工作機械の主軸に要求される主要な特性として、高速回転{通常、dmn値(=転動体のピッチ円径mm×回転数rpm)で100万以上}が可能であることと、非繰り返し振れ(NRRO)が小さいことが挙げられ、この特性は主に主軸を支持する軸受の軸支持機能によって決まる。しかしながら、特許文献1、2に記載された円筒ころ軸受は、次の理由により、工作機械の主軸に要求される非繰り返し振れ(NRRO)を満足することが難しい。
すなわち、特許文献1、2に記載された円筒ころ軸受の保持器14において、柱部14bの円周方向側面14b1は、上述のように、ころPCDよりも内径側領域がその軸方向全長さに亘ってストレート面14b12に形成されており、回転時の遠心力の作用で柱部14bが外径側に弾性変形したときに、円周方向側面14b1の内径側領域14b12が円筒ころ13の転動面と半径方向の接触圧を生じないようになっている。しかしながら、この構成は、柱部14bの円周方向側面14b1と円筒ころ13の転動面との異常接触を防止する点では効果的であるものの、その反面、柱部14bの円周方向側面14b1の内径側領域を上記のストレート面14b12に形成したことにより、柱部14bの外径側への弾性変形を助長する結果ともなっている。すなわち、柱部14bの円周方向側面14b1の内径側領域を上記のストレート面14b12に形成したことにより、通常のポケット形態(柱部の円周方向側面の全領域を円筒ころの転動面に沿う円弧面に形成したポケット形態)に比較して、柱部14bの外径側への弾性変形を規制する部位がなくなり、また、柱部14bの内径側領域の円周方向肉厚が小さくなって柱部14bの剛性が低下する結果、柱部14bの外径側への弾性変形が助長されている。
図13は、特許文献1、2に記載された円筒ころ軸受の保持器14の柱部14bが高速回転時の遠心力の作用で外径側に弾性変形した状態(実線)と、変形前の状態(点線)とを模式的にしている。同図に示すように、特許文献1、2に記載された円筒ころ軸受の保持器14では、柱部14bが外径側に弾性変形すると、柱部14bの円周方向側面14b1と円筒ころ13の転動面との間のポケット隙間gが初期隙間(変形前の隙間)よりも増大する。しかも、上述のように、柱部14bの外径側への弾性変形が助長される結果、ポケット隙間gの増大も助長される。そして、このポケット隙間gの増大により、円筒ころの等配機能が低下し、円筒ころの公転中心が振れて、内輪が不安定に振れる非繰り返し振れが発生する。特に、ころ案内形式の保持器では、保持器の半径方向の自由度が増大することにより、ポケット隙間gが増大する箇所と縮小する箇所とができ、しかもこれらの箇所の発生位置が一定しないために、非繰り返し振れの程度が大きくなる。この非繰り返し振れ(NRRO)は、回転数の上昇に比例して増大し、工作機械の主軸に取付けられた工具による加工精度を悪化させる等の原因となる。
図14は、特許文献1、2に記載された円筒ころ軸受における円筒ころ13に対する保持器14の環状部14a及び柱部14bの相対的寸法関係を示す代表的な要部縦断面図(特許文献1の図1)であって、この図14に代表されるように、保持器14の環状部14aの軸方向長さ(厚み)Taは、円筒ころ13の軸方向長さTdの約25%程度に設定されている。すなわち、特許文献1、2の他の各図からも把握できるように、既に公知となっている従来の合成樹脂製保持器においては、上記の寸法関係が約25%程度に設定されているのが通例であった。このような設定がなされる理由は、内輪11及び外輪12の軸方向長さTeと、円筒ころ13の軸方向長さTdとの関係は、円筒ころ軸受の機能を考慮すれば大略一義的に決まるものであり、これと保持器14の樹脂材料の特性とに基づいて設計をすれば、保持器14の環状部14aの軸方向長さTaは、自ずと、円筒ころ13の軸方向長さTdの約25%程度にせざるを得なくなること等によるものである。
