実施例1におけるロックアップ制御装置は、トルクコンバータと前後進切替機構とバリエータと終減速機構により構成されるベルト式無段変速機(自動変速機の一例)を搭載したエンジン車に適用したものである。以下、実施例1の構成を、「全体システム構成」、「ロックアップ制御装置の構成」、「トルク容量演算ブロック等の詳細構成」、「コーストスリップ制御処理構成」、「ロックアップクラッチトルク容量制御処理構成」に分けて説明する。
[全体システム構成]
図1は、実施例1の自動変速機のロックアップ制御装置が適用されたエンジン車の駆動系と制御系を示す。以下、図1に基づいて、全体システム構成を説明する。
エンジン車の駆動系は、図1に示すように、エンジン1と、トルクコンバータ2と、前後進切替機構3と、バリエータ4と、終減速機構5と、駆動輪6,6と、を備えている。ここで、ベルト式無段変速機CVTは、トルクコンバータ2と前後進切替機構3とバリエータ4と終減速機構5を図外の変速機ケースに内蔵することにより構成される。
エンジン1は、ドライバーによるアクセル操作による出力トルクの制御以外に、外部からのエンジン制御信号により出力トルクを制御可能である。このエンジン1には、スロットルバルブ開閉動作や燃料カット動作等によりトルク制御を行う出力トルク制御アクチュエータ10を有する。例えば、アクセル足離し操作によるコースト走行時、燃料カット制御が実行される。
トルクコンバータ2は、トルク増大機能やトルク変動吸収機能を有する流体継手による発進要素である。トルク増大機能やトルク変動吸収機能を必要としないとき、エンジン出力軸11(=トルクコンバータ入力軸)とトルクコンバータ出力軸21を直結可能なロックアップクラッチ20を有する。このトルクコンバータ2は、ポンプインペラ23と、タービンランナ24と、ステータ26と、を構成要素とする。ポンプインペラ23は、エンジン出力軸11にコンバータハウジング22を介して連結される。タービンランナ24は、トルクコンバータ出力軸21に連結される。ステータ26は、変速機ケースにワンウェイクラッチ25を介して設けられる。
前後進切替機構3は、バリエータ4への入力回転方向を前進走行時の正転方向と後退走行時の逆転方向で切り替える機構である。この前後進切替機構3は、ダブルピニオン式遊星歯車30と、複数枚のクラッチプレートによる前進クラッチ31と、複数枚のブレーキプレートによる後退ブレーキ32と、を有する。前進クラッチ31は、Dレンジ等の前進走行レンジ選択時に前進クラッチ圧Pfcにより油圧締結される。後退ブレーキ32は、Rレンジ等の後退走行レンジ選択時に後退ブレーキ圧Prbにより油圧締結される。なお、前進クラッチ31と後退ブレーキ32は、Nレンジ(ニュートラルレンジ)の選択時には、前進クラッチ圧Pfcと後退ブレーキ圧Prbをドレーンすることでいずれも解放される。
バリエータ4は、プライマリプーリ42と、セカンダリプーリ43と、プーリベルト44と、を有し、ベルト接触径の変化により変速比(バリエータ入力回転とバリエータ出力回転の比)を無段階に変化させる無段変速機能を備える。プライマリプーリ42は、バリエータ入力軸40の同軸上に配された固定プーリ42aとスライドプーリ42bにより構成され、スライドプーリ42bはプライマリ圧室45に導かれるプライマリ圧Ppriによりスライド動作する。セカンダリプーリ43は、バリエータ出力軸41の同軸上に配された固定プーリ43aとスライドプーリ43bにより構成され、スライドプーリ43bはセカンダリ圧室46に導かれるセカンダリ圧Psecによりスライド動作する。プーリベルト44は、プライマリプーリ42のV字形状をなすシーブ面と、セカンダリプーリ43のV字形状をなすシーブ面とに掛け渡されている。このプーリベルト44は、環状リングを内から外へ多数重ね合わせた2組の積層リングと、打ち抜き板材により形成され、2組の積層リングに沿って挟み込みにより環状に積層して取り付けられた多数のエレメントにより構成されている。なお、プーリベルト44としては、プーリ進行方向に多数配列したチェーンエレメントを、プーリ軸方向に貫通するピンにより結合したチェーンタイプのベルトであっても良い。
終減速機構5は、バリエータ出力軸41からのバリエータ出力回転を減速すると共に差動機能を与えて左右の駆動輪6,6に伝達する機構である。この終減速機構5は、減速ギヤ機構として、バリエータ出力軸41に設けられたアウトプットギヤ52と、アイドラ軸50に設けられたアイドラギヤ53及びリダクションギヤ54と、デフケースの外周位置に設けられたファイナルギヤ55と、を有する。そして、差動ギヤ機構として、左右のドライブ軸51,51に介装されたディファレンシャルギヤ56を有する。
エンジン車の制御系は、図1に示すように、油圧制御ユニット7と、CVTコントロールユニット8と、エンジンコントロールユニット9と、を備えている。電子制御系であるCVTコントロールユニット8とエンジンコントロールユニット9は、互いの情報を交換可能なCAN通信線13により接続されている。
油圧制御ユニット7は、プライマリ圧室45に導かれるプライマリ圧Ppri、セカンダリ圧室46に導かれるセカンダリ圧Psec、前進クラッチ31への前進クラッチ圧Pfc、後退ブレーキ32への後退ブレーキ圧Prb、等を調圧するユニットである。この油圧制御ユニット7は、走行用駆動源であるエンジン1により回転駆動されるオイルポンプ70と、オイルポンプ70からの吐出圧に基づいて各種の制御圧を調圧する油圧制御回路71と、を備える。油圧制御回路71には、ライン圧ソレノイド弁72と、プライマリ圧ソレノイド弁73と、セカンダリ圧ソレノイド弁74と、セレクトソレノイド弁75と、ロックアップ圧ソレノイド弁76と、を有する。なお、各ソレノイド弁72,73,74,75,76は、CVTコントロールユニット8から出力される制御指令値(指示電流)によって調圧動作を行う。
ライン圧ソレノイド弁72は、CVTコントロールユニット8から出力されるライン圧指令値に応じ、オイルポンプ70からの吐出圧を、指令されたライン圧PLに調圧する。このライン圧PLは、各種の制御圧を調圧する際の元圧であり、駆動系を伝達するトルクに対してベルト滑りやクラッチ滑りを抑える油圧とされる。
プライマリ圧ソレノイド弁73は、CVTコントロールユニット8から出力されるプライマリ圧指令値に応じ、ライン圧PLを元圧として指令されたプライマリ圧Ppriに減圧調整する。セカンダリ圧ソレノイド弁74は、CVTコントロールユニット8から出力されるセカンダリ圧指令値に応じ、ライン圧PLを元圧として指令されたセカンダリ圧Psecに減圧調整する。
セレクトソレノイド弁75は、CVTコントロールユニット8から出力される前進クラッチ圧指令値又は後退ブレーキ圧指令値に応じ、ライン圧PLを元圧として指令された前進クラッチ圧Pfc又は後退ブレーキ圧Prbに減圧調整する。
ロックアップ圧ソレノイド弁76は、CVTコントロールユニット8から出力される指示電流Aluに応じ、ロックアップクラッチ20を締結/スリップ締結/解放するLU指示圧Pluに調圧する。
