JP5076274B2 - 転がり軸受 - Google Patents

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Description

本発明は、転がり軸受に関する。
エンジン補機(オルタネータ、電磁クラッチ、中間プーリ、カーエアコンディショナ用コンプレッサ、水ポンプ等)やガスヒートポンプ等に用いられる転がり軸受は、エンジンからの動力を受けて回転する軸を支持しているため、一般の軸受よりも高温、高振動、高荷重等の苛酷な条件下で使用される。
よって、これらの軸受の転がり面には、十分な潤滑膜が形成され難く、高い接線力が作用するため、金属接触による発熱や表面疲労、および新生面(鋼の組織が露出した面)が生じ易くなっている。特に、新生面は、トライボケミカル反応の触媒となり、潤滑油中に含まれる添加剤や水分を分解して水素イオンを発生させる。そして、この水素イオンが新生面に吸着して水素原子となり、応力場(最大剪断応力位置の近傍)に集積することにより、転がり面に早期剥離が生じ、軸受の寿命が短くなる場合がある。
上述したような苛酷な条件下で使用される軸受の寿命を長くするための技術としては、下記の特許文献1〜3に記載された技術が挙げられる。
特許文献1では、Cの含有率が0.65〜0.90質量%、Siの含有率が0.15〜0.50質量%、Mnの含有率が0.15〜1.00質量%、Crの含有率が2.0〜5.0質量%、Nの含有率が90〜200ppmであり、さらに100〜500ppmのAlおよび50〜5000ppmのNbの少なくとも一種が含有された軸受用鋼が提案されている。この特許文献1に記載の技術によれば、転がり面に早期剥離が生じ難くなるとともに、熱処理後の靱性の低下を抑制できる。
特許文献2では、軌道輪を、Cの含有率が0.95〜1.10質量%、SiまたはAlの含有率が1.0〜2.0質量%、Mnの含有率が1.15質量%以下、Crの含有率が0.90〜1.60質量%、残部がFeおよび不可避不純物で、Oの含有率が13ppm以下である鋼からなる素材を所定形状に加工した後、焼入れおよび230〜300℃での高温焼戻しを施すことにより、残留オーステナイト量を8体積%以下とし、硬さをHRC60以上とすることが提案されている。この特許文献2に記載の技術によれば、高温での寸法安定性が向上し、且つ、硬さの低下を防ぐことができる。
特許文献3では、少なくとも固定輪を、Cの含有率が0.4〜1.2質量%、SiおよびAlの合計含有率が0.7〜2.0質量%、Mnの含有率が0.2〜2.0質量%、Niの含有率が0.1〜3.0質量%、Crの含有率が3.0〜9.0質量%であり、さらに下記式(1)で算出されるCr当量が9.0〜17.0質量%である鋼からなる素材を所定形状に加工した後、焼入れおよび焼戻しを施すことにより、軌道面の硬さをHRC57以上とし、軌道面に直径50〜500nmの微細炭化物が分散析出されたものとすることが提案されている。
Cr当量=[Cr]+2[Si]+1.5[Mo]+5[V]+5.5[Al]+1.75[Nb]+1.5[Ti] ・・・・・(1)
なお、上記式(1)中の[Cr]、[Si]、[Mo]、[V]、[Al]、[Nb]、[Ti]はそれぞれ鋼中のCr、Si、Mo、V、Al、Nb、Tiの含有率(質量%)を示す。
この特許文献3によれば、軌道面に分散析出させた微細炭化物が水素をトラップするため、軌道面の早期剥離を抑制することができる。
特許第2883460号公報 特許第2013772号公報 特開2001−221238号公報
