以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
本実施形態のタイヤのシミュレーション方法(以下、単に「シミュレーション方法」ということがある。)では、タイヤのトレッド接地面の摩耗後の状態が、コンピュータを用いて計算される。図1は、タイヤのシミュレーション方法が実行されるコンピュータ(シミュレーション装置)の一例を示すブロック図である。
本実施形態のコンピュータ1は、入力デバイスとしての入力部2、出力デバイスとしての出力部3、及び、タイヤの物理量等を計算する演算処理装置4を有し、タイヤのシミュレーション装置(以下、単に「装置」ということがある。)1Aとして構成されている。
入力部2としては、例えば、キーボード又はマウス等が用いられる。出力部3としては、例えば、ディスプレイ装置又はプリンタ等が用いられる。演算処理装置4は、各種の演算を行う演算部(CPU)4A、データやプログラム等が記憶される記憶部4B、及び、作業用メモリ4Cを含んで構成されている。
記憶部4Bは、例えば、磁気ディスク、光ディスク又はSSD等からなる不揮発性の情報記憶装置である。記憶部4Bには、データ部5、及び、プログラム部6が設けられている。
データ部5は、評価対象のタイヤ及び路面に関する情報(例えば、CADデータ等)が記憶される初期データ部5A、タイヤをモデル化したタイヤモデルが入力されるタイヤモデル入力部5B、及び、タイヤが転動する路面をモデル化した路面モデルが入力される路面モデル入力部5Cが含まれる。さらに、データ部5には、シミュレーションの境界条件が入力される境界条件入力部5D、演算部4Aが計算した物理量が入力される物理量入力部5E、及び、シミュレーションの終了条件等が入力される条件入力部5Fが含まれる。
プログラム部6は、演算部4Aによって実行されるプログラムである。プログラム部6には、タイヤモデルを取得するタイヤモデル取得部6A、路面モデルを取得する路面モデル取得部6B、タイヤモデルの内圧充填後の形状を計算する内圧充填計算部6C、内圧充填後のタイヤモデルに荷重を定義する荷重負荷計算部6D、及び、タイヤモデルの転動を計算する転動計算部6Eが含まれる。さらに、プログラム部6は、タイヤモデルのトレッド接地面の摩耗に関連付けられた物理量を計算する物理量計算部6F、タイヤモデルの各トレッド節点の摩耗を表現するための移動量を決定する移動量決定部6G、各トレッド節点を移動させる移動部6H、及び、シミュレーションの終了条件やトレッド接地面の摩耗後の状態を評価する判断部6Iが含まれる。
図2は、本実施形態のシミュレーション方法(シミュレーション装置1A(図1に示す))で、摩耗量が予測されるタイヤの一例を示す断面図である。本実施形態のタイヤ11は、トレッド部12からサイドウォール部13を経てビード部14のビードコア15に至るカーカス16と、このカーカス16のタイヤ半径方向外側かつトレッド部12の内部に配されるベルト層17とを具えている。
トレッド部12には、タイヤ周方向に連続してのびる主溝18が設けられる。これにより、トレッド部12は、主溝18で区分された複数の陸部19が設けられる。
本実施形態の主溝18は、タイヤ赤道Cのタイヤ軸方向の両外側に配置される一対のセンター主溝18A、18A、及び、センター主溝18Aとトレッド接地端12tとの間に配置される一対のショルダー主溝18B、18Bを含んでいる。陸部19は、一対のセンター主溝18A、18A間で区分されるセンター陸部19A、センター主溝18Aとショルダー主溝18Bとで区分される一対のミドル陸部19B、19B、及び、ショルダー主溝18Bとトレッド接地端12tとで区分される一対のショルダー陸部19C、19Cを含んでいる。センター陸部19A、ミドル陸部19B及びショルダー陸部19Cには、例えば、横溝等で区切られたブロック(図示省略)が設けられてもよい。
本明細書において、「トレッド接地端12t」とは、正規リムにリム組みしかつ正規内圧を充填した状態のタイヤ11に、正規荷重を負荷してキャンバー角0度にて平坦面に接地させたときのトレッド接地面20のタイヤ軸方向の最外端とする。
