JP4066307B2 - 自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング材およびピストンリング - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、自動車エンジン等の内燃機関に装着されるピストンリングに属する。
【0002】
【従来の技術】
内燃機関、特に自動車エンジンに使用されるピストンリングは、従来の鋳鉄製から鋼線をリング状に加工して用いられる、いわゆるスチール製ピストンリングへと移行が進んでいる。つまり、所定の組成を有するインゴットに鍛造・熱間圧延といった熱間加工を施して得られた素線を、更に引き抜き等によってピストンリングの小口断面形状に見合った鋼線材とし、硬さ調質、そして決まった曲率のリング状に曲げ加工することで一般的に製造されるピストンリングである。
【0003】
現在、燃焼室側からトップリング、セカンドリング、オイルリングの3本が一つのピストンに装着されるのが一般的であるが、国内では、過酷部位にあたるトップリングとオイルリングはスチール化による高機能化が浸透してきている。これらの背景には、近年、電気自動車等のポスト内燃機関の研究成果が具体的に眼にみえるようになってきたことで、内燃機関側でも更なる改良に対する努力が高まってきているためである。
【0004】
また、最近では、エンジン内部現象にもメスが入れられ、斎藤らの研究(「過酷運転条件下のディーゼルエンジンの摩耗に関する研究」日本機械学会九州支部平成11年度研究発表講演会(1999))によると、現状では、3本のリングの中でも鋳鉄製であるセカンドリングの摩耗が最も激しいことを指摘している。スチール化への移行の更なる理由は、エンジンの環境性能向上に対応するためのリング構造の薄厚化により追従性を向上させること、それに伴い機械的強度の向上の必要性が背景にあり、さらにはリング製造工程の技術移転、拡張の容易性もその大きな理由となっている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、スチールリングは、鋳鉄製リングよりも圧倒的に機械的性質や耐摩耗性に優れているものの、耐焼き付き性に劣るために、特にセカンドリングでスチール化が進まない理由の一つになっている。この課題に対しスチールピストンリングでは特開平10−30726にも示されているように、そのシリンダライナとの接触面に窒化処理等の表面処理を駆使して対応を進めている状況である。しかし、表面処理コストや、ピストンとの接触面で発生するAl凝着の防止の点で改善の余地が残る。
【0006】
また、表面処理なしで解決しようという試みもあり、特公昭58−46542等は、性能/コストの面で優れる鋼中のCr系炭化物を増やす成分設計として、主に10%以上のCr添加領域を提案する。しかし、炭化物増量化によって耐摩耗性は飛躍的に向上するものの、耐焼き付き性向上効果は僅少であることと、被削性が劣化する等の製造性での弊害が懸念される。
【0007】
本発明は、前述した技術がそれぞれ未達である、(1)ピストンリング全表面で耐焼付き性が向上し、(2)合わせて被削性も向上した材料によって製造したピストンリングが、(3)特に断面形状が小さなリングにしても十分機械的性質が維持されるという3点をすべて満たすことを目的としている。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは上記課題を解決するため種々検討の結果、0.3〜0.8%Cを基本とする低合金鋼にSを適正量添加することにより耐焼付き性および加工性向上に効果があること、さらに好ましくはSとCaを複合添加することで大きな効果が得られることを見いだし、本発明に至った。
【0009】
従来、Sは有機化してエンジンオイル中に極圧添加剤として添加され、焼き付きを防止する技術として知られている。その一方で、本発明者らは、鋼中にMnSといった硫化物(サルファイド)を存在させることにより、そのSが摩擦発熱により摩擦面にできた新生面にin situなサルファイド膜を形成し、これが潤滑性能を向上させることに効果があることをつきとめた。この手段によれば、材料内部に潤滑物質が散在しているので、必要な局所で潤滑性能を上げるために潤滑物質を多量に添加する必要もなく、極圧添加剤のようにオイル交換時に効能が消失しないため、半永久的に機能することが期待出来る。
