本発明に係る制駆動力制御装置の実施例1を図1から図7に基づいて説明する。
最初に、本実施例1における制駆動力制御装置の構成について図1を用いて説明する。この図1には、本実施例1の制駆動力制御装置が適用される車輌を示している。
本実施例1の車輌には、各々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに夫々独立して機械的な制動トルクを発生させる機械制動トルク発生装置が設けられている。この機械制動トルク発生装置は、電子制御装置(ECU)等により構成された機械制動トルク制御手段によってその動作が制御され、所望の機械制動トルクを発生させる。例えば、本実施例1の機械制動トルク発生装置としては、油圧の力により夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに機械的な制動トルクを付与して制動力を発生させる所謂油圧ブレーキを例示する。これが為、以下においては、この機械制動トルク発生装置を「油圧制動トルク発生装置」といい、この油圧制動トルク発生装置により発生させられた機械的な制動トルク及び制動力を夫々「油圧制動トルク」及び「油圧制動力」といい、その機械制動トルク制御手段を「油圧制動トルク制御手段」という。
具体的に、ここで例示する油圧制動トルク発生装置は、夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに配設したキャリパーやブレーキパッド、ディスクロータ等からなる油圧制動手段21FL,21FR,21RL,21RRと、これら各油圧制動手段21FL,21FR,21RL,21RRのキャリパーに対して各々に油圧(即ち、ブレーキオイル)を供給する油圧配管22FL,22FR,22RL,22RRと、これら各油圧配管22FL,22FR,22RL,22RRの油圧を夫々に調節する油圧調節手段(以下、「ブレーキアクチュエータ」という。)23と、このブレーキアクチュエータ23を制御する油圧制動トルク制御手段24と、運転者が車輌の制動力発生時に操作するブレーキペダル25と、運転者によるブレーキペダル25の踏み込み操作に応じて駆動されるブレーキマスタシリンダ26と、を備えている。
更に、図示しないが、この油圧制動トルク発生装置には、ブレーキペダル25の踏み込みによって生じる圧力を増圧し、ブレーキマスタシリンダ26に入力するブースタ等も設けられている。
ここで、そのブレーキアクチュエータ23は、オイルリザーバ,オイルポンプ,夫々の油圧配管22FL,22FR,22RL,22RRの油圧を各々に増減する為の増減圧制御弁の如き種々の弁装置等を含み、所謂ABS制御を行い得るよう構成されている。その増減圧制御弁は、通常時にはブレーキマスタシリンダ26により制御されて各油圧制動手段21FL,21FR,21RL,21RRにおけるキャリパーの油圧を夫々調節する。一方、この増減圧制御弁は、必要に応じて油圧制動トルク制御手段24によってもデューティ比制御され、各油圧制動手段21FL,21FR,21RL,21RRにおけるキャリパーに掛かる油圧の調節を夫々に行う。
また、本実施例1の車輌には、各々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRにモータ31FL,31FR,31RL,31RRが配備されている。この夫々のモータ31FL,31FR,31RL,31RRは、図1に示すモータ制御手段32によって制御され、各々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対して夫々にモータトルクTmを付与する。
ここで、そのモータトルクTmには、車輪10FL,10FR,10RL,10RRに駆動力(以下、「モータ駆動力」という。)を発生させるモータ力行トルクと、車輪10FL,10FR,10RL,10RRに回生制動力(以下、「モータ回生制動力」という。)を発生させるモータ回生トルクと、が存在している。
これが為、モータ制御手段32の制御により各モータ31FL,31FR,31RL,31RRがモータ力行トルクを発生させたときには、夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRにモータ駆動力が掛かり、車輌を前進又は後退させる。例えば、この車輌が電気自動車である場合には、その各モータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータ力行トルクが車輌の動力源として利用される。また、この車輌が内燃機関等の原動機も具備している場合には、その各モータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータ力行トルクが原動機の動力補助又は原動機との動力の切り替えに伴う動力源として利用される。この車輌においては、そのモータ力行トルクを発生させる為に、夫々のモータ31FL,31FR,31RL,31RRに対して図1に示すバッテリ33から給電される。
一方、モータ制御手段32の制御により各モータ31FL,31FR,31RL,31RRがモータ回生トルクを発生させたときには、夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRにモータ回生制動力が掛かり、車輌を制動させる。その際、この車輌においては、そのモータ回生制動力により得られた電力がバッテリ33に蓄電される。
ここでのモータトルクTmは、そのモータ力行トルクを負の値とする一方、そのモータ回生トルクを正の値とする。
ところで、本実施例1の車輌には上述したが如く油圧制動トルク発生装置も具備されている。これが為、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRに発生する夫々の全制動トルクTaは、その油圧制動トルク発生装置による各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの油圧制動トルクToと各々のモータ31FL,31FR,31RL,31RRによる各車輪10FL,10FR,10RL,10RRのモータトルクTmとを夫々に合算したものとなる。例えば、夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに油圧制動トルクToを付与し、その各車輪10FL,10FR,10RL,10RRのモータ31FL,31FR,31RL,31RRにモータ回生トルクを発生させた場合、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの夫々の全制動トルクTaは、油圧制動トルクToのみで発生させたときよりも大きくなる。
ここで、車輌の制動時に各モータ31FL,31FR,31RL,31RRに対してモータ力行トルクを発生させた場合を考察してみる。かかるモータ力行トルクは、モータ回生トルクとは逆方向の回転力を車輪10FL,10FR,10RL,10RRに与えるものであり、車輌の制動力を増加させるモータ回生トルクとは逆に上述したが如く車輌の駆動力を発生させる。これが為、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRに油圧制動トルクToが付与されているときに夫々のモータ31FL,31FR,31RL,31RRに対してモータ力行トルクを発生させると、夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRにはその油圧制動トルクToに抗するモータ力行トルクが掛かり、油圧制動トルクToのみで発生させたときよりも各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの夫々の全制動トルクTaが小さくなる。
即ち、本実施例1の車輌においては、油圧制動トルク発生装置からの各車輪10FL,10FR,10RL,10RRへの油圧制動トルクToと各モータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータ回生トルク又はモータ力行トルクとを合算したもの夫々が各車輪10FL,10FR,10RL,10RRにおける全制動トルクTaとなる。これが為、この車輌においては、これらのトルク値を増減制御することによって夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに付与する各々の全制動トルクTaを調節し、その各車輪10FL,10FR,10RL,10RRに発生させる各々の全制動力を調節することができる。例えば、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対して一定の油圧制動トルクToが付与されていると仮定し、その際に各モータ31FL,31FR,31RL,31RRからモータトルクTmを発生させると、そのモータトルク(モータ回生トルク又はモータ力行トルク)Tmに応じて夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRの全制動トルクTaを増減させることができる。
このように、本実施例1の車輌においては、油圧制動トルク発生装置とモータ31FL,31FR,31RL,31RRとによって、車輌に対して制動力を発生させる制動力発生装置(以下、「車輌制動力発生装置」という。)が構成されている。これが為、本実施例1の車輌におけるABS制御は、その油圧制動トルク発生装置の油圧制動トルクToとモータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータトルクTmとを増減制御することによって実行される。尚、そのモータ31FL,31FR,31RL,31RRは、力行側で使用された場合に、車輌に対して駆動力を発生させる駆動力発生装置(以下、「車輌駆動力発生装置」という。)として機能する。
ここで、かかるABS制御は、車輌の電子制御装置(ECU)が当該技術分野で周知の制御手法によって実行する。
例えば、この電子制御装置は、運転者がブレーキ操作を行って車輌制動力発生装置を作動させた際に夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRのロック傾向の検出を行い、その何れかの車輪10FL,10FR,10RL,10RRでロック傾向が検出された時に、その該当する車輪10FL,10FR,10RL,10RRのロック傾向を解除させ得る全制動トルク(以下、「要求全制動トルク」という。)Tareqを求める。そして、この電子制御装置は、その該当する車輪10FL,10FR,10RL,10RRの全制動トルクTaが要求全制動トルクTareqとなるように車輌制動力発生装置に対する制御を実行する。この車輌においては、かかるトルク演算とトルク制御が繰り返し実行されることによって、ABS制御対象たる車輪10FL,10FR,10RL,10RRの全制動トルクTaが減少してロック傾向が解除方向へと向かう。
一方、この電子制御装置は、その該当する車輪10FL,10FR,10RL,10RRのロック解除傾向の検出も行い、ロック解除傾向が検出された時に、その車輪10FL,10FR,10RL,10RRの全制動トルクTaを増加させる要求全制動トルクTareqを求め、その全制動トルクTaが要求全制動トルクTareqとなるように車輌制動力発生装置に対する制御を実行する。ここでは、かかるトルク演算とトルク制御が繰り返し実行されることによって、ABS制御対象たる車輪10FL,10FR,10RL,10RRの全制動トルクTaが増加して当該車輪10FL,10FR,10RL,10RRの全制動力が強くなる。
この電子制御装置は、再びロック傾向を検出した時には当該ロック傾向を解除させるよう全制動トルクTaを調節して減少させ、その後、ロック解除傾向を検出した時には全制動トルクTaを増加させる。電子制御装置は、ABS制御中にこれらを繰り替えし実行する。
ところで、上述したが如く、本実施例1にあっては、車輌制動力発生装置が油圧制動トルク発生装置とモータ31FL,31FR,31RL,31RRとによって構成されており、その油圧制動トルク発生装置のブレーキアクチュエータ23とモータ31FL,31FR,31RL,31RRとが夫々に油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32とにより制御される。これが為、本実施例1にあっては、その油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32が上述した電子制御装置における全制動トルクTa(=To+Tm)の調節制御機能の一旦を担っている。即ち、油圧制動トルク制御手段24は、要求全制動トルクTareqを発生させる際に求めた油圧制動トルク(以下、「要求油圧制動トルク」という。)Toreqとなるよう制御対象の車輪10FL,10FR,10RL,10RRの油圧制動トルクToを制御する。一方、モータ制御手段32は、要求全制動トルクTareqを発生させる際に求めたモータトルク(以下、「要求モータトルク」という。)Tmreqとなるよう制御対象のモータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータトルクTmを制御する。
