本発明は、フッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置に関する。更に詳しくは、本発明は、フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度1〜1,000A/dm2で電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置であって、陽極として導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を用いることを特徴とする電解装置に関する。
本発明の電解装置を用いることにより、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなくフッ素又は三フッ化窒素の製造を行うことができる。したがって、本発明の装置は、フッ素又は三フッ化窒素の工業的製造に極めて有利に用いられる。
フッ素は、全元素の中で化学的に最も活性である。このために、フッ素は、その化合物(たとえば、三フッ化窒素)とともに、多くの分野において大量に用いられている。
フッ素は、原子力産業においては、ウラニウム濃縮用の六フッ化ウラニウム(UF6)や高誘電率ガス用の六フッ化硫黄(SF6)を合成するための原料として用いられている。また、半導体産業においては、フッ素は、シリコン酸化皮膜と反応したり不純物金属と選択的に反応したりするという性質を利用して、シリコンウエハー表面のドライ洗浄やエッチングガスに利用されている。さらに、上記の産業以外の産業において、フッ素は、ガソリンタンクに使用される高密度ポリエチレンのガス透過性を抑制するために用いられたり、オレフィン系ポリマーの濡れ性を向上させるために用いられたりしている。オレフィン系ポリマーは、フッ素と酸素との混合ガスで処理することにより、その表面にフッ化カルボニル基(-COF)が導入される。フッ化カルボニル基は、加水分解反応(たとえば、空気中の湿気との反応)によって容易にカルボキシル基(-COOH)に変化し、これによってオレフィン系ポリマーの濡れ性が向上する。
一方、三フッ化窒素(NF3)は、米国のNASAにより計画、実行された惑星探査用ロケットの燃料酸化剤として大量に消費されて以来、大いに関心が持たれるようになった。三フッ化窒素は、現在は、半導体産業において、半導体製造工程でのドライエッチング用ガス、半導体製造工程または液晶ディスプレー製造工程でのCVDチャンバーのクリーニングガスとして大量に用いられている。CVDチャンバーのクリーニングガスとしては、四フッ化炭素(CF4)、六フッ化エタン(C2F6)などの過フッ素化物(PFC;perfluorinated compound)も用いられているが、近年、PFCが地球温暖化現象に大きく作用していることが判明したために京都議定書などにより国際的にその使用が制限または禁止されようとしており、その代替ガスとして三フッ化窒素がさらに大量に用いられるようになっている。
上記のようにフッ素や三フッ化窒素は、多くの分野において大量に用いられている。したがって、フッ素や三フッ化窒素を工業的規模で効率的に製造することは重要である。
フッ素は、多くの物質と容易に反応するので、通常の化学的酸化や置換法では単離できず、もっぱら電気分解法によって製造される。電気分解法においては、電解浴として通常、フッ化カリウムとフッ化水素とのモル比が1:2であるフッ化水素含有溶融塩(以下、しばしば「KF−2HF系のHF含有溶融塩」と表記する)を用いて製造される。
一方、三フッ化窒素の製造方法には、化学法と電気分解法とがある。化学法においては、上記のKF−2HF系のHF含有溶融塩を電解浴として用いる電気分解によってフッ素を得た後、得られたフッ素を金属フッ化物アンモニウム錯体などと反応させることによって三フッ化窒素が得られる。また、電気分解法においては、三フッ化窒素は、フッ化アンモニウム(NH4F)とフッ化水素(HF)とのHF含有溶融塩、または、フッ化アンモニウム、フッ化カリウム(KF)及びフッ化水素のHF含有溶融塩を電解浴として用いて直接に製造される。
一般に、電解装置に用いる電極の材料としては、機械加工の容易性、導体抵抗の観点から金属を用いることが望ましい。しかし、フッ化水素を含む溶融塩を用いてフッ素または三フッ化窒素を製造するための電解装置においては、金属を陽極として用いることは不適切である。というのは、フッ化水素を含む溶融塩を用いてフッ素または三フッ化窒素を製造するための電気分解を行うと、金属は激しく溶解し、金属フッ化物のスラッジが発生したり、不動態化被膜を生じて電流が流れなくなったりするため、電気分解が継続できなくなるからである。
たとえば、フッ素の電気分解製造において、ニッケルを陽極として用いる場合、電解中にニッケルは激しく腐食溶解し、大量のニッケルフッ化物のスラッジが発生する。また、三フッ化窒素の電気分解製造において、ニッケルを陽極として用いる場合も、電解中にニッケルは激しく腐食溶解し、大量のニッケルフッ化物のスラッジが発生する。
このように、金属を陽極として用い、フッ化水素を含む溶融塩を電解浴として用いてフッ素または三フッ化窒素の電気分解製造を行うと、金属は激しく溶解し、金属フッ化物のスラッジが発生する。このため、定期的な電極交換、定期的な電解浴交換が必要となり、フッ素または三フッ化窒素の継続的な製造は困難となる。なお、電流密度を増加すると金属の溶解が著しく増加するから、高電流密度での電解は困難である。
そこで、フッ化水素を含む溶融塩を電解浴として用いてフッ素または三フッ化窒素の電気分解製造を行う場合には、陽極として炭素電極が用いられている。しかし、炭素電極を陽極として用いる場合、次のような問題がある。
まず、フッ素を製造する場合について説明する。炭素電極を陽極として用い、上記のKF−2HF系のHF含有溶融塩のようなフッ化水素含有溶融塩を電解浴として用いてフッ素を製造する場合、陽極表面上においては、下記式(1)で表される、フッ化物イオンの放電によるフッ素生成反応が起きると同時に、下記式(2)で表される反応によってフッ化グラファイト((CF)n)が生成する。フッ化グラファイトは、共有結合性のC−F結合を有することにより表面エネルギーが極端に低いために、電解浴との濡れ性が悪い。フッ化グラファイトは、ジュール熱によって、下記式(3)で表される反応に示すように四フッ化炭素(CF4)、六フッ化エタン(C2F6)などに分解する。
下記式(2)で表される反応(フッ化グラファイトの生成反応)の反応速度が下記式(3)で表される反応(フッ化グラファイトの分解反応)の反応速度より大きくなると、炭素電極表面がフッ化グラファイトによって被覆され、炭素電極と電解浴との濡れ性が低下し、遂には電流が流れなくなる(陽極効果)。電流密度が高い場合には、下記式(2)で表される反応の反応速度が大きくなるから、陽極効果が生じやすくなる。
HF2 - → (1/2)F2 + HF + e- (1)
nC + nHF2 - → (CF)n + nHF + e- (2)
(CF)n → xC + yCF4, zC2F6, etc (3)
電解浴中の水分の濃度が高い場合にも、以下に示すように、陽極効果が生じやすくなる。下記式(4)に示すように、炭素電極表面の炭素は、電解浴中の水分と反応して酸化グラファイト(CxO(OH)y)が生成する。酸化グラファイトは不安定であるために、下記式(5)に示すように、フッ化物イオンの放電によって生じた原子状フッ素と置換反応し、フッ化グラファイト((CF)n)に変化する(原子状フッ素は中間生成物として現れ、最終的にフッ化グラファイトへと変化する)。さらに酸化グラファイトの生成によりグラファイトの層間が広がるために、フッ素の拡散が容易となり、上記式(2)で表される反応(フッ化グラファイトの生成反応)の反応速度が増大する。したがって、陽極効果が生じやすくなる。
xC + (y+1)H2O → CxO(OH)y + (y+2)H+ + (y+2)e- (4)
CxO(OH)y + (x+3y+2)F- → (x/n)(CF)n + (y+1)OF2 + yHF + (x+3y+2)e- (5)
陽極効果の発生は、陽極の濡れ性低下により生産効率を著しく減少させるので、炭素電極を使用する場合の大きな問題となっている。陽極効果を防止するためには、脱水電解によって電解浴中の水の濃度を下げるなどの煩雑な操作が必要になるのみならず、電解電流密度を陽極効果が発生する臨界電流密度以下にすることが必要になる。汎用されている炭素電極の臨界電流密度は約10A/dm2である。電解浴中にフッ化リチウムやフッ化アルミニウムなどのフッ化物を1〜5重量%含ませることによって臨界電流密度を増加させることはできるが、このようにしても、臨界電流密度はせいぜい20A/dm2程度である。
一方、炭素電極を陽極として用いてフッ化水素を含む溶融塩を電気分解することにより三フッ化窒素を製造する場合にも、同様の問題がある。上記のように、三フッ化窒素の製造方法には、化学法と電気分解法とがある。
化学法においては、上記のように、電気分解によってフッ素を得た後、得られたフッ素を金属フッ化物アンモニウム錯体などと反応させることによって三フッ化窒素が得られる。この方法では、電気分解によってフッ素を製造する段階で上記の陽極効果の発生という問題を抱えている。
炭素電極を陽極として用いて電気分解法によって三フッ化窒素を製造する場合には、電解浴として、フッ化アンモニウム(NH4F)とフッ化水素(HF)とのHF含有溶融塩、または、フッ化アンモニウム、フッ化カリウム(KF)及びフッ化水素のHF含有溶融塩を用いる。この方法では、炭素電極を陽極とし、KF−2HF系のHF含有溶融塩を電解浴としてフッ素を製造する場合と同様に、陽極効果が発生する。
さらに、上記式(3)で表される反応(フッ化グラファイトの分解反応)によって生成した四フッ化炭素(CF4)、六フッ化エタン(C2F6)が目的物である三フッ化窒素の純度を低下させるという問題がある。三フッ化窒素、四フッ化炭素、六フッ化エタンの物性は極めて類似しており、蒸留分離は困難であるため、高純度の三フッ化窒素を得るためにはコストの嵩む精製方法を採用せざるを得ない。
このように、陽極として炭素電極を用いてフッ化水素を含む溶融塩を電気分解することによってフッ素または三フッ化窒素を製造する方法は、陽極効果の発生という問題を抱えている。上記のように、陽極効果の発生を防止するためには、脱水電解によって電解浴中の水の濃度を下げるなどの煩雑な操作が必要になるのみならず、電解電流密度を陽極効果が発生する臨界電流密度以下にすることが必要になる。
したがって、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく操業を行うことができる電解装置を開発することが要望されていた。
日本国特開平7−299467号公報
日本国特開2000−226682号公報
日本国特開平11−269685号公報
日本国特開2001−192874号公報
日本国特開2004−195346号公報
日本国特開2000−204492号公報
日本国特開2004−52105号公報
日本国特許第364545号
日本国特開2005−97667号公報
渡辺信淳編「フッ素化学と工業(I) 進歩と応用」(日本国、株式会社化学工業社、1973年)
渡辺信淳編「フッ素化学と工業(II) 進歩と応用」(日本国、株式会社化学工業社、1973年)
Akira Fujishima編「Diamond Electrochemistry」(BKC INC., Tokyo、2005年)
本発明が解決しようとする課題は、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく操業を行うことができる、フッ化水素を含む溶融塩を電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置を提供することである。
本発明者らは、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく操業を行うことができる、フッ化水素を含む溶融塩を電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置を開発するために、鋭意検討を重ねた。具体的には、炭素電極が有する問題(陽極効果の発生)を生じさせないような電極を開発するために、研究を重ねた。この研究の中で、本発明者らは、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極に注目した。
導電性ダイヤモンドは、熱的、化学的に安定な材料であり、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を用いた電気分解方法が数多く提案されている。たとえば、特許文献1は、導電性ダイヤモンド被覆電極を用いて廃液中の有機物を酸化分解する処理方法を提案している。特許文献2は、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極及び陰極として用いて有機物を電気化学的に処理する方法を提案している。特許文献3は、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極として用いてオゾンを合成する方法を提案している。特許文献4は、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極として用いてペルオキソ硫酸を合成する方法を提案している。特許文献5は、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極として用いて微生物を殺菌する方法を提案している。これらの従来技術で使用されている導電性ダイヤモンド被覆電極において、被覆率(即ち、電極表面が導電性ダイヤモンド被覆層によって被覆されている割合)は通常約100%である。
しかしながら、上記の例はすべて、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を、フッ化水素を含まない水溶液の電気分解に利用したものであって、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解に用いるものではなかった。
なお、特許文献6は、フッ化物イオンを含有する電解浴で半導体ダイヤモンドを用いる方法を開示している。しかし、特許文献6は、上記式(1)及び(2)に示したフッ化物イオンの放電反応の起こる電位より卑な電位領域(即ち、フッ素発生反応が起こらない領域)での脱水素反応、及びそれに続いて起こるフッ素置換反応による有機電解フッ素化反応を行うものであって、フッ化水素を含む溶融塩を直接電気分解してフッ素ガスや三フッ化窒素を製造する方法には適用できない。実際、上記式(1)に示したフッ化物イオンの放電反応(この反応は、炭素電極の安定性を阻害する)が起こる領域において、特許文献6に記載の電極を用いて電解を行うと、電極が崩壊して電解が継続できなくなる。
このように、従来技術においては、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解に用いることを教示または示唆するものは一つもなかった。
このような中で、本発明者らは、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解に用いることができないかどうかを研究した。その結果、意外にも、陽極として、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を用いる電解装置を用いることにより、高い電流密度においても陽極効果を発生させずに操業を行うことができることを知見した。また、このような電極を用いることにより、電極消耗によるスラッジの発生を防止でき、且つ、四フッ化炭素ガスの発生を少なくできることも知見した。これらの知見に基づき、本発明を完成するに到った。
したがって、本発明の1つの目的は、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく操業を行うことができる、フッ化水素を含む溶融塩を電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置を提供することである。
本発明の上記及びその他の諸目的、諸特徴並びに諸利益は、添付の図面を参照しながら述べる以下の詳細な説明及び請求の範囲の記載から明らかになる。
本発明の装置を用いると、高い電流密度においても陽極効果を発生させずに操業を行うことができる。したがって、大量の電極を電解装置に装着する必要がないので、電解装置の小型化が可能となる。また、本発明の装置においては、電極消耗によるスラッジの発生がなく、且つ、四フッ化炭素ガスの発生を少なくして操業を行うことができる。
本発明のシステムの1例の概略図である。
本発明の電解装置に用いる陽極の1例の概略図である。
本発明において用いる、陰極室水平断面積の陽極室水平断面積に対する比が3である電解槽の1例の概略図である。
本発明において用いる、陰極室水平断面積の陽極室水平断面積に対する比が2である電解槽の1例の概略図である。
本発明において用いる、陰極室水平断面積の陽極室水平断面積に対する比が0.5である電解槽の1例の概略図である。
本発明の電解装置における電解槽及び隔壁の形状の3例を示したものである。図6(A)は、電解槽及び隔壁がともに直方体形である場合を示す。図6(B)は、電解槽が円筒形で隔壁が直方体形である場合を示す。図6(C)は、電解槽及び隔壁がともに円筒形である場合を示す。
本発明によれば、
フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度1〜1,000A/dm2で電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置であって、
隔壁によって陽極室と陰極室とに仕切られた電解槽、
該陽極室に配置された陽極、及び
該陰極室に配置された陰極
を包含し、
該電解槽は電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩または該溶融塩の原料を供給するための供給口を有し、
該陽極室はガスを該電解槽から抜き出すための陽極ガス抜き出し口を有し、
該陰極室はガスを該電解槽から抜き出すための陰極ガス抜き出し口を有し、
該陽極が、導電性基板と該導電性基板の表面の少なくとも一部に形成された被覆層とからなり、
該導電性基板の少なくとも表面部分が導電性炭素質材料からなり、
該被覆層がダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料からなる
ことを特徴とする電解装置が提供される。
次に、本発明の理解をさらに容易にするために、本発明の基本的特徴及び好ましい態様を列挙する。
1. フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度1〜1,000A/dm2で電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置であって、
隔壁によって陽極室と陰極室とに仕切られた電解槽、
該陽極室に配置された陽極、及び
該陰極室に配置された陰極
を包含し、
該電解槽は電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩または該溶融塩の原料を供給するための供給口を有し、
該陽極室はガスを該電解槽から抜き出すための陽極ガス抜き出し口を有し、
該陰極室はガスを該電解槽から抜き出すための陰極ガス抜き出し口を有し、
該陽極が、導電性基板と該導電性基板の表面の少なくとも一部に形成された被覆層とからなり、
該導電性基板の少なくとも表面部分が導電性炭素質材料からなり、
該被覆層がダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料からなる
ことを特徴とする電解装置。
2. 該陽極の該導電性基板の全部が導電性炭素質材料からなることを特徴とする前項1に記載の電解装置。
3. 該陰極室の水平断面積の該陽極室の水平断面積に対する比が2以上であることを特徴とする前項1または2に記載の電解装置。
4. 該電解槽が柱状であることを特徴とする前項3に記載の電解装置。
5. 該電解槽が円筒形又は直方体形であることを特徴とする前項4に記載の電解装置。
6. 該陽極室内の圧力を調節するための陽極室圧力調節手段及び該陰極室内の圧力を調節するための陰極室圧力調節手段を有することを特徴とする前項1〜5のいずれかに記載の電解装置。
7. 該陽極室に、該陽極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陽極室液面検知手段が設けられており、
該陰極室に、該陰極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陰極室液面検知手段が設けられている
ことを特徴とする前項1〜6のいずれかに記載の電解装置。
8. 該電解槽内の温度を調節するための温度調節手段を有することを特徴とする前項1〜7のいずれかに記載の電解装置。
