JP3902254B2 - ステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法およびステンレス鋼材 - Google Patents

ステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法およびステンレス鋼材 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼材の表面に乾式で高クロム含有酸化皮膜を形成する耐食処理方法に関し、詳しくは、高い耐食性が要求されると同時に、超高純度ガスや腐食性ガスが接触する配管材料等に使用されるオーステナイト系ステンレス鋼材に適した乾式耐食処理方法とそれにより得られるステンレス鋼材に関する。
【0002】
【従来の技術】
ステンレス鋼の耐食性は、その表面に生成する不動態酸化皮膜によって発現される。オーステナイト系ステンレス鋼は、クロムを含む酸化皮膜が形成され易く、これが耐腐食性の緻密な不動態酸化皮膜となり、優れた耐食性が得られることから、耐食材料として広く普及している。
オーステナイト系ステンレス鋼は、その表面に生成する自然酸化膜でも比較的良好な耐食性が得られるが、さらに耐腐食性の良い不動態酸化皮膜を形成させる湿式処理法が行われている。そして、その耐腐食性は、表面に生成した不動態酸化皮膜中のクロム含有量に依存し、クロム含有量が高い程耐食性も良いと言われている。
【0003】
従来の湿式処理方法は、例えばステンレス鋼材をエメリーバフで機械研磨して鋼材表面を清浄化した後に、HNO3,H2CrO4,Na2Cr27,KMnO4等の酸化剤を含む酸性溶液に浸漬処理し、鋼材表面に不動態酸化皮膜を形成する。工業ラインに適用する場合には、活性化(酸化膜の除去)と不動態化処理を兼ねて、HNO3溶液中での電解処理や、HNO3とHF溶液に浸漬処理した後、HNO3溶液中で電解処理する方法が採用されている。
【0004】
しかし、この湿式法による酸化皮膜中には、水分が微量ながら残存しているため、微量の水分が長期にわたって放出されるという問題がある。そのため、微量の水分をも極度に嫌う半導体製造工程での超高純度ガスの供給配管などでは、配管施行後、配管表面の残存水分の脱水処理を講じている。また、一度脱水しても、この鋼材表面は周囲環境から水分を吸収し易く、これが長期にわたって放出されることになる。そこで、配管施行時に配管内にバックシールドガス(乾燥不活性ガス)を常時流す、などの対策も講じられている。
【0005】
半導体製造工程では、ハロゲン等の腐食性の強いガスも使われる。水分に対しては上記対策である程度対応できるが、湿式法によって形成された酸化皮膜は、ハロゲン等の腐食性の強いガスに対する耐食性が必ずしも充分ではない。
【0006】
そこで近年、湿式法に代えて、乾式の不動態酸化皮膜の形成法が開発され、実施されている。乾式法は、湿式法よりもクロム含有量の高い酸化皮膜が得られ、そのため、乾式法により処理されたステンレス鋼は耐食性が優れている。
従来の乾式による不動態酸化皮膜の形成法は、前処理として、電解研磨ないし機械研磨によって表面を平滑化した後、各種雰囲気下、600℃以下で熱処理するものである。この熱処理雰囲気としては、種々試みられており、例えば真空雰囲気、H2-H2O系、およびCO-CO2系である。
前記乾式法は、湿式法に比べて、処理鋼材の水分の吸収と放出の抑制および耐食性の点で優れている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、溶接やプレス加工あるいは曲げ加工などを施したステンレス鋼材に前記乾式法による耐食処理を適用しても、ステンレス鋼材の加工部分の耐食性が改善されないという問題がある。即ち、前記乾式法を加工部材に適用した時、加工部材の全面に一様に均質な酸化皮膜が形成されず、加工箇所に生成する酸化皮膜の耐食性が劣るために、その加工箇所から部分的に腐食が進行する。その原因としては、特に、溶接などで加熱された部分では、酸化皮膜中のクロム比率が他の部分よりも低いことが挙げられる。
