JP3901295B2 - 高Cr含有光輝焼鈍ステンレス鋼の水素脆性を除去する熱処理方法ならびに加工性の良い建材用ステンレス鋼板およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、耐食性に優れた高Cr含有フェライト系ステンレス鋼の光輝焼鈍材における水素脆性を除去する熱処理方法、ならびに防眩性・意匠性の高い表面性状、特にダル仕上調の凹凸を付与した表面性状を有する耐食性,加工性に優れた高Cr含有建材用フェライト系ステンレス鋼板およびその水素脆性を防止する製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、屋根・外装・内装などの建築用資材としてステンレス鋼が多く使用されるようになってきた。屋根用の材料には表面光沢を抑えた防眩性が要求されるため、一般にダル仕上げ材が用いられる。外装用、内装用の材料には意匠性の面から種々の仕上げ材が使用され、特に、玄関周りのフロント材や壁材にはダル調のランダム模様を有するエンボス仕上げ材が好んで使われる傾向にある。また、ドア・サッシのフレーム材にはHL仕上げ材の他、鏡面仕上げ材が使用される場合も多い。
ダルやエンボス仕上げ材は、圧延によって凹凸を付与したのち、歪取りのために光輝焼鈍を施して製造される場合が多い。また、鏡面仕上げ材も、原板には一般に光輝焼鈍材が用いられる。
【0003】
これら建材用ステンレス鋼としては、従来、SUS304やSUS316に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼が使用されていたが、海岸地区など海塩粒子が飛散する環境においては耐発銹性が不十分な場合もある。また、オーステナイト系ステンレス鋼は熱膨張係数が比較的大きいため、長尺の屋根に適用した場合、温度サイクルによる材料の劣化が起こりやすい。このため、最近ではフェライト系ステンレス鋼が屋根・外装用材料として使用されるようになった。
【0004】
しかし、フェライト系ステンレス鋼は、一般的にはオーステナイト系ステンレス鋼よりも耐食性が劣り、例えば代表的なSUS430では田園地区等の腐食環境の穏やかな場所においても比較的短期間で赤錆を生じる。また、溶接時の加熱・冷却によって粒界腐食が生じやすい欠点もある。そこで、これらの欠点を改善すべく、種々の高耐食性フェライト系ステンレス鋼が開発されている。例えば、耐候性の改善には高Cr化やMoの添加、粒界腐食性の改善にはC,Nを固定するNb,Tiの添加が有効であり、低炭素低窒素の22Cr−1Mo−Nb鋼,30Cr−2Mo−Nb鋼が開発されている。また、本発明者らは積極的にNb,Ti,Alを複合添加し、酸洗仕上げ後の皮膜を改質してさらなる耐食性の向上を図った22Cr−1.2Mo−Nb−Ti−Al鋼や30Cr−2Mo−Nb−Ti−Al鋼を開発した。
【0005】
光輝焼鈍用のフェライト系ステンレス鋼では一般的にC,Nの安定化元素としてNbが好まれ、Tiはむしろ嫌われる場合が多い。Ti含有鋼を光輝焼鈍すると窒化による加工性低下が懸念され、またTiN等の粗大な介在物が生成して表面疵の問題が生じやすいからである。Nb添加鋼ではそのような窒化や窒化物生成の心配はない。
【0006】
ところが、先に示した高耐候性開発鋼である22Cr−1.2Mo−Nb−Ti−Al鋼や30Cr−2Mo−Nb−Ti−Al鋼では、酸洗後の耐食性向上や加工性向上の観点からTiの添加は欠くことができない。したがって、これらの開発鋼を光輝焼鈍に供する場合には前述したTi窒化物の問題が残る。だからといって、酸洗仕上げ用と光輝焼鈍仕上げ用に別々の鋼種を保有して使い分けるのは、材料メーカーや流通業者にとって不経済なことである。
【0007】
そこで本発明者らは、特願平8−27447号において、Tiを含有する高Crフェライト系ステンレス鋼の窒化を防止した光輝焼鈍方法を開示した。具体的には、▲1▼窒素濃度をできるだけ下げる(=水素濃度をできるだけ高める)か、あるいは、▲2▼窒化が起こらずかつ酸化着色も起こらない範囲に露点および温度を厳密にコントロールする手段を示した。ただし、一般的な連続光輝焼鈍ラインでは設備的に露点の厳密なコントロールは困難であるため、上記▲2▼の手段は採用し難い。このため、大量生産には水素濃度を高める上記▲1▼の手段の方が適していると言える。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
