JP3823875B2 - マルエージング鋼の窒化処理方法およびその方法によって窒化処理されたベルト式無段変速機用のベルト - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、マルエージング鋼の窒化処理方法およびその方法によって製造されたベルト式無段変速機用のベルトに関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、地球環境保全の立場から、自動車の分野においては、低燃費や低公害などの要請が高まっている。かかる要請に応えるべく、トランスミッションに関しては、動力の伝達ロスを低減するために、金属ベルトを用いて動力を伝達するベルト式無段変速機の採用が増えている。金属ベルトは、その用途から、高い疲労強度、耐摩耗性および引張り強度が要求されため、高引張り強度、高靭性を兼ね備える超強力鋼として知られるマルエージング鋼から形成されている。金属ベルトの場合にはさらに高い疲労強度と耐摩耗性とを満たすことが望まれるため、マルエージング鋼には、表面硬化処理として、時効処理および窒化処理が施されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
窒化され難い18Ni系マルエージング鋼を適正に窒化するために、窒化処理は、480〜520℃の比較的高い温度で施されている(特開2001−49347号公報参照)。しかしながら、前記温度域の上限温度近傍では、溶体化によって形成されたマルテンサイトの一部がオーステナイトに逆変態する場合がある。この逆変態オーステナイトは、引張り強度や疲労強度の低下に必ずつながるとは言えないが、多量に形成されると強度の低下を招くことが懸念される。
【0004】
窒化温度を下げると窒化の効率が低下するため、一般的に、残留アンモニア濃度が70%以上の窒化雰囲気中で窒化処理して窒化層を形成している。このような濃度に設定すれば、窒化温度を下げることはできるものの、窒化表層に白色の化合物層つまり白色層が生成されやすくなる。白色層は脆弱であるので、窒化表層が破壊・剥離したり、疲労強度が低下したりする一要因となる虞がある。
【0005】
本発明は、上記従来技術に伴なう課題を解決するためになされたものであり、マルエージング鋼の疲労強度と耐摩耗性とを向上し得る、マルエージング鋼の窒化処理方法およびその方法によって窒化処理されてなるベルト式無段変速機用のベルトを提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するための本発明は、下記の手段により達成される。
【0007】
(1)マルエージング鋼の表面を硬化する窒化処理方法において、
430℃〜480℃の窒化処理温度で、残留アンモニア濃度を時間の経過に応じて10%未満から70%以上まで増加させる窒化雰囲気中で窒化処理して窒化層を形成することを特徴とするマルエージング鋼の窒化処理方法。
【0008】
(2)窒化雰囲気中の残留アンモニア濃度を、窒化処理開始から少なくとも10分間、10%未満とすることを特徴とする上記(1)に記載のマルエージング鋼の窒化処理方法。
【0009】
(3)窒化雰囲気中の残留アンモニア濃度を、0.5%/min〜2%/minの範囲の平均上昇率で増加させることを特徴とする上記(1)に記載のマルエージング鋼の窒化処理方法。
【0010】
(4)上記(1)に記載の方法によって窒化処理されてなるベルト式無段変速機用のベルト。
【0011】
【発明の効果】
請求項1〜3に記載の本発明によれば、マルエージング鋼の疲労強度と耐摩耗性とを向上できる。
【0012】
請求項4に記載の本発明によれば、用途上から高い疲労強度、耐摩耗性および引張り強度が要求されるベルト式無段変速機用のベルトを提供できる。
【0013】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施形態を図面を参照しつつ説明する。
【0014】
(第1の実施形態)