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、乾式法によるステンレス鋼材の耐食熱処理において、鋼材の加工箇所に生成する酸化皮膜中のクロム含有量を高めるとともに、従来よりもクロム含有量のさらに高い酸化皮膜を形成することによって、局部的な腐食を防ぐとともに、耐食性の一層の向上を図ることができる処理方法およびそれにより得られるステンレス鋼材の提供を目的としている。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明の請求項1に係る発明は、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレス鋼材の表面を機械研磨処理し、次いで機械研磨したステンレス鋼材を10−3Torr以下の真空雰囲気下、1030〜1100℃で熱処理し、その後400〜600℃まで急冷する固溶化熱処理を施し、次いで固溶化熱処理したステンレス鋼材を、H O/H の分圧比を1×10 −5 〜1×10 −3 としたH −H Oガス雰囲気下、または不活性ガスにH −H Oガスを混合してH O/H の分圧比を1×10 −5 〜1×10 −3 とした雰囲気下、400〜600℃で不動態化処理を施すことを特徴とするステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法である。
請求項2に係る発明は、前記ステンレス鋼材が、強熱により組成が変化した熱影響部、または塑性加工部を有してなることを特徴とする請求項1のステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法である。
請求項3に係る発明は、前記不動態化処理における雰囲気ガスが、HOとH、またはHOとHを含む不活性ガス雰囲気であることを特徴とする請求項1または2のステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法である。
請求項4に係る発明は、前記機械研磨処理が、平均粒径1〜10μmの砥粒を用いた流動砥粒研磨により行うことを特徴とする請求項1から3のいずれかのステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法である。
請求項5に係る発明は、乾式耐食熱処理によって表面に不動態酸化皮膜が形成されたオーステナイト系ステンレス鋼材であり、該鋼材の強熱により組成が変化した熱影響部、または塑性加工部の表面に形成された該不動態酸化皮膜のCr比率が60%以上であることを特徴とするステンレス鋼材である。
【0010】
【発明の実施の形態】
オーステナイト系ステンレス鋼は、650〜800℃の温度範囲で、炭素が結晶内に拡散し、クロムと結合して、結晶粒界に炭化クロムとなって析出することが知られている。また、このステンレス鋼の主要成分である鉄、クロム、ニッケルのうち、クロムは蒸気圧が高いので、このステンレス鋼材を強熱した部分ではクロムが蒸発し易い。これらのことによって、この種のステンレス鋼材に溶接などの加工を施した加工部材にあっては、加工部に形成される酸化皮膜中のクロム含有量が低下するなどの組成変化を生じるものと考えられる。特に、ステンレス鋼材を溶接した際の溶接部およびその近傍部で上記現象が顕著である。
【0011】
本発明者らは、まず、オーステナイト系ステンレス鋼からなる加工部材の加熱部、特に溶接部の熱影響部において、結晶粒界に炭化クロムが析出していることと、及び、ここに生成した不動態酸化皮膜中のクロム含有量が通常と比較して低くなっていることを確認した。
次に、加工部材の乾式不動態化処理に先立って、ステンレス鋼材を真空雰囲気下、1000℃程度に加熱する固溶化熱処理を施すことによって、結晶粒界に析出した炭化クロムを結晶粒内に再固溶させるとともに、母材中含有ガスの除去と表面酸化物等の不純物の除去による母材およびその表面の清浄化によって、清浄でクロム分の高い酸化皮膜が得られるのではないかと考えた。
この推察に基づいて、種々実験を繰り返し、オーステナイト系ステンレス鋼材を、真空雰囲気中、1030〜1100℃で熱処理し、その後400〜600℃の温度域に急冷して固溶化熱処理し、その後に、ステンレス鋼材をH2O/H2の分圧比が1×10-5〜1×10-3の雰囲気下、400〜600℃で不動態化処理を施す不動態化処理を施すことによって、清浄なクロム含有量の高い酸化皮膜が得られることを見出した。
さらに詳細な研究を進めた結果、不動態化処理の効果を促進するために、予めステンレス鋼材の表面をできるだけ細かい砥粒で機械研磨しておくことが望ましいことも判明した。
【0012】
本発明のステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法は下記の構成より成っている。
A)機械研磨(MP)
B)固溶化熱処理(ST)
