以下、本発明の一実施の形態について図に基づいて説明する。
まず、本発明の一実施の形態における転がり軸受を備えたモータの構成について説明する。
図1を参照して、本発明の一実施の形態におけるモータ90は、円盤状の形状を有し、コイルを備えたロータ91と、ロータ91を取り囲むように配置されたフレーム(ハウジング)93と、ロータ91の中心(回転軸)を含む部位に接続されるとともにフレーム93を貫通し、ロータ91と一体に軸まわりに回転可能に構成された主軸92とを備えている。そして、主軸92の外周面92Aと、フレーム93において主軸92の外周面92Aに対向する部分との間には、モータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1が嵌め込まれている。すなわち、グリース封入深溝玉軸受1は、モータ90の主軸92を、主軸92の外周面92Aに対向するように配置されるフレーム93に対して回転自在に支持するモータ用転がり軸受である。
さらに、モータ90は、フレーム93の内部において、ロータ91の外周面に対向するようにフレーム93に対して固定して配置された磁石を含むステータ96と、ロータ91において、ロータ91から見て主軸92がフレーム93の外部に突出する側とは反対側の部位に接続され、ロータ91と一体に回転可能に構成された整流子94と、整流子94に接触するようにフレーム93に対して固定して配置されたブラシ95とを備えている。
次に、上記グリース封入深溝玉軸受1について説明する。
図2および図3を参照して、グリース封入深溝玉軸受1は、第1軌道部材としての外輪11と、第2軌道部材としての内輪12と、複数の転動体としての玉13と、保持器14と、シール部材15とを備えている。外輪11の内周面には、円環状の第1転走面としての外輪転走面11Aが形成されている。内輪12の外周面には、外輪転走面11Aに対向する円環状の第2転走面としての内輪転走面12Aが形成されている。また、複数の玉13には、転動体転走面としての玉転走面13A(玉13の表面)が形成されている。そして、当該玉13は、外輪転走面11Aおよび内輪転走面12Aの各々に玉転走面13Aにおいて接触し、円環状の保持器14により周方向に所定のピッチで配置されることにより、円環状の軌道上に転動自在に保持されている。
1対のシール部材15は、外輪11および内輪12に挟まれる空間、より具体的には外輪転走面11Aおよび内輪転走面12Aに挟まれる空間である軌道空間を閉じるように、外輪11と内輪12との間において、外輪11および内輪12の幅方向の両端部のそれぞれに配置されている。以上の構成により、グリース封入深溝玉軸受1の外輪11および内輪12は、互いに相対的に回転可能となっている。また、上記軌道空間には、グリース組成物16が封入されている。
軌道部材としての外輪11、内輪12および転動体としての玉13のうち少なくとも1つの軸受部材は、JIS規格SUJ3からなり、軸受部材の常温大気中の電気抵抗率は36μΩcm以下となっている。
また、軌道部材としての外輪11、内輪12および転動体としての玉13のうち少なくとも1つの軸受部材に直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重2.30kNで押し付け、10秒間保持した後に除荷することにより軸受部材に形成される圧痕の深さが0.2μm以下となっている。
また、軌道部材としての外輪11、内輪12および転動体としての玉13のうち少なくとも1つの軸受部材全体のロックウェルCスケール硬さがHRC56.8以上HRC58.7以下となっている。
また、軌道部材としての外輪11、内輪12および転動体としての玉13のうち少なくとも1つの軸受部材への対稜角115°と100°の三角錐ダイヤモンド圧子の押し込みで得られる押込み深さと押込み荷重との関係から求まる軸受部材の降伏応力が2196MPa以上、軸受部材の加工硬化指数が0.22以上0.33以下、軸受部材の塑性定数が6469MPa以上9825MPa以下となっている。
また、転動体としての玉13は、JIS規格SUJ2からなり、玉13の常温大気中の電気抵抗率は28μΩcm以下であってもよい。
この玉13では、玉13に直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重1.97kNで押し付け、10秒間保持した後に除荷することにより玉13に形成される圧痕の深さが0.2μm以下となっている。
この玉13では、玉13全体のロックウェルCスケール硬さがHRC57.0以上HRC59.3以下となっている。
この玉13では、玉13への対稜角115°と100°の三角錐ダイヤモンド圧子の押し込みで得られる押込み深さと押込み荷重との関係から求まる玉13の降伏応力が1977MPa以上、玉13の加工硬化指数が0.23以上0.32以下、玉13の塑性定数が5828MPa以上8588MPa以下となっている。
また、転動体としての玉13は、セラミックスを含む材質からなることが好ましい。セラミックスとしては、窒化珪素やサイアロンなどが適用され得る。
セラミックスがサイアロンの1つであるβサイアロンを主成分とする焼結体である場合には、低圧(たとえば1MPa以下)の圧力下で焼結されるため、10MPa以上の圧力下で加圧焼結する窒化けい素を主成分とする焼結体よりも低コストで製造できる。
βサイアロンを主成分とする焼結体は、βサイアロンが主成分であり、残部が不純物からなる焼結体である。βサイアロンは、Si6-ZALZN8-Zの組成式で表され、Zが0.1≦Z≦3.5の範囲を満たすように構成されている。不純物は、原料に由来するもの、または製造工程において混入するものを含み、不可避的不純物も含む。焼結助剤としては、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、珪素(Si)、チタン(Ti)、希土類元素の酸化物、窒化物、酸窒化物のうち少なくとも1種類以上を採用することができる。焼結助剤は、焼結体のうち20質量%以下とすることが望ましい。
また、転動体としての玉13を保持するための保持器14は、金属を含む材質からなることが好ましい。
次に、モータ90の動作について説明する。図1を参照して、図示しない電源から配線を介してブラシ95に供給された電流は、整流子94を介してロータ91のコイルを流れる。このとき、ロータ91のコイルを流れる電流と、磁石を含むステータ96により形成される磁界とにより生じる電磁力により、ロータ91は主軸92の軸まわりに、フレーム93に対して回転する。さらに、ロータ91が所定の角度回転すると、整流子94およびブラシ95のはたらきにより、ロータ91のコイルを流れる電流の向きが逆になり、さらにロータ91が回転する。これが繰り返されることにより、ロータ91はハウジングに対して連続的に回転し、当該回転は主軸92により外部に取り出される。
次に、本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受の製造方法について説明する。
図4を参照して、まず工程(S100)において、JIS規格SUJ3から構成される鋼材を準備する鋼材準備工程が実施される。具体的には、たとえばJIS規格SUJ3から構成される棒鋼や鋼線などが準備される。
次に工程(S200)において、上記鋼材を成形することにより、モータ用転がり軸受の軸受部材の概略形状に成形された鋼製部材を作製する成形工程が実施される。具体的には、たとえば上記棒鋼や鋼線などに対して鍛造、旋削などの加工が実施されることにより、図2および図3に示される外輪11、内輪12、玉13などの概略形状に成形された鋼製部材が作製される。上記工程(S100)および(S200)は、モータ用転がり軸受の軸受部材の概略形状に成形された鋼製部材が準備される鋼製部材準備工程を構成する。
次に、工程(S300)において、鋼製部材に対して、A1点以上の温度からMS点以下の温度に冷却されることにより、当該鋼製部材が焼入硬化される焼入硬化工程が実施される。その後、工程(S400)において、焼入硬化された鋼製部材が、270℃以上320℃以下の温度域に加熱されて焼戻される焼戻工程が実施される。上記工程(S300)および(S400)は、鋼製部材が熱処理される熱処理工程を構成する。この熱処理工程の詳細については後述する。
次に工程(S500)において、仕上げ工程が実施される。具体的には、熱処理工程が実施された鋼製部材に対して研削加工などの仕上げ加工が実施されることにより、外輪11、内輪12、玉13などが仕上げられる。これにより、本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受の軸受部材の製造方法が完了し、モータ用転がり軸受の軸受部材としての外輪11、内輪12、玉13などが完成する。
さらに、工程(S600)において、組立て工程が実施される。具体的には、工程(S100)〜(S500)において作製された外輪11、内輪12、玉13と、別途準備された保持器14などとが組合わされて、本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1が組立てられる。これにより、本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受の製造方法が完了し、モータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1が完成する。
次に、熱処理工程の詳細について説明する。図5において、横方向は時間を示しており右に行くほど時間が経過していることを示している。また、図5において、縦方向は温度を示しており上に行くほど温度が高いことを示している。
図5を参照して、工程(S200)において作製された鋼製部材は、まず、A1点以上の温度である温度T1に加熱され、時間t1だけ保持される。このとき、鋼製部材は、たとえばRXガス雰囲気中において加熱される。その後、鋼製部材が、たとえば油中に浸漬されることにより(油冷)、A1点以上の温度からMS点以下の温度に冷却されて、ずぶ焼入が完了する。以上の手順により、焼入硬化工程が完了する。
さらに、焼入硬化された鋼製部材がA1点以下の温度である温度T2に加熱され、t2だけ保持された後、たとえば室温まで空冷(放冷)されることにより焼戻工程が実施される。以上の工程により、本発明の一実施の形態における熱処理工程が完了する。
ここで、温度T1は、たとえば810℃の温度である。一方、時間t1は、たとえば50分間である。
また、温度T2は、たとえば270℃以上320℃以下の温度である。一方、時間t2は、たとえば120分間である。
ここで、A1点とは、鋼を加熱するときに、鋼の組織がフェライトからオーステナイトへ変態を開始する温度に相当する点を示す。また、MS点とは、オーステナイト化した鋼を冷却するときに、鋼の組織がマルテンサイトへ変態を開始する温度に相当する点を示す。
上記熱処理工程により、軌道部材としての外輪11、内輪12および転動体としての玉13のうち少なくとも1つの軸受部材は、常温大気中の電気抵抗率を36μΩcm以下にできる。
上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受の軸受部材の製造方法では、鋼製部材準備工程において、素材のコストを鑑みてJIS規格SUJ3からなる鋼製部材が準備される。そして、焼入硬化工程において、ずぶ焼入が施された上で、焼戻工程において鋼製部材が270℃以上320℃以下に加熱されて焼戻が実施される。その結果、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受の軸受部材の製造方法によれば、モータ用転がり軸受の軸受部材を構成する鋼において、未疲労状態の原子空孔密度を低減し、かつ塑性変形しにくくして原子空孔を生成しにくくすることができる。
転動体は素材のコストおよび調達性を鑑みて、JIS規格SUJ2からなっていてもよい。続いて、転動体がJIS規格SUJ2からなる転動体を有するモータ用転がり軸受の製造方法について説明する。
