かを判定する。すなわち、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limが操舵角速度dθ/dtよりも大きければ、電子制御ユニット35は「Yes」と判定してステップS31に進む。
一方、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limが操舵角速度dθ/dt以下であれば、言い換えれば、操舵角速度dθ/dtが操舵角速度制限値(dθ/dt)_limよりも大きければ、電子制御ユニット35は「No」と判定して、ステップS14に進む。この場合には、操舵角速度dθ/dtが大きいため、上記第1実施形態と同様に、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを用いて転舵角指令値Whを決定する必要がある。したがって、この場合には、上記第1実施形態と同様に、ステップS14以降の各ステップ処理が実行され、転舵アクチュエータ21の作動が制御される。
ステップS31においては、電子制御ユニット35は、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtを制限する制御、すなわち、転舵角速度制御が継続中であるか否かを判定する。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、運転者による現在の操舵ハンドル11の回動操作状態に基づいて、前記ステップS30における「Yes」判定後、最初にステップS31の判定処理を実行する場合には、「No」と判定してステップS32に進む。一方、ステップS31の判定処理が2回目以降であれば、電子制御ユニット35は「Yes」と判定してステップS34に進む。
ステップS32においては、電子制御ユニット35は、図19に示すように、速い操舵角速度dθ/dtから遅い操舵角速度dθ/dtへ移行した時点における検出操舵角θを操舵角θ3として設定する。また、電子制御ユニット35は、続くステップS33にて、速い操舵角速度dθ/dtから遅い操舵角速度dθ/dtへ移行した時点における転舵角指令値Whを転舵角指令値Wh0として設定する。このように、操舵角θ3および転舵角指令値Wh0を設定すると、電子制御ユニット35は、ステップS34に進む。
ステップS34においては、電子制御ユニット35は、操舵角センサ31によって検出された現在の操舵角θと前記ステップS32にて設定した操舵角θ3との差分値を計算するとともに、同差分値を転舵角指令値Wh3として設定する。すなわち、転舵角指令値Wh3は、遅い操舵角速度dθ/dtにおける操舵角θの変化量である。そして、電子制御ユニット35は、転舵角指令値Wh3を設定すると、ステップS35に進む。
ステップS35においては、電子制御ユニット35は、前記ステップS33にて設定した転舵角指令値Wh0と前記ステップS34にて設定した転舵角指令値Wh3との和を計算し、この計算した値を遅い操舵角速度dθ/dtで操舵ハンドル11が回動操作されたときの操舵角速度制限値(dθ/dt)_limとして決定する。この操舵角速度制限値(dθ/dt)_limは、遅い操舵角速度dθ/dtで回動操作されたときの操舵角θの変化量、すなわち、転舵角指令値Wh3を用いて決定されるため、運転者による操舵ハンドル11の回動操作状態を良好に反映したものである。そして、電子制御ユニット35は、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを決定すると、上記第1実施形態と同様に、ステップS14以降の各ステップ処理を実行し、転舵アクチュエータ21の作動を制御する。
したがって、この第2変形例によれば、図19に示すように、運転者による操舵ハンドル11の操舵角速度dθ/dtに合わせて、転舵角指令値Whが適宜変更されるため、すなわち、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtが適宜制御されるため、運転者の意図を反映した車両の応答性を確保することができる。その他の効果については、上記第1実施形態と同様の効果が期待できる。
b.第2実施形態
次に、運転者による操舵ハンドル11の回動操作に応じて決定される目標転舵角δfと転舵アクチュエータ21の作動により転舵される左右前輪FW1,FW2の実転舵角δとの実差分量に基づいて、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtを制限する第2実施形態について説明する。以下、この第2実施形態について詳細に説明するが、上記第1実施形態と同一部分に同一の符号を付し、その詳細な説明を省略する。
