次に、好ましい実施形態を挙げ、本発明をより詳しく説明する。本実施形態では、本発明に係る摩擦部材(以降、クラッチプレートと称す)を、電子制御4WDカップリングのパイロットクラッチ機構のクラッチプレートとして用いた場合を一例として挙げる。ただし、本発明のクラッチプレートは、他のクラッチ機構にも適用できる。なお、電子制御4WDカップリングは、以下、駆動力伝達装置と記載する。
<第一実施形態>
ここで、図1及び図2を参照して、第一実施形態に係る駆動力伝達装置91について説明する。まず、四輪駆動車90は、図1に示すように、主に、駆動力伝達装置91と、トランスアクスル92と、エンジン93と、一対の前輪94と、一対の後輪95と、を備える。エンジン93の駆動力は、トランスアクスル92を介してアクスルシャフト81に出力され前輪94を駆動する。
また、トランスアクスル92は、プロペラシャフト82を介して駆動力伝達装置91に連結される。駆動力伝達装置91は、ドライブピニオンシャフト83を介してリヤデファレンシャル84に連結される。リヤデファレンシャル84は、アクスルシャフト85を介して後輪95に連結される。プロペラシャフト82とドライブピニオンシャフト83が駆動力伝達装置91にて駆動力伝達可能に連結された場合には、エンジン93の駆動力は後輪95に伝達される。
駆動力伝達装置91は、例えば、リヤデファレンシャル84とともにディファレンシャルキャリヤ86内に収容され、且つディファレンシャルキャリヤ86に支持され、同ディファレンシャルキャリヤ86を介して車体に支持される。
図2に示すように、駆動力伝達装置91は、主に、アウタケース70aと、インナシャフト70bと、メインクラッチ機構70cと、パイロットクラッチ機構70dと、カム機構70eと、を備える。
アウタケース70aは、有底筒状のフロントハウジング71aと、リヤハウジング71bと、を備える。リヤハウジング71bは、フロントハウジング71aの軸方向の一方側(図2の右側)端部の開口部に螺着され、且つその開口部を覆う。フロントハウジング71aの軸方向の他方側(図2の左側)の端部には、入力軸60が突出形成され、入力軸60はプロペラシャフト82に連結される。
入力軸60が一体で形成されたフロントハウジング71a、及びリヤハウジング71bは、鉄系の磁性材料で形成される。リヤハウジング71bの径方向の中間部には、非磁性の例えばステンレス鋼で形成された筒体61が埋設される。筒体61は、環状の非磁性部位を形成する。
アウタケース70aは、フロントハウジング71aの前端部外周において、ディファレンシャルキャリヤ86に対してベアリング等(図示なし)を介して回転可能に支持される。また、アウタケース70aは、リヤハウジング71bの外周において、ディファレンシャルキャリヤ86に対して支持されたヨーク76にベアリング等を介して支持される。
インナシャフト70bは、リヤハウジング71bの中央部を液密的に貫通してフロントハウジング71a内に挿入される。また、インナシャフト70bは、軸方向への移動を規制された状態で、フロントハウジング71aとリヤハウジング71bに対して相対回転可能に支持される。インナシャフト70bには、図1に示すドライブピニオンシャフト83の先端部が挿入される。
メインクラッチ機構70cは、湿式多板式のクラッチ機構である。メインクラッチ機構70cは、インナクラッチプレート72aと、アウタクラッチプレート72bと、をそれぞれ複数枚備える。アウタクラッチプレート72bは、鉄系材料で形成される。インナクラッチプレート72aおよびアウタクラッチプレート72bは、フロントハウジング71aの径方向の内側に配設される。
クラッチ機構を構成する各インナクラッチプレート72aは、インナシャフト70bの外周にスプライン嵌合されて軸方向へ移動可能に組み付けられる。一方、各アウタクラッチプレート72bは、フロントハウジング71aの内周にスプライン嵌合されて軸方向へ移動可能に組み付けられる。各インナクラッチプレート72aと各アウタクラッチプレート72bは、軸方向に交互に配置されており、互いに各対向面が当接して摩擦係合可能であるとともに、互いに離間して非係合の自由状態になることもできる。
パイロットクラッチ機構70dは、電磁クラッチである。パイロットクラッチ機構70dは、電磁石73、摩擦クラッチ群74、及びアーマチャ75を備える。ヨーク76は、ディファレンシャルキャリヤ86に対してインローで支持され、かつリヤハウジング71bの後端部の外周に対して相対回転可能に支持される。ヨーク76には環状の電磁石73が嵌着される。電磁石73は、リヤハウジング71bの環状凹所63に配置される。
摩擦クラッチ群74は、それぞれ鉄系材料で形成された1枚のインナパイロットクラッチプレート74a、及び2枚のアウタパイロットクラッチプレート74b(本発明の摩擦部材に相当する)を有する多板式の摩擦クラッチとして構成される。
インナパイロットクラッチプレート74aは、カム機構70eを構成する第1カム部材77の外周にスプライン嵌合されて、軸方向へ相対移動可能且つ周方向に相対移動不可能に組み付けられる。一方、各アウタパイロットクラッチプレート74bは、フロントハウジング71aの内周にスプライン嵌合されて、軸方向へ相対移動可能且つ周方向に相対移動不可能に組み付けられる。
インナパイロットクラッチプレート74aと、各アウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)とは、軸方向に交互に配置され、対向面が互いに当接して摩擦係合可能であるとともに、互いに離間して非係合の自由状態になることもできる。
カム機溝70eは、第1カム部材77、第2カム部材78、及びカムフォロア79を有している。第2カム部材78は、インナシャフト70bの外周に軸方向へ移動自在にスプライン嵌合されており、インナシャフト70bに対して一体回転可能に組み付けられる。第2カム部材78は、メインクラッチ機構70cのインナクラッチプレート72aと対向して配置される。カムフォロア79は、ボール状に形成され、第2カム部材78及び第1カム部材77の対向面にそれぞれ形成される各カム溝間に介在される。
