JP3716451B2 - 膜被覆物およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
この発明、例えば磁気ヘッド、工具、金型その他摺動部品等に用いられるものであって、基体の耐摩耗性、摺動性、潤滑性等を向上させるために、基体の表面に高硬度の炭素系膜を被覆した膜被覆物およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来から、基体の耐摩耗性や摺動性等を向上させるために、高硬度の炭素系膜を基体の表面に被覆する試みが成されている。そのような炭素系膜の代表的なものに、ダイヤモンド薄膜がある。
【0003】
このようなダイヤモンド薄膜を基体の表面に合成する試みが近年盛んに行われているが、中でも、特開昭63−206387号公報に提案されているような、炭素の蒸着と不活性ガスイオンの照射とを併用する方法は、高品質のダイヤモンド薄膜が低温下で密着性良く合成できるという利点がある。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
基体表面にダイヤモンド薄膜を被覆したダイヤモンド薄膜被覆物を、基体の耐摩耗性や摺動性等の向上を目的として工業的に応用する場合には、硬度のみでなく、膜の靱性をも向上させなければならない。これは、膜が靱性に乏しいと、ダイヤモンド薄膜被覆物を例えば工具、金型あるいは磁気ヘッド等として使用した場合、使用中に膜が割れたり欠けたりして、膜の特性が発揮できないからである。
【0005】
しかしながら、上記公報に提案されている方法では膜の靱性の向上については考慮されておらず、そのため、当該方法の効果が十分に生かされないのが実状である。
【0006】
そこでこの発明は、基体表面の膜が硬度および靱性に優れている膜被覆物およびその製造方法を提供することを主たる目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、この発明の膜被覆物は、基体の表面に、窒化クロム単独または窒化クロムおよびクロムから成る窒化クロム系膜を形成し、かつこの窒化クロム系膜の表面に、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る炭素系膜を形成していることを特徴とする。
【0008】
この発明の製造方法は、真空雰囲気中で、基体に対して、クロムの蒸着と、少なくとも窒素イオンを含むイオンビームの照射とを行うことによって、当該基体の表面に、窒化クロム単独または窒化クロムおよびクロムから成る窒化クロム系膜を形成した後に、当該窒化クロム系膜に対して、炭素の蒸着と、不活性ガスイオンおよび窒素イオンの少なくとも後者を含むイオンビームの照射とを行うことによって、当該窒化クロム系膜の表面に、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る炭素系膜を形成することを特徴とする。
【0009】
【作用】
上記膜被覆物において、炭素系膜を構成する窒化炭素はダイヤモンドと同程度に高硬度であるので、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る炭素系膜は高硬度である。
【0010】
一方、膜の靱性の劣化の大きな原因の一つに、膜内に過大な内部応力がもたらされることが挙げられる。この内部応力は、膜と基体との格子定数や熱膨張係数の不整合によるところが大きい。これを改善するためには、膜と基体との界面に靱性に優れた膜を中間層として形成し、この中間層が膜全体の靱性を改善するようにするのが有効であり、しかもこの中間層として、窒化クロム単独または窒化クロムおよびクロムから成る窒化クロム系膜を用いると、表面の上記のような炭素系膜の靱性向上に特に有効であることを見い出した。
【0011】
即ち、上記のような窒化クロム系膜を炭素系膜の中間層として設けると、この窒化クロム系膜は、炭素系膜ほどは硬くはないけれども適度な硬度と靱性を有しているので、炭素系膜と基体との格子定数や熱膨張係数の不整合を緩和して炭素系膜の内部応力を緩和する働きをすると共に、炭素系膜のクッション材的な作用をするので、表面の炭素系膜の靱性を向上させることができる。しかもこの窒化クロム系膜は、適度な硬度を有しているので、表面の炭素系膜の硬度を低下させる心配もない。
【0012】
上記のような作用により、基体表面の膜は全体として、硬度および靱性に優れたものとなる。
【0013】