ところが本発明者らの実験の結果、営業用の連続光輝焼鈍ラインにおいて水素濃度を高めた操業を行った場合、Ti窒化物の生成は防止できるものの、今度は新たに水素吸収に起因すると考えられる加工性劣化、すなわち水素脆化の問題が生じた。このような水素脆化はラボ実験では見られなかったものであり、その原因は後述するように連続焼鈍ラインでは鋼板の冷却速度が非常に速く水素の放出が不十分であるためと考えられた。
【0009】
水素脆化は光輝焼鈍後の鋼板を長期間放置することで徐々に解消していくが、営業生産において長期間の放置は納期を遅らせ好ましくない。また、光輝焼鈍後の鋼板に適度な冷間圧延を加えることによって水素の放出を促進する方法も考えられる。しかしこの方法は光輝焼鈍後に調質圧延を必要とする光沢仕上げ(鏡面仕上げを含む)には適用できるが、ダルやエンボスのような粗面化表面を形成させた仕上げには適用できない。
そこで本発明は、長期間放置することなく光輝焼鈍材の水素脆性を除去できる方法であって建材用のニーズが大きいダルやエンボス仕上げにも適用できる方法を提供し、また、TiとAlを複合添加した高耐候性高Crステンレス鋼のダルやエンボス仕上げ鋼板であって窒化と水素脆性をともに解消した加工性の良い鋼板、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、水素: 85 体積%以上の雰囲気中で光輝焼鈍された、C: 0.02 質量%以下、Si: 1.0 質量%以下、Mn: 1.0 質量%以下、P: 0.04 質量%以下、Ni: 0.6 質量%以下、Cr: 16 〜 35 質量%、Ti: 0.05 〜 (0.5 − 10 ×N ) 質量%、Al: 0.005 〜 0.3 質量%、Mo: 6 質量%以下、Nb: 1.0 質量%以下、Cu: 0.5 質量%以下、N: 0.02 質量%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼に対して、大気中または水素:15体積%以下の雰囲気中で、加熱温度(℃)・保持時間(h)が図6に示す点A(50℃,30h),B(50℃,1000h),C(500℃,5h),D(500℃,0.03h)で囲まれる範囲内(境界を含む)となる加熱処理を施す高Cr含有光輝焼鈍ステンレス鋼の水素脆性を除去する熱処理方法である。
ここで、図6は縦軸が対数目盛の片対数グラフであり、横軸に加熱温度(℃)、縦軸に保持時間(h)をとったものである。
【0012】
請求項2の発明は、C: 0.02 質量%以下、Si: 1.0 質量%以下、Mn: 1.0 質量%以下、P: 0.04 質量%以下、Ni: 0.6 質量%以下、Cr: 16 〜 35 質量%、Ti: 0.05 〜 (0.5 − 10 ×N ) 質量%、Al: 0.005 〜 0.3 質量%、Mo: 6 質量%以下、Nb: 1.0 質量%以下、Cu: 0.5 質量%以下、N: 0.02 質量%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、表面に十点平均粗さRzが1〜50μmの凹凸を形成して防眩性・意匠性を付与したフェライト系ステンレス鋼板であって、表面には光輝焼鈍を経て生成した不動態皮膜を有しており、その不動態皮膜にはTi濃化層およびAl濃化層が存在し、深さ50μmまでの表層部には窒化物層が存在しない、加工性の良い高耐食性建材用ステンレス鋼板である。
ここで、十点平均粗さRzはJIS B 0601に規定されるものである。また、深さ50μmまでの表層部とは、JIS B 0601に定義される「粗さ曲線の平均線」を基準とした場合の深さ50μmまでの領域を意味する。Ti濃化層とは、ステンレス鋼素地のTi含有量に対して原子比で2倍以上のTiが存在する層を意味する。同様に、Al濃化層とは、ステンレス鋼素地のAl含有量に対して原子比で2倍以上のAlが存在する層を意味する。
【0013】
請求項3の発明は、請求項2の発明において特に、鋼中水素濃度が1ppm以下であり、当該鋼板に180°密着曲げ試験を施したとき割れが発生しない鋼板を規定したものである。
【0014】