C)乾式不動態化処理(DP)
これらの各処理工程について、以下に説明する。
【0013】
A)機械研磨(MP:Mechanical Polishing)
不動態化処理の効果を促進するために、予めステンレス鋼材の表面をできるだけ細かい砥粒で機械研磨しておくことが望ましい。即ち、機械研磨は、表面を円滑な清浄面とするのみでなく、図1に示すように表面近傍の結晶粒が微細化するとともに、その結晶粒子内に多くの転移が発生することになる。このように表面近傍の結晶粒子の微細化によって、相対的に粒界体積が増大する。その結果、不動態化処理温度域では粒内拡散係数が小さくなり、粒界拡散の効果が増大する傾向があり、オーステナイト系ステンレス鋼の主要な元素である、Fe,Cr,Niのなかでも、Crが最も顕著であり、表面へのクロムの拡散を促進する効果があるものと考えられる。
【0014】
本発明方法では、まず、処理すべきオーステナイト系ステンレス鋼材の表面に機械研磨処理を施す。この機械研磨処理は、例えば平均粒径1〜10μmの砥粒を用いた流動砥粒研磨により行われる。この機械研磨の際、温度は室温(15〜30℃)として良く、大気または窒素雰囲気中で行って良い。また、使用する砥粒は、例えばダイヤモンド粉、コランダム粉、炭化タングステンなどの炭化物粉末、窒化ホウ素などの窒化物粉末が使用される。
【0015】
B)固溶化熱処理(ST:Solution Treatment)
ステンレス鋼材に溶接や熱間加工を施すと、加工部が局部的に加熱される。また、SUS304等に代表される準安定オーステナイト系ステンレス鋼は、冷間加工を施すと加工誘起変態を起こし、オーステナイト相がマルテンサイト相へと変化する。オーステナイト系ステンレス鋼に局部的に熱が加わると、結晶粒界にクロムの炭化物が析出し、結晶粒内のクロム濃度が低下し、粒界腐食が生じ易い。このような炭化物の析出や加工誘起マルテンサイト相を回復させるために、ステンレス鋼材を真空雰囲気下、1000℃以上で10分間〜数時間程度熱処理すると、炭化クロムが結晶粒内に再固溶するとともに、結晶粒内原子の再配列および再結晶によって結晶欠陥を解消することができる。
また、オーステナイト系ステンレス鋼は、650〜800℃の温度範囲で数十分以上加熱されると、炭素が結晶粒内を拡散して、結晶粒界でクロムと結合し、クロム炭化物として析出し、これが粒界腐食の原因となる。従って、前記炭化物の固溶化のための熱処理を行った後、冷却過程で650〜800℃の温度範囲(この温度領域を鋭敏化温度範囲という)を急速に通過させる必要がある。
【0016】
本発明方法では、機械研磨処理したステンレス鋼材を、真空雰囲気下、1010〜1150℃、好ましくは1030〜1100℃で熱処理し、ステンレス鋼材の表面粒界に析出した炭化物を結晶粒内に再固溶させ、その後鋼材を直ちに600℃以下、好ましくは600〜400℃の温度まで急冷する、固溶化熱処理を施す。
【0017】
この熱処理時の雰囲気は、10-3Torr以下の真空度であれば良く、実用的には油回転ポンプにより作り出すことのできる真空雰囲気中で良い。
また、熱処理したステンレス鋼材を急冷する際の冷却速度は、0.5℃/秒以上、好ましくは約2℃/秒程度とする。冷却速度が0.5℃/秒より遅いと、熱処理したステンレス鋼材の結晶粒界に炭化物が析出するおそれが生じる。一方、熱処理したステンレス鋼材を3℃/秒より速く冷却するためには、特殊な冷却設備が必要となり、製造コストが上昇することになる。
また、熱処理開始から急冷終了までの継続時間、即ち、固溶化熱処理の実施時間は、10分間〜24時間、好ましくは20分間〜3時間程度で良い。
この固溶化熱処理(ST)によって、ステンレス鋼材の表面の結晶粒界に析出した炭化クロム等の炭化物を結晶粒内へ再固溶させることができるとともに、ステンレス鋼材の母材中の脱ガスや表面酸化物の除去が行われる。
【0018】
C)乾式不動態化処理(DP:Dry Passivation)
上記B)固溶化熱処理(ST)を終え、400〜600℃まで急冷されたステンレス鋼材は、続いて400〜600℃に保持しつつ、乾式不動態化処理(DP)を行い、鋼材表面に不動態酸化皮膜を形成する。
不動態化処理を施す雰囲気については、真空中、H2-H2O系、およびCO-CO2系が知られている。しかし、大気から排気した真空中や、CO-CO2系の雰囲気では、浸炭が起こる可能性があり、そのために、部材表面の汚染や酸化皮膜中の炭素含有量が高くなる恐れがある。そこで、そのような不都合を回避するために、H2-H2O系雰囲気の使用が好ましい。