しかしながら、このような従来設計による円筒ころ軸受は、低中回転数領域ではその機能を十分に発揮できるものの、高回転数領域では保持器14の柱部14bの弾性変形に起因して軸受温度が不当に上昇するおそれがある。また、特許文献1、2に開示のように、保持器14の柱部14bに既述のストレート面14b12を形成する手法を採用したとしても、上記の従来設計をしていたのでは、例えば13000rpm又はその付近の回転数を超える高回転数領域(或いはdmn値が165万又はその付近を超える領域)において不当に軸受温度が上昇する場合がある。このような現象が生じる原因も、保持器14の柱部14bが遠心力の作用によって外径側に大きく弾性変形することが根本にあると言える。
そして、このように保持器14の柱部14bに円筒ころ13との接触防止対策を講じた場合であっても、柱部14bの弾性変形に起因して極めて高い回転数領域で軸受温度が不当に上昇するという現象が生じ得るのは、保持器14の環状部14aの軸方向長さTaに大きく由来しているということを、本発明者等は知見するに至った。したがって、保持器14の環状部14aの軸方向長さTaと、円筒ころ13の軸方向長さTdとの寸法関係を、従来のように設定していたのでは、極めて大きな遠心力の作用による柱部14bの弾性変形を的確に低減させる上で、大きな妨げとなることが危惧される。
本発明の課題は、所謂くし形の合成樹脂製保持器を備えた円筒ころ軸受において、高速回転時における柱部の弾性変形、及びこれに起因する柱部の先端と円筒ころの転動面との異常接触を防止して、保持器の異常摩耗の防止と軸受温度上昇の抑制を図ると同時に、非繰り返し振れ(NRRO)を低減することである。
上記技術的課題を解決するためになされた本発明は、内輪と、外輪と、内輪と外輪との間に転動自在に配された複数の円筒ころと、合成樹脂製の保持器とを備え、該保持器は、環状部と、該環状部の内側面から軸方向の一方に延びた複数の柱部と、円周方向に隣接する前記柱部の円周方向側面間に形成され、前記円筒ころを回転自在に保持する複数のポケットとを備えている円筒ころ軸受において、前記保持器の環状部の軸方向長さを、前記円筒ころの軸方向長さの30〜40%に設定し、且つ、前記保持器の柱部の軸方向長さを、前記円筒ころの軸方向長さの65〜75%に設定したことを特徴とするものである。
このような構成によれば、合成樹脂製の保持器の柱部を片持ち支持している環状部の軸方向長さが、円筒ころの軸方向長さの30〜40%に設定されていることから、すなわち従来の寸法比率である約25%程度よりも的確に大きく設定されていることから、環状部の剛性が柱部と比較して相対的に高められる。したがって、柱部は相対的に剛性の高い環状部に支持されて、その支持剛性が高められていることになるため、柱部が回転時の遠心力により外径側に弾性変形しようとしても、柱部の基端部(柱部の根元部)に不当に大きな弾性変形が生じることを阻止でき、ひいては柱部全体の弾性変形を抑制することが可能となる。この場合、環状部の軸方向長さが、円筒ころの軸方向長さの30%未満であると、環状部の剛性ひいては環状部による柱部の支持剛性が不足がちとなり、特に高回転数領域での柱部の外径側への弾性変形量が大きくなるため、柱部の先端側内周部と円筒ころの転動面との異常接触が生じ、例えば13000rpm又はその付近の回転数を超えた段階(或いはdmn値が165万又はその付近の値を超えた段階)で、保持器の異常摩耗や軸受温度の急上昇が生じる原因になると共に、非繰り返し振れ(NRRO)が生じる原因にもなる。これに対して、環状部の軸方向長さが、円筒ころの軸方向長さの40%を超えていると、円筒ころを外輪及び内輪に対して軸方向に不当に長い距離に亘って位置変更させる必要性が生じることから、外輪及び内輪の軸方向長さが不足するなどして、構造上の根本的な問題が生じる。加えて、上記両者の寸法関係が同様に40%を超えていると、円筒ころの軸方向長さが相対的に短尺になり、負荷容量が減少する。したがって、上記両者の寸法関係が30〜40%の数値範囲内にあれば、これらの不具合は生じないことになる。
