以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。
図1は、本発明の第1の実施形態に係る車両操舵装置10を備えた車両の要部を示す概略構成図である。同図に示される車両は、本実施形態では前輪である左右一対の操舵輪2L,2Rまたは図示されない後輪を駆動するための内燃機関、電気モータ、あるいはこれらを組み合わせたハイブリッド動力ユニットといった駆動源(図示省略)を有すると共に、左側の操舵輪2Lおよび右側の操舵輪2Rを操舵するための車両操舵装置10を含む。操舵輪2L,2Rは、それぞれホイール3とタイヤ4とを含み、各操舵輪2L,2Rのホイール3は、ブレーキユニットを構成するディスクロータ5を介してナックル6により支持されている。ナックル6には、ナックルアーム7が一体化または連結されており、ナックル6は、車両の懸架装置を構成するストラットバー8やロワアーム9等を介して車体に対して支持されている。
一方、車両操舵装置10は、いわゆる液圧式パワーステアリングあるいは電動パワーステアリングとして構成され得るものであり、運転者によりステアリングホイール11が回転操作されると操舵輪2L及び2Rが操舵される。車両操舵装置10は、ステアリングホイール11の回転を左右の直線運動に変換する操舵ギヤボックス12を含む。操舵ギヤボックス12は、ステアリングシャフト13の先端に固定されたピニオンギヤ14と、このピニオンギヤ14と噛合するラック15とを含む。ラック15は、車幅方向に延在するラックチューブ16内に摺動自在に収容されており、その両端は、ボールジョイント21を介してタイロッド17L,17Rへと連結されている。ラックチューブ16の両端には、ボールジョイント21およびタイロッド17Lまたは17Rの一部を覆うブーツ18が装着されている。左右のタイロッド17L及び17Rはそれぞれ左右のナックルアーム7に連結されている。更に、ステアリングシャフト13には、ステアリングホイール11の操舵角を検出する舵角センサ19が設けられている。
図2は、第1の実施形態における操舵力蓄積機構20の断面を模式的に示す概略断面図である。本実施形態において操舵力蓄積機構20は、ステアリングホイール11への操作量を操舵輪2L,2Rに対する操舵力に変換して伝達する伝達経路上に設けられ、より詳しくは操舵ギヤボックス12とナックル6との間に設けられている。ラック15は内部を中空とされた有底円筒状の部材であり、その外表面にピニオンギヤ14と噛み合う歯部が形成されている。操舵ロッド22は、ラック15の中心軸上にラック15を貫通した状態でラック15に対して中心軸方向に摺動可能に配設されている。すなわち、操舵ロッド22は、ラック15の中心軸方向にラック15に対して相対的に移動可能である。操舵ロッド22の中央部には、他の部位よりも拡径された拡径部32が形成されてており、操舵ロッド22の両端部はそれぞれ左右のボールジョイント21に固定されている。
ラック15の内部空間は、右側バネ収容室26、中央室28、及び左側バネ収容室30の3つの空間に2カ所の係止部24により区分けされている。係止部24はラック15の内周面から中心軸に向けて円板状に延設されている。円板状の係止部24の中心部には、操舵ロッド22の拡径部32を挿通可能とする大きさの開口部が形成されている。2つの係止部24は、操舵ロッド22の拡径部32の中心軸方向の長さと同程度の間隙を有してラック15の中央部に配設されている。
右側バネ収容室26及び左側バネ収容室30には、本実施形態における弾性部材としての右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lのそれぞれが収容されている。右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lは例えば圧縮コイルスプリングであり、操舵ロッド22を取り巻くように配設されている。本実施形態では、右側バネ部材34Rのバネ定数と左側バネ部材34Lのバネ定数とは等しく設定されている。なお、右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lを総称して以下では適宜「バネ部材34」と称する。
