以下、本発明の液晶ポリエステル繊維について詳細に説明する。
本発明で用いられる液晶ポリエステルとは、溶融時に異方性溶融相(液晶性)を形成し得るポリエステルである。この特性は例えば、液晶ポリエステルからなる試料をホットステージにのせ、窒素雰囲気下で昇温加熱し、試料の透過光を偏光下で観察することにより確認できる。
本発明に用いる液晶ポリエステルは縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位を液晶ポリエステルに含む。縮合多環芳香族炭化水素とは2つ以上の芳香環が縮合したものであり、縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位とはこれら化合物のオキシカルボン酸、ジカルボン酸、ジヒドロキシ化合物からなるモノマーを重合体に含むことを指す。縮合多環芳香族炭化水素を主鎖中に含むことで高い強度と繊維軸垂直方向の耐圧縮性を両立することができる。縮合多環芳香族炭化水素の例としてはナフタレン、アズレン、アントラセン、クリセン、ピレン、コロネンおよびそのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体等が挙げられる。なおビフェニルやターフェニルに代表される鎖状多環芳香族炭化水素は本発明においては縮合多環芳香族炭化水素とは区別して扱う。
縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位としては、重合がしやすく、得られる液晶ポリエステルの融点が過度に高くならず、また製糸性も良好となることからナフタレンおよびそのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体のオキシカルボン酸、ジカルボン酸、ジヒドロキシ化合物をモノマーとして用いることが好ましく、分子間相互作用を高め、繊維の強度を高くできるためナフタレンのオキシカルボン酸(ヒドロキシナフトエ酸)、ジカルボン酸(ナフタレンジカルボン酸)、ジヒドロキシ化合物(ジヒドロキシナフタレン)を用いることがより好ましく、構造単位としては下記(I)〜(III)のいずれかであることがより好ましい。中でも製糸性により優れ、強度がより高い点でヒドロキシナフトエ酸を用いる構造単位である(I)が特に好ましい。
本発明に用いる液晶ポリエステルは縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位を液晶ポリエステルの構造単位全体に対し5モル%以上含む。本発明で用いる液晶ポリエステルの構造単位全体に対する縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位のモル%は、液晶ポリエステルを構成するモノマー単位の総モル数に対する縮合多環芳香族炭化水素を含むモノマー単位の総モル数の百分率で定義され、例えば2種類以上の縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位を用いる場合はその合計を縮合多環芳香族炭化水素を含むモノマー単位の総モル数とする。この分率が5モル%以上であることで高強度と繊維軸垂直方向の耐圧縮性を両立することができる。この分率が高いほど繊維軸垂直方向の耐圧縮性は高まるため10モル%以上がより好ましく、20モル%以上がさらに好ましい。ただし縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位が液晶ポリエステル繊維全体に対して過度に増えると強度が低下するため、40モル%以下が好ましく、30モル%以下がさらに好ましい。
上記した条件を満たせば、本発明に用いる液晶ポリエステルはa.芳香族オキシカルボン酸の重合物、b.芳香族ジカルボン酸と芳香族ジオール、脂肪族ジオールの重合物、c.aとbとの共重合物などを用いることができるが、高強度、高弾性率、高耐熱のためには脂肪族ジオールを用いない全芳香族ポリエステルとすることが好ましい。ここで芳香族オキシカルボン酸としては、ヒドロキシ安息香酸および/またはそのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体などが挙げられる。また芳香族ジカルボン酸としては、テレフタル酸、イソフタル酸、ジフェニルジカルボン酸、ジフェニルエーテルジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、ジフェニルエタンジカルボン酸および/またはそのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体などが挙げられる。さらに、芳香族ジオールとしては、ハイドロキノン、レゾルシン、ジオキシジフェニールおよび/またはそのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体などが挙げられ、脂肪族ジオールとしてはエチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ネオペンチルグリコールなどが挙げられる。
本発明に用いる液晶ポリエステルの好ましい例としては、p−ヒドロキシ安息香酸成分と6−ヒドロキシ2−ナフトエ酸成分とが共重合されたもの、p−ヒドロキシ安息香酸成分と6−ヒドロキシ2−ナフトエ酸成分とハイドロキノン成分とナフタレンジカルボン酸成分とが共重合されたものなどが挙げられる。
なお本発明で用いる液晶ポリエステルには上記構造単位以外に3,3’−ジフェニルジカルボン酸、2,2’−ジフェニルジカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジオン酸などの脂肪族ジカルボン酸、ヘキサヒドロテレフタル酸(1,4−シクロヘキサンジカルボン酸)などの脂環式ジカルボン酸、クロロハイドロキノン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルフィド、4,4’−ジヒドロキシベンゾフェノン等の芳香族ジオールおよびp−アミノフェノールなどを本発明の効果を損なわない5モル%程度以下の範囲で共重合させても良い。
また本発明の効果を損なわない5重量%程度以下の範囲で、ポリエステル、ポリオレフィンやポリスチレンなどのビニル系重合体、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリイミド、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、芳香族ポリケトン、脂肪族ポリケトン、半芳香族ポリエステルアミド、ポリエーテルエーテルケトン、フッ素樹脂などのポリマーを添加しても良く、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトン、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン46、ナイロン6T、ナイロン9T、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリシクロヘキサンジメタノールテレフタレート、ポリエステル99Mなどが好適な例として挙げられる。なおこれらのポリマーを添加する場合、その融点は液晶ポリエステルの融点±30℃以内にすることが製糸性を損なわないために好ましい。
さらに本発明の効果を損なわない範囲内で、各種金属酸化物、カオリン、シリカなどの無機物や、着色剤、艶消剤、難燃剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、赤外線吸収剤、結晶核剤、蛍光増白剤、末端基封止剤、相溶化剤等の各種添加剤を少量含有しても良い。
本発明の繊維のポリスチレン換算の重量平均分子量(以下、分子量と記載する)は25.0万以上200.0万以下である。25.0万以上の高い分子量を有することで高い強度、弾性率、伸度、耐摩耗性、繊維軸垂直方向の耐圧縮性を有する。分子量は高いほど強度、弾性率、伸度、耐摩耗性が向上するため、30.0万以上が好ましく、35.0万以上がより好ましい。分子量の上限は特に限定されないが、本発明で達し得る上限としては200.0万程度である。なお本発明で言う分子量とは実施例記載の方法により求められた値(重量平均分子量)とする。
本発明の繊維は、示差熱量測定において、50℃から20℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピーク(Tm1)におけるピーク半値幅が15℃以上であり、20℃よりも大きいことがより好ましい。この測定法におけるTm1は繊維の融点を表し、ピーク形状はその面積が広いほど、即ち融解熱量ΔHm1が大きいほど結晶化度が高く、またその半値幅が狭いほど結晶の完全性は高いと言える。液晶ポリエステルは紡糸した後、固相重合を施すことでTm1が上昇、ΔHm1が増加、半値幅は減少し、結晶化度、結晶の完全性が高くなることで繊維の強度、弾性率が増加、耐熱性が向上する。一方で耐摩耗性が悪化するが、これは結晶の完全性が高まることにより、結晶部と非晶部の構造差が顕著となるため、その界面で破壊が起こるためと考えられる。そこで本発明では固相重合した繊維の特徴である高いTm1、高い強度と弾性率、耐熱性を維持したまま、ピーク半値幅を、固相重合していない液晶ポリエステル繊維のような15℃以上という値に増加させることで結晶の完全性を低下させ、繊維全体が柔軟化し、かつ破壊の起点となる結晶/非晶の構造差が減少することで耐摩耗性を高めることができるのである。なお、本発明のTm1におけるピーク半値幅の上限は特に制限されないが、工業的に達し得る上限は80℃程度である。
なお、本発明の液晶ポリエステル繊維においては、吸熱ピークは1つであるが、固相重合が不十分な場合など繊維構造によっては2つ以上のピークが観測されることがある。この場合のピーク半値幅はそれぞれのピークの半値幅を合計した値とする。
