JPWO2004003246A1 - 自己潤滑性を有する摺動部品用材料およびピストンリング用線材 - Google Patents
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Abstract
Description
これについては、現在、燃焼室側からトップリング、セカンドリング、オイルリングの3本が一つのピストンに装着されるのが一般的であるが、国内では、苛酷部位にあたるトップリングとオイルリングはスチール化による高機能化が浸透してきている。これらの背景には、近年、電気自動車等のポスト内燃機関の研究成果が具体的に眼に見えるようになってきたことで、内燃機関側でも更なる改良に対する努力が高まってきていることや、軽油の品質を向上させ排ガスフィルタを高性能化すればガソリン車よりも内筒圧の高いディーゼル車の方が環境負荷が小さいことが分ってきたため、より苛酷なディーゼルエンジンに対応できる摺動性能の向上が叫ばれていることがある。
また、最近では、エンジン内部現象にもメスが入れられ、現状では3本のリングの中でも鋳鉄製であるセカンドリングの摩耗が最も激しいことが指摘されている(以下の非特許文献1参照)。
スチール化への移行の更なる理由は、エンジンの環境性能向上に対応するためのリング構造の薄厚化により摩擦力損失を低減させると、それに伴なって機械的強度の向上の必要性がでてくること、あるいは、耐摩耗性向上が背景にある。更には、リング製造工程の技術移転、拡張の容易性、そして表面処理の点でも鋳鉄で主流のCrメッキの環境規制が厳しくなってきているため、有害性の少ない窒化処理を行なう必要性からスチール化が加速していることも理由として挙げられる。
スチールピストンリングにおいては、シリンダライナーとの接触面に窒化処理等の表面処理を行なうことで耐摩耗性や耐焼付き性を付与する手法が提案されており(以下の特許文献1参照)、表面処理なしで耐摩耗性を向上させる手法も提案されている(以下の特許文献2参照)。
非特許文献1: 齋藤秀輝、他2名、「苛酷運転条件下のディーゼルエンジンの摩耗に関する研究」、日本機械学会九州支部平成11年度研究発表講演会(1999)(インターネット<URL:
http://www.ns.kogakuin.ac.jp/〜wwa1013/EGR/nagasaki/nagasaki.html>)
特許文献1: 特開平10−030726号公報
特許文献2: 特公平58−046542号公報
スチールピストンリングは、鋳鉄製リングよりも圧倒的に機械的性質や耐摩耗性に優れてはいるものの、耐焼付き性に劣ることが、特にセカンドリングでスチール化が進まない理由の一つになっている。この課題に対し特許文献1にも示されているように、シリンダライナーとの接触面に窒化処理等の表面処理を駆使して対応を進めている状況である。しかし、表面処理コストや、ピストンとの接触面で発生するアルミニウム凝着の防止の点で改善の余地が残る。
また、表面処理なしで解決しようという試みもあり、特許文献2等は、性能/コストの面で優れる鋼中のCr系炭化物を増やす成分設計として、主に10%以上のCr添加領域を提案する。しかし、炭化物の増量化によって耐摩耗性は飛躍的に向上するものの、耐焼付き性の向上効果は僅少であることと、被削性が劣化する等の製造性での弊害が懸念される。そのため、PVD等の表面処理を行っているが、コスト面での上昇が避けられない。
加えて、燃料として軽油を使用する場合や、ガソリンを使用する場合であっても、品質によっては含有される硫黄(S)量が多い場合がある。S含有量が多い燃料を使用した場合には、含有硫黄(S)によりSO4 2−が生じ、ピストンリングは硫酸露点環境にさらされる。よって、耐硫酸腐食性も要求されるようになって来ており、耐食性の点でも従来にない厳しい特性が要求される。
本発明者らは、各種適用される摺動部品、特にはピストンリングに代表されるような流体潤滑下での摺動環境に曝される摺動部品について、その摺動挙動を詳細に亘って調査、検討した。その結果、耐焼付き性の向上および摩擦係数の低下に最適な組織形態を突きとめ、加えて、耐硫酸腐食性を考慮しつつ、その組織の達成に有効な成分組成をも見いだすことで、本発明に至った。
かくして本発明の第1の観点によれば、質量%で、C:0.4%以上1.5%未満、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、Cr:0〜0.5%、Ni:0.05〜3.0%、Al:0.3〜2.0%、Mo、WおよびVから成る群から選ばれた少なくとも1種を合計量(Mo+W+V)で0.3〜20%、Cu:0.05〜3.0%を含む鋼からなり、組織断面に観察される黒鉛の平均粒径が3μm以下である自己潤滑性を有する摺動部品用材料が提供される。
この摺動部品用材料の好適形態によれば、組織断面に観察される黒鉛の占める面積率が1%以上で、その平均粒径が3μm以下である。また、組織断面にV炭化物が観察されないことが好ましい。
さらに、好適には、MoおよびWから成る群から選ばれた少なくとも1種を合計量で0.3〜5.0%、V:0.1%未満である。Alの好適量は0.7〜2.0%である。前記鋼は、Mo:1.5〜3.0%、Co:10%以下を含むことが好ましい。また、前記鋼の硫黄(S)およびCa量は、S:0.3%以下、Ca:0.01%以下であることが好ましく、前記鋼に窒化処理を施して摺動部品用材料として使用することが好ましい。
本発明の第2の観点によれば、質量%で、C:0.4%以上1.5%未満、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、Cr:0〜0.5%、Ni:0.05〜3.0%、Al:0.3〜2.0%、Mo、WおよびVから成る群から選ばれた少なくとも1種を合計量(Mo+W+V)で0.3〜20%、Cu:0.05〜3.0%を含み、組織面に観察される黒鉛の平均粒径が3μm以下である鋼から成るピストンリング用線材が提供される。この線材で作ったピストンリングでは、外周面と平行な組織断面で観察されるサルファイド系介在物の分布状態が、それぞれのサルファイド系介在物の最大径上を通る直線同士のなす平行度にて30度以内である。好ましくは、ピストンリング用線材の組織断面に観察される黒鉛の占める面積率が1%以上、かつ、その平均粒径が3μm以下である。