【0019】
本発明では、固溶化熱処理(ST)を終えたステンレス鋼材を、H2-H2O系雰囲気下、400〜600℃の温度に保持して乾式不動態化処理(DP)を行う。特に、本発明方法では、乾式不動態化処理(DP)の際の雰囲気として、H2O/H2の分圧比が1×10-5〜1×10-3の雰囲気としている。この雰囲気下で乾式熱処理を行うことによって、後述する実施例で詳細に述べるが、形成される酸化皮膜中のクロム比率を従来法に比して格段に向上させることができ、その耐食性を向上させることができる。
2O/H2の分圧比が1×10-5〜1×10-3の範囲外の雰囲気下で乾式不動態化処理(DP)を行った場合には、上記の効果が十分に得られなくなる。
この乾式不動態化処理(DP)を施す場合、上記H2-H2O系雰囲気下での熱処理は数十分〜24時間、好ましくは1〜2時間程度で良い。
また、この乾式不動態化処理(DP)の雰囲気の圧力は、大気圧(760Torr)程度で良く、好ましくはH2O/H2の分圧比を1×10-5〜1×10-3としたH2-H2Oガス、或いはAr、Heなどの不活性ガス中にH2-H2Oガスを混合した雰囲気ガスの気流中に処理すべきステンレス鋼材を置いて処理される。
【0020】
上述した機械研磨(MP)、固溶化熱処理(ST)及び乾式不動態化処理(DP)を順次行うことからなる本発明のステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法は、SUS304、SUS302、SUS316をはじめ、各種のオーステナイト系ステンレス鋼材に適用でき、かつ板状、棒状、管状、容器状等の各種形状の鋼材に適用が可能である。特に、溶接などによって組成が変化した熱影響部を有するステンレス鋼材(加工部材)における熱影響部についても十分な耐食性を付与することができる。
なお、加工部が、冷間プレスなどの塑性加工の場合は、必要に応じて、予め機械研磨した鋼材に冷間プレスなどの塑性加工を施した後に、固溶化処理(ST)以後の各処理を順次行うことが可能である。
鋼材に塑性加工を施す場合、機械研磨によって得られた表面の結晶粒の微細化状態(図1に示す)が保持される。
【0021】
本発明のステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法は、比較的簡単な処理設備を用いて効率良く実施することができる。
ステンレス鋼材の機械研磨(MP)は粉末砥粒によりステンレス鋼材の表面を機械研磨可能な周知の研磨装置のうちから、ステンレス鋼材の寸法や形状を勘案して適宜選択して使用することができる。
機械研磨処理したステンレス鋼材に固溶化熱処理(ST)及び乾式不動態化処理(DP)を施すには、例えば、ステンレス鋼材を真空加熱炉に入れ、炉内を10-3Torr以下の真空度に真空排気しつつ、1030〜1100℃で所定時間の熱処理を行った後、炉内に冷却ガスを供給して、炉内のステンレス鋼材の品温を一挙に600〜400℃まで急冷し、炉内を600〜400℃に維持しつつ、炉内にH2O/H2の分圧比を1×10-5〜1×10-3としたH2-H2O雰囲気ガスを流し、所定時間保持すれば良い。この急冷の際に供給される冷却ガスとしては、空気でも良いが、より好ましくは窒素、Ar,Heなどの不活性ガス、H2-H2O雰囲気ガスを含む不活性ガスが使用される。
【0022】
本発明の別な態様は、上述した本発明のステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法によって処理されて得られたステンレス鋼材である。
本発明に係るステンレス鋼材は、乾式耐食熱処理によって表面に不動態酸化皮膜が形成されたオーステナイト系ステンレス鋼材であり、該鋼材の溶接などの強熱により組成が変化した熱影響部、または冷間プレスなどの塑性加工部の表面に形成された該不動態酸化皮膜のCr比率が60%以上であることを特徴としている。
【0023】
ここで、不動態酸化皮膜のCr比率とは、ステンレス鋼材表面の酸化皮膜を構成するFe、Cr、Ni、C及びOの各元素のうちのO以外の各元素を定量分析し、その合計に対するCrの重量比を表すものであり、後述の実施例にあるように、ステンレス鋼材表面の酸化皮膜中のクロム比率(%)は、そのステンレス鋼材の耐食性と密接な関連を示し、酸化皮膜中のクロム比率(%)が高い程、そのステンレス鋼材の耐食性が良好となる。
上記ステンレス鋼材は、従来にないCr含有量の高い不動態酸化皮膜を有してことから、優れた耐食性を有するものとなる。
