ところで、前記油圧式摩擦係合装置に供給する油圧をリニアソレノイドバルブ等の変速用ソレノイドバルブによって直接制御する場合、その調圧範囲は応答性や制御精度の点で摩擦係合装置に必要な係合力が得られる範囲でできるだけ低い範囲が望ましい一方、ライン油圧は各部の油圧装置に必要な最大油圧が得られるように運転状態に応じて適宜制御されるため、ライン油圧が高い場合に前記他の油圧式摩擦係合装置の油圧がスプールの一方向に作用してもスプールが動かなかったり、動いたとしても他の油圧式摩擦係合装置の油圧が十分に高くなってからで、インターロックにより駆動力変動が生じたり油圧式摩擦係合装置が損傷したりする恐れがあった。
例えば、図12に示すようにリニアソレノイドバルブSLによりライン油圧PLを調圧してクラッチCxに供給する場合、そのクラッチCxの油圧PCx、およびインターロックを発生する他のクラッチCyの油圧PCyが、ライン油圧PLおよびスプリング力Fsに対して次式(1) を満足すれば、フェイルセーフバルブのスプールが一方向へ移動し、出力ポートとドレーンポートとが連通させられるとともに入力ポートが遮断されてクラッチCxが解放される。a、b、cはスプールの受圧面積等によって定まる係数で、例えばa×PCx=b×PCy=0.8MPaで、c×PL=1.2MPaで、Fs=0.2MPaであれば(1) 式が成立し、スプールが一方向へ移動してクラッチCxが解放されるが、c×PL=1.5MPaになると、(1) 式が成立しなくなってスプールが動かなくなり、インターロックが発生する。
a×PCx+b×PCy>c×PL+Fs ・・・(1)
一方、ライン油圧が高い場合でもスプールが確実に動くように、スプールの受圧面積等をチューニング(調整)することもできるが、ライン油圧が低い場合に、油圧式摩擦係合装置を係合、解放する変速時に誤作動を生じる可能性がある一方、ライン油圧の高低によりスプールが移動するタイミングが変化するため、駆動力変動や油圧式摩擦係合装置の損傷等を防止する上で必ずしも適切なチューニングを行うことができなかった。
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、ライン油圧の変動に拘らずフェイルセーフバルブが確実に作動してインターロックが防止されるようにすることにある。
かかる目的を達成するために、第1発明は、(a) 複数の油圧式摩擦係合装置が選択的に係合、解放されることにより、変速比が異なる複数の変速段が成立させられる自動変速機と、(b) ソレノイドによって予め定められた一定の油圧範囲で調圧制御するとともに、その調圧した油圧を前記油圧式摩擦係合装置に供給して係合させる複数の変速用ソレノイドバルブと、を備えている車両用自動変速機の油圧制御装置において、(c) 前記変速用ソレノイドバルブと対応する油圧式摩擦係合装置との間に配設され、その対応油圧式摩擦係合装置と同時に係合するとインターロックが発生する他の油圧式摩擦係合装置の油圧がスプールの一方向に作用させられることにより、その変速用ソレノイドバルブからその対応油圧式摩擦係合装置への油圧の供給を阻止するフェイルセーフバルブと、(d) 油圧を予め定められた一定のモジュレータ油圧に調圧して、前記スプールに対して前記一方向と反対の他方向に作用させるモジュレータバルブと、を有することを特徴とする。
なお、インターロックは、回転速度の相違により同時に係合することができない複数の油圧式摩擦係合装置が係合することで、例えば異なる変速段を成立させるための油圧式摩擦係合装置が同時に係合する場合などであり、駆動力変動が生じたり油圧式摩擦係合装置の摩擦材に過大な負荷が作用して損傷したりする。