駆動力伝達装置91において、パイロットクラッチ機構70dを構成する電磁石73の電磁コイルへの通電がなされていない場合には、磁路は形成されず、摩擦クラッチ群74は非係合状態となる。この場合、パイロットクラッチ機構70dは、非作動の状態にあって、カム機構70eを構成する第1カム部材77は、カムフォロア79を介して第2カム部材78と一体回転可能であり、メインクラッチ機構70cは非作動状態にある。このため、四輪駆動車90は、二輪駆動の駆動モードを構成する。
一方、電磁石73の電磁コイルに通電がされると、パイロットクラッチ機構70dには、磁路が形成され、電磁石73は、アーマチャ75を吸引する。この場合、アーマチャ75は、摩擦クラッチ群74を軸方向に押圧して摩擦係合させ、カム機構70eの第1カム部材77をフロントハウジング71a側と連結させ、第2カム部材78との間に相対回転を生じさせる。この結果、カム機構70eでは、カムフォロア79が、両カム部材77、78を互いに離間させる方向へ押圧する。
また、第2カム部材78は、メインクラッチ機構70c側へ押圧され、メインクラッチ機構70cを摩擦クラッチ群74の摩擦係合力に応じて摩擦係合させる。これにより、第2カム部材78は、アウタケース70aとインナシャフト70bとの間の駆動力伝達を行なう。このため、四輪駆動車90は、プロペラシャフト82とドライブピニオンシャフト83とが直結状態となり四輪駆動の駆動モードを構成する。
つまり、インナパイロットクラッチプレート74a、及びアウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)が係合することでフロントハウジング71aとインナシャフト70bとが、駆動力を伝達可能な状態とされる。また、インナパイロットクラッチプレート74a及びアウタパイロットクラッチプレート74bが離間することでフロントハウジング71aとインナシャフト70bとが、駆動力伝達不能な状態となる。アーマチャ75、及びリヤハウジング71b(又は筒体61)は、インナパイロットクラッチプレート74a及びアウタパイロットクラッチプレート74bを軸方向に挟持して摩擦係合状態を形成する。
また、電磁石73の電磁コイルへの印加電流を所定の値に増加させると、電磁石73のアーマチャ75に対する吸引力が増加する。これにより、アーマチャ75は、強く電磁石73側へ吸引作動され、摩擦クラッチ群74の摩擦係合力を増大させ、両カム部材77、78間の相対回転量を増加させる。この結果、カムフォロア79は、第2カム部材78に対する押圧力を増加させて、メインクラッチ機構70cを結合(係合)状態とする。このため、四輪駆動車90は、プロペラシャフト82とドライブピニオンシャフト83が直結した四輪駆動の駆動モードを構成する。インナパイロットクラッチプレート74a及びアウタパイロットクラッチプレート74bの駆動力変化率は、運転フィーリング等に影響を及ぼす。
図3に示すインナパイロットクラッチプレート74aは、環状の磁性体金属板からなる。インナパイロットクラッチプレート74aは、軸方向一端面11および軸方向他端面(図示せず)の両端面に、それぞれ潤滑溝2が形成されている。軸方向他端面には、軸方向一端面11と同様の潤滑溝2が形成されている。なお、軸方向は、環状の中心軸Oに平行な方向であり、入力軸60に平行な方向ともいえる。
端面11は、潤滑溝2と、プレート同士が摩擦係合する摩擦係合面13と、を有する。詳細には、端面11は、主に、潤滑溝2と、窓3と、ブリッジAと、摩擦係合面13と、連結部(図示せず)と、で構成される。つまり、摩擦係合面13は、端面11においておよそ潤滑溝2と窓3とブリッジAと連結部を除いた部分であり、端面11のうち係合相手のクラッチプレートに摩擦係合するための部位である。
潤滑溝2は、格子状(メッシュ状)に形成され、両パイロットクラッチプレート74a、74b間に介在する余分な潤滑油を受け入れるように構成される。つまり、インナパイロットクラッチプレート74a、及びアウタパイロットクラッチプレート74bは湿式のクラッチプレートである。潤滑溝2は、各クラッチプレート74a、74b間の潤滑油を受け入れるとともに各クラッチプレート74a、74b間外へ逃がす役割も果たす。これにより、各クラッチプレート74a、74b同士の係合が、スムーズに行われる。
窓3は、インナパイロットクラッチプレート74aの端面11の径方向略中央位置に、軸方向に円弧状に貫通し同一円周上に複数配置される。窓3は、パイロットクラッチ機構70dにおいて、適切な磁気回路(磁路)を形成するために必要な空間である。インナパイロットクラッチプレート74aの内周縁には、スプライン4が形成される。インナパイロットクラッチプレート74aは、プレス加工によって形成される。さらに、インナパイロットクラッチプレート74aには、表面処理として硬度が高いDLC処理が施される。これによって、インナパイロットクラッチプレート74aは、相手部材と摩擦係合し相対移動しても微小な摩耗のみするだけである。
(摩擦部材)
次に、図4に示す本発明の摩擦部材に相当するクラッチプレートであるアウタパイロットクラッチプレート74bについて説明する。アウタパイロットクラッチプレート74bは、環状で鉄系金属(鋼製に相当)の板部材からなる。アウタパイロットクラッチプレート74bは、図4に示すように、一方の端面12に、インナパイロットクラッチプレート74aの摩擦係合面13と係合する摩擦係合面741と、アウタパイロットクラッチプレート74bの中心Cを中心とした本発明に係る複数の潤滑溝742と、を有する。複数の潤滑溝742は、中心Cを中心としたそれぞれ半径の異なる円(同心円)に沿った溝である。よって、潤滑溝742同士は、相互に交差しない。なお、潤滑溝742は、中心Cを中心とした渦巻き溝であっても良い。
