近年、圧電セラミックスを利用した電気−機械変換素子は、各種分野で用いられている。
例えば、プリンタ、ファクシミリ、複写装置等の画像記録装置あるいは画像形成装置として使用されるインクジェット記録装置の液滴吐出ヘッドにおいて利用されている。
液滴吐出ヘッドは、液滴を吐出するノズルと、該ノズルに連通し液滴となるインク等を収容した加圧室(インク流路、加圧液室、圧力室、吐出室、液室等とも称される)、加圧室内のインクを加圧する駆動源としての圧電素子等から構成され、圧電素子により加圧室内のインクを加圧し、ノズルからインク滴を吐出させる。
駆動源として用いられる圧電アクチュエータとして、半導体デバイス、電子デバイス等の膜構造体が知られている。そして、電気−機械変換素子である圧電素子により加圧室内のインクを加圧する際に、圧電素子の軸方向に伸張、収縮する縦振動モード圧電アクチュエータを使用したものと、たわみ振動モードの圧電アクチュエータを使用したものの2種類が実用化されている。
例えば、たわみ振動モードの圧電アクチュエータを使用したものとしては、振動板の表面全体にわたって成膜技術により均一な圧電材料層を形成し、この圧電材料層をリソグラフィ法により圧力発生室に対応する形状に切り分けて各圧力発生室に独立するように圧電素子を形成したものが知られている。
このような圧電アクチュエータにおいては、圧電膜の自発分極軸のベクトル成分と電界印加方向とが一致するときに、電界印加強度の増減に伴う伸縮が効果的に起こり、大きな圧電定数が得られるため、圧電膜の自発分極軸と電界印加方向とは完全に一致することが最も好ましい。また、インク吐出量のばらつき等を抑制するには、圧電膜の圧電性能の面内ばらつきが小さいことが好ましい。これらの点を考慮すれば、結晶配向性に優れた圧電膜が好ましい。
結晶配向性に関する技術としては、特許文献1には表面にTiが島状に析出したTi含有貴金属電極上に圧電膜を成膜することで、結晶配向性に優れた圧電膜を成膜する技術が開示されている。
また、特許文献2には、基板としてMgO基板を用いることで、結晶配向性に優れた圧電膜を成膜する技術が開示されている。
特許文献3には、アモルファス強誘電体膜を成膜し、その後、急速加熱法によって該膜を結晶化させる強誘電体膜の製造方法が開示されている。
特許文献4には、正方晶系、斜方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかの結晶構造を有するペロブスカイト型複合酸化物からなり、(100)面、(001)面、及び(111)面のうちいずれかの面に優先配向し、配向度が95%以上である圧電膜を成膜方法が開示されている。
上記特許文献に開示された技術の多くはPt上にPZT膜を作製している。このようにPtが多用されたのは、Ptが最密充填構造である面心立方格子(FCC)をとるため、自己配向性が強く、振動板の材料であるアモルファスのSiO2のような材料上に成膜しても(111)に強く配向し、その上に形成する圧電体膜の配向性もよくなるためである。しかし、配向性が強いため柱状結晶が成長し、粒界に沿ってPbなどが下地電極に拡散し易くなるという問題もあった。なお、一般的に電極材料としては、Pt以外にはIr、Ru、Ti、Ta、Rh、Pd等も使用されている。
また、圧電体が動作する際、経時的に圧電体中の酸素欠損が増大するという可能性が指摘されている。このため、その欠損酸素成分の補給源として、下部電極材料と誘電体材料の接触界面で導電性の酸化物電極が利用されるようになってきている。
導電性酸化物電極として利用される材料としては、IrO2、LaNiO3、RuO2、SrO、SrRuO3、CaRuO3等が挙げられる。
上記した導電性酸化物電極の材料の中でも特にSrRuO3で表されるルテニウム酸ストロンチウム(以下、単に「SRO」とも記載する)は、PZTと同じペロブスカイト型結晶構造を有している。このため、PZTとの界面での接合性に優れ、また、PZTのエピタキシャル成長を実現し易く、Pbの拡散バリア層としての特性にも優れており、圧電アクチュエータへの適用について各種検討がなされている。
特許文献5には、2層の、ペロブスカイト構造を有する(111)配向のSRO間にイリジウム又は白金の層を挟み込んだ構造を有する下部電極を用い、下部電極上には、(111)配向のPZTからなる圧電体層、上部電極を備えた圧電アクチュエータが記載されている。しかしながら、本発明者らの検討によると、SROの(111)配向が、(110)配向や(100)配向、(001)配向に比べて優先配向している程度によっては、圧電アクチュエータとしての必要な初期変位、さらに連続動作したときの変位劣化に対して不具合が発生することが判明した。
特許文献6には、上部、下部電極の少なくとも一方にSRO膜を備え、両電極間に誘電膜を挟んで構成されたキャパシタを有する半導体装置について記載がある。ここではSRO膜を、室温でアモルファスSRO膜を成膜した後、RTA法により結晶化SRO膜を得る旨記載されている。しかしながら、SRO膜の膜厚は10〜20nmであるため、同様の構成を圧電アクチュエータとして使用した場合に、初期変位が十分得られず、さらに連続動作したときに不具合が発生する。また、本発明者らの検討によると、係る方法によりSRO膜を成膜した場合(110)が優先配向しやすくなり、その上に成膜したPZTについても(110)配向となるため、圧電アクチュエータとした場合に変位劣化抑制ができないという問題があった。
特許文献7には、Si(100)面を表面に有する基板上にSROを主成分とするエピタキシャル膜を作製し、その表面粗さ(平均粗さ)を10nm以下とした構造体について記載がある。この上に作製した強誘電体膜は(100)配向を有している。圧電アクチュエータとして連続動作したときの変位特性劣化を抑えるには、圧電体膜として、PZT膜を用いた場合、その配向性としては(111)が好ましく、(100)配向したものでは十分劣化抑制できないという問題があった。