上述した第1実施形態では、切込み操作時において、操舵角速度制限値(dθ/dt)_limを用いて決定した転舵角指令値Whに基づいて転舵アクチュエータ21の作動を制御するようにした。これによって、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtを操舵角速度dθ/dtに比して常に小さく制限するようにした。そして、このように、転舵角速度dδ/dtを小さく制限することによって、特に、ステアリングバイワイヤ方式の車両の操舵装置の操舵特性に不慣れな運転者であっても、左右前輪FW1,FW2が転舵し過ぎることを防止して運転が簡単にできるようにした。
しかしながら、一方で、ステアリングバイワイヤ方式の車両の操舵装置の操舵特性を熟知した運転者にとっては、操舵ハンドル11の回動操作に対してより応答性よく転舵アクチュエータ21が作動し、左右前輪FW1,FW2を応答性よく転舵させることが好まれる場合がある。この場合には、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtを制限することなく、操舵ハンドル11の回動操作に応じて転舵アクチュエータ21を作動させればよい。
すなわち、ステアリングバイワイヤ方式の車両の操舵装置においては、前記式1に示したように、運転者によって操舵ハンドル11を介して入力された操舵角θに対して所定の操舵ゲインGを乗算することにより、操舵ハンドル11の回動操作に応じた転舵角δsを計算することができる。したがって、転舵アクチュエータ21が左右前輪FW1,FW2を転舵角δsまで転舵するときの転舵角速度dδs/dtは、操舵角速度dθ/dtに比例する。このため、運転者は、操舵ハンドル11の操舵角速度dθ/dtを適宜調整することによって、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδs/dtを変化させることができる。この結果、左右前輪FW1,FW2を自身の感覚に合わせて応答性よく転舵させることができる。
ところが、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtは、システム上の制約から、最大転舵角速度dδm/dtが決定されており、この最大転舵角速度dδm/dt以上で左右前輪FW1,FW2を転舵させることは不能である。したがって、例えば、運転者による操舵ハンドル11の操舵角速度dθ/dtに応じて決定される転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδs/dtが最大転舵角速度dδm/dtよりも大きい場合には、転舵アクチュエータ21は、最大転舵角速度dδm/dtで左右前輪FW1,FW2を転舵させることになる。また、車両の操舵装置として、ステアリングバイワイヤ方式を採用した場合には、左右前輪FW1,FW2が転舵アクチュエータ21によって転舵されるため、操舵ハンドル11が回動操作されてから転舵アクチュエータ21が作動を開始するまでに時間差を生じる場合がある。このため、運転者が要求する応答性が確保できない場合もある。このように、操舵ハンドル11の操舵角速度dθ/dtよりも転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtが小さくなる場合には、車両に無用な振動が発生したり、挙動が乱れたりする可能性がある。このことを、具体的に図20を用いて説明する。
図20は、前記式1に従って運転者によって入力された操舵角θを用いて計算される転舵角δsと、転舵アクチュエータ21の作動によって転舵角δsまで変化する左右前輪FW1,FW2の実転舵角δとの時間変化を示している。この場合、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδs/dtが最大転舵角速度dδm/dt以下であり、転舵アクチュエータ21の作動開始までに時間差がなければ、より詳しくは、運転者による操舵ハンドル11の操舵角速度dθ/dtと転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtとが完全に一致していれば、図20の実線で示すように、切込み操作時における転舵角δsと実転舵角δの時間変化を一致させることができ、保舵操作にスムーズに移行させることができる。すなわち、切込み操作から保舵操作に移行するときには、操舵ハンドル11の操舵角速度dθ/dtに応じて転舵角δsと実転舵角δとが緩やかに変化するため、スムーズに移行する。
