JP4072404B2 - 硬質炭素皮膜とそれを用いた機械摺動部品 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
この発明は、自動車部品などの機械摺動部品や切削工具、金型などの機械工具の表面に硬質保護膜として被覆される硬質炭素皮膜に関する。
【0002】
【従来の技術】
硬質炭素皮膜は、ダイヤモンド構造とグラファイト構造との両者を有する非晶質の炭素膜で、DLC皮膜(ダイヤモンドライクカーボン皮膜)とも呼ばれ、高硬度で、耐摩耗性に優れ、摩擦係数が小さく、表面平滑性や固体潤滑性に優れるなどの特徴を有する。このため、硬質保護膜として、機械摺動部品や工業用工具類、AV機器用部品、半導体用部品などに応用されている。
【0003】
従来、耐摩耗性、基体との密着性および潤滑性の向上などを目的として、前記硬質炭素皮膜に、Cr、Mo、Wや、Si、Pなどの金属元素を含有させた技術が開示されている(例えば、特許文献1、2、3参照)。
【0004】
一方、部品の摺動面に、摩擦低減のための炭素皮膜をコーティングする場合に、この炭素皮膜に、周期律表のIb、IIb、IIIa、IV、Vb、VIb、VIIbまたはVIIIの各族の金属を含有させることが開示され、これらの金属の中には、Ag(Ib族)が含まれている(例えば、特許文献4参照)。
【0005】
【特許文献1】
特公平4−9870号公報(第2頁)
【特許文献2】
特公平4−9868号公報(第2頁)
【特許文献3】
特公平4−9869号公報(第2頁)
【特許文献4】
米国特許第4525417号明細書(第4頁)
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
通常、硬質炭素皮膜は、無潤滑下で使用される場合には、他の保護皮膜、例えばTiN、CrN、TiAlNなどの金属窒化膜に比べて優れた耐摩耗性および摺動特性を呈する。しかし、潤滑油中等の油潤滑環境下で使用される場合、例えば、機械摺動部品が潤滑油中で摺動するような場合には、前記特許文献1から4に開示されたように、硬質炭素皮膜中に、Cr、Mo、Wや、Si、Pなどの金属元素を含有させても、その耐摩耗性や摺動特性は、前記金属窒化膜に劣るという問題がある。
【0007】
また、前記特許文献4に開示されたように、軟質で変形しやすいAgを炭素皮膜中に添加することは、無潤滑下での摩擦係数の低下には寄与するものの、単にAgを添加するだけでは、潤滑油下での摺動特性を改善するまでには至らない。
【0008】
そこで、この発明の課題は、油潤滑環境下で使用する場合でも、優れた耐摩耗性および摺動特性ならびに耐久性を有する硬質炭素皮膜およびそれを用いた機械摺動部品等を提供することである。
【0009】
【課題を解決するための手段】
前記の課題を解決するために、この発明では以下の構成を採用したのである。
即ち、Agを0.3〜20at%を含有した硬質炭素皮膜を、この硬質炭素皮膜の膜厚方向の厚さ100nmの断面内で、等価粒径が少なくとも1nm以上のAgのクラスターの個数が、1平方μmあたり、10個から1000個の範囲にあり、かつ、前記各クラスターの等価粒径の平均値が10nm〜50nmの範囲にあるように形成したのである。ここで、等価粒径とは、透過電子顕微鏡等により、上記硬質炭素皮膜の成膜方向の厚さ100nmの断面内で観察したクラスターの面積と等しい面積の円の直径を意味し、クラスターの大きさ、即ちクラスターサイズを表す。
【0010】
このように、Agを主体とした微細クラスターを硬質皮膜中に分散させることにより、油潤滑環境下での使用においても、優れた耐摩耗性および摺動特性ならびに耐久性が得られる。
【0011】
前記硬質皮膜中のAgの含有量は、0.3at%よりも少ないと、有効な大きさのクラスターが形成されず、また、このクラスターの適切な分散状態が得られなくなる。また、Ag含有量が20at%を超えると、大気中での酸化や硫化による腐食が顕著となり、硬質炭素皮膜自体が保持できなくなる。
【0012】
硬質炭素皮膜中にAgを添加することにより、硬質炭素皮膜が油潤滑環境下で、上記のような優れた特性を発揮する理由は、以下のように考えられる。
【0013】
(1)前記硬質炭素皮膜中でAgは比較的安定で、機械摺動部品で使用される鉄などの相手方の金属と反応しにくいため、凝着摩擦を起こしにくいこと。
(2)潤滑油と上記のように形成した硬質炭素皮膜が相互反応を起こして、この反応生成物が接触界面に介在することにより、この接触界面で油膜を保持しやすくなること。
(3)Agは軟質で変形しやすく、それ自体の変形により摩擦抵抗が増大しないこと。
【0014】