「正規リム」とは、タイヤ11が基づいている規格を含む規格体系において、当該規格がタイヤ毎に定めるリムであり、例えばJATMAであれば "標準リム" 、TRAであれば "Design Rim" 、ETRTOであれば "Measuring Rim" とする。
「正規内圧」とは、タイヤ11が基づいている規格を含む規格体系において、各規格がタイヤ毎に定めている空気圧であり、JATMAであれば "最高空気圧" 、TRAであれば表 "TIRE LOAD LIMITS AT VARIOUS COLD INFLATION PRESSURES" に記載の最大値、ETRTOであれば "INFLATION PRESSURE" とするが、タイヤが乗用車用である場合には180kPaとする。
「正規荷重」とは、前記規格がタイヤ11毎に定めている荷重であり、JATMAであれば最大負荷能力、TRAであれば表 "TIRE LOAD LIMITS AT VARIOUS COLD INFLATION PRESSURES" に記載の最大値、ETRTOであれば "LOAD CAPACITY"である。
カーカス16は、少なくとも1枚以上、本実施形態では1枚のカーカスプライ16Aで構成される。カーカスプライ16Aは、タイヤ赤道Cに対して、例えば75〜90度の角度で配列されたカーカスコード(図示省略)を有している。
ベルト層17は、ベルトコード(図示省略)を、タイヤ周方向に対して例えば10〜35度の角度で傾けて配列した内、外2枚のベルトプライ17A、17Bを含んで構成されている。これらのベルトプライ17A、17Bは、ベルトコードが互いに交差する向きに重ね合わされている。
図3は、本実施形態のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。本実施形態のシミュレーション方法では、先ず、複数の節点を有する有限個の要素を用いて、タイヤ11を離散化したタイヤモデルが、コンピュータ1に入力される(工程S1)。
工程S1では、先ず、図1に示されるように、初期データ部5Aに記憶されているタイヤ11(図2に示す)に関する情報(例えば、輪郭データ等)が、作業用メモリ4Cに入力される。さらに、タイヤモデル取得部6Aが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、タイヤモデル取得部6Aが、演算部4Aによって実行される。図4は、本実施形態のタイヤモデル21及び路面モデル25の一例を示す斜視図である。図5は、タイヤモデル21の一例を示す断面図である。図6は、図5のトレッド部の部分拡大図である。なお、図4では、タイヤモデル21のメッシュ(要素F(i))を省略して表示している。
図5に示されるように、工程S1では、図2に示したタイヤ11に関する情報に基づいて、数値解析法により取り扱い可能な有限個の要素F(i)(i=1、2、…)で離散化している。これにより、タイヤ11を離散化したタイヤモデル21が設定される。数値解析法としては、例えば有限要素法、有限体積法、差分法又は境界要素法が適宜採用できるが、本実施形態では有限要素法が採用される。
図5及び図6に示されるように、要素F(i)としては、例えば、4面体ソリッド要素、5面体ソリッド要素、又は、6面体ソリッド要素などが用いられるのが望ましい。各要素F(i)は、複数の節点31を有している。さらに、各要素F(i)は、節点31、31間をつなぐ直線状の辺32が設けられている。このような各要素F(i)には、要素番号、節点31の番号、節点31の座標値及び材料特性(例えば密度、ヤング率及び/又は減衰係数等)などの数値データが定義される。
タイヤモデル21のトレッド部22には、主溝18(図2に示す)が再現された主溝モデル28と、陸部19が再現された陸部モデル29とが設定されている。
主溝モデル28は、センター主溝18Aが再現されたセンター主溝モデル28A、及び、ショルダー主溝18Bが再現されたショルダー主溝モデル28Bが含まれる。