第2発明は、第1発明の車両用自動変速機の油圧制御装置において、(a) 前記変速用ソレノイドバルブは、前記油圧式摩擦係合装置の係合時には前記油圧範囲内の最大油圧値に保持するもので、(b) 前記フェイルセーフバルブのスプールには、前記他の油圧式摩擦係合装置の油圧の他に前記対応油圧式摩擦係合装置自身の油圧が前記一方向に作用させられるとともに、スプリング力が前記他方向に作用させられるようになっており、(c) 前記モジュレータ油圧は、前記スプールが通常は前記対応油圧式摩擦係合装置自身の油圧に拘らず前記スプリング力およびモジュレータ油圧によって前記他方向の移動端に保持されるが、その対応油圧式摩擦係合装置自身の油圧に加えて前記他の油圧式摩擦係合装置の油圧が前記一方向に作用させられると、そのスプリング力およびモジュレータ油圧に抗してその一方向へ移動させられるように、その対応油圧式摩擦係合装置へ供給する油圧を調圧制御する前記変速用ソレノイドバルブの前記最大油圧値および前記スプールの受圧面積に基づいて設定されていることを特徴とする。
第3発明は、第1発明または第2発明の車両用自動変速機の油圧制御装置において、(a) 前記フェイルセーフバルブは、前記他の油圧式摩擦係合装置の油圧がスプールの一方向に作用してそのスプールがその一方向側の移動端に保持されると、前記対応油圧式摩擦係合装置の油圧をドレーンするドレーンポートを有するもので、(b) そのドレーンポートに接続された退避走行用出力ポートを有するとともに、油圧が供給される退避走行用入力ポートと、作動油をドレーンするドレーンポートとを有し、その退避走行用出力ポートとそのドレーンポートとを連通させるとともにその退避走行用入力ポートを遮断する正常時連通状態と、その退避走行用出力ポートとその退避走行用入力ポートとを連通させるとともにそのドレーンポートを遮断して前記フェイルセーフバルブのドレーンポートに油圧を供給するフェイル時連通状態とに切り換えられる退避運転切換バルブと、(c) その退避運転切換バルブを通常は前記正常時連通状態に保持するが、前記フェイルセーフバルブの前記スプールが前記一方向側でスティックした場合に、その退避運転切換バルブを前記フェイル時連通状態に切り換えるフェイル時バルブ切換手段と、を有することを特徴とする。
上記スティックは、異物の噛み込みなどでスプールが移動不可になる現象である。
このような車両用自動変速機の油圧制御装置によれば、変速用ソレノイドバルブと対応油圧式摩擦係合装置との間に配設されたフェイルセーフバルブのスプールには、インターロックが発生する他の油圧式摩擦係合装置の油圧が作用する一方向と反対の他方向に一定のモジュレータ油圧が作用させられるため、ライン油圧の変動に拘らず常に一定のタイミング(油圧)でスプールが一方向へ移動させられるとともに、そのモジュレータ油圧や変速用ソレノイドバルブの調圧範囲等に基づいてスプールの受圧面積を適当にチューニングしたり、モジュレータ油圧そのものを適当に設定したりすることにより、他の油圧式摩擦係合装置の油圧が低い段階でスプールが一方向へ移動させられるようにすることが可能で、インターロックを一層確実に防止することができる。
第3発明では、フェイルセーフバルブのドレーンポートに退避運転切換バルブが接続され、そのフェイルセーフバルブのスプールが一方向側でスティックした場合には、フェイル時バルブ切換手段により退避運転切換バルブが正常時連通状態からフェイル時連通状態に切り換えられることにより、その退避運転切換バルブからフェイルセーフバルブのドレーンポートに油圧が供給されて対応油圧式摩擦係合装置が係合させられるため、フェイルセーフバルブのスティックに拘らず対応油圧式摩擦係合装置を係合させて所定の変速段を成立させ、退避走行を行うことができる。
本発明の自動変速機としては、複数の遊星歯車装置を有する遊星歯車式の自動変速機が好適に用いられるが、複数の入力経路を切り換えて変速する平行軸式の自動変速機を用いることもできるなど、複数の油圧式摩擦係合装置を選択的に係合、解放して変速を行う種々の自動変速機を採用できる。
油圧式摩擦係合装置としては、油圧アクチュエータによって係合させられる多板式、単板式のクラッチやブレーキ、或いはベルト式のブレーキが広く用いられている。この油圧式摩擦係合装置を係合させるための作動油を供給するオイルポンプは、例えばエンジン等の走行用の動力源により駆動されて作動油を吐出するものでも良いが、走行用動力源とは別に配設された専用の電動モータなどで駆動されるものでも良い。