ピストンリング用線材は、好ましくは、Co:10%以下を含み、あるいは更にS:0.3%以下、Ca:0.01%以下を含み、窒化処理を施して使用することが好ましい。
本発明の重要な特徴は、ピストンリングに代表される摺動部品について、その耐焼付き性の向上および摩擦係数の低下に最適な手段として、微細かつ適度の黒鉛が析出した鋼組織を実現したことである。すなわち、ピストンリング/シリンダ間の摩擦挙動の特異性をも十分に考慮して、それを補う形で耐久性能を向上させるのが狙いであり、非表面処理材あるいは、表面処理コストの面では有利な窒化処理材であっても、従来の技術ではそれぞれ不十分であったその耐焼付き性および摩擦係数の低下について、十分な効果が達成されるものである。
そして、本発明の黒鉛析出組織について、その工業上の実施手段として成立させるためにも、十分に迅速な黒鉛の微細析出が可能であり、加工性や被削性の向上にも効果のある成分組成を突きとめたところ、加えて、硫黄(S)の単独添加もしくは、硫黄(S)とCaの複合添加をも併用することでこれら効果の更なる向上が達成できたところにも、大きな特徴を有するものである。
最初に、本発明の黒鉛析出組織について述べる。
摺動部品において、その通常苛酷に摩擦する機械要素間には油、水等の流体膜が絶えず形成される流体潤滑設計がなされることが主流である。この流体膜形成は飛行機のように相対運動をする流体に浮力が発生することを利用しており、流体の粘度、相対速度が高くなると摺動部品間に介在する流体膜が厚くなるため、これが機械要素を摩擦から保護する。
しかし、内燃機関で言えば、その現在のほとんどのエンジンが往復運動方式であることから、上下死点近傍ではピストンリング/シリンダ間では相対速度がゼロとなり、流体膜も破れ、摩耗、焼付きが発生し、内燃機関の正常な運転を妨げる。更には、オイルが燃焼室に入り込むのを防止する、いわゆる油掻きの作用を高めることがピストンリングの性能向上の目標として挙げられていることから、上記した流体膜の維持はますます困難な状況になっている。
それであっても、このような摺動運動には様々な流体潤滑モードが働いているのであって、本発明者らはそれらモードを見直し、活用することで、課題の解消を試みた。すなわち、流体潤滑モードには(1)くさび作用、(2)伸縮作用、(3)スクイズ作用の3つが存在し、(3)のスクイズ作用には、相対速度がゼロとなっても作用する働きがある。これについて説明すると、例えば板状の固体が流体を介在させながら基板上を滑っているとする。この場合、基板と対抗する板の面に発生する圧力分布は板のエッジ部で圧力が0となる境界条件があり、潤滑を維持するため、すなわち正の圧力分布が発生するためには、圧力分布は上に凸の関数とならなければならず、以下の条件で記述できる。
ここで、Pは圧力、xは摺動方向、yは摺動方向と直角方向の距離を表している。また、流体潤滑の基礎方程式であるReinolds方程式は以下のように表される。
ここで、ρは流体の密度、hが流体膜の厚み、ηは粘性係数、tは時間、uは相対速度を表している。よって、(1)、(2)式より、流体膜に正の圧力が発生する必要条件は以下のようになる。
(3)式には3つの項が発生しているが、第1、第2項は相対速度uを含み、先述したくさび作用、伸縮作用に相当する。そして、uを含まない第3項こそが、ピストンリング/シリンダ間で相対速度がゼロとなっても機能する可能性が残されている、スクイズ作用を示す項である。
この第3項が負になることがどのような物理的意味を持つかを説明すると、それは流体の密度が一定であれば、流体膜の膜厚が時間的に急に減少することで、結果、流体膜に正圧が発生するという意味である。現実的にこのような現象を起こそうとすれば、基板を滑る板に垂直荷重を急激に与え、流体膜を搾り出す必要がある。その結果、流体膜は搾り出されてゆくが、同時に高い正圧が発生し、なかなか固体同士の接触には至らない、すなわち、スクイズ作用が期待できるのである。
ここで、この効果を増幅させるには、その摺動する表面に多数の穴状構造を形成することでいっそう高まることを、本発明者らは知見した。すなわち、摺動面に微細かつ多数の空孔を設ければ、相対速度がゼロにある、流体膜の破れた状態からであっても、次の時間経過には空孔中の流体が瞬時に流体の枯渇面に搾り出され、その移動した流体の大きな膜厚減少によるスクイズ作用を得ることができるのである。これにより、上記往復運動の上下死点近傍での焼付きを抑制でき、さらには摩擦係数を低下できるのである。
本発明の黒鉛析出組織はこの作用・効果にも注目して決定されたものである。すなわち、本発明の黒鉛組織は、まずそれ自体が固体潤滑作用を有する潤滑相として作用するのであるが、加えて同時に重要となるのが、その黒鉛が脱落した時の空孔として油膜保持性を向上させる上記のスクイズ作用である。このスクイズ作用は、圧力変動に対して油膜が安定して形成され、摺動面の形状としては表面に穴を配置することでその効果が高まることは上記の通りである。この効果を得るために黒鉛析出こそ有効であって、通常のすべり軸受、コロ軸受、玉軸受部材はもちろんのこと、圧力変動が大きな、ピストンリング、シリンダライナー、バルブリフタのシム面、種々のカム、歯車、金型部材、もしくは切断刃などの、すべり軸受のような連続的な流体潤滑膜形成が困難な摺動部にも効果を発揮するものである。
また、本発明の黒鉛析出組織は、そのピストンリングに適用した場合の、最近問題となってきたアルミニウム製ピストンとの凝着摩耗を防止することにも効果を発揮する。すなわち、アルミニウムは炭素に対しほとんど固溶限を持たないため、凝着反応が抑制されるのである。
以上、本発明の摺動部品用材料は、その組織面に黒鉛を分散させるものであるが、ここでその観察される黒鉛の平均粒径は3μm以下にすることが重要である。これは、平均粒径が3μmを超えると、その摺動中に黒鉛周辺部が破損し、この破片が摺動面内に入り込む懸念があるからである。なお、本発明の黒鉛分散による効果を得るのに好ましくは、組織面に観察される黒鉛の占める面積率を1%以上とすることである。さらに好ましくは、比較的粗大な粒径1μm以上の黒鉛について、その平均粒径を5μm以下とすること、あるいはその面積率にて5%未満とすることである。