陸部モデル29は、センター陸部19A(図2に示す)が再現されたセンター陸部モデル29A、ミドル陸部19B(図2に示す)が再現されたミドル陸部モデル29B、及び、ショルダー陸部19C(図2に示す)が再現されたショルダー陸部モデル29Cが含まれる。これらのセンター陸部モデル29A、ミドル陸部モデル29B、及び、ショルダー陸部モデル29Cには、例えば、横溝モデル(図示省略)等で区切られたブロックモデル(図示省略)が設定されてもよい。タイヤモデル21は、タイヤモデル入力部5B(図1に示す)に記憶される。
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、路面(図示省略)をモデル化した路面モデル25(図4に示す)が、コンピュータ1に入力される(工程S2)。工程S2では、先ず、図1に示した初期データ部5Aに記憶されている路面(図示省略)に関する情報が、作業用メモリ4Cに入力される。さらに、路面モデル取得部6Bが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、路面モデル取得部6Bが、演算部4Aによって実行される。
図4に示されるように、工程S2では、路面(図示省略)に関する情報に基づいて、数値解析法(本実施形態では、有限要素法)により取り扱い可能な有限個の要素G(i)(i=1、2、…)で離散化する。これにより、工程S2では、路面モデル25が設定される。
要素G(i)は、変形不能に設定された剛平面要素からなる。この要素G(i)には、複数の節点38が設けられる。さらに、要素G(i)は、要素番号や、節点38の座標値等の数値データが定義される。
本実施形態では、路面モデル25として、平滑な表面を有するものが例示されたが、必要に応じて、アスファルト路面のような微小凹凸、不規則な段差、窪み、うねり、又は、轍等の実走行路面に近似した凹凸などが設けられても良い。路面モデル25は、路面モデル入力部5C(図1に示す)に記憶される。
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1が、転動中のタイヤモデル21を計算する(前処理工程S3)。図7は、前処理工程S3の処理手順の一例を示すフローチャートである。
本実施形態の前処理工程S3では、先ず、図4及び図5に示されるように、タイヤモデル21を路面モデル25に接地させるための境界条件を定義される(工程S31)。境界条件としては、例えば、タイヤモデル21の内圧条件、負荷荷重条件L、キャンバー角、及び、タイヤモデル21と路面モデル25との摩擦係数等が設定される。さらに、境界条件としては、走行速度に対応する角速度V1、並進速度V2、及び、旋回角度(図示省略)が設定される。なお、並進速度V2は、タイヤモデル21が路面モデル25に接地している面での速度である。これらの条件は、境界条件入力部5D(図1に示す)に記憶される。
次に、本実施形態の前処理工程S3では、内圧充填後のタイヤモデル21(図5に示す)が計算される(工程S32)。工程S32では、図1に示されるように、タイヤモデル入力部5Bに記憶されているタイヤモデル21、及び、境界条件入力部5Dに記憶されている内圧条件が作業用メモリ4Cに読み込まれる。さらに、内圧充填計算部6Cが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、内圧充填計算部6Cが、演算部4Aによって実行される。
工程S32では、先ず、図5に示されるように、タイヤ11のリム26(図2に示す)がモデル化されたリムモデル27によって、タイヤモデル21のビード部24、24が拘束される。さらに、タイヤモデル21は、内圧条件に相当する等分布荷重wに基づいて変形計算される。これにより、内圧充填後のタイヤモデル21が計算される。内圧は、例えば、タイヤ11(図2に示す)が基づいている規格を含む規格体系において、各規格が定めている空気圧が設定されるのが望ましい。
タイヤモデル21の変形計算は、各要素F(i)の形状及び材料特性などをもとに、各要素F(i)の質量マトリックス、剛性マトリックス、及び、減衰マトリックスがそれぞれ作成される。さらに、これらの各マトリックスが組み合わされて、全体の系のマトリックスが作成される。そして、コンピュータ1が、前記各種の条件を当てはめて運動方程式を作成し、これらを微小時間(単位時間T(x)(x=0、1、…))毎にタイヤモデル21の変形計算を行う。このようなタイヤモデル21の変形計算(後述する転動計算を含む)は、例えば、LSTC社製の LS-DYNA などの市販の有限要素解析アプリケーションソフトを用いて計算できる。なお、単位時間T(x)については、求められるシミュレーション精度によって、適宜設定することができる。