図4を参照して、まず工程(S100)において、JIS規格SUJ2から構成される鋼材を準備する鋼材準備工程が実施される。具体的には、たとえばJIS規格SUJ2から構成される棒鋼や鋼線などが準備される。
次に工程(S200)において、上記鋼材を成形することにより、モータ用転がり軸受の転動体の概略形状に成形された鋼製部材を作製する成形工程が実施される。具体的には、たとえば上記棒鋼や鋼線などに対して鍛造、旋削などの加工が実施されることにより、図2および図3に示される玉13の概略形状に成形された鋼製部材が作製される。上記工程(S100)および(S200)は、モータ用転がり軸受の軸受部材の概略形状に成形された鋼製部材が準備される鋼製部材準備工程を構成する。
次に、工程(S300)において、鋼製部材に対して、A1点以上の温度からMS点以下の温度に冷却されることにより、当該鋼製部材が焼入硬化される焼入硬化工程が実施される。その後、工程(S400)において、焼入硬化された鋼製部材が、230℃以上280℃以下の温度域に加熱されて焼戻される焼戻工程が実施される。上記工程(S300)および(S400)は、鋼製部材が熱処理される熱処理工程を構成する。この熱処理工程の詳細については後述する。
次に工程(S500)において、仕上げ工程が実施される。具体的には、熱処理工程が実施された鋼製部材に対して研削加工などの仕上げ加工が実施されることにより、玉13が仕上げられる。これにより、本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受の玉13が完成する。
さらに、工程(S600)において、組立て工程が実施される。具体的には、工程(S100)〜(S500)において作製された玉13と、別途準備された外輪11、内輪12、保持器14などとが組合わされて、本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1が組立てられる。これにより、本発明の一実施の形態におけるJIS規格SUJ2からなる転動体を有するモータ用転がり軸受の製造方法が完了し、モータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1が完成する。
次に、熱処理工程の詳細について説明する。図5において、横方向は時間を示しており右に行くほど時間が経過していることを示している。また、図5において、縦方向は温度を示しており上に行くほど温度が高いことを示している。
図5を参照して、工程(S200)において作製された鋼製部材は、まず、A1点以上の温度である温度T1に加熱され、時間t1だけ保持される。このとき、鋼製部材は、たとえばRXガス雰囲気中において加熱される。その後、鋼製部材が、たとえば油中に浸漬されることにより(油冷)、A1点以上の温度からMS点以下の温度に冷却されて、ずぶ焼入が完了する。以上の手順により、焼入硬化工程が完了する。
さらに、焼入硬化された鋼製部材がA1点以下の温度である温度T2に加熱され、t2だけ保持された後、たとえば室温まで空冷(放冷)されることにより焼戻工程が実施される。以上の工程により、本発明の一実施の形態における熱処理工程が完了する。
ここで、温度T1は、たとえば850℃の温度である。一方、時間t1は、たとえば50分間である。
また、温度T2は、たとえば230℃以上280℃以下の温度である。一方、時間t2は、たとえば120分間である。
ここで、A1点とは、鋼を加熱するときに、鋼の組織がフェライトからオーステナイトへ変態を開始する温度に相当する点を示す。また、MS点とは、オーステナイト化した鋼を冷却するときに、鋼の組織がマルテンサイトへ変態を開始する温度に相当する点を示す。
上記熱処理工程により、転動体としての玉13は、常温大気中の電気抵抗率を28μΩcm以下にできる。
なお、上記では、本発明の一実施の形態の転がり軸受の一例としてグリース深溝玉軸受について説明した。また、本発明の一実施の形態の転がり軸受が適用される装置の一例として、モータについて説明した。本発明の一実施の形態の転がり軸受は、上記に限定されず、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受などであってもよい。また、本発明の一実施の形態の転がり軸受は、工作機械主軸用転がり軸受に適用されてもよい。以下、本発明の一実施の形態の転がり軸受の別の例としてアンギュラ玉軸受および円筒ころ軸受について説明し、これらを備えた工作機械の構成について説明する。
図6を参照して、本発明の一実施の形態における工作機械100は、円筒状の形状を有する主軸101と、主軸101の外周面を取り囲むハウジング102と、外輪の外周面がハウジングの内壁102Aに接触するとともに、内輪の内周面が主軸101の外周面101Aに接触するように、主軸101とハウジング102との間に嵌め込まれて配置された工作機械主軸用転がり軸受としてのアンギュラ玉軸受10(フロント軸受)および円筒ころ軸受20(リア軸受)を備えている。これにより、主軸101は、ハウジング102に対して軸まわりに回転自在に支持されている。
また、主軸101には、外周面101Aの一部を取り囲むようにモータロータ103Bが設置されており、ハウジング102の内壁102Aには、モータロータ103Bに対向する位置にモータステータ103Aが設置されている。このモータステータ103Aおよびモータロータ103Bは、モータ103(ビルトインモータ)を構成している。これにより、主軸101は、モータ103の動力によって、ハウジング102に対して相対的に回転可能となっている。
すなわち、アンギュラ玉軸受10および円筒ころ軸受20は、主軸101が回転することにより被加工物を加工する工作機械100において、回転駆動される主軸101を、主軸101に隣接して配置される部材であるハウジング102に対して回転自在に支持する工作機械主軸用転がり軸受である。
次に、上記アンギュラ玉軸受10について説明する。
図7を参照して、アンギュラ玉軸受10は、工作機械主軸用転がり軸受の軸受部材である第1軌道部材としての外輪11と、第2軌道部材としての内輪12と、複数の転動体としての玉13と、保持器14とを備えている。外輪11には、円環状の第1転走面としての外輪転走面11Aが形成されている。内輪12には、外輪転走面11Aに対向する円環状の第2転走面としての内輪転走面12Aが形成されている。また、複数の玉13には、転動体転走面としての玉転走面13A(玉13の表面)が形成されている。そして、当該玉13は、外輪転走面11Aおよび内輪転走面12Aの各々に玉転走面13Aにおいて接触し、円環状の保持器14により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。これにより、外輪11と内輪12とは互いに相対的に回転可能となっている。
ここで、アンギュラ玉軸受10においては、玉13と外輪11との接触点と、玉13と内輪12との接触点とを結ぶ直線は、ラジアル方向(アンギュラ玉軸受10の回転軸に垂直な方向)に対して角度をなしている。そのため、ラジアル方向の荷重が負荷されると、アキシャル方向(アンギュラ玉軸受10の回転軸の方向)への分力が生じる。図6を参照して、本発明の一実施の形態の工作機械100では、前方側(主軸101の先端101B側)に同じ向きのアンギュラ玉軸受10を2つ配置するとともに、後方側(モータロータ103B側)には、前方側とは逆向きのアンギュラ玉軸受10を2つ配置することにより、当該分力を相殺している。
次に、上記円筒ころ軸受20について説明する。
図8を参照して、円筒ころ軸受20は、基本的には上述のアンギュラ玉軸受10と同様の構成を備えており、同様の効果を有している。しかし、円筒ころ軸受20は、軌道部材および転動体の構成において、アンギュラ玉軸受10とは異なっている。
すなわち、円筒ころ軸受20は、工作機械主軸用転がり軸受の軸受部材である第1軌道部材としての外輪11と、第2軌道部材としての内輪12と、複数の転動体としての円筒ころ23と、保持器14とを備えている。外輪11には、円環状の第1転走面しての外輪転走面11Aが形成されている。内輪12には、外輪転走面11Aに対向する円環状の第2転走面としての内輪転走面12Aが形成されている。また、複数の円筒ころ23には、転動体転走面としてのころ転走面23A(円筒ころ23の外周面)が形成されている。そして、当該円筒ころ23は、外輪転走面11Aおよび内輪転走面12Aの各々にころ転走面23Aにおいて接触し、円環状の保持器14により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。これにより、外輪11と内輪12とは互いに相対的に回転可能となっている。
次に、工作機械100の動作について説明する。図6を参照して、モータ103のモータステータ103Aに図示しない電源から電力が供給されることにより、モータロータ103Bを軸まわりに回転させる駆動力が発生する。これにより、ハウジング102に対してアンギュラ玉軸受10および円筒ころ軸受20により回転自在に支持されている主軸101は、モータロータ103Bとともにハウジング102に対して相対的に回転する。このように、主軸101が回転することにより、主軸101の先端101Bに取り付けられた図示しない工具が被加工物を切削、研削等して、被加工物を加工することができる。
本発明の一実施の形態における工作機械主軸用転がり軸受の製造方法は、上記モータ用転がり軸受の製造方法と成形工程を除き同様である。成形工程では、図7および図8に示される外輪11、内輪12、玉13、円筒ころ13などの概略形状に成形された鋼製部材が作製される。これ以外の製造方法については説明を繰り返さない。
続いて、本発明の一実施の形態の工作機械主軸用転がり軸受の別の一例としての少量の潤滑油で潤滑する転がり軸受を備えた潤滑装置について説明する。
なお、上述した本発明の一実施の形態の構成と同一の要素については同一の符号を付し、説明を繰り返さない。
図9を参照して、この潤滑装置40は、アンギュラ玉軸受30と、潤滑油導入部材31と、蓋部材32と、内輪間座33とを主に備えている。なお、図9では見やすくするため、潤滑油が導入される部分の周辺を図示し、この潤滑装置40が適用される主軸、ハウジングなどは図示していない。
アンギュラ玉軸受30の内輪12は、潤滑油導入部材31から吐出される潤滑油を受ける油受け円周溝34を有している。油受け円周溝34は、潤滑油導入部材31に隣接する端面に設けられている。内輪12の外径面には、その内輪転走面12A側が大径となる斜面部12Bが形成されている。斜面部12Bは、油受け円周溝34内に溜まる潤滑油を、この潤滑油に作用する遠心力と表面張力とで内輪12の内輪転走面12Aに導くように形成されている。
潤滑油導入部材31は、側面からアンギュラ玉軸受30に向けて軸方向に延びる鍔状部31aを有している。鍔状部31aの先端にはシール部31bが形成されている。シール部31bは、保持器14の内径面と内輪12の間における玉13の近傍に配置されている。シール部31bは、内径面が内輪12の斜面部12Bと同一角度αの傾斜面に形成されている。このシール部31bは、内輪12の斜面部12Bに隙間δを持って配置されている。潤滑油導入部材31は、潤滑油供給路31cと吐出口31dとを有している。潤滑油供給路31cと吐出口31dとは連通している。吐出口31dは、内輪12の油受け円周溝34に対向して開口している。
潤滑油導入部材31における鍔状部31aのシール部31bよりも基端側の部分には、内径側に向けて開口する排油円周溝31eが形成されている。この排油円周溝31eは図示しない排油回収路に連通している。排油回収路を通して排油が回収されるよう構成されている。