変速用ソレノイドバルブは、例えばスプールの一端側に、出力油圧が導かれるフィードバック油室が設けられるとともにスプリングが配設され、他端側に設けられたソレノイドによる電磁力とのバランスで、出力油圧を調圧するリニアソレノイドバルブが好適に用いられるが、デューティ制御で油圧を制御するON−OFFソレノイドバルブなどを採用することもできる。
複数の変速用ソレノイドバルブは、例えば複数の油圧式摩擦係合装置の各々に対応して1つずつ設けられるが、同時に係合したり係合、解放制御したりすることがない複数の油圧式摩擦係合装置が存在する場合には、それ等に共通の変速用ソレノイドバルブを設けることもできるなど、種々の態様が可能である。
フェイルセーフバルブは、例えば変速用ソレノイドバルブから油圧が供給される入力ポートと、対応油圧式摩擦係合装置の油圧アクチュエータに接続される出力ポートと、作動油をドレーンするドレーンポートとを有し、スプールが一方向へ移動させられることにより出力ポートとドレーンポートとを連通させるとともに入力ポートを遮断し、対応油圧式摩擦係合装置の油圧をドレーンして解放するフェイル時連通状態とされ、スプールが他方向へ移動させられることにより出力ポートと入力ポートとを連通させるとともにドレーンポートを遮断し、対応油圧式摩擦係合装置への油圧の供給を許容する正常時連通状態とされるように構成される。
フェイルセーフバルブは、複数の油圧式摩擦係合装置の各々に対応して複数設けることもできるが、他の油圧式摩擦係合装置との同時係合でインターロックが発生する少なくとも一つの油圧式摩擦係合装置に設けられれば良い。
フェイルセーフバルブのスプールには、例えば第2発明のように対応油圧式摩擦係合装置自身の油圧が一方向に作用させられるが、このように対応油圧式摩擦係合装置自身の油圧をスプールに作用させることは必ずしも必須ではなく、インターロックが発生する他の油圧式摩擦係合装置の油圧のみがスプールの一方向に作用させられるようになっていても良い。
フェイルセーフバルブが配設された対応油圧式摩擦係合装置との間でインターロックが発生する複数の油圧式摩擦係合装置が存在する場合には、それ等の複数の油圧が何れもスプールの一方向へ作用させられるようにして、何れか1つでも油圧が供給された場合にフェイルセーフバルブが切り換えられるようにすれば良い。
複数の他の油圧式摩擦係合装置が同時に係合した場合に、更にフェイルセーフバルブが配設された対応油圧式摩擦係合装置が同時に係合させられるとインターロックが発生する場合にも、それ等の複数の他の油圧式摩擦係合装置の油圧が何れもフェイルセーフバルブのスプールに作用させられるようにして、それ等の油圧が共に供給された場合にフェイルセーフバルブが切り換えられるようにしても良い。
モジュレータバルブは、例えばライン油圧等の所定の油圧が供給される入力ポートと、フェイルセーフバルブに接続される出力ポートと、作動油をドレーンするドレーンポートと、出力ポートから出力された油圧が導かれてスプールを一方向へ付勢するフィードバック油室と、そのスプールを反対方向へ付勢する調圧スプリングとを有し、その調圧スプリングと出力油圧とのバランスで出力油圧を一定のモジュレータ油圧に調圧するように構成されるが、電気的に一定のモジュレータ油圧に調圧するリニアソレノイドバルブなどを用いることも可能である。
モジュレータ油圧は、インターロックをできるだけ早い段階(低い油圧)で防止するために、変速時等に誤作動を生じることがない範囲でできるだけ低い油圧値とすることが望ましく、例えば第2発明のように対応油圧式摩擦係合装置自身の油圧がスプールの一方向に作用させられる場合、その対応油圧式摩擦係合装置自身の油圧と略釣り合う油圧値に設定される。
フェイル時バルブ切換手段は、例えば電子制御装置およびON−OFFソレノイドバルブによって構成され、電子制御装置によりソレノイドのON(励磁)、OFF(非励磁)が切り換えられて油圧の出力状態が変化させられることにより、上記退避運転切換バルブを正常時連通状態とフェイル時連通状態とに切り換えるように構成される。退避運転切換バルブには、連通状態を切り換えるためにスプリング等の付勢手段が必要に応じて設けられる。
退避運転切換バルブをON−OFFソレノイドバルブによって構成し、ソレノイドのON、OFFで正常時連通状態とフェイル時連通状態とを切り換えるようにすることも可能で、その場合は、ソレノイドのON、OFFを切り換える電子制御装置がフェイル時バルブ切換手段として機能する。