更に、本発明では、前記保持器の柱部の軸方向長さは、前記円筒ころの軸方向長さの65〜75%に設定されている。
すなわち、柱部の軸方向長さが、円筒ころの軸方向長さの65%未満であると、回転時特に高速回転時に円筒ころを柱部が適切に保持できなくなり、円筒ころの姿勢に不当な狂いが生じるため、柱部の弾性変形を抑制することができても、本来的な円筒ころの保持機能が阻害される。これに対して、柱部の軸方向長さが、円筒ころの軸方向長さの75%を超えていると、環状部の軸方向長さを既述のように相対的に長尺にしてその剛性及び柱部の支持剛性を高めても、高速回転時の弾性変形を充分に抑制できない程度まで柱部の軸方向長さが長尺になってしまうおそれがある。したがって、両者の寸法関係を上記の65〜75%に設定しておけば、これらの不具合が生じなくなるばかりでなく、既述のように環状部の軸方向長さを円筒ころの軸方向長さの30〜40%に設定するという技術的思想が、より重要な意義及び効果をもたらすことになる。
以上の構成において、前記内輪及び/又は外輪における円筒ころが転動する軌道面の軸方向外側に面取り部が形成されると共に、円筒ころの転動面全域が、前記軌道面と面取り部との境界位置よりも軸方向内側に配設されていることが好ましい。
すなわち、保持器の環状部の軸方向長さを上記のように長尺にすれば、これに対応する寸法だけ円筒ころを軸方向外側に位置させる必要があるが、その場合に、内輪及び/又は外輪における軌道面の軸方向外側に面取り部が形成されていると、円筒ころの転動面が、軌道面と面取り部との境界位置を跨いだ状態でその境界位置に接するという事態を招くおそれがある。この場合、円筒ころの転動面が、軌道面と面取り部との境界位置を跨いだ状態で、その円筒ころが転動した場合には、該円筒ころの転動面に境界位置から局部的な応力(エッジ応力)が作用し、この種の円筒ころ軸受の本来的な機能が阻害される。しかしながら、本発明のように円筒ころの転動面全域が、軌道面と面取り部との境界位置よりも軸方向内側に配設されていれば、このような不具合は生じなくなる。
このような構成において、前記面取り部は、前記軌道面により構成される円筒面に対して10〜30°の傾斜角度をもって形成されていることが好ましい。
すなわち、面取り部(テーパ面部)の傾斜角度が10%未満であると、NN形の円筒ころ軸受では、軸受側面の入口径(リードインチャンファー径と称される)が小さくなることから、組み込みの際に、円筒ころの端面と外輪の幅面との干渉が生じ易くなり、スムーズな組み込みが困難となる(NNU形の円筒ころ軸受も同様)。これに対して、面取り部の傾斜角度が30%を超えた場合であっても、円筒ころ軸受の組立時に、面取り部の傾斜が大きいことに起因して、円筒ころをスムーズに組み込むことが困難となる。したがって、面取り部の傾斜角度を、10〜30°の範囲内としておけば、このような不具合は生じなくなる。
以上の構成において、前記保持器の柱部の円周方向側面は、その基端側内周部に、前記円筒ころの転動面に沿う円弧面として形成され、前記柱部が回転時の遠心力によって外径側に弾性変形したときに、前記円筒ころの転動面を案内するころ案内部を有すると共に、その先端側内周部に、前記ころ案内部よりも前記柱部の円周方向中心側に退避し、前記柱部が回転時の遠心力によって外径側に弾性変形したときに、前記円筒ころの転動面と半径方向の接触圧を生じない逃げ部を有することが好ましい。