詳細には、端面12は、主に、潤滑溝742と、窓6と、ブリッジBと、摩擦係合面741と、連結部(図示せず)と、で構成されている。つまり、摩擦係合面741は、端面12において、およそ潤滑溝742と窓6とブリッジBを除いた部分である。摩擦係合面741は、係合相手であるインナパイロットクラッチプレート74aの摩擦係合面13に摩擦係合する部位である。窓6は、インナパイロットクラッチプレート74aの窓3と同様、パイロットクラッチ機構70dにおいて、適切な磁気回路(磁路)を形成するために必要な空間である。アウタパイロットクラッチプレート74bは、プレス加工によって形成される。
また、少なくとも端面12の表面は、後に詳述する熱処理によって改質される。熱処理は、いわゆる軟窒化処理であり、本実施形態では、一例として公知のナイトロテック法を用いて処理される。この熱処理によって端面12の表面の硬度は高くなる。従って、摩擦係合面741が、対向する摩擦係合面13と係合し摺動しても、端面12(摩擦係合面741)の摩耗は微小となり良好に抑制される。
(潤滑溝)
潤滑溝742について、図5に示す断面図に基づいて説明する。前述したように、潤滑溝742は、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12が軟窒化処理(熱処理)される前に、型によるプレス成形によって形成される。
図5に示すように、潤滑溝742は、例えば、端面12からの深さd1がおおよそ10μm程度、また端面12における開口の幅wが50μm程度で形成されるマイクログルーブ(微小溝)である。なお、このときの幅とは、端面12の径方向(図5において左右方向)における開口の長さをいうものとする。また、図5に示すように、潤滑溝742の開口部の幅方向両側には、表面凸部121がそれぞれ形成される。表面凸部121は、型によるプレスによって潤滑溝742が形成される際に盛り上がって同時に形成される副産物である。なお、以降、各潤滑溝742の幅方向両側に形成された各表面凸部121を各潤滑溝742の表面凸部121と称す。
各潤滑溝742の各表面凸部121は、各潤滑溝742が端面12の径方向(幅方向)でそれぞれ隣接する各潤滑溝742の各表面凸部121との間で、円弧凹状部Wを形成する。円弧凹状部Wは、各表面凸部121の各頂点T同士が円弧凹状に接続されて形成される。円弧凹状部Wは、微細な凹凸によって形成される。円弧凹状部Wの底面の最低点Pと表面凸部121の頂点Tとの間の距離(高さ)L2は、例えば2〜3μm程度である。なお、表面凸部121及び円弧凹状部Wの形状は、一例を示したのみであって、上記で説明した形状及び大きさには限定されない。
(熱処理)
前述の通り、熱処理は、いわゆる窒化処理であり、詳細には公知のナイトロテック法を適用した窒化処理である。図6は、ナイトロテック法による熱処理の流れの一例を示すフローチャートである。本実施形態では、アウタパイロットクラッチプレート74bの素材は炭素工具鋼であり、例えば、SK85(JIS G 4401)を用いる。
ホットプレス処理工程S41では、酸化処理の前工程として、素材に対してホットプレス処理が行なわれる。ホットプレス処理は、素材に対して、600〜700℃の温度で、5N以上の加圧力を付与する。ホットプレス処理は、素材の歪みを低減し、素材の内部の残留応力を除去する。
ホットプレス処理の後は、酸化処理(酸化処理工程S42)→640℃での加熱処理(加熱工程S43)→50〜60℃の水−エマルジョン冷却(冷却工程S44)→プレステンパ(焼戻し工程S45)が行なわれる。
加熱工程S43では、容積2m3の処理室に、窒素ガスが5.5m3/Hrの流量で供給され、アンモニアガスが5.5m3/Hrの流量で供給される。処理室の室温は、一旦降温するが、昇温に転じた時から二酸化炭素ガスが0.48m3/Hrの流量で供給される。次に処理室の室温は、640℃まで昇温される。処理室の室温は、640℃に昇温完了後に、約1時間30分維持される。加熱工程S43の後に、処理室が大気開放されて、素材が酸化される。
冷却工程S44では、50〜60℃の水−油エマルジョン液にて冷却が行なわれる。焼戻し工程S45では、素材の表面側が加圧されながら、310℃の炉温の加熱炉に素材が入れられて、3.0時間の焼き戻し処理が行なわれる。以上の処理により、素材の表面に窒素化合物層および窒素拡散層が形成される。これにより、アウタパイロットクラッチプレート74bの表面層は、非常に高い硬度を有するようになる。
(製造方法)
次に、アウタパイロットクラッチプレート74bの製造方法について、図7のフローチャートに基づき説明する。図7に示すように、製造方法は、主に、仮抜き工程S1と、姿抜き工程S2と、潤滑溝形成工程S3と、熱処理工程S4と、初期状態判定工程S5と、慣らし工程S6と、慣らし後状態判定工程S7と、含んでいる。
仮抜き工程S1では、金属板(ここでは鋼製部材であるSK85)に対して、アウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)の内周縁と外周縁の大まかな形が形成される。姿抜き工程S2では、仮抜き工程S1で打ち抜いた金属板に、アウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)の外周縁(ここではスプライン74b1)、内周縁、および、窓6が形成される。
潤滑溝形成工程S3では、姿抜き工程S2が終了した金属板に対し、潤滑溝742用の型が端面にプレスされ、潤滑溝742が形成される。このとき、潤滑溝742と同時に、上記で説明した表面凸部121及び円弧凹状部Wが、プレスによって形成される。熱処理工程S4では、熱処理である窒化処理(ナイトロテック)が、上記で説明した図6のフローチャートの手順に従って実行される。