以下、本発明の実施例を図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1の(a) は、車両用自動変速機10の骨子図で、(b) は複数の変速段を成立させる際の係合要素の作動状態を説明する作動表である。この自動変速機10は、車両の前後方向(縦置き)に搭載するFR車両に好適に用いられるもので、ダブルピニオン型の第1遊星歯車装置12を主体として構成されている第1変速部14と、シングルピニオン型の第2遊星歯車装置16およびダブルピニオン型の第3遊星歯車装置18を主体として構成されている第2変速部20とを同軸線上に有し、入力軸22の回転を変速して出力軸24から出力する。入力軸22は入力部材に相当するもので、本実施例では走行用の動力源であるエンジン30によって回転駆動されるトルクコンバータ32のタービン軸であり、出力軸24は出力部材に相当するもので、プロペラシャフトや差動歯車装置を介して左右の駆動輪を回転駆動する。なお、この自動変速機10は中心線に対して略対称的に構成されており、図1(a) では中心線の下半分が省略されている。
図2は、上記自動変速機10の第1変速部14および第2変速部20の各回転要素(サンギヤS1〜S3、キャリアCA1〜CA3、リングギヤR1〜R3)の回転速度を直線で表すことができる共線図で、下の横線が回転速度「0」で、上の横線が回転速度「1.0」すなわち入力軸22と同じ回転速度であり、クラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の作動状態(係合、解放)に応じて第1変速段「1st」〜第8変速段「8th」の8つの前進変速段が成立させられるとともに、第1後進変速段「Rev1」および第2後進変速段「Rev2」の2つの後進変速段が成立させられる。図1の(b) の作動表は、上記各変速段とクラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の作動状態との関係をまとめたもので、「○」は係合、「(○)」はエンジンブレーキ時のみ係合を表している。第1変速段「1st」を成立させるブレーキB2には並列に一方向クラッチF1が設けられているため、発進時(加速時)には必ずしもブレーキB2を係合させる必要は無いのである。また、各変速段の変速比は、第1遊星歯車装置12、第2遊星歯車装置16、および第3遊星歯車装置18の各ギヤ比(=サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)ρ1、ρ2、ρ3によって適宜定められる。なお、図1(a) の符号26はトランスミッションケースである。
上記クラッチC1〜C4、およびブレーキB1、B2(以下、特に区別しない場合は単にクラッチC、ブレーキBという)は、多板式のクラッチやブレーキなど油圧アクチュエータによって係合制御される油圧式摩擦係合装置で、油圧制御回路98(図3参照)のリニアソレノイドバルブSL1〜SL6の励磁、非励磁や電流制御により、係合、解放状態が切り換えられるとともに係合、解放時の過渡油圧などが制御される。図4は、油圧制御回路98のうちリニアソレノイドバルブSL1〜SL6に関する部分を示す回路図で、クラッチC1〜C4、およびブレーキB1、B2の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)34、36、38、40、42、44には、油圧供給装置46から出力されたライン油圧PLがそれぞれリニアソレノイドバルブSL1〜SL6により調圧されて、そのまま供給されるようになっている。油圧供給装置46は、前記エンジン30によって回転駆動される機械式のオイルポンプ48や、ライン油圧PLを調圧するレギュレータバルブ等を備えており、エンジン負荷等に応じてライン油圧PLを制御するようになっている。