空孔の形成による潤滑効果は、上記の作用によって流体膜の減少を招き、いずれは効果を失うため、主流の流体潤滑設計としてはあまり扱われなかった。しかし、特に内燃機関といった連続的な流体潤滑膜の形成が困難な往復運動にあってこそ本発明の手段が有効であり、例えば相対速度がゼロ近くになり流体膜が破断する上下死点近傍が一時的な状態であり、すぐに潤滑油の潤沢な環境に移行してゆくピストンリング/シリンダ間のような、非定常的な摩擦挙動を起こす環境の場合、黒鉛析出は威力を発揮する。
ピストンリング、シリンダライナーに代表される、構造上一時的に流体膜の破断が生じる条件下でこそ、流体膜の維持が可能な潤滑設計を行なうことは重要である。それであっても、エンジンの回転数や摺動部品の構造がかわると、固体接触の可能性が高まるのであって、これら非定常的な摺動部品には、黒鉛鋼のように、固体潤滑作用のある黒鉛を析出させた材料を適用することでより広範囲な摺動条件に対応可能となる。
次に、本発明の摺動部品を構成する鋼の成分組成について説明する。
黒鉛鋼自体については、古くから報告があり、これらは主にSi、Niを添加した合金とするものであるが、600℃以上の温度保持を行なうような黒鉛析出処理に数十時間以上を要するものであった。そこで、本発明では、その数時間レベルでの黒鉛析出を完了させるため、セメンタイトが分解し易く、Niの上に適量のAlを添加したところに特徴を有する。
一般的に鉄中の炭素は、黒鉛として析出する前段階として、一旦、準安定なセメンタイトとして析出する。このため、黒鉛析出処理では、セメンタイトを分解し、安定な黒鉛へと変化させる必要がある。従来の黒鉛鋼では、セメンタイトの分解が進み難く、非常に長い時間を要した。そこで、本発明では、Cr等のセメンタイト分解を妨げる元素を抑制することで、準安定なセメンタイトが析出してもすぐ分解する成分設計を狙い、実質的にはセメンタイトが生成することなく、一挙に黒鉛として析出させることができる。
また、Alは鉄中での拡散速度が速く、Alを添加したことで、空孔の拡散速度が速くなり、黒鉛の析出場所となる空孔の集合体を形成する時間が短くなる。このような二つの作用効果を併用することで、本発明では黒鉛析出を短時間で行なうことが可能となった。また、浸炭処理等により、表面のみに黒鉛を析出させることも容易である。
更に、Alは窒化硬化能を有する元素でもあり、窒化硬化鋼の合金設計上、好都合である。なお、同じく窒化硬化元素として使用される元素にCrがあるが、Crは本発明の根幹技術となる黒鉛形成を阻害するだけでなく、耐硫酸腐食性をも著しく低下させることから、その使用を極力避けるものである。よって、本発明の採用するAlは重要な含有元素である。
加えて、従来、黒鉛鋼に窒化処理を適用した場合など、窒化層中に例えば粒径10μm以上の黒鉛といった欠陥があると、窒化層が脆くなるという欠点が指摘されており、窒化鋼に黒鉛を析出させるには難点があった。そこで、本発明においては、その窒化鋼としても成立させるために、析出する黒鉛の微細化にも努めた。
この析出黒鉛の微細化に関しては、(1)加工歪みによる微細化、(2)Al2O3等介在物の添加、(3)BN、TiC等を析出核とする、3つの方法が挙げられる。しかし、(1)はプロセス上の制約があり、(2)は分散化の製法に難がある、そして、(3)は微量成分を制御することで達成される効果であるため、高C鋼においては製法に難がある。これらに関しては、例えば特開平11−246940号にはTiCを分散させる方法が、岩本隆ら「鉄と鋼Vol.84(1998)p.57」にはBNを核に黒鉛析出を行なう方法が示されているが、これらは1000℃以上の拡散速度が高い高温で第2相が析出するので、黒鉛の微細均一性を保つことが難しく、成分偏析の激しい高合金への適用が困難である。
そこで、本発明者らは、この黒鉛の微細化を達成するべく種々検討した結果、組織中のCu−Al金属析出相が有効に作用することを見いだした。これは前述した、第2相を析出黒鉛の核として作用させる現象であるが、このCu−Al相は800℃以下という低温で析出するため、微細な黒鉛組織が安定かつ迅速に形成できる。本発明においては、具体的には脆化現象が起こらないレベルでのCuとAlの添加を行なうことにより、強度劣化が少なくかつ潤滑相として作用する黒鉛組織を形成することができる。加えて、Cuは耐硫酸腐食性の向上にも寄与している。
黒鉛の分散による潤滑技術については、従来、鋳鉄の分野にて多く提案されているが、各分野の摺動部品についてその使用環境が年々苛酷化しているため、鋳鉄から鋼の表面処理材へと変更が進んでいる。しかし、それであっても、例えば内燃機関のシリンダブロックの場合、そのほとんどはアルミ化されているもののシリンダライナー部内壁は、今でも前述した効果を狙った、黒鉛を晶出させた鋳鉄が使用されている状況である。本発明の摺動部品は、摺動特性は勿論のこと、その他、環境の苛酷化により必要とされる強度、耐摩耗性、耐硫酸腐食性をも兼備させるために、鋳鉄の特性も取り込んだスチール材としての成立を目的とし、そのための合金設計に特徴を有するものである。以下、成分組成について説明する。
Cは一部が基地中に固溶して強度を付与し、一部は炭化物、あとの残部は黒鉛を形成して耐摩耗性と耐焼付き性を高める重要な元素である。このためには少なくとも0.4%が必要である。しかしながら、1.5%以上になると融点が低下し、インゴットを1200℃前後で数十時間加熱するような、凝固偏析解消のための拡散焼鈍処理による組織の均一化が困難になる。よって、Cは0.4%以上1.5%未満とする。好ましくは、0.5%以上1.3%未満である。
Siは通常脱酸剤として添加されるが、ここでは黒鉛析出の促進元素として添加しており、耐硫酸腐食性を向上させる効果もあるため、0.1%を下限とした。一方では鋼の焼戻し軟化挙動にも影響し、特に低合金鋼においてはSiの影響は重要である。焼戻し軟化を防ぎ耐熱強度を高めるために好ましいSi量は1.0%以上である。しかしながら、過度に添加するとA1点が上昇するので、Siの上限は3.0%に規定する。よって、Siは0.1〜3.0%とする。好ましくは、0.5〜3.0%、さらに好ましくは、1.0〜3.0%である。