更に、上述した電子制御装置には、車輪10FL,10FR,10RL,10RRのロック傾向やロック解除傾向の検出処理、要求全制動トルクTareqの演算処理などの如く各々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対する処理機能もある。また、上記の油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32により全制動トルクTaを調節する際には、油圧制動トルク制御手段24の制御パラメータたる要求油圧制動トルクToreqとモータ制御手段32の制御パラメータたる要求モータトルクTmreqとを設定する必要があり、これら要求油圧制動トルクToreq及び要求モータトルクTmreqは上述した電子制御装置が設定した要求全制動トルクTareqに基づいて下記の式1から算出される。
Tareq=Toreq+Tmreq … (1)
このようなことから、本実施例1にあっては、かかる処理機能を有する電子制御装置(以下、「ブレーキ・モータ統合ECU」)41を設け、このブレーキ・モータ統合ECU41と上述した油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32とによって、車輌制動力発生装置及び車輌駆動力発生装置に対しての制駆動力制御装置を構成している。
具体的に、この本実施例1のブレーキ・モータ統合ECU41には、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRのロック傾向を検出するロック傾向検出手段41aと、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRのロック解除傾向を検出するロック解除傾向検出手段41bと、が設けられている。
本実施例1のロック傾向検出手段41aとロック解除傾向検出手段41bは、制動時の各車輪10FL,10FR,10RL,10RRのスリップ率Sに基づいて、その車輪10FL,10FR,10RL,10RRがロック傾向か否か、ロック解除傾向か否かを夫々に検出するよう構成する。つまり、本実施例1においては、例えば、車輪10FL,10FR,10RL,10RRのスリップ率Sが所定値(「0」又は「0」に近い値)よりも大きい場合にその車輪10FL,10FR,10RL,10RRがスリップ状態にあると判断できるので、ロック傾向検出手段41aにはその車輪10FL,10FR,10RL,10RRがロック傾向であると検出させる。一方、車輪10FL,10FR,10RL,10RRのスリップ率Sが所定値以下の場合には、その車輪10FL,10FR,10RL,10RRがスリップしていない又はグリップし始めていると判断できるので、ロック解除傾向検出手段41bにその車輪10FL,10FR,10RL,10RRがロック解除傾向であると検出させる。
そのスリップ率Sは、ブレーキ・モータ統合ECU41に設けたスリップ率演算手段41cに演算させる。このスリップ率演算手段41cは、この技術分野において周知の演算手法によって夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRのスリップ率Sを算出又は推定するよう構成されている。例えば、本実施例1のスリップ率演算手段41cは、車輪10FL,10FR,10RL,10RRの回転速度と車体速度とに基づいて夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRのスリップ率Sを求める。従って、本実施例1においては、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの回転速度の検出を行う車輪回転速度検出手段(又はその車輪回転速度を推定する車輪回転速度推定手段)と、車体速度の検出を行う車体速度検出手段(又は車体速度を推定する車体速度推定手段)と、が必要になる。ここでは、その車輪回転速度検出手段として図1に示す各車輪10FL,10FR,10RL,10RR毎の車輪速度センサ51FL,51FR,51RL,51RRを配備すると共に、その車体速度検出手段として図1に示す車速センサ52を配備する。
ここで、ABS制動を行う一般的な車輌においては、各車輪速度センサ51FL,51FR,51RL,51RRの夫々の検出信号に基づいて車体速度を推定し、その夫々の車輪速度と車体速度との比率を求めることによって各車輪10FL,10FR,10RL,10RRのスリップ率Sを算出している。つまり、ABS制動を行う車輌においては、一般的に車輪回転速度検出手段(車輪速度センサ51FL,51FR,51RL,51RR)と車体速度推定手段とを用いて、車輪速度の検出と車体速度の推定を行っている。従って、本実施例1においては、車速センサ52の替わりにブレーキ・モータ統合ECU41に車体速度推定手段(図示略)を設けてもよい。この車体速度推定手段は、その技術分野における周知の方法によって車体速度の推定を行うものであって、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの中で最も大きな車輪速度となっている車輪の車輪速度から車体速度を推定するよう構成される。
尚、車輪速度(車輪の回転速度に車輪の周長を掛けた値)と車体速度が同じであれば、その車輪のスリップ率Sは、0%となる。一方、車輪においては、その車輪速度が車体速度よりも低ければ減速スリップが発生しており、車輪速度が車体速度よりも高ければ加速スリップが発生している。
更に、本実施例1のブレーキ・モータ統合ECU41には、制御対象の車輪10FL,10FR,10RL,10RRの要求全制動トルクTareqを算出して設定する要求全制動トルク設定手段41dと、その車輪10FL,10FR,10RL,10RRの要求油圧制動トルクToreqを算出して設定する要求油圧制動トルク設定手段41eと、その車輪10FL,10FR,10RL,10RRの要求モータトルクTmreqを算出して設定する要求モータトルク設定手段41fと、が設けられている。
その要求全制動トルク設定手段41dは、大別すると、通常制動時(ABS非制御時)とABS制御時とに分けて夫々に要求全制動トルクTareqの設定を行うものであり、夫々の技術分野において周知の演算手法により要求全制動トルクTareqを算出するよう構成されている。例えば、この要求全制動トルク設定手段41dには、通常制動時であれば、運転者によるブレーキペダル25の踏み込み量やブレーキ踏力、車速センサ52から検出した車体速度などに基づいて、夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに発生させる要求全制動トルクTareqを算出させる。また、この要求全制動トルク設定手段41dには、ABS制御時において、ロック傾向検出時を最大値にし、その後、ロック解除傾向が検出されるまで要求全制動トルクTareqを減少させる一方、ロック解除傾向検出時を最小値にし、その後、ロック傾向が検出されるまで要求全制動トルクTareqを増加させる。
この要求全制動トルク設定手段41dは、そのような運転者の制動要求のみならず、例えば自動ブレーキを備えた車輌おいては車輌自身の判断による制動要求、車輌の挙動安定制御等を行う際の制動要求などに基づいて要求全制動トルクTareqを算出させるように構成してもよい。
続いて、本実施例1の要求油圧制動トルク設定手段41eについて説明する。
この要求油圧制動トルク設定手段41eについても、大別すると、通常制動時(ABS非制御時)とABS制御時とに分けて夫々に要求油圧制動トルクToreqの設定を行うものであり、夫々の技術分野において周知の演算手法により要求油圧制動トルクToreqを算出するよう構成されている。例えば、この要求油圧制動トルク設定手段41eは、ABS制御時において、要求全制動トルクTareqに基づいて要求油圧制動トルクToreqの算出を行うよう構成することができる。
具体的に、本実施例1の要求油圧制動トルク設定手段41eは、ABS制御時において、ロック傾向にある車輪10FL,10FR,10RL,10RRのロック傾向検出時の要求全制動トルク(以下、「最大全制動トルク」という。)Tamaxと当該車輪10FL,10FR,10RL,10RRのロック解除傾向が検出された際の要求全制動トルク(以下、「最小全制動トルク」という。)Taminとの間に要求油圧制動トルクToreqが設定されるよう構成する。ここで、本実施例1の要求油圧制動トルク設定手段41eには、先ず始めに要求油圧制動トルクの暫定値(以下、「暫定要求油圧制動トルク」という。)Toproを算出させ、その後に最終的な要求油圧制動トルクToreqを設定させるようにする。従って、本実施例1にあっては、例えば下記の式2を用いて、ABS制御時の暫定要求油圧制動トルクToproが最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminの中間値となるように演算処理を行わせる。本実施例1においては、この暫定要求油圧制動トルクToproを新たな最小全制動トルクTaminが算出される度に求めさせる。
Topro=(Tamax+Tamin)/2 … (2)
その最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminとしては、夫々にロック傾向検出時の暫定要求油圧制動トルクToproとロック解除傾向検出時の暫定要求油圧制動トルクToproを適用してもよく、夫々にロック傾向検出時の実際の全制動トルクTaとロック解除傾向検出時の実際の全制動トルクTaを適用してもよい。前者を適用する場合には、要求油圧制動トルク設定手段41eによる算出値を使用して最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminを求める。一方、後者を適用する場合には、実際の全制動トルクTaを求めることができるようにブレーキ・モータ統合ECU41を構築する必要がある。従って、後者を適用する場合には、実際の全制動トルクTaの算出を行う実全制動トルク演算手段(図示略)をブレーキ・モータ統合ECU41に設けておく。
例えば、その実全制動トルク演算手段は、各車輪速度センサ51FL,51FR,51RL,51RRからの検出信号(車輪の回転速度)に基づき夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRにおいて実際に発生している全制動トルクTaの算出を各々行うように構成する。この実全制動トルク演算手段41gにより求められた全制動トルクTaは、ロック傾向検出時のものであれば最大全制動トルクTamaxとなり、ロック解除傾向検出時のものであれば最小全制動トルクTaminとなる。
ここで、上記式2を用いた暫定要求油圧制動トルクToproの演算処理は、最新の最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminが算出される度に(即ち、ロック解除傾向が検出されて新たな最小全制動トルクTaminが算出される度に)行ってもよい。つまり、この要求油圧制動トルク設定手段41eには、新たな最小全制動トルクTaminが算出されるまで油圧制動トルク制御手段24の制御要求値たる要求油圧制動トルクToreqを上記の中間値に保持させ、その新たな最小全制動トルクTaminが算出されたときに式2を用いて新たな中間値へと要求油圧制動トルクToreqの更新を行わせてもよい。かかる場合の要求油圧制動トルク設定手段41eについては、ABS制御時において新たな最小全制動トルクTaminが算出されるまで先に設定した要求油圧制動トルク(以下、「要求油圧制動トルク既算値」という。)Toreqを暫定要求油圧制動トルクToproとして設定するよう構成しておく。従って、その要求油圧制動トルク既算値Toreqは、主記憶装置等に記憶しておくことが好ましい。
しかしながら、油圧制動トルクToの増減制御は、モータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータトルクTmを増減制御する場合に比べて、そのトルク値の出力精度や応答性に劣る。これが為、要求油圧制動トルクToreqの更新を頻繁に実行することは好ましくない。