リニアソレノイドバルブSL1〜SL6は、変速用ソレノイドバルブに相当するもので、基本的には何れも同じ構成で、本実施例ではノーマリクローズ型のものが用いられており、図5に示すように、励磁電流に応じて電磁力を発生するソレノイド100、スプール102、スプリング104、ライン油圧PLが供給される入力ポート106、調圧した油圧を出力する出力ポート108、ドレーンポート110、出力油圧が供給されるフィードバック油室112を備えている。そして、フィードバック油室112に供給されるフィードバック油圧Pf、その受圧面積Af、スプリング104の荷重Fls、ソレノイド100による電磁力Fが、次式(2) を満足するように、その電磁力Fに応じて3つのポート106、108、110の連通状態が変化させられて出力油圧(フィードバック油圧Pf)が調圧制御され、前記油圧アクチュエータ34〜44に供給される。リニアソレノイドバルブSL1〜SL6の各ソレノイド100は、前記電子制御装置90により独立に励磁され、各油圧アクチュエータ34〜44の油圧が独立に調圧制御されるようになっている。
F=Pf×Af+Fls ・・・(2)
図3は、図1の自動変速機10などを制御するために車両に設けられた制御系統を説明するブロック線図で、アクセルペダル50の操作量Accがアクセル操作量センサ52により検出されるとともに、そのアクセル操作量Accを表す信号が電子制御装置90に供給されるようになっている。アクセルペダル50は、運転者の出力要求量に応じて大きく踏み込み操作されるもので、アクセル操作部材に相当し、アクセル操作量Accは出力要求量に相当する。また、エンジン30の回転速度NEを検出するためのエンジン回転速度センサ58、エンジン30の吸入空気量Qを検出するための吸入空気量センサ60、吸入空気の温度TA を検出するための吸入空気温度センサ62、エンジン30の電子スロットル弁の全閉状態(アイドル状態)およびその開度θTHを検出するためのアイドルスイッチ付スロットルセンサ64、車速V(出力軸24の回転速度NOUT に対応)を検出するための車速センサ66、エンジン30の冷却水温TW を検出するための冷却水温センサ68、常用ブレーキであるフットブレーキの操作の有無を検出するためのブレーキスイッチ70、シフトレバー72のレバーポジション(操作位置)PSHを検出するためのレバーポジションセンサ74、タービン回転速度NT(=入力軸22の回転速度NIN)を検出するためのタービン回転速度センサ76、油圧制御回路98内の作動油の温度であるAT油温TOIL を検出するためのAT油温センサ78、アップシフトスイッチ80、ダウンシフトスイッチ82などが設けられており、それらのセンサやスイッチから、エンジン回転速度NE、吸入空気量Q、吸入空気温度TA 、スロットル弁開度θTH、車速V、エンジン冷却水温TW 、ブレーキ操作の有無、シフトレバー72のレバーポジションPSH、タービン回転速度NT、AT油温TOIL 、変速レンジのアップ指令RUP、ダウン指令RDN、などを表す信号が電子制御装置90に供給されるようになっている。
上記シフトレバー72は運転席の近傍に配設され、図6に示すように4つのレバーポジション「R(リバース)」、「N(ニュートラル)」、「D(ドライブ)」、または「S(シーケンシャル)」へ手動操作されるようになっている。「R」ポジションは後進走行位置で、「N」ポジションは動力伝達遮断位置で、「D」ポジションは自動変速による前進走行位置で、「S」ポジションは変速可能な高速側の変速段が異なる複数の変速レンジを切り換えることにより手動変速が可能な前進走行位置であり、シフトレバー72がどのレバーポジションへ操作されているかがレバーポジションセンサ74によって検出される。
そして、「D」ポジションおよび「S」ポジションでは、前進変速段である第1変速段「1st」〜第8変速段「8th」で変速しながら前進走行することが可能となり、シフトレバー72が「D」ポジションへ操作された場合は、そのことをレバーポジションセンサ74の信号から判断して自動変速モードを成立させ、第1変速段「1st」〜第8変速段「8th」の総ての前進変速段を用いて変速制御を行う。すなわち、前記リニアソレノイドバルブSL1〜SL6の励磁、非励磁をそれぞれ制御することによりクラッチCおよびブレーキBの係合、解放状態を切り換えて第1変速段「1st」〜第8変速段「8th」の何れかの前進変速段を成立させるのである。この変速制御は、例えば図7に示すように車速Vおよびアクセル操作量Accをパラメータとして予め記憶された変速マップ(変速条件)に従って行われ、車速Vが低くなったりアクセル操作量Accが大きくなったりするに従って変速比が大きい低速側の変速段を成立させる。なお、アクセル操作量Accや吸入空気量Q、路面勾配などに基づいて変速制御を行うなど、種々の態様が可能である。
