JP3995178B2 - マルエージング鋼のガス窒化処理方法 - Google Patents
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【発明の属する技術分野】
本発明は、マルエージング鋼の熱処理技術に係わり、例えばマルエージング鋼の薄板からなるワークに時効処理を施すと同時に、その表面層のごく浅い部分に高い表面硬さを備えた窒化層を安定かつ均一に形成させることのできるガス窒化処理方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
マルエージング鋼は、薄板であっても極めて高い引張り強度を有しているが、そのわりには耐摩耗性および疲労強度が低く、このため高い曲げ応力が加わる場所で用いる部材には、窒化処理を施して表面部の硬さを向上させたうえで使用する必要がある。
【0003】
例えば、自動車用無段変速機における動力伝達用のスチールベルトには、マルエージング鋼の薄板からなるスチールリングが使用されているが、上記のように耐摩耗性および疲労強度が低いために、高強度のスチールベルトとして使用するには、450℃〜520℃程度の温度範囲において時効処理を兼ねた窒化処理を行い、曲げ疲労強度を高めるようにしている。この場合、スチールベルトには高靭性が求められるために、薄板の内部に未窒化部分が十分に確保されるように、薄くて(例えば30μm以内)、表面硬度の高い(例えばHv850以上)窒化層を均一に、しかも表面に化合物層を生成させることなく形成することが必要とされる。
【0004】
一般に、このような窒化処理を行うにあたっては、従来より、NH3(アンモニア)ガスの雰囲気中で加熱するガス窒化方法が採用されている。また、特開平10−306364号公報には、窒素ガスをベースとしたガス軟窒化法の雰囲気中に微量の硫化水素(H2S)ガスを添加して処理するガス浸硫窒化処理法が提案されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、マルエージング鋼はNiの含有量が高いためにガス窒化されにくく、したがって前記ガス窒化処理方法をマルエージング鋼の窒化に適用した場合には、処理時間が長くなるという不具合があり、例えば450℃処理の場合には24時間にも及ぶという問題点がある。
【0006】
なお、ガス窒化に代えて、タフトライド処理方法で行うことも提案されているが、この方法では処理温度が550℃以上と高温なるため、特に上記した無段変速機用スチールベルトの熱処理に適用した場合には、過時効や変形を引起す可能性があって好ましくない。また、低温でのガス窒化を行うために、アンモニアガス中にRxガスを混入して用いるガス軟窒化方法も提案されているが、この方法では被処理材の炭素含有量が増加する傾向があるので好ましくない。
【0007】
さらに、ガス浸硫窒化処理方法は、本来、窒化層の上に固体潤滑性のある浸硫層を生成させることにより、鋼部品の耐摩耗性や耐焼付性を改善するために用いられるものであって、十分な表面硬度を得ることができないという問題点がある。また、被処理物表面の酸化を防止する目的で、窒素ガスに替えてRxガスを用いる方法も考えられるが、表面に化合物層(白層)が生成されて十分に硬化されるものの、脆くなって割れが発生しやすくなる傾向がある。
【0008】
すなわち、上記した従来の窒化処理方法においては、過時効や変形、化合物層を生じることなく、短時間のうちに、例えば無段変速機用スチールベルトに要求されるような薄くて、表面硬さの高い窒化層を均一に、安定して生成させることができないという問題点があり、このような問題点の解消がマルエージング鋼の窒化処理における課題となっていた。
【0009】
【発明の目的】
本発明は、マルエージング鋼の従来の窒化処理における上記課題に着目してなされたものであって、時効処理と同時に、薄くて表面硬度の高い窒化層を均一に、しかも化合物層を生成させることなく短時間で形成することができるマルエージング鋼のガス窒化処理方法を提供することを目的としている。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明の請求項1に係わるマルエージング鋼のガス窒化処理方法は、マルエージング鋼にガス窒化処理を行うに際し、H2Sガス及びNH3ガスを含む雰囲気中で固溶化処理後の被処理物の加熱を開始すると共に、被処理物の温度が処理温度に到達したのち所定時間を経過した時点でH2Sガスの供給を停止して代わりにCO2ガスを供給し、窒化処理と時効処理を同時に行う構成としたことを特徴としており、本発明によるマルエージング鋼のガス窒化処理方法の実施態様として請求項2に係わるガス窒化処理方法においては、処理温度が470〜490℃、昇温後のH2Sガスの供給時間が20〜50分、H2Sガス停止後のCO2ガス及びNH3ガスの供給時間が50〜80分である構成としたことを特徴としており、マルエージング鋼のガス窒化処理方法におけるこのような構成を前述した従来の課題を解決するための手段としている。