【0024】
【実施例】
以下、本発明方法の効果を実施例によって明確にする。
なお、以下の実施例は本発明方法の一例を示したに過ぎず、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
実施例1:クロム富化確認試験
試験試料として、オーステナイト系ステンレス鋼の代表であるSUS304Lよりなる1mm厚の平板を用意した。このステンレス鋼板10には、図2に示すように、タングステン電極12を用いたTIG溶接装置により、溶加材なしのビードオンプレート裏波溶接を行って疑似溶接を施した。
このTIG溶接において、トーチ14は、図2に示すように、円管状の外装体内に、コレット16によりタングステン電極12を固定してなり、その周囲にArガス(シールドガス)を流し、外装体先端のガスノズル18から噴射してアーク22の周囲を被包するようになっている。このTIG溶接においては、トーチ14の供給口20からシールドガスとしてArガスを流すとともに、その反対側からもバッキングガスとしてArガスを供給して溶接を実施した。このTIG溶接は、形成されるビード24の裏ビード幅Xを2.0mmに設定した。
【0026】
この疑似溶接を施したステンレス鋼板を用い、次の各処理を1つまたは複数施した。
・機械研磨処理:MP
平均粒径5μmのダイヤモンド粉1重量部に、ペースト状のシリコンラバー(ポリボロジメチルシロキサン)4重量部を混合した砥粒物を用い、上記ステンレス鋼板の表面を流動砥粒研磨機で研磨した。
・固溶化熱処理:ST
上記機械研磨処理したステンレス鋼板を真空加熱炉に入れ、真空度3.5×10-4Torr、温度1050℃での熱処理を30分間行い、その後炉内にN2ガスを導入することによって500℃まで急冷処理した。この急冷処理の際の冷却速度は約2℃/秒であった。
・乾式不動態化処理:DP
ステンレス鋼板を、Arガスベースで全圧を760Torrとし、10%H2、20ppmH2Oの雰囲気中、500℃で90分間加熱した。
さらに、本発明との比較のために、ステンレス鋼板を30%HNO3中60℃で30分間浸漬処理する湿式不動態化処理(WP)も行った。
【0027】
そして、ステンレス鋼板に、次の通りの処理を施して各種の鋼板試料を作製し、それぞれの鋼板試料の酸化皮膜の組成を比較した。
・[MP]のみ ……比較例1
・[MP+ST] ……比較例2
・[MP+WP] ……比較例3
・[MP+DP] ……比較例4
・[MP+ST+WP]……比較例5
・[MP+ST+DP]……実施例1
【0028】
これら比較例1〜5および実施例1のそれぞれの鋼板試料について、溶接の熱影響を受けていない母材表面、ビード24表面、及びビード24の中心から5〜6mmの熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)の表面との3か所について、オージェ電子分光分析法により表面組成分析を行った。なお、以下の説明においてビード表面及びHAZ表面の部分を熱影響部と言う。
この分析では、まず定性分析によって、表面構成元素がFe,Cr,Ni,CおよびOのみであることを確認し、その後O以外の元素を定量分析し、その組成とCr比率(=Cr/(Fe+Cr+Ni+C)を求めた。その結果を表1にまとめた。
なお、この分析では、表面から50Å程度の深さの元素を検出するものなので、各鋼板試料の酸化皮膜の元素組成が判る。
【0029】
【表1】
Figure 0003902254
【0030】
比較例1(MPのみ)は、表1に示す通り、研磨のみ施した鋼板の表面に形成された自然酸化皮膜中のCrが1%であり、Cr比率も1.7%と低い。一方、炭素は33%と高くなっている。熱影響部では、Cが、ビード表面で20%、HAZ表面で21%と低下し、Crはビード表面で5%、HAZ表面で12%と高くなっている。
【0031】
比較例2(MP+ST)は、表1に示す通り、MPのみの場合と比べて、Cが極端に低下し、Crが20%弱と大幅に高くなっている。
このように、機械研磨後、従来不動態化処理には採用されていなかった固溶化熱処理(ST)を行うことによって、鋼板表面に形成される酸化皮膜の組成が著しく改善され、該皮膜をクロム富化することができる。さらに、熱影響部の元素組成と、熱影響を受けていない母材表面の元素組成との大差が改善される。
【0032】
比較例3(MP+WP)は、従来の湿式法による不動態化処理に相当する処理であり、表1に示す通り、C及びCrともに、上記比較例2(MP+ST)と同程度またはやや優位程度であった。