このようにすれば、柱部が回転時の遠心力により外径側に弾性変形した場合、柱部の円周方向側面の基端側内周部に円筒ころの転動面に沿う円弧面として形成されたころ案内部が、円筒ころの転動面との間のポケット隙間が減少する方向(外径側)に変位して、円筒ころの転動面を案内する。そのため、円筒ころの良好な等配機能が確保され、高速回転時における非繰り返し振れ(NRRO)が問題のない程度まで低減される。なお、柱部の弾性変形量は基端側が先端側よりも小さくなるため、基端側内周部のころ案内部で円筒ころを案内する構成としても、両者の異常接触は発生しない。一方、柱部の円周方向側面の先端側内周部には、ころ案内部よりも柱部の円周方向中心側に退避した逃げ部が設けられているので、円周方向側面の先端側内周部は円筒ころの転動面と非接触になるか、或いは、接触する場合でも半径方向の接触圧を生じない程度の軽い接触となる。そのため、高速回転時における円周方向側面の先端側内周部と円筒ころの転動面との異常接触が回避され、先端側内周部の異常摩耗が防止されると共に、軸受温度上昇が抑制される。
さらに、円周方向側面の基端側内周部に上記のようなころ案内部を設けることにより、柱部の基端側内周部の円周方向肉厚が増大して、柱部の剛性が向上する。そのため、回転時の遠心力や円筒ころからの荷重による柱部の外径方向及び円周方向への弾性変形量が小さくなる。これにより、円筒ころの良好な等配機能が維持される。
上記構成において、逃げ部の軸方向長さは円筒ころの軸方向長さの10%〜35%であることが好ましい。また、逃げ部の半径方向の開始位置とポケットのポケット中心とを結ぶ線が、ポケットのポケット中心におけるポケットPCDの接線に対して、内径側に20度以下の角度をなすように、逃げ部の半径方向の開始位置を設定することが好ましい。これらの基準に基づいて逃げ部を形成することにより、工作機械主軸で要求される高速回転域において、上記の効果を発揮することができる。
また、逃げ部の円周方向側面は柱部の円周方向中心線と平行なストレート面とすることが好ましい。逃げ部の円周方向側面をポケット中心を通る半径線と平行なストレート面とする場合に比べて、同様の効果を得つつ、柱部の先端側内周部の円周方向肉厚を厚くして、柱部の剛性を高めることができる。
あるいは、逃げ部の円周方向側面を柱部の円周方向中心線に近づく方向に傾斜した傾斜面としても良い。これにより、高速回転時における柱部の円周方向側面の先端側内周部と円筒ころの転動面との異常接触をより確実に回避することできると共に、逃げ部の潤滑剤溜りとしての機能を高めることができる。
そして、本発明は、円筒ころが複数列で配列されている複列円筒ころ軸受に特に好適である。この場合、円筒ころの各列をそれぞれ上記の保持器によって個別的に保持する構成とするのが好ましい。より好ましくは、円筒ころの各列を保持する上記の保持器の環状部同士を軸受中央側で相互に付き合わせた状態で配置する。
以上のように本発明に係る円筒ころ軸受によれば、所謂くし形の合成樹脂製保持器を備えた円筒ころ軸受において、前記保持器の環状部の軸方向長さを、円筒ころの軸方向長さの30〜40%に設定したから、柱部は相対的に剛性の高い環状部に支持されて、その支持剛性が高められることになるため、柱部が回転時の遠心力により外径側に弾性変形しようとしても、柱部の基端部に不当に大きな弾性変形が生じることを阻止でき、ひいては柱部全体の弾性変形を抑制することが可能となる。これにより、回転時における柱部の先端と円筒ころの転動面との異常接触を防止して、保持器の異常摩耗の防止と軸受温度上昇の抑制を図ることが可能となると同時に、非繰り返し振れ(NRRO)を低減することも可能となる。
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
図1は、第1の実施形態に係る複列円筒ころ軸受を示している。この複列円筒ころ軸受は、工作機械の主軸装置において、高速で回転駆動される主軸をハウジングに対して回転自在に支持するもので、複列の軌道面1aを有する内輪1と、複列の軌道面2aを有する外輪2と、内輪1の軌道面1a及び外輪2の軌道面2aの相互間に転動自在に配された複列の円筒ころ3と、各列の円筒ころ3をそれぞれ保持する一対の合成樹脂製の保持器4とで構成される。この場合、内輪1の軸方向中央部には中鍔1bが設けられ、両端部には外鍔1cが設けられている。