しかしながら、今後、エンジン補機やガスヒートポンプのさらなる小型・軽量化および高性能・高出力化に伴い、これらに用いられる転がり軸受の使用環境がさらに苛酷になることを想定すると、上述した特許文献1〜3に記載の転がり軸受では、応力場への水素集積に起因する早期剥離を効果的に抑制するという点でさらなる改善の余地がある。
そこで、本発明は、エンジン補機やガスヒートポンプ等に用いられる転がり軸受の使用環境がさらに苛酷になっても、転がり軸受の早期剥離を効果的に抑制し、寿命を長くできるようにすることを課題としている。
このような課題を解決するために、本発明は、内輪、外輪、および転動体の少なくとも一つは、質量比で、Cの含有率が0.2〜0.6%、Crの含有率が2.5〜7.0%、Mnの含有率が0.5〜2.0%、Siの含有率が0.1〜1.5%、Moの含有率が0.5〜3.0%、残部がFeおよび不可避的不純物である鋼からなる素材を所定形状に加工した後、浸炭又は浸炭窒化処理、焼入れ処理および焼戻し処理が施されて得られ、その転がり面をなし且つ表面から転動体直径の5%の深さまでの部分である表層部は、CおよびNの合計含有率が質量比で1.0〜2.5%、残留オーステナイト量が体積比で15〜45%、硬さがロックウェル硬さでHRC60以上、炭化物および炭窒化物の少なくとも一種からなる析出物の存在率が転がり面内の面積比で15〜35%、前記析出物のうちの面積比で30%以上を、M 型又はM 23 型の複炭化物、及びM (C,N) 型又はM 23 (C,N) 型の複炭窒化物の少なくとも一種からなるFe−Cr,Mo系析出物とし、前記Fe−Cr,Mo系析出物は、Cr及びMoを合計で30質量%以上含有し、圧縮残留応力の最大値は、150〜2000MPaとなっていることを特徴とする転がり軸受を提供する。
なお、前記転がり面をなす表層部とは、表面から所定深さ(例えば、転動体直径Daの5%である0.05Da)までの範囲を指す。
また、本発明において、前記鋼はV及びNiの少なくとも一方をさらに含有し、質量比でVの含有率は2.0%以下、Niの含有率は2.0%以下であることが好ましい
た、本発明の転がり軸受は、エンジン補機用やガスヒートポンプ用の転がり軸受のように、エンジンからの動力を受けて回転する軸を支持するために用いられる転がり軸受として好適である。
さらに、本発明の転がり軸受は、摩擦係数が0.10以上、100℃における動粘度が8cSt(8×10-62 /s)以下の潤滑油でその転がり面が潤滑される転がり軸受としても好適である。
さらに、本発明の転がり軸受は、ベルト式無段変速機のベルトを巻き付けるプーリの軸を支持するために用いられる転がり軸受としても好適である。
以下、本発明の数値限定の臨界的意義について詳細に説明する。
〔Cの含有率(質量比):0.2〜0.6%〕
C(炭素)は、基地に固溶して、焼入れおよび焼戻し後の強度を増加させるとともに、Fe、Cr、Mo、V等の炭化物形成元素と結合して炭化物や炭窒化物を形成し、耐摩耗性を向上させるために有効な元素である。Cの含有率が0.2%未満であると、δフェライトが生じて靱性が低下する場合がある。また、硬化層を十分な深さまで形成するための浸炭又は浸炭窒化処理の時間が増加して、コストの著しい上昇を招く場合がある。
一方、Cの含有率が0.6%を超えると、製鋼時に粗大な共晶炭化物や共晶炭窒化物が形成され易くなる。これに伴って、転がり疲労寿命や強度が著しく低下する。また、鍛造性、冷間加工性、および被削性が低下して、コストの上昇を招く場合がある。なお、上述した観点から、Cの含有率の好ましい範囲は、0.3〜0.5%である。
〔Crの含有率(質量比):2.5〜7.0%〕
