JP3961815B2 - ストレッチ複合紡績糸及び織物 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、軽量でかつ優れた伸縮性と高い形態安定性も合わせ持つ織編物に好適なストレッチ複合紡績糸及びその織物に関する。
【0002】
【従来の技術】
最近の天然志向のトレンド(ナチュラルな素材感と吸放湿性を生かした機能性)に加えて、代表的な複合紡績糸であるスパンデックスとの複合糸を用いたストレッチ織物の出現により、着用動作性が著しく向上したため、綿やウール等の天然素材を用いた、チノパンツやジーンズに代表されるストレッチカジュアルウエアーがアウター衣料として大量に使用され始めている。
【0003】
しかしながら、上記複合紡績糸によるストレッチ織編物の問題点として、(1)天然繊維もスパンデックスも比重が重いため、さらなる軽量性が求められていること、(2)複合紡績糸中のスパンデックスが滑りやすいため、スリップインが発生しやすく、縫製時の裁断部位や布帛の耳部で素抜けてストレッチ性が無くなること、(3)鞘部を形成する短繊維の摩擦係数が大きいため、布帛のストレッチバック性が劣り、ボトムにした際に膝抜けやアッパーでの肘抜け、さらには膝裏などの屈曲部位での強い緯しわなど、形態安定不良が起こりやすいことなど、が挙げられる。
【0004】
そのため、天然繊維の優れた風合いや触感と上述の快適性は残しつつ、軽量感とストレッチ機能を満足し、かつ優れた形態安定性を有する新たなストレッチ複合紡績糸が求められている。
【0005】
従来技術としては、これらの欠点のうち、軽量性とストレッチ性を改善する目的で、スパンデックスよりも比重の軽いポリエステル系繊維により軽量性と伸縮性を高めた繊維を用いたストレッチ複合精紡糸が開示されている。
【0006】
例えば、ストレッチ性に優れた編織物に好適な長繊維/短繊維複合糸として、特開平9−87940号公報や特開平9−195142号公報には、ポリプロピレンテレフタレートフィラメントを芯糸に用い、短繊維を鞘糸に用いた複合糸が開示されている。これらは、従来のポリエチレンテレフタレート等のポリエステル長繊維に代表される合成繊維を芯糸に用いた複合糸に比べると、伸長時のストレッチバック性に優れた編織物を提供することができるが、綿やウールのような天然繊維を用いた場合には、ストレッチ特性は依然として不充分であり、また伸長回復を繰り返していくと、初期の柔軟な風合いが徐々に変化していくという問題があり、軽量感も不十分である。
【0007】
また、特公昭43−19108号公報には、少なくとも1種または2種がポリトリメチレンテレフタレートからなるサイドバイサイド型の複合マルチフィラメントやその短繊維が開示されており、その単糸は螺旋状にクリンプしているため、優れたストレッチ性とストレッチバック性を有し、軽量で平らな繊維布が得られることが開示されている。さらに、有心紡績法によって作られる糸構造物、すなわち複合紡績糸の芯糸に有用であるとの記載はあるが、該マルチフィラメントを芯糸に用いた複合糸の構造や特性については何ら具体的な記載がなく、実施例にも長繊維と短繊維の複合糸に関する記載は全くなく、本発明が目的とするような、軽量感とストレッチ特性に優れ、かつ、形態安定性に優れるストレッチ複合精紡交撚糸及びその布帛に関しては何ら記載がない。
【0008】
一方、特開2001−40537号公報には、少なくとも2種類のポリマーから構成された潜在捲縮発現性ポリエステル繊維よりなる糸条を撚糸し、熱処理することにより、糸条の中心部分の長さ方向に空洞構造を発現させ、この糸条を用いることにより、軽量でストレッチ性が優れた布帛を得ることが開示されている。しかし、これは長繊維単独での技術であり、天然繊維のような、摩擦係数が大きくストレッチバック性に劣る短繊維とのストレッチ複合紡績糸についての記載は全くなく、もちろん、それを用いた布帛に関して、軽量性とストレッチ特性、及び膝抜けや肘抜け、しわなどの形態不良を改善する技術についての開示は全くない。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記の問題点を解決するために成されたものであり、天然繊維の優れた風合いと温湿快適性を有し、軽量感とストレッチ特性に優れ、繰り返しの伸縮や洗濯にも風合いや軽量感、ストレッチ特性が変化せず、形態安定性に優れる編織物に好適なストレッチ複合紡績糸、及びその織物を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、特定の複合マルチフィラメントと天然素材からなる、特異な構造を有する複合紡績糸を用いることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を為すに至った。
【0011】
即ち、本発明は下記の通りである。
【0012】
1.ポリトリメチレンテレフタレートを主体とするポリエステルと繊維形成性を有するポリエステルとの複合マルチフィラメントが芯部を実質的に形成し、天然繊維を主体とする短繊維が鞘部を実質的に形成してなる精紡交撚糸であって、芯部は複合マルチフィラメントが糸の長軸方向に中空部を有するスパイラル構造を形成しており、かつ、鞘部は短繊維の一部が芯部の複合マルチフィラメントと交絡しながら芯部外周上に捲回された構造を形成していることを特徴とするストレッチ複合紡績糸。
【0013】
2.天然繊維が綿である上記1記載のストレッチ複合紡績糸。
【0014】
3.精紡交撚糸の撚係数が3000〜15000であることを特徴とする上記1または2記載のストレッチ複合紡績糸。
【0015】
4.複合マルチフィラメントが、固有粘度差0.05〜0.40(dl/g)である2種類のポリトリメチレンテレフタレートが互いにサイドバイサイド型に複合された単糸から構成されていることを特徴とする上記1、2または3記載のストレッチ複合紡績糸。
【0016】
5.上記1〜4のいずれかに記載のストレッチ複合紡績糸を経または緯に用い、他方に綿を用いてなることを特徴とする経または緯ワンウェイストレッチ織物。
【0017】
6.上記1〜4のいずれかに記載のストレッチ複合紡績糸を経または緯に用い、他方にストレッチ糸を用いてなることを特徴とする経緯ツーウェイストレッチ織物。
