鋼材は、海洋構造物、港湾施設、船舶、建築・土木構造物、自動車など多方面に広く用いられているが、自然環境に曝されると腐食するという問題がある。腐食を防止あるいは抑制する方法として、防錆・防食塗装が行われる場合と、鋼材に合金元素を添加して耐食性を向上させる場合がある。後者の例として、大気腐食環境で保護性錆(安定錆層)を生成させて、その後の腐食を抑制する低合金鋼、いわゆる耐候性鋼などが知られており、橋梁を代表とする多くの鋼構造物に使われている。例えば、下記特許文献1には、安定錆(α−FeOOH)により鋼材の防食性を高めた鋼材が記載されている。特許文献1に記載された発明では、鋼材を錆層にOH−を供給してpH7を超える高pH環境下に置くことにより鋼材表面にα−FeOOHを得ている。
ところが、海浜地域や、内陸部でも融雪塩が散布される地域のように、塩化物イオン濃度の高い濃厚塩化物環境下では、耐候性鋼材の表面に保護性のある錆層が形成されず、腐食を抑制する効果が発揮されない。そのため、これまで海浜地域などでは、塗装なしで裸のままの耐候性鋼材を用いることができなかった。
日本工業規格(JIS)で規格化された耐候性鋼(JIS G3114:溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材)においても、飛来塩分量がNaClとして0.05mg/dm2/day(0.05mdd)以上の地域、すなわち海浜地域や融雪塩が撒かれる地域(以下、海浜地域等と総称することもある)では、ウロコ状錆や層状錆等の発生による腐食減量が大きいため、無塗装では使用できないことになっている(建設省土木研究所、(社)鋼材倶楽部、(社)日本橋梁建設協会:耐候性鋼の橋梁への適用に関する共同研究報告書(XX)−無塗耐候性橋梁の設計・施工要領(改訂版−1993.3)。
このため、海浜地域などの濃厚塩化物環境下では、普通鋼材に防食塗装を施して使用するのが一般的である。しかし、海浜地域でも特に湿度の高くなる河口付近では、厳しい腐食環境となり、橋梁等の鋼材構造物の腐食の進行が速い。また、内陸部でも山間部等の融雪塩を大量に撒く地域では融雪塩が走行中の車に巻き上げられて飛散し、橋梁等に付着し易いので、厳しい腐食環境となり、橋梁等の鋼材構造物の腐食の進行が速い。さらに、海岸から少し離れた地域でも、雨で付着塩分が流されることのない軒下等では、飛来塩分量が1mdd以上の厳しい塩害腐食環境になる。このような厳しい腐食環境下では、腐食による塗膜劣化のため、約10年毎の補修塗装(再塗装)が必要となる。この補修塗装には多大な工数と、維持管理に莫大な費用がかかることから、塗膜寿命の延長化への要望が高い。
耐食性を改善するための塗装下地処理としてクロメート処理が行われる場合がある。しかし、クロメート処理は耐食性改善効果が高いが、処理に6価クロム化合物であるクロム酸を主成分とする水溶液を使用するため、処理により形成された皮膜(クロメート皮膜)も6価クロムを含み、環境保護の立場からその有害性が問題となっている。
鋼材の防錆・防食塗装の経時後の防食性、耐久性、密着性及び接着性は、鋼材表面の性状が大きく影響する。既設鋼構造物の塗り替え時には、鋼材表面に通常は錆が発生しており、そのような表面に塗料を塗り替え塗装しても塗膜にフクレや剥離が生じ、鋼材を長期間錆から保護できない。
そこで、従来は、塗装前に鋼材表面をブラスト処理やグラインダー等の動工具を用いて除錆した後、塗料を塗装する方法や、塗装前に鋼材表面の浮き錆等を除去した後、錆転換剤を塗布し、赤錆の主成分である脆いオキシ水酸化鉄を黒錆の主成分である硬いFe3O4に変換し、塗料を塗装する方法等がとられていた。
しかし、前者の方法では、除錆の際多量の粉塵が生じ、作業環境が悪くなるだけでなく、作業効率も非常に悪いという問題点がある。後者の方法も、やはり手間がかかる上、錆転換剤の塗布後に時間をおかないと塗装を実施できないという問題点がある。
また、一般的な塗り替え塗装の場合、塗装前に1種ないし3種ケレンを鋼材表面に施して除錆しているが、鋼構造物のくぼみ部分や狭隘部分の錆は除去しにくく、それらの個所の錆層と鉄素地との界面にはCl−やSO4 2−等の腐食性イオン物質が残存しやすく、また水分も存在しやすい。そのため、塗り替え塗装しても、それらの個所での防食性が大幅に低下する。錆落としが十分でないと、塗膜が密着不良となり、塗膜の剥離や錆が非常に早く生じる。従って、防錆・防食塗装の施工では、できるかぎり高度の錆落とし(10mg/m2)が基準化されている。
しかし、現実には、海洋構造物、港湾施設、船舶、建築・土木構造物、自動車、機械設備、鉄道車両、発電機、大型変圧器などの鋼構造物の環境や部位等の条件によっては高度の錆落とし作業そのものが困難であり、前処理の不備に起因する塗装のトラブルが非常に多い。また、近年錆落とし作業に従事する作業者の不足により、錆落としの作業の簡略化が強く求められるようになってきた。
船舶分野でも腐食と再塗装は大きな問題となっている。タンカーや貨物輸送船等の船舶は、空荷の時でも船体が安定になるようにバラストタンクに海水を注入積載している。しかし、海水は、鋼に対し腐食作用を有しており、バラストタンクを構成する鋼材の腐食を促進させる。このバラストタンクを構成する鋼材の腐食は、バラストタンク内に注入積載された海水が直接接するタンク内壁部ではそれほどでなく、海水面上の空間部分(気相部)に接する部分で激しいことが知られている。これは、空間部のタンク内壁が、常に湿潤状態にあり、腐食を起こす(促進する)酸素が空気中から十分に供給され続けられることによる。このバラストタンク内壁面の腐食抑制対策としては、従来、タールエポキシ塗料をバラストタンクの内壁面に200μm程度と比較的厚い膜厚で被覆して防食することとしていた。しかし、この方法でも腐食環境が厳しく、塗膜寿命も約10年と短く、補修塗装が必要であった。