また、本発明の繊維は示差熱量測定において50℃から20℃/分の昇温条件で測定した際に実質的に発熱ピークが見られないことが好ましい。実質的に発熱ピークが見られないとは、発熱量が3.0J/g以上、好ましくは1.0J/g以上、さらに好ましくは0.1J/g以上のピークが見られないことを意味し、ベースラインの微小なあるいは緩やかな変動はピークとは見なさない。発熱ピークが見られるのは結晶性高分子が非晶状態で繊維に含まれる場合であるが、発熱ピークが見られないことで繊維は液晶ポリエステルの特性を十分に発揮でき強度、弾性率、耐熱性に優れ、特に熱寸法安定性に優れる。
本発明の繊維の融点、すなわち吸熱ピーク(Tm1)は280℃以上が好ましく、290℃以上がより好ましく、300℃以上がさらに好ましい。このような高い融点を有することで繊維としての耐熱性が優れる。繊維の高融点化を達成するためには、高融点の液晶ポリエステルポリマーを製糸するなどの方法があるが、特に高い強度、弾性率を有し、さらに長手方向の均一性に優れる繊維を得るためには溶融紡糸した繊維を固相重合することが好ましい。なお、融点の上限は特に限定されないが、本発明で達しえる上限としては400℃程度である。
また融解熱量ΔHm1の絶対値は液晶ポリエステルの構成単位の組成により変化するが、6.0J/g以下であることが好ましい。△Hm1が6.0J/g以下に低下することで結晶化度は低下し繊維全体が柔軟化し、かつ破壊の起点となる結晶/非晶の構造差が減少することで耐摩耗性が向上する。△Hm1は低いほど耐摩耗性は向上するため3.5J/g以下がより好ましく、2.0J/g以下がさらに好ましい。なおΔHm1の下限は特に限定されないが、高い強度、弾性率を得るためには0.1J/g以上が好ましい。
分子量が25.0万以上と高いにも関わらず、ΔHm1が6.0J/g以下と低いことは驚くべきことである。分子量が25.0万以上の液晶ポリエステルは融点を超えても粘度が著しく高く流動せず溶融紡糸が困難であることが多く、このような高分子量の液晶ポリエステル繊維は低分子量の液晶ポリエステルを溶融紡糸し、この繊維を固相重合することで得られる。液晶ポリエステル繊維を固相重合すると分子量が増加し強度、弾性率、耐熱性は向上し、同時に結晶化度も高まりΔHm1が増加する。結晶化度が高まると強度、弾性率、耐熱性はさらに向上するが、結晶部と非晶部の構造差が顕著となり、その界面が破壊されやすくなり耐摩耗性は低下してしまう。これに対し本発明では固相重合した繊維の1つの特徴である高い分子量を持つことで高い強度と弾性率、耐熱性を保持すると共に、固相重合をしていない液晶ポリエステル繊維のような低い結晶化度すなわち低いΔHm1を有することで耐摩耗性を向上できるのである。
従来技術でも述べたように液晶ポリエステル繊維と屈曲性熱可塑性樹脂を組み合わせることで耐摩耗性が向上できることは良く知られているが、そこには液晶ポリエステルそのものの耐摩耗性向上が困難であった背景がある。しかし本発明では実質的に液晶ポリエステルのみからなる繊維を、構造変化すなわち結晶化度を低下させることにより耐摩耗性向上を達成した点で技術的進歩がある。
このような繊維構造を達成できれば、その製造方法は特に限定されないが、構造の均一化、生産性の向上のためには後述するような固相重合した液晶ポリエステル繊維を連続的に走行させつつ、その液晶ポリエステル繊維のTm1+10℃以上で熱処理することが好ましい。
本発明の繊維のTcは組成により変化するが、耐熱性を高めるためには200℃以上400℃以下が好ましく、210℃以上280℃以下がより好ましく、220℃以上260℃以下がより好ましい。ΔHcは低すぎると結晶化度の低下のため強度、弾性率が低下し、過度に大きいと結晶化度が高まりすぎ、耐摩耗性の向上が難しくなることから1.0J/g以上9.0J/g以下が好ましく、2.0J/g以上4.0J/g以下がより好ましい。なお、本発明の液晶ポリエステル繊維においては上記した測定条件における冷却時の発熱ピークは1つであるが、固相重合後の熱処理などによる構造変化によっては2つ以上のピークが観測されることがある。この場合のΔHcはそれぞれのピークのΔHcを合計した値とする。
また本発明の繊維のTm2、すなわち実施例の(2)の測定方法で規定した値は組成により変化するが、耐熱性を高めるためには270℃以上が好ましく、より好ましくは280℃以上である。Tm2の上限は特に制限されないが、本発明で到達し得る上限としては400℃程度である。ΔHm2は過度に大きいと結晶性が高まりすぎ、耐摩耗性の向上が難しくなることから6.0J/g以下が好ましく、低すぎると強度が低下するため2.0J/g以上がより好ましい。なお、本発明の液晶ポリエステル繊維においては上記した測定条件における冷却後の再昇温時の吸熱ピークは1つであるが、2つ以上のピークが観測されることがある。この場合のΔHm2はそれぞれのピークのΔHm2を合計した値とする。
本発明の繊維の強度は12.0cN/dtex以上であることが好ましく、14.0cN/dtex以上がより好ましく、16.0cN/dtex以上がさらに好ましい。強度の上限は特に限定されないが本発明で達し得る上限としては30.0cN/dtex程度である。なお本発明で言う強度とはJISL1013:1999記載の引張強さを指す。
また弾性率は400cN/dtex以上が好ましく、500cN/dtex以上がより好ましい。弾性率の上限は特に限定されないが、本発明で達しえる上限としては弾性率1200cN/dtex程度である。なお本発明で言う弾性率とはJISL1013:1999記載の初期引張抵抗度を指す。
強度、弾性率が高いことによりロープ、テンションメンバー等の補強用繊維、フィルター用メッシュ織物、スクリーン印刷用メッシュなどの用途に好適に使用できるほか、細繊度でも高い強力を発現させ得るため繊維材料の軽量化が達成でき、製織など高次加工工程での糸切れも抑制できる。
本発明の繊維の単繊維繊度は18.0dtex以下が好ましい。単繊維繊度を18.0dtex以下と細くすることで、繊維のしなやかさが向上し繊維の加工性が向上する、表面積が増加するため接着剤などの薬液との密着性が高まると言った特性を有することに加え、モノフィラメントからなる紗とする場合は織密度を高くできる、オープニング(開口部の面積)を広くできるという利点を持つ。本発明の繊維は液晶ポリエステル単成分の繊維であり、複合紡糸で得られる繊維よりも細繊度化した際の線径均一性に優れるため、単繊維繊度を低くすることは有利である。単繊維繊度はより好ましくは10.0dtex未満、さらに好ましくは7.0dtex以下である。なお、単繊維繊度の下限は特に限定されないが、本発明で達しえる下限としては1dtex程度である。
また本発明の繊維の繊度変動率は30%以下が好ましく、より好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下である。本発明で言う繊度変動率とは実施例記載の手法により測定された値を指す。繊度変動率が30%以下であることで長手方向の均一性が高まり、繊維の強力(強度と繊度の積)変動も小さくなるため、繊維製品の欠陥が減少する他、モノフィラメントの場合には直径変動が小さくなるため、紗とした際のオープニング(開口部の面積)の均一性が高まり紗の性能が向上できる。
また本発明の繊維の強力変動率は20%以下が好ましく、15%以下がより好ましい。なお本発明で言う強力とはJISL1013:1999記載の引張強さの測定における切断時の強さを指し、強力変動率とは実施例記載の手法により測定された値を指す。強力変動率が15%以下であることで長手方向の均一性が高まり、繊維の強力(強度と繊度の積)変動も小さくなるため、繊維製品の欠陥が減少する他、低強度部分に起因する高次加工工程での糸切れも抑制できる。
本発明の繊維の伸度は1.0%以上が好ましく2.0%以上がより好ましく、2.5%以上がさらに好ましい。伸度が1.0%以上あることで繊維の衝撃吸収性が高まり、高次加工工程での工程通過性、取り扱い性に優れる他、衝撃吸収性が高まるため耐摩耗性も高まる。本発明においては縮合多環芳香族炭化水素を特定量以上含むことで伸度を高くできることも特徴の一つである。なお、伸度の上限は特に限定されないが、本発明で達しえる上限としては10%程度である。
本発明の繊維の横方向降伏荷重は0.13N以上が好ましい。なお本発明で言う横方向降伏荷重とは実施例記載の手法により求められた値を指す。横方向降伏荷重は繊維軸垂直方向に荷重を加えた場合の降伏値であり、この数値が高いほど繊維は横方向の耐圧縮性が高いことを表し、繊維の潰れによるメッシュ織物の開口部面積の減少を抑制することができるため、0.14N以上がより好ましく、0.15N以上がさらに好ましい。なお、本発明で扱う繊度の範囲においては横方向降伏荷重の繊度に対する変化は小さい。
繊維軸垂直方向の耐圧縮性向上については繊維を硬くする、すなわち結晶性を高めることでこれを達成できることも一つの手法である。しかし元来耐摩耗性に劣る液晶ポリエステル繊維で結晶性を高めると耐摩耗性をさらに悪化させてしまう。本発明では結晶性を低下させることで耐摩耗性を向上できることを見出したが、これは耐圧縮性を低下させる傾向となる。このため本発明においては結晶性と異なる因子としてポリマーの構造単位に注目したところ、縮合多環芳香族炭化水素を特定量以上含むことで耐圧縮性を高めることができた。これにより高い耐摩耗性と耐圧縮性を両立できたのである。縮合多環芳香族炭化水素を特定量以上含むことで横方向降伏荷重が高まる理由は定かではないが、縮合多環芳香族炭化水素はスタックすることで単環の芳香族炭化水素に比べて相互作用が高まるため繊維軸垂直方向の耐圧縮性が高まることが要因と推測する。
本発明の繊維の繊維軸垂直方向の圧縮弾性率(以下、圧縮弾性率と記載する)は0.30GPaよりも高いことが好ましく、0.40GPa以上がより好ましく、0.50GPa以上がより好ましい。圧縮弾性率が高いことも繊維軸垂直方向の耐圧縮性が高いことを表し、本発明の液晶ポリエステル繊維では縮合多環芳香族炭化水素を特定量以上含むことで耐圧縮性を高めることができる。圧縮弾性率の上限は特に限定されないが本発明で達しえる上限は1.50GPa程度である。なお本発明で言う圧縮弾性率とは実施例記載の手法により求められた値を指す。
本発明の繊維の複屈折率(△n)は0.250以上0.450以下が好ましく、0.300以上0.400以下がより好ましい。△nがこの範囲であれば繊維軸方向の分子配向は十分に高く、高い強度、弾性率が得られる。