上記製造方法によれば、基体の表面における蒸着粒子と照射イオンとの衝突によって両者の反応が起こり、それによって低温下で基体の表面に窒化クロム単独または窒化クロムおよびクロムからなる窒化クロム系膜を形成することができる。しかもその際、基体と窒化クロム系膜との界面付近には、両者の構成元素が混じり合って成る混合層が形成される。この混合層が形成されるのは、(a)照射イオンがその運動エネルギーによって自ら基体内に注入される(注入作用)、(b)照射イオンの一部が、注入と同時に基体構成元素をはじき出す(スパッタ作用)、(c)照射イオンの一部が、同時または交互に蒸着される蒸着粒子を基体内に押し込む(押込み作用)、といった主としてこれら3作用による。そしてこの混合層がいわば楔のような作用をするので、基体に対する窒化クロム系膜の密着性が非常に高くなる。
【0014】
更に、上記窒化クロム系膜の表面における蒸着粒子と照射イオンとの衝突によって、蒸着粒子の励起または蒸着粒子と照射イオンとの反応が起こり、それによって低温下で、窒化クロム系膜の表面に、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る炭素系膜を形成することができる。しかもその際、照射イオンの上述した注入作用、スパッタ作用および押込み作用によって、窒化クロム系膜と炭素系膜との界面付近には、両者の構成元素が混じり合って成る混合層が形成され、これがいわば楔のような作用をするので、窒化クロム系膜に対する炭素系膜の密着性も非常に高くなる。
【0015】
従って上記製造方法によれば、基体の表面に、硬度、靱性および密着性に優れた膜を低温下で形成することができる。
【0016】
【実施例】
図1は、この発明に係る膜被覆物の一例を部分的に示す断面図である。この膜被覆物2は、基体4の表面に、窒化クロム単独または窒化クロムおよびクロムから成る窒化クロム系膜6を形成し、かつこの窒化クロム系膜6の表面に、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る炭素系膜8を形成している。
【0017】
基体4の材質、形状、大きさ等に限定はない。例えば、膜被覆物2が磁気ヘッドの場合は基体4はそのコア等であり、膜被覆物2が工具の場合は基体4は工具鋼であり、膜被覆物2が金型である場合は基体4は金型材である。
【0018】
窒化クロム系膜6の組成は、(a)窒化クロム単独、または(b)窒化クロムとクロムの混合物、である。
【0019】
炭素系膜8の組成は、(a)窒化炭素、または(b)ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素と窒化炭素との混合物、である。上記(b)の炭素中に、ダイヤモンド構造の炭素が多く含まれている方が硬度上好ましいが、その割合は100%である必要はない。
【0020】
炭素系膜8を構成する窒化炭素はダイヤモンドと同程度に高硬度であるので、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る当該炭素系膜8は高硬度である。
【0021】
しかも、上記のような窒化クロム系膜6を、基体4と炭素系膜8との間に中間層として設けると、窒化クロム系膜6は、炭素系膜8ほどは硬くないけれども適度な硬度と靱性を有しているので、炭素系膜8と基体4との格子定数や熱膨張係数の不整合を緩和して炭素系膜8の内部応力を緩和する働きをすると共に、炭素系膜8のクッション材的な作用をするので、表面の炭素系膜8の靱性を向上させることができる。しかもこの窒化クロム系膜6は、単に靱性を有しているだけではなく適度な硬度を有しているので、表面の炭素系膜8の硬度を低下させる心配もない。
【0022】
上記のような作用により、基体4の表面の膜6および8は全体として、硬度および靱性の両方に優れたものとなる。従ってこのような膜被覆物2によれば、基体4の耐摩耗性、耐食性、摺動性、潤滑性等を効果的に向上させることができる。
【0023】
その場合、炭素系膜8中にアモルファス構造の炭素やグラファイト構造の炭素が含まれていると、それらは粒子が細かいため炭素系膜8の表面が滑らかになり、潤滑性がより向上する。
【0024】
また、窒化炭素は、化学的安定性が高くて耐食性が高く、かつ窒化クロム系膜6中の窒化クロムと同じ窒化物であるからそれとの格子定数および熱膨張係数の不整合が少なくて窒化クロムとの馴染みが良いので、炭素系膜8中に窒化炭素が含まれていると、炭素系膜8の耐食性および窒化クロム系膜6に対する密着性がより向上する。炭素系膜8が窒化炭素から成る場合は、炭素系膜8の耐食性および窒化クロム系膜6に対する密着性は更に向上する。
【0025】
次に、上記のような膜被覆物2の製造方法の例を図2を参照しながら説明する。
【0026】
真空容器(図示省略)内に、基体4を保持するホルダ10が設けられており、それに向けて蒸発源12およびイオン源16が配置されている。
【0027】