この潤滑装置40では、潤滑油導入部材31の吐出口31dから吐出される油のうち、極微量がアンギュラ玉軸受30の潤滑油として使用され、大半量は内輪12の冷却に供される。内輪12の油受け円周溝34に吐出された油のうちの極微量は、内輪12の回転に伴う遠心力と油の表面張力により、斜面部12Bに沿ってアンギュラ玉軸受30内に導入され、潤滑油として使用される。
この潤滑油として、たとえばISO VG2相当のごく低粘度の潤滑油が使用される。
この少量の潤滑油で潤滑する転がり軸受の製造方法は、上記モータ用転がり軸受の製造方法と成形工程を除き同様である。成形工程では、図9に示される外輪11、内輪12、玉13などの概略形状に成形された鋼製部材が作製される。これ以外の製造方法については説明を繰り返さない。
この潤滑装置40では、油量を削減しつつ、さらに低粘度の潤滑油を使用しているため、低トルク化は達成され得る。
さらに、別の少量の潤滑油で潤滑する転がり軸受を備えた潤滑装置について説明する。
なお、上述した本発明の一実施の形態の構成と同一の要素については同一の符号を付し、説明を繰り返さない。
図10を参照して、この潤滑装置60は、アンギュラ玉軸受50と、間座61と、グリース溜まり形成部材62とを主に有している。なお、図10では見やすくするため、潤滑油が導入される部分の周辺を図示し、この潤滑装置60が適用される主軸、ハウジングなどは図示していない。
アンギュラ玉軸受50の外輪11には、段差面11bが、玉13から離れる外輪11の外径側に延びるように設けられている。
グリース溜まり形成部材62は、内部にグリースを溜めるためのグリース溜まり部63を形成したリング状の部材である。
間座61とグリース溜まり形成部材62とで挟まれる内部空間がグリース溜まり部63を構成している。グリース溜まり形成部材62は、グリース溜まり部63にグリースを封入した後に、グリース溜まり形成部材62の側壁部の外側を間座61の側壁部の内側に当接させることにより、間座61に対して図示しない主軸の軸方向に位置決めされている。
間座61とグリース溜まり形成部材62との間には図示しない密封材が介在されている。この密閉材によりグリース漏れ防止が図られている。
グリース溜まり形成部材62の先端部62aは、外輪11の内径面に沿って配置されている。先端部62aの先端が段差面11bに対向して配置されている。 先端部62aと外輪11との間に流路64および隙間65が形成されている。
先端部62aの周壁と、これに対面する外輪11の内径面部分とで流路64が形成されている。先端部62aの端面と、これに対面する段差面11bとで図示しない主軸の軸方向に微小なギャップ量Δとなる隙間65が形成されている。隙間65は、流路64に連通し、外輪転走面の縁部に開口している。隙間65のギャップ量Δは、たとえば0.05〜0.1mmに構成されている。
先端部62aの端面に続く内径面は、玉13に近接したテーパ面66を有しており、このテーパ面66と玉13との間に潤滑油が溜まり易くなるように構成されている。テーパ面66と玉13との距離は、テーパ面66に付着した油が玉13の表面に転移可能な大きさの極小隙間とすることが好ましく、たとえば0.2mm以下に構成されている。
この別の少量の潤滑油で潤滑する転がり軸受の製造方法は、上記モータ用転がり軸受の製造方法と成形工程を除き同様である。成形工程では、図10に示される外輪11、内輪12、玉13などの概略形状に成形された鋼製部材が作製される。これ以外の製造方法については説明を繰り返さない。
この潤滑装置60では、グリース溜まり部63から毛細管現象を利用して微量の基油がアンギュラ玉軸受50内部に導入されている。この方法では、グリースの増ちょう剤を保持器14などで撹拌することによるトルクが発生しないため、低発熱となるので高速運転が可能である。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受は、車輪用転がり軸受に適用されてもよい。以下、本発明の一実施の形態の転がり軸受の別の例として車輪用転がり軸受について説明し、これを備えた車輪の構成について説明する。
図27および図28を参照して、車輪用転がり軸受である複列アンギュラ玉軸受110は、ホイール111とタイヤ112よりなる車輪120(駆動輪)を支持するハブ輪113などの回転側部材を、ナックル114などの固定側部材に対して回転可能に支持するものである。
この複列アンギュラ玉軸受110は、外輪11と、内輪12と、玉13と、保持器14と、シール部材15と、磁気エンコーダ115とを主に有している。内輪12はハブ輪113の外周面に嵌合されており、外輪11はナックル114の内周面に嵌合されている。
外輪11は1つの部材から構成されている。内輪12は2つの部材から構成されている。複数の玉13は、複列に配置されている。複数の玉13は、外輪転走面11Aおよび内輪転走面12Aの各々に玉転走面13Aにおいて接触し、くし型形状の保持器14により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。これにより、外輪11と内輪12とは互いに相対的に回転可能となっている。
玉13と外輪11との接触点と、玉13と内輪12との接触点とを結ぶ直線は、ラジアル方向(複列アンギュラ玉軸受110の回転軸に垂直な方向)に対して角度をなしている。そのため、ラジアル方向の荷重が負荷されると、アキシャル方向(複列アンギュラ玉軸受110の回転軸の方向)への分力が生じる。隣り合う玉13の玉13と外輪11との接触点と玉13と内輪12との接触点とを結ぶ直線は、分力を相殺するように逆向きに配置されている。
外輪11の内径と内輪12の外径にはシール部材15が挿入されている。このシール部材15により、複列アンギュラ玉軸受内からの油の漏れや複列アンギュラ玉軸受外からの異物や水分の侵入を防止することができる。
磁気エンコーダ115は、内輪12の端部外径に圧入されており、その状態で周方向に多極磁化された磁性部材が、ナックル114に固定された磁気センサ116と近接対峙している。これにより、車輪の回転速度を高精度に検出することができる。
次に、車輪120の動作について説明する。ナックル114などの固定側部材に対して、ハブ輪113などの回転側部材が回転することにより、車輪120が回転する。
本発明の一実施の形態における車輪用転がり軸受の製造方法は、上記モータ用転がり軸受の製造方法と成形工程を除き同様である。成形工程では、図28に示される外輪11、内輪12、玉13、などの概略形状に成形された鋼製部材が作製される。これ以外の製造方法については説明を繰り返さない。
なお、上記本発明の一実施の形態においては、一例として、モータ用転がり軸受、工作機械主軸用転がり軸受、車輪用転がり軸受、グリース深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、複列アンギュラ玉軸受およびこれらが備える軌道部材および転動体について説明した。本発明の転がり軸受およびその軸受部材は、これらに限られず、他の形態の転がり軸受およびそれが備える軌道部材および転動体であってもよい。たとえば、他の形態の転がり軸受は、ラジアル軸受であってもよく、スラスト軸受であってもよい。軌道部材は、外輪、内輪などを含む。また、転動体は、内輪、外輪、軌道盤との間で転走面を成していてもよい。転動体は、玉、円筒ころ、円錐ころなどを含む。
なお、転動体としての玉13の素材として、JIS規格SUJ2について説明したが、JIS規格SUJ2の相当材である52100(AISIまたはSAE規格)、100Cr6(DIN規格)、GCr15(GSB規格)も適用することができる。
さらに、本発明の一実施の形態の別の例について説明する。
本発明の一実施の形態の転がり軸受は、オルタネータ用転がり軸受に適用されてもよい。以下、本発明の一実施の形態の転がり軸受の別の例としてオルタネータ用転がり軸受について説明し、これを備えたオルタネータの構成について説明する。
図29を参照して、本発明の一実施の形態におけるオルタネータ200は、シャフト(主軸)201と、ロータ202と、ステータ203と、プーリ204と、ハウジング205と、オルタネータ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1とを主に有している。
ロータ202を取り囲むようにハウジング205が配置されている。ロータ202の中央部を貫通し、ハウジング205の壁面を貫通するようにシャフト201が配置されている。ハウジング205の内部において、ロータ202の外周面に対向するようにステータ203が配置されている。
シャフト201の一方端部の外周面の一部と対向するようにハウジング205が配置されている。シャフト201とハウジング205との間にはオルタネータ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1が配置されている。グリース封入深溝玉軸受1によってシャフト201がハウジング205に対して回転可能に支持されている。シャフト201の一方端部の先端部には、ハウジング205の外部において、円環状の形状を有するプーリ204が取り付けられている。プーリ204の外周面には、図示していない伝動ベルトが掛けられる係合溝206が設けられている。
このオルタネータ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1と同様の構成を有している。
オルタネータ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1は、図示しないエンジンなどの動力源で発生した動力を利用して動作するオルタネータ200において、この動力により回転駆動されるシャフト201を隣接して配置されるハウジング205に対して回転自在に支持する、たとえば自動車用の電装・補機用転がり軸受である。
なお、一般的に、ロータ202とプーリ204との間において、シャフト201の一方端部に配置されたグリース封入深溝玉軸受1は、フロント軸受と呼ばれる。また、シャフト201の他方端部に配置されたグリース封入深溝玉軸受1は、リア軸受と呼ばれる。曲げモーメントなどの応力が大きいフロント軸受のグリース封入深溝玉軸受1のほうが、リア軸受のグリース封入深溝玉軸受1より、水素脆性はく離が生じやすい。
次にオルタネータ200の動作について説明する。係合溝206の形成されたプーリ204の外周面には、図示しないエンジンなどの動力源からの動力によって回転する図示しない伝達ベルトが掛けられる。この伝達ベルトが回転することにより、プーリ204は、ハウジング205に対してグリース封入深溝玉軸受1により軸支されたシャフト201と一体に、シャフト201の軸まわりに回転する。ロータ202は、シャフト201と一体にシャフト201の軸まわりに回転する。このとき、ロータ202は、ロータ202の外周面に対向し、ハウジング205に固定されて配置されたステータ203に対して相対的に回転する。その結果、ロータ202とステータ203との間の電磁誘導作用によりステータ203のコイルに起電力が発生する。
このオルタネータ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1の製造方法は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1の製造方法と同様である。
オルタネータ用転がり軸受は、急加減速条件下で接触要素間にすべりが生じる影響により水素脆性起因の早期はく離が起きやすい。また、通電の影響で水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。また、昨今の省スペース化に伴い、オルタネータを含む電装補機部品を駆動するベルトはサーペンタイン化されている。ここでサーペンタイン化とは、一本のベルトで複数の補機部品が駆動されることをいう。サーペンタイン化することにより、補機部品毎に別のベルトは不要になるため省スペース化が可能となる。サーペンタイン化に伴い、負荷荷重が増加する傾向および荷重変動が大きくなる傾向であるため、従来よりもすべりが誘発されやすくなる。