また、上記のように沿岸・海洋構造物や橋梁、船舶の構造部材は塗装が施されるが、季節による寒暖の差に加え、日照による鋼材温度の変化により塗膜と鋼材界面が凝集破壊を起こし、塗装が剥離する。その剥離部を起点として腐食が進行することが知られている。この冷熱サイクルによる塗装剥離は、鋼材と塗膜樹脂との熱膨張係数の違いにより発生する。そのため鋼材表面の塗膜厚が大きいほど、鋼材と塗膜の熱膨張と収縮の差が大きくなり、剥離が進展し易い。耐食性のみを考慮して厚い塗膜を設計し、鋼材表面を被覆すると、冷熱サイクルにより塗装剥離が進展し、むしろ腐食が進行する結果となる。この耐食性と冷熱サイクルによる塗装剥離への対応として、下地処理による耐食性と耐冷熱サイクル性が求められるようになってきた。
下記特許文献2には、表面粗さRzjisが30〜100μmの構造用鋼材の表面または鋼材上に生成している錆層の上に、Sn2+イオンを含有するpH3以下の酸性水溶液を塗布して金属Sn換算付着量が15〜400mg/m2のSn含有層を形成し、その上に乾燥膜厚が20μm以上の防食用の樹脂被覆を施すことで塩化物イオン濃度の高い濃厚塩化物環境下においても優れた長期耐久性を示し、再塗装まで塗装寿命を大幅に延長できる樹脂被覆鋼材とその製造法に係る発明が開示されている。Sn含有層の膜厚が大きくなる程耐食性は向上するが、冷熱サイクル環境においては、このSn含有層が塗膜と鋼材界面における凝集破壊の起点となり、塗装剥離が大きくなる可能性がある。
本発明は、海洋構造物、港湾施設、船舶、建築・土木構造物、自動車などにおいて構造材料として広く用いられている鋼材にとって避けられない、鋼材の腐食についての改善を目指したものである。より具体的には、海浜地域や融雪塩が散布される地域等、さらには船舶のタンクのように海水が飛散または接触する塩化物イオン濃度の高い濃厚塩化物環境下においても優れた耐食性を示し、さらに日照や気温による冷熱サイクルの環境においても優れた耐久性を示すことができる、長期耐久性に優れた表面処理鋼材の製造方法を提供することを目的とする。
本発明者らの一人が既に報告しているように(「材料と環境」第43巻(1994)第1号26頁)、耐候性鋼材において錆層が保護性を有するのは、Feの一部がCrで置換された微細なα−(Fe1−xCrx)OOHからなる錆層が生成することによる。しかし、この錆層の形成を促進するための鋼へのCrの添加は、飛来塩分量が比較的少ない環境では耐候性の向上に有効であるが、飛来塩分量が1mdd以上と多い環境では、このような安定な錆層が形成されず逆に耐候性を劣化させることが判明した。
塩分が飛来する海浜や海岸地帯、あるいは岩塩等が融雪剤、凍結防止剤等として散布される山間部や寒冷地といった、塩化物環境においては、塩化物によって上記の保護性錆層の生成が阻害され、鋼材が著しく腐食する。すなわち、塩化物環境では、塩化物イオンを取り込むことで結晶構造が安定になるβ−FeOOH(鉱物名:アカガネアイト)が生成し易い。そのため、α−FeOOHを主体とする保護性錆層が生成する代わりに、層状剥離錆に代表される、β−FeOOHを多く含む保護性の乏しい錆が形成される結果、腐食が進行することになる。電気化学的に不活性なα−FeOOHとは異なり、β−FeOOHは電気化学的に活性であるため、β−FeOOHの生成は、Feの溶出反応(酸化反応)の対反応としてカソード反応(還元反応)を担う可能性があり、これが腐食を促進すると考えられている。とくに鋼材表面への塩分付着量が1年間で1mdd以上となる濃厚塩化物環境において、鋼材は激しく腐食し、鋼材表面に形成される錆層中にはβ−FeOOHが多く生成する。
本発明者らは、この知見を踏まえて濃厚塩化物環境での腐食について検討した結果、このような環境下ではFeCl3溶液の乾湿繰り返しが腐食の本質的な条件となり、Fe3+の加水分解によりpHが低下した酸性環境で、かつFe3+が酸化剤として作用することによって腐食が加速されることが判明した。このときの腐食反応は次式で示される。
カソード反応:Fe3++e−→Fe2+(Fe3+の還元反応)
もちろん、この反応以外に、
2H2O+O2+2e−→4OH−、
2H++2e−→H2
のカソード反応も併発する。
一方、上記還元反応に対して
Fe→Fe2++2e−(アノード反応:Feの溶解反応)
も起こる。このFe溶解反応は、より詳しくは、
Fe→FeCladまたはFeOHad→Fe2+
で示されるように、塩化物または水酸化物形態の吸着中間体FeCladまたはFeOHad(adは吸着)を経由して起こる。
従って、腐食の総括反応は、
2Fe3++Fe→3Fe2+・・・[反応1]
となる。
上記反応1により生成したFe2+は空気酸化によってFe3+に酸化され、生成したFe3+は再び酸化剤として腐食を加速する。この際、Fe2+の空気酸化の反応速度は、低pH環境では一般に遅いが、濃厚塩化物環境下では加速され、Fe3+が生成され易くなる。このようなサイクリックな反応のため、塩化物イオン濃度が高い環境では、Fe3+が常に供給され続け、鋼の腐食が加速され、耐食性が著しく劣化することが判明した。
