以下、本発明のさらに具体的な実施の形態のうちの一つを図面に基づいて詳細に説明する。
図1には、本発明の一実施形態に従う応力解析方法を含むスプリングバック解析方法を実施するのに好適なスプリングバック解析装置(以下、単に「解析装置」という。)が示されている。
この解析装置は、入力装置10とコンピュータ12と出力装置14と外部記憶装置16とを備えている。入力装置10はマウス,キーボード等を含むように構成される。コンピュータ12はCPU等、プロセッサ20と、ROM,RAM,ハードディスク等、メモリ22と、それらプロセッサ20とメモリ22とを互いに接続するバス24とを含むように構成される。出力装置14はディスプレイ,プリンタ,プロッタ等として構成される。
外部記憶装置16は、CD−ROM30,書き込み可能なMO(光磁気ディスク)32等、記録媒体が装填可能となっていて、装填状態においては、記録媒体に対するデータの読み取りおよび書き込みが必要に応じて行われる。
本実施形態においては、スプリングバックの解析に必要なプログラムがCD−ROM30に記憶され、また、その解析に必要なデータがMO32に記憶されている。スプリングバックの解析に必要なプログラムには、材料特性値取得プログラムと、成形シミュレーション・プログラムと、材料特性値決定プログラムと、バックストレス計算プログラムと、スプリングバック解析プログラムとがある。
スプリングバックの解析時には、それらCD−ROM30およびMO32から必要なプログラムおよびデータが読み出されてコンピュータ12のRAMまたはハードディスクに転送され、その後、プロセッサ20によりそのプログラムが実行される。
図2には、このスプリングバック解析方法が工程図で表されている。
概略的に説明すれば、このスプリングバック解析方法は、板材としての厚板鋼板をプレス成形した後にその板材に生じるスプリングバックを解析するために実施される。そのプレス成形は、塑性ひずみが0.15,0.20というように、比較的高い塑性ひずみが生じる部分が存在するように行われる。
なお付言すれば、以下、「応力」という用語は、特に断りがない限り、垂直応力とせん断応力との双方を意味し、同様に、「ひずみ」という用語も、垂直ひずみとせん断ひずみとの双方を意味する。
図3には、プレス成形機100が例示されている。このプレス成形機100は、ワークWとしての厚板をしわ押さえを利用せずにU字状に曲げ加工することが可能なものである。このプレス成形機100においては、上ラム102と下ラム104とがすきまを隔てて互いに対向させられ、それら上ラム102と下ラム104との間において、ポンチ110とダイス112とパッド114とがワークWを挟むように配置される。
ポンチ110は、ダイス112に接近する向きの力を上ラム102から受けて、予め設定された速度でワークWに押し付けられる。ダイス112はステージ120に固定されている。パッド114は、油圧シリンダ122を介して下ラム104に支持されていて、ポンチ110に接近する向きの力を油圧シリンダ122から受けるようにされている。ダイス112はダイセット124によってステージ120に取り付けられる。
このスプリングバック解析方法においては、プレス成形されるべき材料と材質が実質的に同じ試験片を用いることにより、その材料の応力−ひずみ関係の実験値が複数の離散値として取得され、その取得された複数の実験値に基づき、その材料のスプリングバックを解析するのに必要な材料特性値が取得される。この材料特性値は、材料のバウシンガ効果が精度よく表現されるようにその材料の応力−ひずみ関係を定義するのに必要な情報であるということもできる。
また、このスプリングバック解析方法においては、プレス成形直後に材料に残存する応力−ひずみ関係を解析するために、有限要素法を用いることにより、材料のプレス成形による変形をシミュレートする成形シミュレーションが前記成形シミュレーション・プログラムの実行によって行われる。
このスプリングバック解析方法においては、その成形シミュレーション・プログラムの実行終了後、前記スプリングバック解析プログラムの実行により、材料のスプリングバックが解析される。この解析においては、有限要素法が用いられるとともに、
(1)前記材料特性値取得プログラムの実行により取得された材料特性値と、
(2)前記成形シミュレーション・プログラムの実行により計算された残留応力および残留ひずみ、板材の各要素ごとの中立面位置、ならびに板材の各要素ごとの板厚と、
(3)前記バックストレス計算プログラムの実行により計算されたバックストレスと
が用いられる。
さらに具体的に説明すれば、本実施形態においては、図2に示すように、まず、ステップS1において、作業者により、プレス成形されるべき材料と材質が実質的に同じ試験片が準備され、その後、図示しない試験機を用いることにより、その試験片に対して一軸応力状態において引張−圧縮試験が行われる。
この試験は具体的には、試験片を引張方向に負荷して塑性変形させた後に除荷し、さらに、逆方向すなわち圧縮方向に負荷して塑性変形させるというものであり、その間にその試験片の応力−ひずみ関係の実験値が複数の離散値として取得される。
それら複数の実験値は、試験片の除荷開始時における塑性ひずみである予ひずみを変化させるごとに取得される。図4には、除荷および圧縮時における応力−ひずみ関係を表すグラフが5つの予ひずみについてそれぞれ示されている。
次に、図2におけるステップS2において、コンピュータ12により、前記材料特性値取得プログラムが実行され、それにより、上記取得された複数の実験値に基づいて材料特性値が各予ひずみごとに決定される。材料特性値取得プログラムの内容については、後に詳述する。
その後、ステップS3において、作業者により、前記成形シミュレーションを実行するのに必要なデータ、すなわち、数値解析用データが作成される。数値解析用データは、プレス成形すべき板材を仮想的に複数のシェル要素に分割するためのデータと、プレス成形時に板材に付与される荷重(板材にポンチ110およびパッド114から負荷される荷重を含む。)に関する条件と、複数のシェル要素に関する境界条件とを含んでいる。
本実施形態においては、各シェル要素を定義する複数の節点が、各シェル要素を幾何学的に特定するのに不可欠ではない節点は含まないようにされている。このようなシェル要素の一例は、四辺形を成し、それの4つの頂点を4つの節点とする四辺形要素である。各シェル要素を上記のように定義することにより、板材に設定される節点の数の増加が回避され、ひいては、節点数の増加に伴う計算時間の増加も回避される。
続いて、ステップS4において、コンピュータ12により、上記成形シミュレーション・プログラムが実行され、それにより、プレス成形直後に板材に残存する応力−ひずみ関係が解析される。さらに、プレス成形直後における材料の形状も解析される。
この成形シミュレーション・プログラムは、概略的に説明すれば、材料の応力−ひずみ関係を近似する材料硬化モデルとして等方硬化モデルを使用する形式である。この成形シミュレーション・プログラムは、板材の各シェル要素の番号jに関連付けて、プレス成形直後に各シェル要素に存在する塑性ひずみである初期ひずみを残留ひずみとしてメモリ22に格納する。この成形シミュレーション・プログラムの詳細については、後述する。
この成形シミュレーション・プログラムは、LSTC社により製造され、「LS−DYNA3D」という名称で日本総合研究所により販売されたプログラム、およびESI社により製造され、「PAM−STAMP」という名称で販売されたプログラムを用いるとともに、それらに新たなステップが追加されて構成されている。
その後、ステップS5において、コンピュータ12により、前記材料特性値決定プログラムが実行され、それにより、上記ステップS2において取得された複数の材料特性値を用いることにより、板材の各シェル要素の成形に伴う塑性ひずみに対応する材料特性値が決定される。材料特性値決定プログラムの内容については、後に詳述する。
続いて、ステップS6において、コンピュータ12により、前記バックストレス計算プログラムが実行され、それにより、板材の各シェル要素ごとにバックストレスαが計算される。バックストレス計算プログラムの内容については、後に詳述する。
その後、ステップS7において、コンピュータ12により、前記スプリングバック解析プログラムが実行され、それにより、スプリングバックが解析される。
このスプリングバック解析プログラムは、前述の説明から明らかなように、
(1)前記材料特性値決定プログラムの実行により板材の各シェル要素ごとに決定された材料特性値と、
(2)前記成形シミュレーション・プログラムの実行により各シェル要素ごとに計算された残留応力および残留ひずみ、中立面位置r0ならびに板厚t0と、
(3)前記バックストレス計算プログラムの実行により各シェル要素ごとに計算されたバックストレスと
を用いることにより、板材のスプリングバックを解析するためのプログラムである。
このスプリングバック解析プログラムの一例は、日本総合研究所により製造されて「JOH−NIKE3D」という名称で販売されたものである。
以上で、図2に示すスプリングバック解析方法の一回の実行が終了する。
前記スプリングバック解析プログラムは、スプリングバックを解析すべき材料の応力−ひずみ関係を種々の方式で定義可能に設計されている。その方式の一つに、応力−ひずみ関係を、平行四辺形を用いた線形の材料硬化モデルで近似する方式がある。図5には、試験片を引張方向に負荷(正負荷)して塑性変形させた後に除荷し、引き続いて逆向きすなわち圧縮方向に負荷(逆負荷)して再度塑性変形させた場合に、塑性ひずみεPと応力σとが変化する様子が平行四辺形で示されている。
ここで、図5における各種記号を説明すれば、「Y0」は、材料が初めての塑性変形を開始するときの降伏応力である初期降伏応力を示している。「Y1」は、材料が再降伏するときの応力である再降伏応力を示している。「H」は、塑性硬化係数を示している。塑性硬化係数Hは、正負荷時および逆負荷時の塑性域における応力−ひずみ関係を表す直線グラフ(後述の第3直線部54)の勾配を角度φで表した場合にtanφで表される。「β」は、再降伏応力Y1が初期降伏応力Y0 に対して低下する程度を規定する材料軟化係数を示している。「εP 0 」は、除荷開始時における塑性ひずみεPである初期ひずみを示している。
前記スプリングバック解析プログラムは、応力−ひずみ関係を近似する材料硬化モデルとして、等方硬化モデルと移動硬化モデルと複合硬化モデルとの中から適当なものを選択できる。
