以下、実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
図1に示すように、車両の一例としての自動二輪車MCは、前輪のブレーキ系統BFと、後輪のブレーキ系統BRと、車輪速度センサ51と、車両用ブレーキ制御装置の一例としての制御部100とを備えている。
車輪速度センサ51は、車輪の回転に伴ってパルス波を発生するセンサである。車輪速度センサ51は、前輪と後輪の両方に設けられ、それぞれの車輪の車輪速度を検出している。
ブレーキ系統BFは、マスタシリンダMFと、液圧ユニット10と、前輪の車輪ブレーキ20と、マスタシリンダMFと液圧ユニット10の入口ポート10aを繋ぐ配管30と、液圧ユニット10の出口ポート10bと前輪の車輪ブレーキ20を繋ぐ配管40とを主に有して構成されている。また、ブレーキ系統BRは、マスタシリンダMRと、液圧ユニット10と、後輪の車輪ブレーキ20と、マスタシリンダMRと液圧ユニット10の入口ポート10aを繋ぐ配管30と、液圧ユニット10の出口ポート10bと後輪の車輪ブレーキ20を繋ぐ配管40とを主に有して構成されている。なお、後輪側のブレーキ系統BRは、前輪側のブレーキ系統BFと同様の構成であるため、以下の説明では、主に前輪側のブレーキ系統BFを説明し、後輪側についての説明は適宜省略する。
マスタシリンダMFは、運転者が右手で操作するブレーキレバーLFの操作量に応じた液圧を出力する装置であり、マスタシリンダMRは、運転者が右足で操作するブレーキペダルLRの操作量に応じた液圧を出力する装置である。
車輪ブレーキ20は、それぞれ、ブレーキロータ21と、図示しないブレーキパッドと、マスタシリンダMF,MRから出力された液圧によりブレーキパッドをブレーキロータ21に押し当ててブレーキ力(制動力)を発生するホイールシリンダ23とを主に備えている。
液圧ユニット10は、入口弁1、チェック弁1a、出口弁2、リザーバ3、ポンプ4、吸入弁4a、吐出弁4b、モータ6を主に備え、通常時は入口ポート10aから出口ポート10bまでが連通した油路となっていることで、マスタシリンダMFから出力された液圧が前輪の車輪ブレーキ20に伝達されるようになっている。
入口弁1は、マスタシリンダMFと車輪ブレーキ20との間に設けられた常開型の電磁弁である。入口弁1は、通常時に開いていることで、マスタシリンダMFから車輪ブレーキ20へ液圧が伝達するのを許容する。また、入口弁1は、前輪がロックしそうになったときに制御部100により閉塞されることで、マスタシリンダMFから車輪ブレーキ20へ液圧が伝達するのを遮断する。
出口弁2は、車輪ブレーキ20とリザーバ3との間に設けられた常閉型の電磁弁である。出口弁2は、通常時に閉塞されているが、前輪がロックしそうになったときに制御部100により開放されることで、車輪ブレーキ20に加わる液圧をリザーバ3に逃がす。
チェック弁1aは、車輪ブレーキ20側からマスタシリンダMF側へのブレーキ液の流入のみを許容する弁であり、入口弁1に並列に接続されている。チェック弁1aは、マスタシリンダMFからの液圧の入力が解除された場合に、入口弁1を閉じていても、車輪ブレーキ20側からマスタシリンダMF側へのブレーキ液の流れを許容する。
リザーバ3は、出口弁2が開放されることによって逃がされるブレーキ液を一時的に貯溜する。ポンプ4は、リザーバ3とマスタシリンダMFとの間に設けられ、モータ6の回転駆動によって駆動することでリザーバ3に貯溜されているブレーキ液を吸入してマスタシリンダMFに戻す。
液圧ユニット10は、制御部100により入口弁1と出口弁2の開閉状態が制御されることで、制動力、具体的には、ホイールシリンダ23の液圧(以下、「ホイールシリンダ圧」ともいう。)を調整する。例えば、入口弁1が開、出口弁2が閉となる通常状態では、ブレーキレバーLFを操作していれば、マスタシリンダMFの液圧がそのままホイールシリンダ23に伝達されて制動力が増加する増圧状態となる。また、入口弁1が閉、出口弁2が開となる状態では、ホイールシリンダ23からリザーバ3側へブレーキ液が流出して制動力が減少する減圧状態となる。さらに、入口弁1と出口弁2が共に閉となる状態では、ホイールシリンダ23の液圧が保持されて制動力が保持される保持状態となる。