CVTコントロールユニット8は、ライン圧制御や変速制御や前後進切替制御やロックアップ制御、等を行う。ライン圧制御では、アクセル開度等に応じた目標ライン圧を得る指令値をライン圧ソレノイド弁72に出力する。変速制御では、目標変速比(目標プライマリ回転Npri*)を決めると、決めた目標変速比(目標プライマリ回転数Npri*)を得る指令値をプライマリ圧ソレノイド弁73及びセカンダリ圧ソレノイド弁74に出力する。前後進切替制御では、選択されているレンジ位置に応じて前進クラッチ31と後退ブレーキ32の締結/解放を制御する指令値をセレクトソレノイド弁75に出力する。ロックアップ制御では、ロックアップクラッチ20を締結/スリップ締結/解放するLU指示圧Pluを制御する指示電流Aluをロックアップ圧ソレノイド弁76に出力する。
CVTコントロールユニット8には、プライマリ回転センサ90、車速センサ91、セカンダリ圧センサ92、油温センサ93、インヒビタスイッチ94、ブレーキスイッチ95、タービン回転センサ96、セカンダリ回転センサ97、プライマリ圧センサ98、等からのセンサ情報やスイッチ情報が入力される。
エンジンコントロールユニット9には、エンジン回転センサ12、アクセル開度センサ14、等からのセンサ情報が入力される。CVTコントロールユニット8は、エンジン回転情報やアクセル開度情報をエンジンコントロールユニット9へリクエストすると、CAN通信線13を介し、エンジン回転数Neやアクセル開度APOの情報を受け取る。さらに、エンジントルク情報をエンジンコントロールユニット9へリクエストすると、CAN通信線13を介し、エンジンコントロールユニット9において推定演算される実エンジントルクTeの情報を受け取る。
図2は、Dレンジ選択時に自動変速モードでの無段変速制御をバリエータ4により実行する際に用いられるDレンジ無段変速スケジュールの一例を示す。
「Dレンジ変速モード」は、車両運転状態に応じて変速比を自動的に無段階に変更する自動変速モードである。「Dレンジ変速モード」での変速制御は、車速VSP(車速センサ91)とアクセル開度APO(アクセル開度センサ14)により特定される図2のDレンジ無段変速スケジュール上での運転点(VSP,APO)により、目標プライマリ回転数Npri*を決める。そして、プライマリ回転センサ90からの実プライマリ回転数Npriを、目標プライマリ回転数Npri*に一致させるプーリ油圧のフィードバック制御により行われる。なお、変速比は、Dレンジ無段変速スケジュールの最Low変速比線や最High変速比線から明らかなように、ゼロ運転点から引かれる変速比線の傾きであらわされる。よって、運転点(VSP,APO)により目標プライマリ回転数Npri*を決めることは、バリエータ4の目標変速比を決めることになる。
即ち、「Dレンジ変速モード」で用いられるDレンジ無段変速スケジュールは、図2に示すように、運転点(VSP,APO)に応じて最Low変速比と最High変速比による変速比幅の範囲内で変速比を無段階に変更するように設定されている。例えば、車速VSPが一定のときは、アクセル踏み込み操作を行うと目標プライマリ回転数Npri*が上昇してダウンシフト方向に変速し、アクセル戻し操作を行うと目標プライマリ回転数Npri*が低下してアップシフト方向に変速する。アクセル開度APOが一定のときは、車速VSPが上昇するとアップシフト方向に変速し、車速VSPが低下するとダウンシフト方向に変速する。なお、アクセル足離し操作によるコースト減速時の無段変速は、Dレンジ無段変速スケジュールの太実線で示すコースト変速線(APO=0)に沿って車速VSPが変化することで行われる。
[ロックアップ制御装置の構成]
図3は、実施例1のロックアップ制御装置を示す。以下、図3に基づいてロックアップ制御装置の概要構成を説明する。なお、ロックアップを“LU”と略称し、フィードフォワードを“F/F”と略称し、フィードバックを“F/B”と略称する。
ロックアップ制御装置が適用される駆動系は、図3に示すように、エンジン1(走行用駆動源)と、ロックアップクラッチ20を有するトルクコンバータ2と、前後進切替機構3と、バリエータ4と、終減速機構5と、駆動輪6と、を備えている。
ロックアップ制御装置が適用される制御系は、図3に示すように、CVTコントロールユニット8と、エンジンコントロールユニット9と、ロックアップ圧ソレノイド弁76と、を備えている。CVTコントロールユニット8には、無段変速制御部8a以外に、様々な要求に応じてロックアップクラッチ20のクラッチ状態を、締結状態/スリップ締結状態/解放状態とする統合ロックアップ制御を行うロックアップ制御部80が設けられている。そして、ロックアップ制御部80には、アクセル足離し操作によるコースト減速シーンのときにコーストスリップ制御を行うコーストスリップ制御部80aを有する。
ロックアップ制御部80での統合ロックアップ制御は、運転者の意図する目標駆動力Fd*を推定し、駆動輪6へ出力される実駆動力Fdが目標駆動力Fd*になるようにロックアップクラッチ20のスリップ締結状態制御を行う点を特徴とする。その際、スリップ締結状態制御でのコントロール性を高めるために、目標駆動力Fd*を目標エンジン回転数Ne*に変換する。この目標エンジン回転数Ne*に実エンジン回転数Neを収束させる制御(F/F制御+F/B制御)を実行することでコンバータトルクTcnvを演算する。そして、図3に示すように、Tadj=Tcnv+Tluの関係が成り立つことで、ロックアップクラッチ20の目標LUトルクTlu*を算出し、目標LUトルクTlu*を得る指示電流Aluをロックアップ圧ソレノイド弁76に出力する。このように、目標エンジン回転数Ne*を得るようにトルクコンバータ2のトルク比を制御することで、ロックアップクラッチ20のスリップ締結状態制御において、運転者の意図する目標駆動力Fd*を実現するようにしている。
図4は、CVTコントロールユニット8のロックアップ制御部80を構成する各ブロックを示す。以下、図4に基づいてロックアップ制御部80のブロック構成を説明する。
ロックアップ制御部80は、図4に示すように、駆動力デマンドブロック81と、要求調停ブロック82と、目標算出ブロック83と、トルク容量演算ブロック84と、実現ブロック85と、を有する。
駆動力デマンドブロック81は、アクセル開度APOや車速VSPに基づいて目標駆動力Fd*を演算し、エンジン全性能特性を用いて目標駆動力Fd*を目標エンジン回転数Ne*に変換することで、目標エンジン回転数Ne*のプロファイルを演算する。そして、駆動力デマンドブロック81からは、締結要求フラグや解放要求フラグを出力する。