【0018】
7.上記1〜4のいずれかに記載のストレッチ複合紡績糸を経緯に用いてなる経緯ツーウェイストレッチ織物。
【0019】
8.上記6又は7記載の経緯ツーウェイストレッチ織物を用いたボトムであって、経方向に15〜30%のストレッチ率と75%以上のストレッチバック率を有し、経方向のストレッチ率(A)と緯方向のストレッチ率(B)の比(A/B)が0.5≦(A/B)≦30の範囲を満足することを特徴とするボトム。
【0020】
本発明のストレッチ複合紡績糸を用いた織編物は、天然素材の優れた風合いを生かしつつ、天然素材の欠点である着用時の重量感が著しく改善された軽量性と、小さな着用圧や適度なサポート感をもたらし(着用動作性)、低応力高ストレッチ性と高いストレッチバック性、さらには繰り返しの伸縮や洗濯による風合い変化やストレッチ特性変化がおこりづらく、特に膝抜けや肘抜け及び屈曲部の皺が起こりづらく、優れた形態安定性を有する。したがって、本発明は、特に綿やウール等の天然繊維のストレッチ複合紡績糸及びそのストレッチ織編物として有用である。
【0021】
まず初めに、本発明の理解を深めるために、図を用いて、本発明のストレッチ複合紡績糸の特異な構造と、従来技術のストレッチ複合紡績糸では達成できなかった効果との関係について説明する。
【0022】
図1は、本発明のストレッチ複合紡績糸の一例につき、その構造を模式的に表した図である。1は芯部で中空部を有するスパイラル構造を形成している複合マルチフィラメントであり、2は短繊維が構成する鞘部、3は中空部、4は短繊維の一部が芯部のマルチフィラメントと交絡している部分を示す。
【0023】
複合マルチフィラメントは、後述するような特異な構成を有しており、所定の加工条件を満たすことにより、驚くべきことに、本発明のストレッチ複合紡績糸は、鞘部の摩擦係数の大きい繊維で締め付けられた芯部であるにもかかわらず、長軸方向に中空部を有したスパイラル構造を形成するため、織編物とした場合にストレッチ複合紡績糸の課題であった軽量感が達成され、しかも副次的に、中空部による保温効果も得られる。特に綿とのストレッチ複合紡績糸の場合には、綿の吸湿性と相まって、湿熱的にも快適な着心地が得られることが判明した。
【0024】
さらに、本発明のストレッチ複合紡績糸は、鞘部を形成している短繊維の一部が芯部の複合マルチフィラメントと交絡している構造を有する。このため、芯部で強力なバネのように働くスパイラル構造を有する複合マルチフィラメントの伸縮挙動に連動して鞘部も伸縮し、かつ座屈に関しても、スパイラル構造の中空部がクッションの役割を果たすため、従来の複合紡績糸の課題であった、伸縮の繰り返しや洗濯によるストレッチバック性の低下、スリップインによるストレッチ性の喪失はほぼ完全に抑えられ、膝部、肘部での抜けや屈曲部位でのしわ等の形態不良が抑えられるものと推定される。
【0025】
以下、本発明を更に詳細に説明する。
【0026】
本発明において、複合マルチフィラメントを構成するポリトリメチレンテレフタレートを主体とするポリエステルは、トリメチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とするポリエステルであり、トリメチレンテレフタレート単位を好ましくは約50モル%以上、より好ましくは70モル%以上、さらに好ましくは80モル%以上、最も好ましくは90モル%以上含む。したがって、第三成分として、他の酸成分及び/又はグリコール成分の合計量が、好ましくは50モル%以下、より好ましくは30モル%以下、さらに好ましくは20モル%以下、最も好ましくは10モル%以下含有してもよい。
【0027】
ポリトリメチレンテレフタレートは、テレフタル酸又はその機能的誘導体と、トリメチレングリコール又はその機能的誘導体とを、触媒の存在下で、適当な反応条件下に結合せしめることにより合成される。この合成過程において、適当な一種又は二種以上の第三成分を添加して共重合ポリエステルとしてもよい。また、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリトリメチレンテレフタレート以外のポリエステルあるいはナイロンと、ポリトリメチレンテレフタレートとをブレンドしてもよい。
【0028】
添加する第三成分としては、脂肪族ジカルボン酸(シュウ酸、アジピン酸等)、脂環族ジカルボン酸(シクロヘキサンジカルボン酸等)、芳香族ジカルボン酸(イソフタル酸、ソジウムスルホイソフタル酸等)、脂肪族グリコール(エチレングリコール、1,2−プロピレングリコール、テトラメチレングリコール等)、脂環族グリコール(シクロヘキサンジメタノール等)、芳香族を含む脂肪族グリコール(1,4−ビス(β−ヒドロキシエトキシ)ベンゼン等)、ポリエーテルグリコール(ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等)、脂肪族オキシカルボン酸(ω−オキシカプロン酸等)、芳香族オキシカルボン酸(p−オキシ安息香酸等)等が挙げられる。1個又は3個以上のエステル形成性官能基を有する化合物(安息香酸等又はグリセリン等)も、重合体が実質的に線状である範囲内で使用できる。
【0029】
さらに、二酸化チタン等の艶消剤、リン酸等の安定剤、ヒドロキシベンゾフェノン誘導体等の紫外線吸収剤、タルク等の結晶化核剤、アエロジル等の易滑剤、ヒンダードフェノール誘導体等の抗酸化剤、難燃剤、制電剤、顔料、蛍光増白剤、赤外線吸収剤、消泡剤等を含有させてもよい。
【0030】
本発明において、複合マルチフィラメントを構成する繊維形成性を有するポリエステルは、上記のポリトリメチレンテレフタレ−トとの界面接着性が良好で、紡糸が安定に行えるポリエステルであればよく、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、共重合組成あるいは重合度等の異なるポリトリメチレンテレフタレートが好ましく、なかでも、固有粘度差を有するポリトリメチレンテレフタレートがより好ましい。
【0031】