上記のような優れた特性を発揮させるためには、硬質炭素皮膜中にAgを単に添加するだけでは不十分で、上記のように、Agを主体とする微細なクラスターを硬質炭素皮膜中にバランスよく分散させる必要がある。
【0015】
前記クラスターの皮膜中への分散に関しては、クラスターの個数が10個未満の場合には、油膜保持に必要な有効面積が小さく、潤滑油中での低い摩擦係数が実現されにくくなる。また、クラスターの個数が1000個を超えると、Ag自体の変形抵抗による摩擦抵抗の増大、および固体接触が生じた場合の凝着摩擦による摩擦抵抗の増大が、それぞれもたらされる。
【0016】
前記各クラスターの等価直径の平均値、即ち平均クラスターサイズが10nm未満と小さいクラスターが多くなると、接触界面における油膜の保持や、低い摩擦抵抗などのAgの添加による前記の効果が発揮できなくなる、また、前記平均クラスターサイズが50nmを超えると、クラスターが大きすぎて、かえって摩擦抵抗を増大させることになる。なお、この平均クラスターサイズは20nmから30nmの範囲にあることがより好ましく、この場合の各クラスターの等価粒径の上限はおよそ60nm程度とするのが望ましい。
【0017】
元来、Agは凝縮エネルギーが大きい元素であるため、スパッタリングなどの気相コーティングで形成した場合、クラスターを形成しやすい傾向にあるが、前記のような分散状態、即ち、前記平均粒径のクラスターが所要数分散した状態を得るためには、成膜時に基板バイアス電圧、即ち硬質炭素皮膜を形成する基材に所要の電圧を印加することが必要である。基板バイアス電圧を印加することにより、成膜中のAgの凝集を抑制し、この基板バイアス電圧を制御することにより、所望の分散状態が得られる。なお、印加する基板バイアス電圧の大きさは、Agの添加量にもよるが、概ね100V以上であることが好ましい。
【0018】
上記の微細クラスターをバランスよく分散させた硬質炭素皮膜を機械摺動部品に付与することができる。
【0019】
例えば、湯水栓やVTRキャプスタンなどの無潤滑下で使用される摺動部品、エンジンオイルなどの潤滑油下で使用される鋼などからなる摺動部品、のいずれの機械摺動部品にも前記硬質炭素皮膜を付与することができ、優れた摺動特性が得られる。
【0020】
上記の微細クラスターをバランスよく分散させた硬質炭素皮膜を機械工具に付与することができる。
【0021】
例えば、ドリルやカッターなどの切削工具、プレス金型などの各種成形用金型等の機械工具に前記硬質炭素皮膜を付与することができ、優れた摺動特性が得られる。
【0022】
【発明の実施の形態】
以下に、この発明の実施形態を実施例により説明する。
【0023】
【実施例】
直径50mm、厚さ8mmの高速度鋼の基材1を、成膜前処理としてアセトンで脱脂し、20分間超音波洗浄した後、圧縮空気を噴射して充分に乾燥させた。図1にこの基材1を、スパッタリング装置のチャンバー2内にセットし、排気口3から図示を省略した真空ポンプにより、3×10-6torr以下に減圧した後、Arガスを、導入ポート4aから3mtorr圧まで導入した。そして、上部電極5および下部電極6、6間に高周波電圧を印加してArプラズマを発生させ、高周波出力200Wで、Arイオンによる基材1の表面のスパッタエッチングを5分間行なった。
【0024】
次に、カーボンターゲット7、7を下部電極6,6上にセットし、このカーボンターゲット7、7の表面にAgチップ8を載置した。そして、上部電極4と下部電極5、5との間に高周波電圧を印加し、高周波出力、即ち成膜出力500Wで、Arイオンでカーボンターゲット7、7をスパッタリングして、硬質炭素皮膜を基材1上に形成した。その過程で、カーボンターゲット7、7上に載置したAgチップ8も同時にスパッタリングされて、Agが硬質炭素皮膜内に含有される。このようにして、表1に示した試料記号A〜Rの硬質炭素皮膜層を、基材1の表面に成膜した。
【0025】
前記成膜の過程で、主に基板電圧、即ち基材1に印加するバイアス電圧を変化させることにより、前記クラスターの等価粒径および密度をそれぞれ制御した。また、Agの含有量は、カーボンターゲット7、7上に載置するAgチップ8の量を変化させることにより制御した。なお、カーボンターゲット7、7と基材1間の距離は55mmであり、基材は室温で前記チャンバー2内にセットした。また、上記の硬質炭素皮膜形成中に、導入ポート4bから補助的にメタンなどの炭化水素系の原料ガスをチャンバー2内に導入することもできる。
【0026】
成膜処理終了後の基材から、FIB加工により、厚み100nmの試料を作製し、膜厚方向の断面を透過電子顕微鏡により観察し、その組織写真を画像解析し、クラスターの平均等価粒径および分散状態を定量評価した。なお、前記成膜方向の断面内で観察されるAgクラスターは円形に近い形状をしているが、各クラスターの粒径評価には、前記等価粒径を用いた。