【0010】
また、従来のCr系炭化物を鋼中に増やしたり、窒化処理等で表面硬さを上げることは、鋳鉄であるライナー材料とのアブレッシブ摩耗下での耐摩耗性の差異を大きくすることが狙いである。このことにより耐焼き付き性も上がるが、本質的には接触の不均一によって生じる状況をライナー側の摩耗を促進させることにより、接触面積を増大化させることで局部の異常な面圧の上昇を回避することが狙いである。つまり、ピストンリング装着初期のなじみを良くする技術であり、凝着摩耗のような耐久性が必要とされる摩耗特性としての機能は少ない。
【0011】
しかも、過度な耐摩耗性向上はライナー側を攻撃する状況が発生し、極度に進行するとかえってクリアランスの増加等を生じ、排気ガス量に関係のあるブローバイ量を増加させてしまうが、上記Sの効果は、材料の摩耗を促進させずに、摩擦係数を下げることで耐焼き付き性を向上させているので、エンジンの運転が進んでもクリアランスの変化の少ない状況を持続させる効果が高い。
【0012】
すなわち、本発明は、質量%で、C:0.3〜0.8%未満、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、S:0.03〜0.3%、Cr:0.3〜6.0%を含み、Cu:0〜3.0%、残部はFeおよび不純物の鋼からなり、外周面と並行な組織面で観察されるアスペクト比(最大径/最小径):3以上のサルファイド系介在物の分布状態が、それぞれのサルファイド系介在物の最大径上を通る直線同志のなす並行度にて30度以内であることを特徴とするピストンリング材、あるいはピストンリングである。好ましくは、Ca:0.01%以下を含有し、そして、Cr:3.0〜6.0%、あるいは、0.3〜1.0%である。なお、ピストンリング材における外周面とは、そのピストンリングとした時の外周面であり、鋼線材でいうその長手方向に並行な面である。
【0013】
さらには、組織面中に占める非金属介在物の面積率が2.0%以下であることを特徴とするピストンリング材、あるいはピストンリングであり、上記組成に加え、Nを600ppm以下に規制し、V、Nb、Tiのうち1種類以上を合計で0.5%以下、あるいはAlを1.5%以下含むピストンリング材、あるいはピストンリングである。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明の特徴は、0.3〜0.8%Cを基本とする低合金鋼製ピストンリングについて、その鋼中にサルファイド系介在物を存在させることにより自己潤滑性を付与し、部品の摩耗を促進させずに耐焼付き性を向上させたところにある。以下に本発明を詳しく説明する。
【0015】
Cは一部が基地中に固溶して強度を付与し、一部は炭化物を形成して耐摩耗性と耐焼付き性を高める重要な元素である。このためには少なくとも0.3%が必要である。しかしながら0.8%以上になると鋼線への加工性やリングへの曲げ加工性を困難にする。特にピストンリングにおいては製造性を高めることにより安価に製造できることが重要であるので0.8%未満とした。
【0016】
Siは通常脱酸剤として添加されるため0.1%を下限とした。一方では鋼の焼き戻し軟化挙動にも影響し、特に低合金鋼においてはSiの影響は重要である。焼き戻し軟化を防ぎ耐熱強度を高めるために好ましいSi量は、1.0%以上である。しかしながら、過度に添加すると冷間加工性を低下させるのでSiの上限は3.0%に規定する。
【0017】
MnもSiと同様脱酸剤として使用され、最低0.1%は必要であるが過度に添加すると熱間における加工性を害する。そのため上限を3.0%に規定した。
【0018】
Crは一部がCと結合して炭化物を形成し耐摩耗性、耐焼付き性を高める。また一部は基地に固溶して耐食性を高め、かつ焼き戻し軟化抵抗を高める。さらに、焼き入れ性を確保し十分な熱処理硬さを得るために必要である。この中で重要なのは、表面処理無しでも摺動特性を向上させるという本発明の第1目的の達成のため、析出炭化物の種類が制御されていなくてはならないということである。