そこで、本実施例1の要求油圧制動トルク設定手段41eは、可能な限り要求油圧制動トルクToreqの更新処理を実行させないように構成する。具体的に、本実施例1にあっては、その要求油圧制動トルクToreqの更新処理の要否を判断する閾値(以下、「要求油圧制動トルク更新判断閾値」という。)を設定し、これと後述する暫定要求モータトルクTmproとを比較させるよう要求油圧制動トルク設定手段41eを構成する。
ここで、その要求油圧制動トルク更新判断閾値としては、各モータ31FL,31FR,31RL,31RRの後述するモータトルク出力限界値Tmlim(モータ回生トルク出力限界値Tm1lim、モータ力行トルク出力限界値Tm2lim)に対して夫々に所定の余裕代(モータ余裕トルク)を持たせたモータトルクTmの値を用いる。この要求油圧制動トルク更新判断閾値Tmbは、モータトルク出力限界値Tmlimに対する所定の割合により求められた値として定めてもよく、モータトルク出力限界値Tmlimから所定の余裕代を減算した値として定めてもよい。
例えば、ここでは、図3に示す如く、モータ回生トルク出力限界値Tm1limから力行側へと所定の余裕代を持たせた値を回生側の要求油圧制動トルク更新判断閾値(以下、「回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値」という。)Tm1bとして設定し、モータ力行トルク出力限界値Tm2limから回生側へと所定の余裕代を持たせた値を力行側の要求油圧制動トルク更新判断閾値(以下、「力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値」という。)Tm2bとして設定する。ここでは、その回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1bを正の値とし、力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bを負の値とし、夫々の絶対値が同一となるようにしている。
ここでは、暫定要求モータトルクTmproが回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1bと力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bとの間にある限り、要求油圧制動トルクToreqを更新させずに先に式2から求めた中間値に保ち続けさせる。
一方、その暫定要求モータトルクTmproが回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1b以上になった場合、又は力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2b以下になった場合には、要求油圧制動トルクToreqを更新させる。これが為、本実施例1の要求油圧制動トルク設定手段41eは、そのような状況になった後、新たな最小全制動トルクTaminが算出された際に、主記憶装置等に記憶されている要求油圧制動トルク既算値Toreqを削除するよう構成しておく。
続いて、本実施例1の要求モータトルク設定手段41fについて説明する。
この要求モータトルク設定手段41fについても、大別すると、通常制動時(ABS非制御時)とABS制御時とに分けて夫々に要求モータトルクTmreqの設定を行うものであり、夫々の技術分野において周知の演算手法により要求モータトルクTmreqを算出するよう構成されている。
ここで、本実施例1の要求モータトルク設定手段41fには、上述した要求油圧制動トルク設定手段41eと同様に、先ず始めに要求モータトルクの暫定値(以下、「暫定要求モータトルク」という。)Tmproを算出させ、その後に最終的な要求モータトルクTmreqを設定させるようにする。従って、本実施例1の要求モータトルク設定手段41fは、ABS制御時において、例えば上記の如く求めた要求全制動トルクTareqと暫定要求油圧制動トルクToproとを下記の式3(上述した式1の変形式)に代入し、これにより暫定要求モータトルクTmproの算出を行うよう構成する。尚、この式3では、式1の「Toreq」を「Topro」に、「Tmreq」を「Tmpro」に置き換えている。
Tmpro=Tareq−Topro … (3)
このように、上述した要求油圧制動トルク設定手段41eと要求モータトルク設定手段41fは、ABS制御時に要求全制動トルクTareqの変化に従って演算結果を導き出すものであり、その要求全制動トルクTareqの変化に応じた暫定要求油圧制動トルクTopro及び暫定要求モータトルクTmproの変化態様,換言すれば、要求全制動トルクTareqの変化に応じた要求油圧制動トルクToreq及び要求モータトルクTmreqの変化態様を求める手段であるといえる。
更に、夫々のモータ31FL,31FR,31RL,31RRにはモータトルクTmの出力限界値(以下、「モータトルク出力限界値」という。)Tmlimがあり、このモータトルク出力限界値Tmlim以上のモータトルクTmを出力させることはできない。従って、要求油圧制動トルク設定手段41eと要求モータトルク設定手段41fは、そのモータトルク出力限界値Tmlimと暫定要求モータトルクTmproとの比較結果に応じてABS制御中の要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqの設定を夫々に行うよう構成する。
具体的に、本実施例1の要求モータトルク設定手段41fには、先ず、ABS制御対象の車輪10FL,10FR,10RL,10RRにおけるモータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータトルク出力限界値Tmlimを算出させる。このモータトルク出力限界値Tmlimは、モータ回転数や車輪速度に一意に対応するものであり、図2に示す如く回生側と力行側との双方で個別の値が存在している。これが為、以下においては、その回生側のモータトルク出力限界値Tmlimを「モータ回生トルク出力限界値Tm1lim」といい、その力行側のモータトルク出力限界値Tmlimを「モータ力行トルク出力限界値Tm2lim」という。ここでは、そのモータ回生トルク出力限界値Tm1limを正の値とし、そのモータ力行トルク出力限界値Tm2limを負の値とする。
本実施例1の要求油圧制動トルク設定手段41eと要求モータトルク設定手段41fは、暫定要求モータトルクTmproがモータ回生トルク出力限界値Tm1limよりも低い又はモータ力行トルク出力限界値Tm2limよりも高ければ、算出された暫定要求油圧制動トルクToと暫定要求モータトルクTmproを夫々に最終的な要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqとして設定させるよう構成する。
一方、その要求モータトルク設定手段41fは、暫定要求モータトルクTmproがモータ回生トルク出力限界値Tm1lim以上又はモータ力行トルク出力限界値Tm2lim以下であれば、そのモータ回生トルク出力限界値Tm1lim又はモータ力行トルク出力限界値Tm2limを最終的な要求モータトルクTmreqとして設定させるよう構成する。これが為、要求油圧制動トルク設定手段41eには、そのようにして設定した要求モータトルクTmreqに基づいて求めたものを最終的な要求油圧制動トルクToreqとして設定させる。従って、この要求油圧制動トルク設定手段41eは、かかる場合に、その設定された要求モータトルクTmreq(=Tm1lim又はTm2lim)と要求全制動トルクTareqを下記の式4(上述した式1の変形式)に代入して要求油圧制動トルクToreqの算出を行うよう構成されている。
Toreq=Tareq−Tmreq … (4)
ところで、上述した油圧制動トルク発生装置は、定期的に部品交換などの必要な整備を行っていたとしても、必ずしも新品時又は交換直後の制動性能を長期に渡って常に維持し続けることができない。例えば、油圧制動トルクToは、ブレーキパッドなどの摩擦材の摩耗や油圧配管(通常はゴム材料により成形されている)などの構成部品の劣化が進むにつれて低下していく。つまり、この油圧制動トルク発生装置は、その構成部品が使用開始直後から消耗し始め、また、使用や経年変化などに伴い劣化するので、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対して所期の(即ち、新品時又は交換直後に発生している)油圧制動トルクToを働かせることができない。更に、この油圧制動トルク発生装置においては、ブレーキパッドやブレーキロータの過熱によって油圧制動トルクToの急激な低下(所謂フェード現象)が起こり、また、ブレーキオイルの過熱や劣化によっても油圧制動トルクToの急激な低下(所謂ベーパーロック現象)が起こってしまう。
従って、このような理由による油圧制動トルクToの低下が起きているときには、図3に示す如く、要求油圧制動トルク設定手段41eにより設定された要求油圧制動トルクToreqに対して実際の油圧制動トルクToが低くなってしまい、その際にモータ31FL,31FR,31RL,31RRが力行状態で駆動されると、実際の油圧制動トルクToの絶対値がモータ力行トルクTmの絶対値よりも小さくなり、制動制御中の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに駆動トルクが働いてしまう可能性がある。そして、これにより、その駆動トルクの働いた車輪10FL,10FR,10RL,10RRには加速スリップが発生してしまうので、車輌においては、要求されたよりも減速度が低下してしまう虞がある。
そこで、本実施例1の要求油圧制動トルク設定手段41eと要求モータトルク設定手段41fには、そのような加速スリップが発生する可能性のある状況下において、その発生を抑えることのできる要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを各々設定させる。
ここで、その加速スリップの発生する可能性の有無については、制動要求時における車輪10FL,10FR,10RL,10RRのモータ31FL,31FR,31RL,31RRの駆動状態(回生状態であるのか力行状態であるのか)と、その車輪10FL,10FR,10RL,10RRの制動時におけるスリップ率Sと、に基づいて判断することができる。つまり、制動要求時に車輪10FL,10FR,10RL,10RRのモータ31FL,31FR,31RL,31RRが力行状態で駆動しており、且つ、その力行状態で駆動している車輪10FL,10FR,10RL,10RRが減速スリップ状態から加速スリップ状態へと移り変わるときには、その車輪10FL,10FR,10RL,10RRが余剰分のモータ力行トルクTmによって加速スリップを発生させてしまう可能性があると判断できるので、本実施例1のブレーキ・モータ統合ECU41にかかる判断を実行させる。
モータ31FL,31FR,31RL,31RRが力行状態であるか否かについては、要求モータトルク設定手段41fの算出した暫定要求モータトルクTmproがモータ力行トルクであるのか否かによって判断することができる。また、ABS制御中に車輪10FL,10FR,10RL,10RRが減速スリップ状態から加速スリップ状態へと移り変わるときとは、換言すれば、ABS制御中に車輪10FL,10FR,10RL,10RRの減速スリップが収束しつつあるときに車輪速度が車体速度を超えてしまうときのことであり、そのときのスリップ率を閾値(所定値S0)にしてABS制御中のスリップ率Sと比較することで判断できる。つまり、ABS制御中における減速時のスリップ率Sが所定値S0以下のときには、車輪10FL,10FR,10RL,10RRが減速スリップ状態から加速スリップ状態に移行するときであるとの判断が可能になる。ここでは、その所定値S0として車輪速度と車体速度が一致したときのスリップ率(0%)を設定する。
一方、上記の如き加速スリップの発生を抑える為には、その発生の可能性がある車輪10FL,10FR,10RL,10RRのモータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータトルク(モータ力行トルク)Tmを回生制動力の増加方向へと増加させることが有効である。これが為、そのような加速スリップの発生する可能性がある場合には、加速スリップ抑制対象のモータ31FL,31FR,31RL,31RRの要求モータトルクTmreqをこの時点(図6に示す如く加速スリップ抑制制御実行時)でのモータ力行トルクよりも回生制動力の増加方向に増加させ、この増加された要求モータトルクTmreqを基準にして上記の式4から要求油圧制動トルクToreqを求めさせるようにする。本実施例1の要求油圧制動トルク設定手段41eと要求モータトルク設定手段41fは、かかる場合にそのような要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqとが各々算出されるように構成する。