一方、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδs/dtが最大転舵角速度dδm/dtよりも大きい、または、転舵アクチュエータ21が作動を開始するまでの時間差が大きければ、図20の破線で示すように、切込み操作時における転舵角δsと実転舵角δとの間に差が発生する、言い換えれば、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生する。このとき、転舵アクチュエータ21は、作動遅れを解消すべく、例えば、最大転舵角速度dδm/dtで作動し、運転者による操舵ハンドル11の回動操作状態が保舵操作に移行した後に、転舵角δsと実転舵角δとが一致する、すなわち、実転舵角δが転舵角δsに追いつく。
ここで、実転舵角δが転舵角δsに追いついた時点では、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtが、例えば、最大転舵角速度dδm/dtから「0」に急変するため、図20に示すように、車両に横加速度Gが発生する。このように、横加速度Gが発生した場合には、車両に無用な振動が発生するとともに車両の挙動が乱れる場合がある。そこで、この第2実施形態においては、実転舵角δが転舵角δsすなわち目標転舵角δfと一致する直前で転舵角速度dδ/dtを小さく制限して転舵アクチュエータ21の作動を制御する。
この第2実施形態における車両の操舵装置は、図1に示した上記第1実施形態と同様に構成されている。そして、この第2実施形態における電子制御ユニット35は、イグニッションスイッチがオン状態とされると、所定の短い時間間隔で図21に示す転舵制御プログラムを実行して、運転者による操舵ハンドル11の回動操作に応じて転舵アクチュエータ21の作動を制御する。なお、イグニッションスイッチがオン状態とされると、電子制御ユニット35は、図示しない初期化プログラムを実行し、後述する転舵制御プログラムの各変数、フラグの値などをリセットするようになっている。
すなわち、電子制御ユニット35は、転舵制御プログラムの実行をステップS250にて開始し、続くステップS251にて、操舵角センサ31から操舵ハンドル11の操舵角θを入力する。そして、電子制御ユニット35は、操舵角θを入力すると、ステップS252に進む。
ここで、この第2実施形態においても、電子制御ユニット35は、操舵角センサ31から操舵角θを入力すると、この操舵角θに応じた反力トルクを操舵ハンドル11に入力するために反力アクチュエータ13の作動を制御する。具体的には、上記第1実施形態と同様に、検出操舵角θと予め定めた所定の関係(例えば、比例関係など)にある反力トルクを発生させるために、駆動回路36の電流検出器36aから反力アクチュエータ13内の電動モータに流れる駆動電流を入力する。そして、電子制御ユニット35は、操舵ハンドル11(より詳しくは、操舵入力軸12)に付与する反力トルクに対応した駆動電流が適切に流れるように駆動回路36をフィードバック制御する。これにより、操舵ハンドル11に対して、所定の反力トルクが付与されて、運転者は、適切な反力を知覚しながら操舵ハンドル11を回動操作することができる。
ステップS252においては、電子制御ユニット35は、左右前輪FW1,FW2の目標転舵角δfを計算する。具体的に説明すると、電子制御ユニット35は、前記ステップS251にて入力した検出操舵角θを用いた下記式5に従って、左右前輪FW1,FW2の目標転舵角δfを計算する。
δf=G・θ …式5
ただし、前記式5中のGは、上述した第1実施形態における前記式1,3と同様に適宜設定される値である。
前記ステップS252における目標転舵角δfの計算処理後、電子制御ユニット35は、駆動回路37を駆動制御して転舵アクチュエータ21の作動を開始させるとともに、転舵角センサ33から転舵出力軸22(すなわち、左右前輪FW1,FW2)の実転舵角δを入力する。そして、電子制御ユニット35は、ステップS253に進み、計算した目標転舵角δfと入力した実転舵角δとの間の実差分量の絶対値(以下、単に実差分量Jという)と、転舵アクチュエータ21の作動遅れを判定するために予め設定された差分量d1とを比較することにより、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生しているか否かを判定する。なお、差分量d1は、転舵アクチュエータ21の作動特性に基づいて決定される所定量である。
ここで、転舵アクチュエータ21の作動遅れ判定について具体的に説明する。上述したように、目標転舵角δfは、運転者によって入力された操舵角θを用いて、前記式5に従って計算される。したがって、運転者による操舵ハンドル11の操舵角速度dθ/dtに応じて、目標転舵角δfの時間変化量としての転舵角速度d(δf)/dtも変化する。しかしながら、検出操舵角θに応じて実際に作動する転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtは、上述したように、システム上予め設定された最大転舵角速度d(δm)/dtによって制限される。また、操舵ハンドル11の回動操作開始時点から転舵アクチュエータ21の作動開始時点までの間に時間差も発生する。このため、図22に示すように、ある時間において目標転舵角δfの転舵角速度d(δf)/dtと実転舵角速度dδ/dtとの間に差が生じる。言い換えれば、目標転舵角δfの転舵角速度d(δf)/dtの傾きと、実転舵角速度dδ/dtの傾きとに差が生じる。