9. 不活性ガスを該陰極室に導入するための不活性ガス導入手段を有することを特徴とする前項1〜8のいずれかに記載の電解装置。
10. フッ素又は三フッ化窒素を電解製造するための方法であって、前項9の電解装置を用いて、不活性ガス導入手段によって不活性ガスを陰極室に導入しながら、フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度100〜1,000A/dm2で電気分解することを特徴とする方法。
11. フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を供給するために用いる、前項1〜9のいずれかに記載の電解装置。
12. フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を供給するためのシステムであって、
前項1〜9のいずれかの電解装置、及び
該電解装置によって製造されるフッ素又は三フッ化窒素を精製するための精製装置を有し、
該システムの運転時には、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、該精製装置を通して行うようになっていることを特徴とするシステム。
13. 該電解装置の陰極ガス抜き出し口から出るガスを不活性ガスと混合希釈して排出するための手段を有することを特徴とする前項12に記載のシステム。
14. 該電解装置及び該精製装置が1つの筺体に収納されていることを特徴とする前項12に記載のシステム。
15. フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を供給するためのシステムであって、
前項1〜9のいずれかの電解装置、及び
該電解装置によって製造されるフッ素又は三フッ化窒素を昇圧するための加圧器を有し、
該システムの運転時には、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、該加圧器を通して行うようになっていることを特徴とするシステム。
16. 該電解装置の陰極ガス抜き出し口から出るガスを不活性ガスと混合希釈して排出するための手段を有することを特徴とする前項15に記載のシステム。
17. 該電解装置及び該加圧器が1つの筺体に収納されていることを特徴とする前項15に記載のシステム。
18. フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を供給するためのシステムであって、
前項1〜9のいずれかの電解装置、
該電解装置によって製造されるフッ素又は三フッ化窒素を精製するための精製装置、及び
該精製装置によって精製されたフッ素又は三フッ化窒素を昇圧するための加圧器を有し、
該システムの運転時には、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、該加圧器を通して行うようになっていることを特徴とするシステム。
19. 該電解装置の陰極ガス抜き出し口から出るガスを不活性ガスと混合希釈して排出するための手段を有することを特徴とする前項18に記載のシステム。
20. 該電解装置、該精製装置及び該加圧器が1つの筺体に収納されていることを特徴とする前項18に記載のシステム。
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の電解装置について説明する。本発明の電解装置は、フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度1〜1,000A/dm2で電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置であって、隔壁によって陽極室と陰極室とに仕切られた電解槽と、該陽極室に配置された陽極と、該陰極室に配置された陰極とを包含する。電解槽は電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩または該フッ化水素含有溶融塩の原料を供給するための供給口を有する(供給口は通常、陰極室に設ける)。陽極室はガスを電解槽から抜き出すための陽極ガス抜き出し口を有する。陰極室はガスを電解槽から抜き出すための陰極ガス抜き出し口を有する。
本発明の電解装置は、必要に応じて上記の構成要素以外の構成要素を含有していてもよい。本発明の電解装置においては、陽極以外の構成要素についてはすべて、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解に従来から用いられているものを用いることができる。また、電解装置の構造についても、従来から用いられている構造と同じでよい。これらについては、たとえば、特許文献7、特許文献8、非特許文献1、非特許文献2に記載されているものを用いることができる。
本発明において用いる陽極について説明する。本発明において用いる陽極は、導電性基板と該導電性基板の表面の少なくとも一部に形成された被覆層とからなり、該導電性基板の少なくとも表面部分が導電性炭素質材料からなり、該被覆層がダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料からなる(以下、この電極をしばしば「導電性ダイヤモンド被覆電極」と称する)。
ダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料としては、ダイヤモンド構造を有する限り特に限定はない。ダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料の例としては、導電性ダイヤモンド、導電性ダイヤモンドライクカーボンが挙げられる。導電性ダイヤモンドも導電性ダイヤモンドライクカーボンも、熱的、化学的に安定な材料である。これらは単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。ダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料としては、導電性ダイヤモンドが好ましい。
導電性基板の表面部分は導電性炭素質材料からなる。導電性基板の表面部分の導電性炭素質材料としては、通常、フッ化物イオンの放電生成物である原子状フッ素に対して化学的に安定なものが用いられる。たとえば、非晶質カーボンのように、フッ化グラファイト((CF)n)を形成し、フッ素−黒鉛層間化合物による崩壊の生じない炭素質材料が用いられる。また、導電性ダイヤモンドを導電性基板の表面部分に用いてもよい。
導電性基板の内部の材質については、炭素質材料(非晶質カーボン)、ニオブ、ジルコニウムなどを用いることができる。導電性基板の表面部分の材質と内部の材質とは、同一であっても異なっていてもよい。たとえば、導電性基板の全体がグラファイトであってもよい。
もし導電性基板がダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料からなる被覆層(この層を以下しばしば「導電性ダイヤモンド被覆層」と称する)よって完全に被覆されていれば、導電性基板の材質には、表面部分も内部も、導電性である限り特に限定はなくなる。しかし、導電性基板の僅かな一部でも導電性ダイヤモンド被覆層によって被覆されずに露出している場合には、フッ化物イオンの放電生成物である原子状フッ素に対する化学的安定性の乏しい材質を導電性基板の表面部分の材質として用いると、露出している部位から陽極が崩壊するため、電解を継続することができなくなる。
実際には、導電性ダイヤモンド被覆層は多結晶の層となるため、極めて小さな欠損もなく導電性基板を導電性ダイヤモンド被覆層によって完全に被覆することは困難である。そのため、上記のように、導電性基板の表面部分の材質としては、通常、フッ化物イオンの放電生成物である原子状フッ素に対して化学的に安定なものが用いられる。
なお、導電性基板として、導電性ダイヤモンドライクカーボンやガラス状炭素などの極めて緻密な炭素質材料を被覆したニッケルやステンレスなどの金属材料を用いることもできる。
導電性基板の形状については特に限定はなく、板状、メッシュ状、棒状、パイプ状、ビーズなどの球状のものなどを用いることができる。好ましくは板状のものである。また、導電性基板のサイズについても特に限定はない。導電性基板が板状である場合、従来は工業的にはたとえば200mm(幅)×600mm(長さ)×50mm(厚さ)程度のものが用いられていた。本発明においては、たとえば幅が200〜280mm程度、長さが340〜530mm程度、厚さが50〜70mm程度のものを用いることができる。
導電性基板の表面部分の材質と内部の材質とが異なる場合、導電性基板の表面部分自身は、導電性基板の内部とは別の層を形成する。この表面層の厚さは、通常0.5〜20μm、好ましくは0.5〜10μm、さらに好ましくは0.5〜5μmである。また、内部の層の厚さについては、電極としての強度を保てる厚さである限り特に限定はない。内部の層の厚さは、通常1mm以上である。
導電性ダイヤモンド被覆層の厚さについては特に限定はないが、経済性の観点から、好ましくは1〜20μm、さらに好ましくは1〜10μmである。また、導電性ダイヤモンド被覆層の厚さは均一であってもなくともよいが、均一であることが好ましい。
なお、導電性ダイヤモンドを導電性基板の表面部分及び/または内部に用いてもよいが、経済性の観点から、導電性基板の表面部分及び内部には、導電性ダイヤモンド以外の材質を用いることが好ましい。
上記のように、導電性ダイヤモンド被覆層は、導電性基板の少なくとも一部を被覆している。導電性基板の表面が導電性ダイヤモンド被覆層によって被覆される割合(以下「被覆率」と称する)は、通常、導電性基板の全表面面積の10%以上、好ましくは導電性基板の全表面面積の50%以上、さらに好ましくは導電性基板の全表面面積の70%以上、さらに好ましくは導電性基板の全表面面積の90%以上であり、最も好ましくは100%である。被覆率が導電性基板の全表面面積の10%未満である場合には、高電流密度での操業が困難になるという問題が生ずる。
上記のように、被覆率は最も好ましくは100%であるが、経済性の観点から、被覆率を100%にすることは実際的にはあまりない。たとえば、板状の導電性基板に導電性ダイヤモンド被覆層を形成する場合、導電性基板の上下の2面(表裏の2面;即ち、厚み方向に垂直な2面)に導電性ダイヤモンド被覆層を形成し、残りの4面(4つの側面;即ち、厚み方向に平行な4面)には導電性ダイヤモンド被覆層を形成しないことが多い。
導電性ダイヤモンド被覆電極の製造方法について説明する。導電性ダイヤモンド被覆電極は、導電性基板の表面に導電性ダイヤモンド被覆層を形成することによって得られる。導電性基板の表面に導電性ダイヤモンド被覆層を形成する方法については特に限定はない。代表的な方法として、熱フィラメントCVD(化学蒸着)法、マイクロ波プラズマCVD法、プラズマアークジェット法及び物理蒸着(PVD)法などが挙げられる。これらの方法については、たとえば非特許文献3を参照することができる。これらの方法に用いることのできる市販の装置の例としては、米国SP3社製熱フィラメントCVD装置を挙げることができる。
上記の方法のいずれにおいても、ダイヤモンド原料として水素ガス及び炭素源の混合ガスを用いるが、ダイヤモンドに導電性を付与するために、炭素と原子価の異なる元素(以下、「ドーパント」と称する)を微量添加する。ドーパントとしては、硼素、リン、窒素が好ましく、硼素が特に好ましい。ドーパントの量は、導電性ダイヤモンド被覆層の重量に対して、好ましくは1〜100,000ppmであり、さらに好ましくは100〜10,000ppmである。
また、上記の方法のいずれにおいても、形成される導電性ダイヤモンド被覆層は通常、多結晶となり、導電性ダイヤモンド被覆層中にアモルファスカーボン成分やグラファイト成分が濃度としては同程度に残存する。導電性ダイヤモンド被覆層の安定性の観点から、アモルファスカーボン成分やグラファイト成分の量は少ない方が好ましい。これを定量的に表現するために、導電性ダイヤモンド被覆層中に存在するアモルファスカーボン成分とグラファイト成分が同程度の濃度であるため、ラマンバンド中のダイヤモンドに帰属されるバンドとグラファイトに帰属されるバンドの比をもってダイヤモンドの量を議論する。具体的には、ラマン分光分析において、ダイヤモンドに帰属する1,332cm-1付近(1,312〜1,352cm-1の範囲)に存在するピーク強度I(D)の、グラファイトのGバンドに帰属する1,580cm-1付近(1,560〜1,600cm-1の範囲)に存在するピーク強度I(G)に対する比(I(D)/I(G))が1を超えること、即ち、ダイヤモンドの含有量がグラファイトの含有量より多くなることが好ましい。上記比(I(D)/I(G))は、より好ましくは2以上であり、より好ましくは3以上、より好ましくは3.6以上、より好ましくは4以上、より好ましくは5以上である。
以下、熱フィラメントCVD(化学蒸着)法について説明する。まず、炭素源となるメタン、エタノール、アセトンなどの有機化合物とドーパントとを水素ガスなどと共に熱フィラメントCVD装置に供給する。メタン、ドーパント及び水素ガスを供給する場合は、メタン及びドーパントの量は、メタン、ドーパント及び水素ガスの総体積に対して、たとえば、それぞれ、0.1〜10体積%、0.02〜2体積%である。混合ガスの供給速度は熱フィラメントCVD装置のサイズに依存するが、通常0.5〜10リットル/min、好ましくは0.6〜8リットル/min、さらに好ましくは1〜5リットル/minである。装置内圧力は、好ましくは15〜760Torr、さらに好ましくは20〜300Torrである。
次に、フィラメントを水素ラジカルなどが発生する温度である1,800〜2,800℃に加熱し、この雰囲気内において、導電性基板を、その温度が750〜950℃(ダイヤモンドが析出する温度領域)になるように配置し、導電性基板表面上への導電性ダイヤモンドの析出を行うことによって導電性ダイヤモンド被覆層を形成する。これによって、導電性ダイヤモンド被覆電極が得られる。
導電性ダイヤモンド被覆層を形成する前に導電性基板の表面を研磨しておくことは、導電性基板と導電性ダイヤモンド被覆層との密着性を向上させるという観点から好ましい。研磨後における導電性基板表面の算術平均粗さ(Ra)は好ましくは0.1〜15μm、さらに好ましくは0.2〜3μmであり、最大高さ(Rz)は好ましくは1〜100μmであり、さらに好ましくは2〜10μmである。また、導電性基板の表面にダイヤモンド粉末を核付けすることは、導電性ダイヤモンド被覆層を均一に成長させる上で効果がある。
上記の方法により、導電性基板の表面には、導電性ダイヤモンド被覆層として、通常0.001〜2μm、好ましくは0.002〜1μmの粒径を有するダイヤモンド微粒子からなる層が析出する。このようにして形成される導電性ダイヤモンド被覆層の厚さは、蒸着時間によって調節することができるが、上記のように、経済性の観点から、好ましくは1〜20μm、さらに好ましくは1〜10μmである。
陰極について説明する。陰極については、上記のように、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。陰極の例として、ニッケル、鉄が挙げられる。
電解槽について説明する。電解槽は、隔壁(スカート)によって、陽極室と陰極室とに仕切られている。陽極室には陽極が配置され、陰極室には陰極が配置される。
隔壁は、電解時に、陽極で合成されるフッ素又は三フッ化窒素と、陰極で合成される水素との混合を防止するためのものである。隔壁は通常、鉛直に配置される。
隔壁の材質については、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。隔壁の材質の例として、モネル(ニッケルと銅との合金)が挙げられる。
電解槽の材質については、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。電解槽の材質としては、高温のフッ化水素に対する耐食性の観点から、軟鋼、ニッケル合金、フッ素系樹脂などが好ましい。
電解槽の形状については、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。電解槽は通常、柱状であり、好ましくは円筒形または直方体形である。電解槽が円筒形である場合、後述の温度調節手段を用いることにより、電解槽を全周より均一に加熱することができる。電解槽が円筒形である場合、また、電極配置が同心円状となるため、電解槽内の電流分布が一様となり、安定な電解が可能となる。
電解槽が直方体形である場合も、後述の温度調節手段を用いることにより、電解槽を全周より均一に加熱することができる。
隔壁の形状については、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。隔壁は通常、柱状であり、好ましくは円筒形または直方体形である。
電解槽の形状と隔壁の形状との組合せについても、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。たとえば、電解槽及び隔壁がともに直方体形であってもよいし(図6(A)参照)、電解槽が円筒形で隔壁が直方体形であってもよいし(図6(B)参照)、電解槽及び隔壁がともに円筒形であってもよい(図6(C)参照)。
陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比は、好ましくは2以上であり、さらに好ましくは4以上である。陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比は、大きければ大きい程よく、特に上限はないが、実際上の観点から、上限は一般に10である。陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比が2以上であることが好ましい理由は、以下の通りである。
本発明の電解装置を用いると、従来よりも陽極効果を確実に防止できるので、従来より遥かに高い電流密度で電解を行うことができる。そのような高い電流密度で電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩の電解を行うと、陰極から水素ガスが大量に発生し、次のような不都合が生ずる。水素ガスが大量に発生すると、陰極室内の電解浴中を漂流する水素ガスの気泡が隔壁の下を潜って陽極室側に回り込み、水素がフッ素と結合してフッ化水素となり、フッ素の発生効率が低下する恐れがある。また、水素ガスは軽く、その気泡は非常に細かいために、水素ガスの発生量が多くなると、水素ガスの気泡は陰極室内の電解浴中を上昇し、電解浴中で激しく対流し、陰極室内の電解浴の液面では電解浴の泡が発生して見掛け上電解浴の液面が上昇した状態となる。したがって、後述の陰極室液面検知手段を用いて陰極室内の電解浴の液面の高さを検知する場合、該検知手段が液面の高さを誤認識し、正確な検知ができなくなるために、電解装置の制御に支障を来す恐れがある。
上記の不都合は、陰極室の水平断面積を陽極室の水平断面積に比べて相対的に大きくすること、具体的には陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比を2以上にすることによって解決されることを、本発明者らは見い出した。陰極室の水平断面積が陽極室の水平断面積に比べて相対的に大きい場合、水素ガスの気泡が隔壁の下を潜って陽極室側に回り込むことは無く、水素ガスの気泡による電解浴の液面の高さの見掛け上の上昇も無視できるので、上記の不都合は生じない。
本発明の電解装置は、該陽極室内の圧力を調整するための陽極室圧力調節手段及び該陰極室内の圧力を調整するための陰極室圧力調節手段を有することが好ましい。このような構成を有することにより、陽極室内の圧力と陰極室内の圧力とを等しくすることができる。陽極室内の圧力と陰極室内の圧力とを等しくすることにより、陽極室内の液面の高さと陰極室の液面の高さとを等しく、且つ、一定に保つことができるので、好都合である。陽極室内の液面の高さと陰極室の液面の高さとを等しく且つ一定にすることができない場合、次のような不都合がある。
陽極室内の液面の高さと陰極室の液面の高さとを等しく且つ一定にすることができない場合、液面の位置がそれぞれ変動し、最悪の場合には電解槽を二つに区分している隔壁の下にまで液面が移動し、この時には液面の低下した室に内包しているガスが反対の室内に混入する恐れがある。これによって、F2とH2の反応が起こり、これによってHFを生成し、電流効率の低下や、F2純度の低下(F2中のHF濃度の上昇)を生じる。また、液面が変動すると、HF供給を実施する基準が不正確となり、電解浴組成の適正値からのずれを生じる。(陽極室内の液面の高さと陰極室の液面の高さとが等しく且つ一定であるときには、電解浴中のHF組成も精度良く調整できる。)なお、陽極室内の圧力と陰極室内の圧力とが等しくなるように制御することは、電解槽内へのガスの供給(或いは電解槽内でのガス発生)と電解槽からのガスの排出とを順調に推移させることによって実現可能となる。これらを順調に推移させることができない場合は、それは異常の発生(電解の異常、配管の閉塞、弁の閉め切り不良、配管の漏れ等)を意味しており、異常が発生した場合には点検等の対策が必要となる。