また、下部電極として、振動板上にチタン膜、白金膜、SrRuO3膜を順に形成した積層構造を有するものについても従来、検討がなされていた。チタン膜を用いるのは、振動板と下部電極の密着性を改善させるためである。しかし、チタン膜を密着層とした場合には白金、SrRuO3成膜後、下部電極膜中および下部電極表面に100nm以下の微小な空孔が発生する場合があるという問題があった。これは、SrRuO3膜の高温成膜時に、白金膜内へのチタンの拡散のため、白金膜に空孔が形成されたものと考えられる。
特許文献8には、下部電極の密着層として働く酸化チタン膜上に、下部電極として白金と酸化チタンとの化合物からなる結晶体を形成しており、該結晶体の粒界は圧電体膜の膜面に対して垂直方向に存在してなる圧電体薄膜素子が開示されている。しかし、この場合、係る構造では、圧電アクチュエータとして連続動作したときの変位劣化を抑えることができないという問題があった。
特許文献9には、導電性ペロブスカイト型金属酸化物の熱力学的な安定性を向上させるため、SROの下部層にチタンを配置することで、SROに含まれるRuの一部をTiに置換したものが開示されている。しかし、実施例に開示された電極構成をみると、SRO/Ti/Pt/Tiの構成になっており、Pt/Tiについては、合金化されている。このため、圧電アクチュエータとして連続動作したときの変位劣化を十分に抑えることができないという問題があった。
このように、従来から電気−機械変換素子の構造について各種検討がなされてきたが、圧電アクチュエータとして連続動作したときの変位劣化特性を抑えることができないという問題があった。
以下に、発明を実施するための形態について図面を用いて説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
[第1の実施形態]
本実施形態では、以下の構成を有する電気―機械変換素子について説明する。
まず、基板または下地膜上に形成された第1の密着層と、前記第1の密着層上に形成された、金属からなる第1の電極と、前記第1の電極上に形成された第2の密着層とを有している。さらに、前記第2の密着層上に形成され、(111)面方位に優先配向しているルテニウム酸ストロンチウムからなる膜厚が40nm以上150nm以下の第2の電極と、前記第2の電極上に形成された電気―機械変換膜と、前記電気−機械変換膜上に形成された、酸化物からなる第3の電極と、前記第3の電極上に形成された金属からなる第4の電極とを有している。そして、前記第3、4の電極は個別電極であり、前記第1の密着層は金属膜をRTA法により酸化した膜からなり、前記第2の密着層は金属膜からなり、その膜厚が5nm以上20nm以下であることを特徴とするものである。
本実施形態の電気−機械変換素子の横断面図を模式的に図1に示す。
図1に示すように本実施形態の電気−機械変換素子10は、基板11上の下地膜としての振動板(成膜振動板)12上に、第1の密着層13、第1の電極14、第2の密着層15、第2の電極16が下部電極21として備えられている。そして、下部電極21上には圧電膜としての電気−機械変換膜17が、さらに電気−機械変換膜17上には、第3の電極18、第4の電極19が上部電極22として備えた圧電素子となっている。このように本実施形態の電気−機械変換素子10は、上記の順番で各層(膜)が積層された構造を有しており、後述するように半導体製造プロセス等の、膜構造体の製造において用いられる手法によって成膜、形成される。
以下、本実施形態の電気―機械変換素子を構成する各部材について説明する。
基板11としては、特に限定されるものではないが、シリコン単結晶基板を用いることが好ましい。また、その厚みとしては100〜600μmであることが好ましい。シリコン単結晶基板の面方位としては、(100)、(110)、(111)と3種あるが、半導体産業では一般的に(100)、(111)が広く使用されており、入手、加工の容易性から(100)の面方位を持つ単結晶基板を用いることが好ましい。
また、後述するように、液滴吐出ヘッドとする際に基板11を加工して圧力室を作製する場合、一般的にエッチングを利用して加工していくが、この場合のエッチング方法としては、異方性エッチングを用いることが一般的である。異方性エッチングとは結晶構造の面方位に対してエッチング速度が異なる性質を利用したものである。例えばKOH等のアルカリ溶液に浸漬させた異方性エッチングでは、(100)面に比べて(111)面は約1/400程度のエッチング速度となる。従って、面方位(100)では約54°の傾斜を持つ構造体が作製できるのに対して、面方位(110)では深い溝を掘ることができるため、より剛性を保ちつつ、配列密度を高くすることができる。このため、異方性エッチングを利用して基板を加工して圧力室等を作成する場合、(110)の面方位を持った単結晶基板を使用することも可能である。
振動板12は、上記のように液滴吐出ヘッドとした場合に、電気−機械変換膜17によって発生した力を受けて、振動板12(下地)が変形変位して、圧力室内のインク滴を吐出させる働きをする。そのため、振動板12としては(液滴吐出ヘッドで要求される)所定の強度を有したものであることが好ましい。
振動板12の材料としては、例えば珪素、シリカ、窒化珪素等が挙げられ、この場合、CVD法により作製することができる。
また、振動板12としては、下部電極21、電気−機械変換膜17の線膨張係数に近い材料を選択することが好ましい。このため、例えば電気−機械変換膜としては、一般的に材料としてPZTが使用されることから、PZTの線膨張係数8×10−6(1/K)に近い材料を選択することが好ましい。具体的には、5×10−6〜10×10−6(1/K)の線膨張係数を有した材料が好ましく、さらには7×10−6〜9×10−6(1/K)の線膨張係数を有した材料がより好ましい。この場合の具体的な材料としては、例えば、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化イリジウム、酸化ルテニウム、酸化タンタル、酸化ハフニウム、酸化オスミウム、酸化レニウム、酸化ロジウム、酸化パラジウム及びそれらの化合物等が挙げられ、これらについても振動板12の材料として用いることができる。