このように塩化物イオン濃度の高い、濃厚塩化物環境では安定なα−FeOOHからなる錆層の形成による保護は期待できない。しかし、濃厚塩化物環境で保護性錆層を適切に形成することが可能ならば、鋼材に高い耐食性を付与できるとも考えられる。そこで発明者らは、Snの塩化物水溶液を用いてオキシ水酸化鉄(錆)の無機合成を基にした基礎実験を実施し、濃厚塩化物環境でも保護性錆であるα−FeOOHを形成できることを知得した。
表1に当該実験条件と結果を示す。0.05〜0.1mol/Lの塩化鉄(III)に対し、モル比で表1に示すSn、Cuなどの塩化物、タングステン酸ナトリウム、またはモリブデン酸ナトリウムを添加した溶液のpHを調整した後に、80℃で約2日間加熱をして、錆を加速生成させた。生成した錆はX線回折法にて定性分析を行った。表1に示すように、Snの塩化物およびCeの塩化物の場合には、保護性錆であるα−FeOOHが生成した。特に、2価のSnの塩化物については、α−FeOOHのみが生成されることが明らかになった。
さらに、Snについて詳細に調査したところ、Sn自体が鋼材の腐食の抑制に有効であることを見出した。濃厚塩化物環境、すなわち、pHが著しく低下した環境における鋼材の腐食に対するSnの抑制効果は、次の(a)〜(g)に示すメカニズムによるものであると考えられる。
(a) 鋼材表面のSnは、濃厚塩化物環境においてSn2+イオンとして溶解し、
Fe→FeCladまたはFeOHad→Fe2+
で示される前記アノード反応(Fe溶解反応)を抑制するので、鉄の溶出を防止することができる。これは、図1の左図に示すように、Sn2+イオンが鋼材表面の吸着活性点に優先的に結合し、塩化物または水酸化物形態の吸着中間体またはFeOHad(adは吸着)の生成を妨害するからである。すなわち、Sn2+イオンによる活性点(FeClad、FeOHad)の減少がアノード反応を抑制する。
(b) また、SnはSn2+イオンとして溶解した後、低pH溶液では鋼面の電極電位により還元されて鋼材表面にSnとして析出する。
(c) 鋼材表面に析出したSnは、図1の右図に示すように、酸性環境でのFeの溶解反応(アノード反応)の対反応である、
2H++2e−→H2
で示される水素イオンのカソード反応(還元反応)を著しく抑制する。すなわち、鋼材表面に析出したSn上ではH+イオンが吸着されないので、水素発生反応が抑制されず、カソード反応が抑制されることとなる。これは、高水素過電圧によるものと考えられる。
(d) Snの析出は鋼の溶出部に集中するため、溶解したSn2+は効率的に腐食している部分のみにSnとして析出する。
(e) 一度析出したSnは、腐食が進行するとSn2+として再溶出して,腐食抑制効果を発揮し、腐食している部分に再びSnとして析出する。
(f) 溶存酸素濃度が高い環境では、Sn2+→Sn4+への空気酸化速度が速いことが知られている。空気酸化物であるSn4+はFeのアノード反応により供給された電子によって再びSn2+に還元され、さらにSnとして析出する。このFeのアノード反応を電子供給源としたSnのサイクリックな反応が腐食を抑制する。
(g) したがって、鋼材表面にSnまたはSn2+もしくはSn4+イオンが存在すると、枯渇することなく繰り返し腐食を抑制できる、すなわち、半永久的は腐食抑制効果を得ることができる。なお、鋼材表面にSnまたはSn2+もしくはSn4+イオンを存在させるには、鋼材の表面にSn2+イオンおよびSn4+イオンの一方または両方を含有するpH3.0以下の酸性水溶液を塗布するか、あるいは、SnまたはSn2+もしくはSn4+イオンを含有してなる有機樹脂膜で鋼材の表面を被覆すればよい。
このように、鋼材表面にSnまたはSn2+もしくはSn4+イオンが存在する場合、α−FeOOHによる保護性錆層の防食効果だけでなく、Sn自体の腐食抑制作用も期待できる。したがって、濃厚塩化物環境でもα−FeOOHの形成を促進でき、保護性錆による耐食性により鋼材の腐食を抑制可能である。
本発明は、このような知見に基づいて完成したものであり、その要旨は、下記の(1)〜(3)に示す耐食性に優れた表面処理鋼材の製造方法にある。
(1) Sn2+イオン、Sn4+イオン、Ce 3+ イオンおよびCe 4+ イオンのうちの1種または2種以上を含有する酸性水溶液と塩化鉄水溶液を混合し、加熱して得られる錆を有機樹脂と混合し、鋼材の表面に塗布することを特徴とする、鋼材の表面が、Snおよび/またはCeとともにα−FeOOHを含有する有機樹脂層で覆われている表面処理鋼材の製造方法。
(2) さらに、上塗り層として乾燥膜厚20μm以上の有機樹脂を被覆することを特徴とする、上記(1)の表面処理鋼材の製造方法。
(3) 鋼材の表面粗さRzjisが30〜100μmであることを特徴とする、上記(1)又は(2)の表面処理鋼材の製造方法。
本発明に係る表面処理鋼材は、塩化物イオン濃度の高い濃厚塩化物環境下においても優れた耐食性を示し、さらに日照や気温による冷熱サイクルの環境においても塗装剥離を著しく抑制することができる優れた長期耐久性を示す。したがって、本発明を橋梁や造船、海洋構造物に使用される鋼材に適用すると、塗装の塗り替え間隔が延長可能となり、メンテナンスコストを大幅に削減できる。