陽極室圧力調節手段及び陰極室圧力調節手段を用いる場合には次のようにすればよい。陽極室圧力調節手段について説明する。陽極室圧力調節手段は、例えば次のようにして設ける。陽極室の天板から陽極室に不活性ガスを入れるような配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガスとして窒素を送れるようにする。陽極室に、陽極室の圧力を検知するための陽極室圧力検知手段(たとえば、圧力計)を設ける。上記陽極室圧力検知手段、及び、上記陽極室圧力検知手段による陽極室内の圧力の検知結果に基づいて開閉する自動弁を、陽極ガス抜き出し口及び陰極ガス抜き出し口の後段に取り付ける。これらによって構成される手段を陽極室圧力調節手段とすればよい。電解装置の作動時には、ガスボンベから配管を通じて陰極室に適宜窒素を導入し、上記陽極室圧力検知手段による陽極室内の圧力の検知結果に基づいて自動弁を適宜開閉し、これによって陽極室内の圧力を調整する。陰極室圧力調節手段についても同様である。
陽極室には、陽極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陽極室液面検知手段が設けられており、また、陰極室には、陰極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陰極室液面検知手段が設けられていることが好ましい。このような検知手段を設けることにより、電解槽内が目視できない状態であっても、陽極室内及び陰極室内の電解浴の液面の高さを正確に把握することができる。陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段による陽極室内及び陰極室内の電解浴の液面の高さの検知結果に基づいて、適宜、電解浴原料(フッ化水素(HF)及び/またはアンモニア(NH3))の補給を行うことによって、陽極室内の電解浴の液面の高さと陰極室内の電解浴の液面の高さとを等しくし、且つ、その等しい液面の高さを常に一定レベルに保つことができる。したがって、電解浴の逆流などを防止するともに、電解をさらに安定的に行うことが可能となる。陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段として用いる検知手段の例として、レベルプローブ(たとえば、電解浴の液面の高さを5段階以上で検知することのできるレベルプローブ)が挙げられる。
以下、電解浴の液面の高さを5段階で検知することのできる陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段を用いた、陽極室の液面の高さ及び陰極室の液面の高さを制御する方法について説明する。
液面高さの目盛りを5段階とし、高い順に目盛り1、目盛り2、目盛り3、目盛り4、目盛り5とする(隣り合う目盛り同士の間隔は2cm)。目盛り3の高さが標準の高さ(電解開始時の液面の高さ)である。この液面検知を陽極室と陰極室の両方で行う。通常、陽極室内及び陰極室内の圧力制御を行うことにより、陽極室及び陰極室の液面は目盛り3の高さの上下付近に維持される。
電解を継続していくと、電解浴原料となるフッ化水素を消耗する。電解浴中のフッ化水素の組成比が減少すると、その組成比に応じて体積も減少する。このため、陽極室及び陰極室において目盛り3の液面高さを標準として、陽極室及び陰極室の液面が目盛り3の高さより低くなった時に電解浴にフッ化水素の供給を開始し、陽極室と陰極室のうちどちらか一方でも液面が3番目の高さに達した時点でフッ化水素の供給を停止するという制御を行うと、制御装置として複雑な仕組みも必要とせずに電解浴中のフッ化水素の組成を小さなバラツキの範囲内で安定させることが出来る。これにより、電解浴中のフッ化水素の組成比を精度良く制御でき、フッ素又は三フッ化窒素の安定な製造が可能となる。
なお、何らかの異常や不具合が生じて液面が大きく変動し出した場合には、液面が目盛り2或いは目盛り4の高さに達した時点で電解を停止すると共にwarningレベルの警報を発する。この時点で操作員等が対応できれば、電解浴の液面高さを正常の位置に調整して、電解を継続する。更に液面高さの変動が大きくなった場合には、液面高さは目盛り1や目盛り5に達する。この時点では、電解装置は緊急停止し外部と連結されている配管を自動弁の閉鎖をして縁切りすると共にAlarmレベルの警報を発する。緊急停止とは、制御系以外の動力も停止し、加熱も行わず、ガスの供給や排出もない状態である。
電解装置は不活性ガス(窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンなど)を陰極室に導入するための不活性ガス導入手段を有することが好ましい。電解装置がこのような不活性ガス導入手段を有することが好ましい理由は、次の通りである。
上記のように、高い電流密度で電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩の電解を行うと、陰極から水素ガスが大量に発生し、陰極室内の電解浴の液面に泡が発生し、陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの正確な検知ができなくなる恐れがある。しかし、上記の不活性ガス導入手段により不活性ガスを陰極室に導入することによって、液面に発生した泡を消滅させることができる。したがって、陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの正確な検知ができなくなる恐れはなくなる。
陰極室内に大量の不活性ガスを導入すると、陰極室内の電解浴の液面が変動したり、また、陰極室内部が局部的に冷却されて陰極室内部の温度が不均一となったりする。このために、陰極室内の電解浴濃度のムラや冷却による局部的な固化などを生じ、電解操業にも悪影響を与える。したがって、陰極室内への不活性ガスの導入量は、少なくすることが好ましい。
不活性ガスの陰極室への導入量は、電解時に印加する電流密度によって異なる。電流密度が100A/dm2未満である場合には、不活性ガスの導入は不要である。電流密度が100A/dm2以上で500A/dm2未満である場合には、不活性ガスの導入量は水素と不活性ガスとの合計量に対して5体積%程度である。電流密度が500〜1,000A/dm2である場合には、不活性ガスの導入量は水素と不活性ガスとの合計量に対して10体積%程度である。
不活性ガス導入手段を用いて不活性ガスを陰極室内に導入する場合には、次のようにすればよい。陰極室の天板から陰極室に不活性ガスを入れるような配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガス(窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンなど)を送れるようにする。陽極室液面検知手段による陽極室内の電解浴の液面の高さの検知結果と陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの検知結果とに基づいて開閉する電磁弁を、陽極ガス抜き出し口及び陰極ガス抜き出し口の後段に取り付ける。これらによって構成される手段を不活性ガス導入手段とする。電解装置の作動時には、陽極室液面検知手段による陽極室内の電解浴の液面の高さの検知結果と陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの検知結果とに基づいて、電磁弁を適宜開閉し、これによって陰極室に適量の不活性ガスを導入する。
本発明の電解装置を用いた電気分解においては、従来よりも遥かに高い電流密度で操業を行うことができる。したがって、大量の電極を電解装置に装着する必要がないので、電解装置の小型化が可能となる。具体的に言えば、炭素電極を用いた従来の電解装置においては、1,000Aクラスの電解槽の容積は約400リットルであったが、本発明の電解装置においては、1,000Aクラスの電解槽の容積は約40リットルとなる。
本発明においてフッ素を製造する場合には、電解浴としてフッ化カリウム(KF)とフッ化水素(HF)とのHF含有溶融塩(モル比は1:x;ただし、xは好ましくは1.9〜2.3である)(以下、この溶融塩をしばしば「KF−xHF系のHF含有溶融塩」と称する)を用いることができる。KF−xHF系のHF含有溶融塩において、xが1.9未満になると、HF含有溶融塩の融点が上昇し、固化してしまい、電解を継続することができなくなる傾向がある。また、xが2.3を越えると、次のような不都合が生じる。フッ化水素(HF)の蒸気圧が高くなり、炭素電極内にHFが浸透し、層間化合物の生成を促し、電極崩壊を生じる。また電解槽やその構成部品の腐食、消耗が激しくなる傾向がある。またフッ化水素(HF)のロスも大きくなる。
なお、電解中、電解浴としてのKF−xHF系のHF含有溶融塩におけるxの値(フッ化カリウム(KF)に対するフッ化水素(HF)のモル比)は、フッ化水素が消費されることによって変動するが、フッ化水素を適宜、補給することにより、xの値を望む範囲(たとえば1.9〜2.3の範囲)に維持することができる。
また、三フッ化窒素を製造する場合には、電解浴として例えばフッ化アンモニウム(NH4F)とフッ化水素(HF)とのHF含有溶融塩(モル比は1:m;ただし、m=1〜4)(以下、このHF含有溶融塩をしばしば「NH4F−mHF系のHF含有溶融塩」と称する)や、フッ化アンモニウム、フッ化カリウム(KF)及びフッ化水素のHF含有溶融塩(モル比は、1:1:n;ただし、n=1〜7)(以下、このHF含有溶融塩をしばしば「NH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩」と称する)を用いることができる。NH4F−mHF系のHF含有溶融塩において、mは好ましくは2である。また、NH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩において、nは好ましくは4である。なお、上記以外の組成の電解浴を用いることにより、三フッ化窒素以外のフッ素化合物を得ることもできる。
なお、電解中、電解浴としてのNH4F−mHF系のHF含有溶融塩におけるmの値(フッ化アンモニウム(NH4F)に対するフッ化水素(HF)のモル比)やNH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩におけるnの値(フッ化カリウム(KF)に対するフッ化水素(HF)のモル比)は、フッ化水素が消費されることによって変動するが、フッ化水素を適宜、補給することにより、m及びnの値を望む範囲(たとえばmを1〜4の範囲、nを1〜7の範囲)に維持することができる。
本発明において行う電気分解において、電解浴の温度については、電解浴が溶融する温度である限り、特に限定はない。電解浴の温度は、好ましくは70〜120℃、さらに好ましくは80〜110℃、さらに好ましくは85〜105℃である。
電解浴の温度の調節は、電解槽に温度調節手段を設け、この温度調節手段を用いて行うことができる。温度調節手段の例として、電解槽の周囲に密着して設置したヒーター、ヒーターに接続され且つ電解槽の外に設置した温度制御器(PID動作(比例−積分−微分動作)が可能なもの)、及び電解槽内に設置した温度検知手段(たとえば、熱電対)から構成される温度調節手段が挙げられる。温度調節手段を用いることにより、電解槽内の電解浴の温度を一定温度に維持することができる。
KF−xHF系のHF含有溶融塩(x=1.9〜2.3)の調製方法については特に限定はなく、従来用いられている方法を用いることができる。たとえば、酸性フッ化カリウムに無水フッ化水素ガスを吹き込むことによって調製される。また、NH4F−mHF系のHF含有溶融塩(m=1〜4)の調製方法についても特に限定はなく、従来用いられている方法を用いることができる。たとえば、一水素二フッ化アンモニウム及び/又はフッ化アンモニウムに無水フッ化水素ガスを吹き込むことによって調製される。さらに、NH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩(n=1〜7)の調製方法についても特に限定はなく、従来用いられている方法を用いることができる。たとえば、酸性フッ化カリウムと、一水素二フッ化アンモニウム及び/又はフッ化アンモニウムとの混合物に無水フッ化水素ガスを吹き込むことによって調製される。
調製直後の電解浴の中には、数百ppm程度の水が混入するため、従来の炭素電極を陽極として用いた場合には、陽極効果を防止するために、0.1〜1A/dm2の低電流密度での脱水電解などによって水分除去を行う必要があった。しかし、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極として用いる本発明においては、陽極効果が発生しないので、高電流密度で脱水電解を行うことが可能であり、脱水電解を短時間で完了することができる。また、脱水電解することなく、所定の電流密度で操業を開始することもできる。
上記のように、電解槽は電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩または該フッ化水素含有溶融塩の原料を供給するための供給口を有する。操業時には、フッ化水素含有溶融塩の原料をこの供給口から適宜、補給する。
上記のように、本発明の電解装置を用いた電気分解においては、高電流密度であっても操業を行うことができる。本発明において、印加電流密度は通常1〜1,000A/dm2である。電流密度が1A/dm2未満の操業では従来技術に対する優位性がほとんどない。また1,000A/dm2を越える電流密度で操業を行うと、フッ素ガスの激しい発生により電解装置や電解装置を用いるシステムの構成部品の腐食、消耗を早めたり、配管の閉塞を起こしやすくなったりするという問題が生ずる。上記の構成部品の腐食や消耗、配管の閉塞の発生を抑制するという観点から、電流密度は、フッ素を製造する場合には、好ましくは2〜500A/dm2であり、さらに好ましくは10〜400A/dm2であり、特に好ましくは200〜400A/dm2であり、三フッ化窒素を製造する場合には、好ましくは10〜200A/dm2であり、さらに好ましくは40〜150A/dm2であり、特に好ましくは110〜150A/dm2である。
本発明の電解装置を用いて製造されるフッ素または三フッ化窒素は、ガスの形で得られる。
上記のように、本発明の電解装置を用いた電気分解においては従来よりも遥かに高い電流密度で操業を行うことができるので、効率的にフッ素又は三フッ化窒素を製造することができる。具体的には、たとえば電解槽として容積が40リットル程度のものを用いた場合、1時間当たりのフッ素又は三フッ化窒素の製造量は、従来の電解装置によって製造される量の数十倍〜100倍程度である。
したがって、本発明の電解装置は、従来の電解装置に比べ、半導体製造工場などにおいて用いるオンサイトの電解装置として、遥かに有利である。具体的には以下の通りである。
半導体製造工場は主としてクリーンルーム化されており、フットプリントに対するコストが高い。したがって、半導体製造工場において用いるオンサイトの電解装置は、より小型化したものであることが要求されている。従来の電解装置は、本発明の電解装置と比較すると、電解槽の単位体積当たりの、単位時間当たりのフッ素又は三フッ化窒素生産量が少ない。そのために、従来の電解装置を小型化して用いた場合、半導体の製造において必要とされる量のフッ素又は三フッ化窒素ガスを製造するためには長い時間がかかる。したがって、需要に見合うガス量を供給するために、保留装置に一度溜めておいて、保留装置から1回の需要量に見合うガスを供給する必要があった。従来の電解装置においては、電解によって発生したガスを加圧器を用いて昇圧して保存するが、フッ素ガスや三フッ化窒素は特に反応性が高いために、高圧で保存することは危険であり、長期間安定に保存するには昇圧時の圧力も0.2MPa程度以下にする必要がある。このために、従来の電解装置を用いる場合には、大きな需要量を賄うためには大きな保留装置が必要となる。この保留装置の大きさ(容量)は例えば500L〜3m3であり、フットプリントに対するコストの面から、従来の電解装置を用いることは著しく不利である。
これに対して、本発明の電解装置においては、電解槽の単位体積当たりの、単位時間当たりのフッ素又は三フッ化窒素生産量が非常に大きい。そのために、本発明の電解装置は、小型化して用いた場合でも、半導体の製造において必要とされる量のフッ素又は三フッ化窒素ガスを製造するためには短い時間しかからない。したがって、需要に見合うガス量を供給するために保留装置に一度溜めておく必要はないので、保留装置は不要である。したがって、フットプリントに対するコストの面から、本発明の電解装置を用いることは著しく有利である。
保留装置を用いないことは、後述のガス漏れ防止対策の面からも好ましい。しかし、すべての事情を考慮して保留装置を用いた方が有利であると考えられる場合には、保留装置を用いてもよい。
本発明の電解装置が陽極効果を発生せず、したがって、高電流密度における電気分解を可能にする理由は、次の通りであると考えられる。フッ化水素を含む溶融塩からなる電解浴に露出している、陽極中の非ダイヤモンド構造の炭素質材料の部分には、電解の進行とともに、電解浴との濡れ性が悪いフッ化グラファイト((CF)n)が形成されて安定に保護される一方、ダイヤモンド構造はフッ素終端となり、ダイヤモンド構造を形成するsp3結合はフッ素ラジカルにより切断されることはなく、従ってダイヤモンド構造中に含まれる導電性機能を発現するドーパント(たとえば、硼素、リン、窒素)は電解中にダイヤモンド構造から溶出しないために、安定に電解を継続することができる。
また、本発明の電解装置を用いた電気分解においては、電極の消耗、スラッジの発生がほとんど進行しないため、電極更新や電解浴更新を頻繁に行う必要はなくなり、電極更新や電解浴更新に伴う電解停止の頻度が低減する。したがって、電極更新や電解浴更新を行わず、電気分解によって消費される電解浴原料(フッ化水素(HF)、アンモニア(NH3))の補給のみを行うことによって、電解停止をせずに長期間安定的にフッ素または三フッ化窒素を製造することが可能となる。
上記のように、本発明においては、従来用いるものより小さい電解槽を用いて電解を行うことができる。従来用いるものより小さい電解槽を用いて電解を行う場合、電解によって消費されたフッ化水素(HF)を頻繁に補給する必要がある。このために、電解中、電解浴中のフッ化水素(HF)の濃度が大きく変化するが、導電性ダイヤモンド被覆電極はこの変化に十分耐えることができ、陽極効果を起こすことはない。
上記のように、陽極室はガスを電解槽から抜き出すための陽極ガス抜き出し口を有し、陰極室はガスを電解槽から抜き出すための陰極ガス抜き出し口を有する。本発明の電解装置を用いた電気分解により、陽極及び陰極からそれぞれガスが発生する。陽極から発生するガスは主としてフッ素又は三フッ化窒素であり、陰極から発生するガスは主として水素である。陽極から発生するガスは、陽極ガス抜き出し口から電解槽の外に出す。望むならば、陽極から発生するガスは、陽極ガス抜き出し口から電解槽の外に出した後、精製装置に送って精製してもよい。精製装置としては、後述の、本発明のシステムに用いる精製装置を用いることができる。また、陰極から発生するガスは、陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出す。望むならば、陰極から発生するガスは、陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出した後、精製装置に送って精製してもよい。陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出したガスは、水素濃度を減らし、爆発を起こす可能性を無くするために、不活性ガス(窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンなど)と混合希釈した上で大気中に放出することが好ましい。
本発明の電解装置は、フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を長期間安定的に供給するために用いることができる。また、本発明の電解装置を用いて、フッ素または三フッ化窒素を目的の反応を行うための反応装置に長期間安定的に供給するためのシステムを作製することができる。上記のように、本発明においては、電解槽を小型化できるので、本発明の電解装置、及びこれを用いた本発明のシステムも小型化できる。したがって、本発明のシステムは、半導体工場などにオンサイトで設置することができる。したがって、フッ化水素又は三フッ化窒素を用いて反応を行うための反応装置は、半導体工場内に置かれたものでよい。