要求調停ブロック82は、駆動力デマンドブロック81からの締結要求フラグと解放要求フラグを入力し、各種要求からロックアップ要求を演算し、要求を調停して優先順位を決める。各種要求としては、基本要求、DP要求(DPはDriving pleasureの略)、運転性要求、保護要求、FS要求(FSはFail Safeの略)、技術限界要求、ほかのシステム要求、コーストスリップ要求、等がある。要求調停により要求調停ブロック82からは、即解放要求フラグや解放要求フラグやスリップ要求フラグや締結要求フラグ等を出力する。
目標算出ブロック83は、要求調停ブロック82からの即解放要求フラグ・解放要求フラグ・スリップ要求フラグ・締結要求フラグ等を入力し、これらのLU要求から差回転目標として目標差回転数ΔN*を演算する。この目標算出ブロック83にて締結差回転目標や解放差回転目標を算出するとき、駆動力デマンドブロック81により演算された目標エンジン回転数Ne*を入力する。なお、即解放差回転目標やスリップ差回転目標については、予め設定された目標スリップ回転数特性や演算により設定される目標スリップ回転数特性を用いる。ここで、演算により設定される目標スリップ回転数特性のうち、コーストスリップ要求に対して設定される目標スリップ回転数特性を、「目標コーストスリップ回転数特性」という。
トルク容量演算ブロック84は、目標算出ブロック83から目標差回転数ΔN*とタービン回転数Ntと実エンジン回転数Ne等を入力する。そして、補正エンジントルクTadjの演算とコンバータトルクTcnvの演算(F/F制御+F/B制御)により、目標差回転数ΔN*を実現する指示トルク(目標LUトルクTlu*)を演算する。ここで、コーストスリップ要求があるときは、目標算出ブロック83において設定された目標コーストスリップ回転数特性に基づく目標差回転数ΔN*を入力する。
実現ブロック85は、トルク容量演算ブロック84から目標LUトルクTlu*を入力し、目標LUトルクTlu*をLU指示圧Pluに変換し、さらに、LU指示圧Pluを指示電流Aluに変換する。
ここで、コーストスリップ制御は、図4に示すように、それまで実現ブロック85に配置されていたコースト容量学習制御の各機能を、要求調停ブロック82と目標算出ブロック83とトルク容量演算ブロック84とに再配置したものである。つまり、要求調停ブロック82にコーストスリップ要求機能を配置する。目標算出ブロック83にコーストスリップ制御での目標コーストスリップ回転数特性による目標差回転数ΔN*(=Ne-Nt:負の値)の設定機能を配置する。トルク容量演算ブロック84にコーストスリップ制御での目標差回転数ΔN*に基づくロックアップクラッチ20のトルク容量制御機能を配置する。但し、トルク容量演算ブロック84では、コーストスリップ要求があると、前回までのコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)を初期値にリセットする。
[トルク容量演算ブロック等の詳細構成]
図5は、ロックアップ制御部80に有するコーストスリップ制御部80aを構成する目標算出ブロック83とトルク容量演算ブロック84と実現ブロック85を示す。以下、図5に基づいて各ブロック83,84,85の詳細構成を説明する。
目標算出ブロック83は、先読み減速度算出器83aと、目標コーストスリップ回転数特性設定器83bとを有する。
先読み減速度算出器83aは、無段変速制御部8aからバリエータ4の目標変速比を入力し、フィードバック補償での油圧応答遅れ分を相殺する先読み減速度を算出する。つまり、車速低下による減速度を、バリエータ4の実変速比による現在値ではなく、目標変速比が指示された後に到達する未来値(目標変速比)を用い、目標変速比による車速低下を先読みする。
目標コーストスリップ回転数特性設定器83bは、先読み減速度算出器83aからの先読み減速度と、車速センサ91からの車速VSPと、予め設定されている第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*及び第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*を入力する。そして、第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*と、先読み減速度に基づいて算出される第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*と、第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*とによる目標コーストスリップ回転数特性を設定する。コーストスリップ制御が開始されてから車速VSPが第1設定車速VSP1まで低下するまでの間は、第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*を目標差回転数ΔN*として出力する。車速VSPが第1設定車速VSP1から第2設定車速VSP2に低下するまでの間は、第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*を目標差回転数ΔN*として出力する。車速VSPが第2設定車速VSP2未満になると第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*を目標差回転数ΔN*として出力する。
トルク容量演算ブロック84は、補正エンジントルク演算エリア841に、先読み分エンジントルク算出器84aと、第1加算器84bと、ポンプ負荷トルク算出器84cと、第1差分器84dとを有する。
先読み分エンジントルク算出器84aは、アクセル開度APOと実エンジン回転数Neを入力し、エンジン全性能マップを用いて現時点のエンジントルクから油圧応答遅れ時間までに変動すると推定される先読み分エンジントルクΔTepreを算出する。なお、現時点のエンジントルクは、現時点のアクセル開度APOと実エンジン回転数Neとエンジン全性能マップにより取得される。先読み分エンジントルクΔTepreは、アクセル開度APOや実エンジン回転数Neの変化速度と油圧応答遅れ時間を用い、現時点から油圧応答遅れ時間を経過するまでのエンジントルクの変化幅(正又は負)とする。
第1加算器84bは、エンジンコントロールユニット9から取得した実エンジントルクTeと先読み分エンジントルク算出器84aからの先読み分エンジントルクΔTepreを加算することで、先読みエンジントルクTepreを算出する。
ポンプ負荷トルク算出器84cは、エンジン1により回転駆動されるときのオイルポンプ70による負荷トルクであるポンプ負荷トルクTopを算出する。
第1差分器84dは、第1加算器84bにより算出された先読みエンジントルクTepreとポンプ負荷トルク算出器84cにより算出されたポンプ負荷トルクTopの差により補正エンジントルクTadj(=Tepre-Top)を算出する。
トルク容量演算ブロック84は、コンバータトルク演算エリア842に、F/F補償器84eと、第2差分器84fと、第3差分器84gと、F/B補償器84hと、最小値選択器84iと、第2加算器84jとを有する。