本発明が適用される鋼材は特に制限されていないが、好ましくは構造用鋼材、特に海洋構造物や港湾施設、船舶、建築・土木構造物、自動車、鉄道などにおいての構造材料として用いられる鋼材である。鋼材の材質は、特に鋼種を限定されるものではなく、炭素鋼や低合金鋼等の合金鋼でよい。耐候性鋼やNi、Al、Sn等を含有する低合金鋼であると、長期の耐久性の観点からは有利である。
鋼材の形態も特に制限されず、板や棒、形鋼、管、鋳造品などを含む任意の形態でよく、ラインパイプや配管等で使用する鋼管の他、鋼管杭、鋼矢板、鉄筋などの種々の形状の鋼材にも適用できる。また、橋梁、陸上タンク、バラストタンクを含む各種既設の鋼材にも本発明を適用可能である。
本発明に従って処理される鋼材は、その外表面を予め公知のショットブラスト、グリッドブラスト、サンドブラストなどの物理的手段や、酸洗、アルカリ脱脂などの化学的手段、またはそれらの適切な組み合わせにより、表面の錆を実質的に完全に除去した、清浄な表面を有するものでもよい。この場合には、鋼材表面が処理される。新規な鋼材の場合も、処理前に予め表面を清浄化することが好ましい。
濃厚塩化物環境では鋼材表面の一部で腐食反応とともに錆層が生成するが、錆が形成される際にSn2+、Sn4+ 、Ce 3+ 、Ce 4+ が存在するとα−FeOOHが優先的に形成される。従来、1mdd以上の濃厚塩化物環境下ではα−FeOOHが形成されることがなかったが、Sn、Ceが存在すると、1mdd未満の塩化物環境下に限らず、1mdd以上の濃厚塩化物環境下でもα−FeOOHで構成される錆の形成が促進される。
具体的には、Sn2+イオン、Sn4+イオン、Ce 3+ イオンおよびCe 4+ イオンの1種または2種以上を含有する酸性水溶液を鋼材表面に塗布することにより、鋼材表面の全面に上述のα−FeOOHを含む錆層を全面に形成することができる。酸性水溶液のpHの上限は、3.0が好ましく、2.5がより好ましい。酸性水溶液のpHの下限は、0が好ましく、0.5がより好ましい。環境にもよるが、これらの水溶液を鋼材表面に塗布し1日以上放置すれば、α−FeOOHが全面に形成される。α−FeOOHの形成を一層促進したい場合には、45℃以上80℃以下に加熱などすればよい。ただし、80℃を超えて長時間加熱されると結晶構造が変態し、Fe2O3が混入する場合がある。
特に、Sn2+イオンを含有する酸性水溶液を用いた場合には、表1に示したようにβ−FeOOHが形成されず、α−FeOOHを豊富に含む錆層を全面に形成することができる。よって、Sn2+イオンを含有する酸性水溶液を用いることが好ましい。
Sn2+を含む水溶液を塗布する場合、鋼材表面に供給したSnイオンは水の蒸発により2価のSn化合物のまま鋼材表面に付着すると考えられるが、一部は、酸性水溶液が引き起こす腐食(Feの溶出)に伴ってSnに還元され金属Snとして存在しうる。また、Sn4+を含む水溶液を塗布する場合、Sn2+に還元され、さらに金属Snに還元されるので、Snは4価のSn化合物、2価のSn化合物または金属Snとして存在しうる。
その錆層にSn、2価のSn化合物または4価のSn化合物が存在すると、水分が鋼表面に到達した時に、イオン化するか、または水に溶解することによって、Sn2+イオンまたはSn4+イオンが生成する。この場合、生成したSn2+とその空気酸化物であるSn4+は鋼材の腐食している部分表面に優先的にSnとして析出し、析出したSn上における水素イオンの還元反応(カソード反応)が著しく抑制され、腐食が抑制される。
このようにSnイオンがFe表面の吸着反応中間体の生成を抑制して、Feの溶解を抑制するとともに、SnとSnイオンは溶解と析出を繰り返して腐食抑制効果を半永久的に発揮する。
以上に説明したとおり、Snイオンを用いると、腐食抑制作用を有効に機能させることができ、一方で酸により鋼材表面をエッチングさせ保護性錆層を形成することができる。pH3以下というような低pH環境で溶出したFe2+が直ちに空気酸化されてFe3+となり、加水分解反応の進行に伴ってSnイオンを含有するα−FeOOHが生成する。Sn2+およびSn4+は、錆層を強酸で溶解して誘導分光プラズマ法で調べたところ、錆層に取り込まれていることが判明した。どのような状態で取り込まれているかは不明であるが、α−FeOOHがSn等を吸着している状態、あるいはα−FeOOHのFeがSnに置換された状態で、錆層に含有されていると推測される。
一方、Ce
3+
イオンについては詳細な調査は行っていないが、Ceの塩化物を用いた場合もSnと同様にα−FeOOHが生成したことからSn
2+
イオンと同様な作用があると推測される。
鋼材表面の凹部ではSnイオンが堆積しやすく、上述のSnイオンによる腐食抑制作用と保護性錆層の形成促進作用に大きく寄与する。一方、鋼材表面の凸部ではSnイオンの堆積は少ないことに加え、有機樹脂被覆をした場合、凸部での有機樹脂被覆の膜厚は薄くなるので、凸部を起点とした腐食が進行しやすい。
また、有機樹脂を被覆した場合の鋼材表面と樹脂膜の密着性は、冷熱サイクル環境における樹脂鋼板の耐久性に強く関連する。例えば、冷熱サイクル環境における塗装剥離は、急激な温度変化による鋼材と樹脂との熱膨張係数の違いにより鋼材表面と樹脂との界面において凝集破壊が発生することが原因である。一般に鋼材表面の粗度が高くなれば、鋼材表面の凹凸により有機樹脂のアンカー作用が発揮される。
このように、表面処理をする前の鋼材の表面粗さRzjisは表面処理鋼材の特性に大きく影響する。鋼材の表面粗さRzjisを30〜100μmとするのが好ましい。表面粗さRzjisは前述のショットブラストなどにより調整すればよい。