初期状態判定工程S5では、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12の表面状態が、予め設定した初期状態における表面状態となっているか否かの判定を行なう。具体的には、端面12の表面状態を表す確率密度関数の最大値Pmax(後に詳述する)が、80%/μm以上の範囲(図9、矢印g1参照)にあるか否かの判定を行なう。そして、最大値Pmaxが、80%/μm以上の範囲内にあるときに、アウタパイロットクラッチプレート74bは良品であると判定する。ただし、この態様には限らず、確率密度関数の最大値Pmaxの良品の範囲は、80%/μmより小さい予め設定された所定値以上の範囲としてもよい。また、初期状態判定工程S5はなくてもよい。潤滑溝形成工程S3や熱処理工程S4が安定しており、バラツキの小さい工程であれば判定は不要である。
慣らし工程S6では、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12に、例えば鋼製の慣らし運転用プレート(図示しない)の一端面を所定の荷重で押し当て、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12と慣らし運転用プレートの一端面とを相対移動させ摺動させる。このようにして、端面12の表面状態が予め設定された慣らし後の表面状態(確率密度関数の最大値Pmax≧100%/μm)となるよう慣らし運転を行なう。
なお、本実施形態では、端面12に熱処理(ナイトロテック)が施されている。このため、端面12の表面は、硬く摩耗しにくい。従って、慣らし工程S6では、慣らし運転用プレートの押し付け荷重を大きくし、大きなエネルギーを摩擦係合面741に付与する必要がある。その押し付け荷重は、任意に設定する。
慣らし後状態判定工程S7では、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12の確率密度関数の最大値Pmaxが、100%/μm以上か否かの判定を行なう。最大値Pmaxが、100%/μm以上でなければ、100%/μm以上となるまで慣らし工程S6の作業を繰り返し実行する。最大値Pmaxが、100%/μm以上となれば製造工程を終了する。
(確率密度関数及び最大値Pmax)
前述した確率密度関数について、図に基づき、詳細に説明する。確率密度関数は、公知の累積分布関数(負荷曲線、図8参照)を微分して求めた関数である。なお、図8は、ナイトロテックで熱処理されたアウタパイロットクラッチプレート74bの端面12の累積分布関数のグラフである。累積分布関数は、従来技術において、TP値として利用されてきた指標である。図5に示すように、累積分布関数は、端面12の摩擦係合面741の潤滑溝742と直交する幅方向における基準長さLにおいて、摩擦係合面741から所定の深さdで切断した切断断面における端面12の表面凹凸の凹部の長さの基準長さLに対する割合(凹部の断面積率%)と深さdとの関数である。
なお、本実施形態においては、端面12(摩擦係合面741)の表面凹凸の凹部の長さ及び深さdは、接触式の表面形状計測器(図略)によって計測する。接触式の表面形状計測器はどのようなものでもよい。また、接触式の表面形状計測器に替えて非接触式の表面形状計測器によって計測してもよいことはいうまでもない。
図8に示す曲線C1(実線)は、慣らし工程S6前の初期状態における端面12(摩擦係合面741)の累積分布関数(負荷曲線)のグラフである。曲線C1をみると、やや急な傾きを有した曲線部分(E部、2点鎖線太線を添えて示す)と、E部よりは若干緩やかな傾きを有した曲線部分(F部、2点鎖線細線を添えて示す)と、を有している。E部は、表面凸部121の影響による特性であると考えられる。また、F部は、円弧凹状部Wの影響による特性であると考えられる。そして、この状態において、インナパイロットクラッチプレート74aの摩擦係合面13とアウタパイロットクラッチプレート74bの摩擦係合面741とを係合させ相対回転させると、トルク値が突出する過大トルクの発生が確認された。
この過大トルクは、図10のA部に相当するトルクであると考えられる。図10は、初期状態を始点とした摩擦係合面741(端面12)及び摩擦係合面13(端面11)に入力された入力エネルギー量(J)と、摩擦係合面741と摩擦係合面13とを係合させ相対回転させたときに発生するトルク(Nm)との関係を示す対数グラフである。また、図10の横軸は、摩擦係合面741及び摩擦係合面13に入力されたエネルギー量(J)である。図10において、入力エネルギー量(J)は、摩擦係合面741(端面12)と摩擦係合面13との相対回転の作動時間や、摺動距離と置き換えてもよい。そして、図10に示すように、入力されたエネルギー量(J)が小さい状態、即ち、A部に示す初期状態においては、端面12に形成された突起がまだ大きく、摩擦係合面741と摩擦係合面13とが摺動することにより、突起が破壊されることで、過大なトルクが発生していると考えられる。
なお、図10において、A部より入力エネルギー量の小さな領域(A部より左側の領域)側では、発生トルクがA部におけるトルクより低くなっている。これは、摩擦係合面13と接する、摩擦係合面741(端面12)が有する突起の先端の面積が小さすぎ、摩擦係合面13との接触面積が過小であるための結果であると考えられる。そして、入力エネルギー量が増加し、突起が先端から徐々に摩耗していくと、突起が接触する接触面積は徐々に増加し、トルク値が増加してA部に到る。そして、さらに、入力エネルギー量が増加すると、B部(慣らし工程の途中の状態)に示すように、トルクは、A部から徐々に減少していく。これは、端面12の表面凸部121の突起が摩耗し消滅に近づくことで、端面12と、摩擦係合面13との接触面同士の摺動抵抗は安定し、低下するためであると考えられる。その後、さらに入力エネルギー量が増加すると、突起は、ほぼ消滅し、C部(慣らし完了後の状態)に示すようにトルク値は低下した状態で安定する。