したがって、電子制御ユニット35は、ある時間tにおける実差分量Jが差分量d1よりも大きければ、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生しているために「Yes」と判定してステップS254に進む。ステップS254においては、電子制御ユニット35は、転舵アクチュエータ21の作動遅れの有無を表す判定フラグFRG_sを、作動遅れの発生を表す「1」に設定し、ステップS255に進む。一方、電子制御ユニット35は、ある時間tにおける実差分量の絶対値が差分量d1以下であれば、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生していないため、「No」と判定してステップS255に進む。
ステップS255においては、電子制御ユニット35は、判定フラグFRG_sが「1」に設定されているか否かを判定する。すなわち、電子制御ユニット35は、判定フラグFRG_sが「1」に設定されていない、言い換えれば、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生していないことを表す「0」に設定されていれば「No」と判定して、後述するステップS257に進む。なお、判定フラグFRG_sは、上述した初期化プログラムが実行されると、初期値として「0」に設定される。一方、電子制御ユニット35は、前記ステップS254にて、判定フラグFRG_sが「1」に設定されていれば「Yes」と判定して、ステップS256に進む。
ステップS256においては、電子制御ユニット35は、実差分量Jと、予め設定された差分量d2とを比較することにより、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtを制限するか否かを判定する。ここで、差分量d2は、図22に示すように、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtの制限を開始するポイントを決定するために、目標転舵角δfから所定量だけ小さい量として設定されるものである。以下、この判定について詳細に説明する。
上述したように、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生している状況では、目標転舵角δfの転舵角速度d(δf)/dtが大きく、転舵アクチュエータ21は、実転舵角δを目標転舵角δfに一致させるために、例えば、最大転舵角速度d(δm)/dtで作動する。この場合、図22に示すように、運転者によって操舵ハンドル11の回動操作状態が切込み操作から保舵操作に移行されたとすると、転舵アクチュエータ21は、最大転舵角速度d(δm)/dtで目標転舵角δfの転舵角速度d(δf)/dtに追従し、実転舵角δが目標転舵角δfと一致した時点でその作動を急停止する。このように、転舵アクチュエータ21の作動状態が急変すると、上述したように、車両に横加速度Gが発生し、無用な振動が発生したり、車両の挙動が乱れたりする。このため、電子制御ユニット35は、図22に示すように、実転舵角δが目標転舵角δfと一致する(追いつく)前に、言い換えれば、実差分量Jが差分量d2よりも小さくなった時点で、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtを小さく制限して無用な横加速度Gの発生を抑制する。
すなわち、実差分量Jが差分量d2以上であれば、早期に実転舵角δを目標転舵角δfと一致させる必要があり、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtを制限しない。したがって、電子制御ユニット35は、ステップS256にて「No」と判定してステップS257に進む。
ステップS257においては、電子制御ユニット35は、転舵アクチュエータ21の作動を制御するための転舵角指令値Whrを、最大転舵角速度d(δm)/dtで転舵アクチュエータ21を作動制御するための最大転舵角指令値Whm以下となるように設定する。すなわち、ステップS257は、ステップS255およびステップS256の「No」判定に基づいて実行されるステップである。具体的に説明すると、ステップS255の「No」判定に基づけば、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生していないため、運転者による操舵ハンドル11の回動操作、言い換えれば、操舵角速度dθ/dtに応じて転舵アクチュエータ21を作動させるために、転舵角指令値Whrを最大転舵角指令値Whm未満に設定する。また、ステップS256の「No」判定に基づけば、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生しており、早期に実転舵角δを目標転舵角δfと一致させるために、転舵角指令値Whrを最大転舵角指令値Whmに設定する。