本発明で用いられる複合マルチフィラメントは、前記の二種類のポリエステルを、公知のサイドバイサイド型紡口や公知の偏芯鞘芯型紡口を用いて紡糸して得られた未延伸糸を、3000m/分以下の巻取り速度でパッケージに巻き取った後、2〜3.5倍程度で延伸して製造することが好ましい。本発明の目的を損なわない範囲であれば、紡糸と延伸を連続して行う直接紡糸延伸法(スピンドロー法)や、巻取り速度5000m/分以上の高速紡糸法(スピンテイクアップ法)を採用してもよい。
【0032】
なお、本発明においては、上記のような複合マルチフィラメントの代わりに、例えば、1種類のポリトリメチレンテレフタレートのみ、あるいは、ポリエチレンテレフタレートやポリブチレンテレフタレート等のポリエステルからなるマルチフィラメントの仮撚加工糸を用いても、本発明の目的を達成することはできない。
【0033】
本発明で使用する複合マルチフィラメントの形態は、特に限定されるものではなく、長さ方向に均一なものや太細のあるものでもよく、断面形状は、丸型、三角、繭型、L型、T型、Y型、W型、八葉型、偏平、ドッグボーン型等の多角形型、多葉型、中空型等、任意な形状でよいが、紡糸安定性の面から、丸型、三角、繭型が好ましい。
【0034】
本発明で使用する複合マルチフィラメントの繊度は20〜300dtexが好ましく、より好ましくは44〜167dtexであり、複合マルチフィラメントを構成する単糸の繊度は0.5〜10dtexが好ましく、より好ましくは1.5〜6dtexである。単糸繊度がこの範囲であると、織物にした場合の回復性に優れ、柔軟な風合いが得られる。
【0035】
複合マルチフィラメントの初期引張抵抗度は、低いほど、柔軟な風合いを持つストレッチ複合紡績糸が得られ、かつ複合する相手素材の風合いを極力阻害しないストレッチ複合紡績糸が得られる。したがって、本発明で使用する複合マルチフィラメントの初期引張抵抗度は30cN/dtex以下であることが好ましく、より好ましくは25cN/dtex以下である。初期引張抵抗度が30cN/dtex以下であると、複合紡績糸の風合いが柔軟であり、相手素材の風合いを充分に活かしたストレッチ複合紡績糸が得られる。
【0036】
ストレッチ複合紡績糸の強度は1.8cN/dtex以上であることが好ましく、2.0〜4.0cN/dtexであることがより好ましい。強度が1.8cN/dtex以上であると、引き裂き強力に優れた織物が得られる。伸度は25%以上であることが好ましく、30〜50%であることがより好ましい。伸度がこの範囲であると、交撚時の糸切れがほとんど無い。
【0037】
本発明で用いる複合マルチフィラメントの顕在捲縮の伸縮伸長率は10%以上であることが好ましく、さらに好ましくは20%以上、より最も好ましくは30%以上である。顕在捲縮の伸縮伸長率が10%以上であると、後述する精紡交撚工程でマルチフィラメントが開繊してスライバーの短繊維の一部と交絡しやすくなり、本発明のストレッチ複合紡績糸の特徴的な構造が有効に形成される。即ち、後工程での熱処理により、芯部の複合マルチフィラメントのスパイラルコア構造が形成されやすく、大きな伸長性とストレッチバック感を有するストレッチ複合紡績糸を得ることができる。顕在捲縮の伸縮伸長率が小さすぎると、精紡交撚工程での交絡が得られにくい。
【0038】
本発明で用いる複合マルチフィラメントは、100℃における熱収縮応力が0.1〜0.5cN/dtexであることが好ましく、さらに好ましくは0.15〜0.4cN/dtex、最も好ましくは0.15〜0.3cN/dtexである。100℃における熱収縮応力は、布帛の精練、染色工程において捲縮を発現させるための重要な特性である。すなわち、ストレッチ複合紡績糸としての複合糸形態や布帛形態での拘束力に打ち勝って捲縮が発現するためには、100℃における熱収縮応力が0.1cN/dtex以上であることが好ましく、0.1cN/dtex以上であると、ストレッチ性並びにストレッチバック性に優れた織物が得られる。なお、熱収縮応力が0.5cN/dtexを超える複合マルチフィラメントは製造困難である。
【0039】
熱水処理後の伸縮伸長率は100〜250%であることが好ましく、より好ましくは150〜250%、さらに好ましくは180〜250%である。尚、250%を超えるものは製造困難である。また、熱水処理後の伸縮弾性率は90〜100%であることが好ましく、より好ましくは95〜100%である。熱水処理後の伸縮伸長率、伸縮弾性率は、最終的に染色した後の織物のストレッチ性とストレッチバック感に直接影響を与える特性であり、これらの値が大きいほどストレッチ性とストレッチバック感に優れた織物が得られる。
【0040】
複合マルチフィラメントとしては、固有粘度の異なる2種類のポリトリメチレンテレフタレート(以下、PTTともいう)が互いにサイドバイサイド型や偏芯鞘芯型に複合された単糸から構成された複合マルチフィラメントが、好ましいものの一つとして挙げられる。
【0041】
2種類のPTTの固有粘度差は0.05〜0.40(dl/g)であることが好ましく、より好ましくは0.1〜0.35(dl/g)、さらに好ましくは0.15〜0.35(dl/g)である。例えば、高粘度側の固有粘度を0.7〜1.3(dl/g)から選択した場合には、低粘度側の固有粘度は0.5〜1.1(dl/g)から選択されるのが好ましい。尚、低粘度側の固有粘度は0.8(dl/g)以上が好ましく、より好ましくは0.85〜1.0(dl/g)、さらに好ましくは0.9〜1.0(dl/g)である。
【0042】
また、この複合マルチフィラメントの平均固有粘度は、0.7〜1.2(dl/g)が好ましく、より好ましくは0.8〜1.2(dl/g)、さらに好ましくは0.85〜1.15(dl/g)、最も好ましくは0.9〜1.1(dl/g)である。
【0043】
なお、本発明でいう固有粘度の値は、使用する原料ポリマーの固有粘度の値ではなく、紡糸された糸の固有粘度の値を指す。この理由は、PTTは、ポリエチレンテレフタレート(以下、PETともいう)等と比較して熱分解が生じ易く、高い固有粘度のポリマーを原料として使用しても、紡糸工程で熱分解によって固有粘度が低下し、複合マルチフィラメントにおいては、原料ポリマーにおける固有粘度差を大きく維持することが困難であるためである。
【0044】
本発明において、天然繊維を主体とする短繊維とは、短繊維中において主として天然繊維が用いられていることであり、さらに他の短繊維が混繊されていてもよい。他の短繊維の混繊比率は、50%未満が好ましい。なお、短繊維は、繊維の太さ、繊維長分布、繊維本数、繊維断面形状についても特に制限は無い。