しかし、上記のような過大トルクを発生させる表面凸部121の大きさは、図8の曲線C1のE部とF部、特に表面凸部121の位置に相応するE部のグラフの形状からは判定困難である。そこで、発明者は、実験を繰り返し、表面凸部121の大きさ(表面状態)は、図8に示す各累積分布関数を微分して求める、前述の確率密度関数(図9参照)、特に確率密度関数の最大値Pmaxの大きさによって、良好に把握できることを見出した。
そして、本実施形態においては、端面12の表面状態を表す確率密度関数の最大値Pmaxが、80%/μm以上であれば、表面凸部121は所定量まで小さくなり、アウタパイロットクラッチプレート74bの摩擦係合面741とインナパイロットクラッチプレート74aの摩擦係合面13との間で発生する過大トルクを減少させることができることを見出した。
このため、初期状態判定工程S5においては、初期状態における端面12の表面状態が、確率密度関数の最大値Pmaxが80%/μm以上となるアウタパイロットクラッチプレート74bを良品と判定し、初期状態判定工程S5の次工程である慣らし工程S6に供給する。これにより、初期状態判定工程S5の次工程である慣らし工程S6においては、非常に大きな過大トルクの発生のない状態で、慣らし作業の実施が可能となる。従って、慣らし工程S6では、表面凸部121の突起を削りとるための大きなエネルギーの入力が不要となるので効率的に慣らし作業が行なえる。又、過負荷による設備の損傷を防げるとともに、設備の過剰な仕様による設備投資増を防ぐことができる。
また、発明者は、確率密度関数の最大値Pmaxが、100%/μm以上であれば、アウタパイロットクラッチプレート74bが作動を継続しても、アウタパイロットクラッチプレート74bの摩擦係合面741とインナパイロットクラッチプレート74aの摩擦係合面13との間のトルクに大きな経時変化、特にトルクが減少する方向への変化を生じないことを見出した。このため、「最大値Pmax≧100%/μm以上」を、慣らし後状態判定工程S7における良否判定の閾値とした(図9中、矢印g2参照)。これにより、アウタパイロットクラッチプレート74bが作動を継続しても、アウタパイロットクラッチプレート74bの摩擦係合面741とインナパイロットクラッチプレート74aの摩擦係合面13との間のトルクの経時変化、特に、駆動力伝達装置91の性能に影響を与えるトルク減少方向への変化はなく、安定した作動が維持できる。
なお、「最大値Pmax≧100%/μm以上」は、熱処理としてナイトロテック(窒化処理)を施したクラッチプレートに適する数値である。よって、熱処理が異なる各実施品においては、それぞれ評価を行ない、各々に適した確率密度関数の最大値Pmaxを設定する必要がある。
このように、本実施形態では、端面12に熱処理(ナイトロテック)が施されている。このため、表面は硬く通常の運転中においても、表面の摩耗量は微小である。よって通常の運転による摩耗によって摩耗粉が生じ、潤滑溝742に入り込んで潤滑溝742の残存深さが大きく変化する虞は低い。また、表面が大きく摩耗して潤滑溝742の残存深さが大きく変化する虞も低い。このため、一度、慣らし運転が実施され、表面状態が所望の状態、即ち、確率密度関数の最大値Pmax≧100%/μmとされた後には、表面状態は安定した状態に維持されるので、過大トルク残りに起因するトルク減少(以下、トルク減少)や、シャダーは発生しにくい。なお、「過大トルク残りに起因するトルク減少」とは、端面12に残存する表面凸部121の突起の摩耗(減少)によって、摩擦係数が低下し発生するトルク低下のことをいう。
また、上記で説明した確率密度関数の最大値Pmaxによる評価方法によって、例えば、市場からの回収品の摩擦係合面の表面状態の良否も判定すればよい。このとき、「確率密度関数の最大値Pmax≧100%/μm以上」が維持されていれば、良品と判定してもよい。これは、種々の耐久試験後における端面12の表面状態の評価をし、慣らし後状態における潤滑溝742深さと、耐久試験後における潤滑溝742深さとの深さの差があまり大きくないとともに、耐久試験後においてもトルク減少や、シャダーの発生がないという、実験結果を根拠として判断している。また、最大値Pmaxの差も、慣らし後状態と耐久試験後状態とでは、大きな差はなく、トルク減少や、シャダーの発生もないことが確認されている。これによって、市場回収品及び耐久試験後品の評価方法として、「確率密度関数の最大値Pmax≧100%/μm以上」が維持されていれば、良品と判定する。
なお、図9には、耐久後の状態(曲線C6A)も表示しておく。曲線C6Aの最大値Pmaxは、約130%/μmである。このように、耐久後品では、トルク減少や、シャダーの発生はない。
<第二実施形態>
次に、第二実施形態について説明する。第二実施形態は、第一実施形態に対し、慣らし後状態判定工程S7における確認項目を、1つ追加することのみ異なる。よって、第一実施形態に対する変更点のみ説明し、その他の同様部分については、説明を省略する。
第一実施形態では、慣らし後状態判定工程S7において、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12の確率密度関数の最大値Pmaxが、100%/μm以上か否かの判定のみを行なった。しかし、発明者は、実験を繰り返す過程で、図9に示す確率密度関数のグラフに特徴的な部分があることを見出した。
第一実施形態で説明したように、過大トルクが発生する、累積分布関数(負荷曲線)を示す図8の曲線C1(実線)をみても、曲線C1に大きな特徴はなく、アウタパイロットクラッチプレート74bの摩擦係合面741での表面凸部121の有無を精度よく判定することはできない。