Cr(クロム)は、基地に固溶して、焼入れ性、焼戻し軟化抵抗性、耐食性、および転がり疲労寿命を向上させるために有効な元素である。また、CやN(窒素)等の侵入型固溶元素を動き難くして基地組織を安定化させるとともに、応力場への水素集積に起因する早期剥離を抑制するために有効な元素でもある。さらに、Crを添加することで、より高硬度の(Fe,Cr)3 C又は(Fe,Cr)7 3等の複炭化物や、(Fe,Cr)3 (C,N)又は(Fe,Cr)7 (C,N) 3等の複炭窒化物が鋼中に微細に分布するようになるため、耐摩耗性を向上させる作用もある。
Crの含有率が2.5%未満であると、Fe3 CやFe3 (C,N)が析出するため、早期剥離が生じ易くなる。一方、Crの含有率が7.0%を超えると、冷間加工性、被削性、および浸炭処理性が低下して、コストの著しい上昇を招く場合がある。また、粗大な共晶炭化物や共晶炭窒化物が形成して、転がり疲労寿命や強度を著しく低下させる場合がある。なお、上述した観点から、Crの含有率の好ましい範囲は、3.0〜6.0%である。
〔Mnの含有率(質量比):0.5〜2.0%〕
Mn(マンガン)は、製鋼時の脱酸剤として作用するとともに、基地に固溶してMs(マルテンサイト変態)点を降下させて残留オーステナイト量を確保したり、焼入れ性を向上させるために有効な元素である。この効果を得るために、Mnの含有率は0.5%以上とする必要がある。一方、Mnの含有率が2.0%を超えると、冷間加工性や被削性を低下させるだけでなく、マルテンサイト変態開始温度を著しく低下させるため、浸炭処理後に多量の残留オーステナイトが残存して十分な硬さが得られなくなる場合がある。なお、上述した観点から、Mnの含有率の好ましい範囲は、0.8〜1.5%であり、さらに好ましい範囲は、0.8〜1.2%である。
〔Siの含有率(質量比):0.1〜1.5%〕
Si(ケイ素)は、Mnと同様に、製鋼時の脱酸剤として作用するとともに、CrやMnと同様に、基地に固溶してマルテンサイトを強化させるため、軸受寿命向上に有効な元素である。この効果を得るために、Siの含有率は0.1%以上とする必要がある。一方、Siの含有率が1.5%を超えると、被削性、鍛造性、冷間加工性および浸炭処理性を低下させる場合がある。なお、上述した観点から、Siの含有率の好ましい範囲は、0.1〜0.7%である。
〔Moの含有率(質量比):0.5〜3.0%〕
Mo(モリブデン)は、Crと同様に、基地に固溶して焼入れ性、焼戻し軟化抵抗性、耐食性、および転がり疲労寿命を向上させるために有効な元素である。また、Crと同様に、CやN等の侵入型固溶性元素を動き難くして組織を安定化させるとともに、応力場への水素集積に起因する早期剥離を抑制するために有効な元素でもある。さらに、Mo2 C等の微細炭化物やMo2 (C,N)等の微細炭窒化物を形成して、耐摩耗性を向上させる作用もある。
この効果を得るために、Moの含有率は0.5%以上とする必要がある。一方、Moの含有率が3.0%を超えると、冷間加工性や被削性が低下して、コストの著しい上昇を招く場合がある。また、粗大な共晶炭化物や共晶炭窒化物を形成して、転がり疲労寿命や強度を著しく低下させる場合がある。なお、上述した観点から、Moの含有率の好ましい範囲は、0.5〜1.5%である。
〔Vの含有率(質量比):2.0%以下〕
V(バナジウム)は、炭化物、窒化物、および炭窒化物を形成してこれらに固溶したり、VC等の微細炭化物、VN等の微細窒化物、およびV(C,N)等の微細炭窒化物を形成するため、強度および耐摩耗性の向上に有効な元素である。また、Vは、CrやMoと同様に、CやN等の侵入型固溶元素を動き難くして組織を安定化させるとともに、応力場への水素集積に起因する早期剥離を抑制するために有効な元素でもある。
この効果を得るために、Vの含有率は出来る限り多くすることが好ましいが、含有率が多すぎると、冷間加工性や被削性が低下して、コストの著しい上昇を招く場合がある。また、粗大な共晶炭化物や共晶炭窒化物を形成して、転がり疲労寿命や強度を著しく低下させる場合がある。よって、Vの含有率の上限は、2.0%とした。