請求項4の発明は、請求項2または3の鋼板の製造方法の1態様を特定したものであり、フェライト系ステンレス鋼板にダルまたはエンボス圧延を施して表面に十点平均粗さRzが1〜50μmの凹凸を形成したのち、水素:85体積%以上の雰囲気中で光輝焼鈍を施し、次いで大気中または水素:15体積%以下の雰囲気中で加熱温度(℃)・保持時間(h)が図6に示す点A(50℃,30h),B(50℃,1000h),C(500℃,5h),D(500℃,0.03h)で囲まれる範囲内となる加熱処理を施すことを特徴とするものである。
【0015】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、高Cr含有ステンレス鋼板を営業用の連続ラインで水素濃度を高めた条件で光輝焼鈍した結果、当該光輝焼鈍後の鋼板には加工割れの問題が生じることを経験した。このような加工割れはラボ実験では生じなかったものである。加工割れの生じたサンプルを調べたところ、窒化物層の生成は見られなかった。ところがそのサンプル中の水素濃度を調べると、ラボで加工割れの生じなかったサンプルと比較して明らかに高い濃度の水素が検出された。このことから営業ライン材で問題となった加工割れは窒化物に起因するものではなく、水素脆化によるものであると考えられた。
【0016】
なぜ営業ラインでのみ水素脆化が顕在化するのかは定かではないが、ラボ機と営業ラインの違いとして冷却速度の差が挙げられる。すなわち冷却速度は、ラボ機では遅いのに対し、営業ラインでは非常に速い。本発明で対象とするような高Cr鋼では水素の拡散速度が遅いため、光輝焼鈍中に鋼中に固溶した水素は表面から容易に放出されにくい状況にある。営業ラインのように冷却速度が速い場合には鋼中の水素は表面から放出しきれず冷却後も鋼中に凍結されるものと推測される。
【0017】
本発明者らの研究の結果、光輝焼鈍された高Cr含有フェライト系ステンレス鋼に対して、水素濃度が15体積%以下の雰囲気中で特定の加熱温度・保持時間での熱処理を施したとき、鋼中の水素が放出されて水素脆性を除去できることがわかった。このことを実験データの一例に基づいて説明する。実験にはRz:15.6μmの凹凸を有するダル調ランダム柄のエンボス仕上げとした30Cr−2Mo−Nb−Ti−Al鋼の鋼帯に、営業用の連続光輝焼鈍ラインにより90体積%水素−窒素雰囲気中で1050℃で光輝焼鈍を施した材料を用いた。
【0018】
図1は、光輝焼鈍後のサンプルを常温で放置した日数と、曲げ角度および鋼中水素濃度の関係を表したものである。曲げ角度とは、曲げ加工を付与して割れが生じたときの曲げ角度を意味し、180°密着曲げで割れが生じなかった場合に曲げ角度=180°となる。常温放置では水素濃度および曲げ角度とも変化は極めて遅く、加工性の完全な回復は期待できない。
図2は、光輝焼鈍後のサンプルを大気中100℃までの温度で24時間保持した場合の、曲げ角度および鋼中水素濃度を表したものである。50℃の加熱によって水素の放出が認められるが、24時間の加熱で加工性を完全に回復するには100℃を超える温度での加熱を要する。
図3は、さらに加熱温度を高めて曲げ加工性を調べたものである。例えば加熱温度300℃では2時間以上の加熱で180°密着曲げが可能になる。
図4は、図3にプロットしたサンプルについて色調を調査した結果であり、テンパーカラーの生成を評価し得るものである。ここでL値は明度,a値とb値は彩度を表し、いずれもJIS Z 8722の規定に準じて測定したものである。
図5は、光輝焼鈍後に大気中500℃までの各温度で8時間保持したサンプルについて耐食性(孔食電位)を調査した例である。試験液は20%NaCl,40℃であり、これは海岸付近などの厳しい腐食環境における耐候性を評価し得る条件である。この条件において、400℃以下の加熱温度では孔食電位の低下は見られない。
【0019】
以上は実験結果の一例であるが、本発明者らはこのような数多くの実験データに基づいて、高Cr鋼、特にTiを含有する高Crフェライト系ステンレス鋼に、例えば水素濃度が85体積%以上といった高水素濃度中で光輝焼鈍を施した材料について、鋼本来の高耐食性を劣化させず、かつテンパーカラーを生じさせずに水素脆化を防止できる熱処理条件を特定することができた。それが、図6に示す点A(50℃,30h),B(50℃,1000h),C(500℃,5h),D(500℃,0.03h)で囲まれる範囲内の加熱温度(℃)・保持時間(h)である。