外輪2の軌道面2aの軸方向両外側にはそれぞれ面取り部2bが形成されると共に、内輪1の軌道面1aの軸方向両外側にもそれぞれ相対的に小さな面取り部1dが形成されている。この場合、外輪2の面取り部2bの傾斜角度α、すなわち外輪2の軌道面2aにより構成される円筒面に対する面取り部2bの傾斜角度αは、10〜30°とされている。そして、円筒ころ3の転動面全域は、外輪2の軌道面2aと面取り部2bとの境界位置Xよりも軸方向内側に配置されている。また、内輪1は主軸の外周に嵌合され、外輪2はハウジングの内周に嵌合されている。そして、この複列円筒ころ軸受は、例えば、エアオイルやグリース等の微量の潤滑剤で潤滑され、ラジアル内部隙間が負、すなわちラジアル方向の予圧を付与した状態で運転されることが多い。なお、内輪1の内径面はテーパ形状であっても良く、したがってこの内輪1は、テーパ形状に形成した主軸の外周面、あるいは、主軸の外周に嵌合したテーパ状スリーブの外周面に嵌合されるものであっても良い。
図2及び図3に拡大して示すように、保持器4は、例えば、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)、ポリアミド樹脂(PA:PA66、PA46)、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)等の自己潤滑性を有する合成樹脂(必要に応じてカーボンファイバ(CF)、グラスファイバ(GF)等の充填材を所要量配合する。)を射出成形して形成され、環状部4aと、環状部4aの内側面4a1から軸方向の一方に一体に連続して延びた複数の柱部4bと、円周方向に隣接する柱部4bの円周方向側面4b1間に形成され、円筒ころ3を回転自在に保持する複数のポケット4cとを備えている。複数の柱部4bは円周等配位置に配列されている。各ポケット4cは円周方向に隣接する柱部4bの円周方向側面4b1と環状部4aの内側面4a1とで三方から囲まれ、軸方向の一方に向かって開口している。
この場合、図1及び図3(a)に示すように、保持器4における環状部4aの軸方向長さ(厚み)Taは、円筒ころ3の軸方向長さTdの30%〜40%、この第1実施形態では30%に設定されている。また、保持器4における柱部4bの軸方向長さTbは、円筒ころ3の軸方向長さTdの65〜75%、この第1実施形態では70%に設定されている。
一方、図3(a)、(b)に示すように、保持器4における柱部4bの円周方向両側面4b1は、ポケット4cのポケット中心Oを通るポケットPCD(同図に示す例では、ポケットPCDは円筒ころ3の中心を通るころPCDと等しい。)から内径側及び外径側に亘って形成された円弧面(円筒面)4b11と、先端側内周部に設けられた逃げ部4b12とを備えている。
詳述すると、柱部4bの円弧面4b11は、例えば、ポケット中心Oを中心とし、円筒ころ3の半径(D/2)の1.005〜1.1倍の半径の円弧で描かれており、その外径端は、ポケット中心Oを通る半径線r1と平行なストレート面4b13と連続している。円周方向に相対向するストレート面4b13間の離間距離W1は円筒ころ3の直径Dよりも小さく、これにより、ポケット4cに対する円筒ころ3の外径側への抜けが規制される。円弧面4b11の内径端は、基端側においては柱部4bの内径端まで延び、先端側においては内周部の逃げ部4b12に連続している。円周方向に相対向する円弧面4b11の基端側内周部4b14間の最小離間距離W2は円筒ころ3の直径Dよりも小さい。この基端側内周部4b14は、柱部4bが回転時の遠心力によって外径側に弾性変形したときに、円筒ころ3の転動面を案内するころ案内部となる。