本発明のシステムは、フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を供給するためのシステムであって、本発明の電解装置、及び、精製装置と加圧器のうちの少なくとも1つを含む。即ち、本発明のシステムは、本発明の電解装置以外に、精製装置を含む場合もあれば、加圧器を含む場合もあれば、精製装置と加圧器とを含む場合もある。以下、本発明のシステムが、本発明の電解装置以外に、精製装置と加圧器とを含む場合について詳しく説明する。当業者であれば、本発明のシステムが本発明の電解装置に加えて精製装置と加圧器の一方を含む場合についても、そのようなシステムを容易に作製することができる。
本発明のシステムが、本発明の電解装置以外に、精製装置と加圧器とを含む場合、該電解装置によって製造されるフッ素又は三フッ化窒素は該精製装置によって精製され、該精製装置によって精製されたフッ素又は三フッ化窒素は加圧器によって昇圧され、該システムの運転時には、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、該加圧器を介して行うようになっている。
システムの運転時には、反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給量は電解装置での電解電流量を変えることによって調節することができる。
フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置の例としては、LPCVD(即ちLow Pressure CVD)装置のチャンバークリーニング、オレフィン系ポリマー成形体の表面処理のための装置などが挙げられる。
本発明の電解装置を用いた電気分解により、フッ素又は三フッ化窒素は、不純物を含む形で製造される。不純物の例として、フッ化水素などの副生ガス、及び、電解浴として用いるフッ化水素含有溶融塩の飛沫同伴物が挙げられる。精製装置は、製造されたフッ素又は三フッ化窒素から不純物を除去することによって精製されたフッ素又は三フッ化窒素を得るための装置である。フッ素ガスを製造するために電解浴としてKF−xHF系のHF含有溶融塩を用いる場合には、副生ガスとしてフッ化水素や酸素が発生する。また、三フッ化窒素ガスを製造するために電解浴としてNH4−mHF系のHF含有溶融塩またはNH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩を用いる場合には、副生ガスとしてフッ化水素、窒素、酸素、一酸化二窒素が発生する。また、フッ化水素含有溶融塩の飛沫同伴物としては、該溶融塩に含まれる液状のフッ化水素、フッ化アンモニウム、フッ化カリウムが挙げられる。
フッ化水素ガスは、顆粒状のフッ化ナトリウムを充填したカラムを通過させることによって除去することができる。窒素ガスは、液体窒素トラップを通過させることによって除去することができる。酸素は、活性炭を充填したカラムを通過させることによって除去することができる。一酸化二窒素は、水とチオ硫酸ナトリウムとを入れた容器を通過させることによって除去することができる。フッ化水素含有溶融塩の飛沫同伴物は、焼結モネルあるいは焼結ハステロイ製のフィルターによって除去することができる。したがって、上記のトラップ、カラム、容器を直列に連結したものを精製装置として用いることにより、不純物を除去することができる。不純物を除去することにより、精製されたフッ素又は三フッ化窒素が得られる。精製されたフッ素、三フッ化窒素の純度は通常、それぞれ99.9%以上、99.999%以上である。
本発明の電解装置は、小型化して用いても、大電流を投入して高い生産速度でフッ素又は三フッ化窒素ガスを製造することが出来る。上記のように、本発明の電解装置においては、フッ素又は三フッ化窒素ガスの生産速度は従来の電解装置の場合の数十倍〜100倍である。そのため、後段の反応装置で発生する需要量は、製造したガスを精製装置を経由した後で加圧器を用いてガスを昇圧してそのまま反応装置へ供給することによってまかなうことが出来る。上記のように、加圧器の後段に更に保留装置を設けてフッ素又は三フッ化窒素を保留する必要はないので、万一電解装置からのガス漏れが発生した場合であっても、ガスを保留していないために電気分解を止めることによってほぼ同時にガス漏れを停止することが出来る。
本発明のシステムにおいては、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、加圧器を介して行うようになっている。システムの運転時には、反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給量は電解装置での電解電流量を変えることによって調節することができる。
ここで使用する、フッ素又は三フッ化窒素を反応装置へ送るための加圧器の例として、ベローズ式供給ポンプ及びダイヤフラム式供給ポンプが挙げられる。
本発明のシステムは、電解装置の陰極ガス抜き出し口から出るガスを不活性ガス(窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンなど)と混合希釈して排出するための手段を有することが好ましい。この手段を用いることにより、電解槽の陰極ガス抜き出し口から出るガスは、不活性ガスと混合希釈された後に大気中に放出することができ、それによって、水素濃度を減らし、爆発を起こす可能性を無くすることができる。上記手段は次のようにして設けることができる。陰極室の天板から陰極室に不活性ガスを入れるような配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガスを送れるようにする。このようにして構成される手段を上記の手段とすることができる。
電解装置、精製装置及び加圧器を1つの筺体(ケーシング)に収納してもよい。電解装置、精製装置及び加圧器を1つの筺体に収納することにより、電解槽の周囲の雰囲気制御が可能となり、フッ素ガスと大気中の二酸化炭素ガスとの反応(これによって四フッ化炭素(CF4)が生成する)を防止することが可能となる。また、電解槽からのフッ素ガスの漏れが発生した場合でも、外部にまで漏れる心配はない。
電解装置と精製装置との間、精製装置と加圧器との間、加圧器と反応装置との間は、通常、配管によって連結する。配管について特に限定はなく、材質がフッ素又は三フッ化窒素と反応を起こさないものである限り、公知のものを用いることができる。公知の配管材質の例としては、SUS316、SUS316L、Ni、モネル、銅、真鍮等を挙げることできる。
上記のように、本発明の電解装置を用いると、陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなくフッ素又は三フッ化窒素を長期間安定的に効率的に製造できる。したがって、本発明のシステムを用いることにより、高純度のフッ素又は三フッ化窒素を、必要とする反応装置に長期間安定的に供給することが可能となる。
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
実施例において行った測定・評価は、以下の通りである。
導電性基板表面の算術平均粗さ(Ra)及び最大高さ(Rz)の測定:
導電性基板表面の算術平均粗さ(Ra)及び最大高さ(Rz)は、小型表面粗さ測定器(日本国株式会社ミツトヨ製 SJ−400)を用いて測定を行った。
ラマン分光分析:
日本国サーモエレクトロン株式会社製ラマン分光装置(Nicolet Almega XR)を用い、レーザ波長532nmにて測定を行った。
X線回折分析:
日本国株式会社リガク製X線回折装置(RINT2100V)を用い、X線源としてCuKα線を用い、加速電圧40KV、加速電流30mA、走査速度2°/分にて測定を行った。
フッ素ガスの発生効率:
塩化カルシウム(KCl)を充填した反応管に一定時間発生ガスを通過させた。このとき、発生ガス中のフッ素と塩化カルシウム(KCl)との反応により塩素ガス(Cl2)が発生する(このときの反応は下記式(6)で表される)。発生した塩素ガス(Cl2)をヨウ化カリウム(KI)水溶液に吹き込んだ。このとき、塩素ガス(Cl2)とヨウ化カリウム(KI)との反応によりヨウ素(I2)が生成する(このときの反応は下記式(7)で表される)。
F2 + 2KCl → 2KF + Cl2 (6)
Cl2 + 2KI → 2KCl + I2 (7)
このようにして得られたヨウ素(I2)をヨードメトリー法(下記式(8)で表される反応を利用する定量法)により定量した。
2Na2S2O3 + I2 → 2NaI + Na2S4O6 (8)
上記式(6)〜(8)から分かるように、発生ガス中に含まれるフッ素ガスのモル数は、ヨードメトリー法による定量に用いたチオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3 )のモル数の1/2に等しい。したがって、発生ガス中に含まれるフッ素ガス量Mexp(mol)を下記式(9)から求めた。
Mexp = N × (L/2) (9)
(式中、Nはチオ硫酸ナトリウムの濃度(mol/リットル)、Lは滴定量(リットル)を表す。)
一方、通電電気量から求めた理論発生フッ素ガス量Mtheo(mol)は、下記式(10)を用いて計算した。
Mtheo = I × t/nF (10)
(式中、Iは電解電流(A)、tは通電時間(秒)、Fはファラデー定数(96500C/mol)、またnはフッ素発生反応に関与する電子数(n=2)である。)
フッ素ガス発生効率(%)は、(Mexp/Mtheo) × 100 である。
三フッ化窒素ガスの発生効率:
発生ガス中の三フッ化窒素の体積%をガスクロマトグラフィーにより定量し、下記式(11)により三フッ化窒素の発生効率を求めた。
発生効率(%)=(n×F×P×V×f)/(6×104×R×I) (11)
(式中、
n:三フッ化窒素発生反応の反応電子数
F:ファラデー定数(96500C/mol)
P:圧力(atm)
V:三フッ化窒素の体積%
f:三フッ化窒素の流量(10-3cm3/min)
R:気体定数(atm/cm3/deg-1/mol-1)
T:絶対温度(K)
I:電解電流(A)
である。)
なお、三フッ化窒素の発生反応は下記式(12)に従うものとし、反応電子数n=6とした。
NH4F + 6HF2 - → NF3 + 10HF + 6e- (12)
陽極表面の表面エネルギー:
陽極表面の水及びヨウ化メチレンとの接触角から算出した。表面エネルギーの単位はdyn/cmである。
導電性基板としてグラファイト板(サイズ: 200×250×20mm)を使用し、熱フィラメントCVD装置(非特許文献3に記載された方法にしたがって作成)を用いて、以下のように導電性ダイヤモンド被覆電極を作製した。
粒径1μmのダイヤモンド粒子からなる研磨剤を用いて、導電性基板の上下2面のそれぞれの全面を研磨した。研磨後における導電性基板表面の算術平均粗さ(Ra)は0.2μm、最大高さ(Rz)は6μmであった。次いで、4nmの粒径を有するダイヤモンド粒子を導電性基板の上下2面のそれぞれの全面に核付けした後、導電性基板を熱フィラメントCVD装置に装着した。水素ガス中に1容量%のメタンガスと0.5ppmのトリメチルボロンガスとを含む混合ガスを、5l/minの速度で装置内に流しながら、装置内圧力を75Torrに保持し、フィラメントに電力を印加して温度を2,400℃に高めた。このとき、導電性基板の温度は860℃であった。8時間のCVD操作を行った。さらに同様のCVD操作を継続して繰り返し、導電性基板の上下2面のそれぞれの全面に導電性ダイヤモンド被覆層(多結晶の層)を形成し、導電性ダイヤモンド被覆電極を得た。導電性ダイヤモンド被覆電極が得られたことは、CVD操作終了後にラマン分光分析及びX線回折分析を行うことにより確認された。ラマン分光分析における1,332cm-1のピーク強度と1,580cm-1のピーク強度との比は、1:0.4であった。
導電性基板の表面に形成された導電性ダイヤモンド被覆層の厚さは4μmであった。これは、同一の操作を行うことによって作製した別の導電性ダイヤモンド被覆電極を破壊して走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することによって確認された。
電気分解を行うために、次のような電解装置を作製した。電解槽として円筒形(サイズ(内寸): φ300mm×800mm)のもの(材質はニッケル)を用いた。この電解槽は、隔壁(材質はモネル)によって陽極室と陰極室とに仕切られたものであり、隔壁は鉛直に薄いドーナツ状に配置されており、隔壁の内側が陽極室であり、隔壁の外側が陰極室であった。陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比は2.5であった。この電解槽は電解浴としてのHF含有溶融塩またはHF含有溶融塩の原料を供給するための供給口(陰極室に設けた)を有し、陽極室はガスを電解槽から抜き出すための陽極ガス抜き出し口を有し、陰極室はガスを電解槽から抜き出すための陰極ガス抜き出し口を有していた。陽極として上記の導電性ダイヤモンド被覆電極を用い、陰極として2枚のニッケル板(サイズ: 100mm×250mm×5mm)(陽極を挟むようにニッケル板を2枚配置する)を用いた。
陽極室に、陽極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陽極室液面検知手段としてレベルプローブを設け、また、陰極室にも、陰極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陰極室液面検知手段としてレベルプローブを設けた。電解浴の液面の高さが大きく変動した場合には、これらの液面検知手段が検知し、安全回路が作動して電解装置が停止するようになっている。
また、電解槽に、不活性ガスを該電解槽に導入するための不活性ガス導入手段を設けた。不活性ガス導入手段は次のようにして設けた。陰極室の天板から陰極室に不活性ガス導入用の配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガスとして窒素を送れるようにする。陽極室液面検知手段による陽極室内の電解浴の液面の高さの検知結果と陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの検知結果とに基づいて開閉する電磁弁を、陽極ガス抜き出し口及び陰極ガス抜き出し口の外側端部に取り付ける。これらによって構成される手段を不活性ガス導入手段とした。
また、電解槽に、陽極室内の圧力を調整するための陽極室圧力調節手段、及び陰極室内の圧力を調整するための陰極室圧力調節手段を設けた。陽極室圧力調節手段は次のようにして設けた。陽極室の天板から陽極室に不活性ガス導入用の配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガスとして窒素を送れるようにする。陽極室に、陽極室の圧力を検知するための陽極室圧力検知手段として圧力計を設ける。上記陽極室圧力検知手段による陽極室内の圧力の検知結果に基づいて開閉する自動弁を、陽極ガス抜き出し口及び陰極ガス抜き出しの外側端部に取り付ける。これらによって構成される手段を陽極室圧力調節手段とした。陰極室圧力調節手段は陽極室圧力調節手段と同様にして設けた。
また、温度調節手段として、電解槽の外側表面に密着して設置したヒーター、ヒーターに接続され且つ電解槽の外に設置した温度制御器(PID動作が可能なもの)、及び電解槽内に設置した熱電対(温度検知手段)から構成される温度調節手段を設けた。
この電解装置を用い、電解浴として建浴直後のKF−2HF系のHF含有溶融塩を電解槽に入れ、電流1,000A、電流密度125A/dm2で電解を48時間行った。電解中、陽極室内及び陰極室内の圧力は、上記の陽極室圧力調節手段及び陰極室圧力調節手段を用いて、大気圧より0.17kPaG高い圧力に維持した。また、電解中、電解浴の温度は上記の温度調節手段を用いて90℃に維持した。さらに、電解中、陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段による検知結果に基づいて、適宜、フッ化水素(HF)を液状で上記の供給口から補給し、陽極室内及び陰極室内の液面の高さを等しく且つ一定レベルに保つとともに、HF含有溶融塩中のフッ化カリウムに対するフッ化水素のモル比を2.1に維持した。さらにまた、陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段による検知結果に基づいて、不活性ガス導入手段を用いて不活性ガスとして窒素を陰極室に導入した(窒素の導入量は0.35リットル/分であった)。
陽極から発生するガスは、陽極ガス抜き出し口から加圧器を用いて電解槽の外に出した。また、陰極から発生するガスは、陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出し、窒素と混合希釈した上で、大気中に放出した。
この電解によりフッ素が7リットル/分の割合で発生した(発生するフッ素の体積は、室温・常圧下で測定した)。また、フッ素の発生効率は98%以上であった。
電解終了後、導電性ダイヤモンド被覆電極を取り出し、無水フッ化水素で洗浄し、充分乾燥した後に重量を測定したところ、その重量は、電解開始時の導電性ダイヤモンド被覆電極の重量とほぼ同じであり、陽極の消耗はほとんど認められなかった。また、電解停止直後に電解浴を目視観察したところ、スラッジは認められなかった。
比較例1
陽極として炭素板(サイズ: 200×250×20mm)を用いること以外は実施例1と同様にして、電解装置を作製した。
この電解装置を用い、電解浴として建浴直後のKF−2HF系のHF含有溶融塩を電解槽に入れ、電流1,000A、電流密度125A/dm2で電解を行ったところ、約15分後に陽極効果を生じ、まったく電気分解できなくなってしまった。
電気分解ができなくなった後、陽極である炭素板を取り出して表面を観察したところ、フッ化黒鉛の膜が陽極表面に生成しており、電解浴で全く濡れていなかった。
電解浴として建浴直後のNH4F−2HF系のHF含有溶融塩を用いたこと、電解中に供給口から補給する電解浴原料がフッ化水素(HF)及びアンモニア(NH3)であったこと、及び、電解中、HF含有溶融塩中のフッ化アンモニウム(NH4F)に対するフッ化水素(HF)のモル比を2に維持したこと以外は実施例1と同様にして、電解を行った。
陽極から発生するガスは、陽極ガス抜き出し口から加圧器を用いて電解槽の外に出した。また、陰極から発生するガスは、陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出し、窒素と混合希釈した上で、大気中に放出した。
この電解により三フッ化窒素が1リットル/分の割合で発生した(発生する三フッ化窒素の体積は、室温・常圧下で測定した)。また、三フッ化窒素の発生効率は60%であった。
電解終了後、導電性ダイヤモンド被覆電極を取り出し、無水フッ化水素で洗浄し、充分乾燥した後に重量を測定したところ、その重量は、電解開始時の導電性ダイヤモンド被覆電極の重量とほぼ同じであり、陽極の消耗はほとんど認められなかった。また、電解停止直後に電解浴を目視観察したところ、スラッジは認められなかった。
比較例2
陽極としてNi板(サイズ: 200×250×20mm)を用いること以外は実施例1と同様にして、電解装置を作製した。この電解装置を用いて、実施例2と同様の電解を行った。
電解の当初は、三フッ化窒素が1リットル/分の割合で発生した(発生する三フッ化窒素の体積は、室温・常圧下で測定した)。また、三フッ化窒素の発生効率は60%であった。
電解を10分継続したところ電流が全く流れなくなった。電解装置を開けて確認したところ、Ni板の電解浴浸漬部分は腐食溶解し、ニッケルフッ化物となって電解浴中に大量のスラッジとして堆積していた。
陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比を0.5としたこと以外は実施例1と同じ電解装置を作製した。この電解装置を用い、電解浴として建浴直後のKF−2HF系のHF含有溶融塩を電解槽に入れ、電流1,000A、電流密度125A/dm2で電解を行ったところ、1日目は実施例1と同様に電解を継続することができ、ガスを発生させることができたが、2日目には陰極室液面検知手段が陰極室液面の異常な上昇を検知したために安全回路が作動して、電解装置は停止して電気分解できなくなってしまった。この電解装置の停止の原因は、陰極室において電解浴の泡が大量に発生したことによる、陰極室液面検知手段の誤動作であった。
本発明の電解装置を用いてフッ化水素を含む溶融塩の電気分解によるフッ素又は三フッ化窒素の製造を行なうと、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく、安定的で効率的に操業を行うことができる。