18Ni系マルエージング鋼の表面は、時効処理および窒化処理を経て硬化される。特に、430℃〜480℃の窒化処理温度で、残留アンモニア濃度を時間の経過に応じて10%未満から70%以上まで増加させる窒化雰囲気中で窒化処理して窒化層を形成している。窒化処理中に残留アンモニア濃度を70%以上まで増加させたのは、窒化温度を下げたときの窒化の効率が低下することを防止するために一般的に採用されている残留アンモニア濃度と同様にしたものである。
【0015】
白色層の発生状況を調べたところ、白色層は窒化処理の初期段階で発生しやすく、窒化が進行し始めると、残留アンモニア濃度を増加させても白色層が発生し難いことを見出した。そこで、窒化処理の初期段階では、窒化雰囲気の残留アンモニア濃度を10%未満に設定することにより、窒化表層に白色層が発生することを抑えることができる。そして、窒化処理の初期段階が終わると、窒化雰囲気の残留アンモニア濃度を時間の経過に応じて70%以上まで増加させることにより、白色層の発生および窒化効率の低下を抑えつつ,窒化層を形成することができる。
【0016】
また、窒化雰囲気中の残留アンモニア濃度を10%未満とする初期段階は、窒化処理開始から少なくとも10分間であることが好ましい。
【0017】
そして、初期段階が終わると、窒化雰囲気中の残留アンモニア濃度を、0.5%/min〜2%/minの範囲の平均上昇率で増加させることが好ましい。残留アンモニア濃度を時間の経過に応じて増加させる場合、時間の経過に比例して連続的に増加させてもよいし、ステップ状に増加させてもよいし、指数関数的に増加させてもよい。残留アンモニア濃度を10%未満から70%を超えるまで上昇させるのに要した時間を単位にして、残留アンモニア濃度の平均上昇率が0.5%/min〜2%/minの範囲を満たしていればよい。
【0018】
窒化処理は、装入側にフレームカーテンを用いた炉では、装入の際に、すすが付着して、窒化ムラの原因となる。そこで、窒化処理は、フレームレスの窒化炉にて行うことが好ましい。また、窒化処理は、アンモニアガスを用いたガス窒化またはガス軟窒化である。窒化雰囲気としては、純アンモニアガス、アンモニアガス+窒素ガス、アンモニアガス+RXガスなどが使用される。
【0019】
(実施例)
18Ni系マルエージング鋼の試料片を溶体化処理した後、真空炉で480℃にて2時間の時効処理を行った。
【0020】
時効処理を終えた試料片を、430℃〜480℃の窒化処理温度に加熱したピット炉にて、窒化処理を実施した。窒化処理は、430℃〜480℃の窒化処理温度で、残留アンモニア濃度を時間の経過に応じて10%未満から70%以上まで増加させる窒化雰囲気中で行った。残留アンモニア濃度の平均上昇率を0.5%/min〜2%/minの範囲とし、窒化処理時間を50分〜80分とし、窒化後、窒素ガス雰囲気中で冷却を行った。残留アンモニア濃度は、アンモニアガスと窒素ガスとの混合割合を変えることにより調節した。
【0021】
(比較例)
窒化条件(窒化処理温度、窒化処理時間および残留アンモニア濃度)を変え、その他の工程は実施例と同一条件にして、試料片を窒化処理した。
【0022】
(検討)
実施例および比較例における窒化条件および材質調査結果の一例が下記の表1に示される。材質の調査は、ビッカース硬さ試験による窒化後の表面硬さと、引張り強度とについて行った。さらに、試料断面の組織観察によって、白色層の発生の有無を調べた。
【0023】
【表1】
【0024】
表1を参照して、430℃〜480℃の窒化処理温度で、窒化処理の初期段階(窒化処理開始から7分〜10分)では残留アンモニア濃度を5%に設定し、時間の経過に応じて5%から97%まで増加させた窒化雰囲気中で窒化処理して窒化層を形成した実施例では、窒化表層に白色層が発生せず、900Hv以上の表面硬さ、および、1950MPa以上の引張り強度を備える高靭性の窒化層を得ることができた。
【0025】
窒化処理温度が上記温度範囲内の450℃であっても、残留アンモニア濃度を55%までしか増加させなかった場合は、窒化の効率が低下し、窒化処理後の表面硬さが900Hvに満たない。
【0026】
窒化処理温度が上記温度範囲内の430℃であっても、残留アンモニア濃度を変化させずに70%の一定とした場合は、窒化表層に厚さ1μmの白色層が発生し、引張り強度が低下した。
【0027】