先端側内周部の逃げ部4b12は、柱部4bの先端から軸線方向に沿って基端部に至る途中部分まで形成され、基端側内周部4b14よりも柱部4bの円周方向中心線r2の側に退避するように肉取りされている。逃げ部4b12の軸方向長さL1は円筒ころ3の軸方向長さTdの10%〜35%であり、逃げ部4b12の半径方向の開始位置はポケット中心OにおけるポケットPCDの接線m1を基準として内径側にθ≦20°となるように設定される。角度θは、逃げ部4b12の半径方向の開始位置とポケット中心Oとを結ぶ線m2が接線m1となす角度である。また、逃げ部4b12の円周方向側面は、柱部4bの円周方向中心線r2と平行なストレート面に形成されている。このような態様で形成された逃げ部4b12は、低速回転時においては円筒ころ3の転動面との間に潤滑剤溜りとなる空間部を形成し、柱部4bが高速回転時の遠心力の作用で円周方向中心線r2に沿って外径側に弾性変形したときにおいても、円筒ころ3の転動面とは接触しなくなる。尚、円周方向に相対向する逃げ部4b12の円周方向側面間の最小離間距離は円筒ころ3の直径Dよりも若干小さいが、逃げ部4b12は円周方向中心線r2に沿って外径側に変位するため、円筒ころ3の転動面とは接触しない。このように、逃げ部4b12の円周方向側面を円周方向中心線r2と平行なストレート面に形成することにより、半径線r1と平行なストレート面に形成する場合に比べ、柱部4bの先端側内周部の円周方向肉厚を厚くして、柱部4bの剛性を高めることができる。
図1に示すように、この第1実施形態において、保持器4は転動体案内形式のものであり、軸受回転時、保持器4は柱部4bの円周方向側面4b1を円筒ころ3の転動面に接触案内されながら回転する。そして、軸受の回転が所定の高速回転域に達し、柱部4bが高速回転時の遠心力により外径側に弾性変形すると、柱部4bの円周方向側面4b1の基端側内周部(ころ案内部)4b14が円筒ころ3の転動面との間のポケット隙間が減少する方向(円周方向中心線r2に沿って外径側)に変位して、円筒ころ3の転動面を案内する。この場合、円筒ころ3の軸方向長さTdに対する環状部4aの軸方向長さTaの寸法比率は30%とされ、従来の寸法比率(約25%程度)よりも大きく設定されているので、環状部4aの円筒ころ3に対する相対的な厚みが厚くなっている。したがって、図4に示す柱部4bの先端の外径側への弾性変形量δが低減される。詳述すると、上記の寸法比率が30%であると、環状部4aの剛性ひいては環状部4aの柱部4bに対する支持剛性が高められることになるため、柱部4bが高速回転時の遠心力によって外径側に弾性変形した場合であっても、柱部4bの先端の弾性変形量δは僅かなものとなる。これにより、円筒ころ3の転動面との接触が適度に回避されると共に、円筒ころ3の良好な等配機能が確保され、高速回転時における非繰り返し振れ(NRRO)が問題のない程度まで低減される。
また、柱部4bの軸方向長さTbは、円筒ころ3の軸方向長さTdの70%という適切な長さに設定されていることから、柱部4bの軸方向長さTbが不当に短いことにより円筒ころ3を正規の姿勢で保持する機能が阻害されるという不具合が回避されると共に、柱部4bの軸方向長さTbが不当に長いことにより柱部4bの弾性変形量δを低減させることが困難になるという不具合も回避される。これにより、既述のように円筒ころ3の軸方向長さTdに対する環状部4aの軸方向長さTaの寸法比率を30%としたことによる利点が、より一層確実に得られることになる。
しかも、柱部4bの円周方向側面4b1の先端側内周部は逃げ部4b12が設けられていることから、円筒ころ3の転動面との接触がより確実に回避される。そのため、高速回転時における円周方向側面4b1の先端側内周部の異常摩耗が防止されると共に、軸受温度上昇が抑制される。
さらに、円周方向側面4b1の基端側内周部(ころ案内部)4b14を円筒ころ3の転動面に沿う円弧面とすることにより、柱部4bの基端側内周部4b14の円周方向肉厚が増大して、柱部4bの剛性が向上する。そのため、高速回転時の遠心力や円筒ころ3からの荷重による柱部4bの外径方向及び円周方向への弾性変形量が小さくなり、これにより、円筒ころ3の良好な等配機能が維持される。