一方、図9に示す確率密度関数をみると、図8の曲線C1に対応する慣らし前の初期状態を示す曲線C4(実線)においては、標準正規分布グラフに見られるような一山の形状の分布が崩れてこぶ状の膨らみ部分G部を有していることがわかる。確率密度関数グラフにおいて、G部は、表面凸部121の存在によって出現する累積分布関数の曲線C1のE部に対応する部分である。つまり、G部の出現は表面凸部121の存在を裏付けるデータとなる。これにより、端面12の摩擦係合面741に、未だ過大トルクを発生させる表面凸部121が存在していると判定できる。
また、累積分布関数の各曲線C2(慣らし工程途中)、C3(慣らし工程後)をそれぞれ微分して求めた、図9に示す、過大トルクが発生した、慣らし工程の途中状態における端面12の確率密度関数を示す曲線C5によれば、曲線C1のE部に相当する位置に頂点Teを有する小さな山部が形成されている。これは、慣らし工程の途中状態において、表面凸部121が、まだ残存していることを示している。
また、図9に示す、過大トルクが発生しなかった、慣らし工程後における端面12の確率密度関数を示す曲線C6には、曲線C5に現れたような山は出現していない。これは、慣らし工程S6の実施によって、表面凸部121が、ほぼ消滅しているためと考えられる。このように、累積分布関数のみを用いて判定しようとした場合には、慣らし工程S6の途中と後とで、相違の判別が困難であったが、確率密度関数を用いることによって、過大トルクが発生したグラフの形状に明確な特徴(山部)が出現し、表面凸部121の有無の判定、延いては、過大トルクの有無の判定が精度よく行なえることが判った。
つまり、慣らし工程S6を実行し、表面凸部121が削られ小さくなってくると、確率密度関数のグラフでは、初め2つ(複数)あったグラフ上の山が1つに収束する。つまり、端面12に、未だ大きな表面凸部121が存在している場合には確率密度関数のグラフが、最大値Pmaxを頂点とする山と、それ以外の山とを有する。そして、表面凸部121が摩耗し、表面凸部121の高さが減少すると確率密度関数の山は最大値Pmaxを頂点とする山1つ、つまり標準正規分布グラフに見られるような分布の山1つに収束していく。このため、その減少程度を捉えることで、更に確実に端面12の表面状態が評価できる。
従って、第二実施形態における慣らし後状態判定工程S7では、「最大値Pmax≧100%/μm」と、「確率密度関数が極値を1点のみ有する」ことと、を同時に満足したときにアウタパイロットクラッチプレート74bは良品であると判定する。これによって、摩擦係合面741における潤滑溝742の幅方向両端に設けられた表面凸部121が、十分除去されたことが確実に確認できるので、さらに精度よく、過大トルク及び減少トルクの発生の有無の判定が可能となる。
<別の実施形態>
なお、上記第一、第二実施形態によれば、アウタパイロットクラッチプレート74bに対する熱処理は、ナイトロテックであるとした。しかし、この態様には限らない。別の実施形態として、熱処理(窒化処理)は、公知のガス軟窒化処理であってもよい。ガス軟窒化処理は、図11に示すフローチャートに基づき処理される。なお、このとき素材は、例えば炭素鋼工具としてのS15C(JIS G 4051)を用いる。
具体的には、ガス軟窒化は、処理工程としてホットプレス処理(S141)→酸化処理(S142)→580℃の加熱処理(S143)→25℃窒素ガス冷却(S144)の順で各工程が実施される。ホットプレス処理(S141)及び酸化処理(S142)は、上記実施形態のホットプレス処理(S41)及び酸化処理(S42)と同一である。
加熱工程S143では、容積2m3の処理室が580℃まで昇温される。この温度は、Fe−NのA1変態点である590℃より低温である。そして、昇温完了後に、処理室には、窒素ガスが3m3/Hrで供給され、アンモニアガスが8m3/Hrで供給されるとともに、二酸化炭素ガスが0.3m3/Hrで供給されて、その状態が1時間20分間維持される。
冷却工程S44では、25℃の窒素ガス雰囲気中にて素材の冷却が行なわれる。以上の処理により、素材の表面に窒素化合物層および窒素拡散層が形成される。これにより、アウタパイロットクラッチプレートの表面層は、高い硬度を有する。
そして、図12、図13に、ガス軟窒化処理後のアウタパイロットクラッチプレートの摩擦係合面に対して評価を行ない演算した累積分布関数及び確率密度関数を示す。図12の累積分布関数は、上記実施形態で説明した図8の累積分布関数に対応するグラフである。また、図13の確率密度関数は、上記実施形態で説明した図9に示す確率密度関数に対応するグラフである。
図12の累積分布関数では、慣らし工程S6前の初期状態、慣らし工程S6途中の状態及び慣らし工程S6後の状態の各累積分布関数が示されている、なお、慣らし前の初期状態における累積分布関数は曲線C7、慣らし途中の累積分布関数は曲線C8、慣らし後の累積分布関数は曲線C9で示される。
図13に示す確率密度関数は、図12に示す各累積分布関数(曲線C7、曲線C8、曲線C9)をそれぞれ微分することにより求めたものである。図13に示す確率密度関数をみると、慣らし前の初期状態(曲線C10、実線)においては、微分値が0となる極値を備えた山が2つ出現している。これにより、端面12の摩擦係合面741に、未だ大きな表面凸部121が存在していることが容易に予測可能となる。なお、慣らし工程S6途中におけるグラフが曲線C11(破線)であり、慣らし工程後のグラフが曲線C12(2点鎖線)である。
図13に示すように、曲線C10の確率密度関数の最大値Pmaxは、約70%/μmである。この状態において、インナパイロットクラッチプレート74aの摩擦係合面13とアウタパイロットクラッチプレート74bの摩擦係合面741とを係合させ相対回転させたときには、過大トルクの発生が確認された。また、慣らしの途中の状態(曲線C11)では、確率密度関数の最大値Pmaxは、約90%/μmである。そして、このときも実験により過大トルクの発生が確認された。