制御部100は、主に、液圧ユニット10を制御することで、前輪または後輪のロックを抑制する車輪ロック抑制制御を実行する装置である。制御部100は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、入出力回路などを備えて構成されており、車輪速度センサ51からの入力や、ROMに記憶されたプログラム、データなどに基づいて各種演算処理を行うことによって制御を実行する。
図2に示すように、制御部100は、第1車輪速度検出手段110と、第2車輪速度検出手段120と、推定車体速度推定手段130と、車輪ロック抑制制御手段140と、補正係数設定手段150と、記憶手段160とを備えている。
第1車輪速度検出手段110は、車輪速度センサ51を介して前輪の車輪速度Vwfを検出する機能を有している。第1車輪速度検出手段110は、前輪の車輪速度Vwfを検出すると、検出した車輪速度Vwfを推定車体速度推定手段130および車輪ロック抑制制御手段140に出力する。
第2車輪速度検出手段120は、車輪速度センサ51を介して後輪の車輪速度Vwrを検出する機能を有している。第2車輪速度検出手段120は、後輪の車輪速度Vwrを検出すると、検出した車輪速度Vwrを推定車体速度推定手段130に出力する。
推定車体速度推定手段130は、前後輪の車輪速度Vwf,Vwrに基づいて仮推定車体速度Vcf,Vcrを推定する機能を有している。詳しくは、推定車体速度推定手段130は、前輪が路面上を移動する速度に対応する前輪の仮推定車体速度Vcfと、後輪が路面上を移動する速度に対応する後輪の仮推定車体速度Vcrとを推定している。なお、以下の説明では、前輪の仮推定車体速度Vcfを「第1推定車体速度Vcf」とも称し、後輪の仮推定車体速度Vcrを「第2推定車体速度Vcr」とも称する。
推定車体速度推定手段130は、前輪の車輪速度Vwfに基づいて第1推定車体速度Vcfを推定する。推定車体速度推定手段130は、前輪の車輪速度Vwfの前回値からの変化量が所定値より大きい場合には、前輪の第1推定車体速度Vcfの今回値を、前回値からの変化量が所定値以下となる値にする。
具体的に、推定車体速度推定手段130は、車輪速度Vwfの今回値と前回値の差である車輪速度Vwfの変化量ΔVwf(=|Vwf(n)-Vwf(n-1)|)を算出し、算出した車輪速度Vwfの変化量ΔVwf(大きさ)が所定値以下であるか否かを判断する。前輪の加速時において、算出した車輪速度Vwfの変化量ΔVwfが所定値以下である場合には、推定車体速度推定手段130は、算出した車輪速度Vwfの変化量ΔVwfを、第1推定車体速度Vcfの前回値に加算することで、第1推定車体速度Vcfの今回値を算出する。また、前輪の加速時において、算出した車輪速度Vwfの変化量ΔVwfが所定値より大きい場合には、推定車体速度推定手段130は、所定値以下の値となる制限値(例えば、所定値と同じ値)を、第1推定車体速度Vcfの前回値に加算することで、第1推定車体速度Vcfの今回値を算出する。
また、前輪の減速時において、算出した車輪速度Vwfの変化量ΔVwfが所定値以下である場合には、推定車体速度推定手段130は、第1推定車体速度Vcfの前回値から、算出した車輪速度Vwfの変化量ΔVwfを減算することで、第1推定車体速度Vcfの今回値を算出する。また、前輪の減速時において、算出した車輪速度Vwfの変化量ΔVwfが所定値より大きい場合には、推定車体速度推定手段130は、第1推定車体速度Vcfの前回値から、前述した制限値を減算することで、第1推定車体速度Vcfの今回値を算出する。
推定車体速度推定手段130は、後輪の車輪速度Vwrに基づいて、前輪の第1推定車体速度Vcfと同じ算出方法で後輪の第2推定車体速度Vcrを算出する。推定車体速度推定手段130は、前後輪の仮推定車体速度Vcf,Vcrと、後述する補正係数設定手段150で設定された補正係数αとに基づいて、前輪の推定車体速度VCFを算出する。