右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lの一端はラック15の内部の左右の最端部それぞれに接続され、ラック15の中央室28寄りとなる他端は右側当接板38及び左側当接板40のそれぞれに接続されている。右側当接板38及び左側当接板40はともに円板状の部材であり中央部に円形の貫通孔を有しており、この貫通孔の径は、操舵ロッド22の拡径部32の径よりも小さくかつ拡径部32以外の部位の径よりも大きい。
本実施形態では、右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lはそれぞれ取付時に所定の圧縮荷重を課された状態でラック15に取り付けられている。右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lのそれぞれの取付荷重により右側当接板38及び左側当接板40はラック15の係止部24及び操舵ロッド22の拡径部32に押接されている。一方、操舵ロッド22の拡径部32により取付荷重を超える大きさの荷重が例えば右側当接板38に作用した場合には、右側バネ部材34Rの圧縮力による弾性変形が許容されている。左側バネ部材34Lについても同様に弾性変形が許容されている。
よって、ステアリングホイールの操作及びパワーステアリング機構の動作によりラック15に軸力が作用すると、軸力の大きさにより操舵力蓄積機構20の作動は異なるものとなる。ラック15に作用する軸力(以下適宜「ラック軸力」という)の大きさが上述の取付荷重よりも小さい場合には、図2に示されているように、右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lはラック軸力により変形せずに、ラック軸力がそのまま操舵力として操舵ロッド22に伝達される。この操舵力が更にボールジョイント21及びタイロッド17L,17Rを介して左右の操舵輪2L,2Rに伝達され、操舵輪2L,2Rは操舵される。
一方、ラック軸力が取付荷重よりも大きい場合には、ラック軸力により右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lのいずれかに弾性変形が生じる。図3には、取付荷重よりも大きなラック軸力が矢印A方向(図中で左から右に向かう方向)に作用してラック15が矢印A方向に変位した場合が示されている。この場合には、操舵ロッド22の拡径部32が右側当接板38から離隔するとともに左側バネ部材34Lがラック15と操舵ロッド22の拡径部32との間でラック軸力により弾性的に圧縮され、左側バネ部材34Lに弾性力が蓄積される。また、取付荷重よりも大きなラック軸力が矢印B方向(図4参照)に作用した場合には、逆に、操舵ロッド22の拡径部32が左側当接板40から離隔するとともに右側バネ部材34Rがラック15と操舵ロッド22の拡径部32との間でラック軸力により弾性的に圧縮され、右側バネ部材34Rに弾性力が蓄積される。
このように操舵力蓄積機構20は、運転者がステアリングホイール11を左右のいずれに操作しラック15が左右のいずれに駆動されても弾性力が蓄積されるように構成されている。すなわち、拡径部32を挟んで右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lを配設することにより、運転者がステアリングホイール11を左右のいずれに操作しても操舵力蓄積機構20は弾性力を蓄積することができる。
本実施形態では、操舵力蓄積機構20の剛性はラック軸力の大きさに応じて異なるという非線形性を有する。操舵力蓄積機構20においては、バネ部材34の取付荷重よりも小さいラック軸力が作用する状態ではラック15と操舵ロッド22との相対変位がほとんど発生しない。この状態を以下では適宜「高剛性状態」と称する。一方、バネ部材34の取付荷重よりも大きいラック軸力が作用する状態ではラック軸力に応じてラック15と操舵ロッド22との相対変位が発生して弾性力がバネ部材34に蓄積される。この状態を以下では適宜「低剛性状態」と称する。