本発明は、フッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置に関する。更に詳しくは、本発明は、フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度1〜1,000A/dm2で電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置であって、陽極として導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を用いることを特徴とする電解装置に関する。
本発明の電解装置を用いることにより、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなくフッ素又は三フッ化窒素の製造を行うことができる。したがって、本発明の装置は、フッ素又は三フッ化窒素の工業的製造に極めて有利に用いられる。
フッ素は、全元素の中で化学的に最も活性である。このために、フッ素は、その化合物(たとえば、三フッ化窒素)とともに、多くの分野において大量に用いられている。
フッ素は、原子力産業においては、ウラニウム濃縮用の六フッ化ウラニウム(UF6)や高誘電率ガス用の六フッ化硫黄(SF6)を合成するための原料として用いられている。また、半導体産業においては、フッ素は、シリコン酸化皮膜と反応したり不純物金属と選択的に反応したりするという性質を利用して、シリコンウエハー表面のドライ洗浄やエッチングガスに利用されている。さらに、上記の産業以外の産業において、フッ素は、ガソリンタンクに使用される高密度ポリエチレンのガス透過性を抑制するために用いられたり、オレフィン系ポリマーの濡れ性を向上させるために用いられたりしている。オレフィン系ポリマーは、フッ素と酸素との混合ガスで処理することにより、その表面にフッ化カルボニル基(-COF)が導入される。フッ化カルボニル基は、加水分解反応(たとえば、空気中の湿気との反応)によって容易にカルボキシル基(-COOH)に変化し、これによってオレフィン系ポリマーの濡れ性が向上する。
一方、三フッ化窒素(NF3)は、米国のNASAにより計画、実行された惑星探査用ロケットの燃料酸化剤として大量に消費されて以来、大いに関心が持たれるようになった。三フッ化窒素は、現在は、半導体産業において、半導体製造工程でのドライエッチング用ガス、半導体製造工程または液晶ディスプレー製造工程でのCVDチャンバーのクリーニングガスとして大量に用いられている。CVDチャンバーのクリーニングガスとしては、四フッ化炭素(CF4)、六フッ化エタン(C2F6)などの過フッ素化物(PFC;perfluorinated compound)も用いられているが、近年、PFCが地球温暖化現象に大きく作用していることが判明したために京都議定書などにより国際的にその使用が制限または禁止されようとしており、その代替ガスとして三フッ化窒素がさらに大量に用いられるようになっている。
上記のようにフッ素や三フッ化窒素は、多くの分野において大量に用いられている。したがって、フッ素や三フッ化窒素を工業的規模で効率的に製造することは重要である。
フッ素は、多くの物質と容易に反応するので、通常の化学的酸化や置換法では単離できず、もっぱら電気分解法によって製造される。電気分解法においては、電解浴として通常、フッ化カリウムとフッ化水素とのモル比が1:2であるフッ化水素含有溶融塩(以下、しばしば「KF−2HF系のHF含有溶融塩」と表記する)を用いて製造される。
一方、三フッ化窒素の製造方法には、化学法と電気分解法とがある。化学法においては、上記のKF−2HF系のHF含有溶融塩を電解浴として用いる電気分解によってフッ素を得た後、得られたフッ素を金属フッ化物アンモニウム錯体などと反応させることによって三フッ化窒素が得られる。また、電気分解法においては、三フッ化窒素は、フッ化アンモニウム(NH4F)とフッ化水素(HF)とのHF含有溶融塩、または、フッ化アンモニウム、フッ化カリウム(KF)及びフッ化水素のHF含有溶融塩を電解浴として用いて直接に製造される。
一般に、電解装置に用いる電極の材料としては、機械加工の容易性、導体抵抗の観点から金属を用いることが望ましい。しかし、フッ化水素を含む溶融塩を用いてフッ素または三フッ化窒素を製造するための電解装置においては、金属を陽極として用いることは不適切である。というのは、フッ化水素を含む溶融塩を用いてフッ素または三フッ化窒素を製造するための電気分解を行うと、金属は激しく溶解し、金属フッ化物のスラッジが発生したり、不動態化被膜を生じて電流が流れなくなったりするため、電気分解が継続できなくなるからである。
たとえば、フッ素の電気分解製造において、ニッケルを陽極として用いる場合、電解中にニッケルは激しく腐食溶解し、大量のニッケルフッ化物のスラッジが発生する。また、三フッ化窒素の電気分解製造において、ニッケルを陽極として用いる場合も、電解中にニッケルは激しく腐食溶解し、大量のニッケルフッ化物のスラッジが発生する。
このように、金属を陽極として用い、フッ化水素を含む溶融塩を電解浴として用いてフッ素または三フッ化窒素の電気分解製造を行うと、金属は激しく溶解し、金属フッ化物のスラッジが発生する。このため、定期的な電極交換、定期的な電解浴交換が必要となり、フッ素または三フッ化窒素の継続的な製造は困難となる。なお、電流密度を増加すると金属の溶解が著しく増加するから、高電流密度での電解は困難である。
そこで、フッ化水素を含む溶融塩を電解浴として用いてフッ素または三フッ化窒素の電気分解製造を行う場合には、陽極として炭素電極が用いられている。しかし、炭素電極を陽極として用いる場合、次のような問題がある。
まず、フッ素を製造する場合について説明する。炭素電極を陽極として用い、上記のKF−2HF系のHF含有溶融塩のようなフッ化水素含有溶融塩を電解浴として用いてフッ素を製造する場合、陽極表面上においては、下記式(1)で表される、フッ化物イオンの放電によるフッ素生成反応が起きると同時に、下記式(2)で表される反応によってフッ化グラファイト((CF)n)が生成する。フッ化グラファイトは、共有結合性のC−F結合を有することにより表面エネルギーが極端に低いために、電解浴との濡れ性が悪い。フッ化グラファイトは、ジュール熱によって、下記式(3)で表される反応に示すように四フッ化炭素(CF4)、六フッ化エタン(C2F6)などに分解する。
下記式(2)で表される反応(フッ化グラファイトの生成反応)の反応速度が下記式(3)で表される反応(フッ化グラファイトの分解反応)の反応速度より大きくなると、炭素電極表面がフッ化グラファイトによって被覆され、炭素電極と電解浴との濡れ性が低下し、遂には電流が流れなくなる(陽極効果)。電流密度が高い場合には、下記式(2)で表される反応の反応速度が大きくなるから、陽極効果が生じやすくなる。
HF2 - → (1/2)F2 + HF + e- (1)
nC + nHF2 - → (CF)n + nHF + e- (2)
(CF)n → xC + yCF4, zC2F6, etc (3)
電解浴中の水分の濃度が高い場合にも、以下に示すように、陽極効果が生じやすくなる。下記式(4)に示すように、炭素電極表面の炭素は、電解浴中の水分と反応して酸化グラファイト(CxO(OH)y)が生成する。酸化グラファイトは不安定であるために、下記式(5)に示すように、フッ化物イオンの放電によって生じた原子状フッ素と置換反応し、フッ化グラファイト((CF)n)に変化する(原子状フッ素は中間生成物として現れ、最終的にフッ化グラファイトへと変化する)。さらに酸化グラファイトの生成によりグラファイトの層間が広がるために、フッ素の拡散が容易となり、上記式(2)で表される反応(フッ化グラファイトの生成反応)の反応速度が増大する。したがって、陽極効果が生じやすくなる。
xC + (y+1)H2O → CxO(OH)y + (y+2)H+ + (y+2)e- (4)
CxO(OH)y + (x+3y+2)F- → (x/n)(CF)n + (y+1)OF2 + yHF + (x+3y+2)e- (5)
陽極効果の発生は、陽極の濡れ性低下により生産効率を著しく減少させるので、炭素電極を使用する場合の大きな問題となっている。陽極効果を防止するためには、脱水電解によって電解浴中の水の濃度を下げるなどの煩雑な操作が必要になるのみならず、電解電流密度を陽極効果が発生する臨界電流密度以下にすることが必要になる。汎用されている炭素電極の臨界電流密度は約10A/dm2である。電解浴中にフッ化リチウムやフッ化アルミニウムなどのフッ化物を1〜5重量%含ませることによって臨界電流密度を増加させることはできるが、このようにしても、臨界電流密度はせいぜい20A/dm2程度である。
一方、炭素電極を陽極として用いてフッ化水素を含む溶融塩を電気分解することにより三フッ化窒素を製造する場合にも、同様の問題がある。上記のように、三フッ化窒素の製造方法には、化学法と電気分解法とがある。
化学法においては、上記のように、電気分解によってフッ素を得た後、得られたフッ素を金属フッ化物アンモニウム錯体などと反応させることによって三フッ化窒素が得られる。この方法では、電気分解によってフッ素を製造する段階で上記の陽極効果の発生という問題を抱えている。
炭素電極を陽極として用いて電気分解法によって三フッ化窒素を製造する場合には、電解浴として、フッ化アンモニウム(NH4F)とフッ化水素(HF)とのHF含有溶融塩、または、フッ化アンモニウム、フッ化カリウム(KF)及びフッ化水素のHF含有溶融塩を用いる。この方法では、炭素電極を陽極とし、KF−2HF系のHF含有溶融塩を電解浴としてフッ素を製造する場合と同様に、陽極効果が発生する。
さらに、上記式(3)で表される反応(フッ化グラファイトの分解反応)によって生成した四フッ化炭素(CF4)、六フッ化エタン(C2F6)が目的物である三フッ化窒素の純度を低下させるという問題がある。三フッ化窒素、四フッ化炭素、六フッ化エタンの物性は極めて類似しており、蒸留分離は困難であるため、高純度の三フッ化窒素を得るためにはコストの嵩む精製方法を採用せざるを得ない。
このように、陽極として炭素電極を用いてフッ化水素を含む溶融塩を電気分解することによってフッ素または三フッ化窒素を製造する方法は、陽極効果の発生という問題を抱えている。上記のように、陽極効果の発生を防止するためには、脱水電解によって電解浴中の水の濃度を下げるなどの煩雑な操作が必要になるのみならず、電解電流密度を陽極効果が発生する臨界電流密度以下にすることが必要になる。
したがって、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく操業を行うことができる電解装置を開発することが要望されていた。
日本国特開平7−299467号公報
日本国特開2000−226682号公報
日本国特開平11−269685号公報
日本国特開2001−192874号公報
日本国特開2004−195346号公報
日本国特開2000−204492号公報
日本国特開2004−52105号公報
日本国特許第364545号
日本国特開2005−97667号公報
渡辺信淳編「フッ素化学と工業(I) 進歩と応用」(日本国、株式会社化学工業社、1973年)
渡辺信淳編「フッ素化学と工業(II) 進歩と応用」(日本国、株式会社化学工業社、1973年)
Akira Fujishima編「Diamond Electrochemistry」(BKC INC., Tokyo、2005年)
本発明が解決しようとする課題は、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく操業を行うことができる、フッ化水素を含む溶融塩を電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置を提供することである。
本発明者らは、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく操業を行うことができる、フッ化水素を含む溶融塩を電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置を開発するために、鋭意検討を重ねた。具体的には、炭素電極が有する問題(陽極効果の発生)を生じさせないような電極を開発するために、研究を重ねた。この研究の中で、本発明者らは、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極に注目した。
導電性ダイヤモンドは、熱的、化学的に安定な材料であり、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を用いた電気分解方法が数多く提案されている。たとえば、特許文献1は、導電性ダイヤモンド被覆電極を用いて廃液中の有機物を酸化分解する処理方法を提案している。特許文献2は、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極及び陰極として用いて有機物を電気化学的に処理する方法を提案している。特許文献3は、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極として用いてオゾンを合成する方法を提案している。特許文献4は、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極として用いてペルオキソ硫酸を合成する方法を提案している。特許文献5は、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極として用いて微生物を殺菌する方法を提案している。これらの従来技術で使用されている導電性ダイヤモンド被覆電極において、被覆率(即ち、電極表面が導電性ダイヤモンド被覆層によって被覆されている割合)は通常約100%である。
しかしながら、上記の例はすべて、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を、フッ化水素を含まない水溶液の電気分解に利用したものであって、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解に用いるものではなかった。
なお、特許文献6は、フッ化物イオンを含有する電解浴で半導体ダイヤモンドを用いる方法を開示している。しかし、特許文献6は、上記式(1)及び(2)に示したフッ化物イオンの放電反応の起こる電位より卑な電位領域(即ち、フッ素発生反応が起こらない領域)での脱水素反応、及びそれに続いて起こるフッ素置換反応による有機電解フッ素化反応を行うものであって、フッ化水素を含む溶融塩を直接電気分解してフッ素ガスや三フッ化窒素を製造する方法には適用できない。実際、上記式(1)に示したフッ化物イオンの放電反応(この反応は、炭素電極の安定性を阻害する)が起こる領域において、特許文献6に記載の電極を用いて電解を行うと、電極が崩壊して電解が継続できなくなる。
このように、従来技術においては、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解に用いることを教示または示唆するものは一つもなかった。
このような中で、本発明者らは、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解に用いることができないかどうかを研究した。その結果、意外にも、陽極として、導電性ダイヤモンドを被覆してなる電極を用いる電解装置を用いることにより、高い電流密度においても陽極効果を発生させずに操業を行うことができることを知見した。また、このような電極を用いることにより、電極消耗によるスラッジの発生を防止でき、且つ、四フッ化炭素ガスの発生を少なくできることも知見した。これらの知見に基づき、本発明を完成するに到った。
したがって、本発明の1つの目的は、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく操業を行うことができる、フッ化水素を含む溶融塩を電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置を提供することである。
本発明の上記及びその他の諸目的、諸特徴並びに諸利益は、添付の図面を参照しながら述べる以下の詳細な説明及び請求の範囲の記載から明らかになる。
本発明の装置を用いると、高い電流密度においても陽極効果を発生させずに操業を行うことができる。したがって、大量の電極を電解装置に装着する必要がないので、電解装置の小型化が可能となる。また、本発明の装置においては、電極消耗によるスラッジの発生がなく、且つ、四フッ化炭素ガスの発生を少なくして操業を行うことができる。
本発明によれば、
フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度1〜1,000A/dm2で電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置であって、
隔壁によって陽極室と陰極室とに仕切られた電解槽、
該陽極室に配置された陽極、及び
該陰極室に配置された陰極
を包含し、
該電解槽は電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩または該溶融塩の原料を供給するための供給口を有し、
該陽極室はガスを該電解槽から抜き出すための陽極ガス抜き出し口を有し、
該陰極室はガスを該電解槽から抜き出すための陰極ガス抜き出し口を有し、
該陽極が、導電性基板と該導電性基板の表面の少なくとも一部に形成された被覆層とからなり、
該導電性基板の少なくとも表面部分が導電性炭素質材料からなり、
該被覆層がダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料からなる
ことを特徴とする電解装置が提供される。
次に、本発明の理解をさらに容易にするために、本発明の基本的特徴及び好ましい態様を列挙する。
1. フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度1〜1,000A/dm2で電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置であって、
隔壁によって陽極室と陰極室とに仕切られた電解槽、
該陽極室に配置された陽極、及び
該陰極室に配置された陰極
を包含し、
該電解槽は電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩または該溶融塩の原料を供給するための供給口を有し、
該陽極室はガスを該電解槽から抜き出すための陽極ガス抜き出し口を有し、
該陰極室はガスを該電解槽から抜き出すための陰極ガス抜き出し口を有し、
該陽極が、導電性基板と該導電性基板の表面の少なくとも一部に形成された被覆層とからなり、
該導電性基板の少なくとも表面部分が導電性炭素質材料からなり、
該被覆層がダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料からなる
ことを特徴とする電解装置。
2. 該陽極の該導電性基板の全部が導電性炭素質材料からなることを特徴とする前項1に記載の電解装置。
3. 該陰極室の水平断面積の該陽極室の水平断面積に対する比が2以上であることを特徴とする前項1または2に記載の電解装置。
4. 該電解槽が柱状であることを特徴とする前項3に記載の電解装置。
5. 該電解槽が円筒形又は直方体形であることを特徴とする前項4に記載の電解装置。
6. 該陽極室内の圧力を調節するための陽極室圧力調節手段及び該陰極室内の圧力を調節するための陰極室圧力調節手段を有することを特徴とする前項1〜5のいずれかに記載の電解装置。
7. 該陽極室に、該陽極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陽極室液面検知手段が設けられており、
該陰極室に、該陰極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陰極室液面検知手段が設けられている
ことを特徴とする前項1〜6のいずれかに記載の電解装置。
8. 該電解槽内の温度を調節するための温度調節手段を有することを特徴とする前項1〜7のいずれかに記載の電解装置。
9. 不活性ガスを該陰極室に導入するための不活性ガス導入手段を有することを特徴とする前項1〜8のいずれかに記載の電解装置。
10. フッ素又は三フッ化窒素を電解製造するための方法であって、前項9の電解装置を用いて、不活性ガス導入手段によって不活性ガスを陰極室に導入しながら、フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度100〜1,000A/dm2で電気分解することを特徴とする方法。
11. フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を供給するために用いる、前項1〜9のいずれかに記載の電解装置。
12. フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を供給するためのシステムであって、
前項1〜9のいずれかの電解装置、及び