詳しくは、推定車体速度推定手段130は、第1推定車体速度Vcfと、第2推定車体速度Vcrに補正係数αをかけた値と、のうち大きい方の値を、前輪の推定車体速度VCFとして推定する。詳しくは、推定車体速度推定手段130は、以下の式(1)により、前輪の推定車体速度VCFを算出する。
VCF=max〔Vcf,Vcr×α〕 ・・・(1)
推定車体速度推定手段130は、前輪の推定車体速度VCFと同じ算出方法で、後輪の推定車体速度VCRを算出する。つまり、推定車体速度推定手段130は、以下の式(2)により、後輪の推定車体速度VCRを算出する。
VCR=max〔Vcr,Vcf×α〕 ・・・(2)
なお、本実施形態では、前輪の推定車体速度VCFを算出するときの補正係数α(α0,α1,α2)と、後輪の推定車体速度VCRを算出するときの補正係数α(α0,α1,α2)を同じ値とする。ただし、本発明はこれに限定されず、前輪の推定車体速度VCFを算出するときの補正係数と、後輪の推定車体速度VCRを算出するときの補正係数を異なる値に設定してもよい。
推定車体速度推定手段130は、前後輪の推定車体速度VCF,VCRを算出すると、算出した推定車体速度VCF,VCRを車輪ロック抑制制御手段140に出力する。また、推定車体速度推定手段130は、前後輪の推定車体速度VCRを算出すると、前後輪の推定車体速度VCF,VCRを図示せぬ異常判定手段に出力する。
なお、異常判定手段は、例えば、前後輪の推定車体速度VCF,VCRの差が所定の規定値以上である場合に、車輪速度センサ51が異常であると判定する機能を有している。異常判定手段による異常判定は、例えば、車輪ロック抑制制御の非実行中に行われる。
車輪ロック抑制制御手段140は、前後輪の制動を制御する制御手段である。なお、以下の説明では、前輪に対する車輪ロック抑制制御のみを説明し、後輪に対する車輪ロック抑制制御については、前輪と同様であるため、説明は省略する。
車輪ロック抑制制御手段140は、第1車輪速度検出手段110から出力されてくる前輪の車輪速度Vwfと、推定車体速度推定手段130から出力されてくる前輪の推定車体速度VCFとに基づいて、前輪のロックを抑制する車輪ロック抑制制御を実行する機能を有している。詳しくは、車輪ロック抑制制御手段140は、車輪速度Vwfと推定車体速度VCFとに基づいて定まるスリップ率が、所定の閾値以上になり、かつ、車輪加速度が0以下であるとき(減速中)に前輪がロックしそうになったと判定して、減圧制御を実行する。ここで、車輪加速度は、例えば車輪速度Vwfから算出される。車輪ロック抑制制御手段140は、減圧制御において、入口弁1および出口弁2に電流を流すことで、入口弁1を閉じ、出口弁2を開けるように制御する。
車輪ロック抑制制御手段140は、減圧制御中において車輪加速度が0よりも大きくなると、保持制御を実行する。車輪ロック抑制制御手段140は、保持制御において、入口弁1に電流を流し、出口弁2に電流を流さないことで、入口弁1および出口弁2を両方とも閉じるように制御する。
車輪ロック抑制制御手段140は、スリップ率が所定の閾値未満となり、かつ、車輪加速度が0以下であるときに、増圧制御を実行する。車輪ロック抑制制御手段140は、増圧制御において、入口弁1および出口弁2に電流を流さないことで、出口弁2を閉じ、入口弁1を開けるように制御する。
そして、車輪ロック抑制制御手段140は、前述したような減圧制御・保持制御・増圧制御を1サイクルとする制御を、車輪ロック抑制制御の終了条件が満たされるまでの間、繰り返し実行する。ここで、1サイクルは、減圧制御、保持制御、増圧制御が1回ずつ行われることを含む他、減圧制御および保持制御がこの順で複数回行われた後、増圧制御が1回行われることも含む。
なお、車輪ロック抑制制御の終了条件は、例えば、自動二輪車MCが停止したことなどが挙げられる。また、車輪ロック抑制制御の開始条件は、例えば、自動二輪車MCの制動時において最初に減圧制御の条件が満たされたことなどが挙げられる。