この選択は、上記材料軟化係数βの値を決定することによって行われる。具体的には、図5に示すように、β=0のときには、移動硬化モデルが選択され、このとき、再降伏応力Y1は、
Y1=−Y0+H・εP 0
なる式で定義される。また、β=1のときには、等方硬化モデルが選択され、このとき、再降伏応力Y1 は、
Y1=−Y0−H・εP 0
なる式で定義される。また、0<β<1のときには、複合硬化モデルが選択され、このとき、再降伏応力Y1 は、
Y1=−Y0+H・(1−2β)・εP 0
なる式で定義される。
図6のグラフは、プレス成形されるべき材料に関するものであるが、試験片に関しても同じグラフが描かれることになる。そして、試験片の応力−ひずみ関係を表すグラフを平行四辺形で近似する場合には、試験片の、正負荷時の弾性域における応力−ひずみ関係を表す第1直線部50と、除荷時または逆負荷時の弾性域における応力−ひずみ関係を表す第2直線部52とが互いに平行となるとともに、試験片の、正負荷時の塑性域における応力−ひずみ関係を表す第3直線部54と、逆負荷時の塑性域における応力−ひずみ関係を表す第4直線部56とが互いに平行となるように応力−ひずみ関係が近似される。
一方、応力−ひずみ関係を表すグラフのうちバウシンガ効果が現れる領域は、除荷開始点PS から再降伏点PY までの弾性域と、その再降伏点PY から逆負荷終了点までの塑性域とである。
したがって、本実施形態においては、それら2つの領域における応力−ひずみ関係を近似的に表す折れ線、すなわち、第2直線部52と第4直線部56とが互いに連結されたものの幾何学的特徴が取得されるとともに、その取得された幾何学的特徴に基づき、直接的には試験片、間接的には材料につき、初期降伏応力Y0と、再降伏応力Y1と、塑性硬化係数Hと、材料軟化係数βとが取得される。
具体的には、再降伏応力Y1は、上記折れ線の折れ点における応力σとして取得される。塑性硬化係数Hは、第3直線部54が第4直線部56と平行であることを利用することにより、第4直線部56の勾配を角度φで取得してそれのtanφを算出することによって取得される。材料軟化係数βは、初期降伏応力Y0と、再降伏応力Y1と、塑性硬化係数Hと、予ひずみεP gとを、前述の式に類似した式、すなわち、
Y1=−Y0+H・(1−2β)・εP g
なる式に代入してβについて解くことにより取得される。なお、初期降伏応力Y0は、正負荷時における実験値に基づいて取得される。
このスプリングバック解析プログラムは、それら初期降伏応力Y0,再降伏応力Y1,塑性硬化係数Hおよび材料軟化係数βの他に、材料の弾性係数E(ヤング率Eとせん断弾性係数Gとを選択的に表す。)を利用することにより、スプリングバックを解析するように設計されている。すなわち、このスプリングバック解析プログラムにおいては、それら初期降伏応力Y0,再降伏応力Y1,塑性硬化係数H,材料軟化係数βおよび弾性係数Eがそれぞれ「材料特性値」を構成しているのである。
ところで、図5のグラフの横軸に取られているのは、弾性ひずみと塑性ひずみとの和である合計ひずみεではなく、塑性ひずみεPである。したがって、同図のグラフは、例えば、正負荷時の弾性域において、応力σを表す軸に平行に延びている。これに対して、図6のグラフの横軸に取られているのは、合計ひずみεである。したがって、同図のグラフは、例えば、正負荷時の弾性域において、応力σを表す軸に対して傾斜している。よって、それら2つのグラフにおいて、第1ないし第4直線部50,52,54,56の対応関係はそれら2つの図に示すものとなる。
したがって、図6における第1直線部50の勾配を角度γで表した場合にtanγとして求めた値は、材料のヤング率Eを表すことになる。一方、第1直線部50と第2直線部52とが互いに平行であると仮定されている。したがって、本実施形態においては、第2直線部52の勾配からヤング率Eが取得される。
その取得されたヤング率Eから、予め定められた規則に従い、同じ材料についてのせん断弾性係数Gが誘導される。これにより、同じ材料につき、弾性係数Eと総称されるヤング率Eとせん断弾性係数Gとが取得されることになる。
応力−ひずみ関係は、材料の初期ひずみεP 0(試験片の予ひずみεP gに相当する。)によって変化する。応力−ひずみ関係を近似的に表す平行四辺形の幾何学的特徴が初期ひずみεP 0によって変化するのであり、よって、上記材料特性値も初期ひずみεP 0によって変化する。したがって、本実施形態においては、前述のように、試験片の予ひずみεP gを変化させるごとに引張−圧縮試験が繰り返される。
図7には、本実施形態で使用される線形の材料硬化モデルが実線グラフで示され、等方硬化モデルが二点鎖線グラフで示され、実際の応力−ひずみ関係が破線グラフで示されている。その実際の応力−ひずみ関係は、正負荷時の弾性域および塑性域においては等方硬化モデルで表される関係(二点鎖線)と一致し、逆負荷時の弾性域および初期の塑性域においては本実施形態の材料硬化モデルで表される関係(実線)と一致する。本実施形態で使用される材料硬化モデルは、線形であるが、予ひずみεP gに応じて形状が変化するように定義されている。なお、本実施形態で使用される線形の移動硬化モデルを表す平行四辺形は、同図においては、それの2つの鋭角を含む一対の部分が省略されている。
本実施形態においては、材料硬化モデルとして、バウシンガ効果を表現し得る移動硬化モデルまたは複合硬化モデルを使用することができるとともに、材料の各シェル要素について予想される初期ひずみεP 0に応じて形状が異なる材料硬化モデルが使用される。ただし、各シェル要素について予想される初期ひずみεP 0が異なっても、材料硬化モデルが平行四辺形で表現されることは維持される。
したがって、図7に示すように、本実施形態で使用される線形の材料硬化モデルは、実際の応力−ひずみ関係を表すグラフと全体において一致するわけではないが、バウシンガ効果が現れる領域、すなわち、除荷後に弾性変形する領域と塑性変形する領域とについては、十分に高い精度で一致する。
このような理由から、本実施形態においては、材料の応力−ひずみ関係が、平行四辺形を用いた線形の材料硬化モデルで近似させられているのであり、よって、本実施形態によれば、低ひずみ領域のみならず高ひずみ領域においてもバウシンガ効果を精度よくシミュレート可能となり、ひいては、スプリングバックを精度よく解析可能となる。
図7に示すように、前記折れ線は、除荷および逆負荷時における実際の応力−ひずみ関係を表すグラフにできる限り一致するように取得される。具体的には、そのグラフ上に、同一直線上に位置せず、かつ、相互に一定距離以上離れた3点を暫定的に設定することを、そのグラフのうち折れ線として抽出される可能性のある部分の一方の端点から他方の端点に向かって順次行い、それら暫定的な3点により構成される暫定的な折れ線の角度が極大となったときに、それら3点を最終的な3点に決定するとともに、それら最終的な3点により構成される折れ線を最終的な折れ線に決定する。
それら3点は、除荷開始点に最も近い第1実測点60と、次に近い第2実測点62と、最も遠い第3実測点64とから構成される。それら3つの実測点60,62,64における各応力−ひずみ関係は、実際の応力−ひずみ関係を表すグラフ上に位置することから、実測値と一致する。
なお、図7に示す例においては、折れ線を構成する2本の直線部のうち、除荷開始点(図示しない)に近い方は、前記平行四辺形の第2直線部52と完全にではなく部分的に一致し、また、他方の直線は、平行四辺形の第4直線部56と完全にではなく部分的に一致している。
ここで、前記材料特性値取得プログラムの内容を詳述する。
図8には、この材料特性値取得プログラムがフローチャートで表されている。まず、ステップS101(以下、単に「S101」で表す。他のステップについても同じとする。)において、実験値を表すデータがMO32からコンピュータ12のメモリ22に取り込まれる。
次に、S102において、予ひずみεP gに順に付与すべき番号iが1に設定される。その後、S103において、今回の予ひずみεP g(i)に関連する応力−ひずみ関係を表すデータがメモリ22から取り込まれる。
続いて、S104において、その取り込まれたデータに基づき、今回の予ひずみεP g(i)に関連する応力−ひずみ関係を表すグラフが想定されるとともに、そのグラフが折れ線で近似させられる。それにより、平行四辺形上の前記3つの実測点60,62,64が前述のようにして抽出される。その後、S105において、第2実測点62と第3実測点64とを結ぶ第2直線52の勾配を角度φで算出することにより、今回の予ひずみεP g(i)に対応する塑性硬化係数H(i)(=tanφ)が算出される。
続いて、S106において、図9において式(1)で示す前述の式を用いることにより、今回の予ひずみεP g(i)に対応する材料軟化係数β(i)が算出される。本実施形態においては、材料軟化係数βが0<β<1の範囲内となること、すなわち、材料硬化モデルが複合硬化モデルとなることを前提に算出される。以下、その算出方法を具体的に説明する。
上記式(1)を用いて材料軟化係数βを算出する際、図9において式(2)で示す第1条件と、すべての予ひずみεP g について、式(3)で示す条件が成立するという第2条件とが制約条件として採用される。また、上記式(1)における「Y1」と「H」は、実験値により取得されたものを採用することにする。
なお、再降伏応力Y1については、種々の実験により、予ひずみεP gに関して単調増加を示すことが確認されており、予ひずみεP g=0のときには、
Y1=−Y0
という関係が成立し、また、すべての予ひずみεP gについて、
Y1>−Y0
という関係が成立する。
上記式(2)の第1条件を考慮し、かつ、上記式(1)を用いると、式(4)が得られる。この式(4)は式(5)に変形できる。この式(5)を用い、かつ、上記式(3)で示す第2条件を考慮すると、式(6)が得られ、この式(6)から式(7)が得られる。
また、上記式(3)で示す第2条件を考慮し、かつ、上記式(1)を「β」について解くと、式(8)が得られる。
そして、本実施形態においては、上記式(7)で示す条件が成立するか否かを判定し、成立しない場合には、成立するように今回の予ひずみεP g(i)が修正される。この修正は例えば、今回の予ひずみεP g(i)を、
1.01×(−Y1/H)
として計算したり、実験値のうち上記(7)式で示す条件を満たすもののうち最も小さいものを選択することによって行われる。