その製造方法については限定されるものではなく、材料により適切な方法を選択することができるが、例えばスパッタ法もしくは、Sol−gel法を用いてスピンコーターにて作製することができる。
振動板12の膜厚としては特に限定されるものではなく、0.1μm以上10μm以下が好ましく、0.5μm以上3μm以下がさらに好ましい。この範囲より薄いと後述する液滴吐出ヘッドとする際に、圧力室の加工が難しくなる場合がある。また、この範囲より厚いと振動板(下地)が変形変位しにくくなり、液滴吐出ヘッドとした場合にインク滴の吐出が不安定になる場合がある。
第1の密着層13は、金属膜を成膜後、RTA(rapid thermal annealing)装置を用いて、RTA法により酸化(熱酸化)して酸化膜とすることにより得られる。酸化(熱酸化)を行う際の条件としては限定されるものではなく、用いる金属膜の材質等により選択することができる。例えば650〜800℃、1〜30分、O2雰囲気でRTA法により金属膜を熱酸化する方法が挙げられる。金属膜は例えばスパッタ法により成膜することができる。金属膜の材料としてはTi、Ta、Ir、Ru等の材料を好ましく用いることができ、中でもTiを好ましく用いることができる。
金属酸化膜を作製する方法として、反応性スパッタを用いてもよいが、反応性スパッタによって作製する場合、基板11も一緒に高温で加熱する必要があるため、特別なスパッタチャンバ構成を必要となり、コスト上好ましくない。
また、RTA装置により酸化を行うのは、RTA装置を用いた方が一般の加熱炉による酸化よりも金属酸化膜の結晶性が良好になるためである。これは、例えばチタン酸化膜を作製する場合、一般の加熱炉により酸化処理を行うと、酸化しやすいチタン膜は、低温においてはいくつもの結晶構造を作るため、一旦、それを壊す必要が生じる。これに対して、RTA法による酸化であれば昇温速度が速いため、そのような過程を経る必要がなく、良好な結晶を形成することが可能になる。
第1の密着層13の膜厚としては特に限定されるものではないが、10nm以上50nm以下であることが好ましく、15nm以上30nm以下であることがさらに好ましい。膜厚が上記範囲よりも薄い場合においては、振動板12、第1の電極14との密着性が悪くなる場合がある。また、膜厚が上記範囲よりも厚いとその上に作製する第1の電極14の膜の結晶の質に影響が出てくる場合がある。このため、上記範囲を選択することが好ましい。
本発明においては第1の密着層として、上記のように金属膜をRTA法により熱酸化した金属酸化物からなる膜を採用しており、第1の密着層は良好な結晶性を有している。このため、この後に第2の電極を形成する際に加熱処理を行っても第1の電極への金属成分の拡散を防止することが可能になる。
第1の電極14、第4の電極19の材料としては、従来から用いられている高い耐熱性と低い反応性を有する白金や、鉛に対するバリア性が白金よりも高いイリジウムや白金−ロジウムなどの白金族元素や、これら合金が挙げられる。
従来、第1の電極14として白金を使用する場合には下地(特に振動板12としてSiO2を用いた場合)との密着性が悪くなる場合があったが、本発明においては第1の密着層13を設けているため、第1の電極14として白金も問題なく使用できる。
このため、本発明においては、第1の電極14として、高耐熱性、低反応性の特性を有する白金を用いることが好ましい。
第1の電極14、第4の電極19は、例えばスパッタ法や真空蒸着等の真空成膜により作製することができる。
第1の電極14、第4の電極19の膜厚としては、80nm以上200nm以下であることが好ましく、100nm以上150nm以下であることがさらに好ましい。
第2の密着層15は金属膜であることが好ましく、その具体的な材料としては例えば、Ti、Taが挙げられるが、特にTiを用いることが好ましい。
その膜厚としては5nm以上20nm以下であることが好ましく、10nm以上15nm以下であることがさらに好ましい。膜厚が上記範囲よりも薄い場合、第1の電極14、第2の電極16との密着性が悪くなる場合がある。また、上記範囲よりも膜厚が厚い場合、第2の密着層上に作製する第2の電極膜16、電気−機械変換膜17の結晶の質に影響が出てくる場合がある。
第2の密着層15はスパッタで作製することが望ましい。また、成膜後、真空を破らず、次の第2の電極16を連続して成膜することが好ましく、この場合、基板を500℃以上加熱させた状態で第2の電極を成膜することがより好ましい。これは、第2の電極16を作製した後に作製する電気−機械変換膜の結晶の質をさらに高めることができるためであり、それにより得られる電気−機械変換素子を、圧電アクチュエータとして用いた場合、連続駆動後の変位劣化を抑制することができるためである。
第2の電極16としては、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)を材料として用いることができる。また、ルテニウム酸ストロンチウムの一部を置換した材料、具体的には、Srx(A)1−xRuy(B)(1−y)O3(式中、AはBa、Ca、 BはCo、Ni、 x、y=0〜0.5)で表される材料についても用いることができる。
第2の電極の成膜方法については例えばスパッタ法により作製することができる。スパッタ条件については限定されるものではないが、スパッタ条件によってSrRuO3薄膜の膜質が変化するため、要求される結晶配向性等により選択することができる。
例えば、後述する電気―機械変換膜17は、連続動作したときの変位特性劣化を抑えるためにはその結晶性としては(111)面方位に配向していることが好ましい。係る電気―機械変換膜を得るためには、その下層に配置した第2の電極16についても(111)面方位に配向していることが好ましい。
このため、第2の電極16は(111)面方位に優先配向しているSrRuO3膜からなることが好ましい。