オルタネータ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1は、内輪回転で使用されるため、外輪11の一部の負荷回転が多い。そのため、その外輪11の一部に水素脆性起因の早期はく離が起きやすいので、外輪11に本発明の一実施の形態の軸受部材が適用されることが好ましい。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受は、プーリ用転がり軸受に適用されてもよい。以下、本発明の一実施の形態の転がり軸受の別の例としてプーリ用転がり軸受について説明し、これを備えたプーリの構成について説明する。
図30を参照して、本発明の一実施の形態におけるプーリ210は、プーリ本体211と、プーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1とを主に有している。
プーリ本体211は、円環状の形状を有している。プーリ本体211の外周面には、図示していない伝動ベルトが掛けられる伝動ベルト掛けまわし部212が設けられている。プーリ本体211の内径側の中央部に、シャフト(主軸)218が貫通するための貫通孔213が形成されている。この貫通孔213の内周面とグリース封入深溝玉軸受1の外輪11とが接触するように、プーリ本体211にグリース封入深溝玉軸受1が嵌め込まれている。
より具体的には、プーリ本体211は、内周面に貫通孔を有する円筒状の内周円筒部214と、内周円筒部214の幅方向(軸方向)における一方の端部から径方向外側に延びるフランジ部215と、フランジ部215から幅方向(軸方向)に延びる外周円筒部216と、内周円筒部214の幅方向(軸方向)における他方の端部から径方向内側に延びる鍔部217とを有している。グリース封入深溝玉軸受1の外輪11がプーリ本体211の内周円筒部214および鍔部217に接触するように嵌め込まれている。
また、グリース封入深溝玉軸受1の内輪12には、シャフト218が嵌め込まれることにより取り付けられている。
このプーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1と同様の構成を有している。
プーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1は、図示しないエンジンなどの動力源で発生した動力を利用して動作するプーリ210において、この動力により回転駆動されるプーリ本体211をプーリ210を貫通して配置されるシャフト218に対して回転自在に支持する、たとえば自動車用の電装・補機用転がり軸受である。
次にプーリ210の動作について説明する。伝動ベルト掛けまわし部212の形成されたプーリ本体211の外周面には、図示しないエンジンなどの動力源からの動力によって回転する図示しない伝達ベルトが掛けられる。この伝達ベルトが回転することにより、プーリ210は、グリース封入深溝玉軸受1により軸支されたシャフト218と一体に、シャフト218の軸まわりに回転する。これにより、プーリ210は、伝動ベルトが掛けられる軸同士の距離が固定されているような場合に、伝動ベルトに張力を与えるテンショナーとしての機能を果たし得る。また、これにより、プーリ210は、障害となるエンジンルームないの各種装置との接触の回避などの目的で伝動ベルトの走行方向を変えるためのアイドラーとしての機能を果たし得る。
このプーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1の製造方法は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1の製造方法と同様である。
プーリ用転がり軸受は、特にすべりや通電の影響で水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。また、昨今の省スペース化に伴い、プーリを含む電装補機部品を駆動するベルトはサーペンタイン化されている。負荷荷重が増加する傾向および荷重変動が大きくなる傾向にあって、サーペンタイン化によって従来よりもすべりが誘発されやすくなる。
プーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1は、外輪回転で使用されるため、内輪12の一部の負荷回転が多い。そのため、その内輪12の一部に水素脆性起因の早期はく離が起きやすいので、内輪12に本発明の一実施の形態の軸受部材が適用されることが好ましい。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受は、カーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受に適用されてもよい。以下、本発明の一実施の形態の転がり軸受の別の例としてカーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受について説明し、これを備えたカーエアコン電磁クラッチプーリ機構付きコンプレッサの構成について説明する。
図31を参照して、このコンプレッサは、片斜板タイプの斜板式コンプレッサ220とコンプレッサ用プーリ機構230とを備えている。
まず、片斜板タイプの斜板式コンプレッサ220について説明する。
片斜板タイプの斜板式コンプレッサ220は、ハウジング221と、そのハウジング221にたとえばねじ止め固定されたプーリ用軸受支持部材234と、主軸223と、その主軸223に取り付けられた回転部材225と、その回転部材225の回転に伴って揺動運動をする斜板222と、その斜板222に連結されたピストンロッド226と、そのピストンロッド226の反対側に連結されたピストン224とを有している。
回転部材225とプーリ用軸受支持部材234との間には、スラスト荷重を受ける支持構造として複列のスラスト針状ころ軸受よりなる回転部材・プーリ支持部材軸受231が配置されている。また斜板222と回転部材225との間には、スラスト荷重を受ける支持構造として複列のスラスト針状ころ軸受よりなる斜板支持軸受233が配置されている。
このコンプレッサ220では、主軸223の回転に伴って回転部材225が回転し、それにより斜板222が揺動運動する。この斜板222の揺動運動によりピストンロッド226が往復運動して、ピストンロッド226に連結されたピストン224がシリンダ内を往復運動する。
次に、コンプレッサ用プーリ機構230について説明する。
コンプレッサ220のハウジング221にプーリ用軸受支持部材234がねじ止め固定されている。また、プーリ用軸受支持部材234にクラッチ用電磁石235が固着されている。他方、主軸223の軸端に動力伝達部材236が嵌着されている。プーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1の外周にカーエアコン電磁クラッチプーリ237が嵌合されている。
主軸223とプーリ用軸受支持部材234との間には、主軸支持軸受232が配置されている。またカーエアコン電磁クラッチプーリ237の内周面とプーリ用軸受支持部材234との間には、カーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1が配置されている。
このカーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1と同様の構成を有している。
このプーリ機構230では、クラッチ用電磁石235を励磁しまたは非励磁にすることによって、図示していない駆動力によって回転しているカーエアコン電磁クラッチプーリ237の回転駆動力が主軸223に伝達されてコンプレッサが動作したり、またはカーエアコン電磁クラッチプーリ237の回転駆動力が主軸223に伝達されなくなってコンプレッサが動作を停止したりする。
次に、コンプレッサ用軸受について説明する。
コンプレッサ用軸受は、コンプレッサ220に使用されるコンプレッサ用軸受とプーリ機構230に使用されるコンプレッサ用軸受とに大別される。
コンプレッサ220に使用されるコンプレッサ用軸受には、斜板222と回転部材225とを回転自在に支持する斜板支持軸受233、および回転部材225とプーリ用軸受支持部材234とを回転自在に支持する回転部材・プーリ支持部材軸受231が該当する。
また、プーリ機構230に使用されるコンプレッサ用軸受には、主軸223とプーリ用軸受支持部材234とを回転自在に支持する主軸支持軸受232、およびカーエアコン電磁クラッチプーリ237とプーリ用軸受支持部材234とを回転自在に支持するカーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1が該当する。
回転部材・プーリ支持部材軸受231および斜板支持軸受233には、スラスト針状ころ軸受が使用されている。このスラスト針状ころ軸受として、後述する図35に示すスラスト針状ころ軸受270が使用されてもよい。主軸支持軸受232には、針状ころ軸受または円筒ころ軸受が使用されている。この円筒ころ軸受として、図8に示す円筒ころ軸受20が使用されてもよい。カーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1には、図2に示すグリース封入深溝玉軸受が使用されている。カーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受には複列アンギュラ玉軸受が使用されてもよい。複列アンギュラ玉軸受として、図28に示す複列アンギュラ玉軸受110が使用されてもよい。
コンプレッサ220に使用されるコンプレッサ用軸受には、ピストン224の衝撃に耐えるために、ころ径の大きいスラスト針状ころ軸受が使用されている。また、スラスト針状ころ軸受では、針状ころと軌道面とが線接触する構造であって、針状ころと転がり線接触する軌道面は、軸受の回転中心から外径側に向かうほど周速度は大きくなる。
コンプレッサ220に使用されるコンプレッサ用軸受であるスラスト針状ころ軸受は、通常の軸受のような軌道盤を有していないで、複数の針状ころが保持器に保持されて軌道面に線接触して回転する。斜板支持軸受233においては、斜板222および回転部材225がそれぞれ軌道面を有する部材となり、回転部材・プーリ支持部材軸受231においては、回転部材225およびプーリ用軸受支持部材234がそれぞれ軌道面を有する部材となる。
このカーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1の製造方法は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1の製造方法と同様である。
カーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受は、特にすべりの影響で水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。また、昨今の省スペース化に伴い、カーエアコンを含む電装補機部品を駆動するベルトはサーペンタイン化されている。負荷荷重が増加する傾向および荷重変動が大きくなる傾向にあって、サーペンタイン化によって従来よりもすべりが誘発されやすくなる。
カーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1は、外輪回転で使用されるため、内輪12の一部の負荷回転が多い。そのため、その内輪12の一部に水素脆性起因の早期はく離が起きやすいので、内輪12に本発明の一実施の形態の軸受部材が適用されることが好ましい。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受は、無段変速機用転がり軸受に適用されてもよい。以下、本発明の一実施の形態の転がり軸受の別の例として無段変速機用転がり軸受について説明し、これを備えた無断変速機の構成について説明する。