【0019】
図1は本発明に使用される合金(Fe−0.55%C−0.2%Si−0.2%Mn鋼)でCrを制御した場合、どのように析出物の量と種類が変わるかを熱力学計算より予測し、設計に用いたグラフである(析出物の量は全体を1とするatm比率で計算・表記するものである)。硬さが一番高いM炭化物(ビッカース硬さ:2400HV)が多くなるのは、最大でも6%までであることが分かる。つまり、極力少ないCr添加量で耐摩耗性を最大限に引き出す設計をすると、Cr:3.0〜6.0%が有望な組成であることが分かる。それより低Cr域では炭化物による上記の効果は少ないが、少なくとも0.3%の添加にて焼入性を十分維持することができ、製造性が高まる。
【0020】
ただし、過度の添加により、マルテンサイト基地中のCr量が増加すると、焼付き発生表面に潤滑性能を示すサルファイドよりも先に酸化物(オキサイド)が優先的に形成されやすくなるため耐焼付き性を害する。これは主体析出炭化物がMからM23に変わることで、炭化物中に吸収されるCr量が低下することに起因し、添加Cr量が5%を境にマルテンサイト基地中のCr量が急激に増加するためである。更に、前述したように主体に析出する炭化物の硬さも低下し、耐摩耗性も劣化するので6.0%を上限とした。
【0021】
上述したように、低Cr域では炭化物による上記の効果は少ないが、製造性、特に冷間加工性に重点を置く場合は有望である。この場合、焼入性を十分維持するために少なくとも0.3%のCr量とし、1.0%を上限とすることが好ましい。
【0022】
Sは本発明における最も重要な元素である。前述のように従来の鋼線よりなるピストンリングでは耐焼付き性が不十分であるが、Sを適量添加することにより耐焼付き性を大幅に改善することができる。Sは大部分Mnと結びついてMnSを形成し、これがエンジンオイルに作用して潤滑効果を発揮するために摩擦係数も低くなり、耐焼き付き性が向上する。
【0023】
焼き付きとは、摩擦発熱により摩擦面温度が上がり材料間の原子の移動が熱振動にて起こるために固着する現象であり、摩擦面温度は摩擦エネルギ(=摩擦係数×面圧×滑り速度)の単調増加関数の関係となる。そのため摩擦係数が減少すると昇温し難くなり、耐焼き付き性が向上する。この効果を得るためにSは少なくとも0.03%必要であるが、過度に添加すると機械的性質が劣化し、スチール製ピストンリングとして成立させるための鋼線への引き抜き工程にて破断が生じ易くなるので、上限を0.3%とした。
【0024】
また更に本発明者らは、Sを0.3%にまで添加したスチールピストンリングとするには、機械的性質の面からその製造工程に施される鍛造比を大きくすることが望ましいことも見いだした。つまり、ピストンリングとしての機械的性質の向上に加え、鋼線を所定の曲率に曲げ加工することで得られるスチール製ピストンリングにとって、その曲げ工程での破断・折損を抑制するに有効な手段でもある。
【0025】
なお、この場合の鍛造比とは、上記ピストンリング製造工程におけるインゴットを出発とするピストンリング製品までの減面率で定義される。つまり、その鋼の鍛・展伸されていく方向に垂直な断面、すなわち最終的なピストンリング製品における小口断面に比して、(鍛造前のインゴット断面積)/(曲げ加工後の製品断面積)である。但し、曲げ加工による鋼線からピストンリング製品への減面率は本発明の効果達成の上で無視できるものであり、(鍛造前のインゴット断面積)/(曲げ加工前(鍛造後)の鋼線断面積)で評価してもよい。これら鍛造比の数字が高いほど鍛造が進んでいることを示す。
【0026】
MnSといったサルファイドを含有する鋼は、その出発組織となる鋳造状態では、球状もしくは紡錘状のサルファイドが凝固セル組織の粒界三重点に多く存在し、その配向はランダムな組織となっているが、施す鍛造比が上がるに従ってサルファイドの配向状態が変化し、機械的性質が改善される。
【0027】