次に、本実施形態の前処理工程S3では、荷重負荷後のタイヤモデル21が計算される(工程S33)。工程S33では、図1に示されるように、境界条件入力部5Dに記憶されている負荷荷重条件L、及び、キャンバー角及び摩擦係数が、作業用メモリ4Cに読み込まれる。さらに、工程S33では、荷重負荷計算部6Dが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、荷重負荷計算部6Dが、演算部4Aによって実行される。
工程S33では、図4に示されるように、内圧充填後のタイヤモデル21と、路面モデル25との接触が計算される。次に、工程S33では、負荷荷重条件L、キャンバー角(図示省略)、及び、摩擦係数に基づいて、タイヤモデル21の変形が計算される。これにより、工程S33では、路面モデル25に接地した荷重負荷後のタイヤモデル21が計算される。
次に、本実施形態の前処理工程S3では、転動中のタイヤモデル21が計算される(工程S34)。工程S34では、先ず、図1に示されるように、境界条件入力部5Dに記憶されている角速度V1及び並進速度V2が、作業用メモリ4Cに読み込まれる。さらに、物理量計算工程S4では、転動計算部6Eが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、転動計算部6Eが、演算部4Aによって実行される。
工程S34では、先ず、図4に示されるように、角速度V1がタイヤモデル21に設定される。さらに、路面モデル25には、並進速度V2が設定される。これにより、路面モデル25の上を転動しているタイヤモデル21を計算することができる。
タイヤモデル21の転動条件としては、例えば、タイヤ11(図2に示す)の走行状態に応じて、自由転動、制動、駆動、及び、旋回など適宜設定することができる。これらの転動条件は、タイヤモデル21に角速度V1及びスリップ角(図示省略)が適宜定義されることで、容易に設定することができる。さらに、転動条件は、タイヤモデル21に定義される前後力や横力によって設定することも可能である。
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1が、トレッド接地面20(図2に示す)の摩耗に関連付けられた物理量を計算する(物理量計算工程S4)。物理量計算工程S4では、タイヤモデル21の節点31のうち、タイヤモデル21のトレッド接地面33を構成する複数のトレッド節点35について、トレッド接地面20の摩耗に関連付けられた物理量(以下、単に「物理量」ということがある。)が計算される。
本実施形態の物理量計算工程S4では、先ず、図1に示されるように、物理量計算工程S4では、物理量計算部6Fが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、物理量計算部6Fが、演算部4Aによって実行される。
本実施形態で計算される物理量は、各トレッド節点35での摩耗エネルギーである。本実施形態の物理量計算工程S4では、図4に示されるように、タイヤモデル21を路面モデル25に転動(少なくとも1回転)させて、各トレッド節点35(図6に示す)の摩耗エネルギーEが計算される。なお、摩耗エネルギーEの計算は、タイヤモデル21に作用する力が定常状態(安定した状態)まで転動させたのちに、計算されるのが望ましい。
本実施形態の物理量計算工程S4では、路面モデル25に接地するトレッド節点35(図6に示す)において、せん断力P及びすべり量Qが計算される。