該電解装置によって製造されるフッ素又は三フッ化窒素を精製するための精製装置を有し、
該システムの運転時には、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、該精製装置を通して行うようになっていることを特徴とするシステム。
13. 該電解装置の陰極ガス抜き出し口から出るガスを不活性ガスと混合希釈して排出するための手段を有することを特徴とする前項12に記載のシステム。
14. 該電解装置及び該精製装置が1つの筺体に収納されていることを特徴とする前項12に記載のシステム。
15. フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を供給するためのシステムであって、
前項1〜9のいずれかの電解装置、及び
該電解装置によって製造されるフッ素又は三フッ化窒素を昇圧するための加圧器を有し、
該システムの運転時には、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、該加圧器を通して行うようになっていることを特徴とするシステム。
16. 該電解装置の陰極ガス抜き出し口から出るガスを不活性ガスと混合希釈して排出するための手段を有することを特徴とする前項15に記載のシステム。
17. 該電解装置及び該加圧器が1つの筺体に収納されていることを特徴とする前項15に記載のシステム。
18. フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を供給するためのシステムであって、
前項1〜9のいずれかの電解装置、
該電解装置によって製造されるフッ素又は三フッ化窒素を精製するための精製装置、及び
該精製装置によって精製されたフッ素又は三フッ化窒素を昇圧するための加圧器を有し、
該システムの運転時には、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、該加圧器を通して行うようになっていることを特徴とするシステム。
19. 該電解装置の陰極ガス抜き出し口から出るガスを不活性ガスと混合希釈して排出するための手段を有することを特徴とする前項18に記載のシステム。
20. 該電解装置、該精製装置及び該加圧器が1つの筺体に収納されていることを特徴とする前項18に記載のシステム。
以下、図面で用いた符号に参照しながら、本発明について詳細に説明する。
本発明の電解装置について説明する。本発明の電解装置は、フッ化水素を含む溶融塩を印加電流密度1〜1,000A/dm2で電気分解することによりフッ素又は三フッ化窒素を製造するための電解装置であって、隔壁5によって陽極室6と陰極室7とに仕切られた電解槽2と、該陽極室6に配置された陽極3と、該陰極室7に配置された陰極4とを包含する。電解槽2は電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩または該フッ化水素含有溶融塩の原料を供給するための供給口(HF供給口)8を有する(供給口8は通常、陰極室7に設ける)。陽極室6はガスを電解槽2から抜き出すための陽極ガス抜き出し口9を有する。陰極室7はガスを電解槽2から抜き出すための陰極ガス抜き出し口10を有する。
本発明の電解装置は、必要に応じて上記の構成要素以外の構成要素を含有していてもよい。本発明の電解装置においては、陽極以外の構成要素についてはすべて、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解に従来から用いられているものを用いることができる。また、電解装置の構造についても、従来から用いられている構造と同じでよい。これらについては、たとえば、特許文献7、特許文献8、非特許文献1、非特許文献2に記載されているものを用いることができる。
本発明において用いる陽極3について説明する。本発明において用いる陽極3は、導電性基板301と該導電性基板301の表面の少なくとも一部に形成された被覆層302とからなり、該導電性基板301の少なくとも表面部分301Aが導電性炭素質材料からなり、該被覆層302がダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料からなる(以下、この電極をしばしば「導電性ダイヤモンド被覆電極」と称する)。
ダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料としては、ダイヤモンド構造を有する限り特に限定はない。ダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料の例としては、導電性ダイヤモンド、導電性ダイヤモンドライクカーボンが挙げられる。導電性ダイヤモンドも導電性ダイヤモンドライクカーボンも、熱的、化学的に安定な材料である。これらは単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。ダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料としては、導電性ダイヤモンドが好ましい。
導電性基板301の表面部分301Aは導電性炭素質材料からなる。導電性基板301の表面部分301Aの導電性炭素質材料としては、通常、フッ化物イオンの放電生成物である原子状フッ素に対して化学的に安定なものが用いられる。たとえば、非晶質カーボンのように、フッ化グラファイト((CF)n)を形成し、フッ素−黒鉛層間化合物による崩壊の生じない炭素質材料が用いられる。また、導電性ダイヤモンドを導電性基板301の表面部分301Aに用いてもよい。
導電性基板301の内部301Bの材質については、炭素質材料(非晶質カーボン)、ニオブ、ジルコニウムなどを用いることができる。導電性基板301の表面部分301Aの材質と内部301Bの材質とは、同一であっても異なっていてもよい。たとえば、導電性基板301の全体がグラファイトであってもよい。
もし導電性基板がダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料からなる被覆層(この層を以下しばしば「導電性ダイヤモンド被覆層」と称する)よって完全に被覆されていれば、導電性基板の材質には、表面部分も内部も、導電性である限り特に限定はなくなる。しかし、導電性基板の僅かな一部でも導電性ダイヤモンド被覆層によって被覆されずに露出している場合には、フッ化物イオンの放電生成物である原子状フッ素に対する化学的安定性の乏しい材質を導電性基板の表面部分の材質として用いると、露出している部位から陽極が崩壊するため、電解を継続することができなくなる。
実際には、導電性ダイヤモンド被覆層は多結晶の層となるため、極めて小さな欠損もなく導電性基板を導電性ダイヤモンド被覆層によって完全に被覆することは困難である。そのため、上記のように、導電性基板の表面部分の材質としては、通常、フッ化物イオンの放電生成物である原子状フッ素に対して化学的に安定なものが用いられる。
なお、導電性基板として、導電性ダイヤモンドライクカーボンやガラス状炭素などの極めて緻密な炭素質材料を被覆したニッケルやステンレスなどの金属材料を用いることもできる。
導電性基板の形状については特に限定はなく、板状、メッシュ状、棒状、パイプ状、ビーズなどの球状のものなどを用いることができる。好ましくは板状のものである。また、導電性基板のサイズについても特に限定はない。導電性基板が板状である場合、従来は工業的にはたとえば200mm(幅)×600mm(長さ)×50mm(厚さ)程度のものが用いられていた。本発明においては、たとえば幅が200〜280mm程度、長さが340〜530mm程度、厚さが50〜70mm程度のものを用いることができる。
導電性基板の表面部分の材質と内部の材質とが異なる場合、導電性基板の表面部分自身は、導電性基板の内部とは別の層を形成する。この表面層の厚さは、通常0.5〜20μm、好ましくは0.5〜10μm、さらに好ましくは0.5〜5μmである。また、内部の層の厚さについては、電極としての強度を保てる厚さである限り特に限定はない。内部の層の厚さは、通常1mm以上である。
導電性ダイヤモンド被覆層の厚さについては特に限定はないが、経済性の観点から、好ましくは1〜20μm、さらに好ましくは1〜10μmである。また、導電性ダイヤモンド被覆層の厚さは均一であってもなくともよいが、均一であることが好ましい。
なお、導電性ダイヤモンドを導電性基板の表面部分及び/または内部に用いてもよいが、経済性の観点から、導電性基板の表面部分及び内部には、導電性ダイヤモンド以外の材質を用いることが好ましい。
上記のように、導電性ダイヤモンド被覆層は、導電性基板の少なくとも一部を被覆している。導電性基板の表面が導電性ダイヤモンド被覆層によって被覆される割合(以下「被覆率」と称する)は、通常、導電性基板の全表面面積の10%以上、好ましくは導電性基板の全表面面積の50%以上、さらに好ましくは導電性基板の全表面面積の70%以上、さらに好ましくは導電性基板の全表面面積の90%以上であり、最も好ましくは100%である。被覆率が導電性基板の全表面面積の10%未満である場合には、高電流密度での操業が困難になるという問題が生ずる。
上記のように、被覆率は最も好ましくは100%であるが、経済性の観点から、被覆率を100%にすることは実際的にはあまりない。たとえば、板状の導電性基板に導電性ダイヤモンド被覆層を形成する場合、導電性基板の上下の2面(表裏の2面;即ち、厚み方向に垂直な2面)に導電性ダイヤモンド被覆層を形成し、残りの4面(4つの側面;即ち、厚み方向に平行な4面)には導電性ダイヤモンド被覆層を形成しないことが多い。
導電性ダイヤモンド被覆電極の製造方法について説明する。導電性ダイヤモンド被覆電極は、導電性基板の表面に導電性ダイヤモンド被覆層を形成することによって得られる。導電性基板の表面に導電性ダイヤモンド被覆層を形成する方法については特に限定はない。代表的な方法として、熱フィラメントCVD(化学蒸着)法、マイクロ波プラズマCVD法、プラズマアークジェット法及び物理蒸着(PVD)法などが挙げられる。これらの方法については、たとえば非特許文献3を参照することができる。これらの方法に用いることのできる市販の装置の例としては、米国SP3社製熱フィラメントCVD装置を挙げることができる。
上記の方法のいずれにおいても、ダイヤモンド原料として水素ガス及び炭素源の混合ガスを用いるが、ダイヤモンドに導電性を付与するために、炭素と原子価の異なる元素(以下、「ドーパント」と称する)を微量添加する。ドーパントとしては、硼素、リン、窒素が好ましく、硼素が特に好ましい。ドーパントの量は、導電性ダイヤモンド被覆層の重量に対して、好ましくは1〜100,000ppmであり、さらに好ましくは100〜10,000ppmである。
また、上記の方法のいずれにおいても、形成される導電性ダイヤモンド被覆層は通常、多結晶となり、導電性ダイヤモンド被覆層中にアモルファスカーボン成分やグラファイト成分が濃度としては同程度に残存する。導電性ダイヤモンド被覆層の安定性の観点から、アモルファスカーボン成分やグラファイト成分の量は少ない方が好ましい。これを定量的に表現するために、導電性ダイヤモンド被覆層中に存在するアモルファスカーボン成分とグラファイト成分が同程度の濃度であるため、ラマンバンド中のダイヤモンドに帰属されるバンドとグラファイトに帰属されるバンドの比をもってダイヤモンドの量を議論する。具体的には、ラマン分光分析において、ダイヤモンドに帰属する1,332cm-1付近(1,312〜1,352cm-1の範囲)に存在するピーク強度I(D)の、グラファイトのGバンドに帰属する1,580cm-1付近(1,560〜1,600cm-1の範囲)に存在するピーク強度I(G)に対する比(I(D)/I(G))が1を超えること、即ち、ダイヤモンドの含有量がグラファイトの含有量より多くなることが好ましい。上記比(I(D)/I(G))は、より好ましくは2以上であり、より好ましくは3以上、より好ましくは3.6以上、より好ましくは4以上、より好ましくは5以上である。
以下、熱フィラメントCVD(化学蒸着)法について説明する。まず、炭素源となるメタン、エタノール、アセトンなどの有機化合物とドーパントとを水素ガスなどと共に熱フィラメントCVD装置に供給する。メタン、ドーパント及び水素ガスを供給する場合は、メタン及びドーパントの量は、メタン、ドーパント及び水素ガスの総体積に対して、たとえば、それぞれ、0.1〜10体積%、0.02〜2体積%である。混合ガスの供給速度は熱フィラメントCVD装置のサイズに依存するが、通常0.5〜10リットル/min、好ましくは0.6〜8リットル/min、さらに好ましくは1〜5リットル/minである。装置内圧力は、好ましくは15〜760Torr、さらに好ましくは20〜300Torrである。
次に、フィラメントを水素ラジカルなどが発生する温度である1,800〜2,800℃に加熱し、この雰囲気内において、導電性基板を、その温度が750〜950℃(ダイヤモンドが析出する温度領域)になるように配置し、導電性基板表面上への導電性ダイヤモンドの析出を行うことによって導電性ダイヤモンド被覆層を形成する。これによって、導電性ダイヤモンド被覆電極が得られる。
導電性ダイヤモンド被覆層を形成する前に導電性基板の表面を研磨しておくことは、導電性基板と導電性ダイヤモンド被覆層との密着性を向上させるという観点から好ましい。研磨後における導電性基板表面の算術平均粗さ(Ra)は好ましくは0.1〜15μm、さらに好ましくは0.2〜3μmであり、最大高さ(Rz)は好ましくは1〜100μmであり、さらに好ましくは2〜10μmである。また、導電性基板の表面にダイヤモンド粉末を核付けすることは、導電性ダイヤモンド被覆層を均一に成長させる上で効果がある。
上記の方法により、導電性基板の表面には、導電性ダイヤモンド被覆層として、通常0.001〜2μm、好ましくは0.002〜1μmの粒径を有するダイヤモンド微粒子からなる層が析出する。このようにして形成される導電性ダイヤモンド被覆層の厚さは、蒸着時間によって調節することができるが、上記のように、経済性の観点から、好ましくは1〜20μm、さらに好ましくは1〜10μmである。
陰極について説明する。陰極については、上記のように、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。陰極の例として、ニッケル、鉄が挙げられる。
電解槽について説明する。電解槽は、隔壁(スカート)によって、陽極室と陰極室とに仕切られている。陽極室には陽極が配置され、陰極室には陰極が配置される。
隔壁は、電解時に、陽極で合成されるフッ素又は三フッ化窒素と、陰極で合成される水素との混合を防止するためのものである。隔壁は通常、鉛直に配置される。
隔壁の材質については、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。隔壁の材質の例として、モネル(ニッケルと銅との合金)が挙げられる。
電解槽の材質については、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。電解槽の材質としては、高温のフッ化水素に対する耐食性の観点から、軟鋼、ニッケル合金、フッ素系樹脂などが好ましい。
電解槽の形状については、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。電解槽は通常、柱状であり、好ましくは円筒形または直方体形である。電解槽が円筒形である場合、後述の温度調節手段を用いることにより、電解槽を全周より均一に加熱することができる。電解槽が円筒形である場合、また、電極配置が同心円状となるため、電解槽内の電流分布が一様となり、安定な電解が可能となる。
電解槽が直方体形である場合も、後述の温度調節手段を用いることにより、電解槽を全周より均一に加熱することができる。
隔壁の形状については、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。隔壁は通常、柱状であり、好ましくは円筒形または直方体形である。
電解槽の形状と隔壁の形状との組合せについても、フッ化水素を含む溶融塩の電気分解において用いられるものである限り、特に限定はない。たとえば、電解槽及び隔壁がともに直方体形であってもよいし(図6(A)参照)、電解槽が円筒形で隔壁が直方体形であってもよいし(図6(B)参照)、電解槽及び隔壁がともに円筒形であってもよい(図6(C)参照)。
陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比は、好ましくは2以上であり、さらに好ましくは4以上である。陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比は、大きければ大きい程よく、特に上限はないが、実際上の観点から、上限は一般に10である。陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比が2以上であることが好ましい理由は、以下の通りである。
本発明の電解装置を用いると、従来よりも陽極効果を確実に防止できるので、従来より遥かに高い電流密度で電解を行うことができる。そのような高い電流密度で電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩の電解を行うと、陰極から水素ガスが大量に発生し、次のような不都合が生ずる。水素ガスが大量に発生すると、陰極室内の電解浴中を漂流する水素ガスの気泡が隔壁の下を潜って陽極室側に回り込み、水素がフッ素と結合してフッ化水素となり、フッ素の発生効率が低下する恐れがある。また、水素ガスは軽く、その気泡は非常に細かいために、水素ガスの発生量が多くなると、水素ガスの気泡は陰極室内の電解浴中を上昇し、電解浴中で激しく対流し、陰極室内の電解浴の液面では電解浴の泡が発生して見掛け上電解浴の液面が上昇した状態となる。したがって、後述の陰極室液面検知手段を用いて陰極室内の電解浴の液面の高さを検知する場合、該検知手段が液面の高さを誤認識し、正確な検知ができなくなるために、電解装置の制御に支障を来す恐れがある。
上記の不都合は、陰極室の水平断面積を陽極室の水平断面積に比べて相対的に大きくすること、具体的には陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比を2以上にすることによって解決されることを、本発明者らは見い出した。陰極室の水平断面積が陽極室の水平断面積に比べて相対的に大きい場合、水素ガスの気泡が隔壁の下を潜って陽極室側に回り込むことは無く、水素ガスの気泡による電解浴の液面の高さの見掛け上の上昇も無視できるので、上記の不都合は生じない。
本発明の電解装置は、該陽極室内の圧力を調整するための陽極室圧力調節手段及び該陰極室内の圧力を調整するための陰極室圧力調節手段を有することが好ましい。このような構成を有することにより、陽極室内の圧力と陰極室内の圧力とを等しくすることができる。陽極室内の圧力と陰極室内の圧力とを等しくすることにより、陽極室内の液面の高さと陰極室の液面の高さとを等しく、且つ、一定に保つことができるので、好都合である。陽極室内の液面の高さと陰極室の液面の高さとを等しく且つ一定にすることができない場合、次のような不都合がある。
陽極室内の液面の高さと陰極室の液面の高さとを等しく且つ一定にすることができない場合、液面の位置がそれぞれ変動し、最悪の場合には電解槽を二つに区分している隔壁の下にまで液面が移動し、この時には液面の低下した室に内包しているガスが反対の室内に混入する恐れがある。これによって、F2とH2の反応が起こり、これによってHFを生成し、電流効率の低下や、F2純度の低下(F2中のHF濃度の上昇)を生じる。また、液面が変動すると、HF供給を実施する基準が不正確となり、電解浴組成の適正値からのずれを生じる。(陽極室内の液面の高さと陰極室の液面の高さとが等しく且つ一定であるときには、電解浴中のHF組成も精度良く調整できる。)なお、陽極室内の圧力と陰極室内の圧力とが等しくなるように制御することは、電解槽内へのガスの供給(或いは電解槽内でのガス発生)と電解槽からのガスの排出とを順調に推移させることによって実現可能となる。これらを順調に推移させることができない場合は、それは異常の発生(電解の異常、配管の閉塞、弁の閉め切り不良、配管の漏れ等)を意味しており、異常が発生した場合には点検等の対策が必要となる。
陽極室圧力調節手段及び陰極室圧力調節手段を用いる場合には次のようにすればよい。陽極室圧力調節手段について説明する。陽極室圧力調節手段は、例えば次のようにして設ける。陽極室6の天板から陽極室6に不活性ガスを入れるような配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガスとして窒素を送れるようにする。陽極室6に、陽極室6の圧力を検知するための陽極室圧力検知手段15(たとえば、圧力計)を設ける。上記陽極室圧力検知手段15、及び、上記陽極室圧力検知手段15による陽極室内の圧力の検知結果に基づいて開閉する自動弁11を、陽極ガス抜き出し口9の後段に取り付ける。これらによって構成される手段を陽極室圧力調節手段とすればよい。電解装置の作動時には、ガスボンベから配管を通じて陽極室6に適宜窒素を導入し、上記陽極室圧力検知手段15による陽極室内の圧力の検知結果に基づいて自動弁11を適宜開閉し、これによって陽極室内の圧力を調整する。陰極室圧力調節手段についても同様である。