この操舵力蓄積機構20の特性を図5に図示する。図5において縦軸は荷重を示し、横軸はラック15と操舵ロッド22との相対変位量を示す。荷重F0は、バネ部材34の取付荷重を示し、変位量Sは、ステアリングホイール11を最大限操作した場合に発生する最大の変位量を示す。図5に示されるように、ラック15と操舵ロッド22との相対変位量は、ラック軸力が取付荷重F0を超えるまでの高剛性状態では微小であり、ラック軸力が取付荷重F0を超えている低剛性状態では荷重の更なる増加とともにバネ部材34のバネ定数に応じて相対変位量も増加する。そして荷重F2が作用したときに最大変位量Sの変位が生じる。なお、図5においては、高剛性状態において荷重の増加とともに変位量が微小量ずつ線形に増加しているが、この傾きはラック15や操舵ロッド22等の操舵力蓄積機構20を構成する部材自体の弾性に起因するものである。
図6は、本実施形態における操舵力蓄積機構20の特性と必要操舵力との関係を示す図である。図6の左側には、従来の車両操舵装置において据え切り時に必要とされる操舵力及び車両の移動時に必要とされる操舵力のそれぞれと操舵角との関係が実線により示されている。車両の前進または後退といった移動時に必要とされる操舵力は、操舵角が中程度の場合に操舵力が最大値F1となるが、概ね操舵角にかかわらず一定である。なお、車両移動時の操舵力は車両速度によって変わり得るが、図6には比較的低速時に実現される最大の操舵力を示しているものとする。一方、据え切り時に従来必要とされていた操舵力は、操舵角がごく小さいときこそ車両移動時の操舵力よりも小さいものの、ほとんどの操舵角範囲で移動時の操舵力を大きく上回り、操舵角が最大となるときに最大操舵力F3に達する。図6の右側には、図5に示される操舵力蓄積機構20の特性が一点鎖線により示されている。なお、図6では、高剛性状態における弾性係数が理想的には無限大であることからその図示を省略している。
図6に示されるように本実施形態では、バネ部材34の取付荷重F0を、車両の移動時に必要とされる最大ラック軸力F1を超える値に予め設定する。そして、車両の移動時には、車両操舵装置10は要求操舵角を実現するのに必要な限度で取付荷重F0よりも小さいラック軸力を発生させる。この場合、操舵力蓄積機構20は高剛性状態となるから、ラック15と操舵ロッド22との間の相対変位は生じずに、発生したラック軸力は円滑に操舵輪2L,2Rへと伝達されて操舵が行われる。
一方、据え切り時には、車両操舵装置10は取付荷重F0よりも大きくかつ据え切り時に本来必要とされる操舵力よりも小さい所定のラック軸力を発生させる。そうすると、所定のラック軸力は据え切り時の必要操舵力よりも小さいので操舵輪2L,2Rは操舵されないが、このラック軸力は取付荷重F0よりも大きいので操舵力蓄積機構20は低剛性状態となる。よって、バネ部材34に弾性変形が生じてラック15と操舵ロッド22との間に相対変位が生じ、図3及び図4に示されるようにバネ部材34に弾性力が蓄積される。その後車両の前進あるいは後退が開始されると、必要な操舵力は据え切り時よりも小さくなり、なおかつ蓄積されている弾性力よりも小さくなる。したがって、車両の移動の開始とともに速やかに操舵輪2L,2Rが操舵され、車両の移動につれて車両の向きが変えられることとなる。
このときの車両操舵装置10の最大出力は、最大変位量Sを生じさせる荷重F2以上の値に予め設定される。本実施形態では、車両操舵装置10の最大出力を低減させるという観点から例えば最大変位量Sを生じさせる荷重F2に設定しておく。このようにすれば、運転者がステアリングホイール11を最大限操作しても、車両操舵装置10はその操作に応じて最大変位量Sを生じさせるよう荷重F2を発生させることにより、バネ部材34を容易に変形させてラック15の最大ストロークを実現することができる。すなわち、据え切り時であっても、ステアリングホイール11の中立状態から最大の操作状態まで、つまりハンドルロック状態まで容易に操作可能とすることができる。
なお、例えばバネ部材34の弾性係数等を適宜小さく調整することにより荷重F2をより低くすることが可能であり、そのようにすれば車両操舵装置10の最大出力を低減させるという観点からは好ましい。一方、車両操舵装置10の本来の役割である操舵力の伝達という観点からは、所定の剛性を確保することが好ましい場合もある。したがって、バネ部材34の弾性係数や取付荷重等のパラメータは例えば実験等により適宜設定することが望ましい。