シフトレバー72が「S」ポジションへ操作された場合は、そのことをレバーポジションセンサ74の信号から判断し、「D」ポジションで変速可能な変速範囲内すなわち第1変速段「1st」〜第8変速段「8th」の中で定められた複数の変速レンジを任意に選択できるシーケンシャルモードを電気的に成立させる。「S」ポジションには、車両の前後方向にアップシフト位置「(+)」、およびダウンシフト位置「(−)」が設けられており、シフトレバー72がそれ等のアップシフト位置「(+)」またはダウンシフト位置「(−)」へ操作されると、そのことが前記アップシフトスイッチ80、ダウンシフトスイッチ82によって検出され、アップ指令RUPやダウン指令RDNに従って図8に示すように最高速段すなわち変速比が小さい高速側の変速範囲が異なる8つの変速レンジ「D」、「7」、「6」、「5」、「4」、「3」、「2」、「L」の何れかを電気的に成立させるとともに、各変速範囲内において例えば図7の変速マップに従って自動的に変速制御を行う。したがって、例えば下り坂などでシフトレバー72をダウンシフト位置「−」へ繰り返し操作すると、変速レンジが例えば「4」レンジから、「3」レンジ、「2」レンジ、「L」レンジへ切り換えられ、第4変速段「4th」から第3変速段「3rd」、第2変速段「2nd」、第1変速段「1st」へ順次ダウンシフトされて、エンジンブレーキが段階的に増大させられる。このシーケンシャルモードで成立させられる第1変速段「1st」は、エンジンブレーキ作用が得られるように前記第2ブレーキB2が係合させられる。
上記アップシフト位置「(+)」およびダウンシフト位置「(−)」は何れも不安定で、シフトレバー72はスプリング等の付勢手段により自動的に「S」ポジションへ戻されるようになっており、アップシフト位置「(+)」またはダウンシフト位置「(−)」への操作回数或いは保持時間などに応じて変速レンジが変更される。
図4に戻って、前記リニアソレノイドバルブSL1〜SL6による油圧の調圧範囲は、応答性や制御精度の点でクラッチCやブレーキBに必要な係合力が得られる範囲でできるだけ低い範囲となるように、個々のクラッチCやブレーキB毎に設定されている。例えば、図9に示すように励磁電流の制御範囲が0〜1.0Aの場合に、油圧を0〜0.8MPaの範囲で調圧する場合と0〜1.2MPaの範囲で調圧する場合とでは、0〜0.8MPaの範囲で調圧する方が、優れた応答性できめ細かく高い精度で調圧することが可能である。そして、係合、解放時には、変速ショックができるだけ少なくなるように、その油圧範囲でクラッチCおよびブレーキBの係合油圧を調圧制御する一方、係合時には、その油圧範囲内の最大油圧値(例えば0.8MPa)に保持する。
また、複数のクラッチCおよびブレーキBのうち第1ブレーキB1と第3クラッチC3または第4クラッチC4とが同時に係合してインターロックが発生することを防止するため、第1ブレーキB1の油圧アクチュエータ42の手前、すなわちリニアソレノイドバルブSL5と油圧アクチュエータ42との間にはフェイルセーフバルブ120が配設され、油圧アクチュエータ42の油圧PB1を強制的にドレーンして第1ブレーキB1を解放するようになっている。第1ブレーキB1は、対応油圧式摩擦係合装置に相当する。