例えば、その加速スリップ抑制対象のモータ31FL,31FR,31RL,31RRの要求モータトルクTmreqは、「0」又は回生側に設定する。ここでは、上記式3で求めた暫定要求モータトルク(モータ力行トルク)Tmproを回生制動力の増加方向に増加させ、この増加された暫定要求モータトルクTmproを要求モータトルクTmreqとして設定させる。
また、本実施例1の要求油圧制動トルク設定手段41eには、その後、上述した要求油圧制動トルクToreqの更新時期(新たな最小全制動トルクTaminが算出されたとき、又は暫定要求モータトルクTmproが回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1bと力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bとの間にあるとき)が来るまで加速スリップ抑制制御実行時に式4から求めた要求油圧制動トルクToreqを保たせる。
尚、ここでは、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRのモータ31FL,31FR,31RL,31RRに何らの不具合も生じていないものとしている。
以下に、上述したが如く構成した本実施例1の制駆動力制御装置の動作について図4及び図5のフローチャート及び図6のタイムチャートに基づき説明する。この図4及び図5のフローチャートと図6のタイムチャートは、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの内の何れか1輪に対しての制御動作を示したものであり、これと同様の制御動作が全ての車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対して別個独立に実行される。例えば、ここでは、左側前輪10FLについて代表して例示する。
尚、ABS制御を開始するまでは、図6に示す如く、例えば、運転者によるブレーキペダル25の踏み込み量や踏力、車速センサ52から検出した車体速度などに基づいて夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに発生させる要求全制動トルクTareqが各々算出される。そして、その各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの夫々の全制動トルクTaに対する運転者のブレーキ踏力に応じた要求油圧制動トルクToreqの不足分が補填されるように、夫々のモータ31FL,31FR,31RL,31RRの要求モータトルクTmreqが設定される。
また、本実施例1の制駆動力制御装置は、ABS制御開始直後からロック解除傾向が検出されるまで(即ち、後述する最小全制動トルクTaminが算出されるまで)の間において周知のABS制御を実行させる。例えば、その間においては、図6に示す如く、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの夫々の全制動トルクTaを減少させるよう要求全制動トルクTareqが設定される。そして、その各車輪10FL,10FR,10RL,10RRへの要求油圧制動トルクToreqをABS制御開始時点における値に固定し、要求全制動トルクTareqに応じて減少させた夫々のモータ31FL,31FR,31RL,31RRの要求モータトルクTmreqを設定する。
先ず、本実施例1のブレーキ・モータ統合ECU41は、左側前輪10FLがABS制御を実行中であるか否かを判断し(ステップST10)、ABS制御中でなければ、この判断を繰り返す。
一方、ABS制御中であれば、このブレーキ・モータ統合ECU41は、その要求全制動トルク設定手段41dにより、左側前輪10FLの要求全制動トルクTareqを算出し(ステップST15)、ロック傾向検出手段41aの検出結果に基づいて左側前輪10FLがロック傾向にあるか否かを判定する(ステップST20)。その判定の際、このブレーキ・モータ統合ECU41においては、左側前輪10FLの車輪速度センサ51FLから検出された車輪速度と車速センサ52又は車体速度推定手段から得られた車体速度とに基づいてスリップ率演算手段41cが左側前輪10FLのスリップ率Sを求め、このスリップ率Sを参考にして左側前輪10FLがロック傾向にあるか否かをロック傾向検出手段41aが判定する。
そして、このブレーキ・モータ統合ECU41は、そのステップST20にて肯定判定が為された場合、このロック傾向検出時における上記ステップST15で求めた左側前輪10FLの要求全制動トルクTareq(最大全制動トルクTamax)を算出する(ステップST25)。本実施例1にあっては、その求めた最大全制動トルクTamaxをブレーキ・モータ統合ECU41の主記憶装置等に記憶させておく。この記憶された最大全制動トルクTamaxは、新たな最大全制動トルクTamaxが算出されるまで保持され、新たな最大全制動トルクTamaxが算出された後にこれと置き換えられる。
このブレーキ・モータ統合ECU41は、しかる後、又はそのステップST20にて否定判定が為された場合に、ロック解除傾向検出手段41bの検出結果に基づいて左側前輪10FLがロック解除傾向にあるか否かを判定する(ステップST30)。この判定の際にも、このブレーキ・モータ統合ECU41においては、スリップ率演算手段41cが上記の如くして左側前輪10FLのスリップ率Sを求め、このスリップ率Sを参考にして左側前輪10FLがロック解除傾向にあるか否かをロック解除傾向検出手段41bが判定する。
そして、このブレーキ・モータ統合ECU41は、そのステップST30にて肯定判定が為された場合、このロック解除傾向検出時における上記ステップST15で求めた左側前輪10FLの要求全制動トルクTareq(最小全制動トルクTamin)を算出する(ステップST35)。本実施例1にあっては、その最小全制動トルクTaminを最大全制動トルクTamaxと同様にブレーキ・モータ統合ECU41の主記憶装置等に記憶させておく。この記憶された最小全制動トルクTaminは、新たな最小全制動トルクTaminが算出されるまで保持され、新たな最小全制動トルクTaminが算出された後にこれと置き換えられる。
このブレーキ・モータ統合ECU41は、しかる後、又はそのステップST30にて否定判定が為された場合に、左側前輪10FLのモータ31FLのモータトルク出力限界値Tmlimを算出する(ステップST40)。ここでは、モータ回生トルク出力限界値Tm1limとモータ力行トルク出力限界値Tm2limの双方が求められる。
続いて、このブレーキ・モータ統合ECU41は、主記憶装置等に左側前輪10FLの最小全制動トルクTaminに関する最新の情報の有無(換言すれば、先のステップST35にて最小全制動トルクTaminの情報が置き換えられたか否か)を判断する(ステップST45)。
そして、このブレーキ・モータ統合ECU41は、最新の最小全制動トルクTaminが存在していれば、その要求油圧制動トルク設定手段41eにより、上記ステップST25,ST35で夫々に求めた左側前輪10FLの最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminを前述した式2に代入し、左側前輪10FLの暫定要求油圧制動トルクToproを算出する(ステップST50)。
一方、次のロック解除傾向が検出されるまで(即ち、新たな最小全制動トルクTaminが算出されるまで)は、上記ステップST45にて否定判定が為される。ここで、少なくとも一度本演算処理を最後まで行って要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを設定した場合には、その要求油圧制動トルクToreqが要求油圧制動トルク既算値Toreqとして主記憶装置等に記憶させている。これが為、次に上記ステップST45にて肯定判定されるまでの間においては、要求油圧制動トルク設定手段41eが既に設定されている左側前輪10FLの要求油圧制動トルク既算値Toreqを左側前輪10FLの暫定要求油圧制動トルクToproとして設定する(ステップST55)。
そのステップST50又はステップST55を経た後、このブレーキ・モータ統合ECU41の要求モータトルク設定手段41fは、そのステップST50又はステップST55で求めた左側前輪10FLの暫定要求油圧制動トルクToproと上記ステップST15で求めた左側前輪10FLの要求全制動トルクTareqとを前述した式3に代入し、左側前輪10FLにおけるモータ31FLの暫定要求モータトルクTmproを算出する(ステップST60)。
続いて、このブレーキ・モータ統合ECU41は、その左側前輪10FLの現時点での制動時のスリップ率Sをスリップ率演算手段41cに求めさせ、そのスリップ率Sが前述した所定値S0以下であるのか否かについて判定する(ステップST65)。ここで、このステップST65にて肯定判定された場合(即ち、左側前輪10FLが減速スリップ状態から加速スリップ状態へと移り変わる可能性のある場合)、このブレーキ・モータ統合ECU41は、後述するステップST140に進む。
一方、このブレーキ・モータ統合ECU41は、そのステップST65にて否定判定された場合、その要求油圧制動トルク設定手段41eにより、左側前輪10FLのモータ31FLについての要求油圧制動トルク更新判断閾値Tmbを算出する(ステップST70)。ここでは、その要求油圧制動トルク更新判断閾値Tmbとして回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1bと力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bとが求められる。
そして、その要求油圧制動トルク設定手段41eは、上記ステップST60で求めた暫定要求モータトルクTmproが上記ステップST70で求めた回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1b以上であるか否か判定する(ステップST75)。
このステップST75にて否定判定が為された場合、次に、要求油圧制動トルク設定手段41eは、その暫定要求モータトルクTmproが上記ステップST70で求めた力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2b以下であるか否か判定する(ステップST80)。
そして、このステップST80にて否定判定が為された場合、この要求油圧制動トルク設定手段41eは、主記憶装置等に左側前輪10FLの要求油圧制動トルク既算値Toreqが記憶されているか否か判定する(ステップST85)。
ここで、その要求油圧制動トルク既算値Toreqが存在していなければ、この要求油圧制動トルク設定手段41eは、上記ステップST50で求めた暫定要求油圧制動トルクToproを左側前輪10FLの要求油圧制動トルクToreqとして設定し(ステップST90)、更に、要求モータトルク設定手段41fは、上記ステップST60で求めた暫定要求モータトルクTmproを左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとして設定する(ステップST95)。これにより、図6に示す如く、左側前輪10FLの要求油圧制動トルクToreqが最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminの中間値に設定される。本実施例1にあっては、主記憶装置等に未だ要求油圧制動トルクToreqの情報(要求油圧制動トルク既算値Toreq)が存在していなければ、その新たに設定された要求油圧制動トルクToreqを要求油圧制動トルク既算値Toreqとして主記憶装置等に記憶させ、既に要求油圧制動トルクToreqの情報が存在していれば、その新たな要求油圧制動トルクToreqへと要求油圧制動トルク既算値Toreqを置き換える。
尚、その主記憶装置等に記憶された要求油圧制動トルク既算値Toreqは、上記ステップST75にて暫定要求モータトルクTmproが回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1b以上になった場合、又は上記ステップST80にて力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2b以下になった場合で、その後、新たな最小全制動トルクTaminが算出された際に要求油圧制動トルク設定手段41eに削除させるものとする。