この鍛造比を大きくしていくことで鋼線長さ方向へのサルファイドの配向性が高まり、つまり、ピストンリングに主に作用する周方向応力に沿った形でサルファイドが伸びるため、機械的性質の劣化がほとんどなくなる。この効果は、特に伸びたサルファイド、すなわち、アスペクト比(最大径/最小径)が3以上のサルファイドに関して顕著であり、言わば、アスペクト比が3以上のサルファイドの周方向に対する配向性が悪いと、後述のごとく機械的性質の劣化に繋がるのである。
【0028】
具体的には、ピストンリングの外周面と並行な組織面で観察されるアスペクト比:3以上のサルファイド系介在物の分布状態を、それぞれのサルファイド系介在物の最大径上を通る直線同志のなす並行度(鋭角側の角度)にて30度以内の状態とすることで、本発明の効果を満足するピストンリングが達成でき、例えばこの鍛造比を500以上とすることが達成の上で好ましい。
【0029】
図2に鍛造比1(鋳造まま)および500の鍛造を行なった鋼を無腐食で400倍の倍率で光学顕微鏡観察したミクロ組織のスケッチ図と、その時のサルファイド系介在物の並行度測定を行った模式図を示す。アスペクト比:3以上の任意のサルファイド系介在物を2つ選定し、それら各々の最大径を通る直線(A,B線)同志がなす鋭角の角度を測り、これを観察視野内ですべて測定する。この測定を少なくとも10視野にわたり測定し、その角度の最大値を並行度と定義している。視野内に交点が無い場合(例えば図2−鍛造比500)は、A線に平行な、A’線を補助線として測定してもよい。なお、サルファイド系介在物を1個とみなす定義は、400倍の光学顕微鏡観察で繋がっていると見なされるものを1個とし、その最大径を通る直線を測定線として用いる。
【0030】
図2において、鍛造比が1のものは30度を超える関係のサルファイド系介在物が存在しているが、鍛造比500のものはすべて30度以下になっていることが分かる。詳細には30度という数字は、破壊力学的に設計した数字である。図3はG.R.Irwin(Analysis of Stresses and Strains Near the End of a Crack Transversing a Plate,Trans.ASME,Ser.E,J.Appl.Mech.,Vol.24,No.3(1957),pp.361-364参照)が解析的に算出した、応力方向とき裂進展方向に角度が発生した時、応力拡大係数の変化がどう現れるかを示した図であり、数式としては以下のように表わされる。
【0031】
【数1】
Figure 0004066307
【0032】
ここで、Kはき裂の進展の駆動力となる応力拡大係数、βは応力方向とき裂方向とのなす角度、σは応力、πは円周率、aはき裂長さである。き裂は応力と直角方向に存在する(β=90°)と進展しやすく、応力方向に沿ってき裂が存在する(β=0°)と、き裂が進まなくなり、き裂が進みやすくなる(つまり、応力拡大係数が急に上昇する)のが30度超に相当する。介在物は力学的結合に乏しいためき裂とみなすことが出来ることを考えると、介在物分布の配向性のバラツキは30度以下で制御することが重要であることが分かる。そして、伸びた介在物についてその配向性を揃えることが、重要であることが分かる。
【0033】
Sは鋼の機械的性質を劣化させる代表的元素なので、この強度的対策を行わなければ、スチールピストンリングとして成立し難い。例えば1%ものS添加を可能としている特開平7−258792は、鍛造比を十分に稼げないようなシリンダライナも対象とし、基本的には鋳鋼を対象としたものである。現実に、ピストンリングのスチール化をコスト的に成立させているのは、引き抜き、圧延、曲げ等の塑性加工技術である。つまり、この工程を用いて1%ものSを含む鋼をピストンリング鋼線に仕上げようとすれば、その塑性加工に必要とされる材料強度に不足することから、引き抜き工程での破断が起き、スチール製ピストンリングとしての完成にはたどり着けないのである。
【0034】
以上のように本発明は、ピストンリングとしての優れた機械的特性を達成するのはもちろんのこと、この鍛造比がきわめて高い摺動製品において特に成立する技術でもあるため、S:0.03〜0.3%を含むピストンリングと限定しているのである。
【0035】