F/F補償器84eは、目標コーストスリップ回転数特性設定器83bからの目標差回転数ΔN*(=目標コーストスリップ回転数)を入力し、目標差回転数ΔN*に応じたコンバータトルクF/F補償分Tcnv_ffを算出する。
第2差分器84fは、エンジン回転センサ12からの実エンジン回転数Neと、タービン回転センサ96からのタービン回転数Ntを入力する。そして、実エンジン回転数Neとタービン回転数Ntの差により実差回転数ΔNを算出する。
第3差分器84gは、目標コーストスリップ回転数特性設定器83bからの目標差回転数ΔN*(=目標コーストスリップ回転数)と、第2差分器84fからの実差回転数ΔN(=実スリップ回転数)を入力する。そして、目標差回転数ΔN*と実差回転数ΔNの差により差回転数偏差δを算出する。
F/B補償器84hは、第3差分器84gからの差回転数偏差δを入力し、差回転数偏差δに応じたコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)を、PIフィードバック制御(P:比例、I:積分)により算出する。このF/B補償器84hは、要求調停ブロック82にてコーストスリップ制御の開始条件の成立によりコーストスリップ要求があると、前回までのコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)を初期値にリセットする。
最小値選択器84iは、F/B補償器84hからのコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)と、コンバータトルクF/B補償分の上限トルク値Tcnv_maxを入力する。そして、最小値選択によりコンバータトルクF/B補償分Tcnv_fbを出力する。
ここで、コンバータトルクF/B補償分の上限トルク値Tcnv_maxは、
Tcnv_max=Tadj-Tcnv_ff-K(K:固定値) …(1)
であらわされる式(1)、つまり、補正エンジントルクTadjとコンバータトルクF/F補償分Tcnv_ffに応じた可変トルク値で与える。なお、固定値Kは、ロックアップクラッチ20のスリップ締結シーンのときに目標LUトルクTlu*の上昇を促す上限トルク値Tcnv_maxになるように設定する。しかし、固定値Kを低過ぎるトルク値に設定した場合、コンバータトルクF/F補償分Tcnv_ffと固定値Kの和により、トルクコンバータ2への入力トルクである補正エンジントルクTadjを超えないことがある。つまり、ロックアップクラッチ20のスリップ解放シーンのときに目標LUトルクTlu*がゼロとはならず、ロックアップクラッチ20を解放することができない。よって、固定値Kは、ロックアップクラッチ20のスリップ解放シーンを考慮し、コンバータトルクF/F補償分との和により、トルクコンバータ2への入力トルクである補正エンジントルクTadjを超え得るトルク値のうち最小域の値に設定する。
第2加算器84jは、F/F補償器84eからのコンバータトルクF/F補償分Tcnv_ffと最小値選択器84iからのコンバータトルクF/B補償分Tcnv_fbを加算し、コンバータトルクTcnvを算出する。
トルク容量演算ブロック84は、補正エンジントルク演算エリア841とコンバータトルク演算エリア842の外部に第4差分器84kを有する。第4差分器84kは、第1差分器84dからの補正エンジントルクTadjと、第2加算器84jからのコンバータトルクTcnvを差し引いて目標LUトルクTlu*を算出する。
実現ブロック85は、トルク→油圧変換器85aと油圧→電流変換器85bを有する。トルク→油圧変換器85aは、トルク容量演算ブロック84から入力される目標LUトルクTlu*をLU指示圧Pluに変換する。油圧→電流変換器85bは、トルク→油圧変換器85aから入力されたLU指示圧Pluを指示電流Aluに変換する。
[コーストスリップ制御処理構成]
図6は、実施例1のCVTコントロールユニット8のコーストスリップ制御部80aにて実行されるコーストスリップ制御処理の流れを示す。以下、図6の各ステップについて説明する。なお、この処理は、所定の制御周期により繰り返し処理動作が行われる。
ステップS100では、スタートに続き、コーストスリップ要求有りか否かを判断する。YES(コーストスリップ要求有り)の場合はステップS101へ進み、NO(コーストスリップ要求無し)の場合はエンドへ進む。
ここで、「コーストスリップ要求」は、走行中、コーストスリップ制御開始条件が成立したときに出される。コーストスリップ制御開始条件は、走行中、アクセル足離し操作条件が成立した後、エンジン1のフューエルカット制御が開始され、フューエルカット制御の開始から所定時間が経過したことで成立と判断する。なお、コーストスリップ制御開始条件には、変速作動油温が所定温度以上という油温条件が付加される。
ステップS101では、ステップS100でのコーストスリップ要求有りとの判断に続き、コンバータトルク(FB)をリセットし、ステップS102へ進む。
ここで、コンバータトルク(FB)をリセットするとは、トルク容量制御処理によりそれまで計算されていたコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)を初期値にリセットすることをいう。
ステップS102では、ステップS101でのコンバータトルク(FB)のリセット、或いは、ステップS109でのコーストスリップ制御終了条件不成立であるとの判断に続き、車速VSPが第1設定車速VSP1未満であるか否かを判断する。YES(VSP<VSP1)の場合はステップ104へ進み、NO(VSP≧VSP1)の場合はステップS103へ進む。
ここで、「第1設定車速VSP1」は、コーストスリップ制御からLU解放制御へと移行する切替車速であり、エンジンストールを防止しながらコーストスリップ制御を維持可能な下限車速域の車速値(例えば、20km/h程度)に設定される。
ステップS103では、ステップS102でのVSP≧VSP1であるとの判断に続き、目標コーストスリップ回転数として固定値による第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*を与え、ステップS108へ進む。
ここで、「第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*」は、フィードバック補償(=フィードバック制御)でコントロールできる最小回転数域のコーストスリップ差回転数値(例えば、-20rpm程度)で与えられる(図8参照)。
ステップS104では、ステップS102でのVSP<VSP1であるとの判断に続き、車速VSPが第2設定車速VSP2未満であるか否かを判断する。YES(VSP<VSP2)の場合はステップ107へ進み、NO(VSP≧VSP2)の場合はステップS105へ進む。
ここで、「第2設定車速VSP2」は、ロックアップクラッチ20の解放完了予定の車速であり、第1設定車速VSP1よりさらに低車速側であり減速停止直前の車速値(例えば、10km/h程度)に設定される。