本発明の繊維は広角X線回折において繊維軸に対し赤道線方向の2θ=18〜22°に観測されるピークの半値幅(Δ2θ)が1.8°以上であることが好ましく、2.0°以上であることがより好ましい。結晶性高分子では一般に結晶サイズの減少に伴いΔ2θも大きくなるが、液晶ポリエステルでは回折を与えるのがフェニレン環のスタッキングであることからスタッキングの乱れの寄与が大きいとΔ2θが大きくなると考えられる。液晶ポリエステルでは固相重合に伴いスタッキング構造が安定化し結晶化するためΔ2θが減少する。Δ2θが大きいことで結晶性は低下し繊維全体が柔軟化し、かつ破壊の起点となる結晶/非晶の構造差が減少することで耐摩耗性が向上する。Δ2θの上限は特に限定されないが、本発明で達しえる上限としては4.0°程度である。なお本発明で言うΔ2θとは実施例記載の手法により求められた値を指す。
本発明で得られる繊維には表面平滑性向上、耐摩耗性向上による工程通過性向上などのために油分が付着されていることが好ましいが、油分付着量は繊維重量に対し1.0重量%未満が好ましい。なお本発明で言う油分付着量とは実施例記載の手法により求められた値を指す。油分量を1.0重量%未満とすることでガイドなどに油分が堆積し工程通過性が悪化することを抑制する。
また付着させる油剤種は繊維に一般的に使用されるものであれば特に制限はないが、液晶ポリエステル繊維に対しては、固相重合での融着防止と表面平滑性向上の両方の効果を併せ持つポリシロキサン系化合物を少なくとも用いることが好ましく、中でも繊維への塗布が容易である常温で液体状のポリシロキサン系化合物(いわゆるシリコーンオイル)、特に水エマルジョン化に適し環境負荷の低いポリジメチルシロキサン系化合物を含むことが特に好ましい。付着した油分にポリシロキサン系化合物を含むことの判定は、本発明においては実施例記載の方法で行う。
本発明で得られる繊維は、金属素材との擦過に対する強さの指標となる耐摩耗性Mが10秒以上となることが好ましく、15秒以上がより好ましく、20秒以上がさらに好ましい。本発明で言う耐摩耗性Mとは実施例記載の手法により測定された値を指す。耐摩耗性Mが10秒以上であることで液晶ポリエステル繊維の高次加工工程、特に製織工程での筬との擦過によるフィブリル化が抑制でき、工程通過性が向上できる他、金属ガイド類へのフィブリルの堆積が減ずることから洗浄、交換周期を長くできる。
本発明の繊維は幅広いフィラメント数とすることができる。フィラメント数の上限は特にないが、メッシュ織物とした場合の開口率を均一にするためにはフィラメント数50以下が好ましく、10以下がより好ましい。特にフィラメント数が1であるモノフィラメントは開口率が極めて均一にできるため本発明の繊維は特に好適に用いることができる。
以下、本発明の液晶ポリエステル繊維の製造例を詳細に説明する。
本発明に用いる液晶ポリエステルの製造方法は公知の製造方法に準じて製造でき、例えばp−ヒドロキシ安息香酸、ヒドロキシナフトエ酸などのヒドロキシカルボン酸およびハイドロキノンなどの芳香族ジヒドロキシ化合物、ナフタレンジカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸に無水酢酸を反応させて、フェノール性水酸基をアシル化した後、脱酢酸重縮合反応によって液晶性ポリエステルを製造する方法が好適に用いられる。さらにハイドロキノン等の芳香族ジヒドロキシ化合物の合計使用量とナフタレンジカルボン酸等の芳香族ジカルボン酸の合計使用量は、実質的に等モルである。無水酢酸の使用量は、p−ヒドロキシ安息香酸、ヒドロキシナフトエ酸、ハイドロキノン等のフェノール性水酸基の合計の1.12当量以下であることが好ましく、1.10当量以下であることがより好ましく、下限については1.0当量以上であることが好ましい。
本発明で用いる液晶ポリエステルを脱酢酸重縮合反応により製造する際には、液晶ポリエステルが溶融する温度で減圧下反応させ、重縮合反応を完了させる溶融重合法が好ましい。例えば、所定量のヒドロキシカルボン酸および芳香族ジヒドロキシ化合物、芳香族ジカルボン酸、無水酢酸を攪拌翼、留出管を備え、下部に吐出口を備えた反応容器中に仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら加熱し水酸基をアセチル化させた後、液晶性樹脂の溶融温度まで昇温し、減圧により重縮合し、反応を完了させる方法が挙げられる。アセチル化させる条件は、通常130〜300℃の範囲、好ましくは135〜200℃の範囲で通常1〜6時間、好ましくは140〜180℃の範囲で2〜4時間反応させる。重縮合させる温度は、液晶ポリエステルの溶融温度、例えば、250〜350℃の範囲であり、好ましくは液晶ポリエステルポリマーの融点+10℃以上の温度である。重縮合させるときの減圧度は通常13.3〜2660Paであり、好ましくは1330Pa以下、より好ましくは665Pa以下である。なお、アセチル化と重縮合は同一の反応容器で連続して行っても良いが、アセチル化と重縮合を異なる反応容器で行っても良い。
得られたポリマーは、それが溶融する温度で反応容器内を例えば、およそ0.1±0.05MPaに加圧し、反応容器下部に設けられた吐出口よりストランド状に吐出することができる。溶融重合法は均一なポリマーを製造するために有利な方法であり、ガス発生量がより少ない優れたポリマーを得ることができ、好ましい。
本発明に用いる液晶ポリエステルを製造する際に、固相重合法により重縮合反応を完了させることも可能である。例えば、液晶ポリエステルポリマーまたはオリゴマーを粉砕機で粉砕し、窒素気流下または減圧下、液晶ポリエステルの融点(Tm)−5℃〜融点(Tm)−50℃(例えば、200〜300℃)の範囲で1〜50時間加熱し、所望の重合度まで重縮合し、反応を完了させる方法が挙げられる。
ただし紡糸においては、固相重合法により製造した液晶性樹脂をそのまま用いると、固相重合によって生じた高結晶化部分が未溶融で残り、紡糸パック圧の上昇や糸中の異物の原因となる可能性があるため、一度二軸押出機などで混練して(リペレタイズ)、高結晶化部分を完全に溶融することが好ましい。
上記液晶ポリエステルの重縮合反応は無触媒でも進行するが、酢酸第一錫、テトラブチルチタネート、酢酸カリウムおよび酢酸ナトリウム、三酸化アンチモン、金属マグネシウムなどの金属化合物を使用することもできる。
本発明に用いる液晶ポリエステルポリマーの融点は、溶融紡糸可能な温度範囲を広くするため好ましくは200〜380℃であり、より好ましくは250〜350℃であり、さらに好ましくは280〜330℃である。なお液晶ポリエステルポリマーの融点は実施例記載の方法で測定される値を指す。
本発明に用いる液晶ポリエステルポリマーの溶融粘度は、0.5〜200Pa・sが好ましく、特に1〜100Pa・sが好ましく、紡糸性の点から10〜50Pa・sがより好ましい。なお、この溶融粘度は、融点(Tm)+10℃の条件で、ずり速度1,000(1/s)の条件下で高化式フローテスターによって測定した値である。
本発明に用いる液晶ポリエステルのポリスチレン換算の重量平均分子量(以下、分子量と記載)は3.0万以上が好ましく、5.0万以上がより好ましい。分子量を3.0万以上とすることで紡糸温度において適切な粘度を持ち製糸性を高めることができ、分子量が高いほど得られる繊維の強度、伸度、弾性率は高まる。また分子量が高すぎると粘度が高くなり流動性が悪くなり、ついには流動しなくなるため分子量は25.0万未満が好ましい。
溶融紡糸において、液晶ポリエステルの溶融押出は公知の手法を用いることができるが、重合時に生成する秩序構造をなくすためにエクストルーダー型の押出機を用いることが好ましい。押し出されたポリマーは配管を経由しギアーポンプなど公知の計量装置により計量され、異物除去のフィルターを通過した後、口金へと導かれる。このときポリマー配管から口金までの温度(紡糸温度)は液晶ポリエステルの融点以上、500℃以下とすることが好ましく、液晶ポリエステルの融点+10℃以上、400℃以下とすることがより好ましく、液晶ポリエステルの融点+20℃以上、370℃以下とすることがさらに好ましい。なお、ポリマー配管から口金までの温度をそれぞれ独立して調整することも可能である。この場合、口金に近い部位の温度をその上流側の温度より高くすることで吐出が安定する。
本発明の液晶ポリエステル繊維を得るには、口金孔の孔径を小さくするとともに、ランド長(口金孔の孔径と同一の直管部の長さ)を長くすることが好ましい。ただし孔径が過度に小さいと孔の詰まりが発生しやすくなるため直径0.03mm以上0.30mm以下が好ましく、0.05mm以上0.25mm以下がより好ましく、0.08mm以上0.20mm以下がさらに好ましい。ランド長は過度に長いと圧力損失が高くなるため、ランド長を孔径で除した商で定義されるL/Dは0.5以上3.0以下が好ましく0.8以上2.5以下がより好ましく、1.0以上2.0以下がさらに好ましい。また均一性を維持するために1つの口金の孔数は50孔以下が好ましく、30孔以下がより好ましく、10孔以下がさらに好ましい。なお、口金孔の直上に位置する導入孔は直径が口金孔径の5倍以上のストレート孔とすることが圧力損失を高めない点で好ましい。導入孔と口金孔の接続部分はテーパーとすることが異常滞留を抑制する上で好ましいが、テーパー部分の長さはランド長の2倍以下とすることが圧力損失を高めず、流線を安定させる上で好ましい。
口金孔より吐出されたポリマーは保温、冷却領域を通過させ固化させた後、一定速度で回転するローラー(ゴデットローラー)により引き取られる。保温領域は過度に長いと製糸性が悪くなるため口金面から200mmまでとすることが好ましく、100mmまでとすることがより好ましい。保温領域は加熱手段を用いて雰囲気温度を高めることも可能であり、その温度範囲は100℃以上500℃以下が好ましく、200℃以上400℃以下がより好ましい。冷却は不活性ガス、空気、水蒸気等を用いることができるが、平行あるいは環状に噴き出す空気流を用いることが環境負荷を低くする点から好ましい。
引き取り速度は生産性、単糸繊度の低減のため300m/分以上が好ましく、500m/分以上がより好ましく、800m/分以上がさらに好ましい。上限は特に制限されないが曳糸性の点から2000m/分程度となる。