一方、前記ステップS256にて、実差分量Jが差分量d2未満であれば、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtを制限する必要があるため、電子制御ユニット35は「Yes」と判定してステップS258に進む。ステップS258においては、電子制御ユニット35は、実差分量Jが差分量d2よりも小さく設定された差分量d3未満であるか否かを判定する。ここで、差分量d3は、図22に示すように、転舵アクチュエータ21の転舵角速度dδ/dtの制限を解除するポイントを決定するために、目標転舵角δfから僅かに小さい量として設定されるものである。
すなわち、電子制御ユニット35は、前記ステップS256の「Yes」判定後、実差分量Jが差分量d3以上であれば、未だ実転舵角δと目標転舵角δfとが略一致しておらず、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtを制限して小さくする必要があるため、「No」と判定してステップS259に進む。
ステップS259においては、電子制御ユニット35は、転舵角指令値Whrを、最大転舵角指令値Whmよりも小さな値として予め設定された制限転舵角指令値Whs以下となるように設定する。すなわち、このステップS259は、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生しており、実差分量Jが差分量d2未満であるとともに差分量d3以上である場合に実行される。そして、この場合には、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtを緩やかに変化させて、実転舵角δと目標転舵角δfとを一致させる必要があるため、電子制御ユニット35は、転舵角指令値Whrが制限転舵角指令値Whs以下となるように設定する。
ここで、制限転舵角指令値Whsは、例えば、図23に示すように、車速センサ34によって検出された車速Vに応じて変化するとよい。この場合、例えば、駐車時のように車速Vが小さい状況では、運転者が大きな操舵角速度dθ/dtで操舵ハンドル11を回動操作する場合がある。この場合、転舵アクチュエータ21は最大転舵角指令値Whmに一致する転舵角指令値Whrに基づいて制御される可能性が高い。このため、制限転舵角指令値Whsを小さく設定することによって、実転舵角δが緩やかに目標転舵角δfまで変化するため、車両に作用する横加速度Gの発生を効果的に抑制することができる。
また、例えば、通常走行時のように車速Vがある程度大きい状況では、運転者は、ある程度大きな操舵角速度dθ/dtで操舵ハンドル11を回動操作する。この場合、転舵アクチュエータ21は最大転舵角指令値Whm未満の転舵角指令値Whrに基づいて制御される可能性が高い。このため、制限転舵角指令値Whsを大きく設定することによって、転舵アクチュエータ21の作動遅れ量が小さくできる。これにより、左右前輪FW1,FW2の転舵応答性を確保することができ、運転者は、良好な操舵フィーリングを得ることができる。
一方、ステップS258にて、実差分量Jが差分量d3未満であれば、実転舵角δが目標転舵角δfと略一致しているため、電子制御ユニット35は「Yes」と判定してステップS260に進む。ステップS260においては、電子制御ユニット35は、前記ステップS259にて制限転舵角指令値Whs以下に設定された転舵角指令値Whrを、最大転舵角指令値Whm以下に再設定することによって、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtの制限を解除する。これにより、運転者によって操舵ハンドル11が次の回動操作状態に移行された場合には、左右前輪FW1,FW2を応答性よく転舵させることができる。
そして、電子制御ユニット35は、ステップS260にて転舵角指令値Whrすなわち実転舵角速度dδ/dtの制限を解除すると、ステップS261に進む。ステップS261においては、電子制御ユニット35は、判定フラグFRG_sを、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生していないことを表す「0」に設定し、ステップS262にて、転舵制御プログラムの実行を一旦終了する。