〔Niの含有率(質量比):2.0%以下〕
Ni(ニッケル)は、オーステナイトを安定化させるとともに、δフェライトの形成を抑え、靱性を向上させるために有効な元素である。一方、Niの含有率が多すぎると、多量の残留オーステナイトが残存して、十分な焼入れ硬さが得られなくなるため、その上限は2.0%とした。
〔熱処理について〕
まず、上述した鋼からなる素材を、鍛造又は切削により所定形状に加工した後、浸炭又は浸炭窒化処理を行う。この浸炭又は浸炭窒化処理は、例えば、雰囲気温度900〜960℃で、浸炭処理ではRXガス+エンリッチガスを、浸炭窒化処理ではRXガス+エンリッチガス+アンモニアガスを導入した炉内で、数時間加熱保持することにより行う。
次に、焼入れ処理および焼戻し処理を行うが、浸炭又は浸炭窒化処理の直後に焼入れを行うと、主として、粒径の大きな残留オーステナイトとレンズ状のマルテンサイトとからなる組織となり、寿命改善効果が得られ難い。このため、浸炭又は浸炭窒化処理後に、A1 変態点以下の温度で一旦保持するか室温まで除冷した後に、再度820〜900℃に加熱して焼入れを行い、160〜200℃程度で焼戻しを行うことが好ましい。これにより、浸炭処理を行ったものには微細で硬い炭化物が、浸炭窒化処理を行ったものには微細で硬い炭化物および炭窒化物が、マルテンサイトとオーステナイトとからなるマトリックスに均一に分散した良好な組織が得られる。
〔表層部のCおよびNの合計含有率(質量比):1.0〜2.5%〕
転がり面をなす表層部のCおよびNの合計含有率を1.0%以上、好ましくは1.2%以上とすることで、前記表層部の硬さと、残留オーステナイト量と、炭化物および炭窒化物の少なくとも一方からなる析出物の存在率とを各々以下に示す範囲内にすることができる。一方、前記表層部のCおよびNの合計含有率が多すぎると、析出物が粗大化して転がり疲労寿命を低下させるため、その上限は2.5%とした。
〔表層部の硬さ:HRC60以上〕
転がり面の摩耗および表面疲労を軽減させて、転がり疲労寿命を向上させるためには、転がり面をなす表層部の硬さを、ロックウェル硬さでHRC60以上とする必要がある。なお、前記表層部の硬さの好ましい範囲は、HRC61以上である。
〔表層部の残留オーステナイト量(体積比):15〜45%〕
転がり面をなす表層部の残留オーステナイトは、表面疲労を軽減させる作用がある。この効果を得るために、残留オーステナイト量は15%以上とする必要がある。一方、前記表層部の残留オーステナイト量が45%を超えると、硬さが低下したり、軸受を組み立てる際に軌道輪に変形が生じる場合があるので、その上限は45%とした。なお、前記表層部の残留オーステナイト量の好ましい範囲は、20〜40%である。
〔炭化物および炭窒化物の少なくとも一種からなる析出物の存在率(面積比):15〜35%〕
転がり面をなす表層部に存在する炭化物および炭窒化物は、転がり面において潤滑膜の部分的な破断が生じ、トライボケミカル反応により生じた水素イオンが水素原子として鋼中に侵入拡散した場合に、この水素原子をトラップして応力場への集積を抑制する。
炭化物および炭窒化物の少なくとも一種からなる析出物の転がり面内での存在率が15%未満であると、この効果が十分に得られない。一方、この析出物の存在率が35%を超えると、炭化物および炭窒化物が粗大化し、転がり疲労寿命を低下させる。
なお、本発明において、前記析出物のうちの面積比で30%以上を、M型又はM23型の複炭化物、及びM(C,N)型又はM23(C,N)型の複炭窒化物の少なくとも一種からなるFe−Cr,Mo系析出物とする。また、本発明において、前記Fe−Cr,Mo系析出物は、Cr及びMoを合計で30質量%以上含有する。