引き取り速度を吐出線速度で除した商で定義される紡糸ドラフトは1以上500以下とすることが好ましく、5以上200以下とすることがより好ましく、12以上100以下とすることがさらに好ましい。
溶融紡糸においてはポリマーの冷却固化から巻き取りまでの間に油剤を付与することが繊維の取り扱い性を向上させる上で好ましい。油剤は公知のものを使用できるが、高温での固相重合に耐え得るポリシロキサン系のシリコーンオイルなどを主体とした油剤を用いることがより好ましい。
巻き取りは公知の巻き取り機を用いパーン、チーズ、コーンなどの形態のパッケージとすることができるが、巻き取り時にパッケージ表面にローラーが接触しないパーン巻きとすることが繊維に摩擦力を与えずフィブリル化させない点で好ましい。
次に、溶融紡糸で得られた繊維は固相重合されることが好ましい。固相重合はパッケージ状、カセ状、トウ状(例えば、金属網等にのせて行う)、あるいはローラー間で連続的に糸条として処理することも可能であるが、設備が簡素化でき、生産性も向上できる点からパッケージ状で行うことが好ましい。
パッケージ状で固相重合を行う場合、単繊維繊度を細くした際に顕著となる融着を防止する技術が重要となる。融着防止のためには固相重合を行う際の繊維パッケージの巻密度が重要であり、本発明の繊維を得るためには巻き密度が0.01g/cc以上、0.30g/cc未満の繊維パッケージとしてボビン上に形成し、これを固相重合することが好ましい。ここで巻密度とは、パッケージ外寸法と心材となるボビンの寸法から求められるパッケージの占有体積Vf(cc)と繊維の重量Wf(g)からWf/Vfにより計算される値である。なお占有体積Vfはパッケージの外形寸法を実測するか、写真を撮影し写真上で外形寸法を測定し、パッケージが回転対称であることを仮定し計算することで求められる値であり、Wfは繊度と巻取長から計算される値、もしくは巻取前後での重量差により実測される値である。巻密度が小さいほどパッケージにおける繊維間の密着力が弱まり融着が抑制できるため、0.25g/cc以下が好ましく、巻密度は過度に小さいとパッケージが巻き崩れるため0.03g/cc以上とすることが好ましい。したがって好ましい範囲は、0.03g/cc以上、0.25g/cc以下である。また取扱いの可能な総繊度1dtex以上、融着による悪影響の大きい総繊度500dtex以下の繊維を用いることが好ましい。
このような巻密度が小さいパッケージは溶融紡糸における巻き取りで形成する場合には、設備生産性、生産効率化が向上するために望ましく、一方、溶融紡糸で巻き取ったパッケージを巻き返して形成する場合には、巻き張力を小さくすることができ、巻密度をより小さくできるため好ましい。巻き返しにおいては巻き張力を小さくするほど巻き密度は小さくできるので巻き張力は0.15cN/dtex以下が好ましい。巻き密度を低くするためにはパッケージ形状を整え巻き取り張力を安定化させるために通常用いられるコンタクトローラ等を用いず、繊維パッケージ表面を非接触の状態で巻き取ることや、溶融紡糸で巻き取られたパッケージから調速ローラーを介せず直接、速度制御された巻取機で巻き取ることも有効である。これらの場合、パッケージ形状を整えるためにはトラバースガイドと繊維の接点から繊維パッケージまでの距離(フリーレングス)を10mm以内とする方法が好ましく用いられる。さらに、巻き返し速度を500m/分以下、特に400m/分以下とすることも巻き密度を低くするために有効である。一方、巻き返し速度は生産性のためには高い方が有利であり、50m/分以上、特に100m/分以上とすることが好ましい。
また低張力巻き取りにおいても安定したパッケージを形成するため、ならびに端面部の融着を回避し安定したパッケージを形成するためには巻き形態は両端にテーパーがついたテーパーエンド巻取とすることが好ましい。この際、テーパー角は60°以下が好ましく、45°以下がより好ましい。またテーパー角が小さい場合、繊維パッケージを大きくすることができず長尺の繊維が必要な場合には1°以上が好ましく、5°以上がより好ましい。なお本発明で言うテーパー角とは以下の式で定義される。さらに巻き取りにおいてはトラバース幅を時間に対し周期的に揺動させることで、取り扱い、解舒性に優れるパッケージが得られる。
さらにパッケージ形成にはワインド数も重要である。ここで言うワインド数とはトラバースが半往復する間にスピンドルが回転する回数であり、トラバース半往復の時間(分)とスピンドル回転数(rpm)の積で定義され、ワインド数が高いことは綾角が小さいことを示す。ワインド数は小さい方が繊維間の接触面積が小さく融着回避には有利であるが、本発明で好適な巻取条件となる低張力、コンタクトロールなしなどの条件下においてはワインド数が高いほど端面での綾落ち、パッケージの膨らみが軽減でき、パッケージ形状が良好となる。これらの点からワインド数は2.0以上20.0以下が好ましく、5.0以上15.0以下がより好ましい。
該繊維パッケージを形成するために用いられるボビンは円筒形状のものであればいかなるものでも良く、繊維パッケージとして巻き取る際に巻取機に取り付けこれを回転させることで繊維を巻き取り、パッケージを形成する。固相重合に際しては繊維パッケージをボビンと一体で処理することもできるが、繊維パッケージからボビンのみを抜き取って処理することもできる。ボビンに巻いたまま処理する場合、該ボビンは固相重合温度に耐える必要があり、アルミや真鍮、鉄、ステンレスなどの金属製であることが好ましい。またこの場合、ボビンには多数の穴の空いていることが、重合反応副生物を速やかに除去でき固相重合を効率的に行えるため好ましい。また繊維パッケージからボビンを抜き取って処理する場合には、ボビン外層に外皮を装着しておくことが好ましい。また、いずれの場合にもボビンの外層にはクッション材を巻き付け、その上に液晶ポリエステル溶融紡糸繊維を巻き取っていくことが好ましい。クッション材の材質は、有機繊維または金属繊維からなるフェルトが好ましく、厚みは0.1mm以上、20mm以下が好ましい。前述の外皮を該クッション材で代用することもできる。
該繊維パッケージの繊維重量は巻き密度が本発明の範囲内となるものであればいかなる重量でも良いが、生産性を考慮すると0.01kg以上、10kg以下が好ましい範囲である。なお、糸長としては1万m以上200万m以下が好ましい範囲である。
固相重合時の融着を防ぐため、繊維表面に油分を付着させることは好ましい実施形態である。これら成分の付着は溶融紡糸から巻き取りまでの間に行っても良いが、付着効率を高めるためには巻き返しの際に行う、あるいは溶融紡糸で少量を付着させ、巻き返しの際にさらに追加することが好ましい。
油分付着方法はガイド給油でも良いが、総繊度の細い繊維に均一に付着させるためには金属製あるいはセラミック製のキスロール(オイリングロール)による付着が好ましい。油分の成分としては固相重合での高温熱処理で揮発させないため耐熱性が高い方が良く、塩やタルク、スメクタイトなどの無機物質、フッ素系化合物、シロキサン系化合物(ジメチルポリシロキサン、ジフェニルポリシロキサン、メチルフェニルポリシロキサンなど)およびこれらの混合物などが好ましい。中でもシロキサン系化合物は固重での融着防止効果に加え、易滑性にも効果を示すため特に好ましい。
これらの成分は固体付着、油分の直接塗布でも構わないが付着量を適正化しつつ均一塗布するためにはエマルジョン塗布が好ましく、安全性の点から水エマルジョンが特に好ましい。したがって成分としては水溶性あるいは水エマルジョンを形成しやすいことが望ましく、ジメチルポリシロキサンの水エマルジョンを主体とし、これに塩や水膨潤性のスメクタイトを添加した混合油剤が最も好ましい。
繊維への油分の付着量は融着抑制のためには多い方が好ましく、0.5重量%以上が好ましく、1.0重量%以上がより好ましい。一方、多すぎると繊維がべたつきハンドリングを悪化させる他、後工程で工程通過性を悪化させるため8.0重量%以下が好ましく、6.0重量%以下がより好ましく、4.0重量%以下が特に好ましい。なお繊維への油分付着量は実施例に記載した手法により求められる値を指す。
固相重合は窒素等の不活性ガス雰囲気中や、空気のような酸素含有の活性ガス雰囲気中または減圧下で行うことが可能であるが、設備の簡素化および繊維あるいは付着物の酸化防止のため窒素雰囲気下で行うことが好ましい。この際、固相重合の雰囲気は露点が−40℃以下の低湿気体が好ましい。
固相重合温度は、固相重合に供する液晶ポリエステル繊維の吸熱ピーク(融点)をTm1(℃)とした場合、最高到達温度がTm1−80℃以上であることが好ましい。このような融点近傍の高温とすることで固相重合が速やかに進行し、繊維の強度を向上させることができる。なお、ここで言うTm1は実施例記載の測定方法により求められた値を指す。また最高到達温度はTm1(℃)未満とすることが融着防止のために好ましい。また固相重合の進行と共に液晶ポリエステル繊維の融点は上昇するため、固相重合温度は、固相重合に供する液晶ポリエステル繊維の融点+100℃程度まで高めることができる。なお固相重合温度を時間に対し段階的にあるいは連続的に高めることは、融着を防ぐと共に固相重合の時間効率を高めることができ、より好ましい。
本発明に用いる液晶ポリエステルは縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位を含有しているためか融着が発生しやすい傾向にある。固相重合での融着は繊維の欠点となり、高次加工工程で欠点を起点としたフィブリル化を招き製品の品位を悪化させるため、融着を抑制することは重要である。このため本発明では固相重合での最高到達温度が重要であり、固相重合後の繊維のTm1(℃)−35℃以下とすることが固相重合速度を高めかつ融着を抑制できる点からより好ましく、Tm1−80(℃)以上Tm1(℃)−40℃以下がさらに好ましく、Tm1−70(℃)以上Tm1(℃)−50℃以下が特に好ましい。
固相重合時間は、繊維の強度、弾性率、融点を十分に高くするためには最高到達温度で5時間以上とすることが好ましく、10時間以上がより好ましい。上限は特に制限されないが強度、弾性率、融点増加の効果は経過時間と共に飽和するため100時間程度で十分であり、生産性を高めるためには短時間が好ましく、50時間程度で十分である。