そして、第2の電極16について(111)面方位に優先配向したSrRuO3膜は、500℃以上に基板加熱を行い、これにスパッタ法により第2の電極を成膜することにより得られる。また、その下層になる第1の電極14は白金膜からなりその面方位として、(111)面方位に配向していることが好ましい。これは、第2の電極16について(111)面方位に優先配向したSrRuO3膜が得やすくなるためである。
ここで、例えば第1の電極14として(111)面方位に配向した白金膜を用い、その上に第2の電極(SrRuO3膜)を作製した場合に、第2の電極の結晶性をX線回折測定により評価する方法について説明する。PtとSROとは格子定数が近いため、通常のX線回折測定におけるθ−2θ測定では、SRO膜の(111)面とPtの(111)面の2θ位置が重なってしまい判別が難しくなるという問題がある。しかし、Ptについては消滅則の関係からPsi=35°に傾けた場合、2θが約32°付近の位置では回折線が打ち消し合い、Ptの回折強度が見られなくなる。そのため、Psi方向を約35°傾けて、2θが約32°付近のピーク強度で判断することでSROが(111)面方位に優先配向しているかを確認することができる。
図2に、シリコン基板上に、酸化チタン膜を成膜した後、 (111)面方位に配向しているPt膜を成膜し、その上に第2の密着層(Ti膜)を形成した後、基板を550℃に加熱しながら、スパッタ法によりSrRuO3膜を成膜した試料のX線回折測定結果を示す。
図2においては、2θ=32°に固定し、Psiを変化させたときのデータを示す。Psi=0°ではSROの(110)面の回折線はほとんど回折強度が見られず、Psi=35°付近において、回折強度が見られることから、この測定方法によりSROが(111)面方位に優先配向していることが確認できる。また、この結果から、本成膜条件にて作製したものについては、SROが(111)面方位に優先配向していることを確認できた。
第2の電極16に用いるSrRuO3膜の表面粗さは4nm以上15nm以下であることが好ましく、6nm以上10nm以下であることがさらに好ましい。なお、ここでの表面粗さについてはAFMにより測定される表面粗さ(平均粗さ)を意味している。
SrRuO3膜の表面粗さは成膜温度に影響し、室温から300℃に基材を加熱して成膜した場合、表面粗さが非常に小さく2nm以下になる。この場合、表面粗さとしては、非常に小さくフラットになっているが、SrRuO3膜の結晶性は十分でなくなる。このため、その後に成膜する電気−機械変換膜(例えばPZT膜)の圧電アクチュエータとしての初期変位や連続駆動後の変位劣化については十分な特性が得られなくなってします。
従って、成膜条件からみて、SrRuO3膜の結晶性を悪化させずに得られる表面粗さは上記範囲となることから、上記範囲を有することが好ましい。
上記範囲からはずれた場合、SrRuO3膜の結晶性を悪化する場合があり、その後成膜する電気−機械変換膜の絶縁耐圧が悪化し、リークしやすくなる場合があるため好ましくない。
そして、上述のような、結晶性や表面粗さを有するSrRuO3膜を得るためには、成膜条件(温度)としては500℃〜700℃、好ましくは520℃〜600℃の範囲に基板を加熱して、スパッタ法により成膜することが好ましい。
成膜後のSrとRuの組成比については特に限定されるものではなく、要求される導電性等により選択されるが、Sr/Ruが0.82以上1.22以下であることが好ましい。
これは、上記範囲から外れると比抵抗が大きくなり、電極として十分な導電性が得られなくなる場合があるためである。
さらに第2の電極16としてSRO膜の膜厚としては、40nm以上150nm以下であることが好ましく、50nm以上80nm以下であることがさらに好ましい。上記膜厚範囲よりも薄いと初期変位や連続駆動後の変位劣化については十分な特性が得られない場合がある。また、上記膜厚範囲を超えると、その後成膜したPZTの絶縁耐圧が悪くなり、リークしやすくなる場合があるためである。
第3の電極18としては酸化物、すなわち導電性酸化物を用いることができる。導電性酸化物を用いることによって、電気−機械変換素子が動作する際、経時的に生じる圧電体中の酸素欠損の補給源として機能させることができる。
導電性酸化物電極層として用いることができる材料としては具体的には、例えば、IrO2、LaNiO3、RuO2、SrO、SrRuO3、CaRuO3等が挙げられる。特に、第2の電極16と同様の材料を用いることが好ましい。すなわち、SrRuO3膜(または一部置換した材料)を用いることが好ましい。
また、第3の電極18としてSRO膜を用いる場合、その膜厚としては、40nm以上80nm以下が好ましく、50nm以上60nm以下がさらに好ましい。上記膜厚範囲よりも薄いと初期変位や変位劣化特性については十分な特性が得られない場合がある。また、上記範囲を超えると、PZTの絶縁耐圧が悪くなり、リークしやすくなる場合があるため好ましくない。
電気−機械変換膜17としては、圧電性を有する材料であれば使用することができる。
例えば、広く用いられているPZTを好ましく使用することができる。
なお、PZTとはジルコン酸鉛(PbZrO3)とチタン酸鉛(PbTiO3)の固溶体で、その比率により特性が異なるが、その比率についても限定されるものではなく、要求される圧電性能等に応じて選択することができる。中でもPbZrO3とPbTiO3の比率(モル比)が53:47の割合で、化学式で示すとPb(Zr0.53,Ti0.47)O3で表わされるPZT(PZT(53/47)とも示される)は、特に優れた圧電特性を示すことから好ましく用いることができる。
PZT以外の材料として、チタン酸バリウムも用いることができる。
また、上記PZTや、チタン酸バリウムは一般式ABO3で表わされるが、PZT、チタン酸バリウム以外にもABO3(A=Pb、Ba、Sr、B=Ti、Zr、Sn、Ni、Zn、Mg、Nb)で表わされる複合酸化物を主成分とする複合酸化物を用いることができる。