図10は、上記フェイルセーフバルブ120の近傍を拡大して示す回路図で、このフェイルセーフバルブ120は、リニアソレノイドバルブSL5から油圧が供給される入力ポート122と、油圧アクチュエータ42に接続される出力ポート124と、作動油をドレーンするドレーンポート126と、図示しないスプールとを備えており、スプールには、油圧アクチュエータ42の油圧PB1、前記第3クラッチC3の油圧PC3、および第4クラッチC4の油圧PC4が何れも一方向に作用させられるとともに、モジュレータバルブ130から供給されるモジュレータ油圧PMおよびスプリング140のスプリング力Fsが一方向と反対の他方向へ作用させられるようになっている。そして、油圧PC3およびPC4が何れも作用していない場合には、モジュレータ油圧PMおよびスプリング力Fsの付勢力に従ってスプールは油圧PB1に抗して他方向へ移動させられ、出力ポート124と入力ポート122とを連通させるとともにドレーンポート126を遮断することにより、リニアソレノイドバルブSL5から油圧アクチュエータ42への油圧の供給を許容する正常時連通状態にフェイルセーフバルブ120を保持する一方、油圧PC3およびPC4の何れか一方が作用させられると、モジュレータ油圧PMおよびスプリング力Fsの付勢力に抗してスプールは一方向へ移動させられ、出力ポート124とドレーンポート126とを連通させるとともに入力ポート122を遮断し、油圧アクチュエータ42の油圧をドレーンして第1ブレーキB1を解放するフェイル時連通状態にフェイルセーフバルブ120を切り換える。
モジュレータバルブ130は、ライン油圧PLが供給される入力ポート132と、フェイルセーフバルブ120に接続される出力ポート134と、作動油をドレーンするドレーンポート136と、出力ポート134から出力された油圧(モジュレータ油圧PM)がフィードバック油室へ戻されることにより一方向へ付勢される図示しないスプールと、そのスプールを反対方向へ付勢する調圧スプリング138とを備えている。そして、その調圧スプリング138の荷重Fmsとモジュレータ油圧PMとが次式(3) を満足して釣り合うように、入力ポート132、出力ポート134、およびドレーンポート136の連通状態が連続的に変化させられることにより、出力油圧であるモジュレータ油圧PMを調圧スプリング138の荷重Fmsに対応する一定の値に調圧する。(3) 式のAmは、フィードバック油室の油圧PMが作用するスプールの受圧面積である。
PM×Am=Fms ・・・(3)
上記モジュレータ油圧PMは、インターロックをできるだけ早い段階(低い油圧)で防止するために、変速時等に誤作動を生じることがない範囲でできるだけ低い油圧値とすることが望ましく、例えば前記PB1やPC3、PC4の調圧範囲の最大値(例えば0.8MPa程度)と略釣り合うように、フェイルセーフバルブ120のスプールの受圧面積に応じて設定される。言い換えれば、油圧PB1に加えて油圧PC3またはPC4が供給された場合に、それ等の油圧PC3またはPC4が比較的低い段階でスプールが一方向へ移動するように、上記一定のモジュレータ油圧PMに基づいてスプールの受圧面積がチューニングされるのである。その場合でも、油圧PC3またはPC4が供給されない限り、フェイルセーフバルブ120のスプールはスプリング力Fsにより他方向の移動端に位置決めされ、フェイルセーフバルブ120は前記正常時連通状態に保持される。
このように、本実施例ではフェイルセーフバルブ120のスプールに一定のモジュレータ油圧PMが作用させられるとともに、第1ブレーキB1の油圧PB1の調圧範囲の最大値(係合時の油圧)とモジュレータ油圧PMとが略釣り合うようにスプールの受圧面積がチューニングされているため、常にはスプリング力Fsによりスプールが他方向の移動端に位置決めされてフェイルセーフバルブ120は正常時連通状態に保持され、リニアソレノイドバルブSL5から油圧アクチュエータ42へ油圧を供給して第1ブレーキB1を係合状態に維持できる一方、その第1ブレーキB1の係合時に何らかのフェイルで油圧PC3またはPC4が上昇すると、それ等の油圧PC3またはPC4が比較的低い段階、具体的にはスプリング力Fsに対応する油圧値となった段階で、スプールが一方向へ移動してフェイルセーフバルブ120はフェイル時連通状態に切り換えられ、油圧アクチュエータ42の作動油がフェイルセーフバルブ120からドレーンされて第1ブレーキB1が速やかに解放される。これにより、ライン油圧PLの変動に拘らず、油圧PC3またはPC4がスプリング力Fsに対応する比較的低圧の油圧値となる一定のタイミング(油圧)で、常にスプールが一方向へ移動させられてフェイルセーフバルブ120が切り換えられるようになり、インターロックが確実に防止される。