以上のように本実施形態によれば、据え切り時に操舵輪を操舵する場合に必要とされる比較的大きな操舵力を発生させることなく車両の向きを変えることができる。そのために、操舵力蓄積機構20は、据え切り時にステアリングホイール11への操作量に応じて生じる弾性変形により、車両の移動時に操舵輪2L,2Rの操舵に必要とされる操舵力を蓄積する。そして車両が移動を開始すると、蓄積された操舵力により操舵輪が操舵され車両の向きが変えられる。よって、車両操舵装置に要求される最大出力を抑えることができ、車両操舵装置の小型化あるいは軽量化を実現することが可能となる。具体的には、従来据え切り時に操舵するために図6に示される最大荷重F3まで車両操舵装置10が出力可能である必要があったが、本実施形態では、車両操舵装置10の最大出力を荷重F2にまで低減することができる。
また、本実施形態に係る操舵力蓄積機構20は、車両の移動時に必要とされる操舵力範囲に相当する荷重が入力されるときには高剛性状態となる一方、この荷重を超える入力を受けると低剛性状態となる。これにより、車両の移動時には高剛性状態で操舵輪に操舵力を円滑に伝達することができるとともに、据え切り時には低剛性状態で容易に弾性変形を起こさせて操舵力を蓄積することができる。このとき、弾性変形を比較的容易に起こすことができるよう弾性定数等のパラメータを設定することにより、据え切り時であっても容易にステアリングホイールを操作することも可能である。
なお、ラック15の内部に操舵力蓄積機構20を設けると、車両操舵装置10の内部に既存の未活用の空間を有効に利用することができるという点で、他の箇所に操舵力蓄積機構を設けるのに比較して好ましい。また、ラック15の内部にバネ部材34を設けるので、ラック15がバネ部材34等のカバーとして機能し、バネ部材34への塵等の侵入を防ぐことができるという点でも好ましい。
付言すると、本実施形態では、所定の取付荷重が予め課されたバネ部材34を用いているが、本発明はこれに限られない。例えば、拡径部32に右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lの双方が作用している状態と両バネ部材34R、34Lの一方が作用する状態とでは、実質的に弾性係数が異なることとなる。これを利用して操舵力蓄積機構20の特性を非線形とすることも可能である。
次に図7を参照して第1の実施形態の変形例を説明する。上述の第1の実施形態では操舵力蓄積機構20はラック15の内部に設けられているが、この変形例では操舵力蓄積機構20をタイロッド17L及び17Rに設ける点で第1の実施形態とは異なる。図7は、第1の実施形態の変形例における操舵力蓄積機構20の断面を模式的に示す概略断面図である。図7には、左側のタイロッド17Lに設けられた操舵力蓄積機構20が示されている。なお、第1の実施形態と同一の内容については以下では説明を適宜省略する。
図7に示されるように、この変形例では、ダストカバー42の内部に操舵力蓄積機構20が構成されている。ダストカバー42の一端には左側のタイロッド17Lが固定され、ダストカバー42の他端には貫通孔が空けられて操舵ロッド22が挿入されている。ダストカバー42の内部は、上述の第1の実施形態におけるラック15と同様に、2カ所の係止部24により右側バネ収容室26、中央室28、及び左側バネ収容室30の3つの空間に区分けされ、右側バネ収容室26及び左側バネ収容室30のそれぞれに右側バネ部材34R及び左側バネ部材34Lがそれぞれ収容されている。ダストカバー42はバネ部材34への塵などの侵入を防ぐための防塵部材としても機能している。ダストカバー42に挿入されている操舵ロッド22の先端部には拡径部32が形成され、図示されるように高剛性状態では拡径部32の両端は右側当接板38及び左側当接板40に当接している。一方、操舵ロッド22の他端はボールジョイント21に接続されることとなる。
このように構成しても、第1の実施形態と同様に、据え切り時のステアリングホイールへの操作量に応じたバネ部材34の弾性変形により操舵力が蓄積され、蓄積された操舵力により車両の移動の開始に伴って操舵輪が操舵され車両の向きを変えることができる。その結果、車両操舵装置10に要求される最大出力を軽減することができる。