さらに、(Pb1−x,Bax)(Zr,Ti)O3、(Pb1−x,Srx)(Zr,Ti)O3の様にAサイトのPbを一部BaやSrで置換した複合酸化物も使用することができる。置換に用いる元素としては2価の元素であれば可能であり、Pbの一部を2価の元素で置換することにより電気−機械変換膜17を成膜する際等に熱処理を行った場合に鉛の蒸発による特性劣化を低減させる効果がある。
電気−機械変換膜17の作製方法としては、特に限定されるものではないが、例えばスパッタ法や、Sol−gel法により作製することができる。
そして、成膜後、フォトリソエッチング等によりパターニングを行い、所望のパターンを得ることができる。
PZTからなる電気−機械変換膜17をSol−gel法により作製する場合を例に説明する。
酢酸鉛、ジルコニウムアルコキシド、チタンアルコキシド化合物を出発材料とし、共通溶媒としてメトキシエタノールを用い、上記出発原料が所定比になるように共通溶液に溶解させ均一溶液とすることで、PZT前駆体溶液を作製する。
なお、金属アルコキシド化合物は大気中の水分により容易に加水分解してしまうので、前駆体溶液に安定剤としてアセチルアセトン、酢酸、ジエタノールアミンなどの安定化剤を適量、添加しておくこともできる。また、鉛成分は成膜工程で熱処理を行う際などに蒸発することがあるので、量論比よりも多めに添加しておくこともできる。
基板全面にPZT膜を得る場合、スピンコートなどの溶液塗布法により塗膜を形成し、溶媒乾燥、熱分解、結晶化の各々の熱処理を施すことでPZT膜を得ることができる。塗膜から結晶化膜への変態には体積収縮が伴うので、クラックフリーな膜を得るには一度の工程で100nm以下の膜厚が得られるように前駆体濃度の調整を行うことが好ましく、成膜工程を繰り返し行うことで所望の膜厚のPZT膜を得ることができる。
なお、チタン酸バリウム膜の場合であれば、例えば、バリウムアルコキシド、チタンアルコキシド化合物を出発材料にし、共通溶媒に溶解させることでチタン酸バリウム前駆体溶液を作製し、これを用いて例えば上記PZTの場合と同様の手順でSol−gel法により成膜することが可能である。
電気−機械変換膜の膜厚としては限定されるものではなく、要求される圧電特性に応じて選択すればよいが、0.5μm以上5μm以下であることが好ましく、1μm以上2μm以下であることがより好ましい。これは、上記範囲より薄いと圧電アクチュエータとして使用する際に十分な変位を発生することができない場合があるためであり、また、上記範囲より厚いと、その製造工程において何層も積層させて成膜するため、工程数が多くなりプロセス時間が長くなるためである。
ここで、熱酸化膜を形成したシリコン基板上に、上記のように、酸化チタンからなる第1の密着層、白金からなる第1の電極、チタンからなる第2の密着層、膜厚が0.06μmのルテニウム酸ストロンチウム第2の電極を形成したものを用意し、さらに、Sol−gel法により2μmの膜厚のPZT膜を成膜した試料のX線回折パターンを図3に示す。
また、図3には、比較の試料として、第2の密着層を設けない点以外は同様にして作成した試料のX線回折パターンもあわせて示す。
これによると、第2の密着層有無で比較すると、第2の密着層を入れた時の方が、PZT膜の結晶性をさらに高めることができており、(111)面方位に優先配向した膜が得られていることが分かる。このため、電気―機械変換素子を圧電アクチュエータとして用いた場合に、変位劣化を抑制し、経時的に安定した駆動力を得ることが可能となる。
なお、ここでは、PZTを用いた電気−機械変換膜を例に説明したが、他の材料を用いた場合でも第2の密着層を設けることにより同様に結晶性を高めることができ、同様の効果が得られる。
以上に説明したように、本実施形態の電気−機械変換素子10は、簡便な構造を有しており、連続動作を行った場合でも変位劣化を抑制し、経時的に安定した駆動力を得ることが可能である
[第2の実施形態]
本実施形態では、以下の構成を有する電気−機械変換素子について説明する。
まず、基板または下地膜上に形成された第1の密着層と、前記第1の密着層上に形成された、金属からなる第1の電極と、前記第1の電極上に形成され、(111)面方位に優先配向しているルテニウム酸ストロンチウムからなる膜厚が40nm以上150nm以下の第2の電極を有している。さらに、前記第2の電極上に形成された第3の密着層と、前記第3の密着層上に形成された電気―機械変換膜と、前記電気−機械変換膜上に形成された、酸化物からなる第3の電極と、前記第3の電極上に形成された金属からなる第4の電極と、を有している。そして、前記第3、4の電極は個別電極であり、前記第1の密着層は金属膜をRTA法により酸化した膜からなり、前記第3の密着層は金属膜からなり、その膜厚が1nm以上10nm以下であることを特徴とするものである。
具体的な本実施形態の電気−機械変換素子の構成を図4に示す。
本実施形態に示した電気−機械変換素子40は、図4に示す構成を有しており、第1の実施形態で説明した電気―機械変換素子10において、第2の密着層15を設けずに第3の密着層41を設けたものであるので、この点について説明する。他の膜(層)の構成については、第1の実施形態を参照されたい。なお、図4中、図1と同じ部材については同じ番号を付している。
第3の密着層41は、図4に示すように、第2の電極16上に設けている。
第3の密着層41は金属膜であることが好ましく、その具体的な材料としては例えば、Ti、Taが挙げられるが、特にTiを用いることが好ましい。
第3の密着層は例えばスパッタ法により作製することができる。
そして、その膜厚としては、1nm以上10nm以下であることが好ましく、3nm以上7nm以下であることがより好ましい。上記範囲よりも膜厚が薄い場合、得られた電気−機械変換素子を連続駆動後の変位劣化抑制について十分な効果が得られない場合がある。また、上記範囲よりも膜厚が厚い場合、第3の密着層41上に作製する電気−機械変換膜17の結晶の質に影響が出てくる。