【0027】
また、表1に記した油中の摩擦係数は、HEIDON式往復摺動試験機で評価した。試験条件は、荷重を4.9N、摺動距離を20mm、摺動速度を1200mm/min、摺動回数を5000往復、摺動相手材をφ10mmのSUJ2の丸棒とし、潤滑剤としてエンジンオイル(ネオSJ5W−30(トヨタ純正))を用いた。
【0028】
【表1】
【0029】
表1に、測定したAgのクラスター密度、即ち1平方μmあたりのクラスターの個数、クラスターの平均等価粒径、即ち平均クラスターサイズ、潤滑油中での摩擦係数を併せて記した。表1から、硬質炭素皮膜中にAgを添加しなかった場合(試料番号A)には、Agのクラスターが全く認められないことは勿論、Agの含有量が0.1at%に満たない場合(試料番号B、C)にも、平均クラスターサイズは1nm未満で、殆んど認められない状態であった。これに対し、Agの含有量が0.1at%以上で、Agのクラスターが認められた。
【0030】
一般に、CrCなどの金属炭化皮膜や、CrN、TiNおよびTiAlNなどの金属窒化皮膜などでは、潤滑油中で摺動する際の摩擦係数は、0.1〜0.13程度である。一方、硬質炭素皮膜であっても、Agを添加していない場合には(試料記号A)、前記摩擦係数は0.15と前記の金属皮膜の摩擦係数よりもやや大きくなる傾向を示している。
【0031】
表1からわかるように、硬質炭素皮膜中に含有されるAgが一定量以上、即ちおよそ0.1at%以上になると、潤滑油中で使用される機械摺動部品の摩擦係数を、前記金属皮膜と同程度に低下させることができ、さらに、Agの含有量を増加させることにより、潤滑油中での機械摺動部品の前記摩擦係数を、これまで達成されていなかった0.1以下に低減することが可能である。
【0032】
なお、前述のように、前記硬質皮膜中のAgの含有量は、0.3at%よりも少ないと、有効な大きさのクラスターが形成されず、また、このクラスターの適切な分散状態が得られなくなる。また、Ag含有量が20at%を超えると、大気中での酸化や硫化による腐食が顕著となり、硬質炭素皮膜自体が保持できなくなる。
【0033】
表1から、前記摩擦係数の低減には、Agの含有量のほかに、平均クラスターサイズおよびクラスター密度が関連していることがわかる。即ち、前記摩擦係数を0.1以下にするためには、基板バイアス電圧を変化させることにより制御した平均クラスターサイズの下限は、試料記号GおよびHの測定データから、およそ10nm付近にあり、また上限は、試料記号Qから、50nm付近にあると見なすことができる。
【0034】
一方、クラスター密度については、Ag含有量とクラスターサイズ、即ちクラスターの等価粒径とに関連するため、前記摩擦係数の低減に対するクラスター密度の効果のみを抽出することはできないが、基材へのバイアス電圧を印加した場合に、前記の厚み100nmの成膜後の試料の、膜厚方向の断面の観察視野1平方μmあたり、10個から1000個、好ましくは100個から1000個の範囲にあるときに、潤滑油下での摩擦係数が、前記の金属皮膜と同等以下の優れた摺動特性が得られている。
【0035】
【発明の効果】
以上のように、この発明では、硬質炭素皮膜に軟質で変形しやすいAgを所要量含有させ、成膜条件を変化させて、Agクラスターのサイズおよびクラスター密度を制御するようにしたので、潤滑油中で前記皮膜を付与した摺動部品を使用する際に、相手方金属部品との接触界面に油膜が有効に保持されるなどして、摩擦係数が従来の金属窒化皮膜を付与する場合よりも顕著に低下する。それにより、潤滑環境下での使用においても、優れた摺動特性および耐摩耗性ならびに耐久性を発揮する硬質炭素皮膜を実現することができ、硬質炭素皮膜の適用部品の拡大に寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明の実施形態の硬質炭素皮膜の形成に用いた装置の概略図
【符号の説明】
1:基材 2:チャンバー 3:排気口
4a、4b:導入ポート 5:上部電極 6:下部電極
7:カーボンターゲット 8:Agチップ
Claims (3)
- Agを0.3〜20at%を含有した硬質炭素皮膜であって、前記硬質炭素皮膜の膜厚方向の厚さ100nmの断面内で、等価粒径が少なくとも1nm以上のAgのクラスターの個数が、1平方μmあたり、10個から1000個の範囲にあり、かつ、前記各クラスターの等価粒径の平均値が10nm〜50nmの範囲にあることを特徴とする硬質炭素皮膜。
- 請求項1に記載した硬質炭素皮膜を有する機械摺動部品。
- 請求項1に記載した硬質炭素皮膜を有する機械工具。
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