蒸発源12は、そこに収納された蒸発材料13を加熱蒸気化して蒸発物質14を蒸発させ、それを基体4の表面または同表面に形成された膜の表面に蒸着させるものである。この蒸発物質14として、前述した窒化クロム系膜6の形成時はクロムを蒸発させ、炭素系膜8の形成時は炭素を蒸発させる。この蒸発源12の方式は、例えば蒸発材料13を電子ビームや高周波を用いて加熱するものやターゲットをスパッタリングするもの等でも良く、特定の方式に限定されない。
【0028】
イオン源16は、そこに導入されたガス17をイオン化して、所定のエネルギーに加速されたイオンビーム18を引き出し、それを基体4の表面または同表面に形成された膜の表面に照射するものである。このイオン源16は、例えば多極磁場型のいわゆるバケット型イオン源が大面積大電流等の点で好ましいが、勿論それ以外の方式のイオン源でも良い。
【0029】
前述した窒化クロム系膜6の形成時は、イオン源16から少なくとも窒素イオンを含むイオンビーム18を引き出してそれを基体4の表面に照射する。より具体的には、この時のイオンビーム18を構成するイオンの種類は、(a)窒素イオンのみでも良いし、(b)窒素イオンと、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン等の不活性ガスイオンとの混合イオンでも良い。その理由は後述する。
【0030】
前述した炭素系膜8の形成時は、イオン源16から不活性ガスイオンおよび窒素イオンの少なくとも後者を含むイオンビーム18を引き出してそれを基体4上の窒化クロム系膜6の表面に照射する。より具体的には、この時のイオンビーム18を構成するイオンの種類は、(a)窒素イオンのみでも良いし、(b)ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン等の不活性ガスイオンと窒素イオンの混合イオンでも良い。その理由は後述する。
【0031】
図1に示したような膜被覆物2の製造に際しては、まず、所望の基体4をホルダ10に取り付け、真空容器内を所定の真空度に排気した後、蒸発源12から蒸発物質14としてクロムを蒸発させ、これを基体4の表面に蒸着させる。かつこの蒸着と同時または交互に、イオン源16から少なくとも窒素イオンを含むイオンビーム18を引き出してそれを基体4の表面に照射する。
【0032】
これによって、基体4の表面における蒸着粒子と照射イオンとの衝突によって両者の反応が起こり、それによって低温下で、基体4の表面に、窒化クロム単独または窒化クロムおよびクロムから成る前述した窒化クロム系膜6を形成することができる。しかもその際、基体4と窒化クロム系膜6との界面5の付近には、両者の構成元素が混じり合って成る混合層が形成される。この混合層が形成されるのは、(a)照射イオンがその運動エネルギーによって自ら基体内に注入される(注入作用)、(b)照射イオンの一部が、注入と同時に基体構成元素をはじき出す(スパッタ作用)、(c)照射イオンの一部が、同時または交互に蒸着される蒸着粒子を基体内に押し込む(押込み作用)、といった主としてこれら3作用による。そしてこの混合層が言わば楔のような作用をするので、基体4に対する窒化クロム系膜6の密着性が非常に高くなる。
【0033】
その際、上記イオンビーム18中に、窒素イオンの他に不活性ガスイオンをも含めておくと、反応に関与しない不活性ガスイオンの運動エネルギーによる混合層形成作用のみを利用することができるので、混合層の形成をより容易にすることができる。
【0034】
次いで、蒸発源12から蒸発物質14として炭素を蒸発させ、これを上記先の工程によって基体4上に形成された窒化クロム系膜6の表面に蒸着させる。かつこの蒸着と同時または交互に、イオン源16から不活性ガスイオンおよび窒素イオンの少なくとも後者を含むイオンビーム18を引き出してそれを基体4上の窒化クロム系膜6の表面に照射する。
【0035】
これによって、窒化クロム系膜6の表面における蒸着粒子と照射イオンとの衝突によって、蒸着粒子の励起または蒸着粒子と照射イオンとの反応が起こり、それによって低温下で、窒化クロム系膜6の表面に、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る前述した炭素系膜8を形成することができる。即ち、照射イオンによって炭素の蒸着粒子が励起されて、ダイヤモンド構造の炭素が形成される。また、イオンビーム18が窒素イオンで構成されている、あるいは窒素イオンと不活性ガスイオンとで構成されている場合は、蒸着炭素と窒素イオンとが反応して窒化炭素が形成される。しかもその際、照射イオンの上述した注入作用、スパッタ作用および押込み作用によって、窒化クロム系膜6と炭素系膜8との界面7の付近には、両者の構成元素が混じり合って成る混合層が形成され、これが言わば楔のような作用をするので、窒化クロム系膜6に対する炭素系膜8の密着性が非常に高くなる。
【0036】