【0045】
天然繊維としては、特に限定されるものではなく、例えば、綿、羊毛、麻、絹等が挙げられる。また、他の短繊維としては、天然繊維の特性を損なわない範囲で、従来公知の繊維、繊維形態のものを適宜選定することができ、例えば、キュプラ、ビスコース、ポリノジック、精製セルロース、アセテート、ポリエチレンテレフタレートやポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート等のポリエステル系繊維、ナイロン、アクリル等の各種人造繊維、さらにはこれらの共重合タイプや、同種又は異種ポリマー使いの複合繊維(サイドバイサイド型、偏芯鞘芯型等)等の短繊維が挙げられる。
【0046】
本発明のストレッチ複合紡績糸は、従来公知のリング精紡機やオープンエンド精紡機、さらにはエアーによる高速エアー精紡機を用いて、スライバーのドラフト入り口部分に複合マルチフィラメントを挿入し、短繊維のスライバーを鞘部にし、複合マルチフィラメントが芯部を占めるように複合して、撚糸した鞘芯構造のストレッチ複合紡績糸である。
【0047】
製造する手段は特に限定されるものではなく、本発明の特異な構造を得るために適宜選定すれば良い。例えば、挿入時に複合マルチフィラメントが開繊してスライバーの短繊維と交絡しやすいように、上述のように顕在捲縮性の複合マルチフィラメントを用い、さらにはオーバーフィードを掛けたり、テンションフィーダーなどにより低張力下で挿入したり、少量のエアーで開繊して挿入するのが有効である。
【0048】
このように、本発明のストレッチ複合紡績糸は、天然繊維を主体とする短繊維と顕在捲縮の複合マルチフィラメントが一部交絡した状態を作ってから交撚されているため、複合マルチフィラメントが芯部を実質的に形成し、天然繊維を主体とする短繊維が鞘部を実質的に形成した構造となり、特に鞘部では鞘部を形成している短繊維の一部が芯部のスパイラル構造を形成している複合マルチフィラメントと交絡している点が特徴であり、これにより、優れたストレッチバック性が得られる。交絡数は特に限定されるものではなく、短繊維の少なくとも1%以上が交絡していることが好ましく、さらに好ましくは5%以上、最も好ましくは10%以上である。交絡数が1%以上であると、優れたストレッチバック性が得られる。また交絡数が多すぎると、複合マルチフィラメントのスパイラル構造形成に支障をきたす場合があるので、交絡数は50%以下であることが好ましい。
【0049】
さらに本発明のストレッチ複合紡績糸においては、芯部は複合マルチフィラメントがストレッチ複合紡績糸の長軸方向に中空部を有するスパイラル構造を形成しており、かつ、鞘部は短繊維の一部が芯部の複合マルチフィラメントと交絡しながら芯部外周上に捲回された構造を有する。
【0050】
ここでいうスパイラル構造とは、ストレッチ複合紡績糸において、複合マルチフィラメントが撚りがかかりながら、全体としてあたかも金属コイルバネのように螺旋状に巻いて、中心部分が中空となった構造をいう。かかる構造をとるためには、上述の特異な複合マルチフィラメントを用いることと、ストレッチ複合紡績糸の撚係数が2000〜20000の範囲内であることが好ましく、より好ましくは3000〜15000の範囲内である。撚係数が上記の範囲であると、交撚糸としての強度が充分で、形態安定性に優れ、また、適度な中空構造となり、ストレッチが出やすく、風合いもソフトになる。
【0051】
なお、撚係数とは、次式で定義されるK1であり、T1は撚数(T/m)である。
【0052】
T1=K1/[糸の繊度(dtex)]1/2
本発明のストレッチ複合紡績糸中の複合マルチフィラメントの含有率は、質量比で3〜50%が好ましく、より好ましくは5〜40%、更に好ましくは10〜30%である。含有率がこの範囲であると、優れたストレッチ性やストレッチバック性が得られ、また、鞘部の天然繊維の風合いや特徴を十分に活かすことができる。
【0053】
本発明のストレッチ複合紡績糸を、織物の経または緯の一方に用いることによりワンウェイのストレッチ織物を得ることができ、経緯に用いることによりツーウェイ織物を得ることができる。もちろん、本発明の目的を損なわない範囲で、他の公知の糸や公知のストレッチ糸と交織して用いることも可能である。ワンウェイストレッチ織物の場合は、経または緯の他方には綿を用いることが好ましく、また、ツーウェイストレッチ織物の場合は、経または緯の他方に公知のストレッチ糸を用いることもできる。さらに、編物にも応用が可能で、形態安定性と軽量性に優れた丸編、横編、経編を実現することが可能である。
【0054】
本発明のストレッチ複合紡績糸を用いた織物の織組織は、特に限定されるものではなく、平組織、綾組織、朱子組織、さらにはこれらの組織を組み合わせた組織であってもよい。ストレッチ性能を引き出すために経/緯糸の組織点のルーズな組織にすると、スナッギングやピリング等の耐摩擦性能が劣るので、平組織や綾組織がより好ましい。
【0055】
更に、これらから誘導された変化組織などを用いることができるが、織物表面の平坦性、ストレッチおよび回復性能、引裂き強度、柔軟性、審美性(見た目の美しさ)などの総合的な観点から、平組織から誘導された2/2緯畝組織(平組織を織物の幅方向にのみ2倍に拡大した織組織で、俗に並び平組織とも言い、仕上げ加工後は平組織との判別がつき難い)や、2/1ツイル、2/2ツイル、3/1ツイル、3/2ツイルなどに代表されるコンパクトな綾組織などが特に好ましい。
【0056】
ボトム用途として、特に、チノパンツ用には3/1綾、ジーンズパンツ用には2/1綾が好んで用いられる。
【0057】
織物の経糸及び緯糸の密度としては、経糸繊度20〜300dtexの場合、経糸密度は30〜200本/2.54cm、緯糸繊度20〜300dtexの場合、緯糸密度は30〜200本/2.54cmの範囲内で、織物組織や用途に応じて設定すればよい。
【0058】
織物製織用の織機については、天然繊維を用いることから、ウォータージェットルームよりも、エアージェットルーム、レピアルーム、グリッパールーム、有杼織機等を用いて生産することが好ましい。
【0059】
