以下、本発明を実施するための好適な実施の形態(以下、実施形態という)を説明する。図1は、蛍光X線分析装置100の概略の一例を示す図である。
図1に示すように、蛍光X線分析装置100は、試料台102とX線源104と検出器106と計数器108を含むスペクトル取得部110と、入力部112と演算部114を含む制御部116と、を含む。
スペクトル取得部110は、異なる測定条件のもと複数の元素を含む試料118に1次X線を照射し、少なくとも第1エネルギー位置に第1ピークを有する複数のスペクトルを取得する。具体的には、試料台102は、分析対象となる試料118が配置される。X線源104は、1次X線を、試料118の表面に照射する。1次X線が照射された試料118から、蛍光X線が出射される。
検出器106は、例えば、SDD(Silicon Drift Detector)検出器等の半導体検出器の検出器106である。検出器106は、蛍光X線及び散乱線の強度を測定し、測定した蛍光X線及び散乱線のエネルギーに応じた波高値を有するパルス信号を出力する。
計数器108は、検出器106の測定強度として出力されるパルス信号を、波高値に応じて計数する。具体的には、例えば、計数器108は、マルチチャンネルアナライザであって、検出器106の出力パルス信号を、蛍光X線及び散乱線のエネルギーに対応した各チャンネル毎に計数し、蛍光X線の強度として出力する。
スペクトル取得部110は、計数機の出力をスペクトルとして取得する。ここで、スペクトル取得部110は、複数の測定条件のもと、同じ試料118から取得される複数のスペクトルを取得する(図3(a)及び図3(b)参照)。測定条件は、例えば、X線源104の種類、X線源104の管電圧及び管電流、1次X線の入射角度やその他装置定数等である。測定条件の相違によって、同じ試料118から異なるスペクトルが取得される。
制御部116は、試料台102、X線源104、検出器106及び計数器108の動作を制御する。また、制御部116は、ユーザの入力を受け付けて、定量分析を行う。具体的には、制御部116は、蛍光X線分析装置100に含まれるコンピュータであって、プログラムが記憶された記憶部(図示なし)を有する。なお、制御部116は、スペクトル取得部110の外部に設けられ、スペクトル取得部110と接続されるコンピュータであってもよい。プログラムは、蛍光X線分析装置100に用いられるコンピュータで実行されるプログラムであって、当該コンピュータに後述する定量分析方法に含まれる各ステップを実行させるプログラムである。
入力部112は、複数のスペクトルのうち、主スペクトルと、第2エネルギー位置に第2ピークを有する副スペクトルと、のユーザの指定を受け付ける。入力部112は、例えば、マウス、キーボード、タッチパネル等のユーザインタフェースであって、ユーザの入力を受け付ける。ユーザの指定については後述する。
演算部114は、副スペクトルに含まれる第1ピークに対してフィッティングを行い、第1ピークによる第2エネルギー位置におけるバックグラウンド強度を算出する。なお、算出精度を上げるため、フィッティングには第2ピークを含め、できるだけ多くのピークを用いることが望ましい。例えば、演算部114は、主スペクトルの第1ピークに対してフィッティングするとともに、算出されたバックグラウンド強度が第2エネルギー位置に含まれる条件のもと、副スペクトルの第2ピークに対してフィッティングすることにより、定量分析を行うことが望ましい。当該定量分析方法の具体例について、図2乃至図4を参照しながら説明する。
図2は、本発明に係る定量分析方法のフローを示す図である。まず、上記のように、異なる測定条件のもと、複数の元素を含む試料118から少なくとも第1エネルギー位置に第1ピークを有する複数のスペクトルを取得する(S202)。具体的には、例えば、図3(a)及び図3(b)に示すスペクトルを取得したとする。なお、図3(a)及び図3(b)に示すスペクトルは、測定によって得られたスペクトルを模式的に示す図である。また、説明を簡単にするために、図3(a)及び図3(b)に現れる異なるエネルギー位置のピークはそれぞれ異なる元素に起因するものとする。