また、円筒ころ3の転動面全域が、外輪2の軌道面2aと面取り部2bとの境界位置Xよりも軸方向内側に配設されていることから、円筒ころ3の転動面が、境界位置Xを跨いだ状態で接することにより局部的な応力(エッジ応力)が作用するという事態が生じなくなり、円筒ころ軸受の本来的な機能阻害が生じる余地はなくなる。この場合、軌道面2aと面取り部2bとの境界位置Xは、取り付け誤差や主軸の熱膨張による内外輪1、2の軸方向相対移動量を考慮して設定する必要がある。
さらに、面取り部2bは、軌道面2aにより構成される円筒面Aに対して10〜30°の傾斜角度をもって形成されていることから、円筒ころ軸受の組立時に、円筒ころ3をスムーズに組み込むことが可能となる。
図5に示す本発明の第2実施形態に係る保持器4は、円筒ころ3の軸方向長さTdに対する環状部4aの軸方向長さTaの寸法比率を35%としたものである。その他の構成要素及び作用効果は、第1実施形態に準じるので、両者に共通の構成要素について図5に同一符号を付し、重複する説明を省略する。
図6に示す本発明の第3実施形態に係る保持器4は、円筒ころ3の軸方向長さTdに対する環状部4aの軸方向長さTaの寸法比率を40%としたものである。その他の構成要素及び作用効果は、第1実施形態に準じるので、両者に共通の構成要素について図6に同一符号を付し、重複する説明を省略する。
図11に示す保持器4は、円筒ころ3の軸方向長さTdに対する環状部4aの軸方向長さTaの寸法比率を45%としたものであって、本発明の趣旨を逸脱するものである。すなわち、この保持器4は、環状部4aの厚みが過度に厚くなっていることから、円筒ころ3の転動面が、外輪2の軌道面2aと面取り部2bとの境界位置Xを跨いで接している。このような構成であると、円筒ころ3の転動面に境界位置Xから局部的な応力(エッジ応力)が作用し、円筒ころ軸受の機能面において根本的な問題が生じる。
図7に示す本発明の第4実施形態に係る保持器4は、柱部4bの逃げ部4b12を、その外径端が柱部4bの先端から基端部に向かって内径側に傾斜するように形成したものである。その他の構成要素及び作用効果は、第1実施形態または第2実施形態もしくは第3実施形態に準じるので、これらとの共通の構成要素について図7に同一符号を付し、重複する説明を省略する。
図8に示す本発明の第5実施形態に係る保持器4は、柱部4bの逃げ部4b12を、その円周方向側面が柱部4bの円周方向中心線r2に近づく方向に傾斜した傾斜面となるように形成したものである。この第5実施形態は、第4実施形態と組み合わせても良い。その他の構成要素及び作用効果は、第1実施形態または第2実施形態もしくは第3実施形態に準じるので、これらとの共通の構成要素について図8に同一符号を付し、重複する説明を省略する。
尚、以上の第1〜第5実施形態において、保持器の案内形式は、転動体案内に限らず、外輪案内や内輪案内でも良い。すなわち、本発明は保持器の案内形式の如何を問わない。また、図1、図5及び図6には、NN形の複列円筒ころ軸受を例示しているが、本発明はNNU形、その他の軸受形式の複列円筒ころ軸受にも同様に適用可能である。さらに、本発明は複列円筒ころ軸受に限らず、単列円筒ころ軸受や多列円筒ころ軸受にも同様に適用可能である。また、以上の第1〜第5実施形態は、環状部4aから軸方向の一方に一体に連続して延びた複数の柱部4bの全てに逃げ部4b12が形成されてなる保持器4に本発明を適用したものであるが、この複数の柱部4bの一つおき或いは二つおき等に逃げ部4b12が形成されている保持器4についても、同様にして本発明を適用することが可能である。
図1に示す円筒ころ3の軸方向長さTdに対する環状部4aの軸方向長さTaの寸法比率を30%とした複列円筒ころ軸受(実施例1)と、図5に示す上記の寸法比率を35%とした複列円筒ころ軸受(実施例2)と、上記の寸法比率を25%とした従来の複列円筒ころ軸受(比較例1)とを作製し、エアオイル潤滑下で運転して外輪の温度上昇を比較した。その試験結果を図9に示す。