図6において直線ABより低温側、または直線ADより低温・短時間側の条件で熱処理した場合、水素脆化の防止は不十分となる。逆に直線CDより高温側、または直線BCより高温・長時間側の条件で熱処理した場合、表面が酸化されて耐食性が劣化するとともにテンパーカラーの生成により色調が変化する恐れがある。
なお、この熱処理は大気中で行えば良いが、水素濃度が15体積%以下の範囲であれば十分に水素脆化を防止できる。
【0020】
また、この熱処理は、特にTiとAlを複合添加した特定成分組成の高耐食性高Crステンレス鋼であって、窒化物の生成を防止するために水素:85体積%以上の雰囲気中で光輝焼鈍された材料に対して施すと効果的である。前述のように、Ti含有鋼では窒化と水素脆化の両方を同時に防止できる光輝焼鈍条件を大量生産において実現することは困難である。このため、光輝焼鈍は窒化の起こらない条件で行い、やむを得ず生じた水素脆化の問題をこの熱処理で除去するという一連の工程を経ることが、工業的には有利となる。つまり、窒化と水素脆化の両方を防止した加工性の良い高耐食性高Crステンレス鋼材は、特定条件での光輝焼鈍とこの熱処理を組み合わせることによって、効率的に製造することができるのである。なお、鋼の成分組成については後述する。
180°密着曲げでも割れの生じない高加工性鋼板を得るには、鋼中水素濃度を1ppm以下に低減すればよい。
【0021】
次に、本発明の加工性の良い高耐食性建材用ステンレス鋼板について説明する。この鋼板は、TiとAlを複合添加した特定成分組成の高耐食性高Crステンレス鋼であって、表面に十点平均粗さRzが1〜50μmの凹凸を有することを要件とする。このような凹凸を有する表面肌は特に建材に適用したとき見映えの良い防眩性あるいは意匠性を呈したものとなる。その凹凸は、例えばダルやエンボス圧延によって形成することができる。
【0022】
当該鋼板表面には光輝焼鈍により生成した不動態皮膜を有し、その皮膜にはTi濃化層およびAl濃化層が存在していることが必要である。光輝焼鈍のような還元性の雰囲気でTiとAlを含有する高Cr鋼を焼鈍すると、より酸化されやすい元素であるTiおよびAlがCrよりも優先的に酸化され、TiとAlが表面に濃化し、Ti濃化層およびAl濃化層がいち早く形成される。このためCrの酸化ロスが抑制され、表層直下の素地におけるCr濃度は高く維持される。その結果、Crに富む不動態皮膜が形成され、高い耐食性が付与される。つまり、Ti濃化層とAl濃化層の早期形成は、Crに富む不動態皮膜を形成して高Cr鋼本来の高い耐食性を付与するうえで必要不可欠の現象であり、本発明の鋼板はこの現象を利用して高耐食性を確保したものである。ただし、本発明の鋼板は建材用であるため軟質で加工性に富むものでなくてはならない。光輝焼鈍では条件によって表面付近に窒化層が生成しやすいが、発明者らの調査の結果、十分な加工性を確保するためには鋼板表層部に窒化層が存在していないことが必要であることが判明した。本発明の鋼板は表面に凹凸を有したものであるが、JIS B 0601に定義される「粗さ曲線の平均線」を基準として、その基準から測った深さ50μmまでの領域に窒化層が存在していなければそれによる加工性の劣化は現れない。
【0023】
さらに本発明の鋼板は、鋼中水素濃度が1ppm以下となっていることが望ましい。このとき、180°密着曲げを施しても水素脆性による加工割れは生じないので、屋根用に成形する場合などの厳しい加工に十分耐えることができるからである。なお、180°密着曲げ試験によって、同時に窒化物に起因する加工割れの有無も判定することができる。
【0024】
このような加工性の良い高耐食性建材用ステンレス鋼板は、例えば次のようにして好適に製造することができる。
TiとAlを複合添加した特定成分組成の高Crフェライト系ステンレス鋼板にダルまたはエンボス圧延を施し、表面に十点平均粗さRzが1〜50μmの凹凸を形成させる。次いで水素:85体積%以上の雰囲気中で光輝焼鈍する。光輝焼鈍は一般的な連続ラインを用いて通常の温度・時間・冷却速度で実施できる。その際、酸化防止の観点から露点は−30℃以下にすることが望ましい。また、焼鈍温度が900℃未満では再結晶が不十分になる恐れがあり、逆に1100℃を超えて高温になると結晶粒の粗大化の進行が著しく、靭性が低下する恐れもある。したがって、光輝焼鈍温度は900〜1100℃の範囲とすることが望ましい。次に、この鋼板を大気中または水素:15体積%以下の雰囲気中で加熱温度(℃)・保持時間(h)が図6に示す点A(50℃,30h),B(50℃,1000h),C(500℃,5h),D(500℃,0.03h)で囲まれる範囲内となる条件で加熱処理する。