上記式(7)で示す条件が成立したならば、必要に応じて修正された今回の予ひずみεP g(i)と、実験値により取得された初期降伏応力Y0,再降伏応力Y1および塑性硬化係数H(i)とを上記式(1)に代入することにより、今回の材料軟化係数β(i)を算出する。
さらに、その算出された材料軟化係数β(i)が、前記式(2)で示す第1条件が成立するか否か、すなわち、0<β<1の範囲内にあるか否かを判定し、その第1条件が成立する場合には、その算出された材料軟化係数β(i)が最終値とされる。その第1条件が成立しない場合には、その第1条件が成立するように材料軟化係数β(i)が修正され、さらに、それに合わせて初期降伏応力Y0も修正される。
材料軟化係数β(i)および初期降伏応力Y0の修正は例えば、もとの材料軟化係数β(i)が0以下である場合には、材料軟化係数β(i)を0より大きい設定値、例えば、0.1に変更するとともに、材料軟化係数β(i)が0.1である場合の初期降伏応力Y0を上記式(1)を用いて計算する。その計算された初期降伏応力Y0が上記式(3)で示す条件を満たす場合には、材料軟化係数βの最新値β(i)および初期降伏応力Y0がそれぞれそのまま最終値として採用される。
これに対して、変更された材料軟化係数β(i)の下での初期降伏応力Y0が上記式(3)で示す条件を満たさない場合には、材料軟化係数β(i)が例えば0.1増加させられ、同様にして、新たな初期降伏応力Y0が計算される。このような処理は、材料軟化係数βが1を超えない範囲内で繰り返され、その結果、材料軟化係数β(i)が、実験値に基づく再降伏応力Y1および塑性硬化係数H(i)の下に、上記式(1)ないし式(3)のすべてを満たすように修正されることになる。
以上、もとの材料軟化係数β(i)が0以下である場合の修正方法を説明したが、1以上である場合にも、同様な方法で修正が行われる。
図10には、S106の詳細が材料軟化係数算出ルーチンとしてフローチャートで表されている。
まず、S251において、前記抽出された第2実測点62を用いることにより、再降伏応力Y1が決定される。次に、S252において、その決定された再降伏応力Y1と、前記算出された塑性硬化係数H(i)と、今回の予ひずみεP g(i)とが図9の式(7)で示す条件を満たすか否かが判定される。
今回は、前記式(7)で示す条件が満たされると仮定すれば、S252の判定がYESとなり、S253において、上記決定された再降伏応力Y1と、前記算出された塑性硬化係数H(i)と、実験値により取得された初期降伏応力Y0とを前記式(1)に代入することにより、今回の材料軟化係数β(i)が算出される。その後、S254に移行する。
これに対して、今回は、前記式(7)で示す条件が満たされないと仮定すれば、S252の判定がNOとなり、S255において、今回の予ひずみεP g(i)が、前述のようにして、前記式(7)で示す条件を満たすように修正される。
その後、S253において、修正された予ひずみεP g(i)の下で前記式(1)を用いることにより今回の材料軟化係数β(i)が算出される。続いて、S254に移行する。
いずれの場合にも、その後、S254において、その算出された材料軟化係数β(i)が、図9の式(2)で示す条件を満たすか否かが判定される。今回は、前記式(2)で示す条件が満たされると仮定すれば、その判定がYESとなり、上記算出された材料軟化係数β(i)と、実験値に基づく初期降伏応力Y0とがそのまま最終値として採用される。以上で本ルーチンの一回の実行が終了する。
これに対して、今回は、前記式(2)で示す条件が満たされないと仮定すれば、S254の判定がNOとなり、S256において、今回の材料軟化係数β(i)が前述のようにして修正される。その後、S257において、修正された材料軟化係数β(i)の下に、前記式(1)を用いることにより、初期降伏応力Y0が算出される。
続いて、S258において、その算出された初期降伏応力Y0が0より大きいか否かが判定される。今回は、0より大きいと仮定すれば、判定がYESとなり、その修正された材料軟化係数β(i)と、その算出された初期降伏応力Y0とがそれぞれ最終値として採用される。以上で、本ルーチンの一回の実行が終了する。
また、今回は、その算出された初期降伏応力Y0が0以下であると仮定すれば、S258の判定がNOとなり、S256に戻る。このS256においては、材料軟化係数β(i)が再度、前述のようにして修正され、その後、S257において、再度修正された材料軟化係数β(i)の下に新たな初期降伏応力Y0が算出される。
続いて、S258において、前記の場合と同様にして、その算出された初期降伏応力Y0が0より大きいか否かが判定される。S256ないしS258の実行が何回か繰り返された結果、S258の判定がYESとなれば、最終的に修正された材料軟化係数β(i)と初期降伏応力Y0とがそれぞれ最終値として採用される。以上で本ルーチンの一回の実行が終了する。
以上のようにしてS106の実行が終了すれば、その後、図8のS107において、第1実測点60と第2実測点62とをつなぐ第2直線52の勾配が角度γで算出され、さらに、tanγとして、今回の予ひずみεP g(i)に対応するヤングE(i)が算出される。その算出されたヤング率E(i)から、予め定められた規則に従ってせん断弾性係数G(i)が誘導される。このようにして、ヤング率E(i)とせん断弾性係数G(i)とが取得される。
続いて、S108において、番号iが最大値iMAX以上であるか否かが判定される。複数の実験値のすべてが材料特性値を決定するために利用されたか否かが判定されるのである。今回は、番号iが最大値iMAX以上ではないと仮定すれば、その判定がNOとなり、S109において、番号iが1増加させられ、その後、S103に移行する。以下、S103ないしS108が、新たな予ひずみεP g(i)に関連して実行されることになる。
S103ないしS109の実行が何回か繰り返された結果、S108の判定がYESとなれば、S110において、予ひずみεP gの変化領域が、設定された最小値と最大値との間において、一定間隔で複数の区分に分割される。
このとき、各区分に対応する予ひずみεP gに対応する材料特性値が存在しない場合には、材料特性値が存在しない予ひずみεP gに近接する複数の予ひずみεP gであって材料特性値が存在するものを内挿することにより、必要な材料特性値を生成する。その結果、予ひずみεP gと材料特性値との関係が、図11に表形式で表されるように、予ひずみεP gの複数の代表値について離散的に取得されることになる。
以上で、この材料特性値取得プログラムの一回の実行が終了する。
次に、前記成形シミュレーション・プログラムの内容を詳述する。
図12には、その成形シミュレーション・プログラムの内容がフローチャートで概念的に表されており、そのうちのステップS403の詳細が図13および図14に要素応力計算ルーチンとしてフローチャートで表されている。以下、この成形シミュレーション・プログラムの内容を説明するが、それに先立ち、その前提となる理論および原理を説明する。
この成形シミュレーション・プログラムにおいては、板材のプレス成形による変形が時間増分形の有限要素法を用いて解析される。
ここに、有限要素法は、よく知られているように、材料を複数の有限要素に分割し、各要素の各節点における応力と変位とを互いに関連付ける剛性マトリクスを用い、静的な問題に対しては各要素の各節点における外力と内力とのつり合いを条件に、連立方程式である剛性方程式の繰返し計算をそれの解が真の解に収束するまで行う数値解析法である。本実施形態においては、複数の要素剛性マトリクスが集合して成る全体剛性マトリクスの各要素が未知数であって、求めるべき解とされ、その解が真の解に収束するまで行う繰返し計算が行われる。
本実施形態においては、その有限要素法が増分計算法に組み合わされて実行される。増分計算法は、よく知られているように、非線形挙動や動的過程中の材料挙動を解析するために、時間を微小区間に分割し、それぞれの時間増分で計算された各物理量(変位、回転角、応力、ひずみ)の増分を順次累積して行くことによって、所定の時間までの解析を進める数値解析法である。
本実施形態においては、プレス成形中のポンチ110の一回の動作に伴う材料挙動が、各々微小時間を有する複数の計算ステップに分割されており、それら複数の計算ステップの終了により、一連の成形シミュレーションが終了する。さらに、本実施形態においては、増分計算法として動的な陽解法が採用されている。
この動的な陽解法により、ばねの運動方程式と等価な動的な運動方程式が解かれる。具体的には、各シェル要素の各節点の加速度が計算され、その加速度の時間積分によって各節点の速度が計算され、その速度の時間積分によって各節点の変位が計算される。
この成形シミュレーション・プログラムにおいては、さらに、弾塑性体のための応力更新アルゴリズムに基づき、応力およびひずみが解析される。この応力更新アルゴリズムは、フォン・ミーゼス(Von Mises)の降伏条件のもと、各シェル要素に時刻tから時刻t+Δtまでの各回の計算ステップ中に生じたひずみ増分に対する応力増分が解析される。この応力更新アルゴリズムは、図13および図14を参照して後述される要素応力計算ルーチンとして具体化されている。
この応力更新アルゴリズムにおいては、今回の計算ステップにおける変位増分uと回転角増分θとが計算される。変位増分uは、本来、「du」または「Δu」として表記すべきであるが、ここでは単に「u」として表記する。また、変位増分uは、各成分の変位増分u,v,wの総称である。同様にして、回転角増分θは、本来、「dθ」または「Δθ」として表記すべきであるが、ここでは単に「θ」として表記する。また、回転角増分θは、各成分の回転角増分θx,θy,θzの総称である。
具体的には、変位増分uの計算は、力のつり合いを考慮した増分型の全体剛性方程式を用いることによって行われる。これに対し、回転角増分θの計算は、モーメントのつり合いを考慮した増分型の全体剛性方程式を用いることによって行われる。いずれについても、全体剛性方程式は、未知の成分を有する全体剛性マトリクスを含み、かつ、その全体剛性マトリクスの未知の成分は、今回の計算ステップにおいては前回の計算ステップまでの計算値に等しくされる。本実施形態においては、全体剛性マトリクスの未知の成分が有限要素法によって求められる。
前記ひずみ増分は、等方ひずみ増分εmと偏差ひずみ増分eijとに分離される。その等方ひずみ増分εmは、各成分ごとのひずみ増分εijを用いて計算され、そのひずみ増分εijは、後述のひずみ近似関数を用いて計算される。