図3(a)に示すスペクトルは、エネルギー位置EAにピークAと、エネルギー位置EBにピークB1と、エネルギー位置ECにピークC1と、を含む。また、図3(b)に示すスペクトルは、エネルギー位置EBにピークB2と、エネルギー位置ECにピークC2と、エネルギー位置EDにピークDと、を含む。第1エネルギー位置は、後述する主スペクトルと少なくとも1個の副スペクトルの双方にピークが現れるエネルギー位置である。図3(a)及び図3(b)に示すスペクトルでは、第1エネルギー位置は、EB及びECである。
S202で取得された複数のスペクトルから、試料118には4種の元素が含まれることがわかる。すなわち、試料118に含まれる複数の元素は、元素A、元素B、元素C及び元素Dを含む。また、ピークAは、元素Aに起因するピークである。ピークB1及びピークB2は、元素Bに起因するピークである。ピークC1及びピークC2は、元素Cに起因するピークである。ピークDは、元素Dに起因するピークである。
次に、S202で取得された複数のスペクトルに、同一の元素に起因する蛍光X線ピークが含まれるが判定される(S204)。含まれないと判定された場合、従来技術と同様の方法により定量分析が行われ、本フローは終了する。一方、含まれると判定された場合、S206へ進む。
次に、複数のスペクトルのうち、主スペクトルと、第2エネルギー位置に第2ピークを有する副スペクトルと、を指定する(S206)。具体的には、第2エネルギー位置は、第1エネルギー位置と異なるエネルギー位置であって、少なくとも1個の副スペクトルにピークが現れるエネルギー位置である。ユーザがマウス等の入力部112を操作することによって、S202で取得された複数のスペクトルから1個の主スペクトルが指定される。
具体的には、例えば、ユーザは、図3(b)に示すスペクトルを主スペクトルとして指定する。図3(a)に示すスペクトルは、副スペクトルとなる。ここで、ユーザは、蛍光X線の励起効率や各スペクトルに含まれるピークの重なり等を総合的に勘案して主スペクトルの選定を行う。図3(a)及び図3(b)に示すスペクトルでは、第2エネルギー位置は、EAである。
なお、主スペクトルと副スペクトルの双方に含まれるピークが複数存在する場合、S206において、蛍光X線の励起効率や、ピークの裾が他のピークに対してバックグラウンドとして及ぼす影響などを考慮し、どちらか一方のスペクトルのピークのみを用いてもよい。すなわち第2ピークもしくは第3ピークとして扱ってもよい。これにより、理論プロファイルの計算コスト(制御部116にかかる負荷)を低減することができる。
次に、副スペクトルに含まれる第1ピーク及び第2ピークに対して第1フィッティングを行う(S208)。具体的には、例えば、スペクトルに対するフィッティングは、ピークごとに各ピークの半値幅のエネルギー範囲の測定スペクトルに対して、理論プロファイルが最もフィットするように行われる。ここで、理論プロファイルは、各ピークの近似関数を足し合わせた形で表現される。各ピークの近似関数は、試料118に含まれる各元素の含有率と物理定数及び装置定数を用いて計算される理論強度、及びピークの形状を表すガウス関数等の適切な関数で構成される。理論プロファイルは、各元素の含有率をパラメータとする関数であるため、測定によって得られたスペクトルに対して理論プロファイルが最もフィットするような含有率を最小二乗法によって求める。
ここで、主スペクトルは、エネルギー位置ED(第3エネルギー位置)にピークD(第3ピーク)を含む。しかしながら、図3(a)に示す副スペクトルは、ピークA(第2ピーク)と、ピークB1(第1ピーク)と、ピークC1(第1ピーク)と、を含み、元素Dに起因するピークを含んでいない(または、含むもののフィッティングに用いるにはピーク強度が小さい)。主スペクトルと副スペクトルを取得する際に用いた試料118は同一の試料118であって、主スペクトルには元素Dに起因するピークDが含まれる。従って、1次X線の励起エネルギーが元素Dを励起させるエネルギーよりも低い等の測定条件に起因して、副スペクトルにピークDが現れていないに過ぎない。