【0025】
次に、本発明の対象となる鋼を構成する各元素の作用について述べる。
Cは、ステンレス鋼に不可避的に含まれる元素である。C含有量を低減すると軟質になり、加工性が向上すると共に炭化物の生成が少なくなる。また、C含有量の低減に伴って溶接性および溶接部の耐食性も向上する。したがって、C含有量は低いほど良く、0.02質量%以下にすることが望ましい。
【0026】
Nは、Cと同様にステンレス鋼に不可避的に含まれる元素である。N含有量を低減すると軟質になり、加工性が向上するとともに窒化物の生成が少なくなる。また、N含有量を低減するとTiとの共存によって生成する粗大な非金属介在物TiNに起因した表面疵の発生を抑制することができる。したがって、Tiを含有する本発明の対象鋼においてはN含有量を低減することが重要であり、上限を0.02質量%に制限する必要がある。
【0027】
Siは、溶接部の高温割れや溶接部の靭性に対して有害な元素である。また、ステンレス鋼を硬質にするので、特に建材用途ではSi含有量は低い方が良く、1.0質量%以下とすることが望ましい。
【0028】
Mnは、ステンレス鋼中に微量に存在するSと結合して可溶性硫化物MnSを生成するので、耐候性を低下させる原因となる。したがって、Mn含有量は1.0質量%以下に抑えることが望ましい。
【0029】
Pは、母材および溶接部の靱性を損なうのでP含有量は低い方が好ましい。しかし、本発明対象鋼のような高Cr鋼について脱Pすることは難しく、P含有量を極度に低下させることは製造コストの上昇を招く。建材用途としてはP含有量は0.04質量%程度まで許容できる。
【0030】
Sは、耐食性および溶接部の耐高温割れ性に悪影響を及ぼす有害な元素であるため、S含有量は低い方が好ましい。一般的な外装材としては0.01質量%程度まで許容できるが、海岸近くで使用する場合や意匠性が特に要求される用途では0.003質量%以下とすることが望ましい。
【0031】
Niは、フェライト系ステンレス鋼の靱性改善に有効な元素である。しかし、多量のNi含有はコスト高の原因になるばかりでなく、硬さ上昇の原因にもなる。本発明においては、通常のフェライト系ステンレス鋼で不可避的不純物として混入する0.6質量%程度までは許容できる。
【0032】
Crは、ステンレス鋼の耐食性を高める主要元素であり、耐候性、耐孔食性、耐隙間腐食性および一般耐食性を著しく向上させる。建材用としては、少なくとも16質量%以上のCr含有量がなくては、たとえ内装用であっても満足できる耐食性は得られない。Cr含有量の増加とともに耐食性は向上するが、本発明者らの調査によると、23質量%を超える量のCrを含有させたとき、一般的な環境では、軒下,軒天部などの腐食性の高い部位においても意匠性を損なうような発銹を著しく抑制できることが経験的に確認された。また、海岸近くなどの厳しい腐食環境で軒下,軒天部などの部位に使用する場合を考慮したとき、Cr含有量は28質量%以上とすることがより望ましい。しかし、Cr含有量が35質量%を超えると脆化が著しくなり、薄板を製造すること自体が困難となる。
【0033】
Tiは、Sを固定してMnSの生成による耐孔食性の低下を防ぐとともに、C,Nを固定して粒界腐食を防止する効果がある。また、前述のとおり、光輝焼鈍皮膜の生成過程においてAlとともに優先的に皮膜中に濃化し、Cr欠乏層の形成を防止して耐食性の維持に寄与する。これらの作用を有効に発揮させるためには、0.05質量%以上のTiを含有する必要がある。しかし、TiはNとの親和力が強いために、鋼中のNと反応してTiNの粗大な介在物を生成させやすい。このTiNはクラスター状の介在物となって、鋼板表面の疵発生の原因となる。建材用途では表面疵は特に嫌われる。そこで、Tiを含有する本発明対象鋼においてはN含有量との関係においてTi量を規定した。
図7に、Ti含有鋼の冷延板に発生するTiN介在物による疵と、鋼中のTiおよびNの含有量の関係を調査した結果の一例を示す。図7から、Tiの許容量はNの含有量に依存し、Nが0.02質量%以下の範囲において、疵を発生させないTi含有量の限界は(0.5−10×N)質量%(ここで、Nは鋼中のN含有量(質量%)を意味する)で表されることがわかる。図7中のプロットは一例にすぎないが、本発明の対象となる多くの鋼について調査した結果、Ti含有量を(0.5−10×N)質量%以下に規制することによって建材用途で問題となるTiNに起因する疵を防止できることを確認している。