図32を参照して、本発明の一実施の形態における無段変速機の一例として、ベルト式無段変速機240について説明する。ベルト式無段変速機240は、プライマリプーリ軸(プーリ軸)241と、プライマリプーリ242と、セカンダリプーリ軸243と、セカンダリプーリ(プーリ軸)244と、無端ベルト245と、ケーシング(ハウジング)246と、無段変速機用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1とを主に有している。
プライマリプーリ軸241にはプライマリプーリ242が設けられている。プライマリプーリ242はプライマリプーリ固定シーブ242aとプライマリプーリ可動シーブ242bとを有している。プライマリプーリ固定シーブ242aはプライマリプーリ軸241と一体に構成されている。プライマリプーリ可動シーブ242bは、プライマリプーリ軸241に貫通されており、プライマリプーリ軸241の軸方向にスライド可能に構成されている。プライマリプーリ軸241の一方端は図示しないクラッチに接続されている。プライマリプーリ軸241の他方端はケーシング246に固定された無段変速機用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1に回転可能に支持されている。
セカンダリプーリ軸243にはセカンダリプーリ244が設けられている。セカンダリプーリ244はセカンダリプーリ固定シーブ244aとセカンダリプーリ可動シーブ244bとを有している。セカンダリプーリ固定シーブ244aはセカンダリプーリ軸243と一体に構成されている。セカンダリプーリ可動シーブ244bは、セカンダリプーリ軸243に貫通されており、セカンダリプーリ軸243の軸方向にスライド可能に構成されている。セカンダリプーリ軸243は、図示しない歯車機構の歯車が取り付けられた一方端を別の軸受で支持されている。セカンダリプーリ軸243の他方端はケーシング246に固定された無段変速機用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1に回転可能に支持されている。
プライマリプーリ242とセカンダリプーリ244との間にはV字状の無端ベルト245が張り渡されている。プライマリプーリ242は、プライマリプーリ可動シーブ242bがスライドすることによりプライマリプーリ固定シーブ242aとプライマリプーリ可動シーブ242bとの幅(プライマリプーリ幅)が変動可能に構成されている。
セカンダリプーリ244は、セカンダリプーリ可動シーブ244bがスライドすることによりセカンダリプーリ固定シーブ244aとセカンダリプーリ可動シーブ244bとの幅(セカンダリプーリ幅)が変動可能に構成されている。プライマリプーリ幅およびセカンダリプーリ幅が変動することにより、プライマリプーリ242およびセカンダリプーリ244は、無端ベルト245が張り渡されているそれぞれの径方向の位置が変動するように構成されている。
次に、ベルト式無段変速機240の動作について説明する。プライマリプーリ軸241に図示しないエンジンからクラッチを介して駆動力が伝達される。プライマリプーリ幅およびセカンダリプーリ幅が変動されることにより、無端ベルト245が張り渡されているそれぞれの径方向の位置が変動される。これにより、プライマリプーリ軸241の駆動力がセカンダリプーリ軸243に無段変速で伝達される。セカンダリプーリ軸243から歯車機構とデファレンシャルを介して車軸に駆動力が伝達される。これにより、無段変速が達成される。
この無段変速機用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1の製造方法は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受としてのグリース封入深溝玉軸受1の製造方法と同様である。
無段変速機用転がり軸受については、プーリ部の回転精度を確保するため、軸受のガタ(アキシャルすきま)を抑えることが重要であり、従来は、軸受内外輪の溝曲率を小さくし、軸受のアキシャルすきまを抑える手法が採用されてきた。しかし軸受内外輪の溝曲率が小さく設定されると軸受運転時の差動すべりが大きくなり、その影響で水素脆性起因の早期はく離が起きやすくなる。
無段変速機用転がり軸受であるグリース封入深溝玉軸受1は、内輪回転で使用されるため、外輪11の一部の負荷回転が多い。そのため、その外輪11の一部に水素脆性起因の早期はく離が起きやすいので、外輪11に本発明の一実施の形態の軸受部材が適用されることが好ましい。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受は、針状ころ軸受に適用されてもよい。針状ころ軸受は、急加減速などのすべりを伴う条件下で使用されると、潤滑剤が分離して水素が発生し、それが鋼中に侵入することで早期はく離が起こることがある。今後、コンパクト化や省エネ化に対応するため、針状ころ軸受の使用条件はますます厳しくなる傾向にあり、耐水素ぜい性に優れたものが必要になると予想される。
本発明の一実施の形態の転がり軸受の別の例である針状ころ軸受の一例としてシェル形針状ころ軸受について説明する。
図33を参照して、シェル形針状ころ軸受250は、軌道部材としてのシェル外輪251と、複数の転動体としての針状ころ252と、保持器253とを備えている。シェル外輪251は内径面に軌道面を有している。シェル外輪251は軸方向の両端部に、径方向の内径側に突出する鍔部251aを有している。針状ころ252は軌道面に沿って配置されている。保持器253は隣接する針状ころ252の間隔を保持するように構成されている。保持器253はシェル外輪251の鍔部251aの軸方向の内側に配置されている。なお、シェル外輪251はオープンエンド形であってもよく、またクローズエンド形であってもよい。
本発明の一実施の形態におけるシェル形針状ころ軸受250の製造方法は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受の製造方法と成形工程を除き同様である。成形工程では、図33に示されるシェル外輪251、針状ころ252、保持器253などの概略形状に成形された鋼製部材が作製される。これ以外の製造方法については説明を繰り返さない。
シェル形針状ころ軸受は、特に、電磁クラッチの切り替えにより急加減速する自動車のエアーコンプレッサの支持に用いられる場合、始動時の加速が早いABSポンプの支持に用いられる場合、汎用エンジンのコンロッドの大端に用いられる場合などに、転動体にすべりが生じやすく、水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受の別の例である針状ころ軸受の一例としてソリッド形針状ころ軸受について説明する。
図34を参照して、ソリッド形針状ころ軸受260は、軌道部材としての外輪261と、複数の転動体としての針状ころ252と、保持器253とを備えている。外輪261は肉厚に形成され、かつ軸方向の両端部に、径方向の内径側に突出する鍔部261aを有している。保持器253は外輪261の鍔部261aの径方向の内径側に配置されている。
本発明の一実施の形態におけるソリッド形針状ころ軸受260の製造方法は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受の製造方法と成形工程を除き同様である。成形工程では、図34に示される外輪261、針状ころ252、保持器253などの概略形状に成形された鋼製部材が作製される。これ以外の製造方法については説明を繰り返さない。
ソリッド形針状ころ軸受は、特に、電磁クラッチの切り替えにより急加減速する自動車のエアーコンプレッサの支持に用いられる場合、始動時の加速が早いトランスミッションの支持に用いられる場合、汎用エンジンのコンロッドの大端に用いられる場合などに、接触要素間にすべりが生じやすく、水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受の別の例である針状ころ軸受の一例としてスラスト針状ころ軸受について説明する。
図35を参照して、スラスト針状ころ軸受270は、軌道部材としての軌道盤271と、複数の転動体としての針状ころ252と、保持器253とを備えている。軌道盤271の外形側には針状ころ252が転走する軌道盤外径部271aが形成されている。軌道盤271の先端部には径方向の内径側に突出する軌道盤突出部271bが形成されている。軌道盤突出部271bの軸方向の内側に保持器253の先端部が配置されることにより、スラスト針状ころ軸受270は針状ころ252および保持器253が軌道盤271と分離しないように構成されている。針状ころ252は軌道面に沿って径方向に配置されている。保持器253は隣接する針状ころ252の間隔を周方向に保持するように構成されている。
本発明の一実施の形態におけるスラスト針状ころ軸受270の製造方法は、上記本発明の一実施の形態におけるモータ用転がり軸受の製造方法と成形工程を除き同様である。成形工程では、図35に示される軌道盤271、針状ころ252、保持器253などの概略形状に成形された鋼製部材が作製される。これ以外の製造方法については説明を繰り返さない。
スラスト針状ころ軸受は、転動体内外の周速差により、運転中は絶えず転動輪との間にすべりが生じており、水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。
また、本発明の一実施の形態の針状ころ軸受は、保持器付き針状ころ軸受であってもよい。図36を参照して、保持器付き針状ころ軸受280の保持器253は金属材料で構成されていてもよい。金属材料製の保持器253は高い強度を有している。また、図37を参照して、保持器付き針状ころ軸受280の保持器253は高分子材料で構成されていてもよい。高分子材料製の保持器253は形状の自由度が高く、組み込みが容易である。
保持器付き針状ころ軸受は、特に、始動時の加速が速い自動車のトランスミッションのアイドラー軸受として用いられる場合、CVTの遊星ピニオン支持軸受として用いられる場合、二輪エンジンや汎用エンジンのコンロッドの大端用軸受として用いられる場合などに、転動体にすべりが生じやすく、水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。
次に本発明の一実施の形態の作用効果について説明する。