MnもSiと同様、脱酸剤として使用され、最低0.1%は必要であるが、過度に添加すると黒鉛の析出を害する。そのため上限を3.0%に規定した。よって、Mnは0.1〜3.0%とする。
Crは有効な窒化硬化元素であるが、準安定なセメンタイトの分解を抑制し、黒鉛の析出を強力に阻害するだけでなく、耐硫酸腐食性を著しく低下させる元素なので、0.5%以下に規制する必要がある。よって、本発明においては、0〜0.5%、好ましくは、0〜0.3%とする。
Niは黒鉛の形成促進元素であり、またCu添加鋼に生じる赤熱脆性を抑えるのに有益な元素でもあるが、一方でFe中へのCの固溶限を上げるため、焼鈍状態での加工性を阻害する元素である。よって、0.05〜3.0%とした。好ましくは、0.6〜1.5%である。
AlはCrと同様、窒化硬さを上昇させる元素であるが、本発明ではCrを上げられない分、Alを添加することで窒化硬さを確保している。そして、その特徴とするところは、黒鉛形成元素であり、空孔の拡散を助け、更にはCuと共にCu−Al相として黒鉛析出の核となり、迅速かつ微細な析出を起こさせるのに有効な元素であるということから、0.3%以上添加する必要がある。ここで、AlもSiと同様、A1点を上昇させるため、2.0%以下に規定する。よって、本発明では0.3〜2.0%の添加範囲に限定する。好ましくは、0.7〜2.0%である。
MoはCrに比較して黒鉛化を阻害しない炭化物形成元素であり、さらには耐熱性を付与する元素である。炭化物は、例えばピストンリング製造工程での曲げ加工後に行なう熱成形処理においてマトリックスを拘束するため、寸法安定性を高める働きを持つ。しかし、過度のMo添加はCrと同様にセメンタイトの分解を抑制する。
それであっても、Moは上記の阻害の影響が少なく、一方で耐熱性の向上に大きく寄与し、熱処理時の寸法安定性に貢献する。特にピストンリングの製造工程では細線状態での熱処理工程が入るため、この特性の重要度が高く、合口形状のバラツキ抑制に有効となるため、0.3%以上添加する。一方、黒鉛の析出を阻害するため、その上限は20%とする。ここで、V、WであってもMoに同様の上記効果を持つことから、本発明では、Mo、WおよびVから成る群から選ばれた少なくとも1種を合計量で0.3〜20%とすることができる。
ただし、Vを添加する場合であっても、V炭化物が生じると黒鉛析出を著しく阻害するため、組織面にV炭化物が観察されないことが望ましい。あるいは、Mo、Wの複合あるいは単独添加による(Mo+W)を0.3〜5.0%とし、Vは0.1%未満であることが好ましい。また、Moは、黒鉛によるスクイズ作用を促進し、高圧下での流体膜形成を助けることで、耐焼付き性を高め、かつ動摩擦係数を下げる効果がある。加えて、耐硫酸腐食性を向上させる効果もあることから、Mo単独での添加量が1.5〜3.0%であることが好ましい。
CuはCu−Alの金属相を析出させ、微細な黒鉛組織を安定かつ迅速に形成するのに有効であることから、Alと共に本発明にとって重要な元素である。加えて、耐硫酸腐食性を向上させる効果もある。よって、Al量も兼ねた相互的な含有量調整を要し、その効果を得るためには0.05%以上、望ましくは0.2%以上添加する必要がある。一方、Cuは過剰に添加すると焼きなまし時の硬さが高くなり、加工性を阻害するため、3.0%以下にする必要がある。よって、本発明では0.05〜3.0%の組成範囲とし、好ましくは0.2〜3.0%とする。
さらに、潤滑性を向上させる技術として、内燃機関の場合では、従来、硫黄(S)は有機化してエンジンオイル中に極圧添加剤として添加され、焼付きを防止する技術として知られている。その一方で、本発明者らは、鋼中にMnSといった硫化物(サルファイド)を存在させることにより、その硫黄(S)が摩擦発熱により摩擦面にできた新生面にin situなサルファイド膜を形成し、これが潤滑性能を向上させることに効果があることを突きとめた。この手段によれば、材料内部に潤滑物質が散在しているので、必要な局所で潤滑性能を上げるために潤滑物質を多量に添加する必要もなく、極圧添加剤のようにオイル交換時に効能が消失しないため、半永久的に機能することが期待できる。
また、ピストンリングについてCr系炭化物を鋼中に増やす従来の手段は、言い換えると、シリンダライナーとの接触面積が少なく、単位面積あたりの摺動エネルギーが高いピストンリング側の耐摩耗性を大きくして、シリンダライナーとのバランスをとることが狙いである。このことにより耐焼付き性も上がるが、本質的には接触の不均一によって生じる状況をシリンダライナー側の摩耗を促進させることにより、接触面積を増大化させることで、局部の異常な面圧の上昇を回避することが狙いである。つまり、ピストンリング装着初期のなじみを良くする技術であり、凝着摩耗のような耐久性が必要とされる摩耗特性としての機能は少ない。
しかも、過度な耐摩耗性向上はシリンダライナー側を攻撃する状況が発生し、極度に進行するとかえってクリアランスの増加等を生じ、排気ガス量に関係のあるブローバイ量を増加させてしまうが、硫黄(S)の効果は、材料の摩耗を促進させずに摩擦係数を下げることで耐焼付き性を向上させているので、エンジンの運転が進んでもクリアランスの変化の少ない状況を持続させる効果が高い。
よって、本発明の摺動部品用材料においては、硫黄(S)を適量添加することにより耐焼付き性を更に改善することができる。すなわち、硫黄(S)は大部分Mnと結びついてMnSを形成し、これがエンジンオイルといった潤滑剤に作用して潤滑効果を発揮するために摩擦係数が低くなり、耐焼付き性が向上する。
ここで焼付きとは、摩擦発熱により摩擦面温度が上がり、材料間の原子の移動が熱振動によって起こるために固着する現象であり、摩擦面温度は摩擦エネルギー(=摩擦係数×面圧×滑り速度)の単調増加関数の関係となる。そのため、摩擦係数が減少すると昇温し難くなり、耐焼付き性が向上する。この効果を得るために硫黄(S)の含有は有効であるが、過度に添加すると機械的性質が劣化し、例えばスチール製ピストンリング用の鋼線の引抜き加工工程にて破断が懸念されるので、上限を0.3%とすることが好ましい。含有に望ましくは0.01〜0.3%、さらに望ましくは0.03〜0.3%である。