【0034】
Alは、光輝焼鈍後の皮膜を改質して耐食性を向上させるうえで有効な元素である。すなわち、Tiとの複合添加により、加熱時に優先的に酸化皮膜を形成し、Crの酸化損失を防止し、再不動態化能の低下を抑制する。Al量が0.005質量%未満ではこのような作用が十分に発揮されない。しかし、0.3%を超えて含有すると表層の皮膜がAlを主成分とする皮膜となり、Crの不動態皮膜の生成をかえって阻害する。したがって、Al含有量は0.005〜0.3質量%とすることが望ましい。
【0035】
Moは、Crとともに鋼の耐食性を高めるために有効な元素であり、その効果はCrが増すにつれて大きくなる。つまり、Moは溶液中に溶けてモリブデン酸イオンとなり、これがインヒビターとして作用して、仮に腐食が発生した場合でも腐食の進行を抑制する効果を有する。したがって、Moを添加することは耐食性を向上させる上で非常に望ましい。このようなMoの作用は0.3質量%以上含有させることによって顕著となる。ただし、6質量%を超えるMoの含有は鋼を硬質にし、靭性の低下を生じるため蓮板製造、製品加工などの際に困難を伴う。このため、Moを添加する場合は0.3〜6質量%の範囲とすることが望ましい。なお、外装材用途において要求される特性を耐食性と靱性の両面から検討した結果、Mo含有量を1〜3質量%の範囲とすることがより望ましい。
【0036】
Nbは、TiとともにCを固定して粒界腐食を防止するのに有効な元素である。Tiに比べて耐孔食性の向上効果は小さいが、NbはC,Nを固定する効果が大きいので、溶接後の耐食性をより向上させる場合には添加することが望ましい。その効果は0.01質量%以上の含有により現れる。ただし、1.0質量%を超えるNbの含有は、溶接部の靱性を阻害する。そこで、Nbを添加する場合は0.01〜1.0質量%の範囲で含有させることが望ましい。さらにNbの効果を十分に享受するためには0.05〜1.0質量%の範囲とするのが良い。なお、溶接部の耐食性と靱性の両方を特に重視する用途においては、Nb含有量を0.1〜0.5質量%の範囲とすることがより望ましい。
【0037】
Cuは、亜硫酸ガス腐食環境下における耐候性を改善する元素であり、高濃度の亜硫酸ガス腐食環境下の建材へ適用する場合には添加することが望ましい。ただし、多量のCu含有は固溶強化により材料を硬質にし、材料の加工性を低下させる。Cuを添加する場合は、建材用途においては0.5質量%以下の含有量に抑えることが望ましい。
【0038】
Vは、通常、Cr原料の不純物として微量に混入するが、Ti,Nbと同様にC,Nを固定しフェライト系ステンレス鋼の粒界腐食を防止する効果を有するので、積極的に添加しても良い。しかし、VのC,Nを固定する効果はTi,Nbに比べて小さく、またVは高価である。従って、Vを添加する場合には0.3質量%以下の含有量とすることが望ましい。
【0039】
Coは、Niと同様にフェライト系ステンレス鋼の靱性を改善する効果がある。通常、Ni原料の不純物として微量に混入するが、積極的に添加しても良い。ただし、Coは高価な元素であるので、添加する場合は0.3質量%以下の含有量とすることが望ましい。
【0040】
【実施例】
表1に示す化学組成のフェライト系ステンレス鋼を溶製し、通常の製造工程を経て板厚1.5mmの冷延−焼鈍鋼帯を作製した。次いでエッチングによってランダム柄のエンボス模様を付与した小径ロールを用いて軽圧下冷間圧延を施し、種々の表面粗さの鋼帯を作製した。これらの鋼帯に、実機(営業生産用の連続焼鈍ライン)を用いた光輝焼鈍、およびラボにおける光輝焼鈍を施した。光輝焼鈍は、通常の75体積%水素−25体積%窒素雰囲気の他、水素濃度を高めた雰囲気でも実施した。光輝焼鈍後のサンプルについて、鋼板断面の電子顕微鏡観察およびオージェ電子分光分析によって窒化物層の存在の有無を調べた。また、光輝焼鈍直後、および常温で3〜12ヶ月間放置した後のサンプルについて180°密着曲げ試験を行い、割れ発生の有無を調べた。これらの結果を表2に示す。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