本発明の織物は、使用用途によって求められる好ましいストレッチ率が異なる。例えば、体の動きの激しいスポーツ用途では、経糸方向又は緯糸方向のストレッチ率が20%を超え50%以下であることが好ましく、より好ましくは25%以上50%以下である。
【0060】
ストレッチ率がこの範囲であると、スポーツ衣料などで、局部的且つ瞬間的な運動変位に対してスムーズに追従することが可能である。そのため、染色仕上加工によって20%を超えるストレッチ率が得られるように適宜密度の調整を行うことが好ましい。
【0061】
一方、カジュアルウエアー等の美しいシルエット(保型性)が求められるボトムとしては、経方向に15〜30%のストレッチ率を有することが好ましく、より好ましくは15〜25%である。ここでいう経方向には、緯方向にストレッチ性能を有する織物を製織後、裁断、縫製工程において経/緯方向を逆転させ、経方向にストレッチ性能を変換させた場合の経方向も含まれる。
【0062】
経方向のストレッチ率が上記の範囲であると、屈伸時や座位等の動作中において衣服から受ける圧迫感が臀部周辺や膝周辺において少なく、着用中に不快感や疲労感を感じることがない。また、長時間着用しても、股関節部や膝関節部周辺にほとんど緯シワが入らず、見た目が良い。その他、正座等、過度な屈曲状態を長時間継続した場合でも、膝下への血行を妨げることがないので、足のしびれ等が生じず、快適な着用感が得られる。さらに、十分なハリコシを有し、長時間の着用および繰り返しの洗濯によっても裾が伸びたりせず、きれいなシルエットを長時間保つことができる。
【0063】
また、ボトムとしては、経方向のストレッチバック率が75%以上であることが好ましく、より好ましくは80〜100%、更に好ましくは85〜100%である。ストレッチバック率がこの範囲であると、一旦織物にしわが付いても速やかに回復するので、きれいなシルエットを長時間保つことができる。又、伸縮運動の多い膝周辺部においても、膝抜けが生じることがない。従ってストレッチバック率は、高ければ高い方が好ましい。
【0064】
ボトム用のツーウェイストレッチ織物としては、上記の経方向のストレッチ率15〜30%及びストレッチバック率75%以上に加えてさらに、経方向のストレッチ率(A)と緯方向のストレッチ率(B)との比(A/B)が0.5〜30であることが好ましく、より好ましくは0.75〜3.0である。
【0065】
経方向のストレッチ率、ストレッチバック率及びA/Bが上記の範囲であると好ましい理由は、以下のように考えられる。
【0066】
人間の下半身の動作中、特に、膝頭部屈伸時の皮膚の経/緯方向の最大伸長比は2.0で、経方向の伸びが緯方向よりも大きく、これを衣服に置き換えても同様である。下半身がスムーズに動作をするには、経方向及び緯方向の衣服に必要なストレッチ率の大小関係は、経方向>緯方向に設計することが好ましい。A/Bが小さすぎると、膝頭皮膚部の最大伸長比(2.0)からの乖離が大きくなり、間接の動きに対する衣服の追従性が鈍り、着心地が悪く、疲れやすく、緯シワも入りやすくなる。また、A/Bが大きすぎると、経方向のストレッチ率のみが過剰となり、ダレ(スラックス等のパンツ類において、長期間着用及び洗濯を繰り返すことにより裾が伸びる現象)が生じやすくなり、形態安定性が低下しやすい傾向にあり、シルエットや風合いが悪くなりやすくなる。
【0067】
本発明の織物を効果的に得る上において、仕上げ加工方法とりわけ生機の前処理が有効である。
【0068】
本発明では、先ず最初に、生機を拡布状態のままで熱水浴中(界面活性剤や精練剤などが含まれていてもよい)で精練・リラックスを行うことが有効である。該精練・リラックス加工を行うための設備としては、U型ソフサー、オープンソーパー、ボイルドオフ機、ジッガー染色機、ビーム染色機などの拡布タイプのものが使用できるが、 U型ソフサー、オープンソーパー、ボイルドオフ機などは特に好ましい。これらの加工機は、拡布状で、且つ経方向および緯方向の収縮を適度に制御できるために、シボや皺の発生を効果的に抑制することができる。
【0069】
その際、天然繊維の吸水膨潤挙動が大きく関与しているものと考えられる。即ち、この加工工程の初期段階で、天然繊維の吸水膨潤が先行的に起こって一時的にディメンジョンが増大するために、収縮要素である芯部の複合マルチフィラメントの急激な収縮を抑制し、緩やかに捲縮を発現させることによってシボ立ちおよび皺発生を抑えることができると考えられる。然る後に、天然繊維の放湿に伴う収縮によって織物組織内での空隙が増大し、組織自由度がアップするために良好なスパイラル構造が形成され、ストレッチ性および回復性が向上するものと考えられる。
【0070】
熱水浴の温度も重要な要素であり、吸水膨潤現象が速やかに起こる温度領域で行うことが望ましく、例えば、綿とのストレッチ複合紡績糸による織物の場合には75〜100℃の範囲が好ましい。より好ましくは80〜100℃、更に好ましくは90〜100℃、最も好ましくは95〜100℃である。温度が低すぎると、綿繊維の吸水膨潤性が比較的小さいために、複合マルチフィラメントの急激な収縮を充分に抑制することができず、シボ発現と共にストレッチ及び回復性が不十分となることがある。上記の温度範囲内では処理浴の温度が高くなる程、ストレッチ性・回復性ともに向上する傾向が認められる。
【0071】
次いで、液流染色機を用いてリラックスを行うが、リラックス温度は120〜130℃程度が好ましい。
【0072】
この後、ピンテンターを用いて乾熱プレセットを行うが、その際の温度は、加工反の風合いおよびセット効果の点から、140〜170℃が好ましく、より好ましくは145〜170℃、更に好ましくは150〜170℃である。
【0073】
次いで、液流染色機を用いて染色を行う。染色温度は120℃程度が一般的に好ましいが、必ずしもこの温度に限定されない。
【0074】
ファイナルセットは、ピンテンターを用いて乾熱セットを行うが、その際の温度は加工反の風合いおよびセット効果(残留収縮)の点から、150〜170℃が好ましく、より好ましくは150〜165℃、更に好ましくは150〜160℃である。更に、必要に応じて、撥水加工や熱カレンダー加工などを付与しても良い。
【0075】