しかる後、このブレーキ・モータ統合ECU41は、油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して、上記ステップST90で設定した要求油圧制動トルクToreqと上記ステップST95で設定した要求モータトルクTmreqとを夫々左側前輪10FLに発生させるよう指示する(ステップST100)。
これにより、その油圧制動トルク制御手段24は、ブレーキアクチュエータ23に対して左側前輪10FLにおける油圧制動手段21FLの油圧を調節させ、この油圧制動手段21FLからの油圧制動トルクToが要求油圧制動トルクToreqとなるように制御する。また、そのモータ制御手段32は、左側前輪10FLにおけるモータ31FLからのモータトルクTmが要求モータトルクTmreqとなるように制御する。その際、左側前輪10FLに働いている実際の油圧制動トルクToは、例えばその油圧制動手段21FLのブレーキパッドの摩耗に伴って、図6に示す如く本来の要求油圧制動トルクToreqよりも低くなってしまっている。一方、左側前輪10FLに働いている実際のモータトルクTmは、要求モータトルクTmreqと同値のものが出力されている。これが為、この左側前輪10FLにおいては、実際の全制動トルクTaが上記ステップST15にて求めた要求全制動トルクTareqよりも低くなっている。
このブレーキ・モータ統合ECU41は、その油圧制動トルクToとモータトルクTmを出力した後で上記ステップST10に戻る。
ところで、上記ステップST85にて要求油圧制動トルク既算値Toreqが存在していれば、要求油圧制動トルク設定手段41eは、その要求油圧制動トルク既算値Toreqを左側前輪10FLの要求油圧制動トルクToreqとして設定する(ステップST105)。そして、要求モータトルク設定手段41fは、その要求油圧制動トルクToreqとステップST15で求めた左側前輪10FLの要求全制動トルクTareqを下記の式5に代入して要求モータトルクTmreqの設定を行う(ステップST110)。これにより、図6に示す如く、新たな最小全制動トルクTaminが求められたとしても、要求油圧制動トルクToreqが前回から更新されない。
Tmreq=Tareq−Toreq … (5)
しかる後、このブレーキ・モータ統合ECU41は、上記ステップST100に進んで油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示し、その要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを夫々に発生させるようにする。
また、上記ステップST75にて肯定判定が為された場合、要求油圧制動トルク設定手段41eは、暫定要求モータトルクTmproがモータ回生トルク出力限界値Tm1lim以上であるか否か判定する(ステップST115)。また、上記ステップST80にて肯定判定が為された場合、その要求油圧制動トルク設定手段41eは、その暫定要求モータトルクTmproがモータ力行トルク出力限界値Tm2lim以下であるか否か判定する(ステップST120)。
そして、この要求油圧制動トルク設定手段41eは、そのステップST115又はステップST120にて否定判定が為された場合に上記ステップST85へと進み、要求油圧制動トルク既算値Toreqの有無に応じて要求油圧制動トルクToreqを設定する。これにより、かかる場合には、モータトルクTmがモータ回生トルク出力限界値Tm1lim又はモータ力行トルク出力限界値Tm2limに達するまで、回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1b又は力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bを超えて要求モータトルクTmreqが設定される。そして、かかる場合には、次に最小全制動トルクTaminが算出された際に、新たな最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminの中間値に要求油圧制動トルクToreqが更新される。
一方、上記ステップST115又はステップST120にて肯定判定が為された場合には、モータトルクTmを増減制御させるのみで要求全制動トルクTareqに対応しきれない。例えば、車輌が走行している路面の摩擦係数(路面μ)が変化すると、モータトルクTmがモータトルク出力限界値Tmlimに達してしまい、そのモータトルクTmを増減させるのみでは路面の摩擦係数の変化に伴い急変する要求全制動トルクTareqを発生させることができなくなってしまう。
そこで、かかる場合には、要求全制動トルクTareqの不足分又は余剰分について油圧制動トルクToを変化させることで対応させる。
具体的に、上記ステップST115にて肯定判定が為された場合、要求モータトルク設定手段41fは、モータ回生トルク出力限界値Tm1limを左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとして設定する(ステップST125)。また、上記ステップST120にて肯定判定が為された場合、その要求モータトルク設定手段41fは、モータ力行トルク出力限界値Tm2limを左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとして設定する(ステップST130)。
そして、要求油圧制動トルク設定手段41eは、そのステップST125又はステップST130で設定した左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとステップST15で求めた左側前輪10FLの要求全制動トルクTareqとを上述した式4に代入して要求油圧制動トルクToreqを設定する(ステップST135)。
しかる後、このブレーキ・モータ統合ECU41は、上記ステップST100に進んで油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示を行い、その要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを左側前輪10FLにおける油圧制動手段21FLとモータ31FLから発生させるようにする。
このブレーキ・モータ統合ECU41は、上述した演算処理と判定処理をABS制御実行中に繰り返し、図6に示す如く、暫定要求モータトルクTmproが回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1bと力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bとの間にある限り、新たな最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminが求められたとしても要求油圧制動トルクToreqを更新させない。
このように、本実施例1のブレーキ・モータ統合ECU41は、上述した演算処理と判定処理をABS制御実行中に繰り返し、最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminに基づき算出された暫定要求モータトルクTmproがモータ回生トルク出力限界値Tm1limとモータ力行トルク出力限界値Tm2limとの間にある限り、その最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminの中間値に要求油圧制動トルクToreqを設定する。そして、暫定要求モータトルクTmproが回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1bと力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bとの間にある限り、新たな最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminが求められたとしても要求油圧制動トルクToreqを更新させない。つまり、要求油圧制動トルクToreqは、そのような所定の条件を満たさない限り一定の値に保持される。
尚、ここではブレーキパッドに摩耗などが生じて本来の油圧制動トルクToを発生させることができないものとして例示しているので、図6に示す如く実際の油圧制動トルクToが本来の要求油圧制動トルクToreqよりも低くなってしまっているが、このような制動性能の低下が起きていないときの本実施例1の制駆動力制御装置においては、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの油圧制動トルクToを一定に保ちつつモータトルクTmを増減させて、夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに要求全制動トルクTareqを発生させることができる。
続いて、上記ステップST65にて肯定判定された場合(左側前輪10FLが減速スリップ状態から加速スリップ状態へと移り変わる可能性のある場合)の動作を図5のフローチャートを用いて説明する。
先ず、ブレーキ・モータ統合ECU41は、上記ステップST60で求めた暫定要求モータトルクTmproがモータ力行トルクであるのか否かについて判定する(ステップST140)。ここで否定判定された場合、このブレーキ・モータ統合ECU41は、上記ステップST70に進み、加速スリップ抑制制御非実行時における上記と同様の演算処理及び判定処理を行って、これにより設定された要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを夫々左側前輪10FLに発生させるよう油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示する。
一方、そのステップST140にて肯定判定されて左側前輪10FLのモータ31FLが力行状態にあることが判ったときには、この左側前輪10FLに対して加速スリップ抑制制御を行う。従って、このときの要求モータトルク設定手段41fは、その暫定要求モータトルク(モータ力行トルク)Tmproを「0」又はモータ回生トルクとなるように増加させ(ステップST145)、これを要求モータトルクTmreqとして設定する(ステップST150)。そして、要求油圧制動トルク設定手段41eは、その左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとステップST15で求めた左側前輪10FLの要求全制動トルクTareqとを上述した式4に代入して要求油圧制動トルクToreqを設定する(ステップST155)。ここでは、図6に示す如く要求モータトルクTmreqを「0」に設定しているので、要求油圧制動トルクToreqが要求全制動トルクTareqと同じ値に設定される。
しかる後、このブレーキ・モータ統合ECU41は、上記ステップST100に進んで油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示を行い、その要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを左側前輪10FLにおける油圧制動手段21FLとモータ31FLから発生させるようにする。
これにより、左側前輪10FLにおいては、要求全制動トルクTareqを変更することなくモータ31FLの力行状態を解消させることができるので、加速スリップ、厳密には減速スリップから加速スリップへの移行が防がれる。そして、かかる加速スリップ抑制制御はその必要性があれば全ての車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対して実行されるので、本実施例1の制駆動力制御装置は、制動時における車輌の減速度の低下を抑えることができる。
このような加速スリップ抑制制御を実行した後、少なくとも上述した要求油圧制動トルクToreqの更新時期(新たな最小全制動トルクTaminが算出されたとき、又は暫定要求モータトルクTmproが回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1bと力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bとの間にあるとき)が来るまでは、そのステップST155で設定した加速スリップ抑制制御実行時の要求油圧制動トルクToreqを保持しながら要求モータトルクTmreqを増減制御して、要求全制動トルクTareqを発生させるようにする。従って、加速スリップ抑制制御の実行後においても、制動中における車輌の減速度の低下を防ぐことができる。