等方ひずみ増分εmから静水圧増分3Kεm(K:体積弾性係数)が求められる。この静水圧増分3Kεmに前回の計算ステップまでの静水圧成分σij 0を加えることにより、静水圧成分σmが更新される。すなわち、更新された静水圧成分σm t+Δtが計算されるのであり、このことが図15に式(11)で示されている。
各成分ごとのひずみ増分εijから等方ひずみ増分εmを差し引くことにより、各成分ごとの偏差ひずみ増分eijが求められる。
この偏差ひずみ増分eijから偏差応力成分2Geij(G:せん断弾性係数)が求められる。したがって、偏差応力成分2Geijは、平面応力状態において弾性域内において求められることになる。この偏差応力成分2Geijに前回の計算ステップまでの偏差応力成分Sij 0を加えることにより、試行応力(偏差応力Sの試行値)Sij Trialが求められる。すなわち、更新された試行応力Sij Trialが計算されるのであり、このことが式(12)で示されている。
この試行応力Sij Trialを式(13)に代入することにより、相当応力の試行解σTrialが求められる。
この相当応力の試行解σTrialが弾性域内にあり、各シェル要素の材料が未だ降伏していない場合には、上記試行応力Sij Trialがそのまま、更新された偏差応力成分(今回の偏差応力成分)Sij Finalとされる。
一方、応力空間を表す図16の(a)に示すように、相当応力の試行解σTrialが塑性域に達すると、各シェル要素の材料が降伏したと判断される。この場合には、同図の(b)に示すように、図15に式(14)で示すラジアルリターンアルゴリズム(半径引戻し解法)により、試行応力Sij Trialが降伏曲面上へ引き戻される。
そのラジアルリターンアルゴリズムにおいては、相当塑性ひずみ増分εPから、降伏曲面の半径を表す相当応力σと、最終解Sij Finalの暫定値とが計算される。さらに、それら両計算値が比較され、相当応力σに一致するときの最終解Sij Finalの暫定値が最終解Sij Finalの最終値に決定される。
なお付言すれば、前述のフォン・ミーゼスの降伏条件を採用する場合には、例えば、図15の式(16)を用いることより増分ΔεPを計算し、その後、式(14)を用いることにより最終解Sij Finalを計算することが可能である。
各シェル要素の材料が降伏した場合には、その引き戻された最終解Sij Finalの最終値が、更新された偏差応力成分として求められる。
そして、図15に式(15)で示すように、上記更新された静水圧成分σm t+Δtと、上記更新された偏差応力成分Sij Finalとにより、各成分ごとに更新された応力σij t+Δtが計算される。
以上説明した応力更新の1回の計算ステップは、板材を構成するすべてのシェル要素について順に実行される。
従来のシェル要素では、曲げ変形の前後で断面の平面性が維持されると仮定されており、そのため、シェル要素の中立面は常に板厚中央面と一致するとともに、断面回転角θyが、曲げ方向位置を表すx座標値には依存するが、板厚方向位置を表すz座標値には依存しない値とされる。
ここに、断面回転角θyとは、シェル要素の中立面の法線に対するそのシェル要素の辺の角度を意味する。より正確には、曲げ変形前にシェル要素の長手方向軸線に垂直であった平面断面を変形前断面、曲げ変更後にその変形前断面が移動した断面を変形後断面とした場合に、その変形後断面上の任意の点上の接線と変形前断面との成す角度を意味する。
したがって、断面回転角θyは、図17の式(21)で表され、曲げ方向の垂直ひずみεxは式(22)で表され、板厚方向のせん断ひずみγxzは式(23)で表される。ただし、それらの式において、「u」は、x方向の変位を表し、「w」は、z方向の変位を表している。
よって、従来のシェル要素を用いる場合には、図18に示すように、垂直ひずみεxは板厚方向に線形に分布する一方、せん断ひずみγxzが板厚方向に沿って変化しないように分布する。
しかし、本発明者らの研究により、そのような仮定は、曲げ変形させられるべき板材が薄板である場合には妥当であるが、厚板である場合のように、板材の曲げの程度が厳しい場合には妥当性を失うことが判明した。
図19には、断面回転角θyと、板材内の、それの曲げ内面からの距離dsとの関係が曲げの厳しさLbによって変化する様子がグラフで表されている。このグラフは、本発明者らの実験結果に基づいて作成されたものである。ここに、曲げの厳しさLbは、曲げ半径R[mm]を板厚t[mm]で割り算した値である曲げ指標R/tを用い、その値が小さいほど曲げの厳しさが強くなるように表現される。
図19のグラフによれば、曲げの厳しさLbが3以上である領域(曲げの厳しさが弱い領域であって、同図においては「Lb=3」という表記に関連付けられた水平線の下側の領域)においては、板厚方向位置にかかわらず断面回転角θyがほとんど変化せず、よって、従来のシェル要素についての仮定が妥当であることが分かる。しかし、曲げの厳しさLbが3より小さい領域(曲げの厳しさが強い領域であって、上記水平線の上側の領域)においては、板厚方向位置によって断面回転角θyが顕著に変化し、よって、従来のシェル要素についての仮定が妥当ではないことが分かる。
そこで、本発明者らは、厚板中の任意の部位の断面回転角θyをシミュレーションによって計算した。このシミュレーションにおいては、厚板が複数のソリッド要素に仮想的に分割される。ソリッド要素モデルを用いてシミュレーションが行われるのである。
このシミュレーションのために実行されるプログラムが前記成形シミュレーション・プログラムに組み込まれている。図20には、そのプログラムがひずみ近似関数特定ルーチンとして概念的に表されている。
このひずみ近似関数特定ルーチンにおいては、まず、S601において、曲げ指標R/tが異なる複数の代表板材(潜在的な等価板材)のそれぞれにつき、有限要素法により、各ソリッド要素ごとに変位u(各成分の変位u,v,w)と回転角θ(各成分の回転角θx,θy,θz)とが計算される。次に、S602において、それら計算された変位uと回転角θとに基づき、かつ、図25の式(32)および式(33)を用いることにより、ひずみがz座標値に関連付けて計算される。
続いて、S603において、その計算されたひずみとz座標値との関係に基づき、ひずみの板厚方向における分布を近似的に定義するひずみ近似関数が特定される。その後、S604において、その特定されたひずみ近似関数が、各板材の曲げ指標R/tに関連付けられる。以上で、このひずみ近似関数特定ルーチンの一回の実行が終了する。
このひずみ近似関数特定ルーチンは、スプリングバックを解析すべき板材ごとに実行することは不可欠ではない。このひずみ近似関数特定ルーチンの過去の実行により、実質的に同じ曲げの厳しさLbに関してひずみ近似関数が既に特定されている場合には、その特定されたひずみ近似関数を利用することにより、ひずみ近似関数特定ルーチンの新たな実行を省略することができるからである。
本発明者らは、ソリッド要素モデルを用いたシミュレーションの精度を検証するため、厚板につき、実験によって断面回転角θyと曲げ内面からの距離dsとの関係を測定した。さらに、本発明者らは、その測定された関係を表す実験値と上述のシミュレーションによる計算値とを互いに比較した。
図21には、厚板につき、断面回転角θyと距離dsとの関係が実験値と計算値との双方によって示されている。同図から明らかなように、それら実験値と計算値との間には良好な一致が認められる。したがって、厚板につき、実験値に代えて計算値を用いることが可能であり、よって、実験なしでも、断面回転角θyと距離dsとの関係、すなわち、断面回転角θyのz座標値への依存性を取得することが可能である。
図22には、上記シミュレーションによる計算値から計算された板厚方向のせん断ひずみγxz(前記ひずみの一例)と曲げ内面からの距離dsとの関係が曲げ指標R/tの各値に関連付けてグラフで示されている。同図には、さらに、曲げ指標R/tの値がそれぞれ1.83,1.61,2.05である場合のせん断ひずみγxzと距離dsとの関係を近似するひずみ近似関数がグラフで示されている。このひずみ近似関数は、距離dsを表す変数zを変数とする関数によってせん断ひずみγxzを定義する式である。このひずみ近似関数は、例えば、2次関数、3次関数、4次関数または5次関数である多項式として構成することが可能である。
このひずみ近似関数を利用すれば、シェル要素を用いた成形シミュレーションであっても、ソリッド要素を用いた場合とほぼ同等の精度で、ひずみの板厚方向における分布を計算することが可能となる。そして、図23には、せん断ひずみγxzに関し、ソリッド要素を用いた成形シミュレーションによる計算値と、本実施形態のシェル要素を用いた成形シミュレーションによる計算値とがグラフで示されている。両者は良好な一致を示している。
図23には、さらに、比較のために、従来例のシェル要素を用いた成形シミュレーションによる計算値も示されている。従来例のシェル要素においては、せん断ひずみγxzがz座標値に依存しない一定値であると仮定されている。
図24には、本実施形態のシェル要素を用いて計算されたせん断ひずみγxzの分布と、従来例のシェル要素を用いて計算されたせん断ひずみγxzの分布とがグラフで表されている。本実施形態のシェル要素を用いて計算されたせん断ひずみγxzの分布は、前記ひずみ近似関数が2次関数である場合の一例を示している。このように、本実施形態のシェル要素を用いる場合には、従来例のシェル要素を用いる場合に比較し、厚板の材料特性の実際、すなわち、せん断ひずみγxzの分布の実際が精度よく再現される。
従来例のシェル要素とは異なり、本実施形態のシェル要素については、断面回転角θyがx座標値のみならずz座標値にも依存するが、このことが図25において式(31)で表されている。
このような依存性により、本実施形態のシェル要素については、曲げ方向の垂直ひずみεxが図25の式(32)で表され、板厚方向のせん断ひずみγxzは式(33)で表される。
図26には、本実施形態のシェル要素を用いた計算値が、せん断ひずみγxzと垂直ひずみεxとのそれぞれの、板厚方向における分布に関して示されている。せん断ひずみγxzの分布は、前記ひずみ近似関数を2次より高次の関数である場合の一例を示している。本実施形態のシェル要素によれば断面回転角θyをz座標値に依存させることが可能になり、その結果、せん断ひずみγxzのみならず垂直ひずみεxについても実際の分布が精度よく再現される。