ステップS105では、ステップS104でのVSP≧VSP2であるとの判断に続き、バリエータ4へ指示される目標変速比に基づいて先読み減速度を算出し、ステップS106へ進む。
ステップS106では、ステップS105での先読み減速度の算出に続き、車両の先読み減速度に合わせた勾配で差回転数が増加する第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*を与え、ステップS108へ進む。
ここで、「第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*」は、第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*と第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*とを繋ぐ低下勾配特性において、車両の先読み減速度が大きいほど大きな低下勾配角度とされる(図8参照)。
ステップS107では、ステップS104でのVSP<VSP2であるとの判断に続き、目標コーストスリップ回転数として固定値による第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*を与え、ステップS108へ進む。
ここで、「第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*」は、ロックアップクラッチ20を完全解放することが可能なクラッチ解放差回転数最小値(例えば、-2000rpm程度)で与えられる(図8参照)。
ステップS108では、ステップS103又はステップS106又はステップS107の目標コーストスリップ回転数の付与に続き、図7に示すロックアップクラッチ20のトルク容量制御を実行し、ステップS109へ進む。
ステップS109では、ステップS108でのLUクラッチトルク容量制御に続き、コーストスリップ制御終了条件が成立しているか否かを判断する。YES(コーストスリップ制御終了条件成立)の場合はエンドへ進み、NO(コーストスリップ制御終了条件不成立)の場合はステップS102へ戻る。
ここで、「コーストスリップ制御終了条件」とは、アクセル足離し操作によるコースト走行状態(=惰性走行状態)から脱する条件をいう。つまり、アクセル再踏み込み操作やブレーキ踏み込み操作や車両停止判定等が行われ、コースト走行状態から脱すると終了条件成立とされる。
[ロックアップクラッチトルク容量制御処理構成]
図7は、実施例1のCVTコントロールユニット8のコーストスリップ制御部80aにて実行されるロックアップクラッチトルク容量制御処理の流れを示す。以下、図7の各ステップについて説明する。なお、この処理は、所定の制御周期により繰り返し処理動作が行われる。
ステップS1では、スタートに続き、目標差回転数ΔN*を読み込み、ステップS2へ進む。
ここで、「目標差回転数ΔN*」とは、図6のコーストスリップ制御処理で与えられた第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*、又は、第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*、又は、第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*をいう。
ステップS2では、ステップS1での目標差回転数ΔN*の読み込みに続き、先読みエンジントルクTepreを算出し、ステップS3へ進む。
ここで、先読みエンジントルクTepreとは、ロックアップ油圧制御での油圧応答遅れ分を補償するエンジントルクである。先読みエンジントルクTepreは、先読み分エンジントルク算出器84aと第1加算器84bにおいて、エンジンコントロールユニット9から取得した実エンジントルクTeと先読み分エンジントルクΔTepreを加算することで算出される。
ステップS3では、ステップS2での先読みエンジントルクTepreの算出に続き、補正エンジントルクTadjを算出し、ステップS4へ進む。
ここで、補正エンジントルクTadjとは、トルクコンバータ2に入力されるエンジントルクである。補正エンジントルクTadjは、第1差分器84dにおいて、先読みエンジントルクTepreとポンプ負荷トルクTopの差により算出される。
ステップS4では、ステップS3での補正エンジントルクTadjの算出に続き、ステップS1で読み込まれた目標差回転数ΔN*に基づいて、目標差回転数ΔN*に応じたコンバータトルクF/F補償分Tcnv_ffを算出し、ステップS5へ進む。
ここで、「コンバータトルクF/F補償分Tcnv_ff」は、目標差回転数ΔN*(=目標コーストスリップ回転数)を入力するF/F補償器84eにおいて、目標差回転数ΔN*に収束させるロックアップトルクのF/F補償分として算出される。
ステップS5では、ステップS4でのコンバータトルクF/F補償分Tcnv_ffの算出に続き、差回転数偏差δに基づいて、差回転数偏差δに応じたコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)を算出し、ステップS6へ進む。
ここで、「差回転数偏差δ」は、コーストスリップ制御での目標差回転数ΔN*と実差回転数ΔN(=Ne-Nt)の差により算出される。そして、コーストスリップ要求があると、コンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)は、F/B補償器84hにおいて、コンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)を初期値にリセットし、実差回転数ΔNを目標差回転数ΔN*に一致させるコンバータトルクF/B補償分として算出が開始される。
ステップS6では、ステップS5でのコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)の算出に続き、コンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)が、コンバータトルクF/B補償分の上限トルク値Tcnv_max以下であるか否かを判断する。YES(Tcnv_fb(c)≦Tcnv_max)の場合はステップS7へ進み、NO(Tcnv_fb(c)>Tcnv_max)の場合はステップS8へ進む。
ステップS7では、ステップS6でのTcnv_fb(c)≦Tcnv_maxであるとの判断に続き、コンバータトルクF/B補償分Tcnv_fbを、コンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)とし、ステップS9へ進む。
ステップS8では、ステップS6でのTcnv_fb(c)>Tcnv_maxであるとの判断に続き、コンバータトルクF/B補償分Tcnv_fbを、コンバータトルクF/B補償分の上限トルク値Tcnv_maxとし、ステップS9へ進む。