【発明の実施の形態】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0076】
なお、測定方法、評価方法等は以下の通りである。
【0077】
(1)固有粘度
固有粘度[η](dl/g)は、次式の定義に基づいて求められる値である。
【0078】
【数1】
【0079】
式中、ηrは、純度98%以上のo−クロロフェノール溶媒に溶解したポリトリメチレンテレフタレート繊維又はポリエチレンテレフタレート繊維の稀釈溶液の35℃での粘度を、同一温度で測定した上記溶媒の粘度で除した値であり、相対粘度と定義されているものである。Cはg/100mlで表されるポリマー濃度である。
【0080】
本発明において、2種類の繊維からなるサイドバイサイド型複合マルチフィラメントは、それぞれの固有粘度を測定することは困難であるので、複合マルチフィラメントの紡糸条件と同じ条件で2種類の繊維をそれぞれ単独で紡糸し、得られた繊維を用いて測定した固有粘度を、複合マルチフィラメントを構成するそれぞれの繊維の固有粘度とした。
【0081】
(2)初期引張抵抗度
JIS L 1013(化学繊維フィラメント糸試験方法)の初期引張抵抗度の試験方法に準じ、試料の単位繊度当たり0.882mN/dtexの初荷重を掛けて引張試験を行い、得られた荷重−伸長曲線から初期引張抵抗度(cN/dtex)を算出し、10回の平均値を求めた。
【0082】
(3)伸縮伸長率、伸縮弾性率
JIS L 1090(合成繊維フィラメントかさ高加工糸試験方法)の伸縮性試験方法(A法)に準じて測定を行い、伸縮伸長率(%)、伸縮弾性率(%)を算出し、それぞれ10回の平均値を求めた。
【0083】
顕在捲縮の伸縮伸長率および伸縮弾性率は、巻取りパッケージから解舒した試料を、温度20±2℃、湿度65±2%の環境下で24時間放置後の試料を用い、熱水処理後の伸縮伸長率および伸縮弾性率は、無荷重で98℃の熱水中に30分間浸漬した後、無荷重で24時間自然乾燥乾燥した試料を用いた。
【0084】
(4)熱収縮応力
熱応力測定装置(KE−2:カネボウエンジニアリング社製)を用い、試料を20cmの長さに切り取り、両端を結んで輪を作り、測定装置に装填し、初荷重0.044cN/dtex、昇温速度100℃/分の条件で収縮応力を測定し、得られた温度に対する熱収縮応力の変化曲線から100℃における熱収縮応力を読み取った。
【0085】
(5)織物のストレッチ特性
織物のストレッチ特性は、JIS−L−1080(1978)、B法(定荷重法)にしたがって測定し、伸長率及び回復率の項目をストレッチ率及びストレッチバック率として表した。
【0086】
(6)伸縮耐久性(伸長回復前後の風合いとストレッチ特性の保持性)
10cm×30cmの試料に、長さ方向に5kgの荷重をかけて引き伸ばした後、無荷重状態で30分間放置する操作を1サイクルとし、1サイクル後並びに10サイクル後の試料について、織物のふくらみ、ソフト感、張りの変化の程度を官能評価により10段階で判定した(最高点が10級、最低点が1級)。
【0087】
また、ストレッチ特性の保持率は、上記1サイクル後の試料に対し、10サイクル後の試料の伸縮保持率(%)を求めた。
【0088】
(7)洗濯耐久性(織物のストレッチ率の変化)
洗濯耐久性は、JIS−L−1096(G法)にしたがって、洗濯5回終了後、試験前後のストレッチ率の保持率で評価した。
【0089】
(8)緯シワ(実着評価)
ボトムパンツに縫製した各織物サンプルを連続5日間実着し、この間、製織準備作業のような現場作業及び事務作業を8時間/日繰り返した。実着前後のパンツを水平台の上に置き、膝裏周りを中心とした緯シワの発生程度を、以下の基準にしたがって5人のパネラーにより官能評価し、平均点で表した。評価が3〜5点の範囲内を、緯シワの入りにくい織物と判定した。
【0090】
緯シワがほとんどみえない良好な織物を○(5点)
緯シワは見えるが気にならない程度の織物を○〜△(4点)
緯シワが多少気になる織物を△(3点)
緯シワが気になる織物を△〜×(2点)
緯シワが非常に気になる織物を×(1点)
(9)シルエット(実着評価)
ボトムパンツに縫製した各織物サンプルを連続5日間実着し、この間、製織準備作業のような現場作業及び事務作業を8時間/日繰り返した。実着前後のパンツについて、以下の基準にしたがって、折り目や膝抜けの程度を中心として、5人のパネラーにより、下記の基準に従い、実物及び写真による官能評価を行った。評価は5人でランク付けしてその平均点で表し、評価が3〜5点の範囲内をシルエットのきれいな織物と判定した。
【0091】
折り目がほとんど変わらずついている良好な状態を○(5点)
折り目が若干弱いが気にならない程度の状態を○〜△(4点)
折り目の残り程度が多少気になる状態を△(3点)
折り目の残り程度が気になる状態を△〜×(2点)
折り目の残り程度が非常に気になり、膝抜けも多少感じる状態を×(1点)
(10)バギング(膝抜け等の型崩れ評価)
バギングは、JIS−L−1061(A法屈曲反復法)にしたがって測定した。
【0092】
(11)着圧(実着評価)
計測器として、多点式衣服圧測定器AM13037−10(エイエムアイテクノ社製)を使用した。着圧センサーを膝頭周辺に3点、大腿部裏に1点、臀部中央に1点の計5カ所取り付け、スラックスに縫製した各織物サンプルを実着し、直立姿勢から足を持ち上げ、膝の角度が120度に到達した時点で足を元に降ろす往復運動を30deg/秒の速度で50回行い、着圧を測定した。そのうちの21〜40回に当たる20回分の各部位の平均値を合計した値を測定値として用いた。
【0093】
(12)運動量(実着評価)
計測器として、人体負荷運動量測定器(バイオテックスシステム社製)を使用した。スラックスに縫製した各織物サンプルを実着し、直立姿勢から足を持ち上げ、膝の角度が120度に到達した時点で足を元に降ろす往復運動を30deg/秒の速度で50回行い、運動量を測定した。そのうちの21〜40回に当たる20回分の値を測定値として用い、疲れ易さの指標とした。
【0094】
なお、実着評価に用いた各スラックスサンプルは、被験者の体格に合わせ、全て同様の裁断方法及び同寸法で縫製を行い、膝周りのゆとり率は15%とした。
【0095】
(13)湿熱快適性