以上、本実施形態のシェル要素と従来例のシェル要素とをひずみに関して互いに比較したが、次に、板厚方向の垂直応力σzに関して互いに比較する。
図27に示すように、従来例のシェル要素においては、前述のように、垂直応力σzが無視されて0であると仮定される。これに対し、本実施形態のシェル要素においては、垂直応力σzが考慮される。
板厚方向の垂直応力σzは、厚板の曲げ変形による寄与分σzb(以下、「垂直応力σzb」で表す。)と、厚板がポンチ110から受ける接触圧pによる寄与分σzc(以下、「垂直応力σzc」で表す。)との和であると考えることができる。垂直応力σzcは、接触圧pによって厚板に生ずるせん断変形に起因する。
垂直応力σzbは、厚板(厚肉円筒)内の微小要素のz方向(厚肉円筒の半径方向)における力のつり合いに着目することにより、垂直応力σxから解析することが可能である。その力のつり合いは、極座標で記述するとともに時間的に離散化すれば、図28における式(41)で表される。この式(41)における「r」は、z座標軸上の変数であり、「z」に置き換えることが可能である。
本実施形態においては、まず、垂直応力σzを無視して垂直応力σxが暫定的に解析され、その暫定値に基づき、かつ、上記式(41)を用いて、垂直応力σzbの板厚方向における分布を近似的に表す応力近似関数が特定される。垂直応力σxの暫定値は、厚板の平面応力状態における垂直応力σxに一致する。
垂直応力σzbのための応力近似関数の特定は具体的に次のようにして行うことが可能である。
まず、その応力近似関数の基本形を選択する。この基本形は、n次関数により構成したり、指数関数により構成することが可能である。
図28の式(42)は、その応力近似関数の一例である。この式(42)で表される応力近似関数において「a」は、厚板の曲げ内面のz方向位置を表し、また、「b」は、厚板の曲げ外面のz方向位置を表している。中立面のz方向位置をr0、板厚をt0でそれぞれ表すと、「a」は式(43)で、「b」は式(44)でそれぞれ表される。
したがって、上記式(42)で表される垂直応力σzbは、厚板の両表面上において0となり、このことは、厚板の曲げ内面がポンチ110から受ける接触圧110が考慮されないことを示している。
垂直応力σzbを式(42)で表される応力近似関数f(z)で表すこととすれば、前記式(41)が式(45)に変形される。
上記式(42)は式(46)で表すように展開できる。また、応力近似関数f(z)の一次導関数f’(z)は、式(47)で表される。それら式(46)および(47)を上記式(45)に代入すれば、式(48)が得られる。
式(48)中の各係数に式(43)および式(44)を代入するとともに、変数a0,a1,l,mを用いた変数置換を行うと、式(48)中の各係数が図28の式(49)で示すように整理される。この整理の結果を用いれば、図28の式(48)が図29の式(50)に変形される。
式(51)で示す変数置換を行うと、式(50)が式(52)に変形される。この式(52)においては、「X」と「Y」と「W」と「Z」とが既知である一方、「l」と「m」と「A’」とが未知である。
ところで、本実施形態においては、各シェル要素が、それの板厚方向に積層された複数のレイヤに関連付けられるとともに、各シェル要素ごとに、垂直応力σxの板厚方向における分布を表す関数(各レイヤの位置すなわちz座標値を変数とする)が予め定義される。それにより、本実施形態においては、各シェル要素につき、各z座標値ごとに垂直応力σxが求められ、それらz座標値と垂直応力σxとの関係を前提にして最小2乗法が式(52)に適用されることにより、未知数l,m,A’が計算される。
図30の式(53)は、図29の式(52)について2乗和を表している。この式(53)を未知数l,m,A’に関してそれぞれ偏微分すれば、式(54)が得られ、これは式(55)に変形できる。この式(55)で表される3つの連立方程式を解けば、未知数l,m,A’が求められ、これにより、応力近似関数f(z)が特定される。
なお付言すれば、関数によって板厚方向分布が定義される変数に、垂直応力σzを選んだり、せん断応力τxzを選んだり、両者を選ぶことが可能である。
以上、応力近似関数f(z)の例として4次関数である場合を説明したが、次に、3次関数である場合を説明する。
垂直応力σzbを図31の式(56)で表される応力近似関数f(z)で表すこととすれば、応力近似関数f(z)の一次導関数f’(z)は、式(57)で表される。それら式(56)および(57)を前記式(45)に代入すれば、式(58)が得られる。この式(58)を変数cに関して整理すれば、式(59)が得られる。
式(60)で示す変数置換を行うと、上記式(59)が式(61)に変形される。この式(61)においては、「X」と「Y」と「Z」とが既知である一方、「c」と「A’」とが未知である。各シェル要素につき、各レイヤのz座標値と各レイヤの垂直応力σxとの関係を前提にして最小2乗法が式(61)に適用されることにより、未知数c,A’が計算される。式(61)の2乗和が図32の式(62)で表されている。
式(62)を未知数cに関して偏微分すれば、式(63)が得られ、これは式(64)に変形できる。これに対し、式(62)を未知数A’に関して偏微分すれば、式(65)が得られ、これは式(66)に変形できる。それら式(64)および(66)の連立方程式を解くことにより、未知数c,A’が求められ、これにより、応力近似関数f(z)が特定される。
図33には、板厚方向の垂直応力σzが、厚板の曲げ変形による垂直応力σzbと、接触圧pによる垂直応力σzcとの和に相当することが重み付け関数を用いて式(69)で表されている。同図には、さらに、その垂直応力σzcの板厚方向における分布を近似的に表す応力近似関数が式(70)で表されている。この応力近似関数を採用する場合には、式(71)で表すように、厚板の曲げ内面(z=a)で垂直応力σzcが接触圧pに等しくなり、一方、曲げ外面(z=b)で垂直応力σzcが0となる。
図33には、式(69)で表される重み付け関数の一例が式(72)で表されている。この例においては、垂直応力σzbのための重み係数(式(69)において「k1」に相当する。)と、垂直応力σzcのための重み係数(式(69)において「k2」に相当する。)とがいずれも固定値として設定される。さらに、この例においては、それら重み係数およびが互いに等しく設定される。
図33には、上記重み付け関数の別の例が式(73)で表されている。この式(73)における「α」が式(74)で表されている。この例においては、垂直応力σzbのための重み係数(式(69)において「k1」に相当する。)と、垂直応力σzcのための重み係数(式(69)において「k2」に相当する。)とがいずれも、2次関数を用いて定義される可変値として設定される。
図33には、上記重み付け関数のさらに別の例が式(75)で表されている。この式(75)における「x」が式(76)で表されている。この例においては、垂直応力σzbのための重み係数(式(69)において「k1」に相当する。)と、垂直応力σzcのための重み係数(式(69)において「k2」に相当する。)とがいずれも、飽和型関数(例えば、ブリルアン関数)を用いて定義される可変値として設定される。
本実施形態においては、板材に作用する垂直応力σx(=第1の面内応力である曲げ方向応力)と垂直応力σy(=第2の面内応力である断面方向応力)とがシェル要素を用いて解析されるにもかかわらずその解析が垂直応力σz(=板厚方向応力)を考慮して行われる。ここに、垂直応力σzは、図33において式(69)により、F(σzb,σzc))として表現される。
具体的には、本実施形態においては、まず、板厚方向応力σzが0である平面応力状態が仮定されて曲げ方向応力σxと断面方向応力σyとが求められる。次に、それら求められた曲げ方向応力σxと断面方向応力σy、または前回の計算ステップにおいて求められた曲げ方向応力σxと断面方向応力σyから、板厚方向応力σzの板厚方向における分布を定義するために前記応力近似関数が同定される。その後、その同定された応力分布関数を用いることにより、板厚方向応力σzが求められ、その求められた板厚方向応力σzを前提にして、すなわち、板厚方向応力σzを考慮して、曲げ方向応力σx’と断面方向応力σy’とが、前述のラジアルリターンアルゴリズムを用いて求められる。
プラントル−ルイス(Prandtl-Reuss)の流れ法則によれば、各成分の偏差応力Sについて図34の式(81)が成立する。また、垂直応力σzを無視する場合には、各成分の偏差応力sについて式(82)が成立する。これに対し、垂直応力σzを考慮する場合には、各成分の偏差応力sについて式(83)が成立する。式(82)における「σx」および「σy」は、垂直応力σzを考慮しない場合のx方向垂直応力(曲げ方向応力)およびy方向垂直応力(断面方向応力)をそれぞれ意味し、一方、式(83)における「σx’」および「σy’」は、垂直応力σzを考慮する場合のx方向垂直応力およびy方向垂直応力をそれぞれ意味している。
式(82)中の第1式の右辺の値と式(83)中の第1式の右辺の値とが互いに一致することから、式(84)が誘導される。また、式(82)中の第2式の右辺の値と式(83)中の第2式の右辺の値とが互いに一致することから、式(85)が誘導される。
それら式(84)および式(85)から、垂直応力σx’については式(86)、垂直応力σy’については式(87)がそれぞれ誘導される。それら式(86)および式(87)によれば、垂直応力σzを考慮する垂直応力σx’,σy’は、考慮しない垂直応力σx,σyに対して垂直応力σzの分だけ増加することが分かる。この増加は、厚板の横断面全体に作用する垂直応力σx’,σy’の各総和である断面力(垂直応力σzを考慮した断面力)が、垂直応力σx,σyの各総和である断面力(平面応力状態での断面力)に対して垂直応力σzの総和の分だけ増加することを意味する。
図35には、プレス成形中に、板材を構成する各シェル要素に、現実には、各シェル要素の曲げと、各シェル要素の中立面に平行な軸力Fによる伸びとが重畳的に作用することが概念的に表されている。図35には、さらに、そのような材料力学的挙動が、理論的には、各シェル要素の曲げと伸びとに分離されることも概念的に表されている。ここに、軸力Fは、各垂直応力σx,σyごとに存在し、かつ、各垂直応力σx,σyの、シェル要素の断面上における総和であることから、断面力とも称される。