また、窒化処理温度が480℃より高い温度域では、フッ化処理などの表面活性化を窒化処理前に行わなくても、窒化処理を施すことは可能である。しかしながら、窒化ポテンシャルが高くなるのに伴ない、窒化表層に白色層が発生しやすくなり、窒化処理温度500℃、窒化処理時間40分、残留アンモニア濃度70%一定の窒化処理を行ったところ、窒化表層に厚さ1〜2μmの白色層が発生し、引張り強度が低下した。
【0028】
このような白色層の発生は、窒化表層が破壊・剥離したり、疲労強度が著しく低下したりする一要因となるので、必ず回避しなければならない現象である。
【0029】
窒化処理温度が430℃未満の温度域、例えば、窒化処理温度が400℃の場合には、緻密な酸化膜に阻まれて窒化が進行し難く、深い窒化深さを得るために、100分の窒化処理時間が必要となり、また、窒化処理後の表面硬さが900Hvに満たない。
【0030】
以上の考察により、窒化表層に白色層が発生せず、900Hv以上の表面硬さ、および、1950MPa以上の引張り強度を満たすマルエージング鋼の窒化処理のためには、430℃〜480℃の窒化処理温度で、残留アンモニア濃度を時間の経過に応じて10%未満から70%以上まで増加させる窒化雰囲気中で窒化処理して窒化層を形成することが適当であることが明らかになった。このようにして窒化処理されたマルエージング鋼は高い疲労強度と耐摩耗性とを備えており、ベルト式無段変速機用のベルトに用いて好適である。
【0031】
430℃〜480℃の窒化処理温度で、窒化処理開始から10分が経過するまで残留アンモニア濃度を10%以上とすると、10分経過後、残留アンモニア濃度をどのような上昇率で増加させても、窒化表層には、厚さが1μm未満ではあるものの、白色層の微少量の発生が認められた。
【0032】
これに対して、窒化処理開始から10分が経過するまで残留アンモニア濃度を10%未満とすると、10分経過後、残留アンモニア濃度を2%/min以下の平均上昇率で増加させれば、窒化表層には白色層の発生が認められなかった。
【0033】
以上の考察から、窒化表層に白色層を発生させないためには、窒化雰囲気中の残留アンモニア濃度を、窒化処理開始から少なくとも10分間、10%未満とすることが適当であることが明らかになった。このようにして窒化処理されたマルエージング鋼は高い疲労強度と耐摩耗性とを備えており、ベルト式無段変速機用のベルトに用いて好適である。
【0034】
図1は、430℃〜480℃の窒化処理温度で、残留アンモニア濃度を窒化処理開始から10分間は10%未満の一定濃度とし、それ以降、残留アンモニア濃度を増加させる場合の平均上昇率を変化させたときの、窒化後の表面硬さと、白色層の発生の有無とを調べた結果を示したものである。
【0035】
図1を参照して、430℃〜480℃の窒化処理温度で、窒化処理開始から10分が経過するまで残留アンモニア濃度を10%未満とし、10分経過後、残留アンモニア濃度を2%/minを超える平均上昇率で70%以上まで増加させたところ、窒化表層には、厚さが1μm未満ではあるものの、白色層の微少量の発生が認められた。
【0036】
また、窒化処理開始から10分経過後、残留アンモニア濃度を0.5%/min未満の平均上昇率で70%以上まで増加させたところ、白色層の発生は認められなかった。しかしながら、窒化が十分に進行しないため、窒化後の表面硬さは、900Hvに達せず、850〜890Hvと低かった。
【0037】
これに対して、窒化処理開始から10分経過後、残留アンモニア濃度を0.5%/min〜2%/minの範囲の平均上昇率で70%以上まで増加させたところ、窒化表層には白色層の発生が認められず、かつ、窒化後の表面硬さが900Hvに達した。
【0038】
以上の考察から、窒化表層に白色層が発生せず、900Hv以上の表面硬さを満たすマルエージング鋼の窒化処理のためには、残留アンモニア濃度を0.5%/min〜2%/minの範囲の平均上昇率で増加させることが適当であることが明らかになった。このようにして窒化処理されたマルエージング鋼は高い疲労強度と耐摩耗性とを備えており、ベルト式無段変速機用のベルトに用いて好適である。
【0039】