前記(9)シルエットの評価において、5日間の実着評価で、同時に蒸れ感や保温性を下記の5段階で官能評価し、点数化した。評価は5人でランク付けしてその平均点で表した。評価が3〜5点の範囲内は湿熱快適性の織物と判定した。
【0096】
蒸れや寒さを全く感じず良好な状態を○(5点)
蒸れや寒さをほとんど感じず良好な状態を○〜△(4点)
蒸れや寒さが多少気になる状態を△(3点)
蒸れや寒さが気になる状態を△〜×(2点)
蒸れや寒さが非常に気になる状態を×(1点)
(14)軽量感
前記(9)シルエットの評価において、5日間の実着評価で、同時に下記の5段階で官能評価し、点数化した。評価は5人でランク付けしてその平均点で表した。評価が3〜5点の範囲内は軽量感の優れた織物と判定した。
【0097】
重さを全く感じず良好な状態を○(5点)
重さをほとんど感じず良好な状態を○〜△(4点)
重さが多少気になる状態を△(3点)
重さが気になる状態を△〜×(2点)
重さが非常に気になる状態を×(1点)
〔実施例1〕
固有粘度の異なる二種類のポリトリメチレンテレフタレートをwt比1:1でサイドバイサイド型に押出し、紡糸温度265℃、紡糸速度1500m/分で未延伸糸を得、次いで、ホットロール温度55℃、ホットプレート温度140℃、延伸速度400m/分、延伸倍率は延伸後の繊度が56dtexとなるように設定して延撚し、56dtex/12fのサイドバイサイド型複合マルチフィラメントを得た。得られた複合マルチフィラメントの固有粘度は、高粘度側が[η]=0.90、低粘度側が[η]=0.70であった。また、初期引張抵抗度、顕在捲縮の伸縮伸長率及び伸縮弾性率、熱水処理後の伸縮伸長率及び伸縮弾性率、100℃における熱収縮応力を表1に示す。
【0098】
次いで、綿を用いてリング精紡機にて綿紡績糸を製造する際に、複合マルチフィラメントを精紡機のフロントローラーから1%のオーバーフィードを掛けて給糸し、30番単糸、撚数800T/m(撚り係数11225)で、芯が複合マルチフィラメント、鞘が綿からなる鞘芯構造のストレッチ複合紡績糸を得た。得られたストレッチ複合紡績糸の熱水処理後の伸縮伸長率、伸縮弾性率を表1に示す。
【0099】
得られたストレッチ複合紡績糸を真空セッターにて70℃で40分間ビリ止めセットを行い、無糊の状態で、部分整経機HB−M(カキノキ(株)製)を用いて巻取速度140m/分で整経し、経密度(織機上の設定密度)96本/2.54cm、通し幅145cmの経糸を準備し、エアージェットルームZA209i(津田駒工業(株))に仕掛けた。
【0100】
緯糸には、経糸と同じ糸を用い、緯密度(緯糸打ち込み密度)96本/2.54cmで、3/1綾の組織にて、500rpmの織機回転数で製織した。
【0101】
これをオープンソーパーで拡布状態で90℃で3分精練・乾燥後、120℃で液流染色し、160℃で仕上げセットして、最終仕上げ密度を経142本/2.54cm、緯140本/2.54cmに設定した。
【0102】
得られた織物の経/緯方向のストレッチ率は、23%/25%(ストレッチ率比A/B=0.92)、ストレッチバック率は85%/85%であった。
【0103】
この織物を使い、チノパンツを作製し評価した。風合いは綿タッチであった。物性値及び評価結果を表1に示す。
【0104】
〔実施例2〕
実施例1と同様の方法で得られた56dtex/12fのサイドバイサイド型複合マルチフィラメントを用い、撚り数を250T/mに変えた以外は実施例1と同様の方法で、30番手単糸、撚数250T/mのストレッチ複合紡績糸(撚り係数3508)を得、これを用いて3/1織物を得た。
【0105】
実施例1と同様にしてチノパンツを作成し、着用評価を行った。物性値及び評価結果を表1に示す。
【0106】
〔実施例3〕
実施例1と同様の方法で得られた56dtex/12fのサイドバイサイド型複合マルチフィラメントを用い、撚り数を1050T/mに変えた以外は実施例1と同様の方法で、30番手単糸、撚数1050T/mのストレッチ複合紡績糸(撚り係数14732)を得、これを用いて3/1織物を得た。
【0107】
実施例1と同様にしてチノパンツを作成し、着用評価を行った。物性値及び評価結果を表1に示す。
【0108】
〔実施例4〕
実施例1とは固有粘度の異なる二種類のポリトリメチレンテレフタレートを用いたこと以外は実施例1と同様の方法で、56dtex/12fのサイドバイサイド型複合マルチフィラメントを得た。得られた複合マルチフィラメントの固有粘度は高粘度側が[η]=0.86、低粘度側が[η]=0.69であった。
【0109】
次いで実施例1と同様にして、30番手単糸、撚数800T/mのストレッチ複合紡績糸を得、これを用いて3/1織物を得た。
【0110】
実施例1と同様にしてチノパンツを作成し、着用評価を行った。物性値及び評価結果を表1に示す。
【0111】
〔実施例5〕
実施例1で作成したストレッチ複合紡績糸を経糸に用い、緯糸に市販30番単糸の綿糸を用い、実施例1と同様にして3/1綾織物を作成し、同様にチノパンツを作成して着用評価を行った。物性値及び評価結果を表1に示す。
【0112】
【表1】
【0113】
以上の結果、実施例1〜5のいずれにおいても、ストレッチ複合紡績糸は中空構造を有し、その織物も、天然素材の綿の風合いを持ちながら、軽量感と共に保温感に優れ、かつ屈伸時の着圧感が少なく快適であり、また、膝裏のしわや膝抜けもなく保形性にも優れ、繰り返し伸長回復後も柔軟な風合いがほとんど変化せず、優れたボトムとなることがわかった。
【0114】
〔比較例1〕
実施例1と同様の方法で得られた56dtex/12fのサイドバイサイド型複合マルチフィラメントを用い、撚り数を100T/mに変えた以外は実施例1と同様の方法で、30番手単糸、撚数100T/m(撚り係数1403)のストレッチ複合紡績糸を得、これを用いて3/1織物を得た。
【0115】
実施例1と同様にしてチノパンツを作成し、着用評価を行った。物性値及び評価結果を表2に示す。
【0116】
得られたストレッチ複合紡績糸は、綿糸が素抜け強度が不足し、スパイラルコア構造形成も不十分で、織物としたときに強度が低く、また、ストレッチバック性の悪いものであった。
【0117】
〔比較例2〕