本実施形態においては、垂直応力σzを考慮した断面力Fが、平面応力状態での断面力に維持されるように、垂直応力σx’,σy’が、板厚方向における各位置ごとに補正される。すなわち、本実施形態においては、板材の中立面位置r0の変更を行うことなく、垂直応力σx’,σy’が補正され、それにより、垂直応力σx,σyの最終値が垂直応力σx’’,σy’’として誘導される。
ところで、前述のように、板厚方向における各位置ごとの面内応力σx,σyについては、塑性力学的には、板厚方向応力σzを考慮して算出された値は、考慮しないで算出された値より、同じ各位置に作用する板厚方向応力σzと同じ量増加する。一方、板材における曲げ方向および断面方向における力のつり合いは、その板材において互いに隣接した断面間に、各断面全体に作用する面内応力の総和すなわち断面力Fについて成立する。
したがって、板厚方向応力σzを考慮する前後を通じて、断面力Fに関して力のつり合いが維持されるようにするためには、板厚方向応力σzを考慮した仮面内応力σx’,σy’の、各断面における総和である断面力Fから、板厚方向応力σzの、同じ各断面における総和である断面力増分Fzを引き算すればよい。
その断面力増分Fzは、図36において式(91)で表される。この式(91)において「σz」は、前述の応力近似関数を意味する。
本実施形態においては、板材がそれの面方向に並んだ複数のシェル要素によって近似的に表現されており、各シェル要素は、板厚の中心のみを結ぶ面である。ただし、接触処理は、板厚を考慮して内外表面で行われる。図37に示すように、要素の軸力とモーメントは、面内の積分点Ip1ないしIp4(積分点の数は、使用要素により異なるが、典型的には4つである。)で計算され、それが形状関数を用いて節点が決定される。また、面内の各積分点は、板厚方向に何層かに積分点(図37において「x」で示す。)が存在する。各シェル要素の内部の連続領域を代表する離散的な複数の代表点が積分点として設定され、それら設定された積分点は、各シェル要素の内部において着目すべき評価点として利用することが可能である。
この場合には、それら積分点のうち、各シェル要素の板厚方向に並んだ複数の積分点のそれぞれについて垂直応力σzを算出し、それら積分点について垂直応力σzの算出値を合計することにより、上述の断面力増分Fzが算出される。
断面力増分Fzを用いて仮面内応力σx’,σy’を補正することは、板材の曲げ方向および断面方向における力のつり合いを、板厚方向応力σzを考慮する前後を通じて維持するために有効である。ただし、その断面力増分Fzは、断面全体についての面内応力σx,σyの増分であって、板厚方向における各位置ごとの面内応力σx,σyの増分ではないため、その断面力増分Fzが判明しただけでは、板厚方向における各位置ごとの仮面内応力σx’,σy’を精度よく補正することはできない。
とはいえ、板厚方向応力σzの板厚方向における分布を、板材の曲げ方向および断面方向における力のつり合いが少なくとも断面力Fに関して維持されるという条件と、板厚方向応力σzが実際に板厚方向において示す分布にできる限り近似する分布を示すという条件とが一緒に成立するように、予測することが可能である。
さらに、その予測された板厚方向応力σzの分布に従い、断面力増分Fzを板厚方向における複数の位置にそれぞれ配分する配分量σzmを決定し、その決定された配分量σzmを仮面内応力σx’,σy’から引き算すれば、その仮面内応力σx’,σy’が精度よく補正されることになる。
ところで、例えば、板材の曲げ半径R[mm]をその板材の板厚t[mm]で割り算して得られる曲げ指標が3より小さいというように、板材の曲げの厳しさLbが強い条件で実施されるプレス成形を想定すると、そのプレス成形により、当該板材は、それの板厚方向におけるほぼ全域において塑性域に到達する。一方、ひずみと板厚方向応力σzとの関係を表すグラフの勾配を塑性域と弾性域とについて互いに比較すると、塑性域における方が弾性域におけるより緩やかである。このことは、板厚方向応力σzの板厚方向位置に対する依存性が、塑性域において弾性域におけるより小さいことを意味する。
したがって、上述のように板材の曲げの厳しさLbが強い条件で実施されるプレス成形による板材を解析対象として、それの面内応力σx,σyを解析することが必要である場合には、板厚方向応力σzの板厚方向における分布を一様分布で近似することが妥当である。よって、前述の断面力増分Fzの配分量σzmも、板厚方向において一様であるように決定することが妥当である。
このような知見に基づき、本実施形態においては、図36において式(92)で表すように、算出された断面力増分Fzが、板厚t0で割り算されることにより、板厚方向において平均化され、その平均値が、断面力増分Fzの配分量σzmとして決定される。具体的には、図37に示す例においては、断面力増分Fzが、板厚方向に並んだ複数の積分点の数によって割り算され、それにより、この断面力増分Fzが、それら積分点にそれぞれ互いに均等に割り当てられることになる。
さらに、図36において式(93)で表すように、算出された配分量σzが、板厚方向応力σzを考慮した曲げ方向応力(仮面内応力)σx’から引き算されることにより、その曲げ方向応力σxの最終値σx’’が誘導される。同様にして、式(94)で表すように、算出された配分量σzが、板厚方向応力σzを考慮した断面方向応力(仮面内応力)σy’から引き算されることにより、その断面方向応力σyの最終値σy’’が誘導される。
図38には、曲げ方向応力σxを例にとり、面内応力についての複数種類の計算値がそれぞれ複数のグラフで表されている。それら計算値は、
(1)シェル要素モデルを用い、かつ、板厚方向応力σzが0であると仮定して計算された曲げ方向応力σxと、
(2)シェル要素モデルを用い、かつ、板厚方向応力σzを考慮して計算された曲げ方向応力σx’と、
(3)曲げ方向応力σx’から配分量σzmを引き算して計算された曲げ方向応力σxの最終値σx’’(=σx’−σzm)と
を含んでいる。図38には、さらに、板厚方向応力σzの値もグラフで表されている。
図38において、最終値σx’’が、曲げ方向応力σx’から配分量σzmを引き算して得られた値であるにもかかわらず、最終値σx’’を表すグラフが、曲げ方向応力σx’を表すグラフを応力の正方向に配分量σzmの絶対値と等しい量だけ平行移動させたグラフに相当するのは、この例においては、配分量σzmが圧縮応力であって、その符号が負であるからである。
したがって、本実施形態によれば、垂直応力σzを考慮する場合と考慮しない場合とで、垂直応力σxの総和である断面力が変化しない。これにより、同じ節点を共有する2つのシェル要素間において断面力が、垂直応力σzを考慮したことが原因で不連続となってしまう不自然な事態が回避される。
以上、図12に示す成形シミュレーション・プログラムの内容を概略的に説明したが、以下、具体的に説明する。
この成形シミュレーション・プログラムにおいては、まず、S401において、成形の解析に必要なデータがMO32から読み込まれるとともに、解析の初期化が行われる。
次に、S402において、板材に作用する荷重に関する境界条件が適用される。本実施形態においては、パッド114から板材に作用する荷重に関する境界条件が適用される。
続いて、S403において、板材を構成する複数のシェル要素のうち今回の実行対象である注目シェル要素に作用する応力が計算される。このS403の詳細が図13および図14に要素応力計算ルーチンとしてフローチャートで表されている。この要素応力計算ルーチンは、前記応力更新アルゴリズムを具体化するために設計されている。
この要素応力計算ルーチンにおいては、まず、S501において、前述のように、増分型の剛性方程式において全体剛性マトリクスをそれの各成分が前回値に等しい状態で用いることにより、各シェル要素の各節点における変位増分uおよび回転角増分θが計算される。これらの値をもとに、板厚中央面でのひずみが計算される。次に、S502において、前記ひずみ近似関数に基づき、各成分ごとにひずみ増分εijが計算される。ここに、ひずみ増分εijは、垂直ひずみとせん断ひずみとの双方を含んでいる。
その後、S503において、その計算されたひずみ増分εijに基づき、等方ひずみ増分εmが計算される。続いて、S504において、その計算された等方ひずみ増分εmに基づき、静水圧増分3Kεmが計算される。その後、S505において、前回の計算ステップにおける各成分ごとの応力σij 0と、静水圧増分3Kεmとに基づき、前述のようにして、更新された静水圧σm t+ΔTが計算される。
続いて、S506において、前記計算された各成分ごとのひずみ増分εijと等方ひずみ増分εmとに基づき、各成分ごとに偏差ひずみ増分eijが計算される。続いて、S507において、平面応力状態で、かつ、弾性域内において、偏差応力増分2Geijが計算される。
その後、S508において、前回の計算ステップにおける各成分ごとの偏差応力Sij 0と、偏差応力増分2Geijとに基づき、前述のようにして、更新された試行応力Sij t+ΔTが計算される。続いて、S509において、試行応力Sij t+ΔTの計算値に基づき、前述のようにして、相当応力の試行解σTrialが計算される。
その後、図14のS510において、板材がそれの両面の少なくとも一方において降伏したか否かが判定される。今回は、降伏したと仮定すれば、判定がYESとなり、S511以下のステップに移行する。
S511においては、図15の式(16)を用いることにより、相当塑性ひずみ増分εPの増分ΔεPが計算される。その後、S512において、その計算された増分ΔεPに対応する相当応力σが対応相当応力σとされるとともに、その対応相当応力σと試行応力Sij Trialとに対応する最終解Sij Finalが、図15の式(14)を用いて計算される。本実施形態においては、その最終解Sij Finalが前記(1)項における「暫定値」の一例である。
なお付言すれば、前記フォン・ミーゼスの降伏条件を採用しない場合には、前記ラジアルリターンアルゴリズムを、S511およびS512の反復的実行により実現することが可能である。
例えば、S511の各回の実行時には、相当塑性ひずみ増分εPが一定の微小増分ΔεPで増加させられる。これに対し、S512の各回の実行時には、相当塑性ひずみ増分εPの暫定値(S510の実行によって計算される)に対応する相当応力σが対応相当応力σとして計算される。さらに、その対応相当応力σと試行応力Sij Trialとに対応する最終解Sij Finalの暫定値が計算される。