固相重合後のパッケージは運搬効率を高めるために固相重合後のパッケージを再度巻き返して巻き密度を高めることが好ましい。このとき、繊維を固相重合パッケージから解舒する際には解舒による固相重合パッケージの崩れを防ぎ、さらに軽微な融着を剥がす際のフィブリル化を抑制するために固相重合パッケージを回転させながら、回転軸と垂直方向(繊維周回方向)に糸を解舒する、いわゆる横取りにより解舒することが好ましく、さらに固相重合パッケージの回転は自由回転ではなく積極駆動により回転させることがパッケージからの糸離れ張力を低減させフィブリル化をより抑制できる点で好ましい。
固相重合を行った繊維から油分を除去することは好ましい実施形態である。固相重合での融着抑制に対しては無機物質やフッ素系化合物、シロキサン系化合物などの油分付着量が多いほど効果が高いものの、固相重合以降の工程や製織工程では油分が多すぎるとガイド、筬への堆積による工程通過性の悪化、堆積物の製品への混入による欠点生成などを招くため油分付着量は必要最低限まで低下させた方が好ましい。このため固相重合前に付着させた油分を固相重合後に除去することで融着抑制、長手方向の均一性向上と工程通過性向上を両立できる。
油分除去方法は特に制限はなく、繊維を連続的に走行させながら布や紙で拭き取る方法などが挙げられるが、繊維に力学的な負荷を与えず除去効率を高められる点で油分が溶解あるいは分散できる液体に繊維を浸す方法が好ましい。この時、繊維を連続的に走行させつつ液体に浸しても良く、繊維をパッケージの状態で液体に浸しても良い。連続走行させながら除去する方法では繊維長手方向に均一な除去ができる他、設備を簡素化できる。パッケージの状態で除去する方法では単位時間当たりの処理量が増加するため生産性に優れる。
除去に用いる液体は、環境負荷を低減するために水とすることが好ましい。液体の温度は高い方が除去効率を高めることができ、40℃以上が好ましく、60℃以上がより好ましい。ただし温度が高すぎる場合には液体の蒸発が著しくなるため、液体の沸点−10℃以下が好ましく、沸点−20℃以下がより好ましい。さらに液体への界面活性剤の添加、液体の気泡あるいは超音波振動、液流の付与、液体中に浸されている繊維への振動の付与などは油分の液体への溶解あるいは分散速度を高める上で特に好ましい。
油分除去の程度は目的に応じ適宜調整されるが、高次加工工程や製織工程での繊維の工程通過性向上、耐摩耗性向上のため油分をある程度残すことは工程簡略化の上で好ましい。また油分をほとんど除去した後に、異なる種類の油分を付与することも好ましい実施形態である。
次に、Tm1におけるピーク半値幅を15℃以上とするためには固相重合した繊維に、該繊維の示差熱量測定において、50℃から20℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピーク温度(Tm1)+10℃以上の温度で熱処理を施すことが好ましい。なお、ここで言うTm1は実施例記載の測定方法により求められた値を指す。Tm1は繊維の融点であるが、液晶ポリエステル繊維に融点+10℃以上もの高温で熱処理を施すことで耐摩耗性は大きく向上し、単繊維繊度が小さい場合にその効果は顕著となる。
液晶ポリエステルのように剛直な分子鎖は緩和時間が長く、表層が緩和する時間のうちに内層も緩和し繊維が溶融してしまう。このため、液晶ポリエステル繊維に適した耐摩耗性向上技術を検討したところ、液晶ポリエステルの場合、分子鎖を緩和させるのではなく加熱により繊維全体の結晶化度、結晶の完全性を低下させることで耐摩耗性を向上できることを見出した。
さらに結晶性を低下させるためには繊維を融点以上に加熱する必要があるが、熱可塑性合成繊維においてはこのような高温では、特に単繊維繊度が小さい場合には強度、弾性率が低下し、さらには熱変形、溶融してしまう。液晶ポリエステルでもこのような挙動は見られるが、本発明者らは固相重合した液晶ポリエステル繊維では分子量増加により緩和時間は非常に長くなっているため分子運動性が低く、融点以上の高温で熱処理しても短時間であれば、分子鎖の配向を維持したまま結晶化度を低下させることができ、強度、弾性率の低下が小さいことを見出した。
これらのことから固相重合された液晶ポリエステル繊維に対し、熱処理条件を検討したところ、Tm1+10℃以上の熱処理を短時間行うことで液晶ポリエステル繊維の強度、弾性率、耐熱性を大きく損なうことなく耐摩耗性を向上できることを見出したのである。
熱処理温度は繊維の結晶の完全性を低下させるために固相重合した繊維のTm1+10℃以上とすることが好ましく、固相重合した繊維のTm1+50℃以上とすることがより好ましく、固相重合した繊維のTm1+80℃以上とすることがさらに好ましく、Tm1+100℃以上が特に好ましく、Tm1+150℃以上とすることが最も好ましい。処理温度の上限は繊維が溶断する温度であり、張力、速度、単繊維繊度、処理長で異なるがTm1+300℃程度である。
なお、従来でも液晶ポリエステル繊維の熱処理を行う例はあるが、液晶ポリエステルは融点以下の温度でも応力により熱変形(流動)するため融点以下で行うことが一般的である。熱処理という点では液晶ポリエステル繊維の固相重合があるが、この場合でも処理温度は繊維の融点以下としないと繊維が融着、溶断してしまう。固相重合の場合、処理に伴い繊維の融点が上昇するため、最終の固相重合温度は処理前の繊維の融点以上となることがあるが、その場合でも処理温度は処理されている繊維の融点、すなわち熱処理後の繊維の融点よりも低い。
本発明における熱処理は固相重合を行うことではなく、固相重合によって形成された緻密な結晶部分と非晶部分の構造差を減少させること、つまり結晶化度を低下させることで耐摩耗性を高めるものである。したがって熱処理温度は熱処理によりTm1が変化しても、変化後の繊維のTm1+10℃以上とすることが好ましく、この点から熱処理温度は処理後の繊維のTm1+10℃以上とすることが好ましく、Tm1+50℃以上がより好ましく、Tm1+80℃以上とすることがさらに好ましく、Tm1+100℃以上とすることが特に好ましく、Tm1+150℃以上が最も好ましい。
また、別の熱処理として液晶ポリエステル繊維の熱延伸があるが、熱延伸は高温で繊維を緊張させるものであり、繊維構造は分子鎖の配向が高くなり、強度、弾性率は増加し、結晶化度、結晶の完全性は維持したまま、すなわちΔHm1は高いまま、Tm1のピーク半値幅は小さいままである。したがって耐摩耗性に劣る繊維構造となり、結晶化度を低下(ΔHm1減少)、結晶の完全性を低下(ピーク半値幅増加)させて耐摩耗性を向上させることを目的とする本発明の熱処理とは異なる。なお本発明の熱処理では結晶化度が低下するため、強度、弾性率は増加しない。
熱処理は、繊維を連続的に走行させながら行うことが繊維間の融着を防ぎ、処理の均一性を高められるため好ましい。このときフィブリルの発生を防ぎ、かつ均一な処理を行うため、非接触熱処理を行うことが好ましい。加熱手段としては雰囲気の加熱、レーザーや赤外線を用いた輻射加熱などがあるがブロックまたはプレートヒーターを用いたスリットヒーターによる加熱は雰囲気加熱、輻射加熱の両方の効果を併せ持ち、処理の安定性が高まるため好ましい。
処理時間は結晶の完全性を低下させるためには長い方が好ましく、0.01秒以上が好ましく、0.05秒以上がより好ましく、0.1秒以上がさらに好ましい。また処理時間の上限は設備負荷を小さくするため、また処理時間が長いと分子鎖の配向が緩和し強度、弾性率が低下するため5.0秒以下が好ましく、3.0秒以下がより好ましく、2.0秒以下とすることがさらに好ましい。
連続処理する際の繊維の張力は過度に高いと熱による溶断が発生しやすく、また過度の張力がかかった状態で熱処理を行う場合、結晶化度の低下が小さく耐摩耗性の向上効果が低くなるため、できるだけ低張力にすることが好ましい。この点において熱延伸とは明らかに異なる。しかしながら、張力が低いと繊維の走行が不安定となり処理が不均一になることから、0.001cN/dtex以上1.0cN/dtex以下が好ましく、0.01cN/dtex以上0.5cN/dtex以下がより好ましく、0.1cN/dtex以上0.3cN/dtex以下がさらに好ましい。
また連続で熱処理する場合、張力はできるだけ低いほうが好ましいが、適宜ストレッチおよびリラックスを加えても良い。しかしながら、張力が低すぎると繊維の走行が不安定となり処理が不均一になることから、リラックス率は2%以下(延伸倍率0.98倍以上)が好ましい。また、張力が高いと熱による溶断が発生しやすく、また過度の張力がかかった状態で熱処理を行う場合、結晶化度の低下が小さく耐摩耗性の向上効果が低くなるため、ストレッチ率は熱処理温度にもよるが、10%(延伸倍率1.10倍)未満が好ましい。より好ましくは5%(延伸倍率1.05倍)未満、さらに好ましくは3%(1.03倍)未満である。
処理速度は高速であるほど生産性が高まる他、熱処理後に繊維が急速に冷却され、非晶状態を凍結できるため耐摩耗向上効果が高まることから10m/分以上が好ましく、より好ましくは50m/分以上、さらに好ましくは150m/分以上、特に好ましくは200m/分以上である。処理速度の上限は繊維の走行安定性から1000m/分程度である。
処理長は加熱方法にもよるが、ブロック、プレートヒーターを用いた非接触加熱の場合には繊維の温度を高い状態で保ち、均一な処理を行うためには長い方が好ましく、100mm以上が好ましく、200mm以上がより好ましく、500mm以上がさらに好ましい。しかし処理長が過度に長いとヒーター内部での糸揺れにより繊維の溶断し易くなるため3000mm以下が好ましく、2000mm以下がより好ましく、1000mm以下がさらに好ましい。
熱処理を施した後に工程油剤を追油することは望ましい実施形態である。熱処理においては前述したように油分が付き過ぎていることは好ましくないため、熱処理に供する繊維には必要量下限程度の油分を付着させ、熱処理の後に次工程以降の工程通過性、さらには織機での製織性を向上させるための油分を付着させることが生産性向上のため好ましい。
ここで熱処理による繊維構造変化について熱処理前後での繊維特性の違いから述べる。