なお、上記フェイルセーフバルブ120のスプールが一方向側へ移動した状態でスティックすると、油圧アクチュエータ42の作動油がドレーンされて第1ブレーキB1は係合不能となるが、図11に示すように退避運転切換バルブ150をフェイルセーフバルブ120のドレーンポート126に接続し、ライン油圧PLを油圧アクチュエータ42に供給して第1ブレーキB1を係合させるようにすることもできる。退避運転切換バルブ150は、ライン油圧PLが供給される退避走行用入力ポート152と、作動油をドレーンするドレーンポート154と、退避走行用出力ポート156とを備えており、その退避走行用出力ポート156は連通路158を介してフェイルセーフバルブ120のドレーンポート126に接続されている。そして、図示しないスプールがスプリング160の付勢力に従って一方の移動端へ移動させられると、退避走行用出力ポート156とドレーンポート154とを連通させるとともに退避走行用入力ポート152が遮断される正常時連通状態とされ、フェイルセーフバルブ120のドレーンポート126が退避運転切換バルブ150のドレーンポート154に連通させられ、そのドレーンポート154から作動油がドレーンされることにより、第1ブレーキB1を解放してインターロックを防止することができる。
上記退避運転切換バルブ150には、ON−OFFソレノイドバルブSol1が接続され、そのON−OFFソレノイドバルブSol1のソレノイドが前記電子制御装置90によってON(励磁)されることにより、信号油圧が退避運転切換バルブ150に供給される。そして、この信号油圧が供給されると、前記スプリング160の付勢力に抗してスプールが他方の移動端へ移動させられ、退避走行用出力ポート156と退避走行用入力ポート152とを連通させるとともにドレーンポート154を遮断するフェイル時連通状態とされ、ライン油圧PLが退避運転切換バルブ150を経てフェイルセーフバルブ120のドレーンポート126に供給されるとともに、更に油圧アクチュエータ42に供給されて第1ブレーキB1が係合させられ、第2変速段「2nd」または第8変速段「8th」を成立させることができる。これにより、フェイルセーフバルブ120のスティックに拘らず第1ブレーキB1を係合させて退避走行を行うことができる。
上記ON−OFFソレノイドバルブSol1は、通常(正常時)は電子制御装置90によりソレノイドがOFFとされ、退避運転切換バルブ150を正常時連通状態に保持するが、フェイルセーフバルブ120のスプールが前記一方向側でスティックした場合には、ソレノイドがONされて信号油圧を出力することより、退避運転切換バルブ150をフェイル時連通状態に切り換える。電子制御装置90は、入力回転速度NIN(タービン回転速度NT)および出力回転速度NOUT (車速V)から求められる変速比や、図示しない油圧スイッチによって検出される油圧アクチュエータ42の油圧PB1などに基づいて、フェイルセーフバルブ120のスプールが一方向側でスティックしたか否かを検出し、上記ON−OFFソレノイドバルブSol1のON、OFFを切り換える機能を備えており、それ等の電子制御装置90およびON−OFFソレノイドバルブSol1によってフェイル時バルブ切換手段が構成されている。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
10:車両用自動変速機 90:電子制御装置(フェイル時バルブ切換手段) 98:油圧制御回路 120:フェイルセーフバルブ 130:モジュレータバルブ 150:退避運転切換バルブ C1〜C4:クラッチ(油圧式摩擦係合装置) B1:第1ブレーキ(対応油圧式摩擦係合装置) B2:第2ブレーキ(油圧式摩擦係合装置) SL1〜SL6:リニアソレノイドバルブ(変速用ソレノイドバルブ) Sol1:ON−OFFソレノイドバルブ(フェイル時バルブ切換手段) PL:ライン油圧 PM:モジュレータ油圧