そして、上記Sの効果をさらに高めるには、CaをSと共に添加することが有効である。CaはMnS中に内在するため、焼き付き表面へ流出しやすい。しかも、強力な還元作用があるため、焼き付き表面のオキサイド形成を防止し、サルファイド形成を容易にすることから、潤滑性を向上させる。しかしCaは過度に添加すると熱間加工性を害するので0.01%以下が好ましい。上記効果を得るに好ましくは0.0001%以上、さらに好ましくは0.0005%以上であり、よりさらに好ましくは0.002%以上である。なお、SおよびCaの添加は耐焼き付きの他に、切削性や研削性の向上にも効果がある。
【0036】
Cuは、粒界に濃化し溶融化するため熱間加工性を阻害することから、過剰の含有はスチール製ピストンリングの製造にかかる素線への熱間加工工程にて鋼材の破壊に繋がる。そのため0〜3.0%とした。望ましくは0〜2.5%、さらに望ましくは0〜0.5%未満である。一方で、CuはCaに同様、焼付き直前に形成される鋼の新生面でのオキサイド形成を抑制することで、Sの効果を上げる元素でもある。Cuは耐候性鋼の添加元素として知られているが、この錆抑制作用はCrのようにオキサイドの不動体皮膜をつくるような防食作用ではなく、鋼自体の酸素に対する親和性を低減させる作用であり、そのためS添加材料の潤滑特性を十分に引き出すことが出来るのである。この効果を得るにあたっては0.1%以上の含有が許される。
【0037】
また、本発明の好ましい条件として、組織面中に占める非金属介在物の面積率を2.0%以下に限定したのは、鋼線材へと加工する引き抜き工程で破断しないことと、その線材をコイル状に成形する際に折損の発生を防止し、稼働率の高い製造が可能な範囲として望ましいためである。
【0038】
Nは鋼中に固溶することで、その鋼に250℃前後での歪み時効を生じ、鋼線製造の冷間塑性加工工程での生産性を著しく阻害する。よって、好ましくは質量比で600ppm以下、さらに好ましくは500ppm以下に規制することが望ましい。
【0039】
V、Ti、Nbは鋼中に固溶するNを固定化する目的で添加する。固溶Nにより鋼は250℃前後で歪み時効を生じ、鋼線製造の冷間塑性加工工程での生産性が著しく阻害されることは上述の通りである。そのためこれらの元素を少量添加し、焼きなまし時にMX型化合物としてNを固定化すると製造パス回数と中間焼きなまし回数を低減でき製造性を向上させることができる。しかし、過度な添加は被削性を阻害するため、これらの添加元素の合計は0.5%以下としている。この効果を得るに好ましくは0.1%以上である。
【0040】
AlはCrと伴に、窒化硬さを上昇させる。本発明ではCrを上げられない分、Alで窒化硬さを確保してもよい。ただし、Alの過剰な添加は不動体皮膜を形成し、耐焼付き性を阻害するので、1.5%を上限とした。なお、この効果を得るに好ましくは0.01%以上である。
【0041】
また、本発明は窒化、PVD、Crメッキ等の表面処理と組み合わせても良い。具体的には、Crメッキ、PVD、窒化処理のうちの1もしくは2種類までを組み合わせて表面処理を施した内燃機関用ピストンリングである。窒化は本発明に加算する効果として、耐焼き付き性と耐摩耗性を向上させる。また本発明との加算効果の無い、PVD、Crメッキでも非表面処理部であるピストンとの接触面に発生するAl凝着を防止する上で本発明に寄与するものであり、それら表面被覆が摩滅しても、本発明のS効果によってエンジンの延命は図られる。
【0042】
特にピストンとの関係で問題となる、ピストン材の基質成分として主流のAlとの摺動特性であるが、Alは元々鋼に対して耐摩耗性が圧倒的に低いため、従来の材質的耐摩耗性差を利用した摩耗制御では歯が立たない。そこで、AlとFeとの反応性を制御するためには、化学的活性制御を行う本発明のS添加が不可欠である。
【0043】
その他、以下の元素は下記の範囲内であれば本発明のピストンリングを形成する鋼に含まれてもよい。
P≦0.1%、Mo≦1.0%、W≦1.0%、Ni≦2%、
Mg≦0.01%、B≦0.01%、Zr≦0.1%
【0044】
【実施例】
以下、実施例により本発明の効果を説明する。
(実施例1)