ここで、ステップS6~ステップS8によるコンバータトルクF/B補償分Tcnv_fbの選択は、最小値選択器84iにおいて行われる。
ステップS9では、ステップS7又はステップS8でのコンバータトルクF/B補償分Tcnv_fbの設定に続き、コンバータトルクTcnvを算出し、ステップS10へ進む。
ここで、コンバータトルクTcnvは、F/F補償器84eからのコンバータトルクF/F補償分Tcnv_ffと、最小値選択器84iからのコンバータトルクF/B補償分Tcnv_fbを加算することで算出される。
ステップS10では、ステップS9でのコンバータトルクTcnvの算出に続き、目標LUトルクTlu*を算出し、ステップS11へ進む。
ここで、目標LUトルクTlu*は、第4差分器84kにおいて、ステップS3にて算出された補正エンジントルクTadjから、ステップS9にて算出されたコンバータトルクTcnvを差し引くことで算出する。
ステップS11では、ステップS10での目標LUトルクTlu*の算出に続き、トルク→油圧変換器85aにおいて、目標LUトルクTlu*をLU指示圧Pluに変換し、ステップS12へ進む。
ステップS12では、ステップS11でのLU指示圧Pluへの変換に続き、油圧→電流変換器85bにおいて、LU指示圧Pluを指示電流Aluに変換し、ステップS13へ進む。
ステップS13では、ステップS12での指示電流Aluへの変換に続き、ロックアップ圧ソレノイド弁76へ指示電流Aluを出力し、エンドへ進む。
次に、実施例1の作用を、「実施例1のコーストスリップ制御処理作用」と「車両減速度が異なるコースト減速シーンでのコーストスリップ制御作用」に分けて説明する。
[実施例1のコーストスリップ制御処理作用]
図6に示すフローチャートに基づいてコーストスリップ制御処理作用を説明する。S100にてコーストスリップ要求有りと判断されると、S100→S101へと進み、S101では、トルク容量制御処理により前回まで計算されていたコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)が初期値にリセットされる。つまり、積分項を含めてコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)をリセットしてコーストスリップ制御が開始される。
コーストスリップ制御が開始されると、S101からS102→S103→S108→S109へと進む。そして、車速VSPが第1設定車速VSP1以上である間であって、コーストスリップ制御終了条件が成立していないと、S102→S103→S108→S109へと進む流れが繰り返される。つまり、ステップS103において、目標コーストスリップ回転数として、フィードバック制御でコントロールできる最小回転数域のコーストスリップ差回転数値による第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*が与えられる。そして、ステップS108において、図7に示すロックアップクラッチ20のトルク容量制御が実行される。
このロックアップクラッチ20のトルク容量制御では、図7のS1において、第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*が目標差回転数ΔN*として読み込まれ、図7のS2~S13へと進むトルク容量制御処理が実行される。トルク容量制御処理では、S5において、目標差回転数ΔN*と実差回転数ΔNの差回転数偏差δに基づいてコンバータトルクF/B補償分計算値Tcnv_fb(c)が算出される。S9において、コンバータトルクF/F補償分Tcnv_ffとコンバータトルクF/B補償分Tcnv_fbを加算することでコンバータトルクTcnvが算出される。次のS10において、補正エンジントルクTadjからコンバータトルクTcnvを差し引くことで目標LUトルクTlu*が算出される。そして、S11~S13にて目標LUトルクTlu*を、LU指示圧Pluに変換し、LU指示圧Pluを指示電流Aluに変換し、ロックアップ圧ソレノイド弁76へ指示電流Aluが出力される。
コーストスリップ制御の開始後、減速によって車速VSPが第1設定車速VSP1未満になると、S102からS104→S105→S106→S108→S109へと進む。そして、車速VSPが第2設定車速VSP2以上である間であって、コーストスリップ制御終了条件が成立していないと、S102→S104→S105→S106→S108→S109へと進む流れが繰り返される。つまり、ステップS105では、バリエータ4へ指示される目標変速比に基づいて先読み減速度が算出される。ステップS106では、目標コーストスリップ回転数として、車両の先読み減速度に合わせた勾配で差回転数が増加する第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*が与えられる。そして、ステップS108において、図7に示すロックアップクラッチ20のトルク容量制御が実行される。
このロックアップクラッチ20のトルク容量制御では、図7のS1において、第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*が目標差回転数ΔN*として読み込まれ、上記同様に、図7のS2~S13へと進むトルク容量制御処理が実行される。
さらなる減速によって車速VSPが第2設定車速VSP2未満になると、S102からS104→S107→S108→S109へと進む。そして、コーストスリップ制御終了条件が成立していない間は、S102→S104→S107→S108→S109へと進む流れが繰り返される。つまり、ステップS107では、目標コーストスリップ回転数として、ロックアップクラッチ20を完全解放することが可能なクラッチ解放差回転数最小値による第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*が与えられる。そして、ステップS108において、図7に示すロックアップクラッチ20のトルク容量制御が実行される。
このロックアップクラッチ20のトルク容量制御では、図7のS1において、第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*が目標差回転数ΔN*として読み込まれ、上記同様に、図7のS2~S13へと進むトルク容量制御処理が実行される。
[車両減速度が異なるコースト減速シーンでのコーストスリップ制御作用]
まず、コーストスリップ制御においてロックアップクラッチを解放する際、制御開始時の車両減速度に応じて設定される目標コーストスリップ回転数特性に沿ったフィードフォワード制御によりコーストスリップ制御を行うものを比較例とする。