また、車輪ロック抑制制御手段140は、減圧制御および保持制御を実行しても車輪速度Vwfが正常に回復しなかった回数が、所定時間内において所定回数以上となった場合に、第1の異常(サイクル異常)と判定する機能を有している。ここで、「車輪速度Vwfが正常に回復しない」か否かの判定は、車輪加速度が閾値に達していないか否かを判定することで行う。通常、減圧制御が必要なスリップが発生し、車輪ロック抑制制御が行われた場合、車輪速度が正常に復帰する際の車輪加速度は、閾値以上の値となる。なお、閾値は、実験やシミュレーションなどによって得られる、車輪速度が正常に復帰した場合の車輪加速度に基づいて設定すればよい。
なお、「車輪速度Vwfが正常に回復しない」か否かの判定は、車輪速度Vwfが推定車体速度VCF付近まで達しておらず、推定車体速度VCFと車輪速度Vwfとが所定の速度差Vth以上離れているか否かを判定することで行ってもよい。
また、車輪ロック抑制制御手段140は、1サイクル中の減圧制御における減圧量が所定値以上となった場合に、第2の異常(過剰減圧異常)と判定する機能を有している。なお、本実施形態では、減圧制御の開始からの経過時間が所定の閾値以上であるかを判断することで、減圧量が所定値以上であるかを判断することとする。ただし、本発明はこれに限定されず、例えば、出口弁2の通電量などから推定される減圧量を算出し、この減圧量が所定値以上であるかを判断してもよい。
車輪ロック抑制制御手段140は、第1の異常または第2の異常であることを判定すると、そのことを示す異常信号を補正係数設定手段150に出力する。
補正係数設定手段150は、車輪ロック抑制制御手段140での判定結果に基づいて、補正係数αを設定する機能を有している。詳しくは、補正係数設定手段150は、車輪ロック抑制制御手段140が異常であると判定していない場合には、補正係数αを、初期係数α0に設定する。ここで、初期係数α0としては、1より小さく、かつ、1に近い値とすることができる。これにより、例えば、前輪の推定車体速度VCFを設定する際には、前輪の第1推定車体速度Vcfを優先的に選ぶことができるとともに、何らかの異常によって第1推定車体速度Vcfが非常に小さな値になった場合でも、第1推定車体速度Vcfが正常である場合であるときの値と略等しい後輪の第2推定車体速度Vcrを選ぶことができる。
また、補正係数設定手段150は、車輪ロック抑制制御手段140が第1の異常であると判定した場合には、補正係数αを、第1の異常であると判定されなかった場合(詳しくは、異常でない場合)よりも小さな値となる第1補正係数α1に設定する。つまり、第1の異常が発生した場合には、補正係数αは、初期係数α0よりも小さな第1補正係数α1に設定される。これにより、例えば、前輪の推定車体速度VCFを設定する際には、前輪の第1推定車体速度Vcfをより優先的に選ぶことができる。
また、補正係数設定手段150は、車輪ロック抑制制御手段140が第2の異常であると判定した場合には、補正係数αを、第2の異常であると判定されなかった場合(詳しくは、異常でない場合および第1の異常と判定された場合)よりも小さな値となる第2補正係数α2に設定する。つまり、第2補正係数α2は、第1補正係数α1よりも小さな値となっている。これにより、例えば、前輪の推定車体速度VCFを設定する際には、前輪の第1推定車体速度Vcfをより優先的に選ぶことができる。
記憶手段160は、制御部100を前述した各手段として機能させるためのプログラムや、仮推定車体速度Vcf,Vcrなどのパラメータなどを記憶している。
次に、図3~図5を参照して制御部100による前輪についての処理を詳細に説明する。制御部100は、図3に示す処理を常時繰り返し実行している。なお、補正係数αは、自動二輪車MCが停車するたびに初期係数α0にリセットされることとする。また、制御部100による後輪についての処理は、前輪と同様であるため、図示および説明は省略する。