以上の工程によって、図1で説明したような膜被覆物2を製造することができる。
【0037】
以上のようにして基体4上に形成した膜6および8は全体として、硬度および靱性に優れている。その理由は前述のとおりである。しかも各界面5および7に混合層が形成されるので膜の密着性も非常に高い。従って、この製造方法によれば、基体4の表面に、硬度および靱性に優れているだけでなく密着性にも非常に優れた膜を低温下で形成することができる。その結果、基体4の耐摩耗性、耐食性、摺動性、潤滑性等をより一層効果的に向上させることができる。
【0038】
尚、上記膜6および8を形成する際のイオンビーム18の加速エネルギーは、0.1keV以上40keV以下が好ましい。これは、0.1keV未満であると、照射イオンによる混合層の形成が不十分で膜の密着性向上に寄与せず、また40keVを超えると、基体4への熱的な損傷が過大に加えられて好ましくないからである。
【0039】
また、上記膜6および8を形成する際の各イオンの照射量および蒸着速度は特に限定されず、生産コストおよび基体4の耐熱性等を考慮して決めれば良く、例えば耐熱性の低い基体4では照射量を低く抑えれば良い。但し、窒化クロム系膜6を形成する際の膜のCr/N組成比は0.5以上10以下が好ましく、この組成比になるようにイオンの照射量とクロムの蒸着速度を決定する。これは、Cr/N組成比が0.5未満であると、窒素が過剰で内部応力が大きくなって膜の靱性が劣化してしまい、10を超えると、軟らかいクロムが多すぎて膜の硬度が劣化してしまい好ましくないからである。また、窒化クロム系膜6中の窒化クロムの構造は、CrNでもCr2Nでも良い。
【0040】
次に、この発明に従ったより具体的な実施例と、この発明の要件を満たさない比較例の幾つかについて説明する。いずれの例も、図1に示したような装置を用いた。
【0041】
<比較例1>
基体4として高速度工具鋼(SKH51)を用い、それをホルダ10に設置した後、真空容器内を1×10-6Torr以下の真空度に保った。その後、電子ビーム加熱式の蒸発源12より、クロムを加熱蒸気化してそれを基体4上に蒸着させると同時に、イオン源16よりイオンビーム18として窒素イオンを1.0keVの加速エネルギーで引き出して基体4に照射した。このようにして基体4上に窒化クロム系膜6を100nm成膜した。この時、膜のCr/N組成比が1.5になるように、クロムの蒸着速度と窒素イオンの照射量とを調整した。
【0042】
その後、当該窒化クロム系膜6に対して、蒸発源12から炭素を加熱蒸気化して蒸着させると同時に、イオン源16よりイオンビーム18としてアルゴンイオンを1.0keVの加速エネルギーで照射した。このようにして基体4上の窒化クロム系膜6の表面に炭素系膜8を400nm成膜した。この時、炭素の蒸着量とアルゴンイオンの照射量との比は2.0になるように調整した。
【0043】
<実施例1>
基体4として高速度工具鋼(SKH51)を用い、それをホルダ10に設置した後、真空容器内を1×10-6Torr以下の真空度に保った。その後、電子ビーム加熱式の蒸発源12より、クロムを加熱蒸気化してそれを基体4上に蒸着させると同時に、イオン源16よりイオンビーム18として窒素イオンを0.5keVの加速エネルギーで引き出して基体4に照射した。このようにして基体4上に窒化クロム系膜6を100nm成膜した。この時、膜のCr/N組成比が2.0になるように、クロムの蒸着速度と窒素イオンの照射量とを調整した。
【0044】
その後、当該窒化クロム系膜6に対して、蒸発源12から炭素を加熱蒸気化して蒸着させると同時に、イオン源16よりイオンビーム18として窒素イオンを1.0keVの加速エネルギーで照射した。このようにして基体4上の窒化クロム系膜6の表面に炭素系膜8を400nm成膜した。この時、炭素の蒸着量と窒素イオンの照射量との比は1.0になるように調整した。
【0045】
<比較例2>
基体4として高速度工具鋼(SKH51)を用い、それをホルダ10に設置した後、真空容器内を1×10-6Torr以下の真空度に保った。その後、電子ビーム加熱式の蒸発源12より、炭素を加熱蒸気化してそれを基体4上に蒸着させると同時に、イオン源16よりイオンビーム18としてアルゴンイオンを1.0keVの加速エネルギーで引き出して基体4に照射した。このようにして基体4上に、窒化クロム系膜6を設けることなくいきなり炭素系膜8を500nm成膜した。この時、炭素の蒸着量とアルゴンイオンの照射量との比は2.0になるように調整した。
【0046】
上記比較例1、2および実施例1で得られた膜被覆物について、10g荷重ビッカース硬度により膜の硬度を測定した。また、AEセンサ付きスクラッチ試験機によって膜の密着強度を測定した。その結果を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