この比較例の場合、目標コーストスリップ回転数特性により制御指令を決めるフィードフォワード制御である。このため、コーストスリップ制御を開始した後、目標コーストスリップ回転数特性と実コーストスリップ回転数特性との間に偏差が発生しても、発生した偏差が制御に反映されずに許容されることになる。よって、ロックアップクラッチの解放タイミングが所望のタイミングからずれる虞がある。
そこで、コーストスリップ制御を、フィードバック制御により実行する案がある。しかし、目標コーストスリップ回転数と実コーストスリップ回転数の偏差により制御指令を決めるフィードバック制御では、油圧応答遅れがある実コーストスリップ回転数の情報を用いることになる。よって、実コーストスリップ回転数情報の油圧応答遅れにより、ロックアップクラッチの解放タイミングが所望のタイミングからずれてしまう新たな原因を作ってしまうことになる。
本発明者等は、上記課題に着目し、アクセル足離し操作によるコースト減速中、実コーストスリップ回転数が目標コーストスリップ回転数に収束するようにロックアップ差圧をフィードバック制御する。そして、フィードバック制御で用いる目標コーストスリップ回転数を、車両の先読み減速度に基づき算出する構成を採用した。
このように、コーストスリップ制御をフィードバック制御とすることで、コーストスリップ制御中に発生する目標コーストスリップ回転数と実コーストスリップ回転数の偏差を随時抑える制御となる。この結果、ロックアップ解放タイミングが所望のタイミングからずれることを抑制することができる。
さらに、目標コーストスリップ回転数を車両の先読み減速度を用いて算出することで、油圧応答遅れがある実コーストスリップ回転数情報を用いても、油圧応答遅れ分が先読み情報になる目標コーストスリップ回転数により相殺される。この結果、コーストスリップ減速時、フィードバック制御による応答遅れを抑えることができる。
図8は、車両減速度が異なるコースト減速シーンでの各特性を示すタイムチャートである。以下、図8に基づいて車両減速度が異なるコースト減速シーンでのコーストスリップ制御作用を説明する。
車両減速度大(0.5G)の車速特性をAとすると、時刻t0から車速VSPがコーストスリップ制御を維持可能な下限車速域の第1設定車速VSP1に到達する時刻t1までの区間が第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*を維持するコーストスリップ制御区間になる。そして、時刻t1から第2設定車速VSP2に到達する時刻t2までの区間が第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*によるLUクラッチ解放制御区間になる。さらに、時刻t2以降の区間が第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*を維持するLUクラッチ完全解放区間になる。
車両減速度中(0.2G)の車速特性をBとすると、時刻t0から車速VSPがコーストスリップ制御を維持可能な下限車速域の第1設定車速VSP1に到達する時刻t1までの区間が第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*を維持するコーストスリップ制御区間になる。そして、時刻t1から第2設定車速VSP2に到達する時刻t3までの区間が第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*によるLUクラッチ解放制御区間になる。さらに、時刻t3以降の区間が第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*を維持するLUクラッチ完全解放区間になる。
車両減速度小(0.1G)の車速特性をCとすると、時刻t0から車速VSPがコーストスリップ制御を維持可能な下限車速域の第1設定車速VSP1に到達する時刻t1までの区間が第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*を維持するコーストスリップ制御区間になる。そして、時刻t1から第2設定車速VSP2に到達する時刻t4までの区間が第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*によるLUクラッチ解放制御区間になる。さらに、時刻t4以降の区間が第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*を維持するLUクラッチ完全解放区間になる。
そこで、車速特性A,B,Cを対比する。車両減速度大(0.5G)の車速特性Aの場合、LUクラッチ解放制御区間での第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*による低下勾配角度が最も大きな角度になる。そして、車速特性Aの場合、LUクラッチ解放制御時間TA(=t1~t2)が最も短い時間になり、時刻t2がロックアップクラッチ20の解放タイミングになる。
車両減速度中(0.2G)の車速特性Bの場合、LUクラッチ解放制御区間での第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*による低下勾配角度が車速特性Aと車速特性Cの中間角度になる。そして、車速特性Bの場合、LUクラッチ解放制御時間TB(=t1~t3)が車速特性Aと車速特性Cの中間時間になり、時刻t3がロックアップクラッチ20の解放タイミングになる。
車両減速度小(0.1G)の車速特性Cの場合、LUクラッチ解放制御区間での第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*による低下勾配角度が最も小さな角度になる。そして、車速特性Cの場合、LUクラッチ解放制御時間TC(=t1~t4)が最も長い時間になり、時刻t4がロックアップクラッチ20の解放タイミングになる。
このように、車速特性A,B,Cによる車両減速度を精度良く把握しておくと、車両減速度の大きさにかかわらず、適切なロックアップクラッチ20の解放タイミングを得ることができる。
以上説明したように、実施例1のベルト式無段変速機CVTのロックアップ制御装置にあっては、下記に列挙する効果が得られる。
(1) トルクコンバータ2と、ロックアップクラッチ20と、ロックアップコントローラ(CVTコントロールユニット8)と、を備える。
トルクコンバータ2は、走行用駆動源(エンジン1)と変速機構(バリエータ4)との間に介装される。
ロックアップクラッチ20は、トルクコンバータ2に有し、締結によりトルクコンバータ入力軸とトルクコンバータ出力軸を直結する。
ロックアップコントローラ(CVTコントロールユニット8)は、ロックアップクラッチ20の締結/スリップ/解放の制御を行う。
ロックアップコントローラ(CVTコントロールユニット8)に、アクセル足離し操作によるコースト減速中、実スリップ回転数が目標コーストスリップ回転数に収束するようにロックアップ差圧をフィードバック制御するコーストスリップ制御部80aを設ける。