陽極室6には、陽極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陽極室液面検知手段13が設けられており、また、陰極室7には、陰極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陰極室液面検知手段14が設けられていることが好ましい。このような検知手段を設けることにより、電解槽内が目視できない状態であっても、陽極室内及び陰極室内の電解浴の液面の高さを正確に把握することができる。陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段による陽極室内及び陰極室内の電解浴の液面の高さの検知結果に基づいて、適宜、電解浴原料(フッ化水素(HF)及び/またはアンモニア(NH3))の補給を行うことによって、陽極室内の電解浴の液面の高さと陰極室内の電解浴の液面の高さとを等しくし、且つ、その等しい液面の高さを常に一定レベルに保つことができる。したがって、電解浴の逆流などを防止するともに、電解をさらに安定的に行うことが可能となる。陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段として用いる検知手段の例として、レベルプローブ(たとえば、電解浴の液面の高さを5段階以上で検知することのできるレベルプローブ)が挙げられる。
以下、電解浴の液面の高さを5段階で検知することのできる陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段を用いた、陽極室の液面の高さ及び陰極室の液面の高さを制御する方法について説明する。
液面高さの目盛りを5段階とし、高い順に目盛り1、目盛り2、目盛り3、目盛り4、目盛り5とする(隣り合う目盛り同士の間隔は2cm)。目盛り3の高さが標準の高さ(電解開始時の液面の高さ)である。この液面検知を陽極室と陰極室の両方で行う。通常、陽極室内及び陰極室内の圧力制御を行うことにより、陽極室及び陰極室の液面は目盛り3の高さの上下付近に維持される。
電解を継続していくと、電解浴原料となるフッ化水素を消耗する。電解浴中のフッ化水素の組成比が減少すると、その組成比に応じて体積も減少する。このため、陽極室及び陰極室において目盛り3の液面高さを標準として、陽極室及び陰極室の液面が目盛り3の高さより低くなった時に電解浴にフッ化水素の供給を開始し、陽極室と陰極室のうちどちらか一方でも液面が3番目の高さに達した時点でフッ化水素の供給を停止するという制御を行うと、制御装置として複雑な仕組みも必要とせずに電解浴中のフッ化水素の組成を小さなバラツキの範囲内で安定させることが出来る。これにより、電解浴中のフッ化水素の組成比を精度良く制御でき、フッ素又は三フッ化窒素の安定な製造が可能となる。
なお、何らかの異常や不具合が生じて液面が大きく変動し出した場合には、液面が目盛り2或いは目盛り4の高さに達した時点で電解を停止すると共にwarningレベルの警報を発する。この時点で操作員等が対応できれば、電解浴の液面高さを正常の位置に調整して、電解を継続する。更に液面高さの変動が大きくなった場合には、液面高さは目盛り1や目盛り5に達する。この時点では、電解装置は緊急停止し外部と連結されている配管を自動弁の閉鎖をして縁切りすると共にAlarmレベルの警報を発する。緊急停止とは、制御系以外の動力も停止し、加熱も行わず、ガスの供給や排出もない状態である。
電解装置は不活性ガス(窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンなど)を陰極室に導入するための不活性ガス導入手段20Aを有することが好ましい。電解装置がこのような不活性ガス導入手段を有することが好ましい理由は、次の通りである。
上記のように、高い電流密度で電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩の電解を行うと、陰極から水素ガスが大量に発生し、陰極室内の電解浴の液面に泡が発生し、陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの正確な検知ができなくなる恐れがある。しかし、上記の不活性ガス導入手段により不活性ガスを陰極室に導入することによって、液面に発生した泡を消滅させることができる。したがって、陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの正確な検知ができなくなる恐れはなくなる。
陰極室内に大量の不活性ガスを導入すると、陰極室内の電解浴の液面が変動したり、また、陰極室内部が局部的に冷却されて陰極室内部の温度が不均一となったりする。このために、陰極室内の電解浴濃度のムラや冷却による局部的な固化などを生じ、電解操業にも悪影響を与える。したがって、陰極室内への不活性ガスの導入量は、少なくすることが好ましい。
不活性ガスの陰極室への導入量は、電解時に印加する電流密度によって異なる。電流密度が100A/dm2未満である場合には、不活性ガスの導入は不要である。電流密度が100A/dm2以上で500A/dm2未満である場合には、不活性ガスの導入量は水素と不活性ガスとの合計量に対して5体積%程度である。電流密度が500〜1,000A/dm2である場合には、不活性ガスの導入量は水素と不活性ガスとの合計量に対して10体積%程度である。
不活性ガス導入手段を用いて不活性ガスを陰極室内に導入する場合には、次のようにすればよい。陰極室の天板から陰極室に不活性ガスを入れるような配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガス(窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンなど)を送れるようにする。陽極室液面検知手段による陽極室内の電解浴の液面の高さの検知結果と陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの検知結果とに基づいて開閉する電磁弁を、陽極ガス抜き出し口及び陰極ガス抜き出し口の後段に取り付ける。これらによって構成される手段を不活性ガス導入手段とする。電解装置の作動時には、陽極室液面検知手段による陽極室内の電解浴の液面の高さの検知結果と陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの検知結果とに基づいて、電磁弁を適宜開閉し、これによって陰極室に適量の不活性ガスを導入する。
本発明の電解装置を用いた電気分解においては、従来よりも遥かに高い電流密度で操業を行うことができる。したがって、大量の電極を電解装置に装着する必要がないので、電解装置の小型化が可能となる。具体的に言えば、炭素電極を用いた従来の電解装置においては、1,000Aクラスの電解槽の容積は約400リットルであったが、本発明の電解装置においては、1,000Aクラスの電解槽の容積は約40リットルとなる。
本発明においてフッ素を製造する場合には、電解浴としてフッ化カリウム(KF)とフッ化水素(HF)とのHF含有溶融塩(モル比は1:x;ただし、xは好ましくは1.9〜2.3である)(以下、この溶融塩をしばしば「KF−xHF系のHF含有溶融塩」と称する)を用いることができる。KF−xHF系のHF含有溶融塩において、xが1.9未満になると、HF含有溶融塩の融点が上昇し、固化してしまい、電解を継続することができなくなる傾向がある。また、xが2.3を越えると、次のような不都合が生じる。フッ化水素(HF)の蒸気圧が高くなり、ダイヤモンド被覆電極内にHFが浸透し、層間化合物の生成を促し、電極崩壊を生じる。また電解槽やその構成部品の腐食、消耗が激しくなる傾向がある。またフッ化水素(HF)のロスも大きくなる。
なお、電解中、電解浴としてのKF−xHF系のHF含有溶融塩におけるxの値(フッ化カリウム(KF)に対するフッ化水素(HF)のモル比)は、フッ化水素が消費されることによって変動するが、フッ化水素を適宜、補給することにより、xの値を望む範囲(たとえば1.9〜2.3の範囲)に維持することができる。
また、三フッ化窒素を製造する場合には、電解浴として例えばフッ化アンモニウム(NH4F)とフッ化水素(HF)とのHF含有溶融塩(モル比は1:m;ただし、m=1〜4)(以下、このHF含有溶融塩をしばしば「NH4F−mHF系のHF含有溶融塩」と称する)や、フッ化アンモニウム、フッ化カリウム(KF)及びフッ化水素のHF含有溶融塩(モル比は、1:1:n;ただし、n=1〜7)(以下、このHF含有溶融塩をしばしば「NH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩」と称する)を用いることができる。NH4F−mHF系のHF含有溶融塩において、mは好ましくは2である。また、NH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩において、nは好ましくは4である。なお、上記以外の組成の電解浴を用いることにより、三フッ化窒素以外のフッ素化合物を得ることもできる。
なお、電解中、電解浴としてのNH4F−mHF系のHF含有溶融塩におけるmの値(フッ化アンモニウム(NH4F)に対するフッ化水素(HF)のモル比)やNH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩におけるnの値(フッ化カリウム(KF)に対するフッ化水素(HF)のモル比)は、フッ化水素が消費されることによって変動するが、フッ化水素を適宜、補給することにより、m及びnの値を望む範囲(たとえばmを1〜4の範囲、nを1〜7の範囲)に維持することができる。
本発明において行う電気分解において、電解浴の温度については、電解浴が溶融する温度である限り、特に限定はない。電解浴の温度は、好ましくは70〜120℃、さらに好ましくは80〜110℃、さらに好ましくは85〜105℃である。
電解浴の温度の調節は、電解槽に温度調節手段を設け、この温度調節手段を用いて行うことができる。温度調節手段の例として、電解槽の周囲に密着して設置したヒーター、ヒーターに接続され且つ電解槽の外に設置した温度制御器(PID動作(比例−積分−微分動作)が可能なもの)、及び電解槽内に設置した温度検知手段(たとえば、熱電対)から構成される温度調節手段が挙げられる。温度調節手段を用いることにより、電解槽内の電解浴の温度を一定温度に維持することができる。
KF−xHF系のHF含有溶融塩(x=1.9〜2.3)の調製方法については特に限定はなく、従来用いられている方法を用いることができる。たとえば、酸性フッ化カリウムに無水フッ化水素ガスを吹き込むことによって調製される。また、NH4F−mHF系のHF含有溶融塩(m=1〜4)の調製方法についても特に限定はなく、従来用いられている方法を用いることができる。たとえば、一水素二フッ化アンモニウム及び/又はフッ化アンモニウムに無水フッ化水素ガスを吹き込むことによって調製される。さらに、NH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩(n=1〜7)の調製方法についても特に限定はなく、従来用いられている方法を用いることができる。たとえば、酸性フッ化カリウムと、一水素二フッ化アンモニウム及び/又はフッ化アンモニウムとの混合物に無水フッ化水素ガスを吹き込むことによって調製される。
調製直後の電解浴の中には、数百ppm程度の水が混入するため、従来の炭素電極を陽極として用いた場合には、陽極効果を防止するために、0.1〜1A/dm2の低電流密度での脱水電解などによって水分除去を行う必要があった。しかし、導電性ダイヤモンド被覆電極を陽極として用いる本発明においては、陽極効果が発生しないので、高電流密度で脱水電解を行うことが可能であり、脱水電解を短時間で完了することができる。また、脱水電解することなく、所定の電流密度で操業を開始することもできる。
上記のように、電解槽は電解浴としてのフッ化水素を含む溶融塩または該フッ化水素含有溶融塩の原料を供給するための供給口を有する。操業時には、フッ化水素含有溶融塩の原料をこの供給口から適宜、補給する。
上記のように、本発明の電解装置を用いた電気分解においては、高電流密度であっても操業を行うことができる。本発明において、印加電流密度は通常1〜1,000A/dm2である。電流密度が1A/dm2未満の操業では従来技術に対する優位性がほとんどない。また1,000A/dm2を越える電流密度で操業を行うと、フッ素ガスの激しい発生により電解装置や電解装置を用いるシステムの構成部品の腐食、消耗を早めたり、配管の閉塞を起こしやすくなったりするという問題が生ずる。上記の構成部品の腐食や消耗、配管の閉塞の発生を抑制するという観点から、電流密度は、フッ素を製造する場合には、好ましくは2〜500A/dm2であり、さらに好ましくは10〜400A/dm2であり、特に好ましくは200〜400A/dm2であり、三フッ化窒素を製造する場合には、好ましくは10〜200A/dm2であり、さらに好ましくは40〜150A/dm2であり、特に好ましくは110〜150A/dm2である。
本発明の電解装置を用いて製造されるフッ素または三フッ化窒素は、ガスの形で得られる。
上記のように、本発明の電解装置を用いた電気分解においては従来よりも遥かに高い電流密度で操業を行うことができるので、効率的にフッ素又は三フッ化窒素を製造することができる。具体的には、たとえば電解槽として容積が40リットル程度のものを用いた場合、1時間当たりのフッ素又は三フッ化窒素の製造量は、従来の電解装置によって製造される量の数十倍〜100倍程度である。
したがって、本発明の電解装置は、従来の電解装置に比べ、半導体製造工場などにおいて用いるオンサイトの電解装置として、遥かに有利である。具体的には以下の通りである。
半導体製造工場は主としてクリーンルーム化されており、フットプリントに対するコストが高い。したがって、半導体製造工場において用いるオンサイトの電解装置は、より小型化したものであることが要求されている。従来の電解装置は、本発明の電解装置と比較すると、電解槽の単位体積当たりの、単位時間当たりのフッ素又は三フッ化窒素生産量が少ない。そのために、従来の電解装置を小型化して用いた場合、半導体の製造において必要とされる量のフッ素又は三フッ化窒素ガスを製造するためには長い時間がかかる。したがって、需要に見合うガス量を供給するために、保留装置に一度溜めておいて、保留装置から1回の需要量に見合うガスを供給する必要があった。従来の電解装置においては、電解によって発生したガスを加圧器を用いて昇圧して保存するが、フッ素ガスや三フッ化窒素は特に反応性が高いために、高圧で保存することは危険であり、長期間安定に保存するには昇圧時の圧力も0.2MPa程度以下にする必要がある。このために、従来の電解装置を用いる場合には、大きな需要量を賄うためには大きな保留装置が必要となる。この保留装置の大きさ(容量)は例えば500L〜3m3であり、フットプリントに対するコストの面から、従来の電解装置を用いることは著しく不利である。
これに対して、本発明の電解装置においては、電解槽の単位体積当たりの、単位時間当たりのフッ素又は三フッ化窒素生産量が非常に大きい。そのために、本発明の電解装置は、小型化して用いた場合でも、半導体の製造において必要とされる量のフッ素又は三フッ化窒素ガスを製造するためには短い時間しかからない。したがって、需要に見合うガス量を供給するために保留装置に一度溜めておく必要はないので、保留装置は不要である。したがって、フットプリントに対するコストの面から、本発明の電解装置を用いることは著しく有利である。
保留装置を用いないことは、後述のガス漏れ防止対策の面からも好ましい。しかし、すべての事情を考慮して保留装置を用いた方が有利であると考えられる場合には、保留装置を用いてもよい。
本発明の電解装置が陽極効果を発生せず、したがって、高電流密度における電気分解を可能にする理由は、次の通りであると考えられる。フッ化水素を含む溶融塩からなる電解浴に露出している、陽極中の非ダイヤモンド構造の炭素質材料の部分には、電解の進行とともに、電解浴との濡れ性が悪いフッ化グラファイト((CF)n)が形成されて安定に保護される一方、ダイヤモンド構造はフッ素終端となり、ダイヤモンド構造を形成するsp3結合はフッ素ラジカルにより切断されることはなく、従ってダイヤモンド構造中に含まれる導電性機能を発現するドーパント(たとえば、硼素、リン、窒素)は電解中にダイヤモンド構造から溶出しないために、安定に電解を継続することができる。
また、本発明の電解装置を用いた電気分解においては、電極の消耗、スラッジの発生がほとんど進行しないため、電極更新や電解浴更新を頻繁に行う必要はなくなり、電極更新や電解浴更新に伴う電解停止の頻度が低減する。したがって、電極更新や電解浴更新を行わず、電気分解によって消費される電解浴原料(フッ化水素(HF)、アンモニア(NH3))の補給のみを行うことによって、電解停止をせずに長期間安定的にフッ素または三フッ化窒素を製造することが可能となる。
上記のように、本発明においては、従来用いるものより小さい電解槽を用いて電解を行うことができる。従来用いるものより小さい電解槽を用いて電解を行う場合、電解によって消費されたフッ化水素(HF)を頻繁に補給する必要がある。このために、電解中、電解浴中のフッ化水素(HF)の濃度が大きく変化するが、導電性ダイヤモンド被覆電極はこの変化に十分耐えることができ、陽極効果を起こすことはない。
上記のように、陽極室はガスを電解槽から抜き出すための陽極ガス抜き出し口を有し、陰極室はガスを電解槽から抜き出すための陰極ガス抜き出し口を有する。本発明の電解装置を用いた電気分解により、陽極及び陰極からそれぞれガスが発生する。陽極から発生するガスは主としてフッ素又は三フッ化窒素であり、陰極から発生するガスは主として水素である。陽極から発生するガスは、陽極ガス抜き出し口から電解槽の外に出す。望むならば、陽極から発生するガスは、陽極ガス抜き出し口から電解槽の外に出した後、精製装置に送って精製してもよい。精製装置としては、後述の、本発明のシステムに用いる精製装置を用いることができる。また、陰極から発生するガスは、陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出す。望むならば、陰極から発生するガスは、陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出した後、精製装置に送って精製してもよい。陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出したガスは、水素濃度を減らし、爆発を起こす可能性を無くするために、不活性ガス(窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンなど)と混合希釈した上で大気中に放出することが好ましい。
本発明の電解装置は、フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置にフッ素又は三フッ化窒素を長期間安定的に供給するために用いることができる。また、本発明の電解装置を用いて、フッ素または三フッ化窒素を目的の反応を行うための反応装置に長期間安定的に供給するためのシステムを作製することができる。上記のように、本発明においては、電解槽を小型化できるので、本発明の電解装置、及びこれを用いた本発明のシステムも小型化できる。したがって、本発明のシステムは、半導体工場などにオンサイトで設置することができる。したがって、フッ素又は三フッ化窒素を用いて反応を行うための反応装置は、半導体工場内に置かれたものでよい。
本発明のシステムは、フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置35にフッ素又は三フッ化窒素を供給するためのシステムであって、本発明の電解装置、及び、精製装置25と加圧器26のうちの少なくとも1つを含む。即ち、本発明のシステムは、本発明の電解装置以外に、精製装置25を含む場合もあれば、加圧器26を含む場合もあれば、精製装置25と加圧器26とを含む場合もある。以下、本発明のシステムが、本発明の電解装置以外に、精製装置25と加圧器26とを含む場合について詳しく説明する。当業者であれば、本発明のシステムが本発明の電解装置に加えて精製装置25と加圧器26の一方を含む場合についても、そのようなシステムを容易に作製することができる。
本発明のシステムが、本発明の電解装置以外に、精製装置と加圧器とを含む場合、該電解装置によって製造されるフッ素又は三フッ化窒素は該精製装置によって精製され、該精製装置によって精製されたフッ素又は三フッ化窒素は加圧器によって昇圧され、該システムの運転時には、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、該加圧器を介して行うようになっている。