【0011】
【発明の作用】
本発明に係わるマルエージング鋼のガス窒化処理方法においては、窒化処理前にH2Sガスによる表面活性化工程を備え、その後窒化処理と時効処理を同時に行うようにしているので、H2Sガスの表面活性化作用によりマルエージング鋼のような難窒化材料の不動態化した表面が活性化され、その後のガス窒化が円滑に進行することになり、短時間で表面硬度が高く、薄い窒化層が均一に形成されることになる。
【0012】
具体的には、被処理物に固溶化処理(例えば、800〜850℃)を施したのち、H2Sガス及びNH3ガスを含む雰囲気中で、所定の処理温度に加熱する。そして、処理温度に保持しながら被処理物の温度が処理温度に達してから所定時間を経過した時点でH2Sガスの送給を停止して代わりにCO2ガスの供給を開始し、さらに所定時間保持することによって、窒化処理と同時に時効処理を行うようにしている。
【0013】
すなわち、H2Sは、被処理物である鋼の表面に付着しやすいので、処理温度(窒化温度)に到達するまでの昇温過程から鋼との反応を開始し、マルエージング鋼のような難窒化材料の不動態化した表面をも活性化するので、その後のガス窒化が円滑に進行することになり、短時間で均一な薄い窒化層が形成される。そして、所定時間経過後、H2Sガスの送給を停止してCO2ガスに切替えるようにしているので、従来のガス浸硫窒化処理のような表面硬さの低下はなく、十分な表面硬さを備えた窒化層が形成されることになる。このとき、窒化層表面には、EPMA分析の結果、CO2ガスによる炭素富化がわずかに認められ、これが表面硬さ向上の一因と考えられる。
【0014】
なお、CO2ガスが当該ガス窒化処理過程の初期段階から存在すると、その酸化作用により鋼を酸化し、鋼の表面がわずかでも酸化されると、表面硬さや窒化層深さが不均一となり、薄くて硬さの高い窒化層を均一に生成させることができなくなる。
【0015】
また、本発明の実施態様として請求項2に係わる窒化処理方法においては、処理温度が470〜490℃の範囲であると共に、昇温後のH2Sガスの供給時間が20〜50分、H2Sガス停止後のCO2ガスおよびNH3ガスの供給時間が50〜80分の範囲となる条件で行うようにしているので、マルエージング鋼からなる被処理物に時効処理が施されると同時にガス窒化処理が施され、当該被処理物に適した所期の厚さおよび表面硬さを備えた窒化層が確実に生成されることになる。
【0016】
すなわち、処理温度が470℃未満の場合には、窒化層の表面硬さが不足気味となり、490℃を超えると、窒化層が深くなり 、被処理物の板厚によってはその靭性が低下する傾向がある。また、昇温後のH2Sガスの供給時間が20に満たない場合には、H2Sによる表面活性化作用が不十分となって、窒化層の均一性が損なわれやすく、逆に50分を超えたときには窒化層の表面硬さが低くなる可能性がある。さらに、H2Sガス停止後のCO2ガスの供給時間が50分を下回った場合には、窒化・拡散および若干の浸炭による硬度の向上効果が十分に得られないのに対し、CO2ガスの供給時間が80分を超えた場合には、処理時間が長くなるばかりでなく、窒化層の深さが目的の深さよりも過大となる傾向がある。
【0017】
【実施例】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明する。
【0018】
実施例
まず、マルエージング鋼の薄板(板厚:0.3mm,成分組成(重量%):0.01%C,18%Ni,5%Mo,9%Co,0.7%Ti,0.1%Al)からなる被処理物に固溶化処理を施した。固溶化処理に際しては、表面の酸化を防止するため真空炉中を使用し、820℃に2時間保持した後、N2ガス冷却した。
【0019】
次に、固溶化処理後の被処理物をレトルト炉に装入し、常温(50℃以下)において0.1Torr以下まで炉内を減圧したのち、N2ガスで大気圧に復圧した。
【0020】
そして、図1に示すように、NH3(アンモニア)ガスをベースにH2S(硫化水素)ガスを炉内に供給しながら、480℃の処理温度への昇温を開始した。このときの各ガスの流量は、炉内容積と被処理物の量に応じて設定することができる。
【0021】
炉内の被処理物の温度が処理温度である480℃に達してから40分経過した時点で、H2Sガスの供給のみを停止して、代わりにCO2ガスの供給を開始し、NH3ガスおよびCO2ガスの供給を60分続けた後、通電と共にNH3ガスおよびCO2ガスの供給を停止し、N2ガスのみを炉内に流しながら150℃まで冷却し、炉内の窒化性ガスをパージしてからN2ガスを停止させ、被処理物を取出した。
【0022】
比較例