なお、上述の説明では、ダストカバー42の一端がタイロッド17Lに接続され、操舵ロッド22がボールジョイント21に接続されるようにしているが、これを逆にしてもよい。つまり、ダストカバー42の一端がボールジョイント21に接続され、操舵ロッド22がタイロッド17Lに接続されるようにしてもよい。また、上述の説明では、左側のタイロッド17Lへの操舵力蓄積機構20の適用を一例として取りあげて説明したが、右側のタイロッド17Rへもほぼ同様に操舵力蓄積機構20を適用することができることは言うまでもない。
図8及び図9を参照して第1の実施形態の更なる変形例を説明する。この変形例ではトーションスプリング56を含む操舵力蓄積機構20をタイロッド17L,17Rに設けるという点で上述の各実施形態とは異なる。図8は、第1の実施形態の更なる変形例におけるタイロッド17Rを示す側面図である。図9は、第1の実施形態の更なる変形例における操舵力蓄積機構20の断面を模式的に示す概略断面図である。なお、第1の実施形態と同一の内容については以下では説明を適宜省略する。
この変形例においては図8に示されるように、右側のタイロッド17Rはラック側リンク部材44と操舵輪側リンク部材46とを含むリンク機構として構成されている。ラック側リンク部材44と操舵輪側リンク部材46とは、円柱状の連結ピン48により連結ピン48の中心軸に関して互いに揺動可能にピン結合で連結されている。ラック側リンク部材44と操舵輪側リンク部材46とは、中立状態では両者の間の角度が直線状に近い鈍角となるよう連結されている。ラック側リンク部材44の操舵輪側リンク部材46との連結部と反対側の端部には、ボールジョイント21が固定されている。また操舵輪側リンク部材46の連結部とは反対側の端部には、接続部50を介してナックルアーム7(図1参照)が連結される。左側のタイロッド17Lも右側のタイロッド17Rと同様の構成とされる。
操舵力蓄積機構20は、ラック側リンク部材44と操舵輪側リンク部材46との連結部に設けられている。図9を参照してこの変形例における操舵力蓄積機構20を説明する。操舵輪側リンク部材46は連結ピン48の周囲にトーションスプリング収容室58を画定するよう形成されている。トーションスプリング収容室58の内部にトーションスプリング56が連結ピン48を包囲するように連結ピン48と同軸に配設されている。トーションスプリング56の一端は操舵輪側リンク部材46に固定され、他端はトーションスプリング収容室58に向けてラック側リンク部材44から突出する突出部60に固定されている。トーションスプリング56は、例えば車両の移動時に必要とされる操舵力に相当する所定の取付荷重が課された状態で取り付けられる。
このように構成すれば、取付荷重に相当するタイロッド軸力に満たない捩り荷重が操舵力蓄積機構20に入力された場合には高剛性状態となり、タイロッド17Lは操舵力を操舵輪2L,2Rへと伝達する。一方、取付荷重に相当するタイロッド軸力を超える捩り荷重が操舵力蓄積機構20に入力された場合には低剛性状態となりトーションスプリング56に弾性変形が生じてタイロッド17Rが図8に一点鎖線で示されるように屈曲する。このときトーションスプリング56に弾性力が蓄積される。そして車両の移動の開始に伴って、蓄積された操舵力により操舵輪が操舵される。
よって、上述の第1の実施形態と同様に、据え切り時のステアリングホイール11への操作量に応じた弾性変形により操舵力が蓄積され、蓄積された操舵力により車両の移動の開始に伴って操舵輪が操舵されて車両の向きを変えることができる。その結果、車両操舵装置10に要求される最大出力を軽減することができる。
この変形例では、左右両側のタイロッド17R,17Lをともに同様の構成としているので、据え切り時のステアリングホイール11の操作方向により左右の操舵輪2L、2Rのいずれか一方への操舵力が蓄積される。つまり、ステアリングホイール11が左右のいずれかに操作されると、それに応じてラック15が左右のいずれかに変位する。そうすると、据え切り時には左右のタイロッド17R,17Lの一方は上述のように屈曲して操舵力を蓄積することができるが、他方は単にラック15の移動につれて引張力を受けることとなる。したがって、この変形例では、据え切り時にも片方の操舵輪の操舵を可能とする程度に車両操舵装置10の最大出力を設定することが望ましい。