また、更に本発明者らは、硫黄(S)を0.3%にまで添加した材料とするには、機械的性質の面からその製造工程に施される鍛造比を大きくすることが望ましいことも見いだした。つまり、摺動部品としての機械的性質の向上に有効であり、特には鋼線を曲げ加工することで得られるスチール製ピストンリングにとって、その曲げ加工工程での破断・折損を抑制するのに有効な手段でもある。
なお、この場合の鍛造比とは、上記ピストンリング製造工程におけるインゴットを出発とするピストンリング製品までの減面率で定義される。つまり、その鋼の鍛・展伸されていく方向に垂直な断面、すなわち最終的なピストンリング製品における小口断面に比して、(鍛造前のインゴット断面積)/(曲げ加工後の製品断面積)である。但し、曲げ加工による鋼線からピストンリング製品への減面率は本発明の効果達成の上で無視できるものであり、(鍛造前のインゴット断面積)/(曲げ加工前(鍛・展伸後)の鋼線断面積)で評価してよい。これら鍛造比の数字が高いほど鍛造が進んでいることを示す。
MnSといったサルファイドを含有する鋼は、その出発組織となる鋳造状態では、球状もしくは紡錘状のサルファイドが凝固セル組織の粒界三重点に多く存在し、その配向はランダムな組織となっているが、施す鍛造比が上がるに従ってサルファイドの配向状態が変化し、機械的性質が改善される。
この鍛造比を大きくしていくことで鋼線長さ方向へのサルファイドの配向性が高まり、つまり、ピストンリングに主に作用する周方向応力に沿った形でサルファイドが伸びるため、機械的性質の劣化がほとんどなくなる。この効果は、特に伸びたサルファイド、すなわち、アスペクト比(最大径/最小径)が3以上のサルファイドに関して顕著であり、言わば、特にアスペクト比が3以上のサルファイドの周方向に対する配向性が悪いと、機械的性質の劣化に繋がる。
具体的には、ピストンリングの外周面と並行な組織面で観察されるサルファイド系介在物、特にはアスペクト比:3以上のサルファイド系介在物の分布状態を、それぞれのサルファイド系介在物の最大径上を通る直線同志のなす並行度(鋭角側の角度)にて30度以内の状態とすることで、特にピストンリング用線材として有効な摺動部品用材料とでき、例えばこの鍛造比を500以上とすることが達成の上で好ましい。
図5に鍛造比1(鋳造まま)および500の鍛造を行なった鋼を無腐食で400倍の倍率で光学顕微鏡観察したマイクロ組織のスケッチ図と、その時のサルファイド系介在物の並行度測定を行った模式図を示す。アスペクト比:3以上の任意のサルファイド系介在物を2つ選定し、それら各々の最大径を通る直線(A,B線)同志がなす鋭角の角度を測り、これを観察視野内ですべて測定する。この測定を少なくとも10視野にわたり測定し、その角度の最大値を並行度と定義している。視野内に交点が無い場合(例えば図5−鍛造比500)は、A線に平行な、A’線を補助線として測定してもよい。なお、サルファイド系介在物を1個とみなす定義は、400倍の光学顕微鏡観察で繋がっていると見なされるものを1個とし、その最大径を通る直線を測定線として用いる。
図5において、鍛造比が1のものは30度を超える関係のサルファイド系介在物が存在しているが、鍛造比500のものはすべて30度以下になっていることがわかる。詳細には30度という数字は、破壊力学的に設計した数字である。図6はG.R.Irwin(Analysis of Stresses and Strains Near the End of a Crack Transversing a Plate,Trans.ASME,Ser.E,J.Appl.Mech.,Vol.24,No.3(1957),pp.361−364参照)が解析的に算出した、応力方向とき裂進展方向に角度が発生した時、応力拡大係数の変化がどう現れるかを示した図であり、数式としては以下のように表わされる。
ここで、KIはき裂の進展の駆動力となる応力拡大係数、βは応力方向とき裂方向とのなす角度、σは応力、πは円周率、aはき裂長さである。き裂は応力と直角方向に存在する(β=90°)と進展しやすく、応力方向に沿ってき裂が存在する(β=0°)と、き裂が進まなくなり、き裂が進みやすくなる(つまり、応力拡大係数が急に上昇する)のが30度超に相当する。介在物は力学的結合に乏しいためき裂と見なすことができることを考えると、介在物分布の配向性のバラツキは30度以下で制御することが重要であることがわかる。そして、伸びた介在物についてその配向性を揃えることが重要であることがわかる。
硫黄(S)は鋼の機械的性質を劣化させる代表的元素なので、この強度的対策を行なうことがスチール製ピストンリングとして成立させるに好ましい。例えば1%もの硫黄(S)添加を可能としている特開平07−258792号は鍛造比を十分に稼げないようなシリンダライナーも対象とし、基本的には鋳鋼を対象としたものである。現実に、ピストンリングのスチール化をコスト的に成立させているのは引抜き、圧延、曲げ等の塑性加工技術である。つまり、この工程を用いて1%もの硫黄(S)を含む鋼をピストンリング用線材に仕上げようとすれば、その塑性加工に必要とされる材料強度に不足することから、引抜き工程での破断が起きかねず、確実にスチール製ピストンリングとしての完成にたどり着き難いのである。
以上のように、本発明においては、その耐焼付き性の更なる向上の上で、0.3%以下の硫黄(S)を含有した摺動部品用材料とすることが好ましく、特にはこの鍛造比が極めて高い摺動部品用材料として成立するピストンリング用線材にこそ有効な手段となる。
そして、上記Sの効果をさらに高めるには、Caを硫黄(S)と共に添加することが有効である。CaはMnS中に内在するため、焼付き表面へ流出しやすい。しかも、強力な還元作用があるため、焼付き表面のオキサイド形成を防止し、サルファイド形成を容易にすることから、潤滑性を向上させる。しかしCaは過度に添加すると熱間加工性を害するので0.01%以下が好ましい。上記の効果を得るのに好ましくは0.0001%〜0.01%、さらに好ましくは0.0005%〜0.01%である。
なお、SおよびCaの添加は耐焼付き性の他に、切削性や研削性の向上にも効果がある。特にMnSの分散や黒鉛の析出は鋼の切削性を向上させるため、研削では形成が困難な、曲率半径の小さなコーナー部の形成が切削で容易にできることから、特に油掻き機能の向上したピストンリングの製作が容易となる。