ここで、M7 3 型又はM23 6型の複炭化物としては、例えば、(Fe,Cr)7 3、(Fe,Cr)23 6、(Fe,Mo)236 、(Fe,Cr,Mo)236 が挙げられる。
また、M7 (C,N)3 型又はM 23 (C,N)6 型の複炭窒化物としては、例えば、(Fe,Cr)7 (C,N)3 、(Fe,Cr)23(C,N)6 、(Fe,Mo)23(C,N)6 、(Fe,Cr,Mo)23(C,N)6 が挙げられる。
つまり、浸炭処理を含む熱処理を行った場合の転がり面には、炭化物が析出されるが、この炭化物の面積のうち30%以上が、上述した複炭化物であることが好ましい。また、浸炭窒化処理を含む熱処理を行った場合の転がり面には、炭化物、窒化物、及び炭窒化物が析出されるが、この炭化物及び炭窒化物の合計面積のうち30%以上が、上述した複炭化物及び複炭窒化物であることが好ましい。
〔表層部の圧縮残留応力の最大値:150〜2000MPa〕
転がり面における亀裂の発生および進展を抑制するために、浸炭処理または浸炭窒化処理を施すことにより、転がり面をなす表層部の圧縮残留応力の最大値を150MPa以上とする必要がある。一方、前記表層部に最大値が2000MPaを超える圧縮残留応力を付与するためには、ショットピーニング処理等の機械加工が必要となるため、コストの上昇を招く。
なお、本発明の転がり軸受においては、使用環境がさらに苛酷になっても寿命を長くできるように、転がり面をなす表層部の残留オーステナイト量に加えて、内輪、外輪、又は転動体の部材全体における残留オーステナイト量の平均値(以下、「平均残留オーステナイト量」と記す。)についても特定することが好ましい。この平均残留オーステナイト量は、例えば、表面から芯部までの残留オーステナイト量の分布を測定し、その平均値を算出することにより得ることができる。
ここで、本発明の転がり軸受においては、内輪、外輪、および転動体の少なくとも一つが、CrやMoを含む特定の鋼で形成されているため、高温下における残留オーステナイトの分解を抑制することは可能である。しかしながら、部材全体における残留オーステナイト量が多いと、長期間高温下で使用される場合に、残留オーステナイトが分解して寸法変化が生じるため、すきまが減少して焼付きが生じるおそれがある。また、部材全体における残留オーステナイト量が多いと、モーメント荷重を受けた場合に変形が生じ易くなるとともに、エッジロードやスキューが発生して軸受寿命が短くなるおそれもある。
よって、平均残留オーステナイト量(体積%)は、鋼中のCrの含有率(質量%)とMoの含有率(質量%)との和の2.5倍以下とすることが好ましく、8体積%以下とすることがさらに好ましい。
本発明の転がり軸受によれば、内輪、外輪、および転動体の少なくとも一つを、応力場への水素集積を抑制可能なCr、Mo、Vを含む特定の鋼で形成するとともに、転がり面をなす表層部において、CおよびNの合計含有率、硬さ、残留オーステナイト量、炭化物および炭窒化物の少なくとも一種からなる析出物の転がり面内での存在率を特定することによって、金属接触による発熱や表面疲労を軽減できるとともに、応力場への水素集積に起因する早期剥離を効果的に抑制できる。
また、転がり面をなす表層部の圧縮残留応力の最大値を特定することによって、表面疲労をさらに軽減できる。
すなわち、本発明によれば、今後、エンジン補機やガスヒートポンプ等に用いられる転がり軸受の使用環境がさらに苛酷になっても、転がり軸受の早期剥離を効果的に抑制し、寿命を長くできる。
以下、本発明の効果を実施例および比較例に基づき検証する。