水溶液塗布処理を行い形成したα−FeOOHを含有する錆層の上にはさらに有機樹脂被覆を施してもよい。錆層の上にさらに有機樹脂が被覆されていれば、物理的に鋼材を外部腐食環境から遮断し、耐食性を向上させる効果も期待できる。この場合、樹脂被覆下にSnまたはCeが存在することになる。これらがSn化合物またはCe化合物で存在すれば、鋼材表面と樹脂膜との間で強固なアンカー作用を発揮する。一方、有機樹脂が損傷して水分が樹脂被覆を含浸して鋼表面に到達すると、錆層にSnがイオンとして溶出しSn2+またはSn4+が生成する。鋼材表面と樹脂界面での腐食反応は、上述のSnイオンによる作用によって抑制される。
有機樹脂は乾燥膜厚で20μm以上あれば、鋼材表面を完全に覆うことができるので、外部腐食環境から十分な遮断効果を発揮する。この樹脂被覆は、一般的には塗装で形成されるが、予め形成された有機樹脂フィルム(例えば、ポリエチレンもしくはポリウレタンフィルム)を貼付する樹脂被覆ライニングにより行うこともできる。樹脂被覆の乾燥膜厚の上限は特に無いが、経済性の観点から、一般塗料の場合には2000μm以下、樹脂被覆ライニングの場合には5000μm以下とすることが好ましい。樹脂被覆の厚みは、鋼材の周囲環境の腐食性の強さに応じて選択すればよい。本発明は、腐食性があまり強くない場所に設置されている鋼材にも適用できるが、その場合は、樹脂被覆の厚みは20〜50μmで十分である。一方、海上または海浜地域や大量の融雪塩が撒かれる地域のように腐食性の強い環境に対しては、樹脂被覆の厚みを100μm以上とすることが、防食の観点からは好ましい。
被覆する樹脂種は特に制限されず、防食用樹脂被覆に適したものを使用すればよい。例えば、塗料の場合、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド樹脂、フタル酸樹脂、ブチラール樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂等が使用できる。塗料には、ベンガラ、二酸化チタン、カーボンブラック、フタロシアニンブルー、α−FeOOH、酸化鉄等の着色顔料;ならびにタルク、シリカ、マイカ、硫酸バリウム、炭酸カルシウム等の体質顔料をそれぞれ1種または2種以上添加することができる。防錆顔料として、酸化クロム、クロム酸亜鉛、クロム酸鉛、塩基性硫酸鉛等を含有させることを排除するものではない。ただし、環境の負荷を考えれば、その添加量は、塗料中の全固形分に基づいて好ましくは20質量%以下、より好ましくは10質量%以下とする。その他、チキソ剤、分散剤、酸化防止剤等、慣用されている添加剤を塗料に加えてもよい。
塗料による樹脂被覆は、必要であれば使用時に塗装作業に適した粘度になるように有機溶剤で希釈して濃度を調整した塗料を用いて、常法に従って、エアスプレー、エアレススプレー、刷毛塗り等の方法で行うことができる。工場で塗装する場合には、ロールコート、浸漬等の他の方法により実施してもよい。塗装後、必要に応じて加熱して塗膜を乾燥させるか、場合によって焼付けを行う。塗装は、2回以上行うことができる。
樹脂被覆ライニングの場合も、公知の方法により行うことができる。樹脂被覆ライニングは、錆層のない鋼材表面に適用することが好ましく、また、既設構造物の場合であっても、工場内で実施することが好ましい。したがって、既設の橋梁などには塗装の方が適している。
以上は、Snイオンを含む酸性水溶液を塗布してα−FeOOHを形成した表面処理鋼材について述べたが、有機樹脂にSnおよび/またはCeとともにα−FeOOHを含有させて有機樹脂層を形成してもよい。有機樹脂層により鋼材が外部腐食環境から遮断されるとともに、有機樹脂層に含有されるα−FeOOHは大気腐食環境中で安定であるので、腐食が進行することはない。また、有機樹脂層を含浸してくる水分により、有機樹脂層に含有されるSn、Ceの作用により鋼材表面に保護性錆α−FeOOHが形成されれば、より高い耐食性を有する表面処理鋼材を得ることができる。この場合、有機樹脂が存在するために水溶液塗布処理によりα−FeOOHを形成するのに時間がかかるが、水溶液塗布処理に比べて簡便に耐食性の高い表面処理鋼材を形成できるので、施工上利点がある。この場合も、形態は不明であるが、鋼材表面上でSn2+、Sn4+ 、Ce 3+ イオンまたはCe 4+ イオンが錆層に取り込まれると考えられる。これにより、有機樹脂膜と鋼材界面にはSn、Ceを含有したα−FeOOHで構成される錆層が形成され、その上にSn、Ceを含有する有機樹脂被が被覆された表面処理鋼材となる。
SnまたはCeを含有する有機樹脂層の上に、さらに上塗りとして有機樹脂が被覆されていてもよい。上塗りの被覆が施されることで、物理的に水や塩化物等の腐食因子を遮断できる。被覆膜厚が大きくなるにつれて、SnまたはCeを含有する有機樹脂層と鋼材の界面における保護性錆層の形成速度が遅くなると予想される。しかし、溶出Snイオン、Ceイオンを含有するとその有機樹脂層の酸性度が僅かであるが高くなり、鋼材表面をエッチングするため保護性錆形成の起点を付与し、水分がSnまたはCeを含有する有機樹脂層を含浸してきた際に直ちに保護性錆を形成する。仮に、SnまたはCeを含有する有機樹脂層に劣化やキズが生じた場合でも、SnまたはCeが存在するので、その劣化部やキズ部へSnイオンまたはCeイオンが供給されて、SnまたはCeによって腐食抑制と保護性錆形成がなされるので、SnまたはCeを含有する有機樹脂層下での腐食の進展を抑制できる。