さらに、慣らし完了後の状態(曲線C12)では、曲線C12の確率密度関数の最大値Pmaxは、約130%/μmである。この状態では、過大トルク及びトルク変化の発生はないことが確認された。このように、熱処理が、ガス軟窒化処理であっても、別の実施形態の慣らし後状態判定工程S7では、上記実施形態の条件「最大値Pmax≧100%/μm」を、別の実施形態に適した数値である、例えば「最大値Pmax≧120%/μm」に変更し、変更した条件を満足したときにアウタパイロットクラッチプレートは良品であると判定することができる。
また、慣らし前の初期状態品においても、別の実施形態の初期状態判定工程S5では、上記実施形態の条件「最大値Pmax≧80%/μm」を、別の実施形態に適した数値である、例えば「最大値Pmax≧100%/μm」に変更し、変更した条件を満足したときに良品と判定できる。さらに、図13には、市場回収品のアウタパイロットクラッチプレートの確率密度関数(曲線C12A)も示されている。曲線C12Aの最大値Pmaxの大きさは、慣らし完了後の曲線C12の最大値Pmaxより大きいが、減少側への変化はない。また、シャダーの発生もない。
上述の説明から明らかなように、上記実施形態では、アウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)は、軸方向の一方の端面12に複数の潤滑溝742が形成される。また、アウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)は、端面12が潤滑溝742と摩擦係合面741とを有するとともに熱処理(ナイトロテック等)によって表面が改質された、例えば、SK85(JIS G 4401)、S15C(JIS G 4051)等の鋼製の湿式用のクラッチプレートである。そして、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12における基準長さLにおいて、摩擦係合面741から所定の切断深さdで切断した切断断面における端面12の表面凹凸の凹部の長さの基準長さLに対する割合(凹部の断面積率)と切断深さdとの関数を累積分布関数と定義し、累積分布関数を微分した関数を確率密度関数と定義し、端面12の表面状態の良否が確率密度関数の最大値Pmaxに基づき判定される。
上記において、潤滑溝742は、通常、マイクログルーブと称される非常に微小な溝である。そして、このような潤滑溝742の摩擦係合面741上における開口の両端には、潤滑溝742を形成する際に形成される所定の盛り上がり(山部)である表面凸部121を有する。そして、対向する各クラッチプレート74b,74aの端面12、11同士が相対移動により摺動した場合、表面凸部121が端面12上に残存しているときにトルク変化が発生する。
このとき、表面凸部121の大きさとトルク変化の発生とは相対関係を有しており、表面凸部121の高さが所定値以下となった状態では、トルク変化は発生しない。発明者は、このような端面の状態は、TP値ではなく、TP値である累積分布関数を微分した関数である確率密度関数によって良好に管理できることを見出した。
そこで、上記実施形態では、確率密度関数によって端面12の表面状態の良否が判定される。従って、例えば、対向する各クラッチプレート74b,74a(摩擦部材)の端面12、11同士を摺動させる慣らし工程S6で、過剰な負荷を与えすぎ、慣らし運転の時間を無駄に長くすることや、慣らし運転に必要なエネルギーを無駄に消費することはない。
また、上記実施形態によれば、熱処理は、窒化処理である。これにより、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12を確実に高硬度にすることができる。従って、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12は、対向するインナパイロットクラッチプレート74aの端面11と係合し、すべりを伴って相対回転した場合の摩耗を抑制することができる。このため、トルク変化の発生を抑制するよう調整された端面12の表面状態は長時間維持され、トルク変化の発生を抑制し続けることができる。
また、上記実施形態によれば、窒化処理であるナイトロテックによって熱処理されたアウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)の製品出荷前の初期状態における端面12は、表面状態が確率密度関数の最大値が80%/μm以上となる場合に良品と判定される。80%/μm以上とは、アウタパイロットクラッチプレート74bに、過大トルクを発生させない確率密度関数の範囲である。これにより、次工程である慣らし工程S6においては、過大トルクが発生しない状態で、慣らし作業ができるので、慣らし後状態の表面状態とするために長い時間とエネルギーを必要とせず効率的である。
また、上記実施形態によれば、窒化処理であるナイトロテックによって熱処理されたアウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)は、慣らし工程S6によって慣らし運転後の表面状態に調整され、慣らし運転後の表面状態は、端面12の表面状態を表す確率密度関数の最大値が100%/μm以上である。これにより、アウタパイロットクラッチプレート74bのトルク変化(過大トルク及びトルク減少)の発生を抑制できる。