大気中の高周波誘導溶解により、表1に示す組成に調整した試料No.1〜10,12のインゴット(断面寸法220×220mm)を得た。うち、試料No.1〜7は本発明の組成を満たすものであり、試料No.8はSi−Cr鋼、No.9はSUJ2、No.10は高S材、No.12は高Cu材であって、それぞれ本発明の組成を満たさない比較例である。なお、試料No.11は鋳鉄FC250であって、その溶湯を鋳型に流し込んで作製する鋳鉄性ピストンリング用に準備したものである。
【0045】
【表1】
Figure 0004066307
【0046】
まず、これらのインゴットに熱間および冷間加工を施して、断面寸法が9mm×9mmの線状素材を得た(鍛造比:約598)。なお、試料No.12は鋳造こそ可能であったが、その後の熱間加工工程で鋼材が破壊したのでテストピース作製ができなかった。続いて、焼きなまし処理後に所定の焼入れ・焼戻し処理を行って、硬さを520HV前後に調整した。そして、その硬さ調整後の線状素材にて、ピストンリングとした時の外周面となる長手表面、つまり長手方向に平行な組織面でのサルファイド系介在物(アスペクト比≧3)の並行度を前記要領に従って測定した。試料No.11は、断面寸法9mm×9mmの鋳型に表1の成分溶湯を流し込んだものである。
【0047】
そして、これらの試料を用いて、ピストンリングの基本性能を見るために耐焼付き性(スカッフ荷重)を評価した。試験方法は図4に示す超高圧摩擦摩耗試験機を用いて以下の条件で行い、荷重が急激に立ち上がった時点を焼付き開始と評価した。評価結果を、サルファイド系介在物の並行度、試験片硬さと合わせて表2に示す。
Figure 0004066307
【0048】
【表2】
Figure 0004066307
【0049】
さらに耐摩耗性を往復動摩耗試験により評価した。これは別途作成した直径8mm、長さ20mmの試験片を直径20mm相手材(FC250)と往復運動によりこすり合わせてその時の摩耗幅を測定するものであり、試験方法の模式図を図5に、その他試験条件を以下に示す。評価結果は表3に示す。
押し付け荷重 :500N
1回あたりの摺動距離:130mm
最大摺動速度 :0.5m/s
潤滑油 :モータオイル#30(滴下)
【0050】
【表3】
Figure 0004066307
【0051】
表2、3より、本発明を満たす試料No.1〜7はいずれも優れた耐焼付き性と耐摩耗性を示す。一方、試料No.11(鋳鉄FC250)は摩耗幅が大きく耐摩耗性が不十分である。試料No.8(Si−Cr鋼)、No.9(SUJ2)は耐摩耗性では良好であるが、耐焼付き性が不足している。
【0052】
なお、この実施例1にて評価に供された試料状態は、次にリング状に曲げ加工される前のピストンリング用鋼材を想定するものである。ピストンリングとしての耐焼付き性および耐摩耗性の評価を曲げ加工後の状態にて測定しなかったのは、小口断面積の小さいリング状のピストンリング状態では、正確な測定結果を得るに必要な試料形態(サイズ)を採り難いためである。しかし、その曲げ加工前の鋼線状態にて観察されるサルファイド系介在物の並行度は、曲げ加工された後のピストンリング状態にても大きくなることはなく、アスペクト比が小さくなることもないので、実施例1の評価にて本発明のピストンリングとしての評価は十分になされている。
【0053】
(実施例2)
表1の組成における試料No.1と試料No.10を熱間圧延により直径5.5mmのコイルとした後、引き抜き−冷間圧延により断面寸法1.5mm×3.1mmの平線形状に仕上げた。試料No.1は問題無く加工できたが、試料No.10は冷間加工性が悪く、引き抜き工程で破断した。両者の組織面中に占める非金属介在物の面積率を引き抜き前のビレットままの状態で、次に行う引き抜き・圧延方向と直角な組織面にて画像解析したところ、試料No.1は1.95%、試料No.10は2.52%であり、破断の原因はそのS含有量の高さに加え、非金属介在物が2.0%を超える面積率になったことにある。
【0054】
なお、組織面中に占める非金属介在物の量は、曲げ加工前の鋼線状態にても2.0(面積%)以下であることが曲げ加工による折損を防止する上で好ましく、これら非金属介在物の量は最終的にはピストリング状態での観察結果に反映されてくる。
【0055】
(実施例3)