また、SnまたはCeを含有する有機樹脂層中の溶出Snイオン、Ceイオンが鋼材表面をエッチングするため、その有機樹脂層と鋼材界面にSnまたはCeの化合物が形成され、より強固なアンカー作用を発揮することで、冷熱サイクル環境においても有機樹脂層の剥離現象を抑制することができる。
鋼材表面に塗付するために使用する、Sn2+イオン、Sn4+イオン、Ce 3+ イオン、およびCe 4+ イオンの1種または2種以上を含有する酸性水溶液は、以下のように調製することができる。
Sn2+は、硫酸スズ(II)もしくは塩化スズ(II)を水に溶解させるか、または酸化スズ(II)を酸水溶液に溶解させることにより調製することができる。Sn2+を含有する酸性水溶液は、空気酸化されてSn4+を含有する場合があり、Sn4+に空気酸化されると、水酸化スズ[Sn(OH)4]の白色沈殿が生じる場合がある。この場合、溶液中に金属Snを共存させると、この沈殿生成を抑制することができる。
Sn4+は、塩化スズ(IV)を水に溶解させるか、酸化スズ(IV)を酸水溶液に溶解させることにより調整することができる。Sn4+のみを含有する水溶液は、pHが低いほど安定であり、水酸化スズの沈殿が生じる場合は、塩酸の酸で水溶液のpHを下げることで沈殿を溶解することが出来る。
Sn2+とSn4+を混合した酸性水溶液の場合、Sn4+をSn2+の等量以下にすると、Sn2+⇔Sn4+の平衡が保たれ、Sn2+の空気酸化による水酸化スズの沈殿生成を抑制して均一な水溶液となり、効果を発揮する。
Ce
3+
は、塩化セリウム(III)、酸化セリウム(III)、弗化セリウム(III)、硫酸セリウム(III)、硝酸セリウム(III)、硝酸セリウム(III)アンモニウム、炭酸セリウム(III)、臭化セリウム(III)、シュウ酸セリウム(III)および酢酸セリウム(III)を水に溶解させることにより調整することができる。Ce
3+
を含有する酸性水溶液は、空気酸化されてCe
4+
を含有する場合があるが、溶液中に金属CeもしくはFe、Alを共存させることでCe
4+
の生成を抑制できる。
Ce
4+
は、酸化セリウム(IV)、硫酸セリウム(IV)、硝酸セリウム(IV)、硝酸セリウム(IV)アンモニウム、炭酸セリウム(IV)および水酸化セリウム(IV)を水に溶解させることにより調整することができる。
酸性水溶液のpHは3.0以下で調整することが好ましい。pHが3.0を超えるとSnイオンは沈澱し、有効に機能しにくくなる。pHは必要に応じて、酸または塩基の添加により調整できる。pHの下限は0が好ましく、0.5がより好ましい。
この酸性水溶液は、バインダーとして機能するような多量の有機樹脂を含有することはできないが、水溶液をエマルジョン状態にするための少量の有機樹脂(例、液中の全固形分の10%以下)の含有は許容される。但し、実質的に有機樹脂を含有していない(有機樹脂の含有量が液中の全固形分の1質量%以下である)ことが好ましい。塗布する水溶液は、顔料または染料を添加して着色することもできる。この場合、該水溶液の塗布部分を見わけやすくなり、特に既設構造物に塗布する場合に便利である。また、塗布後の乾燥を促進するため、Sn2+の安定性を阻害しないアルコール等の揮発性有機溶剤を溶媒の一部として添加することもできる。その他、作用効果に実質的な悪影響を及ぼさない限り、塗布する水溶液中に他の添加成分を含有させることができる。
上記酸性水溶液の塗布方法は、必要な付着量が得られる限り、特に制限されることはない。例えば、はけ塗り、しごき塗り、エアによる吹き付けなどが可能である。塗布水溶液が通常の塗料より低粘度であるため、塗布する鋼材表面または錆面は、表面粗さRzjisが30〜100μmと比較的粗面にしておくことが好ましい。
表面粗さRzjisが30〜100μmであると、凹凸のトップ/ボトム部での付着量差は大きくなく、適切な塗布均一性が保持でき、かつ塗布する水溶液の液ダレを容易に防止することができるので、樹脂被覆鋼材の製造効率を増すことができる点からも有利である。したがって、特に錆層が形成されていない場合、鋼材表面を上記の表面粗さRzjisとすることが好ましい。表面粗さRzjisは40〜90μmであることがより好ましい。鋼材の表面粗さRzjisは、例えば、ショットブラストにおいて使用する鋼球の粒径を変化させることにより調整することができる。錆層が生成しても、表面粗さRzjisは元の粗さが基本的には反映される。
また、本発明を実施するために使用する、Snおよび/またはCeとともにα−FeOOHを含有する有機樹脂層は以下のように調整することができる。Sn2+は硫酸スズ(II)、塩化スズ(II)または酸化スズ(II)から調達することができる。一般に塩化スズは反応性が高く、また含有させる有機樹脂成分と反応する可能性が考慮されるため、このましくは硫酸スズ(II)から調達するのがよい。Sn4+は塩化スズ(IV)または酸化スズ(IV)から調達することができる。Ce 3+ は塩化セリウム(III)から調達することができる。またCe 4+ イオンは硝酸セリウム(IV)もしくは硫酸セリウム(IV)から調達することができる。