この熱処理は、繊維の融点以上の高温で短時間の熱処理を施すものであり、結晶化度は低下するが配向は緩和しない。このことは熱処理によりΔHm1は減少、Tm1における半値幅は増加、Δ2θは増加するが、Δnはほとんど変化しないという構造変化に示されている。また処理時間が短いため分子量は変化しない。結晶化度の低下は力学特性の大幅な低下を引き起こすことが一般的であり、本発明の熱処理においても強度、弾性率は増加することはなく低下するものの、本発明の方法では高い分子量と配向を維持するために、高い強度、弾性率を維持し、かつ高い融点(Tm1)すなわち耐熱性を維持するのである。なお熱処理により横方向降伏荷重、圧縮弾性率は低下する。しかし本発明においては縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位を含有することで、熱処理により繊維軸垂直方向の耐圧縮性が多少低下しても高いレベルの耐圧縮性を保持するのである。
したがって、熱処理においては熱処理前の繊維の強度より処理後の繊維の強度が低下することが好ましい。強度が増加するような熱処理を行った場合、結晶化度が上昇するもしくは低下が小さい、または剛直な分子鎖が繊維軸方向へさらに配向し、繊維軸垂直方向に弱く、フィブリル化しやすい繊維構造となることより耐摩耗性は向上しないのである。
さらに本発明で得られる液晶ポリエステル繊維は、熱処理に供する前の繊維のΔHm1と熱処理により得られた繊維のΔHm1より計算された融解熱量低下率が60%以上であることが好ましく、80%以上がより好ましい。なおここで言う融解熱量低下率とは実施例記載の手法により測定された値を指す。
本発明の液晶ポリエステル繊維は高強度・高弾性率、高耐熱の特徴を有しながら、耐摩耗性が改善されたものであり、一般産業用資材、土木・建築資材、スポーツ用途、防護衣、ゴム補強資材、電気材料(特に、テンションメンバーとして)、音響材料、一般衣料等の分野で広く用いられる。有効な用途としては、スクリーン紗、フィルター、ロープ、ネット、魚網、コンピューターリボン、プリント基板用基布、抄紙用のカンバス、エアーバッグ、飛行船、ドーム用等の基布、ライダースーツ、釣糸、各種ライン(ヨット、パラグライダー、気球、凧糸)、ブラインドコード、網戸用支持コード、自動車や航空機内各種コード、電気製品やロボットの力伝達コード等が挙げられ、特に有効な用途として工業資材用織物等に用いるモノフィラメントが挙げられ、中でも高強度、高弾性率、細繊度化の要求が強く、製織性向上、織物品位向上のため耐摩耗性を必要とするフィルター、スクリーン紗用モノフィラメントに最も好適である。
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。なお、本発明の各種特性の評価は次の方法で行った。
(1)ポリスチレン換算の重量平均分子量(分子量)
溶媒としてペンタフルオロフェノール/クロロホルム=35/65(重量比)の混合溶媒を用い、液晶ポリエステルの濃度が0.04〜0.08重量/体積%となるように溶解させGPC測定用試料とした。なお、室温24時間の放置でも不溶物がある場合は、さらに24時間静置し、上澄み液を試料とした。これを、Waters社製GPC測定装置を用いて測定し、ポリスチレン換算により重量平均分子量(Mw)を求めた。
カラム:ShodexK−806M 2本、K−802 1本
検出器:示差屈折率検出器RI(2414型)
温度 :23±2℃
流速 :0.8mL/分
注入量:200μL
(2)液晶ポリエステル繊維のTm1、Tm1におけるピーク半値幅、ΔHm1、Tc、ΔHc、Tm2、ΔHm2、融解熱量低下率、液晶ポリエステルポリマーの融点
TA instruments社製DSC2920により示差熱量測定を行い、50℃から20℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピークの温度をTm1(℃)とし、Tm1におけるピーク半値幅(℃)、融解熱量(ΔHm1)(J/g)を測定した。
続いて、Tm1 の観測後、Tm1+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/分の降温条件で測定した際に観測される発熱ピークの温度をTc(℃)とし、Tcにおける結晶化熱量(ΔHc)(J/g)を測定した。続けて50℃まで冷却し、再度20℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピークをTm2とし、Tm2における融解熱量(ΔHm2)(J/g)を測定した。
また、最初の50℃からTm1+20℃までの20℃/分の昇温測定において発熱ピークの有無を観測し、ピークが見られる場合にはその発熱量を測定した。
融解熱量低下率は熱処理に供する前の繊維のΔHm1と熱処理により得られた繊維のΔHm1を用いて下式により算出した。
融解熱量低下率(%)=
((熱処理前後の繊維のΔHm1の差/熱処理前の繊維のΔHm1)×100)
なお、参考例に示した液晶ポリエステルポリマーについてもTm1の観測後、Tm1+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/分の降温条件で50℃まで一旦冷却し、再度20℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピークをTm2とし、Tm2をもってポリマーの融点とした。
(3)単繊維繊度および繊度変動率
検尺機にて繊維を10mカセ取りし、その重量(g)を1000倍し、1水準当たり10回の測定を行い、平均値を繊度(dtex)とした。これをフィラメント数で除した商を単繊維繊度(dtex)とした。繊度変動率は繊度の10回の平均値からの最大もしくは最小値の差の絶対値のうち、いずれか大きい方の値を用いて下式により算出した。
繊度変動率(%)=((|最大値もしくは最小値−平均値|/平均値)×100)
(4)強度、伸度、弾性率および強力変動率
JIS L1013:1999記載の方法に準じて、試料長100mm、引張速度50mm/分の条件で、オリエンテック社製テンシロンUCT−100を用い1水準当たり10回の測定を行い、平均値を強力(cN)、強度(cN/dtex)、伸度(%)、弾性率(cN/dtex)とした。強力変動率は強力の10回の平均値からの最大もしくは最小値の差の絶対値のうち、いずれか大きい方の値を用いて下式により算出した。
強力変動率(%)=((|最大値もしくは最小値−平均値|/平均値)×100)
(5)横方向降伏荷重、繊維軸垂直方向の圧縮弾性率(圧縮弾性率)
単繊維1本をセラミックス製等の剛性の高いステージに静置し、正方形の圧子を用い、圧子の対角線方向に繊維を置いた状態で、下記条件において繊維直径方向に圧子を用いて圧縮負荷を一定の試験速度で加え、荷重−変位曲線を得た後、横方向降伏荷重、繊維軸垂直方向の圧縮弾性率を算出した。
なお測定に当たっては、装置系の変形量の補正を行うため試料を置かない状態で荷重−変位曲線を得て、これを直線近似して荷重に対する装置の変形量を算出し、試料を置いて荷重−変位曲線を測定した際の各々のデータ点の変位から、その荷重に対する装置の変形量を減じて試料そのものの変位を求め、これを以下の算出に用いた。
横方向降伏荷重の算出は、荷重−変位曲線において降伏点を概略判定し、降伏点よりも低変位側で勾配が最大となる接線と、降伏点よりも高変位側で勾配が最大となる接線を求め、この2本の直線の交点の荷重を横方向降伏荷重として求めた(図1)。また荷重−変位曲線は試料1水準について3回測定し、横方向降伏荷重も3回算出し、これを平均したものを横方向降伏荷重とした。
圧縮弾性率の算出に当たっては、荷重−変位曲線で線形性が成立する2点での荷重と変位を用いて圧縮弾性率を算出した。その低荷重側の点は荷重をかけた初期では圧子がサンプル全面にあたっていない可能性があるため、荷重約30mNの点とした。ただしここで定めた低荷重点が非線形領域内の場合には、降伏点を通過するように荷重−変位曲線に沿って低荷重側に直線を引き、その直線と変位のずれが0.1μm以内となる最小荷重の点とした。また高荷重側は荷重約100mNの点とした。なお高荷重側の点が降伏点荷重を超える場合には、低荷重側の点を通過するように荷重−変位曲線に沿って高荷重側に直線を引き、その直線との変位のずれが0.1μm以内となる最大荷重の点を高荷重側の点とした。なお下式中のlは707μmとして計算を行い、単繊維半径は試験前に光学顕微鏡を用いて試料の直径を10回測定し、これを平均して求めた平均直径を1/2にした値を用いた。また荷重−変位曲線は試料1水準について3回測定し、圧縮弾性率も3回算出し、これを平均したものを圧縮弾性率とした。
装置 :島津製作所社製微小圧縮試験機
圧子 :ダイヤモンド製平面圧子(1辺500μmの正方形)
負荷速度 :41.5mN/s(負荷速度一定方式)
サンプリング速度 :0.05秒
測定雰囲気 :室温大気中(23±2℃、50±5%RH)
(6)広角X線回折でのピーク半値幅(Δ2θ)
繊維を4cmに切り出し、その20mgを秤量し試料とした。測定は繊維軸方向に対し赤道線方向に行い、その条件は下記とした。このとき2θ=18〜22°に観測されるピークの半値幅(Δ2θ)を測定した。
X線発生装置 :理学電気社製4036A2型
X線源 :CuKα線(Niフィルター使用)
出力 :40kV−20mA
ゴニオメーター:理学電気社製2155D型
スリット :2mmφ−1°−1°
検出器 :シンチレーションカウンター
計数記録装置 :理学電気社製RAD−C型
測定範囲 :2θ=5〜60°
ステップ :0.05°
積算時間 :2秒
(7)複屈折率(△n)
偏光顕微鏡(OLYMPUS社製BH−2)を用いコンペンセーター法により試料1水準当たり5回の測定を行い、平均値として求めた。
(8)金属素材に対する耐摩耗性M
2.45cN/dtex(2.5g重/dtex)の荷重をかけた繊維を垂直に垂らし、繊維に対して垂直になるように直径3.8mmの硬質クロム梨地加工金属棒ガイド(湯浅糸道工業(株)製棒ガイド)を接触角2.7°で押し付け、ストローク長30mm、ストローク速度600回/分でガイドを繊維軸方向に擦過させ、実体顕微鏡観察を行い、棒ガイド上もしくは繊維表面上に白粉またはフィブリルの発生が確認されるまでの時間を測定し、7回の測定のうち最大値および最小値を除いた5回の平均値を求め耐摩耗性Mとした。なお耐摩耗性Mの評価はマルチフィラメントでも同様の試験法で行った。