以上示した如く、本実施例1の制駆動力制御装置によれば、車輪10FL,10FR,10RL,10RRの油圧制動トルクToを一定の値(最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminの中間値)に保った状態で夫々のモータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータトルクTmを増減させているので、そのモータトルクTmを回生側と力行側の双方にて同一の制御幅で増減させることができる。これが為、路面の摩擦係数が高低の何れに変化しても、モータトルク出力限界値Tmlimまではその双方に対して均等にモータトルクTmを増減制御することによって対応することができ、応答性に優れた精度の良いABS制御を行うことができる。即ち、この制駆動力制御装置においては、モータトルクTmの制御幅(回生側及び力行側への余裕代)を拡大することができ、これにより、路面の摩擦係数の変化に応じた要求全制動トルクTareqの変動に対してのモータトルクTmの制御範囲を拡大することができる。
また、そのような最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminの中間値に要求油圧制動トルクToreqを設定するので、モータトルクTmの制御幅を最大にすることができ、路面の摩擦係数の変化に応じた要求全制動トルクTareqの変動に対してのモータトルクTmの制御範囲を更に拡大することができる。
また、上述した図2に示す如く出力し得るモータトルクTmはモータ回転数の上昇に伴って小さくなっていくが、本実施例1は回生側と力行側のモータトルクTmの制御幅を均等にしているので、より高回転(換言すれば、より高い車速)まで回生側と力行側の双方に対して均等に対応することができる。
更に、最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminが算出される度に要求油圧制動トルクToreqの設定値を更新するので、路面の摩擦係数の変化に応じてモータトルクTmの制御幅(回生側及び力行側への余裕代)を最適なものへと調節することができる。
また更に、油圧制動トルク発生装置の制動性能が低下したときで、且つ、モータ31FL,31FR,31RL,31RRが力行状態で駆動しているときには、そのモータトルクTmを回生制動力増加方向へと増加させるので(ここでは、更にその分だけ油圧制動トルクToを減少させるので)、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRに適切な制動トルク(全制動トルクTa)を発生させ、夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRの総制動力を目標値に近づけることができる。従って、この制駆動力制御装置によれば、油圧制動トルク発生装置に経年変化や異常が生じても、また、夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRの間で油圧制動トルク発生装置に経年変化や異常が生じたものが混在したとしても各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの加速スリップを抑えることができ、これにより、制動中に車輌の減速度を低下させずに済む。
ところで、本実施例1においては要求油圧制動トルクToreqの頻繁な更新を避けるべく構成した制駆動力制御装置を一例として示しているが、本実施例1の加速スリップ抑制制御については、上述したが如き新たな最小全制動トルクTaminが算出される度に要求油圧制動トルクToreqの更新を行うものに対しても適用することができ、これによっても上記と同様の効果を得ることができる。
かかる制駆動力制御装置においては、先ず、図7のフローチャートに示す如く、ステップST10〜ST65までの演算処理及び判定処理を上記と同様にして行う。そして、ステップST65において否定判定された場合、ブレーキ・モータ統合ECU41は、ステップST60で求めた暫定要求モータトルクTmproがステップST40で求めたモータ回生トルク出力限界値Tm1lim以上であるか否か判定する(ステップST210)。尚、そのステップST65において肯定判定された場合には、上述した図5のフローチャートで示したものと同様にして演算処理及び判定処理を行い、加速スリップ抑制制御実行時の要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを設定する。
ここで、そのステップST210にて否定判定が為された場合、次に、このブレーキ・モータ統合ECU41は、その暫定要求モータトルクTmproがステップST40で求めたモータ力行トルク出力限界値Tm2lim以下であるか否か判定する(ステップST215)。
そして、このステップST215にて否定判定が為された場合、このブレーキ・モータ統合ECU41の要求油圧制動トルク設定手段41eは、ステップST50又はステップST55で設定した暫定要求油圧制動トルクToproを左側前輪10FLの要求油圧制動トルクToreqとして設定する(ステップST220)。更に、このブレーキ・モータ統合ECU41の要求モータトルク設定手段41fは、ステップST60で求めた暫定要求モータトルクTmproを左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとして設定する(ステップST225)。これにより、左側前輪10FLにおいては、要求油圧制動トルクToreqが最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminの中間値に設定される。
しかる後、このブレーキ・モータ統合ECU41は、上述したステップST100と同様に、上記ステップST220で設定した要求油圧制動トルクToreqと上記ステップST225で設定した要求モータトルクTmreqとを左側前輪10FLに発生させるよう油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示する(ステップST230)。
一方、上記ステップST210にて肯定判定が為された場合、要求モータトルク設定手段41fは、モータ回生トルク出力限界値Tm1limを左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとして設定する(ステップST235)。また、上記ステップST215にて肯定判定が為された場合、その要求モータトルク設定手段41fは、モータ力行トルク出力限界値Tm2limを左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとして設定する(ステップST240)。
そして、要求油圧制動トルク設定手段41eは、そのステップST235又はステップST240で設定した要求モータトルクTmreqと上記ステップST15で求めた要求全制動トルクTareqを上述した式4に代入して要求油圧制動トルクToreqの算出を行う(ステップST245)。
しかる後、このブレーキ・モータ統合ECU41は、上記ステップST230にて、油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示を行い、その要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを左側前輪10FLにおける油圧制動手段21FLとモータ31FLから発生させるようにする。
次に、本発明に係る制駆動力制御装置の実施例2を図8から図11に基づいて説明する。
本実施例2の制駆動力制御装置は、前述した実施例1の制駆動力制御装置に対して下記の点を変更したものであり、それ以外については実施例1と同様に構成する。また、本実施例2の制駆動力制御装置は、実施例1の制駆動力制御装置の適用対象と同じ車輌に対して適用するものとして例示する。
前述した実施例1の制駆動力制御装置においては、加速スリップ抑制制御を実行する際に、加速スリップが発生していないときの車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対する要求モータトルク(モータ力行トルク)Tmreqを回生制動力の増加方向(「0」又は回生側)へと増加させ、その増加分だけ要求油圧制動トルクToreqを減少させている。
しかしながら、一般に、油圧制動トルク発生装置とモータ31FL,31FR,31RL,31RRとでは、油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32から夫々同時に制御信号を受け取ったとしても、実際に油圧制動トルクToとモータトルクTmを各々が出力するまでに時間差が生じる。つまり、一般的にはモータ31FL,31FR,31RL,31RRの方が応答性に優れているので、モータトルクTmに対して油圧制動トルクToが遅れて出力される。従って、実施例1の制駆動力制御装置において加速スリップ抑制制御を実行したときには、厳密に言えば、制動力を上昇させた要求モータトルクTmreqをモータ31FL,31FR,31RL,31RRが即座に発生させる一方で、設定された要求油圧制動トルクToreqまで油圧制動トルク発生装置が実際の油圧制動トルクToを減少させることができない。これが為、車輪10FL,10FR,10RL,10RRにおいては、加速スリップ抑制制御実行時に実際に働く全制動トルクTaが予定よりも大きくなってしまい、瞬間的にではあるが想定外に大きな総制動力が働いてしまう。そして、これにより、車輌に対して必要以上に大きな減速加速度が働く可能性があるので、その際の前方へのピッチング動作により乗り心地が悪化して運転者に不快感や違和感を覚えさせる虞がある。また、車輪10FL,10FR,10RL,10RRの減速スリップが収束しつつあるにも拘わらず再び減速スリップが発生してしまう可能性もある。
ここで、そのような総制動力の増加は、要求モータトルクTmreqをなだらかに増加させることによって解消方向へと導くことができる。しかしながら、単に要求モータトルクTmreqの変化勾配を小さくするのみでは、未だ車輪10FL,10FR,10RL,10RRに駆動トルクを発生させる虞があり、加速スリップを発生させる可能性が残っている。
そこで、本実施例2においては、加速スリップ抑制制御の要否を早い段階から推定し、その実行が必要であるならば、車輪10FL,10FR,10RL,10RRの減速スリップが収束し終える前に油圧制動トルクToの応答遅れを考慮しつつ油圧制動トルクToとモータトルクTmを変化させ始める。
ここでは加速スリップ抑制制御を実行することによってモータトルクTmをモータ力行トルクから「0」へと最終的に変化させるので、加速スリップ抑制制御開始時の要求油圧制動トルクToreqは、その応答遅れを考慮して減速スリップ収束時(モータトルクTmが「0」になったとき)の要求全制動トルクTareqとなるよう設定する。
従って、本実施例2の要求全制動トルク設定手段41dは、減速スリップ収束時の要求全制動トルクTareqを推定できるように構成しておく。例えば、この推定は、ここに至るまでの要求全制動トルクTareqの変化勾配や車輪10FL,10FR,10RL,10RRのスリップ量(車輪速度センサ51FL,51FR,51RL,51RRの検出信号等)などを参考にして行う。以下、この推定された要求全制動トルクTareqを「推定要求全制動トルクTaest」という。
また、本実施例2の要求油圧制動トルク設定手段41eは、その推定要求全制動トルクTaestを加速スリップ抑制制御開始時の要求油圧制動トルクToreqとして設定するように構成する。本実施例2の要求油圧制動トルク設定手段41eには、加速スリップ抑制制御終了時(減速スリップ収束時)までその推定要求全制動トルクTaestを要求油圧制動トルクToreqとして設定させる。実施例1においても説明したように、油圧制動トルク発生装置は、その構成部品の劣化やブレーキパッド等の過熱などが生じた際に新品時よりも制動性能が低下する。これにより、かかる場合における実際の油圧制動トルクToは、加速スリップ抑制制御開始時の実際の値から徐々に減少していき、加速スリップ抑制制御終了時(減速スリップ収束時)に推定要求全制動トルクTaestから構成部品の劣化などに相当する制動性能の低下分を減じた値となる。