本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、軌道部材としての外輪11、内輪12および転動体としての玉13、円筒ころ14のうち少なくとも1つの軸受部材は、JIS規格SUJ3からなり、軸受部材の常温大気中における電気抵抗率は36μΩcm以下である。JIS規格SUJ3からなる転がり軸受部材に260℃以上で焼戻処理を施せば、軸受部材の常温大気中における電気抵抗率は36μΩcmでほぼ同等の値となることがわかった。一方、焼戻温度が260℃未満の場合には、軸受部材の電気抵抗率は36μΩcmより大きく、かつ変動も大きいことがわかった。したがって、焼戻温度を260℃以上とすることで軸受部材の常温大気中における電気抵抗率を36μΩcm以下とすることにより、未疲労状態の原子空孔密度を低減することができる。これにより、耐水素脆性を向上することができるので水素脆性起因の早期はく離を抑制できる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、軸受部材に直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重2.30kNで押し付け、10秒間保持した後に除荷することにより軸受部材に形成される圧痕の深さが0.2μm以下である。圧痕深さは、目安として0.2μm以下であれば塑性変形しにくいといえる。270℃以上320℃以下で焼戻処理を施せば、軸受部材に直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重2.30kNで押し付け、10秒間保持した後に除荷することにより軸受部材に形成される圧痕の深さが0.2μm以下となることがわかった。したがって、焼戻温度を270℃以上320℃以下とすることにより、塑性変形しにくくして原子空孔を生成しにくくすることができる。これにより、耐水素脆性を向上することができるので水素脆性起因の早期はく離を抑制できる。上記のとおり、焼戻温度を260℃以上にすることで未疲労状態の原子空孔密度を低減することができるため、焼戻温度を270℃以上320℃以下とすることにより、未疲労状態の原子空孔密度を低減し、かつ塑性変形しにくくして原子空孔を生成しにくくすることができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、軸受部材全体のロックウェルCスケール硬さがHRC56.8以上HRC58.7以下である。焼戻温度270℃以上320℃以下の範囲における軸受部材全体のロックウェルCスケール硬さは、HRC56.8以上HRC58.7以下となる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、軸受部材への対稜角115°と100°の三角錐ダイヤモンド圧子の押し込みで得られる押込み深さと押込み荷重との関係から求まる軸受部材の降伏応力が2196MPa以上、軸受部材の加工硬化指数が0.22以上0.33以下、軸受部材の塑性定数が6469MPa以上9825MPa以下である。焼戻温度270℃以上320℃以下の範囲における軸受部材への対稜角115°と100°の三角錐ダイヤモンド圧子の押し込みで得られる押込み深さと押込み荷重との関係から求まる軸受部材の降伏応力は2196MPa以上、軸受部材の加工硬化指数は0.22以上0.33以下、軸受部材の塑性定数は6469MPa以上9825MPa以下となる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、転動体としての玉13は、JIS規格SUJ2からなり、転動体の常温大気中における電気抵抗率は28μΩcm以下である。JIS規格SUJ2からなる転動体に230℃以上で焼戻処理を施せば、転動体の常温大気中における電気抵抗率は28μΩcmでほぼ同等の値となることがわかった。一方、焼戻温度が230℃未満の場合には、転動体の電気抵抗率は28μΩcmより大きく、かつ変動も大きいことがわかった。したがって、焼戻温度を230℃以上とすることで転動体の常温大気中における電気抵抗率を28μΩcm以下とすることにより、未疲労状態の原子空孔密度を低減することができる。これにより、耐水素脆性を向上することができるので水素脆性起因の早期はく離を抑制できる。転動体がJIS規格SUJ2からなるため、調達性を向上することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、転動体に直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重1.97kNで押し付け、10秒間保持した後に除荷することにより転動体に形成される圧痕の深さが0.2μm以下である。圧痕深さは、目安として0.2μm以下であれば塑性変形しにくいといえる。230℃以上280℃以下で焼戻処理を施せば、転動体に直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重1.97kNで押し付け、10秒間保持した後に除荷することにより転動体に形成される圧痕の深さが0.2μm以下となることがわかった。したがって、焼戻温度を230℃以上280℃以下とすることにより、塑性変形しにくくして原子空孔を生成しにくくすることができる。これにより、耐水素脆性を向上することができるので水素脆性起因の早期はく離を抑制できる。上記のとおり、焼戻温度を230℃以上にすることで未疲労状態の原子空孔密度を低減することができるため、焼戻温度を230℃以上280℃以下とすることにより、未疲労状態の原子空孔密度を低減し、かつ塑性変形しにくくして原子空孔を生成しにくくすることができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、転動体全体のロックウェルCスケール硬さがHRC57.0以上HRC59.3以下である。焼戻温度230℃以上280℃以下の範囲における転動体全体のロックウェルCスケール硬さは、HRC57.0以上HRC59.3以下となる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、転動体への対稜角115°と100°の三角錐ダイヤモンド圧子の押し込みで得られる押込み深さと押込み荷重との関係から求まる転動体の降伏応力が1977MPa以上、転動体の加工硬化指数が0.23以上0.32以下、転動体の塑性定数が5828MPa以上8588MPa以下である。焼戻温度230℃以上280℃以下の範囲における転動体への対稜角115°と100°の三角錐ダイヤモンド圧子の押し込みで得られる押込み深さと押込み荷重との関係から求まる転動体の降伏応力は1977MPa以上、転動体の加工硬化指数は0.23以上0.32以下、転動体の塑性定数は5828MPa以上8588MPa以下となる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、転動体がセラミックスを含む材質よりなっていてもよい。これにより、転動体が水素脆性を示さないセラミックスを含んでいるため、耐水素脆性を向上することができるので水素脆性起因の早期はく離を抑制できる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、転動体を保持するための保持器をさらに備え、保持器が金属を含む材質よりなっていてもよい。これにより、通電が起きる条件下では、金属保持器の方が樹脂保持器よりも水素脆性起因の早期はく離が起きにくいので、水素脆性起因の早期はく離を抑制できる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、図1に示すように、モータ90の主軸92と、主軸92の外周面に対向するように配置されるハウジング93とをさらに備え、主軸92をハウジング93に対して回転可能に支持してもよい。これにより、水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、軸受に水が混入する条件下、すべりを伴う条件下、通電が起きる条件下などの厳しい使用条件下においても長寿命なモータ用転がり軸受を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、図6に示すように、工作機械100の主軸101と、主軸101の外周面に対向するように配置されるハウジング102とをさらに備え、主軸101をハウジング102に対して回転可能に支持してもよい。これにより、水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、軸受に水が混入する条件下、すべりを伴う条件下、通電が起きる条件下などの厳しい使用条件下においても長寿命な工作機械主軸用転がり軸受を提供することができる。また、高速回転時の発熱の原因となる軸受の摩擦トルクを低減するため潤滑油の油膜厚さを減少させた使用条件下においても長寿命な工作機械主軸用転がり軸受を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、一般的なグリース潤滑やエアオイル潤滑の場合でも有効であるが、少量の潤滑油で潤滑することにより軌道部材と転動体との間の油膜が薄い場合には特に有効である。
上記の油量を削減しつつ、さらに低粘度の潤滑油を使用する潤滑装置40では、高速回転する工作機械主軸用転がり軸受で一般的に使用されるエアオイル潤滑よりさらに高速で運転されるためスターベーションが発生しやすい。そのためエアオイル潤滑に比べて油膜は薄くなっている。このため、この潤滑装置40では、水素が侵入しやすくなるので水素脆性起因の早期はく離の可能性が高くなる。しかしながら、本発明の一実施の形態の転がり軸受を適用することで、水素脆性起因の早期はく離を抑制できる。
また、上記の毛細管現象を利用する潤滑装置60では、通常のグリース潤滑以上の速度で運転する場合にはスターベーションが発生しやすい。このため、この潤滑装置60でも水素が侵入しやすくなるので水素脆性起因の早期はく離が発生する可能性が高くなる。しかしながら、本発明の一実施の形態の転がり軸受を適用することで、水素脆性起因の早期はく離を抑制できる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、図27に示すように、車輪120の回転側部材と、回転側部材の外周面に対向するように配置される固定側部材とをさらに備え、回転側部材を固定側部材に対して回転可能に支持していてもよい。これにより、水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、軸受に水が混入する条件下、すべりを伴う条件下、通電が起きる条件下などの厳しい使用条件下においても長寿命な車輪用転がり軸受を提供することができる。また、軸受が振動する条件下においても水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、長寿命な車輪用転がり軸受を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、図29に示すように、オルタネータ200の主軸201と、主軸201の外周面に対向するように配置されるハウジング205とをさらに備え、主軸201をハウジング205に対して回転可能に支持していてもよい。これにより、水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、軸受に水が混入する条件下、すべりを伴う条件下、通電が起きる条件下などの厳しい使用条件下においても長寿命なオルタネータ用転がり軸受を提供することができる。特に急加減速条件下で接触要素間にすべりが生じる影響により水素脆性起因の早期はく離が起きやすい使用条件下において、水素脆性起因の早期はく離を抑制することにより長寿命なオルタネータ用転がり軸受を提供することができる。また、サーペンタイン化に伴う負荷荷重の増加および荷重変動の増大によって従来よりもすべりが誘発される条件下においても水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、長寿命なオルタネータ用転がり軸受を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、図30に示すように、主軸218と、主軸218の外周面に対向するように配置されるプーリ本体211とをさらに備え、主軸218をプーリ本体211に対して回転可能に支持していてもよい。これにより、水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、軸受に水が混入する条件下、すべりを伴う条件下、通電が起きる条件下などの厳しい使用条件下においても長寿命なプーリ用転がり軸受を提供することができる。また、サーペンタイン化に伴う負荷荷重の増加および荷重変動の増大によって従来よりもすべりが誘発される条件下においても水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、長寿命なプーリ用転がり軸受を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、図31に示すように、カーエアコン電磁クラッチプーリ237と、カーエアコン電磁クラッチプーリ237の内周面に対向するように配置されるプーリ用軸受支持部材234とをさらに備え、カーエアコン電磁クラッチプーリ237をプーリ用軸受支持部材234に対して回転可能に支持していてもよい。