コーストスリップ制御部80aは、フィードバック制御で用いる目標コーストスリップ回転数を、車両の先読み減速度に基づき算出する(図3)。
このように、フィードバック制御で用いる目標コーストスリップ回転数が、車両の先読み減速度を用いて算出される。この結果、コーストスリップ減速時、フィードバック制御による応答遅れを抑えつつ、ロックアップ解放タイミングが所望のタイミングからずれることを抑制することができる。
(2) 変速機構は、無段変速機構(バリエータ4)である。
コーストスリップ制御部80aは、無段変速機構(バリエータ4)へ指示する目標変速比に基づいて車両の先読み減速度を算出する(図5)。
このように、車両の先読み減速度を、無段変速制御部8aから取得される目標変速比に基づいて算出している。この結果、油圧応答遅れを相殺する車両の先読み減速度を精度良く算出することができる。
即ち、無段変速制御部8aから取得される目標変速比は、変速指示値であり、目標変速比が指示されてから油圧応答遅れ分の時間が経過した後に実変速比となる。つまり、目標変速比は、油圧応答遅れ分を先読みした変速比情報といえる。
(3) コーストスリップ制御部80aは、コーストスリップ要求があると、車両の減速にしたがって第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*から第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*を介して第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*へと移行する目標コーストスリップ回転数特性を設定する。
第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*を、フィードバック制御でコントロールできる最小回転数域のコーストスリップ差回転数値で与える。
第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*を、車両の先読み減速度に合わせた勾配で差回転数が増加する差回転数算出値で与える。
第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*を、ロックアップクラッチ20を完全解放可能なクラッチ解放差回転数値で与える(図8)。
このように、目標コーストスリップ回転数特性を、第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*から第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*を介して第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*と移行する特性に設定している。第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*は、車両の先読み減速度に合わせた勾配で差回転数が増加する。この結果、コーストスリップ制御状態からロックアップ解放状態へ移行するとき、ロックアップ解放による車両挙動変化を抑え、スムースにロックアップクラッチ20を完全解放することができる。
(4) コーストスリップ制御部80aは、目標コーストスリップ回転数特性を、コーストスリップ制御を維持可能な下限車速域の第1設定車速VSP1と、第1設定車速VSP1よりさらに低車速側の第2設定車速VSP2とによって各目標コーストスリップ回転数を移行させる特性とする。
第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*の選択区間を、コーストスリップ制御の開始車速から第1設定車速VSP1に到達するまでの減速区間とする。
第2目標コーストスリップ回転数ΔN2*の選択区間を、第1設定車速VSP1に到達してから第2設定車速VSP2に到達するまでの減速区間とする。
第3目標コーストスリップ回転数ΔN3*の選択区間を、第2設定車速VSP2に到達してからの減速区間とする(図8)。
このように、第1設定車速VSP1を、コーストスリップ制御を維持可能な下限車速域の車速としている。コーストスリップ制御の開始車速から第1設定車速VSP1に到達するまでを、第1目標コーストスリップ回転数ΔN1*の選択区間としている。この結果、コースト減速時、微小スリップ量によるコーストスリップ制御が実行される区間を、車速限界に近づくまで長く確保することができる。
(5) ロックアップコントローラ(CVTコントロールユニット8)は、目標差回転数ΔN*に基づくフィードフォワード補償と差回転数偏差δに基づくフィードバック補償によりコンバータトルクTcnvを演算する。トルクコンバータ2への入力トルク(補正エンジントルクTadj)からコンバータトルクTcnvを差し引いて演算される目標LUトルクTlu*を得るスリップ制御を実行するロックアップ制御部80を有する。
コーストスリップ制御部80aは、コーストスリップ要求があると、コンバータトルクTcnvのフィードバック補償分を初期値にリセットし、コーストスリップ制御を開始する(図6)。
このように、コーストスリップ制御を開始するとき、コンバータトルクTcnvのフィードバック補償分を初期値にリセットする。この結果、ロックアップ制御部80を用いてコーストスリップ制御を実行するとき、コーストスリップ制御の開始直後から安定したスリップ回転を保持することができる。
即ち、ロックアップ制御部80は、コーストスリップ制御専用の制御部ではなく、スムースLU制御等のように他の制御と兼用している。このため、コーストスリップ制御の開始時において、コンバータトルクTcnvのフィードバック補償分の初期値リセットを行うことにより、前回までの積分項によるフィードバック補償分のトルク値によるコーストスリップ制御への影響が排除される。
以上、本発明の自動変速機のロックアップ制御装置を実施例1に基づき説明してきた。しかし、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
実施例1では、ロックアップ制御部80として、目標駆動力Fd*を目標エンジン回転数Ne*に変換する駆動力デマンドブロック81を有する例を示した。しかし、ロックアップ制御部としては、駆動力デマンドブロックを有さず、目標コーストスリップ回転数特性を与えることでコーストスリップ制御する例であっても良い。
実施例1では、本発明のロックアップ制御装置を、自動変速機としてベルト式無段変速機CVTを搭載したエンジン車に適用する例を示した。しかし、本発明のロックアップ制御装置は、自動変速機として、ステップATと呼ばれる有段変速機を搭載した車両や副変速機付き無段変速機を搭載した車両等に適用しても良い。また、適用される車両としても、エンジン車に限らず、走行用駆動源にエンジンとモータを搭載したハイブリッド車、走行用駆動源にモータを搭載した電気自動車等に対しても適用できる。