せん断力Pは、タイヤ軸方向xのせん断力Px、及び、タイヤ周方向yのせん断力Pyを含んでいる。すべり量Qは、せん断力Pxに対応するタイヤ軸方向xのすべり量Qx、及び、せん断力Pyに対応するタイヤ周方向yのすべり量Qyが含まれる。これらの各トレッド節点35(図6に示す)のせん断力Px、Py及びすべり量Qx、Qyは、シミュレーションの単位時間T(x)毎に計算される。そして、各トレッド節点35のせん断力Px(i)、Py(i)と、該せん断力Px(i)、Py(i)に対応するすべり量Qx(i)、Qy(i)とが乗じられ、その乗じた値が、各トレッド節点35が接地している間(タイヤモデル1回転分)積算される。これにより、各トレッド節点35での摩耗エネルギーEが計算される。各トレッド節点35の摩耗エネルギーEは、物理量入力部5E(図1に示す)に記憶される。
次に、本実施形態のシミュレーション方法は、コンピュータ1が、各トレッド節点35の摩耗を表現するための移動量を決定する(移動量決定工程S5)。図8(a)は、各トレッド節点35が移動する前の状態の一例を説明する図である。図8(b)は、各トレッド節点35が移動した後の状態の一例を説明する図である。
各トレッド節点35の移動手順については、特に限定されるわけではなく、例えば、特開2017−033076号公報に記載されている手順を採用することができる。本実施形態では、図8(a)、(b)に示されるように、本工程(移動量決定工程S5)で決定される移動量Mに基づいて、トレッド節点35を、トレッド節点35と、トレッド節点35よりもタイヤ半径方向内側に位置する内側節点36とを結ぶ辺32に沿って移動させている。
移動量決定工程S5では、先ず、図1に示されるように、物理量入力部5Eに記憶されている各トレッド節点35の摩耗エネルギーEが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。さらに、移動量決定工程S5では、移動量決定部6Gが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、移動量決定部6Gが、演算部4Aによって実行される。
本実施形態の移動量決定工程S5では、トレッド節点35についての物理量の分散度に基づいて摩耗進展率を決定し、その摩耗進展率に摩耗エネルギーが乗じられることで、各トレッド節点35の移動量Mが決定される。図9は、移動量決定工程S5の処理手順の一例を示すフローチャートである。
本実施形態の移動量決定工程S5では、先ず、トレッド節点35についての物理量の分散度(以下、単に「分散度」ということがある。)Vが計算される(工程S51)。本実施形態の分散度は、物理量の最大値Emaxと平均値Eaveとの差である。
物理量の最大値Emaxは、路面モデル25(図4に示す)に接地したトレッド節点35(図6に示す)で計算された摩耗エネルギーEのうち、最も大きい摩耗エネルギーEである。一方、物理量の平均値Eaveは、路面モデル25に接地したトレッド節点35で計算された摩耗エネルギーEの合計値を、路面モデル25に接地したトレッド節点35の合計個数で除した値である。このような分散度Vは、その数値が大きいほど、各トレッド節点35の摩耗エネルギーE(物理量)が大きくバラついていることを示している。
図10(a)、(b)は、物理量と、その頻度(トレッド節点35の個数)との関係を示すグラフである。図10(a)、(b)は、摩耗の進展が異なる計算ステップ(摩耗の進展ステップ)で取得された摩耗エネルギーのヒストグラムである。図10(a)の分散度Vは、図10(b)の分散度Vよりも大きくなっている。このように、分散度Vは、例えば、摩耗の進行度合いによって変化する。分散度Vは、物理量入力部5Eに記憶される。
次に、本実施形態の移動量決定工程S5では、分散度Vに基づいて決定された摩耗進展率Aに、摩耗エネルギーEが乗じられることで、トレッド節点35の移動量M(図8(a)に示す)が決定される(工程S52)。本実施形態の工程S52では、各トレッド節点35において、摩耗エネルギーEと、分散度Vと、分散度Vが大きくなるに従い値が小さくなるように予め決定されている摩耗進展率Aとの積で、移動量Mが計算される。
本実施形態の摩耗進展率Aは、図2に示したタイヤ11のトレッドゴム12gの単位摩耗エネルギーに対する摩耗量を示す係数である。摩耗進展率Aが大きいほど、摩耗量(即ち、図8(a)に示したトレッド節点35の移動量M)が大きくなる。