これにより、水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、軸受に水が混入する条件下、すべりを伴う条件下、通電が起きる条件下などの厳しい使用条件下においても長寿命なカーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受を提供することができる。また、サーペンタイン化に伴う負荷荷重の増加および荷重変動の増大によって従来よりもすべりが誘発される条件下においても水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、長寿命なカーエアコン電磁クラッチプーリ用転がり軸受を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、図32に示すように、無段変速機240のプーリ軸241と、プーリ軸241の外周面に対向するように配置されるハウジング246とをさらに備え、プーリ軸241をハウジング246に対して回転可能に支持していてもよい。これにより、水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので、軸受に水が混入する条件下、すべりを伴う条件下、通電が起きる条件下などの厳しい使用条件下においても長寿命な無段変速機用転がり軸受を提供することができる。また、軸受のアキシャルすきまを抑えるために軸受内外輪の溝曲率が小さく設定されたことにより軸受運転時の差動すべりが大きくなる条件下においても水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので長寿命な無段変速機用転がり軸受を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受は、図33に示すように、シェル形針状ころ軸受250であってもよい。シェル形針状ころ軸受は、急加減速などのすべりを伴う条件下、特に、電磁クラッチの切り替えにより急加減速する自動車のエアーコンプレッサの支持に用いられる場合、始動時の加速が早いABSポンプの支持に用いられる場合、汎用エンジンのコンロッドの大端に用いられる場合などに、転動体にすべりが生じやすく、水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、このような条件下においても水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので長寿命なシェル形針状ころ軸受250を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受は、図34に示すように、ソリッド形針状ころ軸受260であってもよい。ソリッド形針状ころ軸受は、急加減速などのすべりを伴う条件下、特に、電磁クラッチの切り替えにより急加減速する自動車のエアーコンプレッサの支持に用いられる場合、始動時の加速が早いトランスミッションの支持に用いられる場合、汎用エンジンのコンロッドの大端に用いられる場合などに、接触要素間にすべりが生じやすく、水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、このような条件下においても水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので長寿命なソリッド形針状ころ軸受260を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の転がり軸受は、図35に示すように、スラスト針状ころ軸受270であってもよい。スラスト針状ころ軸受は、転動体内外の周速差により、運転中は絶えず転動輪との間にすべりが生じており、水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。スラスト針状ころ軸受は、急加減速などのすべりを伴う条件下でも水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、このような条件下においても水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので長寿命なスラスト針状ころ軸受270を提供することができる。
また、本発明の一実施の形態の針状ころ軸受は、図36および図37に示すように、保持器253を含んでいてもよい。保持器付き針状ころ軸受は、急加減速などのすべりを伴う条件下、特に、始動時の加速が速い自動車のトランスミッションのアイドラー軸受として用いられる場合、CVTの遊星ピニオン支持軸受として用いられる場合、二輪エンジンや汎用エンジンのコンロッドの大端用軸受として用いられる場合などに、転動体にすべりが生じやすく、水素脆性起因の早期はく離が起きることがある。本発明の一実施の形態の転がり軸受によれば、このような条件下においても水素脆性起因の早期はく離を抑制できるので長寿命な保持器付き針状ころ軸受280を提供することができる。
以下、本発明の実施例について説明する。
(実施例1)
本発明の転がり軸受の軌道部材および転動体の機械的特性を評価するため、下記の試験を行なった。以下、各試験の試験手順、試験条件、試験結果について説明する。本発明のSUJ3は、JIS規格SUJ3の化学成分を有してればよいが、本実施例では一例として表1に示す化学成分を有するSUJ3を試験片とした。本実施例のSUJ3には化学成分として、C(炭素)、Si(珪素)、Mn(マンガン)、P(リン)、S(硫黄)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、Al(アルミニウム)、Ti(チタン)、O(酸素)が含まれている。
(1)電気抵抗率測定試験
幅2.2mm、高さ2.3mm、長さ100mmで長さ方向の4面が研削仕上げされた複数の試験片を作成した。熱処理は、複数の試験片に対して、それぞれ810℃のRXガス雰囲気中で50分間加熱してずぶ焼入を施した。その後、各試験片に対して、それぞれ180℃から300℃の複数の焼戻温度で120分間の焼戻を施した。その後、常温大気中において四端子法で各試験片の電気抵抗率を測定した。焼戻なし品についても測定した。表2および図11に試験結果を示し、焼戻温度と電気抵抗率との関係を示す。焼戻なし品については焼戻温度20℃としてプロットした。
図11を参照して、各試験片の電気抵抗率の焼戻温度依存性を説明する。焼戻温度が高くなるにつれて電気抵抗率は低下し、約260℃以上で下限値となる傾向が示された。これは焼入時に原子空孔が生成されるが、その密度が焼戻温度の上昇につれて低下することに対応する。図11から、約260℃以上の温度で焼戻を施せば、未疲労時の原子空孔密度を低減できることがわかった。電気抵抗率は、36μΩcm以下を目安にすればよいことがわかった。
(2)圧痕付け試験
直径12mm、幅2mmで幅面が粒径1μmのダイヤモンドペーストで鏡面に最終仕上げされた円板状の複数の試験片を作成した。熱処理は、複数の試験片に対して、それぞれ810℃のRXガス雰囲気中で50分間加熱してずぶ焼入を施した。その後、各試験片に対して、それぞれ180℃から340℃の複数の焼戻温度で120分間の焼戻を施した。その後、各試験片の幅面の平面部分に直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を弾性ヘルツ接触計算で最大接触面圧が4.0GPaとなる荷重2.30kNで押し付け、10秒間保持した後に除荷することにより試験片に形成された圧痕の深さを測定した。なお、弾性ヘルツ接触計算では、SUJ3のヤング率とポアソン比とは、実測値で焼戻温度に依存しなかった204GPaと0.3とを用いた。SUJ2製標準転がり軸受用鋼球のヤング率とポアソン比も、204GPaと0.3とを用いた。表3および図12に試験結果を示し、焼戻温度と圧痕深さとの関係を示す。
図12を参照して、300℃付近の焼戻で最も圧痕が浅くなった。すなわち、転がり軸受の軌道部材と転動体との接触要素間に作用する実用最大接触面圧以下では、焼戻温度300℃付近で最も塑性変形しにくくなるといえる。目安として、圧痕深さが0.2μm以下となる焼戻温度である、270℃以上320℃以下の範囲であれば塑性変形しにくいといえる。原子空孔は塑性変形によって、つまり転位の相互作用で生成するので、塑性変形しにくい方が耐水素脆性に優れる。したがって、270℃以上320℃以下の範囲で耐水素脆性に優れていることがわかった。
(3)HRC(ロックウェルCスケール)硬さ試験
硬さは焼戻温度の上昇につれて低下するのは周知のことであるが、これは硬さ測定では極めて大きな塑性変形を与えるからである。たとえば、鋼のHRC(ロックウェルCスケール)硬さ測定(先端半径0.2mmの円錐ダイヤモンド圧子、押し込み荷重は150kgf)における弾性ヘルツ接触計算での最大接触面圧は63.8GPaにもなる。なお、弾性ヘルツ接触計算では、鋼のヤング率とポアソン比は204GPaと0.3とを用い、圧子のヤング率とポアソン比とは1141GPaと0.07とを用いた。
上記(2)圧痕付け試験と同じ寸法であり、かつ同じ条件で熱処理された試験片のHRC硬さを測定した。表4および図13に試験結果を示し、焼戻温度とHRC硬さとの関係を示す。
図13を参照して、焼戻温度が270℃以上320℃以下の範囲におけるHRC硬さはHRC56.8以上HRC58.7以下となった。
(4)塑性特性測定試験
図14に示すように、金属材料の真応力−真ひずみ線図はJ2−flow理論に基づく式(1)に当てはめることができる。すなわち、ヤング率E、降伏応力σY、加工硬化指数n、塑性定数Kによって弾塑性変形挙動を表現することができる。
上記(2)圧痕付け試験と同じ寸法であり、かつ同じ条件で熱処理された試験片に対し、2圧子法(対稜角が115°と100°の三角錐ダイヤモンド圧子)のインデンテーション試験よって塑性特性である降伏応力σY、加工硬化指数n、塑性定数Kを求めた。
ここで2圧子法とは、先端角度の異なる2種類の圧子を用いて試験片の平面部分に対してインデンテーション試験を行い、負荷曲線の係数から材料の塑性特性(降伏応力σY、加工硬化指数n、塑性定数K)を求める手法である。以下、2圧子法による塑性特性(降伏応力σY、加工硬化指数n、塑性定数K)の求め方を詳細に説明する。
図15を参照して、インデンテーション試験により、押込み荷重Pと押込み深さhとの関係を示す負荷−除荷曲線が得られた。押込み荷重Pは、たとえば50gである。この負荷曲線をP=Ch2で近似して係数Cを得た。本実施例では対稜角が100°と115°のダイヤモンド三角錐圧子を使用したため、対稜角100°の係数C100°と対稜角115°の係数C115°を得た。これらを式(2)に代入すると特性応力σr100°とσr115°とが得られる。
ここでE*は合成ヤング率であり、式(3)で定義される。
ここでνsは試験片のポアソン比であり、実測値である0.3とした。νiは圧子のポアソン比であり、文献値である0.07とした。Esは試験片のヤング率であり、実測値である204GPaとした。Eiは圧子のヤング率であり、文献値である1141GPaとした。
式(2)において、σr100°は対稜角100°の特性応力であり、σr115°は対稜角115°の特性応力である。応力−ひずみ線図において、加工硬化指数nによらず、必ず通る点が存在する。この点の応力が特性応力であり、特性応力に対応するひずみが特性ひずみである。本実施例で用いた圧子の場合の特性ひずみは、対稜角100°の特性ひずみεr100°が0.07であり、対稜角115°の特性ひずみεr115°が0.037である。
式(2)および式(3)からσr100°、σr115°を求めた。また、εr100°、εr115°は既知である。これらを式(4)に代入して連立方程式を解くことにより加工硬化指数nと塑性定数Kを求めた。