これらの水溶液に塩化鉄水溶液を混合し、加水分解反応を加熱により促進すると、α−FeOOHからなる錆が形成される。この錆には、Snおよび/またはCeが含有されており、錆は水溶液中から濾過することにより取り出すことができる。取り出した錆は有機樹脂と混合し、塗料とする。
塗料中の錆は有機樹脂の全重量に対して0.05〜10.0質量%分散させるのが好ましい。塗料中の錆量が10.0質量%を超える場合でも優れた効果を示すと考えられるが、有機樹脂を塗付する際の塗料中に均一に分散することが難しく、またスプレー塗装を実施する際にスプレーの先端に詰まる可能性がある。一方、塗料中の錆量が0.05%以下の場合、十分な効果が得られない。
錆を混合する樹脂種は特に制限されず、防食用樹脂被覆として適したものでよい。たとえば、塗料の場合、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド樹脂、フタル酸樹脂、ブチラール樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂等が使用できる。
上記の樹脂の塗付方法は、特に制限されず、必要であれば使用時に塗装作業に適した粘度になるように有機溶剤で希釈して濃度を調整した樹脂を用いて、常法に従って、エアスプレー、エアレススプレー、刷毛塗り等の方法で行うことができる。工場で塗付する場合には、ロールコート、浸漬等の他の方法により実施してもよい。塗付後、必要に応じて加熱して塗膜を乾燥させるか、場合によって焼付けを行う。塗付は、2回以上行うことができる。
表2に示す3種類の化学組成を有する試験鋼材(いずれも100×60×3mm厚の板材)を使用した。ここで、試験鋼材(1)は普通鋼、試験鋼材(2)はCr−Sn複合添加耐食鋼、そして、試験鋼材(3)はSn添加耐食鋼である。これらの鋼材をショットブラストする時には、使用する鋼球の大きさを変えることによって、鋼材の表面粗さRzjisを変化させた。
1.表面が錆層で覆われている表面処理鋼材
表面粗さRzjisを変化させた表2に示す鋼材表面に、表面処理として、表3に示す各種のSnまたはCe含有水溶液(試験番号6を除く)を、pH2.12に調整して、SnまたはCeの含有量が金属換算で表3に示す値になるようにしごき塗りした。SnまたはCeの含有量は、水溶液濃度を変化させることによって変化させた。目安として、硫酸第一スズをSnイオン供給源として用いた場合、0.1%濃度の水溶液で6〜7mg/m2程度の含有量となる。塗付後は、自然乾燥により乾燥させて、Sn含有の錆層を形成した。ここで、Snイオンの供給源として、Sn2+はSnSO4もしくはSnCl2を用い、そして、Sn4+はSnCl4を用いた。Ceイオンの供給源として、CeCl 3 とCe(SO 4 ) 2 を用いた。試験番号3においては、Sn 2+ とSn 4+ の両方のSnイオンを含有させた。
こうしてSn、Ceの無機塩を塗布した後、錆層を形成した試験鋼材を、塩化物・乾湿繰り返し試験により評価した。塩化物・乾湿繰り返し試験は、塩分付着:0.01mol/LのNaClを鋼材表面に500μmの液膜厚が形成されるように滴下し、乾燥(40℃、40%RH、4時間)と湿潤(40℃、100%RH、4時間)を1サイクルとして、1日3サイクル行い、1週間おきに塩分付着を行う試験である。試験期間3か月間の鋼材表面に付着する塩分は、2.2mddである。
塩化物・乾湿繰り返し試験を試験期間3か月間行った後に、試験片表面に形成された錆層を除去し、次式(1)から板厚減少量として腐食量を測定した。
腐食量=(錆層除去後の試験片質量−試験前の試験片質量)/試験片表面積/鉄の密度・・・式(1)
また、塩化物乾湿繰り返し試験後に各供試材に生成した錆層をカッターナイフにより採取した。採取した錆試料をデシケーター内で1週間以上乾燥した後、ZnO粉末(和光純薬製、粒径約5μm)を内部標準物質として、粉末X線回折法により、錆構成化合物の定量分析を行った。粉末X線回折用試料は予め採取した錆重量に対して一定重量比(本実施例では30%とした。)のZnOを混ぜ、めのう乳鉢により錆とZnOが均一に分散するように混合した。X線回折測定は理学電気(株)製RU200型を用い、Coターゲット、電圧−電流は30kV−100mAとして、走査速度2°/minで測定を行った。予め標準試薬であるα−FeOOH、γ−FeOOH(レアメタリック社製)、Fe3-δO4(高純度化学製)、およびFeCl3水溶液を100℃で加水分解して合成したβ−FeOOHを用いて作製した検量線を用い、得られたX線回折パターンの強度より、定量分析を行った。こうして定量された錆中のβ−FeOOHとα−FeOOHの量(質量%)を比較した。
表3に、鋼材表面に水溶液処理をした供試材の結果を併せて示した。
表3に示すように、参考例に係る試験番号1〜5では、Snイオン、Ceイオンの表面処理により、腐食量は少なく、すべて0.30mm以下であった。
合わせて表3に示すように、表面処理がない試験番号6においては、腐食量が0.54mmとなり、腐食が進行した。
また、表3に示すように、塩化物・乾湿繰り返し試験で試験材に生成した錆を上記のX線回折測定方法により定量分析し、生成したα−FeOOHとβ−FeOOHの比(以下、「α/β比」という。)を求めた。
試験番号1〜5では、α/β比が0.55〜1.30と比較的高く、β−FeOOHの生成が抑制され、α−FeOOHが生成されていた。
表面処理のない試験番号6では、α/β比がそれぞれ0.35と低く、β−FeOOHが多く生成されていた。