第3の密着層41を設けることにより、第1の実施形態で説明した第2の密着層の場合と同様に、その上に形成する電気―機械変換素子17の結晶性を高めることが可能になる。このため、本実施形態の電気−機械変換素子40は、簡便な構造を有しており、連続動作を行った場合でも変位劣化を抑制し、経時的に安定した駆動力を得ることが可能である。
[第3の実施形態]
本実施形態では、第1の実施形態、第2の実施形態で説明した電気−機械変換素子10(40)を備えた液滴吐出ヘッドについて説明する。
本実施形態で説明する液滴吐出ヘッドを図5、図6に示す。なお、図5に示す液滴吐出ヘッド50は1ノズルの構成の一例の概略図であり、図6は図5に示した1ノズルの液滴吐出ヘッド50を複数個配列して形成された液滴吐出ヘッド60の概略を示したものである。
図5、図6の液滴吐出ヘッドは、液滴を吐出するノズルと、前記ノズルが連通する加圧室と、前記加圧室の壁の一部を構成する振動板と、前記振動板上に形成された第1、第2の実施形態で説明した電気−機械変換素子と、を有することを特徴とする液滴吐出ヘッドである。
液滴吐出ヘッド50の構成について図5を用いて具体的に説明する。
加圧室53内の液体を昇圧させる吐出駆動手段として、加圧室の壁の一部を構成する振動板12で構成し、振動板に電気−機械変換素子10(40)が配置されている。また、電気−機械変換素子10(40)が形成されている基板11をエッチングして形成されインク等の液体(以下、「インク」という)を収容するインク室である加圧室(圧力室)53と、加圧室53内のインクを液滴状に吐出するインク吐出口としてのノズル孔であるノズル54を備えたインクノズルとしてのノズル板55とを有している。
液滴吐出ヘッド50が液滴を吐出するメカニズムとしては、下部電極21、上部電極22に給電されることで電気−機械変換膜17に応力が発生し、これによって振動板(振動板)12を振動させる。そして、この振動に伴って、ノズル54から加圧室53内のインクを液滴状に吐出するようになっている。なお、加圧室53内にインクを供給するインク供給手段である液体供給手段、インクの流路、流体抵抗についての図示及び説明は省略している。
係る液滴吐出ヘッドによれば、第1、第2の実施形態で説明した本発明の電気−機械変換素子を用いているため、振動板駆動不良によるインク滴吐出不良がなく、安定したインク滴吐出特性が得られる。
また、電気−機械変換素子が簡便な構造を有しており(かつバルクセラミックスと同等の性能を持つ)、さらに、その後の圧力室形成のための裏面からのエッチング除去、ノズル孔を有するノズル板を接合することで容易に液滴吐出ヘッドとすることができる。
[第4の実施形態]
本実施形態では、第3の実施形態で説明した液滴吐出ヘッドを備えたことを特徴とする液滴吐出装置について説明する。
液滴吐出装置としては、例えばインクジェット記録装置が挙げられ、ここでは、インクジェット記録装置の具体的な構成例について図7、図8を用いて説明する。
なお、図7は同記録装置の斜視説明図、図8は同記録装置の機構部の側面説明図をそれぞれ示している。
このインクジェット記録装置は、記録装置本体70の内部に主走査方向に移動可能なキャリッジ71、キャリッジ71に搭載した本発明を実施したインクジェットヘッドからなる記録ヘッド、記録ヘッドへインクを供給するインクカートリッジ72等で構成される印字機構部73等を収納し、装置本体70の下方部には前方側から多数枚の用紙74を積載可能な給紙カセット(或いは給紙トレイでもよい。)75を抜き差し自在に装着することができ、また、用紙74を手差しで給紙するための手差しトレイ76を開倒することができ、給紙カセット75或いは手差しトレイ76から給送される用紙74を取り込み、印字機構部73によって所要の画像を記録した後、後面側に装着された排紙トレイ77に排紙する。
印字機構部73は、図示しない左右の側板に横架したガイド部材である主ガイドロッド78と従ガイドロッド79とでキャリッジ71を主走査方向に摺動自在に保持し、このキャリッジ71にはイエロー(Y)、シアン(C)、マゼンタ(M)、ブラック(Bk)の各色のインク滴を吐出する本発明に係るインクジェットヘッドからなるヘッド80を複数のインク吐出口(ノズル)を主走査方向と交差する方向に配列し、インク滴吐出方向を下方に向けて装着している。またキャリッジ71にはヘッド80に各色のインクを供給するための各インクカートリッジ72を交換可能に装着している。
インクカートリッジ72は上方に大気と連通する大気口、下方にはインクジェットヘッド80へインクを供給する供給口を、内部にはインクが充填された多孔質体を有しており、多孔質体の毛管力によりインクジェットヘッドへ供給されるインクをわずかな負圧に維持している。また、記録ヘッドとしてここでは各色のヘッド80を用いているが、各色のインク滴を吐出するノズルを有する1個のヘッドでもよい。
ここで、キャリッジ71は後方側(用紙搬送方向下流側)を主ガイドロッド78に摺動自在に嵌装し、前方側(用紙搬送方向上流側)を従ガイドロッド79に摺動自在に載置している。そして、このキャリッジ71を主走査方向に移動走査するため、主走査モータ81で回転駆動される駆動プーリ82と従動プーリ83との間にタイミングベルト84を張装し、このタイミングベルト84をキャリッジ71に固定しており、主走査モータ81の正逆回転によりキャリッジ71が往復駆動される。
一方、給紙カセット75にセットした用紙74をヘッド80の下方側に搬送するために、給紙カセット75から用紙74を分離給装する給紙ローラ85及びフリクションパッド86と、用紙74を案内するガイド部材87と、給紙された用紙74を反転させて搬送する搬送ローラ88と、この搬送ローラ88の周面に押し付けられる搬送コロ89及び搬送ローラ89からの用紙74の送り出し角度を規定する先端コロ90とを設けている。搬送ローラ88は副走査モータ91によってギヤ列を介して回転駆動される。