(9)油分付着量、ポリシロキサン系化合物付着の判定
100mg以上の繊維を採取し、60℃にて10分間乾燥させた後の重量を測定し(W0)、繊維重量に対し100倍以上の水にドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムを繊維重量に対し2.0重量%添加した溶液に繊維を浸漬させ、室温にて20分超音波洗浄し、洗浄後の繊維を水洗し、60℃にて10分間乾燥させた後の重量を測定し(W1)、次式により油分付着量を算出した。
(油分付着量(重量%))=(W0−W1)×100/W1
またポリシロキサン系化合物付着の判定は超音波洗浄後の溶液を採取し、これをIR測定し、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムのスルホン酸基に由来する1150〜1250cm−1のピーク強度に対しポリシロキサンに由来する1050〜1150cm−1のピーク強度が0.1倍以上あればポリシロキサンが繊維に付着していると判断した。
(10)走行張力、走行応力
東レ・エンジニアリング社製テンションメーター(MODEL TTM−101)を用いて測定した。また、極低張力用には上記テンションメーターを改造したフルスケール5g、精度0.01g測定可能な張力計を用いた。計測した走行張力は単位を換算し、処理後繊維の繊度で除してcN/dtexの単位として走行応力とした。
(11)走行安定性
熱処理装置入口、出口での繊維の走行状態を目視で判定し、糸揺れが小さい場合を○、糸揺れが大きい場合を△、糸切れおよび繊維の溶断が発生した場合を×とした。
(12)製織性、織物特性評価
レピア織機にて経糸に13dtexのポリエステルモノフィラメントを用い、緯糸を液晶ポリエステル繊維として織密度を経、緯とも200本/インチ(2.54cm)、打ち込み速度を150回/分として緯打ち込み試織を行った。給糸口(セラミックガイド)へのフィブリル、スカムの堆積から工程通過性を評価し、糸切れによる停台回数から製織性を評価し、織物開口部へのフィブリル、スカムの混入個数から織物品位を評価した。それぞれの判断基準を下記する。
<工程通過性>
製織後も目視にてフィブリル、スカムの堆積が認められない;優良(◎)
製織後にフィブリル、スカムは認められるが繊維走行には支障なし;良好(○)
製織後にフィブリル、スカムが認められ、繊維走行張力が増加する;不合格(△)
製織中にフィブリル、スカムが認められ、試織を停止した;不良(×)
<製織性>
停台0〜1回;優良(◎)、停台2〜4回;合格(○)、停台5回以上;不合格(×)
<織物品位>
0〜1個;優良(◎)、2〜4個;良好(○)、5個以上;不良(×)
参考例1
攪拌翼、留出管を備えた5Lの反応容器に縮合多環芳香族炭化水素を含むモノマーとして6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸559重量部、縮合多環芳香族炭化水素を含まないモノマーとしてp−ヒドロキシ安息香酸1109重量部、及び無水酢酸1213重量部(フェノール性水酸基合計の1.08モル当量)を攪拌翼、留出管を備えた反応容器に仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら室温から145℃まで30分で昇温した後、145℃で2時間反応させた。その後、315℃まで4時間で昇温した。
重合温度を315℃に保持し、1.5時間で133Paに減圧し、更に20分間反応を続け、トルクが15kgcmに到達したところで重縮合を完了させた。次に反応容器内を0.1MPaに加圧し、直径10mmの円形吐出口を1ケ持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。
参考例2
攪拌翼、留出管を備えた5Lの反応容器に縮合多環芳香族炭化水素を含むモノマーとして6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸41重量部、2,6−ナフタレンジカルボン酸285重量部、縮合多環芳香族炭化水素を含まないモノマーとしてp−ヒドロキシ安息香酸1124重量部、ハイドロキノン145重量部、及び無水酢酸1213重量部(フェノール性水酸基合計の1.08モル当量)を攪拌翼、留出管を備えた反応容器に仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら室温から145℃まで30分で昇温した後、145℃で2時間反応させた。その後、335℃まで4時間で昇温した。
重合温度を335℃に保持し、1.5時間で133Paに減圧し、更に20分間反応を続け、トルクが15kgcmに到達したところで重縮合を完了させた。次に反応容器内を0.1MPaに加圧し、直径10mmの円形吐出口を1ケ持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。
参考例3
攪拌翼、留出管を備えた5Lの反応容器に縮合多環芳香族炭化水素を含まないモノマーとしてp−ヒドロキシ安息香酸820重量部、4,4’−ジヒドロキシビフェニル328重量部、ハイドロキノン85重量部、テレフタル酸274重量部、イソフタル酸146重量部および無水酢酸1213重量部(フェノール性水酸基合計の1.08当量)を仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら室温から145℃まで30分で昇温した後、145℃で2時間反応させた。その後、330℃まで4時間で昇温した。
重合温度を330℃に保持し、1.5時間で133Paに減圧し、更に20分間反応を続け、トルクが15kgcmに到達したところで重縮合を完了させた。次に反応容器内を0.1MPaに加圧し、直径10mmの円形吐出口を1ケ持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。
参考例1〜3で得られた液晶性ポリエステルの特性を表1に示す。いずれの樹脂もホットステージにて窒素雰囲気下で昇温加熱し、試料の透過光を偏光下で観察したところ光学的異方性(液晶性)が確認された。なお、溶融粘度は高化式フローテスターを用い、温度を融点+10℃、剪断速度を1000/sとして測定した。
実施例1
参考例1の液晶ポリエステルを用い、160℃、12時間の真空乾燥を行った後、大阪精機工作株式会社製φ15mm単軸エクストルーダーにて溶融押し出しし、ギアーポンプで計量しつつ紡糸パックにポリマーを供給した。このときのエクストルーダー出から紡糸パックまでの紡糸温度は325℃とした。紡糸パックでは金属不織布フィルター(渡辺義一製作所社製WLF−10)を用いてポリマーを濾過し、孔径0.13mm、ランド長0.26mmの孔を5個有する口金より吐出量3.0g/分(単孔あたり0.6g/分)でポリマーを吐出した。
吐出したポリマーは40mmの保温領域を通過させた後、環状冷却風により糸条の外側から冷却し固化させ、その後、ポリジメチルシロキサンを主成分とする油剤を付与し5フィラメントともに1000m/分の第1ゴデットロールに引き取った。これを同じ速度である第2ゴデットロールを介した後、5フィラメント中の4本はサクションガンにて吸引し、残り1本を、ダンサーアームを介しパーンワインダー(巻取パッケージに接触するコンタクトロール無し)を用いてパーンの形状に巻き取った。約120分の巻取時間中、糸切れは発生せず製糸性は良好であった。紡糸条件、紡糸繊維物性を表2に示す。なお油分付着量は1.0重量%であった。
この紡糸繊維パッケージから繊維を縦方向(繊維周回方向に対し垂直方向)に解舒し、調速ローラーを介さず、速度を一定とした巻取機(神津製作所社製ET−68S調速巻取機)にて巻き返しを行った。このときポリジメチルシロキサン(東レ・ダウコーニング社製SH200)が5.0重量%の水エマルジョンを油剤とし、巻取機前で梨地仕上げのステンレスロールを用い給油を行った。なお、巻き返しの心材にはステンレス製の穴あきボビンにケブラーフェルト(目付280g/m2、厚み1.5mm)を巻いたものを用い、パッケージ形態はワインド数9.0、テーパー角30°のテーパーエンド巻きとし、テーパー幅調整機構の改造によりトラバース幅を常に揺動させるようにした。固相重合(以下、固重と記載する。表中の記載も同様である)前の巻き返し条件を表3に示す。
これを、密閉型オーブンを用い、室温から200℃までは約30分で昇温し、200℃にて5時間保持した後、5℃/時間で230℃まで昇温し、次に230℃にて6時間保持した後、5℃/時間で260℃まで昇温し、さらに260℃で20時間保持する条件にて固重を行った。なお雰囲気は除湿窒素を流量25NL/分にて供給し、庫内が加圧にならないよう排気口より排気させた。
得られた固重パッケージをインバーターモーターにより回転できる送り出し装置に取り付け、繊維を横方向(繊維周回方向)に送り出しつつ、撹拌翼により撹拌された50℃の温水中に1000mmの長さで繊維を走行させ、その後繊維をエアーブローし水切りを行った後、巻取機(神津製作所社製ET型調速巻取機)にて巻き取った。解舒洗浄での糸切れは発生せず工程安定性は良好であった。得られた液晶ポリエステル繊維の物性を表3に示す。なお、この液晶ポリエステル繊維の△nは0.37であり高い配向を有していた。
この繊維を縦方向(繊維周回方向に対し垂直方向)に解舒しつつ、スリット幅6.0mmのスリットヒーターに通過させ、非接触熱処理を行った後、連続してポリエーテル化合物を主体とする平滑剤とラウリルアルコールを主体とする乳化剤の水エマルジョン(エマルジョン濃度4重量%)を仕上げ油剤とし、巻取機前で梨地仕上げのステンレスロールを用い給油を行い、巻取機(神津製作所社製ET型調速巻取機)にて巻き取った。このときの処理条件を表4に示す。糸揺れは小さく、走行安定性は良好であった。得られた液晶ポリエステル繊維の物性を表4に示す。なお、この液晶ポリエステル繊維の△nは0.37であり熱処理前と変わらず高い配向を有していた。
この液晶ポリエステル繊維を用いて試織評価を行った。評価結果も表4に合わせて示すが、工程通過性は優良、停台回数は1回と製織性は優良であり、フィブリル個数も1個と織物品位も優良であった。