本実施形態の摩耗進展率は、分散度の1次関数であり、例えば、下記式(1)で定義されている。図11は、摩耗進展率Aと、分散度Vとの関係の一例を示すグラフである。
ここで、
A:摩耗進展率
V:分散度
a:傾き
b:切片
上記式(1)において、傾きaは、0未満に設定されている。これにより、摩耗進展率Aは、分散度Vが大きくなるに従い、その値が小さくなるように予め決定される。このような摩耗進展率A(1次関数)は、例えば、タイヤのカテゴリ(例えば、乗用車用、重荷重用等)ごとに、複数のタイヤを用いた実験結果に基づいて設定することができる。
これは、摩耗エネルギーの絶対値が、タイヤのカテゴリー毎に、概ね定まることに基づいている。摩耗進展率Aは、本実施形態のシミュレーション方法が実施される前に定義されるのが望ましい。
工程S52では、摩耗進展率Aの1次関数(上記式(1))に、分散度Vが代入されることにより、分散度Vに対応する摩耗進展率Aが求められる。そして、工程S52では、摩耗進展率Aと、各トレッド節点35の摩耗エネルギーEとの積がそれぞれ計算される。これにより、工程S52では、各トレッド節点35の移動量M(図8(a)に示す)が計算される。
上述したように、摩耗進展率Aは、分散度Vが大きくなるに従い、その値が小さくなるように予め決定されている。従って、工程S52では、分散度Vが大きいほど、各トレッド節点35の移動量Mを小さく決定することができる。一方、工程S52では、分散度Vが小さいほど、各トレッド節点35の移動量Mを大きく決定することができる。各トレッド節点35の移動量Mは、物理量入力部5E(図1に示す)に記憶される。
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1が、各トレッド節点35の移動量M(図8(a)に示す)に基づいて、各トレッド節点35を移動させる(工程S6)。工程S6では、先ず、図1に示されるように、物理量入力部5Eに記憶されている各トレッド節点35の移動量Mが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。さらに、工程S6では、移動部6Hが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、移動部6Hが、演算部4Aによって実行される。
図8(a)に示されるように、工程S6では、各トレッド節点35について、トレッド節点35から内側節点36に移動量Mの分だけ移動させたときの座標値40が計算される。そして、図8(b)に示されるように、トレッド節点35の座標値が、移動後の座標値40(図8(a)に示す)に更新される。これにより、工程S6では、移動量M(図8(a)に示す)に基づいて、各トレッド節点35を移動させることができる。
本実施形態では、トレッド節点35についての物理量の分散度V(図10(a)、(b)に示す)が大きいほど、移動量M(図8(a)に示す)が小さくなるように決定されている。これにより、物理量が相対的に大きいトレッド節点35、及び、物理量が相対的に小さいトレッド節点35の双方について、移動量Mを小さくすることができる。従って、本実施形態では、物理量が大きいトレッド節点35がタイヤ半径方向内側に大きく移動して、次の計算ステップ(摩耗の進展ステップ)において急に接地しなくなるなど、現実の摩耗とは乖離した計算結果が取得されるのを防ぐことができる。
さらに、本実施形態では、分散度V(図10(a)、(b)に示す)が小さいほど、移動量M(図8(a)に示す)が大きくなるように決定される。これにより、全てのトレッド節点35の移動量Mを大きくできるため、最終的な摩耗後の状態を、短時間で計算することができる。
このように、本実施形態では、分散度V(図10(a)、(b)に示す)に基づいて、各トレッド節点35の移動量M(図8(a)に示す)の大きさを制御することができる。これにより、本実施形態では、現実の摩耗後の状態からの乖離を防ぎつつ、各トレッド節点35を可能な限り大きく移動させることができる。従って、本実施形態のシミュレーション方法(シミュレーション装置1A(図1に示す))は、現実の摩耗後の状態に近似する計算結果を取得しつつ、可能な限り短時間で計算することができる。