この表1から分かるように、比較例1、2および実施例1のいずれも、膜の硬度は優れている。実施例1のものの硬度がより高いのは、炭素系膜8中に窒化炭素が形成されたためであると考えられる。
【0049】
しかし、比較例2のものは、硬度を測定した際、ビッカース圧痕の周辺にクラックが入った。一方、実施例1および比較例1のものには、いずれも、ビッカース圧痕の周辺にはクラックが入らず、従って実施例1および比較例1のものは、比較例2のものに比べて靱性に優れていることが確かめられた。
【0050】
また、膜の密着強度も、実施例1および比較例1のものは比較例2のものに比べて遙かに高いことが確かめられた。実施例1および比較例1のように中間層として窒化クロム系膜6を介在させると膜の密着性も向上するのは、(a)炭素系膜8と窒化クロム系膜6との間で格子定数や熱膨張係数の不整合が少ないので炭素系膜8の窒化クロム系膜6に対する密着性が高く、(b)しかも窒化クロム系膜6を構成するクロムは化学的に活性であるので、窒化クロム系膜6の基体4に対する密着性も高い、ことによるものと考えられる。
【0051】
【発明の効果】
以上のようにこの発明の膜被覆物においては、表面の、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る炭素系膜は高硬度であり、しかもその下の窒化クロム系膜は、適度な硬度と靱性とを有していて、炭素系膜の内部応力を緩和すると共に炭素系膜のクッション材的な作用をするので、表面の炭素系膜の靱性を向上させることでき、従って基体表面の膜は全体として、硬度および靱性に優れたものとなる。しかも、窒化クロム系膜を中間層として介在させると、炭素系膜を直接基体表面に形成する場合に比べて、膜全体の基体に対する密着性も向上する。
更に、窒化炭素は、化学的安定性が高くて耐食性が高く、かつ窒化クロム系膜中の窒化クロムと同じ窒化物であるからそれとの格子定数および熱膨張係数の不整合が少なくて窒化クロムとの馴染みが良いので、炭素系膜中に窒化炭素が含まれていると、炭素系膜の耐食性および窒化クロム系膜に対する密着性がより向上する。炭素系膜が窒化炭素から成る場合は、炭素系膜の耐食性および窒化クロム系膜に対する密着性は更に向上する。
【0052】
また、この発明の製造方法によれば、基体の表面に前述したような窒化クロム系膜および炭素系膜を形成することができ、しかもその際、照射イオンの注入作用、スパッタ作用および押込み作用によって、基体と窒化クロム系膜との界面付近および窒化クロム系膜と炭素系膜との界面付近には、それぞれ、その両側の構成元素が混じり合って成る混合層が形成され、これが言わば楔のような作用をするので、基体に対する窒化クロム系膜および窒化クロム系膜に対する炭素系膜の密着性が共に非常に高くなる。従って、基体の表面に、硬度および靱性に優れているだけでなく密着性にも非常に優れた膜を形成することができる。
更に、形成される炭素系膜中に窒化炭素が含まれている、または当該炭素系膜が窒化炭素から成ることによる効果は、上記膜被覆物について述べたのと同様である。
【0053】
【図面の簡単な説明】
【図1】 この発明に係る膜被覆物の一例を部分的に示す断面図である。
【図2】 この発明に係る製造方法を実施する装置の一例を示す概略図である。
【符号の説明】
2 膜被覆物
4 基体
6 窒化クロム系膜
8 炭素系膜
12 蒸発源
14 蒸発物質
16 イオン源
18 イオンビーム
Claims (4)
- 基体の表面に、窒化クロム単独または窒化クロムおよびクロムから成る窒化クロム系膜を形成し、かつこの窒化クロム系膜の表面に、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る炭素系膜を形成していることを特徴とする膜被覆物。
- 前記炭素系膜が、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素から成る請求項1記載の膜被覆物。
- 前記炭素系膜が窒化炭素から成る請求項1記載の膜被覆物。
- 真空雰囲気中で、基体に対して、クロムの蒸着と、少なくとも窒素イオンを含むイオンビームの照射とを行うことによって、当該基体の表面に、窒化クロム単独または窒化クロムおよびクロムから成る窒化クロム系膜を形成した後に、当該窒化クロム系膜に対して、炭素の蒸着と、不活性ガスイオンおよび窒素イオンの少なくとも後者を含むイオンビームの照射とを行うことによって、当該窒化クロム系膜の表面に、ダイヤモンド構造の炭素を含む炭素および窒化炭素の少なくとも後者から成る炭素系膜を形成することを特徴とする膜被覆物の製造方法。
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