なお、白色層の発生を防止し、窒化後の表面硬さが900Hvを満たし、さらに生産性の観点から、残留アンモニア濃度を増加させるときの平均上昇率は、1%/min前後がより好ましい。
【0040】
(ベルト式無段変速機用のベルトの製造)
次に、ベルト式無段変速機用のベルトの製造工程について説明する。図2は、ベルト式無段変速機用のベルトの製造工程の一実施形態を示す図である。
【0041】
まず、18Ni系マルエージング鋼の板をロール成形し、端部を溶接して円筒状のパイプを形成する。
【0042】
次に、このパイプを真空炉にて800〜830℃で15〜30分間保持して第一溶体化処理を行う。第一溶体化処理は、溶接時に析出した炭化物やぜい化相の溶体化のため実施する。
【0043】
次に、前記パイプを所定の幅に裁断し、リングを形成する。このリングには裁断によりエッジが発生しているため、バレル研磨にて面取りを行う。
【0044】
次に、所定の長さにするため、ロール圧延を行う。
【0045】
圧延後、リングを、第二溶体化処理として、水素ガスからなる還元性雰囲気にて810〜860℃の温度に昇温後、この温度で保持することなく、水素ガス冷却を行う。第二溶体化処理は、圧延された組織を微細化するため行う。
【0046】
次に、ストレッチを行い、所定の長さになるように周長を微調整する。
【0047】
窒化処理の際に表面の清浄度が低いと窒化ムラの原因となるため、時効処理前に超音波洗浄を行う。
【0048】
次いで、真空炉で時効処理温度480℃、時効処理時間2時間にて時効処理を実施した。
【0049】
時効処理後に、430℃〜480℃の窒化処理温度で、残留アンモニア濃度を時間の経過に応じて10%未満から70%以上まで増加させる窒化雰囲気中で窒化処理し、白色層が表層に発生しない窒化層を形成する。残留アンモニア濃度を、窒化処理開始から少なくとも10分間、10%未満とした。さらに、残留アンモニア濃度を、0.5%/min〜2%/minの範囲の平均上昇率で増加させた。一例として、窒化炉にて、窒化処理温度450℃、窒化処理時間60分、残留アンモニア濃度の増加が5%から95%まで、残留アンモニア濃度を5%に保持する時間9分、残留アンモニア濃度が5%から70%を超えるまで増加させるときの平均上昇率1.5%/minの条件にて窒化処理を実施した。
【0050】
上記の工程を経て製造されたベルト式無段変速機用のベルトは、窒化表層に白色層が発生せず、900Hv以上の表面硬さ、および、1950MPa以上の引張り強度を備えている。
【0051】
本実施形態によれば、引張り強度が高い18Ni系マルエージング鋼に対する熱処理工法を改善することにより、18Ni系マルエージング鋼の疲労強度と耐摩耗性とをさらに高めることができ、用途上から高い疲労強度、耐摩耗性および引張り強度が要求されるベルト式無段変速機用のベルトに用いて極めて好適なものとなる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 430℃〜480℃の窒化処理温度で、残留アンモニア濃度を窒化処理開始から10分間は10%未満の一定濃度とし、それ以降、残留アンモニア濃度を増加させる場合の平均上昇率を変化させたときの、窒化後の表面硬さと、白色層の発生の有無とを調べた結果を示す図である。
【図2】 ベルト式無段変速機用のベルトの製造工程の一実施形態を示す図である。
Claims (4)
- マルエージング鋼の表面を硬化する窒化処理方法において、
430℃〜480℃の窒化処理温度で、残留アンモニア濃度を時間の経過に応じて10%未満から70%以上まで増加させる窒化雰囲気中で窒化処理して窒化層を形成することを特徴とするマルエージング鋼の窒化処理方法。 - 窒化雰囲気中の残留アンモニア濃度を、窒化処理開始から少なくとも10分間、10%未満とすることを特徴とする請求項1に記載のマルエージング鋼の窒化処理方法。
- 窒化雰囲気中の残留アンモニア濃度を、0.5%/min〜2%/minの範囲の平均上昇率で増加させることを特徴とする請求項1に記載のマルエージング鋼の窒化処理方法。
- 請求項1に記載の方法によって窒化処理されてなるベルト式無段変速機用のベルト。
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