また、本発明の摺動部品用材料およびピストンリング用線材は、耐食性、特に耐硫酸腐食性を高める効果の上でCoの含有も可能である。更には、Moと同様に、黒鉛によるスクイズ作用を促進し、高圧下での流体膜形成を助けることで、耐焼付き性を高め、かつ動摩擦係数を下げる効果がある。この場合、好ましくは0.5%以上であるが、一方、高価な元素であるだけでなく、過多に添加してもそれ以上の効果がみられないことから、10%以下とすることが望ましい。より好ましくは2〜5%である。
この本発明の摺動部品用材料およびピストンリング用線材を構成する鋼は、例えば以上に述べた各元素種の含有量を満たした上で、残部を実質的にFeとする鋼とすることができ、上記以外の元素種については例えば合計で10%以下、更には5%以下とすればよい。これについては、残部Feおよび不可避的不純物の鋼としたものを適用できる。
以下の元素は下記の範囲内であれば本発明鋼に含まれてもよく、好ましい範囲である。
P≦0.1%、Mg≦0.01%、B≦0.01%、Zr≦0.1%
加えて、本発明の好ましい条件として、組織面中に占める非金属介在物の面積率を2.0%以下とすることで、鋼線材へと加工する引抜き工程での破断防止と、その線材をコイル状に成形する際の折損の発生防止に有効である。特に細線材の作製・加工を伴なうピストンリングの製造に有効であり、稼働率の高い製造が可能な範囲として望ましい。
窒化処理は、本発明に加算する効果として、更なる耐焼付き性と耐摩耗性の向上に有効であるが、本発明の場合、表面処理の有無にかかわらず優れた耐焼付き性が達成されており、PVDやCrメッキ等の他の表面処理を組み合わせてもよい。また、ピストンリングを例に取れば、これらの表面処理は、従来、主な摺動面であるピストンリング/シリンダライナー間の接触面に対し施され、ピストンとの摩擦面に対して施されないため、凝着摩耗を防止できない。しかし、本発明の材料であれば表面処理を施さずとも十分な耐焼付き性が発揮され、凝着反応も抑制されるので、特にピストンリングに有効な材料となる。
また、本発明の材料では黒鉛相が存在するため、例えばCuCl2溶液に浸すこと等で黒鉛が有する層状分子構造の、その分子層間に別分子やイオンを挿入させる、いわゆるインターカレーション処理を行なうことができ、摺動特性を更に向上させることができる。更には、インターカレーション処理後の黒鉛はポリマー重合触媒ともなるため、ポリマーコート(高分子被覆処理)による潤滑性処理を行なうことや、予めインターカレーション処理のみを行ない、潤滑油を重合させやすい状態にすることで、摺動時に重合反応を起こして自己潤滑状態を維持する摺動部品とすることができる。
図2は、図1に示した材料と同一材料の組織断面(別視野)に観察される黒鉛の分布状況を示すマイクロ組織写真である。
図3は、比較例材料(試料No.14)の組織断面に観察される黒鉛の分布状況を示すマイクロ組織写真である。
図4は、図3に示した材料と同一材料の組織断面(別視野)に観察される黒鉛の分布状況を示すマイクロ組織写真である。
図5は、サルファイド系介在物の並行度を説明するマイクロ組織写真のスケッチ図およびその模式図である。
図6は、応力拡大係数に及ぼす、応力方向とき裂進展方向とのなす角度の影響を説明する図である。
図7は、超高圧摩擦摩耗試験方法を説明する模式図である。
図8は、往復動摩耗試験方法を説明する模式図である。
図9は、荷重の逆数と動摩擦係数の関係を示すストライベック線図であり、潤滑状態を説明する図である。
[例]
以下、具体例により本発明の効果を説明する。
例1
大気中の高周波誘導溶解により、表1に示す残部Feおよび不可避的不純物の組成に調整した各試料のインゴット(断面寸法220mm×220mm)を得た。試料No.1〜6は本発明を満たす例であり、試料No.11〜16が比較例である。なお、試料No.16はJIS−SUS440B相当材であり、現用のピストンリング材料である。
まず、これらのインゴットに熱間加工を施して、断面寸法が9mm×9mmの線状素材を得た(鍛造比:約598)。なお、試料No.13は鋳造こそ可能であったが、その後の熱間加工工程で鋼材が破壊したのでテストピースの作製ができなかった。
続いて、焼きなまし処理後に所定の焼入れ、焼戻し処理を行なって、硬さを45HRC前後に調整した。そして、その焼入れ、焼戻し後の線状素材の組織面を無腐食で観察して、黒鉛の分布状況(平均粒径、組織に占める面積率)を調べた。分布状況は、1000倍の光学顕微鏡にて観察した10視野の画像から、画像解析を用いて調査した。なお、黒鉛の直径は、測定した黒鉛の面積と同じ面積となる真円の直径を用いた。本発明鋼No.1〜6の黒鉛の分布状況は、その平均粒径は0.3〜2μm程度であり、面積率は0.5〜5%の品位であった。
図1〜図4は、試料No.3およびNo.14の黒鉛の分布状況を示す顕微鏡写真である。試料No.3のマトリックス組織には微細な黒鉛が析出しているが、試料No.14の黒鉛は粗大である。これは適量のCuとAlを含む場合、黒鉛析出に先行して微細なCu−Al相が析出し、それを核にして黒鉛が析出するため、微細な黒鉛分布となるが、CuあるいはAlが不足するとこのメカニズムが働かないため、黒鉛が粗大に析出するものである。その他の試料も含め、黒鉛の分布状況を表2に示す。試料No.11,12,15,16の組織には黒鉛が観察されなかった。
そして、これらの試料にH2:N2=1:1で530℃×5時間の条件によるイオン窒化処理を行ない、耐焼付き性および耐摩耗性の評価試料とした。耐焼付き性の評価に係る試験方法は、図7に示す超高圧摩擦摩耗試験機を用いて以下の条件で行ない、相手材の回転トルクが急激に立ち上がった時点を焼付き開始とし、そのときの荷重をスカッフ荷重として評価した。また、荷重が10MPaのときの、相手材の回転トルクより、動摩擦係数を求めた。図7中、符号1は試料を示し、2は相手材、Fは荷重を、それぞれ示す。
摺動面形状;5mm×5mmの正方形
摩擦速度 ;2m/秒
摩擦面圧力;初期圧1.5MPa,
1分毎に0.5MPaずつ上昇
潤滑油 ;モータオイル#30
初期圧時にのみ滴下し(10cm3/分)、その後は供給を停止
相手材 ;JIS FC250(ねずみ鋳鉄)(硬さ:100HRB)