図3に示す処理において、制御部100は、まず、補正係数αを設定する補正係数設定処理を実行する(S1)。補正係数設定処理において、制御部100は、第1の異常または第2の異常が発生していない場合には、補正係数αを変更せずに初期係数α0のままとし、第1の異常または第2の異常が発生した場合には、補正係数αを第1補正係数α1または第2補正係数α2に変更する。なお、補正係数設定処理の詳細については、後で説明する。
ステップS1の後、制御部100は、車輪速度センサ51から前後輪の車輪速度Vwf,Vwrを取得する(S2)。ステップS2の後、制御部100は、前輪の車輪速度Vwfに基づいて前輪の車輪加速度Awfを算出する(S3)。
ステップS3の後、制御部100は、前輪の車輪速度Vwfに基づいて前輪の仮推定車体速度Vcfを算出する(S4)。ステップS4の後、制御部100は、後輪の車輪速度Vwrに基づいて後輪の仮推定車体速度Vcrを算出する(S5)。
ステップS5の後、制御部100は、前述した式(1)に基づいて前輪の推定車体速度VCFを算出する(S6)。ステップS6の後、制御部100は、前述した式(2)に基づいて後輪の推定車体速度VCRを算出する(S7)。
ステップS7の後、制御部100は、車輪ロック抑制制御の開始条件が満たされたか否かを判断する(S8)。ステップS8において開始条件が満たされたと判断した場合には(Yes)、制御部100は、車輪ロック抑制制御を実行して(S9)、本処理を終了する。なお、車輪ロック抑制制御については、後で詳述する。
ステップS8において開始条件が満たされていないと判断した場合には(No)、制御部100は、車輪ロック抑制制御中であるか否かを判断する(S10)。ステップS10において車輪ロック抑制制御中であると判断した場合には(Yes)、制御部100は、車輪ロック抑制制御を実行して(S9)、本処理を終了する。また、ステップS10において車輪ロック抑制制御中でないと判断した場合には(No)、制御部100は、本処理を終了する。
図4に示す補正係数設定処理において、制御部100は、まず、車輪ロック抑制制御において保持制御から増圧制御に切り替わったか否かを判断する(S21)。ステップS21において切り替わったと判断した場合には(Yes)、制御部100は、前輪の車輪加速度Awfが閾値Ath未満であるか否かを判断する(S22)。
つまり、制御部100は、ステップS21,S22の処理を行うことで、減圧制御および保持制御を実行しても車輪速度Vwfが正常に回復しなかったか否かを判断している。ステップS22においてAwf<Athである、つまり車輪速度Vwfが正常に回復しなかったと判断した場合には(Yes)、制御部100は、車輪速度Vwfが正常に回復しなかった回数を示す「非回復回数C」をカウントアップする(S23)。
ステップS23の後、制御部100は、非回復回数Cのカウントを開始したとき(つまり、C=1にカウントアップしたとき)から所定時間以内であるか否かを判断する(S24)。ステップS24において所定時間以内であると判断した場合には(Yes)、制御部100は、非回復回数Cが所定回数Cth以上であるか否かを判断する(S25)。
ステップS25においてC≧Cthであると判断した場合には(Yes)、制御部100は、補正係数αを第1補正係数α1に設定して(S26)、本処理を終了する。ステップS22,S24においてNoと判断した場合には、制御部100は、非回復回数Cをリセットし(S27)、かつ、補正係数αを変更することなく本処理を終了する。また、ステップS25においてNoと判断した場合には、制御部100は、非回復回数Cのリセットおよび補正係数αの変更を行わずに、本処理を終了する。
ステップS21においてNoと判断した場合には、制御部100は、減圧タイマTdが所定の閾値Tth以上であるか否かを判断する(S28)。ここで、減圧タイマTdは、減圧制御の開始からの経過時間を示すタイマであり、減圧制御が終了すると0にリセットされるタイマである。そのため、制御部100は、ステップS28において、1サイクル中の減圧制御における減圧量が所定値以上であるか否かを判断している。