以上からSnまたはCeとともにα−FeOOHを含有する錆層で覆われた表面処理鋼材は耐食性に優れることが分かる。
さらに錆層が形成された上記試験番号1〜7の供試材に樹脂を塗布し、鋼材素地に達する深さで長さ1cmのキズを1本入れてから冷熱サイクル試験により評価した。冷熱サイクル試験は、高温(50℃、湿度95%RH、8時間)、低温(−30℃、8時間)を1サイクルとする試験である。なお、使用した樹脂および樹脂の乾燥膜厚は表3に示すとおりである。冷熱サイクル試験を20サイクル実施した後は、塗膜剥離腐食部分を剥離し、デジタルカメラで撮影した後、写真を二値化処理して剥離面積率を算出した。試験後の試験結果を表3に合わせて示す。
表3に示すように、参考例に係る試験番号1〜6の供試材では、キズ部からの剥離が抑制され、剥離面積率として18〜24%という値となった。一方、鋼材表面にイオンを塗布しなかった試験番号7の供試材では、剥離面積率が85%となり著しく剥離が進行した。
2.有機樹脂層を有する表面処理鋼材
表面粗さRzjisを変化させた上記の試験鋼材に、表面処理として、表4に示す各種のイオン供給源を含有する水溶液と塩化鉄水溶液を混合しイオン供給源とFeの含有量比を変化させるとともに、pHを調整して加熱することにより、人工的に錆を生成させた。生成した錆に対しては、上述の粉末X線回折法により、錆構成化合物の定量分析を行った。表4に合わせて生成した錆の種類を示す。表4に示すように試験番号18以外はいずれも安定錆であるα−FeOOHが形成された。特に塩化スズ(II)を用いて錆を生成させた場合にはβ−FeOOHの生成は見られず、α−FeOOHの生成のみが見られた。
生成錆はブチラール樹脂と混合し塗料を作製し、表5に示すとおり、種々の乾燥膜厚になるようにエアースプレーにて鋼材表面に全面塗付し、溶媒を蒸散させて樹脂を乾燥させて、SnまたはCeとともにα−FeOOHを含有する有機樹脂層を形成した。なお、供試材の作製にあたってはすべて試験鋼材(1)を用い、ショットブラストにおいて使用する鋼球の粒径を変化させることにより調整することにより各鋼材の表面粗さを表5に示すように変化させた。
こうして作製した錆が混合した有機樹脂層で被覆された供試材を、鋼材素地に達する深さでクロスカットを入れてから、塩化物・乾湿繰り返し試験により評価した。塩化物・乾湿繰り返し試験は、塩分付着:0.01mol/LのNaClを鋼材表面に500μmの液膜厚が形成されるように滴下し、乾燥(40℃、40%RH、4時間)と湿潤(40℃、100%RH、4時間)を1サイクルとして、1日3サイクル行い、1週間おきに塩分付着を行う試験である。試験期間3か月間の鋼材表面に付着する塩分は、2.2mddである。
塩化物・乾湿繰り返し試験を3か月間実施した後、試験後の塗膜剥離腐食部分を剥離し、上述したのと同様にデジタルカメラで撮影した後、写真を二値化処理して剥離面積率を算出した。試験結果を表5に合わせて示す。
また、上記の方法で作製した樹脂被覆の供試材を、上述の冷熱サイクル試験により評価した。冷熱サイクル試験を20サイクル実施した後、塩化物・乾湿繰り返し試験と同様の剥離面積率算出法を用いた。
塩化物乾湿繰り返し試験後に各供試材に生成した錆層をカッターナイフにより採取した。採取した錆試料をデシケーター内で1週間以上乾燥した後、ZnO粉末(和光純薬製、粒径約5μm)を内部標準物質として、粉末X線回折法により、錆構成化合物の定量分析を行った。粉末X線回折用試料は予め採取した錆重量に対して一定重量比(本実施例では30%とした。)のZnOを混ぜ、めのう乳鉢により錆とZnOが均一に分散するように混合した。X線回折測定は理学電気(株)製RU200型を用い、Coターゲット、電圧−電流は30kV−100mAとして、走査速度2°/minで測定を行った。予め標準試薬であるα−FeOOH、γ−FeOOH(レアメタリック社製)、Fe3-δO4(高純度化学製)、およびFeCl3水溶液を100℃で加水分解して合成したβ−FeOOHを用いて作製した検量線を用い、得られたX線回折パターンの強度より、定量分析を行った。こうして定量された錆中のβ−FeOOHとα−FeOOHの量(質量%)を比較した。
表5に示すように、本発明に従った試験番号8〜17の供試材では、塩化物・乾湿繰り返し試験ではキズ部(クロスカット部)からの剥離が抑制され、剥離面積率として25〜40%という値となり、冷熱サイクル試験ではキズ部からの剥離が抑制され、剥離面積率として15〜30%という値となった。一方、試験番号18のような塩化アンチモン(V)をイオン供給源として用いた場合には、塩化物・乾湿繰り返し試験と冷熱サイクル試験ともに著しく剥離が進行した。
また、表5に示すように、塩化物・乾湿繰り返し試験で試験材の樹脂膜キズ部に生成した錆を上記のX線回折測定方法により定量分析し、生成したα−FeOOHとβ−FeOOHの比(以下、「α/β比」という)を求めた。
試験番号11〜17ではα/β比が0.70〜0.81と比較的高く、β−FeOOHの生成が抑制され、α−FeOOHが生成されていた。塩化アンチモン(V)をイオン供給源として用いた試験番号18では、α/β比が0.25と低く、β−FeOOHが多く生成されていた。これら試験番号8〜18の供試鋼の結果を考えると、イオン供給源としてSn、Ceを使用するとα/β比が大きくなる傾向がみられ、安定錆であるα−FeOOHの生成はイオン供給源に大きく依存することがわかる。