以上の説明からも理解できるように、この第2実施形態によれば、転舵制御プログラムのステップS253の実行により、実差分量Jと所定の差分量d1とを比較することによって、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生しているか否かを判定することができる。これにより、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生していない状況においては、転舵角指令値Whrを最大転舵角指令値Whm以下に設定することができ、良好な応答性を確保して左右前輪FW1,FW2を転舵させることができる。
また、転舵アクチュエータ21に作動遅れが発生している状況において、ステップS256にて実差分量Jと所定の差分量d2とを比較することにより、実差分量Jが所定の差分量d2未満であれば、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtが小さくなるように、電子制御ユニット35は、転舵角指令値Whrを制限転舵角指令値Whs以下に設定することができる。これにより、実差分量Jが所定の差分量d2未満、すなわち、実転舵角δが目標転舵角δfに近づいた状況では、作動状態が急変しないように転舵アクチュエータ21を緩やかに作動させることができる。この結果、左右前輪FW1,FW2の転舵動作が急激に変化することが効果的に防止され、無用な振動の発生を抑制するとともに車両の挙動を緩やかに変化させることができる。したがって、運転者は良好な操舵フィーリングを得ることができる。また、実差分量Jが所定の差分量d2未満となったときにのみ、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtを制限した転舵角指令値Whrを設定するため、転舵アクチュエータ21の作動遅れを小さくすることができ、運転者の知覚特性に合わせて左右前輪FW1,FW2を転舵させることができる。
一方、実差分量Jが所定の差分量d2よりも大きい状況では、転舵角指令値Whrを、例えば、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtが最大転舵角速度d(δm)/dtとなるように、最大転舵角指令値Whm以下に設定することができる。これにより、左右前輪FW1,FW2の実転舵角δが目標転舵角δfと早期に一致するように転舵アクチュエータ21を作動させることができる。したがって、左右前輪FW1,FW2を運転者による操舵ハンドル11の操作に対して応答性よく転舵させることができる。
また、転舵制御プログラムのステップS258を実行することにより、実差分量Jが所定の差分量d3未満であれば、ステップS260にて転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtの制限を解除した転舵角指令値Whrを設定することができる。これにより、運転者による次の操舵ハンドル11の操作に対して、左右前輪FW1,FW2を応答性よく転舵させることができる。
さらに、車両の車速Vが大きいときには、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtをある程度大きくする制限転舵角指令値Whsを設定できるとともに、車両の車速Vが小さいときには、転舵アクチュエータ21の実転舵角速度dδ/dtを小さくする制限転舵角指令値Whsを設定することができる。これにより、転舵アクチュエータ21の作動状態の変化に伴って発生する無用な振動をより効果的に抑制することができるとともに、良好な車両の挙動安定性を確保することができる。
本発明の実施にあたっては、上記各実施形態および各変形例に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変形が可能である。
例えば、上記各実施形態および各変形例においては、車両を操舵するために回動操作される操舵ハンドル11を用いるようにした。しかし、これに代えて、例えば、直線的に変位するジョイスティックタイプの操舵ハンドルを用いてもよいし、その他、運転者によって操作されるとともに車両に対する操舵を指示できるものであれば、いかなるものを用いてもよい。
また、上記各実施形態および各変形例においては、転舵アクチュエータ21を用いて転舵出力軸22を回転させることにより、左右前輪FW1,FW2を転舵するようにした。しかし、これに代えて、転舵アクチュエータ21を用いてラックバー24をリニアに変位させることにより、左右前輪FW1,FW2を転舵するようにしてもよい。
FW1,FW2…前輪、11…操舵ハンドル、12…操舵入力軸、13…反力アクチュエータ、21…転舵アクチュエータ、22…転舵出力軸、31…操舵角センサ、32…転舵角センサ、33…車速センサ、34…横加速度センサ、35…電子制御ユニット