ステップS28においてTd≧Tthであると判断した場合には(Yes)、制御部100は、補正係数αを第2補正係数α2に設定して(S29)、本処理を終了する。ステップS28においてTd≧Tthでないと判断した場合には(No)、制御部100は、補正係数αを変更せずに、本処理を終了する。
図5に示す車輪ロック抑制制御において、制御部100は、まず、前輪の車輪加速度Awfが0以下であるか否かを判断する(S41)。ステップS41においてAwf≦0であると判断した場合には(Yes)、制御部100は、スリップ率SLが所定のスリップ閾値SLth以上であるか否かを判断する(S42)。
ステップS42においてSL≧SLthであると判断した場合には(Yes)、制御部100は、減圧制御を実行する(S43)。ステップS43の後、制御部100は、減圧タイマTdをカウントアップして(S44)、本処理を終了する。
ステップS41においてAwf≦0でないと判断した場合には(No)、制御部100は、保持制御を実行する(S45)。ステップS42においてSL≧SLthでないと判断した場合には(No)、制御部100は、増圧制御を実行する(S46)。ステップS45,S46の後、制御部100は、減圧タイマTdを0にリセットして(S47)、本処理を終了する。
次に、第1の異常(サイクル異常)または第2の異常(過剰減圧異常)が生じた際における前輪の推定車体速度VCFの算出方法について図6または図7を参照して説明する。最初に、図6を参照して、サイクル異常が生じた際における推定車体速度VCFの算出方法について説明する。なお、図6および図7においては、便宜上、スリップ閾値SLthを、速度に換算したスリップ閾値TH(=VCF-SLth)として図示することとする。
図6に示すように、例えば前輪の径が設計値であるのに対し、後輪の径が設計値よりも小径である場合には、後輪の車輪速度Vwrが前輪の車輪速度Vwfよりも大きくなる。この際、前後輪の径の差が大きいと、各車輪速度Vwf,Vwrの差が大きくなり、各車輪速度Vwf,Vwrから推定される仮推定車体速度Vcf,Vcrの差も大きくなる。
そのため、式(1)を用いて前輪の推定車体速度VCFを算出する場合に、後輪の仮推定車体速度Vcrに補正係数α(α0)をかけた値が、前輪の仮推定車体速度Vcfよりも大きくなり、Vcr×α0が、前輪の推定車体速度VCFとして選択されてしまう。このような場合には、実際にはスリップしていなくても、前輪の車輪速度Vwfが、スリップ閾値TH付近になることがある。
このような場合に、運転者がブレーキを踏んで自動二輪車MCを減速させていくと(時刻t1)、前輪が僅かでもスリップしたときに、スリップ率SLがスリップ閾値TH以上となってしまい、車輪ロック抑制制御が開始され、減圧制御が開始されてしまう(時刻t2)。その後、車輪加速度Awfが正となったときに保持制御が開始される(時刻t3)。
減圧制御および保持制御によって前輪の車輪速度Vwfが増加していくが、この車輪速度Vwfは、推定車体速度VCF付近まで達する前、詳しくはスリップ閾値THを少し超えたときに減少し始める(時刻t4)。これにより、増圧制御の条件が満たされてしまうため、スリップ閾値TH付近で増圧制御が実行されてしまい、その後、すぐに減圧制御が実行される(時刻t5)。
そのため、本実施形態のような制御を行わない場合には、比較的短い時間の間において減圧制御・保持制御・増圧制御のサイクルが繰り返し行われてしまうサイクル異常が発生する。これに対し、本実施形態では、車輪ロック抑制制御を開始してから最初の保持制御が増圧制御に切り替わるタイミングにおいて、車輪速度Vwfが正常に回復していない(Awf<Ath)場合には、制御部100は、非回復回数Cをカウントアップして1とする。
そして、時刻t6において2回目の保持制御が実行され、時刻t7において2回目の保持制御が増圧制御に切り替わったときにも、車輪速度Vwfが正常に回復していない場合には、制御部100は、非回復回数Cをカウントアップして2とする。この際、非回復回数Cの閾値である所定回数Cthが2である場合には、制御部100は、サイクル異常が発生したと判断して、補正係数αを、初期係数α0よりも小さな第1補正係数α1に設定する。