耐摩耗性は往復動摩耗試験により評価した。これは別途作成した直径8mm、長さ20mmの試験片を直径20mmの相手材(FC250)と往復運動により擦り合わせることで、その時の摩耗幅を測定するものであり、試験方法の模式図を図8に、その他試験条件を以下に示す。図8中、符号1は試料を示し、2は相手材、Fは荷重、OILは潤滑油を、それぞれ示す。
押し付け荷重 ;500N
1回あたりの摺動距離;130mm
最大摺動速度 ;0.5m/秒
潤滑油(滴下により供給);モータオイル#30
相手材 ;JIS FC250(ねずみ鋳鉄)(硬さ:100HRB)
以上、スカッフ荷重、動摩擦係数および摩耗幅の測定結果を、窒化硬さと共に、表2に示す。
表2より、本発明を満たす試料No.1〜6は、いずれもスカッフ荷重が高く、摩耗幅が狭いことから、優れた耐焼付き性と耐摩耗性である。また、試料No.3〜6は、動摩擦係数も低い値であり、摺動部材として非常に優れた特性を示している。一方、本発明の黒鉛分布を満たさない比較試料は、全て耐焼付き性に劣っている。なお、試料No.11、15の耐摩耗性が不足しているのは、窒化硬化能を有する元素であるCr,Alのいずれの含有量もが低く、窒化硬さが低いためである。
また、実施例1で作製した試料につき、窒化処理を行なわない状態での同条件による焼付き試験を行った。結果を表3に示す。本発明の黒鉛分布を満たす試料No.1〜6の耐焼付き性が表面処理の有無によらず発揮されるところ、黒鉛が存在してもその粗大な比較試料No.14のスカッフ荷重は低い。この試料No.14の試験後の擦動面観察を行ったところ、黒鉛周辺部が破損しており、この破片が摩擦面内に入り込み摺動特性が悪化したものと考えられる。
例2
表1の組成における試料No.1と試料No.15を熱間圧延により直径5.5mmのコイルとした後、引抜き−冷間圧延により断面寸法1.5mm×3.1mmの平線形状に仕上げた。試料No.1は問題無く加工できたが、試料No.15は冷間加工性が悪く、引抜き工程で破断した。両者の組織面中に占める非金属介在物の面積率を引抜き前のビレットままの状態で、次に行なう引抜き・圧延方向と直角な組織面にて画像解析したところ、試料No.1は1.86%、試料No.15は2.23%であり、破断の原因はその硫黄(S)含有量の高さに加え、非金属介在物が2.0%を超える面積率になったことにある。
例3
表1における試料No.1〜6,11,12を実施例2に示す工程で断面寸法1.5mm×3.1mmの平線形状に仕上げ、焼入れを1000℃で30分、焼戻しをそれぞれ硬さ510HV前後になるように行った。その後、砥石切断機で回転数10000rpm、送り速度1mm/秒による切断を10回行ない、バリ発生頻度を調査した。表4に発生頻度を示す。
試料No.11,12にはバリの発生が認められるが、適量の硫黄(S)添加をしている試料No.1〜5はバリの発生が見られず、本発明の硫黄(S)添加がバリ低減に効果が大きいことがわかる。これにより、特にピストンリングの製造における製造性も向上する。
例4
予め別に作製しておいた表1の試料No.1と同組成のインゴットを用い、鍛造比1〜10000まで変化させた熱間加工工程にて、断面寸法3.0mm×3.0mmの線材を作製した。そして、これらを焼入れ、焼戻しにより400HVの硬さに揃え、そのピストンリングとした時の外周面となる、線材の展伸・長手方向に並行な組織面でのサルファイド系介在物(アスペクト比≧3)の並行度を前記要領に従って測定した。
そして、これら硬さ調整後の線材にスパン30mmの三点曲げ試験を行ない、変位10mmまで曲げて破断しなかったものをA、破断したものをBで評価した。これは、焼入れ、焼戻しを行なった線材をロール曲げ法によって所定の曲率のピストンリングに成形する際のその成形可能の可否を判定するものである。これらの結果を表5に示す。
鍛造比が高く、サルファイド系介在物の並行度が30度以下のものは機械的性質に優れ、線材からリング形状への曲げ加工時に懸念される破断の抑制に効果的である。そして、これら曲げ加工性に優れた線材を曲げ加工してピストンリング形状とした時の、その外周面に並行な組織面に観察される上記サルファイド系介在物の並行度やアスペクト比は、線材時より実質変化がなかった。
これら線材状態にて観察されるサルファイド系介在物の並行度は、曲げ加工後のピストンリング状態にも反映される。そして、このような断面積の小さなピストンリングがエンジンに搭載された場合に懸念される疲労破壊の不足についても、並行度が30度以下といったサルファイド系介在物の形態は機械的性質の向上に効果的であり、特にピストンリング用線材に好ましい手段である。
例5
大気中の高周波誘導溶解により、表6に示す残部Feおよび不可避的不純物の組成に調整した、本発明を満たすNo.21〜23のインゴット(断面寸法220mm×220mm)を得た。試料No.21に対して、試料No.22はMoを多く含有し、試料No.23はCoを多く含有している。
まず、これらのインゴットに熱間加工を施して、断面寸法が9mm×9mmの線状素材を得た(鍛造比:約598)。続いて、焼きなまし処理後に所定の焼入れ、焼戻し処理を行なって、硬さを40HRC前後に調整した。そして、その焼入れ、焼戻し後の線状素材の組織面を無腐食で観察して、黒鉛の分布状況(平均粒径、組織に占める面積率)を調べた。分布状況は、1000倍の光学顕微鏡にて観察した10視野の画像から、画像解析を用いて調査した。
試料No.21〜23全ての黒鉛析出は微細であった。表7に黒鉛の分布状況を示すが、その平均粒径は1μm以下であり、面積率は1〜4%であった。また、1μm以上の比較的粗大な黒鉛は、いずれの試料においても平均粒径で1〜1.5μm、面積率で1%未満である。そして、各試料において、黒鉛全体の面積に占める1μm以上の比較的粗大な黒鉛の面積の割合は4分の1以下であり、微細な黒鉛が析出黒鉛の大部分を占めていることがわかる。
そして、これらの試料を動摩擦係数の評価試験片とした。動摩擦係数の評価方法は、同じく図7に示す超高圧摩擦摩耗試験機を用いて(但し、摩擦速度は図7の表示に異なる)、以下の条件で行ない、相手材に生じるトルクと荷重より、荷重をステップアップする毎に、動摩擦係数を求めた。図9に荷重の逆数と動摩擦係数の関係を示す。
摺動面形状;5mm×5mmの正方形
摩擦速度 ;1m/秒 摩擦面圧力;初期圧1.5MPa,
1分毎に0.5MPaずつ上昇