このS512においては、さらにまた、対応相当応力σと最終解Sij Finalの暫定値とが互いに十分に一致するか否かが判定される。十分に一致する場合には、相当塑性ひずみ増分εPの暫定値と最終解Sij Finalの暫定値とがそれぞれ最終値とされる。最終解Sij Finalの最終値は、更新された偏差応力成分を意味する。これに対し、対応相当応力σと最終解Sij Finalの暫定値とが互いに十分に一致しない場合には、S511に戻り、相当塑性ひずみ増分εPの暫定値が一定の微小増分ΔεPで増加させられる。
いずれの場合にも、前記ラジアルリターンアルゴリズムによって相当塑性ひずみ増分εPの最終値と、更新された偏差応力成分Sij Finalとが取得されたならば、その後、S513において、更新された偏差応力成分Sij Finalと、前記更新された静水圧成分σm t+Δtとに基づき、図15の式(15)を用いることにより、各成分ごとに更新された応力σij t+Δtが計算される。
以上、板材がそれの両面の少なくとも一方において降伏した場合を説明したが、いずれの面においても降伏しない場合には、S510の判定がNOとなり、S514に移行する。このS514においては、前回の計算ステップまでに更新された試行応力Sij Trialと、前記更新された静水圧成分σm t+Δtとに基づき、図15の式(17)を用いることにより、各成分ごとに更新された応力σij t+Δtが計算される。
板材がそれの両面の少なくとも一方において降伏した場合には、S513の実行後、S515において、最終解Sij Final(平面応力状態における面内応力σxに相当する。)または前回の計算ステップにおける応力と、例えば図28に示す式(41)ないし図30に示す式(55)と、例えば図33に示す式(70)と、例えば図33に示す式(73)または(75)とを用いることにより、前述のようにして、板厚方向応力σz(=F(σzb,σzc))を近似的に定義する応力近似関数が特定される。その特定される応力近似関数は、具体的には、曲げ変形に伴う板厚方向応力σzbの板厚方向における分布を定義する応力近似関数と、接触圧pによる板厚方向応力σzcの板厚方向における分布を定義する応力近似関数とを含んでいる。
その後、S516において、そのようにして特定された応力近似関数を用いることにより、前記ラジアルリターンアルゴリズムのもと、今回の板厚方向応力σzを満たす曲げ方向応力σx’と断面方向応力σy’とが計算される。それら曲げ方向応力σx’と断面方向応力σy’とは、板厚方向における各位置ごとに、すなわち、前述の各積分点ごとに計算される。本実施形態においては、それら計算された曲げ方向応力σx’と断面方向応力σy’とがそれぞれ前記(1)項における「仮面内応力」の一例である。
続いて、S517において、上記特定された応力近似関数と、図36において式(91)で表す計算式とを用いることにより、前述のようにして、板厚方向応力σzを考慮することに伴う断面力増分Fzが計算される。この断面力増分Fzは、各シェル要素ごとに計算される。そのシェル要素が面内積分点を1つしか有しない場合には、この断面力増分Fzは、各シェル要素ごとに1つずつ計算される。
その後、S518において、その計算された断面力増分Fzと、図36において式(92)で表す計算式とを用いることにより、前述のようにして、配分量σzmが計算される。この配分量σzmも、各シェル要素ごとに計算される。
続いて、S519において、その計算された配分量σzmと、図36において式(93)で表す計算式とを用いることにより、前述のようにして、板厚方向における各位置ごとに(例えば、各積分点ごとに)、曲げ方向応力σx’が補正されて曲げ方向応力の最終値σx’’が取得される。このS519においては、さらに、上記計算された配分量σzmと、図36において式(94)で表す計算式とを用いることにより、前述のようにして、板厚方向における各位置ごとに(例えば、各積分点ごとに)、断面方向応力σy’が補正されて断面方向応力の最終値σy’’が取得される。
すなわち、本実施形態においては、それら取得された最終値σx’’,σy’’がそれぞれ前記(1)項における「最終値」の一例を構成しているのである。また、図12におけるS409において一連の解析が終了したと判定されたときにおけるそれら曲げ方向応力σxと断面方向応力σyとの最終値σx’’,σy’’がそれぞれ前記残留応力を意味している。その残留応力は、各シェル要素に関連付けてメモリ22に記憶される。
その後、S520において、前回の計算ステップまでの各成分のひずみ増分と、今回の偏差ひずみ増分とに基づき、図15の式(19)を用いることにより、更新された塑性ひずみεP ij t+Δtが計算される。この式(19)における「Δλ」は、式(18)および式(19)から求められる。図12におけるS409において一連の解析が終了したと判定されたときにおけるその塑性ひずみεP ij t+Δtが前記残留ひずみを意味している。その残留ひずみは、各シェル要素に関連付けてメモリ22に記憶される。
続いて、S521において、その更新された塑性ひずみεP ij t+Δtに基づき、今回の注目シェル要素の板厚t0が更新される。この更新値は、応力近似関数の特定、ひずみ近似関数の特定、スプリングバックの解析等に影響を及ぼす。
いずれの場合にも、S522において、S501ないしS521の実行が板材のすべてのシェル要素について行われたか否かが判定される。S501ないしS521の実行がすべてのシェル要素について行われてはいないと仮定すれば、判定がNOとなり、S523において、次のシェル要素が新たな注目シェル要素とされた後、S501に戻る。これに対し、S501ないしS521の実行がすべてのシェル要素について行われたとすれば、S522の判定がYESとなり、S524において、板材を近似するシェル要素モデルに対して有限要素法が実行される。
具体的には、各シェル要素ごとの要素剛性マトリクスによって全体剛性マトリクスが構築され、各節点における外力と内力とのつり合いを考慮しつつ、連立の剛性方程式が解かれる。
その後、S525において、その剛性方程式の解が収束したか否かが判定される。収束しない場合には、判定がNOとなり、図13のS501に戻り、新たな全体剛性マトリクスを用いてS501ないしS524が実行される。これに対し、上記剛性方程式の解が収束した場合には、S525の判定がYESとなり、以上で、この要素応力計算ルーチンの一回の実行が終了する。
その後、図12のS404において、前記境界条件のもと、板材の変形とポンチ110の形状とを考慮することにより、ポンチ110から板材に作用する接触力が計算される。
続いて、S405において、ポンチ110の加工速度に関する境界条件を考慮することにより、各シェル要素の各節点の加速度が更新される。その後、S406において、ポンチ110と板材との接触に関する解析条件を考慮することにより、各シェル要素の各節点の加速度が更新される。続いて、S407において、それら節点加速度に対して時間積分を行うことにより、各節点の速度が更新され、さらに、その計算された速度に対して時間積分を行うことにより、各節点の変位が更新される。
その後、S408において、解析結果が出力されるとともに、必要なポスト処理が行われる。続いて、S409において、今回の解析が終了したか否かが判定される。S402ないしS410から成るループの一回の実行は、増分計算法における1回の時間増分(1回の計算ステップ)に対応しており、現象的には、ポンチ110がダイス112内に微小距離進入する動作に対応する。
したがって、S409においては、上記ループの初回の実行開始時刻からの経過時間が、そのループの所定実行回数に対応する長さに達したか否かが判定されることにより、今回の解析が終了したか否かが判定される。現在時刻tにおいては、未だ解析が終了してはいないと仮定すれば、判定がNOとなり、S410において、更新された現在時刻t+Δt(Δt:時間増分)が計算される。その後、S402に戻る。
S402ないしS410から成るループが何回か繰り返された結果、今回の解析が終了すれば、S409の判定がYESとなり、この成形シミュレーション・プログラムの一回の実行が終了する。
次に、前記材料特性値決定プログラムの内容を詳述する。
図39には、この材料特性値決定プログラムがフローチャートで示されている。まず、S201において、材料が仮想的に分割された複数のシェル要素に順に付与された番号jが1に設定される。次に、S202において、メモリ22から、今回のシェル要素jに対応する初期ひずみεP 0(j)が読み出される。
その後、S203において、その今回の初期ひずみεP 0(j)が、前記複数の予ひずみ区分のいずれに属するかが判定され、さらに、その属すると判定された予ひずみ区分に対応する材料特性値と、今回のシェル要素の番号jとを互いに関連付けるデータがメモリ22に格納される。したがって、前記スプリングバック解析プログラムは、そのデータを参照することにより、各シェル要素ごとに選択された材料特性値を用いることにより、材料のスプリングバックを解析することができる。
続いて、S204において、今回の初期ひずみεP 0(j)に対して必要な修正が行われる。具体的には、上記S203において選択された材料特性値に厳密に対応する予ひずみεP gが厳密に今回の初期ひずみεP 0(j)に一致するとは限らないという事情を考慮し、一致しない場合には、一致するように今回の初期ひずみεP 0(j)が修正される。さらに、今回のシェル要素の番号jと、修正された初期ひずみεP 0(j)とを互いに関連付けるデータがメモリ22に格納される。
したがって、前記スプリングバック解析プログラムは、そのデータを参照することにより、各シェル要素ごとに修正された材料特性値を用いることにより、材料のスプリングバックを解析することができる。
その後、S205において、番号jが最大値jMAX以上であるか否か、すなわち、材料の複数のシェル要素についてすべて材料特性値が選択されたか否かが判定される。今回は、番号jが最大値jMAX以上ではないと仮定すれば、判定がNOとなり、S206において、番号jが1増加させられ、その後、S202に移行する。以下、S202ないしS206が、新たなシェル要素について実行される。
S202ないしS206の実行が何回か繰り返された結果、S205の判定がYESとなれば、この材料特性値決定プログラムの一回の実行が終了する。
次に、前記バックストレス計算プログラムの内容を詳述する。