まず、表1に示す各構成の鋼からなる素材A〜Oを、呼び番号6303の単列深溝玉軸受(内径17mm、外径47mm、幅14mm)用の内輪および外輪の形状に切り出した。表1において、含有成分の含有率が本発明の範囲から外れるものには下線を施した。
Figure 0005076274
そして、G以外の素材からなる内輪および外輪には、熱処理として、RXガス+エンリッチガス+アンモニアガスの雰囲気(カーボンポテンシャルCp:0.8〜1.2、アンモニアガス:3〜5%)下で、900〜960℃に加熱し、2〜8時間保持することにより浸炭窒化を行った後、油焼入れを行い、さらに、160〜180℃の大気中で1.5〜2時間保持することにより焼戻しを行った。
一方、素材Gからなる内輪および外輪には、熱処理として、840℃に加熱し、20〜60分間保持することにより焼入れを行った後、油焼入れを行い、さらに、170℃の大気中で2時間保持することにより焼戻しを行った。
このような熱処理により、G以外の素材からなる内輪および外輪には、いずれも表層部に炭化物、窒化物、および炭窒化物が分散析出され、素材Gからなる内輪および外輪には、表層部に炭化物が分散析出された。そして、熱処理後の各素材に、研削および表面仕上げ加工を行った。
このようにして得られた内輪および外輪について、軌道面 (転がり面)をなす表層部のCおよびNの合計含有率 (質量比)を、軌道面から437μm(玉の直径8.73mmの5%)の深さまでの部分で、電子線マイクロアナライザ (株式会社島津製作所製)により測定した。
また、前記表層部の硬さ(ロックウェル硬さ)を、JIS Z 2245に規定されたロックウェル硬さ試験法により測定した。
さらに、前記表層部の残留オーステナイト量 (体積比)を、軌道面から437μmの深さまでの部分で、X線回折装置(理学電機株式会社製)により測定した。
さらに、前記表層部の残留応力の最大値を、軌道面から437μmの深さまでの部分で、X線回折装置(理学電機株式会社製)により測定した。この装置で測定された残留応力の最大値は、X線侵入深さ内でのX線減衰の重みのかかった平均値である。
さらに、炭化物および炭窒化物からなる析出物(以下、「軌道面における炭化物等からなる析出物」と称す。)の軌道面内での存在率(面積比)を、以下のように測定した。
まず、表面加工を行った後の軌道面を腐食液(4gのピクリン酸+100mlのエタノール)で腐食させた後、光学顕微鏡を用い、0.5μm以上の炭化物および炭窒化物について、30視野を倍率1000倍で観察した。そして、観察像を画像処理することにより、各視野毎に炭化物および炭窒化物の存在率(面積比)を測定し、30視野の平均値を算出した。
これらの測定結果について、同じ構成の各10体の内輪および外輪の測定結果から算出した平均値を、表2に併せて示す。表2において、各構成が本発明の範囲から外れるものには下線を施した。
次に、鋼の組成および熱処理が表2に示すようにそれぞれ異なるNo.1〜No.22の内輪および外輪と、高炭素クロム軸受鋼2種(SUJ2)製で浸炭窒化処理が施された玉と、6−6ナイロン製の波形プレス保持器とからなる試験軸受を、図1に示す寿命試験装置10に組み込み、荷重をP(負荷荷重)/C(動定格荷重)=0.10、試験温度を80℃とした条件で寿命試験を行った。ここで、この試験軸受は、各10体ずつ用意し、いずれも内部すきまを10〜15μmとした。
図1に示すように、この試験装置10では、回転軸3を支持軸受4と試験軸受5とで支持し、回転軸3の一端に固定された従動プーリ6と駆動プーリ(回転軸3と平行に設けた、モータにより回転駆動される駆動軸に固定されたプーリで、図1には表示されていない。)との間に掛け渡した無端ベルト7にラジアル荷重Fp を付与することにより、回転軸3を介して試験軸受4にラジアル荷重を付与している。