表2からわかるように、ラボ焼鈍および実機焼鈍いずれの場合も75%水素−25%窒素雰囲気で焼鈍したものは、表面に窒化物層が存在していた。しかし、水素濃度を高めた雰囲気で焼鈍したものにはいずれも窒化物層は生成していなかった。一方、曲げ試験結果はラボと実機で異なる挙動が見られた。すなわち、ラボ焼鈍では水素濃度を高めた場合に焼鈍直後から曲げ試験での割れが防止できたのに対し、実機焼鈍では水素濃度を高めても焼鈍直後には曲げ試験で割れが発生した。ただし、その割れが発生したものも、3〜12ヶ月間放置することによって同じ曲げ試験で割れが発生しなくなった。
【0044】
次に、表2に示した実機焼鈍の鋼帯(光輝焼鈍条件D)に対して大気中・種々の条件で熱処理を施し、熱処理後のサンプルについて180°密着曲げ試験を行った。また一部のものについて鋼中水素濃度を測定した。これらの結果を表3に示す。
【0045】
【表3】
【0046】
水素濃度の高い条件で光輝焼鈍して加工性が十分でなかった光輝焼鈍鋼板も、本発明で規定する範囲の加熱温度・保持時間で熱処理することによって鋼中水素濃度を1ppm以下に低減することができ、最終的には180°密着曲げ試験で割れの生じない加工性の良い鋼板に改質することができた。
【0047】
次に、表3の試験No.7で得られた熱処理後のサンプルについて、20%NaCl水溶液中40℃における孔食電位(掃引速度20mV/min)とCCT試験による発銹率を調査した。その結果を表4に示す。
【0048】
【表4】
【0049】
表4中、試料記号aのものはエッチングにより凹凸を付与した小径ロールによるエンボス圧延を経て表3の試験No.7によって得られた熱処理後のサンプルである。試料記号bのものはaと同一成分の鋼にエンボス圧延に替えてダル圧延を施したものであり、光輝焼鈍および熱処理条件はaと同じである。ただし、この場合のダル圧延にはショットにより凹凸を付与した調質圧延ロールを用いた。試料記号cのものはaと同一成分の鋼を通常の2D仕上げとしたサンプルであり、試料記号dのものは市販のSUS316の2B仕上げのサンプルである。本発明に係る試料記号a,bのものは、通常の2D仕上げと同等の高い耐食性を示すことがわかる。
【0050】
図8に、表4の試料記号aのサンプル(耐食性試験前)について、表面の不動態皮膜をGDSで分析した結果を示す。AlおよびTiが濃化した皮膜が形成されていることがわかる。なお、図8におけるGDS分析では、放電時間1秒が表面深さ約100オングストロームに相当する。
【0051】
【発明の効果】
本発明では、高耐候性高Crフェライト系ステンレス鋼の光輝焼鈍を窒化が防止できる高い水素濃度で行ったときに問題となった「水素脆化」を、特定条件での熱処理によって解消することを可能にした。この手段は特にTi,Alを複合添加した高耐候性鋼板に有利である。また、スキンパス圧延によらずに水素脆性を除去するものであるから、ダルやエンボス仕上げのような凹凸のある表面肌を活かすことができる。このようにして得られた鋼板は窒化および水素脆化による加工性の劣化を示さないとともに、従来の光輝焼鈍材が有している耐食性,表面色調を持ち合わせている。つまり本発明では、ダルやエンボス模様を有する意匠性の高い高耐候性鋼板において、軟質で加工性の良いものを提供できるようにした。したがって本発明は、特に建材用途において高意匠性ステンレス鋼板の普及に寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】光輝焼鈍後のサンプルを常温で放置した日数と、曲げ角度および鋼中水素濃度の関係を表したグラフ。
【図2】光輝焼鈍後のサンプルを大気中100℃までの温度で24時間保持した場合の、曲げ角度および鋼中水素濃度を表したグラフ。
【図3】光輝焼鈍後のサンプルを大気中500℃までの温度で8時間保持した場合および300℃で8時間までの時間保持した場合の、曲げ角度を表したグラフ。
【図4】光輝焼鈍後のサンプルを大気中500℃までの温度で8時間保持した場合および300℃で8時間までの時間保持した場合の、サンプル表面の色調を表したグラフ。
【図5】光輝焼鈍後に大気中500℃までの加熱温度で8時間保持したサンプルにおける、加熱温度と孔食電位の関係を示したグラフ。
【図6】光輝焼鈍後に大気中または水素:15体積%以下の雰囲気中で行う熱処理の加熱温度と保持時間の適正範囲を表したグラフ。