また、副スペクトルは元素Aに起因するピークAを含むのに対し、主スペクトルは、元素Aに起因するピークAを含んでいないのは、以下の理由による。副スペクトルの測定条件である1次X線の励起エネルギーは、主スペクトルの測定条件である1次X線の励起エネルギーよりも元素Aを励起させるエネルギーに近く励起効率が良い。そのため、ピークAに対するフィッティングは専ら副スペクトルを用いて行うこととし、主スペクトルに含まれるピークAはフィッティングに用いないこととしてもよい。この場合、主スペクトルを取得する際に、計数するエネルギー範囲をピークAが現れるエネルギー位置を含まないエネルギー範囲にシフトさせる。その結果、主スペクトルにピークAが含まれていないに過ぎない。主スペクトルで計数するエネルギー範囲を広くして主スペクトルにピークAを含めてもよい。
一方、第1フィッティングは、試料118に含まれる全ての元素の含有率の総和が100%となる前提で行われる。そのため、第1フィッティングで算出される理論プロファイルは、元素Dの含有率もパラメータとして含む。そこで、主スペクトルに含まれ、副スペクトルに含まれないピークが存在する場合、第1フィッティングは、副スペクトルに含まれるピークだけでなく、主スペクトルに含まれる一部のピークを用いて行うことが望ましい。具体的には、副スペクトルに含まれるピークA、ピークB1及びピークC1に対してフィッティングを行うとともに、主スペクトルに含まれるピークDに対してフィッティングを行うことが望ましい。これにより、元素Dの寄与を考慮しつつ、副スペクトルに対するフィッティングを行うことができるため、第1フィッティングの精度を向上できる。
次に、第1ピークによる第2エネルギー位置におけるバックグラウンド強度を算出する(S210)。例えば、バックグラウンド強度を算出する工程において、第1フィッティングで得られた理論プロファイルに基づいて、第2エネルギー位置におけるバックグラウンド強度を算出する。具体的には、ピークAに含まれるバックグランド強度は、ピークB1及びピークC1のエネルギー位置EA近傍における裾の高さである。S208において取得された理論プロファイルに基づいて、ピークB1及びピークC1のエネルギー位置EA近傍(例えば、ピークAの半値幅の2倍程度のエネルギー範囲)における裾の高さが算出される。当該裾の高さをバックグラウンド強度として記憶する。
次に、主スペクトルの第1ピークに対してフィッティングするとともに、算出されたバックグラウンド強度が第2エネルギー位置に含まれる条件のもと、副スペクトルの第2ピークに対してフィッティング(第2フィッティングとする)を行う(S212)。例えば、第2フィッティングを行う工程において、算出されるバックグラウンド強度に基づく副スペクトルの第2ピークの理論プロファイルが副スペクトルの第2ピークのスペクトルにフィットし、主スペクトルの第1ピークの理論プロファイルが主スペクトルの第1ピークのスペクトルにフィットする含有率を算出する。また、同時に、主スペクトルの第3ピークの理論プロファイルが主スペクトルの第3ピークのスペクトルにフィットする含有率を算出する。
具体的には、主スペクトルに含まれるピークB2、ピークC2及びピークDに対してフィッティングを行う。また、同時に、主スペクトルに対するフィッティングでは励起効率が悪い元素Aに起因するピークAを使用しないため、第1フィッティングと同様に、副スペクトルに含まれるピークAに対してフィッティングを行う。ここで、S210で記憶されたピークAのバックグラウンド強度(すなわち、エネルギー位置EA近傍における裾の高さ)が固定値として含まれる前提で、副スペクトルに含まれるピークAに対するフィッテイングが行われる。すなわち、ピークAに対する近似関数と、S210で記憶されたピークAのバックグラウンド強度を加算した理論プロファイルを用いて、副スペクトルのピークAのスペクトルに対してフィッティングを行う。
このように、副スペクトルに含まれるピークA、及び主スペクトルに含まれるピークB2、ピークC2及びピークDに対して、元素A、B、C及びDの含有率をパラメータとする理論プロファイルでフィッティングを行うことで、元素A、B、C及びDの含有率を算出することができる。
以上のように、蛍光X線の強度比が装置定数と異なる場合であっても、定量分析に用いるスペクトルを指定することにより、安定して定量分析を行うことができる。また、バックグラウンド強度を考慮した分析を行うことにより、高精度な分析結果が得られる。