そして、キャリッジ71の主走査方向の移動範囲に対応して搬送ローラ88から送り出された用紙74を記録ヘッド80の下方側で案内する用紙ガイド部材である印写受け部材92を設けている。この印写受け部材92の用紙搬送方向下流側には、用紙74を排紙方向へ送り出すために回転駆動される搬送コロ93、拍車94を設け、さらに用紙74を排紙トレイ77に送り出す排紙ローラ95及び拍車96と、排紙経路を形成するガイド部材97、98とを配設している。
記録時には、キャリッジ71を移動させながら画像信号に応じて記録ヘッド80を駆動することにより、停止している用紙74にインクを吐出して1行分を記録し、用紙74を所定量搬送後次の行の記録を行う。記録終了信号または、用紙74の後端が記録領域に到達した信号を受けることにより、記録動作を終了させ用紙74を排紙する。
また、図7中、キャリッジ71の移動方向右端側の記録領域を外れた位置には、ヘッド80の吐出不良を回復するための回復装置99を配置している。回復装置99はキャップ手段と吸引手段とクリーニング手段を有している。キャリッジ71は印字待機中にはこの回復装置99側に移動されてキャッピング手段でヘッド80をキャッピングされ、吐出口部を湿潤状態に保つことによりインク乾燥による吐出不良を防止する。また、記録途中などに記録と関係しないインクを吐出することにより、全ての吐出口のインク粘度を一定にし、安定した吐出性能を維持する。
吐出不良が発生した場合等には、キャッピング手段でヘッド80の吐出口(ノズル)を密封し、チューブを通して吸引手段で吐出口からインクとともに気泡等を吸い出し、吐出口面に付着したインクやゴミ等はクリーニング手段により除去され吐出不良が回復される。また、吸引されたインクは、本体下部に設置された廃インク溜(不図示)に排出され、廃インク溜内部のインク吸収体に吸収保持される。
そして、このようなインクジェット記録装置において、第3の実施形態で説明した電気―機械変換素子を用いた液滴吐出ヘッド(インクジェットヘッド)を搭載することにより、振動板駆動不良によるインク滴吐出不良がなく、安定したインク滴吐出特性が得られ、画像品質を向上することができる。
以下に具体的な実施例、比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない
[実施例1]
以下の手順により電気−機械変換素子を作製した。
シリコンウェハに振動板となる熱酸化膜(膜厚1μm)を形成した。
次いで、チタン膜(膜厚30nm)をスパッタ装置にて成膜した後にRTA法により750℃にて熱酸化することにより、第1の密着層を形成した。
引き続き第1の電極として白金膜(膜厚150nm)、第2の密着層としてチタン膜(膜厚10nm)、第2の電極としてSrRuO3膜(膜厚60nm)をスパッタ成膜した。第2の電極のスパッタ成膜を行う際の基板加熱温度は550℃として成膜を行った。
次に電気−機械変換膜を成膜するための前駆体溶液として以下に示すモル比で金属種を含む2種の溶液(PZT−1、PZT−2)を用意し、図9に示すような積層膜を作製した。
PZT−1(Pb:Zr:Ti=110:53:47)
PZT−2(Pb:Zr:Ti=120:53:47)
上記各PZT溶液においては、いずれも化学両論組成に対し鉛量を過剰にしてある。これは熱処理中のいわゆる鉛抜けによる結晶性低下を防ぐためである。
具体的な前駆体塗布液の合成に手順について説明する。
まず、出発材料として酢酸鉛三水和物、イソプロポキシドチタン、イソプロポキシドジルコニウムを用いた。酢酸鉛の結晶水はメトキシエタノールに溶解後、脱水した。
イソプロポキシドチタン、イソプロポキシドジルコニウムを所定比でメトキシエタノールに溶解し、アルコール交換反応、エステル化反応を進め、さらに上記酢酸鉛を溶解したメトキシエタノール溶液と所定比になるように混合することでPZT前駆体溶液を合成した。この際、溶液中のPZT濃度は0.5mol/Lとなるように調整した。
この液を用いて、スピンコート法により基材に塗布し、各層について塗布後、120℃で乾燥し、さらに500℃で熱分解を行った。
図9に示すように、1、2層目に上記PZT−1溶液を用いて、3層目にPZT−2溶液を用いた。3層目の熱分解処理後に、1〜3層部分について結晶化熱処理(温度750℃)をRTA法(急速熱処理)により行った。このとき得られたPZTの膜厚は240nmであった。そして、この工程を計8回(24層)繰り返し実施して膜厚約2μmのPZT膜を得た。
次に第3の電極としてSrRuO3膜(膜厚40nm)、第4の電極としてPt膜(膜厚125nm)をそれぞれスパッタ法により成膜した。その後、東京応化社製フォトレジスト(TSMR8800)をスピンコート法で成膜し、通常のフォトリソグラフィーでレジストパターンを形成した後、ICPエッチング装置(サムコ製)を用いてパターンを作製した。
次に絶縁保護膜107として、パリレン膜(膜厚2μm)をCVD成膜した。その後、東京応化社製フォトレジスト(TSMR8800)をスピンコート法で成膜し、通常のフォトリソグラフィーでレジストパターンを形成した後、RIE(サムコ製)を用いて図10のようなパターンを作製した。
最後に第5、第6の電極としてAl膜(膜厚5μm)をスパッタ成膜した。その後、東京応化社製フォトレジスト(TSMR8800)をスピンコート法で成膜し、通常のフォトリソグラフィーでレジストパターンを形成した後、RIE(サムコ製)を用いて図10のようなパターンを作製し、電気−機械変換素子を作製した。
以上の工程により、図10に示す構造の電気−機械変換素子を作製した。図10の上図(a)は断面図、下図(b)は上面図を示している。図中、図1と同じ部材については同じ符号を付している。
具体的には、基板11、振動板12、第1の密着層13、第1の電極14上に、さらに、第2の密着層及び第2の電極101、電気―機械変換膜17、第3の電極及び第4の電極102が形成され、これを覆うように絶縁保護膜107が形成されている。そして、絶縁保護膜107の所定の場所にはコンタクトホール103、104が形成され、係るコンタクトホールを介して、第5の電極105、第6の電極106はそれぞれ電気機械変換素子の下部電極、上部電極と接続されている。