ここで、このように実際の油圧制動トルクToが徐々に減少していくにも拘わらずモータトルクTmを急激に変化(増加)させた場合には、そのモータトルクTmの変化に追従して実際の全制動トルクTaが急激に変化(増加)してしまうので、収束しつつある減速スリップを再び大きくしてしまい、車輌の挙動を不安定にしてしまう可能性があるので好ましくない。これが為、モータトルクTmは、加速スリップ抑制制御開始時から加速スリップ抑制制御終了時(減速スリップ収束時)までに徐々に増加して「0」となるようにすることが望ましい。本実施例2の要求モータトルク設定手段41fは、モータトルクTmをそのように増加させる要求モータトルクTmreqが設定されるように構成する。例えば、この要求モータトルク設定手段41fには、加速スリップ抑制制御開始時の要求モータトルクTmreq-stと加速スリップ抑制制御開始時から加速スリップ抑制制御終了時(減速スリップ収束時)までの時間(=減速スリップ収束時間T2)とに基づいて要求モータトルクTmreqの変化勾配Mを算出させ、この変化勾配Mと加速スリップ抑制制御開始時からの経過時間tと加速スリップ抑制制御開始時の要求モータトルクTmreq-stとを下記の式6に代入して要求モータトルクTmreqを求めさせる。尚、ここではモータトルクTmを回生側へと増加させるので、その変化勾配Mは正の値とする。
Tmreq=Tmreq-st+M・t … (6)
ところで、加速スリップ抑制制御を行う為の油圧制動トルクToとモータトルクTmの変更開始時機(加速スリップ抑制制御開始時)は、現時点で推定要求全制動トルクTaestを発生させるべく指示された油圧制動トルク発生装置がその推定要求全制動トルクTaestに相当する油圧制動トルク(油圧制動トルク発生装置の制動性能が低下していれば、その低下分を減じた値)Toを実際に出力するまでの時間(以下、「実油圧制動トルク出力時間(実機械制動トルク出力時間)」という。)T1と、現時点から起算した車輪10FL,10FR,10RL,10RRの減速スリップが収束するまでの時間(以下、「減速スリップ収束時間」という。)T2と、を用いて決定させる。従って、本実施例2のブレーキ・モータ統合ECU41には、その実油圧制動トルク出力時間T1を求める実油圧制動トルク出力時間演算手段41gと、その減速スリップ収束時間T2を求める減速スリップ収束時間演算手段41hと、が設けられている。
その実油圧制動トルク出力時間T1とは、言い換えれば、モータ力行トルクとなっている実際のモータトルクTmが油圧制動トルク発生装置の応答遅れを考慮しながら「0」に移り変わるまでに必要な時間のことである。従って、この実油圧制動トルク出力時間T1T1は、現時点における要求モータトルクTmreq(厳密には、暫定要求モータトルクTmpro)とモータトルク変化量ガード値SGとに基づいて下記の式7から求める。そのモータトルク変化量ガード値SGとは、要求油圧制動トルクToreqに対する実際の油圧制動トルクToの単位時間当たりの出力変化特性に基づいて決められる値であり、予め実験やシミュレーションを行い設定しておく。尚、ここで用いるモータトルク変化量ガード値SGは、油圧制動トルク発生装置の制動性能の低下が生じていないものとして求めておく。
T1=Tmpro/SG … (7)
また、減速スリップ収束時間T2は、現時点における車輪10FL,10FR,10RL,10RRのスリップ量Qsと車輪加速度Gwとに基づいて下記の式8から求めることができる。そのスリップ量Qsは、周知の如く車輪速度センサ51FL,51FR,51RL,51RRと車速センサ52の夫々の検出信号から求めることができる。また、車輪加速度Gwは、車輪速度センサ51FL,51FR,51RL,51RRの検出信号から求めることができる。尚、この減速スリップ収束時間T2を求めることによって、加速スリップ抑制制御終了時(減速スリップ収束時)を推定することができる。
T2=Qs/Gw … (8)
ここでは、その実油圧制動トルク出力時間T1が減速スリップ収束時間T2以上かかると判定されたときには、加速スリップ抑制制御が必要になる可能性が高いと推察できるので、その判定時を加速スリップ抑制制御開始時、即ち油圧制動トルクToとモータトルクTmの変更開始時機であると仮定する。一方、その実油圧制動トルク出力時間T1が減速スリップ収束時間T2ほどかからないと判定されたときには、加速スリップ抑制制御の必要なしと推察できる。
以下に、上述したが如く構成した本実施例2の制駆動力制御装置の動作について図9及び図10のフローチャート及び図11のタイムチャートに基づき説明する。この図9及び図10のフローチャートと図11のタイムチャートは、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの内の何れか1輪に対しての制御動作を示したものであり、これと同様の制御動作が全ての車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対して別個独立に実行される。例えば、ここでは、左側前輪10FLについて代表して例示する。
尚、その図9に示すステップST10〜ST60及びステップST70〜ST135までの演算処理及び判定処理は、前述した実施例1のステップST10〜ST60及びステップST70〜ST135と同じであるので、ここでの詳細な説明は省略する。また、ABS制御開始直後からロック解除傾向が検出されるまでの間においては、前述した実施例1と同様に周知のABS制御が実行される。
本実施例2においては、ステップST60にて暫定要求モータトルクTmproが算出された後、上述した実油圧制動トルク出力時間T1及び減速スリップ収束時間T2をブレーキ・モータ統合ECU41に算出させる(ステップST62)。そして、ブレーキ・モータ統合ECU41は、その実油圧制動トルク出力時間T1と減速スリップ収束時間T2を比較して、実油圧制動トルク出力時間T1が減速スリップ収束時間T2以上かかるか否かについて判定する(ステップST63)。
ここで、このステップST63にて否定判定が為された場合、ブレーキ・モータ統合ECU41は、ステップST70に進んで加速スリップ抑制制御非実行時における実施例1と同様の演算処理及び判定処理を行い、これにより設定された要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを夫々左側前輪10FLに発生させるよう油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示する。
また、そのステップST63にて肯定判定が為された場合、この時点を加速スリップ抑制制御開始時と仮定することができるので、ブレーキ・モータ統合ECU41は、図10のフローチャートに示す如くステップST60で求めた暫定要求モータトルクTmproがモータ力行トルクであるのか否かについて判定する(ステップST310)。ここで否定判定された場合、このブレーキ・モータ統合ECU41は、ステップST70に進んで加速スリップ抑制制御非実行時の演算処理及び判定処理を行う。
一方、そのステップST310にて肯定判定されて左側前輪10FLのモータ31FLが力行状態にあることが判ったときには、現時点を加速スリップ抑制制御開始時として、この左側前輪10FLに対して本実施例2の加速スリップ抑制制御を行う。
先ず、ブレーキ・モータ統合ECU41は、その要求全制動トルク設定手段41dによりモータトルクTmが「0」になったときの推定要求全制動トルクTaestを算出し(ステップST315)、この推定要求全制動トルクTaestを現時点における要求油圧制動トルクToreqに設定する(ステップST320)。また、このブレーキ・モータ統合ECU41の要求モータトルク設定手段41fは、上述した要求モータトルクTmreqの変化勾配Mを算出し、これと加速スリップ抑制制御開始時からの経過時間tと加速スリップ抑制制御開始時の要求モータトルクTmreq-stとを上記式6に代入して要求モータトルクTmreqを設定する(ステップST325)。
そして、このブレーキ・モータ統合ECU41は、油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示を行い、その要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを左側前輪10FLにおける油圧制動手段21FLとモータ31FLから発生させるようにする(ステップST330)。
しかる後、このブレーキ・モータ統合ECU41は、減速スリップ収束時であるのか否かを判定し(ステップST335)、減速スリップ収束時に到達するまで上記ステップST320〜ST335を繰り返す。
これにより、左側前輪10FLにおいては、要求全制動トルクTareqを変更することなくモータ31FLの力行状態を解消させることができるので、実施例1の加速スリップ抑制制御実行時と同様に加速スリップの防止が可能になる。従って、本実施例2の制駆動力制御装置についても、実施例1のときと同じく、制動時における車輌の減速度の低下を抑えることができる。
更に、この左側前輪10FLにおいては、油圧制動トルク発生装置とモータ31FL,31FR,31RL,31RRとの間の応答性の差を考慮に入れ、減速スリップが収束する前に最適な要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを設定して出力指示を行い、実際の油圧制動トルクToの応答遅れに起因する総制動力の急激な変化(増加)を防ぎつつモータトルクTmを回生側へと増加させることができる。つまり、実際の油圧制動トルクToのなだらかな変化(減少)に合わせてモータトルクTmを回生側に(ここでは「0」になるまで)徐々に増加させているので、総制動力が急激に変化(増加)せず、また、減速スリップ収束時にモータトルクTmが回生側(「0」)へと増加する。このような加速スリップ抑制制御は、その必要性があれば実施例1と同様に全ての車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対して実行される。従って、本実施例2の制駆動力制御装置は、車輌に対する必要以上の減速加速度の発生を抑制可能であり、乗り心地の悪化を抑えて運転者への不快感や違和感を解消することができ、更に、車輪10FL,10FR,10RL,10RRの減速スリップをそのまま収束させて車輌の挙動を安定状態に保つことができる。
このような加速スリップ抑制制御を実行した後、上記ステップST335にて肯定判定された場合には、本処理を一旦終えて上記ステップST10に戻る。そして、少なくとも要求油圧制動トルクToreqの更新時期(新たな最小全制動トルクTaminが算出されたとき、又は暫定要求モータトルクTmproが回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1bと力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bとの間にあるとき)が来るまでは、加速スリップ抑制制御終了時(減速スリップ収束時)の要求油圧制動トルクToreqを保持しながら要求モータトルクTmreqを増減制御して、要求全制動トルクTareqを発生させるようにする。従って、加速スリップ抑制制御の実行後においても、制動中における車輌の減速度の低下を防ぐことができる。
以上示した如く、本実施例2の制駆動力制御装置によれば、実施例1と同様の効果を奏するのみならず、油圧制動トルク発生装置とモータ31FL,31FR,31RL,31RRとの間の応答性の差に起因する加速スリップ抑制制御実行時における総制動力の無用な(特に急激な)増加を防ぎ、上述したように乗り心地の悪化や車輌の挙動の不安定化の抑制を図ることができる。特に、この本実施例2の制駆動力制御装置は、ABS制御の本来の目的の1つでもある車輌の挙動安定化が図れるので有用である。
ここで、本実施例2の加速スリップ抑制制御は、実施例1の変形例(新たな最小全制動トルクTaminが算出される度に要求油圧制動トルクToreqの更新を行うもの)と同様の構成の制駆動力制御装置に対して適用してもよく、これによっても上記と同様の効果を得ることができる。
次に、本発明に係る制駆動力制御装置の実施例4を図14及び図15に基づいて説明する。
本実施例4の制駆動力制御装置は、前述した実施例1又は実施例2の制駆動力制御装置においてブレーキ・モータ統合ECU41の要求油圧制動トルク設定手段41eを一部変更したものであり、実施例1,2と同様の車輌に適用する場合を例示する。
具体的に、本実施例4は、実施例1,2の回生側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm1bと力行側要求油圧制動トルク更新判断閾値Tm2bを用いずとも可能な限り要求油圧制動トルクToreqの更新処理を行わずに済むよう構成したものである。