回転軸3の他端は支持軸受4で支持され、支持軸受4の外輪は第1ハウジング2Aに内嵌固定されている。第1ハウジング2Aは、基台1に固定されている。第1ハウジング2Aの試験軸受5側の端部に第2ハウジング2Bが固定され、第2ハウジング2Bに試験軸受5の外輪が内嵌固定されている。第1ハウジング2Aおよび第2ハウジング2Bは、第1ハウジング2Aによる支持軸受4の支持剛性が高く、第2ハウジング2Bによる試験軸受5の支持剛性が低くなるように構成されている。また、第2ハウジング2Bの上面に、試験軸受5の振動を検出する振動計8が取り付けられている。
本実施形態では、例えば図2に示すオルタネータ(エンジン補機)20でエンジンからの動力を受けるベルトが巻き付けられたプーリ22の回転軸21を支持する転がり軸受23,24を、現状よりも苛酷な環境下で使用することを想定して行った。つまり、図1に示す試験軸受5にラジアル荷重を付与した状態で、9秒毎に回転速度を9000min-1と18000min-1とに切り換えて急加減速試験を行った。
この寿命試験は、試験軸受の内輪又は外輪に剥離が生じるまで行い、この剥離が生じるまでの時間を寿命時間として測定した。そして、同じ構成の10体の試験軸受の結果より、ワイブル分布関数に基づいて短寿命側から10%の内輪又は外輪に剥離が生じるまでの総回転時間を求め、これを寿命(L10寿命)とした。この結果は、表2に併せて示す。
また、これらの試験軸受の計算寿命は1350時間であるため、1500時間でこの寿命試験を打ち切った。そして、打ち切り時間になっても内輪および外輪のいずれにも剥離が生じなかった場合には、L10寿命を1500時間とした。
Figure 0005076274
表2から分かるように、内輪および外輪が本発明の範囲を満たす構成のNo.1〜7の試験軸受は、内輪および外輪の少なくとも一つが本発明の範囲から外れるNo.8〜22の試験軸受と比較して、長寿命であった。
No.1〜7のうち、軌道面をなす表層部の圧縮残留応力の最大値が本発明の好ましい範囲(150〜2000MPa)から外れるNo.7は、圧縮残留応力の最大値が前記範囲を満たすNo.1〜6と比較して短寿命であった。これにより、軌道面をなす表層部の圧縮残留応力の最大値を150〜2000MPaとすることでさらに長寿命となることが分かる。
一方、No.8,9では、軌道面をなす表層部における炭化物等からなる析出物の存在率が本発明の範囲(15〜35面積%)から外れていたため、計算寿命よりも短寿命であった。
No.10,11では、軌道面をなす表層部の残留オーステナイト量が本発明の範囲(15〜45体積%)から外れていたため、計算寿命よりも短寿命であった。
No.12,13では、軌道面をなす表層部の残留オーステナイト量と、炭化物等からなる析出物の存在率とが本発明の範囲から外れていたため、No.8〜11よりも短寿命であった。
No.14では、SUJ2製であり、Cの含有率が本発明の範囲よりも多く、Crの含有率が本発明の範囲よりも少なく、軌道面をなす表層部の残留オーステナイト量と、残留応力の最大値と、炭化物等からなる析出物の存在率とが本発明の範囲から外れていたため、計算寿命よりも短寿命であった。
No.15では、使用した素材Hをなす鋼のCrの含有率が本発明の範囲よりも少なく、CおよびNの合計含有率が本発明の範囲から外れていたため、軌道面をなす表層部の硬さが十分に得られず、計算寿命よりも短寿命であった。
No.16では、使用した素材Iをなす鋼のCrの含有率が本発明の範囲よりも多く、軌道面をなす表層部の残留オーステナイト量と、炭化物等からなる析出物の存在率とが本発明の範囲から外れていたため、計算寿命よりも短寿命であった。