なお、タイロッド17R、17Lのリンク機構が直線状に伸展されて正常な取付状態とは逆方向に反転して屈曲することを防止するために、ラック側リンク部材44と操舵輪側リンク部材46とが直線状に伸展されないようラック側リンク部材44と操舵輪側リンク部材46との間にストッパ機構を設けることが望ましい。またストッパ機構を設けることにより、高剛性状態をより安定的に容易に実現すること可能であるという点でも望ましい。
また、タイロッド17R、17Lのリンク機構としては、他の例を採用することも可能である。図10は、上述の更なる変形例におけるタイロッド17R、17Lの他の例を示す側面図である。タイロッド17Rはラック側リンク部材44及び操舵輪側リンク部材46に加えて中間リンク部材52をも含むリンク機構として構成されている。中間リンク部材52は、ラック側リンク部材44及び操舵輪側リンク部材46のそれぞれの端部に連結ピン48を介してピン結合により連結されており、ラック側リンク部材44及び操舵輪側リンク部材46の間に介在している。中間リンク部材52はラック側リンク部材44に沿ってボールジョイント21側に向けて折り返されるように連結され、更に操舵輪側リンク部材46は中間リンク部材52に沿ってボールジョイント21とは逆方向に折り返されるように連結されている。各リンク部材の連結部には、図9に示される操舵力蓄積機構20が設けられている。上述の変形例ではリンク機構が屈曲されて操舵力蓄積機構20に弾性力が蓄積されていたが、本変形例ではこのように構成されることにより、リンク機構が伸展されて操舵力蓄積機構20に弾性力が蓄積される。
引き続いて本発明の第2の実施形態を説明する。第1の実施形態では操舵ギヤボックス12の下流側に操舵力蓄積機構20が設けられていたが、第2の実施形態ではそれよりも上流側のステアリングシャフト13に操舵力蓄積機構20が設けられるという点で異なる。なお、第1の実施形態と同一の内容については以下では説明を適宜省略する。
図11は、第2の実施形態に係る操舵力蓄積機構20を模式的に示す正面図である。第2の実施形態においては、ステアリングシャフト13は、ステアリングホイール側シャフト62とラック側シャフト64とを含んで構成される。ステアリングホイール側シャフト62の端部には第1ギヤ66が固定され、ラック側シャフト64の端部には第4ギヤ68が固定されている。第1ギヤ66には第2ギヤ70が、そして第4ギヤ68には第3ギヤ72が噛合されている。第2ギヤ70及び第3ギヤ72はともに一端に底面を備え他端を開口とする円筒状の形状とされており、それぞれの開口部を対向させた状態で円柱状の連結ピン82に同軸に取り付けられている。第2ギヤ70及び第3ギヤ72はともに連結ピン82の中心軸周りに回転可能に取り付けられている。
第2ギヤ70及び第3ギヤ72により画定される円柱状内部空間には、円筒状の内筒74が連結ピン82と同軸に配設されている。内筒74は連結ピン82の中心軸に垂直な仕切板76を中央部に含み、内筒74の内部は円板状の仕切板76により2つに区分けされている。円板状の仕切板76の中心部には、連結ピン82を摺動可能に挿通させる貫通孔が空けられており、内筒74は連結ピン82に対して中心軸周りに回転可能に取り付けられている。
仕切板76により2つに区分けされた内筒74の内部空間の一方には第1トーションスプリング78が収容され、他方には第2トーションスプリング80が収容されている。第1トーションスプリング78は連結ピン82を包囲するように同軸に配設され、一端が第2ギヤ70に固定され、他端が内筒74の仕切板76に固定されている。また、第2トーションスプリング80も連結ピン82を包囲するように同軸に配設され、一端が第3ギヤ72に固定され、他端が内筒74の仕切板76に固定されている。第1トーションスプリング78及び第2トーションスプリング80はともに所定の取付荷重が課された状態で取り付けられる。この取付荷重は例えば車両の移動時に必要とされる操舵力に相当するものとされる。
よって、ステアリングホイール11が回転操作されると、まずその回転がステアリングホイール側シャフト62を介して第1ギヤ66に伝達される。このとき入力された荷重が取付荷重を超えていない場合には操舵力蓄積機構20は高剛性状態となり、第2ギヤ70、内筒74、及び第3ギヤ72の間に相対的な回転変位は生じない。よって、第1ギヤ66の回転は、第2ギヤ70、内筒74、及び第3ギヤ72を介して第4ギヤ68へと伝達され、更にラック側シャフト64を介して操舵ギヤボックス12へと伝達される。一方、入力された荷重が取付荷重を超えている場合には操舵力蓄積機構20は低剛性状態となり、第1トーションスプリング78及び第2トーションスプリング80の双方に弾性変形が生じる。その結果、操舵力蓄積機構20に弾性力が蓄積される。