そこで、本実施例4の要求油圧制動トルク設定手段41eには、先ず、要求モータトルクTmreq(演算処理時においては暫定要求モータトルクTmpro)に対するモータトルク出力限界値Tmlim(モータ回生トルク出力限界値Tm1lim、モータ力行トルク出力限界値Tm2lim)までの余裕代(以下、「モータ余裕トルク」という。)Tmmarを用いて要求油圧制動トルクToreqの更新処理の要否を判断させる。
例えば、そのモータ余裕トルクTmmarとしては、ABS制御中におけるモータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータトルクTmの最大値(以下、「最大モータトルク」という。)Tmmaxを求め、この最大モータトルクTmmaxを下記の式10の如くモータトルク出力限界値Tmlimから減算した値を用いる。
Tmmar=Tmlim−Tmmax … (10)
ここで、そのモータトルク出力限界値Tmlimと最大モータトルクTmmaxは夫々に回生側と力行側の値を有しており、これが為、具体的には下記の式11,12を用いて別個に回生側と力行側のモータ余裕トルクTmmarを求める。その式11に示す「Tm1mar」は回生側モータ余裕トルクを表し、「Tm1max」は回生側の最大モータトルク(以下、「最大モータ回生トルク」という。)を表している。また、その式12に示す「Tm2mar」は力行側モータ余裕トルクを表し、「Tm2max」は力行側の最大モータトルク(以下、「最大モータ力行トルク」という。)を表している。ここでは、その最大モータ回生トルクTm1maxを正の値とし、最大モータ力行トルクTm2maxを負の値としている。
Tm1mar=Tm1lim−Tm1max … (11)
Tm2mar=Tm2lim−Tm2max … (12)
本実施例4にあっては、要求全制動トルクTareqが最大全制動トルクTamaxに回生側モータ余裕トルクTm1marを加算した値(Tamax+Tm1mar)と最小全制動トルクTaminに力行側モータ余裕トルクTm2marを加算した値(Tamin+Tm2mar)との間にある場合に、要求油圧制動トルクToreqを更新させずに一定に保ち続けさせるよう要求油圧制動トルク設定手段41eを構成する。
一方、この要求油圧制動トルク設定手段41eは、要求全制動トルクTareqがその「Tamax+Tm1mar」以上となった場合、又は要求全制動トルクTareqがその「Tamin+Tm2mar」以下となった場合に、要求油圧制動トルクToreqを更新させるよう構成する。ここでは、そのような状況になった後、新たな最小全制動トルクTaminが算出された際に、主記憶装置等に記憶されている要求油圧制動トルク既算値Toreqを削除するよう要求油圧制動トルク設定手段41eを構成する。ここでいう要求油圧制動トルク既算値Toreqとは、実施例1,2と同様に、前述した式2に基づき算出されて設定された要求油圧制動トルクToreqのことをいい、後述するが如く要求油圧制動トルクToreqとして設定されるモータトルク出力限界値Tmlim等は含まない。
以下に、本実施例4の制駆動力制御装置の動作について図14のフローチャート及び図15のタイムチャートに基づき説明する。この図14のフローチャートと図15のタイムチャートは、各車輪10FL,10FR,10RL,10RRの内の何れか1輪に対しての制御動作を示したものであり、これと同様の制御動作が全ての車輪10FL,10FR,10RL,10RRに対して別個独立に実行される。例えば、ここでは、左側前輪10FLについて代表して例示する。また、以下においては、実施例1を基にした制駆動力制御装置について例示する。
尚、その図14に示すステップST10〜ST65及びステップST85〜ST135までの演算処理及び判定処理は、前述した実施例1のステップST10〜ST65及びステップST85〜ST135と同じであるので、ここでの詳細な説明は省略する。更に、ここでは、加速スリップ抑制制御(図5のステップST140〜ST155)についても実施例1と同様に行われるので、詳細な説明は省略する。また、ABS制御開始直後からロック解除傾向が検出されるまでの間においては、前述した実施例1と同様に周知のABS制御が実行される。
ここで、本実施例4におけるブレーキ・モータ統合ECU41の要求油圧制動トルク設定手段41eは、要求全制動トルクTareqが「Tamax+Tm1mar」以上になった場合、又は要求全制動トルクTareqがその「Tamin+Tm2mar」以下になった場合、その後(換言すれば、モータトルクTmがモータトルク出力限界値Tmlimに達した後)、新たな最小全制動トルクTaminが算出された際に主記憶装置等に記憶されている要求油圧制動トルク既算値Toreqを削除している。
先ず、本実施例4のブレーキ・モータ統合ECU41は、ステップST65又はステップST140にて否定判定された場合、その要求油圧制動トルク設定手段41eにより、上述した式11,12を用いて回生側モータ余裕トルクTm1mar及び力行側モータ余裕トルクTm2marを算出する(ステップST72)。
このステップST72においては、ステップST25,ST35にて最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminとが求められた各々の時点における左側前輪10FLの暫定要求モータトルクTmproを夫々最大モータ回生トルクTm1max,最大モータ力行トルクTm2maxとし、これらを上記式11,12に代入している。
続いて、その要求油圧制動トルク設定手段41eは、ステップST15で求めた要求全制動トルクTareqがステップST25で求めた最大全制動トルクTamaxと上記の回生側モータ余裕トルクTm1marとを加算した値以上で有るか否か(Tareq≧Tamax+Tm1mar)を判定する(ステップST77)。
ここで、否定判定が為されたときは、次に、その要求全制動トルクTareqがステップST35で求めた最小全制動トルクTaminに上記の力行側モータ余裕トルクTm2marを加算した値以下で有るか否か(Tareq≦Tamin+Tm2mar)を判定する(ステップST82)。
そして、このステップST82にて否定判定が為された場合、この要求油圧制動トルク設定手段41eは、ステップST85に進んで加速スリップ抑制制御非実行時における実施例1と同様の演算処理及び判定処理を行い、これにより設定された要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを夫々左側前輪10FLに発生させるよう油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示する。
従って、そのステップST85にて要求油圧制動トルク既算値Toreqが存在しているとの判定がされた場合には、ステップST105に進んでその要求油圧制動トルク既算値Toreqが左側前輪10FLの要求油圧制動トルクToreqとして設定され、これに基づきステップST110にて上記式5から要求モータトルクTmreqが算出される。これが為、かかる場合には、新たな最小全制動トルクTaminが求められたとしても、要求油圧制動トルクToreqが前回から更新されない。
一方、要求全制動トルクTareqが「Tamax+Tm1mar」以上になった場合、又は要求全制動トルクTareqがその「Tamin+Tm2mar」以下になった場合には、次に新たな最小全制動トルクTaminが算出された際に、主記憶装置等に記憶されている要求油圧制動トルク既算値Toreqが削除される。かかる場合には上記ステップST85にて否定判定が為され、その際には、ステップST90,ST95に進んで上記の暫定要求油圧制動トルクToproが左側前輪10FLの要求油圧制動トルクToreqとして設定されると共に、上記の暫定要求モータトルクTmproが左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとして設定される。これが為、かかる場合には、左側前輪10FLの要求油圧制動トルクToreqが新たな最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminの中間値に設定されて更新される。
また、本実施例4の要求油圧制動トルク設定手段41eは、上記ステップST77にて肯定判定が為された場合に、実施例1と同じステップST115に進んで暫定要求モータトルクTmproがモータ回生トルク出力限界値Tm1lim以上であるか否かを判定し、上記ステップST82にて肯定判定が為された場合に、実施例1と同じステップST120に進んで暫定要求モータトルクTmproがモータ力行トルク出力限界値Tm2lim以下であるか否かを判定する。そして、その夫々の判定結果に応じて加速スリップ抑制制御非実行時における実施例1と同様の演算処理及び判定処理を行い、これにより設定された要求油圧制動トルクToreqと要求モータトルクTmreqを夫々左側前輪10FLに発生させるよう油圧制動トルク制御手段24とモータ制御手段32に対して指示する。
従って、そのステップST115又はステップST120にて否定判定が為された場合、要求油圧制動トルク設定手段41eは、ステップST85に進み、要求油圧制動トルク既算値Toreqの有無に応じて要求油圧制動トルクToreqを設定する。これにより、かかる場合には、モータトルクTmがモータ回生トルク出力限界値Tm1lim又はモータ力行トルク出力限界値Tm2limに達するまでの大きさの要求モータトルクTmreqが設定される。そして、かかる場合には、次に最小全制動トルクTaminが算出された際に、新たな最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminの中間値に要求油圧制動トルクToreqが更新される。
一方、この要求油圧制動トルク設定手段41eは、上記ステップST115にて肯定判定が為された場合、実施例1と同様にステップST125に進んでモータ回生トルク出力限界値Tm1limを左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとして設定し、上記ステップST120にて肯定判定が為された場合、実施例1と同様にステップST130に進んでモータ力行トルク出力限界値Tm2limを左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとして設定する。そして、この要求油圧制動トルク設定手段41eは、実施例1と同様にステップST135に進み、そのステップST125又はステップST130で設定した左側前輪10FLの要求モータトルクTmreqとステップST15で求めた左側前輪10FLの要求全制動トルクTareqを上述した式4に代入して要求油圧制動トルクToreqを算出する。これが為、かかる場合においても、要求油圧制動トルクToreqが新たなものへと更新される。
このブレーキ・モータ統合ECU41は、上述した演算処理と判定処理をABS制御実行中に繰り返し、図15に示す如く、要求全制動トルクTareqが「Tamax+Tm1mar」と「Tamin+Tm2mar」との間にある限り、新たな最大全制動トルクTamaxと最小全制動トルクTaminが求められたとしても要求油圧制動トルクToreqを更新させない。
このように、本実施例4の制駆動力制御装置においても、実施例1又は実施例2と同様に要求油圧制動トルクToreqの値が頻繁に更新されることはない。これが為、本実施例4の制駆動力制御装置は、モータ31FL,31FR,31RL,31RRのモータトルクTmの増減制御によって要求全制動トルクTareqの変化に対応させ、全制動トルクTaを精度良く且つ応答性良く発生させることができ、前述した実施例1又は実施例2と同様の効果を得ることが可能になる。
尚、本実施例4にあっても、前述した実施例3のバッテリ補正値Tobatを求め、バッテリ33の蓄電量に応じた暫定要求油圧制動トルクToproの補正を行うよう構成してもよい。例えば、かかる補正を本実施例4に適用する際には、その実施例3と同様に本実施例4のステップST50の演算式を上述した式9に置き換える。また、本実施例4のステップST55で設定した暫定要求油圧制動トルクToproに対してバッテリ補正値Tobatを加算してもよい。これにより、上述した本実施例4の有用な効果に加えて、バッテリ33の蓄電量を常に最適な状態に保つことも可能になる。
ここで、上述した各実施例1〜4においては夫々の車輪10FL,10FR,10RL,10RRに各々モータ31FL,31FR,31RL,31RRを備えた車輌に対する制駆動力制御装置を例示したが、その各実施例1〜4における制駆動力制御装置は、必ずしもかかる態様の車輌のみに限定して適用し得るものではない。例えば、左右夫々の前輪にのみモータが配備された車輌又は後輪に左右夫々若しくは1つモータが配備された車輌などに対して適用してもよい。