表1における試料No.1〜9を実施例2に示す工程で断面寸法1.5mm×3.1mmの平線形状に仕上げ、焼入れを1000℃で30min、焼戻しをそれぞれ硬さ510HV前後になるように行った。その後、砥石切断機で回転数180000s−1、送り速度1mm/sによる切断を10回行ない、バリ発生頻度を調査した。表4に発生頻度を示す。
【0056】
【表4】
Figure 0004066307
【0057】
試料No.8,9にはバリの発生が認められるが、適量のS添加をしている試料No.1〜7はバリの発生が見られず、本発明のS添加がバリ低減に効果が大きいことがわかる。これにより、ピストンリングの製造における一貫自動化ラインが可能になる。
【0058】
(実施例4)
あらかじめ別に作製しておいた表1の試料No.1,6と同組成のインゴットを用い、鍛造比1〜10000まで変化させた熱間および冷間加工工程にて、概形3.0mm×1.2mmの線材を作製した(図6参照)。そして、これらを焼入れ焼戻しにより400HVの硬さに揃え、そのピストンリングとした時の外周面となる線材の長手表面に並行な組織面でのサルファイド系介在物(アスペクト比≧3)の並行度を前記要領に従って測定した。
【0059】
そして、これら硬さ調整後の線材にスパン30mmの三点曲げ試験を行ない、変位10mmまで曲げて破断しなかったものを○、破断したものを×で評価した。これは、焼入れ焼戻しを行った線材をロール曲げ法によって所定の曲率のピストンリングに成形する際のその成形可能の可否を判定するものである。これらの結果を表5,6に示す。
【0060】
【表5】
Figure 0004066307
【0061】
【表6】
Figure 0004066307
【0062】
鍛造比が低く、サルファイド系介在物の並行度が30度を超えるものは機械的性質が劣り、線材からリング形状への曲げ加工時に破断を生じた。そして、これら曲げ加工性に優れた線材を曲げ加工して図6に示す形状のピストンリングとしたものにつき、その外周面に並行な組織面に観察される上記サルファイド系介在物の並行度は、その線材時より実質、変化がなかった。
【0063】
これら線材状態にて観察されるサルファイド系介在物の並行度が、曲げ加工後のピストンリング状態にも反映されることは先述の通りであり、このような断面積の小さなピストンリングがエンジンに搭載された場合に懸念される疲労破壊の不足についても、本発明によるサルファイド系介在物の並行度が30度以下のものは十分な機械的性質の確保が達成される。
【0064】
【発明の効果】
本発明によれば、自己潤滑性の付与により表面処理なしでも耐焼き付き性に優れ、シリンダライナ、ピストンへの攻撃性も低減されたピストンリングの提供が可能である。また、製造工程における被削性等の加工性も向上するので製造コストとリードタイムを削減できることから、性能・製造の両面で優れたピストンリングとなる。このピストンリングを装着した内燃機関であれば、その環境性能や耐久性の向上に対し大きな寄与を果たすので、産業上極めて有益な技術となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】Cr含有量と炭化物種および量との関係を説明する図である。
【図2】サルファイド系介在物の並行度を説明するミクロ組織写真のスケッチ図およびその模式図である。
【図3】応力拡大係数に及ぼす、応力方向とき裂進展方向とのなす角度の影響を説明する図である。
【図4】超高圧摩擦摩耗試験方法を説明する模式図である。
【図5】往復動摩耗試験方法を説明する模式図である。
【図6】本発明のピストンリングの一例を示す模式図である。

Claims (16)

  1. 質量%で、C:0.3〜0.8%未満、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、S:0.03〜0.3%、Cr:0.3〜6.0%を含み、Cu:0〜3.0%、残部はFeおよび不純物の鋼からなり、ピストンリングとした時の外周面と並行な組織面で観察されるアスペクト比(最大径/最小径):3以上のサルファイド系介在物の分布状態が、それぞれのサルファイド系介在物の最大径上を通る直線同志のなす並行度にて30度以内であることを特徴とする自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング材。