No.17では、使用した素材Jをなす鋼のCの含有率が本発明の範囲よりも多く、CおよびNの合計含有率と、炭化物等からなる析出物の存在率とが本発明の範囲から外れていたため、計算寿命よりも短寿命であった。
No.18では、使用した素材Kをなす鋼のSiの含有率が本発明の範囲よりも多く、軌道面をなす表層部の圧縮残留応力の最大値と、炭化物等からなる析出物の存在率とが本発明の範囲から外れていたため、計算寿命よりも短寿命であった。
No.19では、使用した素材Lをなす鋼のMnの含有率が本発明の範囲よりも多く、軌道面をなす表層部の硬さと、残留オーステナイト量とが本発明の範囲から外れていたため、計算寿命よりも短寿命であった。
No.20では、使用した素材Mをなす鋼のMoの含有率が本発明の範囲よりも多く、粗大な結晶炭化物および共晶炭窒化物が発生したため、計算寿命よりも短寿命であった。
No.21では、使用した素材Nをなす鋼のVの含有率が本発明の範囲よりも多く、粗大な共晶炭化物および共晶炭窒化物が発生したため、計算寿命よりも短寿命であった。
No.22では、使用した素材Oをなす鋼のNiの含有率が本発明の範囲よりも多く、軌道面をなす表層部のCおよびNの合計含有率と、硬さとが本発明の範囲から外れていたため、計算寿命よりも短寿命であった。
以上の結果より、転がり軸受の内輪および外輪を本発明の範囲を満たすNo.1〜7の構成とすることによって、エンジン補機用の転がり軸受の使用環境がさらに苛酷になっても、長寿命が得られることが分かった。
なお、本実施形態では、転がり軸受として深溝玉軸受について説明したが、これに限らず、円筒ころ軸受、円錐ころ軸受、およびニードル軸受においても同様の効果を得ることができる。
実施形態で使用した寿命試験装置を示す概略構成図である。 エンジン補機の一例であるオルタネータを示す断面図である。
符号の説明
20 オルタネータ(エンジン補機)
21 回転軸
22 プーリ
23,24 転がり軸受

Claims (3)

  1. 内輪、外輪、および転動体の少なくとも一つは、
    質量比で、Cの含有率が0.2〜0.6%、Crの含有率が2.5〜7.0%、Mnの含有率が0.5〜2.0%、Siの含有率が0.1〜1.5%、Moの含有率が0.5〜3.0%、残部がFeおよび不可避的不純物である鋼からなる素材を所定形状に加工した後、浸炭又は浸炭窒化処理、焼入れ処理および焼戻し処理が施されて得られ、
    その転がり面をなし且つ表面から転動体直径の5%の深さまでの部分である表層部は、CおよびNの合計含有率が質量比で1.0〜2.5%、残留オーステナイト量が体積比で15〜45%、硬さがロックウェル硬さでHRC60以上、炭化物および炭窒化物の少なくとも一種からなる析出物の存在率が転がり面内の面積比で15〜35%、前記析出物のうちの面積比で30%以上を、M 型又はM 23 型の複炭化物、及びM (C,N) 型又はM 23 (C,N) 型の複炭窒化物の少なくとも一種からなるFe−Cr,Mo系析出物とし、前記Fe−Cr,Mo系析出物は、Cr及びMoを合計で30質量%以上含有し、圧縮残留応力の最大値は、150〜2000MPaとなっていることを特徴とする転がり軸受。
  2. 前記鋼はV及びNiの少なくとも一方をさらに含有し、質量比でVの含有率は2.0%以下、Niの含有率は2.0%以下であることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
  3. エンジンからの動力を受けて回転する軸を支持するために用いられることを特徴とする請求項1又は2に記載の転がり軸受。
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