求められた加工硬化指数nと塑性定数Kとを代入した式(5)と、ヤング率Eを204GPaとした式(6)との交点の応力値として降伏応力σYを求めた。ヤング率Eは焼戻温度に依存しなかった実測値204GPaを用いた。
表5、図16、図17および図18に試験結果を示し、焼戻温度と、降伏応力、加工硬化指数、塑性定数のそれぞれとの関係を示す。
図16を参照して、降伏応力σYは、焼戻温度300℃付近で極大となった。図17を参照して、加工硬化指数nは焼戻温度が高くなるにつれて低下した。図18を参照して、塑性定数Kは焼戻温度が高くなるにつれて低下した。
上記(1)電気抵抗率測定試験では電気抵抗率が36μΩcm以下となる焼戻温度は約260℃以上であり、上記(2)圧痕付け試験では圧痕が形成されにくい焼戻温度はおおよそ270℃以上320℃以下の範囲であった。表5から、焼戻温度が270℃以上320℃の範囲における塑性特性は、おおよそ降伏応力σYが2196Mpa以上、加工硬化指数nが0.22以上0.33以下、塑性定数Kが6469MPa以上9825以下となる。塑性特性がこれらの範囲であれば、未疲労時の原子空孔密度を低減でき、塑性変形による原子空孔の生成を抑制することができるので、耐水素脆性に優れるといえる。
(5)水混入油中での転がり疲労試験
水が混入する転がり接触条件下では水が分解することにより水素が発生し、それが鋼中に侵入して早期はく離が起きる。そこで水混入油中での転がり疲労試験を行った。
図19を参照して、テーパ形状外輪試験片80を作成した。テーパ形状外輪試験片80の寸法は、幅W14mm(公差+0、−0.01mm)、外径ODφ72mm(公差+0、−0.01mm)、テーパ形状が狭まる側の内径ID1φ51.19mm(公差±0.025mm)、テーパ形状が拡がる側の内径ID2φ67.12mm(公差±0.025mm)およびテーパ形状間の対向する角度A59.3°(公差±0.5°)である。熱処理後は研削仕上げを行い、内径軌道面は面粗さRq(二乗平均粗さ)0.03μmに超仕上げを行った。
熱処理は、810℃ののRXガス雰囲気中で50分間加熱してずぶ焼入を施した。その後、本実施例では、上記(2)圧痕付け試験で最も圧痕が付きにくかった焼戻温度である300℃で120分間の焼戻を施した。一方、本実施例と比較するための比較例では、標準焼戻温度である180℃で120分間の焼戻を施した。
図20を参照して、試験は、テーパ形状外輪試験片80にアンギュラ玉軸受(JIS規格7306B)の内輪81、13個の鋼球82、保持器83を組み合わせて行った。アンギュラ玉軸受の内輪81と鋼球82とはSUJ2標準焼入焼戻品である。水混入油は、ISO VG100の無添加タービン油(密度0.887g/cm3、40℃での動粘度100.9mm2/s、100℃での動粘度11.68mm2/s)に5質量%(公差±0.01質量%)の純水を混入して作成した。水混入油作成後、水が蒸発しないように食品包装用の薄いフィルムで封をし、2時間以上スターラーで攪拌した。その後、その水混入油で試験を行なった。水混入油は60mL注入した。図20に示すようにテーパ形状のため図中矢印Yの方向に水混入油の流れが生じる。図示しないハウジングに設けた水混入油の出入口をナイロンチューブでつないで水混入油を循環させた。
アキシャル荷重Fa(2.94kN)のみを作用させ、1分間に2733回転の回転数で内輪を回転させた。このときの弾性ヘルツ接触計算での外輪と鋼球間の最大接触面圧は3GPaである。なお、弾性ヘルツ接触計算では、テーパ形状外輪試験片80およびSUJ2製鋼球82のヤング率とポアソン比は、204GPaと0.3とした。水混入を無視した弾性流体潤滑計算での外輪と鋼球間の油膜パラメータは約3である。ただし、鋼球の面粗さは、実測値Rqで0.0178μmで一定とした。テーパ形状外輪試験片80単体の計算寿命L10hは、2円筒モデルに変換して計算すると2611時間である。ただし、すべりの影響は無視した。はく離の検出は振動計で行った。試験は20時間行い、その間にはく離しなければ、新たに作製した水混入油に交換した。はく離が生じるまで、20時間の試験と水混入油の交換を繰り返した。
試験は本実施例、比較例ともに5個ずつ行った。はく離はすべてテーパ形状外輪試験片80に生じ、すべて表層内部を起点とする形態であった。SUJ2製鋼球82は標準焼入焼戻品だが、はく離は生じなかった。これはテーパ形状外輪試験片80に比べて鋼球82は有効負荷体積が大きいためと考えられる。
表6に試験結果を示し、本実施例と比較例のはく離寿命を2母数ワイブル分布に当てはめて求めたL10、L50およびワイブルスロープ(形状母数)eを示す。
比較例のL10は28.2時間であり、計算寿命L10hである2611時間の約100分の1であった。それに対し、本実施例のL10は、691.2時間と計算寿命L10hには及ばなかったものの、比較例に対して約25倍の長寿命を示した。このことから本実施例は水素脆性起因の早期はく離を起きにくくする効果を有することがわかった。
なお、JIS規格SUJ3に規定された範囲の化学成分を有するSUJ3において、本実施例と同様の試験結果が得られることを確認した。
(実施例2)
本発明の転がり軸受のJIS規格SUJ2からなる転動体の機械的特性を評価するため、下記の試験を行なった。以下、各試験の試験手順、試験条件、試験結果について説明する。なお、上記の実施例1と同様の事項について、下記に示す以外の事項は説明を繰り返さない。本発明の転がり軸受の転動体を構成するSUJ2は、JIS規格SUJ2の化学成分を有してればよいが、本実施例では一例として表7に示す化学成分を有するSUJ2を試験片とした。本実施例のSUJ2には化学成分として、C(炭素)、Si(珪素)、Mn(マンガン)、P(リン)、S(硫黄)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、Al(アルミニウム)、Ti(チタン)、O(酸素)が含まれている。
(1)電気抵抗率測定試験
幅2.2mm、高さ2.3mm、長さ100mmで長さ方向の4面が研削仕上げされた複数の試験片を作成した。熱処理は、複数の試験片に対して、それぞれ850℃のRXガス雰囲気中で50分間加熱してずぶ焼入を施した。その後、各試験片に対して、それぞれ180℃から300℃の複数の焼戻温度で120分間の焼戻を施した。その後、常温大気中において四端子法で各試験片の電気抵抗率を測定した。焼戻なし品についても測定した。表8および図21に試験結果を示し、焼戻温度と電気抵抗率との関係を示す。焼戻なし品については焼戻温度20℃としてプロットした。
図21を参照して、各試験片の電気抵抗率の焼戻温度依存性を説明する。焼戻温度が高くなるにつれて電気抵抗率は低下し、約230℃以上で下限値となる傾向が示された。これは焼入時に原子空孔が生成されるが、その密度が焼戻温度の上昇につれて低下することに対応する。図21から、約230℃以上の温度で焼戻を施せば、未疲労時の原子空孔密度を低減できることがわかった。電気抵抗率は、28μΩcm以下を目安にすればよいことがわかった。
(2)圧痕付け試験
直径12mm、幅2mmで幅面が粒径1μmのダイヤモンドペーストで鏡面に最終仕上げされた円板状の複数の試験片を作成した。熱処理は、複数の試験片に対して、それぞれ850℃のRXガス雰囲気中で50分間加熱してずぶ焼入を施した。その後、各試験片に対して、それぞれ180℃から300℃の複数の焼戻温度で120分間の焼戻を施した。その後、各試験片の幅面に直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を弾性ヘルツ接触計算で最大接触面圧が3.8GPaとなる荷重1.97kNで押し付け、10秒間保持した後に除荷することにより試験片に形成された圧痕の深さを測定した。なお、弾性ヘルツ接触計算では、SUJ2のヤング率とポアソン比とは、実測値で焼戻温度に依存しなかった204GPaと0.3とを用いた。SUJ2製標準転がり軸受用鋼球のヤング率とポアソン比も、204GPaと0.3とを用いた。表9および図22に試験結果を示し、焼戻温度と圧痕深さとの関係を示す。
図22を参照して、250℃付近の焼戻で最も圧痕が浅くなった。すなわち、転がり軸受の軌道部材と転動体との接触要素間に作用する実用最大接触面圧以下では、焼戻温度250℃付近で最も塑性変形しにくくなるといえる。目安として、圧痕深さが0.2μm以下となる焼戻温度である、230℃以上280℃以下の範囲であれば塑性変形しにくいといえる。原子空孔は塑性変形によって、つまり転位の相互作用で生成するので、塑性変形しにくい方が耐水素脆性に優れる。したがって、230℃以上280℃以下の範囲で耐水素脆性に優れていることがわかった。
(3)HRC(ロックウェルCスケール)硬さ試験
実施例1と同様に、上記(2)圧痕付け試験と同じ寸法であり、かつ同じ条件で熱処理された試験片のHRC硬さを測定した。表10および図23に試験結果を示し、焼戻温度とHRC硬さとの関係を示す。
図23を参照して、焼戻温度が230℃以上280℃以下の範囲におけるHRC硬さはHRC57.0以上HRC59.3以下となった。
(4)塑性特性測定試験
実施例1と同様に、上記(2)圧痕付け試験と同じ寸法であり、かつ同じ条件で熱処理された試験片に対し、2圧子法(対稜角が115°と100°の三角錐ダイヤモンド圧子)のインデンテーション試験よって塑性特性である降伏応力σY、加工硬化指数n、塑性定数Kを求めた。
表11、図24、図25および図26に試験結果を示し、焼戻温度と、降伏応力、加工硬化指数、塑性定数のそれぞれとの関係を示す。
図24を参照して、降伏応力σYは、焼戻温度250℃付近で極大となった。図25を参照して、加工硬化指数nは焼戻温度が高くなるにつれて低下した。図26を参照して、塑性定数Kは焼戻温度が高くなるにつれて低下した。
上記(1)電気抵抗率測定試験では電気抵抗率が28μΩcm以下となる焼戻温度は約230℃以上であり、上記(2)圧痕付け試験では圧痕が形成されにくい焼戻温度はおおよそ230℃以上280℃以下の範囲であった。表6から、焼戻温度が230℃以上280℃の範囲における塑性特性は、おおよそ降伏応力σYが1977Mpa以上、加工硬化指数nが0.23以上0.32以下、塑性定数Kが5828MPa以上8588MPa以下となる。塑性特性がこれらの範囲であれば、未疲労時の原子空孔密度を低減でき、塑性変形による原子空孔の生成を抑制することができるので、耐水素脆性に優れるといえる。
(5)水混入油中での転がり疲労試験
実施例1と同様に、図19に示すテーパ形状外輪試験片80を作成した。熱処理は、850℃ののRXガス雰囲気中で50分間加熱してずぶ焼入を施した。その後、本実施例では、上記(2)圧痕付け試験で最も圧痕が付きにくかった焼戻温度である250℃で120分間の焼戻を施した。一方、本実施例と比較するための比較例では、標準焼戻温度である180℃で120分間の焼戻を施した。
実施例1と同様に、図20を参照して、試験は、テーパ形状外輪試験片80にアンギュラ玉軸受(JIS規格7306B)の内輪81、13個の鋼球82、保持器83を組み合わせて行った。これらを用いて、実施例1と同様の条件で試験を行った。
表12に試験結果を示し、本実施例と比較例のはく離寿命を2母数ワイブル分布に当てはめて求めたL10、L50およびワイブルスロープ(形状母数)eを示す。
比較例のL10は33.7時間であり、計算寿命L10hである2611時間の約100分の1であった。それに対し、本実施例のL10は、517.3時間と計算寿命L10hには及ばなかったものの、比較例に対して約15倍の長寿命を示した。このことから本実施例は水素脆性起因の早期はく離を起きにくくする効果を有することがわかった。
なお、JIS規格SUJ2に規定された範囲の化学成分を有するSUJ2において、本実施例と同様の試験結果が得られることを確認した。
上記の本発明の一実施の形態は適時組み合わせられる。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることを意図される。