本実施形態の工程S6は、図8(b)に示されるように、移動後のトレッド節点35と内側節点36との距離L1が、予め定められた閾値以下である場合、トレッド節点35を削除して、内側節点36を新たなトレッド節点35として定義される。さらに、新たなトレッド節点35のタイヤ半径方向内側に位置する節点31を、新たな内側節点36として定義される。これにより、トレッド部22の摩耗をさらに進展させることができる。なお、距離L1の閾値については、例えば、求められるシミュレーション精度に応じて、適宜設定することができる。
次に、工程S6では、移動後のトレッド節点35、及び、新たに設定されたトレッド節点35を含む要素F(i)に基づいて、摩耗後のタイヤモデル21が構築される。本実施形態では、移動後のトレッド節点35、及び、新たに設定されたトレッド節点35に基づいて、要素F(i)の辺32が再設定される。これにより、工程S6では、摩耗後のタイヤモデル21が設定される。摩耗したタイヤモデル21は、タイヤモデル入力部5B(図1に示す)に記憶される。
次に、本実施形態のシミュレーション方法は、コンピュータ1が、予め定められた終了条件を満足したか否かを判断する(工程S7)。終了条件については、例えば、計算終了時間や、トレッド部22の摩耗量など、適宜設定することができる。本実施形態の終了条件は、シミュレーション方法が実施される前に、条件入力部5F(図1に示す)に入力されている。
工程S7では、先ず、図1に示されるように、条件入力部5Fに記憶されているシミュレーションの終了条件が、作業用メモリ4Cに読み込まれる。さらに、工程S7では、判断部6Iが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、判断部6Iが、演算部4Aによって実行される。
工程S7において、終了条件を満足したと判断された場合(工程S7で、「Y」)、次の工程S8が実施される。他方、終了条件を満たしていないと判断された場合(工程S7で、「N」)、摩耗したタイヤモデル21に基づいて、タイヤモデル21を再定義して(工程S1)、工程S2〜工程S7が再度実施される。これにより、本実施形態のシミュレーション方法(シミュレーション装置1A(図1に示す))では、終了条件を満たすまで継続して転動したトレッド接地面33の摩耗後の状態を擬似的に計算することができる。
次に、本実施形態のシミュレーション方法は、コンピュータ1が、トレッド接地面33の摩耗後の状態が良好か否かを評価する(工程S8)。摩耗後の状態が良好か否かの評価基準については、例えば、トレッド部22の摩耗量の大きさや、所定の摩耗量に達するまでの計算ステップ(摩耗の進展ステップ)数等に基づいて、適宜設定することができる。本実施形態の工程S8では、例えば、陸部モデル29に形成されたブロックモデル(図示省略)の偏摩耗(ヒールアンドトゥ摩耗)等の大きさに基づいて、摩耗後の状態が、良好か否かが評価される。
工程S8では、図1に示されるように、タイヤモデル入力部5Bに記憶されている摩耗したタイヤモデル21が、作業用メモリ4Cに読み込まれる。さらに、工程S8では、判断部6Iが、作業用メモリ4Cに読み込まれる。そして、判断部6Iが、演算部4Aによって実行される。
本実施形態の工程S8では、先ず、摩耗後のタイヤモデル21について、ブロックモデル(図示省略)の先着側の外径と、後着側の外径との差(ヒールアンドトゥ摩耗)が計算される。ヒールアンドトゥ摩耗は、工程S7で終了条件を満足した摩耗後のタイヤモデル21に基づいて計算されている。そして、工程S8は、先着側の外径と後着側の外径との差が、予め定められた範囲内である場合に、摩耗後の状態が良好であると判断している。
工程S8において、トレッド接地面33の摩耗後の状態が良好であると判断された場合(工程S8において、「Y」)、図2に示したタイヤ11の設計図(CADデータ)に基づいて、タイヤ11が製造される(工程S9)。他方、工程S8において、トレッド接地面33の摩耗後の状態が良好でないと判断された場合(工程S8において、「N」)、タイヤ11(図2に示す)が再設計され(工程S10)、工程S1〜工程S8が再度実施される。これにより、本実施形態のシミュレーション方法(シミュレーション装置1A(図1に示す))では、トレッド接地面20の摩耗後の状態が良好なタイヤ11を確実に設計することができる。