システムの運転時には、反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給量は電解装置での電解電流量を変えることによって調節することができる。
フッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置の例としては、LPCVD(即ちLow Pressure CVD)装置のチャンバークリーニング、オレフィン系ポリマー成形体の表面処理のための装置などが挙げられる。
本発明の電解装置を用いた電気分解により、フッ素又は三フッ化窒素は、不純物を含む形で製造される。不純物の例として、フッ化水素などの副生ガス、及び、電解浴として用いるフッ化水素含有溶融塩の飛沫同伴物が挙げられる。精製装置は、製造されたフッ素又は三フッ化窒素から不純物を除去することによって精製されたフッ素又は三フッ化窒素を得るための装置である。フッ素ガスを製造するために電解浴としてKF−xHF系のHF含有溶融塩を用いる場合には、副生ガスとしてフッ化水素や酸素が発生する。また、三フッ化窒素ガスを製造するために電解浴としてNH4−mHF系のHF含有溶融塩またはNH4F−KF−nHF系のHF含有溶融塩を用いる場合には、副生ガスとしてフッ化水素、窒素、酸素、一酸化二窒素が発生する。また、フッ化水素含有溶融塩の飛沫同伴物としては、該溶融塩に含まれる液状のフッ化水素、フッ化アンモニウム、フッ化カリウムが挙げられる。
フッ化水素ガスは、顆粒状のフッ化ナトリウムを充填したカラムを通過させることによって除去することができる。窒素ガスは、液体窒素トラップを通過させることによって除去することができる。酸素は、活性炭を充填したカラムを通過させることによって除去することができる。一酸化二窒素は、水とチオ硫酸ナトリウムとを入れた容器を通過させることによって除去することができる。フッ化水素含有溶融塩の飛沫同伴物は、焼結モネルあるいは焼結ハステロイ製のフィルターによって除去することができる。したがって、上記のトラップ、カラム、容器を直列に連結したものを精製装置として用いることにより、不純物を除去することができる。不純物を除去することにより、精製されたフッ素又は三フッ化窒素が得られる。精製されたフッ素、三フッ化窒素の純度は通常、それぞれ99.9%以上、99.999%以上である。
本発明の電解装置は、小型化して用いても、大電流を投入して高い生産速度でフッ素又は三フッ化窒素ガスを製造することが出来る。上記のように、本発明の電解装置においては、フッ素又は三フッ化窒素ガスの生産速度は従来の電解装置の場合の数十倍〜100倍である。そのため、後段の反応装置で発生する需要量は、製造したガスを精製装置を経由した後で加圧器を用いてガスを昇圧してそのまま反応装置へ供給することによってまかなうことが出来る。上記のように、加圧器の後段に更に保留装置を設けてフッ素又は三フッ化窒素を保留する必要はないので、万一電解装置からのガス漏れが発生した場合であっても、ガスを保留していないために電気分解を止めることによってほぼ同時にガス漏れを停止することが出来る。
本発明のシステムにおいては、該システムからフッ素又は三フッ化窒素を用いる反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給は、加圧器を介して行うようになっている。システムの運転時には、反応装置へのフッ素又は三フッ化窒素の供給量は電解装置での電解電流量を変えることによって調節することができる。
ここで使用する、フッ素又は三フッ化窒素を反応装置へ送るための加圧器の例として、ベローズ式供給ポンプ及びダイヤフラム式供給ポンプが挙げられる。
本発明のシステムは、電解装置の陰極ガス抜き出し口から出るガスを不活性ガス(窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンなど)と混合希釈して排出するための手段を有することが好ましい。この手段を用いることにより、電解槽の陰極ガス抜き出し口から出るガスは、不活性ガスと混合希釈された後に大気中に放出することができ、それによって、水素濃度を減らし、爆発を起こす可能性を無くすることができる。上記手段は次のようにして設けることができる。陰極室の天板から陰極室に不活性ガスを入れるような配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガスを送れるようにする。このようにして構成される手段を上記の手段とすることができる。
電解装置、精製装置25及び加圧器26を1つの筺体(ケーシング)1に収納してもよい。電解装置、精製装置及び加圧器を1つの筺体に収納することにより、電解槽の周囲の雰囲気制御が可能となり、フッ素ガスと大気中の二酸化炭素ガスとの反応(これによって四フッ化炭素(CF4)が生成する)を防止することが可能となる。また、電解槽からのフッ素ガスの漏れが発生した場合でも、外部にまで漏れる心配はない。
電解装置と精製装置との間、精製装置と加圧器との間、加圧器と反応装置との間は、通常、配管によって連結する。配管について特に限定はなく、材質がフッ素又は三フッ化窒素と反応を起こさないものである限り、公知のものを用いることができる。公知の配管材質の例としては、SUS316、SUS316L、Ni、モネル、銅、真鍮等を挙げることできる。
上記のように、本発明の電解装置を用いると、陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなくフッ素又は三フッ化窒素を長期間安定的に効率的に製造できる。したがって、本発明のシステムを用いることにより、高純度のフッ素又は三フッ化窒素を、必要とする反応装置に長期間安定的に供給することが可能となる。
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
実施例において行った測定・評価は、以下の通りである。
導電性基板表面の算術平均粗さ(Ra)及び最大高さ(Rz)の測定:
導電性基板表面の算術平均粗さ(Ra)及び最大高さ(Rz)は、小型表面粗さ測定器(日本国株式会社ミツトヨ製 SJ−400)を用いて測定を行った。
ラマン分光分析:
日本国サーモエレクトロン株式会社製ラマン分光装置(Nicolet Almega XR)を用い、レーザ波長532nmにて測定を行った。
X線回折分析:
日本国株式会社リガク製X線回折装置(RINT2100V)を用い、X線源としてCuKα線を用い、加速電圧40KV、加速電流30mA、走査速度2°/分にて測定を行った。
フッ素ガスの発生効率:
塩化カルシウム(KCl)を充填した反応管に一定時間発生ガスを通過させた。このとき、発生ガス中のフッ素と塩化カルシウム(KCl)との反応により塩素ガス(Cl2)が発生する(このときの反応は下記式(6)で表される)。発生した塩素ガス(Cl2)をヨウ化カリウム(KI)水溶液に吹き込んだ。このとき、塩素ガス(Cl2)とヨウ化カリウム(KI)との反応によりヨウ素(I2)が生成する(このときの反応は下記式(7)で表される)。
F2 + 2KCl → 2KF + Cl2 (6)
Cl2 + 2KI → 2KCl + I2 (7)
このようにして得られたヨウ素(I2)をヨードメトリー法(下記式(8)で表される反応を利用する定量法)により定量した。
2Na2S2O3 + I2 → 2NaI + Na2S4O6 (8)
上記式(6)〜(8)から分かるように、発生ガス中に含まれるフッ素ガスのモル数は、ヨードメトリー法による定量に用いたチオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3 )のモル数の1/2に等しい。したがって、発生ガス中に含まれるフッ素ガス量Mexp(mol)を下記式(9)から求めた。
Mexp = N × (L/2) (9)
(式中、Nはチオ硫酸ナトリウムの濃度(mol/リットル)、Lは滴定量(リットル)を表す。)
一方、通電電気量から求めた理論発生フッ素ガス量Mtheo(mol)は、下記式(10)を用いて計算した。
Mtheo = I × t/nF (10)
(式中、Iは電解電流(A)、tは通電時間(秒)、Fはファラデー定数(96500C/mol)、またnはフッ素発生反応に関与する電子数(n=2)である。)
フッ素ガス発生効率(%)は、(Mexp/Mtheo) × 100 である。
三フッ化窒素ガスの発生効率:
発生ガス中の三フッ化窒素の体積%をガスクロマトグラフィーにより定量し、下記式(11)により三フッ化窒素の発生効率を求めた。
発生効率(%)=(n×F×P×V×f)/(6×104×R×I) (11)
(式中、
n:三フッ化窒素発生反応の反応電子数
F:ファラデー定数(96500C/mol)
P:圧力(atm)
V:三フッ化窒素の体積%
f:三フッ化窒素の流量(10-3cm3/min)
R:気体定数(atm/cm3/deg-1/mol-1)
T:絶対温度(K)
I:電解電流(A)
である。)
なお、三フッ化窒素の発生反応は下記式(12)に従うものとし、反応電子数n=6とした。
NH4F + 6HF2 - → NF3 + 10HF + 6e- (12)
陽極表面の表面エネルギー:
陽極表面の水及びヨウ化メチレンとの接触角から算出した。表面エネルギーの単位はdyn/cmである。
導電性基板としてグラファイト板(サイズ: 200×50×20mm)を使用し、熱フィラメントCVD装置(非特許文献3に記載された方法にしたがって作成)を用いて、以下のように導電性ダイヤモンド被覆電極を作製した。
粒径1μmのダイヤモンド粒子からなる研磨剤を用いて、導電性基板の上下2面のそれぞれの全面を研磨した。研磨後における導電性基板表面の算術平均粗さ(Ra)は0.2μm、最大高さ(Rz)は6μmであった。次いで、4nmの粒径を有するダイヤモンド粒子を導電性基板の上下2面のそれぞれの全面に核付けした後、導電性基板を熱フィラメントCVD装置に装着した。水素ガス中に1容量%のメタンガスと0.5ppmのトリメチルボロンガスとを含む混合ガスを、5l/minの速度で装置内に流しながら、装置内圧力を75Torrに保持し、フィラメントに電力を印加して温度を2,400℃に高めた。このとき、導電性基板の温度は860℃であった。8時間のCVD操作を行った。さらに同様のCVD操作を継続して繰り返し、導電性基板の上下2面のそれぞれの全面に導電性ダイヤモンド被覆層(多結晶の層)を形成し、導電性ダイヤモンド被覆電極を得た。導電性ダイヤモンド被覆電極が得られたことは、CVD操作終了後にラマン分光分析及びX線回折分析を行うことにより確認された。ラマン分光分析における1,332cm-1のピーク強度と1,580cm-1のピーク強度との比は、1:0.4であった。
導電性基板の表面に形成された導電性ダイヤモンド被覆層の厚さは4μmであった。これは、同一の操作を行うことによって作製した別の導電性ダイヤモンド被覆電極を破壊して走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することによって確認された。
電気分解を行うために、次のような電解装置を作製した。電解槽として円筒形(サイズ(内寸): φ300mm×800mm)のもの(材質はニッケル)を用いた。この電解槽は、隔壁(材質はモネル)によって陽極室と陰極室とに仕切られたものであり、隔壁は鉛直に薄いドーナツ状に配置されており、隔壁の内側が陽極室であり、隔壁の外側が陰極室であった。陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比は2.5であった。この電解槽は電解浴としてのHF含有溶融塩またはHF含有溶融塩の原料を供給するための供給口(陰極室に設けた)を有し、陽極室はガスを電解槽から抜き出すための陽極ガス抜き出し口を有し、陰極室はガスを電解槽から抜き出すための陰極ガス抜き出し口を有していた。陽極として上記の導電性ダイヤモンド被覆電極を用い、陰極として2枚のニッケル板(サイズ: 100mm×250mm×5mm)(陽極を挟むようにニッケル板を2枚配置する)を用いた。
陽極室に、陽極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陽極室液面検知手段としてレベルプローブを設け、また、陰極室にも、陰極室内の電解浴の液面の高さを検知するための陰極室液面検知手段としてレベルプローブを設けた。電解浴の液面の高さが大きく変動した場合には、これらの液面検知手段が検知し、安全回路が作動して電解装置が停止するようになっている。
また、電解槽に、不活性ガスを該電解槽に導入するための不活性ガス導入手段を設けた。不活性ガス導入手段は次のようにして設けた。陰極室の天板から陰極室に不活性ガス導入用の配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガスとして窒素を送れるようにする。陽極室液面検知手段による陽極室内の電解浴の液面の高さの検知結果と陰極室液面検知手段による陰極室内の電解浴の液面の高さの検知結果とに基づいて開閉する電磁弁を、陽極ガス抜き出し口及び陰極ガス抜き出し口の外側端部に取り付ける。これらによって構成される手段を不活性ガス導入手段とした。
また、電解槽に、陽極室内の圧力を調整するための陽極室圧力調節手段、及び陰極室内の圧力を調整するための陰極室圧力調節手段を設けた。陽極室圧力調節手段は次のようにして設けた。陽極室の天板から陽極室に不活性ガス導入用の配管を設置して、配管にガスボンベから不活性ガスとして窒素を送れるようにする。陽極室に、陽極室の圧力を検知するための陽極室圧力検知手段として圧力計を設ける。上記陽極室圧力検知手段による陽極室内の圧力の検知結果に基づいて開閉する自動弁を、陽極ガス抜き出し口の外側端部に取り付ける。これらによって構成される手段を陽極室圧力調節手段とした。陰極室圧力調節手段は陽極室圧力調節手段と同様にして設けた。
また、温度調節手段として、電解槽の外側表面に密着して設置したヒーター、ヒーターに接続され且つ電解槽の外に設置した温度制御器(PID動作が可能なもの)、及び電解槽内に設置した熱電対(温度検知手段)から構成される温度調節手段を設けた。
この電解装置を用い、電解浴として建浴直後のKF−2HF系のHF含有溶融塩を電解槽に入れ、電流1,000A、電流密度125A/dm2で電解を48時間行った。電解中、陽極室内及び陰極室内の圧力は、上記の陽極室圧力調節手段及び陰極室圧力調節手段を用いて、大気圧より0.17kPaG高い圧力に維持した。また、電解中、電解浴の温度は上記の温度調節手段を用いて90℃に維持した。さらに、電解中、陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段による検知結果に基づいて、適宜、フッ化水素(HF)を液状で上記の供給口から補給し、陽極室内及び陰極室内の液面の高さを等しく且つ一定レベルに保つとともに、HF含有溶融塩中のフッ化カリウムに対するフッ化水素のモル比を2.1に維持した。さらにまた、陽極室液面検知手段及び陰極室液面検知手段による検知結果に基づいて、不活性ガス導入手段を用いて不活性ガスとして窒素を陰極室に導入した(窒素の導入量は0.35リットル/分であった)。
陽極から発生するガスは、陽極ガス抜き出し口から加圧器を用いて電解槽の外に出した。また、陰極から発生するガスは、陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出し、窒素と混合希釈した上で、大気中に放出した。
この電解によりフッ素が7リットル/分の割合で発生した(発生するフッ素の体積は、室温・常圧下で測定した)。また、フッ素の発生効率は98%以上であった。
電解終了後、導電性ダイヤモンド被覆電極を取り出し、無水フッ化水素で洗浄し、充分乾燥した後に重量を測定したところ、その重量は、電解開始時の導電性ダイヤモンド被覆電極の重量とほぼ同じであり、陽極の消耗はほとんど認められなかった。また、電解停止直後に電解浴を目視観察したところ、スラッジは認められなかった。
比較例1
陽極として炭素板(サイズ: 200×250×20mm)を用いること以外は実施例1と同様にして、電解装置を作製した。
この電解装置を用い、電解浴として建浴直後のKF−2HF系のHF含有溶融塩を電解槽に入れ、電流1,000A、電流密度125A/dm2で電解を行ったところ、約15分後に陽極効果を生じ、まったく電気分解できなくなってしまった。
電気分解ができなくなった後、陽極である炭素板を取り出して表面を観察したところ、フッ化黒鉛の膜が陽極表面に生成しており、電解浴で全く濡れていなかった。
電解浴として建浴直後のNH4F−2HF系のHF含有溶融塩を用いたこと、電解中に供給口から補給する電解浴原料がフッ化水素(HF)及びアンモニア(NH3)であったこと、及び、電解中、HF含有溶融塩中のフッ化アンモニウム(NH4F)に対するフッ化水素(HF)のモル比を2に維持したこと以外は実施例1と同様にして、電解を行った。
陽極から発生するガスは、陽極ガス抜き出し口から加圧器を用いて電解槽の外に出した。また、陰極から発生するガスは、陰極ガス抜き出し口から電解槽の外に出し、窒素と混合希釈した上で、大気中に放出した。
この電解により三フッ化窒素が1リットル/分の割合で発生した(発生する三フッ化窒素の体積は、室温・常圧下で測定した)。また、三フッ化窒素の発生効率は60%であった。
電解終了後、導電性ダイヤモンド被覆電極を取り出し、無水フッ化水素で洗浄し、充分乾燥した後に重量を測定したところ、その重量は、電解開始時の導電性ダイヤモンド被覆電極の重量とほぼ同じであり、陽極の消耗はほとんど認められなかった。また、電解停止直後に電解浴を目視観察したところ、スラッジは認められなかった。
比較例2
陽極としてNi板(サイズ: 200×250×20mm)を用いること以外は実施例1と同様にして、電解装置を作製した。この電解装置を用いて、実施例2と同様の電解を行った。
電解の当初は、三フッ化窒素が1リットル/分の割合で発生した(発生する三フッ化窒素の体積は、室温・常圧下で測定した)。また、三フッ化窒素の発生効率は60%であった。
電解を10分継続したところ電流が全く流れなくなった。電解装置を開けて確認したところ、Ni板の電解浴浸漬部分は腐食溶解し、ニッケルフッ化物となって電解浴中に大量のスラッジとして堆積していた。
陰極室の水平断面積の陽極室の水平断面積に対する比を0.5としたこと以外は実施例1と同じ電解装置を作製した。この電解装置を用い、電解浴として建浴直後のKF−2HF系のHF含有溶融塩を電解槽に入れ、電流1,000A、電流密度125A/dm2で電解を行ったところ、1日目は実施例1と同様に電解を継続することができ、ガスを発生させることができたが、2日目には陰極室液面検知手段が陰極室液面の異常な上昇を検知したために安全回路が作動して、電解装置は停止して電気分解できなくなってしまった。この電解装置の停止の原因は、陰極室において電解浴の泡が大量に発生したことによる、陰極室液面検知手段の誤動作であった。
本発明の電解装置を用いてフッ化水素を含む溶融塩の電気分解によるフッ素又は三フッ化窒素の製造を行なうと、高い電流密度においても陽極効果を発生させず、陽極溶解を生ずることなく、安定的で効率的に操業を行うことができる。
本発明のシステムの1例の概略図である。
本発明の電解装置に用いる陽極の1例の概略図である。
本発明において用いる、陰極室水平断面積の陽極室水平断面積に対する比が3である電解槽の1例の概略図である。
本発明において用いる、陰極室水平断面積の陽極室水平断面積に対する比が2である電解槽の1例の概略図である。
本発明において用いる、陰極室水平断面積の陽極室水平断面積に対する比が0.5である電解槽の1例の概略図である。
本発明の電解装置における電解槽及び隔壁の形状の3例を示したものである。図6(A)は、電解槽及び隔壁がともに直方体形である場合を示す。図6(B)は、電解槽が円筒形で隔壁が直方体形である場合を示す。図6(C)は、電解槽及び隔壁がともに円筒形である場合を示す。
符号の説明
1 筐体
2 電解槽
3 陽極
4 陰極
5 スカート
6 陽極室
7 陰極室
8 HF供給口
9 陽極ガス抜き出し口
10 陰極ガス抜き出し口
11 陽極室圧力を調整するための自動弁
12 陰極室圧力を調整するための自動弁
13 陽極室液面検知手段
14 陰極室液面検知手段
15 陽極室圧力検知手段
16 陰極室圧力検知手段
17 底ヒーター
18 ジャケットヒーター
19 熱電対
20A 不活性ガス導入手段
20B 不活性ガス導入手段
21 HFガス供給
22 HFラインヒーター
23 F
2
排気
24 H
2
排気
25 精製装置
26 加圧器
27 フィルター
28 減圧弁
29 圧力計
30 流量計
31 流量調節弁
32 エジェクタ(真空発生器)
33 除害塔
34 自動弁
35 反応装置
301 導電性基板
301A 導電性基板の表面部分(導電性炭素質材料)
301B 導電性基板の内部(導電性炭素質材料またはそれ以外の材料)
302 ダイヤモンド構造を有する導電性炭素質材料からなる被覆層