潤滑油 ;モータオイル#30
10cm3/分を常時滴下
相手材 ;FC250(JISねずみ鋳鉄)
図9は、ストライベック線図と呼ばれる、摩擦摺動部分に掛かる負荷の条件を示した「負荷特性」を横軸にとり、摩擦係数を縦軸にとった曲線である。これによって潤滑状態を知ることができる。本実施例の場合、摩擦速度が1m/秒で一定であることから、横軸は荷重の逆数で示すことができる。図9の各曲線において、摩擦係数が最も低いプロット(極値)より右側(低荷重側:矢印で示す範囲)は、潤滑膜が破壊されず流体潤滑を起している領域であり、左側(高荷重側)は流体膜が破れ、固体同士の接触により流体潤滑に固体潤滑が混じった領域である。よって、摩擦係数が最も低いプロット(極値)がグラフ左側にシフトするほど、より高荷重でも流体膜が破れず、流体潤滑できることを示している。
図9の結果より、試料No.21に対してMo含有量の多い試料No.22では、より高荷重側でも流体膜が保持されている。そして、Co含有量の多い試料No.23では、更に高荷重側でも流体膜が保持されていることが分かる。これは、Mo、Coに先に述べたスクイズ作用を促進する効果があることを示すものである。
また、各曲線の最も左側のプロットは、焼付きを起したため試験を中止した荷重に対応している。試料No.22、23はMo、Coの添加により上記のプロットが左側(高荷重側)にシフトしており、耐焼付き性においても更なる向上がみられる。そして、動摩擦係数も全体的に低くなっており、Mo、Coの添加によって黒鉛析出による良好な摺動特性がより向上している。
本発明によれば、自己潤滑性の付与により表面処理なしでも耐焼付き性に優れ、摩擦係数も低く摩擦によるエネルギー損失が少ないことから、各種の摺動部品に適用が可能である。そして、そのサルファイド系介在物の形態調整も合わせて行なうことで、特にピストンリングとして有効であり、シリンダライナー、ピストンへの攻撃性も低減され、内燃機関の環境性能や耐久性の向上に対しても大きな寄与を果たす。また、製造工程における被削性等の加工性にも優れ、製造コストとリードタイムを削減できることから、性能・製造の両面で優れた摺動部品用材料とでき、産業上極めて有益な技術となる。
Claims (16)
- 質量%で、C:0.4%以上1.5%未満、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、Cr:0〜0.5%、Ni:0.05〜3.0%、Al:0.3〜2.0%、Mo、WおよびVから成る群から選ばれた少なくとも1種を合計量(Mo+W+V)で0.3〜20%、Cu:0.05〜3.0%を含む鋼からなり、組織面に観察される黒鉛の平均粒径が3μm以下である自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 組織面に観察される黒鉛の占める面積率が1%以上かつ、平均粒径が3μm以下である請求項1に記載の自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 組織面にV炭化物が観察されない請求項1または請求項2に記載の自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 質量%で、MoおよびWから成る群から選ばれた少なくとも1種を合計量(Mo+W)で0.3〜5.0%、V:0.1%未満である請求項1から請求項3までのいずれかに記載の自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 質量%で、Al:0.7〜2.0%を含む鋼からなる請求項1から請求項4までのいずれかに記載の自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 質量%で、Mo:1.5〜3.0%を含む鋼からなる請求項1から請求項5までのいずれかに記載の自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 質量%で、Co:10%以下を含む鋼からなる請求項1から請求項6までのいずれかに記載の自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 質量%で、S:0.3%以下を含む鋼からなる請求項1から請求項7までのいずれかに記載の自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 質量%で、Ca:0.01%以下を含む鋼からなる請求項8に記載の自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 窒化処理を行なって使用する請求項1から請求項9までのいずれかに記載の自己潤滑性を有する摺動部品用材料。
- 質量%で、C:0.4%以上1.5%未満、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、Cr:0〜0.5%、Ni:0.05〜3.0%、Al:0.3〜2.0%、Mo、WおよびVから成る群から選ばれた少なくとも1種を合計量(Mo+W+V)で0.3〜20%、Cu:0.05〜3.0%を含む鋼からなり、組織面に観察される黒鉛の平均粒径が3μm以下であるピストンリング用線材であって、ピストンリングとした時の外周面と並行な組織面で観察されるサルファイド系介在物の分布状態が、それぞれのサルファイド系介在物の最大径上を通る直線同志のなす並行度にて30度以内であるピストンリング用線材。
- 組織面に観察される黒鉛の占める面積率が1%以上かつ、平均粒径が3μm以下である請求項11に記載のピストンリング用線材。
- 質量%で、Co:10%以下を含む鋼からなる請求項11または請求項12に記載のピストンリング用線材。
- 質量%で、S:0.3%以下を含む鋼からなる請求項11から請求項13までのいずれかに記載のピストンリング用線材。
- 質量%で、Ca:0.01%以下を含む鋼からなる請求項14に記載のピストンリング用線材。
- 窒化処理を行なって使用される請求項11から請求項15までのいずれかに記載のピストンリング用線材。
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