実施例1と同様の方法で得られた56dtex/12fのサイドバイサイド型複合マルチフィラメントを用い、撚り数を1700T/mに変えた以外は実施例1と同様の方法で、30番手単糸、撚数1700T/m(撚り係数23852)のストレッチ複合紡績糸を得、これを用いて3/1織物を得た。
【0118】
実施例1と同様にしてチノパンツを作成し、着用評価を行った。物性値及び評価結果を表2に示す。
【0119】
得られたストレッチ複合紡績糸は、撚糸感が強く、十分な中空のスパイラルコア構造が形成できていないため、その織物は、シボ感があり、軽量感とストレッチ性に欠けるものであった。
【0120】
〔比較例3〕
一種類のポリトリメチレンテレフタレートを用い、実施例1と同様の紡糸条件で56dtex/12fのマルチフィラメントを得た。得られたマルチフィラメントの固有粘度は[η]=0.76であった。次いで実施例1と同様にして、30番手単糸、撚数800T/mの複合紡績糸を得、これを用いて3/1綾織物を得た。
【0121】
実施例1と同様にしてチノパンツを作成して着用評価した。物性値及び評価結果を表2に示す。
【0122】
得られた織物は、ソフト感は良好だが、複合紡績糸は中空部を有していないため、軽量感に劣り、ストレッチ性も不足したものであった。また、その織物は、伸長を繰り返すとソフト感が徐々に低下していき、初期の風合いを維持できず、膝抜けもあるものであった。
【0123】
〔比較例4〕
固有粘度の異なる二種類のポリエチレンテレフタレートを用いて56dtex/12fのサイドバイサイド型複合マルチフィラメントを得た。得られた複合マルチフィラメントの固有粘度は、高粘度側が[η]=0.66、低粘度側が[η]=0.50であった。次いで実施例1と同様にして、30番手単糸、撚数800T/mの複合紡績糸を得、それを経緯に用いた3/1織物を得た。
【0124】
実施例1と同様にしてチノパンツを作成して着用評価した。物性値及び評価結果を表2に示す。
【0125】
得られた織物は、ふくらみ感が少なく、軽量感がなく硬い風合いで、ストレッチ性、ストレッチバック性が悪く、また、チノパンツにして着用評価した結果では膝抜けと膝裏に皺が発生し、形態保持性の悪いものであった。
【0126】
〔比較例5〕
実施例1で得た56dtex/12fのサイドバイサイド型複合マルチフィラメントと綿を用いて、リング精紡機にて綿紡績糸を製造する際に、複合マルチフィラメントを精紡機のフロントローラーから顕在捲縮が完全に消失する0.5cN/dtexの張力を掛けて給糸し、30番単糸、撚数800T/m(撚り係数11224)で、芯が複合マルチフィラメント、鞘が綿からなる鞘芯構造で、芯部の複合マルチフィラメントと綿の交絡がほとんどないストレッチ複合紡績糸を得、それを経緯に用いた3/1織物を得た。物性値及び評価結果を表2に示す。
【0127】
得られた織物は、精紡交撚糸は芯部がスパイラル構造を形成しているので、軽量感はあるが、鞘部を形成している綿は芯部の複合マルチフィラメントとの交絡がほとんどないため、織物の繰り返しのストレッチ性、ストレッチバック性が悪く、また、チノパンツにして着用評価した結果では、膝抜けと膝裏に皺が発生し、形態保持性の悪いものであった。
【0128】
【表2】
【0129】
【発明の効果】
本発明のストレッチ複合紡績糸及びそれを用いた織物は、天然素材の優れた風合いを生かしつつ、天然素材の欠点である着用時の重量感を著しく向上する軽量性と、小さな着用圧や適度なサポート感をもたらす低応力・高ストレッチ性と、高いストレッチバック性を有する。さらに、繰り返しの伸縮や洗濯によっても、素材の風合いや、特に膝や肘抜けや屈曲部の皺が起こりずらく、優れた形態安定性を有する。
【0130】
そのため、特に綿やウール等の天然繊維のストレッチ複合紡績糸及びそのストレッチ織物として好適である。代表的な用途としては、チノパンツやジーンズのボトムやアッパーのアウター、スポーツ用カジュアルウエアーとして最適である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のストレッチ複合紡績糸の一例につき、その構造を模式的に表した図である。
【符号の説明】
1…芯部でスパイラル構造を形成している複合マルチフィラメント
2…短繊維が構成する鞘部
3…中空部
4…短繊維の一部が芯部の複合マルチフィラメントと交絡している部分
Claims (8)
- ポリトリメチレンテレフタレートを主体とするポリエステルと繊維形成性を有するポリエステルとの複合マルチフィラメントが芯部を実質的に形成し、天然繊維を主体とする短繊維が鞘部を実質的に形成してなる精紡交撚糸であって、芯部は複合マルチフィラメントが糸の長軸方向に中空部を有するスパイラル構造を形成しており、かつ、鞘部は短繊維の一部が芯部の複合マルチフィラメントと交絡しながら芯部外周上に捲回された構造を形成していることを特徴とするストレッチ複合紡績糸。
- 天然繊維が綿である請求項1記載のストレッチ複合紡績糸。
- 精紡交撚糸の撚係数が3000〜15000であることを特徴とする請求項1または2記載のストレッチ複合紡績糸。
- 複合マルチフィラメントが、固有粘度差0.05〜0.40(dl/g)である2種類のポリトリメチレンテレフタレートが互いにサイドバイサイド型に複合された単糸から構成されていることを特徴とする請求項1、2または3記載のストレッチ複合紡績糸。
- 請求項1〜4のいずれかに記載のストレッチ複合紡績糸を経または緯に用い、他方に綿を用いてなることを特徴とする経または緯ワンウェイストレッチ織物。
- 請求項1〜4のいずれかに記載のストレッチ複合紡績糸を経または緯に用い、他方にストレッチ糸を用いてなることを特徴とする経緯ツーウェイストレッチ織物。
- 請求項1〜4のいずれかに記載のストレッチ複合紡績糸を経緯に用いてなる経緯ツーウェイストレッチ織物。
- 請求項6又は7記載の経緯ツーウェイストレッチ織物を用いたボトムであって、経方向に15〜30%のストレッチ率と75%以上のストレッチバック率を有し、経方向のストレッチ率(A)と緯方向のストレッチ率(B)の比(A/B)が0.5≦(A/B)≦30の範囲を満足することを特徴とするボトム。
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