上記実施例と同じ被処理物に、同様の固溶化処理を施したのち、レトルト炉に装入し、常温(50℃以下)において0.1Torr以下まで炉内を減圧したうえで、N2ガスで大気圧に復圧したのち、図2に示すように、NH3ガスおよびH2Sガスを炉内に供給しながら、480℃の処理温度への昇温を開始した。
【0023】
そして、炉内の被処理物の温度が処理温度に達してから300分(5時間)経過したのち、NH3ガスおよびH2Sガスの供給を停止して、N2ガスのみを炉内に流しながら150℃まで冷却し、炉内の窒化性ガスをパージしてからN2ガスを停止させて被処理物を取出し。
【0024】
評価試験
上記実施例および比較例に係わるそれぞれの処理条件のもとに時効処理およびガス窒化処理を施された両被処理物から硬さおよびミクロ試験片を切り出し、マイクロビッカース硬度計を用いて硬さ分布を測定すると共に、625倍での顕微鏡組織観察をそれぞれ実施した。
【0025】
図3および図4は、両被処理物の硬度分布および顕微鏡組織を示すものであって、処理温度に昇温した後の窒化段階において、H2SガスをC02ガスに切り替えて処理した本発明実施例の場合には、図3(a)および図4(a)に示すように、Hv850程度の表面硬さを備えた約30μmの窒化層が均一に形成されており、化合物層も生成していないことが確認された。また内部硬さについては、Hv590程度であって、時効処理による析出硬化が認められた。
【0026】
これに対し、C02ガスに切り替えることなくH2Sガスを流し続けた比較例の場合には、図3(b)および図4(b)に示すように、50μm程度の窒化域が形成され、5時間という長時間の処理にも拘らず、Hv750程度の表面硬さしか得られないことが判明した。また処理表面には化合物層の生成が認められた
。
【0027】
【発明の効果】
本発明によれば、窒化処理に先立ってH2Sガスによる表面活性化を行い、その後窒化処理と時効処理を同時に行うようにしているので、マルエージング鋼のような難窒化材料の不動態化した表面をも活性化することができ、その後のガス窒化を円滑に進行させることができ、短時間で表面硬度が高くて薄い窒化層を均一に形成することが可能になる。すなわち、本発明の請求項1に係わるマルエージング鋼のガス窒化処理方法においては、マルエージング鋼からなる被処理物に固溶化処理を施したのち、H 2 Sガス及びNH 3 ガスを含む雰囲気中で被処理物の加熱を開始するようにしているので、被処理物が窒化温度に昇温する前に、H 2 Sの表面活性化作用によってマルエージング鋼の不動態化した表面を活性化して、薄くて均一な窒化層を安定に形成することができる。そして、被処理物の温度が処理温度に到達したのち所定時間を経過した時点でH 2 SガスをCO 2 ガスに切り替えるようにしているので、窒化層の表面硬さをさらに向上させることができるという極めて優れた効果がもたらされる。
【0028】
また、本発明によるマルエージング鋼のガス窒化処理方法の実施態様として請求項2に係わる窒化処理方法においては、処理温度を470〜490℃の範囲、昇温後のH2Sガスの供給時間を20〜50分の範囲、そして、H2Sガス停止後のCO2ガスおよびNH3ガスの供給時間を50〜80分の範囲としているので、被処理物の表面に、十分に薄い所望の厚さおよび表面硬さを備えた均一な窒化層を確実に生成させることができ、同時に時効処理を施すことができるという優れた効果がもたらされる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係わるマルエージング鋼のガス窒化処理方法における処理サイクルの一例を示す説明図である。
【図2】従来の浸硫窒化処理方法における処理サイクルの一例を示す説明図である。
【図3】(a) 本発明に係わるガス窒化処理を施したマルエージング鋼表面近傍部の硬度分布を示すグラフである。
(b) 従来の浸硫窒化処理を施したマルエージング鋼表面近傍部の硬度分布を示すグラフである。
【図4】(a) 本発明に係わるガス窒化処理を施したマルエージング鋼表面近傍部の顕微鏡組織を示す顕微鏡写真である。
(b) 従来の浸硫窒化処理を施したマルエージング鋼表面近傍部の顕微鏡組織を示す顕微鏡写真である。
Claims (2)
- マルエージング鋼にガス窒化処理を行うに際し、H2Sガス及びNH3ガスを含む雰囲気中で固溶化処理後の被処理物の加熱を開始すると共に、被処理物の温度が処理温度に到達したのち所定時間を経過した時点でH2Sガスの供給を停止して代わりにCO2ガスを供給し、窒化処理と時効処理を同時に行うことを特徴とするマルエージング鋼のガス窒化処理方法。
- 処理温度が470〜490℃、昇温後のH2Sガスの供給時間が20〜50分、H2Sガス停止後のCO2ガス及びNH3ガスの供給時間が50〜80分であることを特徴とする請求項1に記載のマルエージング鋼のガス窒化処理方法。
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