このように縮合多環芳香族炭化水素を含む参考例1の液晶ポリエステルを用い、溶融紡糸した後、固相重合することで分子量を高め、さらに高温熱処理を施してTm1でのピーク半値幅を15℃以上とすることで、高い横方向降伏荷重と優れた耐摩耗性を有する液晶ポリエステル繊維が得られることが分かる。
比較例1
実施例1で得られた紡糸繊維を用い、固重を行わず、実施例1と同様の条件で高温非接触熱処理を行おうとしたが繊維が溶断した。さらに処理温度を低下させ287℃としたが、この場合でも溶断し熱処理はできなかった。このため紡糸原糸を用いて、そのまま試織評価を試みたが開始直後に走行糸がフィブリル化したため製織はできなかった(表4)。
このことからTm1でのピーク半値幅を15℃以上である紡糸原糸を用いても、固相重合、高温非接触熱処理を行わない場合は分子量が低いため耐摩耗性に劣り、製織できないと言える。
比較例2
実施例1で得られた固重後の繊維(解舒洗浄後)を用いて試織評価を行ったが、開始直後に走行糸がフィブリル化したため製織はできなかった(表4)。
このことから高温非接触熱処理を行わない場合はTm1でのピーク半値幅が15℃未満であり耐摩耗性に劣るため製織できないと言える。
比較例3
参考例3の液晶ポリエステルを用い、紡糸温度を変更すること以外は実施例1と同様の条件で溶融紡糸を行った。約120分の巻取時間中、糸切れは発生せず製糸性は良好であった。紡糸条件、紡糸繊維物性を表2に示す。なお油分付着量は1.0重量%であった。
これを実施例1と同様の方法にて固重前巻き返しを行い、温度条件を室温から240℃までは約30分で昇温し、240℃にて3時間保持した後、4℃/時間で295℃まで昇温し、295℃にて15時間保持すること以外は実施例1と同様の方法で固重を行った。得られた固重パッケージは水温を25℃(室温)、撹拌翼を用いないこと以外は実施例1と同様の方法として解舒洗浄を行った。解舒洗浄での糸切れは発生せず工程安定性は良好であった。得られた液晶ポリエステル繊維の物性を表3に示す。なお、この液晶ポリエステル繊維の△nは0.35であり高い配向を有していた。
これを、処理温度480℃とすること以外は実施例1と同様の方法で熱処理を行った。糸揺れは小さく走行安定性は良好であった。得られた液晶ポリエステル繊維の物性を表4に示す。液晶ポリエステルの組成の影響により、横方向降伏荷重が低く、圧縮弾性率も低いことが分かる。なお、この液晶ポリエステル繊維の△nは0.35であり熱処理前と変わらず高い配向を有していた。
この液晶ポリエステル繊維を用いて試織評価を行った。評価結果も表4に合わせて示すが、製織後にスカムが見られるものの工程通過性は良好、停台回数は2回と製織性も合格であり、フィブリル個数は0個と織物品位も優良であった。
このように縮合多環芳香族炭化水素を含まない参考例3の液晶ポリエステルでは、溶融紡糸した後、固相重合、さらに高温熱処理を施しTm1でのピーク半値幅を15℃以上とすることで高い耐摩耗性は得られるが、横方向降伏荷重が低く、圧縮弾性率も低く、繊維軸垂直方向の圧縮特性に劣る。
実施例2
実施例1と同様の条件で溶融紡糸、固重前巻き返しを行い、温度条件を比較例3と同様に室温から240℃までは約30分で昇温し、240℃にて3時間保持した後、4℃/時間で295℃まで昇温し、295℃にて15時間保持すること以外は実施例1と同様の方法で固重を行った。得られた固重パッケージを用い、比較例3と同様の方法で解舒洗浄を行ったところ、解舒洗浄で糸切れが1度発生した。得られた液晶ポリエステル繊維の物性を表3に示す。
これを処理温度、処理速度を表4記載の条件とすること以外は実施例1と同様に熱処理を行った。張力変動に起因する糸揺れがあり走行安定性はやや難があった。得られた液晶ポリエステル繊維の物性を表4に示す。この液晶ポリエステル繊維を用いて試織評価を行った。評価結果も表4に合わせて示すが、製織後にフィブリルが見られるものの工程通過性は良好、停台回数は3回と製織性も合格であり、フィブリル個数は3個と織物品位も良好であった。
このように固相重合条件が実施例1と異なる実施例2では、解舒時に欠陥が発生するためか張力変動が発生し、高温非接触熱処理後でも欠陥の影響か耐摩耗性にやや劣り、製織性等もやや悪化することが分かる。
実施例3、4
紡糸条件を表2記載の条件にすること以外は、実施例1と同様の方法で溶融紡糸を行った。約120分の巻取時間中、実施例3では糸切れが1度発生したが製糸性は概ね良好であった。紡糸条件、紡糸繊維物性を表2に示す。
得られた紡糸繊維を用い、実施例1と同様の方法で固重前巻き返し、固重、固重後解舒洗浄を行った。実施例3では解舒洗浄で1度糸切れが発生した。工程条件、繊維物性を表3に示す。
得られた固重繊維を用い、処理条件を表4記載の条件とすること以外は実施例1と同様の方法で熱処理を行った。実施例3では糸揺れがやや大きかったものの、実施例4では糸揺れは小さく走行安定性は良好であった。工程条件、得られた繊維の物性を表4に示す。この液晶ポリエステル繊維を用いて試織評価を行った。評価結果も表4に合わせて示すが、実施例3、4とも工程通過性は優良、製織性は優良であり、織物品位も優良であった。
このように単繊維繊度、工程条件が異なる場合でも、縮合多環芳香族炭化水素を含む参考例1の液晶ポリエステルを用い、溶融紡糸した後、固相重合することで分子量を高め、さらに高温熱処理を施してTm1でのピーク半値幅を15℃以上とすることで、高い横方向降伏荷重と優れた耐摩耗性を有する液晶ポリエステル繊維が得られることが分かる。
実施例5
紡糸条件を表2記載の条件にすること以外は、実施例1と同様の方法で溶融紡糸を行った。なお巻取においては10本の単糸をまとめてマルチフィラメントとして巻き取った。約120分の巻取時間中、糸切れは発生せず製糸性は良好であった。紡糸条件、紡糸繊維物性を表2に示す。
得られた紡糸繊維を用い、実施例1と同様の方法で固重前巻き返し、固重、固重後解舒洗浄を行った。解舒洗浄での糸切れは発生せず工程安定性は良好であった。工程条件、繊維物性を表3に示す。
得られた固重繊維を用い、処理条件を表4記載の条件とすること以外は実施例1と同様の方法で熱処理を行った。糸揺れは小さく走行安定性は良好であった。工程条件、得られた繊維の物性を表4に示す。この液晶ポリエステル繊維を用いて試織評価を行った。評価結果も表4に合わせて示すが、製織後にスカムが見られるものの工程通過性は良好、停台回数は2回と製織性も合格であり、フィブリル個数は単糸切れが2個あったものの織物品位も良好であった。
このようにマルチフィラメントであっても、縮合多環芳香族炭化水素を含む参考例1の液晶ポリエステルを用い、溶融紡糸した後、固相重合することで分子量を高め、さらに高温熱処理を施してTm1でのピーク半値幅を15℃以上とすることで、高い横方向降伏荷重と優れた耐摩耗性を有する液晶ポリエステル繊維が得られることが分かる。
実施例6
実施例1と同様の方法で得た固重繊維(解舒洗浄後)を用い、処理条件を表4記載の条件とすること以外は実施例1と同様の方法で熱処理を行った。糸揺れは大きく、走行安定性には難があった。工程条件、得られた繊維の物性を表4に示す。この液晶ポリエステル繊維を用いて試織評価を行った。評価結果も表4に合わせて示すが、製織後にフィブリルが見られるものの工程通過性は良好、停台回数は2回と製織性も合格であり、フィブリル個数は2個と織物品位も良好であった。
このように熱処理温度が低い場合には耐摩耗性にやや劣るが、分子量が高く、Tm1でのピーク半値幅が15℃以上であれば、高い横方向降伏荷重と優れた耐摩耗性を有する液晶ポリエステル繊維が得られることが分かる。
実施例7
参考例2の液晶ポリエステルを用い、比較例3と同様の条件で溶融紡糸を行った。約120分の巻取時間中、糸切れは発生せず製糸性は良好であった。紡糸条件、紡糸繊維物性を表2に示す。なお油分付着量は1.0重量%であった。
得られた紡糸繊維を用い、実施例1と同様の方法にて固重前巻き返しを行った。次に温度条件を比較例3と同様に室温から240℃までは約30分で昇温し、240℃にて3時間保持した後、4℃/時間で295℃まで昇温し、295℃にて15時間保持すること以外は実施例1と同様の方法で固重を行った。次に実施例1と同様の方法で解舒洗浄を行った。解舒洗浄での糸切れは発生せず工程安定性は良好であった。工程条件、繊維物性を表3に示す。なお、この液晶ポリエステル繊維の△nは0.36であり高い配向を有していた。
得られた固重繊維を用い、処理条件を表4記載の条件とすること以外は実施例1と同様の方法で熱処理を行った。糸揺れは小さく走行安定性は良好であった。工程条件、得られた繊維の物性を表4に示す。なお、この液晶ポリエステル繊維の△nは0.36であり熱処理前と変わらず高い配向を有していた。この液晶ポリエステル繊維を用いて試織評価を行った。評価結果も表4に合わせて示すが、工程通過性は優良、停台回数は1回と製織性は優良であり、フィブリル個数も1個と織物品位も優良であった。
このように縮合多環芳香族炭化水素を含む構造単位を5モル%以上含有すれば、組成は異なっていても、高い横方向降伏荷重と優れた耐摩耗性を有する液晶ポリエステル繊維が得られることが分かる。
比較例4
実施例7で得られた固重後の繊維(解舒洗浄後)を用いて試織評価を行ったが、開始直後に走行糸がフィブリル化したため製織はできなかった(表4)。
このことから高温非接触熱処理を行わない場合はTm1でのピーク半値幅が15℃未満であり耐摩耗性に劣るため製織できないと言える。
実施例8
実施例7と同様の方法で得た固重繊維(解舒洗浄後)を用い、処理条件を表4記載の条件とすること以外は実施例1と同様の方法で熱処理を行った。糸揺れは小さく、走行安定性は良好であった。工程条件、得られた繊維の物性を表4に示す。この液晶ポリエステル繊維を用いて試織評価を行った。評価結果も表4に合わせて示すが、製織後にフィブリルが見られるものの工程通過性は良好、停台回数は3回と製織性も合格であり、フィブリル個数は2個と織物品位も良好であった。
このように参考例3の液晶ポリエステル樹脂を用いても熱処理温度が低い場合には耐摩耗性にやや劣るが、分子量が高くTm1でのピーク半値幅が15℃以上であれば、高い横方向降伏荷重と優れた耐摩耗性を有する液晶ポリエステル繊維が得られることが分かる。