また、上記実施形態のアウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)の製造方法によれば、アウタパイロットクラッチプレート74bは、軸方向の一方の端面12に複数の潤滑溝742が形成される。また、アウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)は、端面12が潤滑溝742と摩擦係合面741とを有するとともに熱処理(ナイトロテック等)によって表面が改質された、例えば、SK85(JIS G 4401)、S15C(JIS G 4051)等の鋼製の湿式用のアクラッチプレートであって、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12における基準長さLにおいて、摩擦係合面741から所定の深さdで切断した切断断面における端面12の表面凹凸の凹部の長さの基準長さLに対する割合と深さdとの関数を累積分布関数と定義し、累積分布関数を微分した関数を確率密度関数と定義し、端面12の表面状態の良否が確率密度関数の最大値Pmaxに基づき判定されて製造される。これにより、上記実施形態のアウタパイロットクラッチプレート74bが製造できる。
また、上記実施形態によれば、窒化処理であるナイトロテックによって熱処理されたアウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)の製造方法は、アウタパイロットクラッチプレート74bの製品出荷前の初期状態における端面12は、表面状態を判定する確率密度関数の最大値が80%/μm以上となる場合にアウタパイロットクラッチプレート74bが良品と判定される初期状態判定工程S5を備える。これにより、上記実施形態のアウタパイロットクラッチプレート74bが製造できる。
また、上記実施形態によれば、窒化処理であるナイトロテックによって熱処理されたアウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)の製造方法は、アウタパイロットクラッチプレート74bの初期状態における端面が、調整用部材の摩擦面の端面と相対移動して慣らし運転後の表面状態に調整される慣らし工程S6を備える。また、製造方法は、慣らし運転後の表面状態を判定する確率密度関数の最大値が100%/μm以上となる場合にアウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)が良品と判定される慣らし後状態判定工程S7を備える。これにより、上記実施形態のアウタパイロットクラッチプレート74bが製造できる。
また、上記実施形態のアウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)の検査方法によれば、アウタパイロットクラッチプレート74bには、軸方向の一方の端面12に複数の潤滑溝742が形成される。また、アウタパイロットクラッチプレート74b(摩擦部材)は、端面12が潤滑溝742と摩擦係合面741とを有するとともに熱処理(ナイトロテック等)によって表面が改質された、例えば、SK85(JIS G 4401)、S15C(JIS G 4051)等の鋼製の湿式用クラッチプレートである。そして、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12における基準長さLにおいて、摩擦係合面741から所定の深さdで切断した切断断面における端面12の表面凹凸の凹部の長さの基準長さLに対する割合と深さdとの関数を累積分布関数と定義する。また、累積分布関数を微分した関数を確率密度関数と定義する。そして、端面12の表面状態の良否が確率密度関数の最大値Pmaxに基づき判定されて検査される。これにより、上記実施形態のアウタパイロットクラッチプレート74bが得られる。
なお、上記実施形態においては、ならし運転前における製品初期時の摩擦係合面741(端面12)の表面状態は、確率密度関数の最大値Pmaxが、80%/μm以上の場合に良品と判定される。しかし、この態様には限らない。ならし運転前における摩擦係合面741の表面状態は、各製品に応じて80%/μm以上以外の任意の範囲に設定してもよい。さらには、製品初期時における摩擦係合面741の表面状態は判定しなくてもよい。これによっても相応の効果は得られる。
また、上記実施形態においては、アウタパイロットクラッチプレート74bの一端面12のみに摩擦係合面741を設けた。しかし、アウタパイロットクラッチプレート74bが、他端側においてもインナパイロットクラッチプレート74aと係合する場合には両端面に摩擦係合面を設けてもよい。
また、上記実施形態の製造方法においては、潤滑溝形成工程S3を姿抜き工程S2と別に設けた。しかし、この態様に限らず、潤滑溝形成工程S3と姿抜き工程S2とを同時に行ない、1つの工程としてもよい。
また、上記実施形態においては、アウタパイロットクラッチプレート74bの端面12に行なう熱処理を窒化処理とし、その窒化処理をナイトロテック、又はガス軟窒化処理とした。しかし、この態様には限らない。窒化処理の種類はどのようなものでもよい。例えば、高温窒化処理、塩浴窒化、塩浴軟窒化、ガス窒化、プラズマ窒化等でもよい。また、熱処理は窒化処理に限らない。例えば、浸炭焼入れ、高周波焼入れ等でもよい。
また、上記実施形態においては、アウタパイロットクラッチプレート74bの素材材料を例えば、SK85(JIS G 4401)、S15C(JIS G 4051)等の鋼製材料とした。しかし、この態様には限らない。素材材料は、アルミニウム、クロム、モリブデンなどの窒化物形成元素を含む鋼としてもよい。また、他の炭素鋼でもよい。
また、上記実施形態においては、摩擦部材を、電磁クラッチであるパイロットクラッチ機構70dのアウタパイロットクラッチプレート74bに適用したが、パイロットクラッチ機構70dのインナパイロットクラッチプレート74aに適用してもよい。また、他の電磁クラッチのクラッチプレートや、メインクラッチ機構70cの各クラッチプレートに適用してもよい。また、クラッチプレートに限らず、摩擦によって係合する様々なクラッチに適用してもよい。さらには、摩擦部材はプレート形状でなくてもよい。摩擦部材は、円錐形の摺動面を有するコーンクラッチや、円柱形の摺動面を有するドラムクラッチ等に適用してもよい。