本実施形態の摩耗進展率Aは、分散度Vの1次関数である場合が例示されたが、このような態様に限定されない。摩耗進展率Aは、分散度Vのステップ関数であってもよい。ステップ関数は、例えば、下記式(2)で定義される。図12は、本発明の他の実施形態の摩耗進展率Aと、分散度Vとの関係を示すグラフである。この実施形態において、前実施形態と同一の構成については、同一の符号を付し、説明を省略することがある。
ここで、
A:摩耗進展率
V:分散度
H、J、K、a、b、c:定数
上記式(2)において、摩耗進展率Aは、分散度Vの予め定められた区間毎(本例では、0≦V<a、a≦V<b、及び、b≦V)に決定されており、分散度Vが大きくなるに従い、摩耗進展率Aが小さくなるように予め決定される。これにより、移動量決定工程S5では、分散度Vが大きいほど、移動量Mを小さく決定することができる。このようなステップ関数も、上記式(1)の1次関数と同様の手順で取得することができる。
これまでの実施形態の分散度Vは、物理量の最大値Emaxと平均値Eaveとの差として定義されたが、このような態様に限定されない。例えば、物理量の平均値Eaveと最大値Emaxとの比(即ち、Emax/Eave)に基づいて、分散度Vが定義されてもよい。
この実施形態では、これまでの実施形態と同様に、分散度Vが大きいほど、各トレッド節点35の摩耗エネルギーE(物理量)が大きくバラついていることを示している。従って、この実施形態のシミュレーション方法においても、分散度Vが大きいほど、移動量Mが小さくなるように決定することができるため、現実の摩耗後の状態に近似する計算結果を、短時間で計算することができる。
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
図3に示した処理手順に従って、タイヤモデルのトレッド部の摩耗後の状態が計算された(実施例)。実施例では、図9に示した処理手順に従って、トレッド節点についての物理量の分散度に基づいて、各トレッド節点の摩耗を表現するための移動量が計算された。実施例の分散度は、物理量の最大値と平均値との差として計算され、分散度が大きいほど、移動量が小さくなるように決定された。移動量は、摩耗エネルギー、分散度、並びに、上記式(1)及び図11に示した分散度の1次関数である摩耗進展率の積で計算された。
比較のために、物理量の分散度を考慮せずに、一定の摩耗進展率に基づいて、タイヤモデルのトレッド部の摩耗後の状態が計算された(比較例1、比較例2)。比較例1の摩耗進展率は、実施例の摩耗進展率の最大値よりも大きく定義された。比較例2の摩耗進展率は、実施例の摩耗進展率の最小値よりも小さく定義された。
実施例、比較例1及び比較例2のタイヤモデルにおいて、ショルダー陸部に設定されたブロックモデルの先着側の外径と、後着側の外径との差(ヒールアンドトゥ摩耗)が計算された。そして、実施例、比較例1及び比較例2のヒールアンドトゥ摩耗と、実車走行させたタイヤのヒールアンドトゥ摩耗(実験例)とが比較された。共通仕様は、次のとおりである。
タイヤサイズ:215/55R17
リムサイズ:17×7J
内圧:230kPa
荷重:3.51kN
キャンバー角度:1.7°
図13(a)は、実施例のH/T摩耗量と計算ステップ(摩耗の進展ステップ)との関係を示すグラフである。図13(b)は、比較例1のH/T摩耗量と計算ステップ(摩耗の進展ステップ)との関係を示すグラフである。図13(c)は、比較例2のH/T摩耗量と計算ステップ(摩耗の進展ステップ)との関係を示すグラフである。テストの結果、実施例及び比較例2は、比較例1に比べて、実験例のヒールアンドトゥ摩耗に近似する計算結果を得ることができた。また、実施例は、比較例2の10%未満の計算ステップで、比較例2と同等の計算結果を得ることができた。従って、実施例は、現実の摩耗後の状態に近似する計算結果を、短時間で得ることができた。