図12は、第2ギヤ70の側面図である。図12では、一部分を断面として示している。図12に示されるように、第2ギヤ70の内周面には、中心軸に向かう放射方向に内側に向けて第1係合部84が突設されている。また内筒74の外周面には、放射方向に外側に向けて第2係合部86が突設されている。第1係合部84と第2係合部86とが当接することにより、第2ギヤ70に対する内筒74の相対的な回転変位が規制される。図示を省略しているが、第3ギヤ72にも第2ギヤ70と同様の係合部が内周面に突設されている。
これらの係合部により、第2ギヤ70及び第3ギヤ72の内筒74に対する相対的な回転量が規制され、第2ギヤ70及び第3ギヤ72の内筒74に対する相対的な回転可能角度が定められることになる。第1ギヤ66と第2ギヤ70との間の減速比及び第3ギヤ72と第4ギヤ68との間の減速比を適宜定めることにより、第2ギヤ70及び第3ギヤ72の回転可能角度とステアリングホイール11の最大操舵角とを対応づけることができる。そうすると、各係合部をステアリングホイール11の最大操舵角を規定するストッパ機構として機能させることが可能となる。そのためには例えば、第2ギヤ70の回転可能角度と第2ギヤ70及び第1ギヤ66のギヤ比との積を、ステアリングホイール11の中立状態から最大操舵角までの回転角度と等しくするように設定すればよい。第3ギヤ72及び第4ギヤ68についても同様である。
図13は、本実施形態におけるラック軸力とステアリングシャフト13での操舵トルクとの関係を示す図である。図13には、運転者が発生させるラック軸力と、運転者のラック軸力にパワーステアリング機構によるアシスト力を加えた合計のラック軸力とが示されている。縦軸に示される荷重F1及び荷重F3は図6を参照して説明されたものと同様であり、荷重F1が車両移動時に必要とされる最大荷重であり、荷重F3は据え切り時に従来必要とされていた最大荷重を示す。
従来は、据え切り時に必要な荷重F3を確保するために、車両操舵装置10の最大出力は、図13に示されるアシスト力A0を発生させることができるように設定されなければならなかった。しかし本実施形態においては、車両移動時に必要とされる荷重F1を発生させるためのアシスト力A1を発生することができるように車両操舵装置10の最大出力を設定すればよい。
また、本実施形態では、第1トーションスプリング78及び第2トーションスプリング80の取付荷重を、車両移動時に必要とされる荷重F1における操舵トルクTに相当するよう設定する。そうすると、車両移動時には取付荷重に満たない荷重が操舵力蓄積機構20に入力され高剛性状態となり、ステアリングホイール11への操作が円滑に操舵力蓄積機構20等を介して円滑に操舵輪2L,2Rへと伝達されて操舵が行われる。
一方、据え切り時に運転者の操舵力とアシスト力との合計荷重が荷重F1を上回り、この合計荷重が操舵力蓄積機構20に入力されると操舵力蓄積機構20は低剛性状態となる。そうすると、第1トーションスプリング78及び第2トーションスプリング80がステアリングホイール11への回転操作により比較的容易に変形されるようになり、据え切り時でも容易にステアリングホイール11を操作することができる。第1トーションスプリング78及び第2トーションスプリング80の弾性変形により操舵力蓄積機構20に蓄積された弾性力は、車両の移動開始に伴って操舵力蓄積機構20から下流側へと伝達され、操舵輪2L,2Rは速やかに操舵される。
以上のように、第2の実施形態によればパワーステアリング機構より上流側のステアリングシャフト13にも操舵力蓄積機構20を設けることができる。これにより、車両操舵装置に要求される最大出力が軽減され、車両操舵装置の小型化あるいは軽量化を実現することが可能となる。
2 操舵輪、 10 車両操舵装置、 11 ステアリングホイール、 15 ラック、 20 操舵力蓄積機構、 22 操舵ロッド、 34 バネ部材。