試験条件は下記のとおりである。
軸受品番:NN3020K
保持器の材質:樹脂
組み込み後のラジアル内部隙間:−5μm
円筒ころ:ころ径φ11mm、ころ長さ11mm、ころPCDφ126mm
潤滑条件:エア量30NL/min、潤滑量0.02ml/20min、潤滑油粘度VG32、ハウジング冷却有り
図9に示すように、軸受回転数が6000rpm(dmn=76万)以下の回転数領域では、実施例1、2と、比較例1とでは、外輪温度上昇に大きな差異は見られなかったが、軸受回転数が7000rpm(dmn=88万)付近から11000rpm(dmn=138万)付近までの回転数領域では、実施例1、2と、比較例1とでは、外輪温度上昇に僅かな差異が現れ、特に軸受回転数が13000rpm(dmn=165万)を超えると、実施例1、2と、比較例1とでは、外輪温度上昇に顕著な差が現れた。すなわち、実施例1,2は、軸受回転数が13000rpm(dmn=165万)を超えても、それよりも低い回転数領域での勾配と略同一の勾配で外輪温度が上昇するのに対して、比較例1は、軸受回転数が13000rpm(dmn=165万)を超えた時点で、外輪温度が急激に上昇した。この結果から、比較例1は、高回転数領域において、適切な使用が困難になる場合があるとの結論を得た。なお、実施例1と実施例2とを比較すると、実施例2は、軸受回転数が15000rpm(dmn=189万)を超えても、それよりも低い回転数領域での勾配と略同一の勾配で外輪温度が上昇するのに対して、実施例1は、軸受回転数が15000rpm(dmn=189万)を超えた時点で、外輪温度が急激に上昇した。したがって、実施例2は、実施例1よりも更なる高回転領域での良好な使用が可能である。
更に、図1に示す円筒ころ3の軸方向長さTdに対する環状部4aの軸方向長さTaの寸法比率を30%とした複列円筒ころ軸受(実施例1)と、図5に示す上記の寸法比率を35%とした複列円筒ころ軸受(実施例2)と、上記の寸法比率を25%とした従来の複列円筒ころ軸受(比較例1)と、上記の寸法比率を15%とした複列円筒ころ軸受(比較例2)と、図11に示す上記の寸法比率を45%とした複列円筒ころ軸受(比較例3)について、FEM解析を行い、円筒ころ径と、図4に示す柱部4bの第1潤滑剤溜り部4b12における基端側端部位置の点Pの外径方向変形量δとの比をそれぞれ求め、これらを比較した。その比較結果を図10に示す。
図10に示すように、実施例1,2では、例えば、軸受回転数が14000rpm(dmn=170万)の回転数領域であれば、上記の比が3%以内に収まっているのに対して、比較例1では、軸受回転数が14000rpm(dmn=170万)の回転数領域であると、上記の比が4%を超えてしまい、更に比較例2では、上記の比が7%を超えてしまっている。すなわち、実施例1、2では、軸受回転数が14000rpm(dmn=170万)の回転数領域であっても、保持器の柱部先端の弾性変形量が、使用上問題とならない程度であるのに対して、比較例1,2では、軸受回転数が14000rpm(dmn=170万)の回転数領域であると、保持器の柱部先端の弾性変形量が、使用の困難を余儀なくされる程度となってしまう。なお、比較例3は、保持器の柱部先端の弾性変形量に関しては問題がないが、既に述べたように構造上の問題を招き、使用が困難である。また、図10に示す軸受回転数が10000rpm(dmn=125万)から20000rpm(dmn=250万)までの回転数領域における5種類の特性曲線の勾配は、円筒ころの軸方向長さに対する環状部の軸方向長さの比率が30%以上では緩やかとなっているが、30%未満では急勾配となっている。この事を勘案すれば、上記の比率が30%未満であると、環状部の軸方向長さの設定が、敏感に限界回転数に影響を与えることになるため、上記の比率は30%以上に設定することが好都合である。