  2. 質量%で、Ca:0.01%以下を含む鋼からなることを特徴とする請求項1に記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング材。
  3. 質量%で、Cr:3.0〜6.0%を含む鋼からなることを特徴とする請求項1または2に記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング材。
  4. 質量%で、Cr:0.3〜1.0%を含む鋼からなることを特徴とする請求項1または2に記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング材。
  5. 組織面中に占める非金属介在物の面積率が2.0%以下であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング材。
  6. 質量比で、N:600ppm以下の鋼からなることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング材。
  7. 質量%で、V、Nb、Tiのうち1種類以上を合計で0.5%以下含むことを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング材。
  8. 質量%で、Al:1.5%以下を含むことを特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング材。
  9. 質量%で、C:0.3〜0.8%未満、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、S:0.03〜0.3%、Cr:0.3〜6.0%を含み、Cu:0〜3.0%、残部はFeおよび不純物の鋼からなり、外周面と並行な組織面で観察されるアスペクト比(最大径/最小径):3以上のサルファイド系介在物の分布状態が、それぞれのサルファイド系介在物の最大径上を通る直線同志のなす並行度にて30度以内であることを特徴とする自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング。
  10. 質量%で、Ca:0.01%以下を含む鋼からなることを特徴とする請求項9に記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング。
  11. 質量%で、Cr:3.0〜6.0%を含む鋼からなることを特徴とする請求項9または10に記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング。
  12. 質量%で、Cr:0.3〜1.0%を含む鋼からなることを特徴とする請求項9または10に記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング。
  13. 組織面中に占める非金属介在物の面積率が2.0%以下であることを特徴とする請求項9ないし12のいずれかに記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング。
  14. 質量比で、N:600ppm以下の鋼からなることを特徴とする請求項9ないし13のいずれかに記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング。
  15. 質量%で、V、Nb、Tiのうち1種類以上を合計で0.5%以下含むことを特徴とする請求項9ないし14のいずれかに記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング。
  16. 質量%で、Al:1.5%以下を含むことを特徴とする請求項9ないし15のいずれかに記載の自己潤滑性を有する内燃機関用ピストンリング。
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