【図7】Ti含有フェライト系ステンレス鋼板において表面疵の発生しない領域をTi含有量とN含有量の関係で示したグラフ。
【図8】光輝焼鈍後に大気中300℃×8時間の熱処理を行った本発明対象鋼板表面の皮膜をGDSで分析した結果を示すグラフ。
Claims (4)
- 水素:85体積%以上の雰囲気中で光輝焼鈍された、C: 0.02 質量%以下、Si: 1.0 質量%以下、Mn: 1.0 質量%以下、P: 0.04 質量%以下、Ni: 0.6 質量%以下、Cr: 16 〜 35 質量%、Ti: 0.05 〜 (0.5 − 10 ×N ) 質量%、Al: 0.005 〜 0.3 質量%、Mo: 6 質量%以下、Nb: 1.0 質量%以下、Cu: 0.5 質量%以下、N: 0.02 質量%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼に対して、大気中または水素:15体積%以下の雰囲気中で、加熱温度(℃)・保持時間(h)が図6に示す点A(50℃,30h),B(50℃,1000h),C(500℃,5h),D(500℃,0.03h)で囲まれる範囲内となる加熱処理を施して鋼中水素濃度を1ppm以下にする、高Cr含有光輝焼鈍ステンレス鋼の水素脆性を除去する熱処理方法。
- C: 0.02 質量%以下、Si: 1.0 質量%以下、Mn: 1.0 質量%以下、P: 0.04 質量%以下、Ni: 0.6 質量%以下、Cr: 16 〜 35 質量%、Ti: 0.05 〜 (0.5 − 10 ×N ) 質量%、Al: 0.005 〜 0.3 質量%、Mo: 6 質量%以下、Nb: 1.0 質量%以下、Cu: 0.5 質量%以下、N: 0.02 質量%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、表面に十点平均粗さRzが1〜50μmの凹凸を形成して防眩性・意匠性を付与したフェライト系ステンレス鋼板であって、表面には光輝焼鈍を経て生成した不動態皮膜を有しており、その不動態皮膜にはTi濃化層およびAl濃化層が存在し、深さ50μmまでの表層部には窒化物層が存在しない、加工性の良い高耐食性建材用ステンレス鋼板。
- C: 0.02 質量%以下、Si: 1.0 質量%以下、Mn: 1.0 質量%以下、P: 0.04 質量%以下、Ni: 0.6 質量%以下、Cr: 16 〜 35 質量%、Ti: 0.05 〜 (0.5 − 10 ×N ) 質量%、Al: 0.005 〜 0.3 質量%、Mo: 6 質量%以下、Nb: 1.0 質量%以下、Cu: 0.5 質量%以下、N: 0.02 質量%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、表面に十点平均粗さRzが1〜50μmの凹凸を形成して防眩性・意匠性を付与したフェライト系ステンレス鋼板であって、表面には光輝焼鈍を経て生成した不動態皮膜を有しており、その不動態皮膜にはTi濃化層およびAl濃化層が存在し、深さ50μmまでの表層部には窒化物層が存在せず、かつ鋼中水素濃度が1ppm以下であり、当該鋼板に180°密着曲げ試験を施したとき割れが発生しない、加工性の良い高耐食性建材用ステンレス鋼板。
- C: 0.02 質量%以下、Si: 1.0 質量%以下、Mn: 1.0 質量%以下、P: 0.04 質量%以下、Ni: 0.6 質量%以下、Cr: 16 〜 35 質量%、Ti: 0.05 〜 (0.5 − 10 ×N ) 質量%、Al: 0.005 〜 0.3 質量%、Mo: 6 質量%以下、Nb: 1.0 質量%以下、Cu: 0.5 質量%以下、N: 0.02 質量%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼板にダルまたはエンボス圧延を施して表面に十点平均粗さRzが1〜50μmの凹凸を形成したのち、水素:85体積%以上の雰囲気中で光輝焼鈍を施し、次いで大気中または水素:15体積%以下の雰囲気中で加熱温度(℃)・保持時間(h)が図6に示す点A(50℃,30h),B(50℃,1000h),C(500℃,5h),D(500℃,0.03h)で囲まれる範囲内となる加熱処理を施す、請求項3または4に記載の加工性の良い高耐食性建材用ステンレス鋼板の製造方法。
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