これにより、式(1)を用いて前輪の推定車体速度VCFを算出する場合に、後輪の仮推定車体速度Vcrに補正係数α(α1)をかけた値が、前輪の仮推定車体速度Vcfよりも小さくなるので、前輪の仮推定車体速度Vcfが、前輪の推定車体速度VCFとして選択される(時刻t7)。これにより、スリップ閾値THが、前輪の車輪速度Vwfから離れた小さな値になる。
そのため、時刻t7の後は、前輪が大きくスリップしない限り、減圧制御に入ることはないため、サイクル異常の現象が起こらなくなり、制動制御を良好に行うことができる。
次に、図7を参照して、過剰減圧異常が生じた際における推定車体速度VCFの算出方法について説明する。なお、図7の例では、車輪ロック抑制制御に入る前のスリップ閾値SLthは、車輪ロック抑制制御に入った後のスリップ閾値SLthよりも大きな値に設定されているものとする。つまり、図に示す、速度に換算したスリップ閾値THは、車輪ロック抑制制御に入る前の方が、車輪ロック抑制制御に入った後よりも低い値となっている。
図7に示すように、例えば前輪の径が設計値であるとともに、後輪の径が設計値よりも小径であり、かつ、前後輪の径の差が図6の例(サイクル異常)よりも大きい場合には、前輪の車輪速度Vwfが、車輪ロック抑制制御介入前(時刻t11より前)のスリップ閾値TH付近の値になることがある。この場合、自動二輪車MCの走行中に運転者がブレーキを踏んだ際に(時刻t11)、前輪が僅かでもスリップすると、前輪の車輪速度Vwfがスリップ閾値THを下回って、車輪ロック抑制制御の開始条件(Awf≦0、SL≧SLth)が満たされてしまい、減圧制御が開始されてしまう(時刻t12)。
また、制御部100は、時刻t12において車輪ロック抑制制御を開始すると、スリップ閾値SLthを開始前よりも大きな値に設定する。これにより、速度に換算されたスリップ閾値THは、図示のように、車輪ロック抑制制御の開始前よりも大きな値となる。
減圧制御中においては、前輪の車輪速度Vwfは略一定の速度となるため、前輪の車輪速度Vwfが常にスリップ閾値THを下回ってしまい、減圧制御の条件(Awf≦0、SL≧SLth)が満たされ続けてしまう。そのため、本実施形態のような制御を行わない場合には、過剰減圧異常が発生してしまう。これに対し、本実施形態では、制御部100は、減圧制御を開始すると、減圧タイマTdのカウントアップを開始する(時刻t12)。
そして、減圧タイマTdが所定の閾値Tth以上になると(時刻t13)、制御部100は、過剰減圧異常が発生したと判断して、補正係数αを、初期係数α0よりも小さな第2補正係数α2に設定する。これにより、式(1)を用いて前輪の推定車体速度VCFを算出する場合に、後輪の仮推定車体速度Vcrに補正係数α(α2)をかけた値が、前輪の仮推定車体速度Vcfよりも小さくなるので、前輪の仮推定車体速度Vcfが、前輪の推定車体速度VCFとして選択される(時刻t13)。これにより、スリップ閾値THが前輪の車輪速度Vwfから離れた小さな値になる。
このようにスリップ閾値THが変わることで、時刻t13において増圧制御の条件(Awf≦0、SL>SLth)が満たされるので、制御部100は、増圧制御を実行する。これにより、過剰減圧異常が発生するのを抑制することができる。
なお、後輪の径が設計値であるのに対し前輪の径が設計値よりも小さい場合には、Vwf>VwrとなることでVcf>Vcwとなるので、前輪に対する車輪ロック抑制制御において前輪の推定車体速度VCFを算出する際には、常に前輪の仮推定車体速度Vcfが選ばれる。そのため、サイクル異常や過剰減圧異常が発生することはない。
以上によれば、本実施形態において以下のような効果を得ることができる。
減圧制御および保持制御を実行しても車輪速度Vwfが正常に回復しなかった回数が、所定時間内において所定回数以上となった場合に、サイクル異常と判定するので、減圧制御および保持制御を実行しても車輪速度Vwfが正常に回復しない異常であるサイクル異常を良好に判定することができる。