上記定量分析方法を用いて、V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cuを含有する未知試料118を2種の測定条件AとBで測定し、定量分析を行う例について説明する。測定条件Aの励起線(1次X線)は、Cu-Kα線(8.046keV)であり、Niより軽い元素のK線を励起することが可能である。測定条件Bの励起線(1次X線)はMo-Kα線(17.48keV)であり、Zrより軽い元素のK線を励起することが可能である。
まず、S202では、測定条件Aの条件下でスペクトルAと、測定条件Bの条件下でスペクトルBと、を取得する。上記測定条件によれば、スペクトルAは、V,Cr,Mn,Fe,CoのK線を含み、スペクトルBは、V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,CuのK線を含む。S204では、スペクトルAとスペクトルBは、ともにV,Cr,Mn,Fe,Coに起因するピークを含むため、S206へ進む。
S206では、ユーザは、スペクトルAを主スペクトルとして指定する。ここで、VやCrのK線を観測する場合、VやCrのK線の吸収端エネルギーが近い測定条件Aを用いた方が、測定条件Bを用いる場合よりも励起効率が良い。そこで、V及びCrのピークはスペクトルAとスペクトルBの双方に含まれるが、スペクトルBのピークは定量分析では使用しないこととする。この場合、第1ピークがMn,Fe,Coのピーク、第2ピークがNi,Cuのピーク、第3ピークがV,Crのピークに相当する。ユーザは、第1フィッティングにおいて、スペクトルAに含まれるV及びCrのピークを用いてフィッティングを行うことを指定する。
S208では、副スペクトルであるスペクトルBに対して、第1フィッティングを行う。具体的には、副スペクトルであるスペクトルBのMn,Fe,Co,Ni,Cuのピークに対してフィッティングを行うと同時に、主スペクトルであるスペクトルAに含まれるVとCrのピークに対してフィッティングを行うことによりスペクトルBにフィットする理論プロファイルを算出する。また、同時に各元素の含有率が算出される。そして、S210では、算出された理論プロファイルに基づいて、Mn,Fe,Co以外の元素に起因するピークのエネルギー位置における、Mn,Fe,Coに起因するピークの裾の高さであるバックグラウンド強度を記憶する。
S212では、主スペクトルであるスペクトルAのV,Cr,Mn,Fe,Coのピークに対してフィッティングを行うと同時に、副スペクトルであるスペクトルBのNi,Cuのピークに対してフィッティングを行う。ここで、記憶されたMn,Fe,Coのピークに起因するバックグラウンド強度が固定値として含まれる前提で、副スペクトルであるスペクトルBのNi,Cuのピークに対するフィッテイングが行われる。各元素の含有率は当該理論プロファイルのパラメータであるため、スペクトルA及びスペクトルBにフィットする理論プロファイルを算出することで元素V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cuの含有率を算出することができる。
本発明は、上記の実施例または変形例に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。上記構成や方法は一例であって、これに限定されるものではない。上記の実施例で示した構成と実質的に同一の構成、同一の作用効果を奏する構成または同一の目的を達成する構成で置き換えてもよい。
例えば、上記では、2個のスペクトルが取得される場合について説明したが、取得されるスペクトルの数は3個以上であってもよい。この場合、ユーザによって、1個の主スペクトルが指定され、他のスペクトルは副スペクトルである。他の副スペクトル毎に理論プロファイルが算出され、当該副スペクトルに含まれる所与のピークと、当該所与のピークのバックグラウンド強度が記憶される。そして、主スペクトルのピークに対するフィッティングを行う際に、各副スペクトル毎に算出された各バックグラウンド強度が所与のピークに含まれる条件のもと、各副スペクトルのピークに対してフィッティングが行われる。これにより、取得されるスペクトルの数は3個以上であっても、高精度な定量分析を行うことができる。