第5の電極105は共通電極となっており、これにより電気−機械変換素子の下部電極を共通電極として機能させるようになっている。また、第6の電極106は個別電極となっており、これにより電気−機械変換素子の上部電極を個別電極として機能させるようになっている。
得られた電気―機械変換素子について評価を行った結果を表1に示す。評価方法については後述する。
[実施例2]
以下の手順により、電気―機械変換素子を作製した。
シリコンウェハに振動板となる熱酸化膜(膜厚1μm)を形成した。
次いで、チタン膜(膜厚30nm)をスパッタ装置にて成膜した後にRTA法により750℃にて熱酸化することにより、第1の密着層を形成した。
引き続き第1の電極として白金膜(膜厚150nm)、第2の電極としてSrRuO3膜(膜厚60nm)、第3の密着層として、チタン膜(膜厚5nm)をスパッタ成膜した。第2の電極のスパッタ成膜時の基板加熱温度については550℃にて成膜を実施した。それ以外は実施例1と同様にして、図11に示すような電気−機械変換素子を作製した。
なお、図11は図10の場合と同様に、上図(a)は断面図、下図(b)は上面図を示している。図10と同じ部材については同じ符号を付しており、上記のように第2の密着層及び第2の電極101にかえて、第2の電極および第3の密着層108となっている点が相違している。
[実施例3]
第2の電極としてSrRuO3膜(膜厚145nm)とした以外は実施例1と同様に図10に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[実施例4]
第2の電極としてSrRuO3膜(膜厚45nm)とした以外は実施例1と同様に図10に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[実施例5]
第2の密着層としてチタン膜(膜厚15nm)とした以外は実施例1と同様に図10に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[実施例6]
第3の密着層としてチタン膜(膜厚8nm)とした以外は実施例2と同様に図11に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[実施例7]
第3の密着層としてチタン膜(膜厚2nm)とした以外は実施例2と同様に図11に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[比較例1]
第2の密着層、第3の密着層を設けないこと以外は実施例1と同様に図12に示すような電気−機械変換素子を作製した。
なお、図12も図10と同様に上図(a)が断面図、下図(b)が上面図を示している。図1、図10と同じ部材については同じ符号を付している。
[比較例2]
第2の電極としてSrRuO3膜(膜厚165nm)とした以外は実施例1と同様に図10に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[比較例3]
第2の密着層としてチタン膜(膜厚30nm)とした以外は実施例1と同様に図10に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[比較例4]
第2の密着層としてチタン膜(膜厚2nm)とした以外は実施例1と同様に図10に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[比較例5]
第3の密着層としてチタン膜(膜厚30nm)とした以外は実施例2と同様に図11に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[比較例6]
第3の密着層としてチタン膜(膜厚0.5nm)とした以外は実施例2と同様に図11に示すような電気−機械変換素子を作製した。
[比較例7]
第1の密着層として、チタン膜(膜厚30nm)をスパッタ装置にて成膜した後に、RTA処理を行わず、連続して第1の電極として白金膜(膜厚150nm)、第2の密着層として、チタン膜(膜厚10nm)、第2の電極としてSrRuO3膜(膜厚60nm)をスパッタ成膜した以外は実施例1と同様に図10に示すような電気−機械変換素子を作製した。
実施例1〜7、比較例1〜7で作製した電気−機械変換素子について、電気特性、電気−機械変換能(圧電定数)の評価を行った。代表的なP−Eヒステリシス曲線は図13に示す。電気−機械変換能は電界印加(150kV/cm)による変形量をレーザードップラー振動計で計測し、シミュレーションによる合わせ込みから算出した。初期特性を評価した後に、耐久性(1010回繰り返し電圧を加えた直後の特性)評価を実施した。これらの詳細結果について表1にまとめた。
実施例1〜7は初期特性の結果についても一般的なセラミック焼結体と同等の特性を有していた(残留分極Pr:20〜27μC/cm2、圧電定数:−120〜−140pm/V)。さらに、耐久性試験後においてもその性能がほとんど変化していないことが確認できた。
一方、比較例1〜7については、初期特性は一般的なセラミックス焼結体と同程度であるが、1010回繰り返し電圧を加えた耐久性試験後(1010回繰り返し印加電圧を加えた直後)の特性においては、実施例1〜7に比べて、残留分極及び圧電定数の双方において大きく劣化しているのが確認された。
実施例1〜7で作製した電気−機械変換素子を用いて、図5、図6に示す液滴吐出ヘッドを作製し液の吐出評価を行った。粘度を5cpに調整したインクを用いて、単純Push波形により−10〜−30Vの印可電圧を加えたときの吐出状況を確認したところ、全てのノズル孔からインクを吐出できていることを確認できた。
以上の結果によれば、本発明の電気−機械変換素子である実施例1〜7においては、連続動作を行った場合でも変位劣化を抑制し、経時的に安定した駆動力を得ることが確認できた。また、液滴吐出ヘッドとした場合にも安定したインク滴吐出特性を有することが確認できた。