【0033】
比較例4(MP+DP)は、従来の乾式法による不動態化処理に相当する処理であり、表1に示す通り、上記比較例3(MP+WP)と比べて、Cr比率で、約30%から40%へと向上した。
【0034】
比較例5(MP+ST+WP)は、従来不動態化処理には採用されていなかった固溶化熱処理(ST)と、湿式不動態化処理とを組み合わせたものであり、その結果、表1に示す通り、STを用いない比較例3(MP+WP)より、ややクロム富化された程度であった。
【0035】
実施例1(MP+ST+DP)は、本発明方法に係るものであり、機械研磨(MP)の後、固溶化熱処理(ST)を経て、乾式不動態化処理(DP)を行うことによって、熱影響を受けていない母材表面でのCr比率が85.7%と飛躍的に上昇し、熱影響部でもCr比率70%以上となり、この実施例1の処理によって鋼板表面が顕著にクロム富化されることが判る。
【0036】
実施例2:耐食性の確認試験(熱影響部以外の部位について)
上記実施例1において、本発明の乾式不動態化処理により、溶接による熱影響部も含めて、極めて高いクロム含有量の酸化皮膜が形成されることが判った。
そこで、このような不動態化処理を施した鋼板試料について、図3に示す装置で腐食性試験を行い、その耐食性を調べた。
この腐食試験は、図3に示すように、恒温水槽30に、3.04%FeCl3を含む3.88N HCl溶液(腐食液32)を入れた容器34を入れて35℃に保温し、この腐食液32に鋼板試料40を白金線36で吊下げて浸し、5時間浸漬した後の腐食減量を測定する方法によって行った。
表1に記した比較例1,3,4と実施例1の各鋼板試料について、熱影響部を含まない部分を50mm角に切り出し、その断面をエポキシ樹脂でシールして、前記腐食液に浸漬し、腐食減量を測定した。その結果を表2に示す。なお、表2中のCr比率は、表1の値と同じである。
【0037】
【表2】
Figure 0003902254
【0038】
表2で明らかなように、熱影響部を含まない表面において、本発明でのMP(機械研磨)+ST(固溶化熱処理)+DP(乾式不動態化処理)を施した実施例1の鋼板が、腐食減量が37.1μg/mm2と最も低く、他の比較例の鋼板よりも優れた耐腐食性能を有していることが確認された。また、腐食減量は、鋼板表面のクロム富化度合(Cr比率の値)と良く相関している。
【0039】
実施例3:耐食性の確認試験(熱影響部について)
表1に記した比較例1,3,4と実施例1の各鋼板試料40について、図4に示すようにビード24(幅X=2mm)を中心としてその両側のHAZ44(幅Y=約10mm)を含むように、各鋼板試料40の熱影響部を50mm角に切り出し、上記実施例2と同様に腐食試験を行い、腐食減量を測定した。その結果を表3に示す。なお、表3中のCr比率の値は、表1より転記したもので、▲1▼は熱影響部以外の母材表面、▲2▼はビード表面、▲3▼はHAZ表面である。
【0040】
【表3】
Figure 0003902254
【0041】
上記表3から明かなように、熱影響部においても、本発明でのMP(機械研磨)+ST(固溶化熱処理)+DP(乾式不動態化処理)を施した実施例1の鋼板が、腐食減量が39.4μg/mm2と最も低く、他の比較例の鋼板よりも優れた耐腐食性能を有していることが確認された。
【0042】
実施例4:DPでのガス組成の影響
本発明に係る乾式耐食熱処理(MP+ST+DP)方法において、H2−H2O系雰囲気中での乾式不動態化処理(DP)における雰囲気ガス組成の影響について調べた。
実施例1と同じ条件にて疑似溶接を施したステンレス鋼板にMP及びSTの各処理を施した鋼板試料について、次の表4中の試料No.1〜8に記載したH2O/H2比に調整した雰囲気ガス気流中、500℃で1時間乾式不動態化処理(DP)を施した。
DPを行って得られた鋼板試料No.1〜8のそれぞれについて、実施例1と同様に鋼板各部(▲1▼熱影部、▲2▼ビード及び▲3▼HAZ)のオージェ電子分光分析を行い、Cr比率を求め、さらに鋼板試料を図4に示すように熱影響部を含む部分を切り出して、実施例2と同様の腐食試験を行い、腐食減量を調べた。それらの結果を表4に記す。
【0043】
【表4】
Figure 0003902254
【0044】
表4で明らかなように、H2O/H2比が、7.5×10-3〜7.5×10-6の範囲の雰囲気で乾式不動態化処理を行った鋼板試料No.3,4,5及び6は、表面の酸化皮膜中のクロム比率が70%以上と効率であり、これらの試料の腐食減量は40μg/mm2と小さい。