図40には、このバックストレス計算プログラムがフローチャートで示されている。まず、S301において、材料の前記複数のシェル要素に順に付与された番号kが1に設定される。次に、S302において、メモリ22から、今回のシェル要素kに対応する初期応力−ひずみ関係が読み出される。この初期応力−ひずみ関係は、材料の今回のシェル要素kにプレス成形直後に残存する応力とひずみとの関係を意味しており、前記成形シミュレーション・プログラムによりシミュレートされたものである。
なお、材料を仮想的に複数のシェル要素に分割する仕方は、バックストレスの計算と前記材料特性値の決定とで異ならないが、説明の便宜上、材料特性値の決定においては各シェル要素の番号がjで表されているに対して、バックストレスαの計算においてはkで表されている。
その後、S303において、その読み出された初期応力−ひずみ関係に基づき、今回のシェル要素kのバックストレスαが計算される。さらに、その計算されたバックストレスαと今回のシェル要素の番号kとを互いに関連付けるデータがメモリ22に格納される。したがって、前記スプリングバック解析プログラムは、そのデータを参照することにより、前記材料特性値のみならず、各シェル要素ごとに計算されたバックストレスαをも用いることにより、材料のスプリングバックを解析することができる。
ここで、バックストレスαの計算手法を説明する。
プレス成形シミュレーションにおいては、プレス成形されるべき材料が仮想的に複数のシェル要素に分割されるとともに、各シェル要素について平面応力状態が仮定される。したがって、各シェル要素においては、図41において式(101)で示すように、板厚方向のすべての応力成分が無視される。この式(101)において「σ」は垂直応力を意味し、「τ」はせん断応力を意味している。
このように仮定された各シェル要素においては、偏差応力ベクトル(σ’xx,σ’yy,σ’xy)の方向と、求めるべきバックストレスαの偏差成分(α’xx,α’yy,α’xy)の方向とが同じであると仮定すると、式(102)が成立する。この式(12)において「A」は定数を意味する。
一方、偏差応力ベクトルσ’ijについては、式(103)が成立する。この式(103)において「σij」は応力(垂直応力σのみならずせん断応力τも表す)、「δij」はクロネッカーのデルタ、「σm 」は静水圧下における応力σijをそれぞれ意味する。応力σm は、式(104)により求めることができる。
さらに、バックストレスαに関しては、式(105)が成立する。したがって、上記定数Aが、図42の式(106)により求められる。この式(106)において「ε」は、垂直ひずみεとせん断ひずみγとを選択的に表す。具体的には、式(106)の右辺における「σ」が垂直応力σを表す場合には垂直ひずみεを表し、これに対し、せん断応力τを表す場合にはせん断ひずみγを表す。
一方、上記式(102)により、図42の式(107)で表される関係が成立する。さらに、バックストレスαの偏差成分α’については、偏差応力ベクトルσ’と同様に、式(108)が成立する。この式(108)において「αij」はバックストレス、「δij」はクロネッカーのデルタ、「αm 」は静水圧下におけるバックストレスαijをそれぞれ意味する。応力αm は、式(109)により求めることができる。
したがって、それら式(106)ないし式(109)を用いることにより、バックストレスαが計算される。図43には、求めるべきバックストレスαの相当値が応力σの相当値との関係においてグラフで示されている。
以上のようにしてバックストレスαが計算された後、S304において、番号kが最大値kMAX以上であるか否か、すなわち、材料の複数の要素についてすべてバックストレスαが計算されたか否かが判定される。今回は、番号kが最大値kMAX以上ではないと仮定すれば、判定がNOとなり、S305において、番号kが1増加させられ、その後、S302に移行する。以下、S302ないしS305が、新たな要素について実行される。
S302ないしS305の実行が何回か繰り返された結果、S304の判定がYESとなれば、このバックストレス計算プログラムの一回の実行が終了する。
本発明者らは、本実施形態に従うスプリングバック解析方法の効果を検証するため、ワークWとしてのある板材に対し、図44に示すプレス成形機を用いてハット曲げ加工を実験的に行った。この実験により、後述の実験値が取得された。
図44に示すように、そのプレス成形機は、図3に示すプレス成形機100に対してブランクホルダ126が追加されたものに相当している。ブランクホルダ126は、板材のうちの縁部であって、ダイス112の上面によって支持されている部分に、プレス成形中、しわが発生することを防止するために、ダイス112の上面に対向する位置に配置されている。このブランクホルダ126は、プレス成形中、ダイス112と共同して、板材のうちの縁部を挟んで保持する。
図44には、それらダイス112、ワークWおよびブランクホルダ126の他にポンチ110も示されている。図44には、そのポンチ110が、初期位置にある状態で実線で示される一方、フルストローク位置にある状態で破線で示されている。図44には、さらに、ダイス112の肩部の丸味半径であるダイス肩Rが「Rd」で示され、また、ポンチ110の肩部の丸味半径であるポンチ肩Rが「Rp」で示されている。
図44に示すプレス成形機を用いることにより、ハット曲げ加工が次の条件で実施された。
(1)板材に関する条件
・板厚t0:2.3[mm]
・曲げ半径R:3[mm]
(2)プレス成形機に関する条件
・ダイス肩Rd:3[mm]
・ポンチ肩Rp:5[mm]
・肩クリアランス:0.23[mm]
本発明者らは、そのハット曲げ加工後に板材に発生するスプリングバックを評価するファクタとして、その板材の縦壁部の開き量と曲率とを選択した。
図45に示すように、開き量Bは、板材の縦壁部が、それの幅方向(X方向)に、スプリングバックが発生しない理想形状(ダイス112の内面形状)から反った反り量として定義されている。
具体的には、この開き量Bを計算するために、板材の曲げ外面上に、底面からその板材の軸方向(Z方向)に15[mm]隔たった注目点PXと、同様にして80[mm]隔たった注目点PCとが設定される。さらに、注目点PXとPCとをつなぐ直線(図45において破線で示す。)に沿って、注目点PXから65[mm]隔たった注目点PYが設定される。
この注目点PYが、プレス中心線(図45において一点鎖線で示す。)から幅方向(X方向)に隔たった距離dが測定される。その測定された距離dから、ダイス112の内面の、プレス中心線からの幅方向隔たりA(例えば、52.53[mm])を差し引くことにより、開き量Bが計算される。
これに対し、曲率は、図45に示すように、板材の曲げ外面をその板材の中心線を含む平面で切断した場合にその板材のうちの縦壁部によって形成される曲線の曲率を意味するように定義されている。
具体的には、この曲率を計算するために、板材のうちの縦壁部の外面上に、底面から軸方向(Z方向)に20[mm]、50[mm]および50[mm]それぞれ隔たった3つの注目点PA、PBおよびPC点が設定される。それら注目点PA、PBおよびPCを通過する単一の真円が想定され、その真円の半径ρの逆数として、曲率が計算される。
本発明者らは、上述の実験品と等価な板材に対して同じ条件でハット曲げ加工を行った場合にその板材に発生することが予想されるスプリングバックを3種類の成形シミュレーションによって解析した。図46には、それら3種類の成形シミュレーションによる3種類の解析結果が、実験値と共に、開き量という観点からグラフで表されている。また、図47には、それら3種類の成形シミュレーションによる3種類の解析結果が、実験値と共に、曲率(1/曲率半径ρ)という観点からグラフで表されている。
それら3種類の成形シミュレーションは、本実施形態に従うシミュレーションであって、板材の中立面を移動させることなく、板厚方向応力σzを考慮することに伴う曲げ方向および断面方向における力の不つり合いを是正するものを含んでいる。図46および図47には、この種類の成形シミュレーションの結果が「軸力補正」というラベルを付して示されている。
それら3種類の成形シミュレーションは、さらに、板厚方向応力σzを考慮することに伴う曲げ方向および断面方向における力の不つり合いを板材の中立面を移動させることによって是正するものも含んでいる。図46および図47には、この種類の成形シミュレーションの結果が「中立面移動」というラベルを付して示されている。
それら3種類の成形シミュレーションは、さらに、板厚方向応力σzを考慮することに伴う曲げ方向および断面方向における力の不つり合いを是正するしないものも含んでいる。図46および図47には、この種類の成形シミュレーションの結果が「軸力補正なし」というラベルを付して示されている。
図46に示すように、本実施形態に従う成形シミュレーションによれば、開き量の実験値が十分に高い精度で再現されるとともに、その再現精度は、中立面移動を伴う成形シミュレーションと同程度である。
また、図47に示すように、本実施形態に従う成形シミュレーションによれば、曲率の実験値が十分に高い精度で再現されるとともに、その再現精度は、中立面移動を伴う成形シミュレーションより高い。
以上の説明から明らかなように、本実施形態においては、図14におけるS512が前記(1)項における「暫定値算出工程」の一例を構成し、S515が同項における「応力近似関数特定工程」の一例を構成し、S516が同項における「仮面内応力算出工程」の一例を構成し、S517が同項における「断面力増分算出工程」の一例を構成し、S518が同項における「配分量決定工程」の一例を構成し、S519が同項における「最終値決定工程」の一例を構成しているのである。
さらに、本実施形態においては、図14におけるS519が前記(2)項における「最終値算出工程」の一例を構成し、S518が前記(3)項における「配分量決定工程」の一例および前記(4)項における「配分量決定工程」の一例を構成し、S517が前記(5)項における「断面力増分算出工程」の一例を構成しているのである。
さらに、本実施形態においては、図12に示す成形シミュレーション・プログラムが前記(8)項に係る「プログラム」の一例を構成し、その成形シミュレーション・プログラムを記憶しているメモリ22、CD−ROM30またはMO32がそれぞれ、前記(9)項に係る「記録媒体」の一例を構成しているのである。
以上、本発明の実施の形態のうちの一つを図面に基づいて詳細に説明したが、これは例示であり、前記[発明の開示]の欄に記載の態様を始めとして、当業者の知識に基づいて種々の変形、改良を施した他の形態で本発明を実施することが可能である。