1サイクル中の減圧制御における減圧量が所定値以上となった場合に、過剰減圧異常と判定するので、減圧制御において過剰な減圧が行われてしまう過剰減圧異常を良好に判定することができる。
後輪の仮推定車体速度Vcrに補正係数αをかけた値が、前輪の仮推定車体速度Vcfよりも大きいことが原因でサイクル異常が発生した場合には、補正係数αを小さくすることで(α0→α1)、サイクル異常の発生後における推定車体速度VCFを、発生前よりも小さくすることができる。これにより、速度に換算したスリップ閾値THを車輪速度Vwfよりも小さくすることができる、言い換えると推定車体速度VCFと車輪速度Vwfによって求まるスリップ率SLをスリップ閾値SLthを超えない値まで小さくすることができるので、サイクル異常を解消することができる。
後輪の仮推定車体速度Vcrに補正係数αをかけた値が、前輪の仮推定車体速度Vcfよりも大きいことが原因で過剰減圧異常が発生した場合には、補正係数αを小さくすることで(α0→α2)、過剰減圧異常の発生後における推定車体速度VCFを、発生前よりも小さくすることができる。これにより、速度に換算したスリップ閾値THを車輪速度Vwfよりも小さくすることができるので、過剰減圧異常を解消することができる。
過剰減圧異常の方が、サイクル異常よりも、仮推定車体速度Vcf,Vcrの差が大きくなりやすいため、第2補正係数α2を第1補正係数α1よりも小さくすることで、どちらの異常が起こった場合であっても、推定車体速度VCFを適正な値にすることができる。
なお、本発明は前記実施形態に限定されることなく、以下に例示するように様々な形態で利用できる。
前記実施形態では、非回復回数Cの閾値である所定回数Cthを2回としたが、本発明はこれに限定されず、1または3回以上であってもよい。
前記実施形態では、車輪加速度Awfが閾値Athに達していないことを判断することで、車輪速度が正常に回復しなかったことを判定したが、本発明はこれに限定されない。例えば、推定車体速度VCFに対する車輪速度Vwfの比が規定値以上であることを判断することで、車輪速度が正常に回復しなかったことを判定してもよい。
前記実施形態では、減圧タイマTdが所定の閾値Tth以上であることを判断することで、減圧量が所定値以上であることを判定したが、本発明はこれに限定されない。例えば、車輪ブレーキ内の液圧を検出する圧力センサからの情報に基づいて、減圧量が所定値以上であるかを判定してもよい。
各フローチャートの処理の順序(例えば、推定車体速度VCF,VCRの算出の順序など)は、前記実施形態に限定されず、矛盾がない限り、どのような順序で行ってもよい。
前記実施形態では、車輪ロック抑制制御手段140によって前後輪の制動を制御したが、本発明はこれに限定されず、車輪ロック抑制制御手段は、前輪のみの制動を制御するものであってもよいし、後輪のみの制動を制御するものであってもよい。
前記実施形態では、制御部100(車両用ブレーキ制御装置)が、ブレーキ液を利用した液圧ブレーキ装置を制御するように構成されていたが、これに限定されるものではない。例えば、車両用ブレーキ制御装置は、ブレーキ液を利用せずに電動モータによりブレーキ力を発生させる電動ブレーキ装置を制御するように構成されていてもよい。
前記実施形態では、本発明が適用される車両として、自動二輪車を例示したが、これに限定されず、例えば、車両は、自動三輪車やバギーカーなどの自動二輪車以外のバーハンドル車両であってもよいし、自動四輪車などであってもよい。
前記実施形態では、後輪のブレーキ系統BRをブレーキペダルLRで操作するように構成したが、本発明はこれに限定されず、例えば手で操作されるブレーキレバーによって後輪のブレーキ系統を操作するように構成してもよい。
また、車輪ロック抑制制御が行われない他方の車輪に対するブレーキは、液圧ブレーキに限定されず、例えば機械式のブレーキであってもよい。
前記した実施形態および変形例で説明した各要素を、任意に組み合わせて実施してもよい。