一方、H2O/H2比が10-3よりも大きい(No.1及び2)場合には、クロム比率が低下するとともに、腐食減量が49.7、55.1と増大している。また、H2O/H2比が10-6よりも小さい(No.7及び8)場合にも、クロム比率が低下するとともに、腐食減量が58.8、53.3と増大している。
【0045】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明のステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法は、ステンレス鋼材に機械研磨処理を施し、次いで結晶粒界の炭化物を結晶粒内に再固溶させる固溶化熱処理を施した後に、H2O/H2の分圧比が1×10-5〜1×10-3の範囲の雰囲気中で不動態化処理を施すことによって、ステンレス鋼材の表面にクロム含有量の高い安定な不動態酸化皮膜を形成することができる。
特に本発明によれば、溶接などの加工により組成が変化した熱影響部、または冷間プレスなどの塑性加工部を有するステンレス鋼材を不動態化処理した場合に、熱影響部または塑性加工部の表面にクロム含有量の高い安定な不動態酸化皮膜を形成することができ、熱影響部または塑性加工部の局部的腐食を防ぐのに極めて有効である。
また、上記乾式耐食熱処理方法によって製造される本発明のステンレス鋼材は、不動態酸化皮膜のCr比率が60%以上であり、クロム含有量の高い安定な不動態酸化皮膜を有するとともに、熱影響部の表面にもクロム含有量の高い安定な不動態酸化皮膜が形成されてなるものなので、局部腐食の発生し難い優れた耐食性を有しており、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性能を一層向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は機械研磨処理をしたステンレス鋼材の表面部分の結晶粒の状態を説明するための図である。
【図2】図2は実施例において使用した鋼板試料に疑似溶接を施すためのTIG溶接装置の要部を示す斜視図である。
【図3】図3は実施例において使用した腐食試験装置を示す概略正面図である。
【図4】図4は実施例において使用した鋼板の切断状態を説明する平面図である。
【符号の説明】
10……ステンレス鋼板、24……ビード、40……ステンレス鋼板、44……HAZ。

Claims (5)

  1. オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレス鋼材の表面を機械研磨処理し、次いで機械研磨したステンレス鋼材を10−3Torr以下の真空雰囲気下、1030〜1100℃で熱処理し、その後400〜600℃まで急冷する固溶化熱処理を施し、次いで固溶化熱処理したステンレス鋼材を、H O/H の分圧比を1×10 −5 〜1×10 −3 としたH −H Oガス雰囲気下、または不活性ガスにH −H Oガスを混合してH O/H の分圧比を1×10 −5 〜1×10 −3 とした雰囲気下、400〜600℃で不動態化処理を施すことを特徴とするステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法。
  2. 前記ステンレス鋼材が、強熱により組成が変化した熱影響部、または塑性加工部を有していることを特徴とする請求項1のステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法。
  3. 前記不動態化処理における雰囲気ガスが、HOとH、またはHOとHを含む不活性ガス雰囲気であることを特徴とする請求項1または2のステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法。
  4. 前記機械研磨処理が、平均粒径1〜10μmの砥粒を用いた流動砥粒研磨により行うことを特徴とする請求項1から3のいずれかのステンレス鋼材の乾式耐食熱処理方法。
  5. 請求項1から4のいずれかの乾式耐食熱処理によって表面に不動態酸化皮膜が形成されたオーステナイト系ステンレス鋼材であり、該鋼材の強熱により組成が変化した熱影響部、または塑性加工部の表面に形成された該不動態酸化皮膜のCr比率が60%以上であることを特徴とするステンレス鋼材。
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